海洋安全保障情報旬報 2021年4月1日-4月10日

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3月30日「海軍は気候変動に直面して炭素排出量を削減しなければならない ―豪専門家論説」(The Strategist, 30 Mar 2021)

 3月30日付の豪シンクタンクAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、同シンクタンク上級研究員Anthony Berginの“Navies must reduce their carbon emissions in the face of climate change.”と題する論説を掲載し、Anthony Berginはオーストラリア海軍が気候変動に備え、炭素排出量を削減する必要があるとして要旨以下のように述べている。
なお、本記事は3月30日付のものであり、本来であれば3月下旬の旬報に掲載すべきものであるが、諸般の事情から今旬に取り上げたものである。
(1) ニュージーランド海軍(以下、RNZNと言う)は最近、海軍としての専門性を高めるため、海軍と海事に関心を持つすべての人々との意見交換を目的とした独自の機関誌を創刊した。創刊号で最も目を引くのは、RNZNの首席海軍造船技師Chris Howardによる”Toward a zero carbon navy”「温室効果ガス排出量ゼロの海軍に向けて」という挑発的なタイトルの寄稿文である。
(2) 2019年11月、ニュージーランド議会が可決した気候変動対応改正法によれば、メタンを除くすべての温室効果ガスの正味排出量は、2050年までにゼロにされる。この法律は、社会のすべてが排出量レベルを調査し、実行可能な限り削減することを求めている。世界にゼロカーボンの海軍は存在しない。しかし、RNZNは、排出権取引制度に支払いをしている唯一の海軍で、New Zealand Treasury(ニュージーランド財務省)に二酸化炭素(CO2)換算トン当たり25NZドルを支払い、海外任務で燃やされた燃料分に対しては払い戻しを受けている。これは、海外での排出量が国際的であると見なされ、国内排出量の適用外となるためである。
(3)  Howardの主張は以下のとおりである。
a. RNZNは世界初のゼロカーボン海軍になるために努力し、その艦隊の運用上および技術上の効率を追求すると宣言すべきである。
b. 気候変動から生じる安全保障への影響により、海軍の運用頻度が上がる可能性が高い。RNZNは再生可能なグリーン燃料技術を支援するべきである。
c. 軍艦の調達政策と海事に関わる規制は、技術的な改善を促すものとするべき。RNZNは海事分野の他の機関や他の軍種と連携すべきである。
d. 今後数十年、世界中のほとんどの海軍艦艇が引き続きディーゼル燃料に依存する可能性がある。しかし、はしけやVIP用バージなどに全電気船を調達することで、再生可能エネルギーによるグリーンシップの技術的取り組みを示すことができる。
e. ニュージーランドの将来の南極観測船は、クリーンで効率的な設計により、南極の気候変動科学をサポートすることが期待される。この船は燃料としてメタノールを一部使用し、排出はほとんど無害となる。
f. RNZNのゼロカーボンは、排出権取引制度を利用し、カーボンオフセットを購入して補うことによって達成できる。
g. ニュージーランドの排他的経済水域でのブルーカーボン(訳者注:海洋生物によって大気中の二酸化炭素が取り込まれ、海域で貯留された炭素)については、RNZNがこの制度による国際的なリベートを利用して、研究に投資するべき。
(4) 気候変動により、異常気象の頻度や烈度が増加し、海軍の任務に影響を及ぼすことが予想される。なぜなら、海軍は空港が使用不能になった場合の災害救援活動において重要な役割を果たしているからである。 2019〜20年の山火事救援における豪海軍の役割が良い例である。海軍は、そのような状況で最も効果的な即応組織であり、医療設備、指揮通信設備、重機などを持ち込むことができる。
(5) 海軍のほとんどの基幹設備は、予測可能な気候変動を前提に構築されたが、多くは高潮や海面上昇にさらされる低地に建設されている。嵐によって施設が損傷した場合、海軍の整備計画に影響する可能性がある。海軍の作戦には、海洋環境を理解することが不可欠である。潜水艦を含む海軍艦艇によって定期的に収集されたデータは、気候変動が海洋条件に与える影響を監視するために使用できる。気候変動は、海軍が展開する物理的環境を変化させる。海軍は気候変動を防ぐことはできず、排出されるCO2と吸収されるCO2が同じ量になるまでには数十年かかるだろう。多くの船は鉄鋼を必要とし、鉄鋼生産は気候変動に大きく影響している。海軍は気候変動に備え、炭素排出量を削減する必要がある。
