海洋安全保障情報旬報 2021年7月21日-7月31日

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7月22日「グレーゾーンで民主主義国は権威主義者の挑戦にどう対処するか-オーストラリア専門家論説」(The Strategist, July 22, 2021)

 7月22日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、Griffith University非常勤准教授Matthew Sussexの” Learning in the grey zone: how democracies can meet the authoritarian challenge”と題する論説を掲載し、そこでSussexは民主主義国家がグレーゾーンでの課題に効果的に対処するには、早期介入、長期的な戦略観、柔軟で適応性のある多国間連合・提携による行動、政府と社会が一体化した努力が鍵となるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 権威主義とされる諸国家(以下、権威主義国家と言う)の武力による侵略や攻撃に至らない事態のいわゆるグレーゾーンで活用する技術革新は、民主主義の諸国家(以下、民主主義国家と言う)が直面する最も深刻な課題の1つである。将来の紛争は、武器を使用する前に勝負がついてしまう可能性があることは、以前から認識されていた。しかし、それがわかっていても安心はできない。なぜなら権威主義国家は、サイバー戦、情報戦、ハイブリッド戦に向けた兵器を開発し、これらの攻撃手段を展開する能力を絶えず進化させているからである。
(2) この課題に対処するため、オーストラリアを含む民主主義国家は、戦略について再認識する必要がある。それは中核となる目的、主要な手段と能力、成功や失敗とはどのようなものかといった要素である。民主主義国家にとっての権威主義的な宿敵、特に中国とロシアは、異なる規範で行動し、脆弱性と強みについても異なる考え方を持っている。
(3) 戦略は長期にわたるものであって、民主主義国家は紛争を継続的な現象ではなく最終的な状態と見なしているが、これは改めなければならない。Australian Defence Force司令官Angus Campbellは、2019年に開催されたAustralian Strategic Policy Institute(オーストラリア戦略政策研究所)の会議で、欧米列強は危機的状況に達した時、つまり戦争がすでに半分勝ちを取られたときにしか反応しない傾向があると強調した。
(4) 権威主義国家は民主主義国家よりも長期的な政治戦争に適している。権威主義的な指導者は定期的な選挙に臨む必要がなく、あるいは臨んでもその結果はほとんど疑う余地がないので、戦略的な計画と実行に継続性を持たせることができる。しかし、ロシアと中国は政府の構造を超えて、グレーゾーンでの活動に使用する政治的、経済的、心理的、社会的な手段を武器にすることに長年投資してきた。
(5) この投資には、中国の軍民融合の取り組みや、ロシアの「緑の小人」(2014年ウクライナ危機の際に現れたロシア軍の武器と装備品を装備した徽章を付けていない覆面兵士:訳者注)や民間軍事会社Wagner Groupという国境を越えた代理的な国防資産のように、民間資産を準軍事的な手段として利用することが含まれる。また、北京が南太平洋で行っている行為や、クレムリンがヨーロッパの天然ガスへの依存を操作することに見られるように、経済的な手段を戦略的手段として用いることにも及んでいる。情報領域ではリフレクシブ・コントロール(reflexive control)、つまり、敵が誰であるかを意識させずに、我の利益に合うように相手を行動させる手段が、他の複合的な戦術と結びついている。
(6) 紛争を長期的に捉えることで、権威主義国家は紛争の烈度を制御できるようになり、戦略的相互作用の速度を調整し、南シナ海やクリミアのように相手に既成事実を見せることで目的を達成できるようになる。このような行動に対して欧米諸国が無力であると主張するのは誤りであるが、効果的に対抗するためには、早い段階で介入し、統一的な対策に力を注ぎ、シナリオを掌握し、強制的な経済的手段やその他物理的な動きを伴わない手段を準備しなければならない。これらはすべて、すでに目的を達成してしまった行為への対応として制裁等を行うのではなく、早い段階から実行することが肝要である。
(7) 民主主義国家は、権威主義国家と比較して、法律や規範に縛られているため、グレーゾーンでの活動に対抗する行動の自由度が低いと言われる。しかし、西側諸国が永遠に法律や規範に従うと見なす必要はない。民主主義は、柔軟で適応的でなければならない。
(8) クリミア半島を占領し、海外の反体制派を殺害し、外国の政治家を自国企業に採用させ、チェコ共和国の弾薬庫を爆撃し、NATO加盟国に対してサイバー攻撃と情報作戦を開始したロシアの能力は、見過ごされているようである。これはロシアが強力で自己主張が強い一方で、民主主義国は平然とし、反応が鈍く、団結した対応ができないことを示唆している。
(9) 北京が南シナ海の海洋地形を変え、少数民族を弾圧し、オーストラリアにおいて影響力を行使したり、多国間の貿易秩序を損なったりするのも、同じことである。このことは、民主主義国家が、その中核的価値観を損なうことなく適応する方法を見つける必要があることを強く示している。それは、法律や規範が役に立たないということでも、西側諸国がそれらを放棄すべきだということでもない。しかし、行動を抑制する手段として、法律や規範がますます信頼できなくなっている。特に法の解釈が多様化し、流動的な環境においてはなおさらである。
(10) 法律と同じように、共通の価値観に訴えるには、先入観のない目で見る必要がある。多くの場合、権威主義国家に対抗するための複数国家による連合は、潜在的な同盟国内の親近感ではなく、共通の脅威認識に基づいて行われる。最近、英国政府が公表した政策文書によれば、英国は「法に基づく秩序」という言葉を放棄し、民主主義国家との協力を模索する一方で、異なる価値観を持つ国とも現実的に協力すると強調した。自由民主主義の理論が正しければ、協力して学んだ共通の習慣は、安定を損なうのではなく、安定を強化することになるであろう。
(11) オーストラリアは、特に外国からの干渉に対抗するという観点から、グレーゾーン活動の脅威を認識しているリーダー的存在である。しかし、他の民主主義国家は、対抗する手段の構築が政府の枠を超えたものであることに気づくのが遅れている。外国の圧力からオーストラリアを守るには、規制や法律だけでは不可能である。民主主義国家が、サイバーを利用した情報戦、重要基幹施設への攻撃、社会を弱体化・分断しようとする試み、さらには同盟国から疎外させようとする試みから、うまく身を守るためには、社会全体での取り組みが必要である。指導者は、政府や民主主義機関に対する国民の信頼を高め、偽情報を政治目的に利用することを避け、市民社会は情報の健全化を推進力しなければならない。ビジネス、産業、教育の分野では、外国からの敵対的な影響力やサイバー攻撃に対する透明性を確保するために、積極的な利害関係者となる必要がある。民主的な対抗力を生み出す簡単な方法はないが、情報の共有は非常に重要な取り組みである。
(12) 対ハイブリッド融合センター、ネット評価機能、その他の長期的な手段や方法論は、脆弱性に関する知識を深め、脅威の方向性を特定し、適切な対策を講じるために不可欠である。また、潜在的に有用なモデルを持つ他国の経験も重要で、スウェーデンの「トータルディフェンス(total defence)」や、シンガポールの軍事、民生、経済、社会、デジタル、心理から成る「6つの柱(six pillars)」などがその例となる。これらを総合すると、民主主義国家がグレーゾーンの課題に効果的に対処するためには、早期介入、長期的な戦略観、柔軟で適応性のある多国間の連合や提携による行動、政府と社会を一体化する努力が鍵となる。
記事参照:Learning in the grey zone: how democracies can meet the authoritarian challenge.

