海洋安全保障情報旬報 2021年6月1日-6月10日

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6月1日「ドイツの対インド太平洋安全保障政策の意欲と現実―ドイツ専門家論説」(Center for International Maritime Security, JUNE 1, 2021)

 6月1日付の米シンクタンクCenter for International Maritime Securityのウエブサイトは、The German Institute for International and Security Affairs客員研究員 Goeran Swistek中佐 の“MIND THE GAP: GERMAN SECURITY POLICY IN THE INDO-PACIFIC BETWEEN ASPIRATION AND REALITY”と題する論説を掲載し、Swistek中佐は2020年8月に発表されたドイツのインド太平洋指針を受けて、ドイツが地域の秩序の維持と地域の安定化に一層の貢献を行うと地域の国々から期待されたが、その象徴として派遣されたフリゲート「バイエルン」の行動の詳細では、同艦は上海にも寄港し、一方で台湾海峡や尖閣諸島周辺海域を迂回し、英空母打撃群との接触も回避しており、より多くの責任を引き受ける等しばしば宣言されるドイツの意欲に対応するものでもないとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2020年8月にインド太平洋指針を発出し、ドイツ政府は米国に主導される西側と中国
の間の多方面にわたる対立で特徴付けられる地理的地域における明確な立ち位置を採るようになった。インド太平洋は世界的に連接され、相互依存の市場の動かす貿易と経済の推進役として正しく認識されている。インド太平洋におけるドイツの利益とこの利益を支援する将来の方策に沿って指針で概説されている安全保障政策は、提携国と環インド太平洋諸国から目に見える強力なドイツの誓約として期待されている。個々のドイツ政府の代表は、ドイツの立ち位置を検証する最初の試みとしてフリゲート「バイエルン」の派遣を発表してきた。ドイツ政府は、安全保障政策で中国と対立する明確な立ち位置を採ることを避けるようにしつつある。ベルリンは法に基づき国際秩序を提唱するよりもインド太平洋において最も異なる極の仲裁者あるいは均衡を取る国として対外政策で好感触を得る役割を演じているようである。ドイツの提携国は、筋の通った批判を持ってこの溝を認識している。
(2) インド太平洋指針の発出は、アジア及び東南アジア地域の多くの提携国の間で大きな
注目を集めた。ドイツは「世界規模の行為者」として同国の経済的重要性に即して一層の存在感を示し、地域の秩序の維持と地域の安定化に一層の貢献を行うと認識され、期待されている。ドイツの個々の方策は、主として地元警察及び民間安全保障関連機関の支援と訓練や人道あるいは環境災害後の復興への貢献に向けられてきた。しかし、このインド太平洋はその問題点全てを含めて多くの国々にとって戦略地政学的に重要である。これにはドイツも含まれる。この圧倒的な海洋領域は最大の経済的拠点の1つであり、世界の海上交易の中で最大のシェアを誇っている。ドイツの生活様式及び経済的繁栄は安全な海上交通路に大きく依存しており、特にインド太平洋ではそうである。貨物に関し、ドイツの貿易全体に占めるインド太平洋の国々は約20%である。
(3) 地域の潜在的脅威は重層的である。中国、インド、パキスタンという核保有国に加え、
核を保有すると見られ、その意図が計算しにくい北朝鮮の存在、未解決の国境紛争、国内あるいは国家間紛争、地域的あるいは国際的テロ組織、海賊、組織犯罪、自然災害や人口移動の影響などである。特に未解決の国境紛争以下の脅威は非伝統的脅威として環インド太平洋諸国の安全保障政策に議題として優先して取り上げられている。広範な安全保障上の脅威は世界的な物資の流れにとってインド太平洋の重要性と明らかに矛盾している。この安全保障上の状況に対応し、指針の明確な実施として、ドイツは将来的にドイツのインド太平洋への関与を拡大し、状況に応じて、個々の国あるいはASEANのような組織、地域に関心を持つ行為者との安全保障上及び防衛上の協力を強化することを意図している。これらのことは、ドイツ単独であるいはEU、NATO、UNといった枠組みの中で実施が可能である。
ドイツは次のような領域に関わっていきたいと考えている。軍備管理、不拡散、サイバー安全保障、人道及び災害救援、海賊及びテロリストの戦い、法の支配による秩序の維持と国連海洋法条約などの国際的法の規範の執行を含む紛争管理と予防である。これらの目的を達成するため、ドイツ政府は地域における協力の拡大と深化から、民間外交あるいは軍事外交、演習という観点での部隊の展開、あるいは現地での部隊配備まで行おうとしている。
(4) 今日までほぼ2年間をかけて、ドイツ海軍はインド太平洋へ艦艇を派遣する計画を検討
してきた。フリゲート「バイエルン」の派遣は2020年に計画されていたが、突如中止となった。ドイツ海軍は、インド太平洋への部隊の展開を一時中止し、後方支援の配備も2021年5月にジブチから撤収することとした。派遣任務はドイツ議会によって当面、延期されたが、ドイツ海軍には常続的に配備できる部隊はなかった。ジブチは戦略地政学的に重要な位置にあるが、地域開発を支援できる後方基地あるいは拠点として利用することは最早できなくなった。ドイツ艦艇がインド太平洋の海域を航過するとき、一時的な参加は依然可能である。
(5) 2020年11月17日、ドイツ国防相は2021年にフリゲートを派遣する見通しについて発
表し、インド太平洋指針の「ドイツは我々の価値、権益、提携国のためにその旗を翻す」という要求に結びつけた。2021年3月始め、the Federal Foreign Office(ドイツ外務省)とthe Federal Ministry of Defense(ドイツ国防省)は「バイエルン」の次の行動に関する詳細を発表した。
「バイエルン」は8月に出港し、6ヶ月間の行動に従事する。この間、アフリカの角、オーストラリア、日本の間で12ヵ所を公式訪問する。指針に従って、同艦の任務の第1は地域にドイツの存在を示し、公式の艦上レセプションを含む外交関係を深化させることである。したがって、ドイツ国防相は「バイエルン」の任務をインド太平洋においてドイツの連帯と関心を示す象徴と規定している。加えて日本などの受け入れ国の海軍部隊との演習・訓練を実施し、さらに(EUが主導するソマリア沖海賊対処の)アタランタ作戦に短期間の参加が計画されている。ドイツの「バイエルン」派遣の便利な理由は、インド太平洋における民主義国家との協力を強調しており、インド太平洋に関する安全保障対話へのドイツの参加を示すことである。今回の派遣における最終的な段階は、北朝鮮に対する国連制裁への3週間の参加である。この点で、フリゲートの派遣は指針から直接導き出される使命を果たしている。
(6) 対照的に、ドイツ政府と連邦軍は中国により以上の注意を払っている。ドイツMinistry
of Defenseは、「バイエルン」の行動の詳細と航海計画を立案するに当たって、紛争の起こりそうな海域を避けている。「バイエルン」は台湾海峡を航過せず、台湾の東を大きく迂回する予定である。同様に、南シナ海、東シナ海でも中国が権利を主張している海域を迂回し、「バイエルン」は主要な国際的航路あるいは交易路に沿って行動するだろう。そして、英国の「クイーン・エリザベス」空母打撃群とは接触しない予定である。「バイエルン」の展開は、インド太平洋におけるドイツの関心を初めて目に見える象徴として示すものである。しかし、それはインド太平洋指針が求める航行の自由や自由で開かれた国際航路を適切に航行することで示される国際法への支持を支援するものではない。環太平洋のある国々がEUの価値基準の顕著な代表としてドイツに期待したのは、まさにこの国際法と地域の秩序への貢献であった。このことから、「バイエルン」の行動の一環として中国にも寄港するとのドイツ側の発表に地域の政府は驚いている。北朝鮮に対する国連制裁への参加終了後、「バイエルン」は上海を公式に訪問する。
(7) 2021年3月に「バイエルン」の派遣の詳細が最初に発表されてから、ドイツ国防相は
航行の自由の側面と多国間協力への参画が今回の行動の鍵であると繰り返し述べてきた。英国の空母打撃群との協調の欠落が憶測を呼んでいる。ある理由があって無視あるいは排除したのか、それとも計画段階での単純なミスなのか。一部の専門家が最近指摘しているように、公に利用可能な情報、政府機関の公式の発表に基づけば、「クイーン・エリザベス」に随伴する艦艇と接触することを避けるために行動計画の詳細が意図的に変更されたことはない。より可能性があるのは、最初の段階から国防相は英空母打撃群との協力を考慮していなかった。そのような海軍の協同部隊では、インド太平洋にドイツが出現したことに込められるメッセージが強くなり過ぎるからである。ドイツは、対外経済政策では世界を牽引する行為者として自らを描いているが、対外政策、安全保障政策では中流国家として限られた能力の陰に隠れている。このことは、インド太平洋の提携国の助けにはならないし、より多くの責任を引き受ける等しばしば宣言される意欲に対応するものでもない。「バイエルン」の派遣は、ドイツの不本意が続く着実で慎重な道を指し示している。
記事参照:MIND THE GAP: GERMAN SECURITY POLICY IN THE INDO-PACIFIC BETWEEN ASPIRATION AND REALITY

