海洋安全保障情報旬報 2021年12月1日-12月10日

Contents

12月3日「インドネシア、アジアにおけるロシアへの甘い期待―オーストラリア専門家論説」(The Strategist, December 3, 2021)

 12月3日付のオーストラリアシンクタンクAustralian Strategic Policy Institute(ASPI)のウエブサイトThe Strategistは、ASPIインドネシア・プログラム長David Engelの“Has Jokowi fallen for Putin’s line on Russia’s benign utility to Indonesia?”と題する論説を寄稿し、ここでDavid Engelはロシアの地域的貢献に対するインドネシアの甘い期待について、要旨以下のように述べている。
(1) オーストラリア政府は、Putinロシア大統領の最近の行為と、それが東南アジアにおけるオーストラリアの立場にとって含意することについて、何らかの考慮を払う必要があるかもしれない。史上初のASEANとロシアの合同海洋演習にロシア海軍対潜駆逐艦「アドミラル・パンテレーエフ」を派遣するというPutin大統領の決定を迷惑行為(trolling)と決め付けることは、即断に過ぎるかもしれない。同艦は12月初めにインドネシアのアチェ州サバン沖の海域で実施された3日間の演習のためにロシア太平洋艦隊から派遣されたが、同艦隊が派遣し得る最良の選択肢だったかもしれない。この演習は、近年中国や米国などの艦艇がASEANから派出された部隊と実施している同様の演習シリーズの最新版とみられる。
とは言え、「海洋経済活動と商業航行の安全確保」を目的とする演習に、対潜駆逐艦を派遣するという選択は、それが行われた文脈を考えると、Putin流の挑発と解釈したくなる。この演習は、10月28日のASEAN・ロシア首脳会議における、「信頼醸成と、共通の安全保障上の課題に対処する能力を強化するために、ASEAN国防相会議プラスの構成国の軍隊間の合同演習の実施を奨励する」との声明に基づく。さらに言えば、この首脳会議は、豪英米によるAUKUS協定に基づいてオーストラリアが攻撃型原子力潜水艦(以下、SSNと言う)を取得する計画が9月に発表された後に開催された。AUKUS協定についてはASEANの一部が歓迎しているものの、他の諸国、とりわけ、インドネシアが深刻な懸念を表明している。ジャカルタが最も懸念するのは、核拡散防止条約との整合性と、オーストラリアのSSN取得計画が域内の軍拡競争を引き起こすリスクである。インドネシアのWidodo大統領は首脳会談で、ロシアはこのリスクを軽減することが重要であると言明したとして、「ASEAN・ロシア戦略的パートナーシップが軍拡への流れを阻止できる。これは、インド太平洋地域の安定、平和そして繁栄を維持する上でのロシアの大いなる貢献となろう」と語った。
(3)一方、Putin大統領は、「世界と地域の主要な問題」に対するロシアとASEANの立場に共通点を見出し、「重要なことは、我々全員が広大なアジア太平洋地域における平等で互恵的な協力関係を支持することだ」と、ASEAN首脳に強調したと言われる。当面、ロシアは東南アジア諸国への最大の武器供給国であり、この点で両者の協力は一定の利益をもたらしてきた。ロシアはまた、ASEANに対して、ASEANの「中心性」に対する支持を約束するとともに、南シナ海を将来的な「中国の湖」ではなく、世界的な公共財の一部と見なすことで、この地域における外部の新たな主要アクターとしての期待を持たせている。
(4)しかし、Widodo大統領、そしてその他のASEAN首脳がPutin大統領を「安定と平和の保証者」としての役割を果たす地域の行為者として「肯定的に」見るべきであるということは、極めて寛大に過ぎるように思える。Widodo大統領の寛大さについての1つの説明は、ロシアがこの地域(特にインドネシア)の発展に具体的な貢献をするであろうとの大統領のあからさまな期待にある。しかしながら、ロシアの経済力では、中国、米国、日本及び域内の他の諸国の場合よりも、その支援は目立たないであろう。Widodo大統領がロシアを大国間抗争における中立的プレーヤーとして位置づけようとするのは、対潜駆逐艦「アドミラル・パンテレーエフ」がスマトラ沖での演習に先だって遂行していた任務を考えれば、神経質に過ぎよう。対潜駆逐艦「アドミラル・パンテレーエフ」の行動には、中国との合同海上哨戒演習があり、この演習では中ロ艦隊が日本を周回した。中国国防部は、この演習は「いかなる第三国も目標にしたものではない」と言い訳をしたが、中国の人民日報傘下の環球時報英語版は明快で、「中国の軍事専門家」が米国と日本に対する警告として行ったと語ったと報じている。この地域の戦略的将来に対するロシアの役割について、こうしたロシアの行動からあまり多くの結論を引き出すべきではない。域内諸国とロシアの歴史的な繋がりと、ロシアが依然保持するハードパワーはこの地域の戦略的将来にある程度の影響を与えるであろうが、その現実の経済的弱みは域内での影響力発揮を制約するに違いないであろう。
(5) インドネシアのPrabowo 国防相がロシアの対潜駆逐艦「アドミラル・パンテレーエフ」の艦橋で演習を視察していた時には、この数十年後にはオーストラリアのSSNがスマトラのサバンから遠くない海域に潜んでいる可能性に思いが至らなかったかもしれないが、インドネシアの核不拡散の懸念に対処することは、現在および将来のキャンベラの対インドネシア政策の取引の主要な部分でなければならない。もちろん、このことは、オーストラリアが単にインドネシアの好意を得るために防衛上の利益を放棄する必要があることを意味するわけではない。しかし、紛争抑止に向けてのオーストラリアの取り組みを、インドネシアなどのASEAN諸国が北方の近隣諸国の感情と一致しない敵対的姿勢と受け取れば、これら近隣諸国は、横暴な巨象から身を守ってくれる、平和を愛し、法を守る提携国としてロシアの明白な欠点に目を瞑る可能性が高い。そしてPutin大統領も、機会があればそれに応えようとする姿勢を示すであろう。
記事参照:Has Jokowi fallen for Putin’s line on Russia’s benign utility to Indonesia?