7月22日「英海軍はアジアにおける米国の対中抑止に役立つか-米専門家論説」(19fortyfive.com, July 22, 2021)

 7月22日付の米安全保障関連シンクタンク19fortyfiveのウエブサイトは、US Naval War College教授James Holmesの“Can The Royal Navy Help America Deter China In Asia?”と題する論説を掲載し、James Holmesは英国が「クイーン・エリザベス」空母打撃群をインド太平洋に展開したこと、哨戒艦2隻の同方面への恒久的配備を決定したことを受けて、英国は2つの賞賛を受けているとした上で、3番目の賞賛は英国が同盟国、提携国、海洋の自由のために犠牲を背負う覚悟が証明されるまで留保するとして、要旨以下のように述べている。
(1) ロンドンは2つの賞賛を受けている。「世界の英国(Global Britain)」は海洋の自由を侵
食し、隣国を脅かしている侵略者と対決する民主主義国の艦隊の一部として行動すべきことをロンドンが受け入れたからである。現在、英海軍が主導する多国籍空母打撃群、空母打撃群21(以下、CSG21と言う)はインド太平洋に向けた初の大航海を行っている。英空母「クイーン・エリザベス」を中核とする戦隊は現在、インド洋で行動中である。7月中旬、「クイーン・エリザベス」空母打撃群はアデン湾で米「ロナルド・レーガン」空母打撃群および「イオージマ」両用戦即応群と行動を共にした。CSG21は8月には日米豪仏韓ニュージーランドとフィリピン海で共同訓練を実施する予定であり、9月には「クイーン・エリザベス」とその随伴艦は横須賀に寄港する。英報道官は、英海軍がアジア海域に2隻の艦艇を恒常的に配備する予定であると発表した。哨戒艦「スペイ」と「タマール」が予定されている。
(2) 私は、3番目の賞賛を今は保留しておく。「スペイ」と「タマール」は疑いもなく価値のあ
る艦艇である。哨戒艦は海上における警察任務に適した小型艦艇であり、各種艦艇からなる艦隊のかけがいのない一部でもある。地域の海軍あるいは沿岸警備隊と共同して東シナ海、南シナ海に展開されれば、両艦は5年前の仲裁裁定にもかかわらず領域と主権を簒奪する中国の「グレーゾーン」の努力に直面しているアジアの友好国を支援することになろう。哨戒艦は価値ある任務を遂行することができる。駆逐艦あるいはその他の主要戦闘艦艇の組み合わせは英国の力と目的をより明確に発信してきた。「スペイ」と「タマール」はグレーゾーンにおける低烈度の遭遇戦に適しており、戦術レベルの抑止に役立つはずである。両艦は東アジアの同盟国が高烈度の戦争を行う能力にはほとんど貢献しないため、習近平に対する戦争抑止を強化するにはあまり役立たないかもしれない。
(3) 読者がよく知るように、Henry Kissingerは抑止を能力、決意、信念のかけ算と定義している。同盟国が中国を抑止したいのであれば、侮りがたい影響力のある能力と、必要とされる環境ではその能力を使用する揺るぎない決意があり、中国に能力と決意の組み合わせを知らしめる必要がある。英海軍が哨戒艦を大型艦に変えて配備することは、能力という変数を小さくすることになる。したがって、抑止力も全体としては損なわれることになる。ロンドンの哨戒艦という選択はまた、信念という要素を低下させることになるかもしれない。哨戒艦の配備は、戦時に戦闘に役立たない艦艇を永続的に展開するように見えるかもしれない。それは中国の海洋に対する野望を阻止するには頼りのない防壁かもしれない。
(4) 駐日英大使館によれば、英海軍はアジア海域に恒久的な基地を保有していないため、前
述の指摘は二重に正しい。哨戒艦は港から港へ渡り歩くことになろう。これは2019年からの後退のように思われる。2019年にはロンドンは、シンガポールあるいはおそらくブルネイに恒久的な海軍基地を目論んでいた。うわさでは、英仏海軍はヨーロッパの不屈の精神と海洋における力を示すものとして、3隻の空母を南シナ海において輪番で配備することで地域において常続的な空母の展開を確立するかもしれない。南シナ海に常時展開する空母部隊は、抑止の意図を発信するだろう。そして、起こるかもしれない重要な瞬間に、空母部隊は第1島嶼線の南側の弧に沿って海軍航空戦力を配置し、Kissingerの公式における能力の変数を押し上げてきた。恒久的な海軍基地を根拠地とする海軍の展開は、北京にヨーロッパがこの地に留まることを知らしめ、Kissingerの公式における意図の変数を押し上げるだろう。中国に指導層は、南シナ海に根拠地を持たない英哨戒艦「スペイ」、「タマール」の展開を見逃すように南シナ海に根拠地を持つ空母部隊を見逃すことはないだろう。中国指導層はヨーロッパとその同盟国の確固たる意志の強さを信じるようになるだろう。
(5) 要するに、遊弋(ゆうよく)する海軍部隊を太平洋に配備することは英国がこの地域に復帰するということを中国に伝達するだろう。しかし、事態が厳しくなったときには退去する選択肢を留保している。そこで、ロンドンが同盟国、提携国、海洋の自由を守ることに危険性を背負っていることを証明するまで、3番目の賞賛は留保しよう。
記事参照:Can The Royal Navy Help America Deter China In Asia?

