海洋安全保障情報旬報 2022年4月21日-4月30日
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4月21日「ロシア・ウクライナ戦争における海上戦の回顧と展望―米専門家論説」(War on the Rocks, April 21, 2022)
4月21日付の米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockは、同出版物の寄稿編集者でU.S. Naval AcademyのForum on Integrated Naval History and Seapower Studies上席研究員BJ Armstrongの" THE RUSSO-UKRAINIAN WAR AT SEA: RETROSPECT AND PROSPECT"と題する論説を掲載し、ここでArmstrongはウクライナ軍が自ら制海権を獲得する必要はないが、ロシアが黒海とアゾフ海を安全に使用することを不可能にできれば、ウクライナに大きな利益をもたらすことから、ロシアのミサイル巡洋艦「モスクワ」の沈没は、その転機となるかもしれないとして、ロシア・ウクライナ戦争の展望について、要旨以下のように述べている。
(1) ロシアのウクライナ侵攻は、表面的には陸上戦のように見えるが、これは海上戦でもある。戦闘は内陸部の首都キーウ周辺だけでなく、沿岸部や重要な港湾都市の支配をめぐっても起きている。ロシアは、ウクライナ東部への進出をロシア語圏の人口と領土の拡大を中心に説明しているが、クリミアへの陸上ルートを確保してセワストーポリ(セヴァストポリ)にあるロシア海軍基地の脆弱性を補完したいという戦略的な理由もある。この戦争の海上での要素を検討する場合、3つの分析ポイントがある。第1に、海上での紛争は陸地から見えない領域であるため我々の理解を混乱させること、第2に、ロシア海軍が海軍戦略の基本要素をいかに追求したか、第3に、この紛争にウクライナがいかに対応し、将来いかに適応するかである。
(2)この戦争に関する公開情報から我々は豊富な情報を目にし、その妥当性と有用性を評価しているが、海上に焦点を当てた情報はほとんどない。公開情報が頼りの我々は、ウクライナの海岸や黒海で何が起こっているのか見えない。蛇島(Snake Island)での最後の抵抗や、ベルジャンスクの桟橋でのロシア海軍アリゲーター級揚陸艦(LST)の沈没は例外的である。スラバ級ミサイル巡洋艦「モスクワ」(以下、「モスクワ」と言う)沈没時の初期報道は、この点を物語っている。「モスクワ」沈没の報道は、画像、ビデオ、現場情報ではなく、プレスリリースの再掲載やオンライン報道に基づいており、これらの情報がもたらされるようになったのは発生からかなりの時間が経ってからだった。
(3) 一握りのメディアやオンラインでの情報収集家らが、海戦の推移に遅れをとらないよう努力している。H.I. Suttonは、海上に関する公開情報を発信するウエブサイトCovert Shoresを継続し、詳細が確認できた場合にはUSNI Newsに報告を執筆している。しかし、海上で起きていることを正確に把握するのは難しく、真に実用的な分析には、商業衛星画像や海上にある艦船の位置情報から得られる画像では不十分で、電子的な傍受、レーダー、ソナー、そして精巧な照合と分析作業が必要である。当然、NATO海軍とロシア海軍は独自の海洋認識を得ているが、それ以外のほとんどの人は、海上の紛争について何も知らない。しかし、TwitterやInstagramの世界で海軍や海事に関するニュースが少ないことは、何も起きていないことを意味しない。沿岸部で起こる戦争には、海軍の要素があることを忘れてはならない。
(4) 制海権の確立は、世界規模である必要はなく、また地域的である必要もなく、単に作戦地域の局所的なものでよい。制海権を確立するには、大きく分けて2つの方法がある。1つは、相手の海軍や主力艦隊を撃破して海洋の利用を阻止すること。もう1つは、相手の海軍を海に出さないことで、封鎖、そして港にいる間に撃沈や機動力を制限する攻撃も効果的である。
(5) 海を支配することで生まれる制海権の利用は、一般的に封鎖、砲撃、そして水陸両用部隊による上陸という3つの方法がある。侵攻の初期段階から、ロシア海軍はほぼ古典的な戦略に従ってきた。2014年にロシアはクリミアを併合し、セワストーポリ海軍基地を完全に支配下に置いたことで、ウクライナ海軍の4分の3近くを手中に収めた。2022年初めにロシアの侵攻が始まったとき、彼らの前に立ちはだかったのは、小規模な哨戒艇部隊に過ぎなかった。セワストーポリのロシア海軍には、ミサイル搭載のコルベットやフリゲート、キロ級潜水艦があり、旗艦として「モスクワ」がいた。そして侵攻開始前にBaltic FleetとNorthern Fleetの水陸両用戦艦艇によって強化され、開戦時に港にいた小規模なウクライナの哨戒部隊をほぼ封じ込め、ロシアは制海権を確立した。
(6) ロシア軍は、アゾフ海と黒海を結ぶケルチ海峡を閉鎖してアゾフ海を完全に支配し、オデーサなどウクライナの港に艦艇を配置してウクライナ封鎖を素早く行った。その封鎖の結果、ウクライナは経済的なライフラインを断たれ、欧米からの直接的な財政支援に全面的に依存することになり、さらにウクライナ軍への海上からの補給が不可能になった。海上補給が可能であったならば、ポーランド国境からトラックで国土を横断するよりも、はるかに多くの物資を迅速に戦闘下の東部へ送ることができたはずである。
(7) アゾフ海を完全に掌握し、封鎖を維持したロシア海軍は、マリウポリへの攻撃の一環として、上陸作戦を開始した。ロシア海軍のドクトリンにおいて上陸作戦は、兵員や装備を安全に投入できる場所を探すようになっている。今回の上陸もそれに沿っており、港湾都市から南西に約30マイル離れたクリミア半島の安全な場所で行われた。敵の防衛力を前にしての上陸は非常に難しい。揚陸艦や海岸へ着岸する小型舟艇は、ウクライナが保有する個人携帯型の対戦車兵器に非常に弱い。また、ロシアの水陸両用戦は海岸からの上陸が中心で、西側海軍のようにヘリコプターを使った空中機動の考え方はない。このような制限を念頭に置いて、ロシア軍は桟橋を使用して地上部隊の補強を始めたが、ウクライナ側はベルジャンスクの桟橋で荷揚げ中のアリゲーター級揚陸艦「サラトフ」を攻撃し、沈没させた。この結果、ロシアは水陸両用戦に対してより慎重になった可能性があるが、U.S. Department of Defenseはロシアが海上からの補給を継続すると分析している。
(8) マリウポリは、ロシア軍にとって重要な2つの要素を備えている。第1に、アゾフ海に面する重要な港であり、ここを支配すれば、アゾフ海を「ロシアの湖」として確固たるものにできる。第2に、マリウポリは現ロシア領とクリミアを陸続きで結ぶのに不可欠な位置にある。黒海北部の要として何世紀にもわたって争われてきたセワストーポリ海軍基地は、地理的にロシア本国から切り離されている限り脆弱である。クリミア半島だけでなく、ロシア本土とつながる領土を得ることは、セヴァストポリの安全を確保することであり、これは海軍の古典的な任務である。
(9) 封鎖と地上兵力の投入に加え、侵攻初期からBlack Sea Fleetが発射するカリブル巡航ミサイルも攻撃の一翼を担っていた。ロシア軍がウクライナに発射したミサイルは1000発以上で、そのうち数百発はオデーサ周辺や沿岸部を目標とした海上からの攻撃であった。しかし、ロシア軍のミサイル補給、再装填能力については疑問が残る。この点では、「モスクワ」の損失は、トルコによってボスポラス海峡が閉鎖されることほど重要なことではない。
(10) 制海権の確立は、アゾフ海や黒海を陸上に影響する作戦に利用することで急速に進んだ。アゾフ海は閉鎖され、ウクライナの港も封鎖され、軍事・商業の両面で交通が遮断された。ロシア海軍はアゾフ海を陸上作戦の強化に利用し、マリウポリへの残忍で継続的な攻撃に貢献した。黒海艦隊は数百発のミサイルにより広範囲に攻撃し、戦術的な効果だけでなく、民間人という標的を無差別に破壊することに貢献した。ロシアの侵略の正当性、海上作戦の合法性、戦争犯罪は、ともかくとして、海軍の戦略という意味からは、ロシア海軍は効果的な仕事をしたのである。
(11)しかし、ロシアが海上で比較的成功したからといって、彼らの海軍戦略が完遂されたとは言えない。戦略とは、決して終わることのない活動である。制海権に関する問題は、理想的には完全で、地域的に強制力を持つことが望ましいが、完全に達成されることはない。Alfred Thayer MahanやJulian Corbettは、このことを明確に書いている。彼らは、海軍や海軍戦略家が完全な、あるいは全面的な制海権の確立を目指すのは正しいが、ほとんど実現しないだろうと述べている。ウクライナのような国は自国のために制海権を確立する必要はなく、敵の制海権を拒否すればいいのである。Mahanは、陸海軍協同の任務として堅固な沿岸防衛の必要性について広範囲に述べており、沿岸防衛を陸上砲撃、機雷の使用、20世紀初頭では魚雷艇という小型攻撃艇の3つの主要能力に分解している。ロシアの侵攻が段階的に変化しても、ウクライナ軍にとってこれらを現代版に適応した作戦は有効である。
(12) 今日、沿岸防衛のための砲の活用は、さまざまな形態がある。かつては海岸の要塞に大口径の大砲が設置されていたが、現代では対艦巡航ミサイルである。それは移動式で、レーダーや有人・無人の情報収集システムからの目標情報入手のための情報網に結びつけられる。2022年4月13日、ウクライナ軍は「モスクワ」への巡航ミサイル攻撃に成功したと発表し、数時間後に「モスクワ」は、セワストーポリへ曳航されている最中で沈没した。ウクライナは国産のネプチューン・ミサイルを限られた数しか保有していないが、英国は直近の支援策の一環として沿岸防衛用巡航ミサイルの供与を約束した。また、敵艦を攻撃するための武器は巡航ミサイルだけではない。ロシアの装甲兵器を撃退した実績を持つ無人偵察機「バイラクター」は、海上仕様も存在し、ロシア軍艦を対象にするのに必要な能力を備えている。さらに、米国の無人機やレーザー誘導迫撃砲は、射程が限定されているが、沿岸付近では有用であろう。
(13) 機雷戦は、ウクライナ海軍にも有効である。どの程度使用されているかは不明であるが、ロシアはウクライナ側が機雷を使用していると主張しており、黒海で漂流物が発見されている。ロシアは封鎖を強化するために機雷を使用し、船舶の出入港を阻止することが可能であるが、戦後、港を安全に使用するには掃海する必要がある。機雷戦は諸刃の剣である。ウクライナは、特定の方法、特定の海域においてのみ機雷を使用するであろう。
(14) 最後に、ウクライナにとって、沿岸防衛用の小型艦艇は未解決の問題である。ウクライナ海軍の巡視船はすでにロシアの標的になっており、3月第1週には「ソルビアンスク」が撃沈された。民間の船舶を小型艦に軍事目的に転用することは、中・大型艦に比べればはるかに容易である。英国が提供するハープーンミサイルを小型船に搭載するのは難しくとも、無人機やレーザー誘導迫撃砲を民間の漁船や遊覧船に載せて運用するのは可能であろう。「モスクワ」の沈没により、ロシアの軍艦はミサイル攻撃を避けるため、沖合に押し出された。これにより、これまで比較的陸岸に近接して実施されていた封鎖が、遠距離での封鎖に移行し、ウクライナの小型艦舶が活動できる海域が広がる可能性がでてきた。
(15) ロシアのウクライナ戦争の第一段階において、ロシア海軍は一貫した海軍戦略の確立にほぼ成功し、制海権を確保した。そして、ロシアは海岸の封鎖、海岸と内陸部の目標への艦砲射撃、既存作戦に対して上陸部隊による増援など、軍事目的に利用し始めた。海からロシア軍に補給する試みは、いくつかの成功と、ベルジャンスクの埠頭でロシア軍の水陸両用戦艦艇が沈没したような失敗が混在している。陸上での戦争は第2段階に入った。ウクライナがより高性能な兵器を集め始めると、ロシア軍はモントルー条約の条項に基づくトルコのボスポラス海峡閉鎖の制限に直面する。これによって海上での戦闘も変化する可能性がある。
