海洋安全保障情報旬報 2022年4月11日-4月20日

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4月11日「ウクライナの戦争から米軍が学ぶべき21世紀の戦争の教訓―米退役海軍大将論説」(Time, April 11, 2022)

 4月11日付の米誌Time電子版は、元NATO欧州連合軍最高司令官James Starvridis米海軍大将(退役)の“What the U.S. Military Needs to Learn from the Ukraine War”と題する論説を掲載し、そこでStarvridisはウクライナの戦争から21世紀の戦争について学ぶべき教訓がいくつもあるとして、要旨以下のとおり述べた。
(1) ウクライナにおける戦争は、21世紀の戦争がこれまでのものと根本的に異なる可能性があることを示唆している。我々は、現時点でこの戦争からどのような教訓を得られるだろうか。第1に、ロシアの装甲車両部隊に対してウクライナ軍が大きな成功を収めていることである。破壊されたロシアの戦車や装甲車の数は数千にのぼるが、これは主にNATOが提供した携行式の対戦車兵器によるものである。さらに示唆的であるのは、西側の情報と携帯兵器、それを活用する小規模な特殊部隊などを融合したウクライナの戦術的取り組みであろう。
(2) この点において最も重要であるのは、それによってロシア側に5週間で1万5,000人と言われている多くの死者が出ていることと、失われた装甲車や戦車を補充することが困難という事実である。ロシアの戦車は1台につき1,000万ドルほどであるが、それに対して対戦車ミサイルは数十万ドル程度である。戦場において戦車は役割を終えつつあるのかもしれず、その代わりに、資源を無人化システムなどに振り向けるべきなのかもしれない。戦車はまったく無用というわけではないが、携帯式対戦車ミサイルからの防護なども考慮しなければならない。
(3) 第2に、近接航空支援のリスクが非常に大きくなっており、ヘリコプターの脆弱性が強調されている。1,800万ドルもするロシアのヘリコプターが数十万ドルの携行式対空ミサイル・スティンガーによって撃ち落とされている光景をわれわれは何度も目にしたが、これは1980年代のアフガニスタン侵攻に際しても見られたものである。ロシア経済に与える影響も大きいし、パイロットの補充も大きな問題である。
(4) このことは、ドローンによるスウォーム戦術、すなわちAIを活用して大量の無人システムを制御し、同期して操作することによって、大型で比較的機動性の低いヘリコプターや輸送車両を攻撃するという戦術が本格的に導入される前の話である。われわれはこうした技術の最先端に位置しており、もしこれを本格的に活用できれば、近接航空支援のリスクをより高めることができるだろう。ここから得られる教訓は、有人システムから無人システムへと完全に切り替えるべきだということではなく、地上攻撃および対空攻撃両面での無人システムやAI技術の研究開発への投資を増加させるべきだということだ。
(5)第3に、ウクライナの戦場で大きな役割を果たしているのが、ロシアの部隊を追跡し、標的に関するリアルタイムの情報を提供する西側の情報システムである。これはロシア兵だけでなく前線の司令官の殺害を可能にしており、それゆえに戦場では一貫した指揮統制が取れず、モスクワから指令が出されるという状況をもたらしている。それはきわめて大きな失敗につながっている。したがって、ここでの教訓は正確な敵部隊の追跡と標的情報の提供が、前線での指揮統制を混乱に陥れ、作戦の成功につながり得るということである。
(6) 最後に、われわれはロシアが行っている戦争犯罪のような手口、すなわち無差別爆撃による民間基幹施設の破壊、偽旗作戦の実施、外国の傭兵の利用などを評価し、そこから学ぶことがある。実際にわれわれがそうした戦術を採用することはないだろうが、相手がこうした作戦を採用した場合にどのように対応するかを準備しておくべきであろう。
(7) 21世紀の戦場では、特殊部隊、無人システム、サイバーの重要性が際立っていくであろう。伝統的な兵器や戦術も重要であろうが、われわれは、ウクライナの戦争から新たな戦争のやり方を学ぶ必要があるのだ。
記事参照:What the U.S. Military Needs to Learn from the Ukraine War

4月11日「ロシア海上戦再考-米専門家論説」(Center for International Maritime Security, April 11, 2022)