7月22日「英国によるアジア太平洋への軍艦派遣とその影響―香港紙報道」(South China Morning Post, 22 Jul, 2021)

 7月22日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“British warships supporting US in Asia-Pacific ‘could expand Five Eyes’ remit’”と題する記事を掲載し、英国によるアジア太平洋への軍艦派遣は、Five Eyesと呼ばれる協定の焦点を情報共有から軍事行動へと広げ、米国の地域での負担を軽減するとして、要旨以下のように報じている。
(1) 中国の軍事専門家たちによると、英国が、米国のアジア太平洋地域での「航行の自由作戦」を恒常的に支援するために2隻の軍艦を派遣することを決定したことは、情報共用を目的とする協定、いわゆるFive Eyesの影響力を拡大するのに役立つという。北京を拠点とする海軍専門家である李杰は、アジアの海域に英国の軍艦が2隻追加されることによる存在感はアジア太平洋の均衡を大きく変えるものではないが、中国を国際世論からの政治的圧力にさらすことになるかもしれないと述べている。「これは、かつては情報共有に重点を置いていたFive Eyesが、日本を引きずり込んで、共同軍事作戦や調整にまで協力関係を拡大しており、リスクの高い政治的な動きでもある」と李は述べ、米国が主導する、英国、カナダ、ニュージーランド及びオーストラリアで構成されるグループに言及した。「英国は国連安全保障理事会の5大国の1国であるため、台頭する中国に対抗するために2国の安全保障理事会メンバーが加わることを意味し、国際社会における北京の政治的影響力を損なう可能性がある」と李は語った。
(2) 東京の英国大使館によると、英国の軍艦は常設の基地を持たないが、初航海でF-35Bステルス戦闘機を搭載する空母「クイーン・エリザベス」は、日本の艦隊司令部と米国唯一の前方展開空母である「ロナルド・レーガン」の本拠地である横須賀に入港する予定である。中国外交部の趙立堅報道官は7月21日北京で、国際法の下で中国周辺海域における航行の自由をすべての国が享受していることを尊重すると述べたうえで、「しかし、武力行使を主張することにより、この国の主権、そして地域の平和と安定を損なういかなる国にも、(中国は)断固として反対する」と述べている。
(3) 北京の軍事科学シンクタンク遠望智庫の研究員である周晨明は、空母「クイーン・エリザベス」の戦闘能力は、中国軍にこの地域での直接的な軍事的脅威をもたらすものではないが、将来的に米英日軍が共同で海軍作戦を行う可能性があれば、ワシントンが中国軍に対抗するための長期的な取り組みの負担と対価の一部を分担することができると述べた。
(4) 早稲田大学国際教養学部の張望准教授は、英国の軍事的関与は、アジア諸国に英国がこの地域で何らかの影響力をもっていることを再認識させることを望んでいることを示していると述べ、「英国は、日本が主導するCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)への参加を希望しているので、軍艦を配備することで、地域的な影響力を高めることができる」と張は語っている。
記事参照:British warships supporting US in Asia-Pacific ‘could expand Five Eyes’ remit’

7月22日「台湾有事に日米はどう対応すべきか―米専門家論説」(The Diplomat.com, July 22, 2021)

 7月22日付のデジタル誌The Diplomatは、米シンクタンクRAND Corporationの政治学者Scott W. Haroldと法政大学国際政治学教授の森聡の“A Taiwan Contingency and Japan’s Counterstrike Debate”と題する論説を掲載し、そこでHaroldと森は台湾防衛に対する日米の関心が高まっている状況に言及し、具体的に台湾有事に日米がどう備え、実際に対応すべきかについて、要旨以下のように述べている。
(1) ここ10年ほどの間、中国は、新疆ウイグル自治区における計画的集団虐殺や香港における民主化弾圧を展開して国内の統制を強化し、また戦狼外交を展開して周辺諸国を脅かしてきた。そして、台湾以上に中国の脅威にさらされている国はない。2021年3月、当時US Indo-Pacific Command司令官であったPhil Davidsonは中国による台湾への脅しは「今後6年のうちに」現実のものになると上院軍事委員会で証言していた。
(2) こうした状況の中、日本は、台湾の安全が日本の安全にとってきわめて重要であるという認識を強めている。岸信夫防衛大臣は「台湾の平和と安定は日本に直結している」とはっきりと述べ、また麻生太郎副首相は有事の際に日本も台湾防衛において同盟国と行動をともにすると示唆した。米国も、2021年4月に元上院議員と二人の元国務副長官がBiden大統領の要請を受けて台北を訪問したように、台湾支持の姿勢を鮮明にしつつある。
(3) 米国の専門家は、台湾有事に備えよと同盟国に促してきたが、それでは具体的にどのように準備をすればよいのか、あるいは有事の際にどう対応すべきだろうか。もし中国による台湾侵攻が置きた場合、日本や米国は否応なくの紛争に巻き込まれるであろう。というのも、中国は台湾侵攻作戦を優位に進めるために、米国にサイバー攻撃を展開したり、日本本土およびグアムの米軍基地、日本の自衛隊やその施設、さらには尖閣諸島を攻撃したりすると考えられるからである。
(4) 日本および米国にとって必要なのは、中国からの攻撃に対する防御力を向上させるだけではなく、敵を撃退し、かつ台湾や尖閣侵攻を不可能にするほど敵の戦力投射能力を低下させるための攻撃力を向上させることであろう。もしその目的を、中国に反撃することなくその攻撃を防ぐことにのみ限るのであれば、おそらく中国の軍事力に圧倒されることになるであろう。十分な反撃能力を高めることこそが抑止力の強化につながる。
(5) より具体的には、日本がミサイルを整備していくという選択肢があり、すでにそれは検討されている。日本は、射程1,000kmの対地攻撃型トマホーク巡航ミサイル、射程2000kmの中距離弾道ミサイル、そして同程度の射程の超音速兵器の段階的な獲得を構想している。それに加えて日本が進めているのは、12式地対艦誘導弾の性能向上などによる対艦攻撃能力の向上である。このように、敵軍事施設などへの攻撃能力を高めることによって、中国人民解放軍が言うところの「システム破壊戦」を効果的に展開することができるだろう。
(6) さらに、こうした新たな攻撃能力の獲得によって、日米同盟の枠組みにおいて、有事の際のそれぞれの役割に関する徹底的な見直しが必要になるであろう。最終的に、中国による台湾侵攻というシナリオにおいて、日米の対応がどれほど信頼できるものであるかは、日米が中国を退け、受け入れがたい対価を与える能力を十分に有しているかにかかっている。
記事参照:A Taiwan Contingency and Japan’s Counterstrike Debate

7月23日「ロシア、北極海航路の海運量を10年で20倍に―ノルウェー紙報道」(The Barents Observer.com, July 23, 2021)