(6) Lloyd Austin米国防長官は、その全職員への覚書の中で、気候危機に対してCO2排出量を削減し、気候に配慮した取り組みを目指すと述べている。この一環として、気候変動に関する作業部会を設立した。豪海軍が宣言している取り組みには気候変動についての記述はなく、豪海軍が米海軍と締結した代替燃料の使用に関する協定の進展についても言及はない。Scott Morrison豪首相は、オーストラリアはできれば2050年までに温室効果ガスの正味排出量をゼロ(温室効果ガスの正味排出量ゼロは排出量と回収量を同量とすることを指す:訳者注)にすべきと述べている。豪海軍は、温室効果ガスの排出量を削減するための要件を満たし、場合によってはそれを上回る先導的な例となるべきで、課題は豪海軍が業務を縮小することなくこれを達成することにある。
記事参照:Navies must reduce their carbon emissions in the face of climate change

4月1日「米台関係の強化が地域を安定化させる―豪対外政策専門家論説」(The Interpreter, April 1, 2021)

 4月1日付の豪シンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreter は、同研究所のPublic Opinion and Foreign Policy Program長であるNatasha Kassamの“Closer Taiwan-US ties are stabilising the region, not the opposite”と題する論説を掲載し、そこでKassamは台湾海峡における戦争の危機が高まっていると言われている中、地域の安定化のために米国と台湾の関係強化が進められるべきだとして、要旨以下のように述べている。
(1) 最近の報道を見ると、台湾海峡における戦争が目前であるかのように思われる。ある米政府高官は、中国が「より大きなリスクをとる覚悟」をしているようだとメディアに伝えている。こうした懸念の背景には、昨年台湾で蔡英文総統が再選して以降、中国による台湾への圧力が深刻なまでに強まっているという事実がある。中国は軍による台湾海峡への侵入の回数を増やし、また経済的圧力を強めて国際舞台における孤立を深めようとしている。さらには世界保健機関(WHO)からの排除など、国際機関からの台湾の締め出しを続けている。
(2) 台湾との関係強化はTrump政権のもとでなされた種々の立法を通じて進められてきたが、中国による攻勢の強化はこうした動きを押し止めるのではなく、むしろさらに促進している。習近平はBiden大統領との最初の電話会談において、台湾問題が最大の懸念事項の1つだと述べている。しかしBiden政権は米海軍艦艇に台湾海峡を通航させ、また米台政府関係者間の会合に課せられていた制限を緩めるというTrump政権末期の決定を覆していないのである。
(3)またBiden政権は、台湾が数少ない外交関係を維持する試みをかつてないほど強く支援する動きを見せている。Antony Blinken国務長官がパラグアイ大統領に、台湾を含む地域及び世界の民主主義の提携国とともに行動し続けることの重要性を繰り返し述べるよう呼びかけたことがその好例である。さらに3月末、パラオ大統領が台湾を訪問した際に駐パラオ米大使が随行したが、これは台湾とパラオの外交関係維持を支援する前例のないデモンストレーションとなった。
(4)これまで、中国が賭け金を釣り上げるたびに米国は手札を見せるよう要求してきたようなもので、これは台湾海峡における偶発的事態の危険を高めるという重大な結果を伴うものであった。しかし他方で、緊張の拡大を制御することもできる。中国の野心が米台関係の強化によって制約されることはないだろうが、中国の警戒感が強まる可能性はある。「国家統一法」の成立に関して、中国は最終的に決まり文句に落ち着いた。
(5) 現在のところ、中国の意図は台湾を武力統一するというよりは、台湾が独立を宣言することを妨害するところにあるように思われる。蔡総統も、独立を強く主張する所属政党の方針をより穏健なものに修正してきた。他方で米国との連携強化を模索してもいる。ワシントンに駐在する台湾の代表団がBiden大統領の就任式典に参加したが、これは米台関係における史上初の出来事であった。
(6) 台湾の将来に関する中国の見通しは、中国人民解放軍の自信が深まるにつれて変わっていくだろう。そして、中国が自信を深めつつ、米国が弱体化しているという認識ギャップが増大することによって危険の度合いは高まっていくだろう。このとき米国はどうするべきか。米国が現状の「戦略的曖昧さ」から、台湾防衛に明確にコミットするよう方針を転換するべきだと主張する者もいる。しかし、それは長年うまく機能していた抑止力を損ない、事態拡大の危険性を高めるであろう。