12月3日「米原潜『コネチカット』の事故の原因、対応、含意―シンガポール専門家論説」(FULCRUM, December 3, 2021)

 12月3日付のシンガポールのシンクタンクThe ISEAS -Yusof Ishak Instituteが発行するウエブサイトFulcrumは、ISEAS – Yusof Ishak Institute上席研究員Ian Storeyの“The USS Connecticut Incident: Silent Service, Turbulent Clash?”と題する論説を掲載し、Ian Storeyは米原子力潜水艦「コネチカット」の事故の原因、対応、含意について概説し、特に含意として潜水艦も洋上で不慮の遭遇をした場合の行動基準の対象とされているものの、緊密な同盟国の潜水艦の間でも潜航中は水上艦艇のような信号、通信は実施できず、安心できる状況にないとして、要旨以下のように述べている。
(1) 米原子力潜水艦「コネチカット」の事故は潜水艦乗組員にとって最悪の悪夢である。2ヶ月に及んだ事故調査は終了した。事故は終わったかもしれないが、事故の原因、対応、東南アジアの中心部で行われている領域管轄権、地政学的紛争に関係するいくつかの重要な問題を明らかにする含意の詳細を見てみることは意味のあることである。潜水艦が関係する事故は意外に一般的で、過去20年間に37件の異常が発生している。原子力潜水艦が出現してからは米海軍が2隻の原子力潜水艦を喪失し、ロシアは7隻を損失している。
(2) まず、事故の原因から見てみよう。事故の1ヶ月後、米海軍は「コネチカット」が他の艦艇ではなく、海図に記載されていない海山に衝突したことを確認した。その結果、海軍は事故が避け得たと結論付けた。アジア太平洋の環太平洋火山帯に沿って、繰り返し地震が発生しており、これが新しい海山を形成しているため、海山は海図に記載されていなかった。しかし、海軍は、「コネチカット」が適切な航海手順を実施していなかったとして、艦長と上席の将校2名を解任した。「コネチカット」の事故と類似の事案は2005年に生起しており、原子力潜水艦「サン・フランシスコ」がグアム近傍で海山に衝突した。この時は、潜水艦はほとんど喪失寸前の状態で、前部に甚大な損傷を受け、1名が死亡、98が負傷した。両潜水艦が生還し得たことは、乗組員の潜水艦乗組員としての高い技量と堅牢な艦艇建造の証左である。
(3) 「コネチカット」の事故や近年起こった2件の水上艦の衝突事故は、中国のアジア太平洋における海軍の動きに対応するUS Pacific Fleetに作戦上の要求が重くのしかかっているだけでなく、西太平洋全域における海軍力の展開を維持しなければならないという情勢によって指揮能力への不安、訓練と保守整備の問題が悪化してきていることを浮き彫りにしている。
(4) 中国は、今回の事故を南シナ海における米軍の展開が地域の安定を損なっているという主張を補強するために利用している。中国は特に、南沙諸島、西沙諸島及びそこに建設した基地近傍における米軍の偵察に悩まされてきた。ある報告によれば、「コネチカット」は事故当時、西沙諸島近傍を行動中であった。中国政府系紙環球時報英語版Global Timesは、事故に関する一層の情報を提供するよう米国に求め、情報を隠蔽しているとして非難した。事故後、中国政府は米国に対し南シナ海における軍事行動を中止するように要求し、米潜水艦の展開が衝突と核事故の危険性を高めていると主張した。しかし、中国は人民解放軍海軍が同海域で12隻の原子力潜水艦が行動していることには触れなかった。中国はまた、AUKUS非難にも今回の事故を利用している。
(5) 政治的問題はさておき、南シナ海における潜水艦事故に関してはもっともな懸念がある。南シナ海のある海域は水深が浅く、潜水艦が行動することはできない。他の海域には潜水艦が待敵するのに適した深い海溝がある。問題は、このような海盆に域内国、域外国双方から潜水艦が集まり、ますます混雑してきていることである。洋上で不慮の遭遇をした場合の行動基準(Code for Unplanned Encounters at Sea:以下、CUESと言う)は潜水艦にも適用されているが、水上艦艇と異なり、潜水艦は信号や通信の類いは実施できない。シンガポールはCUSEを捕捉する潜水艦用行動規範を提唱しているが、潜水艦の行動の秘匿性が高いことを考えると成立の見込みはない。緊密な同盟国の潜水艦の間で通信が実施できなければ、南シナ海のような係争中の海域では何が期待できるだろうか。人民解放軍退役上校周波は、米中相互の敵意と不信が高まっていることを考えると、両国の潜水艦の間で事故が発生した場合、事態の拡大を抑えることはこれまでの米中両国軍の間の事件よりもはるかに難しいものになっていると指摘している。Biden大統領が就任以来、米国防長官と中国国防部長が話し合いさえしていないことは安心できることではない。
記事参照:The USS Connecticut Incident: Silent Service, Turbulent Clash?

12月7日「『グレーゾーン』戦術を見極める―オーストラリア政治学講師論説」(The Interpreter, December 7, 2021)

 12月7日付のオーストラリアのシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、オーストラリアUniversity of Queensland の政治学・国際関係学講師Megan Priceの“Taming the ‘grey zone’”と題する論説を掲載し、Megan Priceは近年「グレーゾーン」戦術に対する不安が広まっているが、その定義がはっきりなされないままその言葉を使用するのは危険であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 近年「グレーゾーン」戦術に対する不安が広がっており、公的な場においてもその言葉が聞かれるようになった。たとえばオーストラリアの2016年の国防白書ではその用語は一度も出てこないが、2020年の国防戦略改訂では11回も登場する。
(2) グレーゾーンとは一般的には、通常の軍事行動には届かない烈度の威圧的活動と理解されている。2014年のロシアによるクリミア半島併合や、中国の南シナ海における領土的主張などがそれにあたる。しかし近年、オーストラリアの対外政策関係者や防衛関係者は、グレーゾーン戦術を広く定義し、さまざまな行動にそのレッテルを貼りつけてきた。前述の国防戦略改訂の定義では、グレーゾーンは軍事的なものでもあり、非軍事的なものでもあり、情報操作や経済的な威圧などもそれに含まれるという。中国の一帯一路構想さえ、グレーゾーンとして扱われている。
(3) しかし、グレーゾーンという言葉は注意深く扱われるべきであろう。ある国家のある行動をグレーゾーン戦術と位置づけることによって、アナリストは、その国のあらゆる行動を別の国を弱体化させるような一貫した企みと認識することになってしまうだろう。たとえばオーストラリアの懸念の淵源は中国であるが、中国のあらゆる行動がグレーゾーン戦術であるわけではない。たとえば一帯一路構想については、その「債務の罠」が問題視されているが、その懸念は過大評価されている。その構想は主として経済的要因によって推進されており、中央による一貫した統制、計画があるわけではない。
(4) オーストラリア産大麦や牛肉に対する中国の貿易制限もまた、中国によるグレーゾーン戦術と解釈されることがある。しかしこれは、中国による最近の「外交的自己破壊」のパターンにより適合するもので、長期的で一貫した企みというよりは、機会主義的で短絡的な外交政策と解されるべきである。
(5) グレーゾーン戦術を軽視せよというのではなく、その言葉の使用には慎重さが必要だということである。グレーゾーン戦術の顕著な特徴の1つは、それが公然と行われる領域と隠密裡に行われる領域の間で起こることである。言い換えれば、それは隠密裡に行われることを公然と行うということである。南シナ海において中国が漁船団を活用したことはそれに当てはまる。こうした隠密裡に行われることを公然と行うということで、それを実行する国は、自国が強硬であることを内外に伝達することができるという点において有用なのである。ただし、それは威圧的な経済制裁などとは別物である。したがって、そうした行動に対しては、別の対策が必要になる。
(6) 何がグレーゾーンに当たるのか、その定義が重要であろう。中国がやることなすことすべてをグレーゾーン戦術と見なすことによって、オーストラリアの人々が得るものはほとんどなにもない。
記事参照:Taming the “grey zone”

12月7日「ロシア、スバールバル諸島での軍の展開強化:ハイブリッド戦略の一環―ノルウェーオンライン誌報道」(The Barents Observer, December 7, 2021)