 4月11日付の米シンクタンクCenter for International Maritime Securityのウエブサイトは、U.S. Naval War CollegeのRussia Maritime Studies Institute及びHolloway Advanced Research Programの長Michael Petersen博士の“RECONSIDERING RUSSIAN MARITIME WARFARE”と題する論説を掲載し、そこでPetersenはロシアの海上戦に関する多くの分析は、接近阻止・領域拒否(A2/AD)の概念に焦点を当てているが、これは戦域レベルでの戦闘能力について論じていないことから、戦域レベルでの広範な評価が必要として、要旨以下のように述べている。
(1) ロシア海軍の役割を理解するためには、まずロシアの紛争の段階を把握する必要がある。ロシアの軍事思想では、「脅威の段階」と「戦争の初期段階」が最も重要な時期とされている。脅威の段階は、戦争につながる可能性のある短く厳しい危機として特徴付けられ、戦争初期段階は、第1目標を達成し、後続の作戦を可能にするため、決定的で迅速な、共同、軍事、政治、サイバー作戦によって特徴付けられる。そしてロシアMinistry of Defenseは、脅威の段階において、海軍に以下の任務を課している。
a.戦略的抑止力としての迅速な動員、戦時体制への移行
b.地域紛争の隔離と戦争への発展阻止
c.ロシアの経済的利益と海上における航行の自由の保護
ロシア参謀本部は先制作戦を重視する思想を持っているので、海軍には命令に応じて戦闘に迅速に移行できる能力も求められる。これが「戦争の初期段階」の始まりである。
(2) この 10 年間、ロシア海軍の思想家たちは、特に初期段階において、極めて重要な陸上目標に対して海から攻撃することの重要性を強調してきた。戦時の重要な目的は、敵国の国家主権をある瞬間まで侵害することなく、そして敵の重要施設を海から攻撃することによって、軍事的・経済的潜在力を破壊することで、これは「対地攻撃艦隊」(the fleet against the shore)と呼ばれている。しかし、海上で敵海軍の目標を破壊するという伝統的な任務の必要性を抑えるものではなく、米空母及び米ミサイル防衛システムの海上構成要素に対する攻撃もロシア参謀本部の機関誌には強調されている。このように、海上と陸上の重要な目標に対する攻撃の組み合わせが、敵に対価を課する戦略の核心となる。実際、西側諸国が A2/AD(接近阻止・領域拒否)を重視しているにもかかわらず、ロシア海軍の戦闘理念は、制海権や領域拒否にのみ焦点を当てたものではない。むしろ、陸上と海上で、重要な戦略的価値を持つ標的を選んで攻撃し、敵の対価を押し上げることを重視している。
(3)ロシアは、近海(一般に沖合 300 海里まで)では地理的に一定の利点を有しているが、遠方の目標に対する戦闘には大きな課題がある。「戦力喪失勾配」という概念があり、これは、本国海岸から距離が遠くなるごとに失われる戦力の単位である。それは、相対的な軍事力は距離によって変化するという概念である。ロシアの海洋領域では、戦力の限界と外国との同盟関係や基地の確保に失敗しているため、この戦力喪失勾配は戦争の作戦段階で特に重要である。沿海域と近海におけるロシアの戦闘は、陸上センサー、電子妨害システム、デコイ、陸上ミサイル、戦闘機などから成る高密度で重層的なネットワークを中心に展開されている。ロシアからおよそ300〜400海里となる遠海域(Far Sea zone)や「世界の大洋(World Ocean)」の海域になると、競合する地理的空間が増大する可能性があり、利用可能なセンサーが減少するため、戦力の喪失が始まる。行動範囲が大きくなればなるほど、より高い水平線以遠(Over the Horizon:以下、OTHと言う)の捜索能力とより多くの残存性の高い外洋行動能力のある艦艇が必要となるが、ロシア海軍には、この 2 つが不足している。
(4) ロシア政府は、陸上部隊と連携して近海を防衛するために、小型艦艇部隊の構築に成功した。小型であることは、航続距離と残存率が制限され、対艦能力は近海に限定されるが、カリブル陸上攻撃用巡航ミサイル(以下、カリブルミサイルと言う)を装備しており、約1,000マイル離れた陸上の目標に対して戦域レベルでの広範囲な攻撃的な役割を果たすことができる。大型艦船、特にNorthern Fleet及びPacific Fleetに配備された大型水上艦や原子力潜水艦は、航続距離も残存能力も高いが、短期的には戦闘序列の厳しい制約を受ける。ロシア政府が、弾道ミサイル搭載原子力潜水艦を防護するために攻撃型原子力潜水艦を戦闘序列から引き抜いた場合、遠海域や「世界の大洋」での海軍の戦闘力は減少する。たとえば、北大西洋における攻撃型原子力潜水艦の展開数は3〜5隻、広大な太平洋では2〜3隻に留まるかもしれない。
(5) 外洋における戦闘で不可欠なOTHの「情報・監視・偵察」(Intelligence, Surveillance, Reconnaissance:以下、ISRと言う)は、ロシアにとって最も重要な海上戦の課題である。ロシアは、長距離対艦ミサイルを開発し、保有しているが、発見できない目標を攻撃することはできない。その射程を生かすために必要な捜索空間は増大しているが、攻撃可能となる質の目標情報を発射母体へ送信できる OTH センサーは遅れをとっている。ロシアの陸上センサーは、数百マイルまでは素晴らしい能力を発揮するが、外洋での目標捜索には不十分である。これを克服するために、モスクワは電子情報衛星によるシステムを構築した。この衛星は、敵対する艦艇が発する電磁波を収集し、その情報を衛星通信機器装備のロシア艦艇に送信するものである。しかし、公開情報によると、現在運用されているのは、Pion-NKS衛星1基とLotos-S衛星3基のみであり、覆域にはかなりの溝がある。
(6) Tu-142 Bear-F や Il-38 May のような長距離の哨戒機・偵察機により、これらの欠落を埋める必要がある。しかし、ロシアには前方基地がなく、同程度の航続距離を持つ戦闘機や艦載の戦闘機もないため、哨戒機・偵察機の長距離護衛は不可能である。非武装の偵察機は、ロシアの戦闘機の哨戒範囲内、陸上に設置された対空ミサイルの射程内に留まる必要があり、その覆域が限定される。水上艦艇や潜水艦に搭載されるセンサーにも決定的な限界がある。潜水艦の場合、特定の条件下でのみ、水上にある艦艇をソナーにより数十マイルの距離で探知することが可能である。水上艦からの探知範囲はもっと広いが、原子力潜水艦のような耐久性や生存性はない。艦船を使ったISRは、陸上を起点とする防空域から遠く離れた場所を哨戒するため、そのリスクはますます高まる。
(7) これらのことから、予想される紛争の輪郭を予測する。
a.脅威の段階でロシア海軍は、沿岸、近海、北極海域に分散配備される。海上国境付近に配備された戦域レベルの航空宇宙軍がより高い準備態勢を整え、場合によっては前進基地へ配備される。これらの部隊の目的は、潜在的な敵対者に抑止力または受け入れ難い損害を与えることである。
b.参謀本部が、先制攻撃を重視することから、ロシア政府は抑止に失敗したと判断すれば、敵対行為を開始する。迅速で決定的・戦略的な航空作戦、あるいは極めて重要な目標を破壊するための戦略的作戦は、初期段階における重要な要素である。巡航ミサイル搭載原子力潜水艦は、この点で特に重要であり、軍事施設、司令部、C2ノード(指揮管制をサポートする拠点:訳者注)を攻撃するために必要とされるかもしれない。このクラスの潜水艦は当面 2~3 隻しかなく、この任務を遂行するには限界があるが、陸上攻撃は重要である。 
c. 海軍は、この段階で地域的優位を達成するための努力の1要素になる可能性が高い。たとえば、ヨーロッパまたは東アジアでの紛争を想定した場合、初期段階はノルウェー、ルーマニア、ポーランド、日本などの重要目標に対する激しい作戦によって特徴付けられるかもしれない。この作戦は、敵のミサイル射程外から攻撃でき、発射母体が誘導する必要のない打ち放し型精密兵器による戦略目標への攻撃を行う可能性がある。別の言い方をすれば、ロシアは、よりロシアに近い基地から相手を追い出して、より対価のかかる資源の投入を強いることによって敵との間合いを「拡大」しようとする。一方、米国のような国は、後続の軍事力を前進させるために打ち放し攻撃を使って間合いを「縮小」しようとするかもしれない。
d.遠方から長射程精密誘導弾を発射するロシアの長距離爆撃機は、海軍の巡航ミサイル搭載潜水艦による攻撃よりも危険な存在となるかもしれない。しかし、カリブルミサイル発射が可能な艦艇を否定するべきではない。たとえこれらの艦艇がバレンツ海、バルト海、黒海の海域に拘束されることになっても、小型艦艇は北、中央、東ヨーロッパの大部分を攻撃することができる。このような攻撃は、紛争の行方に決定的な政治的影響を与える可能性がある。
e.移動する(ロシアにとっての)敵の海軍の目標は、攻撃が困難な標的である。脅威の段階において分散しているNorthern Fleet及びPacific Fleetの大型艦艇は、海上交通のチョークポイント付近で待機し、外洋のISRの欠点を克服しようとするかもしれない。数は限られているが、ロシアの原子力潜水艦は敵艦艇がロシア沿岸を射程内に収める前に探し出すことにより重要な役割を果たす。
f.ここで、地理的な戦力喪失勾配がロシアの敵対勢力に影響を与える可能性がある。ロシアが敵の前方航空基地を排除することに成功すれば、米国とその同盟国は、大量の戦闘力を前方に移動させるために、大きな資源を投入しなければならない。米海軍が前進しなければならない場合、ロシア側にとって捜索すべき海洋の容積は比例して縮小する。空母打撃群を含む水上艦は、攻撃機、他の水上艦、潜水艦からの攻撃にさらされる可能性がある。対情報・監視・偵察及び目標捕捉(以下、ISR-Tと言う)と作戦行動技術が生死を分けることになるだろう。
g.この段階の戦争は、ロシアが最も対価を強いるかもしれない。ロシアの大型水上艦は自らの防空と海上からの敵艦船や陸上施設への攻撃を行い、小型のフリゲートとコルベットはカリブルミサイルを搭載して対水上戦を行う。しかし、搭載するミサイルの数に制限があり、海上での再装填ができないため、戦闘機と陸上ミサイルシステムの支援を受けた陸上攻撃機が貢献することになる。
(8) この分析にはいくつかの漏れがある。第1に、大西洋横断 SLOC への脅威に関する議論は、戦略的現実を歪めてしまう危険性があるため、より明確な分析が必要である。ロシアの能力と OTH-ISR の課題を考えると、入る所と出る所、つまり SLOC の広大な中央部ではなく、SLOC の端部が危険であるように思われる。地理的な事情と自国の軍事的近代化の状況が、ロシア海軍をこの方向へ向かわせるだろう。
(9) ロシア海軍の努力の大半は、通常兵器による損害を与え、その対応を混乱させ、定点での兵站の流れを妨げ、「抑止」または「受け入れがたい」損害を与えて、敵対国にロシアに有利な条件で講和を求めるように仕向けることと思われる。したがって、攻撃の大部分は、敵に対価を強いることを目的として、陸上の固定目標に行われる可能性が高い。長距離精密誘導弾は、遠く離れた安全な空域から、あるいは海上から使用されるかもしれない。ロシアは、非常に広い海域で、移動する目標のために資源の大半を割くことはあまりないだろう。このような攻撃は可能ではあるが、ISR を必要とし、戦術的にもはるかに複雑である。
(10) ロシアがグリーンランド・アイスランド・イギリス海峡(GIUKギャップ)以南の目標に脅威を与えるという懸念は、おそらく誇張されたものであろう。技術的には GIUK ギャップや英仏海峡を一時的に閉鎖することはできるかもしれないが、そのような試みの可能性は低い。むしろ、ロシアの戦略の一部は艦艇の能力と ISR における非対称的な不利を最小化する必要性 によって形成されている。ロシアは、地理的な戦力喪失勾配を実質的に克服し、米国と NATO を破る規模の艦対艦戦闘を大西洋中央部で成功させるために必要な外洋での作戦能力を有していない。
(11) それでも、この分析は米国とNATOが将来の重要な能力への投資を無視すべきではないことも示唆している。ISR と対 ISR 能力の継続的な開発は、今後も不可欠である。しかし、対ISRは攻撃を回避する保証にはならない。ロシアが新型極超音速対艦ミサイルを搭載した艦艇、航空機に搭載するセンサーをさらに進化させれば、探知を避けること、および近接するミサイルを撃墜することは難しくなり、ミサイルを誘導して誤った目標を攻撃させる「ソフトキル」技術への投資が必要となる。さらに、ロシアが海洋利用の拡大に成功した場合、米国とNATO諸国は、戦闘機が長距離を機動して、戦闘できるようにするため、空中給油機への投資を拡大する必要がある。
(12) 最後に、戦時のロシアの敵対勢力の存在も知っておくとよい。ロシア軍の分析、特に海上戦能力に対して、高度な敵対国がその軍隊で何をすべきか分からないまま行われることがあまりにも多い。戦争は動的な相互作用である。ロシアの潜在的な敵は、効果的で強力な軍隊を持ち、ロシアを抑止し、敗北させるために洗練されたコンセプトを開発している。ロシアの海上戦闘を冷静に評価するには、この両方の観点を考慮に入れなければならない。
記事参照:RECONSIDERING RUSSIAN MARITIME WARFARE