6月1日「米国、中国支援のカンボジア海軍基地に懸念―日経済紙報道」(Nikkei Asia.com, June 1, 2021)

 6月1日付のNikkei Asia電子版は、“US flags 'serious concerns' over Cambodia's China-backed navy base”と題する記事を掲載し、米国務副長官がカンボジア訪問の際に、現在中国の支援のもとカンボジアで進められている海軍基地の拡張について深刻な懸念を表明したことについて、要旨以下のように報じている。
(1) 米国務副長官のWendy Shermanは11日間にわたって東南アジア諸国を歴訪し、その1つがカンボジアであった。Shermanは6月1日にカンボジアのHun Sen首相と2時間にわたる会談を行った。そこでShermanは、現在カンボジアで進められている海軍基地の拡張が中国の支援によって行われていることに懸念を表明し、また、政権に批判的な政治家やジャーナリスト、活動家らに対する抑圧を控えるように要請した。国務省の代表団がカンボジアを訪問国に加えたのは、同国が中国との距離を急速に縮めていることが背景としてあった。
(2) 問題となっているのは、カンボジアのシアヌークビル州に位置するリアム海軍基地である。2021年3月、米上院軍事委員会の公聴会で、U.S.Indo-Pacific Command(米インド太平洋軍)司令官Philip Davidsonは、2020年9月にカンボジアがリアム海軍基地にある米国が建設した施設を取り壊したことを報告した。そしてDavidsonは、「カンボジアにおける中華人民共和国の勢力拡大と、それが地域の安全保障に与える影響について懸念している」と述べた。米シンクタンクCenter for Strategic and International Studiesの5月29日の報告によれば、リアム海軍基地に最近新しい施設が建てられたという。2020年10月の段階で、カンボジア海軍の高官は、中国が港湾拡張計画を支援していることを認めている。
(3) Shermanは、上記の施設取り壊しに関する明確な説明を求めた。そして、カンボジアに中国の軍事基地ができるようなことがあれば、それはカンボジアの主権を損ない、地域の安全を脅かすだろうと述べ、カンボジア政府に「バランスの取れた対外政策」を維持するよう求めた。カンボジア政府の立場は、リアム海軍基地の改修に中国が資金提供しているのは事実だが、それが中国の基地として利用されることはないというものであった。
(4) Shermanが東南アジアに滞在中の5月30日、中国人民解放軍空軍の戦闘機16機がマレーシア領空近辺を飛行し、それに対しマレーシア空軍が戦闘機を緊急発進させるという事態が生起した。マレーシア政府は中国に対し正式に抗議を行うとのことである。
(5) カンボジアと中国の接近は、カンボジアに対する人権侵害などの批判を強める米国やEUとの関係悪化を背景としている。Hun Sen政権は30年以上の長期政権であるが、2013年の総選挙で野党の躍進を許して以降、対抗勢力への弾圧を強め、2017年には野党最大勢力であったCambodian National Rescue Partyを解散させ、党指導者Kem Sokhaに対しては国家反逆罪の罪を着せた。Shermanは、カンボジア訪問の間にSokhaなどとの面会も行い、カンボジア政府に対し、言論や政治活動の自由を認めるよう求めた。こうしたカンボジアの政治的弾圧に対し、2020年、EUはカンボジアとの貿易において同国に与えていた特恵のいくつかを一時的に停止した。米国においても、カンボジアに対する貿易の特恵を見直すべきだと主張する者もいる。
(6)カンボジア国営メディアAgence Kampuchea Presseは、Shermanの訪問について、米国の批判的姿勢についてはほとんど触れず、たとえばベトナム戦争における米兵の遺骨発見や対テロ戦争における協力などに対して米国が「満足」を表明したことなどを伝えていた。
記事参照:US flags 'serious concerns' over Cambodia's China-backed navy base

6月2日「NATOとノルウェーによる軍事演習―ノルウェー紙報道」(The Barents Observer, June 02, 2021)

 6月2日付のノルウェーのオンライン紙The Barents Observerは、“NATO ships with missile defence drill off northern Norway”と題する記事を掲載し、NATOがノルウェー北方海域で行った軍事演習とそれに対するロシアの対応について、要旨以下のように報じている。
(1) NATOもノルウェーも、ロシアが海軍や空軍、陸軍の機動部隊のために北極圏に配備した新型の様々な長距離型巡航ミサイルと関係があるとは言いたがらないが、5月下旬から6月上旬にかけての週に実施されるUS Sixth Fleetが主導するNATOの)Exercise Formidable Shieldでは、実施海域をノルウェー海北部のアンドーヤ沖の戦略的に重要な海域に北上させている。この区域は、ロシアの新型巡航ミサイルの射程内にある。NATOは声明の中で、この演習はヨーロッパで最大かつ最も複雑な防空及びミサイル防衛の演習であり、「様々なミサイルから防御する」ものであると述べている。5月15日の開始以来、ドイツ、ベルギー、ノルウェー、フランス、米国、デンマーク、イタリア、オランダ、英国及びスペインから16隻の艦艇と10機の航空機が参加している。ノルウェー海軍は、フリゲート「フリチョフ・ナンセン」から地対空ミサイルを初めて発射し、命中させたことを強調している。標的は、超音速で飛行するミサイルだった。James Morley米海軍少将は、電話による記者会見で、この演習が北方でのロシアによってもたらされる懸念によってますます高まる課題を目的としたものであるということは認めようとしなかった。
(2) Barents Observer紙が最近報じたように、ロシアNorthern Fleet司令官のAleksandr Moiseyev海軍大将は、NATOが北方で展開を高めていることを「挑発的」とし、北極圏における「安全保障を脅かす」と述べている。同司令官は、特にノルウェーの立場を強く非難した。「最近、米国はノルウェーを北極圏の主要な橋頭堡とみなし、軍の前方展開、偵察・監視装置の配備、そして軍民両用の基幹施設の開発に利用するための領域とみなしている」とMoiseyevは述べている。 5月下旬から6月上旬にかけての週に、北方艦隊自身も、原子力巡洋戦艦(巡洋戦艦は、西側観測筋が使用する通称でロシア海軍の艦級は重原子力ミサイル巡洋艦:訳者注)「ピョートル・ヴェリーキイ」やミサイル巡洋艦「マーシャル・ウスチノフ」など、最も強力な(攻撃力を持つ)艦艇が参加して、コラ半島沖のバレンツ海で演習を行っている。
記事参照:NATO ships with missile defence drill off northern Norway

6月2日「訪問軍協定延長をめぐるフィリピンの綱渡り外交―比・中国問題研究者論説」(South China Morning Post, June 2, 2021)