(7) 他方で、中国の台湾に対する見方が変わらない限り(そして変わる可能性は低い)、米台間の紐帯の緊密化は米国にとって適切な方針であろう。米国の台湾に対する方針は、中国の戦略的思考における要因となっているのは間違いない。それは、地域を危険にさらすというよりは、その安定化を推進するものであろう。
記事参照:Closer Taiwan-US ties are stabilising the region, not the opposite

4月2日「将来、中国インド洋艦隊はあり得るかー米専門家論説」(WAR ON THE ROCKS, April 2, 2021)

 4月2日付の米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockは、The Wilson Centerの非常勤中国研究者Christopher K. Colleyの“A Future Chinese Indian Ocean Fleet?”と題する論説を掲載し、Colleyは中国内外の海軍の専門家の間で中国がインド洋艦隊を新編するかもしれないとの意見があるが、インド洋艦隊を支える基地網の欠落、中核となるべき空母の不在、不十分な空母と空母戦闘群を構成する護衛艦部隊との連携能力、艦載航空部隊、陸上配備航空部隊に関わらず航空援護の欠落からインド洋艦隊あるいはインド洋海軍部隊の編成は現段階では不可能であり、さらに戦略的により重要な米国、インドとの関係をどのようにすべきかという政治的ジレンマを解決しなければならいとして、要旨以下のように述べている。
(1) 人民解放軍海軍(以下、PLANと言う)は現在、世界最大の海軍である。中国国内及び
外部の海軍の専門家は、PLANは近い将来インド洋艦隊を保有するかもしれないと予測している。この可能性を支持して、複数の中国情報筋はPLANのための新たなインド洋戦略を明確にし始めた。これらの文書は発展する中国の大戦略を理解する上で有用である。さらに、北京は海軍の装備だけでなく、潜在的な基地や後方支援センターの両方からの視点で艦隊の基礎を積極的に築いている。しかし、海賊対処任務や海軍力の展開を越えて、政治的、技術的理由から、PLANはインド洋地域を支配するかもしれないインド洋艦隊を公式に新編することは現段階では不可能であり、その意思もなさそうである。
(2) インド洋で拡大する中国の海軍力の展開を理解するために、3つの重要な領域について
検証してみる。第1は、インド洋における中国の野望について中国が何を語っているのか分析する。たとえば、中国の戦略家達はPLANの太平洋、インド洋2個艦隊について何を語り、中国の戦略とどのように整合させようとしているのか?第2に、中国の空母計画について検証し、インド洋方面においてPLANが重要な展開をするためには複数の空母戦闘群が必要であると議論していく。最後に、インド洋において主導的な役割を果たしているPLANに対する主要な政治的障害とその結果について議論する。
(3) 過去20年の間に中国のインド洋に対する関心は急速に拡大してきた。戦略家曽信凱は、
中国のエネルギー輸入が通る海上交通路は他国によって支配されていると正しく述べている。加えて、中国の中東、アフリカ、ヨーロッパとの貿易の95%がインド洋を通過する。北京の認識から、より重要なことはこの地域が中国の対立する相手、米国とインドによって支配されていることである。2000年以来、PLANによる地域の諸国への親善訪問は著しく増加している。さらに、中国はインド洋の島嶼国6カ国全てに大使を派遣している唯一の国である。
(4) 四半世紀以上にわたるPLAN近代化という抗し難い戦略的目的は、中国の東アジアにお
ける利益を守り、台湾の不測の事態から米国を締め出し、少なくとも中国の他の軍種がその任務を果たせるようになるまで米国を遠ざけておくことができる段階まで達成してきている。北京大学海洋戦略研究中心執行主任胡波は、将来、PLANの主たる行動海域は第1に西太平洋であり、それに続いて中東やアフリカ沿岸からマラッカ海峡にいたる北部インド洋であると主張している。より重要なことは、胡波は「両大洋における効果的な軍事的展開を達成するためにそれぞれの大洋に空母を中核とした艦隊、すなわち太平洋艦隊とインド洋艦隊を配備することを考えるべきである」と書いていることである。四川大学南亜研究所教授張力は、インド洋における米国の展開に対する評価では曖昧さはより少なく、中国を目標とした政治的、軍事的同盟を確立する戦略的試みと見ている。海洋安全保障として両洋への取り組みの展望は前縁防衛と合致している。前縁防衛は、中国が西太平洋からインド洋北部を包摂する「弧状戦略ゾーン」の確立を想像させる。中国の『戦略学』は、「我々の海洋における主権利益はしばしば侵害されているため、勃発するかもしれない危機に対応するために強力な両洋への配備を形成する必要がある」と述べている。