4月11日「東南アジアの海洋安全保障に関する型にはまらない考察―シンガポール・インド太平洋専門家論説」(The Interpreter, April 11, 2022)

 4月11日付のオーストラリアシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、シンガポールのNanyang Technological University に設置されたInstitute of Defence and Strategic Studies 研究員Collin Kohの“Thinking outside the box on Southeast Asian maritime security”と題する論説を掲載し、そこでKohは東南アジアの海洋で緊張が高まるなか、重要であるのは域外の国々による能力構築支援であるとして、どのような支援が望ましいかについて、要旨以下のように述べている。
(1) 東南アジアの海における緊張が高まり続けている。COVID-19の世界的感染拡大は国境を超えた犯罪行為の増加をもたらし、アフガニスタンにおけるタリバンの復権は国境を超えたテロ活動の増加への懸念を強めている。そしてウクライナ戦争は、台湾に対する中国の軍事的侵攻というシナリオへの警戒心を高め、また、米国の焦点がインド太平洋からヨーロッパへと移行してしまうのではないかという恐れも強めている。
(2) こうした状況に対応するための海洋安全保障のための行動能力の構築は、東南アジアではあまりうまくいっていない。医療や社会保障に多くの予算を振り向けるべきだという国民の声が大きくなっている。たとえばインドネシアでは、社会経済的優先順位を差し置いて、大規模な防衛装備調達計画を継続することに対して疑問が示されている。したがって東南アジア諸国にとって、海洋安全保障の能力構築のためには、域外の国々との関係を深め、支援を得ることがますます重要になってくる。
(3) 域外の国が東南アジア諸国に対し、海洋安全保障の能力構築に際して意識すべきは、彼らが主権に対して敏感だということである。したがって、能力構築支援は財政、物資、訓練、情報共有などの形で実施されるべきである。域外の国々の軍事力の展開も、とりわけそれが中国に対する抑止力になるという点で重要な意味を持つ。
(4) 東南アジア諸国に対する能力構築支援が、1つの形式でうまくいくことはありえない。どのような支援が適切であるかは、被援助国の国益や海洋安全保障の優先順位などによって異なるためである。したがって、能力構築のための支援はそれぞれの国に的を絞って実施しなければならない。
(5) 東南アジアにおける海洋安全保障の能力構築支援は、主に高性能兵器の売却や中古装備の移転などによって進められてきた。この地域では、海軍が警察や法執行の役割を担うことがあり、海洋ガバナンス強化のためには沿岸警備隊だけではなく、海軍への支援が重要になるためだ。しかし、ウクライナ戦争の勃発は軍事費の増額につながるかもしれない。したがって東南アジアへの能力構築支援は、今後、沿岸警備隊の増強に焦点を当てるべきかもしれない。しかしこれは伝統的な部門間の対立を悪化させるリスクをはらんでいる。
(6) 東南アジアにおける能力構築支援は、軍事領域だけに集中すべきでもない。すべての国が、わずかな資源の優先順位の決定や分配を方向づける海洋政策を持っているわけでない。域外の国々はそうした政策の立案に関して助言をすることもできよう。また、海軍や沿岸警備隊への物資の支援については、艦船監視システムや船舶自動識別装置などのありふれた装置でも大いに有用であろう。
記事参照:Thinking outside the box on Southeast Asian maritime security

4月12日「英海軍中心の冷戦以来最大の北極圏でのNATO演習—フランス海軍関連ウエブサイト報道」(Naval News, April 12, 2022)

 4月12日付のフランス海軍関連ウエブサイトNaval Newsは、“Royal Navy Completes Largest Arctic Exercise Since Cold War”と題する記事で英海軍による報道発表の内容を掲載し、北極圏で英海軍が中心になって行なったNATOの大規模の軍事演習について、要旨以下のように報じている。
(1) ノルウェーで開催された冷戦以来最大の軍事演習Cold Response 2022には、NATOの20以上の同盟国と提携国から2万7千名以上の人員、艦艇、装甲車両、航空戦力が参加した。英国最大の空母「プリンス・オブ・ウェールズ」が、この艦隊を率いてNATOの旗艦として行動する能力を示し、2022年の残りの期間、その役割を担うことになる。英海軍のクイーン・エリザベス級航空母艦がここまで北上するのは初めてのことで、千人以上の海軍軍人が北極圏での軍事活動を行う初めての経験を得た。
(2) この艦は、この演習で、F-35Bステルス戦闘機から、MV22オスプレイ、CH-53輸送ヘリコプターなど、英国及び同盟国の幅広い航空戦力と協力して役割を担った。英海軍は、英国及び北極圏での数カ月にわたる準備訓練に加え、2週間にわたる演習で、潜水艦からの奇襲攻撃や氷点下での初めての第5世代空母の運用まで、その独自の能力の一部を示した。
(3) 英海兵隊は、主催国の軍の支援を受けながら、危険なノルウェーの海岸線で隠密作戦のための新しい襲撃戦術を訓練し、磨きをかけた。また、英国が北極海での戦闘の熟達者として半世紀以上にわたって磨いてきた通常の大規模な演習や訓練も実施した。
(4) 845 Naval Air Squadron NAS分遣隊司令官トTom Nason海軍少佐は、「Cold Response 2022演習は、NATOのパートナー国との統合だけでなく、英海軍、英海兵隊、英海軍補助艦隊の切れ目のない連携能力を見事に実証した」と述べている。
(5) この演習がヤマ場を迎える中、Ben Wallace英国防大臣は、地上部隊と「プリンス・オブ・ウェールズ」の兵員、乗組員を訪問して、彼らの努力を多とするとともし、この地域の安全保障に対する英国の長期的な誓約と英海軍と英海兵隊の艦艇、航空機を極北に定期的に配備することを再確認した。
記事参照:Royal Navy Completes Largest Arctic Exercise Since Cold War

4月13日「グアムにある米軍基地の戦略的な重要性―インドニュースサイト報道」(The Eurasian Times.com, April 13, 2022)