 6月2日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、比シンクタンクAsia-Pacific Pathways to Progress Foundation研究員Lucio Blaco Pitlo IIIの“US-China tensions put Philippines in a tight spot on renewing Visiting Forces Agreement”と題する論説を掲載し、そこでLucio Blaco Pitlo IIIは米比訪問軍協定の延長をめぐって、フィリピンが米国と中国の間で綱渡り状態の外交を展開しているとして、その背景と展望について要旨以下のように述べている。
(1) 米比間に訪問軍協定(以下、VFAと言う)が締結されて20年以上経過した。現在、それを延長するか否かをめぐりフィリピン政府が決定を先送りしている。これは、フィリピンが米中両国との間で綱渡り状態であることを示している。
(2) 5月21日、中比二国間協議メカニズムの第6回会合がマニラで開催された。しかし第6回にして初めて、共同声明も共同記者発表も発せられなかった。このことは中比間の不和を示唆するものである。フィリピンは自国の排他的経済水域圏内における中国船の継続的な展開について強硬に抵抗してきたし、中国はフィリピンの態度が大げさすぎるとして不満を表明してきた。
(3) 他方、フィリピンと米国の間では、VFAの期限が20211年8月に迫っているなかで、数ヶ月の交渉にもかかわらず結論は出ていない。VFAは米軍がフィリピンを訪問し、フィリピン軍と訓練を実施することを認めるものであるが、Duterte大統領は昨年2月にその協定破棄を発表した。しかしその後、二度にわたって破棄の延期を表明していた。米国はさらなる議論の先延ばしにあまり熱意を持っていないようである。もしこの協定が更新されなければ、今年6月か7月に米軍は撤退することになるという。
(4) 米比関係の悪化を示す兆候がいくつかある。Biden政権は今年3月に暫定的な国防指針を発表したが、そこにはフィリピンおよび米比同盟に対する言及がなかった。また駐比米国大使が、2020年10月に前任のSung Kimが離任して以降空席状態が続いている。これだけ長い間同職が空席状態にあるのは、1980年代初頭、当時のMarcos大統領のもとで事実上の戒厳令が敷かれていたとき以降初めてであろう。
(5) Kimは、米比戦争の際に米軍が戦利品として持ち去られたキリスト教会の鐘「バランギガの鐘」の返還に尽力したことでDuterteに気に入られていた。2014年にトランスジェンダーの女性を殺害した罪に問われていた米海兵隊伍長に恩赦が与えられたのは、フィリピンを去り、ジャカルタへ赴任するKimへの惜別の土産と見られていた。
(6)Duterteは、Obama政権自体に米国が中比間の対峙や、中国による東シナ海の軍事化に対して何の行動も起こさなかったことを非難してきた。しかし、彼は米比の軍事的つながりの重要性も理解しており、2020年には実施されなかったBalikatan軍事演習の第36回目が2021年4月に実施されている。その一方で、中国との急速な経済的つながりの強化と「独立した対外政策」の希求ゆえに、Duterteは旧宗主国たる米国との関係を少しずつ弱めようとしている。米国との共同演習も、その多くはあくまで人道支援や災害救援などに焦点を当てたものに限定されてきた。
(7) 米国との同盟を完全に断ち切ることはできないと理解しつつも、そうした態度を示すDuterteは、米国からできるだけ多くの譲歩を引き出そうとしているのかもしれない。その結果として、たとえばBlinken国務長官やPompeo前国務長官による、米比同盟の防衛義務が適用される地理的範囲を明確化する声明などが発せられたし、2021年11月には1,800億ドル相当の精密誘導ミサイルその他兵器の寄付が提供された。こうした米国の動きはフィリピンに対する軍事的支援の拡大を示しているが、米中対立の狭間で、それがフィリピンにもたらすリスクをDuterteがどう考えるかがより重要な問題であろう。
記事参照:US-China tensions put Philippines in a tight spot on renewing Visiting Forces Agreement

6月3日「インドがNATOと協力する方法―ポーランド専門家論説」(The Diplomat, June 03, 2021)

 6月3日付のデジタル誌The Diplomatは、ポーランドWar Studies UniversityのThe Asia Research Centreセンター長で南アジアの専門家Krzysztof Iwanekの“ How Can India Cooperate With NATO?”と題する論説を掲載し、Krzysztof Iwanekはインドが将来的にNATOと提携はするが正式な加盟国にはならないという政策を採り、それが成功するかどうかは今後数十年でわかると、要旨以下のように述べている。
(1) 最近、インドとNATOの協力関係についての関心が高まっている。そのきっかけとなったのは、元米外交官のA. Wess Mitchellが3月に書いた記事である。その記事の中で彼は、NATOはインドに正式加盟ではない提携国の地位を与えるべきで、その場合にニューデリーにとっての主な利益は、中国に対抗するための協力関係と、中国に対する戦略的な合図になると主張している。米国とNATOは、ニューデリーに対してもっと密接になろうとする合図を送っているが、これらはすべて北京にもある種の合図を送ることになる。さらにMitchellは、これが単なる仮定のシナリオではなく、具体的な解決策を提示していることを明らかにし、「NATOの首脳が2021年後半に会合を開く際には、(Mitchellが共同議長を務めた)専門家グループの提言を議論し、とりわけインドに提携国の申し出をすべきと提唱するだろう」とも記している。
(2) 2021年4月、NATOのJens Stoltenberg事務総長は、ニューデリーで開催されたライシナ対話に出席した。Stoltenbergは、インドとNATOが対話を深める必要性を強調し、中国に対して厳しい言葉を投げかけた。さらにNATOがインドとさまざまな形で協力し、互いに学び、経験を共有することは、統合的な軍事協力の一環でなくても、大きな可能性を秘めていると提案した。この提案に対する反応はさまざまで、米印関係の強化を主張するインドの外交政策専門家C. Raja Mohanは、インドとNATOの持続的な対話とNATOの関与がもたらす利点についてIndian-expressに寄稿している。一方、インド人作家のA.G. Nooraniは、パキスタンの日刊紙Dawnに、この利点を大いに疑問視したコメントを掲載した。
(3) インドがNATOに加盟することはないが、それは緊密な協力関係を排除するものではない。最も重要なことは、ニューデリーが戦略的自立性を維持したいと考えているが、NATOに正式加盟すれば、インドは西側に傾き、国際関係における均衡を失い、単一の同盟となることである。ニューデリーはそれを望んでいない。むしろ、ロシアとの良好な関係を維持し、第3国に対する独立した政策を継続し、米国や西欧に対する同盟義務に縛られず、北京からもワシントンの完全な同盟国とは見なされないことを望んでいる。それでも、NATOに加盟した場合には、ロシアとの関係が悪化する可能性がある。
(4) パキスタンがNATO加盟国ならば、インドの加盟はあり得ないであろう。しかし一方で、パキスタンは単なる提携国であり、ギリシャとトルコのように緊張関係にある両国が正式加盟国になっているという反論もある。たとえパキスタンがNATOと提携していることがインドを刺激しているとしても、それは禁止されていることではない。また両国は同時に、中国が主導的な役割を果たす上海協力機構に参加している。
(5) パキスタンのNATO提携国としての地位は、それほど長くは続かないかもしれない。パキスタンと米国及びNATOとの関係は、主にソ連の影響に対抗するためユーラシア大陸に提携国や機構の連携を打ち立てるという方針に基づいていたが、2001年以降はアフガニスタン戦争に関連した協力関係が中心となっている。この中で米国は、オサマ・ビンラディンの隠れ家がパキスタンにあるなど、イスラマバードが二枚舌であることを知った。米軍はアフガニスタンから完全に撤退する過程にあり、最終的に僅かな兵力が残るとしても、パキスタンと協力する必要性は大幅に減るだろう。その結果、パキスタンはNATOの提携国としての地位を失うかもしれないが、パキスタンにとってその地位は必須ではない。
(6) パキスタン問題がなくなることで、インドとNATOの関係は主に中国及びロシアとのジレンマを抱えることになる。インドは、米国との協力関係を強化して中国に対抗する一方で、ロシアとの関係は維持したいと考えているからである。
(7) 進むべき道は、非常に焦点を絞った、慎重に作られた協力関係を構築することである。その結果、インドとNATOが中国に対抗するための協力を進めることができ、かつニューデリーの外交官がモスクワで、その協力関係がロシアを対象にしていないと説明できるだろう。したがって、MitchellがNATOとの提携を、「(NATO及びインドの要求に)高度に応じるように計画された取り決め」と強調し、ニューデリーの要望に合わせて調整することを示唆したのは、おそらく偶然ではない。そしてこれらには、合同軍事演習、海上での有事のための防衛計画、及び技術の共有なども含まれると示唆している。
(8) Mitchellの主張は、NATOがインドに特化された選択肢を提示できるという点では正しい。NATOはかなり長い間、このような提携による関係を各国と構築してきた。NATOはこれらの提携国に対し、軍事、教育、協議、演習など約40の分野、1,500の計画への参加を提供している。これは、提携国の個々の要望や安全保障上の利益に応じて協力を調整することを可能にしている。NATOとの関わりは、加盟国、提携国としてだけではなく、さまざまな側面と深さがあり、さらにそれを実行するためのいくつかの異なる形もある。対象国に特化された関係と多くの外交手段によって、インドがロシアとの関係を弱めることなく、また、一般的に米国の同盟国として認識されることもなくなるかもしれない。このシナリオは、インドが戦略的自立性を持っており、それを維持できるという前提で成り立っている。インドの意思決定者や外交専門家の多くは、それを望んでいる。
(9) さらにMitchellはこうも述べている。「中国とロシアへの傾倒を挟みながら、慎重に均衡を保つというインドの長年の戦略は実行不可能であり、必然的に、ニューデリーは中国の巨大な力に対抗するために、より慎重な努力をしなければならないだろう」 しかしインドの外交専門家の中には、ニューデリーは協定の締結によって、米国との防衛協力をすでに制度化しているとの指摘もある。これは必ずしも同盟ではないが、インドにとって米国との防衛協力がロシアとのそれに匹敵する関係を上回り、その動機が中国への対抗であるならば、それは均衡を保っているのか疑問は残る。
(10) ニューデリーが、中国が関わる危機に単独で立ち向かえない場合、米国に助けを求めざるを得なくなり、ある種の前提条件を突然受け入れて、戦略的自立性を放棄するかもしれない。これは、多くの人が望まないシナリオであるが、否定することはできない。このような場合、インドとNATO(およびインドと米国)の間で特別に構築された関係のためにしてきた努力は無駄になる。もしそれが最終的な結果であるならば、外交的な混乱を引き起こしたとしても、NATOへの正式加盟と米国との完全な同盟を構築するのが、インドにとって最良の行動であろう。しかしインドは米国と同盟関係にありながら、米国と同盟国ではない。ニューデリーは、同盟ではないが同盟になるかもしれない4カ国安全保障対話QUADを利用してこれを行っている。そして将来的には、インドは同じ方針をNATOにも適用し、さまざまな問題でNATOと提携するが、正式な提携国にはならないであろう。それが成功するかどうかは、今後数十年でわかる。
記事参照:How Can India Cooperate With NATO?

