海洋安全保障情報旬報 2021年10月21日-10月31日

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10月21日「日豪印3ヵ国の戦略的連携は中国に対抗しうるか―米専門家論説」(The National Interest, October 21, 2021)

 10月21日付の米隔月刊誌The National Interest電子版は、米シンクタンクHudson Instituteの日本部長James J. Przystupによる、“Can the Australia-India-Japan Strategic Triangle Counter China?”と題する論説を掲載し、そこでPrzystupは、インド太平洋において日豪印の戦略的協調が近年進んでいること、それに米国と英国が加わりより強固な安全保障協力体制が構築されているとして、要旨以下のように述べている。
(1) かつてKissinger国務長官は、米ソ中という戦略的な3ヵ国の連携における安定を模索した。今日、インド太平洋において、日豪印という新たな戦略的な3ヵ国連携における協調が強固なものになりつつある。そこからさらに、一方では米国、もう一方は英国にその辺が伸びている。
(2) この展開は2007年ごろからゆっくりと進んできたが、それは中国の攻勢の強まり、米国のアジアに対する誓約への不安を背景にしたものである。その結果、日米豪3ヵ国連携は、地域の安全保障においてより大きな役割を果たさねばならないという認識を高めていった。インド太平洋の安全保障は、この3ヵ国連携を軸に、インドネシアなど東南アジア諸国との協力関係の強化、米国との同盟関係の強化、そしてAUKUSに見られるように英国など域外の大国との協力の進展によってますます強固にされている。
(3) 豪印関係の強化から見ていく。オーストラリアとインドは2015年よりAUSIDEX演習を開始し、2017年のオーストラリア外交白書はインドを地域秩序維持のための主要な提携国と定義した。2020年6月のオンライン首脳会談で、両国関係は戦略的パートナーシップ(2009年)から包括的戦略パートナーシップへと格上げされた。日米印によるマラバール演習に、2020年に初めてオーストラリアが招待された。2021年9月には初めて包括的戦略パートナーシップに関する2+2会合が開催されることとなった。
(4) 日印関係は現在、特別戦略的グローバル・パートナーシップへと成長している。安倍晋三首相(当時)とNarendra Modi首相が、自由で開かれたインド太平洋の展望を共有することによって、この関係構築に重要な役割を果たした。2015年からは米印が実施していたマラバール演習に日本が参加し始め、日印の共同演習JIMEXも2016年以降1年に1度実施されている。また2020年には物品役務相互提供協定が結ばれ、2+2会合も毎年実施されている。
(5) 日豪関係は、2+2会合の実施などを盛り込んだ2007年の日豪共同宣言によって枠づけられた。2013年には物品役務相互提供協定と情報保護協定を結び、2014年には特別戦略的パートナーシップへとその関係は格上げされた。オーストラリアの2017年外交白書は、日本の防衛力強化を歓迎している。その関係はさらに、2020年11月に日豪円滑化協定が締結されることによってさらに強化された。2021年6月に日豪2+2会合が開催されたが、それに先立って茂木外務大臣(当時)は、日豪の安全保障関係が「新たなレベル」へ発展することへの期待を表明した。
(6) 日豪印3国連携の強化と並行して、3ヵ国はそれぞれ米国との関係強化も進めてきた。たとえば2019年の日米安全保障協議委員会の共同声明は、両国の安全保障政策の方向性が一致していることを示すものであり、自由で開かれたインド太平洋が脅かされているという懸念を表明した。同様に、2020年の豪米閣僚級会議の共同声明は、インド太平洋を「同盟の焦点」とし、ASEANやインド、日本、韓国などとの協力の深化を表明した。またインドと米国の関係については、2020年2月のTrump大統領の訪印時に包括的グローバル戦略パートナーシップが合意されている。加えて米印の間では、後方支援交換覚書の締結など、安全保障協力が深まっている。さらに現在、英国との関係強化が見られる。英空母「クイーン・エリザベス」を旗艦とする空母打撃群のインド太平洋への展開や、直近のAUKUSの結成は、インド太平洋における英国の「持続的」展開を維持する同国の意図を示している。
(8)日豪印3ヵ国連携トライアングルに米国と英国が加わり、自由で開かれたインド太平洋という展望が共有されている。もちろん彼らの間で、中国にどう向き合うかということに関する姿勢の違いはある。地理的関係や経済的関係によってそれぞれの国の利害は変わってくるからである。しかし、インド太平洋の展望に関してこの5ヵ国は相互に強め合っている。彼らの課題は、それぞれの意見の相違の幅を狭め、それぞれの国家的方針を5ヵ国で共有する展望へと統合していくことであろう。
記事参照:Can the Australia-India-Japan Strategic Triangle Counter China?

10月22日「イロコイ礁とユニオン堆における中国海上民兵船の行動―CSISウエブサイト報道」(Asia Maritime Transparency Initiative, October 22, 2021)

