海洋安全保障情報旬報 2021年5月11日-5月20日

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5月12日「インド太平洋へのヨーロッパの関与の深化における英仏の役割―米安全保障専門家論説」(Geopolitical Monitor.com, May 12, 2021)

 5月12日付の加情報誌Geopolitical Monitorのウエブサイトは、米シンクタンクCenter for International and Maritime SecurityのプロデューサーKeagan Ingersollの“UK-France Joint Action Key to European Relevance in the Indo-Pacific”と題する論説を掲載し、そこでIngersollはインド太平洋地域へのヨーロッパの関与を拡大していくためには英仏が果たすべき役割が大きいとして、要旨以下のとおり述べた。
(1) 2021年3月末に英Ministry of Defenseは、南シナ海に空母打撃群を派遣し、日本やオランダ、オーストラリア、米国などと共同で作戦行動を行う計画であると発表した。その数週間前にはフランスが南シナ海で自由の航行作戦を実施したばかりであった。英仏両国によるこれらの行動は、インド太平洋に軸足を移そうという構想の最も新しい部分の1つである。
(2) 英仏は、インド太平洋が自由で開かれたものであることに共通の利益を有しているが、しかしこれまでそれぞれの行動は個別的なものであった。これからの英仏は、大きく3つの観点から、インド太平洋における両国の協力を深めることを視野に入れるべきである。その3つとは、英仏両国の戦略的な相違を再調整すること、インド太平洋での作戦行動における協力を促進すること、そして地域におけるヨーロッパおよびアジアの提携国との既存の協力関係を動員することである。
(3) 上記の3つの点について述べる前に、インド太平洋地域が重要である理由を整理しておく。インド太平洋には、急激に経済成長を遂げている国々があり、世界全体の貿易の半分以上がインド太平洋の国々によるものである。EUは最近、ヨーロッパ諸国がインド太平洋によりコミットする必要性があることを強調するインド太平洋戦略を発表した。英国もまた、「グローバル・ブリテン」の推進のためにインド太平洋が重要であることを3月の統合見直し(Integrated Review)で強調した。
(4) 英仏両国のインド太平洋に関する戦略的認識には違いがあるが、それを調整する必要があろう。英国はこれまで、インド太平洋における安全保障はアメリカや英連邦に大部分を委ね、たとえば5ヵ国防衛取極のような多国間の枠組みの一員としてのみその地域に関わるという限定的な関与政策をとってきた。しかし近年、インド太平洋におけるより積極的な役割を担おうとしている。それが空母打撃群の派遣などの方針に表れているし、香港住民に英国市民権を付与する道を開く政策など、インド太平洋における影響力拡大のための種々の決定を行ってきた。
(5) フランスはそもそも、インド太平洋に英国より強力な紐帯を有している。多くの海外領土の維持とそれによる広大な排他的経済水域の保持、軍事基地の運営などである。(インド太平洋において)このような広がりのある存在であるため、ASEANや環インド洋地域協力連合、太平洋諸島フォーラムなど種々の地域的枠組みに積極的に関わってきた。また、ここ3年の間にフランスは、南シナ海における自由の航行作戦を年間少なくとも2度は実施してきた。以上のように英仏のインド太平洋への関わり方にはこれまで違いがあったが、最終目標は同じである。双方ともに、自由で開かれた、法に基づく秩序が維持されたインド太平洋を望んでいる。中国の影響力が拡大し、それが脅かされている時、英仏が歩調を合わせて行動することが極めて重要となってくる。
(6) インド太平洋への関わりを深める第1歩として、戦略的2国間対話を再開すべきであろう。双方とも既にインド太平洋における大規模な共同軍事演習を行っているが、将来的に部隊の配備や作戦の対価を下げるために調整できることがある。たとえば、英国やオーストラリアは、同盟国の艦船をそれぞれの空母打撃群の指揮系統に統合することによって、各国の海上の能力をより統制されたものにすることを重視しているが、英仏の間でもこうした努力が進められる可能性がある。それによってヨーロッパ全体のインド太平洋への関与を深めていくことができるだろう。ヨーロッパの展開を増大させることはインド太平洋の安全保障の維持にとって決定的に重要であろう。
(7) 英仏はそれぞれがインド太平洋の国々との間に緊密な関係を持っているが、その関係を相互の利益促進のために利用すべきである。インド太平洋諸国とヨーロッパ諸国の間の協力を推進するような包括的な機構はまだ存在しないが、英仏がその構築を助けることができよう。たとえばフランスが持つインドとの強力な関係は、海洋安全保障などの分野における英国とインドの関係強化を促進できるし、伝統的に緊張関係にあるフランスとオーストラリアの間を英国が取り持つこともできる。同様の考え方はヨーロッパの同盟国にも適用できる。たとえばドイツやオランダなどは、長期かつ遠方への部隊の配備をするための基幹施設や予算、支援要員を欠いているが、英仏が自国の資源を動員してヨーロッパ全体での共同の努力を組織することで、そうした国々のより幅広い関与を可能にできるだろう。
(8) インド太平洋は、その人口や資源、主要な航路という点から、ヨーロッパにとって今後も重要な地域であり続けるだろう。中国が台頭するなかでインド太平洋に対して何の関与もないままであれば、その地域は不安定化し、通航すらできなくなるかもしれない。戦略的利益の維持のためには、英仏の積極的な関わりと協力体制の構築が必要となるであろう。
記事参照:UK-France Joint Action Key to European Relevance in the Indo-Pacific

5月12日「スーダンのロシア海軍基地の現状と今後―ロシア専門家論説」(Eurasia Daily Monitor, The Jamestown Foundation, May 12, 2021)