 4月13日付のインド英字ニュースサイトThe EurAsian Timesは、“US Navy Sends ‘Chilling Message To China’; Deploys Its Fifth Attack Submarine To Guam Amid Beijing’s Belligerence”と題する記事を掲載し、米海軍の原子力潜水艦がグアムに寄港したことと、そこにある米軍基地の戦略的な重要性について、要旨以下のように報じている。
(1) 米海軍が発表した声明によると、ロサンゼルス級潜水艦は3月28日にグアムのアプラ港に到着した。米海軍は、インド太平洋の安全保障環境のために、最も能力の高い艦艇を前方に配備する必要があると述べている。「この態勢は、海上部隊と統合部隊の迅速な対応を可能にし、そして、最大の打撃力と作戦能力を持つ最も能力の高い艦艇と潜水艦を最良の時機に戦力化する」。米海軍原子力潜水艦「アナポリス」は、現在グアムに配備されている中で5隻目となるロサンゼルス級高速攻撃型潜水艦である。マリアナ統合軍司令官Benjamin Nicholson少将は、「グアムとマリアナ諸島は、この地域全体の防衛にとって非常に重要であり、今回追加された能力は、自由で開かれたインド太平洋への我々の誓約をさらに強調するものである」と述べている。
(2) ロサンゼルス級攻撃型原子力潜水艦は、現在においても世界で最も静かで最も強力な潜水艦の1つである。ロサンゼルス級原子力潜水艦は、それ以前の原子力潜水艦よりも静かで、かつ最新のセンサーや兵器システムを搭載できるように計画・建造された。
(3) U.S. Department of Defenseは2019年のインド太平洋戦略報告書で、同島での「戦力態勢の近代化」を表明した。グアムはこの地域の全ての米軍の戦術的な中枢になり、戦域における重要な作戦支援、後方支援をもたらす。さらに、インド太平洋で最も重要な軍需品と燃料の貯蔵能力を持ち、重要な情報、監視、偵察の選択肢とこの島を防衛する能力を保有している。
(4) 2022年初め、トライデント弾道ミサイル20基を搭載するオハイオ級原子力潜水艦「ネバダ」が、グアムの海軍基地に停泊していたことは、The EurAsian Timesが以前に報じたとおりである。米国のフリゲートや駆逐艦が米国の軍港や友好国に配備されることは日常的だが、今回は原子力潜水艦ということで際立っている。弾道ミサイル搭載原子力潜水艦のグアム訪問は2016年以来で、1980年代以降では2回目である。米国は、原子力潜水艦の行動について公にすることは稀である。しかし、原子力潜水艦を寄港させることは、インド太平洋地域における米国の支配と強さの表明するものである。
(5)  中国との可能性のあるどのような衝突の際でも、グアムは北京の動きを監視するのに重要な場所となる。グアムの海軍基地から出航した潜水艦は、探知されないように素早く深海に潜ることができる。近年、米国はグアム周辺の同盟国への配備を強化している。それらの進展を推進する大きな要因は、中国であると見なされることが多い。
(6) グアムはまた、最大射程3,400海里の中国の中距離弾道ミサイルDF-26の攻撃範囲内にある。中国がこのミサイルを 「グアム・キラー 」と名付けたのも驚くことではない。中国は、グアムの米軍基地が台湾統一という目標にとって最も深刻な障害であると認識している。その結果、中国の軍部が攻撃的な核戦争戦略よりも抑止的な姿勢をとることを好むのは、米国が数千の核兵器を保有しているのと比較して、中国は数百の核兵器しか保有していないからである。米国の動きを制限するために、DF-26は、中国の兵器の中でも最も重要なミサイルである。
記事参照:US Navy Sends ‘Chilling Message To China’; Deploys Its Fifth Attack Submarine To Guam Amid Beijing’s Belligerence
関連記事:1月26日「ウクライナ危機の最中、米国、核装備の潜水艦が身近にいることを中国に想起させる―日経済紙報道」(NIKKEI Asia, January 26, 2022)
Amid Ukraine crisis, U.S. reminds China nuclear-armed sub is close

4月14日「依然、性能より共産党を優先する中国海軍-英専門家論説」(The National Interest, April 14, 2022)

 4月14日付の米隔月刊誌The National Interestは、ウイグル問題に対する英ボランティア組織Foundation for Uyghur Freedom編集長Georgia Leatherdale-Gilholyの“China's Navy Still Puts the Communist Party Before Competence”と題する論説を掲載し、Georgia Leatherdale-Gilholyは人民解放軍が中国共産党の権力維持を支える武装力量として今日まで来ており、現在、人民解放軍が抱える問題の淵源の多くはここにあると指摘し、この問題が解決しなければ、艦艇、航空機を増強しても意味は無いとして、要旨以下のように述べている。
(1) 4月23日、人民解放軍海軍は建軍73周年を迎える。国家安全保障に役立てると言うより、中国の共産党員達が切望する支配をもたらすために創建された中華人民共和国の軍事機構は建軍以来、対価がいかにかかろうとも中国共産党が権力を維持することに注力して来ている。忠誠の誓いでさえ、国家、憲法、国民にではなく党に向けられている。歴代中国指導者は人民解放軍の政治的影響力につけ込んできており、その見返りとして人民解放軍に重要な政治的独立を与えてきた。
(2) 中国共産党は軍の階層の中に深く食い込んでおり、その影響力は全ての階層に及んでいる。軍の全ての組織に政治将校が配置されている。主要訓練実施、昇任、兵員の大学受講の決定は党の専権事項である。全ての中国企業と同様、党への忠誠と服従は物質的、政治的成功のために必要である。専門的な軍事問題に関して独自の考えを持つ者は、潜在的な問題児として目を付けられるようである。
(3) 党を守るという存在理由を決して放棄することがないようにするため、人民解放軍は常に政治的活動に関わるよう求められている。将校達の経歴の30%から40%の時間を党の思想、教義に関する教育などの非軍事的任務に費やされている。さらに、高級将校は全国人民代表大会代表に選出されるようかなりの時間とエネルギーを費やすのが普通である。外部から見ると中国軍の政治へのこだわりはその発展を阻害していることは明らかである。人民解放軍は拡大し、近代化するだろうが、硬直し、階層的で、厄介な存在のままである
(4) この階層的構造がもたらす障害の問題は人民解放軍海軍のようなハイテクの部隊で顕著である。人民解放軍海軍は勝利するためには軽快な機動力を有し、独立した行動が可能で、決定力がなければならない。人民解放軍の全ての軍種が硬直していることを置くとして、海軍の指揮統制システムは特に退化している。艦長と政治委員が同じように指揮統制を分担しているという二重指揮システムは特に異常である。理論的には艦長と政治委員は同列であるが、政治委員は艦の党委員会の票決を決定できることを考えれば、政治委員の方が上位に位置する。政治委員はまた、党の上部組織に艦長について報告する責任が有り、艦長の経歴を左右する権限を保有している。さらに、緊急時に艦長が独自の行動を採った場合にも、党委員会は後刻その行動について判断することになる。艦長自身の将来に対する恐れがその天分を狂わせ、軍事的勝利を優先する艦長の能力を損なうことを意味する。習近平主席のイデオロギーの純粋さに軸足を置く姿勢は既に窮屈になっている勤務環境を悪化させると考えるのが妥当である。
(5) 中国海軍の今1つの問題は実力主義の崩壊である。鄧小平も江沢民も毛沢東同様、軍の上層部を選ぶ時にはその才能よりも忠誠心を優先する専制君主であった。進歩の輝かしい事例というほどではないが、胡錦濤はこの傾向を幾分緩和した。胡錦濤のどちらかというと遊離した指導は初期の腐敗を生み出し、最近の中国海軍の将官が頂点に上り詰めていく手段を購ってきたことを意味する。習近平の腐敗撲滅運動は、新しい中央軍事委員会が習近平に忠実な要員で占められていることを考えると、この状況を幾分緩和してきたかもしれない。しかし、(腐敗を生み出す国家、国民に対する忠誠ではなく、党あるいは個人に対する忠誠の)悪循環は人民解放軍の階級構造のはるか下まで広がり、軍としての真の優秀さの全てが犠牲になっていると考えられる。
(6) 伝統的に大陸国家である中国は、1つの領域に何十年にもわたって焦点を当ててきたため、海軍を発展させる機会を失ってきた。20世紀の大半、中国海軍は中国の広大な海岸と近海の防衛を任務としてきた。建軍100周年を前にして中国海軍が期待されていた以上の遠海行動するようになったが、この変化以降でさえ、海軍の構造がドクトリンに適合していく速度はゆっくりとしたものである。これが、中国海軍が単一領域での作戦から多領域での作戦にその範囲を拡大していくのは2000年代後半になってからである理由であることは間違いない。本国海岸から遠く離れた海域で、外国海軍との共同訓練もこの時期から実施されるようになっている。
(7) 現実にそぐわない訓練は、海軍の展開についてほとんど教条的とも言える厳しい制限を強調している。訓練はごく最近まで最適なものではなく、散漫なものであった。2003年には、手続き上の失敗と粗雑な保守整備のために潜水艦の全乗組員が失われた。現在でも人民解放軍の潜水艦は近海を越えて行動する場合には支援艦の援護を受けなければならない。中国当局の透明性が世界的に有名であると言うにはほど遠い。状況を取り返しの付かないものにしているのは、これら問題の根本原因が続いていることにある。さらに、艦艇を大量に建造しても問題が解決するわけではない。
記事参照:China's Navy Still Puts the Communist Party Before Competence

4月14日「アジア太平洋における基地建設、その背景―米専門家論説」(Foreign Policy Research Institute, April 14, 2022)