 10月22日付のCSISのウエブサイトAsia Maritime Transparency Initiativeは、“THERE AND BACK AGAIN: CHINESE MILITIA AT IROQUOIS REEF AND UNION BANKS”と題する記事を掲載し、南シナ海での中国の海上民兵船の行動の特徴について、要旨以下のように報じている。
(1) 9月30日、フィリピンのTeodoro Locsin Jr.外務大臣は、フィリピンDepartment of Foreign Affairsに対し、「イロコイ礁周辺での中国漁船の継続した展開」など、南シナ海での最近の行動について、中国に新たに3件の抗議を行うよう指示した。
(2) 衛星画像を検証すると、中国の海上民兵船がイロコイに集まり始めたのは、2021年初めにユニオン堆内の牛軛礁に集まっていた200隻近い船が分散した直後の4月からである。最近の画像を見ると、フィリピンでの抗議活動以降、イロコイ礁に集まっていた船舶の数は減少しているが、それらの船舶の多くはユニオン堆に引き返したと思われ、その数は現時点で3月の規模に達している。中国の海上民兵は、国際的な反発や他の領有権を主張する国の哨戒によって、紛争のある地勢からの退去を受け入れさせられると、一時的に近くの岩礁へと分散してしまう。しかし、南沙諸島における彼らの全体的な数は変わらない。
(3) (衛星画像を提供する米企業)Planet Labsの衛星画像では、牛軛礁に集結していた中国船200隻が分散した直後の4月中旬に、中国船はイロコイ礁に最初に到着した。イロコイ礁での船の総数は6月上旬までは少なく、どの日も5隻以上の船は確認できなかったようである。しかし、6月15日までには15隻に増え、7月下旬には平均30隻と倍増した。8月に船の数は平均15隻にまで減少し、9月下旬には再び30隻にまで増加した。
(4) この期間、牛軛礁での大規模な展開により、中国の海上民兵船の多くは、衛星ではほとんど検知されない(電波の)微弱なClass-B AIS(船舶自動識別装置)を装備していることがわかった。しかし、フィリピンBureau of Fisheries and Aquatic Resources(漁業水産資源局)の2隻の船は、9月29日にこの海域を哨戒しており、船と船との間のAIS通信によって中国船のほぼ全てを検知していただろう。外務大臣Teodoro Locsin Jr.は翌日、中国に抗議書を提出するよう命じた。10月2日の衛星画像では、イロコイ礁の船の数が35隻だったのが、10月17日には5隻になっていたので、これが影響したのかもしれない。
(5) しかし、牛軛礁での大量展開の後に明らかになったように、中国の船舶は、一つの紛争海域を離れると別の海域に行き着くことが多い。今回の場合は、その多くがユニオン堆に戻った可能性がある。8月初旬の衛星画像では、牛軛礁を含むユニオン堆の北半分に平均40隻の船が見えるだけであった。しかし、9月までには100隻以上の船が見られるようになった。そして、10月17日の画像では、優に150隻を超える船が確認できる。これらの隻数にはベトナムの沿岸警備隊や漁船も含まれているが、大半は全長50メートル以上の中国漁船である。これによって、ベトナムの小さな漁船とは容易に区別ができる。3月に牛軛礁に集結した時と比べると、これらの船はユニオン堆の北半分に満遍なく散らばっており、牛軛礁自体には比較的少なかった。商業情報配信プラットフォームMarine TrafficでAISを発信している一部の船も見られた。
記事参照:THERE AND BACK AGAIN: CHINESE MILITIA AT IROQUOIS REEF AND UNION BANKS

10月22日「中東における新たなQUADの結成か―インド安全保障問題専門家論説」(The Diplomat, October 22, 2021)

 10月22日付のデジタル誌The Diplomatは、インド・シンクタンクObserver Research Foundation のDirector of Centre for Security, Strategy & Technology であるDr. Rajeswari (Raji) Pillai Rajagopalanの“A Quad for the Middle East”と題する論説を掲載し、そこでRajagopalanは、10月20日に実施された米国、インド、イスラエル、アラブ首長国連邦の外相会談に言及し、中東における新たなQUADの結成の兆候であるとして、その背景と意義について、要旨以下のように述べている。
(1) 少数国間協調の枠組みが最近の流行のようである。インド太平洋における日米豪印の4ヵ国安全保障対話(以下、QUADと言う)に続き、中東で、インド、イスラエル、アラブ首長国連邦(UAE)そして米国の4ヵ国による第2のQUAD(以下、中東QUADと言う)が形成されつつある。
(2) 10月20日、この4ヵ国の外相による初めての外相会談が行われた。また興味深いことに、そのうちの3ヵ国、イスラエルとUAEおよび米国の外相が、その前週にワシントンで会合を開き、2020年8月に結ばれたアブラハム合意(イスラエルとUAE間の平和協定)の進展について話し合ったばかりであった。それにインドが加わり、中東QUADとなる。
(3) この新たな少数国間協調枠組みが重要な理由は4つある。第1にそれは、Biden政権がさまざまな地域において中国の膨張に対応する意図があることを示すものである。米国はすでにQUADの強化やAUKUSの結成によってインド太平洋への誓約を示してきた。中東QUADの結成は、中国の影響力がインド太平洋を超えて拡大しているという認識、それに対抗しなければならないという認識を反映している。
(4) 第2に、インドも同様の認識を持っているということである。インドは2017年、ブータンのドクラムをめぐって中国と争った際には、中国と2度の非公式首脳会談を行うなど事態の沈静化を図ったが、2020年、ガルワン地区をめぐる紛争の後にはインド太平洋におけるQUADへの関与を深めるようになった。インドが新たに中東QUADに参加しているのは、インドは北と東だけでなくその西側においても中国に対抗しなければならないという認識の強まりを反映しているのである。
(5) 第3に、中国への対抗のために、米印の双方がお互いを必要とするようになってきていることである。米国は中国の対抗のために様々な国との関係強化を進めていたが、インドは必ずしもその相手ではなかった。しかし、米国にとってインドの重要性は高まり続けている。インドにおいても、米国との協力は必要不可欠だと認識されるようになっている。
(6) 第4に、2つのQUADの結成は、中国が突き付ける課題は軍事的なものだけでなく、政治・経済を含む様々な分野に跨がっているという理解を反映したものである。中東、特にイスラエルやUAEにおける中国の影響力は近年増大し続けてきた。これは必ずしも軍事的な脅威ではないが、中国の政治的・経済的影響力の中東への拡大を意味しており、それにも対処しなければならないのである。
(7) イスラエルとUAEは、インドと米国双方にとって良い提携国であろう。米印それぞれがその2国と良好な関係を築いてきたというだけでなく、そのイスラエルとUAEが技術分野における新興勢力であることも、中東QUADの結成においては大きな意味を持つであろう。前述したアブラハム合意の存在も、中東QUADが機能する重要な背景であり、さらに中東連合を構築するうえでの困難を解消する要因である。従来の多国間協調枠組みには難しさを伴うため、今後、こうした少数国間協調枠組みが増えることが期待される。
記事参照:A Quad for the Middle East?