 5月12日付の米シンクタンクThe Jamestown Foundationのデジタル誌Eurasia Daily Monitor のウエブサイトはJamestown Foundationの上席研究員Dr. Sergey Sukhankin の“Russian Naval Base in Sudan Stays for Now: What Happens Next?”と題する論説を掲載し、ロシアはスーダンに関与し当面海軍基地を維持し続け、スーダンの現政権もロシアとの軍事的経済的合意を支持しているとして要旨以下のように述べている。
(1) 2021年4月下旬から5月上旬にかけて、アル・アラビヤ放送や地元のスーダンの情報源などのいくつかの信頼できる情報提供者は、スーダン政府がロシアとの軍事技術協力に関する2国間協定を事実上無効にしたと主張している。報道によると、スーダン当局はロシア政府に対し紅海に軍事基地を設置するために派遣したすべての装備をポートスーダンから撤収するよう要請したという。この情報は、スーダン政府によって正式に確認されたことはない。スーダンのロシア大使館は、この話を「間違った情報の一例」と呼び、無視している。それ以来、この問題に関する情報がないことを考えると、スーダンのロシア海軍基地はこのまま残る可能性が高いようである。さらに、ロシア政府は明らかに現地の資源採掘への関与を拡大するための口実として、ロシアの軍事的展開を利用することを考えている。この点で特に興味深かったのは、2021年3月のスーダンのロシア商工会議所代表Nikolai Everstovとのインタビューであった。彼は、ロシアが関与しているスーダンは最も急速に発展しており、ロシアのスーダンへの関与は、主に次の5つの分野で行われるであろうと述べた。
a. 電気通信について。ロシアはスーダン政府のデジタル化サービスを提供し、最新の情報技術の獲得を支援している。ロシアは、ロシアのサービスを利用することによりスーダンは「国家インターネット」の実現を含む情報技術空間の管理を強化できるだけでなく、近隣諸国へのインターネットサービスの源泉になるだろうとスーダン当局を説得しようとしている。
b. 航空・航空機について。スーダン政府は技術基盤の欠如によりこの分野では圧倒的に輸入に依存している。ロシアはスーダンの商用航空部門の開発に戦略的に関心を持っている。ロシアはスーダンにスホーイスーパージェット100、Il-114、イルクートMC-21旅客機を売る準備ができている。さらに、ロシアは修理や後方支援を含む追加のサービスを提供する意思がある。
c. 農業について。スーダンの気象条件を考え、ロシアは穀物貯蔵と加工サービスだけでなく、ロシアの大学やアカデミーでスーダンの農業専門家のための訓練を提供している。
d. エネルギー関連について。ロシアは、スーダンでの発電所やその他の重要インフラの建設に戦略的に関心を持っている。
e. 金の採掘について。スーダンはアフリカで最も金に恵まれた国の1つであったにもかかわらず、昨年は100トン余りの金しか採掘されなかった。スーダンは地質探査と高度な掘削技術に関する専門知識を欠いている。それらはロシアが容易に貢献できる分野である。さらに、スーダンに対する国際的な制裁の緩やかな解除は、関連する金融取引きの分野における協力について拡大される見通しを開くものである。
(2) ロシア商工会議所代表Nikolai Everstovは触れなかったが、特別な注意を払うに値する重要な分野の1つは、軍事・技術協力の分野である。スーダンはアルジェリアやアンゴラとともに、アフリカにおけるロシア製兵器システムの主要な購入者である。2016年だけでも、スーダン軍は、T-72主力戦車を含むロシア製兵器を相当な数を取得した。さらに、スーダンにはまだ修理を必要とするロシア/ソ連の武器の大規模な備蓄がある。したがって、ロシアのスーダンへの関与の拡大は、海軍基地を口実として、軍事技術の領域をはるかに超えた効果を持つ可能性が高い。ポートスーダンの海軍基地の費用対効果に関しては、ロシアの主要な軍事専門家の中でもさまざまな意見がある。2017年にこの問題について、ロシアを代表する最も権威のある軍事専門家の1人で、雑誌Arsenal Otechestvaの編集長Viktor Murakhovskyはスーダンに海軍基地を開設することは、危険かつ無駄であると述べている。軍事・戦略の観点からは、ロシアは紅海への入り口と紅海全体の両方を支配することが可能なイエメンのアデン、ソマリアのベルベラ、エチオピアのナクラというはるかに良い位置にある基地を獲得するべきである、スーダンの軍事基地は同じ役割を果たすことはできないであろうと主張した。さらにMurakhovskyは、ロシアが直面する可能性のある他の2つのリスクを強調した。第1は、スーダン軍のかなり劣悪な状態である。ロシアが訓練してやらなければならない。第2は、スーダンは隣国の南スーダンと紛争状態にあり、ロシアがその対立に引きずりこまれる可能性である。彼は、湾岸諸国が自国の内戦を乗り越えた後、10年から15年以内に、将来イエメンに基地を設立することがより賢明であると主張している。もう1人の著名なロシアの専門家であるVictor Litovkin退役大佐は正反対の話をしている。スーダンの基地は「紅海の真ん中」に位置しており、その地理的位置が実際には非常に良いものであることをLitovkin退役大佐は示している。同時に、スーダンの海軍基地の建設はロシアにとってもスーダンにとっても有益であり、高いレベルの失業率に苦しむ両国の人々が施設に関連する建設計画、サービス、消費財の供給の面で雇用を見出すことができると主張している。
(3) 最終的な分析において、2 つの側面を強調する必要がある。第1に、ロシアはスーダンにおける新たな海軍基地を維持し続けるであろうが、今のところは目立たないようにしているであろう。しかし、ロシアは、経済取引を含むスーダンとの他の非軍事分野での協力を追求することによって、その存在を示そうとするだろう。第2に、スーダンでOmar al-Bashirが政権を握っていた時に、ロシアと海軍基地の建設を含む軍事・技術協力に関する合意が締結されたが、2019年に彼が失脚したことが自動的にスーダンの対ロシア外交政策の抜本的な変化とはならないであろう。両国の合意は、スーダン市民の抑圧にも関与したと言われている悪名高いロシアの民間軍事会社Wagner Groupからの安全保障支援を含めて、Omar al-Bashirだけでなく最終的に彼を倒したスーダンの軍事エリートによっても支持されている。
記事参照:Russian Naval Base in Sudan Stays for Now: What Happens Next?

5月12日「習近平、プーチン方式で台湾を奪取できるか―米専門家論説」(Asia Times.com, May 12, 2021)

 5月12日付の香港のデジタル紙Asia Timesは、日シンクタンクThe Japan Forum for Strategic Studies Center for Security Policy上席研究員Grant Newsham米海兵隊退役大佐、の “Could Xi take Taiwan like Putin took the Donbass?”と題する論説*を掲載し、ここでGrant NewshamはPutinがウクライナ東部のドンバスを手中に収めたように、習近平は硫黄島スタイルの強襲ではなく、ドンバス方式によって台湾を占領できるかと問い、要旨以下のように述べている。
(1)昨今、中国による台湾への全面的な攻撃の可能性が取り沙汰されることが多い。例えば、US Indo-Pacific command司令官は最近の議会証言で、こうした攻撃が2027年あるいはそれより早く行われるかもしれないと警告している。こうした警告は、ミサイル攻撃と空爆を伴った台湾に対する硫黄島型の水陸両用攻撃をイメージさせる。しかし、我々は、ロシアのPutin大統領による2014年のウクライナ東部ドンバス地方(ドネツィク州とルハーンシク州)への侵略、占領方式に似た、あまり目立たない地味な侵略の可能性を考えてみよう。
(2)Putin自身は、ドンバス地方のウクライナ政府に対する反乱には関わっていない、むしろ政府の抑圧に不満を持ったのは地元の民兵や市民だと言明している。2001年の国勢調査によれば、ウクライナ人はルハーンシク州の人口の58%、ドネツィク州の56.9%を占め、他方ロシア人は2つの州でそれぞれ39%と38.2%を占め、最大の少数民族となっている。ドンバス方式を見れば、Putinは幾つかの利点を持っていたことが分かる。第1に地理で、ロシアはウクライナと国境を接しており、攪乱、後方支援そして協調作戦が極めて容易である。第2に、地元民はロシアに対してある程度の親近感を持っていた。ドンバス地方では、ソ連時代に多額の補助金を受けた多くの鉱山労働者がソ連崩壊後、経済的に落ち込み、住民の多くは古き良き時代への復帰を夢見ていた。故に、Putinはドンバス地方で協働できる人的資産を持っていたし、明らかにウクライナの首都キエフにまで進撃することを計画していたし、キエフには親ロ派の言論人も多くいた。最大の驚きは、Putinが首都を占拠できなかったことであろう。それにもかかわらず、ウクライナ政府はもはやドンバス地方も、そしてPutinが同様の方法で併合したクリミアも支配していない。
(3)これに対して、台北が統治する領域は台湾本島と多くの島嶼から構成され、本島は中国沿岸から台湾海峡を挟んで約180Kmの距離にあり、面積は約3万6,000平方Kmである。台湾には、通常国民党に属する多くの親北京派の政治家がおり、その一部は統一賛成派だが、その他は北京を支持することに必ずしも反対ではないが、不必要な危険を冒すつもりもない人々である。実際、国民党の馬英九政権時代(2008年~2016年)は、馬政権が台湾を守ることに本当に関心を持っているかどうか疑問視された程、中華人民共和国に近すぎるように思われた。一方、「1つの中国」原則に反対するのは、台湾独立支持派で、「台湾共和国」を実現し、別のアイデンティティを育みたいと願っている。
(4)親北京派の影響力は、馬政権時代にはトップレベルだけではなく、学界にも蔓延しており、現在でもそうである。さらに地域レベルでは宗教団体、共同体組織、そして様々な「統一戦線」組織でも見られた。しかも台湾の実業界の関心は、現在でも依然残っているが、大陸本土への投資とそこで利益を上げることであった。台湾のメディアには、多くの親北京派の新聞や放送局が含まれており、現在でもそうである。馬政権時代には経済が弱体で、見通しの暗い世相にあって、若者の間でさえ、台湾の将来は大陸とともにあるという感情が広がっていた。台湾の当局者が言ったように、台湾は北京のスパイには事欠かなかったし、現在もそうである。台湾の対外防諜機関は定期的に、中国のスパイ容疑で、台湾人官吏や退役、現役軍人を検挙してきた。したがって、もし中国と習近平がここ数年、もっと巧妙な手を使っていたら、中国がドンバス方式のシナリオに着手できたかもしれない程度にまで台湾を懐柔できていたかもしれない。
(5)しかし、習近平と中国共産党は自制できなかった。ある中国専門家は、要旨以下のように述べている。「習近平の前任者は正しい考え―善良な女性に悪い結婚を唆す―を持っていた。彼女を賞賛し、贅沢をさせ、親切にし、溺愛し、決して批判しない。彼女への贈り物を購入し、家族に会わせる(学生交流を奨励し、台湾人が中国に住み、働くことを容易にする)。共同投資で財政的に彼女を自分に結び付け、そして一緒に家を購入する。」それは長いプロセスであり、習近平は長い求愛の儀式にうんざりした。
(6)中国が既に台湾にかなりの第5列を擁していることは明らかである。長年にわたり、定期的な船便や航空便が利用可能であったので、人的移動だけでなく、武器、弾薬、装備品及びその他の物品などを動かすのは難しいことではなかった。台湾と大陸の間には確立された密輸ルートがあり、何年間も運営されてきた。台湾には、このビジネスに深く関わっている強力で広範な組織犯罪組織があり、一般的に親中国と見なされている。台湾の主要な港の1つは長い間、密輸品の出し入れを大目に見てきたと噂されている。したがって、暗殺を実行したり、全島内の主要な目標への攻撃を開始したりすることで、第5列が台湾に対する攻撃を支援する行動を起こすことが期待されている。北京は、こうした行動を、台北が中国にとって越えてはならない一線である独立に向かって動いていると主張することで、「分裂主義者の蜂起を抑圧する」行動と特徴づけることは間違いないであろう。あるいはまた、北京は、大陸本土との「愛国的な台湾人による統一要求」という「解放運動を支持している」と言うかもしれない。
(7)一般的に言えば、今やより若い世代の世論は台湾が中国の支配下に置かれるという考えに強く反対している。高齢者は反対が少ないと見られ、賛成する人々さえいるが、時間が経つにつれてその数が減少している。一方、親中派の政治家はもちろん存在するが、最近では台湾政界で比較的少数である。現在では、一般的に民主進歩党に代表される独立支持あるいは現状維持派、そして中国と関係を持ちたくない人の数が増えている。国民党内でさえも、統一問題に関して民進党との連携に向けた顕著な動きがあるが、一部の政治家は間違いなく自らの政治的策動の余地を維持することを狙いとしており、状況が変われば、北京に擦り寄るかもしれない。したがって、現時点では、ドンバス方式による長い時間をかけた、ゆっくりと忍び寄る台湾の占領、という事態は考えなくても良い。北京は、モスクワが持っていた地理的な利点や現地の支持という利点を持っていないのである。台湾政府の威令は全島に及んでいる。北京は、相当な努力で、やっと極めて狭小な地域(例えば、港湾あるいは何カ所かの飛行場)を、台湾全土へのより大規模な強襲の支援拠点として、限られた時間制圧できる程度である。
(8)台湾に対する中国の政治戦争に関する専門家は、匿名を条件に以下のように指摘している。
a.台湾への侵略モデルとしてのドンバスは、今のところ、中国にとって援用するには極めて困難であろう。これは、もちろん地理的特性のためだが、「香港の崩壊」以後、台湾世論が反中国に急激に傾いているためでもある。
b.親中国の台湾人が中華民国政府と戦うために準軍事組織を立ち上げたといわれ、また多くの統一戦線組織も台湾のスリーパー・エージェントと特殊作戦部隊細胞を支援している可能性があるとされるが、彼らが多くの人々の支持を確保できるとは思われない。
記事参照:Could Xi take Taiwan like Putin took the Donbass?
備考*:本稿は筆者(Grant Newsham)によるダイジェスト版で、Full Reportは5月10日付でCenter for Security Policyから公表された以下を参照されたし。
Taiwan as Donbas? : Subversion and Insurrection vs. Full Scale Invasion

