海洋安全保障情報旬報 2021年10月1日-10月10日

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10月2日「『南シナ海行動規範』、2022年に調印されるか―シンガポール専門家論説」(The Straits Times.com, October 2, 2021)

 10月2日付のシンガポール日刊紙The Straits Times紙電子版は、シンガポールのシンクタンクThe ISEAS - Yusof Ishak Institute上席研究員Ian Storeyの “Will 2022 see signing of a South China Sea Code of Conduct?”と題する論説を寄稿し、ここでIan Storeyは行き詰まっている中国とASEANとの「南シナ海行動規範(COC)」が2022年に調印されるかどうかについて、3つの可能な方向性を提起し、要旨以下のように述べている。
(1) 「南シナ海行動規範(以下、COCと言う)」は、中国、台湾そして東南アジア5ヵ国(ブルネイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン及びベトナム)が関わる海洋権益を巡る紛争を解決する魔法の弾ではない。COCは、紛争当事国間における政治的あるいは法的解決を通じて初めて達成され得るものである。しかし、これらのいずれも見込みがないことから、過渡的な段階として、COC は協力を推進するとともに、海洋権益主張国間の緊張緩和を狙いとしている。11の交渉当事国(ASEAN10カ国と中国)が会合を再開した今、COCについて、主要な3つ問題―即ち、これまで何が達成されてきたのか、課題は何か、そして今後の見通しは―を検討する好機である。
(2) これまで何が達成されてきたのか
a. 交渉当事国は、2002年に「南シナ海行動宣言(DOC)」に調印した時、COC交渉を始めることに合意した。しかしながら、中国による意図的な遅延行為のために、交渉は2014年まで進展しなかった。そして、2016年の南シナ海仲裁裁判所による、中国の「9段線」内の「歴史的権利」主張を無効とする仲裁裁定が出るまで、中国は真剣に交渉に望んでこなかった。
b. 次の3年間に、3つの成果が実現した。即ち、1つは2017年8月に今後の交渉の指針となる1ページの枠組み文書に合意したこと、2つは1年後にCOC が何を対象とすべきかについて11の交渉当事国による見解を含む、11ページの交渉草案(Single Draft Negotiating Text:以下、SDNTと言う)が支持されたこと、そして3つは2019年8月に、SDNT を補充し、新たな提案を加えた第1次草案が公表されたことである。
c. 次のステップは第2次草案の交渉であったが、コロナ禍もあって、2020年には交渉が行われなかった。しかしながら、2021年前半には、交渉当事国はオンラインで6回会合を行った。8月に、中国の王毅外交部長はCOCの序文について合意が達成されたことを明らかにした。これは大きな進展とは言えないが、少なくとも中国とASEANが今や COCの核心について論議できるところまできていることを意味する。
(3) 課題は何か
a. 最も重要な意見の相違は、「9段線」内における管轄権主張を他の交渉当事国に認知させようとする中国の試みである。問題は、中国が言及する「係争海域」が東南アジアの海洋権益主張国に属し、しかも国連海洋法条約(以下、UNCLOSと言う)によって合法的に承認された排他的経済水域を含んでいることである。さらに中国は、東南アジア諸国が域外諸国の海軍と南シナ海で軍事演習を行うことを望んでいない。
b. もう1つの意見の相違は、COCが禁止する活動の種類である。ベトナムは、交渉当事国が人工島を造成しない、占拠海洋自然地形に攻撃兵器を配置することによって軍事化しない、漁民、石油開発会社及び補給船舶を妨害しない、そして防空識別圏を宣言しないことによって、「自制」を示すことを望んでいる。これらは正に、中国がその海洋権益主張を正当化するために駆使している活動に他ならない。
(4) 3つの方向性
a. まず、重要な用語、即ち「軍事化」、「自制」そして「南シナ海において対象となる海洋自然地形」を含む、用語の定義が必要である。COCが法的拘束力を有するかどうかによって、交渉の期間が左右されよう。何故なら、最終結果によって法的に拘束されるとすれば、交渉当事国の担当者はより執拗な立場を採らざるを得ないからである。したがって、全ての用語や文言は分析され、討論されることになろう。故に、2022年末までに、COCが調印されることはなさそうである。恐らく、2023年あるいは2024年が現実的であろう。しかし、より重要なのは、調印日より最終的な COCの姿である。ここでは、3つの可能な方向性が想定される。
b. 最初の、そして東南アジア諸国と地域全体の安全保障全体の利益にとって最も有害な方向性は、UNCLOSの権威を損ね、「9段線」内における中国の「歴史的権利」に言及し、それによって沿岸諸国の海洋権益を侵害し、通商や域外諸国との海軍演習を規制するCOC であろう。幸いにも、ASEAN主要国は、中国の利益を自国のそれの上に置き、自らの政治的自主性に対する規制を進んで受け入れることはほとんどなさそうである。
c. 2番目の方向性は、交渉当事国が相互の相違を棚上げし、その代わりに、平和、安定そして航行の自由の重要性といった陳腐な文言を含む、規範宣言を支持することである。しかし、これはDOC と変わらない。
d. 3番目の、そして東南アジア諸国にとって最適な方向性は、UNCLOSの下で沿岸国の権利と義務を規定し、中国の歴史的権利を拒絶し、危機を防止するとともに、その拡大を防ぐ機構を内包し、そして海洋環境と漁業資源を保護する、COCである。これを実現するためには、東南アジアの海洋権益主張国は、共通の交渉方針を策定し、UNCLOSと2016年の仲裁裁定を無視しようとする中国の試みに抵抗する必要があろう。もしこれが達成できないなら、東南アジアの海洋権益主張国は、交渉から離脱すべきである。何故なら、結局のところ、東南アジアの海洋権益主張国にとって、また地域全体にとって、悪いCOC よりCOCがない方がましだからである。
記事参照:Will 2022 see signing of a South China Sea Code of Conduct?

10月4日「インド、フランスから原子力潜水艦調達に向かうかー米専門家論説」(The EurAsian Times, October 4, 2021)