(16) 沿岸での砲の運用と打撃能力の活用、機雷戦の慎重な運用、小型艦船対処の工夫など、古典的な沿岸防衛の方法を採用すれば、ウクライナ軍がロシアの海上支配に挑戦できるようになるかもしれない。ウクライナ軍が自ら制海権を獲得する必要はないが、ロシアが黒海とアゾフ海を容易に使用することを拒否できれば、キーウに大きな利益をもたらす。「モスクワ」の沈没は、その転機となるかもしれない。ロシア軍艦が自衛のために沿岸海域から後退すれば、ウクライナ軍にとって沿岸部の作戦空間が広がる。沿岸防衛を強化し、セワストーポリなどの施設に対する夜間襲撃などの非正規海上戦を採用すれば、ロシアが戦争の初期に確立した優位性を制限すると同時に、ウクライナ海軍がロシア軍に対価を課す海軍戦略を提供することができる。
記事参照:THE RUSSO-UKRAINIAN WAR AT SEA: RETROSPECT AND PROSPECT
(1) ロシアのウクライナ侵攻は、表面的には陸上戦のように見えるが、これは海上戦でもある。戦闘は内陸部の首都キーウ周辺だけでなく、沿岸部や重要な港湾都市の支配をめぐっても起きている。ロシアは、ウクライナ東部への進出をロシア語圏の人口と領土の拡大を中心に説明しているが、クリミアへの陸上ルートを確保してセワストーポリ(セヴァストポリ)にあるロシア海軍基地の脆弱性を補完したいという戦略的な理由もある。この戦争の海上での要素を検討する場合、3つの分析ポイントがある。第1に、海上での紛争は陸地から見えない領域であるため我々の理解を混乱させること、第2に、ロシア海軍が海軍戦略の基本要素をいかに追求したか、第3に、この紛争にウクライナがいかに対応し、将来いかに適応するかである。
(2)この戦争に関する公開情報から我々は豊富な情報を目にし、その妥当性と有用性を評価しているが、海上に焦点を当てた情報はほとんどない。公開情報が頼りの我々は、ウクライナの海岸や黒海で何が起こっているのか見えない。蛇島(Snake Island)での最後の抵抗や、ベルジャンスクの桟橋でのロシア海軍アリゲーター級揚陸艦(LST)の沈没は例外的である。スラバ級ミサイル巡洋艦「モスクワ」(以下、「モスクワ」と言う)沈没時の初期報道は、この点を物語っている。「モスクワ」沈没の報道は、画像、ビデオ、現場情報ではなく、プレスリリースの再掲載やオンライン報道に基づいており、これらの情報がもたらされるようになったのは発生からかなりの時間が経ってからだった。
(3) 一握りのメディアやオンラインでの情報収集家らが、海戦の推移に遅れをとらないよう努力している。H.I. Suttonは、海上に関する公開情報を発信するウエブサイトCovert Shoresを継続し、詳細が確認できた場合にはUSNI Newsに報告を執筆している。しかし、海上で起きていることを正確に把握するのは難しく、真に実用的な分析には、商業衛星画像や海上にある艦船の位置情報から得られる画像では不十分で、電子的な傍受、レーダー、ソナー、そして精巧な照合と分析作業が必要である。当然、NATO海軍とロシア海軍は独自の海洋認識を得ているが、それ以外のほとんどの人は、海上の紛争について何も知らない。しかし、TwitterやInstagramの世界で海軍や海事に関するニュースが少ないことは、何も起きていないことを意味しない。沿岸部で起こる戦争には、海軍の要素があることを忘れてはならない。
(4) 制海権の確立は、世界規模である必要はなく、また地域的である必要もなく、単に作戦地域の局所的なものでよい。制海権を確立するには、大きく分けて2つの方法がある。1つは、相手の海軍や主力艦隊を撃破して海洋の利用を阻止すること。もう1つは、相手の海軍を海に出さないことで、封鎖、そして港にいる間に撃沈や機動力を制限する攻撃も効果的である。
(5) 海を支配することで生まれる制海権の利用は、一般的に封鎖、砲撃、そして水陸両用部隊による上陸という3つの方法がある。侵攻の初期段階から、ロシア海軍はほぼ古典的な戦略に従ってきた。2014年にロシアはクリミアを併合し、セワストーポリ海軍基地を完全に支配下に置いたことで、ウクライナ海軍の4分の3近くを手中に収めた。2022年初めにロシアの侵攻が始まったとき、彼らの前に立ちはだかったのは、小規模な哨戒艇部隊に過ぎなかった。セワストーポリのロシア海軍には、ミサイル搭載のコルベットやフリゲート、キロ級潜水艦があり、旗艦として「モスクワ」がいた。そして侵攻開始前にBaltic FleetとNorthern Fleetの水陸両用戦艦艇によって強化され、開戦時に港にいた小規模なウクライナの哨戒部隊をほぼ封じ込め、ロシアは制海権を確立した。
(6) ロシア軍は、アゾフ海と黒海を結ぶケルチ海峡を閉鎖してアゾフ海を完全に支配し、オデーサなどウクライナの港に艦艇を配置してウクライナ封鎖を素早く行った。その封鎖の結果、ウクライナは経済的なライフラインを断たれ、欧米からの直接的な財政支援に全面的に依存することになり、さらにウクライナ軍への海上からの補給が不可能になった。海上補給が可能であったならば、ポーランド国境からトラックで国土を横断するよりも、はるかに多くの物資を迅速に戦闘下の東部へ送ることができたはずである。
(7) アゾフ海を完全に掌握し、封鎖を維持したロシア海軍は、マリウポリへの攻撃の一環として、上陸作戦を開始した。ロシア海軍のドクトリンにおいて上陸作戦は、兵員や装備を安全に投入できる場所を探すようになっている。今回の上陸もそれに沿っており、港湾都市から南西に約30マイル離れたクリミア半島の安全な場所で行われた。敵の防衛力を前にしての上陸は非常に難しい。揚陸艦や海岸へ着岸する小型舟艇は、ウクライナが保有する個人携帯型の対戦車兵器に非常に弱い。また、ロシアの水陸両用戦は海岸からの上陸が中心で、西側海軍のようにヘリコプターを使った空中機動の考え方はない。このような制限を念頭に置いて、ロシア軍は桟橋を使用して地上部隊の補強を始めたが、ウクライナ側はベルジャンスクの桟橋で荷揚げ中のアリゲーター級揚陸艦「サラトフ」を攻撃し、沈没させた。この結果、ロシアは水陸両用戦に対してより慎重になった可能性があるが、U.S. Department of Defenseはロシアが海上からの補給を継続すると分析している。
(8) マリウポリは、ロシア軍にとって重要な2つの要素を備えている。第1に、アゾフ海に面する重要な港であり、ここを支配すれば、アゾフ海を「ロシアの湖」として確固たるものにできる。第2に、マリウポリは現ロシア領とクリミアを陸続きで結ぶのに不可欠な位置にある。黒海北部の要として何世紀にもわたって争われてきたセワストーポリ海軍基地は、地理的にロシア本国から切り離されている限り脆弱である。クリミア半島だけでなく、ロシア本土とつながる領土を得ることは、セヴァストポリの安全を確保することであり、これは海軍の古典的な任務である。
(9) 封鎖と地上兵力の投入に加え、侵攻初期からBlack Sea Fleetが発射するカリブル巡航ミサイルも攻撃の一翼を担っていた。ロシア軍がウクライナに発射したミサイルは1000発以上で、そのうち数百発はオデーサ周辺や沿岸部を目標とした海上からの攻撃であった。しかし、ロシア軍のミサイル補給、再装填能力については疑問が残る。この点では、「モスクワ」の損失は、トルコによってボスポラス海峡が閉鎖されることほど重要なことではない。
(10) 制海権の確立は、アゾフ海や黒海を陸上に影響する作戦に利用することで急速に進んだ。アゾフ海は閉鎖され、ウクライナの港も封鎖され、軍事・商業の両面で交通が遮断された。ロシア海軍はアゾフ海を陸上作戦の強化に利用し、マリウポリへの残忍で継続的な攻撃に貢献した。黒海艦隊は数百発のミサイルにより広範囲に攻撃し、戦術的な効果だけでなく、民間人という標的を無差別に破壊することに貢献した。ロシアの侵略の正当性、海上作戦の合法性、戦争犯罪は、ともかくとして、海軍の戦略という意味からは、ロシア海軍は効果的な仕事をしたのである。
(11)しかし、ロシアが海上で比較的成功したからといって、彼らの海軍戦略が完遂されたとは言えない。戦略とは、決して終わることのない活動である。制海権に関する問題は、理想的には完全で、地域的に強制力を持つことが望ましいが、完全に達成されることはない。Alfred Thayer MahanやJulian Corbettは、このことを明確に書いている。彼らは、海軍や海軍戦略家が完全な、あるいは全面的な制海権の確立を目指すのは正しいが、ほとんど実現しないだろうと述べている。ウクライナのような国は自国のために制海権を確立する必要はなく、敵の制海権を拒否すればいいのである。Mahanは、陸海軍協同の任務として堅固な沿岸防衛の必要性について広範囲に述べており、沿岸防衛を陸上砲撃、機雷の使用、20世紀初頭では魚雷艇という小型攻撃艇の3つの主要能力に分解している。ロシアの侵攻が段階的に変化しても、ウクライナ軍にとってこれらを現代版に適応した作戦は有効である。
(12) 今日、沿岸防衛のための砲の活用は、さまざまな形態がある。かつては海岸の要塞に大口径の大砲が設置されていたが、現代では対艦巡航ミサイルである。それは移動式で、レーダーや有人・無人の情報収集システムからの目標情報入手のための情報網に結びつけられる。2022年4月13日、ウクライナ軍は「モスクワ」への巡航ミサイル攻撃に成功したと発表し、数時間後に「モスクワ」は、セワストーポリへ曳航されている最中で沈没した。ウクライナは国産のネプチューン・ミサイルを限られた数しか保有していないが、英国は直近の支援策の一環として沿岸防衛用巡航ミサイルの供与を約束した。また、敵艦を攻撃するための武器は巡航ミサイルだけではない。ロシアの装甲兵器を撃退した実績を持つ無人偵察機「バイラクター」は、海上仕様も存在し、ロシア軍艦を対象にするのに必要な能力を備えている。さらに、米国の無人機やレーザー誘導迫撃砲は、射程が限定されているが、沿岸付近では有用であろう。
(13) 機雷戦は、ウクライナ海軍にも有効である。どの程度使用されているかは不明であるが、ロシアはウクライナ側が機雷を使用していると主張しており、黒海で漂流物が発見されている。ロシアは封鎖を強化するために機雷を使用し、船舶の出入港を阻止することが可能であるが、戦後、港を安全に使用するには掃海する必要がある。機雷戦は諸刃の剣である。ウクライナは、特定の方法、特定の海域においてのみ機雷を使用するであろう。
(14) 最後に、ウクライナにとって、沿岸防衛用の小型艦艇は未解決の問題である。ウクライナ海軍の巡視船はすでにロシアの標的になっており、3月第1週には「ソルビアンスク」が撃沈された。民間の船舶を小型艦に軍事目的に転用することは、中・大型艦に比べればはるかに容易である。英国が提供するハープーンミサイルを小型船に搭載するのは難しくとも、無人機やレーザー誘導迫撃砲を民間の漁船や遊覧船に載せて運用するのは可能であろう。「モスクワ」の沈没により、ロシアの軍艦はミサイル攻撃を避けるため、沖合に押し出された。これにより、これまで比較的陸岸に近接して実施されていた封鎖が、遠距離での封鎖に移行し、ウクライナの小型艦舶が活動できる海域が広がる可能性がでてきた。
(15) ロシアのウクライナ戦争の第一段階において、ロシア海軍は一貫した海軍戦略の確立にほぼ成功し、制海権を確保した。そして、ロシアは海岸の封鎖、海岸と内陸部の目標への艦砲射撃、既存作戦に対して上陸部隊による増援など、軍事目的に利用し始めた。海からロシア軍に補給する試みは、いくつかの成功と、ベルジャンスクの埠頭でロシア軍の水陸両用戦艦艇が沈没したような失敗が混在している。陸上での戦争は第2段階に入った。ウクライナがより高性能な兵器を集め始めると、ロシア軍はモントルー条約の条項に基づくトルコのボスポラス海峡閉鎖の制限に直面する。これによって海上での戦闘も変化する可能性がある。
(16) 沿岸での砲の運用と打撃能力の活用、機雷戦の慎重な運用、小型艦船対処の工夫など、古典的な沿岸防衛の方法を採用すれば、ウクライナ軍がロシアの海上支配に挑戦できるようになるかもしれない。ウクライナ軍が自ら制海権を獲得する必要はないが、ロシアが黒海とアゾフ海を容易に使用することを拒否できれば、キーウに大きな利益をもたらす。「モスクワ」の沈没は、その転機となるかもしれない。ロシア軍艦が自衛のために沿岸海域から後退すれば、ウクライナ軍にとって沿岸部の作戦空間が広がる。沿岸防衛を強化し、セワストーポリなどの施設に対する夜間襲撃などの非正規海上戦を採用すれば、ロシアが戦争の初期に確立した優位性を制限すると同時に、ウクライナ海軍がロシア軍に対価を課す海軍戦略を提供することができる。