 7月23日付のノルウェーのオンライン紙The Barents Observerは、 “Moscow's big plan for trans-Arctic shipping: 2,000 percent growth in 10 years”と題する記事を掲載し、ロシアは北極海航路の年間輸送量を2020年の130万トンから2030年には3,000万トンに増やす予定を立てており、これはPutin大統領主導で強力に進められる予定であるとして要旨以下のように報じている。
(1) ロシア政府は、北極海航路の年間輸送量を2020年の130万トンから2030年には3,000万トンに増やす予定である。Andrei Belousov第1副首相は2021年7月19日の国家プロジェクトに関する会議で「2030年までに我が国の海運量は全体で1億5,000万トンに達する予定であり、そのうち3,000万トンが北極海航路を通過する予定である」と述べている。このオンライン会議はVladimir Putinが議長を務めた。Putin大統領は最新の任期の途中であり、彼の主要な優先事項の現状確認のため主要な政府閣僚を呼び出していた。その一つが北極海航路である。Putinは2024年までに、この航路で800万トンの出荷を望んでおり、政府閣僚はその目標を達成するのに苦労している。ここ数年、ロシア北極圏における海運量は大幅に増加している。2020年には、全体で3,297万トンの貨物が海上輸送されているが、積み替え輸送はそのうち130万トンに留まっている。    
(2) しかし先はまだ長い。2021年7月19日の会議でBelousov第一副首相は、北極圏の出荷量が2024年までに8,000万トンに達することを保証した。Belousovによると、今後10年間で、年間を通じて航路を航行可能にする基幹施設に合計7,160億ルーブル(82億5,000万ユーロ)が投資される。総額の半分以上、4,000億ルーブル(46億1000万ユーロ)が2024年までに費やされると説明した。国営原子力発電会社Rosatomは、最大2,600億を負担する必要がある。Rosatomは、北極海航路開発におけるPutinの主要な手先である。同社は、強力な原子力砕氷船「リデル(Lider)」を含む新しい基幹施設と砕氷船の建造を担当している。Rosatomは現在、北極コンテナの出荷に関するEmirati物流会社DPワールドとの契約に署名している。この契約には、ヨーロッパとアジア間の年間最大3,000万トンの貨物輸送を出荷するという野心が含まれると伝えられている。RosatomとDP World の両社は、共同で砕氷コンテナ船の船隊の建造を行い、そのうちの何隻かは原子力推進となる予定である。
(3) 北極圏の劇的な変化により、以前は氷に囲まれた海域が急速に開かれ、世界中の荷主の関心を集めている。海氷が溶けるとともに、国際的な関心も高まっている。最近のJoe Biden米大統領との会談で、Putinは北極海航路を議題に掲げ、ロシアは「航路上の国際法を完全に遵守している」と強調した。Putinは「北極沿岸国家は軍艦派遣を含み、平和的な航路を提供することに関与している」と彼は強調した。今回の会合でPutinはロシアが北極海航路における国際海運を提供するための措置を講じていることを明らかにした。「ロシアの義務が国際法と完全に調和することを確実にする新しい法律が採択されるだろう」とPutin大統領は言った。増大する北極経由の海運におけるロシアの分担は、LNG輸送船によってもたらされている。2021年7月最終週には、5隻の大型タンカーがノヴァヤ・ゼムリャ群島とベーリング海峡から広がる航路を航行した。数隻の輸送船がYamal半島のサベッタから中国に向かっていた。ロシアNORTHERN SEA ROUTE ADMINISTRATIONによると、2021年7月22日に、遠く離れた北極海を64隻の船舶が航行しており、そのうち約10隻がタイミル半島(シベリア北部に位置する半島で東のラプテフ湾と西のカラ海を分かっている。その北にはセヴェルナヤ・ゼムリャ諸島が存在する:訳者注)。ロシアArctic and Antarctic Research Instituteの氷の地図は、航路上のほぼ全部に氷がないことを示している。2021年7月18日から20日の間、カラ海北部と東シベリア海にはわずかな海氷しかなかった。
記事参照:Moscow's big plan for trans-Arctic shipping: 2,000 percent growth in 10 years

7月26日「フィリピンは南シナ海判決をどう活用すべきか―フィリピン・中国問題研究者論説」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, July 26, 2021)

 7月26日付の米シンクタンクCSISのウエブサイトAsia Maritime Transparency Initiativeは、フィリピン・シンクタンクAsia-Pacific Pathways to Progress Foundation研究員Lucio Blaco Pitlo IIIの“FOUR STEPS TO ADVANCE THE SOUTH CHINA SEA ARBITRAL AWARD”と題する論説を掲載し、そこでPitloは大統領選挙を控えたフィリピンが、今後、2016年の南シナ海判決を活用しつつ、南シナ海問題にどう対処すべきかについて、要旨以下のように述べている。
(1) 2016年7月に国際仲裁裁判所が南シナ海判決を出してから5年、同判決に対するフィリピン政府の姿勢は褒められたものではなく、さらなる行動を求める声が高まっていた。7月26日、Duterte大統領は最後の施政方針演説で、その判決がフィリピンの安全保障と外交政策に刻み込まれていると述べた。(ただし大統領は同判決の実効性には疑義を呈し、中国との対決は懸命ではないという姿勢を見せた:訳者注)
(2) 国民の期待と裁定が複雑で手に負えない紛争の対処という視点から現実に何ができるのかというDuterte大統領の理解の間には乖離があり、またそうした考え自体が裁定の有効性を小さくしているためである。とはいえ大統領の任期6年の間に、中国に判決の遵守を促すような長期的戦略を描くことは難しいだろう。こうしてDuterte政権は、その判決を中比の2国間関係における基盤とするのではなく、あくまでさまざまに存在する争点のひとつに限定する方針を採用した。この姿勢は、南シナ海において中国が攻勢に出る余地を残した。
(3) 2016年の南シナ海裁定は、船出したばかりのDuterte政権の手を縛るものだった。一方では最大の貿易相手国である中国との関係悪化の回避を模索し、もう一方では南シナ海について中国と対決すべきだという圧力があった。そのなかでフィリピンは中国との関係強化を模索し、米国と距離をとってきた。
(4) Duterte大統領の見方がなんであれ、南シナ海裁定はまったく無視できるものでもなければ、中国に強制することもできない。とはいえその裁定の正当性を主張することは、必ずしも中国との関係悪化につながるわけでもない。この裁定をうまく活用するために、フィリピンが今後採るべき、あるいは採り続けるべき方針を4つ提起したい。
(5) 第1に、これまでと同様にフィリピンは南シナ海裁定を公的な場で採り上げ続けるべきである。たとえば、Duterte大統領は就任演説において、その裁定について「われわれの論争の平和的解決と調整を模索する現行の試みに大きく貢献する」ものだと評価し、2020年の国連総会においてはそれが「いまは国際法の1つ」だと訴えた。
(6) 第2に、フィリピンが南シナ海において主権に関わる行動を採る時には、この裁定に言及すべきである。同裁定は、フィリピンが海上の哨戒を強化し、主権下にある島々の基幹施設を改修し、石油ガス開発を実施し、漁業活動を保護するなどの行動の正当性を保証するものである。
(7) 第3に、中国と2国間および地域間の対話を継続するべきである。2016年には中比の2国間協議機構が確立し、すでに6回もの協議が実施されてきた。同様の対話機構が2019年には中国・マレーシア間で、2021年6月には中国・インドネシアの間で成立した。こうした対話を通じて、現在停滞しているASEANと中国の間の南シナ海に関する行動規範(COC)の議論が進展するであろう。またフィリピンは、ASEANと中国の間の「調整国」として、南シナ海裁定の精神を支持しつつ、海をめぐる論争を常に議題として提起し、対話の継続を模索すべきである。中国は裁定を認めていないが対話自体を拒否しているわけではない。
(8) 第4に、フィリピン政府は南シナ海裁定の価値を減じるような公式の声明を発してはならない。もしそうした発言をすればその有効性は小さくなり、フィリピン政府の選択肢は少なくなる。今後誰が大統領になるにせよ、以上4つの方針を継続することで、フィリピンは南シナ海裁定の利点を維持できるのであり、その結果フィリピンの国益が促進されるであろう。
記事参照:FOUR STEPS TO ADVANCE THE SOUTH CHINA SEA ARBITRAL AWARD