 4月14日付の米シンクタンクThe Foreign Policy Research Instituteウエブサイトは、同Institute上席研究員Felix K. Changの “Strategy Behind China and the Asia-Pacific’s Military base Construction”と題する論説を掲載し、ここでFelix K. Changは①冷戦後15年間、アジア太平洋地域では異例の国家間の平和と安定の時期を経験し、この間、この地域の軍事基地は統合、縮小、あるいは完全に閉鎖された。②しかし、2000年代後半以降、アジア太平洋地域における軍事基地建設は中国、日本、東南アジア諸国、さらには米国と再び流行し始め、その建設のペースは注目に値し、持続的な国家間緊張の新時代を示唆しているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 冷戦後、この地域で新しい軍事基地を建設した最初の国は中国で、2000年代後半、海南島の楡林海軍基地が建設された。南シナ海の北端に位置するこの基地建設の表向きの理由は、南シナ海全域に対する中国の主権主張を一層強化するためであった。南シナ海に最も近い海軍基地は海南島の三亜にあったが、大規模な艦隊を収容するには小さく、また海南島所在の戦術航空機の航続距離では、戦闘行動は言うまでもなく、この海域への定期的な哨戒飛行にも十分ではなかった。楡林海軍基地は、より多くの水上艦艇だけでなく、空母や原子力潜水艦のような大型で強力な艦艇も収容できる。さらに、中国は2010年代後半までに、南沙諸島と西沙諸島内で自国が占拠する海洋自然地形の幾つかに人工島を造成し、軍事基地を建設した。これらの基地には、ドック、砲台、レーダー、及び情報収集施設が設置された。中国は、ファイアリークロス礁(中国名:永暑礁)、ミスチーフ礁(中国名:美済礁)及びスビ礁(中国名:渚碧礁)には、H-6爆撃機の発着に十分な滑走路と、HQ-9地対空ミサイルとYJ-12対艦ミサイル部隊用の施設を建設した。南シナ海とその周辺にある中国の新基地によって、中国政府は、南シナ海に対する持続的な監視と主権主張の強化が可能になった。
(2) しかし、中国が南シナ海の基地に建設した施設のいくつかは、より壮大な戦略的目標を示しているように思われる。その最たる例が楡林海軍基地の精巧な潜水艦用トンネル複合施設で、山の下に掘られたトンネル複合施設は、何隻かの攻撃型原潜と弾道ミサイル搭載原潜を収容できる。このトンネル複合施設は、中国の核3本柱を構成する海洋戦力のための、南シナ海における海軍要塞を確立する戦略を示唆している。その観点から見れば、中国政府が南沙諸島と西沙諸島の軍事基地に設置したミサイル部隊は、中国の南シナ海に対する主権主張を強化するためだけではなく、要塞の南方からの接近を阻止するためにも有効である。
(3) 一方、中国による東シナ海沿岸域の空、海軍基地の拡張には、複数の目的があったように思われる。2000年代後半から、中国は、地下潜水艦トンネルを有する浙江省象山の海軍基地を、そしていくつかの埠頭と修理施設を持つ定海と舟山の海軍基地をそれぞれ拡張した。また、近くの抗堪化された格納庫を持つ海軍航空基地を強化するとともに、江蘇省丹陽海軍航空基地の場合はH-6爆撃機用に滑走路を改修した。福建省龍天や恵安の空軍基地でも滑走路の改修が行われた。中国は2012年に、福建省霞浦近郊に真新しい空軍基地を建設し、数年後に拡張した。同基地は現在、中国のJ-11戦闘機とSu-30戦闘機の前方展開基地として機能しており、将来的には恒久的な基地になる可能性がある。こうした東シナ海沿岸域における基地建設の主たる理由は、台湾有事に向けての中国の準備に関係していることは間違いない。さらに、これらの基地によって、中国は尖閣諸島に対する主権主張や、いわゆる宮古海峡の確保など、他の戦略目的も追求できよう。実際、中国の東シナ海に面した海軍基地に配備された軍艦は現在、太平洋への主要な出入り口としてこの海峡に依存している。更に、中国の戦闘機は、霞浦空軍基地配備の戦闘機と同様に、宮古海峡上空を通航するYJ-83対艦ミサイル搭載H-6爆撃機を護衛する定期的な訓練を実施するようになっている。中国による東シナ海沿岸域の空、海軍基地の拡充は、台湾包囲に加えて、中国の戦力投射の野望と関連していると見られる。
(4) 2000年代初頭、アジア太平洋地域の多くの国は、行動規範、貿易の拡大そして経済統合の強化が、軍事基地の建設あるいは拡大を目指す中国の野心を抑えることを期待していた。しかし、そうはならなかったため、アジア太平洋地域諸国はそれぞれ自国の軍事基地の必要性を再評価するようになった。2000年代後半以降に建設された基地は、3つの異なった戦略的意図に類別される。
a. まず取り上げるのは、限定的な抑止戦略――即ち、中国軍が全く妨害されずに活動することを阻止することを狙いとするものである。この取り組みを採用した最初の国はベトナムで、2000年代後半には、カムラン湾海軍基地を大改修した後、インド、日本及び米国の海軍を含む外国の海軍に施設使用を開放した。同基地は2010年代後半までに、ベトナム海軍の中核戦力である、6隻の新型Project 636.3、NATOコードでキロ級と呼ばれる潜水艦の母港となった。続いてマレーシアは2008年に、南シナ海に近いボルネオ島北部サバ州セパンガー湾に2隻のスコルペヌ級潜水艦用の海軍基地を建設した。5年後、ボルネオ島沖合の南シナ海での中国のプレゼンス強化を監視するために、サラワク州ビントゥルに第2の海軍基地を建設し、2022年には滑走路を持つ基地に拡張した。インドネシアは2014年以降、カリマンタン島のポンティアナック海軍基地を拡大した。その後、2021年に、長い準備の後、計画中の潜水艦3隻用としてナトゥナ島で新しい基地建設に着工した。また、フィリピンは、2014年に南シナ海に隣接するパラワン島オイスター湾の海軍施設の拡張を開始し、その6年後、計画中の潜水艦2隻~3隻を含む、再生強化される海軍を収容する新しい基地建設地としてルソン島スービック湾を選定した。また、その近傍に、新しいF/A-50ジェット戦闘練習機用の空軍基地も建設予定である。加えて、2010年代半ば以降、いずれも南シナ海沿岸域に移動式対艦ミサイル部隊の基地建設を、ベトナムは既に開始し、フィリピンは間もなく開始する。これらの基地によって、両国は、紛争海域に近代的な火力を投射できることになろう。
b.日本もほぼ同時期に新しい軍事基地の建設を始めたが、上記東南アジア諸国の基地建設の戦略的狙いとは異なり、日本の基地は中国による尖閣諸島占拠を完全に阻止するだけではなく、中国のより広範な海洋における野望阻止を意図した戦略を示唆している。日本は2014年、与那国島に沿岸観測基地を建設し、その後間もなく、日本本土から与那国島まで続く琉球諸島の一部に対艦ミサイル部隊を配備した新基地建設の準備を開始した。奄美大島に建設された最初の基地には、12式対艦ミサイル部隊が配備され、03式地対空ミサイル部隊が守備している。その後、2020年に宮古島、2022年に石垣島に同様の基地を建設した。これらのミサイル基地は、尖閣諸島に加えて、宮古海峡を含む中国海軍の太平洋への全ての通過点をカバーしている。
c. 最後に、米国も太平洋地域の基地の要件を真剣に再考し始めている。ワシントンは現在、2010年代を通じて中国の弾道ミサイル攻撃の脅威の高まりについてますます懸念するようになってきた。実際、中国の新型中距離ミサイルの強化によって、グアムの米軍基地が脆弱化している。したがって、米国は、徐々に前方展開戦略から分散と重複の戦略に移行している。2018年には、オーストラリア北端のダーウィンに、ある程度の米軍の恒久的展開を維持するようにした。その後2020年には、パラオに新基地を建設する可能性について、歓迎する同国との交渉を開始した。さらに、太平洋を横断する海上交通路の安全を確保する必要性を考えれば、2022年にソロモン諸島の大使館を再開することを決定したことも驚くには当たらない。
(5) 当然ながら、以上見てきたような軍事基地の建設や拡大を、不安定化の、さらには紛争の前兆と見なす人もいるかもしれない。しかし、重要なのは、この地域の軍事基地の数ではなく、むしろこれらの基地が力と意図の認識にどのような影響を及ぼし得るかである。この地域の軍事基地の建設や拡大が、中国に挑発的な行動を自制させるに十分な力を生み出すならば、緊張の段階にかかわらず、域内の安全と安定の強化に裨益しよう。このことは、2020年代初頭までにより良く理解されるようになった。今後、アジア太平洋地域の指導者にとっての課題は、彼らが建設した(そして現在建設中の)軍事基地が、こうした均衡のとれた任務に適切であるかどうかということかもしれない。
記事参照:Strategy Behind China and the Asia-Pacific’s Military base Construction