 12月7日付のノルウェーのオンライン紙The Barents Observerは、“Moscow aims to enhance presence in スバールバル as part of hybrid-strategy, expert warns”と題する記事を掲載し、ロシアがスバールバル諸島での正統な軍事力の展開を強化しつつ、軍事活動と経済活動を同時並行的に実施するハイブリッド戦略を実行する一方で、北極海域の緊張を高めているとして要旨以下のように報じている。
(1) 北極地政学の専門家Elizabeth Buchanan博士は「ロシアがスバールバル諸島での正統な展開を強化するハイブリッド戦略を実行する一方で、海洋空間の緊張を高めている」と述べている。外交交渉の声が大きくなり、軍艦が諸島の付近を航行することが多くなっている。スバールバル諸島は、ロシアにとって戦略的重要性が高まっている。それは北極諸島を支配するノルウェーにとっても同様である。BuchananはThe Barents Observerに「武力行使をちらつかせた威嚇がもっと多くなることが予想される」と語る。しかし、彼女は「そのような軍事的威嚇は気休めである。ロシアはスバールバル諸島を併合しようとはしない。ロシアは戦いを望んではいない」と述べている。BuchananはオーストラリアのDeakin大学でも戦略研究の講師を務めている。2022年1月、彼女はノルウェーのトロムソで開催されるArctic Frontiers会議の主たる報告者の一人である。「スバールバル諸島に関するロシア政府の本当の狙いは、条約の範囲内で、平和裏に陸上で起こっている」とBuchananは言う。彼女は、ロシア政府が研究、産業、観光などスバールバル諸島でロシアの軍事基地の代わりとなる多くの活動を開始すると予想している。「ノルウェー市民は南オセチアとクリミアで見られるように、ロシアに『ロシア国民を守る』方法を再考する機会を与えている」と述べている。
(2) 今日、スバールバル諸島の地下石炭資源は不足しており、観光などの代替ビジネスが成長している。人口は減少傾向にあり、現在では、約400人のロシア人とウクライナ人が共住している。スバールバル諸島は、バレンツ海、グリーンランド海、ノルウェー海の間に位置し軍事的戦略的に非常に重要である。スバールバル諸島を支配する者は、水深の浅いバレンツ海からより深い北大西洋への重要な玄関口を支配することができる。ロシアの北洋艦隊にとって、ノルウェー本土とスバールバル諸島最南端の島との間のいわゆる「ビュルネイ島(英語名:ベア島)の隘路」は、その南側の海域とその北側の海域との間で海上拒否作戦を行う際の鍵となる海域である。NATOの大西洋横断的な航行を脅かす可能性がある。欧州で再び国際的な緊張が高まる中、ノルウェーはスバールバル諸島の地政学的重要性をよく理解している。
(3) 1920年のスバールバル条約は、スバールバル諸島でのノルウェー軍の展開を禁止していないが、戦争のような目的(possible war-like purpose)のために諸島を使用することを制限している。「2020年代の条約で提示された課題は、100年前の『戦争』と『平和』を構成するものの概念が今やますます曖昧になっていることであり、このグレーゾーンにPutinのロシアは精通している」とBuchananはJanes Information Serviceの最近のレポートで述べている。The Barents Observerには彼女は次の点を説明した。「ロシアがスバールバル諸島での正統な展開を強化するハイブリッド戦略を実施する一方で、海洋空間での緊張を高めている。ロシア北洋艦隊がスバールバル諸島のより近くを航行するといった活動は許されるが、条約の範囲内でロシアの活動に一線を画することは難しい。ロシア政府はスバールバル諸島で軍の展開を強化することにより、ノルウェーの我慢の限界を突くだろう。ノルウェー海軍フリゲート「トール・ヘイエルダール」による2021年10月の航海を例に挙げて、Buchananはノルウェー政府が二重基準を使っているとロシアが現在主張していることは最も興味深いと述べている。「モスクワは、『戦争のような目的』のために群島を使用できないという条約の要件に鑑み、スバールバル諸島でのノルウェーの軍事活動に迅速に抗議する。定義されていないが『戦争のような』は見る人の頭の中の基準であり、ロシアが他の条約当事者を議論に巻き込むために使用する基準である。ここに中国も関心を持つようになるだろう」とBuchananは主張する。中国とロシアは、スバールバル条約の署名国46ヵ国に入っている。
(4) Buchananは、ロシアが多面的な戦略を使用すると予想している。「ハイブリッド戦略は本来、北極海域での軍事的圧力、戦争の想起させる軍事演習と軍事的試験の増加とスバールバル諸島での研究活動と経済活動を調和させるものである。中国カードも同様に使用されると思う。中国の経済的利益と北極にある中国の黄河研究所の研究の利益に対するノルウェーの脅威に関する中国の不満と不安をロシアは煽っている。このように、ロシアにはスバールバル諸島を確保するために、NATOやノルウェーを苛立たせる利用可能な多くの手段がある。北極黄河基地は、2003年に、北極のスピッツベルゲン北部のニーオーレンスに中国極地研究所によって設立されたものである。
(5) NATOとロシアの間で欧州または世界の紛争が拡大する場合、スバールバル諸島の東と北の北極海を航行するロシア北洋艦隊の弾道ミサイル搭載原子力潜水艦の聖域を防衛することが、ロシア軍司令部の主な優先事項であると考えられている。NATOが干渉しようとする試みを妨害する能力を確立するには、「ビュルネイ島の隘路」の支配が必要である。「NATOの北極への関与であれ、スバールバル諸島のノルウェーによるさらなる防衛強化であれ、軍事的圧力を受けた場合、ロシア政府は聖域防衛をスピッツベルゲンとノルウェーの間に越えさせてはならない一線を引き、この線をもってロシア海軍の行動海域を支配することは、ロシア北洋艦隊の北大西洋との間の安全な出入りを保証することになる。しかし、これは北極地域の緊張を高めるだろう。そして、それは北極地域におけるロシアと欧州の経済的利益に極めて悪い影響を及ぼす。自由に交易できる北極シルクロードに対する中国の関心は、欧州の北端の緊張によって脅かされるであろう。重要なのは、ロシアが自由で開かれたロシア北極圏と堅牢な聖域防衛の間で決定される選択肢を持っていることである。これは本質的に、ロシアがスバールバル諸島に関して考えていることである。具体的には、正統性のあるロシア軍の展開、西側によって出入りを拒否される前に独自の西側の出入りを拒否する能力の強化、ノルウェーのスバールバル諸島に関する政策に対し中国の不満を煽るという政策に組み込んだ安全装置(fail safe)である」とBuchananは述べている。
記事参照:Moscow aims to enhance presence in スバールバル as part of hybrid-strategy, expert warns

12月7日「中国の新型空母に資金援助する米国の同盟国―元米海軍長官論説」(19FortyFive, December 7, 2021)