7月27日「米国が進める新たなインド太平洋の秩序―米国防誌報道」(Defense News.com, July 27, 2021)

 7月27日付の米国防関連誌Defense Newsのウエブサイトは、“Pentagon chief calls for new regional order in Indo-Pacific”と題する記事を掲載し、米国がインド太平洋地域で推し進めようとしている「統合的抑止力」(integrated deterrence)の構想について、要旨以下のように報じている。
(1) 米国の国防長官はBiden政権下で就任後初めてインド太平洋地域を訪問し、同地域の同盟国に新たな地域秩序の推進を呼びかけた。7月27日、Lloyd Austin国防長官は、シンガポールで開催されたIISS主催の第40回Fullerton Lectureで、「統合的抑止力」の構想を説明した。彼は、この取り組みは全面戦争には至らない、いわゆるグレーゾーンを含む紛争の全範囲にわたり、強制や武力侵略を抑止するために提携国と協力することが含まれると述べている。
(2) 米国防総省の長官は、地域の同盟諸国との相互運用性を向上させるための米国の取り組みに言及し、最近日本で行われた大規模な演習では、日本国内で初めて高機動ロケット砲システムが発射されたことを指摘した。また、米国、日本、オーストラリア及び韓国が「統合された高次の海洋作戦」を実施し、オーストラリア沖での「パシフィック・バンガード」と「タリスマン・セイバー」の演習についても言及した。シンガポールが米Lockheed Martin社製のF-35B統合打撃戦闘機を獲得したことについても触れ、「我々の集団的な能力を高め、高度な共同訓練のための新たな機会をもたらす」と述べている。
(3) Austinは、「南シナ海の大部分に対する北京の権利主張には国際法上の根拠がなく」、他国の主権を踏みにじっていると述べ、中国も権利を主張している尖閣諸島の領有権をめぐる日本との条約や、同じく南シナ海で競合する権利主張をもつフィリピンとの提携に対する米国の関与を再確認した。
(4) 一方でAustin、米国は「台湾自身の能力を高め、脅威や強制を抑止する準備を整えるために台湾と協力し…台湾関係法の下での誓約を維持する」と述べ、また中国がすべての領域において、「紛争を平和的に解決し、法による支配を尊重しようとしない」ことを非難し、中国が「インドへの侵略、台湾の人々を動揺させる不安定な軍事活動やその他の形態の抑圧、そして、新疆ウイグル自治区のイスラム教徒に対する虐殺や人道に対する罪」を行っていると抗議した。
(5) コロナウイルスの世界的感染拡大について、米国防長官は米国が検査機器、酸素供給装置、個人用保護具、人工呼吸器、ワクチンの保管庫などの「インド太平洋全域で緊急に必要な支援を急いでいる」と述べ、またBiden政権による地域諸国へのワクチン寄贈の概要を説明し、インドネシア、ラオス、マレーシア及びベトナムが米国から4千万人分のワクチンを受け取っていることや、Joe Biden米大統領が今後1年間でさらに5億人分のワクチンを世界中に供給することを表明したことに言及した。
記事参照:Pentagon chief calls for new regional order in Indo-Pacific

7月28日「フランスにとってのインド太平洋地域の重要性―フランスMinistry for Europe and Foreign Affair方針」(France Diplomacy, July 28, 2021)

 7月28日付のフランスMinistry for Europe and Foreign AffairウエブサイトFrance Diplomacy(France Diplomatie)は、 “The Indo-Pacific region: a priority for France”と題する報告書を掲載した。同報告はフランスのインド太平洋戦略(France’s Indo-Pacific Strategy)のセクション2および4を中心にまとめたもので、フランスにとってのインド太平洋地域の意味と、そこでフランスが果たすべき役割について、要旨以下のように報じている。
(1) 不安定さと単独行動主義が幅をきかせる昨今の国際環境において、フランスは安定的で多極的な国際秩序の確立を目指している。こうした方向性において、インド太平洋はその核心にある。フランスはインド洋と太平洋に海外領土を有し、フランスの排他的経済水域の93%がこの地域に存し、150万人のフランス国民と8,000人の兵士が居住している。そのインド太平洋は、現在、グローバル経済の中心になりつつあり、ヨーロッパから太平洋へと至る貿易路の重要性が増大している。それに伴い、気候変動や生物多様性というグローバルな課題に関しても、インド太平洋の重要性は増している。
(2) 以上のようにフランス、そして世界にとってインド太平洋の重要性が高まるなか、フランスはこの地域を軸にして、安定的で法に基づく多極的な秩序の形成を模索している。中国や日本、オーストラリア、インドがインド太平洋に焦点を当てていることや、ASEANが促進する地域的多国間協調主義は、フランスに新たな機会を提供する。フランスの目標は、インド太平洋において、包摂的で安定的な調整国家として行動することであり、この戦略は以下に示すいくつかの柱によって成り立っている。
(3) 第1にインド太平洋における危機の解決や、主要航路の安全確保、さらにはテロや組織犯罪との戦いに強く関わることである。第2にとりわけ中国をはじめとして、インド太平洋地域におけるさまざまな国との戦略的パートナーシップの強化を図ることである。中国との関係は、信頼性があり建設的な政治的対話の枠組みと、貿易等経済関係の強化や人的交換を促進することによって深められるだろう。日本やオーストラリア、インドネシアなどとの関係は、価値観や利益の共有を基盤として深められるだろう。
(4) 第3は、地域の諸機関への参加の度合いを深めることによって多国間協調主義の発展に貢献することである。たとえば、拡大ASEAN国防相会議(ADMM+)などの枠組みを通じてASEANとのより緊密な関係構築は可能である。また、アジア海上保安機関長官級会合(HACGAM)や環インド洋連合(IORA)などのフォーラム、太平洋諸島フォーラムや太平洋共同体などの小地域的なフォーラムへの関わりを深めていくことが重要となろう。
(5) 最後に、気候変動や環境問題、生物多様性、健康、教育、デジタル技術、質の高いインフラなどの公共利益に関する問題へのコミットメントである。このことは、EUが、EU・アジア連結戦略との関連において、インド太平洋への関与を深めることに対するフランスの支持と密接に関連している。
記事参照:The Indo-Pacific region: a priority for France
関連文書:France’s Indo Pacific Strategy

7月28日「南シナ海仲裁裁定から5年、今後の展望―フィリピン専門家論説」(China US Focus.com, July 28, 2021)