記事参照:THE RUSSO-UKRAINIAN WAR AT SEA: RETROSPECT AND PROSPECT
4月21日「巡洋艦『モスクワ』沈没が意味するもの―英専門家論説」(Military Balance Blog, IISS, April 21, 2022)
4月21日付の英シンクタンクThe International Institute for Strategic Studiesの年報Millitary BalanceのウエブサイトMilitary Balance Blogは、同Instituteの軍事航空宇宙担当上席研究員Douglas Barrie及び海軍・海上安全保障担当上席研究員Nick Childsの" The Moskva incident and its wider implications"と題する論説を掲載し、ここで両名は巡洋艦「モスクワ」の沈没からロシア、ウクライナ双方がどのような教訓を得るかによって、今後多くのことが決まるとして、要旨以下のように述べている。
(1) ウクライナ戦争で、ロシア海軍のBlack Sea Fleet旗艦スラバ級ミサイル巡洋艦「モスクワ」が失われたことは、紛争の当事者双方にとって象徴的な出来事であり、今後の戦闘に影響を与え、さらに、広くはいくつかの未解決の問題も左右するであろう。「モスクワ」沈没の原因については、それぞれの立場で異なる証言があるが、ウクライナ側が最近導入した地対艦ミサイルRK-360MCネプチューン(以下、ネプチューンと言う)2発が命中したとする状況証拠が圧倒的に多い。
(2) この事件は、沿岸海域で行動する艦艇の対艦ミサイルに対する脆弱性について、議論を再燃させている。それは限定的とはいえ、国家と一握りの非国家主体がこのような海軍の戦力を遠距離から狙うことができる能力を持つ武器を拡散させているという問題である。そして、中国とロシアがこの種のミサイル開発に多大な投資を行っており、それは近代的な防御システムを運用するロシア海軍にとっても脅威となり、より高性能で統合された対応策と戦術が必要になることである。
(3) ネプチューンの設計は、ソ連時代の対艦ミサイルRS-SS-N-25スイッチブレード(以下、スイッチブレードと言う)に大きく依存している。このミサイルは1980年代前半に開発が始まり、1990年代後半に輸出用として生産が開始された。ソ連時代、ウクライナはこの開発計画に参加し、ターボファンエンジンを提供した。ミサイルの生産ラインもウクライナが持つ予定であったが、それは実現しなかった。ネプチューンは、スイッチブレードと同様に終末誘導用にアクティブレーダーシーカーを搭載している。2014年にロシアがクリミアを併合したことで、キーウとモスクワの防衛協力関係が絶たれ、ウクライナは独自のシーカーを開発する必要があった。そしてネプチューンは2018年に試験発射が実施され、2021年初頭から、ウクライナ海軍に試験的に装備されていった。
(4) 今回の事件は、ロシア海軍の能力の重大な欠点を浮き彫りにしている。ロシアの主要な水上艦艇は、ほとんどがソビエト時代のもので、「モスクワ」の艦齢は40年近くになっていた。ソ連時代の艦艇は、外見上は印象的で、外交や影響力のある任務には適しているかもしれないが、現代の海上戦闘にあっては重大な欠陥がある。「モスクワ」の対空装備は縦深防御になっていたが、これらの装備やそれを支えるセンサー、戦闘指揮システムはすべて老朽化しており、どの程度まで保守整備され、運用されていたかは不明である。残っている2隻の同型艦は、現在地中海にあり、16基の対艦ミサイルを搭載しているので、うまく展開できれば有効に運用できる。
(5) ロシアは海軍近代化の努力を小型の水上艦艇と高性能の潜水艦に集中した。それらは、対艦攻撃と陸上攻撃の両方に対応できる長距離ミサイルを搭載している。しかし、「モスクワ」の沈没は、ロシア海軍の指導力、訓練、そしておそらくは基本的な軍艦の設計を含む、海軍の全体的な有効性についての問題を提起している。それは、ロシアの指揮官はウクライナのミサイル射程内に主力艦を配備する危険性をどのように計算したのか、あるいは艦の位置は安全であるという前提でいたのか。また、乗組員の対応はどうであったのか、防御と救難の両面でもっと工夫が必要であったのではないかといった事項である。
(6) 海軍が海上で近代的な戦闘を行う機会は限られている。現実の脅威に直面すれば、訓練された乗組員でさえ、最初は適応に苦慮する。40年前、アルゼンチンの侵攻を受けたフォークランド諸島を奪還するために機動部隊を派遣した英海軍は、当初は苦戦し、損失を被ったが、最終的には成功した。「モスクワ」の沈没には、その時の紛争が影響している。当時アルゼンチンの巡洋艦「ベルグラーノ」が沈没し、英海軍の駆逐艦「シェフィールド」と「グラモーガン」が損害を受けた。英海軍の損害は対艦ミサイル(エグゾセ)によるものであった。
(7) 当面、ロシア海軍の司令官はウクライナ沿岸への配備をより慎重に行うことになるだろう。「モスクワ」沈没の影響としては、ロシアが水陸両用作戦を実施する可能性が低下し、海軍部隊の展開がより慎重になったことが考えられる。しかし、ロシアは広範な海軍および海上戦闘能力を保持しており、少なくともウクライナに対する遠距離封鎖を通じて、今後も大きな影響力を行使し続ける可能性がある。キーウにとっての課題は、このような状況にどう対抗するかであろう。「モスクワ」の沈没から双方がどのような教訓を得るかによって、今後多くのことが決まるであろう。
記事参照:The Moskva incident and its wider implications
(1) ウクライナ戦争で、ロシア海軍のBlack Sea Fleet旗艦スラバ級ミサイル巡洋艦「モスクワ」が失われたことは、紛争の当事者双方にとって象徴的な出来事であり、今後の戦闘に影響を与え、さらに、広くはいくつかの未解決の問題も左右するであろう。「モスクワ」沈没の原因については、それぞれの立場で異なる証言があるが、ウクライナ側が最近導入した地対艦ミサイルRK-360MCネプチューン(以下、ネプチューンと言う)2発が命中したとする状況証拠が圧倒的に多い。
(2) この事件は、沿岸海域で行動する艦艇の対艦ミサイルに対する脆弱性について、議論を再燃させている。それは限定的とはいえ、国家と一握りの非国家主体がこのような海軍の戦力を遠距離から狙うことができる能力を持つ武器を拡散させているという問題である。そして、中国とロシアがこの種のミサイル開発に多大な投資を行っており、それは近代的な防御システムを運用するロシア海軍にとっても脅威となり、より高性能で統合された対応策と戦術が必要になることである。
(3) ネプチューンの設計は、ソ連時代の対艦ミサイルRS-SS-N-25スイッチブレード(以下、スイッチブレードと言う)に大きく依存している。このミサイルは1980年代前半に開発が始まり、1990年代後半に輸出用として生産が開始された。ソ連時代、ウクライナはこの開発計画に参加し、ターボファンエンジンを提供した。ミサイルの生産ラインもウクライナが持つ予定であったが、それは実現しなかった。ネプチューンは、スイッチブレードと同様に終末誘導用にアクティブレーダーシーカーを搭載している。2014年にロシアがクリミアを併合したことで、キーウとモスクワの防衛協力関係が絶たれ、ウクライナは独自のシーカーを開発する必要があった。そしてネプチューンは2018年に試験発射が実施され、2021年初頭から、ウクライナ海軍に試験的に装備されていった。
(4) 今回の事件は、ロシア海軍の能力の重大な欠点を浮き彫りにしている。ロシアの主要な水上艦艇は、ほとんどがソビエト時代のもので、「モスクワ」の艦齢は40年近くになっていた。ソ連時代の艦艇は、外見上は印象的で、外交や影響力のある任務には適しているかもしれないが、現代の海上戦闘にあっては重大な欠陥がある。「モスクワ」の対空装備は縦深防御になっていたが、これらの装備やそれを支えるセンサー、戦闘指揮システムはすべて老朽化しており、どの程度まで保守整備され、運用されていたかは不明である。残っている2隻の同型艦は、現在地中海にあり、16基の対艦ミサイルを搭載しているので、うまく展開できれば有効に運用できる。
(5) ロシアは海軍近代化の努力を小型の水上艦艇と高性能の潜水艦に集中した。それらは、対艦攻撃と陸上攻撃の両方に対応できる長距離ミサイルを搭載している。しかし、「モスクワ」の沈没は、ロシア海軍の指導力、訓練、そしておそらくは基本的な軍艦の設計を含む、海軍の全体的な有効性についての問題を提起している。それは、ロシアの指揮官はウクライナのミサイル射程内に主力艦を配備する危険性をどのように計算したのか、あるいは艦の位置は安全であるという前提でいたのか。また、乗組員の対応はどうであったのか、防御と救難の両面でもっと工夫が必要であったのではないかといった事項である。
(6) 海軍が海上で近代的な戦闘を行う機会は限られている。現実の脅威に直面すれば、訓練された乗組員でさえ、最初は適応に苦慮する。40年前、アルゼンチンの侵攻を受けたフォークランド諸島を奪還するために機動部隊を派遣した英海軍は、当初は苦戦し、損失を被ったが、最終的には成功した。「モスクワ」の沈没には、その時の紛争が影響している。当時アルゼンチンの巡洋艦「ベルグラーノ」が沈没し、英海軍の駆逐艦「シェフィールド」と「グラモーガン」が損害を受けた。英海軍の損害は対艦ミサイル(エグゾセ)によるものであった。
(7) 当面、ロシア海軍の司令官はウクライナ沿岸への配備をより慎重に行うことになるだろう。「モスクワ」沈没の影響としては、ロシアが水陸両用作戦を実施する可能性が低下し、海軍部隊の展開がより慎重になったことが考えられる。しかし、ロシアは広範な海軍および海上戦闘能力を保持しており、少なくともウクライナに対する遠距離封鎖を通じて、今後も大きな影響力を行使し続ける可能性がある。キーウにとっての課題は、このような状況にどう対抗するかであろう。「モスクワ」の沈没から双方がどのような教訓を得るかによって、今後多くのことが決まるであろう。
記事参照:The Moskva incident and its wider implications
4月26日「試されるベトナムの『4つのノー』―ベトナム国際関係専門家論説」(The Interpreter, April 26, 2022)
4月26日付のオーストラリアシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、ベトナムのHo Chi Minh City University講師Huỳnh Tâm Sángの"Vietnam's "Four No's" of defence policy are being tested"と題する論説を掲載し、そこでHuỳnh Tâm Sángはロシアによるウクライナ侵攻を受けて、ベトナムがこれまで同様に米ロの間で釣り合いを取る政策を維持できるのかどうかについて、要旨以下のように述べている。
(1) ロシアによるウクライナ侵攻を受け、ベトナムは米ロ両国の間で難しい舵取りを余儀なくされている。これまでのところ、ベトナムはロシアのウクライナ侵攻に関して同国を公然と非難することを控えている。何らかの危機に際してベトナムがこうした対応をとるのは珍しいことではなく、むしろ基本的な姿勢である。今回は、包括的戦略的パートナーであるロシアと近年つながりを強めつつある米国との間で、釣り合いを取ろうとしている。
(2) ベトナムにとってロシアは伝統的な友好国であり、兵器調達のために重要な提携国である。ロシアは、ベトナムと2001年に戦略的パートナーシップを樹立した最初の国であり、南シナ海の石油ガス開発における主要な提携国でもある。他方、ベトナムは米国との関係も深めており、米国の側としてもイデオロギー的相違を超えた協調を模索している。この関係の強化は、中国にとっての抑止効果を持つであろう。ベトナムにとって、中国と向き合うためにはロシアも米国も重要な提携国である。冷戦期もそうであったように、ベトナムはどちらか一方の立場を採ることを避け続けており、それはうまくいっているように思われる