(5) 15年以上にわたってインド洋における「真珠の数珠つなぎ」が議論されてきた。この概
念は、中国を取り囲む近隣諸国に戦略的に港湾を中国が建設するというものである。そのような基幹設備の運用については議論の余地はあるが、中国の多くの専門家がこの問題について論じている。武漢大学の孟亮は、米印による中国の戦略的封じ込めを一帯一路構想が打破することを支援することができると主張している。中国にとってのインド洋の重要性の議論において、河南大学教授時浩遠はインドのアンダマン・ニコバル軍が中国のインド洋進出を効果的に阻止する鉄のカーテンとして機能していると指摘している。海軍軍事科学院の研究者3名は、インド洋の開発は中国が海洋力を拡大する唯一の方策であると述べ、特に3名は基地の不足が中国の国益拡大を大きく遅らせる栄養失調の一形態であると述べている。彼らはインド洋における中国の戦略的支点が必要と考えているが、支点を選ぶ際には注意が必要である。
(6) 基地は後方支援拠点として機能でき、中国の海洋力における戦略的役割を果たしうる。
そのような基地としてパキスタンのグワダル、セイシェルのダルエスサラーム、ジブチ、スリランカのハンバントタが挙げられる。このような活動が引き起こす懸念を認識しつつ、中国は米印の覇権を減退させるようじわじわと浸透している。このような潜在的基地は、戦略的強点を中国に与えるだろう。中国は既にジブチに基地を建設し、最近、カンボジアの海軍基地へPLANが出入りすることへの合意に署名している。上記の議論は、中国の様々な政府文書やインド洋地域に対する中国の認識の学術的分析を際立たせている。重要な疑問はこれが単なる観測気球なのか、明確で持続的なインド洋地域への取り組みなのかである。ジブチの中国の施設や小規模ではあるが定常的なインド洋北部でのPLANの展開はPLANが明確なインド洋への野望を持っている明らかな証拠である。ジブチのドラレ多目的港にある6つの岸壁の内の1つがPLANの専用とされている。しかし、これらだけでは限られた関与を示すだけで、明確な戦略目的を構成していない。これは環インド洋周辺における様々な一帯一路計画でよく見られることである。地域の複数の国々における港湾建設は1つの指標であり、これら港湾は主として経済、他と連接する計画のためで、恒久的な基地の計画は少ない。より良い計測手法は、中国艦隊の実際の規模と外洋作戦能力を促進するために必要な段階であり、PLANはType903補給艦8隻を保有し、空母のためにType901高速戦闘支援艦2隻を建造した。
(7) 北京は、インド洋艦隊が作戦可能となるまでその編成を公式に宣言しなさそうであるし、
たとえそうなったとしても政治的理由から当該部隊を艦隊とは呼ばないだろう。政府の公刊文書、一帯一路計画、最も重要な外洋作戦能力を有する艦艇を就役させる持続的で拡大する努力といった利用可能は証拠に基づき推測できることは、インド洋艦隊を支援するために必要なもの全てを取得しつつあるということである。この3つの要素は、そのような野望に対する政治上、後方支援上、安全保障上の基礎を提供する。米国を中国の台頭を抑えようとする敵対者と認識を強める中国にとって、両洋艦隊や潜在的な基地の組成は地域における現実のあるいは認識された米国の覇権に対する抑止を形成する。
(8) 中国が地域における効果的な海軍戦略を持つために、PLANは完全に作戦稼働状態の空
母を複数隻配備すべきであると中国の専門家達は考えている。専門家の1人は、インド洋に1隻の空母を送るためには少なくとも3隻の空母を保有すべきであると主張している。他の情報筋は、外洋作戦をより良く遂行し、インド洋に2隻の空母を配備するために2030年までに6隻の空母保有を追求していると述べている。完全な作戦稼働状態にある空母が不在のことを過小評価してはならない。米国のイージス・システムに類似したドラゴン・アイ戦闘システムを駆逐艦36隻と近代的なフリゲート30隻、進展する原子力潜水艦部隊をもって、PLANは東アジアで考慮される対象となっている。しかし、東アジアで遂行されている中国の任務は地上配備の戦闘機による航空支援の恩恵に何らかの形で浴している。空母「遼寧」と「山東」は主として訓練目的に運用されている主として実験的空母である。中国は艦載航空部隊に関して重要な技術的問題に直面している。PLANはJ-15戦闘機の代替を検討している。空母が世界的なレベルのあるとしても、護衛艦艇からの効果的で重層的防護が調整されて提供されていなければ、空母は大きな妨げである。敵が水平線以遠あるいは水面下から攻撃することのできる戦闘海域にある空母打撃群に支援艦艇や潜水艦を適切に配置し、空母打撃群を編成することは複雑な作業である。PLANは艦載早期警戒機KJ-600を開発中である。もし運用可能状態になれば、早期警戒機は以後の中国の空母戦闘群に対する精緻な防護に重要な段階を加えることになるだろう。