5月13日「フランスがQUAD構成国と軍事演習―香港紙報道」(South China Morning Post, 13 May, 2021)

 5月13日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“China says Japan’s military drills with France, US are a waste of fuel”と題する記事を掲載し、フランスが最近行っている、インド太平洋地域でのQUAD構成国との軍事演習について、要旨以下のように述べている。
(1)中国は、フランス、日本、米国及びオーストラリアの各国軍と装備が参加した日本南部での軍事演習を燃料の無駄遣いだと描写したが、それらはこの地域における米国の同盟の引き締めを示している可能性があると評論家たちは述べている。「Arc-21」と名付けられた1週間にわたる陸海空の演習は、5月12日に九州半島の霧島演習場で始まり、離島の海上の防衛や艦船の阻止のような、様々な状況を仮想して行われた。中国外交部の華春瑩報道官は5月13日、北京で行われた記者会見で今回の訓練は中国に「何の影響もない」と述べている。この演習はフランスが日本で行う初めてのものであるが、日本の防衛省によるとこの演習にはフランスから強襲揚陸艦「トネール」及びフリゲート「シュルクーフ」の2隻が参加しており、陸上自衛隊と米海兵隊の部隊、そして、オーストラリアの艦艇1隻も参加している。
(2)上海国際問題研究院の劉宗義准研究員は、フランスはこの地域で米国との軍事的連携を強めるだろうと述べている。仏軍事省は、4月に発表した「戦略アップデート2021」(Strategic Update 2021)の中で「中国とロシアによる戦略的・軍事的争いの再開」に直面していると述べ、インド太平洋を「深刻な戦略的変化の舞台」とし、フランスは「現在の進展とその抱負に沿った戦略地政学的到達範囲を否応なしに維持しなければならない」と説明している。一方で劉は、「しかし、今回のフランスの関与の多くは、多くの軍事的な出来事が起こっているときに、この地域において関係する地政学的な大国としての役割を主張したいという動機と、西側世界における地位を高める方法であると私は考えている」「今のところ、フランスは尖閣諸島や南シナ海の領土問題には関与していない。したがって、(中国にとって)あまり気にならないだろう」と述べている。4月にフランスは、北京が安全保障上のリスクや「インド太平洋のNATO」と表現しているQUADを構成する日米豪印とQAUDが拡大するかもしれない提案につながる海軍演習を行った。
(3)しかし、北京を拠点とする軍事専門家周晨鳴は、フランスがこの地域の訓練に参加することが常態化するとは思わないと述べている。「これは軍事的な挑発ではなく、どちらかというと一種の政治的な圧力と対立であると私は考えており、これは、実際の問題を解決するものではないが、地政学的な状況を複雑にする。これは、米国と日本が同盟国の支持を誇示するための演習の1つに過ぎない」と彼は語っている。
記事参照:China says Japan’s military drills with France, US are a waste of fuel

5月13日「印仏関係の強まりと今後の展望―印安全保障問題専門家論説」(The Diplomat, May 23, 2021)