(3) しかしそうした対外政策の成功によって、ベトナムは自己満足に陥っているかもしれない。ウクライナ危機を受けて、戦略的自立を維持しつつ、ロシアに対してあいまいな態度を取り続ける政策がこれからもうまくいくとは考えにくい。
(4) 国際関係において、諸国は現実的な利益の追求と国際的な原則の遵守との間でジレンマに陥りがちである。ベトナムにとっての現実的な考慮として、「4つのノー」がある。そのうちの1つに、国際関係において武力を行使しない、ないし行使の威嚇をしないというものがある。ウクライナ危機に際してベトナムが強調したのはまさにこの点であり、あらゆる関係各国は軍事力の行使を控え、国連憲章と国際法の原則に従うべきだというのである。こうした姿勢には、ロシアの行動に対する暗黙の批判が含まれている。
(5) はたしてベトナムは、国家安全保障上の利益を保護しつつ、米ロの間でうまく釣り合いを取り続けることができるのだろうか。それが可能かどうかは、経済力や軍事力などの種々の行動能力にかかっていよう。中流国家が、大国間競合においてどちらか一方に肩入れするのは賢明な選択ではない。今後ベトナムがこうした立場を維持し続けられるのか、その能力が試されている。
記事参照:Vietnam's "Four No's" of defence policy are being tested
(1) ロシアによるウクライナ侵攻を受け、ベトナムは米ロ両国の間で難しい舵取りを余儀なくされている。これまでのところ、ベトナムはロシアのウクライナ侵攻に関して同国を公然と非難することを控えている。何らかの危機に際してベトナムがこうした対応をとるのは珍しいことではなく、むしろ基本的な姿勢である。今回は、包括的戦略的パートナーであるロシアと近年つながりを強めつつある米国との間で、釣り合いを取ろうとしている。
(2) ベトナムにとってロシアは伝統的な友好国であり、兵器調達のために重要な提携国である。ロシアは、ベトナムと2001年に戦略的パートナーシップを樹立した最初の国であり、南シナ海の石油ガス開発における主要な提携国でもある。他方、ベトナムは米国との関係も深めており、米国の側としてもイデオロギー的相違を超えた協調を模索している。この関係の強化は、中国にとっての抑止効果を持つであろう。ベトナムにとって、中国と向き合うためにはロシアも米国も重要な提携国である。冷戦期もそうであったように、ベトナムはどちらか一方の立場を採ることを避け続けており、それはうまくいっているように思われる
(3) しかしそうした対外政策の成功によって、ベトナムは自己満足に陥っているかもしれない。ウクライナ危機を受けて、戦略的自立を維持しつつ、ロシアに対してあいまいな態度を取り続ける政策がこれからもうまくいくとは考えにくい。
(4) 国際関係において、諸国は現実的な利益の追求と国際的な原則の遵守との間でジレンマに陥りがちである。ベトナムにとっての現実的な考慮として、「4つのノー」がある。そのうちの1つに、国際関係において武力を行使しない、ないし行使の威嚇をしないというものがある。ウクライナ危機に際してベトナムが強調したのはまさにこの点であり、あらゆる関係各国は軍事力の行使を控え、国連憲章と国際法の原則に従うべきだというのである。こうした姿勢には、ロシアの行動に対する暗黙の批判が含まれている。
(5) はたしてベトナムは、国家安全保障上の利益を保護しつつ、米ロの間でうまく釣り合いを取り続けることができるのだろうか。それが可能かどうかは、経済力や軍事力などの種々の行動能力にかかっていよう。中流国家が、大国間競合においてどちらか一方に肩入れするのは賢明な選択ではない。今後ベトナムがこうした立場を維持し続けられるのか、その能力が試されている。
記事参照:Vietnam's "Four No's" of defence policy are being tested
4月26日「次期政権下の韓国、アジア太平洋地域で大きな役割を果たす国家に―フィリピン専門家論説」(Asia Times, April 26, 2022)
4月26日付の香港デジタル紙Asia Timesは、Polytechnic University of the Philippines教員職にあり、東南アジア専門家Richard J. Heydarianの"South Korea emerges as Quad alternative to India"と題する論説を掲載し、ここでRichard J. Heydarianは韓国がYoon Suk-yeol(尹錫悦)次期政権下で米国主導の地域安全保障政策と武器輸出においてより大きな役割を果たすと見、要旨以下のように述べている。
(1) 韓国は、世界経済の担い手であり、主要な軍事装備品の輸出国であるにもかかわらず、アジア地域における地政学的景観を形成する上で、ほとんど力になっていない。しかしながら、ウクライナ戦争の勃発とソウルの新政権の出現は、より広範なインド太平洋の地政学的環境における韓国の地位を再設定する可能性がある。
(2) 一方で、インドは、ロシアとの強固な関係を維持することを誓約しており、中国に焦点を当てた安全保障の傘、即ち米国、日本、オーストラリア及びインドによる4カ国枠組みQUADの結束に影響を及ぼすことになるかもしれない。Biden米政権は4月初め、インド政府との対話を通じて、西側の対ロシア経済制裁を弱体化させかねない行動に対してインド政府に警告した。これに対して、インド政府高官は、米国の道義的優越性と、南アジア諸国によるロシアからの武器とエネルギーの輸入削減の実現可能性について、公然と疑問を呈した。U.S. Department of Defenseは、インド政府がロシアの最新のS-400ミサイル防衛システムの調達を進めれば、制裁を課す可能性を示唆している。こうした米印関係における構造的摩擦の再浮上は、インド太平洋におけるQUAD構成国の潜在的な代替国、韓国の台頭を招くことになった。
(3) 韓国は、急成長する軍産複合体を有する活気に満ちた民主主義国として、この地域における法に基づく秩序を維持する上で、米国主導の広範な努力における主要な行為者である。韓国は今後数年の内に、「QUADプラス」そして「G7プラス」という台頭しつつある戦略的グループ分けにおいて、より顕著な役割を模索していくであろう。韓国の尹錫悦次期大統領は、これらのグループへの参加を「積極的に検討する」としている。
(4) 確かに、インドはアジアで2番目の人口大国であり、予測し得る将来にわたって西側の主要な戦略的焦点であり続けよう。Biden大統領とインドのModi首相は4月初めの会談で、包括的な戦略的協力を追求することを誓い、両国関係の全面的な破綻という一部の憶測を払拭した。インドはまた、英国を含む他の西側諸国とも高官対話を行っている。それにもかかわらず、インドの西側諸国との構造的な緊張が直ちに解消されることにはならない。インドの財務相はインドの国家安全保障問題としてロシアとの強固な防衛関係を維持することを明らかにし、また外務大臣も「インドの取り組みは、我々の国家的信念と価値観、我々の国益、そして国家戦略によって導かれるべきである」と主張している。
(5) こうした米印間の外交上の軋轢は、地域の主要行為者への意欲を高める韓国に再び関心を集めている。Yoon Suk-yeol(尹錫悦)次期大統領は、自国を「世界における枢要国家」と表現し、有志諸国、特に米国とともに、「自由民主主義の価値観と持続的な協力を通じて自由、平和そして繁栄」を追求していくと語り、一方で、前政権が北京に傾斜して、「長年の同盟国である米国から遠ざかっているという印象」を作り出したことを非難した。その上で、次期大統領は、主要な国際問題に関する「指導的役割」を支持し、権威主義的権力に対する「臆病さ」と「著しく沈黙した」立場を放棄すべきだと主張している。
(6) 韓国の次期大統領の価値観に基づく中国に対する懐疑的な立場は、韓国が何時の間にか世界の武器市場における主要行為者となってきていることから、極めて重要である。韓国は、米軍基地と米国製の兵器システムを受け入れているだけでなく、460億ドルの国防予算を持つ軍隊と世界クラスの防衛輸出産業を擁している。韓国の武器輸出は、2021年には過去最高の70億ドルに達し、2022年は100億ドルに増加すると予想されている。韓国の防衛企業は、ヨーロッパから中東、オーストラリアまでの幅広い顧客網と大規模な契約を結んでいる。韓国は、ハイテクと有利な価格と支払い条件を組み合わせることで、東南アジア諸国の間でも有力な防衛装備、戦略的パートナーとして急速に浮上している。Stockholm International Peace Research Institute(ストックホルム国際平和研究所)によれば、韓国はアジア太平洋地域で7番目の軍事装備品の輸出国である。急成長する韓国防衛産業の至宝はインドネシアと総額52億ドルで協同開発するKF-21戦闘機で、同機の中枢技術と装備の最大65%は韓国製であり、韓国は最先端の戦闘機を生産できる排他的な国家クラブの一員としての地位を固めている。韓国のもう1つの有力輸出品はK9 155ミリ自走榴弾砲で、オーストラリアに加えて、エストニア、フィンランド、ノルウェー、ポーランド及びトルコを含む複数のNATO諸国に輸出されている。
(7) 韓国は、科学技術への長期的投資を継続してきており、GDPに占める研究開発費の割合はほぼ全ての西側諸国よりも多い。防衛産業も、寛大な政府支援と西側の提携諸国とのハイテク協力の恩恵を受けている。韓国は、尹錫悦次期政権下で、堅調な防衛産業と近代的な軍隊を背景に、米国や他の主要な同盟国と協力してこの地域においてより大きな役割を果たしていくことは間違いない。韓国は今後数年間で、これまでの目立たない外交政策から脱して、中国封じ込めを狙ったインド太平洋における米国主導の統合抑止戦略の主要行為者としてだけでなく、有力な独自の力量を有する国家としてのし上がってくると見られる。
記事参照:South Korea emerges as Quad alternative to India
(1) 韓国は、世界経済の担い手であり、主要な軍事装備品の輸出国であるにもかかわらず、アジア地域における地政学的景観を形成する上で、ほとんど力になっていない。しかしながら、ウクライナ戦争の勃発とソウルの新政権の出現は、より広範なインド太平洋の地政学的環境における韓国の地位を再設定する可能性がある。
(2) 一方で、インドは、ロシアとの強固な関係を維持することを誓約しており、中国に焦点を当てた安全保障の傘、即ち米国、日本、オーストラリア及びインドによる4カ国枠組みQUADの結束に影響を及ぼすことになるかもしれない。Biden米政権は4月初め、インド政府との対話を通じて、西側の対ロシア経済制裁を弱体化させかねない行動に対してインド政府に警告した。これに対して、インド政府高官は、米国の道義的優越性と、南アジア諸国によるロシアからの武器とエネルギーの輸入削減の実現可能性について、公然と疑問を呈した。U.S. Department of Defenseは、インド政府がロシアの最新のS-400ミサイル防衛システムの調達を進めれば、制裁を課す可能性を示唆している。こうした米印関係における構造的摩擦の再浮上は、インド太平洋におけるQUAD構成国の潜在的な代替国、韓国の台頭を招くことになった。
(3) 韓国は、急成長する軍産複合体を有する活気に満ちた民主主義国として、この地域における法に基づく秩序を維持する上で、米国主導の広範な努力における主要な行為者である。韓国は今後数年の内に、「QUADプラス」そして「G7プラス」という台頭しつつある戦略的グループ分けにおいて、より顕著な役割を模索していくであろう。韓国の尹錫悦次期大統領は、これらのグループへの参加を「積極的に検討する」としている。
(4) 確かに、インドはアジアで2番目の人口大国であり、予測し得る将来にわたって西側の主要な戦略的焦点であり続けよう。Biden大統領とインドのModi首相は4月初めの会談で、包括的な戦略的協力を追求することを誓い、両国関係の全面的な破綻という一部の憶測を払拭した。インドはまた、英国を含む他の西側諸国とも高官対話を行っている。それにもかかわらず、インドの西側諸国との構造的な緊張が直ちに解消されることにはならない。インドの財務相はインドの国家安全保障問題としてロシアとの強固な防衛関係を維持することを明らかにし、また外務大臣も「インドの取り組みは、我々の国家的信念と価値観、我々の国益、そして国家戦略によって導かれるべきである」と主張している。