(9) 胡波教授は空母の戦闘即応能力の問題を正しく認識し、「遼寧」はPLANの能力を急激
に変えることはないと警告している。重要なことは、胡波教授が戦闘即応の体制ができていない空母は人質に取られ、脆弱な空母は空中、水上、水中から容易に追尾、攻撃されると述べていることである。このような問題を考慮し、胡波は「これら空母はPLANの勝利のための道具というよりむしろ負担となるかもしれない」と主張している。一部の中国専門家が声を挙げている空母の脆弱性に関する懸念は、なぜPLANがインド洋において空母が必要なのか、あるいは空母の保有を望むのかという疑問を提起している。中国は過去数十年にわたって、地上配備、水上艦及び潜水艦に配備する対艦ミサイルを蓄積してきた。公海上で敵対的な阻止行動を採る場合、水平線以遠の目標を攻撃できるミサイルをもって敵の戦闘艦艇を攻撃ずる中国の能力は、常に防護が必要な巨大な空母よりもより大きな脅威となるかもしれない。元CIA長官Stansfield Turner元米海軍大将は、15年前にこれらの懸念を強調していた。先進的対艦ミサイルの出現で、空母は無用の長物となったと主張している。
(10) 複数の中国海洋安全保障専門家との議論で、空母と随伴する戦闘群は中国が大国である
ことの目に見える証拠を提示できると指摘している。彼らの多くは空母を保有することの負担を認識しているが、空母の「威信」という側面を強調している。インド洋の広大な面積が空母の有用性に疑問を呈している。敵対的な事態が生起したとき、空母は現場海域から数千海里離れているかもしれない。その場合、現場到着までに数日あるいは数週間かかるかもしれない。フリゲートや駆逐艦のようなより小型でステルス性のある艦艇が空母戦闘群から分離されれば、中国の権益に対してより広い防護網を提供できる。もし地域の基地と連携すれば、水上艦艇、潜水艦は敵となるかもしれない勢力を抑止できる。
(11)  PLANはインド洋地域において急速に存在感を増しつつある。印海軍によれば、北部イ
ンド洋に常に6隻ないし8隻の中国艦艇が存在する。それらの多くは海賊対処の哨戒という形で公共財を提供している。これらの行動はPLANに外洋においていかに作戦を実施するか、母港から遠く離れた海域で後方支援を管理することからインド洋における動向まで極めて価値のある教訓を提供している。しかし、有効な航空援護が欠落している状況で地域において独自の海軍航空隊を有するか、あるいは近傍の陸上に配備された戦闘機部隊を有する国と有意の交戦は、PLANの戦隊には不可能である。航空援護の欠落を過小評価することはできない。航空援護の欠落は象徴的なショー・ザ・フラッグを越えて効果的に兵力を投射する能力に対して深刻な障害となる。PLANは艦載航空部隊を運用する術を徐々に習得しつつあるが、上述のことに気づくまで、PLANは海賊対処や救出と行った比較的リスクの低い任務を越えて戦闘任務に就くことは不可能である。
(12) インド洋地域に重要な権益を有する主権国家として、中国はインド洋艦隊、海軍力の
展開といったものを開発する権利と合法的な利益を有している。米国がこの地域における権益を防護しているように、北京は拡大する権益を守る能力について懸念している。空母戦闘群に関わる技術的な障壁の一部として、中国は地域において重要な政治的問題に直面している。インドをいかに取り扱うかである。インド洋における中国の行動に関するインドの懸念だけでは、北京で大きな懸念は引き起こさない。中国社会科学院亜太与全球戦略研究院副院長叶海林は、「素人的に表現すれば、中国はインドを主要な懸念とは見なしてこなかった。提携国としてであれ、敵対国としてであれ、インドは二義的問題である」と述べている。しかし、中国が潜在的にインドを封じ込めているとのインド指導部の恐れが、ニューデリーをワシントンに手を伸ばしており、この状況が中国の権益にとって不都合である。過去7年以上にわたって、印米は3つの基本的な防衛合意に署名してきた。これら合意は後方から情報共有までの領域を含んでいる。簡単に言えば、南アジアにおける中国の行動、特にインド洋における行動はニューデリーとワシントン間の安全保障上、政治上の紐帯を強化させる直接的原因である。この動きは地域において中国に対抗し、その動きを縮小させようとする両首都の反中国のタカ派の手に渡っている。
