海洋安全保障情報旬報 2022年5月1日-5月11日

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5月3日「アジアにおける戦略的再編成と韓国―フィリピン専門家論説」(China US Focus, May 3, 2022)

 5月3日付の香港のChina-United States Exchange FoundationのウエブサイトであるChina US Focusは、Polytechnic University of the PhilippinesのRichard Javad Heydarianの” Strategic Realignments in Asia: South Korea and The New Quad?”と題する論説を掲載し、ここでHeydarianは韓国は外交政策の劇的な方向転換により、拡大するQUADの一員となる可能性があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) ロシアのウクライナ侵攻から2カ月が経過し、その衝撃はアジア全域に及んでいる。特に、QUADの中で、長年煮詰まっていた断層が完全に露呈した。Joseph Biden米大統領は、インドとのオンライン首脳会談で一見友好的な関係を保ちながらも、インドNarendra Modi政権下の南アジア諸国の人権状況をインドに問題があると公然と批判した。一方、インドの高官は人権問題における欧米の道徳的優位性を疑問視し、米国内のアジア人種差別を批判するなど、最近まで急成長していた戦略的な提携関係にある2国間の対立が激しくなっている。インドと米国の緊張関係の核心は、欧米の対ロシア制裁に反して、インドがモスクワとの強固な防衛・経済関係の維持に固執していることにある。 
(2) 米国とインドはロシアに関して意見の相違があるにもかかわらず、共通の基盤を見出そうとしてきた。第4回米印2+2閣僚会議において、Antony J. Blinken米国務長官とLloyd J. Austin III米国防長官は、インドのRajnath Singh国防大臣とS. Jaishankar外務大臣をワシントンに迎え入れた。両国は、貿易・金融、COVID-19の世界的感染拡大の管理、気候変動の緩和と適応、海上安全保障、サイバーセキュリティ、テロ対策などの領域で共同の努力を模索し、包括的な戦略協力を進めることを誓い合った。この重要な対話の直前に、インドのModi首相はBiden米大統領とオンライン首脳会談を行い、連帯と相互尊重を示した。
(3) しかし、地政学的に重要な問題について、両国は意見の相違があることを認めるのに苦労している。最近キーウを訪問したAustin米国防長官は、米国が現在、ロシアに対する封じ込め戦略に取り組んでいることを明らかにした。しかし、インド政府とロシア政府の間で大規模な貿易やエネルギーの取引が行われれば、ワシントンの戦略は損なわれる。そうならないように、U.S. Department of Defenseがインドに対して、ロシア製の高額な防衛装備品、特にミサイル防衛システムS-400の調達に反対する警告を繰り返したとしても不思議ではない。米国はすでに、ロシアからこのシステムを購入したことを理由に、同じ北大西洋条約機構(NATO)の同盟国であるトルコに制裁を加えている。
(4) 4月下旬、U.S. Department of DefenseのJohn Kirby報道官は、これまで米国がインドや他の国々に対して、「防衛上の必要性をロシアに依存することを望まない」と伝えてきたことを明らかにした。米国の警告に対し、インドのNirmala Sitharaman財務大臣は、インドがロシアへの戦略的依存度を下げることは可能なのかと疑問を呈した。さらに自国周辺の脅威にも言及し、伝統的な提携関係にある国から最新鋭の兵器を調達することで「自らを守る強さを持つ」必要性を強調し、インド政府が西側の対ロシア封じ込め戦略に従う気がないことを明らかにした。
(5) 一方で人権や民主主義をめぐる不一致も続いている。Blinken国務長官は、今月初めにインド側と会談した後、「一部の政府、警察、刑務所関係者による人権侵害の増加など、インドにおける懸念すべき動きを監視している」と主張した。インドの民主主義に対する欧米からの批判に憤慨したインドJaishankar外務大臣は、欧米の「偽善」を批判し、最近では米国での人種差別や人権問題について「遠慮なく発言する」と警告した。
(6) 米印関係の構造的な緊張は、この地域の知られざる大国、すなわち韓国に焦点を当てることになった。世界有数の経済大国であり、最先端の軍事力を誇る北東アジアの国でありながら、韓国はこれまで地域情勢の形成において控えめで、米国や中国をはじめとする大国と等しく良好な関係を維持しようとしてきた。特に、Moon Jae-in(文在寅)大統領は、数十年にわたる朝鮮半島の紛争を終わらせることだけに集中し、この地域の他の主要な地政学的対立点をほとんど無視した。Moon Jae-in政権は、南北和平を実現するためには、同盟国の米国だけでなく、北朝鮮と戦略的な提携関係にある中国やロシアの協力が必要であることを痛感していたのである。
(7) 韓国はインドと異なり、ロシアに過度に依存することもなく、ウクライナ侵攻後の欧米の対ロシア制裁にも消極的ではない。民主主義の国であり、米国の主要な同盟国である韓国は、戦略的、イデオロギー的な方向性も西側に大きく傾いている。保守系野党「国民の力」出身のYoon Suk-yeol(尹錫悦)次期大統領は、韓国をこの地域の主要勢力にするという決意を表明している。
(8) Yoon Suk-yeol次期大統領はまた、中国とは相互尊重に基づく協力の新時代を追求すると宣言し、米国とは、核搭載戦略爆撃機、高高度ミサイル防衛システム、潜水艦の受け入れなど、防衛協力の拡大を歓迎している。韓国は、ポップカルチャー産業やエレクトロニクス製品でよく知られているが、世界の防衛産業においても主要な国である。今年、韓国のトップ企業であるLIG Nex1社、ハンファシステム社、韓国航空宇宙産業(KAI)による防衛関連輸出を合わせると、10億ドルを超える可能性がある。それは国際安全保障環境を形成する上で韓国の重要性が増していることを裏付けている。特に東南アジアは、韓国の防衛関連品の最大の輸出先であり、韓国製はNATO諸国の輸出品よりも安価である。東南アジアの主要国であるインドネシア、フィリピン、タイは、すでに韓国製の最新型ジェット機を導入しており、今後も韓国の最新鋭の防衛輸出品、特に次世代戦闘機KF-21の購入も予想される。
(9) 世界的な技術・経済大国である韓国は、G7多国間フォーラムに定期的に参加するようになった。Yoon Suk-yeol次期大統領は、拡大QUADへの参加要請があれば、前向きに検討すると明言している。数十年にわたり地域の地政学において比較的小さな役割を担ってきた韓国は、インド太平洋地域における主要な勢力となりつつあり、同じ米国の同盟国である日本やオーストラリアとともに、米国主導で拡大されるQUADの主要メンバーとなる可能性がある。
記事参照:Strategic Realignments in Asia: South Korea and The New Quad?