 5月13日付のデジタル誌The Diplomatは、印シンクタンクObserver Research Foundation のCentre for Security, Strategy & Technologyのセンター長Rajeswari Pillai Rajagopalanの“India-France Naval Exercise: Growing Strategic Synergy”と題する論説を掲載し、そこでRajagopalanは、4月末にインドとフランスが実施した海軍共同演習に言及し、印仏の戦略的協力が今後もますます深まっていくだろうとして、要旨以下のように述べている。
(1) 4月25日から27日にかけて、インドとフランスの両海軍が共同海軍演習ヴァルナ2021を実施した。この演習は、インド太平洋における法に基づく秩序の土台を固め、海洋安全保障を安定化させることを目的としたもので、今回で19度目の実施になる。フランスはインドの最も強力な戦略的提携国であり、インドが直面する安全保障上の脅威が増大していることを背景として、この関係のさらなる強化が模索されていくであろう。
(2) この演習では種々の海上作戦が実施された。さらにこれに先立って、4月初めにはQUAD+フランスの海軍演習が実施されている。これはインド太平洋におけるフランスの存在の重要性を象徴するものであろう。実際にインド洋において、レユニオン島、マヨット島、そしてフランス領南方・南極地域を領有するフランスの軍事的展開は非常に大きなものである。2018年にインドとフランスは軍事物流協定を締結したが、これによってインド海軍はその活動範囲を広げ、とりわけインド洋西部における行動能力を強化することになった。
(3)ヴァルナ2021演習は、クレマンソー21と名付けられた空母「シャルル・ド・ゴール」を旗艦とする空母打撃群の配備作戦の一部である。同空母打撃群は2月から6月にかけて、東地中海から湾岸地域、インド洋を行動し、その目的はこれら戦略的地域の安定化することであった。
(4) 駐印フランス大使はツイッターで、この演習が海上作戦のあらゆる面における高レベルの相互運用性を証明したとし、「この演習は、インド太平洋における海洋安全保障の促進に対し、両国が関心と強い決意を共有していることを強く示した」と述べている。演習に参加したINS Tarkashは、演習後も数日間、仏空母打撃群との訓練を続けるとインドMinistry of Defenseは発表した。これは明らかに、印仏軍の間で共同することに満足していることを示しており、また印仏両国間の戦略的協働が強まっていることの表れであった。
(5) その傾向は2020年3月に、インドとフランスが初めて共同で、レユニオン島から出発する共同哨戒に従事した時に明らかとなっていている。インドがこの種の哨戒活動を合同で行う相手はこれまで、バングラデシュやミャンマー、タイ、インドネシアなどの隣国とだけで、また米国が同種の提案をしたときにはそれを退けていた。その意味で、フランスとの共同哨戒活動の実施はきわめて意義深いものである。
(6) インドとフランスのつながりは伝統的に緊密である。そしてそれは今後、インド太平洋における多くの3国関係ないし小国間関係へと発展していく可能性がある。たとえばフランスは、インドとオーストラリアの2国間演習AUESINDEXへの参加を望んでいるが、インドはフランスを積極的にこうした枠組みに関わらせていくことを模索すべきである。
記事参照:India-France Naval Exercise: Growing Strategic Synergy

5月13日「緊急提言:米国の国家防衛戦略を再策定すべし-英専門家論説」(The Royal United Services Institute, May 13, 2021)

 5月13日付の英王立シンクタンクThe Royal United Services Instituteのウエブサイトは、米National Defense UniversityのGregory D Foster教授の”Urgent: Replacing the Inherited US National Defence ‘Strategy’“と題する論説を掲載し、Gregory D Fosterは米国は新たな冷戦を否定し、国内を整え、責任ある国家運営のために、軍隊が適切に行うべきことを根本的に再定義するべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 米国の新しい国家安全保障戦略は、前政権の多くのことを疑問視するだけでなく、完全に否定する必要がある。Biden政権は6月中旬までに新しい国家安全保障戦略(以下、NSSと言う)を発表するが、国家防衛戦略(以下、NDSと言う)については、いつ発表されるかは明らかではない。James Mattisが指揮して作成した2018年のNDSが不完全だったことを考えると、こちらの方が急務である。NDSは、2017年のTrump前政権のNSSに取って代わるものであり、米国の国家戦略体制を表している。
(2) 3月上旬にBiden国家安全保障チームが発表した「国家安全保障戦略の暫定的な指針」は、狭義の防衛よりも、環境や健康の安全保障を含むはるかに強固な安全保障の概念と、それに伴う軍事力を他の手段に従属させようとする意図を予見させるものだった。このことだけでも、今後の米軍の役割と意図を決定することが急務であることがわかる。法律上、米国防長官は4年ごとに新しいNDSを提出することになっているが、新大統領の選出後、新しく任命された国防長官は、できるだけ早くNDSを提出しなければならない。前政権のNDSに含まれる戦略的に逆効果となる数々の誤った内容を打ち消すためにも、NSSと併せて発表される必要がある。
(3) 2018年のNDSは、未来を導き、形成するための首尾一貫した戦略ではない。体系的、先見的、大局的な考え方による戦略でもない。それは、冷戦時代の簡素で過剰な古き良き時代を復活させようとする根拠のない仮定と、主張に満ちた戦術指向のイデオロギー的なものである。その中でも最も偽りの多いものを次に示す。
a. 今日、米国が直面している中心的な課題は、テロリズムではなく、修正主義(revisionist)勢力の中国やロシアとの大国間対立である。
b. 米国は、軍事的競争力を低下させたブッシュ・オバマの対テロ戦争による戦略的萎縮の時代から脱却しつつある。空、陸、海、宇宙、サイバー空間などの戦域で、米国の優位性に対抗しようとする修正主義勢力やならず者国家と戦っている。
c. 修正主義勢力やならず者国家等により、第2次世界大戦後の自由主義的国際秩序は弱められ、確立されたルールが弱体化している。
d. 戦争の形態と方法というその性格は変化しているが、政治的目的のための組織化された暴力という本質的な戦争の性質は不変である。
e. Department of Defense(国防総省)の使命は、戦争を抑止し、抑止が失敗した場合に勝利するために、戦闘能力のある軍事力を提供すること。戦争を防ぐ最も確実な方法は、勝つための準備をしておくことであり、そのためには、より殺傷力の高い兵器を配備することである。
(4) この中でも最も悪質な誤りは、Biden政権の主要幹部の間でも根付いている大国間対立の主張である。大国間対立という言葉は、扇情的で、冷戦時代の軍拡競争が再燃したかのように挑発し、事態の拡大を招くものである。大国間対立の主張は、一方が前進すると他方が損をし、その逆もまた然りという勝ち負けのない永続的な敵対関係を求めるものである。この世界観は、世界の主要地域や国境を越えた課題を無視し、すべてを単純化して、2極または3極の世界的な上部構造に従属するとしている。軍隊の目的と役割に偏狭な考え方を永続させ、過剰な国防費を継続するための動機付けとなっている。
(5) 米国、中国、ロシアは、地理的にも人口的にも非常に大きく、富を持ち、国連安全保障理事会の常任理事国であり、大量の核兵器と最先端の兵器を備えた巨大な軍事施設を持ち、海外に力を投じることができ、国境を越えてさまざまな影響力を持つという意味では、大国である。しかし、米国も含めて、他国から尊敬され、見習われ、敬意を払われるに値する規範的行動をとる「偉大さ」はない。
(6) 他の重要な戦略的優先事項を犠牲にして、世界の他の国々よりもはるかに多くの国防費を費やし、海外の安定と平和を犠牲にする世界有数の国際的な武器商人でもある米国が、2001年以降の戦争に支出した5.4兆ドルを多くの低所得者層の子供の教育や医療、そしてCOVID-19ワクチンに充てたとしたら、米国は偉大となるのか。他の多くの国と異なり、国民皆保険制度がなく、3,300万人の65歳以下の国民が健康保険に加入しておらず、50万人以上の国民がホームレスとなり、5,000万人が貧困状態にあり、6人に1人が食料不安を抱えている米国は偉大な国なのか。一人当たりのGDPでは世界15位、所得分配では15位、政治的権利と市民的自由では58位、政府が正しいことをすると信頼している米国市民はわずか20%、そして世界最大でもっとも偉大と言われる米国政府の形態が完全に機能不全に陥っているとしたら?
(7) 米国が戦略的に萎縮していると主張することは、「永遠の戦争」における度重なる失敗の原因が、状況に適した軍事力を保有していないとすることを否定する。そして逆に、能力ではなく状況そのものに問題があるとするものである。さらに、師団、航空機、空母機動部隊、機甲部隊、核兵器などの米国の軍事力と兵器が、時とともに変化していることを否定することでもある。
(8) 確立された自由主義的な国際秩序が修正主義勢力やならず者等によって弱体化していると主張することは、米国がそのような弱体化の原因となっていることを無視していることである。
(9) 戦争の性格だけが変わり、その基本的な性質は変わらないと主張することは、政治的な目的を追求する組織的な暴力だけでなく、死傷者、破壊、資源の消費と結びついた人間の合理的な方向性も、戦争の性質の決定的な特徴であるという事実に目をつぶることである。したがって、例えば、パンデミックや自然災害の自然で不規則な性質、それによる大量の死傷者と対価を考慮すると、戦争の性質と、そのような戦争における軍隊の適切な役割についての新しい概念が正当化される。
(10) 軍隊の主な役割は戦争の準備と遂行で、軍事的有効性の最優先の尺度は致死性で、戦争に備えることが平和への最良の道と主張することは、軍隊の究極の存在理由が平和の確保と維持であること、戦争をする軍隊と平和を作る軍隊は全く異なる事業であること、戦争に備えることはより多くの戦争を生み出す運命にあること、軍事的有効性と戦略的有効性は同義語でもなければ共同決定事項でもないという考え方を否定することになる。
(11) Mattis のNDSの中で、受け入れ、維持、拡張する価値のある内容があるとすれば、それは、抑止力を発揮したり、断固として行動するために、同盟関係を強化し、新たな提携国の獲得を呼びかけていることである。これは、米国が今後も絶対に必要とする戦略的課題である。また、相互尊重、責任、優先順位、説明責任の基盤を維持し、地域の協議機構と共同計画を拡大するという記載についての異議はない。しかし、NDSが相互運用性の深化を謳っている時点で、協力という仮面の裏に隠された下心が見え隠れする。そこに、「我々と一緒に行動し、我々のやり方で物事を見て、我々の機器を買えば大丈夫。自分のやり方で物事を見て、我々があなたに従うことを期待するならば、我々はそうではない」という本質的な内容が見える。このような利己的な主張を繰り返していると、アメリカの信頼性と正当性は損なわれていく。
(12) Mattisらは、NDSを官僚組織に深く浸透させ、後継者が覆すことができないようにした。今のところ、これは成功している。したがって、Biden政権とLloyd Austin国防長官は、国民の負託の上に、前任者から引き継いだ愚かな支配から米国を解放するために、断固とした早急な行動を取る必要がある。米国が、現在のポスト冷戦の世界で、自らの進むべき道を見つけ、その能力と信頼性を他国に確信させるためには、軍事力ではなく、実践の強さとアイデアで牽引しなければならない。戦略的には、新たな冷戦を否定し、優位性を求めることは他国に同じことをさせるだけと認識し、国内を整え、それを海外で実践、そして責任あるポストモダンの国家運営のために、軍隊が行うべきことを再定義することである。
記事参照:Urgent: Replacing the Inherited US National Defence ‘Strategy’