10月25日「日本近海での中ロ海軍共同訓練実施―米誌報道」(The National Interest, October 25, 2021)

 10月25日付の米隔月刊誌The National Interest電子版は、“Russia and China’s Answer to AUKUS: Joint Naval Drills”と題する記事を掲載し、中ロ海軍が日本近海で行った両国海軍の共同訓練について、要旨以下のように報じている。
(1) 10月23日に発表された共同訓練には、ロシアと中国の計10隻の艦艇が参加したと見られている。ロシアDefense Ministry(国防省)によると、今回の西太平洋での訓練に参加した艦艇と、10月初めに日本海で行われたロシアと中国の“Joint Sea 2021”合同演習に参加した艦艇とは、かなり多くが一致している。
(2) ロシアDefense Ministryの声明によると、「この部隊は哨戒の一環として、初めて津軽海峡を通過した。哨戒の任務は、ロシアと中国の国旗を掲げること、アジア太平洋地域の平和と安定の維持、この両国の海洋経済活動の対象の保護であった」という。今回の訓練は、国際海峡とされる津軽海峡を中ロ両海軍の合同部隊が通過した初めての事例である。防衛省は、今回の訓練を「異例」とみなし、それらの動向を注視していると報じられている。ロシア側の声明では、詳細は述べられていないが、両海軍が共同で戦術的な訓練を行ったとしている。中国の軍事専門家たちは、“Joint Sea 2021” が対潜水艦作戦に重点を置いていたのに対し、今後のロシアと中国の洋上訓練は東シナ海で行われ、対艦や防空能力を強調する可能性があることを示唆している。
(3) 中国の国営メディアは、今回の演習を米国、英国、オーストラリアの新しい安全保障上の提携“AUKUS”への挑戦として歓迎している。中国の国営メディア環球時報は、「AUKUSは西太平洋に不安定な要素をもたらすだろう。なぜなら、この3ヵ国はより挑発的な行動をとるかもしれないからである」と論評している。そして、西太平洋でのロシアと中国の訓練は、「米国の戦略的封鎖と軍事的包囲網を破り、AUKUSを戦略的封じ込めに用いようとする試みを完全に粉砕する」という両国の意欲を示していると環球時報は述べている。
記事参照:Russia and China’s Answer to AUKUS: Joint Naval Drills

10月26日「米国は海上戦力の強化が必要-米専門家論説」(The Hill, October 26, 2021)

 10月26日付、米政治専門紙The Hill電子版は、U.S. Naval War College海洋戦略教授James R. Holmesの” Crucial mission: The United States must shore up its sea power.”と題する論説を掲載し、ここでHolmesは米海軍が衰退しているという印象が中国やロシアに広がれば抑止は失敗することになり、それを回避するには抑止力と同盟外交を強化すべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 海軍は、1年前に発生したサンディエゴ海軍基地での強襲揚陸艦「ボノム・リシャール」の火災について、調査報告書を発表した。報告者Scott D. Conn海軍中将の判断は厳しいものだった。この事故は艦の乗組員だけでなく、米太平洋艦隊の将官クラスにも責任があるとしている。この報告書で最も重要なのは、その判断を支持した海軍作戦副部長Bill Lescher大将の「この船の損失は完全に防ぐことができた」という所見で、火災の原因は放火であるが、艦内防御組織の活動は完全に失敗していた。
(2) Conn中将は、「消火活動のいかなる時点においても、装備された消火機器は使用されなかった。その理由は、それらが劣化していたこと、維持整備が適切に行われず準備ができていなかったこと、そして乗組員がその能力と利用方法を熟知していなかったこと」と指摘している。火災が発生した区画には、消火のために泡を放出するAFFF(Aqueous film-forming foam)が設置されていた。AFFFは、ボタンを押すだけ作動するにもかかわらず、誰も押していないし、押そうともしなかった。これは調査で明らかになった最も重大な事実であり、装備と人間の大きな失敗を示している。
(3) The Heritage Foundationが毎年発表している「米軍の強さの指標」では、海軍の任務遂行の適性を「余裕」から「弱い」に向かっていると評価した。The Heritage Foundationの研究者たちは、野心的な大国が世界中の海洋に進出する時代にあって、米海軍は小さく、古く、資源不足であるとみなした。そして、米海軍が十分に任務を遂行するには、現在の300隻弱から400隻体制へ拡大する必要があるとした。
(4) 米海軍では、2017年に極東海域において2件の衝突事故が発生し、17人の水兵の命が奪われたほか、2件の衝突事故が発生している。2020年には「ボノム・リシャール」の火災が発生した。そして2021年10月、攻撃型原子力潜水艦「コネチカット」が南シナ海で水中物体に衝突し、被害調査のために入港しなければならなくなった。これらの事故から、米海軍は能力低下によって同盟国や友好国との安全保障上の約束を守ることができなくなると推察されるかもしれない。米海軍は衰退しているという印象が中国やロシアなどの敵対勢力に広がれば、台湾海峡、黒海、北極海などでの危険な試みを誘うことになりかねない。北京やモスクワが、ワシントンからの反発を恐れずに略奪的な目的を追求できると判断すれば、抑止は失敗する。
(5) 同盟国や提携国が、米国が彼らとの約束を守れるかどうかを疑うようになれば、彼らは安全保障を他に求めるだろう。また、米国を信頼できないと判断した同盟国は、軍事的均衡を取り戻すために、威圧的な隣国と軍拡競争を始めるかもしれない。さらに、大規模な侵略を抑止するために、核兵器開発を検討することもあるだろう。東アジア、南アジア、西ヨーロッパにおける米国の戦略的地位は、同盟国から距離を置かれるようになれば、ますます不安定になっていく。
(6) 米海軍のイメージを回復するには、水兵の訓練や物資の問題を解決するだけでは不十分で、抑止力と同盟外交を強化する必要がある。戦略家Edward Luttwak が指摘するように、どちらの軍が強く、熟練しているかを決めるのは戦いである。しかし、平時ではもし戦闘が行われた場合にどの勢力が優勢であるかを判断しなければならない。平時の海上での争いは、戦時に勝つと予測される方が「勝つ」のである。
(7) 不器用な米海軍が、洗練された手際の良い人民解放軍海軍やロシア海軍と対峙しているなどと認識されれば、米国の外交は大きな後退を余儀なくされるだろう。それは米国にとっても、同盟国や提携国にとっても、世界にとっても好ましいことではない。
記事参照:Crucial mission: The United States must shore up its sea power.