5月4日「海運への攻撃と保護―英専門家論説」(Wavell room, May 4, 2022)

 5月4日付の英軍事関連ブログサイトWavell Roomは、英国海軍の故Guy Hudson大尉を記念するThe Guy Hudson Memorial Trustの支援を得てOxford UniversityのChanging Character of War programで研究に従事するAndrew Livsey英海軍中佐の” The Constant Struggle At Sea: Attacking And Protecting Shipping”と題する論説を掲載し、ここでLivseyは永続的なグローバルシステムである海運への妨害行為が広く関心を得られない理由について、要旨以下のように述べている。
(1) 現在ウクライナで見られる大規模な陸上戦や空爆は滅多に起きることではないが、この戦争のもう一つの部分である海運へ対する攻撃というのは、これまでも日常的に行われている。それは、国際貿易のほとんどは海路で行われるという海運の重要性を象徴している。
(2) ロシアによる軍事侵攻前、ウクライナは輸出の70%以上を海上輸送で行っていた。しかし、ロシアによる黒海での海運への攻撃や機雷敷設により、ウクライナは海から切り離され、海上貿易は完全に停止した。EUが陸路を提案したところ、ウクライナのTaras Kachka経済副大臣は「他の輸送手段では海上経由と同じ量の輸出を確保できない。輸出を適切に回復させるには封鎖を解除することが唯一の解決策」と述べている。膨大な穀物輸出を抱えるウクライナを含むほぼすべての国にとって、道路が海路に取って代わることは不可能で、たとえ可能であっても、道路や航空輸送は海上輸送よりはるかに高価となり、貿易から得られる利益の大部分を失ってしまう。
(3) ウクライナ封鎖がもたらす広範な影響を予測することはできない。短期的には、ウクライナ戦争が問題であるが、戦争は予想以上に長期化する傾向がある。ウクライナの輸出と収益の損失が問題になるかもしれない。また、ウクライナの穀物を受け入れていた国々やより一般的には価格上昇によって好ましくない影響が出るかもしれない。
(4) 海運への攻撃とそれを保護するための行動という視点からは、ウクライナ戦争は一例に過ぎない。現実的に2019年から2022年にかけて、世界では以下のような事案が生起している。
a.ロシアはアゾフ海のウクライナの港への交通を断続的に停止させた。
b.サウジアラビア主導の連合がイエメンの一部封鎖を行った。これに対してフーシ派は、20件以上の海上攻撃を行った。
c.北朝鮮から紛争地域に武器を運ぶ船はエジプトなどに妨害され、リビアの反政府勢力に武器を運ぶ船はギリシャに妨害された。
d.イスラエルは、レバノンやシリアに石油や武器を運ぶ十数隻のイラン船を攻撃したと非難されている。また、イスラエルによるガザ封鎖も続いている。
e.南シナ海では年間100件以上の海賊事件が発生し、ギニア湾やセレベス海などでも海賊やテロリストによる攻撃が続いている。
(5) 中国が台湾へ侵攻するのであれば、商船が不可欠である。中国は、石油の70%以上と食料の多くを輸入に頼っている。その輸入のほとんどは、マレーシアとインドネシアの間にあるマラッカ海峡を経由する。この海峡を封鎖することは、即効性のある重大な効果をもたらす。中国の胡錦濤・前国家主席は、この問題を「マラッカのジレンマ」と表現した。中国の「一帯一路」構想は、およそ8兆ドルを費やし、中央アジアを横断してパキスタンのグワダルなど南シナ海以外の港に鉄道を建設し、マラッカのジレンマを解決しようとするものである。中国が、ジブチに空母1隻分の桟橋を持つ海軍基地を建設し、インド洋の海運を保護するのもこの構想の一環である。見方を変えれば、中国の石油貯蔵能力の強化は水陸両用戦艦艇の建造と同様に、台湾侵攻の準備の重要な指標となる。
(6) 中国以外の国も含めた紛争時の海運に対する行動例としては、1980年代のイラン・イラク戦争がある。この戦争では双方が相手の海運を攻撃することによって相手の経済を破壊しようとした。また、2014年のジョージアのポティ港を占領するためのロシアの上陸、2016年と2019年の異なるグループによるリビアでの攻撃、2021年のシリアのラタキアに対する2度のイスラエルによる攻撃など港湾も攻撃されることがある。
(7) なぜ、これら海運への妨害はあまり知られていないのか。それは、海の盲点という要素があり、港は海辺の街の中心から離れ、人々は海で行くよりも飛行機で問題のある地域に行くようになった。一般市民は、世界経済を動かし、戦争に必要な武器や物資を運ぶ船をもはや定期的に見ることはない。海軍の思想家たちは、この問題を明確に説明しなかったことについて、責任の一端を負うことになるかもしれない。特に、第2次世界大戦の大西洋での戦いは、得られる有益な点はたくさんあるが、知らない人が見ると、80年も前のことにこだわっているように見えるかもしれない。
(8) 海運をめぐる争いが無視される理由は、まさにそれが頻繁に起こるからかもしれない。海はほとんどが公海なので、国家の領土を侵すことなく事象が生起する。また、海上での攻撃は、一般市民の目に触れることがほとんどない。つまり、国家や他者は、戦争という段階ではなく、限られた注目の中で、海上で互いに圧力をかけあうことができる。海は戦争に不可欠で、事象を否認できる紛争の究極の舞台でもある。
記事参照:The Constant Struggle At Sea: Attacking And Protecting Shipping

5月4日「米国はなぜ太平洋島嶼国家が気になるのか―中国専門家論説」(China US Focus, May 4, 2022)