(13) 奇しくも北京はインド洋において自国のSLOC防護の対策を採っており、中国の研究
者は中国が相当程度米軍のインド洋への展開にただ乗りしていることを認めている。北京外国語大学の徐瑞珂、上海外国語大学の孫徳剛は、中国が中東では経済の面で重量級であるが、軍事の面では軽量級であり、今後数十年はこのままであろうと認めている。徐瑞珂、孫徳剛はまた、数年は米国が主導する石油のSLOC防護にただ乗りしていくだろうと述べている。全体として、中国のインド洋及びそれ以遠との結びつきは過去20年間で飛躍的に拡大し、COVID-19後の世界でもこのことは続くだろう。中国の専門家、そして政府は中国の利益を守り、伸ばすことのできるインド洋艦隊あるいはインド洋部隊を何らかの形で今まで以上に求めている。重要なことは、港湾の基幹設備計画、政府及び中国の専門家の様々な声明、発言、そして海軍の新しい装備などの利用できる証拠から、中国はある種のインド洋部隊の開発を企図している。
(14) 中国はインド洋において完全なシー・コントロールを確立することはないであろうが、
中国のSLOCあるいはそれを構成する要素に対して脅威を及ぼす他国を信頼できる形で抑止する能力を持つようになるかもしれない。しかし、中国がインド洋において有意の兵力投射を実施できる水上艦艇をますます多く保有し、インド洋北部で実弾射撃訓練を実施しても、PLANには航空戦力による防護が決定的に欠落している。北京は将来的に「インド洋のジレンマ」の装備に関する部分については解決するだろう。しかし、基地のために何をすべきか、そして戦略的により重要なこととして、ますます大きくなるインド及び米国との安全保障上の関係のために何を為すべきかという政治的ジレンマが長期的に見たインド洋における中国の野望に対する最大の障害であろう。
記事参照:A Future Chinese Indian Ocean Fleet?

4月3日「仏海軍演習に印海軍参加の意味―印日刊英字ビジネス紙報道」(Financial Express.com, April 3, 2021)

 4月3日付の印日刊英字ビジネス紙Financial Express電子版は、“French Naval Exercise La Perouse: India Joins to Make it Full QUAD”と題する記事を掲載し、フランス主催の海軍演習にインドが初めて参加したことを受け、QUADが協力関係を拡大させている背景と意義について、要旨以下のように報じている。
(1) インドが展開している海軍外交は、インド太平洋における力学を反映している。4月5日から7日にかけて、フランスが主導する多国間海軍演習ラ・ペルーズがベンガル湾で実施されたが、それに印軍の艦艇が初めて参加したのである。これによって、フランスが主催した演習に4カ国安全保障対話(以下、QUADと言う)の国全てが参加したことになる。2019年のラ・ペルーズ演習には日本、米国、オーストラリアが参加していた。こうした動きは、フランスおよびQUAD諸国がインド太平洋地域における目標を共有していることを示している。
(2) 2020年のマラバール海軍演習にオーストラリアが初めて参加をし、同様にQUAD諸国全てによって実施されたことにも見られるように、インド洋におけるQUAD諸国の海軍の重要性は高まっている。その演習はインド洋への海軍力の配備能力を着実に提示した。インドと米国の間では兵站相互支援合意(Logistics Exchange Memorandum of Agreement)が発効しており、米海軍の配備能力を支えている。通信互換性保護協定(Communications Compatibility and Security Agreement)や情報の相互提供協定(Basic Exchange and Cooperation Agreement)が全面的に履行されれば、QUAD諸国の機動部隊の相互運用性も向上するであろう。
(3) インドは、インド洋における戦術的優位を確立し、インド洋における航行規則の遵守を保証してきた。そして世界もそれを尊重してきた。インド洋は、近年着実に重要な国際関係の舞台になっている。一方で、その海域が自由で開かれた、包括的で規則に基づく秩序が確立された場であるという理想像を持つ国々がある。その国々の目標は国連海洋法条約のような国際法の尊重である。他方、中国は自国の周辺海域においてシー・ディナイアル戦略を採用し、南シナ海などで領土をめぐる論争を繰り広げている。そして近年、報告されていない中国船や潜水艦の活動がインド洋において目撃されているのである。