10月27日「AUKUSか? QUADか? FOIPか? バラバラの取り組みでは中国を抑止できない―インド専門家論説」(The Interpreter, October 27, 2021)

 10月27日付のオーストラリアのシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、インドManipal Academy of Higher EducationのManipal Centre for European Studies准教授Yatharth Kachiarと同Centre講師Priya Vijaykumar Poojaryの“AUKUS? Quad? FOIP? A fragmented approach cannot counter China”と題する論説を掲載し、両名はQUAD、AUKUS、EUのインド太平洋戦略はその場限りのバラバラの取り組みは互いにもつれ合い、地域の平和と安定を促進しようという目的を損なう恐れがあり、中国に対抗することはできないと指摘し、代わって中国が環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定への加盟申請を行ったことを好機として、経済領域における中国の経済発展理論への対案を示すべきとして、要旨以下のように述べている。
(1) 最近のAUKUS、再構築された日米豪印4ヵ国安全保障対話(以下、QUADと言う)、EUのインド太平洋戦略など中国を封じ込めるための実質的な動きが展開されているが、それぞれの動きは独立したものである。これらの主たる狙いはインド太平洋における安全保障機構である。この点に関し、これらの努力には2つの重大な限界がある。1つはバラバラに独立したものであり、もう1つは経済的側面が欠落している。
(2) AUKUSで表明された目的は、サイバー機能、人工知能、量子技術の開発、台頭する中国がインド太平洋でますます脅威となるとの認識に基づき、緊密に提携することにまで及んでいる。QUADはまた、9月24日の対面で行われた首脳会談で様々な分野における協力が表明された。「自由で開かれたインド太平洋(以下、FOIPと言う)」の話は、気候変動、基幹施設計画と連接性、Covid-19への対応、重要な技術と強靱なサプライチェーンといった分野での協力を目指すことに拡大されていった。EUのインド太平洋戦略はより包括的である。安全保障や防衛とともにデジタル領域、人権を含む一般的な問題と並んで持続可能で包括的な繁栄、グリーン・テクノロジーへの移行、海洋ガバナンスが優先されている。
それでも、実施は困難だろう。EUはインド太平洋においてより効果的な存在感を造り上げるために、米英のような提携国が必要であろう。
(3) AUKUSの発表は提携国の候補を引き寄せるのではなく、引き離してしまった。フランスを犠牲にしたことで、米英豪の新しい防衛協定は受難を残してきた。この受難は今後しばらく続くだろう。それはまた、EUの世界的な野望にもかかわらず、重要な地政学上の行為者として考えられていないという合図を送るのもであった。さらに、AUKUSがEUやフランスから引き出した強烈な反応は分断を利用しようとする国々にとっては贈り物である。そして、AUKUSとQUADの参加国の一部が重複しているが、これらの少数国主義の構想が(AUKUSとQUADを)相互に弱体化させないかどうかは不明である。
(4) 最も重要なことは、中国に対抗するための西側主導の取り組みは地域の経済発展を主導する中国の計画に変わる対案が無ければ成功しないということである。中国の商業的、経済的利益は、地域の近隣諸国にとって最大の貿易相手国である中国の海洋戦略の基礎をなしている。中国の近隣諸国の経済は、ますます経済的に中国に統合されており、それらの国々は地域における北京の経済的、軍事的侵略に対抗することにより慎重になると考えられる。
(5) 中国の増大する影響力を相殺するために、西側と地域のその同盟国は、インド太平洋の国々に中国が提供しているものに代わる支援と商取引の源泉となるものを提供しなければならない。北京が地域において築いてきた深い経済的紐帯に代わる案を持たずにインド太平洋における中国の軍事的展開に対抗することに引き続き焦点を当てることは、地域の国々にとって魅力的な対案を提供できないだろう。そのため、EUの戦略はより強靱で持続可能な世界的な価値体系を構築し、交易と経済を多様化することに焦点を当てた行動によって実行可能な青写真を提示している。しかし、EUはその全ての野望について、単独でその目的を達成することはできない。さらに悪いことに、QUAD、AUKUS、EUのインド太平洋戦略で別個に適用されたその場限りのバラバラの取り組みは互いにもつれ合い、地域の平和と安定を促進しようという目的を損なうかもしれない。
(6) 現在の北京の大きな優位点は交易にある。しかし、このことは西側およびその同盟国にとって機会でもあることを示している。中国は環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)への加盟を申請している。このことは中国が経済的勢いを強化しようとしていることを示している。したがって、西側の独立した安全保障領域での取り組みを考えると、おそらくより良い答えは経済領域にある。もし、米国がTrumpが破棄した環太平洋パートナーシップに復帰し、英国とEUを協力に引き込むとすれば、考えを同じくする提携国はインド太平洋における中国の経済発展理論に対する意味のある代案を提示する機会を持つことになろう。
記事参照:AUKUS? Quad? FOIP? A fragmented approach cannot counter China

10月28日「マレーシアとインドネシア、中国の海洋権益主張に異なる対応、何故か―香港紙報道」(South China Morning Post, October 28, 2021)