(5) こうした米印間の外交上の軋轢は、地域の主要行為者への意欲を高める韓国に再び関心を集めている。Yoon Suk-yeol(尹錫悦)次期大統領は、自国を「世界における枢要国家」と表現し、有志諸国、特に米国とともに、「自由民主主義の価値観と持続的な協力を通じて自由、平和そして繁栄」を追求していくと語り、一方で、前政権が北京に傾斜して、「長年の同盟国である米国から遠ざかっているという印象」を作り出したことを非難した。その上で、次期大統領は、主要な国際問題に関する「指導的役割」を支持し、権威主義的権力に対する「臆病さ」と「著しく沈黙した」立場を放棄すべきだと主張している。
(6) 韓国の次期大統領の価値観に基づく中国に対する懐疑的な立場は、韓国が何時の間にか世界の武器市場における主要行為者となってきていることから、極めて重要である。韓国は、米軍基地と米国製の兵器システムを受け入れているだけでなく、460億ドルの国防予算を持つ軍隊と世界クラスの防衛輸出産業を擁している。韓国の武器輸出は、2021年には過去最高の70億ドルに達し、2022年は100億ドルに増加すると予想されている。韓国の防衛企業は、ヨーロッパから中東、オーストラリアまでの幅広い顧客網と大規模な契約を結んでいる。韓国は、ハイテクと有利な価格と支払い条件を組み合わせることで、東南アジア諸国の間でも有力な防衛装備、戦略的パートナーとして急速に浮上している。Stockholm International Peace Research Institute(ストックホルム国際平和研究所)によれば、韓国はアジア太平洋地域で7番目の軍事装備品の輸出国である。急成長する韓国防衛産業の至宝はインドネシアと総額52億ドルで協同開発するKF-21戦闘機で、同機の中枢技術と装備の最大65%は韓国製であり、韓国は最先端の戦闘機を生産できる排他的な国家クラブの一員としての地位を固めている。韓国のもう1つの有力輸出品はK9 155ミリ自走榴弾砲で、オーストラリアに加えて、エストニア、フィンランド、ノルウェー、ポーランド及びトルコを含む複数のNATO諸国に輸出されている。
(7) 韓国は、科学技術への長期的投資を継続してきており、GDPに占める研究開発費の割合はほぼ全ての西側諸国よりも多い。防衛産業も、寛大な政府支援と西側の提携諸国とのハイテク協力の恩恵を受けている。韓国は、尹錫悦次期政権下で、堅調な防衛産業と近代的な軍隊を背景に、米国や他の主要な同盟国と協力してこの地域においてより大きな役割を果たしていくことは間違いない。韓国は今後数年間で、これまでの目立たない外交政策から脱して、中国封じ込めを狙ったインド太平洋における米国主導の統合抑止戦略の主要行為者としてだけでなく、有力な独自の力量を有する国家としてのし上がってくると見られる。
記事参照:South Korea emerges as Quad alternative to India
4月26日「米国は軍事行動の可能性を排除せず、ソロモン諸島・中国の安全保障協定について―英メディア報道」(The Guardian, April 26, 2022)
4月26日付の英日刊紙The Guardian電子版は、"US won't rule out military action if China establishes base in Solomon Islands"と題する記事を掲載し、最近締結されたソロモン諸島と中国の安全保障協定について、それが中国の軍事基地建設につながる場合に米国は軍事行動を取る可能性があるとU.S. Department of State高官が述べたことについて、要旨以下のとおり報じた。
(1) 4月下旬、米国の外交代表団がソロモン諸島を訪れた。その代表団の1員Daniel Kritenbrinkは東アジア・太平洋地域担当国務次官補である。その彼が、最近締結された中国とソロモン諸島との間の安全保障協定について、もしそれによって中国がソロモン諸島での軍事基地建設が可能になるならば、地域の安全保障にとって重大な意味を有するものであり、米国が軍事行動を選択する可能性を排除しないと述べた。
(2) 代表団には、国家安全保障会議でインド太平洋問題担当調整官であるKurt Campbellも加わっていた。代表団とソロモン諸島のManasseh Sogavare首相は90分におよぶ会合を行い、そこで米代表団はソロモン諸島と中国の安全保障協定に対する懸念を伝えた。Sogavare首相によれば、その協定はソロモン諸島にとっての国内的意義しか持たないということである。
(3)米国はソロモン諸島の主権を尊重するが、そこに中国の恒久的な軍事基地や施設を建設するための段階が踏まれるならば、それに対する適切な対応を採ることになるとKritenbrinkは述べている。そうなった場合にどのような手段がとられるかについては明言しなかったが、彼が繰り返し述べたのは軍事行動を採る可能性を米国が排除しないということである。
(4) この協定に関して、オーストラリアのScott Morrison首相もオーストラリアにも米国と同様の「越えてはならない一線」が存在すると表明し、警戒心を明らかにしている。
(5) ソロモン諸島と中国との間の安全保障協定の内容は秘密にされているが、その草案が3月に漏出した。それには、中国に艦船の寄港や兵站に関する補給などを許可する条項が含まれていた。米国は、中国か米国かのどちらかを選べと言っているわけではないが、地域の友好関係にとって肝要な利害や原則を共有することが重要であるとKritenbrinkは言う。
記事参照:US won't rule out military action if China establishes base in Solomon Islands
(1) 4月下旬、米国の外交代表団がソロモン諸島を訪れた。その代表団の1員Daniel Kritenbrinkは東アジア・太平洋地域担当国務次官補である。その彼が、最近締結された中国とソロモン諸島との間の安全保障協定について、もしそれによって中国がソロモン諸島での軍事基地建設が可能になるならば、地域の安全保障にとって重大な意味を有するものであり、米国が軍事行動を選択する可能性を排除しないと述べた。
(2) 代表団には、国家安全保障会議でインド太平洋問題担当調整官であるKurt Campbellも加わっていた。代表団とソロモン諸島のManasseh Sogavare首相は90分におよぶ会合を行い、そこで米代表団はソロモン諸島と中国の安全保障協定に対する懸念を伝えた。Sogavare首相によれば、その協定はソロモン諸島にとっての国内的意義しか持たないということである。
(3)米国はソロモン諸島の主権を尊重するが、そこに中国の恒久的な軍事基地や施設を建設するための段階が踏まれるならば、それに対する適切な対応を採ることになるとKritenbrinkは述べている。そうなった場合にどのような手段がとられるかについては明言しなかったが、彼が繰り返し述べたのは軍事行動を採る可能性を米国が排除しないということである。
(4) この協定に関して、オーストラリアのScott Morrison首相もオーストラリアにも米国と同様の「越えてはならない一線」が存在すると表明し、警戒心を明らかにしている。
(5) ソロモン諸島と中国との間の安全保障協定の内容は秘密にされているが、その草案が3月に漏出した。それには、中国に艦船の寄港や兵站に関する補給などを許可する条項が含まれていた。米国は、中国か米国かのどちらかを選べと言っているわけではないが、地域の友好関係にとって肝要な利害や原則を共有することが重要であるとKritenbrinkは言う。
記事参照:US won't rule out military action if China establishes base in Solomon Islands
4月27日「ロシア海軍が黒海に軍用イルカを配備―U.S. Naval Instituteニュースサイト報道」(USNI News, April 27, 2022)
4月27日付のThe U.S. Naval InstituteのウエブサイトUSNI Newsは、海軍専門家であるH I Suttonによる、"Trained Russian Navy Dolphins are Protecting Black Sea Naval Base, Satellite Photos Show"と題する記事を掲載し、ロシア海軍が軍事用に訓練したイルカを黒海で使用しているとして、要旨以下のように報じている。
(1) ロシアがウクライナに侵攻した際、黒海の海軍基地を守るために、訓練されたイルカを配備していた。ロシア海軍は、セワストーポリ(セヴァストポリ)港の入り口、護岸のすぐ内側にイルカの檻を2つ設置した。衛星画像を調査したところ、これらの檻はウクライナ侵攻のあった2月にそこに移設されたということである。セワストーポリは、黒海にあるロシア海軍の最も重要な海軍基地である。これらのイルカは、潜水員による潜入の阻止作戦を任されるかもしれない。この作戦のために米ロ両国が海洋哺乳類を訓練してきたという伝統的な役割である、これによって、ウクライナの特殊部隊が港に潜入して軍艦に対する破壊工作を行うのを防ぐことができる。
(2) 冷戦時代、ソ連海軍は黒海でのイルカの訓練を含めて、いくつかの海洋哺乳類計画を開発した。この部隊はセワストーポリ近郊のカザチヤ・ブフタを拠点としており、現在もその場所にある。1991年のソ連崩壊に伴い、同部隊はウクライナ軍に移管されたが、2014年のロシアのクリミア併合に伴い、同部隊はロシア海軍の管理下に置かれるようになった。
(3) 北極圏の北側では、ロシアの北方艦隊は多様な海洋哺乳類を使用している。シロイルカとアザラシは、黒海で使用されているバンドウイルカよりも、脂肪層が厚く保温性に優れているため、より寒さに強い。また、近年は北極圏部隊の活動も活発になっている。海軍の秘密基地であるGUGI(Main Directorate Of Deep Sea Research:ロシア国防省深海調査本部総局)のオレニヤグバにもシロイルカの檻が設置されるようになった。この情報組織は、ロシア軍の重要な海底諜報アセットを担っているとされる。2019年4月23日、ノルウェー北部に訓練されたシロイルカが姿を現した。BBCによると、現地では"フヴァルディミール"と呼ばれており、このイルカはロシア海軍のプログラムから逃げ出したと考えられている。
(4) ウクライナがセヴァストポリに対して戦闘潜水員(combat-swimmer)の作戦を計画しているかどうかは不明である。しかし、イルカは潜水員に対する効果的な防衛手段として、海軍の専門家の間で広く認識されている。
記事参照:Trained Russian Navy Dolphins are Protecting Black Sea Naval Base, Satellite Photos Show
(1) ロシアがウクライナに侵攻した際、黒海の海軍基地を守るために、訓練されたイルカを配備していた。ロシア海軍は、セワストーポリ(セヴァストポリ)港の入り口、護岸のすぐ内側にイルカの檻を2つ設置した。衛星画像を調査したところ、これらの檻はウクライナ侵攻のあった2月にそこに移設されたということである。セワストーポリは、黒海にあるロシア海軍の最も重要な海軍基地である。これらのイルカは、潜水員による潜入の阻止作戦を任されるかもしれない。この作戦のために米ロ両国が海洋哺乳類を訓練してきたという伝統的な役割である、これによって、ウクライナの特殊部隊が港に潜入して軍艦に対する破壊工作を行うのを防ぐことができる。
(2) 冷戦時代、ソ連海軍は黒海でのイルカの訓練を含めて、いくつかの海洋哺乳類計画を開発した。この部隊はセワストーポリ近郊のカザチヤ・ブフタを拠点としており、現在もその場所にある。1991年のソ連崩壊に伴い、同部隊はウクライナ軍に移管されたが、2014年のロシアのクリミア併合に伴い、同部隊はロシア海軍の管理下に置かれるようになった。