 10月4日付のインド英字ニュースサイトThe EurAsian Timesは、The USAF Air War College准教授Amit Guptaの“After ‘Breakthrough’ Rafale Deal, Five Reasons Why India Could Now Procure Nuclear Submarines From France”と題する論説を掲載し、Amit Guptaはインドがフランスから原子力潜水艦を調達しようとする背景、その可能性と問題点について、要旨以下のように述べている。
(1) AUKUS協定に対して複雑な感情を持っている他の首都はニューデリーである。協定は中国に平手打ちを食らわせるものでニューデリーとしては喜ばしいものであるが、同時にインドが原子力潜水艦を受け取るに値しないとワシントンが考えていないことで残念に感じている。
(2) インドはアクラ級原子力潜水艦をロシアから借り受けており、報じられるところでは国産原子力潜水艦建造を目指しているが、ロシアからもう1隻得ようとしている。それでも、ロシアからの貸与には代償が伴い、借り受けた原子力潜水艦から核兵器の発射は不可能である。他方、国産原子力潜水艦には、工期の遅れ、予算の超過、完成した潜水艦の品質に関する運用者の疑念というインド国内の兵器生産につきまとう典型的な問題がある。したがって、ニューデリーは可能な限り最良の結果を得るよう努力し、そのためにフランスの原子力潜水艦の調達に関しフランスと協議を始めなければならない。そうしなければならないしかるべき理由がある。
(3) インドはなぜ、フランスと協議しなければならないのか。第1に、インドは米国の原子力潜水艦を取得できそうにない。米国はインドにおける技術安全保障に関し依然、懸念しており、この地域において、ここ10年以上の間に大きく進歩したとはいえ、懸念事項は残っている。したがって、ワシントンは取り扱いには細心の注意が必要な技術のインドへの移転は行わないだろう。第2に、オーストラリアは原子力潜水艦を得ようとしているが、同国は忠誠で確固とした同盟国である。インドは、米国とは大きな相違点のある提携国のままである。第3に、オーストラリアは米国の技術に大規模な投資を行っており、そのことがオーストラリア海軍の将校が米艦艇で勤務できるような米豪海軍間の相互運用性をもたらしている。インドがオーストラリアと同じようにできるようになるまでに長い道程があり、インド海軍は1,000億ドルが必要だろうと推測されている。第4に、オーストラリアは原子力潜水艦を取得しつつあるが、その潜水艦に核兵器を搭載する許可は得ていない。また、オーストラリアは核兵器に対する国民の懸念を脇に置くことを望んではいない。たとえ、ニューデリーが米国の潜水艦を利用できたとしても、インドが中国に対する第2撃力を担保するために求めている核兵器発射能力は与えられないだろう。第5に、ニューデリーは今や4ヵ国安全保障対話の熱心な構成国であり、インド太平洋における中国の軍事的進出を抑止する上でより積極的な役割を演じようとしており、インドの海軍力強化は西側同盟国の利益となるものである。
(4) ロシアのアクラ級原子力潜水艦には核兵器を搭載できず、国産原子力潜水艦「アリハント」は雑音が大きく、米シンクタンクStimson Centerの South Asia Program非常勤研究員Frank O’Donnellが指摘したように「アリハント」は実戦に投入する潜水艦では無く技術的示威に過ぎず、現状ではインド海軍の核抑止力は信頼できない。核弾頭を装備したミサイルが潜航中の「アリハント」から発射が可能か、あるいは「アリハント」が敵の水上目標あるいは陸上目標を正確に標定するためにインドが宇宙に配備した資産と連接しているのか不明である。
(5) 対照的に、フランスは原子力潜水艦を建造してきた長い歴史があり、核弾頭を装備したフランス製武器システムをインドに許可した過去がある。フランスがNATO脱退後、フランス政策決定者はパリが信頼できる海軍の第2撃力を確実にするための核抑止力を創設した。現在、フランスはミサイル発射筒16基を装備した潜水艦を保有しており、これは重要な核抑止力として十分すぎるものである。報じられるところでは、核ミサイルには3発の核弾頭が装着されており、潜水艦は48個の核兵器を発射可能である。さらに、フランスはインドに対して紛争時に予備品の供給が遮断されない信頼できる供給者を保有しているだけでなく、インドにミラージュ2000戦闘機の核武装を認めている。事実、インドがフランスからラファール戦闘機を購入する理由の1つはパリが同機を戦略的任務で運用することを認めたからである。
(6) インドの今の計画はフランスの通常型潜水艦を建造することであったが、世界の海軍の考え方の潮流は、原子力潜水艦は通常型潜水艦よりも用途が広く、破壊力の大きいというものである。これは米海軍の典型的な考え方を支持している。
(7) ロシアが訓練目的でインドに対しチャーリー級原子力潜水艦を貸与した1990年代に原子力潜水艦の移転の禁忌が撤廃されたとして、フランスは原子力潜水艦を売却する意向であろう。今や、AUKUS協定により原子力潜水艦の移転は軍事的提携の許容される一部となり、西側同盟によって原子力潜水艦の移転は核拡散防止条約を侵犯しないと明確な声明が出されている。フランスは、オーストラリアによる通常型潜水艦の契約破棄に憤慨しており、インドへの原子力潜水艦技術の移転に関心を持つかもしれない。また、パリは自身をインド太平洋の行為者と見なしており、原子力潜水艦技術移転は地域の提携者としての資質を強化するかもしれない。
(8) インドの視点から、フランスとの連携は政治的、軍事的両面から利点がある。国際システムにおいてインドもフランスも現状維持派、あるいは修正主義者として行動していない。両国は、国際秩序の全体的な構造は好ましいとしながらも、その中で自国の地位を改善したいと考える改革派国家である。両国の政治的同盟はそのような考え方の自然な結論である。軍事的には、インドは中国を抑止し、海軍力をインド洋に投射するために海軍の核能力が至急必要であり、フランスの原子力潜水艦はこの両方の目的を達成するものであろう。
(9) フランスの潜水艦購入はフランスの核ミサイルあるいは核技術を求め、あるいは受け取ることを意味しないことは指摘しておかなればならない。それはフランスが望まない核拡散防止条約違反となるであろう。フランスの潜水艦購入がインドに与えるものは、インドの潜水艦発射弾道ミサイルおよび巡航ミサイルを発射できる効果であり、その性能が証明されている潜水艦がインド海軍の破壊力を急速に増大させることである。少なくとも対潜掃討に充当される原子力潜水艦は、インド海軍の関心領域により良く貢献するだろう。問題は、印仏両政府が想像力を働かせ、そのような交渉を成立させるかである。
記事参照:After ‘Breakthrough’ Rafale Deal, Five Reasons Why India Could Now Procure Nuclear Submarines From France

10月5日「タリバン政権にテロ活動を統制する意図はない―英民族紛争問題専門家論説」(Asia Times, October 5, 2021)

 10月5日付の香港のデジタル紙Asia Times は、University of LondonのSchool of Oriental and African Studies の博士研究員Salman Rafi Sheikhによる、“Taliban has no interest in cutting its terror ties”と題する論説を掲載し、そこでSheikhはアフガニスタンにおけるタリバンの復権後パキスタン情勢が不安定化していることを指摘し、今後タリバン政権がパキスタンその他隣国でのテロ活動を統制していけるのかどうか、あるいはするつもりがあるのかどうかについて予断を許さない状況が続くとして、要旨以下のように述べている。
(1) アフガニスタンでタリバン政権が復権してから1ヵ月、パキスタンではタリバンの復権がインドに対する「戦略的縦深性」の勝利だという喜びの声があがっているが、テロ組織による国内の不安定さが増大している。パキスタンの統合情報局(ISI)は、タリバン指導層の傘下テロ組織パキスタン・タリバン運動(Tehreek-e-Taliban:以下、TTPと言う)に対する統制力を誤認していたようである。
(2) TTPはアフガニスタンとパキスタンの国境周辺で活動する組織であり、その究極目標はパキスタンの世俗政権を転覆し、イスラム・カリフ国を建設することである。10月2日、TTP民兵がパキスタン兵および警察官4名を殺害した。またタリバンがカブールを奪取した後に、少なくとも1回のTTPによる自爆攻撃を含むいくつかのテロ事件が発生している。このように、TTPによるパキスタンへの攻撃が激化している。
(3) アフガニスタンのタリバン政権(以下、アフガン・タリバンと言う)は、自国を隣国攻撃のための拠点として利用することを認めないと主張しているが、他方、TTPやアルカイダ、あるいは反中国・東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)に関連するテロ組織を弾圧するような段階を踏んではいない。なぜならアフガン・タリバンはそれらの組織と共闘して米国およびNATOに対抗し、アフガニスタンのAshraf Ghani体制を打倒したためである。実際、アルカイダとつながっているハッカーニ・ネットワークは、カブールがタリバンの手に落ちる1ヵ月前にカブール入りしていた。
(4) アフガン・タリバンがこれらテロ組織を取り締まらないもうひとつの理由は、それを交渉材料として、隣国との関係を確立させようとしているためである。あるパキスタン政府関係者によれば、パキスタンに敵対的なTTPなどの存在、そしてアフガン・タリバンがTTPなどを取り締まろうとしない事実は、パキスタンにとって深刻なジレンマである。おそらく、TTPを利用してパキスタンとの関係をうまく調整しようとしているのだろうと同関係者は述べた。
(5) 米国やGhani体制に対抗するためにアフガン・タリバンを支援してきたことは、パキスタンにとっては危険性の高い賭けであった。パキスタンはアフガン・タリバンとTTPのつながりを断ち切れると考えたようだが、最近の動向が示しているのはアフガン・タリバンが(アフガン・タリバンがTTPとの関係を切るようにとの)圧力に屈する可能性が低いということである。その姿勢は、たとえば、タリバンがカブールに進軍したときにTTPの指導者および戦闘員の多くが釈放されたという報道を、アフガン・タリバンが否定し続けていることにも見られるものだ。
(6) パキスタンの外交関係者は、米国がパキスタンの仲介なしにアフガン・タリバンと直接対話をするという決定に対して強く非難した。そうした動きはアフガン・タリバンに対するパキスタンの政治的影響力を減らすものであろう。実際、9月にアフガン・タリバンがパキスタンとTTPの間の停戦を促進したときに、両者の立場は入れ替わったようである。その停戦は、10月1日に宣言され、20日間に及ぶものとされた。TTP傘下にある組織がすべてその合意に従うかどうかははっきりしていない。TTPなどに対するアフガン・タリバンの統制力はそれほど強くないのである。
(7) アフガン・タリバンによるTTPへの宥和的な取り組みは、パキスタンだけでなく中国にとっても問題を孕んでいる。中国共産党の機関紙Global Timesによれば、中国は国境におけるテロ組織の活動を統制するというアフガン・タリバンの約束が守られるかどうかを監視し続けるだろう。中国による支援はアフガン・タリバンにとっては絶対に必要なものであり、中国の圧力の意味は大きい。他方、ロシアはタリバンをテロリストと定義し続けており、タリバンの政権就任宣誓儀式への参加を拒否している。
(8) パキスタンは、テロの脅威を小さくするために中国やロシアとの協力を必要としている。9月、パキスタンのISIは、中国やロシア、イランその他中央アジアの情報機関トップとの会合を主催し、テロ組織が突きつける脅威を監視するための情報共有の機構構築について議論をした。この会合にはアフガン・タリバンの代表は招かれなかった。このことは、もしアフガン・タリバンがTTPなどテロ組織の統制に失敗すれば、パキスタンがカブールを封じ込める可能性があることを示唆している。しかし、アフガン・タリバンがパキスタンの圧力にどう対応するのかは現時点でははっきりしていない。
記事参照:Taliban has no interest in cutting its terror ties