5月14日「南シナ海における米中の情報収集合戦は不必要な衝突を招くー南海研究院研究員論説」(South China Morning Post, 14 May, 2021)

US-China race for surveillance supremacy in South China Sea risks a needless clash
https://www.scmp.com/comment/opinion/article/3133329/us-china-race-surveillance-supremacy-south-china-sea-risks-needless
South China Morning Post, 14 May, 2021
By Mark J. Valencia is an adjunct senior scholar at the National Institute for South China Sea Studies, Haikou, China
 5月14日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、中国南海研究院の研究員Mark J. Valenciaの“US-China race for surveillance supremacy in South China Sea risks a needless clash”と題する論説を掲載し、Mark J. Valenciaは南シナ海において米中の対立が激化する中、両者の情報収集合戦も激しくなり、特に米国は国際法、国際慣例を侵犯した手法で情報収集を行っており、これが不必要な衝突を招く危険性があり、何が合法的で、何がそうではないかを合意を速やかに行う必要があるとして、要旨以下のように述べている。
(1)    国家が海洋を支配するためには卓越した海洋状況把握が必要である。この目的のため、
中国は南シナ海において情報・監視・偵察(以下、ISRと言う)の数量と質を著しく向上させてきた。米国の同海域におけるISR能力は依然優越している。しかし、米国との溝を埋めようとする中国の努力とその優位を維持しようとする米国の前進は国際法の限界に挑戦し、国際的な事件になりつつある。
(2)    事実、そこには強調されるべき危険な戦略的力学が存在する。中国にとって、南シナ
海は瑜林基地に配備された第2撃力を担う原子力潜水艦の聖域である。米国はこの中国の聖域を拒否したいと考えている。米国は中国潜水艦を探知、追尾、必要があれば標的とするためISRを使用している。中国の対応は、紛争時に米国のISRを無力化する能力を備えるよう南シナ海の島礁の一部を開発することであった。中国にとって、これらの設備は安全保障の鍵であり、米国や他の国々が声高に非難しても中国は気にかけていない。この力学は、アジアの米国の同盟国、提携国に深刻な含意を与えている。事実、米国のISRに基地を提供しているマレーシア、フィリピン、シンガポールのような国々は、米中間に敵対関係が勃発したときには中国の標的となるだろう。
(3) 元米情報将校Felix Changによれば、南シナ海で改善されてきた中国のISR能力は、同海域において生起した事象への海上部隊の対応時間が短縮されたことに示されている。中国の意図は、海上遥に離れた目標を照準できるISR網を開発することにあるとChang は言う。ミスチーフ礁のような島嶼上の地上配備型レーダー、沿岸レーダー、高周波方位測定装置を結合し、衛星、早期警戒機、無人航空機で補完することで、中国は海洋配備の核抑止のための聖域を創出するだろう。
(4) 中国は依然、米国のISR航空機、水上艦艇、潜水艦、衛星、無人機、音響測定艦「インペッカブル」のような特化した機能を持つ多くの艦船・航空機で構成された巨大なISR網と同等のレベルにはなっていない。そして、米国は世界最大かつ最も能力の高い通信傍受による情報収集機(SIGINT機)の部隊を保有している。米国の衛星によるISR能力は中国を大きく凌駕している。これらの情報収集手段には日豪台のような同盟国、友好国の潜在的な貢献は含まれていない。米国のISR部隊は中国の指揮統制中枢とレーダーおよび地対空ミサイル、対空砲武器システム、戦闘機を含む武器システムとの間の通信情報を収集している。他のISRは遠征や非正規戦に「直ちに利用できる」情報を収集している。米国は、中国の潜水艦とその潜水艦と関係を持つ特定の艦船との間で発信される信号の位置を特定し、収集する能力がある。米国のISR任務の一部には、目標とする部隊の対応を促し、傍受できる通信を行わせることが含まれている。
(5) これは中国を始め多くの国が許容している通信傍受による情報収集ではない。そのような行動は挑発的であり、脅威と見なされる可能性がある。そこでは多くの米中間の事件が存在してきた。無人機を含む情報収集機、情報収集艦船の使用の急速な増加は、法や規則を追い越しつつある。事実、多くの新しい艦船、航空機は外国の排他的経済水域、群島水域、さらには領海内で運用するよう設計され、予定されている。これら航空機、艦船は国連海洋法条約(以下、UCLOSと言う)を侵犯しつつあるかもしれない。UNCLOSは許可なく排他的経済水域等での情報収集を禁じている。米国は同意しないだろうが、彼らはUNCLOSを批准していない。また、自己に有利なようにUNCLOSの特定の条文を一方的に解釈する正統性も信頼性も欠いている。米国(の艦船)は他国の旗章を掲揚したり、航空機が他国の民間航空機識別コードを発信したりすることによって中国の防衛組織を欺瞞しようとさえしている。これは非常に危険であり、国際慣行の侵犯である。最先端の無人水中機は自律型であれ、遠隔操縦型であれ、海洋安全保障に関わる行動の形態を大きく変化させつつある。米国は包括的な水中海洋状況把握を創出すべく魚雷発射管から射出可能な小型無人水中機を開発しつつある。
(6) 米国は、南シナ海におけるISR優越競争で明確な優位を得ている。中国はこれに追い付こうとしている。その過程で両国は、既存の国際法の限界を試し、競争の場と国際的な事件への可能性を増大させている。何が合法的で、受け入れ可能なのか、何がそうではないのかの合意が至急必要である。
記事参照:US-China race for surveillance supremacy in South China Sea risks a needless clash

5月14日「南極の氷床の減少によって不安定になる世界の気候―米シンクタンク報道」(Eurasia Review, May 14, 2021)