(3) 北極圏の北側では、ロシアの北方艦隊は多様な海洋哺乳類を使用している。シロイルカとアザラシは、黒海で使用されているバンドウイルカよりも、脂肪層が厚く保温性に優れているため、より寒さに強い。また、近年は北極圏部隊の活動も活発になっている。海軍の秘密基地であるGUGI(Main Directorate Of Deep Sea Research:ロシア国防省深海調査本部総局)のオレニヤグバにもシロイルカの檻が設置されるようになった。この情報組織は、ロシア軍の重要な海底諜報アセットを担っているとされる。2019年4月23日、ノルウェー北部に訓練されたシロイルカが姿を現した。BBCによると、現地では"フヴァルディミール"と呼ばれており、このイルカはロシア海軍のプログラムから逃げ出したと考えられている。
(4) ウクライナがセヴァストポリに対して戦闘潜水員(combat-swimmer)の作戦を計画しているかどうかは不明である。しかし、イルカは潜水員に対する効果的な防衛手段として、海軍の専門家の間で広く認識されている。
記事参照:Trained Russian Navy Dolphins are Protecting Black Sea Naval Base, Satellite Photos Show
4月28日「オーストラリアにとって中国との軍事紛争はあり得るのか―オーストラリア専門家論説」(The Conversation, April 28, 2022)
4月28日付のオーストラリアニュースサイトThe Conversationは、Alfred Deakin Institute in Australia教授Greg Bartonの"Peter Dutton says Australia should prepare for war. So how likely is a military conflict with China?"と題する論説を掲載し、Greg Bartonは4月25日のANZAK Dayにオーストラリア国防相がオーストラリアは中国との戦争に備えるべきと講演したことを受けて、現在、事態が進行しているウクライナにおける戦争でロシアが抱える問題が台湾をめぐって中国に適用できるのかと問いかけ、災害は避けられないわけではない。しかし、ある段階では、中国が今行動することの危険は極めて高いと判断するように戦争の準備をすることが必要であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) オーストラリアは好むと好まざるとにかかわらず、興味深い時代を生きる運命にある。Kevin Ruddは「危険な10年」と呼び、何らかの形で始まった中国との軍事紛争に巻き込まれる蓋然性が極めて高いと述べている。この重大な脅威がなくても、オーストラリアは多方面で多くの危険に直面している。民主主義と開かれた社会への脅威は数十年前よりも深刻である。ロシアのウクライナ侵攻は、世界がいかに早く分裂し、平和が霧散するかを思い起こさせる。幸いなことにウクライナは国際社会の多くが誇張された脅威として無視してきたものに備えていた。
(2) ロシアのウクライナ侵攻の大きな教訓は、力のある指導者、特に1党体制の構造に囲まれ、おべっか使いにのみ責任を負う人気取りの独裁者は穏当な私欲とは逆に非理性的な危険な方針の追求を選択する。全ての理性的な計算では、Putinとロシアにとって戦争の危険は極めて大きく、紛争を起こすことは意味がないことを示していた。残念なことに衛星画像とウクライナ国境における兵力の急速な拡大を分析していた軍事専門家が正しかった。有り難いことに軍事専門家はロシアの戦争準備を過大に評価し、ウクライナの政治的意思と国民の防衛能力を過小に評価していた。
(3) 同じことが中国については正しくないのだろうか。戦争について声高に話し、避けられることを避けられなくすることは馬鹿げたことではないのか。ANZACデーのおけるオーストラリア国防相Peter Duttonの中国との戦争について備える必要があるとの演説は不愉快で無謀なものではあるが、合理的な評価に基づくものなのか?希望的な観測では、中国との戦争の話は既得権益とタカ派的評価から導き出された脅威である。しかし、希望的観測に頼るには多くの問題が存在する。
(4) 「我々の時代に平和を」は、我々がそのために動かなければならないものである。しかし、単純にそう主張するだけで到達できるものではない。Dutton国防相の発言の問題は危険の評価にあるのではなく、政府がいかに対応するかである。元米大統領Theodore Rooseveltの言葉にある「大きな棍棒を持って、穏やかに話す」が我々にとって必要である。Duttonが行っていることの懸念は彼の評価が誤っていることではなく、その対応が無謀で逆効果であることである。
(5) Kevin Ruddは、米中がかかわる如何なる形態の戦争も国家を破綻させるほどの費用がかかると説得力のある主張をしている。また、米中の戦争は我々が住む世界を危険なまでに変える連鎖的な結果を招く恐れがある。中国との紛争を回避することは容易ではないとRuddは主張する。何も変わらなければ、我々は災厄への道を進むことになる。Ruddは可能性のある紛争として10の筋書きを設定したが、10のシナリオのうち良い結末を迎えているのはただ1つの筋書きだけであった。
(6) 中国との戦争は起こりそうではあるが、我々が真剣に受け止め、今行動すれば回避することができる。中国との戦争を回避する道筋は、米中双方にとって利益のある管理された戦略的対立のシステムを構築するために作業することであるとRuddは主張する。ある段階では、中国が今行動することの危険は極めて高いと判断するように戦争の準備をすることが必要である。中国政府は台湾に対する軍事的圧力を拡大する準備はまだできていない。中国の台湾に対する軍事的圧力を拡大するためには準備にさらに5年から10年が必要と考えられる。
(7) 戦争を避けるために必要なものの一部として、常に計算を変更することである。そうすることで、すぐに行動を起こすことの危険性と勝利の不確実性は耐えられないほどに高いままに留まる。相当程度まで着実に増加した能力に裏打ちされた抑止は、戦火を伴う戦争を回避するために求められる対応の重要な部分である。それもまた、米中関係が新冷戦に陥ることを回避させるものである。事実、米中とも、戦争が現実の選択肢となる最悪の関係から得られるよりも戦略的対立からより多くのものを得ることができる。
(8) 中国の台頭に問題がないわけではない。中国の台頭は世界にとって最終的な利益となっていない。中国の台頭が良いことであり続けることはできる。オーストラリアはアジアの台頭に突き動かされ、中国の変革に牽引される平和な成長と繁栄を享受してきている。建設的に管理された中国との競争は戦争を回避するだけでなく、気候変動問題と良好なガバナンスに改善するために世界が必要とするものの両方に効果的に、協調して対応できる可能性がある。
(9) 歴史的に、防衛と安全保障に対するオーストラリアの取り組みの大きな強みは思慮のある超党派であった。過度に安全保障を問題にすれば、短期的な自己の利益に影響を与え、その達成を阻害することになる。
記事参照:Peter Dutton says Australia should prepare for war. So how likely is a military conflict with China?
(1) オーストラリアは好むと好まざるとにかかわらず、興味深い時代を生きる運命にある。Kevin Ruddは「危険な10年」と呼び、何らかの形で始まった中国との軍事紛争に巻き込まれる蓋然性が極めて高いと述べている。この重大な脅威がなくても、オーストラリアは多方面で多くの危険に直面している。民主主義と開かれた社会への脅威は数十年前よりも深刻である。ロシアのウクライナ侵攻は、世界がいかに早く分裂し、平和が霧散するかを思い起こさせる。幸いなことにウクライナは国際社会の多くが誇張された脅威として無視してきたものに備えていた。
(2) ロシアのウクライナ侵攻の大きな教訓は、力のある指導者、特に1党体制の構造に囲まれ、おべっか使いにのみ責任を負う人気取りの独裁者は穏当な私欲とは逆に非理性的な危険な方針の追求を選択する。全ての理性的な計算では、Putinとロシアにとって戦争の危険は極めて大きく、紛争を起こすことは意味がないことを示していた。残念なことに衛星画像とウクライナ国境における兵力の急速な拡大を分析していた軍事専門家が正しかった。有り難いことに軍事専門家はロシアの戦争準備を過大に評価し、ウクライナの政治的意思と国民の防衛能力を過小に評価していた。
(3) 同じことが中国については正しくないのだろうか。戦争について声高に話し、避けられることを避けられなくすることは馬鹿げたことではないのか。ANZACデーのおけるオーストラリア国防相Peter Duttonの中国との戦争について備える必要があるとの演説は不愉快で無謀なものではあるが、合理的な評価に基づくものなのか?希望的な観測では、中国との戦争の話は既得権益とタカ派的評価から導き出された脅威である。しかし、希望的観測に頼るには多くの問題が存在する。
(4) 「我々の時代に平和を」は、我々がそのために動かなければならないものである。しかし、単純にそう主張するだけで到達できるものではない。Dutton国防相の発言の問題は危険の評価にあるのではなく、政府がいかに対応するかである。元米大統領Theodore Rooseveltの言葉にある「大きな棍棒を持って、穏やかに話す」が我々にとって必要である。Duttonが行っていることの懸念は彼の評価が誤っていることではなく、その対応が無謀で逆効果であることである。
(5) Kevin Ruddは、米中がかかわる如何なる形態の戦争も国家を破綻させるほどの費用がかかると説得力のある主張をしている。また、米中の戦争は我々が住む世界を危険なまでに変える連鎖的な結果を招く恐れがある。中国との紛争を回避することは容易ではないとRuddは主張する。何も変わらなければ、我々は災厄への道を進むことになる。Ruddは可能性のある紛争として10の筋書きを設定したが、10のシナリオのうち良い結末を迎えているのはただ1つの筋書きだけであった。
(6) 中国との戦争は起こりそうではあるが、我々が真剣に受け止め、今行動すれば回避することができる。中国との戦争を回避する道筋は、米中双方にとって利益のある管理された戦略的対立のシステムを構築するために作業することであるとRuddは主張する。ある段階では、中国が今行動することの危険は極めて高いと判断するように戦争の準備をすることが必要である。中国政府は台湾に対する軍事的圧力を拡大する準備はまだできていない。中国の台湾に対する軍事的圧力を拡大するためには準備にさらに5年から10年が必要と考えられる。
(7) 戦争を避けるために必要なものの一部として、常に計算を変更することである。そうすることで、すぐに行動を起こすことの危険性と勝利の不確実性は耐えられないほどに高いままに留まる。相当程度まで着実に増加した能力に裏打ちされた抑止は、戦火を伴う戦争を回避するために求められる対応の重要な部分である。それもまた、米中関係が新冷戦に陥ることを回避させるものである。事実、米中とも、戦争が現実の選択肢となる最悪の関係から得られるよりも戦略的対立からより多くのものを得ることができる。
(8) 中国の台頭に問題がないわけではない。中国の台頭は世界にとって最終的な利益となっていない。中国の台頭が良いことであり続けることはできる。オーストラリアはアジアの台頭に突き動かされ、中国の変革に牽引される平和な成長と繁栄を享受してきている。建設的に管理された中国との競争は戦争を回避するだけでなく、気候変動問題と良好なガバナンスに改善するために世界が必要とするものの両方に効果的に、協調して対応できる可能性がある。
(9) 歴史的に、防衛と安全保障に対するオーストラリアの取り組みの大きな強みは思慮のある超党派であった。過度に安全保障を問題にすれば、短期的な自己の利益に影響を与え、その達成を阻害することになる。
記事参照:Peter Dutton says Australia should prepare for war. So how likely is a military conflict with China?