10月5日「マレーシアと中国が南シナ海で対立-フィリピン専門家論説」(Asia Times, OCTOBER 5, 2021)

 10月5日付の香港のデジタル紙Asia TimesはフィリピンPolytechnic University教員職にあるRichard Javad Heydarianの” Malaysia, China go head to head in South China Sea.”と題する論説を掲載し、ここでHeydarianは東南アジア諸国のうち、フィリピン、マレーシア、インドネシアが中国の進出に対抗して採っている政策について、要旨以下のように述べている。
(1) 米国の同盟国であるフィリピンを除く大多数の東南アジア諸国は、AUKUS(豪英米安全保障条約)の原子力潜水艦の協定については沈黙を保っているが、マレーシアとインドネシアは米中の対立が激化する中、(東南アジアの情勢を)不安定化する可能性があると批判した。最近、東南アジアの主要国は中国が近海に進出してきたことに対して、驚くほどの団結力を見せている。
(2) マレーシアMinistry of Foreign Affairs(外務省)が、南シナ海の領海への侵入に対して中国大使を呼び出し、抗議した内容は次のとおりである。
a.サバ州とサラワク州の沿岸にあるマレーシアの排他的経済水域に、調査船を含む中国船が活動していることに抗議する。
b.これらの船舶の活動は、マレーシアの1984年の排他的経済水域法、および1982年の国連海洋法条約に違反している。
c.マレーシアの一貫した立場と行動は、国際法に基づき、自国の主権と領海における主権的権利を守るためのものである。
(3) 今年8月に就任したばかりのIsmail Sabri Yaakob マレーシア首相が、南シナ海における主権問題で妥協しないと明言してからわずか1日で、このような強い抗議がなされた。また6月、Muhyiddin bin Haji Muhammad Yassin前首相の政権下にあったマレーシアは、中国の戦闘機がマレーシアの空域と主権を侵害していると非難し、どの国とも友好的な外交関係を持とうとして、国家の安全保障を損なうようなことはしないと宣言した。マレーシア空軍によると、I-76やY-20など複数の中国軍機がマレーシア領空内で戦術的な編隊を組んだため、国家の安全と飛行の安全に対する深刻な脅威になったとのことである。
(4) 隣国のインドネシアやフィリピンも、中国船の排他的経済水域への侵入を阻止するために、厳しい作戦を展開しており、中国の軍事的な動きに対する地域の抵抗が強まっている。実際、東南アジアの主要国ではここ数カ月、米国との大規模な航空及び水陸両用の訓練を行うなど、域外の国家との防衛・戦略的協力関係も深まっている。
(5) マレーシアは歴史的に中国と比較的友好的な関係にあり、ここ数十年は貿易や投資の主要な相手国となっている。一方で、複数の国の主張が対立している南シナ海に関して、中国はマレーシアに対しは、柔和な姿勢をとることが多い。マレーシアの3代前のNajib Razak政権は、長年にわたって中国を主要な戦略的仲間として頼りにしていた。しかし、この3年間、マレーシアは、南シナ海での緊張の高まりや、北京の「債務の罠」外交への懸念を背景に、中国との外交を徐々に見直してきた。
(6) 2代前のMahathir Mohamad首相は、中国によるマレーシア国内のインフラ整備のプロジェクトが高額で汚職まみれであることを批判し、北京との海洋問題では厳しい姿勢を示していた。Mahathir政権下のマレーシアは、南シナ海で仲裁裁判を起こすと中国を公然と脅し、中国の広大な九段線の主張をばかげていると批判した。そして2019年12月からマレーシアは、中国やベトナムとの主張が重なる海域で一方的なエネルギー探査活動も強化した。
(7) 2020年にMahathir政権が倒れても、マレーシアはエネルギー開発を続けた。当時のHishammuddin Hussein外相は、マレーシアの石油掘削船に嫌がらせをする中国船と数カ月にわたって争った後、マレーシアは南シナ海における自国の利益と権利を固く守ると強調した。そして、政治に関与しない国王までもが、マレーシア政府に対し、常に海洋領域に敏感であり、地政学的な願望を支える戦略を採用することを求めた。マレーシア政府は、南シナ海問題に関する行動の決定はマレーシアの国益を最重要視すると繰り返し述べている。さらに、南シナ海に関連するすべての問題は、1982年の国連海洋法条約を含む国際法の原則に従って、平和的かつ建設的に解決されなければならないと表明した。
(8) マレーシアは中国の侵攻を警戒して、ここ数カ月、防衛力を強化している。8月には、マレーシア海軍が1週間にわたる演習を実施し、3発の対艦ミサイルの発射に成功して、能力向上を誇示した。さらに同月、マレーシアは米国が主導する東南アジア協力訓練(SEACAT)に参加している。この訓練では、オーストラリアやドイツなど米国の主要な同盟国を含む21ヵ国が参加し、大規模な演習を行った。その数ヶ月前、マレーシア空軍は南シナ海での演習を終えた米海軍の「セオドア・ルーズベルト」空母打撃群と大規模な共同訓練を実施し、米国とマレーシアの海洋安全保障協力関係が着実に構築されていることを強調した。
(9) 中国との海洋紛争で態度を硬化させているのは、マレーシアだけではない。フィリピンでも、中国に好意的なRodrigo Duterte大統領が、その任期の後半になってからは、中国に対する姿勢を強めている。先週、フィリピンのTeodoro Locsin Jr,外相は、中国に対する対抗策としてのAUKUSを支持した。そして中国船が新たにフィリピンの主張する海域に侵入したことで北京に対して外交的抗議を行っている。Locsinは、9月27日の週に自身のツイッターで「中国がフィリピン人漁師の合法的な漁業活動を絶え間なく不法に制限していることに対し抗議する」と述べ、フィリピンの排他的経済水域内の漁業資源の豊富な陸地(南沙諸島を指す、訳者注)を中国が事実上占領していることへ反発した。
(10) これに先立ち、Locsinは中国がフィリピン領の南沙諸島に準軍事的な船舶を配備し続けるならば、日常的に外交的抗議を行うと警告した。9月に相互防衛条約締結70周年を迎えたフィリピンと米国は、今年初めに駐留米軍に関する地位協定が全面的に復活したことを受け、防衛協力を深めることで合意した。両国は、防衛協力強化協定(EDCA)を実施するとともに、南シナ海における中国の野望を阻止するため、海洋安全保障協力の新たな枠組みを構築することに合意した。
(11) インドネシアは、直接の領有権主張国ではないが、ナツナ諸島の沖合で海上パトロールを実施し、海軍の配備を強化している。この海域は、中国の主張する九段線の最南端と重なっている。インドネシアでは、領海内での違法漁業の問題に加え、資源の豊富な地域でのエネルギー探査活動に対する中国の嫌がらせが問題となっている。2017年インドネシアはナツナ諸島沖の排他的経済水域を「北ナツナ海」と改称し、同海域での領有権を改めて主張した。また、元海洋・漁業相Susi Pudjiastutiは中国の違法漁船を沈める政策を採用した。2021年8月、インドネシアは米国と最大規模の共同演習ガルーダ・シールドを実施し、4,500人以上の人員を参加させている。復活する中国への懸念を共有する中で、双方は防衛協力の新時代を迎えている。
(12) 9月、インドネシア海軍はこの地域で拡大する中国の海上民兵及び海警総隊の存在を阻止するために、哨戒機に支援された最大5隻の艦船を配備した。Indonesian Navy Western Fleet Command司令官のArsyad Abdullahは、「北ナツナ海に関する海軍の立場は、国内法および批准された国際法に基づき、インドネシアの管轄内で国益を守るという非常に確固としたものであり、北ナツナ海におけるいかなる違反も容認しない」と述べている。Joko Widodo大統領は、2020年インドネシアと中国が対立する中、ナツナ諸島を訪問している。インドネシアは、戦闘機を配備し、海軍力を着実に増強して、明確な軍事力の増強を行っている。
記事参照:Malaysia, China go head to head in South China Sea