 10月28日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、 “South China Sea: why Malaysia and Indonesia differ in countering Beijing’s maritime claims”と題する記事を掲載し、マレーシアとインドネシアの中国の海洋権益主張に対する異なる対応の理由について、専門家の見解を要旨以下のように報じている。
(1) 過去2年間、マレーシアの国営石油会社Petronasは、中国船の執拗な妨害にもかかわらず、南シナ海の係争海域でガス田の開発を続けてきた。マレーシアは、3兆立方ftの採掘可能ガス資源を埋蔵する大規模なKasawariガス田が開発されているルコニア礁周辺海域に対する自国の海洋権益を放棄することを望んでおらず、その妥協のない姿勢は中国と海洋権益主張が重複する係争海域における同国の取り組みの典型な事例となっている。
(2) インドネシアは、南シナ海を巡る領有権紛争の当事国ではないが、これまで自国の海域への中国の侵入と見なす事例については声を上げてきた。2019年には、インドネシアは南シナ海の自国領、ナツナ諸島の排他的経済水域の一部と主張するナツナ海への中国漁船の侵入に抗議する外交覚書を提出したが、中国はナツナ海の一部に対して歴史的漁業権を持っていると主張している。しかし、一部専門家の観察によれば、インドネシアは、特に中国の海洋調査船「海洋地質10号」がTuna 鉱区として知られる重要な石油、ガス田に近い北ナツナ海に侵入した8月31日の事案に関しては、慎重な姿勢を示している。「海洋地質10号」は地震探査活動をしていたと見られるが、9月に短期間同海域を離れ、10月上旬には再び姿を現したが、下旬には離れた。インドネシアの海洋・投資担当調整大臣は、10月18日のワシントンでの講演で「ナツナ海での航行の自由を尊重する」と述べ、インドネシアが自国管轄海域と主張する海域における中国船の存在を軽視しているように思われた。
(3) 一部の専門家は、インドネシアのこうしたより慎重な言い回しが中国からの投資とコロナワクチンへの依存とに関係があるのではないかと疑念を抱いている。Badan Koordinasi Penanaman Moda(インドネシア投資調整庁、BKPM)によれば、2020年の中国のインドネシアに対する投資額は48億米ドルで、外国からの投資としては2番目に大きく、また中国は自国製コロナワクチンの2億1,500万回分を供与している。ジャカルタのThe Centre for Strategic and International StudiesのGilang Kembara 研究員は、慎重な言い回しのもう1つの理由として、この問題(中国船の存在)が「中国との政治的仲違いに発展する可能性があり、その結果、国内の反中感情を高めることになりかねない」というインドネシアの懸念にあることを示唆している。一方、Indonesia Ocean Justice Initiativeの分析官Imam Prakoso は、「海洋地質10号」に対するインドネシアの対応は2019年のそれとは著しく異なるとして、「当該調査船を追尾するために巡視船が派遣されたが、該船の侵入に抗議する如何なる外交文書も発出されなかった。しかし、このことはインドネシア政府がこの調査船の存在を軽視しているというわけではない。むしろ政府の立場は、特にコロナ禍の中で、地域の安定を維持する上でのインドネシアの優先事項を反映したものであるかもしれない」と指摘している。
(4) ロンドンのChatham Houseの連携研究員で南シナ海問題に関する著作もあるBill Haytonは、マレーシアもインドネシアも中国との関係を「多面的」なものと見なし、しかも両国とも南シナ海が一国に支配されることを認めていないが、両国の相対的な計算に違いがあるとして、「マレーシアは現在、南シナ海において掘削中で、中国の妨害にもかかわらず、掘削を継続してきた。マレーシアは、掘削作業を守るために海軍艦艇を配備し、他国の海軍からも支援を受けていると見られる。インドネシアは、現時点では係争海域で掘削を行っているわけではなく、単に中国が自国のEEZ内で商業的な地震探査活動と思われる作業を行っているのを監視しているだけである」と指摘している。さらに、Haytonはインドネシアも中国の海洋調査船を追い出すために海軍艦艇を配備することもできたが、恐らく対立を回避することを優先したとして、「(インドネシアは)中国の行動から具体的な損失を被ったわけではないが、法的な成り行きを注視する必要がある」と付言した。
(5) 他方、The National War College of the United States教授Zachary Abuzaは、マレーシアは「(中国から)虐められないよう」に務めているが、インドネシアよりも「(対中姿勢が)厳しい」かどうかは定かではないとして、皮肉なことにマレーシアは「中国の侵略から自国を守るために中国の船」を購入していると指摘している。マレーシアは、9月に中国から3隻目の沿岸域戦闘艦を受領し、4隻目は12月に引き渡される予定である。マレーシアの中国への経済的依存については、中国は2016年以来、最大の投資国であり、また2009年以来、最大の貿易相手国でもある。Abuzaは、マレーシアは公然と中国に直接挑戦することはないが、国連海洋法条約(UNCLOS)の様々な規定――例えば、2019年12月12日、「大陸棚限界委員会(CLCS)」への南シナ海北部の大陸棚限界延伸申請など――を通じて、更には露骨な中国の妨害にもかかわらず、石油探査を継続することによって、中国に対抗している、と述べている。さらにAbuzaは、マレーシア、インドネシア両国の対応にはある共通点があるとし、海洋の脅威が高まってきているにもかかわらず、両国とも軍隊の大部分が陸上兵力であり、「両国とも海軍や沿岸警備隊に十分な資源を投資しておらず、中国はこうした両国の弱点を最大限に活用している」と指摘している。
(6) 両国の政策配慮を左右しているかもしれないもう1つの側面は、南シナ海紛争の多様な性質である。中国南海研究院海洋法律与政策研究所所長閻岩は、マレーシアの石油、ガス探査海域は中国、ベトナム、マレーシア、ブルネイ及びフィリピンの海洋権益主張が重複する海域であり、「海洋境界が最終的に画定される前に、各国は当該海域に対する自国の管轄権を主張している。したがって、マレーシアの石油、ガス探査と開発作業は、係争海域における一方的な行動であることは事実である」と語っている。さらに閻岩は、境界問題が解決される前の「係争海域における一方的行動は、相手側の主権的権利を侵害するもので、最終的な紛争解決の結果にも影響を与えかねない。このため、ベトナムはマレーシアの石油、ガス掘削装置の周辺に法執行機関の船舶も今も派遣しているのである」と付言している。他方、インドネシアは少々異なった立場である。北京は、ナツナ諸島周辺海域の漁業権を主張している。ナツナ諸島自体は、中国が主張する「9段線」の外側にある。前出の閻岩は、「中国の漁民にとって、この海域は『南西漁場』と呼ばれ、彼らは長年にわたってこの海域で操業してきた。したがって、この海域をインドネシアの管轄海域と呼ぶのは正確ではないと思う」と指摘している。
記事参照:South China Sea: why Malaysia and Indonesia differ in countering Beijing’s maritime claims