4月15日「スウェーデン・フィンランド加盟、NATOの北の脇腹強化―ノルウェーオンライン紙報道」(The Barents Observer, April 15, 2022)

 4月15日付のノルウェーのオンライン紙The Barents Observer は、“NATO’s northern flank would be more robust if Sweden and Finland join, expert says”と題する記事を掲載し、ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけにしたスウェーデンとフィンランドのNATO加盟の動きについて、その背景と意義について専門家の意見に言及しつつ、以下のように報じている。
(1) もしフィンランドとスウェーデンがNATOに加盟すれば、ソ連崩壊後のヨーロッパ北部における戦略的地図が大幅に描き直されることになる。両国とNATOとのつながりはきわめて緊密であるが、その一方で北大西洋条約第5条に基づく集団防衛の対象国ではない。その両国のNATO加盟に向けた後押しをしている要因となっているのがロシアである。フィンランド首相Sanna Marinは、スウェーデン首相Magdelena Anderssonとの共同記者会見で「ロシアのウクライナ侵攻ですべてが変わった」と述べている。
(2) Norwegian Institute of International Affairsの上席分析員Per Erik Solliは、NATOの防衛保証は提携国であるスウェーデンとフィンランドには適用されないため、ロシアがもし限定攻撃をしかけてきたら、両国はウクライナ同様脆弱であると述べている。そしてもしこの2国がNATOに加盟すれば、抑止力は向上し、NATOの防衛にとっても有益であるとSolliは指摘する。
(3) また、Solliが指摘するには、スウェーデンとフィンランドがNATOに加盟したとしても、それがロシアにとって脅威になるということはない。ここ10年、NATOはあくまで集団防衛に専念してきたのである。
(4) スウェーデンはロシアと国境を接していないが、フィンランドは1,340kmも国境を接している。しかし国境の長さそれ自体がリスクを高めるというわけではないという指摘がある。実際、サンクトペテルブルクとコラ半島の間、すなわちフィンランドとの国境沿いのロシア領土には、戦略的に重要な基地などはわずかしかない。そうした意味では、ノルウェーやエストニアのほうがリスクは高いことになる。しかし、ノルウェーとロシアの国境近辺の緊張は歴史的に低い状態を維持している。ノルウェーは1949年の創設以来NATOの加盟国である。
(5) ウクライナ侵攻が開始した直後、NATOのJens Stoltenberg事務総長は、スウェーデンおよびフィンランドとの協力強化などに関する協議を開始すると発表した。軍事的な非同盟主義を貫いてきた両国にとって、NATOへの加盟は歴史的な方針転換となろう。NATOとの提携は着実に深められてきたが、公的な防衛保証の欠如は抑止力の欠如につながっていた。NATOへの加盟の決定について、フィンランド首相Marinは、数週間のうちに下されると述べたと言われている。
(6)フィンランドが先にNATO加盟を決断すれば、スウェーデンも、自国がウクライナのように孤立した環境に置かれることになると気づくはずだと指摘されている。専門家によれば、フィンランドとスウェーデンの両国がNATO加盟を決断したとき、スカンジナビア半島全体の安全がより確固たるものになるであろう。
(7) こうした動きに対し、ロシアは懸念を強めている。元首相にして元大統領であるDmitry Medvedevは、現在ロシア安全保障委員会副委員長を努めているが、両国がNATO加盟となれば、ロシアはより多くの陸海空軍戦力をバルト海方面に配備することになると述べ、さらに核兵器使用のカードすらちらつかせた。
記事参照:NATO’s northern flank would be more robust if Sweden and Finland join, expert says

4月16日「なぜロシアはウクライナに対して水陸両用戦攻撃を試みなかったのか?―米安全保障・外交専門家論説」(19FortyFive, April 16, 2022)

 4月16日付の米安全保障関連シンクタンク19FortyFiveのウエブサイトは、the Patterson School のRobert Farley 博士の“Why Hasn’t Russia Tried An Amphibious Assault Against Ukraine?”と題する論評を掲載し、Robert Farleyはロシアがウクライナとの戦争において、Northern FleetとBaltic Fleetから戦争前に移動させてきた古い型の揚陸艦によっては黒海における水陸両用戦の主導権を握ることができないでいることから、各国政府においてミストラル級強襲揚陸艦のような新型で強力な水陸両用戦艦艇の調達へのさらなる関心を引き起こすかもしれないとして、要旨以下のように述べている。
(1) ロシア・ウクライナ戦争が始まる前から、ロシアが黒海に揚陸艦の部隊を配備したことは、ウクライナ人に嫌悪感を与えてきた。多くの人々は、ロシアがおそらくヘルソンとムィコラーイウからの地上軍の攻勢の支援としてオデーサに強襲上陸作戦を実施するため黒海の支配を利用しようとするのではないかと考えた。ロシアがたどり着いたことは、米国ではしばらく前からわかっていたことである。戦いが行われている海空域における強襲上陸は極めて微妙な計画である。戦前の最悪の予想に反して、ロシアは地上戦に勝つために海上での優位を決定的に活用することに失敗した。このことは、強襲上陸作戦が敵の態勢を崩すという長年考えられてきた期待が報われないことを意味するかもしれないし、ロシアが単に海から戦いを行うために必要な装備を持っていなかったことを意味するかもしれない。
(2) 強襲上陸作戦が成功すれば、あるいはその脅威だけでさえも防衛する側の態勢を崩し、その防御を攪乱することができるであろう。側面からの攻撃は兵站を混乱させ、包囲を脅かし、防御する側は大きな損失を被りつつも着上陸部隊を排除するか自軍が退却するかのどちらかを余儀なくされるであろう。歴史的に成功した強襲上陸はまれであり、危険である。現代において強襲上陸を行うためには、強襲上陸を行う部隊はいくつかの戦術的および作戦上の目標を達成しておく必要がある。それには、目標上空の制空権の確保、空または海からの射撃に対する敵の防御陣地の制圧及び主上陸作戦を妨害する可能性のある敵の防御陣地の制圧または無力化のために陸上に事前に前方部隊を安全に展開しておくことが含まれる。奇襲攻撃は、これらすべての事項に非常に役立ち、敵が陸上部隊と航空部隊を攻撃地域において再配置することを困難にさせ、味方の射撃限界における敵の戦術的防御の有効性を低下させる。第2次世界大戦中でさえ、強襲に必要とされる資材が防御側にも明白であったため、奇襲攻撃を行うことはしばしば困難であった。今日、公開情報により、船舶や航空機の動き、物資の積み込み、ドックでの兵士たちの活動も敵に明らかになっているので、奇襲攻撃はいかに自信があっても成功することはほとんど不可能であろう。
(3) 黒海においてウクライナの海軍力が完全にゼロであったにもかかわらず、ロシアはその優位を決定的な効果とする幸運はほとんどなかった。戦争の前、ロシアはNorthern Fleet
とBaltic Fleetから旧型の揚陸艦を黒海に移動させている。揚陸艦の移動は、ロシアが実際にウクライナ侵攻の準備に真剣に取り組んでいることを示す最も明白な指標の1つであった。しかし、これら揚陸艦等は、戦争にほとんど影響を与えていない。揚陸艦は、ウクライナ沿岸を脅かすために何度か出港したが、防御側の一見して分かるほどの十分な準備によりロシア軍が抑止され、ロシアの揚陸艦部隊を信じられないほどのこけ脅しにすぎないものとした。実際、ロシアにとってこれまでの戦争で最も屈辱的な出来事の1つは、ベルジャーンシク市の港湾で輸送艦1隻を失ったことである。しかし、ロシアが、この戦争で水陸両用戦をうまく実施できていないことは一般的な傾向とはあまり関係がなく、ロシア軍の特殊な能力と関係があるかもしれない。ロシアが黒海に移動させた水陸両用戦艦艇は、すべて冷戦時代に建造された艦艇であり、小型で非常に限られた能力を持っている。それらの艦艇は、独立して強襲上陸を実施するようには設計されておらず、支援射撃もできず、航空支援も多くを実施できない。今から8年前、フランスは、2隻のミストラル級水陸両用強襲揚陸艦を譲渡しロシアの造船所でさらに2隻の揚陸艦の建造を支援するというロシアとの合意を破棄した。もしこの合意が達成されていたならば、事態は違った方向に進んだかもしれない。黒海にそれらの艦艇が存在すれば、ロシアはより強力なヘリコプター攻撃部隊を含む、はるかに手ごわい水陸両用戦能力を手に入れていたかもしれない。
(4) 過去30年以上、水陸両用戦艦艇は世界の海軍の調達の中心となっていた。その理由の大きな部分は、水陸両用戦艦艇が政府からの資金を獲得するのに苦労していた海軍の所要を満たしたからである。水陸両用戦艦艇は、もちろん戦争のための艦艇であったが、救助、災害救援、または一般的な「存在感を示す」作戦を支援することによって、きわめて大きな外交効果を発揮することもできる。しかし、少なくとも米国は水陸両用戦艦艇への関与を再考し始めている。軍事的所要が、災害救助などの一般的な事項から中国という自国と同等の力を持つ競争相手を打ち負かすことへと移行するにつれて、「存在感」としての水陸両用戦艦艇とHADR作戦の有用性はそれほど重要ではなくなってきたようである。
(5) 水陸両用戦艦艇の時代はおそらく終わっていないが、それはロシア・ウクライナ戦争の経験と今後数年間で計画される欧州の再軍備に基づいて進化する可能性が高い。各国政府にとって、人道的作戦の有用性という理由によって水陸両用戦艦艇の海軍支出を正しいと証明する必要性は少なくなるだろう。しかし同時に、ロシアが古い型の揚陸艦では黒海において水陸両用戦の主導権を握ることができないでいることは、ミストラル級強襲揚陸艦のような新型で「強力な」水陸両用戦艦艇へのさらなる関心を正しいと証明するかもしれない。
記事参照:Why Hasn’t Russia Tried An Amphibious Assault Against Ukraine?