10月5日「ロシア海軍のための造船産業に関する厳しい現実―ウクライナ海軍退役大佐論説」(Eurasia Daily Monitor, October 5, 2021)

 10月5日付の米The Jamestown Foundationのデジタル誌Eurasia Daily Monitorは、ウクライナ海軍退役大佐Andriy Ryzhenkoによる、“The Realities of Russian Military Shipbuilding (Part One)”と題する論説を掲載し、ロシア海軍の艦艇を建造するうえでロシアの防衛産業部門の状況が如何に苦しいかについて、要旨以下のように述べている。
(1) 様々なロシアの宣伝は、ロシアの再軍備と軍事近代化計画の成功と言われているものに焦点を当てており、ロシア軍による脅威が悪化していると西側に思わせるためにいくらかの役割を果たしている。しかし、実際の状況はクレムリンの支援を受けたメディアが流すバラ色の物語とは明らかに異なっている。実際には、西側諸国がロシアの防衛産業部門の重要な必需品の一部を管理することが依然として可能であり、予見可能な将来にわたってそれらの技術や流入を制限し続ける可能性がある。このような状況は、特に海軍の領域で顕著である。ロシアの造船産業の能力は、国の政治的野心や軍事的な海洋の要件をはるかに下回っている。
(2) ソ連崩壊後、ロシア海軍の戦闘力は著しく衰退した。1985年のソ連海軍の「黄金時代」と比較して、2005年には、海軍はその前身の約10分の1の戦闘艦艇しか保有していない。この同時期に、ロシアの造船業界もポストソビエト経済危機の長期的な影響を受けて苦しみ、国内の造船所は20年間、ロシア海軍のためにほとんど何も作らなかった。1990年から2010年までの間に完成したわずかな軍艦・潜水艦は、ソ連時代の設計を基にしたものばかりで、合計17年間(1996年から2013年)かけて建造されたものだった。
(3) 経済がある程度安定してきた2010年、ロシアは初の10年間の“State Shipbuilding Program”を採択した。Project 1135.6 フリゲート6隻、Project 636.3 潜水艦6隻の建造についてはロシアの兵器製造業者との間でなんとかうまく解決できた。これらは輸出向けにうまく機能してきた旧ソ連時代の遺産だったからである。
さらに、“Russian State Shipbuilding Program to 2020”では、ソ連時代に建造されたロシア海軍の軍艦、潜水艦、補助艦といった全ての領域で代替を進める新しい型の艦艇の建造が計画されていた。しかし、新しい艦艇の建造は、輸入に大きく依存しており、それは特に西側諸国からの様々なタイプの先端機器の供給である。
(4) モスクワは2010年12月に、もう1つの重要な計画文書である “Strategy of Maritime Activity of Russian Federation to 2030 ”を承認した。この文書では、ロシアが世界で2番目に強力な海軍力を維持し、大規模な海軍建設を可能にし、空母任務部隊を展開するという野心的な目標が掲げられた。しかし、ロシア海軍は大規模で現代的な艦隊を構築するどころか、外洋航行のための資産の不可逆的な老朽化と縮小が継続し、海軍の主要な戦闘艦はコルベットや小舟艇に取って代わられ、ロシアの造船所はこれまでの停滞路線から抜け出すことができなかった。
(5) 2014年にロシアがクリミアを占領した後、NATO加盟国やウクライナがロシアに対して禁輸措置を取ったため、ロシアの軍需産業に深刻な影響を与えた。そのため、ロシアの大型艦の中には造船所で未完成のものがあり、また、特にミサイル艇や対破壊工作艇などは、中国に代替のディーゼルエンジンを新規発注する必要があった。
(6) モスクワは、これらの供給問題を輸入代用品で解決することを決意し、様々な国産の船舶推進システムの開発に着手した。しかし、この取り組みの結果、ロシアは軍艦の建造を少なくとも5年遅らせることになった。そして、それは結局、小型艦艇の建造に集中することになった理由の1つとなった。この5年間、当局はProject22160ヴァシル・ビコフ級巡視コルベット、Project21631ブヤンM級ミサイルコルベット、Project22800カラクルト級コルベットの建造を多数発注した。しかし、これらは信頼性の低い中国製のディーゼルエンジンを搭載して建造された。多くのロシアの専門家は、これらの艦の戦闘能力が限られており、設計に疑問があると激しく批判している。
(7) もう1つの課題は、異なるロシアの造船所が、同じ軍艦のタイプを互いに異なった形で建造することが多いことである。そのため、必然的に今後の修理や近代化が困難になる。
記事参照:The Realities of Russian Military Shipbuilding (Part One)

10月5日「米国は慎重に対中国戦略を進めよ―米国際政治学者論説」(The Strategist, October 5, 2021)

 10月5日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategist は、Harvard University教授Joseph S. Nyeの“Is the US sleepwalking towards war with China?”と題する論説を掲載し、そこでNyeは現下の米中対立を考察するときに参照すべきは冷戦ではなく第1次世界大戦の勃発であると指摘し、米国は中国との対立が戦争へ拡大することを避けるために慎重に段階を踏むべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) Biden政権の中国との大国間競合について考えるとき、多くの専門家は冷戦の開始を歴史的なたとえとして想起するが、より検討に値するのは第1次世界大戦の勃発であろう。1914年当時、あらゆる国々は短期的な第3次バルカン戦争を想定していたが、実際には、英歴史学者Clarkがその著書で示したように、4年も続く大惨事へと「夢遊病者」のごとく迷い込んだのである。
(2) 当時の政治指導者達は、かつて「ヨーロッパの協調」と呼ばれた国際秩序が動揺し、ナショナリズムの勢いが増大していることにあまり注意を払っていなかったように思われる。ナショナリズムは、ヨーロッパの労働者階級にとって社会主義よりも、資本家たちにとっては資本主義よりも強力な紐帯であった。さらに当時のヨーロッパは、いくばくかの危機はあったものの平和に安住しており、むしろ短期的な戦争による現状の修正を歓迎するような雰囲気があった。そこに、野心的であるが捉えどころのないドイツの力の追求という方針が加わった。Wilhelm IIのやり方は、習近平の「中国の夢」や「戦狼外交」に似たようなところが見られる。
(3) 今日の政策決定者は、中国におけるナショナリズムの高まりと、米国における一般大衆に向けた熱狂的な愛国主義を警戒しなければならない。ここから、米中間に誤算による事態の拡大の可能性が存在する。Clarkが言うには、もし戦争のような大惨事が起きると、われわれにはそれが必要だったのだとして自分たちを納得させるものだという。しかし1914年には、将来はまだ開かれており、ヨーロッパの両陣営の前線では状況は難しくなっていたが、大規模な紛争の瞬間は過ぎ去ったとの兆候もあった。
(4) 米国は、中国による台湾への軍事侵攻を抑止しつつ、台湾の法的にあいまいな状況を維持したいと考えてきた。しかし中国の軍事力の強大化を背景に、こうした方針がもはや時代遅れだと論ずる者もいる。他方で、米国が台湾を防衛することを明確にすることこそが、中国を行動に駆り立てるのだと考える者もいる。いずれにしても、仮に中国が封鎖などによって台湾を威嚇するだけだとしても、艦船あるいは航空機が関与する事件が人命を失わせることにつながればすべてが台無しになるであろう。また米国が資産凍結あるいは敵対通商法の発動によって反応すれば、戦争が現実のものとなるであろう。われわれは1914年を教訓にして、夢遊病者のように動いてはならないことを学べる。しかしその教訓は、台湾問題の解決策を提供するものではない。
(5) 対中国戦略の成功のために、米国は自国の問題から始めるべきだ。つまり、同盟国を威嚇するのではなく、惹きつけるような民主制度の維持を模索し、自国の技術的優位を維持するために研究開発に十分に投資するべきであろう。その上で、国外における軍事力の再構成を行い、既存の同盟を強化し、インドとの関係も強化し、さらに気候変動などの地球規模の課題において中国との協調も模索すべきである。これまでのところBiden政権は以上の政策を追求しているようだが、1914年がわれわれに思い起こさせるのは、常に慎重であれということである。
(6) 習近平が攻撃的姿勢であることを考慮すれば、米国は今後、中国との対抗により多くの労力を割くことになろう。米国は、誤解を招きかねない冷戦のたとえを捨て去り、強固な同盟を維持するのであれば、その戦略を成功に導くことができる。米国は中国を封じ込めることはできないが、中国の選択肢を狭めることはできるだろう。米中関係というポーカーゲームにおいて、米国の手にはいいカードが入っているのかもしれない。しかしうまく立ち回らねば、米国はゲームに負けることもありうるのだ。
記事参照:Is the US sleepwalking towards war with China?