 7月28日付の香港のChina-United States Exchange FoundationのウエブサイトであるChina US Focusは、フィリピンPolytechnic University of the Philippines教授で、南シナ海問題専門家Richard J. Heydarianの“After 5 Years: South China Sea Arbitration Award and Philippine-China Relations”と題する論説を掲載し、ここでRichard J. Heydarianは南シナ海仲裁裁定5周年を迎え、南シナ海領有権問題解決のための今後を展望し、要旨以下のように述べている。
(1) 南シナ海仲裁裁定5周年を迎える5日前の7月7日、フィリピン議会のRodriguez副議長は、7月12日を「西フィリピン海勝利記念日(“National West Philippine Sea Victory Day”)」として毎年休日とすることを求める決議案を提出した。フィリピン人の10人中8人もの人々が政府に対して南シナ海におけるフィリピンの海洋権益主張を再確認した2016年の仲裁裁定をもっとアピールすべしと望んでいることを考えれば、総選挙を控えた中で、こうした愛国的な動きは政治的にも重要である。
(2) 国連海洋法条約(以下、UNCLOSと言う)未加盟だが、同盟国の米国も中国に対する法律戦の手段として、仲裁裁定を支持してきた。Blinken米国務長官は声明で、「南シナ海における中国の過剰な海洋主張は国際法上、如何なる根拠もないとして明確に拒絶する、全会一致による恒久的な仲裁裁定」5周年を祝福した。これに対し、中国外交部は、仲裁裁定を「一片のくず紙」に過ぎないとして非難し、Biden政権の最新の声明を、中国を罵倒する「政治的茶番」と決め付けた。米中2つの超大国間の狭間で、しかも国内からの圧力に晒されて、Duterte政権は、しばしば矛盾する声明を発することで切り抜けようとしてきた。この手法は、長期的な不確実性を生み出す可能性を犠牲にして、中国との関係安定を重視した支離滅裂な外交政策である。
(3) フィリピンのAquino III大統領は2013年1月、UNCLOSに基づいて南シナ海における中国の海洋主張に関して、仲裁裁判所に提訴した。ハーグに設置された仲裁裁判所は、3年以上の審議を経て、中国の「9段線」と「歴史的権利」の主張を退け、フィリピンの海洋主張をほぼ全面的に支持する仲裁裁定を裁決した。(仲裁裁定の詳細については、「南シナ海仲裁裁判所の仲裁裁定:その注目点と今後の課題」、『海洋安全保障情報季報』第14号2016年4〜6月、Ⅱ.解説を参照されたい:訳者注)しかしながら、重要なことはこの仲裁裁定が裁決されたのがAquino III大統領の退任からわずか1カ月後であったことである。後任のDuterte大統領は就任早々、「ソフトランディング」を主張して、中国との直接対立を回避し、中国との友好的で実りある関係への道を拓いた。Duterte大統領は、2016年後半に北京を訪れた直後、中国とのより暖かい関係を求めて、仲裁裁定を「棚上げする」と宣言した。
(4) しかしながら、Duterte大統領は間もなく、フィリピン国内の反発に加えて、仲裁裁定を支持することで中国と対立する伝統的な同盟国や友好国、特に米国、日本そしてオーストラリアで高まる圧力に直面することになった。仲裁手続きに関与した人々を含むベテラン外交官の多いフィリピンのDepartment of Foreign Affairsは直ちに、フィリピンは仲裁裁定を支持すると、事実上大統領の姿勢と矛盾する立場を繰り返し言明した。2019年には、Locsin Jrフィリピン外務次官は、この仲裁裁定を、「交渉の余地なきもの」と強調し、「南シナ海における領有権紛争の平和的解決と地域全体の平和と安定とに、大きな意義と成果をもたらすもの」と称賛した。仲裁裁定5周年に当たって、Lorenzana比外相は、この仲裁裁定を、「南シナ海における歴史的権利と海洋権原の地位を決定的に解決した」と主張した。仲裁裁定を「棚上げ」し、対中関係改善を優先してきた、Duterte大統領も、2020年9月の国連総会オンライン演説で、「仲裁裁定は今や国際法の一部となっており、これを損なおうとする如何なる試みも断固として拒否する」と宣言するに至った。
(5) 要するに、Duterteも彼を批評する者も仲裁裁定に対するフィリピンの立場とより広い文脈では中国との2国間関係とを上手く構築することができなかった。その結果、フィリピンの外交政策は議論倒れとなり混乱した。Duterte大統領の任期が残り1年を切った状況下で、フィリピンと中国は、次のフィリピン大統領に誰がなっても、今後数十年に亘って2国間関係を規定する「中間的立場(a ‘middle ground’)」を模索する時が来たのではないか。たとえば、比中両国は以下の措置ができるし、追求すべきである。①漁業資源とサンゴ礁が危機に瀕している係争海域における合同海洋保護区の設立、②両国の海洋部隊間の友好的な交流の強化、そしてスカボロー礁など、抗争が高まっている海域における合同哨戒活動の可能性の検討、③南シナ海における挑発的な海軍演習の縮小、そして係争する領有権主張国間の全面的な対立を引き起こしかねない、武装民兵部隊の(活動)抑制。
(6) そして最終的には、中国、フィリピン及びその他の領有権主張国は、南シナ海における法的拘束力のあるASEANと中国間の「行動規範(Code of Conduct)」を巡る数十年にわたる交渉を最終的に決着すべきである。「行動規範」は、緊張を緩和し、紛争の平和的かつ相互に有益な管理への道を拓くのに役立つであろう。さもなければ、強硬派や外部勢力が南シナ海の将来を決定しようとし、南シナ海の海洋紛争は、ますます複雑で、対立を深め、爆発する可能性さえあろう。
記事参照:After 5 Years: South China Sea Arbitration Award and Philippine-China Relations

7月29日「グレーゾーンで中国に勝つには、現場に常駐しなければならない-米専門家論説」(19fortyfive.com, July 29, 2021)