6月4日「中国による海外港湾開発の現実―米国防問題専門家論説」(The Diplomat.com June 4, 2021)

 6月4日付のデジタル誌The Diplomatは、米シンクタンクStimson Centerの国防問題研究者Jocelyn Wangの“The Realities of China’s Overseas Port Push”と題する論説を掲載し、そこでWangは中国が近年進めている海外での港湾開発支援と、それが軍事利用されることへの懸念の高まりを指摘しつつ、軍事利用までにはまだかなりの時間がかかるとだろうとして、要旨以下のように述べている。
(1) 5月、サモアの次期首相Fiame Naomi Mata’afaは、中国が支援しているヴァイウス湾における1億ドル規模の開発計画の停止を約束した。Fiame Naomi Mata’afaは中国に対するサモア政府の債務が増加していることに懸念を表明した。それに対し、中国外交部報道官の趙立堅は、現在サモア政府とともに上記計画の実現可能性について議論しているところであり、中国の狙いが「政治的な付帯条件を何もつけることなく、力の限り支援を提供することにある」と述べている。
(2) サモアの場合のように、世界各地の商業港の開発を中国が支援していることについて、中国はそれを将来軍事的に利用するのではないかという懸念が高まっている。しかしながら、それが意味のある段階に至るまでにはかなりの時間がかかるだろう。したがって中国は現在、商業港の「軍民融合」に向けてまだ土台作りを行っているにすぎない。
(3) 2016年、中国では国防交通法が制定され、同法は海外でのインフラ開発事業などを行う際には、中国の国益のために、軍事的な水準を満たすような計画が立案されねばならないと規定する。これは中国が海外の商業港の開発を通じて、中国人民解放軍海軍の海外配備を進める意図を持っていることを示唆するものである。しかし、海外の商業港を中国軍が遠征を行う際の後方支援の重要な結節点として、そのネットワークを樹立するというのはかなり先の話になるであろう。
(4) パキスタンのグワダル港が、中国が直面している課題をよく示している。グワダル開発は2015年、中国・パキスタン経済回廊の基幹計画となり、2017年には同港は中国海外港口控股有限公司に40年間の期限付きで譲渡された。中国およびパキスタン両政府は、この計画に軍事的目的は一切ないと主張している。しかし国防交通法の規定に従えば、同港は商業目的だけでなく戦略的価値をも持つ軍民融合の港湾として開発される可能性がある。
(5) しかし軍民融合の港湾に向けて、グワダル港の開発はまだ土台づくりの段階にあり、したがって、その港湾が中国海軍によって早晩利用されるようになると予測するのは妥当ではない。追加ターミナルの建設、そして巨大艦船が利用するのに必要な基幹施設建設はまだ準備段階にある。
(6) 商業港の軍民融合利用に関しては、中国とそれら商業港が位置する国との関係にも左右されるのであり、経済的・政治的・安全保障に関する健全な関係の構築が、軍民融合利用の成功の前提条件である。そのためには巧妙な外交手腕が必要である。そして、堅実にその商業港の開発を進め、受け入れ国との関係を維持し、国際共同体の不信感を高めないように物事を進めていくことが重要である。中国人民解放軍軍事科学院のある研究者はこの点を強調し、中国が軍事外交を進める場合、結果を急ぎ過ぎてはならず、相手国との交渉と漸進的な進展を目指し、海外からの過度の注目を避ける必要性を主張した。
(7) 中国は海外の商業港の開発、獲得を進めている。それは中国が海外での軍事行動能力を高める未来を予測させるものである。しかし、港湾の獲得から軍民融合施設へと発展させるまでにはいくつもの段階が必要であり、まだ中国はその初期段階にいるに過ぎない。中国の行動範囲の広がりに対して関心を高め、かつその範囲を制約するための時間は十分にある。
記事参照:The Realities of China’s Overseas Port Push

6月4日「中国を利する米海軍建艦予算―元米海軍次官補論説」(Defense News, June 4, 2021)

 6月4日付の米国防関連誌Defense Newsのウエブサイトは、Everett Pyatt元米海軍次官補(造船及び兵站担当)の“China will only benefit from the US Navy’s shipbuilding budget”と題する論説を掲載し、Everett Pyattは今後米海軍の艦艇数は減少するため、中国海軍はその恩恵を受けるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2022年度の米海軍建艦予算案は、中国にとって朗報でしかない。米海軍がより大きくなるという脅威は消えた。巡洋艦の削減により、航続距離が長く、攻勢作戦を実施する能力を有し、かつ対潜水艦戦も実施できる戦闘艦艇がなくなる。フリゲートや海兵隊の遠征艦プログラムは延期される。米海軍は過去数十年間衰退し続けたが、2016年の戦力評価では、ロシアや中国が関わる現在の環境に合わせて355隻の海軍の意味を明らかにし、法律で裏付けした。前政権はそれを実行せず、現政権もそれを実行していない。むしろ、艦艇の新造と退役率によって、現在の290隻のレベルから今後数年で減少し、約250隻の海軍になることを示している。沿海域戦闘艦6隻の早期退役が予定されている。新造艦は8隻である。30 年の平均寿命に基づくと、240 隻の海軍が推定される。将来的には回復できると主張する人もいるだろうが、過去20年間、そのような希望に頼ってきたことは実を結ばなかった。法制化された355 隻海軍の構想(The Senate Seapower Subcommittee議長Roger Wickerらが提起した「海洋における力を拡大することによって本国の安全を保証する法律“Securing the Homeland by Increasing our Power on the Seas Act”」、いわゆるSHIPS Actは2017年にTrump大統領が署名し、法制化されている。:訳者注)は、現在の予算上の想定内では実現できない。多くのケースに見られるように、艦船コストの増加が重なって、希望は絶たれる。大幅な部隊運用の経費の削減や大幅な予算の増加のみが、多くの分析でまとめられた355隻の海軍という希望につながる。予算の増加は、艦隊の運用テンポを減速することから得られる。20%の減速で70億ドルが得られる。これは毎年の運用のためではなく、資本増強のためのものである。代替案としては、核の三本柱の第三の柱(戦略爆撃機を指す:訳者注)の廃止、陸軍の計画の削減、非生産的な研究開発プロジェクトの廃止などがある。
(2) 中国が喜ぶ可能性があるもう1つの側面は、巡洋艦の退役計画である。防空能力については、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦が取って代わる。しかし、この削減により、2500基以上のトマホークに対応する発射装置、44基の5インチ砲、そして、22隻の非常に優れた対潜水艦戦能力を有する艦が除外される。沿海域戦闘艦の建造によって艦数は維持されるが、対潜戦能力は、代替されていない。さらに、米国の沿岸警備隊は拡張されていないため、米国の排他的経済水域は中国の漁業や密漁にさらされている。600隻の海軍を建造した際の重要な教訓は、長期的な建造を進めながら、耐用年数の延長を実施することである。これは、退役する巡洋艦に対して行うべきである。
(3) 資金調達については、この予算案では、戦力レベルの重要性を最も低くしている。しかし、これらは、急速に増大する中国とロシアの脅威に対する抑止力である。中国の商船隊と1万7千隻の漁船団は、すでに世界の海に影響を及ぼしている。中国の海軍部隊は、355隻の海軍を積極的に導入できなかった我々の失敗から恩恵を受けるだろう。
記事参照:China will only benefit from the US Navy’s shipbuilding budget

6月7日「南シナ海における『行動規範』協議の現状と展望―スウェーデン及び中国専門家論説」(China US Focus.com, June 7, 2021)