10月6日「台湾国防部長、86億ドルの追加軍事支出を要求:対中緊張最悪の状況―英通信社報道」(Reuters, October 6, 2021)

 10月6日付の英通信社Reutersのウエブサイトは、“Taiwan defence minister pushes new arms spending, says China tensions worst in four decades”と題する記事を掲載し、台湾国防部長邱國生は中国との緊張関係がここ40年の間で最悪の状況にあり、国防部長として86億米ドルの追加予算を成立させるよう努力すると立法院で述べているとして、要旨以下のように報じている。
(1) 中国との軍事的緊張は40年以上間で最悪である。10月6日、記録的な数の中国軍機が台湾防空識別圏(以下、ADIZと言う)に侵入した数日後、国防部長邱國生は立法院議員に対し新たな装備品支出の一括法案の通過に努めると述べている。立法院で議員から最近の軍事的緊張について質問された国防部長は、状況は国防部長が軍務について以来40年以上の間で「最も深刻」であると述べ、台湾海峡を挟んで後射撃の危険性があると付け加えている。ミサイル、艦艇を含む国産兵器のための次期5ヵ年における86億米ドルの追加軍事支出を見直す立法院の委員会で邱國生は「軍人としての私にとって、喫緊の問題はすぐ目の前にある」と述べている。
(2) 台湾は中国軍機が執拗にADIZに侵入してきていると非難しているが、状況は1996年の総統選挙前の危機に比べれば、はるかに緊迫したものではない。1996年の危機では中台は戦争の瀬戸際にあった。邱國生は、中国は既に台湾に侵攻する能力を有しており、2025年までに「全面」侵攻が可能となるだろうと指摘し、「2025年までに中国は経費と損耗を最低にするだろう。しかし、中国は考慮すべき多くのことを抱えているため、容易に開戦できないだろう」と述べている。台湾の主たる兵器供給源である米国は台湾に対する「確固とした」誓約を確認してきており、中国を非難してきている。北京は、ワシントンの台湾に対する武器売却と艦艇の台湾海峡への派遣は緊張を高めると非難している。
(3) Biden大統領は、習近平主席と台湾について会談し、両者は台湾合意を遵守することを合意したと5日に語っている。Biden大統領は『1つの中国政策』と台湾関係法に言及したようである。『1つの中国政策』は台北の代わりに北京を承認した米国が長きにわたって維持してきたものであり、台湾関係法は台湾の将来は平和的な方法で決定されることへの期待に依拠して台湾の代わりに北京との外交関係を確立するという米国の決定を明らかにするものである。
記事参照:Taiwan defence minister pushes new arms spending, says China tensions worst in four decades

10月7日「海においてインドと中国に大きな違いはない―米アジア太平洋専門家論説」(RSIS Commentary, October 7, 2021)

 10月7日付のシンガポールのThe S. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)のウエブサイトRSIS Commentaryは、米シンクタンクInstitute for China-America Studies 在外上席研究員Sourabh Guptaの“Quad’s India Problem: No Different From Beijing”と題する論説を掲載し、そこでGuptaはインドの海洋の権利などに関する主張が中国同様に海洋法に違反するものも多く、それがQUADの正当性に傷を付けかねないとして、要旨以下のように述べている。
(1) この1年間で、日米豪印4ヵ国安全保障対話(以下、QUADと言う)はいくつもの印象的な「最初」を積み重ねてきた。2020年10月には4ヵ国外相の最初の会談が東京で実施され、2021年3月にはオンライン首脳会談が、9月にはホワイトハウスで対面での首脳会談が実現したのである。QUADはインド太平洋地域において志向を同じくする民主主義諸国のゆるやかなつながりとしての機能を維持してきた。種々の声明などから判断して、その最大の課題は、インド太平洋地域の海洋において、国連海洋法条約(以下、UNCLOSと言う)に代表される国際法に基づく秩序を構築することである。特に、中国が航海や上空飛行の自由に脅威を突きつけていることが強く意識されている。
(2)しかし、海の国際法の擁護者としてのQUADの立場は、インドの海洋法に対する姿勢を考慮した時に説得力を欠くものとなる。ほとんどの点において、インドが海洋法を遵守しているかどうかについては中国同様疑わしいどころか、いくつかの事例については中国以上に疑わしいのである。たとえばインドは1976年以降、領海において無害通航を行う外国軍艦に対して事前通告を求めているが、中国がそうするようになるのは1992年のことである。中国のそうした要求は、航行の自由を否定しているとやり玉にあげられることが多いが、インドに対してはそうではない。
(3) 端的に言えば、海洋法の遵守という点について、インドと中国に大きな違いはない。たとえば、インドは2009年にアラビア海のラクシャディープ諸島周辺に直線基線を引いたが、これは中国が1996年に西沙諸島で行ったことと同じである。群島国家ではない両国に、こうした基線を引くことはUNCLOSでは認められていない。また、インドは中国と同じように、領海において認められた安全保障に関する権限を接続水域にまで引き伸ばしている。排他的経済水域についても、UNCLOSの規定とは逆に、自国の法律がその範囲内にまで適用可能だとする立場を取っている。こうした立場はイタリアとの間で争われた「エンリカ・レクシー号事件」において仲裁裁判所に否定されたものである。
(4) 公正に見れば、インドが自国に不利な判断を下した仲裁裁判の裁定を無条件で受け入れたのは評価に値する。また多くの近隣諸国との間に、海洋の境界に関する協定を結んでいることも評価すべき点であるし、インドは中国とは異なり、緊張の兆候がある場合に沿岸警備隊や海軍が挑発的な行動を採ることもない。その一方で、中国もインドが隣国に対して行ったようなやり方で通行の自由を否定したことはない。2015年、インドはネパールの憲法制定会議による新憲法の草案にインドの意向が反映されなかったことで、その内陸国家に対し5ヵ月の経済制裁に踏み切っていたのである。
(5) QUADは現在進行系の課題であり、それがインド太平洋において中国との均衡を取る上でどの程度の役割を果たすことになるか、まだはっきりしていない。いずれにしても、QUADが海洋における法の支配の擁護者を自認するのであれば、UNCLOSに反するインドの行動を取り除いていかねばならない。
記事参照:Quad’s India Problem: No Different From Beijing