 12月7日付の米安全保障関連シンクタンク19FfortyFiveのウエブサイトは、元米海軍長官J. William Middendorf IIの“How U.S. Allies And Friends Are Helping Fund China’s New Aircraft Carrier”と題する記事を掲載し、中国の最新空母と同じ造船所で、米国の同盟国向けの商船が建造されているため、実質的に同盟国は中国の空母建造の資金供与を行っていることを意味するとして、要旨以下のように述べている。
(1) 中国の最新型空母は、江南造船で建造されている。その同じ施設では、ブラジル、フランス、アラブ首長国連邦、台湾、シンガポール、日本、スウェーデン及びオランダといった米国の同盟国向けに、40隻以上の商船も建造している。言い換えれば、中国の海外の顧客は実質的に、この空母の建造に資金支援を行っていることになる。Type003と呼ばれる中国のまだ艦名のないこの空母は、2021年10月に宇宙から写真撮影された。これらの写真には、米国の同盟国のために建造されている商船が写っていた。今後数カ月で進水する見込みで、US Department of Defenseの最新の中国に関する米議会向け年次報告書では、この空母は2024年までに完全に運用可能となると考えられている。同じクラスの4隻目の空母も建造中である。
(2) 新空母はType003と呼ばれ、Type002「山東」より大型で、原子力ではなく通常動力型になると予想されている。新型艦は電磁式カタパルトを採用する可能性があり、中国の最初の2隻の空母で使用されたスキー・ジャンプ方式から(航空機運用能力が:訳者注)大幅に改善されることになる。カタパルトを使用すると、発進する航空機の航続距離と積載量の両方が増加する。新型空母の予想排水量は11万トンで、弾薬や燃料の搭載量を増やし、Tyep002より8機多い44機の航空機を搭載できるようになる。Type003空母は、最大で最も強力な米国の超大型空母に匹敵する最初の艦となる。
(3) 北京は現在、世界最大の海軍を誇っている。中国は、西太平洋、インド洋、ヨーロッパ周辺海域など、より遠方の海域でますます多くの作戦を展開するようになっている。中国海軍は今や、米海軍が戦時中に外洋海域の支配を獲得し維持する能力に対して大きな挑戦を突きつけている。
(4) 中国人にとって、空母は単なる兵器運搬・発射母体ではなく、重要な政治的象徴である。中国が目的を達成する能力のための決意と目的を反映し、行動で示すものである。新型空母もやはり、台湾に厳しい警告を発している。
(5) 米国の友好国、それも守る義務のある同盟国が、なぜ自分たちに敵対する可能性のある兵器の建造に貢献するのだろうか?
記事参照:How U.S. Allies And Friends Are Helping Fund China’s New Aircraft Carrier

12月8日「2022年米国家防衛戦略で鍵となる『統合抑止』―US Department of Defense報道」(DOD News, December 8, 2021)

 12月8日付のUS Department of DefenseのニュースサイトDOD Newsは、“Concept of Integrated Deterrence Will Be Key to National Defense Strategy, DOD Official Says”と題する記事を掲載し、2022年に発表される予定の米国家防衛戦略における重要な概念である「統合抑止」(Integrated Deterrence)に関する、米国防次官の説明について、要旨以下のように報じている。
(1) 米国の国家防衛戦略が発表されるのは2022年だが、その中で統合抑止力の概念が大きな役割を果たすことは周知の事実である。米国防次官(政策担当)のColin Kahlは、Defense Oneが開催した 国防関係者の会議Outlook 2022でこの概念を具体的に説明した。
(2) Kahl国防次官は、この概念の統合と抑止の両側面について説明した。「統合に関しては・・・領域を超えて統合するということで、つまり、核を用いない従来型のもの、核、サイバー、宇宙、情報といったものである。烈度の高い戦争からグレーゾーンまで、紛争の範囲を横断して統合される、競争や潜在的な紛争の舞台といったものを超える統合」と彼は述べている。この場合の概念は、国力のすべての手段を統合することも意味する。最も重要なことは、「同盟国や提携国との統合であり、これこそ米国が他の競争相手や潜在的な敵対勢力に対して持つ、真の非対称的優位性である」と国防次官は述べている。
(3) 抑止は冷戦時代から米国の国防政策の中核ではあったが、統合抑止の概念の一部として異なった意味を持っている、「現行の安全保障環境と、我々が抑止を試みている潜在的な紛争のシナリオを考慮した場合、抑止について異なる考え方をする必要がある」とKahl国防次官は言う。「Department of Defenseにいる我々は、潜在的な敵対者が期待していると分かっている短時日での既成事実化を拒否するための能力と概念をもつ必要がある。したがって、彼らが想定する米国の来援の前に、彼らが我々の提携国や同盟国に対して急襲をかけることができないようにすることである」と彼は述べ、「率直に言って、我々の敵は米国との紛争が長引く場合にはとりわけ目的を達成することはできないとの認識の上で、勝利の理論を構築していることを我々が知っているため、米国は自身の抗堪性をより高める必要がある。彼らは長期的な紛争を戦うつもりはない。その代わり、我々に対して目くらましを行い、耳を塞ぎ、動きを鈍らせる意図がある」と語っている。
(4) Kahl国防次官は、米国に対する情報操作活動は、米国を内向きにして国内問題に集中させるかもしれないと指摘し、「我々は、同盟国を防衛するために米国が前進することを妨げることを目的とした米国のネットワークへの初期の攻撃を切り抜けることができるように、米国のシステム、ネットワーク、重要な基幹施設を遥かに抗堪性のあるものにしなければならない。抗堪性が主要なテーマとなるだろう」と述べている。
(5) 核抑止力は依然として重要である。「国防長官は、究極的な最終手段として、安全で確実かつ効果的な核抑止力を確保するため、核戦力の三本柱の近代化を継続する必要性について語っている。しかし、我々はさらなる能力の開発も行う」とKahl国防次官は述べた。
記事参照:Concept of Integrated Deterrence Will Be Key to National Defense Strategy, DOD Official Says

12月8日「大西洋岸の軍事基地建設を模索する中国―カナダ情報誌報道」(Geopolitical Monitor, December 8, 2021)