 5月4日付の香港のChina-United States Exchange FoundationのウエブサイトChina US Focusは、中国現代国際関係研究院米国研究所研究員楊文静の“Why U.S. Worries About Pacific Islands”と題する論説を掲載し、楊文静は中国-ソロモン諸島安全保障協定締結に関し、米日豪の懸念と対応、及びソロモン諸島の主張を整理した上で、中国とソロモン諸島は2つの主権国家として互いの利益になると考えて安全保障関係を発展させる権利があり、政治的安定の上に経済的発展があるという中国の取り組みが地域の開発途上国から評価されているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 最近、西側メディアは中国の新たなソロモン諸島との安全保障協定を取り上げている。協定は、米政府からの多くの非難と敵意を引き起こした。米政府は直ちにインド太平洋調整官Kurt Campbell率いる代表団をソロモン諸島に派遣し、協定は「透明性に欠ける」と懸念を表明した。米政府は、協定は中国がソロモン諸島に「部隊を展開する扉を開けたままにしている」と主張している。その後の米政府の声明の行間を読むと、それはアメとムチである。一方で、米国は「事実上の恒久的な軍事力の展開、兵力投射能力、あるいは軍事施設を確立するための措置が講じられた場合、米国は重大な懸念を持ち、それに応じた対応を採るだろう」と率直に述べている。しかし、どのような対応を採るのか具体的には明らかにしていない。
(2) 米国はまた、地域の提携国と協力して開発を注意深く追跡すると強調している。オーストラリアは、合意がソロモン諸島における中国の軍事基地を許すものであれば、「越えてはならない一線」を構成するものとなると述べており、ニュージーランドは、協定は「重要な決定を下す前に、防衛問題に関し、相互の協議する」とした太平洋島嶼国フォーラム参加国間の合意に違反していると指摘している。日本は近年、西側諸国との安全保障協力を加速しており、(今回の)協定に懸念を表明し、ソロモン諸島へ再保証のため、代表団を派遣している。
(3) 他方、米側はソロモン諸島住民の福祉増進のために採るべき方策を概説している。これには、大使館開設の促進、不発弾処理の協力加速、住民の健康問題への対応のため病院船派遣が含まれている。米政府はまた、より多くのワクチンの配布、気候及び健康に対する構想の推進を行うだろう。
(4) 米国やその同盟国からの圧力で、ソロモン諸島政府は協定には軍事基地、長期の展開、兵力投射能力は含まれていないと宣言した。同政府はまた、合意は国内の「暴動」を安定させるために「国内で適用」されるのみで、外部の脅威に対応するものではないと述べている。ソロモン諸島外相Manasseh Sogavareは、AUKUS協定は透明性と言うにはほど遠く、AUKUSが我々に与える影響について大仰でヒステリックにはならなかったとして、西側の中国との協定に対する偽善を非難した。Sogavare外相は豪米日に対し、信頼と相互尊重に基づきソロモン諸島の主権を尊重するよう望むと述べている。
(5) この問題に関する米国での騒ぎは、Trump時代に設定された戦略的優先事項に基づき中国を打ち負かそうとするアジア太平洋での激しい争いにおける最新の一斉攻撃に過ぎない。中国は最も重要な戦略的対立者としてテロリズムに取って代わった。
(6) ソロモン諸島は太平洋において戦略的位置を占めており、米国とその緊密な同盟国日豪は、ソロモン諸島がいわゆる第3列島線の一部であるその位置の微妙さに極めて大きな懸念を示している。米日豪は、米国の第1及び第2列島線沿いに構築された米国の同盟網を基礎とする地域における西側の軍事機構に中国が侵入してくると心配している。ソロモン諸島は中国の「軍事基地」受け入れを除外しているにもかかわらず、米国は中国艦船がソロモン諸島で再補給を受け、中国の警察官及び軍人が社会秩序維持の援助行う可能性があると信じている。3月に公表された協定草案は南太平洋に中国の海軍基地建設とオセアニア初の軍事拠点確保の可能性が提起されている。
(7) 長い間、米国は太平洋島嶼国及びアジア太平洋全体にわずかしか投資してこなかった。米国との安全保障上の連携と中国との経済上の連係という地域の二重構造は何十年にもわたって続いてきた。米国は太平洋島嶼国に具体的に関与していく政治的意思も経済的誘因も持っていなかった。一方、中国は一帯一路構想の下で実質的な一括経済取引をもって地域の基幹施設建設、その他の社会開発計画を支援してきた。
(8) 中国は、その力の増大とともに、経済的だけでなく政治的、社会的、軍事的に地域に関与していくことにますます関心を持つようになってきた。社会の安定に基づく経済的繁栄という中国のモデルは地域の発展途上国に代替案を提示し、既に高い評価を得ている。中国の海外における利益が拡大する中で、中国の経済的利益や在外中国人を守るために警察や軍部隊を海外に派遣することは自然である。中国大使が指摘するように、「開発と安全保障は硬貨の両面である。治安と防衛無くして、国家は継続的な発展と経済的成長を達成できない。」米国は、中国が影響力を拡大することを公平に受け入れないだろう。米国は「債務の罠」、「略奪的経済」、「戦略的支配」などの概念を造り上げ、偽情報戦を展開することを好んでいるが、今や米国の伝統的な地域における軍事領域に中国が挑戦していることに腹を立てている。
(9) 中国とソロモン諸島が2つの主権国家として互いの利益になると考えて安全保障関係を発展させる権利があり、政治的安定の上に発展するという中国の経済的取り組みが効果的な政治的手腕であることが証明されていることを米国は学ぶべきである。ローマに通じる道は1つだけではない。
記事参照:Why U.S. Worries About Pacific Islands

5月6日「グレーゾーン戦術がもたらす『影のリスク』を回避するために―米戦略研究者論説」(The Diplomat, May 6, 2022)

 5月6日付のデジタル誌The Diplomatは、米シンクタンクCenter for Strategic and International Studies(CSIS)研究助手Carolina G. Ramosと上席研究員Benjamin Jensenの“Shadow Risk: How Gray Zone Campaigns Can Escalate”と題する論説を掲載し、そこで両名は近年頻繁に活用されているグレーゾーン戦術は危機を先送りするというリスクが内在しているとして、そのリスクを回避するために必要なことについて、要旨以下のように述べている。
(1) ウクライナ情勢や台湾情勢などをめぐって国際的に懸念が高まっている。こうした国際的危機は、それぞれの国が採用するグレーゾーン戦術によって開始され、その圧力が維持される。グレーゾーン作戦は、従来の抑止力に関する効果の枠組みから外れたもので、戦争の危険の発生を回避しながら、従来の枠組みでは達成できなかった目標を達成しようとするものである。しかし、こうした戦術においてもまた、事態が拡大する可能性がある。どのような場合にグレーゾーン戦術によって発生した危機は拡大するのか、またそうなった場合に現代の戦略にはどのような影響があるのだろうか。
(2) ロシアや中国などとの対立において、米国とその同盟国は「影のリスク」、すなわち事態を拡大させる方向への決定の先送りという危険に直面することになるであろう。グレーゾーン戦術による威嚇が抑制されなければ、将来的な危機の発生する危険性が高まることが指摘されており、敵対国家間における危機管理のための意思疎通の経路を拡大する必要性が指摘されている。
(3) 現在の大国間競合では、グレーゾーン戦術がよく採用されている。こうした威圧的な手法は、相手の政権転覆や直接対決の決意が弱まることを狙っている。それを用いる国々はサイバースペースを活用する。その目的な、軍事力を行使せずに、敵対する相手国の越えてはならない一線の周辺を刺激し、相手に対して有利な立場に立つことである。グレーゾーン戦術が好まれている一方で、そうした活動がいつ、どのように戦争へと事態が拡大するかに関する体系的理解は今のところ存在していない。
(4) グレーゾーン戦術が拡大する仕組みを理解するために、米シンクタンクThe Center for Strategic and International Studies(CSIS)は、20通りの模擬実験を実施した。その結果明らかになったのは、グレーゾーン戦術の領域においては、事態を拡大させる危険性の先送りという「影のリスク」を生むということである。それは、国際関係における古典的な「誓約の罠( commitment trap)」*を逆転させたものである。たとえばドイツは、1917年における力の均衡の転換を懸念し、1914年に戦争を起こしたと理解されているが、グレーゾーン戦術においてはその逆が起こるということである。この戦術は、短期的にはリスクを回避しているが長期的にはそれを高めているのである。
(5) こうした研究成果を踏まえ、各国の政策決定者はグレーゾーン戦術の採用にそうした危険性が内在することを理解し、その危険性を回避するために危機的状況においても意思疎通の経路を維持、拡大する必要がある。あるいは、米国とその同盟国との間だけではなく、敵対国と共同での軍事演習を実施することも良い考えだろう。
(6) Biden政権は、統合的抑止力の確立を支持しつつ、敵対する核保有国との間の危機管理意思疎通の経路を拡大すべきである。こうした経路は、ウクライナ危機においては確実に機能しているし、事前のやりとりがあればなお有益である。こうしたやりとりには、国家安全保障の専門家や政策立案者が一堂に会しての危機の模擬実験や演習などもありうる。各国の指導者たちが紛争をどう理解しているかを把握するためには、公開の議論の場が必要なのである。
記事参照:Shadow Risk: How Gray Zone Campaigns Can Escalate