10月7日「原子力潜水艦では中国を抑止できない。オーストラリアには他の方策をーオーストラリア・ジャーナリスト論説」(The Guardian, 7 Oct 2021)

 10月7日付の英日刊紙The Guardian電子版は、オーストラリアの外交誌Australian Foreign Affairsの編集者Jonathan Pearlmanの“Nuclear submarines will not deter China from conflict with Taiwan, but Australia has an alternative arsenal”と題する論説を掲載し、Jonathan PearlmanはAUKUSによって原子力潜水艦を取得してもオーストラリアは中国を抑止することはできないが、中国がCPTPP加盟申請をしたことによって、オーストラリアは強力な交渉材料を手に入れたとして、要旨以下のように述べている。
(1) 米英豪間の新たな安全保障協定の発表に対する中国の反応は驚くほど穏やかなものであった。
(2) 米英豪がAUKUSを発表した数時間後、中国は公式に環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的協定(The Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership:以下、CPTTPと言う)加盟申請を行った。これは奇妙な中国の動きである。CPTTP加盟にはオーストラリアを含む加盟国の同意が必要である。近年、中国は依然、オーストラリアから受けた無礼な行動に対し、200億ドルの経済的制裁と閣僚の接触凍結で対応している。Scott Morrison豪首相が原子力潜水艦購入計画を発表し、米中緊張が戦争に発展する可能性に真剣に備えていると発信したばかりであるにもかかわらず、中国は効果的にオーストラリアの支持を取り付けようとしている。
(3) しかし、中国のCPTPPへの加盟申請は注意深く時期を見計らわれたものである。加盟申請は中国の世界自由貿易への誓約を示すものであり、TPPから撤退した米国とその取り組みを対比させるものである。より重要なことは、中国の申請は主として加盟を熱望する台湾を阻止するために行われたことである。中国は他国が台湾と公式な交渉を行うことを常に阻止しようとしている。
(4) 中国が申請した6日後に、台湾が独自の申請を行った。台湾の通商交渉を担任する鄧振中は「中国が先に加盟すれば、台湾の加盟は極めて難しくなる。このことは明白である」と述べている。CPTTPをめぐる激しい争いは、AUKUSの発表ほど注意を引かなかったが、米中間の緊張の驚くべき高まりという重大な特徴を強調している。
(5) 中国は、台湾の再統一を求めて2つの別個の戦場で戦っている。第1に、そして最も露骨に中国は必死の速度で軍事力を増強し、海空軍力を使用して台湾を脅している。しかし、中国は異なる前線でも戦っている。中国は世界の舞台で台湾を孤立させようとしており、国際的外交、経済の領域で台湾の地位を落とそうとしている。Morrison首相がオーストラリア国民にAUKUSと原子力潜水艦について語っているとき、中国商務部はCPTPPの正式文書を保管するニュージーランド政府に加盟申請文書を送付している。
(6) オーストラリアにとっての教訓は、米中関係が悪化しており、誤った戦場を選択してはならないということである。豪中軍事力の溝は広がっており、AUKUSから提供される原子力潜水艦をもってしてもオーストラリアの能力がインド太平洋における軍事力の均衡を決定することはないだろう。オーストラリアは世界第12位の軍事支出国であるが、オーストラリアの年間国防予算は中国のわずか10%である。
(7) オーストラリアは2030年代後半に8隻の原子力潜水艦の1番艦を受領する計画である。中国は世界最大の海軍を有し、現在、原子力潜水艦12隻を含む62隻の潜水艦部隊を保有する。2040年までに中国の原子力潜水艦は26隻に増強される予定である。米国は現在、68隻の潜水艦を保有しており、全てが原子力潜水艦である。オーストラリアの潜水艦部隊と他の部隊はオーストラリア本土防衛を含む様々な目的に運用可能である。しかし、台湾をめぐる対峙といったぞっとするような事態では、オーストラリアは重要ではないだろう。
(8) しかし、今1つの戦場ではオーストラリアの能力はより堂々としてものである。国際貿易、外交の領域では、世界第13位の経済大国であり、歴史的に確固とした国際的制度の献身的な支援者であるオーストラリアはその名に値する影響力を有している。
(9)  CPTPPは、2017年にTrumpがTPPから撤退した後、これを守ろうとして日本とともにオーストラリアが尽力した結果、成立したものである。そして今、中国が加盟を求めている。キャンベラに対する14項目の不満を発表したことで有名な駐オーストラリア中国大使館は、中国の加盟は「大きな経済的利益をもたらす」と主張した書簡をオーストラリア議会に送付している。オーストラリアは、中国が国際貿易義務を満足し、牛肉、ワイン、大麦などのオーストラリアからの輸出に対する制裁を解除するまで、CPTPPへの加入に認められるべきではないと主張している。オーストラリアは、台湾の加盟を認めるか否かを考慮する際にさらなる影響力を持つことになろう。
(10) オーストラリアは国際舞台でこの影響力を注意深く展開すべきである。台湾は戦争が迫っていると警告しているが、オーストラリアは、米中の緊張緩和を促し、挑発を思いとどまらせることを試みることができる。しかし、オーストラリアは現実に生起した紛争の進展の方向を変えることはほとんどできないだろう。代わりに、オーストラリアは他国と協力して武力を持って台湾を奪取しようとする試みの対価について中国に強力なメッセージを送ることができる。まだ就役していないオーストラリアの原子力潜水艦は北京の軍事介入を思いとどまらせることはできない。しかし、オーストラリアは最近、中国の配慮を求めるに当たってより成功しそうな代替領域を持っている。
記事参照:Nuclear submarines will not deter China from conflict with Taiwan, but Australia has an alternative arsenal

10月8日「南極の環境保護の将来と中国の動向―オーストラリア・中国環境問題専門家論説」(The Interpreter, October 8, 2021)

 10月8日付けのオーストラリアシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、オーストラリアMacquarie University准教授Nengye Liuと中国の環境NGOであるGreenovation Hub研究員Chen Jiliangの“China and the future of the Antarctic mining ban”と題する論説を掲載し、そこで両名は中国が見せている南極の資源開発への関心が将来の南極の環境保護に対する懸念を高めているが、一方で中国が必ずしも既存の環境保護システムを修正しようという意図は見せていないとして、要旨以下のように述べている。
(1) 中国は近年、後方と科学の発展を背景に南極問題に積極的に関わるようになっており、それが関心の的になっている。最近中国は特に、南極条約協議国会議などで南極の「保護と開発の均衡」をることを強く求めている。中国のこうした姿勢は、南極条約体制が不安定化するのではないかという懸念が強まっている。より具体的に言えば、「環境保護に関する南極条約議定書」、通称マドリッド議定書が今後どうなるのかという懸念である。
(2) マドリッド議定書は南極における天然資源の堀削禁止を規定するものであり、1991年の採択以来、南極の環境保護に寄与してきた。しかしその第25条には、 議定書発効の50年後、すなわち2048年になれば堀削禁止について再検討することができると規定されている。かなり先の話かもしれないが、この条文と中国の意図の関係は考慮に値するだろう。
(3) 中国はマドリッド議定書に1998年に調印した。これは中国が第7条に規定された堀削禁止を受け入れるということである。しかし2009年、当時中国駐ニュージーランド大使館の吴依林は、南極の保護は単なる非開発と解釈されるべきではないと述べ、「堀削禁止は、南極資源を中国が平和的に利用するための準備期間のようなものだ」と論じた。ここに、南極資源の開発・利用に対する中国の強い関心が見てとれる。
(4) それでは2048年に中国は堀削禁止の方針を修正することになるのか。それを考えるには、今後の中国の資源需要がどう変わっていくかを検討する必要がある。現在、気候変動に対する世界規模での対応がエネルギー市場を変化させている。もし世界の主要国が排出ゼロを達成するというのであれば、南極の石炭や石油資源は手つかずのままになる可能性がある。中国は現在世界最大の温室効果ガス排出国であるが、2060年までのカーボンニュートラルの達成を目標としており、2048年までに中国の南極資源需要が低くなる可能性がある。
(5) マドリッド議定書の将来を占う要因として、中国がその過程にどれだけの投資をしてきたかというものがある。中国はこれまで、南極条約協議国会議の年次総会で113度にものぼる提案を行ってきた。それは単なる活動報告や声明の発表に留まるものではなく、たとえば2007年にはオーストラリアと共同で、南極大陸東部にアマンダ湾特別保護区域を設定するよう提案した。また興味深いのは2013年、南極の崑崙基地ドームA周辺に特区別管理区域を新たに設定するよう提案した。その試みはうまくはいかなかったが、中国が南極条約の枠組みにおいて行動する意図を明示したのである。
(6) 米中対立の激化は、南極条約システムの将来にも暗い影を投げかけている。しかし以上見てきたように、中国がこのシステムを今後劇的に修正しようという意図があるとはあまり考えられない。
記事参照:China and the future of the Antarctic mining ban