4月18日「中国は第1列島線の障壁にどう仕掛けるか-米専門家論説」(19FortyFive, April 18, 2022)

 4月18付の米安全保障関連シンクタンク19FortyFiveのウエブサイトは、U.S. Naval War College海洋戦略教授James Holmesの” How China Would Wage War Against The ‘Great Wall In Reverse’”と題する論説を掲載し、そこでHolmesは西太平洋への進出は、中国にとって最大の報酬を約束するが、失敗した場合には致命的な結果をもたらす。同盟国の軍隊は、それを目指した戦力、戦術、作戦を設計し、中国の進出を思いとどまらせる必要があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 米海兵隊司令官David Berger大将の思い通りに、海兵隊が島を飛び回り、ミサイルを保有し、第1列島線を中国海域と西太平洋間の海上・航空移動を防ぐ障壁に変身させると仮定する。これにより中国共産党の大物たちは、南シナ海、台湾海峡、東シナ海での悪事を一時的に思い止まるかもしれないが、沿岸水域で監禁されておとなしくすることはないだろう。中国は国家再生の夢を実現するために公海に出る必要があるので、中国指導部は経済的、軍事的、外交的に中国が世界情勢の中で存在感を示すための説得力のある理由を見出している。これらはすべて、公海への出入りを求めている。中国人民解放軍(以下、PLAと言う)の司令員には、第1列島線の障壁を破壊する何らかの方法が要求される。
(2) 軍部はまず、東の壁に対して広範な攻勢をかけるか、狭い範囲での攻勢をかけるかを決めなければならない。戦略家Edward Luttwakによれば、広範な攻勢か狭い範囲での攻勢かの選択は、戦域戦略における極めて重要な選択である。つまり、PLAは第1列島線に沿ってほぼ同時に行動し、防御の薄い境界線を破壊することが可能である。これらの攻勢を一度に行うには、各攻勢間の調整が不可欠であり、敵の守備隊が左右に移動して、補強し合うのを防ぐ必要がある。
(3) あるいは、中国の司令員は米国とその同盟国の防御を固定するために線上に形だけの部隊を残し、その後、どこかで陽動をかけた後、戦闘力を集中して壁に大きな一撃を与えることも可能である。中国の司令員は、Carl von Clausewitzが言うところの「防御線の戦い(cordon-warfare)」を利用することができる。つまり、防御線の1ヵ所に戦力のほとんどあるいは全戦力を投入する選択肢を享受している敵に対して、対処すべき防御正面を拡大させることができるのである。この試みは、防御を引き伸ばし、薄くするので、どの地点にあっても攻める側が優位になれる。
(4) このような場合、指揮官はできるだけ防衛線を短くすべきである。ただし、第1列島線はそうはいかない。Clausewitzは、このような防衛を余儀なくされた場合、防衛側は線上に火力支援を供給することを勧めている。Clausewitzにとって火力支援とは大砲のことであったが、今日では海・空・地上軍、特に誘導ミサイルやその他の精密兵器による火力支援を意味する。
(5) 中国共産党の司令員とその政治的指導者が最初に下すべき最も重要な決定は、「広範か狭い範囲か」である。狭い範囲で攻勢をかけ、他を抑えるという判断が下された場合、中国共産党の司令員は、西太平洋への出入りを可能にする海峡を強襲して水上作戦を行うか、海峡を見下ろす1つか2つの島を制圧するかを決定しなければならない。北京が水陸両用戦の能力に自信を持っているとすれば、陸地を確保することを選ぶだろう。そうなれば、中国共産党は島嶼防衛の論理を活用し、ミサイルを搭載した部隊を島嶼に配置し、近海や上空から防衛兵力を排除し、島嶼にある米国とその同盟軍に脅威を与えることができるようになる。それは、少なくとも一時的には第1列島線を断ち切ることができる。
(6) しかし、現状は理想的とは言い難い。PLA海軍が西太平洋に進入する経路として好んで使うのは、北に沖縄を挟んだ宮古海峡と、北に台湾、南にフィリピン・ルソン島を挟んだルソン海峡である。強力な日米両軍の本拠地である沖縄をPLAの海兵隊が襲撃するとは考えられない。沖縄への侵攻は過去に米軍により試みられたことがあるが、侵攻側と防衛側に多大な犠牲を強いることになった。また、ルソン島は、過去100年以上にわたって激しい反乱を経験してきた島であり、これもPLAが攻撃するとは思えない。そのため、PLAの司令員は、これらの水路のいずれかに隣接する島を手に入れるか、あるいは、これらにミサイルの届く範囲にある、遠くの島に落ち着くかもしれない。
(7) もしPLAの両用戦部隊が壁を突き破ることができれば、突破口を開いて西太平洋に大部隊がなだれ込むことになる。中国にとってこの作戦の危険性は、米国とその同盟国がPLAの海・空軍部隊の背後で侵出口を塞ぎ、補給、再補給、再武装のために帰国することを阻むことである。貴重な軍事資産が無駄になることを目の当たりにすれば、中国も躊躇することだろう。
(8) あるいは、中国は大切にしている政治的な願望を達成し、軍事的価値を高めるために大々的に行動することも考えられる。特に、台湾を征服することは、軍事的な問題を含め、多くの問題を解決することになる。台湾を征服すれば、ルソン海峡を見下ろす位置に立ち、PLA海軍の潜水艦や水上部隊の太平洋への出入りを保証し、台湾の北にある琉球列島の南端を見下ろす位置に立つことができるようになる。日本から尖閣諸島を奪取することは、中国政府とっては、遠い次善の策であろうが、足場を築き、軍事的な利益を得ることはできる。
(9) 一方、米軍とその同盟軍が第1列島線の海域と空の支配権を取り戻した場合、中国共産党は太平洋の島々に兵士が取り残される危険を冒すことになる。このような屈辱的な事態が発生するとすれば、中国政府は行動を起こせなくなる可能性がある。習近平の指導力が世論に疑問視されることになり、権威主義的な支配者にとっては危険なことである。習近平らにとって致命的な結果をもたらすかもしれない。
(10) 西太平洋への進出を試みることは、中国にとって最大の報酬を約束することになるが、作戦が失敗した場合には致命的な結果をもたらす。同盟国の軍隊は、PLAの作戦が失敗するような戦力、戦術、作戦を設計し、中国政府を説得する必要がある。
記事参照:How China Would Wage War Against The ‘Great Wall In Reverse’