(4) 広大な太平洋においても、近年中国が経済的イニシアチブを通じて影響力を拡大しているが、それは米国の安全保障に対する戦略的脅威を突き付けている。米国にとってのインド太平洋地域の重要性は、第2次世界大戦後に最初に設立され、現在最大の統合司令部がUnited States Indo-Pacific Command(米インド太平洋軍)だという事実に示されている。同司令部は2018年に再編成され、インド洋と太平洋の連接性に焦点を当てるようになった。インド洋北東部のアンダマン海から南シナ海までは船で2日弱程度の距離であり、南シナ海問題においてインド洋駐留艦隊は考慮に入れるべき戦力であろう。また中国にとってアンダマン海からマラッカ海峡に至る航路はその海上輸送のチョークポイントであり、代替の海上航路および陸路の構築を目指してきた。
(5) フランスは太平洋において、ニューカレドニアと仏領ポリネシア、そしてウォリス・フツナに直接の戦略的・経済的利害を有し、Pacific Community(太平洋共同体)の一員である。2018年にフランスはオーストラリアとの間で軍事的な相互兵站支援協定を発効させ、太平洋において定期的に共同訓練を実施している。また500億ドル相当の仏豪共同計画の一部として、フランスはオーストラリアでアタック級潜水艦を12隻建造している。
(6) 日本は中国との間で貿易を通じて経済的つながりを深めているが、中国の軍事的台頭を懐疑的な目で見ている。日本周辺の海域および空域における中国の活動は、見かけ上は訓練や漁業活動の形をとって激しくなっており、こうした動向は日本をインドやオーストラリアなどとの協力関係の深化へと駆り立てている。
(7) フランスとQUADの合流は、たとえば英国のようなインド太平洋に利害を持つ他の国々の参加を促すかもしれない。しかしASEANなどにしてみると、QUADはもう少し経済的な強さを持つべきである。オーストラリアやインドはなお中国との通商から多くの利益を得ているが、インド太平洋の国々がみな中国との経済的つながりが強いわけではない。インドはあくまで自国の利益を模索したwin-winな関係の構築を目指しており、それは印海軍の近代化のために、米国だけでなくロシアとの取引を深める可能性もあるということを意味するのである。
記事参照:French Naval Exercise La Perouse: India Joins to Make it Full QUAD

4月4日「ロシア、北極海の海底に関する主張を拡大―環北極メディア協力組織報道」(Arctic Today.com, April 4, 2021)

 4月4日付の環北極メディア協力組織ARCTIC TODAYのウエブサイトArctic Today.comは“Russia extends its claim to the Arctic Ocean seabed”と題する記事を掲載し、ロシアの北極海の海底に関する領土拡大の主張は現在の北極海の中央部海底の約70%を包摂し、カナダとグリーンランドの排他的経済水域にも達しているとして要旨以下のように報じている。
(1) ロシアは、カナダとグリーンランドの排他的経済水域までに広がる北極海の海底について領土の主張を正式に拡大した。この主張は、北極付近の地点からグリーンランドとカナダの排他的経済水域まで、2021年3月31日に提出された2つの追加の主張によって拡大されるものである。ロシア船舶が2020年にアラスカ北部の海域の海底に関するデータを収集したことは明らかではあるが、ロシアは米国の利益圏の一部として知られているアラスカ北部の海域にはその主張を拡大していない。政治地理学教授であり英国のThe Centre for Border Research at the University of Durham所長Philip Steinbergは2021年4月3日、ロシアは約70万5千平方キロメートルもの拡大を主張していると見積もっており、ロシアの主張は現在、北極沿岸諸国のEEZの外にある北極海中央部の海底の約70%を包摂しているとSteinbergは説明している。ロシアの主張拡大は、北極海底に対するロシアの主張とカナダとデンマークが提出した領土主張との重複部分を大幅に増加させる。これらの3カ国の主張は既に既北極で重複しており、デンマークの専門家によるとロシアの主張は現在約80万平方キロメートルもデンマークの主張と重複していると語っている。ロシアは、UN Commission on the Limits of the Continental Shelf(以下、CLCSと言う)に拡大の主張を提出しており、国連海洋法条約(以下、UNCLOSと言う)の規則によると、2つの文書によって記述されたロシアの拡大の主張は、ロシアの既存の主張の一部として処理され、処理過程を遅らせることは期待できない。