10月9日「オーストラリア原子力潜水艦契約の影響―米海軍退役大将論説」(Nikkei Asia, October 9, 2021)

 10月9日付のNikkei Asia電子版は、米海軍退役大将で元NATO軍最高司令官であるJames Stavridisの“Australia’s nuclear submarine deal is a serious worry for China”と題する論説を掲載し、James Stavridisはオーストラリアが原子力潜水艦を米国から購入するという決定の理由とそれがもたらす影響について、要旨以下のように述べている。
(1) オーストラリアによる、フランス製ディーゼル潜水艦12隻の購入から、より高性能で高価な原子力攻撃潜水艦8隻を米国から購入することへと転換するという突然の決定は、アジアの地政学的・軍事的な勢力均衡の劇的な変化を示唆している。
(2) オーストラリアにとって、この決定は、3つの理由から極めて分かりやすい。
a. 第1に、太平洋の広大な距離である。原子力潜水艦は水中で無制限に潜航できるだけでなく、オーストラリアから作戦海域までの距離が長いため、原子力潜水艦の方が単純に理にかなっている。
b. さらに、米国と英国によって提供される極めて高い水準の戦闘能力とともに、今日の最高水準の原子力推進技術に携わるという機会は、フランスが申し出たものをはるかに凌ぐものである。
c. 最後に、最も重要なことだが、今回の決定によりオーストラリアと米国を地政学的に一致させ、英新型空母の西太平洋へ展開の拡大によってもたらされる思わぬ幸運も加わっている。また、米国、英国、カナダ、オーストラリア及びニュージーランドで構成される情報網Five Eyesに対する長期的な運用上の方策でもある。
(3) 最終的には、技術的に劣り、ほとんどが通常型である中国の潜水艦をオーストラリアの原子力潜水部隊8隻が阻止し、オーストラリアとの間にある同盟国の海上交通路を守り、そして、米英の原子力潜水艦や空母打撃群と途切れることなく運用できる能力を持つことになる。
(4) フランスは本気で怒っており、この決定は今後しばらくの間、豪仏米関係に付きまとうだろう。Macron仏大統領は、フランスもまた「太平洋の大国」であると主張している。その理由は、様々な島嶼領土に100万人を優に超えるフランス国民がいるからである。実際に、この決定は英語圏の国々が長年にわたって確立されてきた情報協定Five Eyesの下で独自に活動し、そして、様々な自由貿易協定を拡大していく傾向が強まっている一端であるとして、ヨーロッパは明らかに腹を立てている。これは、南シナ海での中国の領有権主張から、Huawei Technologiesが提供する5Gネットワークの拒否まで、太平洋で中国と対峙する米国の要求にヨーロッパが参加するのが遅れる原因となる。
(5) 北京からの反応は、予想どおり憤慨だった。中国の原子力艦船を含む造船計画が現時点で世界最大であることを考えると少し不誠実ではあるが、中国は重大な海軍の軍拡競争を警告しており、中国が最大の貿易相手国であるオーストラリアに深刻な影響があると脅している。
(6) 今回の事象全体を通じて特に興味深いのは、このことが東京とニューデリーでどのように受け止められるかということである。インドは原子力潜水艦を数隻保有しているが、オーストラリアの次世代艦の性能とは程遠いものである。そして日本人は、もちろん陸上では原子力を使用しているが、艦艇には使用していない。両国ともに、米豪と連携するいわゆるQUADでの活動に次第に慣れてきている。米国とオーストラリアが最上位機種の攻撃型原子力潜水艦を運用することにより、提携国である日印両国も、次世代の潜水艦を原子力化することで、相互運用性と等質性を維持することになるかもしれない。中国にとっては幸いなことに、インドは価格や技術の面で、日本は文化や憲法の面で、原子力化に伴う課題を克服するのは難しいだろう。
(7) 原子力潜水艦の考え方がさらに広がるかどうかは、太平洋の海軍軍拡競争がどれほど激化するかを決定づける重要な要因となるだろう。
記事参照:Australia’s nuclear submarine deal is a serious worry for China

10月9日「台湾は中国を抑止するために核兵器が必要か-米専門家論説」(19fortyfive, OCTOBER 9, 2021)

 10月9日付の米安全保障関連シンクタンク19fortyfiveのウエブサイトは、U.S. Naval War College海洋戦略教授James Holmesの” Does Taiwan Need Nuclear Weapons To Deter China?”と題する論説を掲載し、ここでHolmesは台湾は国家の存続を外部に委ねるべきではないが核兵器ではなく戦略的環境に適した防衛手段を強化すべきとして、要旨以下のように述べている。
(1) 米シンクタンクAmerican Enterprise InstituteのMichael Rubin上席研究員は、米国がアフガニスタンから撤退したことで、台湾は核武装しなければならないと主張し、さらに米国が安全保障上の誓約を守ってくれるとは期待できないので、生き残るためには自助努力すべきという記事をWashington Examiner紙に掲載した。さらにその記事の中で、ある国が他国に救いを求めるのは危険を伴い、台湾はその外交と軍事戦略を中国による侵略を抑止することに置き、さらに単独での武力衝突抑止を想定すべきと述べている。
(2)  Rubinの記事は厳しい助言だが、米国が失敗した場合、誰が台湾の味方になるのか。日本やオーストラリアは米国と一緒に仲裁に入るかもしれないが、米国なしではやらないであろう。また、国連の安全保障理事会や、北京が大きな影響力を持つその他の国際機関に助けを求めることもできない。これらは、侵略に対する脆弱な防波堤でしかない。
(3) 抑止力は必要であるが、抑止戦略に核は必須ではない。台湾において、核兵器が大きな抑止力を発揮するとは思えない。なぜなら中国は、戦略的価値を持つ台湾の所有を切望しているのであり、放射能に汚染された荒れ地には興味がないからである。中国は、核ではない軍事的手段に訴える可能性が高い。中国人民解放軍は、台湾に対して海上封鎖や通常兵器による空爆を行い、住民を飢えさせ、服従させることができる。また、海峡を越えた直接の上陸作戦を実行した場合も、中国にとっての台湾の価値はほとんど維持されるだろう。つまり、台北が抑止しなければならないのは、通常兵器での攻撃である。歴史的に見ても、核兵器が通常兵器による攻撃を抑止できる可能性は低い。
(4) 元米国務長官Henry Kissingerの抑止力の公式を考えてみよう。抑止力とは能力、決意、信念の3つの変数を掛け合わせたものである。能力とは物理的な力のことで、主に使用可能な軍事力を意味する。決意とは、手持ちの能力を使って抑止的な脅威を実行する意志の強さを意味する。抑止的な脅威とは、敵対的な競合相手が望むものを拒否することや、競合相手が脅威に反抗した場合にその後の罰を与えることを意味する。抑止力を求める政治家は、能力と決意を持っている。しかし、抑止力が自動的に成功するとは限らない。なぜならばもう一つの要因「信念」は、敵対者に自分の能力と意志を信じさせることで、信じるかどうかは、敵対者次第だからである。
(5) 台湾は核兵器を保有することができ、核攻撃や通常攻撃などの特定の状況下では、指導者が核兵器の使用を決意できる。しかし、中国共産党の指導者は、この島の核兵器と意志の強さに説得力を感じるだろうか。大きな損害を中国に与えることができる核兵器を台北が保有しているのであれば、冷戦時代の相互確証破壊の論理で、北京は核攻撃をやめるはずである。
(6) Kissingerは、抑止力を3つの変数の和ではなく、積としている。どれか1つの変数がゼロであれば、抑止力はゼロになる。つまり、中国が台湾の能力や決意、あるいはその両方を信じなければ、台湾は失敗する。中国共産党の指導者たちは、最終兵器が中国に使用された場合の影響を軽視する発言をしてきた。その要点は、「核の脅威は、中国共産党指導部が考える重大な利益に資する行動を思いとどまらせることはできない」というものである。
(7) 北京は、台湾に対して核攻撃をすることはないだろう。台湾の指導者は、核武装ではなく、軍事的に限られた資源をより起こりうる事態への備えに集中させる方が良い。陸上に対艦・対空ミサイルを配備し、海上に機雷原をつくり、ミサイルで武装した哨戒航空機、そして島の周辺を哨戒する通常型潜水艦などにより、ヤマアラシのように武装するのが賢明である。これらの戦力は人民解放軍が完全に排除できない可能性がある。そして北京は、台北がそれらを使用することに疑いを抱くことはない。
(8) Michael Rubinが台湾に対して、国家の存続を外部に委ねてはいけないと言うのは正しい。しかし、台湾は核兵器を使わず、戦略的環境に適した防衛手段を強化すべきである。
記事参照:Does Taiwan Need Nuclear Weapons To Deter China?