 12月8日付のカナダ情報誌 Geopolitical Monitorのウエブサイトは、“China Seeks Atlantic Ocean Military Base”と題する記事を掲載し、中国が計画しているという赤道ギニアでの軍事基地建設について言及し、それが米国の人権推進政策に難題を突きつけているとして、要旨以下のように報じている。
(1) 米紙Wall Street Journalによれば、中国は大西洋岸に最初の軍事基地建設を計画しているという。基地の受け入れ国として想定されているのはアフリカ西岸の赤道ギニアであり、同国はTeodoro Obiang Nguema Mbasongo大統領による支配が42年間続く独裁国家である。人権に関する国際調査機関によれば、同国の人権状況は常にほぼ最悪に近い。その経済は資源採掘によって賄われており、歳入の9割が石油輸出による。そして中国は赤道ギニアの最大の貿易相手国である。
(2) 基地の正確な設置場所は、同国最大の都市バタにある大水深港と推測されている。そこは2008年から14年にかけて中国の出資によって全面改修および拡張がなされた。さらに高速道路網の建設によって、ガボンやコンゴ共和国など中央アフリカとの商業的連結の土台が整えられている。
(3) 赤道ギニアに中国の軍事基地が設置されれば、それは中国人民解放軍海軍の世界規模での行動能力を強化するであろう。そうした施設は現在アフリカ東岸のジブチにあるだけである。パキスタンのグワダル港やアラブ首長国連邦、ケニア、セーシェル、タンザニア、アンゴラなどで中国企業が建設した民間施設の軍事的転用がこれまでも噂されてきた。
(4) 米国はこれまで、海外基地建設に関する中国の試みを退けてきた。しかし赤道ギニアの事例は、米中の新冷戦的状況と米国が現在展開する人権の推進などの対外政策目標との間の緊張関係を明らかにしている。米国と赤道ギニアの関係は、特にここ20年の間は好ましいものではない。それはMgasongo統治における人権状況の悪化や政治腐敗のゆえであり、実際、Mgasongoの息子で現在の副大統領Mangueが2011年に農林大臣だったときの政治汚職に関して米司法省が裁判を続けている。それに対して中国と赤道ギニアの関係は、米国のそれと好対照を為している。中国は支配体制のあり方とは何の紐付けもなしに同国に対するインフラ計画のための資金援助を行い、治安部隊のための装備や訓練を提供してきた。
(5) 地政学的な懸念を反映する形で、米国は赤道ギニアに対して宥和的取り組みを採るよう路線変更をした。たとえば、Mangue副大統領から差し押さえた資産は、COVID-19用ワクチン支援という形で同国に再分配された。また国務省の人身取引報告書における赤道ギニアの成績も改善しており、それは同国への公的支援につながる可能性がある。あるいは、大統領らが不正に蓄積した財産の取り締まりを見過ごすなどの方策が採られる可能性もある。
(6) 米国がそう望めば、赤道ギニアの政権転覆も可能だろう。しかしそのようなことをすれば、近い将来赤道ギニアが中国との関係をより強固にするのはほとんど確実である。米国が主導するより良い世界の復興(Build Back Better World:B3W)のような進歩的な構想は、こうした地政学的状況にとって難題を突きつけている。そうした構想が地政学的に重要な独裁国家を排除するからである。もし赤道ギニアでは中国の試みを押しのけることができたとしても、中国が同じような試みを展開できる場所は他にいくらでもある。
記事参照:China Seeks Atlantic Ocean Military Base

12月8日「中国による太平洋で違法調査活動の疑い―フランス海軍関連ウエブサイト報道」(Naval News, December 8, 2021)

 12月8日付のフランス海軍関連ウエブサイトNaval Newsは、“Illegal Strategy: China Suspected Of Unauthorized Sea Floor Survey In Pacific”と題する記事を掲載し、中国の調査船がパラオの排他的経済水域内で調査活動を行っていたことに言及し、その概要と意義について、要旨以下のように報じている。
(1) 中国が近年、調査船団を増強しており、それは太平洋で摩擦を引き起こしている。中国の最新型調査船の「大洋号」が、11月末から12月初めにかけてパラオの排他的経済水域(以下、EEZと言う)内で活動したことが明らかになり、批判を受けている。パラオはフィリピン海と北太平洋の間に位置し、戦略的に重要な小さな島嶼国家である。同船はおそらく海底の資源調査や地図作成を行っていたようである。後者の活動は潜水艦の行動とも関係が深い。いずれにしても、パラオのEEZ内でそうした調査を行うためには、同国の許可が必要だったが、許可は出されていない。パラオ当局は「大洋号」の活動について記録はしたが具体的な対応はできず、US Coast Guardの支援を要請した。
(2) 船舶自動識別装置(AIS)のデータ解析によれば、「大洋号」は11月22日頃に西フィリピン海に到達し、その後、九州・パラオ海嶺に沿って移動し、11月30日までにパラオのEEZ内に入った。その後再び北上した。このような移動パターンは、同船が海底調査を行っていたことを示唆するものである。「大洋号」が活動した海域ではあらゆる採掘(および漁業)が禁止されていた。パラオのEEZの8割が海洋保護区域に指定されている。
(3) 「大洋号」は中国の外洋調査船のなかで最も近代的で性能の高い船であり、2018年12月に浸水した。その時、中国初の「世界的な海洋資源調査船」と位置づけられている。すでに大西洋や南シナ海で調査を行っており、今年9月に南シナ海での調査が報告されている。ブルネイやマレーシア、フィリピンのEEZ内での活動であったが、この国々の許可をとっていたかどうかは不明である。
(4) パラオは小国であり、かつ軍事力を持たない国である。このため、EEZ内での活動に対して異議を唱えることが難しい。防衛に関しては米国に依存しており、戦略的に重要な場所に位置するパラオにおける米国の存在感は増大しつつある。今回の事例では、天候が原因でパラオの巡視艇は出動できなかったようであり、従来どおり、グアムのUS Coast Guardに支援を要請した。
(5) US Coast Guardの船舶が中国の調査船に遭遇したかどうかは定かではないし、パラオから再北上した理由もわかっていない。「大洋号」は調査を行っただけのようであるが、海底調査は上述したように潜水艦作戦にとって重要なものであるため、周辺の国々にとっては不安の種であろう。
記事参照:Illegal Strategy: China Suspected Of Unauthorized Sea Floor Survey In Pacific

12月9日「中国、東南アジアの非核兵器地帯設置に合意の意向:今なぜ―米安全保障専門家論説」(Lawfare Blog, December 9, 2021)