*Commitment problemとも呼ばれ、米Johns Hopkins University上席講師Matthew Adam Kocherは「権力を搾取することを誓約できないこと」と説明しており、台頭する国家と衰退に向かう国家が対立した場合、台頭する国家はその増大する力を持って衰退する国家から権力を奪うことはないと誓約したいと考え、衰退する国家はその誓約を受け入れたいと考えるが、両国とも台頭する国家が支配的地位に就けばその誓約は意味のないものとなることを理解しており、衰退する国家はそうなる前に戦争に訴えるかもしれないとしている。
COMMITMENT PROBLEMS AND PREVENTIVE WAR, Political Violence at A Glance is an award-winning online magazine, August 8, 2013, By Matthew Adam Kocher, Senior Lecturer, Johns Hopkins University (Access on June 6, 2022).
その他として
War as a Commitment Problem, International Organization, Volume 60, Issue January 2006, pp. 169-203, Published online by Cambridge University Press, January 4, 2006, By Robert Powell, Professor University of California, Berkeley.
を参照されたい。

5月6日「黒海に人道食糧回廊構築を―米アジア専門家論説」(PacNet, Pacific Forum, CSIS, May 6, 2022)

 5月6日付の米シンクタンクPacific Forum, CSISの週刊デジタル誌PacNetは、米シンクタンクEast-West Center非常勤上席研究員Charles E. Morrisonの“A Black Sea humanitarian food corridor to Odessa”と題する論説を掲載し、そこでMorrisonはウクライナ紛争を受けて世界中で食糧価格が高騰していることへの対応として、ウクライナからの食糧輸出を安全に行うための食糧人道回廊の構築を提案し、要旨以下のように述べている。
(1) ウクライナ戦争の世界的な悪影響の1つは、食糧供給の悪化と食糧価格の影響であり、それは今後ますます悪化していくであろう。World Food Program(WFP)のトップであるDavid Beasleyはこの問題に焦点を当てている。彼はウクライナが世界の穀倉地帯であることを強調し、ウクライナのオデーサからの食料供給のために海上輸送路を開くよう世界の指導者に求めた。いわば、人道食糧回廊である。
(2) ウクライナは食用油の原料であるひまわりの種の世界最大の生産地であり、輸出国である。また小麦の輸出国としても世界第5位に位置する。WFPは、緊急的に必要としている国に穀物を供給しているが、その半分はウクライナから買い取ったものである。ウクライナは政治的に不安定な中東への食料供給国でもある。したがって、人道食糧回廊の構築は、世界の人々を飢餓から守るだけでなく、中東およびその外側の政治的安定にも寄与するであろう。
(3) 現在ロシアがウクライナを封鎖しており、食糧を輸出できないため、戦争で荒廃する東部地域を除けば、ウクライナの食糧備蓄は十分すぎるほどである。その一部はルーマニアやブルガリアを通じて流出しているが、オデーサからの輸出路の代替とはなり得ない。その一方で中東における食糧価格は記録的に上昇しており、2023年の見通しも、もし戦争が終わったとしても暗い。またウクライナ以外の国々が食糧不足に備えて外国への輸出を控えている。市場の多くへ食糧を供給しようという国際的な戦略が必要である。
(4) 市場の多くへ食糧の供給を実行する上で、海運業者と保険会社は戦争海域を商船、乗組員、積載貨物の安全な通行の保証を求めており、そのためにはロシアの合意が必要である。しかしウクライナからの穀物供給の停止はロシアにとって利益になるため、合意は容易なことではない。したがって、外部からの圧力が必要であろう。ロシアはシリアに多額の投資をしているが、そのシリアの食糧価格は今後急騰すると考えられている。またロシアは中東やアフリカの国々との関係強化を模索している。そうした国々が圧力をかければ、Putin大統領はそれを受け入れるかもしれない。
(5) もし回廊が構築されたとして、次に必要になるのが海軍の護衛であるが、おそらくウクライナから輸入する国々の海軍によって提供されるであろう。それによって、海運業者や保険会社に回廊の通航の安全が保証される。ロシアの側としては、その回廊を通じてウクライナに兵器などが供給されないための監査や、食糧売却による利益が戦争遂行に利用されないことを求めるであろう。また、交渉を長引かせるかもしれない。そうなった場合に国連などがより実現可能性のある計画を提唱する必要があるだろう。
(6) もちろん、この食糧回廊の提案はウクライナ戦争によってもたらされた世界的な課題を根本的に解決するものではない。しかし、こうした小さな段階が大きな行動につながることがある。国際共同体は、ただロシアだけに反応するのではなく、紛争の悪影響を緩和するような種々の提案に対して積極的、かつ急いで行動を起こすべきである。
記事参照:A Black Sea humanitarian food corridor to Odessa

5月6日「米国の中距離ミサイル受け入れに消極的な同盟国―香港紙報道」(South China Morning Post, May 6, 2022)

 5月6日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“US plans to counter China ‘at risk because of allies’ reluctance to host missile systems’”と題する記事を掲載し、中国に対抗する米国の戦略に関して、インド太平洋地域の同盟国が米国のミサイルシステムを永続的に受け入れることに消極的であるとして、要旨以下のように報じている。
(1) 米国のシンクタンクRand Corporationの報告書によると、国内の政治的配慮と中国との経済的結びつきから、この地域にある米国の同盟国5カ国(オーストラリア、日本、フィリピン、韓国、タイ)が米国の地上発射型の中距離ミサイルを前向きに受け入れる可能性は低いという。
(2) このミサイルの射程は最大5,000kmで、2019年に米国が中距離核戦力全廃条約(INF)を脱退した後は、中国に対抗するためにさらにミサイルを開発し、この地域に配備する可能性がある。中国は、冷戦の終わりに米ソが合意したこの条約に署名せず、独自の中距離ミサイルを開発してきた。
(3) この報告書は、米国がこのミサイルを共同開発するか、同盟国に売却して自国のシステムを管理する、危機の際にこの地域に配備する、平時にローテーション配備する、といった選択肢を提案した。もう1つの選択肢は、米国の海外領土であるグアムか、米国と連合盟約を結んでいる太平洋の小さな島国の基地にミサイルを配備することだろう。この報告書を書いたJeffrey W Hornungは、「最も成功しそうな選択肢は、地上発射型の対艦ミサイルを開発し、配備する日本の取り組みを支援することである」と述べ、これらのミサイルは日本の南西諸島、または九州に配備される可能性もあると付け加えた。「これらのミサイルは中国深部への攻撃は依然としてできないが・・・台湾海峡での艦船の動きに対応することができる」と述べている。
(4) 早稲田大学の准教授張望は、岸田文雄首相が他の選択肢を歓迎するかもしれないと述べている。なぜなら新政府は、米国との同盟の重要性にもかかわらず、北京を刺激したくないからである。
記事参照:US plans to counter China ‘at risk because of allies’ reluctance to host missile systems’

5月7日「中国の最新空母を護衛する艦艇の建造が開始されるという憶測―香港紙報道」(South China Morning Post, May 7, 2022)