 7月29日付、米安全保障関連シンクタンク19fortyfiveのウエブサイトは、US Naval War Collegeの James Holmes教授による” To Beat China In The Gray Zone, You Have To Be There”と題する論説を掲載し、そこでHolmesはグレーゾーンで中国に勝利するには、現場を行き来するのではなく、留まる必要があり、かつ技術、戦術、手順を駆使して、重要な海路を支配する挑戦者を打ち負かし、友好国を喜ばせるにはどうしたらよいかを考えるべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 何かを支配したければ、そこにいなければならない。断続的に現れては去っていくのでは、相手が常に力を持っていて、その意志を押し付けてくる場合には通用しない。この基本的かつ深遠な考えを国家の主要な指導者たちに伝え、グレーゾーンでの戦いで確実に実践させなければならない。このシンプルな真実は、歴史が証明している。
(2) 古代ペロポネソス戦争では、アテネもスパルタも、断続的に敵を攻撃することを目的とした戦略を採った。スパルタ軍は、毎年のようにアテネ周辺のアッティカに侵攻し、地方を荒らしては帰っていった。アテネの海軍はスパルタの海岸線を急襲し、移動した。どちらの戦略も優柔不断なものであった。この戦争の当事者らは、その場しのぎの戦略では勝利を得られないことは理解していた。そのため、両国は戦略的に配置された場所、すなわちアテネはスパルタの裏庭である海岸沿いのピロスに、スパルタはデケレイアに前哨基地を設けた。デケレイアに配置されたスパルタ軍歩兵は、アテネの重要な資源の移動を妨げ、アテネの戦力の経済的・物質的基盤を低下させることができた。このような手段により、両国はお互いに絶え間ない軍事的圧力をかけ続けた。
(3) この古代戦争の例は、現在のグレーゾーンにおける力の影響を示唆している。つまり、そこにいなければならないのである。J.C. Wylie提督はその著書で、「戦争における究極の決定要因は、現場で銃を持っている人間である。この男こそが戦争の最終的な権力者である。彼が支配する。誰が勝つかは彼が決める」と記した。Wylieはさらに、「戦略家が最終的かつ究極的な支配を目指すならば、銃を持った兵士を現場に配置するか、あるいは必然的な見通しとしてそれを提示しなければならない。兵士は、実際に現場にいて、支配権を握らなければならない」と記した。
(4) これは、戦時中だけではなく、平時の海洋領域での戦略的競争にも当てはまる。何かを支配するためには、そこにいなければならない。あるいは、敵対者や同盟国、提携国といった重要な関係国に、敵対者があなたの意志に反した場合には、あなたがその何かを支配するために必ず現れると認識させなければならない。これは簡単なことではない。中国は南シナ海で常に活動しており、海警や海上民兵を豊富な火力で支援している。圧倒的な武器を持っている我々が現地にいなければ、東南アジアの提携国はこの重要な資産を中国に明け渡し、海洋の自由を失うという危険性がある。つまり、平時の競争は武器による決戦ではなく、関係国の心の中で起こる。定義上、平時に戦いは起こらないので、多くの当事国の中で戦時に勝つと考えた国が平時の対決に「勝つ」のである。敵国の指導者たちに、我々が常に現場にいて、戦いに勝てるだけの戦闘力を準備して現場に現れると確信させることができれば、彼らは躊躇するであろう。
(5) 19世紀の英国海軍は形だけの海軍力でありながら、最大限に政治的効果を発揮させる技術を習得していた。たとえ、フリゲート1隻であっても、外国の対象者に政治的効果を与えることができるのは、対象者が必要に応じて圧倒的な英国艦隊が現れ、ロンドンの意志を力で押し付けることを十分に知っている場合に限られる。中国をはじめとするアジアの国々が、米国の海洋力に十分な信頼を寄せているかどうかは未知数であり、形だけの、あるいは仮想的な展開でやっていけるものではない。実際、北京は接近阻止(anti-access)戦略のすべてを米軍が武器を持って現場に到着し、ワシントンの意思を押し付けても間に合わなくするように仕向けている。古くから言われるように、仮想的な存在は実際には存在しない。敵に立ち向かい、味方を安心させ、我にとって重要なものを支配するためには、そこにいなければならないのである。
(6) 艦隊の移動や演習などを利用して、敵対する国に対して抑止力を示せるように、同盟国、提携国や今後仲間となりたい国家を勧誘することもできる。我々は、同盟国との約束を守り、紛争が武力衝突に発展した場合に勝てるだけの戦闘力と決意があると説得することで、同盟国を動かすことができる。彼らが我々を信頼してくれれば、我々の同盟関係は持続する。これもまた、平時の海上での戦略的競争の中心となる。
(7) これらをまとめると、グレーゾーンでの成功を望むのであれば、現場へ行き来するのではなく、留まるべきである。航行の自由作戦(FONOP)は、国連海洋法条約が許容する範囲を超えた海洋権益の主張を拒否するという重要な法的な声明である。FONOPはやる価値があるし、続けなければならない。しかし、FONOPは厳密には抑止力にはならない。FONOPでできることは、我々の船が現れて、争いのある水路を走り抜けて、去っていくことを示すだけで、北京に与える影響は最小限である。この地域の提携国などに対して、我々がそばにいると安心させることまではできない。
(8) 時折、空母打撃群や水上戦闘群の作戦があると良い。これは少なくとも実際に戦闘を行う戦力である。しかし、そのような作戦は散発的で、たとえ起こったとしても長くは続かない。もし、南シナ海やオーストラリアに空母打撃群やその他の強力な部隊を配備し、作戦が起こりそうな場所の近くに展開すれば、対抗する国に対しては影を、友好的な国に対しては光を投げかけることができるかもしれない。展開を維持することは、米国の力と、強力な火力を持って現場に立ち向かう、あるいは素早く現場に到着して留まるという決意を、証明することになる。北京はそのような存在を見過ごすことはない。
(9) 戦略家Carl von Clausewitz の言葉を借りれば、「戦略のすべては単純だが、単純なことを成し遂げるのは難しい」のである。つまり、技術、戦術、手順を駆使して、重要な海路を支配し強力で毅然とした挑戦者を打ち負かし、友好国や同盟国の心を喜ばせるにはどうしたらよいかを考えることが、我々には課せられている。
記事参照:To Beat China In The Gray Zone, You Have To Be There.

7月30日「米比訪問軍協定延長の意味―香港紙報道」(South China Morning Post, July 30, 2021)

 7月30日付の香港日刊英字紙South China Morning Postは、“How Philippine leader’s U-turn over US forces helps keep up the pressure on China”と題する記事を掲載し、フィリピンが米比訪問軍協定(以下、VFAと言う)の延長を決定したことについて、その意味と背景を要旨以下のように報じている。
(1) 1999年に米国とフィリピンの間で締結されたVFAについて、フィリピンのDuterte大統領は、2020年以来その失効をほのめかしていたが、最終的にその延長を決定した。この決定は、南シナ海や台湾をめぐって中国に圧力をかけ続けるという米国の狙いを後押しすることになるであろう。
(2) 同協定は米軍の部隊がフィリピンで軍事演習を実施することを認める法的枠組みを提供するもので、米比相互防衛条約を補強するものである。それに加え、同協定はフィリピンで罪を侵した米国人の裁判権を米国に留保するものでもある。
(3) VFA延長の決定は中国にとって懸念材料となると見られている。中国南海研究院の陳相秒は、「フィリピンの軍事基地は、第一列島線をコントロールしようという米国の試みにとって枢要である」と述べる。米国の戦略は、日本からマレー半島に伸びる「第一列島線」を利用して、中国海軍が太平洋西部へとアクセスするのを妨げることであるという。また同協定の延長により、米国がフィリピンへの軍事支援を拡大すると見られており、それによってフィリピン海軍の能力は向上するであろう。
(4) 福州大学の海洋法専門家張相君は、第1列島線における米国の軍事力展開が必ずしも中国に対する抑止力にならないとしても、VFAの延長は台湾防衛に関して有効だと指摘する。フィリピンと台湾は地理的に近接しており、もし中国が台湾を軍事侵攻するとなれば、米軍は周辺地域の部隊を再編し、中国の行動を妨害できるだろう。中国は軍事力による台湾の再統合を否定していない。また、日本や韓国など米国の同盟国の輸出入の大部分は南シナ海を通るものであり、中国による南シナ海の完全な統制は米国にとって認められるところではないが、VFAの延長によってその海域に睨みをきかせることができるだろう。
(5) VFAの延長は、フィリピンの国内問題を背景とした決定だという指摘もある。2022年に予定されているフィリピン大統領選挙において、Duterte大統領が再出馬することはないが、彼は娘を後継者に据えたいと考えている。フィリピン国内の保守派はDuterte大統領の中国に妥協的な姿勢に満足しておらず、彼らの支持を得るために、中国に対する強硬な姿勢を示す必要があると指摘されている。
記事参照:How Philippine leader’s U-turn over US forces helps keep up the pressure on China