 12月9日付のオーストラリアLawfare InstituteのブログLawfare Blogは、米Stanford Universityの博士課程修了研究員Ryan A. Mustoの“China Wants to Join Southeast Asia’s Nuclear-Free Zone. Why Now?”と題する論説を掲載し、そこでMustoは中国が東南アジアにおける非核兵器地帯設置を定めたバンコク条約に署名する意向を表明したことに言及し、中国の意図が東南アジアとAUKUSの間に楔を打ち込むことであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 11月22日に開かれたASEANのオンライン首脳会談において、中国の習近平は声明を発し、中国は1995年に成立した、東南アジア非核兵器地帯条約、いわゆるバンコク条約に署名する意志があると発表した。バンコク条約は、東南アジア地域に非核兵器地帯を設置するものである。もし中国が同条約に署名すれば、中国はその区域において、締約国に対する核兵器の使用および使用の威嚇をできなくなる。そして、同条約に署名する最初の核保有国になる。
(2) 中国がバンコク条約に署名しようというのは驚くことではない。中国はこれまでも核の先制不使用方針を表明してきている。バンコク条約に関しては、中国とASEANの間で2011年に一旦話がまとまりかけたが、他の主要核保有国(米国、英国、ロシア、フランス)が条約に署名しなかったために、中国もそれを先送りにしたのであった。しかし習近平はその方針を変えたというわけである。なぜそれを急ぐのだろうか。
(3) その目的の1つは、中国の核戦力増強から目を逸らさせることにある。2021年の夏に、中国が新たに数百のミサイル・サイロを建造していることが明らかになり、また核弾頭搭載可能な極超音速ミサイルの実験も行っている。もう1つの要因がAUKUSの結成である。英米によるオーストラリアへの原子力潜水艦技術の提供を定めたAUKUSは、インド太平洋における中国の影響力拡大に対抗しようとする動きである。中国外交部長の王毅は、マレーシアとブルネイの外相に、AUKUSはバンコク条約に反するものだとしてそれを強く批判すると述べている。
(4) 中国はバンコク条約を利用して、ASEANと米国の間に楔を打ち込もうとしているのである。米国は主要核保有国のなかで最も強硬にバンコク条約に反対している国である。バンコク条約が包摂する範囲は、インド洋東部から太平洋西部にまで広がる、戦略的重要性を持つ広大な海域である。もし米国が同条約に署名すれば、米国はその区域内で核兵器の使用ないし使用の威嚇をできなくなる。また、同条約は無害通航を認めてはいるが、核武装した米国の潜水艦がその海域を通航できなくなるのではないかと考えられている。
(5) 中国はAUKUSに対するASEAN諸国の懸念を焚きつけようとしている。実際、インドネシアやマレーシアは、AUKUSが地域の軍拡競争を促進するのではないかという不安を表明していた。その一方で、中国はバンコク条約に署名することで、平和をもたらそうとする国としての立場を獲得することになる。インドネシアの外相は、習近平の声明を、中国が東南アジアにおいて「平和的拠点」を創設しようとするものだと理解した。また中国は、AUKUSが1985年に成立した南太平洋における非核兵器地帯を設定した南太平洋非核地帯条約、いわゆるラロトンガ条約を「死文」にするものだと批判し、その脅威がバンコク条約にも及ぶものだと示唆した。
(6) 1990年代半ばにASEANがバンコク条約を成立させたのは、主として中国を封じ込めるためであった。いまや中国は、それへの参加を通して自国の影響力を拡大し、米国およびその同盟国の行動能力に制限を加えようとしている。米国がすべきことは、非核兵器地帯を認めるようASEANと妥協することである。希望もある。先週の主要核保有国による共同声明において、米国は、バンコク条約に関してASEANと「対話を促進する重要性」を認めた。今行動しなければ、中国がそれを外交的兵器として利用できるようになるだけである。
記事参照:China Wants to Join Southeast Asia’s Nuclear-Free Zone. Why Now?

12月10日「中国の台湾侵略を抑止する方策-米専門家論説」(19FortyFive, December 10, 2021)

 12月10日付、米安全保障関連シンクタンク19FortyFiveのウエブサイトはUS Naval War Collegeの海洋戦略教授兼University of Georgia公共・国際問題大学院研究員James Holmesの”How To Ensure China Doesn’t Try To Invade Taiwan.”と題する論説を掲載し、ここでHolmesは1902年ベネズエラに対する債務返還要求のため、ドイツ、英国、イタリアが港湾を封鎖した際の米大統領Theodore Rooseveltの外交戦術を例にして、今日の台湾に関しては、公の場では穏やかに、裏でははっきりと話し、そして大きな武力を持つべきとして、要旨以下のように述べている。
(1) 12月6日の週、US Department of Defenseのインド太平洋安全保障担当次官補Ely Ratnerが上院外交委員会に出席し、台湾に対する「戦略的曖昧性」政策を維持すべきか「戦略的明確さ」へと移行すべきかの議論が沸き上がった。Ratnerは台湾の防衛力を強化するよう呼びかけ、緊急課題であると宣言した。しかし、ロイター通信の報道によると、Ratnerは米国が台湾の防衛を明確に約束しても、抑止力の強化には意味がないとの見解を示している。
(2) それはおかしな言い分である。抑止力には脅威を与えることが含まれる。もし自分たちに敵対的な行為者が採りたがっている行動を抑止したいのであれば、脅威を発し、その脅威を実行に移す能力と決意を示すのである。成功すれば、敵対する指導者に自分たちの国力とそれを行使する決意を信じさせることができる。そして敵対勢力は行動を控える。これに対して、戦略的曖昧性では、誰もが疑問を抱くことになる。実際のところ、明確な脅威が発せられず、権力と目的を敵対行動に結びつけなかったことで、我々が意識的にグレーゾーンを作り出した結果が、近年の中国やロシアの覇権主義的行動に結びついている。
(3) 習近平が、米国の堅実さや軍事力を軽んじるようになれば、台湾海峡で賭けをするかもしれない。一方、台湾の住民は侵略に対して立ち上がることはなく、米国の援助に絶望するかもしれない。台湾のモラルは崩壊しかねない。しかし、抑止には別の方法がある。すべての脅威を公にする必要はない。公の場では不言実行を貫き、裏で率直に語り、軍事力を誇示すれば、海峡で勝つには十分であり、抑止力の勝利となり得る。
(4) 1902年、Theodore Roosevelt米大統領は、ベネズエラを封鎖している英独艦隊を監視するために、米艦隊をカリブ海に派遣した。
a. ベネズエラ政府がヨーロッパの銀行からの債務を踏み倒したため、ヨーロッパの各国が軍艦を派遣して債権の回収に乗り出したのである。ヨーロッパ諸国は、経済的圧力に加え、ベネズエラ沿岸を砲撃することで、債務を返済するように仕向けようとした。
b. ドイツ政府は派遣前から、ベネズエラのさまざまな港を一時的に占拠すると表明していた。Rooseveltは、ドイツがそのまま占領し続けるのではないかと危惧した。事実ドイツを含むヨーロッパの帝国は、このような策略によってアフリカやアジアに広がっていった歴史がある。
c. 欧州列国は、戦略的な土地を手に入れ、そこに海軍基地を建設し、カリブ海の航路に侵入して、米国や近隣諸国の不利益になるようなことをするかもしれない。さらに、パナマ運河が開通すれば、そこを拠点とする軍艦がパナマ運河へのアプローチを脅かすかもしれない。そうなれば、アメリカ大陸に部外者が新たに植民地を作ることを禁じた長年の政策であるモンロー・ドクトリンにドイツや英国は違反することになる。
d. ドイツ皇帝Kaiser Wilhelm 2世への対処は厄介であった。彼の行動は好戦的なものと融和的なものが交互に現れ、その日その日の行動を予測することは困難で、さらに英連邦は公の場で撤退を要求されることは好まなかった。このためRooseveltは、内々に外交活動を行った。そうすることで、外国の支配者の虚栄心を抑え、軽率な行動に走らせる可能性を低くすることができた。
e. 伝記作家Edmund Morrisは、Rooseveltを「沈黙と秘密の中で大戦略の多くを達成した最高の指導者」と描いている。1902年12月8日、駐米ドイツ大使Theodor von Hollebenがホワイトハウスを訪問した。Roosevelt大統領は彼を脇に呼んで、海上封鎖について内密に協議した。Rooseveltは、「George Dewey提督を指揮官として西インド諸島海域へ艦隊を展開させるとKaiserに伝えよ」と言った。Rooseveltは米艦隊を平時の演習という名目で展開しようとした。そして、「もしドイツがベネズエラやカリブ海の他の地域で領土を獲得するような行動をとれば、武力で干渉せざるを得ない」とも言った。
f. Roosevelt大統領はドイツ政府に10日間の猶予を与え、ベネズエラの港の占領を断念させた。その後、Dewey提督が「ベネズエラ沿いの状況を観察する」という任務を帯びて南下することになる。ベネズエラのCaracas大統領は、12月9日に封鎖が激しくなり、ドイツ海軍がベネズエラの砲艦4隻を押収し、そのうち3隻を沈没させたことから、米国に仲裁を要請した。William 2世は、米政府とドイツ政府の秘密外交の末、国土強奪を断念した。しかし彼は、ベネズエラの仲裁要請も拒否した。その後、von Holleben大使との会談で、Rooseveltは24時間の最後通牒を突きつけた。
g. Hollebenは、動揺してホワイトハウスを後にし、記録はその時点で途絶えた。Morrisが回想するように、ホワイトハウスの職員は、大使が去るのを見たが、彼の訪問について何の記録も残さなかった。国務省の書記官もドイツ大使館の書記官もそうだった。Wilhelmは、強制されたのではなく自由にこの危機を終わらせることができたのである。ドイツ政府は、Rooseveltがハッタリではないと判断し、アメリカ大陸沿岸での海軍力の現実を鑑みて屈服したのである。もしドイツが戦って米国に負ければ、ドイツの威信は大打撃を受けただろう。12月17日、kaiser政権は米国の仲裁を受け入れ、危機は沈静化した。
(5) Theodore Rooseveltのベネズエラ事件への対応は非常に慎重であったため、歴史家がこの事件を実際に起こったと結論づけるまでに1世紀を費やした。抑止力が働くとはいえ、脅威の実行を公言しないことにはメリットがある。台湾海峡の対立について、Theodore Rooseveltからの示唆をいくつか挙げてみる。
a. 米国の外交官や報道官は、公的には、戦略的なあいまいさや戦略的な明確さに誓約することも、距離を置くこともないだろう。習近平主席には、1902年のWilhelm 2世に与えたような危機からの潔い脱出を、認めることができる。もし、習近平が中国人民の地位を犠牲にすることなく、争いから降りることができれば、習近平が危機を脱する可能性は高くなる。
b. 米国の外交団は北京との私的な交流において、最大限の率直さをもって話さなければならない(台北との交流も同様で、台湾人に希望を与えることは、中国を抑止することにつながる)。英独艦隊が領土を奪取した場合、米艦隊に出撃命令を出すとRooseveltが明言したように、米国は中国の侵略から台湾を守ることに疑いの余地はない。中国共産党の高官たちに、米国の不屈の精神と抑止力を納得させれば、抑止は可能かもしれない。
c. 3つ目は、US Department of Defenseが戦争に勝つための軍備を整える一方で、米国の政治・軍事機構は、危険な状況に置かれても中国に勝てるだろうと中国政府を納得させなければならない。習近平と人民解放軍は、台湾海峡で戦争が起きれば、ホームグラウンドで、分散した米軍を相手に戦うことになる。これに対しては、太平洋の彼方で力を発揮できる戦力、作戦、戦術を構築しておくことに越したことはない。それが我々の使命である。台湾を守るには、公の場では穏やかに話し、裏でははっきりと話し、そして大きな武力を持つことである。
記事参照:How To Ensure China Doesn’t Try To Invade Taiwan.