4月28日「岐路に立つQUAD―インド戦略学専門家論説」(The Strategist, April 28, 2022)
4月28日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、インドシンクタンクCentre for Policy Research戦略学教授Brahma Chellaneyの"The Quad at a crossroads"と題する論説を掲載し、そこでChellaneyは日米豪印4ヵ国安全保障対話が近年その重要性を増しているのは確かだが、インド太平洋における中国の膨張の抑止により焦点を当てた協力を推進すべきだとして、要旨以下のように述べている。
(1)日米豪印4ヵ国安全保障対話(以下、QUADと言う)が最初に構想されたとき、それがどれほどの重大性を持つことになるのかを疑った者は多かった。しかし中国の膨張傾向が続いたことと、日本の安倍晋三首相(当時)の強い決意もあり、それは現実的な能力を持つ連合へと成長していった。問題は、それがいつ重要な成果を出せるのかということである。2021年から首脳会談の開催が増え、2022年5月24日にも対面での開催が予定されている。
(2) しかしQUADが何らかの成果を出すまでの道のりは長い。問題は、4ヵ国それぞれの利害と、インド太平洋における中国の行動を抑止するというQUADの存在意義が一致しない場合があるからである。QUAD構成国は、経済関係と地政学は切り離して考えるべきという中国の主張に取り込まれてしまっている。
(3) 中国の貿易黒字は2021年に6,764億ドルに達し、それが中国の経済成長を牽引している。なかでも米国がその黒字に大きく貢献しており、米国の対中貿易赤字は3,966億ドルに昇る。インドのそれは770億ドル(2021年4月~2022年3月)で、同国の防衛費を越える額である。中国との間で国境論争を抱えていることを考慮すればそれは非常に大きな額である。
(4) オーストラリアの貿易全体の3分の1が中国とのものであり、日本の最大の輸出国も中国である。また両国とも中国主導の地域的な包括的経済連携協定(RCEP)のメンバーである。日豪にとって、インド太平洋における貿易のルール形成を中国に認めることは、RCEPによって経済的な利益を得ることに比べて大した代償ではないようである。
(5) こうした状況において、QUADがすべきは経済協力を議論の軸に据えることである。Biden政権はインド太平洋における経済枠組み形成の意図を明らかにしたが、残念ながら米国国内への市場を開放することには消極的である。またBiden政権はQUADにおける協力の枠組みを、気候変動からサプライチェーンの弾力性強化など、より拡張させようとしているが、議論の焦点を絞るべきだろう。
(6)ウクライナ戦争も、米国によるインド太平洋重視の姿勢をあいまいにする可能性がある。さらにこの戦争は、Bidenを中国に対して宥和的な取り組みに駆り立てるかもしれない。ロシアがウクライナへ侵攻する前でさえ、Biden政権は中国への圧力を弱め始めている。中国がロシアに経済的な支援を提供して欧米による制裁の影響を減じさせないようにするため、Bidenがさらに中国への圧力を弱める可能性がある。
(7) QUADは望むだけ首脳会談を開催できる。しかし、明確な戦略的展望と軸となる議題がなければ意味はない。中国の膨張主義に対する防波堤となり、インド太平洋の勢力均衡を安定させることがQUADの目的である。5月の首脳会談ではこの目的達成を何よりも重視すべきである。
記事参照:The Quad at a crossroads
(1)日米豪印4ヵ国安全保障対話(以下、QUADと言う)が最初に構想されたとき、それがどれほどの重大性を持つことになるのかを疑った者は多かった。しかし中国の膨張傾向が続いたことと、日本の安倍晋三首相(当時)の強い決意もあり、それは現実的な能力を持つ連合へと成長していった。問題は、それがいつ重要な成果を出せるのかということである。2021年から首脳会談の開催が増え、2022年5月24日にも対面での開催が予定されている。
(2) しかしQUADが何らかの成果を出すまでの道のりは長い。問題は、4ヵ国それぞれの利害と、インド太平洋における中国の行動を抑止するというQUADの存在意義が一致しない場合があるからである。QUAD構成国は、経済関係と地政学は切り離して考えるべきという中国の主張に取り込まれてしまっている。
(3) 中国の貿易黒字は2021年に6,764億ドルに達し、それが中国の経済成長を牽引している。なかでも米国がその黒字に大きく貢献しており、米国の対中貿易赤字は3,966億ドルに昇る。インドのそれは770億ドル(2021年4月~2022年3月)で、同国の防衛費を越える額である。中国との間で国境論争を抱えていることを考慮すればそれは非常に大きな額である。
(4) オーストラリアの貿易全体の3分の1が中国とのものであり、日本の最大の輸出国も中国である。また両国とも中国主導の地域的な包括的経済連携協定(RCEP)のメンバーである。日豪にとって、インド太平洋における貿易のルール形成を中国に認めることは、RCEPによって経済的な利益を得ることに比べて大した代償ではないようである。
(5) こうした状況において、QUADがすべきは経済協力を議論の軸に据えることである。Biden政権はインド太平洋における経済枠組み形成の意図を明らかにしたが、残念ながら米国国内への市場を開放することには消極的である。またBiden政権はQUADにおける協力の枠組みを、気候変動からサプライチェーンの弾力性強化など、より拡張させようとしているが、議論の焦点を絞るべきだろう。
(6)ウクライナ戦争も、米国によるインド太平洋重視の姿勢をあいまいにする可能性がある。さらにこの戦争は、Bidenを中国に対して宥和的な取り組みに駆り立てるかもしれない。ロシアがウクライナへ侵攻する前でさえ、Biden政権は中国への圧力を弱め始めている。中国がロシアに経済的な支援を提供して欧米による制裁の影響を減じさせないようにするため、Bidenがさらに中国への圧力を弱める可能性がある。
(7) QUADは望むだけ首脳会談を開催できる。しかし、明確な戦略的展望と軸となる議題がなければ意味はない。中国の膨張主義に対する防波堤となり、インド太平洋の勢力均衡を安定させることがQUADの目的である。5月の首脳会談ではこの目的達成を何よりも重視すべきである。
記事参照:The Quad at a crossroads
4月29日「南シナ海で外国艦艇阻止の任務に就いた中国爆撃機パイロットの映像―香港紙報道」(South China Morning Post, April 29, 2022)
4月29日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、"South China Sea: PLA pilot was ready to die in bid to ‘expel' foreign warship, viral video shows"と題する記事を掲載し、南シナ海の「中国領海」で外国船を阻止する任務についていた、中国の戦略爆撃機のパイロットの様子を収めたビデオの映像について、要旨以下のように報じている。
(1) 中国空軍のビデオは、戦闘爆撃機のパイロットが南シナ海における詳細不明の艦艇を「追い出す」ために、「引き金を引き」、自らを犠牲にする準備ができていることを示すものとして急速に広まっている。中国空軍の隊長は、ビデオの中で「中国の領海」とされている場所の近くを航行していた外国艦艇を追い払うために、JH-7戦闘爆撃機を操縦した。中国の国営放送中国中央電視台(以下、CCTVと言う)が4月25日に放映したこのビデオは、この日付と場所、及び当該艦艇の詳細については言及していない。
(2) ビデオによると、隊長と同僚のパイロットは、中国の領海近くで外国船を阻止する命令を受けた後、すぐに離陸したという。国連は、領海を国家の沿岸線から12海里と定義している。「その時、航空機搭載レーダーで(外国艦艇が)動いているのが見えた。我々は引き金を引く準備はできていた」と隊長は映像の中で語っている。映像には、隊長が艦艇に向かって自分の位置を大声で叫ぶ様子も映っていた。「私は中国空軍である。あなたは中国空軍の管制区に入った。すぐに退去しなさい。さもなければ、責任をとってもらうことになる」。しかし、この艦艇はすぐに立ち去らず、一定の速度で巡航を続け、隊長はこれを「挑発的」な行動と表現した。しかし、外国艦艇はその後、領海を出たため、砲撃戦は回避されたと報告された。
(3) CCTVのビデオは、中国のソーシャルメディアである微博(ウェイボー)のトレンドとなっており、4月29日までに約5千万回視聴されている。北京のシンクタンク南海戦略態勢感知計画の最近の研究によると、米海軍の空母打撃群は2021年以来、南シナ海の通航を増やしているだけでなく、より複雑で予測不可能な航路と訓練形式を選択していている。
(4) 中国軍は、米軍の誘導ミサイル駆逐艦「ベンフォールド」が係争中の諸島に侵入したため警告したと発表したが、米海軍は警告を受けたことを否定し、その任務は航行の自由を守るためだったと述べている。
記事参照:South China Sea: PLA pilot was ready to die in bid to ‘expel' foreign warship, viral video shows
(1) 中国空軍のビデオは、戦闘爆撃機のパイロットが南シナ海における詳細不明の艦艇を「追い出す」ために、「引き金を引き」、自らを犠牲にする準備ができていることを示すものとして急速に広まっている。中国空軍の隊長は、ビデオの中で「中国の領海」とされている場所の近くを航行していた外国艦艇を追い払うために、JH-7戦闘爆撃機を操縦した。中国の国営放送中国中央電視台(以下、CCTVと言う)が4月25日に放映したこのビデオは、この日付と場所、及び当該艦艇の詳細については言及していない。
(2) ビデオによると、隊長と同僚のパイロットは、中国の領海近くで外国船を阻止する命令を受けた後、すぐに離陸したという。国連は、領海を国家の沿岸線から12海里と定義している。「その時、航空機搭載レーダーで(外国艦艇が)動いているのが見えた。我々は引き金を引く準備はできていた」と隊長は映像の中で語っている。映像には、隊長が艦艇に向かって自分の位置を大声で叫ぶ様子も映っていた。「私は中国空軍である。あなたは中国空軍の管制区に入った。すぐに退去しなさい。さもなければ、責任をとってもらうことになる」。しかし、この艦艇はすぐに立ち去らず、一定の速度で巡航を続け、隊長はこれを「挑発的」な行動と表現した。しかし、外国艦艇はその後、領海を出たため、砲撃戦は回避されたと報告された。
(3) CCTVのビデオは、中国のソーシャルメディアである微博(ウェイボー)のトレンドとなっており、4月29日までに約5千万回視聴されている。北京のシンクタンク南海戦略態勢感知計画の最近の研究によると、米海軍の空母打撃群は2021年以来、南シナ海の通航を増やしているだけでなく、より複雑で予測不可能な航路と訓練形式を選択していている。
(4) 中国軍は、米軍の誘導ミサイル駆逐艦「ベンフォールド」が係争中の諸島に侵入したため警告したと発表したが、米海軍は警告を受けたことを否定し、その任務は航行の自由を守るためだったと述べている。
記事参照:South China Sea: PLA pilot was ready to die in bid to ‘expel' foreign warship, viral video shows
4月30日「ポストDuterte政権の対外政策はどうなるか?―フィリピン研究者論説」(South China Morning Post, April 30, 2022)
4月30日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、フィリピンPolytechnic Universityの教員職にあるRichard Javad Heydarianの"What will shape Philippines' foreign policy post Duterte, and should China be concerned?"と題する論説を掲載し、そこでHeydarianはフィリピン次期大統領による対外政策の方針がどうなるかについて、誰が大統領になろうともDuterte政権とは大きく変わらないだろうとして、要旨以下のように述べている。
(1) 4月8日、フィリピンのDuterte大統領(当時)と習近平国家主席が電話協議を行い、フィリピンが大統領選挙を控えることを踏まえ、習国家主席は現状維持の重要性を強調した。ここ10年の間、スリランカやマレーシアでの選挙結果によって対中関係における方針転換が起きてきたため、フィリピンの大統領選挙の結果に中国は強い関心を持っているのである。しかし、Marcos, Jr.とRobredoのどちらが当選したとしても、国内問題は別にして、対外政策における大きな方針転換は起きないだろう(5月9日、Marcos, Jr.が当選した:訳者注)。
(2) 最近のフィリピンの歴史は、対外政策における方向転換を繰り返してきた。Arroyo大統領は2001年~2010年の任期に中国との「黄金時代」と呼ばれる関係を築き、米国への戦略的依存を軽減した。2010年~2016年の間、Aquino大統領は方向を変え、中国に対抗するためにアメリカの軍事支援を求めることにした。そしてDuterte大統領は再び西側との協調に背を向けたのだが、それは彼の西側諸国に対する個人的な憤りに由来するものだった。
(3) Duterte大統領は米国との同盟の終結すら示唆しつつ、米国との関係はいかなる場合でも取引的で、互恵的なものでなくてはならないと主張した。そうした強硬な姿勢にもかかわらず、彼が米国との長きにわたる戦略的つながりを断ち切ることはなかったし、中ロとの防衛関係をより強固にすることもできなかった。
(4) 表面的にはMarcos, Jr.とRobredoの両候補の対外政策方針には大きな違いがある。しかしよく考えると、どちらが当選しようと、3つのレベルでの構造的制約に直面することになるだろう。第1は、世論と軍事機構の意見である。世論調査によれば、中国に対する国民の信頼度が著しく低下しており、世論は南シナ海問題などについて中国への強硬姿勢を採ることを望んでおり、それは軍事機構も同じようである。それを意識してか、Marcos, Jr.でさえ南シナ海への艦艇配備を表明している。
(5) 他方、第2の要因として、それにもかかわらず両者が中国との現実的な関係の維持を求めていることである。これはフィリピンの軍事能力が限定的であることと同盟国としての米国に対する信頼感がさほどでもないことの表れである。Robredo候補も、中国との直接対決を回避しつつ、相互に利益のある経済協力を歓迎する姿勢を打ち出している。
(6) 第3の要因は、米国や中国などの大国だけでなく、日本など地域の重要な行為者が大統領選挙をどう見ているかである。両候補はDuterteとは違い、長年にわたって多くの国際的な関係を構築してきた人物である。そのなかで、米国や中国、日本などがフィリピンをどう扱い、具体的にどのような戦略的利益をもたらすかによって、フィリピンの対外政策は左右されるであろう。Duterte政権期がそうであったように、個人的な感情がフィリピンの対外政策を形成するということは、ありそうにない。
記事参照:What will shape Philippines' foreign policy post Duterte, and should China be concerned?
(1) 4月8日、フィリピンのDuterte大統領(当時)と習近平国家主席が電話協議を行い、フィリピンが大統領選挙を控えることを踏まえ、習国家主席は現状維持の重要性を強調した。ここ10年の間、スリランカやマレーシアでの選挙結果によって対中関係における方針転換が起きてきたため、フィリピンの大統領選挙の結果に中国は強い関心を持っているのである。しかし、Marcos, Jr.とRobredoのどちらが当選したとしても、国内問題は別にして、対外政策における大きな方針転換は起きないだろう(5月9日、Marcos, Jr.が当選した:訳者注)。
(2) 最近のフィリピンの歴史は、対外政策における方向転換を繰り返してきた。Arroyo大統領は2001年~2010年の任期に中国との「黄金時代」と呼ばれる関係を築き、米国への戦略的依存を軽減した。2010年~2016年の間、Aquino大統領は方向を変え、中国に対抗するためにアメリカの軍事支援を求めることにした。そしてDuterte大統領は再び西側との協調に背を向けたのだが、それは彼の西側諸国に対する個人的な憤りに由来するものだった。
(3) Duterte大統領は米国との同盟の終結すら示唆しつつ、米国との関係はいかなる場合でも取引的で、互恵的なものでなくてはならないと主張した。そうした強硬な姿勢にもかかわらず、彼が米国との長きにわたる戦略的つながりを断ち切ることはなかったし、中ロとの防衛関係をより強固にすることもできなかった。
(4) 表面的にはMarcos, Jr.とRobredoの両候補の対外政策方針には大きな違いがある。しかしよく考えると、どちらが当選しようと、3つのレベルでの構造的制約に直面することになるだろう。第1は、世論と軍事機構の意見である。世論調査によれば、中国に対する国民の信頼度が著しく低下しており、世論は南シナ海問題などについて中国への強硬姿勢を採ることを望んでおり、それは軍事機構も同じようである。それを意識してか、Marcos, Jr.でさえ南シナ海への艦艇配備を表明している。
(5) 他方、第2の要因として、それにもかかわらず両者が中国との現実的な関係の維持を求めていることである。これはフィリピンの軍事能力が限定的であることと同盟国としての米国に対する信頼感がさほどでもないことの表れである。Robredo候補も、中国との直接対決を回避しつつ、相互に利益のある経済協力を歓迎する姿勢を打ち出している。
(6) 第3の要因は、米国や中国などの大国だけでなく、日本など地域の重要な行為者が大統領選挙をどう見ているかである。両候補はDuterteとは違い、長年にわたって多くの国際的な関係を構築してきた人物である。そのなかで、米国や中国、日本などがフィリピンをどう扱い、具体的にどのような戦略的利益をもたらすかによって、フィリピンの対外政策は左右されるであろう。Duterte政権期がそうであったように、個人的な感情がフィリピンの対外政策を形成するということは、ありそうにない。
記事参照:What will shape Philippines' foreign policy post Duterte, and should China be concerned?