 5月7日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“China naval steel order sparks speculation over bigger, faster frigate”と題する記事を掲載し、中国海軍の3隻目の空母を護衛するための新型の艦艇の建造が始まろうとしているとの憶測について、要旨以下のように報じている。
(1) 中国の軍事専門家の間では、完成が近い中国海軍の3隻目の空母の速度についていけるように設計された、より大型で高速のフリゲートの建造が始まろうとしているとの憶測が広がっている。中国南部の広州にある中船黄埔文沖船舶有限公司は、軍用船殻に使用される超高強度構造用鋼の公開入札を3月に行い、納期を5月20日とした。
(2) 何人かの軍事評論家たちが中国のソーシャルメディアに、この発注は公海での戦闘行動により適した、Type054Aフリゲートをより大型化、高速化、多目的化した性能向上作業が始まる兆候を示唆していると述べた。新しいフリゲート艦の仕様は公表されていないが、微博(ウェイボー)でのある投稿は、Type054Bは「実際にはType055駆逐艦の小型版である」と述べている。他の投稿では、この艦は最大6,000トンで、秋に進水すると一部で予想されている。Type003空母に使用されている、統合電気推進システム(艦船内全消費電力の約80%を占める推進用電力と約20%の艦船内の消費電力を統合することにより、それぞれの使用電力の変動を吸収し、電力の統合管理を行うシステム。いわゆるオール電化推進システム:訳者注)を搭載する可能性が示唆されている。中国はType054Aフリゲートを約30隻保有しており、現役で稼働している。2021年以降、さらに約12隻が海上公試中または建造中で、2022年中に全てが進水する見込みである。
(3) 北京を拠点として活動する海軍専門家李杰によると、Type054Aフリゲートは空母打撃群の作戦において対潜・防空の重要な役割を果たすが、その制限から中国の最新空母の護衛には適さないという。満載排水量4,000トン、最大速力27ノットの既存のフリゲート艦では同じ速度で進むことに問題があると彼は述べ、「Type054Aフリゲートは『遼寧』や『山東』の打撃群に同行する際には全速力で動く必要があるが、Type003空母やType055駆逐艦のような艦艇に遅れを取ることになる」と述べている。李は、中船黄埔文沖船舶有限公司の親会社である中国国家船舶集団公司(以下、CSSCと言う)がType054Bフリゲートに着手しているかどうかを確認することを避けたが、より多くの武器や補給品を搭載できる、より高速で大型の艦が必要であると述べている。
(4) 元台湾海軍軍官学校教官呂禮詩は、Type054Bフリゲート建造の決定は、中国政府の指導部が2008年に最初に就役したType054Aフリゲートをゆくゆく置き換えるという意図を示していると述べた。「CSSCは過去数十年間、何十隻ものType054Aフリゲートを建造・開発し、技術と経験を蓄積してきた。この新しい置き換えの期間は、同造船所の海外軍艦市場の拡大に役立つだろう。Type054Bフリゲートが数年後に就役すれば、CSSCは、米国が正に行っているように、発展途上国の潜在的な海外の顧客に能力の劣るType054Aフリゲートを輸出することができる」と述べている。
記事参照:China naval steel order sparks speculation over bigger, faster frigate

5月9日「南シナ海をめぐる3つのシナリオ―中国南海研究院専門家論説」(South China Morning Post, May 9, 2022)

 5月9日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、中国南海研究院の非常勤上席研究員Mark J. Valenciaの“Three scenarios for the South China Sea: the good, the bad and the ugly”と題する論説を掲載し、そこでValenciaは南シナ海の今後をめぐる3つのシナリオを想定し、同海域の平和と安定のためには米中とASEAN間による相互の利益の共有をめぐる交渉が必要であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) Biden大統領は2021年9月、世界の将来は自由で開かれたインド太平洋が今後長きにわたって発展するかどうかにかかっていると述べている。インド太平洋はきわめて広大な地域であるが、その地政学的な中心は南シナ海である。ここにおいて、米国と中国の戦略的利害が衝突しているのである。南シナ海の今後をめぐっては、以下に示す3つのシナリオが考えられるだろう。
(2) 第1に、良いシナリオについて見ておこう。このシナリオでは、比喩的に言えば、ASEANが牛の角を捕まえるであろう。つまりASEANが主体的に米中の軍備増強に立ち向かうということだ。それに加えてこのシナリオでは、主要な対立国である米中が軍事的な交流ルートを活性化させ、米ソの間で締結していたような海上事故防止協定などを結ぶ可能性がある。そして中国は、南シナ海論争における別の権利主張国への威圧を控え、協調的な資源管理の交渉を進め、南シナ海における行動規範(以下、COCと言う)について合意に達するであろう。このシナリオにおいて、ASEANは、米中対立における単なるコマとしてではなく、その魅力ゆえに双方から支援を積極的に申し出るような存在である。
(3) 第2のシナリオは最悪のケースである。喩えるならば牛が中国の商店で大暴れをするようなものである。中国は南シナ海の権利主張国への威圧を続け、フィリピンが中国を挑発して軍事衝突に陥り、米国に支援を求めることになるかもしれない。制御不能なまでに事態が拡大することはないだろうが、米中関係は深刻な冷戦状態に陥る。このシナリオにおいてASEANはどちら側につくか強く圧力をかけられ、地域的な分裂が生じるであろう。ウクライナのような代理戦争が起きる可能性もある。南シナ海での事件が多くなるにつれ、海運の価格が上昇し、外国の石油企業が操業を停止するなど、経済的影響も多大になる。COCをめぐる交渉も頓挫し、南シナ海は無秩序な状態になってしまうだろう。
(4) 第3のシナリオは現状維持の継続、喩えて言えば牛が囲いに入れられるようなものである。制御可能ではあるが、その柵が壊される可能性もある。米中は軍備増強を続け、ASEAN諸国を味方に引き入れるための支援を競う。COCをめぐる交渉は長引く。ASEAN諸国は国連海洋法条約や2016年の南シナ海に関する仲裁裁判所裁定を頼みにするが、あまりうまくいかないだろう。
(5) どのシナリオが最も可能性があるだろうか。第1のシナリオは、現実から一番遠いシナリオであろうし、第2の最悪のシナリオもまた破滅的なものであり、今後も回避されるであろう。しかしある事件が制御不可能になれば、第3から第2の最悪のシナリオへと移行する可能性がある。長期的に見た場合、米国が南シナ海において中国と直接の衝突を避けたいのであれば、中国の要求をある程度受け入れる必要がある。同様に中国も、ASEANの権利主張国の言い分をある程度聞き入れる必要がある。いずれにしても、米中やASEANが、お互いの利益をどの程度受け入れるかについて交渉する必要がある。それがあって、南シナ海における永続的な平和と安定がもたされるはずである。
記事参照:Three scenarios for the South China Sea: the good, the bad and the ugly

5月10日「フィリピン新大統領、親米路線へ―米専門家論説」(Foreign Policy.com, May 10, 2022)