12月10日「対中戦略がニュージーランドの外交を支配する-ニュージーランド専門家論説」(RNZ, December 10, 2021)

 12月10日付、ニュージーランドラジオ局RNZのウエブサイトは、ニュージーランドVictoria University of WellingtonのThe Democracy Projectの国際問題分析者Geoffrey Millerの” China strategy dominates New Zealand’s foreign policy year”と題する論説を掲載し、ここでMillerは2021年のニュージーランドのあいまいな対中国戦略は成功を収めたが、情勢は刻刻変化しており、2022年に同じ方針が成功する保証はないとして、要旨以下のように述べている。
(1) 12月8日に発表された新しい国防評価を記したニュージーランド政府の文書は、中国が国際システムを再構築しようとしていると指摘した。この文書では、ニュージーランドがオーストラリアや米国と同じ立場にあることを強調している。しかし、同日発表されたGrant Robertson副首相のコメントでは、ニュージーランドがオリンピックの外交的ボイコットに加わるという考えを否定し、ニュージーランド政府の閣僚がオリンピックに参加しない理由として、COVID-19に伴う移動などの要因を挙げた。それはニュージーランド政府と欧米の提携国との間には、ずれがあることを示唆している。しかし、11日Damien O'Connor貿易相が国会の外交・防衛・貿易特別委員会において、外交的ボイコットを明確に支持したことで政府の態度に矛盾が生じた。これらの矛盾は、2021年に入ってからずっと続いているニュージーランド政府の中国に対する態度のあいまいさでもある。
(2) タカ派にとっては、この国防評価の政府文書と、7月にニュージーランドが中国の国家主導のサイバーハッキングを今までになく強く非難したことが注目点である。一方、ハト派にとっての最大の収穫は、4月にNanaia Mahuta外相が今後ニュージーランドは中国を批判する米・英・加・豪・ニュージーランドで構成される情報共有の同盟Five Eyesの共同声明に署名しないと公言したこと、及び5月に政府が中国による新疆ウイグル族の大量虐殺を認める国会動議を拒否したことである。
(3) 2021年を通じてニュージーランド政府の矛盾した中国に対する姿勢は他にもあり、これは戦略的曖昧さの典型的な事例かもしれない。もしそうなら、その方針は今のところそれほど悪い結果にはなっていない。なぜならニュージーランドの年間200億ドル相当の対中輸出は、北京がオーストラリアに課したような報復関税の影響を受けずに済んでいる。
(4) 2021年にうまくいったあいまいな戦略が、2022年にも成功し続けるとは限らない。さらに、ニュージーランドは中国に対して均整の取れた立場を維持するのが難しくなっている。ニュージーランドは当初、豪米英3ヵ国防衛協力AUKUSに参加しないことを望んでいたが、10月にAnnette King駐豪ニュージーランド高等弁務官、12月にはPeeni Henare国防相はニュージーランドがある程度関与する可能性を示唆するコメントを発表した。もしニュージーランドがAUKUSと関係を持った場合、それがどのような形であれ、中国から何らかの報復措置を受けることは間違いない。
(5) 防衛に関して、ニュージーランドが西側の立場に近づきつつあることを示す兆候が、2021年後半に見られた。10月にニュージーランド海軍のフリゲート「テカハ」が、南シナ海で英空母打撃群との共同訓練に参加した。そして11月、米海軍ミサイル駆逐艦「ハワード」がウェリントンに寄港した。1985年に第4次労働党政権が導入した非核政策を理由に、ミサイル駆逐艦「ブキャナン」の入港を拒否して以来、米国とニュージーランドの間で対立があったことを考えると、それは特筆すべき寄港であった。
(6) Nanaia Mahuta外相は、当初は前任者のWinston Petersがとった公然たる親米姿勢を一蹴するように見えたが、考えを改めつつあるのかもしれない。4月のFive Eyes共同声明への批判に先立つ2020年12月、Mahutaはロイター通信のインタビューに応じ、APECがオーストラリアと中国の緊張の高まりを調停する機会になる可能性を示唆していた。また、Damien O'Connor貿易相は1月に米放送局CNBCのインタビューで、オーストラリアはニュージーランドに従い中国に対して敬意を示すべきと述べ、Mahutaの姿勢を強化するような発言をした。しかし、この発言は、Jacinda Ardern首相によってすぐに撤回された。Mahutaの発言は撤回されなかったが、彼女の発言に対する親欧米派からの激しい批判は彼女に一考の余地を与えたかもしれない。
(7) 11月にNew Zealand Institute of International Affairs(ニュージーランド国際問題研究所)で行われたMahutaによる太平洋の回復力を取り上げたスピーチは、Winston Petersの「太平洋リセット」政策の継続を意味するものであった。2018年初頭に発表されたその政策は、紛れもなくこの地域における中国の影響力に対抗することを目的としていた。さらに、Mahutaが今回の就任外遊でFive Eyesのオーストラリア、米国、カナダの3ヵ国を訪問したことも、象徴的な出来事として見逃せない。確かに、欧米諸国からニュージーランドへの絶え間ない誘いは、ニュージーランドにとって断りがたいものであるのかもしれない。
(8) 11月ワシントンでMahutaがAntony Blinken米国務長官に招待されたこと、10月に英国と有利な自由貿易協定を結んだこと、軍事演習にニュージーランド海軍が参加する機会を得たこと、これらは一例に過ぎないが、全体として、2021年のニュージーランドのあいまいな対中国戦略は成功を収めた。しかし、情勢は刻刻変化しており、2022年に同じ方針が成功する保証はない。
記事参照:China strategy dominates New Zealand’s foreign policy year.