10月28日「中国が台湾を攻撃したならば、欧州はどう対応すべきか-オランダ専門家論説」(The Diplomat, October 28, 2021)

 10月28日付、デジタル誌The Diplomatは、オランダThe Hague Center for Strategic Studiesの中国分析官Joris Teer及び同Center研究部長Tim Sweijs博士の” If China Attacks Taiwan, What Will Europe Do?”と題する論説を掲載し、ここで両名は米国を支持するか、米中対立から遠ざかるかの選択は、何十年にもわたって欧州の安全と繁栄を左右することになるので、欧州各国が協調して行う必要があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 予想されるシナリオ:
a. 2024年4月10日午前2時30分、オランダのMark Rutte首相は内閣を招集し、米国からの緊急要請について話し合っている。長年にわたる挑発行為の後、習近平国家主席が行動を起こし、中国は台湾を攻撃している。Joe Biden大統領は台北を支持し、US Seventh Fleetを台湾海峡に派遣する。
b. 1996年にBill Clintonが中国を牽制するために、2つの空母打撃群の台湾海峡への展開を指示したときとは状況が異なる。その時、北京は手をこまねくしかできなかったが、今回、中国は高度なミサイル兵器で米空母を撃沈する可能性があり、ホームゲームのような優位性がある。
c. 米国は、AUKUS(米英豪の安全保障条約)を発動した。Bidenは英空母打撃群に、中国の石油供給と貿易を阻害するためマラッカ海峡封鎖という、比較的リスクの低い作戦の実行を依頼する。オランダの防空フリゲート艦はイギリスの空母打撃群に属している。近くにいるフランスの空母打撃群とドイツのフリゲート艦も同じ要請を受けている。
d. Rutte首相は、関係閣僚や安全保障顧問と話をし、フランスとドイツの首脳にも連絡を取ろうとしている。北京は、封鎖を戦争行為とみなすであろう。欧州の港湾やガスネットワークは、報復による大規模なサイバー攻撃に耐えられるのか。欧州の船舶は、ジブチの中国軍基地や人民解放軍海軍の艦船の戦闘範囲内を航行しているのか。中国にいるオランダ人、ドイツ人、フランス人は無事なのか。オランダや欧州は、中国からレアアースや必要不可欠な商品をどのように調達していくのか。様々な課題がある。
e. オランダ、フランス、ドイツが米国の要請を拒否すれば、米国は厳しい対応をとるだろう。Biden大統領は、米国の欧州に対する安全保障を維持するのか。6万人以上の米兵は欧州大陸に残るのか。そしてロシアのVladimir Putin大統領がNATO内の不和に乗じて、2014年にロシアがクリミアを併合したように、欧州東側国境に再び既成事実を作る可能性が懸念される。
f. 中国が台湾を攻撃した場合、オランダ、フランス、ドイツの各政府がどのような決断を下すかによって、今後何十年にもわたって欧州の世界での地位が決まる可能性がある。
(2) 核を保有する2つの大国が直接対決することは、破滅のシナリオである。米国のPhilip Davidson大将が今後6年間のうちに脅威が顕在化すると警告しているが、中国が武力を用いて台湾を併合しようとするかどうかは不明である。また、米国が介入するかどうかも明らかではない。しかし、戦争は晴天の霹靂のように現れるものではなく、必要に応じて武力を行使するという意思表示と、着実な軍事力の増強が伴って行われる。中国がグローバルな舞台で自己主張を強め、攻撃性を高めていることに間違いはない。一方で、米国は中国への対抗策を強めている。そして双方が重視しているのが台湾である。台湾統一 は、習近平の最優先課題であり、中華民族の偉大な復活を達成するという使命に直結している。10月21日、Bidenは、台湾が攻撃を受けた場合、米国が介入すると明言した。
(3) 中国の軍事力は急速に拡大している。1991年の湾岸戦争や1996年の台湾海峡危機で米国の軍事的優位性に直面した中国は、軍備の近代化に着手した。2017年に開催された第19回全国党大会では、2035年をその達成時期として定め、2050年までに中国を世界有数の軍事大国にするとしている。最大の目標は、中国自身の裏庭で戦争に勝てるようになることである。そして、この10年間は、それが急展開している。中国は、地上軍の機械化と機動性の向上に多大な投資を行い、世界で最も高度なミサイル兵器を開発した。中国は現在、強力なA2/AD(接近阻止・領域拒否)能力を持っている。これは、敵対者(米国とその同盟国)が、ある地域(台湾海峡)に接近するのを妨げる能力を意味する。さらに中国の産業は、A2/AD能力を急速に拡大するための基盤となる。2020年に中国は、全世界の船舶の40%を建造しており、米国、英国、フランス、ドイツの合計は1%にも満たない。
(4) 欧州は、この窮地にどのように対処すればよいのか。まず、指導者たちは、大国間の厳しい競争が、冷戦時代と同様になっていることを認識しなければならない。特に米国が、異なる大陸の2つの大国に対して同時に戦争し、勝利するという戦略を遂行できなくなった今、欧州は米国抜きの集団防衛のあり方を明確にしなければならない。ロシアに対しては、2つの政策をとるべきである。1つは、通常兵器による抑止力を高めるための投資で、具体的には戦備を強化し、部隊移動の取り組みを加速し、長射程砲を購入し、米国なしで作戦指揮できるように指揮統制機能を強化することである。もう1つは、フランスEmmanuel Macron大統領が提案したように、ロシアとの緊張関係を和らげるため別の努力をすることである。最終的に紛争は政治的手段でしか解決できない。
(5) 冷戦時代とは異なり、世界は経済的にも技術的にも絡み合っている。欧州は中国の意図を変えることはできない。しかし、欧州に対する習近平の影響力を弱めることはできる。軍民両用商品や新技術を対象とした輸出規制や投資審査制度を拡大することで、人民解放軍が対潜水艦戦や戦闘機技術における弱点を欧州の資源を使って埋めるのを阻止できる。また、戦略的分野における中国への依存度を下げなければならない。帽子、ズボン、ソファなどは2024年になっても中国から輸入できるであろうが、核技術、5Gネットワーク、警察用ドローンなどは無理であろう。また、欧州はエネルギー転換によって、重要な基幹施設の中に次世代にわたって中国と依存関係が生まれるのを防ぐ必要がある。地政学専門家は、そのような依存関係の発生を防ぐために、気候政策の立案に参加すべきである。
(6) オランダや欧州がこれらの対策をすべて講じたとしても、米国を支持するか、米中対立から遠ざかるかの選択は、何十年にもわたって欧州の安全と繁栄を左右することになる。したがって、この決定は危機が発生するかなり前に、政治的・社会的に広く支持され、欧州各国が協調して行う必要がある。その第一歩として、近い将来、この論題を欧州理事会の議題に含める必要がある。
記事参照:If China Attacks Taiwan, What Will Europe Do?