 5月10日付の米ニュース誌Foreign Policyのウエブサイトは、米シンクタンクRAND Corporation 上席防衛問題研究員Derek Grossmanの“New Philippine President Marcos Jr. Likely Won't Repeat Duterte's Foreign Policy Mistakes”と題する論説を掲載し、ここでDerek Grossmanはフィリピンの次期大統領Marcos Jr.がDuterteの親中路線から親米路線に徐々に転換していくであろうとして、要旨以下のように述べている。
(1) 6月30日に就任するフィリピンの次期大統領Marcos Jr.は、選挙戦を通じて、独裁者であった父親が首尾一貫して米国との強固な安全保障同盟を維持したことなどの業績を選挙戦を通じて賞賛する一方で、米国から離れて中国に接近しようとしたDuterte現大統領とも政治的に連携してきた。Marcos Jr.は、ほとんどの大統領選討論会に参加せず、また対外政策綱領も発表しなかった。しかし、1つの重要な討論会と少数のメディアのインタビューで、対外政策ついての考えを披瀝している。Marcos Jr.は、歴代の指導者と同様に米中対立の激化にも関わらず、自国の国益維持に最善を尽くそうとしている。彼は、討論会で、「超大国が何をしようとも、我々はフィリピンの国益の範疇で行動しなければならない」と強調している。この発言は、ワシントンとの同盟に固執することも、また北京との新たな提携を形成することもしないと彼が考えていることを示唆している。むしろ、彼は、激化する大国間対立を躱すために中道を歩むことを望んでいる。
(2) Marcos Jr.は、討論会で地政学的に見れば、フィリピンが「困難な位置」にあるとしながらも、フィリピン政府は「どの国にも、特に中国には1平方インチの領土も譲らず、我々の国益を維持していくであろう」と強調している。南シナ海において中国に対してフィリピンの国家主権と領土保全を守るMarcos Jr.の決意は、Duterte現大統領と対照的である。2016年の南シナ海仲裁裁判所の裁定に関しては、彼は、中国が裁判への参加を拒否したことから、「裁定は最早我々にとって役立たない」と述べているが、この発言は、裁定を否定したものではなく、中国政府の協力なしにはその履行が困難であるとの認識を示したものと解釈すべきある。
(3) Marcos Jr.とその一族の中国共産党との親密な関係はよく知られているが、彼は次期大統領として、南シナ海におけるフィリピンに対する中国の増大する高圧的姿勢には懸念を露わにしてきた。彼は討論会で、「フィリピンの漁船は軍事的脅威ではないにも関わらず、中国が戦闘艦を展開させるような事態が起きれば、我々も対応しなければならない。我々は、海軍艦艇あるいは沿岸警備隊を派遣することができる。即ち、当該海域に軍事力が配備され、国家が存在する」と述べている。Marcos Jr.が係争海域における「国家の存在」の必要性を強調したことは、彼が中国を抑止するために米比同盟を梃子にしようとしていることを示唆している。何故なら、フィリピンの艦船に対する如何なる攻撃も、必然的に米比相互防衛条約の発動に至るからである。この点に関する米政府の政策は、長年にわたって一貫している。彼はまた、南シナ海で国家的意志を誇示するとし、その目的は「我々が自国の領海と見なす海域を防衛していること、そして中国の艦船に対する発砲を目的とするものではないことを中国に示すことである」と述べている。Marcos Jr.のこうした発言は、Duterteよりもはるかにタカ派的であることを示している。
(4) 米比同盟についても、Marcos Jr.は討論会での質疑応答で「米国との同盟は非常に重要なものである」と強調し、Duterteとの違いを際立たせている。これは米政府にとって好ましいことであり、米比同盟を優先した父親の政策を是認するものである。実際、フィリピンにおける米国の暗い植民地政策の遺産を蒸し返す日々は、Duterteの退任を以て終わるかもしれない。もっとも、彼もDuterteと同じように、同盟関係の幾つかの側面を再交渉しようとするかもしれない。したがって、次期政権の国防長官は米比相互防衛条約の「再検討」を繰り返し求めてきたLorenzana現国防長官の路線を継承する可能性がある。とは言え、次期政権が再検討過程に着手したとしても、同盟関係を終わらせるのではなく、同盟関係におけるフィリピン政府の価値を高めることを求めることになろう。このことは、Biden米政権が追求する統合抑止戦略、すなわち中国やロシア、その他の敵対勢力を抑止するために、米国と同盟国及び提携国が共同する戦略に合致するであろう。
(5) 当然ながら、これらの発言は今のところ中身が伴っているわけではない。Marcos Jr.は今後、中国に対してフィリピンの主権を守り、米国との同盟を優先するという自らの言葉を、実際の行動に移していかなければならないだろう。彼は、フィリピン国民、軍指導部そしてその他の有力者の間に見られる圧倒的な親米感情からもそうするであろう。フィリピンの政治におけるこうした基本的な実態と、緩和する気配の全くない南シナ海におけるフィリピンの利益に対する中国政府のますます高圧的になる姿勢とが相まって、Marcos Jr.の大統領就任早々に、Duterteの親中路線は政治的死を迎える。それ故、彼は、Duterteと同じ陥穽に嵌まることを避けるとともにフィリピンにとって戦略上の利益を最大限にするために、Duterteの対外政策を微調整していくことになろう。
記事参照:New Philippine President Marcos Jr. Likely Won't Repeat Duterte's Foreign Policy Mistakes

5月10日「フランス領ポリネシアとフランスのインド太平洋戦略―フランス専門家論説」(The Diplomat, May 10, 2022)