 6月7日付の香港のChina-United States Exchange FoundationのウエブサイトであるChina US Focusは、スウェーデンのThe Institute for Security & Development Policy 連携教授Ramses Amerと、中国南海研究院海洋経済研究所所長李建偉の連名による“South China Sea Efforts Enhanced”と題する論説を掲載し、ここで筆者らは南シナ海における「行動規範(COC)」の協議プロセスの現状と展望について、要旨以下のように述べている。
(1) 南シナ海における「行動規範(以下、COCと言う)」の協議過程は2013年に始まった。COCは、2002年に中国とASEAN諸国が署名した南シナ海における「行動宣言(以下、DOCと言う)」の刷新版と考えられている。COCの草案作成は、「南シナ海における行動宣言の履行に関する合同ワーキンググループ」が担当している。2017年5月のCOCの枠組み合意以降、COC協議はCOCの実質的な問題に関する交渉に入った。2019年5月に第1読会が完了するまで、COCの地理的範囲とその位置づけ、協力義務、紛争解決、及び第三者の役割などが、協議における主な問題であった。今後の交渉で、新たな問題が現れる可能性がある。この1年で、1つの新たな課題が明らかになった。2016年南シナ海仲裁裁定に関連する派生的な動きとして、南シナ海の大陸棚の外縁に関して、マレーシアが国連の大陸棚限界委員会に申請書を提出したのに続いて、南シナ海の主な領有権主張国も国連に口上書を提出した。中国は仲裁裁判に参加せず、この裁定を受け入れていないが、フィリピンは裁定を無視しないであろう。ベトナム、マレーシア及びインドネシアを含む、裁判の非当事国は明示的あるいは暗黙的にこの裁判を利用してきた。
(2) コロナ禍と米国の対中政策の動向という2つの重要な問題がこれまでCOC協議過程に影響を及ぼしてきたし、今後もそうであろう。
a.コロナ禍によって対面協議が制約され、オンライン会議しか開催できないが、現在の協議段階は微妙な問題を扱う段階で、対面協議を必要としている。しかし、オンライン会議の度に、COC協議の勢いを維持し、コロナ禍終息後の対面協議での進展への合意が繰り返されてきた。
b.もう1つの問題、米国の対中政策の動向は南シナ海の安全保障問題に強い影響を与える。南シナ海は、米国が中国に対して優位に立ち得る戦域になるかもしれない。戦略的に見て、南シナ海のSLOCは、世界中で活動する米軍にとって極めて重要である。米軍が南シナ海のSLOCに占める支配的な地位は、有事において米軍に理論的な利点をもたらすことになるかもしれない。したがって、中国の沿岸域と南シナ海の占拠海洋自然地形における軍事プレゼンスは、米国の支配に対する挑戦と見なされている。このため、米軍は、「航行の自由」の名の下に、中国の近海域での情報監視偵察活動を強化してきた。
c.このような地政学的文脈では、中国とその近隣諸国との間に海洋紛争が存在することは、米国にとって、中国の海洋主張に反対することによって、他の領有権主張国と連携する絶好の機会をもたらす。米国は、自らの軍事的展開を強化する一方で、同盟国と提携国と連携して、南シナ海での軍事活動に参加するよう慫慂している。最近の南シナ海では、日本、オーストラリア、イギリス及びフランスの艦艇が活動し、軍事演習の数も増えている。米国の軍事行動と中国の対応は、誤解や誤判断の危険を高め、地域の安定と繁栄を損なう軍事的対立に繋がりかねない。
(3) これら2つの問題は、域内諸国がCOC協議を含む、地域安全保障に影響を与える諸問題に対する政策や行動を検討する新たな動機付けとなった。南シナ海では2つの異なる趨勢が見られる。一方では、領有権主張国は自らの利益を最大化するために努力し、それが結果的に海洋資源などを巡る頻繁な対立をもたらしている。他方では、領有権主張国は地政学的状況、特に米国の高圧的な対中政策(aggressive China policy)がもたらす潜在的な危険に対する意識の高まりに伴って、効率的な地域紛争管理機構として、南シナ海COCを実現しようとする意欲を高めている。中国とASEAN諸国は、COCに関する継続的な接触を維持している。交渉草案に関する第2読会はコロナ禍のために中断されているが、2国間の接触では交渉進展が確認されている。
(4) 中国とASEAN諸国は、コロナ禍にもかかわらず、COCを実現することで南シナ海紛争を管理する決意を示してきた。南シナ海の長期的な平和と安定のためには、COCが関係当事国に自制を強い、信頼醸成措置を推進し、そして非紛争領域における協力活動を推進する上で有効であることが重要である。コロナ禍によるCOC交渉の失速は、全ての当事国に対して、COCの実現が本当に必要か、そしていずれの問題について妥協する意志があるのかについて、真剣に考える機会を提供している。草案読会が進展すれば、主要当事者はCOCを実現するために妥協する意志を示す用意がある。ナショナリズムの高揚が交渉過程を混乱させないように冷静になる必要がある。今が、COC協議を加速させる時であり、創造的思考が必要とされる。依然、南シナ海仲裁裁判所の裁定は分割要因として残る。この問題がCOC協議過程で提起された場合、この問題に対処するには政治的英知が求められる。ASEANは、地域機構としてCOC過程の早期締結を促進するために重要な役割を有している。
記事参照:South China Sea Efforts Enhanced

6月8日「米海軍は戦闘で損傷した艦船を修理する準備ができているか―米国防関連メディア報道」

(Defense News.com, June 8, 2021)
 6月8日付の米国防関連誌Defense Newsのウエブサイトは、“Is the Navy ready to repair battle-damaged ships in wartime?”と題する記事を掲載し、米海軍の戦闘で損傷した船舶の修理能力について米政府責任局が発表した報告書に基づき、米海軍が現状、十分な戦闘損傷修理能力を有していないとして、要旨以下のとおり述べた。
(1) 近い将来における中国との間の戦争の可能性が指摘されている。そのなかで、US Government Accountability Office(米会計検査院:以下、GAOと言う)はある報告書で、大国間の武力衝突が起きた場合に、海軍が戦闘で損傷を受けた艦船を修復する能力を有しているかどうかについて疑問を提起した。
(2) GAOの報告書は、冷戦終結後に米海軍が戦闘船舶修理能力を大部分放棄してきたと指摘している。そして現在、海軍は戦闘で損傷を受けた艦船の修理をどのように行うかについて研究を進めているが、それはなお初期段階であるし、作業を主導し、それに責任を有する主体をはっきりさせてこなかったという。責任者をはっきりさせることなしに、大国間の戦争において、戦闘で損傷した艦船の修理は多くの困難に直面するとGAOは述べる。
(3) 海軍は通常、艦船の調達時に戦闘中の損傷の要因を見積もる「脆弱性モデル」を開発するものだが、GAOによればそのモデルは、艦船が就役している間にほとんど更新されてこなかったという。そのことは、戦闘被害修理能力の向上を阻害してきた。海軍は第2次世界大戦後、戦闘被害修理作業を実施してこなかったが、今後必要とされるのは当時よりも複雑な電子システムやレーダーシステムの修復である。
(4) GAOは、これまでも海軍が直面する課題について報告をまとめてきた。最新の報告が
指摘するのは、現在稼働している造船所における通常の保守・整備作業の忙しさを考慮すれば、戦闘で損害を受けた艦船の修理作業は困難を極めるということである。また、戦場での修理作業は敵からの攻撃の脅威に晒されるため、修理計画全体が影響を受ける可能性がある。修理した艦船をできるだけ早く戦闘に戻さねばならないという時間的制約も、修理作業を複雑にする要因である。
(5) 現在海軍は、複数の戦闘被害修理構想を開発中である。たとえばUS Pacific Fleet(米太平洋艦隊)は2019年に「船舶の戦闘時修理および整備」という構想の開発を始めたが、それは2021年4月に完成した。しかし、現在15あるそうした構想のうち、8つが「ごく初期の開発段階」にとどまっているとGAOの報告書は指摘している。そしてまたGAOは、こうした構想において、戦闘で被害を受けた艦船の修理作業における指揮系統が明確化されていないことを問題視した。
(6) 以上の検証を踏まえ、GAOは海軍が定期的に「艦船脆弱性モデル」を評価、更新して、修理作業を主導する組織を確立するべきであり、また実際の戦闘修理作業における指揮系統の責任を明確化すべきであると主張している。
(7) それに対して海軍は、The Naval Sea Systems Command(以下、NAVSEAと言う)がそうした機能を持つ組織としてすでに存在していると応じたという。しかしNAVSEAは公式にそうした役割を割り当てられているわけではないため、GAOはそれを公式化する必要性を指摘した。NAVSEAの立場は、そうした公式化は改めて必要ではないというものである。
(8) GAOによれば、戦時に戦闘被害をうけた艦船の修理が必要となった場合に、通常の保守・整備体系を運用する際のいくつかの問題点について海軍は認識している。しかし、現時点では海軍はその課題に適切に対処するための「確立されたドクトリン」を欠いているとGAOの報告書は述べている。
記事参照:Is the Navy ready to repair battle-damaged ships in wartime?