 5月14日付の米シンクタンクEurasia Reviewのウエブサイトは、“Antarctic Ice Sheet Retreat Could Trigger Chain Reaction”と題する記事を掲載し、過去との比較による研究から南極大陸の氷床の面積が大きく変動すると、気候が不安定になるとして、要旨以下のように報じている。
(1)最近の研究によって明らかになったことは、より温暖な気候の下で、南極の氷床が後退することによって氷床の下の土地が露出すると、南極大陸の降雨量が増加し、それがさらなる氷の減少を加速させるプロセスの引き金になるという懸念があることである。この研究は、いくつかの大学と機関によって共同で行われ、大気中の二酸化炭素と地球の温度が今世紀末までに予想されるレベルに達していた1,300~1,700万年前の中期中新世の気候モデルとデータの比較に基づいている。
(2)筆頭著者である英Met Officeと英University of ExeterにあるThe Global Systems InstituteのCatherine Bradshaw博士は、「氷床が溶けると、新たに露出した下にあった地面によって照り返しの比率が低下し、この地域の気温が上昇する。これは、気象パターンを劇的に変える可能性がある。現在のように南極大陸に大きな氷床がある場合、南極の風は通常、大陸から海に向かって吹く。しかし、もし南極大陸が温暖化すれば、これが逆転し、世界中のモンスーンで見られるように、より冷たい海からより暖かい陸地へと風が吹くことになる。そうなると、南極大陸に余計な雨が降り、より多くの淡水が海に流れ込むことになる」「淡水は塩水よりも密度が小さいため、塩水のように沈んで循環するのではなく、海面に留まる可能性がある。これにより、深海と表層の海のつながりが事実上断たれ、より暖かい水が深部に蓄積されることになる。本質的には、南極でより多くの土地が露出すると大きな氷床が再形成されにくくなり、中期中新世の好ましい軌道位置が影響を及ぼしていなければ、おそらくその時点で氷床は崩壊していただろう」とBradshaw博士は述べている。
(3)暖かいこの中期中新世では、深海の温度が異常なほど大幅に変動したことが記録されている。今回の研究では、氷床で覆われた面積の変動が深海の温度が大きく変化した主な要因であることが分かった。また、氷の容積の変動はそれほど重要ではないことがわかった。太陽に対する地球の位置の変化によって氷床が前進したり後退したりすることで、気象パターンが変わり、氷の減少や増加を加速させる過程が引き起こされる。氷床に降った雨は、氷床の破壊、表面の融解、そして大陸からの余分な淡水の流出を引き起こし、次に深海の温度を上昇させ、南極の氷に下から影響を与える可能性がある。今回の新しい研究の結果は、南極の氷床が中期中新世に大きく後退し、その後、温暖な時代が終わると安定したことを示唆している。
(4)このプロジェクトを最初に考案したCardiff UniversityのCarrie Lear教授は、次のように結論づけている。「この研究は、約1,500万年前の温暖な時期に、中新世の南極氷床が大陸全体で大きな前進と後退を繰り返していたことを示唆している。これは憂慮すべきことだが、現代の南極氷床の長期的な未来にどのような意味があるのかを正確に見極めるためには、さらなる研究が必要である」。Bradshaw博士は、現在の状況は中期中新世と同一ではなく、この研究に使用されたモデルには、炭素循環や氷床自体からのフィードバックの影響は含まれていないと強調している。
記事参照:Antarctic Ice Sheet Retreat Could Trigger Chain Reaction

5月15日「毛沢東的海洋戦略により米国は戦争で中国に勝つ-米専門家論説」(19Fortyfive, May 15, 2021)

 5月15日付の米安全保障関連シンクタンク19fortyfiveのウエブサイトは、US Naval War College海洋戦略教授James Holmesの”America’s Maoist Maritime Strategy To Beat China In A War”と題する論説を掲載し、James Holmesは毛沢東主義を採用することで米国・同盟国と中国軍の戦いは、毛沢東主義者同士の戦いとなり、それは非対称的な戦いになると、要旨以下のように述べている。
(1) 歴史上、毛沢東は虐殺者の一人とされる。それは中国共産党と人民解放軍の権力者たちが、戦争を起こすための大義を毛沢東に見出したからである。2015年、中国国防部は『中国的軍事戦略China’s Military Strategy』(元記事ではMinistry of National Defenseが発表したとされているが、表向きは国務院新聞弁公室著とされている:訳者注)について公式声明を発表し、その中で、「積極防御という戦略概念は、中国共産党の軍事戦略思想の本質である」と定義している。積極防御は、毛沢東の軍事戦略の核心であり、長期の革命戦争から学んだもので、毛沢東が没後40年以上経った今でも、中国の戦争方法の本質である。
(2) 『中国的軍事戦略』に書かれている「積極防御の戦略的概念の完全なセット」とは、戦略的防衛と作戦・戦術的攻撃の一体性の堅持に集約される。中国の軍隊は、全体としては敵対国よりも弱いであろう。毛沢東の時代から弱く、それが毛沢東に積極防御の概念を芽生えさせた。中国共産党主席は、人民解放軍(以下、PLAと言う)の指揮官が絶望する必要はない、圧倒的な敵を前にして、攻撃的な戦闘精神と手段を放棄してはならないと指摘した。実際、赤軍は、地図上の特定の場所で、特定の時間に、敵対勢力の個々の部分を圧倒し、消滅させることができた。
(3) 毛沢東は、一歩ずつの活動は敵の指を1本ずつ切り落とすようなものだと言った。それを続けると、やがて相手は拳を握れなくなる。たとえ劣勢にあっても、PLAは自らを優位に立たせ、勝利することができる。環境と技術に合わせて更新された毛沢東の手法は、現在の海や空での戦いにも適している。
(4) 一方、模倣することは重要である。中国だけではなく、米国も毛沢東から学ぶことができる。毛沢東の有名な三段階方式は、より強力な敵に対して形勢を逆転するものであり、注目に値する。この方式は、「逐次作戦」と「累積作戦」という概念によって理解が容易になる。
a.逐次作戦は直線的な性格を持ち、地図や海図では連続した線や曲線として描かれていることが多い。戦術的な戦いは、時間的にも空間的にも次々と行われ、部隊が目的地に到達するまで連続して行われる。それぞれの行動は、前の行動に依存し、後の行動を形作る。
b.累積作戦は、まったく異なる。軍隊は、散発的な戦役の中で多くの戦術的な戦いを行う。個々の行動は、時間的にも空間的にも互いに関連していない。一つの作戦が敵に大きな損害を与えることはないが、その結果は積み重なっていく。つまり相手を少しずつ、累積的に消耗させていくのが累積作戦である。
(5) これが毛沢東の戦略の基本的な考え方であり、「累積的に始めて、逐次進めていく」ということである。自らが劣勢な場合には、組織化し、人員、武器、あらゆる種類の武力を集め、戦い方を学ぶための時間が必要でとなる。
 a.毛沢東は、紛争の第一段階で軍事的に受動であってはならないとしている。そして、機会があるごとに敵に嫌がらせをして、敵の力を弱めながら、自分の力を高めていかなければならない。そうすることで、弱者は戦力の不均衡を是正し、敵に対する地位を向上させることができる。
b.そして第二段階へと移行し、戦略的な均衡が生まれ、お互いに優位性を競い合い、相手の力を弱めようとしながら自分の力を高めていく。かつての弱者は、より野心的で従来型の装備、戦術、作戦を取り入れながら、積極的な活動を続けていくことになる。
c.さらに第三段階で、戦闘員は十分な資源と戦闘技術を蓄積し、戦略的な膠着状態を打破する。指揮官は、通常の反攻を開始し、正面からの戦闘を敢行し、勝利を収める。つまり、積極防御とは徹底した攻めの姿勢である。攻撃的な取り組みは、ほぼ即座に戦術レベルで開始され、より高いレベルの戦争になっていく。
(6) 西太平洋地域の米軍にとって、「累積的に始めて、逐次進めていく」とは何か。
a.第1段階は、戦力の相関関係を率直に示すこと。おそらく米軍は、中国周辺での紛争において、中国よりも強力な相手として紛争対応を始めることはない。司令官は前もってこれを認め、それに基づいて計画を立てるべきである。作戦は第1段階の上限から始まり、積極防御を展開し、第2段階へ進む。すでに現地にいる部隊がPLAを苦しめる一方で、北米からの援軍を呼び寄せる。援軍が現地に到着したら、同盟国は戦場に優れた火力を備え、行動に移し、完全な勝利へ向かって前進する。
b.第2段階で、累積を開始するということは、アジア沿岸部で戦術的な行動を起こし、PLAの海軍と空軍を減耗させることである。米海兵隊とおそらく陸軍の部隊は、太平洋の島々から対艦ミサイルを発射して中国海軍の海洋利用を阻む。そして空軍の爆撃機は機雷原を作り、多くのミサイルを中国艦隊に向けて発射する。さらに海軍の軍艦と戦闘機・攻撃機もこの活動に協力する。こうして統合部隊は、中国の個々の部隊に対して局地的な戦力優勢を確保する。
c.第3段階では、戦力の不均衡をが解消され、Clausewitz流あるいはMahan流の決定的な交戦を行うこととなる。一旦、同盟国が海と空を支配すれば、海上にあるもの全てを利用できる。そして、残る中国海軍艦船を沈め、経済的な打撃を与えるために公海を封鎖し、中国商船の航海を阻止して、中国軍が占領した領土を包囲して追い出すことが可能となる。
(7) しかし、これは毛沢東の戦略同士を戦わせるということであり、どちらも劣勢であることが前提で戦いに参加することになる。実はこれについて、毛沢東はほとんど何も言ってない。このため、お互いに同じような戦略となり、累積的な闘争にあっては、双方が戦術的に優位に立てるような局所的な行動をするために、策略、欺瞞、工作が重視され、東シナ海、南シナ海と西太平洋が混乱することになる。それは互いに対称戦となるように思われるが、累積作戦には様々な種類があり、さらに、現在の海上戦は、3次元的で、緊密な統合、多極的な取り組みの下で行われる。このため双方は、自分たちが優位性を持つ分野に累積的な努力を集中し、その努力が敵に大きな影響を与えることを期待するであろう。
(8) 同盟国は潜水艦、機雷といった水中に重点を置くとともに、第1列島線に沿った不規則な戦闘に重点を置いて、海峡を塞ぎ、中国領海と公海の間の東西の動きを阻止することが最優先となるであろう。一方、PLAは主に航空宇宙分野で対応し、陸上に配備されたミサイルや航空機を使って同盟国の地上軍や地上部隊を攻撃することになる。つまり、毛沢東主義者同士の戦いは、非対称的なものになり、その手法、艦艇・航空機、武器もまた非対称になるであろう。
記事参照:America’s Maoist Maritime Strategy To Beat China In A War