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) China’s Arctic Ambitions Could Make or Break US-Russian Relations in the Region
https://russiamatters.org/blog/chinas-arctic-ambitions-could-make-or-break-us-russian-relations-region
Russian Matters, December 1, 2021
By Ingrid Burke Friedman, a fellow at Harvard University’s Davis Center for Russian and Eurasian Studies
 2021年12月1日、米Harvard Universityのロシア問題専門家であるIngrid Burke Friedman研究員は、同大学のロシア問題ウエブサイトRussian Mattersに"China’s Arctic Ambitions Could Make or Break US-Russian Relations in the Region"と題する論説を寄稿した。その中でFriedmanは、米ロ両国関係は多くの分野で悪化し続けているが、北極は協力の場を提供しており、特に、中ロ両国間では軍事・航空宇宙協力から2国間貿易に至るまで友好的な関係が活発に動いていると見られがちだが、中国の北極進出に対するロシアの警戒感は、ロシア政府と米国政府の関係を改善する新たな機会を提供する可能性を秘めていると指摘した上で、米ロ両国は同じ北極評議会加盟国、国連安全保障理事会の常任理事国、および北極圏に領土を持つ国家であり、新たな北極のガバナンスに関する国際条約の制定に関して特別な立場にあると述べている。そしてFriedmanは、米ロ両国は北極圏における気候変動との闘いや生物多様性の保護といった共通の関心を加速させる可能性が高いだけでなく、米国は、中国や他の非北極諸国の北極への関与を適切に規制する国際的な法的文書の作成をロシアと共同で主導することによって、中国の北極進出の野心の高まりに対する米国とロシアの共通の懸念に基づき、協調して行動することが可能になるだろうと主張している。

(2) The Arctic as a Test for a “Stable and Predictable” Russia
https://www.ponarseurasia.org/the-arctic-as-a-test-for-a-stable-and-predictable-russia/
Ponars Eurasia, December 5, 2021
By Pavel Baev, a Research Professor at the Peace Research Institute Oslo (PRIO), Norway
 2021年12月5日、ノルウェーのシンクタンクPeace Research Institute Oslo(PRIO)のPavel Baev研究教授は、ロシア・ユーラシア問題専門ニュースサイトPonars Eurasiaに" The Arctic as a Test for a “Stable and Predictable” Russia "と題する論説を寄稿した。その中でBaevは激動の2021年、ロシアの対外政策にとって重要な2つの出来事が生じていると話題を切り出し、その概要として、①ロシアは2021年5月20日より北極評議会の議長国となり、6月16日に米ロ両大統領はジュネーブで会談することとなったが、同会談で今後協力が見込まれる課題や分野を特定することによって、悪化しつつあった米ロ両国の対立の緊張緩和に着手することができたように、両国にとって北極は協力のための有望な分野の1つであることが明らかになったこと、②しかし、経済発展の停滞と北極で進む軍事化への対応という難局が政策決定を行き詰まらせているため、クレムリンはそれを打開すべく、協力と競争という異なる2つの道を同時に歩もうとしているが、いずれの道でも成果はほとんど得られておらず、北極への強い対応を迫る世論の動きもあって、ロシアの行動は米国の期待とは裏腹に一触即発で常軌を逸したままになりそうであることを指摘している。

(3) Has Washington’s Policy Toward Taiwan Crossed the Rubicon?
https://nationalinterest.org/feature/has-washington%E2%80%99s-policy-toward-taiwan-crossed-rubicon-197877
The National Interest, December 10, 2021
By Paul Heer is a Distinguished Fellow at the Center for the National Interest and a Non-Resident Senior Fellow at the Chicago Council on Global Affairs. He served as National Intelligence Officer for East Asia from 2007 to 2015. 
 12月10日、米シンクタンクCenter for the National Interest特別研究員Paul Heerは、米隔月刊誌The National Interest電子版に“Has Washington’s Policy Toward Taiwan Crossed the Rubicon?”と題する論説を寄稿した。この中で、①Ely Ratner米国防次官補(インド太平洋安全保障担当)は、台湾は「第一列島線の重要な結節点であり、米国の同盟国や提携国のネットワークを支えている・・・この地域の安全保障にとって重要であり、インド太平洋における米国の重要な利益を守るために重要である」と主張した、②重要な問題は、米政府が今、「一つの中国、一つの台湾」政策に向かっているのかどうかということである、③Daniel Kritenbrink米国務次官補(東アジア・太平洋担当)は、台湾を「米国の重要な提携国」、「優れた民主主義、技術大国、善を推進する力」と表現した、④米国は1950年以来、台湾はすでに主権国家で、独立国家であるため、これ以上正式な独立のための措置を取る理由はないと主張している、⑤RatnerとKritenbrinkの発言は、米国は台湾と大陸の平和的統一にさえ反対しているということを物語っている、⑥Ratnerは「戦略的曖昧性」を捨て、「戦略的明確さ」、つまり中国の攻撃から台湾を守ることを公言すべきかどうかという議論に大きな一歩を踏み出した、⑦Ratnerの発言は、台湾問題をいかなる手段ででも解決しようとする中国政府の決意と、いかなる形の統一にも反対する米政府の信念を強める可能性が高い、⑧この新しい状況は、米政府に2つのことを要求し、その第1は、中国に対する抑止力に関して、「我々の一つの中国政策」が依然として重要性をもち、台湾が大陸から永久に分離することへの支持を含まないとして、中国政府を安心させることで補完すること、第2は、米政府は米国にとって不都合ではない、台湾と大陸の間の考え得る統一の形があるかどうかを熟考することである、といった主張を述べている。