6月9日「インド太平洋、米中次世代潜水艦の最前線―日経済紙報道」(NIKKEI Asia, June 9, 2021)

Indo-Pacific: The front line of US and China next-gen submarines
https://asia.nikkei.com/Politics/International-relations/Indo-Pacific/Indo-Pacific-The-front-line-of-US-and-China-next-gen-submarines
NIKKEI Asia, June 9, 2021
 6月9日付の日本の経済紙NIKKEI Asiaは、“Indo-Pacific: The front line of US and China next-gen submarines”と題する記事を掲載し、米国は「オハイオ」級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦の後継艦「コロンビア」級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦の整備を最優先事項としていると指摘した上で、中国、インド、パキスタンの弾道ミサイル搭載潜水艦の整備動向を分析し、弾道ミサイル搭載潜水艦、特に弾道ミサイル搭載原子力潜水艦の残存性の高さが信頼性のある核抑止力として信頼されているとする一方、科学技術の進歩が弾道ミサイル搭載(原子力)潜水艦の残存性を蝕みつつあるとして、要旨以下のように報じている。
(1) 海中での任務遂行は孤独という課題に加えて、別の側面がある。隠密性である。トラ
イデントD-5弾道ミサイル20基を搭載する米弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(以下、SSBNと言う)はただ1つの任務を受けている。核ミサイルの発射命令を待つため世界の最も深い海に隠れていることである。
(2) 世界初のSSBNが公海に向けて出港してから60年間、その命令を受信することはなか
った。しかしながら、世界の主要な大国は密かに海中の抑止能力を建造しつつある。インド太平洋では米国、中国、ロシア、インドがSSBNを運用している。パキスタン、北朝鮮は、通常型潜水艦に搭載ではあるが、潜水艦から核を発射する能力を探っている。
(3) 米Department of Defenseは最近、2022会計年度の予算要求を発表した。ここでは、「オ
ハイオ」級SSBNの後継「コロンビア」級SSBNに50億ドルが配分されている。国防関係者の多くは中国との対立に適合するほど予算枠は大きくないと批判したが、コロンビア計画は批判にさらされなかった数少ないものの1つである。米海軍関係者はここ数年間、「コロンビア」級SSBNは海軍の最優先事項であると述べてきた。「このことは、海軍の視点から、他の計画を犠牲にしてでもコロンビア計画に予算を充当することを意味する」と米Congressional Research Serviceのコロンビア計画に関する報告書はイタリック体を付して強調している。「オハイオ」級SSBN14隻は、12隻の「コロンビア」級SSBNに置き換えられる。「コロンビア」級SSBNは「オハイオ」級SSBN14隻と異なり、核燃料の交換を必要としない。この性能により、米海軍はU.S. Strategic Commandの要求に応じて常時10隻のSSBNを運用が可能である。SSBN10隻を洋上に展開する所要経費は高額であり、経費見積は増額し続けている。Congressional Research Serviceの5月12日付の報告書は「コロンビア」級SSBN12隻の調達経費は1,090億ドルとしている。6月7日付のUSNI Newsは、「コロンビア」級SSBN1番艦の推定価格は6億3,700万ドル増加し、150億3,000万ドルと報じている。「もし、信頼でき、残存性のある核抑止力がなければ、あなた方がしていることの残り全ては意味がない。それがこの計画に第1の優先順位が付けられる理由である」と元潜水艦乗りで、現米シンクタンクCenter for a New American Securityの非常勤上席研究員Tom Shugartは言う。核の3本柱の内、SSBNは最も残存性が高い。SSBNが一旦深海に入れば、探知はほぼ不可能だからである。
(4) 海中の抑止力を希求しているのは米国だけではない。The Australian National University
のThe National Security Collegeが2020年2月に発表した"The Future of the Undersea Deterrent: A Global Survey"と題する研究では、世界中の研究者が中国、ロシア、インド、フランス、英国のSSBN計画だけでなく、パキスタン及び北朝鮮の弾道ミサイル搭載通常型潜水艦への野望についても分析を行っている。
(5) The National Security CollegeのRory Medcalfは、北京が南シナ海において人工島を建設し、軍事化したことへの1つの信頼できる説明は南シナ海を中国のSSBN部隊が米国及びその同盟国から探知されず、攻撃を受けない比較的安全な聖域にしたいからであると述べている。Type094SSBNは推定射程7,200kmのJL-2弾道ミサイル12基を搭載しているが、防護された聖域からはアラスカの目標が攻撃可能であり、日本南方海域からであればハワイにある目標が、ハワイ西方の太平洋中部海域からは米本土西岸の目標を攻撃できるとCongressional Research Serviceは推定している。しかし、ワシントンを攻撃するためには敵威力圏下の海域をハワイ東方まで進出しなければならない。中国がSSBNを運用する際に最大の障害となるのが地理的条件である。中国は、周囲を浅海域に囲まれており、開豁な深さのある太平洋に進出する前にチョークポイントを通過しなければならない。「中国の軍事力の進歩は多くの分野で米国の優位を蝕んできているが、米国が依然優位を維持している分野の1つが潜水艦戦である」とShugartは言う。しかし、もし中国が弾道ミサイルの射程を延伸すれば、中国のSSBNは南シナ海に留まったままで米国を射程に収めることができる「数十年という単位で見れば、中国は南シナ海から米国のどこにでも到達する海上型ミサイルを生産するだろう」と米国の海軍の専門家Norman Friedmanは報告書で述べている。
(6) ニューデリーは2隻目の性能向上型「アリガント」を2021年後半に就役させる予定である。やがて、「インドが長射程の潜水艦発射型弾道ミサイルを配備すれば、米国のようにSSBNが開豁な外洋を哨戒する地理的優位をインドは持っている」とインド海軍情報のトップだったSudarshan Shrikhande退役少将は同じ報告書で述べ、「的の攻勢的な対潜戦が有効な聖域を越えて我々は行動する必要がある」と付け加えている。イスラマバードにあるQuaid-i-Azam University講師 Sadia Tasleemによれば、パキスタンの海上発射型巡航ミサイルの能力は実践的と言うにはほど遠いものである。「多くの防衛問題専門家は、パキスタンはフランスから購入したアゴスタ-90B通常型潜水艦3隻を運用し続けるだろうと主張している」とSadia Tasleemは報告書で述べている。パキスタンの突破口は中国からの支援である。中国は改良型Type093通常型潜水艦及びType041元級通常型潜水艦計8隻の提供を合意した。最初の4隻は2023年にパキスタンに到着し、残り4隻は2028年までにカラチで組み立てられる。「これら中国からの潜水艦の追加はパキスタンの海岸海域及びSLOCの防衛能力を飛躍的に向上させるだろう」とSadia Tasleemは報告書で述べている。
(7) 何年にもわたり、SSBNは最新の対潜戦能力といたちごっこを繰り広げてきた。技術の進歩によって多くのことが成し遂げられ、海洋は一層ものが見通せるものとなり、SSBNの残存性が蝕まれつつある。SSBNの残存性が蝕ばむ技術の進歩にはビッグデータ分析と新しいセンシング技術を可能にする水中無人機の一群が含まれる。「CubeSatは地球全体の高解像度の画像を毎日提供しており、この種の画像は適切な問題の解法手順と組み合わせることでこれまで明らかにされてこなかったSSBNの運用上の特徴を明らかにするかもしれない」と米School of International Graduate Studies at the Naval Postgraduate SchoolのJames Wirtzは報告書で述べている。しかし、海洋は広大である。英海軍退役少将John Gowerは、北大西洋とノルウェー海の開豁な海域を覆うためには400万基近い無人潜水機が必要と試算し、「そのように大量の無人潜水機は想像を絶する指揮・統制・通信上の問題を引き起こすだろう」と書いている。しかし、ロボットがSSBNの地位を乗っ取るまで、SSBNは世界の冷たい深海を遊弋し続けるだろう。
記事参照:Indo-Pacific: The front line of US and China next-gen submarines

6月9日「米海軍は、真に新しい海軍の建設を開始するべく、予算要求を見直すべし―米専門家論説」(The Strategist, June 9, 2021)