【補遺】
旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) SOME CLAUSEWITZIAN THOUGHTS ON THE UKRAINIAN DEFENSE
https://mwi.usma.edu/some-clausewitzian-thoughts-on-the-ukrainian-defense/
Modern War Institute, April 25, 2022
By Olivia A. Garard served as an active-duty officer in the US Marine Corps from 2014 to 2020. She holds a bachelor of arts in philosophy from Princeton University and a master of arts in war studies from King's College London, and is currently studying at St. John's College
4月25日、元米海兵隊の将校Olivia A. Garardは、U.S. Military AcademyのModern War Instituteのウエブサイトに、"SOME CLAUSEWITZIAN THOUGHTS ON THE UKRAINIAN DEFENSE"と題する論説を寄稿した。その中で、①ロシアの侵攻に対するウクライナの成功の理由は、「防御の立場で戦っているから」である。②『戦争論』を著したCarl von Clausewitzによれば、防御は攻撃側よりも強力であるばかりでなく、追加的な手段を利用する機会がある。③『戦争論』第6篇第6章に列挙されているこの手段には、ランドヴェア(landwehr:ドイツ語圏諸邦における兵種の1つであったが、ドイツ帝国では3年の現役、2年の予備役を終了した者に40才まで課する兵役。ヴェルサイユ条約によって廃止された。:訳者注)、要塞、国民、武装した国民及び同盟国が含まれ、ウクライナはこれらすべての手段を駆使してきた。④防御とは攻撃の機会を待つことであり、防御の強さの多くは、「防御する側がすでにどこかに存在している」という事実から生まれる。⑤今日の人間の防御の力が、Clausewitzが説明したものと似ているのは当然のことで、人間は依然として人間であり、変わったのは、テクノロジーが人間とどのような規模と速度で適合するかということである。⑥Clausewitzは、小さな事実を積み重ねる力が如何に防御側に連鎖的な手段を提供することを指摘し、今日我々が公開情報と呼んでいるものの価値を明らかにした。⑦ウクライナの防衛を支える原動力のどれ1つとして、Clausewitzを驚かせるものはないだろうといった主張を展開している。
(2) America Needs a Comprehensive Compellence Strategy Against Russia
https://www.fpri.org/article/2022/04/america-needs-a-comprehensive-compellence-strategy-against-russia/
Foreign Policy Research Institute, April 28, 2022
By Frank G. Hoffman serves on the Board of Advisors at the Foreign Policy Research Institute and currently is serving at the National Defense University as a Distinguished Research Fellow with the Institute for National Strategic Studies.
2022年4月28日、米シンクタンクForeign Policy Research Instituteの諮問委員などを務めるFrank G. Hoffmanは、同シンクタンクのウエブサイトに" America Needs a Comprehensive Compellence Strategy Against Russia "と題する論説を寄稿した。その中でHoffmanは、米Biden政権は、ロシアのウクライナ侵攻に対し、前例のないほど厳しくかつ大規模な支援策を打ち出したことは、欧州の安全保障に対する米国の真剣な誓約を示すものであるとして好意的に評価した上で、ロシアを抑止する初期の努力は失敗に終わったが、西側諸国は今、別の取り組みを追求すべきであり、米国は抑止力よりもむしろ強要(compellence)に焦点を当てるべきだと指摘している。その上でHoffmanは、包括的な対ロ戦略には、Putinロ大統領の政治支配を弱めることを目的としたロシア国内での情報活動も含まれるが、このような包括的な戦略の目標は、ウクライナの敗北を食い止めるだけでなく、Putinに戦争を止めさせることであるとし、この戦略によって西側諸国は、短期的に戦争を終わらせるだけでなく、ウクライナと西側諸国にとってより有利な条件での侵攻終結を強いることができるし、欧米の狙いは、Putinロ大統領に作戦上の失敗をさせることであって、ロシアによるウクライナの征服や、脅迫的な交渉による妥協に応じることではないはずだと主張している。
(3) How To Deter China From Making War
https://www.19fortyfive.com/2022/04/how-to-deter-china-from-making-war/
19FortyFive, April 28, 2022
By James Holmes, J. C. Wylie Chair of Maritime Strategy at the Naval War College and a Nonresident Fellow at the Brute Krulak Center for Innovation & Future Warfighting, Marine Corps University
2022年4月28日、同日開催されたStrategic Deterrent Coalition SymposiumにおけるU.S. Naval War Collegeの海洋戦略専門家James Holmesの講演内容が、米安全保障関連シンクタンク19FortyFiveのウエブサイトに" How To Deter China From Making War "と題して掲載された。その中でHolmesは、今回のシンポジウムは核抑止力をテーマにしているとはいえ、中国に対する戦略的抑止力に関しては、単なる終末兵器としての核兵器という概念よりもはるかに多くのものが含まれることに留意することが重要であると述べた上で、中国共産党は、最小限の物理的な力で地政学的に大きな利益を得ることを旨としており、戦わずしてアジアの近隣諸国を威嚇し、それによって目的を追求するという考え方でいるのだから、いわゆる「グレーゾーン」や平時の状態で中国をいかに抑止するかが、中国に対する戦略的抑止になると指摘している。その上でHolmesは、いかなる形態の抑止であろうが、抑止を考える際には、Henry Kissingerが主張した、①軍事的ケイパビリティ、②政治的な抑止遂行の決断力、③敵に己の強さと意志を伝える能力、という3つの要素と、Carl von Clausewitzが主張した、①戦場で敵を倒すこと、②敵を絶望的な状況に追い込むこと、③敵に今後支払うコストでは勝利できないと納得させること、という3つの条件の双方を考慮することが必要であるが、結局のところ抑止には、将来の敵を研究することに代わるものはなく、米国と同盟諸国は、様々な努力を通じて、中国が最後の手段を使うことを抑止しなければならないと主張している。
(1) SOME CLAUSEWITZIAN THOUGHTS ON THE UKRAINIAN DEFENSE
https://mwi.usma.edu/some-clausewitzian-thoughts-on-the-ukrainian-defense/
Modern War Institute, April 25, 2022
By Olivia A. Garard served as an active-duty officer in the US Marine Corps from 2014 to 2020. She holds a bachelor of arts in philosophy from Princeton University and a master of arts in war studies from King's College London, and is currently studying at St. John's College
4月25日、元米海兵隊の将校Olivia A. Garardは、U.S. Military AcademyのModern War Instituteのウエブサイトに、"SOME CLAUSEWITZIAN THOUGHTS ON THE UKRAINIAN DEFENSE"と題する論説を寄稿した。その中で、①ロシアの侵攻に対するウクライナの成功の理由は、「防御の立場で戦っているから」である。②『戦争論』を著したCarl von Clausewitzによれば、防御は攻撃側よりも強力であるばかりでなく、追加的な手段を利用する機会がある。③『戦争論』第6篇第6章に列挙されているこの手段には、ランドヴェア(landwehr:ドイツ語圏諸邦における兵種の1つであったが、ドイツ帝国では3年の現役、2年の予備役を終了した者に40才まで課する兵役。ヴェルサイユ条約によって廃止された。:訳者注)、要塞、国民、武装した国民及び同盟国が含まれ、ウクライナはこれらすべての手段を駆使してきた。④防御とは攻撃の機会を待つことであり、防御の強さの多くは、「防御する側がすでにどこかに存在している」という事実から生まれる。⑤今日の人間の防御の力が、Clausewitzが説明したものと似ているのは当然のことで、人間は依然として人間であり、変わったのは、テクノロジーが人間とどのような規模と速度で適合するかということである。⑥Clausewitzは、小さな事実を積み重ねる力が如何に防御側に連鎖的な手段を提供することを指摘し、今日我々が公開情報と呼んでいるものの価値を明らかにした。⑦ウクライナの防衛を支える原動力のどれ1つとして、Clausewitzを驚かせるものはないだろうといった主張を展開している。
(2) America Needs a Comprehensive Compellence Strategy Against Russia
https://www.fpri.org/article/2022/04/america-needs-a-comprehensive-compellence-strategy-against-russia/
Foreign Policy Research Institute, April 28, 2022
By Frank G. Hoffman serves on the Board of Advisors at the Foreign Policy Research Institute and currently is serving at the National Defense University as a Distinguished Research Fellow with the Institute for National Strategic Studies.
2022年4月28日、米シンクタンクForeign Policy Research Instituteの諮問委員などを務めるFrank G. Hoffmanは、同シンクタンクのウエブサイトに" America Needs a Comprehensive Compellence Strategy Against Russia "と題する論説を寄稿した。その中でHoffmanは、米Biden政権は、ロシアのウクライナ侵攻に対し、前例のないほど厳しくかつ大規模な支援策を打ち出したことは、欧州の安全保障に対する米国の真剣な誓約を示すものであるとして好意的に評価した上で、ロシアを抑止する初期の努力は失敗に終わったが、西側諸国は今、別の取り組みを追求すべきであり、米国は抑止力よりもむしろ強要(compellence)に焦点を当てるべきだと指摘している。その上でHoffmanは、包括的な対ロ戦略には、Putinロ大統領の政治支配を弱めることを目的としたロシア国内での情報活動も含まれるが、このような包括的な戦略の目標は、ウクライナの敗北を食い止めるだけでなく、Putinに戦争を止めさせることであるとし、この戦略によって西側諸国は、短期的に戦争を終わらせるだけでなく、ウクライナと西側諸国にとってより有利な条件での侵攻終結を強いることができるし、欧米の狙いは、Putinロ大統領に作戦上の失敗をさせることであって、ロシアによるウクライナの征服や、脅迫的な交渉による妥協に応じることではないはずだと主張している。
(3) How To Deter China From Making War
https://www.19fortyfive.com/2022/04/how-to-deter-china-from-making-war/
19FortyFive, April 28, 2022
By James Holmes, J. C. Wylie Chair of Maritime Strategy at the Naval War College and a Nonresident Fellow at the Brute Krulak Center for Innovation & Future Warfighting, Marine Corps University
2022年4月28日、同日開催されたStrategic Deterrent Coalition SymposiumにおけるU.S. Naval War Collegeの海洋戦略専門家James Holmesの講演内容が、米安全保障関連シンクタンク19FortyFiveのウエブサイトに" How To Deter China From Making War "と題して掲載された。その中でHolmesは、今回のシンポジウムは核抑止力をテーマにしているとはいえ、中国に対する戦略的抑止力に関しては、単なる終末兵器としての核兵器という概念よりもはるかに多くのものが含まれることに留意することが重要であると述べた上で、中国共産党は、最小限の物理的な力で地政学的に大きな利益を得ることを旨としており、戦わずしてアジアの近隣諸国を威嚇し、それによって目的を追求するという考え方でいるのだから、いわゆる「グレーゾーン」や平時の状態で中国をいかに抑止するかが、中国に対する戦略的抑止になると指摘している。その上でHolmesは、いかなる形態の抑止であろうが、抑止を考える際には、Henry Kissingerが主張した、①軍事的ケイパビリティ、②政治的な抑止遂行の決断力、③敵に己の強さと意志を伝える能力、という3つの要素と、Carl von Clausewitzが主張した、①戦場で敵を倒すこと、②敵を絶望的な状況に追い込むこと、③敵に今後支払うコストでは勝利できないと納得させること、という3つの条件の双方を考慮することが必要であるが、結局のところ抑止には、将来の敵を研究することに代わるものはなく、米国と同盟諸国は、様々な努力を通じて、中国が最後の手段を使うことを抑止しなければならないと主張している。
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