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) ‘Global Britain’ and Southeast Asia: Progress and Prospects
https://www.iseas.edu.sg/articles-commentaries/iseas-perspective/2021-130-global-britain-and-southeast-asia-progress-and-prospects-by-ian-storey-and-hoang-thi-ha/
ISEAS Perspective, ISEAS – Yusof Ishak Institute, October 1, 2021 
By Ian Storey, Senior Fellow and Co-editor of Contemporary Southeast Asia
Hoang Thi Ha, Fellow and Co-coordinator of the Regional Strategic and Political Studies Programme at ISEAS – Yusof Ishak Institute
 2021年10月1日、シンガポールのシンクタンクThe ISEAS -Yusof Ishak InstituteのIan Storey主任研究員とHoang Thi Ha研究員は、同シンクタンクのウエブサイトに" ‘Global Britain’ and Southeast Asia: Progress and Prospects "と題する論説を寄稿した。その中で両名は、ブレグジット(Brexit)の国民投票から約5年後、そして英国が正式に欧州連合(EU)を離脱してから15カ月後となる2021年3月、英国政府は外交・防衛態勢を再構築することを目的とした画期的な政策文書となる「Global Britain in a Competitive Age:The Integrated Review of Security, Defence, Development and Foreign Policy」を発表したが、この文書は、英国と米国およびNATOとの同盟関係にとって欧州・大西洋地域が引き続き優位であることを認識する一方で、英国の将来の繁栄と安全保障はますますインド太平洋地域の発展に依存するようになっていることを強調しており、2030年までに 「欧州のどの国よりも強く持続的な存在感」 を確立するという野心的な目標を掲げ、この地域に 「注力」 すると明記されていることを指摘した上で、①2021年半ばまでに、同地域への外交、経済、安全保障面での関与を強化する、②ASEANの対話国(ASEAN Dialogue Partner)となることは、英国がASEANへの関与を深めるための足がかりとなるが、拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス)や東アジア首脳会議(EAS)といったASEAN主導の機構への英国の参加に自動的につながるものではない、③英国は、ASEANとの自由貿易協定(FTA)の推進や地域的な包括的経済連携協定(RCEP)への参加よりも、東南アジアの主要提携国との2国間貿易協定を優先し、いくつかの中核的分野におけるASEANとの円滑化などに重点を置いている、④この地域への関与に関する英国の前向きな議題には、とりわけ、東南アジア諸国に対する緊急のCOVID-19ワクチン支援を含めるべきである、と主張している。

(2) SEABED MINING: THE COAST GUARD’S DEEP FUTURE
https://cimsec.org/seabed-mining-the-coast-guards-deep-future/
Center for International Maritime Security, OCTOBER 6, 2021
By Lieutenant Kyle Cregge is a surface warfare officer. He currently is a master’s degree candidate at the University of California San Diego’s School of Global Policy and Strategy.
 10月6日、米海軍大尉Kyle Creggeは、米シンクタンクCenter for International Maritime Securityのウエブサイトに、“SEABED MINING: THE COAST GUARD’S DEEP FUTURE”と題する論説を寄稿した。その中で、①深海や海底にはまだ採取されていない無数の天然資源があり、米沿岸警備隊は同盟国や提携国と協力し、科学的調査や環境保護を支援することで、海底採掘に備えるべきである、②試算は様々だが、深海採掘産業の米国における潜在的な年間経済効果は最大1兆ドル、全ての金鉱床の価値だけでも最大150兆ドルに達するという案が示されている、③海底資源は生物ではないけれども、国内法と国際法は同様にその採取を規定し、採掘にも同じような海洋規制が必要となる、④米国内での正当性は、1980年に制定された深海硬鉱物資源法(DSHMRA)に基づき、米国による国際海域での海底採掘の権利を主張し、その実施責任者として米沿岸警備隊を明記している、⑤米国は国連海洋法条約(以下、UNCLOSと言う)の非締約国であり、The International Seabed Authority(国際海底機構:以下、 ISAと言う)のオブザーバーで代理メンバーであるため、米国企業はISAの体制で他の支援国を通じて採掘事業を行うか、UNCLOSの枠組みの中で解釈される米国の国内法に基づいてISAの管轄外で活動する必要がある、⑥米沿岸警備隊は、将来の様々な海底採掘事業において、法に基づく国際秩序に対する米国の関わりを示すことができる、⑦米沿岸警備隊は、新たな能力の開発を検討し、省庁間の橋渡しを行うことができる、⑧民間業界が技術や過程を開発している間に、沿岸警備隊はその歴史的な任務と要件を考慮して、その役割を深海領域に投影するべきである、といった主張を述べている。

(3) To Counter China, U.S. Policy toward Taiwan Must Change
https://www.nationalreview.com/2021/10/to-counter-china-u-s-policy-toward-taiwan-must-change/#slide-1
National Review, October 9, 2021
By Therese Shaheen is a businesswoman and CEO of US Asia International. She was the chairman of the State Department’s American Institute in Taiwan from 2002 to 2004.
 2021年10月9日、かつて台湾のシンクタンクAmerican Institute in Taiwanの会長を務め、現在はUS Asia InternationalのCEOであるTherese Shaheen(夏馨)は、米隔週誌The National Review電子版に" To Counter China, U.S. Policy toward Taiwan Must Change "と題する論説を寄稿した。その中でShaheenは、米国の恥ずべきアフガニスタンからの撤退という決断が意味するところは、特定の期間を定めずに米軍を海外に派遣することは終わりのない戦争であり、かつ、「国づくり」レベルの困難さがあるということであって、今回の決断は、今後しばらくの間、世界中の米国関係に波及するだろうと指摘した上で、Biden政権は、自らのために戦う気がない、あるいは戦うことができない提携国のために米国は長期的な軍事的関与を支持しないことを明確にしてきたが、米国が長年にわたって重要な関係を維持してきた台湾にとって、米国の撤退は一つの教訓となっており、実際に蔡英文総統は、ソーシャルメディアを通じ、この状況が「台湾の唯一の選択肢は、我々自身をより強くし、より団結し、より断固として守り抜くという我々の決意を確固たるものにすることだ」と述べていると主張している。そして、Shaheenは、Biden政権の世界観を当てはめても、台湾は非常に努力している国であり、実際に台湾は世界で最も豊かで活力に満ちた民主主義国の一つであるし、米国の軍事的展開なしに何十年間にもわたって中華人民共和国と対峙する中で国家建設に努めてきたと述べた上で、レーガン・ドクトリンは、米国自身を強化すると同時に、アジアやアフリカなどに対するソ連の拡張主義に対抗しようとする国々を支持してきたが、半世紀近く経った今、私たちはまた別の新興勢力に直面しており、米国の中国と台湾の双方に対する戦略的に一貫性のある政策によって、今すぐ中国の拡張主義を抑え込む必要があると主張している。