4月19日「スールー海共同哨戒拡大をめぐる議論の活性化―米東南アジア安全保障専門家論説」(The Diplomat, April 19, 2022)

 4月19日付のデジタル誌The Diplomatは、同誌上席コラムニストPrashanth Parameswaranの“Indonesia, Malaysia, Philippines Consider Expanding Sulu Sea Trilateral Patrols”と題する論説を掲載し、そこでParameswaranはインドネシア、マレーシア、フィリピンによるスールー海の共同哨戒に関する議論が活発化していることについて言及し、その背景、意義、課題について、要旨以下のように述べている。
(1) 2022年3月、インドネシア、マレーシア、フィリピンの国防大臣が、スールー海の3ヵ国による共同哨戒を拡大する可能性について議論した。これは、東南アジア内の限定された地域における、少数国間の協調機構の継続的な発展を特徴付けるものである。東南アジアの海洋安全保障問題は、南シナ海とマラッカ海峡に焦点が当てられがちである。しかし、フィリピン南部、インドネシア、マレーシアの3ヵ国が接するスールー海、セレベス海への注目も近年集まっている。
(2) 2016年に乗組員の拉致事件が続発したことを受け、この国々は2017年に3ヵ国協力合意(以下、TCAと言う)を締結した。その後、この取り組みの拡大が模索されたが、COVID-19の世界的感染拡大により一時的に縮小した。それがこの数ヵ月の間に議論が再活性化している。3月28日には、クアラルンプールで、世界的感染拡大が始まってから初めてTCAの対面会合が実施された。このときの公式声明などでは、相互の活動を増やすことが示唆され、より具体的にはTCA閣僚会議を年に1度開催することや3ヵ国にそれぞれ海洋指揮センターを設置し、連絡担当者を派遣することなどが検討された。
(3) こうした動きはきわめて重要なもので、実際に、2004年に始まったマラッカ海峡における哨戒など先行する少数国間協力機構の成功の要因となったものである。これに加えて3ヵ国は、他の東南アジア諸国を参加させる可能性を議論したようである。他方でTCAの活動や参加国の拡大には課題も伴う。軍事的な実現可能性だけでなく、歴史に根ざす微妙な感情を乗り越える必要性もある。また、それぞれの国の国内政治にも左右される可能性がある。たとえば、フィリピンでは2022年5月に大統領選挙を控えているが、その結果が何らかの影響を与える可能性がある。
(4) 最後に、哨戒などの活動が成功を収めたとしても、それだけでは、不均等な経済発展や政治的腐敗など、哨戒によって対処しようとする問題の根本的な原因を解決することはできない。それぞれの国のガバナンスの問題への取り組みも合わせて推進されねばならない。
記事参照:Indonesia, Malaysia, Philippines Consider Expanding Sulu Sea Trilateral Patrols

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) An ocean of noise: how sonic pollution is hurting marine life
https://www.theguardian.com/environment/2022/apr/12/ocean-of-noise-sonic-pollution-hurting-marine-life
THE GUARDIAN, April 12, 2022
By David George Haskell, Professor of Biology at The University of the South 
 2022年4月12日、米The University of the SouthのDavid George Haskell教授は、英日刊紙The Guardian電子版に" An ocean of noise: how sonic pollution is hurting marine life "と題する論説を寄稿した。その中でHaskellは、今日、海中はエンジン音、ソナー、地震波の騒音が渦巻き、陸上の人間生活が生み出す排出物が海を濁らせ、そして、工業薬品は水生動物の嗅覚を鈍らせる状況にあるなど、私たちはこの世界に動物の多様性をもたらした海洋生物の感覚的なつながりを断ち切ろうとしていると指摘した上で、私たちは海洋騒音を減らす努力をしなければならないが、海洋騒音の規制は国ごとにバラバラに行われており、国際的な基準や目標に拘束されることがないため、海洋騒音は悪化の一途をたどっていると述べている。そしてHaskellは、私たちは騒音を減らすための技術や経済的な仕組みは持っているが、この問題に対する感覚的、想像的なつながりがなく、その結果、行動する意志が欠けているため、今後はクジラの鳴き声のような海中の音が動物たちを実りある創造的なネットワークにつないでいたことを改めて認識し、こうしたネットワークは私達の努力さえあれば復活する可能性があると指摘している。

(2) EIGHT NEW POINTS ON THE PORCUPINE: MORE UKRAINIAN LESSONS FOR
TAIWAN
https://warontherocks.com/2022/04/eight-new-points-on-the-porcupine-more-ukrainian-lessons-for-taiwan/
War on the Rocks, April 18, 2022
By Andrew S. Erickson, a professor of strategy in the U.S. Naval War College’s China Maritime Studies Institute.
Gabriel Collins, the Baker Botts Fellow in Energy & Environmental Regulatory Affairs at Rice University’s Baker Institute.
 2022年4月18日、米U.S. Naval War College’s China Maritime Studies InstituteのAndrew S. Erickson教授とRice University’s Baker Instituteの研究員 Gabriel Collinsは、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに" EIGHT NEW POINTS ON THE PORCUPINE: MORE UKRAINIAN LESSONS FOR TAIWAN "と題する論説を寄稿した。その中でEricksonとCollinsは、中国の習近平国家主席はウクライナにおけるロシアの挫折を見て、自身が台湾への侵攻を決意した場合、小規模な戦闘で勝利を得ることは望めないと判断しただろうが、そうなると習近平はより大規模な攻撃を準備し、より重装備で、より集中的な兵力を投入して、台湾を徹底的に打ちのめそうとする可能性が出てきたと指摘している。その上で両名はこの可能性に対応するため、米国と台湾が今後投資すべき具体的な分野は、侵攻、攻撃目標の制圧をより困難にし、そして占領と支配をさらに困難にするために①弾道ミサイル防衛網、②防空能力向上、③海上防衛、④海岸線防衛、⑤機雷戦、⑥情報戦、⑦民間防衛、⑧重要基幹施設の抗堪性の8つ方策があるが、これらの対応策の最終的な目的は、中国の野望に対して強固な反撃の意志を提示し、軍事的・政治的成功の見込みを曇らせ、中国の侵略の脅威を仮定のものとして今後も維持することであると主張している。

(3) What the PLA Is Learning From Russia’s Ukraine Invasion
https://thediplomat.com/2022/04/what-the-pla-is-learning-from-russias-ukraine-invasion/
The Diplomat, April 20, 2022
By Dr. Ying-Yu Lin, an adjunct assistant professor at the International Master Program in Asia-Pacific Affairs, National Sun Yat-sen University, Taiwan
 4月20日、台湾のNational Sun Yat-sen University(国立中山大学)助理教授林穎佑は、デジタル誌The Diplomatに、“What the PLA Is Learning From Russia’s Ukraine Invasion”と題する論説を寄稿した。その中で、①2022年のロシアのウクライナ侵攻は、中国共産党にとって、戦略研究における1990年の湾岸戦争や2003年のイラク戦争に勝るとも劣らない重要性をもっている。②ウクライナ戦争が示すように、米軍は将来、台湾海峡での武力紛争に必ずしも直接関与しないかもしれないが、侵略者に対して台湾が効果的に防衛できるようにするために、台湾に電子情報を提供することは可能である。③中国軍は台湾への上陸作戦を成功させるために、接近阻止・領域拒否戦術とは異なる、新たな戦術を検討する可能性があり、その中には、航空戦力と海洋戦力を駆使して、台湾への他国からの援助を阻止することや、他国の電子偵察機や電子戦機による妨害を阻止することが含まれる可能性がある。④台湾とウクライナの最大の違いは、前者が島国であるため、台湾では空と海の戦力がより大きな役割を担っている。⑤台湾全土が中国軍の戦力投射が可能な範囲にあるため、中国軍は台湾の空港を掌握する必要はなく、台湾の空港の滑走路を集中的にミサイルで攻撃することによって、空港を機能不全にすればいい。⑥中国軍の最大の問題は、主力の水陸両用戦部隊がヘリボーンによる強襲の能力を保有していないことである。⑦最大の防御は戦争を防ぐ能力であり、台湾では、台湾人が如何に敵を倒すかという意志をもち、台湾軍が如何に敵の攻撃を抑止するかという戦略を策定し、台湾が如何に外交によって戦争を行えない環境を作るかが問われているといった主張を述べている。