 6月9日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは米海軍情報将校Nick Danby の“Instead of countering China, US Navy plans another ‘rebuilding year’”と題する論説を掲載し、米海軍の2022年度予算要求は最新技術への移行が不完全である、早急にAIやサイバー技術などの最新技術に重点を置いた新しい海軍の建設をスタートするべきだとして要旨以下のように述べている。
(1) 2021年4月下旬、Joe Biden大統領は世界での米国のひとりよがりに終止符を打つとい
う公約を繰り返した。彼は議会で「我々は21世紀に勝つために、中国や他の国々と競争している。もっと精力的に競争しなければならない」と語った。1か月後、Biden政権は国防総省の2022年度予算要求を議会に提出した。しかし、Bidenは米軍に対する大幅な予算増を許さなかった。中国のような大国の競争相手に対抗するには活発で堅牢な米海軍が必要である。2022年度予算要求は、防衛予算総額の22.9%(1,639億米ドル)を海軍に割り当てているものの、(中国のような大国の競争相手に対抗する)海軍力を保証してはいない。結論としては、Biden政権は南シナ海における同盟国の領有権主張保護、中国の台湾侵攻抑止、航海の自由の維持などの多くのことを、少ない予算で、米海軍に求めている。資金の配分は予算の有効性を決定する。2022年度予算要求では、運用・造修3.4%増、人員3.5%増、研究開発12.4%増、インフラ整備13.9%増の資金を捻出するため、調達支出を5.7%減にしている。優先順位の変化は、海軍が「戦備と人員に焦点を当てた計画を維持強化しながら、海軍力を革新し、近代化したい」という海軍の願望を反映している。一見すると、配分は戦略的な意味を持っているように見える。将来の勝利を確実にするために若いスター選手をトレードする米国のプロスポーツチームのように、米海軍は「再建の年」を迎えている。新しい脅威に適合しない古い兵器体系や艦船を捨てて、「AI、極超音速技術、サイバー能力を含む我々の軍隊に新しい戦いの利点」を提供できる新しい技術の研究開発を強化するために予算の重点を変化させるべきである。将来の艦船、航空機、武器体系、その他の装備を確実に建造・製造するために、研究開発の倍増を保証すべきである。しかし、造修、造船に関する調達を急速に削減することは、米海軍の予算としては適当ではない。2022年度の調達案は、中国が同年に建造する予定の半分の8隻分しか新造艦関連の予算がない。このようなわずかな建造隻数では、15隻の艦艇の計画的な引退を考慮すれば296隻体制を維持し、艦隊を拡大することはできない。
(2) 2018年の国防戦略の大国間競争への方向転換に続いて、米海軍は「個々の艦艇の攻撃力と防御力を高め、全世界に分散した海域で、分散した戦闘を実施する」ことに焦点を当てた「武器分散(Distributed Lethality)」と呼ばれる新しい運用原則を考案した。現在の海軍の艦隊は、この戦略を実行するための強靭さ、機動性、火力を欠いている。そのため、無人または小型艦艇を増強し、大型で高価な艦艇を削減したより大規模な「機敏で分散した」艦隊が望まれている。このビジョンを達成するために、海軍は2030年代までに355隻という目標を設定した。Mark Esper国防長官は、2045年までに500隻以上の有人および無人艦艇を求めるという独自の計画を発表してもいる。しかし「年間8隻の船では355隻には達しない」とJohn Gumbleton予算担当海軍次官補が認めたように、海軍はその目標を満たすためには、年間10隻の艦艇を調達する必要がある。
(3) 2020年、海軍は運用、造修、研究開発に再投資するために調達を17%削減した後、8隻の艦艇を要求した。2021年度も再建の年となった。しかし、ある時点で米海軍は再建計画を中止し、新たな建造計画、競争、勝利を開始する必要がある。残念ながら、その計画変更を実施するための予定表がない。国防総省は「毎年30年間の造船計画を年間予算提出とともに提出する」ことを法律で義務付けられているにもかかわらず、通常の5カ年計画(将来防衛プログラムまたはFYDPと呼ばれる)なしで今年の予算を発表した。2022年度の削減分はどこに行くかと尋ねられると、Gumbleton予算担当海軍次官補は、それは次の予算で「決められる」と言っている。Biden政権に軍の将来の規模に関する長期的な予測がなければ、海軍は調達支出を増やす動機をさらに少なくするであろう。長期的な戦略的野心の達成は、短期的な計画とうまく結び付くことはめったにない。しかし、国防総省の要求は単なる要求に過ぎない。議会は大統領予算を制定する前に修正する。議会は、海軍が余裕がないと言っているアーレイ・バーク級駆逐艦1隻の追加とより多くのコンステレーション級フリゲート艦と無人船を含む、より多くの艦船建造費を確保するために海軍の予算を増額するべきである。また、Biden政権は長期計画(またはFYDP)を公表し、2030年代初頭までに艦隊を355隻に拡大するという期限を設定する必要がある。355隻という数については、Michael Gilday海軍作戦部長も2021年4月に「本当に良い目標だ」と述べている。米国は今世紀に「もっと精力的に競争しなければならない」と述べたBiden大統領は正しい。しかし、米海軍に関する2022年度予算要求は競争力がないだけでなく不十分である。
記事参照:Instead of countering China, US Navy plans another ‘rebuilding year’

6月10日「中国と中央北極海無規制公海漁業防止協定(CAOFA)―オーストラリア専門家論説」(June 10, 2021)

 6月10日付のデジタル誌The Diplomatは、オーストラリアMacquarie UniversityのThe Centre for Environmental Lawセンター長Nengye Liu准教授の” China and the Agreement to Prevent Unregulated High Seas Fisheries in the Central Arctic Ocean”と題する論説を掲載し、Nengye Liuは中央北極海無規制公海漁業防止協定の採用には全ての関係国が合意したものの、今後さらなる漁業管理組織を設立するかは中国と西側諸国の間の大きな緊張点になる可能性があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 5月9日、中国政府は「中央北極海無規制公海漁業防止協定」(以下、CAOFAと言う)を最終的に承認した。そしてカナダ政府に批准書を寄託する。CAOFAは、カナダ、デンマーク(グリーンランドとフェロー諸島を代表)、ノルウェー、ロシア、米国の北極海沿岸5ヵ国が、中国、欧州連合(EU)、アイスランド、日本、韓国とともに、2018年10月3日に署名したいわゆる「北極海5+5」である。CAOFAの第11条(1)によると、協定はすべての署名国がオタワに批准書を提出してから30日後に発効する。中国は、北極圏5+5の中で最後にCAOFAを批准した国であり、これで2021年6月中には発効する見込みとなる。CAOFAは北極圏の漁業管理の空白を埋め、国際法に基づく北極圏の環境保護にとって画期的なものである。
(2) 北極海沿岸5ヵ国は長年にわたり、北極圏における管理者の役割を自認してきた。しかし、国連海洋法条約では公海上での漁業の自由が定められ、北極点周辺の中央北極海(以下、CAOと言う)は北極圏の公海部分であるので、非北極圏諸国であっても一定の漁業権を有している。かつてCAOは氷に覆われており、商業的な漁業活動も行われていなかったので規制の対象ではなかったが、気候変動により温暖化した北極圏に魚が北上してくるため、近い将来、CAOで商業漁業が行われる可能性が出てきた。
(3) 米国が主導してCAOFAを採択したのは2007年のことである。しかし、北極圏の国々は、CAOで効果的な漁業管理を実現するには主要な漁業国の協力が必要であると考え、2015年7月16日、北極圏5ヵ国によりオスロ宣言として知られる「CAOにおける無規制公海漁業の防止に関する宣言」が採択された。そして中国、EU、アイスランド、日本、韓国は、CAOにおける潜在的な漁業規制のための交渉に参加するよう招かれた。
(4) 中国は現在、世界最大の遠洋漁業船団を持っており、169の企業が2,654隻の漁船を太平洋、インド洋、大西洋、南洋の公海上、および42ヵ国の排他的経済水域で操業させている。中国の「国家遠洋漁業発展第13次5ヵ年(2016-2020)計画」には、「中国は北極の漁業に関する問題に注意を払い、他の締約国と一緒に北極の漁業の調査と管理に参加する」と明記されている。
(5) CAOではまだ商業漁業が開かれていないことが主な理由であるが、中国代表団は、ワシントンD.C.(2015年12月と2016年4月)、ヌナブト(2016年7月)、トロムソ(2016年9月)、トースハウン(2016年11月/12月)、レイキャビク(2017年3月)、オタワ(2017年10月)、そしてワシントンD.C.(2017年11月)で行われたCAOFAの会議すべてに出席した。目立たない存在ではあったが、この会談では非北極圏の国である中国が、北極圏の国々と対等に座って、この地域のための条約を交渉するという初めての試みが行われた。中国が特に注目したのは、科学的研究とモニタリングのプログラム(第4条2項)、CAOの地域漁業管理組織の設立に向けた段階的な活動、政治的な妥協点として16年間とされた商業漁業禁止協定の期間(第13条)などである。
(6) 中国はCAOFAの採択を支持し、他の9ヵ国とともに署名したが、中国政府がこの協定を承認するまでには3年近くかかった。中国の「条約締結の手続きに関する法律」によると、条約または重要な協定の批准は全国人民代表大会の常務委員会が決定することになっており、これに該当しない協定等は国務院の承認となる。CAOFAは国務院でしか承認されていないので、中国政府にとってCAOFAは重要な協定には分類されていない。また、既に真剣な交渉によって合意された国際協定を、中国がこのような長い過程で承認するのは異例のことであるが、それはTrump時代の米中の地政学的緊張の高まりが中国のCAOFA承認の遅れに大きく影響したのであろう。
(7) Biden政権発足以降も、米中2国間関係は緊迫した状態が続いているが、気候変動など共通の関心分野での協力には明るい兆しがある。2021年4月に気候問題担当の大統領特使John Kerryが上海を訪問した際には、「気候危機に対処する米中共同声明」が発表された。今回のCAOFAの承認は、中国が北極圏をはじめとする特定の問題で欧米と協力する意思があることを示す最新の兆候である。さらに、2021年5月のロシアの北極評議会議長国就任当初に、中国がCAOFAを承認したという事実を無視してはならない。2019年、中国とロシアは2国間関係を包括的戦略提携に格上げすることで合意した。提携には、北極協力が具体的に含まれている。
(8) CAOFAの発効は、変化する北極圏における漁業管理の新たな始まりを意味する。近年、中国は極地を含む広範囲な海洋ガバナンスに対して、「環境保護と合理的利用の均衡」というシナリオを推し進めている。例えば、中国の2018年北極政策白書では、「科学的な方法での保全と合理的な利用」が北極公海における海洋生物資源のガバナンスに関する中国の姿勢であるとしている。CAOFAでは「合理的利用」について全く触れられていないにもかかわらず、2021年3月末にロシアが発表した「北極評議会議長国としての優先事項」ではこの言葉が使われている。
(9) CAOFA前文には、「近い将来、CAOの公海部分で商業漁業が成り立つとは考えにくい。したがって、現在の状況下ではCAOの公海部分に更なる海域または小海域の漁業管理組織や取極を設立するのは時期尚早である」と記載されている。今後、中国は、CAOにおける16年間の商業漁業禁止期間中に、CAOにおける潜在的な漁業機会を理解することに細心の注意を払い、科学的調査とモニタリングの共同プログラムに積極的に参加し、試験的操業を行うことが期待されている。しかし、CAOFAの採用には全ての関係国が合意したものの、次の段階、すなわち商業漁業禁止を継続するか、もしくは持続的に管理するための漁業管理組織を設立するかは、当面、中国と西側諸国の間の大きな緊張点になる可能性がある。
記事参照:China and the Agreement to Prevent Unregulated High Seas Fisheries in the Central Arctic Ocean