5月17日「台湾に必要なのは警告ではなく保証―米対外政策専門家論説」(Taipei Times.com, May 17, 2021)

 5月17日付の「台湾時報」の英語版Taipei Times電子版は、Brookings Institutionの上級研究員Ryan Hassの“Taiwan needs assuredness, not alarm”と題する論説を掲載し、台湾情勢に関する不安な予測が多く出回るなかで、台湾が必要としているのは不安を煽る警告ではなく、安心させるための保証であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) ここ数ヵ月の間、台湾の将来について、うんざりするほど多くの不吉な予測がなされてきた。ある者は中国による台湾の軍事行動を予測し、またある者は台湾をスエズやダンケルク、キューバ、クウェートなど過去の危機の中心と相似する事例としてきた。ある雑誌は台湾を「地球上で最も危険な場所」と描いた。
(2) こうした不吉な予測がある中、台湾の日常はCOVID-19のパンデミックが起きてから、他のどの国よりも早く日常に戻りつつある。蔡英文総統の体制は政治的に安定しており、経済的にも活発である。特に最近では、半導体が世界的に欠乏するなかで、台湾製のそれが世界中から注目を集めている。
(3) 台湾の現実と、外から見える景色のギャップはどう説明できるのか。不安の大部分は、中国の攻撃性を増す動向に由来する。中国は台湾周辺での威嚇を活発化させ、香港ではその自治を踏みにじり、印中国境では流血沙汰を起こした。さらに台湾侵攻に利用できるであろう軍事力を拡大させている。そして、西側の専門家が懸念するのは、そうした中国の軍備拡張について台湾の人々があまり注意を払っておらず、したがって台湾の防衛支出が全体として増えていないことである。しかし、これまでの防衛支出の傾向を見るに、ただ危険を言い募るだけではそれは変わらないだろう。
(4) 台湾の将来的な不安や脆弱性を言い募る人々は、むしろ、台湾の人々の不安を煽ることで、中国に利する行動を採っている。中国が望むのは、台湾の人々が孤立感を持ち、安全と繁栄のための唯一の道が本土との統合、少なくとも本土との関係を近づけることだけだと考えるようになることなのである。
(5) 幸運にも、こうしたことを蔡英文総統もBiden大統領もよく理解しているようである。この両者は、中国が突きつける脅威に対して、思慮深く、調整された適切な対応を採り、中国に対して軍事行動に訴える口実を与えることはないだろう。
(6) 日本もまた重要な存在である。菅義偉首相が4月にホワイトハウスを訪問し、共同声明を発したが、それは台湾海峡周辺の平和と安定の重要性を強調し、存在する諸問題の平和的解決を主張した。1972年の日中国交正常化以降、日米共同声明に初めて台湾が登場したのである。こうした動きは、台湾を孤立させようという試みに抵抗するものである。また米国は、米中「新冷戦」に突入するつもりはないとしながらも、台湾周辺の軍事力の展開を堅実に維持してきた。これは、中国を過度に刺激し過ぎることのないよう注意を払いながらも、提携国や同盟国の安全保障にコミットする米国の意図を示す動きである。
(7) こうした対応が直接台湾問題を解決することはないだろう。しかしそれは、台湾が乗り越えねばならないいくつもの障害を克服するための余地を与えるであろう。Brookings Institutionの同僚Richard Bushが新刊Difficult Choicesで書いたように、台湾には、社会問題・安全保障関連の政府支出の増大、エネルギー改革、経済的競争力の強化、政治的連帯の強化など、多くの取り組むべき課題がある。また台湾は、グリーンテクノロジーや世界的感染拡大の準備体制の構築など、国際共同体が直面する課題に対して貢献できることがあるはずだ。中国の威嚇をはね除け、国際共同体に貢献できる台湾、そして台湾の人々が自分自身のことを決められるようになってほしいものである。
記事参照:Taiwan needs assuredness, not alarm

5月20日「ウィットサン礁における対峙が米中比関係に今後もたらす影響―比研究者論説」(China US Focus.com, May 20, 2021)