10月29日「米国は台湾をめぐる中国との戦争に勝てるのか―米政治学教授論説」(The National Interest, October 29, 2021)

 10月29日付の米隔月刊誌The National Interest電子版は、Harvard Universityの政治学教授Graham Allisonの“Could the U.S. Lose a War with China Over Taiwan?”と題する論説を掲載し、台湾有事において米国が中国との戦争で勝利を収めることは難しいという現状認識に基づき、米国が今後採るべき方策は何かということについて、要旨以下のように述べている。
(1) 10月下旬、Biden大統領は、米国は台湾を中国の攻撃から守るのかどうか聞かれ、イエスと答えている。中国外交部は、台湾の喪失を予防するために、戦争の準備をしているとはっきりと述べている。もし台湾をめぐり中国と戦争になった場合、米国は中国に勝てるのだろうか。
(2) 国防副長官Kathleen Hicksは、2018年にNational Defense Strategy Review Commissionでこの問題について調査し、おそらく敗北すると結論づけた。検証チームは次のように言う。台湾の挑発的な動きに反応し、中国は同島を支配するために攻撃をしかける。台湾は中国から目と鼻の先であり、米国がその周辺に相当規模の軍事力を投入する前に、中国は目的を果たすだろう。元国防副長官のBob Workも、台湾防衛に関する机上演習において、米国は完全に敗北するという結果が出たと言い続けてきた。
(3) 1995年から96年にかけて起きた台湾海峡危機では、中国が台湾を射程圏内におさめる「ミサイル実験」を行った。それに対し米国は台湾の接続水域に空母2隻を派遣し、中国を威圧した。しかし今日、そうした選択肢は台湾有事において想定されている米国の対応に含まれていない。
(4) なぜそのような劇的な変化が起きたのか。後日刊行予定のHarvard Universityの「大国間競合に関する中国作業部会」による報告書は、この数十年で米中間に何が起きたのかを要約している。第1に、米国の軍事的優越の時代は終わった。そのことは、2018年、当時のMattis国防長官がすでに指摘していたことである。米国は「空、陸、海、宇宙、サイバースペースなどあらゆる領域において競合している」。第2に、2000年時点で、中国のA2/ADシステムは、机上のものにすぎなかったが、現在、その運用範囲は第1列島線を包摂する、すなわち台湾や沖縄をも運用範囲内におさめるものである。その結果、Obama政権の政策担当国防次官Michèle Flournoyの言葉によれば、「米国はもはや、空、宇宙、海における優越を即座に達成することを期待できなくなった」。
(5) 現在のような政治的雰囲気において軍事的現実の直視にこだわるのはあまり有益ではないかもしれないが、以上のことは、米国人よりも中国人のほうがよりよく理解していることである。そのため、こうした現実を直視するのは、今後、この現実を変えるように行動するために必要なことである。たとえば台湾の軍事的な抵抗力を高めるためにできることはたくさんあるし、中国の台湾侵攻の対価を高めるために米国が着手し得る長期的かつ影響力の大きい構想もあるはずである。10年前にも同様の機会があったが、失敗したではないかと主張する鋭い観察者もいるかもしれないが、問題は、これからどうするかなのである。
(6) 台湾に関する軍事的均衡は間違いなく中国に有利に傾いている。しかしそれは、米国が台湾防衛に関わらなくなることを意味しない。朝鮮戦争前夜、Truman政権は朝鮮半島が米国の防衛圏外であるとはっきり述べたが、それにもかかわらず北朝鮮の韓国侵攻に対し、全力で対応した。中国とも戦争状態に突入し、その間、米国の第7艦隊が台湾海峡に配備され、台湾が米国の防衛圏内に収まったのである。中国の戦略家はそれをよく理解している。
(7) 重要なことは、創造的な外交が戦争の回避のための最良の方法だということである。1970年代に米中が国交を回復したとき、彼らは台湾問題の解決は不可能だが、調整できないわけではないという理解を共有した。そうした戦略的なあいまいさが、50年に渡る平和をもたらし、その間、中国と台湾の人々はその生活水準を劇的に向上させたのである。この数十年で米国、中国、台湾では多くのことが変わった。その中でBiden政権が取り組むべき課題は、これまで続いてきた平和をさらに半世紀伸ばすような枠組みを構築することである。
記事参照:Could the U.S. Lose a War with China Over Taiwan?