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) NORTH KOREA STILL OBTAINING NEW OIL TANKERS, DESPITE SANCTIONS
https://amti.csis.org/north-korea-still-obtaining-new-oil-tankers-despite-sanctions/#:~:text=UN%20resolutions%20and%20a%20global,to%20its%20oil%20smuggling%20fleet.
Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, June 1, 2021
By Leo Byrne is an expert on North Korea's maritime sanctions evasion practices and the former data and analytic director at Korea Risk Group. 
 6月1日、米国の分析会社Korea Risk Groupの北朝鮮専門家Leo Byrneは、米シンクタンクCSISのウエブサイトAsia Maritime Transparency Initiativeに、“NORTH KOREA STILL OBTAINING NEW OIL TANKERS, DESPITE SANCTIONS”と題する論説を寄稿した。その中で、①北朝鮮は、2019年に1隻、2020年に2隻のタンカーを入手しており、石油密輸能力を強化し続けている、②この3隻のうち2隻は韓国企業が所有していたが、残りの1隻は北朝鮮の確立された制裁回避網からのもので、外国で活動する平壌の信頼できる第3者の回避者が果たす多面的な役割を示すものである、③北朝鮮は、入念な仕事をするとは思えない地元ブローカーの援助で一見すると合法的なルートで新造船を入手するか、国連制裁を回避している組織に指定され、×印が付けられていない制裁回避者から新造船を調達している、④最近の3隻の船の移行に共通しているのは、中国で活動するエージェントだが、これが、国連の制限の執行が強化される前兆となる可能性は低い、⑤北朝鮮に対する決議に対する北京の関心は、ワシントンとの関係に相関しており、米国の新政権とパンデミックの影響が相まって、平壌の拡大し続ける制裁回避手段の核心から目が逸れる状態のままという可能性がある、⑥北朝鮮は、2019年と2020年にタンカーを苦労せずに手に入れることができたならば、2021年にはより容易に手に入れることができるだろう、といった主張を述べている。

(2) THE AMBIGUITY OF STRATEGIC CLARITY
https://warontherocks.com/2021/06/the-ambiguity-of-strategic-clarity/
War on the Rocks.com, June 9, 2021
By Alastair Iain Johnston, a professor in the government department at Harvard University
Tsai Chia-hung, the director of the Election Study Center at National Chengchi University in Taiwan
George Yin, a visiting assistant professor of political science at Swarthmore College and a research associate at the Harvard Fairbank Center for Chinese Studies
Steven Goldstein, the Sophia Smith Professor of Government at Smith College Emeritus, an associate of the Fairbank Center, and the director of the Taiwan Studies Workshop at Harvard University
 2021年6月9日、米Harvard UniversityのAlastair Iain Johnston、National Chengchi University in Taiwanの蔡佳泓、米Harvard Fairbank Center for Chinese StudiesのGeorge Yin、そして米Taiwan Studies Workshop at Harvard UniversityのディレクターであるSteven Goldsteinの4名は、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに、" THE AMBIGUITY OF STRATEGIC CLARITY "と題する論説を発表した。その中で彼らは、最近、中国海軍と空軍が台湾周辺で活動する頻度が増えていることを取り上げ、米国の政治家、官僚、評論家、専門家らは台湾をめぐって軍事衝突の可能性が高まると推測しているとした上で、彼らのほとんどが中国の台湾攻撃に対する抑止力を強化することの必要性を主張するが、一方でそれがどのように行われるべきかについての合意はないとし、中国からの攻撃があった場合の台湾に対する米国の軍事的、外交的支援の範囲や規模が不明確であるため、米国は台湾との関係において 「戦略的曖昧性」 を維持すべきであると主張する声もあると指摘している。そして彼らは、こうした不確実性は米国が台湾の独立を支持していないことを北京と台北に示唆することになるかもしれないが、戦略の明確化が中国の武力行使に対する抑止力を高める可能性があるかどうかを示す体系的な証拠はほとんどないとした上で、戦略を明確にすることは、台湾の人々の戦闘意欲を高めることによって中国による台湾攻撃の抑止力を強化するのに役立つ可能性があるが、同時に、独立に対する国民の支持を高めることによって逆に抑止力を弱める可能性があり、結果として、米国が台湾の独立を支持しないという中国の信頼が損なわれるかもしれないと述べている。そして最後に、米国が中国の台湾攻撃を抑止する能力を最大限に発揮するためには、台湾の防衛における武力行使の決意と台湾独立の阻止を明確に伝えることが必要ではないかと主張している。

(3) Countering China’s Intimidation of Taiwan
https://www.afsa.org/countering-chinas-intimidation-taiwan
The Foreign Service Journal, June 2021
Robert S. Wang, a retired Foreign Service officer, is a senior associate with the Center for Strategic and International Studies and an adjunct professor at the Georgetown University School of Foreign Service
 2021年6月、元外交官で米Georgetown University客員教授のAlastair Iain Johnstonは、米外交問題月刊誌The Foreign Service Journalに、" THE AMBIGUITY OF STRATEGIC CLARITY "と題する論説を発表した。その中でJohnstonは、Biden大統領就任後の最初の週末に、台湾国防省が台湾南西部の防空識別圏に対する中国軍機による大規模な侵入を発表したが、以後、中国軍はこうした行動を繰り返しているとし、こうした行動に対して米国がどのような態度で対応していくのかに関する米国有識者の論評を引用する形で、米国はこれまで長期間にわたり「曖昧戦略」を維持し、この戦略が両岸関係の安定を支えてきたことは認めつつも、この曖昧さが軍事力を増強し、ますます強硬な姿勢を採る中国を抑止する可能性は低いと考えられていることを紹介している。そしてJohnstonは、米国は将来的に想定され得る中国の武力行使に米国が対応しなければ、日韓などの同盟国の信頼を損なうことになるとし、今後も米国が曖昧戦略を維持していくことに対し、①この戦略は、中国の台湾と周辺地域に対する自己主張の増大を抑えるものではないこと、②台湾の人々は米国の関与が相対的に弱まっていると感じているため、中国の圧力に屈し、自分たちの価値観や利益ではなく、自分たちの恐れを反映した中台間の妥協を求める人が増える可能性があること、③中国は米国側の不確実性と弱さを感知すると軍事的圧力を高め続けるため曖昧戦略は誤算を生じる可能性があることの3点を指摘し、中国の台湾に対する軍事的脅威と威圧、そして台湾の民主主義に米国がどのように立ち向かうかが、米国が国際公約を実行できるかどうかの重要な試金石になると主張している。