 5月10日付のデジタル誌The Diplomatは、French Air Force Academcy(フランス空軍士官学校)講師Paco Milhietの“French Polynesia and France’s Indo-Pacific Strategy”と題する論説を掲載し、Paco Milhietはインド太平洋地域に広大な領土と排他的経済水域を持つフランスのインド太平洋戦略の推進は、インド太平洋地域の大国としてのフランスの地位を正当化し、関係国に信頼を与えることを意図しており、その戦略は包括的で特定の国に対して向けられているものではないが、中国政府には反中国政策として解釈されているとして要旨以下のように述べている。
(1) 2021年7月、フランスのEmmanuel Macron大統領は初めてフランス領ポリネシアを公式訪問した。Macronは、COVID-19に関連する健康危機、核実験の結果が過小評価された影響、マルケサス諸島のユネスコの世界遺産リストへの登録、気候変動の影響との闘いなどに関する多くの国内政治的な質問に答えなければならなかった。しかし、大統領の訪問は国際的な側面も持っていた。太平洋地域における中国の影響力の高まりを背景に、Macronはフランスがインド太平洋地域で実施している多様な政策を明らかにした。
(2) 2018年5月、フランスはインド太平洋戦略を正式に採択した。この戦略の概念は、21世紀初頭からいくつかの政府、特に米国、オーストラリア、日本によって策定されてきた。フランスや米日豪が言うインド太平洋は、何よりも中国の台頭を封じ込めることを目的とした戦略的な意味合いである。この概念の国際的な推進は、2013年以来中国が推進する一帯一路構想の発展に続くものである。インド太平洋の意味を受け入れてきたすべての国は、この地域における中国の影響力を封じ込めるという同じ希望を共有している。
(3) フランスは、インド太平洋戦略の独自の概念を開発した。フランスは、この地域における外交的、文化的、経済的、軍事的影響力の淵源を持っている。しかし、この広大な地域におけるフランスの存在を正当化し、フランスの戦略の特異性を構成しているものは、主としてレユニオン島、マヨット島、フランス領南方・南極地域、ウォリス・フツナ、ニューカレドニア、フランス領ポリネシアを含むフランス領インド太平洋集団(FIPC)における国家主権の行使である。Macronは、タヒチ島のパペーテでこの戦略におけるフランス領ポリネシアの抜きん出た役割を強調し、「我々は、私が信じるインド太平洋戦略と果たすべき重要な役割を有する仏領ポリネシアをもって、ここ太平洋で書き込んだ将来に対する大望の1ページを持っている。」と述べている。 
(4) 南太平洋の共同統治領または自治国の領土は、世界人口のわずか0.1%を占めているだけである。しかし、彼らは国連での投票の6.7%と国際海洋空間の40%を占めており、あらゆる種類の地政学的欲求を喚起するのに十分である。そのためアジアの多くの大国は、太平洋島嶼国との独自の枠組みを発展させてきた。中国は、2006年にChina-Pacific Island Countries Economic Development and Cooperation Forumを立ち上げ、フランスは1997年に日本と太平洋島嶼国代表との3年に1度のPacific Islands Leaders Meetingを設立した。インドは、2014年にインド太平洋島嶼国協力フォーラム(FIPIC)を実施しており、韓国、台湾、シンガポール、タイも太平洋島嶼国との関係を維持している。また、米国の「太平洋の誓い(Pacific Pledge)」、カナダの「太平洋の変化(Pacific Shift)」、英国の「太平洋の高揚(Pacific Uplift)」、豪州の「太平洋のステップアップ(Pacific Step-up)」、ニュージーランドの「太平洋の再構築(Pacific Reset)」、インドネシアの「太平洋の上昇(Pacific Elevation)」、日本の「太平洋の絆(Pacific Bond)」など、多くの国が南太平洋地域に対する政策を定義するための外交戦略を策定している。
(5) 2002年以来、フランスは独自の地域フォーラムも設立している。Macron大統領のポリネシア訪問の5日前の2021年7月19日に、第5回フランス・オセアニア首脳会議が開催された。この会議には、太平洋諸島フォーラム(PIF)の議長、南太平洋地域の15の国および自治領の首長または代表、太平洋のフランス領の代表者、ニューカレドニア政府知事Louis Mapou、フランス領ポリネシア自治大統領Edouard Fritch、ウォリス・フツナ準州議会の議長Nivaleta Iloaiがテレビ会談に参加した。フランス軍はまた、南太平洋防衛大臣会議を含む積極的かつ運用上の協力の枠組みの中で地域の安全保障に積極的に参加している。フランスはまた、フランス、オーストラリア、ニュージーランドを結集したFRANZ三者間協定のメンバーであり、この地域の災害救援においても活動する。それらに加えて、フランスは最近、QUADを含む海軍演習においても主導的立場をとった。
(6) フランスの排他的経済水域(以下、EEZと言う1,100万平方kmは、世界第2位でありこれは主に、フランス領ポリネシアのEEZ 450万平方kmによるものである。2021年7月、フランス史上初めて、フランス大統領がタヒチ島から約1,500km離れたポリネシア最北端のマルケサス諸島を訪問し、その後、トゥアモトゥ諸島のマニヒ島を訪問した。フランス大統領によるこれら2つの遠隔地への訪問は、フランス領ポリネシアの地政学的可能性に対するフランスの関心を強調している。海洋の広大さは、空路の接続性、海底ケーブル、宇宙政策、多金属の団塊などを含む、地政学的価値と開発の大きな機会を表している。このような広大な海域に対する主権の行使は、ある特定の国際的な行為者、特に中国の勢力拡大の要望に直面し、重い義務と責任も伴う。
(7) 南太平洋への影響を拡大するための中国政府の様々な戦略は、経済的影響、中国人移住の制度化を、開発の援助、基幹設備のための資金調達、多国間対話への参加と組織、2国間の政治協力など、多くが文書になっている。フランス領土、特にフランス領ポリネシアに関しては、中国はこの地域におけるフランスの主権に公式には異議を唱えていない。そうすることで、中国政府はフランスという重要な欧州の提携国との2国間関係を維持している。しかし、中国はフランスをアジアにおける正当な行為者として認めることを拒否している。この中国の懐疑は、2013年にシャングリ・ラ対話で中国人将校によって表明された。彼は「我々にとってフランスはヨーロッパにある」と述べている。
(8) フランスのインド太平洋戦略は、中国政府において米国が主導する「反中国」戦略として認識されている。2018年5月の訪豪の際に行われたMacron大統領のインド太平洋に関する演説は、中国の国営メディアによって嘲笑された。さらに憂慮すべきことにフリゲート「ヴァンデミエール」が台湾海峡から退去するように命じられたが、この事件は中国政府が、特にインド太平洋に関しては、フランスを米国の代理人と見なしていることを示している。
(9) 結論として、フランスはインド太平洋地域に重要な資産を有している。それは、主としてインド太平洋地域におけるフランス領の国家主権の行使である。フランスのインド太平洋戦略の推進は、インド太平洋の大国としてのフランスの地位を正当化し、信頼を与えることを意図している。フランスの戦略は包括的であり、特定の国に対して明示的に向けられているものではないが、中国政府には反中国政策として解釈されている。将来的に、フランス領インド太平洋集団(FIPC)はフランスの国際関係における主要な構成要素となり、フランス領ポリネシアは中仏関係の重要な要素になるであろう。
記事参照:French Polynesia and France’s Indo-Pacific Strategy

5月10日「中国・ソロモン諸島間の安全保障協定が持つ本当の意味―オーストラリア政治学者論説」(The Interpreter, May 10, 2022)

 5月10日付のオーストラリアシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreter は、同シンクタンクInternational Security Program の責任者Sam Roggeveenの“Chinese bases in the Pacific: A reality check”と題する論説を掲載し、そこでRoggeveenは中国とソロモン諸島の安全保障協定が持つ意味について、その軍事的含意よりも外交的含意のほうが重要であるとして、要旨以下のように述べている。 
(1) 中国がソロモン諸島と安全保障協定を結んだことが報じられとき、オーストラリアは動揺した。それは果たして、太平洋島嶼部に中国の軍用機や軍艦の駐留を認めるものなのだろうか。中国の近くに位置する日本や韓国、台湾は、日常的に中国の軍用機や艦艇の侵入に対処しているが、次はオーストラリアの番かもしれない。オーストラリアと中国の間の距離が長いことは防衛上の重要な資産であったが、太平洋に中国の軍事基地が建設されれば、それが失われるかもしれないと懸念されている。
(2) 仮に太平洋に中国の軍事基地が建設されたとしても、オーストラリアの状況は日本や韓国、台湾よりはましである。その基地に戦闘機などが配備されたとしてもせいぜい20機程度であり、対処は容易である。戦争になったとしても、周辺を封鎖することも容易かつ少ない対価で実施できるので、部隊の補充は中国にとっては困難だ。
(3) ソロモン諸島や他の太平洋島嶼部に中国の基地が建設されたとして、それがオーストラリアの海上交通路を脅かす可能性があるかもしれない。しかし、その海上交通路は太平洋全域で数千kmという長さを誇り、そもそもそれをすべて守るのは不可能である。海底ケーブルが脅かされるかもしれないが、これもまた同様に、そのすべてを物理的に守るのは不可能である。
(4) 中国もこれらを理解しているとしたら、そもそもなぜ中国は太平洋に基地を欲するのか、という疑問が生じる。考えられる理由の1つは、オーストラリアというより米国と関連がある。中国はアジア太平洋において指導力を発揮する決意を固めており、そのために米国をアジアから追い出そうとしている。戦争をせずにそれをする方法の1つが、米国の力が衰えており、中国のそれが強まっていることを地域の国々に納得させることである。そうするために、中国が太平洋の基地を獲得し、そしてそれを米国が止められないことを示そうとしているのである。
(5) 第2の理由として、その軍事基地自体が米国を追い出した後のアジア太平洋において重要な資産となることが挙げられる。地域で勢力圏を確立し、指導力を発揮するには海外基地が必要不可欠である。それ無しに広大な範囲に軍事力を投射することは困難である。たとえば、米海軍は非常に強力であるが、補給するための海外基地・拠点がなければ今日のような世界的大国にはなっていないだろう。
(6) 中国の勢力圏がアジア太平洋を超えて拡大するのではないかという懸念があるが、それはかなり先のことであろう。現在、中国の海外基地はジブチにある1つだけである。アジア太平洋全域に基地網を張り巡らせるのに必要な労力は膨大である。そして、それを遅らせる、ないし食い止めるためにオーストラリアが必要としているのは、軍事的な努力ではなく外交的な努力である。
(7) この点に、中国の行動を説明する第3の理由がある。すなわち、今回の安全保障協定は、それまでソロモン諸島の同盟国であったオーストラリアの外交的影響力の限界を示すために結ばれたということである。その点において、中国は軍事基地を建設する前にすでに目的を果たしている。いずれにしても、今回のケースが軍事的な問題というよりは外交的なそれとして理解することが重要であろう。
記事参照:Chinese bases in the Pacific: A reality check