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) Strategic Choice: Australia’s Nuclear-Powered Submarines
https://www.fpri.org/article/2021/10/strategic-choice-australias-nuclear-powered-submarines/
The Foreign Policy Research Institute, October 21, 2021
By Felix K. Chang, a senior fellow at the Foreign Policy Research Institute
 2021年10月21日、米シンクタンクForeign Policy Research InstituteのFelix K. Chang上席研究員は、同シンクタンクのウエブサイトに" Strategic Choice: Australia’s Nuclear-Powered Submarines "と題する論説を寄稿した。その中でChangは、2021年9月、オーストラリアがフランスの造船会社と結んでいた12隻の通常型潜水艦を購入する契約を破棄し、その代わりに、新たなAUKUSに基づく安全保障上の提携の一環として、英国と米国からの技術協力を得て少なくとも8隻の原子力潜水艦を取得することを決定したことを取り上げた。そしてこの決定によっても、オーストラリアがインド太平洋の勢力の均衡を劇的に変えることはないかもしれないが、この地域における地位に大きな影響を与えるだろうと評した。その上で、当然のことながら中国は、この決定に不満を示し、すぐにオーストラリアの決定を「軍拡競争」と非難したが、これは中国の海軍力増強の拡大路線を考えれば皮肉的であると述べている。そしてChangは、オーストラリアが将来取得する原子力潜水艦は、長距離誘導ミサイルの拡散に伴って高まった遠方からの脅威に対するオーストラリアの防衛能力を向上させるが、おそらく同じくらい重要なのは、オーストラリアが地域の出来事に単に対応するのではなく、それを形作る上でより大きな役割を果たすことができるようになることであり、これは伝統的に戦略的防衛のために大国を後方から支援することに専念してきた国にとって一歩前進であると評している。

(2) Now Is Not the Time for Minimal Nuclear Deterrence
https://nationalinterest.org/feature/now-not-time-minimal-nuclear-deterrence-195310
The National Interest, October 24, 2021
By Peter Huessy is President of Geostrategic Analysis, a Potomac, Maryland defense consulting company.
 10月24日、米国メリーランド州にある防衛コンサルタント会社Geostrategic Analysis社長Peter Huessyは、米隔月刊誌The National Interest電子版に“Now Is Not the Time for Minimal Nuclear Deterrence”と題する記事を寄稿した。その中で、①米国内の軍縮派が提唱する数々の計画は、米国が配備している核弾頭を1350発から1000発以下、場合によっては200~300発にまで減らすことを提案しているが、ロシアと中国はこの段階の軍備管理協定に参加することに関心がない、②軍縮派は、中国が数十年前に採用した「最小限抑止力」戦略を米国に採用するよう要求している、③皮肉なことに、中国は4つの新しいミサイル発射場に約350個の新しいICBMサイロを建設している、④最小限抑止力を求める軍縮論者は、米国に「都市破壊」(city busting)という目標設定計画を採用するよう求めているが、これは戦争法に反し、実行したとしても、全体主義の指導者たちは気にかけない、⑤最小限抑止力計画は、米国がICBMと核爆撃機を放棄することで、核抑止力の責任を潜水艦だけに負わせることを想定している、⑥突然、核戦力構成を低下させることは、米国の同盟関係を損なう、⑦推定では、中国の新たな核戦力は2年から4年以内に完成し、現在の米国の配備核戦力のレベルを266%も上回る可能性がある、⑧その上、中国は核搭載可能な極超音速ミサイルの実験を行ったばかりである、⑨中国が2049年までに米国に代わって世界最大の軍事・経済大国になるという警告があるが、軍縮派の意向が通れば、この10年でその目標を達成するだろう、といった主張を行っている。

(3) INDIA IS NOT SITTING ON THE GEOPOLITICAL FENCE
https://warontherocks.com/2021/10/india-is-not-sitting-on-the-geopolitical-fence/
War on the Rocks, October 27, 2021
By Tanvi Madan, a senior fellow in the Project on International Order and Strategy in the Foreign Policy program, and director of The India Project at the Brookings Institution in Washington, DC.
 2021年10月27日、米シンクタンクThe Brookings Instituteでインドプロジェクトなどのディレクターを務めるTanvi Madan上席研究員は、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rock に" INDIA IS NOT SITTING ON THE GEOPOLITICAL FENCE "と題する論説を寄稿した。その中でMadanは、2019年初頭、U.S. Central Command の元司令官David Petraeusは、中国への対応が決定的な課題であると断言し、「インドのような国は決断しなければならない」と付け加えたことを取り上げた。こうした発言は冷戦期にインドが表明した非同盟政策が形作ったものであり、インドは中道を歩み、中国と米国の地政学的競争に加担することを回避するだろうという一般的な見方を反映している。なおかつ、インドのより広範な地政学的取り組みは他国との等距離の関係を維持し、困難な選択をしないことを含むという仮定に基づいているが、これはインドの外交政策全般、特に最近の決定に対する誤解であると指摘している。そしてMadanは、インドはQUADで示されるように、自国の関与する提携国の構想や誓約の度合いを評価し見定めたいと考えており、こうした独特なインドの取り組みは一部の国にとっては手間がかかりすぎるかもしれない。しかしインドとの提携を築きたいと考えている国にとっては、いずれ粘り強さと忍耐が報われることを心に留めておく価値がある。米国に関するインドの意思決定により大きな影響を与える可能性が高いのは、米国がアジアにおいてインドに期待される役割を果たす意思と能力を評価することであると主張している。