 5月20日付の香港のChina-United States Exchange FoundationのウエブサイトであるChina US Focusは、フィリピンPolytechnic University研究者Richard Javad Heydarianの“Whitsun Reef Standoff: Implications for the U.S.-Philippine-China triangle in the South China Sea”と題する論説を掲載し、そこでHeydarianは、3月末に南沙諸島のウィットサン礁(中国名:牛軛礁)をめぐる中比の対峙に言及し、中国・フィリピン・米国の間の関係の背景と、今回の対峙がもたらす可能性にある影響について、要旨以下のように述べている。
(1) 3月末からおよそ1ヵ月、南シナ海のウィットサン礁(牛軛礁)をめぐって中国とフィリピンの間で対峙が続いた。この問題についてフィリピンのDuterte大統領は、「わたしは今、あまり漁業に興味はない」として、その出来事の重要性を過小評価しようとした。この発言は、彼が中国との友好関係の維持に熱心なことを反映している。Duterte大統領のこの姿勢はたしかに、南シナ海における事態の拡大を回避するかもしれない。しかしこの対峙は、Duterte大統領の任期が満了に近づく中、その任期を超えて長期的な戦略的含意を有するかもしれない。
(2) 中国とフィリピンの間の重大な対峙はこれが初めてではなく、4度目のものである。冷戦期、この両国はそれぞれ東西陣営に位置づけられていながらも、むしろ直接的な対決を避けてきた。しかし1990年代初頭に米軍がフィリピンから撤退したことで、東アジアに力の空白が生じ、1995年までには中国とフィリピンは南シナ海のミスチーフ礁をめぐって対立状態に入っていた。時の大統領Fidel Ramos(任期は1992~1998年)は、軍の近代化に乗り出し、訪問軍地位協定を結ぶことでフィリピンでの米軍の活動を可能にするなどの対応をとった。それと同時に、いわゆる「カラオケ外交」を通じて、江沢民国家主席との間に良好な関係を維持しようともした。
(3) Joseph Estrada大統領(任期は1998~2001年)は概して南シナ海を無視する方針を採用していた。この間、中国はミスチーフ礁を埋め立て、民間および軍事施設を設営できるほどの大きな島へと変容させる土台を築いた。その後、Gloria Macapagal Arroyo大統領(任期は2001~2010年)は中国との外交関係の「黄金時代」を築いた。彼女は中国による大規模な基幹施設計画を受け入れ、中国との間で「共同海洋地震探査事業(Joint Seismic Marine Undertaking)」という南シナ海の共同開発計画について合意した。
(4)しかしその後、Beniguno Aquino III大統領(任期は2010~2016年)の下でフィリピンは中国との経済的・戦略的関係を転換し、米国との防衛協力を拡大させた。この間2度目の重大な対峙がスカボロー礁をめぐって2012年に起き、その後米国との間に防衛協力強化協定を締結した。南シナ海の領有権をめぐってフィリピンが常設仲裁裁判所に提訴したのもAquino大統領の時代である。それは、中比関係の事実上の決裂を意味した。
(5) 歴史は繰り返すもので、Duterteが大統領に就任すると、再び、米国との関係を犠牲にして中国との関係修復を模索することになった。彼はArroyoと同じように大規模な中国の投資を歓迎した(なお、ArroyoはDuterte大統領の政策顧問を務めることになる)。2019年にリード堆において3度目の対峙が起きると、Duterteは今回のようにそれを「海での小さな事故」と評した。これは実質的に中国の立場を代弁するものであった。2020年には、COVID-19のパンデミック下における中国の支援を強調することで、関係修復をさらに追求した。そして起きたのが2021年3月の対峙である。フィリピン海軍は、数百にのぼる海上民兵部隊がウィットサン礁周辺に集結したと主張している。対して中国はそれらが普通の漁船であり、通常の活動を行っていただけだと反論した。
(6) この論争に、米国が関わってきた。米国政府はフィリピンに対し、米比相互防衛条約の防衛義務について、南シナ海についても適用されると請け合ったのである。さらに米国は同じ時期に空母「セオドア・ルーズベルト」率いる空母打撃群を南シナ海に配備した。4月12日から23日にかけて、フィリピンと米国は第36回Balikatan演習を実施した。
(7) こうした動きは、Duterteの親中国姿勢に疑問を覚え、米国との強力なつながりを維持したい者たちにとって望ましいものであった。こうした対中強硬派のなかには、Delfin Lorenzana国防大臣やTeodoro Locsin外務大臣などがいる。後者は、中国船がすべてウィットサン礁を離れるまで毎日外交的抗議を行い続けると主張した。現在、その周辺からほとんどの中国船が立ち去り、危機は収まったように思われる。
(8) 危機は去ったように思われるが、この出来事は今後長期的な影響を持つであろう。少なくとも短期的には、Duterteなど親中国派に対し、LorenzanaやLocsinら対中強硬派の立場を強化した。これは、訪問軍地位協定の継続をめぐる交渉が現在進行中であることを考えれば、きわめて重要なことだろう。地位協定は、フィリピン国内の人権問題をめぐって米国政府との間で論争が生じたときに一旦破棄が決定されていたものである。これは防衛に関する重要な取り決めであり、大統領選挙が近いなかで対中強硬派の立場が強まっていることは、より長期的な影響を持つことを意味するのである。
記事参照:Whitsun Reef Standoff: Implications for the U.S.-Philippine-China triangle in the South China Seahttps://www.chinausfocus.com/peace-security/whitsun-reef-standoff-implications-for-the-us-philippine-china-triangle-in-the-south-china-sea

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) THE U.S. NAVY IN THE INDIAN OCEAN: INDIA’S ‘GOLDILOCKS’ DILEMMA
https://warontherocks.com/2021/05/the-u-s-navy-in-the-indian-ocean-indias-goldilocks-dilemma/
War on the Rocks.com, May 11, 2021
By Abhijit Singh, a retired Indian naval officer and a senior fellow at the Observer Research Foundation
 2021年5月11日、インドシンクタンクObserver Research Foundation の主任研究員Abhijit Singh退役インド海軍将校は、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに" THE U.S. NAVY IN THE INDIAN OCEAN: INDIA’S ‘GOLDILOCKS’ DILEMMA "と題する論説を発表した。その中でSingh主任研究員は、先月、米駆逐艦「ジョン・ポール・ジョーンズ」がインドのラクシャドウィープ諸島近くで航行の自由作戦を実施したことでインド当局は混乱したが、それは同作戦が「インドの事前同意を得ずに」 インドの排他的経済水域で実行されたためであると話題を切り出し、米国はインド太平洋地域において、一律的な防衛問題への関与を追求するのではなく、提携国支援のモデルを採用することが望ましいとし、米国はインド当局との間で、包括的な安全保障の協議事項を追求しなければならないが、それはインド軍を強化し、インド海軍の危機対応能力を向上させる方法で行わなければならないと主張している。そして最後に、米国にとって最善の道はインド および他のインド洋諸国との間で強固な安全保障上の相互作用を維持することであるが、その活動はよほどの必要性に迫られない限り、正式な合同演習、情報共有、能力構築を主導することに限定することであり、米印間の海洋における提携は、インド洋における覇権の複占ではなく、安定と安心の象徴となることを目指すべきであると述べ、米国に対しインドへの配慮を暗に要求している。

(2) REALISING THE GREAT CHANGE: BEIJING’S SOUTH CHINA SEA LAWFARE
STRATEGY 
https://www.9dashline.com/article/realising-the-great-change-beijings-south-china-sea-lawfare-strategy
The 9dashline.com, May 13, 2021
By Ryan Lucas, a Research Assistant with the Defence Strategy and Planning Program at the Stimson Center, where his research focuses on the use of the armed forces in Chinese foreign policy
 5月13日、米シンクタンクStimson Centerの研究助手Ryan Lucasは、“REALISING THE GREAT CHANGE: BEIJING’S SOUTH CHINA SEA LAWFARE STRATEGY”と題する論説を、欧州を基盤とするインド太平洋関連シンクタンクThe 9dashlineに寄稿した。その中で、①2018年6月、中国の習近平国家主席は中国共産党中央外事工作会議で演説し、世界は現在「100年に1度の大きな変化」を経験していると述べたが、それは、現在の米国主導の国際システムから、中国やその他の発展途上国をよりよく受け入れる多極システムへの移行に言及したと理解されている、②中国の政策立案者や学者は、このような地政学的傾向を利用するためには、より強力な国内及び国際的な法制度の構築が不可欠であると考えている、③国際的な法的統治に対する中国の懸念は、おそらく南シナ海において最もよく表れている、④3月の全国人民代表大会で可決された「第14次5カ年計画」は、中国の海警法の成立を受けたものであり、南シナ海における中国の海洋権益の主張の実施をより厳しく法的に裏付けるものとなっている、⑤中国南海研究院の呉士存によれば、短期的に緊張が緩和されることはないため、中国は優位性を確保するために「海洋のハードパワーとソフトパワーの両面的な発展」を継続的に推進しなければならないという、⑥中国の政治家や専門家が、外交における法律尊重主義的なアプローチの必要性をますます強調しているため、地域の政策立案者たちは、ソフトパワー戦略を強化する準備をすべきである、といった主張を展開している。

(3) Why America Must Be a Seapower
https://www.nationalreview.com/magazine/2021/06/01/why-america-must-be-a-sea-power/#slide-1
National Review.com, May 13, 2021
By Jerry Hendrix, a vice president of the Telemus Group and a retired U.S. Navy captain
 2021年5月11日、米防衛問題コンサルティング企業Telemus Groupの副社長であるJerry Hendrix退役米海軍大佐は、米隔週誌National Review電子版に、" Why America Must Be a Seapower "と題する論説を発表した。その中でHendrixは、海軍中心の戦略は自由を守ると同時に国際公共財を自由にし、そして地上戦での任務を同盟国に移行させるものであると指摘した上で、米国が世界的な安全保障システムの中で主導的な地位を維持するためには、空軍、宇宙軍、サイバー軍にもっと投資する必要があることは認めるとしても、中国からの圧力と財政的制約という2つの要因が支配的な時代においては、優先順位付けは必須であり、現下の情勢を鑑みれば、米国は意識的にシーパワー国家に戻る決断をしなければならないと主張している。