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) 'Red peril' or benign power: How different is China's CCP from USSR's CPSU?
https://www.thinkchina.sg/red-peril-or-benign-power-how-different-chinas-ccp-ussrs-cpsu
Think China, July 22, 2021
By Lance Gore, Senior research fellow, East Asian Institute, National University of Singapore
 2021年7月22日、シンガポールのNational University of SingaporeのLance Gore主任研究員は、同国の中国問題英字オンライン誌Think Chinaに、" 'Red peril' or benign power: How different is China's CCP from USSR's CPSU? "と題する論説を発表した。その中でGoreは、ソ連共産党の崩壊から30年を迎えたが、中国共産党は本当にソ連共産党の運命、すなわち崩壊の歴史から逃れることができるのだろうかと話題を切り出し、その答えの大部分は、ソ連から引き継いだ古い体制から中国が抜け出すかどうかにかかっているが、新たな冷戦が迫りつつある今、この問題は極めて重要となっていると述べている。そして、Goreはこの新たな冷戦が現実味を帯びてきたのは、主に中国の台頭に対する欧米との認識の違いに起因しているが、中国は40年以上にわたる改革開放政策が、中国の特色ある社会主義の新たな道を切り開くことを可能にし、それは中国国民に利益をもたらすだけでなく、国際社会に平和や機会などをもたらしたと前向きに捉えている一方で、西側諸国は、中国の台頭をソ連の亡霊の復活だとして捉えており、そこに大きな認識ギャップがあると指摘し、こうした危惧は大げさなものではなく、近年の習近平の正統性主張の回帰政策はイデオロギー的に改革が行われていないことの証拠であり、中国共産党は無意識のうちに古い体制の過ちを再度繰り返す可能性があると主張している。

(2) China’s Type 003 Aircraft Carrier and India’s Options
https://www.delhipolicygroup.org/uploads_dpg/publication_file/chinas-type-003-aircraft-carrier-and-indias-options-2767.pdf
DPG Policy Brief, Delhi Policy Group, July 23, 2021
By Commodore Lalit Kapur (Retd.), Senior Fellow for Maritime Strategy, Delhi Policy Group
 7月23日、インド海軍退役准将であるLalit Kapurは、インドシンクタンクDelhi Policy Groupのウエブサイトに“China’s Type 003 Aircraft Carrier and India’s Options”と題する論説を寄稿した。その中で、①中国は、その空母001型の「遼寧」と002型「山東」より大型の空母である003型を現在建造しており、原子力推進の004型の後に003型の2番艦の建造が始まることが報告されている、②003型に関して分かっていることは、2~3年後に就役し、3基の電磁式カタパルトを搭載する、③国営造船企業は後継艦として最大11万トンの船体に原子炉を搭載し、70~100機の航空機を搭載する空母を提言している、④中国の空母の活用として、西太平洋におけるA2AD(接近阻止・領域拒否)能力の強化を可能にし、特に台湾海峡の有事の際に有効である、⑤中国はまた、南シナ海での威圧的な目的のためにこれらを配備することもできるが、狭い空間では空母打撃群を危険にさらすことになる、⑥最後に、中国はこれらの空母により、インド洋における影響力の行使や重要な海上交通路を妨害する脅威に対抗することができる、⑦紛争時にインド洋における中国の空母打撃群に対するインドの対抗策として、先ず考えられるのは、陸上の対艦ミサイル、 2つ目の選択肢としては、Su-30 MKIのような陸上の攻撃機があり、3つ目の選択肢として潜水艦が考えられるが、インドは、敵の水上艦を発見して追いつくことが可能な速度をもつ攻撃型原子力潜水艦を保有していない、⑧歴史的な経験から、空母打撃群に最も対処できる戦力は別の空母打撃群であることが証明されている、⑨インドのModi首相は、インドのSAGAR(Security and Growth for All in the Region)ドクトリンを打ち出しながら、本土と島嶼を守り、海洋権益を防衛するために必要なことはすべて行う戦略と安全、安心、安定したインド洋地域を確保するための取り組みを明言したなどと述べている。

(3) WILL CHINA GET EMBROILED IN THE GRAVEYARD OF EMPIRES?
https://www.9dashline.com/article/will-china-get-embroiled-in-the-graveyard-of-empires
9dahline.com, July 29, 2021
Velina Tchakarova, Director of the Austrian Institute for Europe and International Security (AIES)
 2021年7月29日、オーストリアシンクタンクAustrian Institute for Europe and International SecurityのディレクターであるVelina Tchakarovaは、インド太平洋関連インターネットメディア9dashlineに、"  WILL CHINA GET EMBROILED IN THE GRAVEYARD OF EMPIRES?"と題する論説を発表した。その中でTchakarovaは、アフガニスタンは地政学的な要所であり、依然として世界で最も激しい戦場の1つであるが、最近の米国とNATO軍のアフガニスタンからの撤退の後、タリバンはすぐに国内の様々な地域で領土を主張し始め、彼らは現在、国の85%以上を支配しており、治安部隊の脆弱さなどからすると、アフガニスタン政府は今後数カ月のうちに転覆するかもしれないと指摘した上で、大国は常に、アフガニスタンを地政学的野心の温床にしようとし、そして失敗してきたと述べている。そしてTchakarovaは、米国は20年間にわたる占領と国づくりに失敗し、この国で壊滅的な敗北を喫した最新の超大国であり、主要なエネルギーや基幹施設関連の計画に失敗してきたと指摘し、その一方で中国は、米国が残した空白を埋める準備を慎重に進めているものの、中国がアフガニスタンの泥沼にはまり、1979年から89年の間のソ連と同様に介入に失敗すれば、この動きはアメリカの仕組んだ罠となる可能性があると述べ、アフガニスタン問題は確かに中国にとって重要な地政学的な試金石となるだろうが、これまで他国が失敗してきたところで果たして中国が成功するのだろうかと疑問を呈している。