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) DON’T CALL IT A GRAY ZONE: CHINA’S USE-OF-FORCE SPECTRUM
https://warontherocks.com/2022/05/dont-call-it-a-gray-zone-chinas-use-of-force-spectrum/
War on the Rocks, May 9, 2022
By Roderick Lee is the research director with the U.S. Air Force’s China Aerospace Studies Institute. 
Dr. Marcus Clay is an analyst with the U.S. Air Force’s China Aerospace Studies Institute.
 2022年5月9日、米空軍China Aerospace Studies Instituteの研究部長Roderick Leeと同研究所の分析員Marcus Clayは、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに“ DON’T CALL IT A GRAY ZONE: CHINA’S USE-OF-FORCE SPECTRUM ”と題する論説を寄稿した。その中でLeeとClayは、2020年10月30日、Mark Milley米統合参謀本部議長が中国側に「米国は中国と戦争を始めるつもりはない」と断言する電話をかけたことが明らかになったが、米中両政府関係者が「オクトーバー・サプライズ(October surprise)」と呼ぶこの出来事は、武力行使について米中双方に誤解があった場合に何が起こるか、そしてその誤解がもたらす潜在的な危険性などを我々に示唆するものであるが、中国の軍事力行使に関する思想をよりよく理解することで、米国の政策立案者は、将来、この種の不意打ちが起こる可能性を低くすることができるかもしれないと指摘し、理解すべき思想として「平時の軍事力行使(和平时期军事力量运用)」を取り上げている。そしてLeeとClayは、この思想は、敵対者が国家安全保障の意味での中国の「ボトムライン」に到達するのを防ぐために、あえて人民解放軍が小規模な武力を行使するという考え方であり、故に中国は本来「グレーゾーン」という考え方を有していないと指摘した上で、欧米はこの「平時の軍事力行使」の思想を理解していないため、中国がどのように武力を行使するかについて不完全な解釈しかできていないし、中国が行う可能性のある軍事的選択肢の大部分に対処できていないと主張している。

(2) Europe And East Asia: All Part Of The Same ‘Theater’ For America?
https://www.19fortyfive.com/2022/05/europe-and-east-asia-all-part-of-the-same-theater-for-america/
19FortyFive, May 9, 2022
By James Holmes holds the J. C. Wylie Chair of Maritime Strategy at the Naval War College and served on the faculty of the University of Georgia School of Public and International Affairs. 
 5月9日、U.S. Naval War College教授James Holmesは、米安全保障関連シンクタンク19fortyFiveのウエブサイトに、“Europe And East Asia: All Part Of The Same ‘Theater’ For America?”と題する論説を寄稿した。その中で、①ヨーロッパと東アジアは、米国にとって、その外交、経済、武力行使のための一つの戦域なのか、それとも、複数の戦域があり、そこに序列が存在するのかという問題がある。②『戦争論』を著したCarl von Clausewitzは、戦域(theater of operations)を「境界線が守られており、ある程度の独立性を持つ前線上の1区域」と定義しており、戦闘員がある戦域では攻撃し、他の戦域では防御するといったことがある場合、複数の戦域があるということは明確である。③Clausewitzの見解は歴史が裏付けており、戦時には大陸規模の国々に複数戦域が発生する。④地理的に広大なユーラシア大陸を1つの戦域とするのは賢明ではなく、資源も有限であるため、戦域を区別して優先順位を設定することは不可欠である。⑤Biden政権は、ウクライナ戦争を米国の戦略上、台湾と同格に位置づけ、米国の資源を求めるヨーロッパの同盟国に屈したように見える。⑥米国には2つの大きな選択肢があり、1つは、ヨーロッパの同盟国との間で、ヨーロッパの安全保障はヨーロッパが、インド太平洋の安全保障は米国が主体的に担うという役割分担を図ることである。⑦2つ目は、複数のユーラシア大陸の戦域を管理するための手段に投資することであり、この選択は割高である。⑧後者の選択が避けられないような状況にならない限り、前者が優勢になる可能性が高いが、米国が全てを行うことができるという印象を米国民と同盟国に与えないようにする必要があるといった主張を行っている。

(3) THE MARITIME SECURITY DIMENSION OF THE EUROPEAN UNION-INDIA
STRATEGIC PARTNERSHIP: REVIEW OF THE 2020-25 ROADMAP
https://maritimeindia.org/the-maritime-security-dimension-of-the-european-union-india-strategic-partnership-review-of-the-2020-25-roadmap/
National Maritime Foundation, May 9, 2020
By Captain Himadri Das is a serving Indian Naval Officer and is presently a Senior Fellow at the National Maritime Foundation (NMF).
 2022年5月9日、インド海軍大佐で同国海洋問題シンクタンクNational Maritime Foundationの主任研究員Himadri Dasは、同シンクタンクのウエブサイトに“ THE MARITIME SECURITY DIMENSION OF THE EUROPEAN UNION-INDIA STRATEGIC PARTNERSHIP: REVIEW OF THE 2020-25 ROADMAP”と題する論説を寄稿した。その中でDasは、2022年4月に行われた欧州連合(EU)とインドとの首脳会談で強調されたように、インドと欧州という2つの大規模かつ活気に満ちた民主主義社会は、いくつかの地球規模の問題について、共通した価値観や視点を共有しているが、その象徴となるEU-India Strategic Partnership Roadmap 2020-25は、海洋安全保障協力を含む複数の分野での戦略的パートナーシップを強化するための行動計画であると指摘した上で、この5ヵ年計画の進捗状況などを概観している。その上でDasは、EUとインドは海洋安全保障への関与を拡大してきたが、特にここ数年、海洋安全保障協力の意図が漸進的に強化されていることは明らかであると好意的に指摘しつつ、しかしこのロードマップが中間地点に近づくにつれ、当然のことながら、ロードマップのその先の展開も含め、さらなる進展と強化の余地があると述べ、EUとインドは提携国として、それぞれの長所と能力を生かし、相互補完性を活用することで、提携を次の段階に進めることができると主張している。