(2) 公開されたロシアの2つの文書の要約によると、拡大の主張は2015年以降に収集された新しいデータに基づいている。直近では、2020年8月から10月にかけて、ロシアの原子力砕氷船「50 Let Pobedy」が北極とグリーンランドとカナダの間を砕氷し、マルチビーム測深器を装備した科学調査船「アカデミック・フョードロフ」のために航路を啓開した。この海域の氷はまだ数メートルの厚さがある可能性がある。この調査船は以前、北極海の海底に関するデータを収集するためにロシアによって運用されている。2隻は、デンマーク・グリーンランドとカナダでのデータ収集時にも見られた特徴的なジグザグパターンで行動し、同じ海域でデータを収集した。2隻の船は、ロシア、グリーンランド、カナダの間の北極を横切る海底山脈であるロモノソフ海嶺の一部を探査した。この尾根といずれかの端の大陸との間を接続する地質学的性質は、潜在的な海底資源に対する権利を持つ国を決定するのに役立つ。2020年11月、2隻の船がロシアに戻った後、ロシア国防省は、ガッケル海嶺だけでなくロモノソフ海嶺と、そのはるか西にあるアラスカ北部のチュクチ高原の北部にも3か月の調査で行ってきたと発表した。
(3) ロシアの領土拡大の主張が通れば、海底下の石油・ガス、鉱物、その他すべての資源に関し、独占的な権利をもたら既あろう。海底上の資源に対する権利には、海底上の富を保護するために、地域の交通を規制する一定の権利がともなう。ほとんどの専門家は、関係国が国連の規則に従うことを決意しているように見えるので、プロセスが平和的に続くことを期待している。ロシアの2つの文書は、確立された手順に厳密に従って書かれており、カナダ、デンマーク、グリーンランドからのコメントは3月31日以降出ていない。これらの手続きには、通常迅速な対応はほとんどなされない。2015年、他の北極沿岸諸国はロシアによる新たな主張を正式に認めたがそれからかなり長い時間が経過している。グリーンランドの情報筋は、グリーンランドの自治当局はロシアの拡大された主張について知らされたことをARCTIC TODAYに確認するだけである。(グリーンランドはデンマークを通じてプロセスの当事者である)。筆者が2021年1月に様々な専門家と話をしたとき、拡大の主張の手順がUNCLOSの規則の下で行われ続ける限り、ロシアと他の北極諸国間の緊張を引き起こすことはないことを示唆している。デンマーク議会のThe Foreign Policy Committee(外交政策委員会)委員長であり、デンマークとグリーンランドが2014年に彼らの主張を国連に提出した際にデンマークの外務大臣だったMartin Lidegaardは、2021年1月に「ロシアが新しい科学的根拠に基づいて提出を拡大するならば、これは安全保障上の影響を及ぼす必要があるとは思えない。デンマーク王国自体も大きな要求を出しており、あらゆる状況下で難しい交渉に向かっていると思う」と述べている。カナダ、デンマーク、ノルウェー、ロシア、米国の北極沿岸5カ国は長い間、海底に対する未確定の主張をめぐって意見の相違を認めており、専門家や外交官は誤解を防ぐために定期的に会合を開いている。ロシアは2001年に大陸棚限界委員会(CLCS)に最初の請求を提出し、2015年に請求をさらに拡大した。この段階では、主張はロシアのEEZから北極への海底を包摂している。ロシアが拡大を提出する少し前、デンマークとグリーンランドは2014年に共同請求を行い、カナダは2019年に請求を提出した。デンマーク・グリーンランドの主張は、グリーンランドのEEZから北極を横切り、ロシアのEEZまで広がっている。カナダの主張は北極を包摂しているが、ロシアのEEZには届かない。UNCLOSによると、主張は新しいデータが利用可能になった場合に延長することができる。主張に基づいて、CLCSは北極海の大陸棚が関係する国の岩盤の自然な延長である程度を決定する。CLCSは海底部分が複数の状態にしっかりと接続されていることを発見するかもしれない。そうなった場合、関係する政府は、海底に最終的な引き継ぎラインを引くために交渉する。
(4) 北極海底に対するロシアの関心は長い間明らかであった。2007年、2隻の小型ロシア潜水艦が北極の北極海の底まで潜航し、水深4,300メートルの海底にロシア国旗を掲げた。ロシアの外相Sergey Lavrovは関係各国に冷静さを求めた。月面に立てられた米国旗は月面への米国の所有権の主張につながるものではなかったと彼は言い、ロシアはその後UNCLOSの規則を慎重に遵守している。最近では、ロシアはCLCSが最終的にロシアに有利に決定するであろうという自信を示している。2019年、The Russian Ministry of Natural Resourcesは、2019年8月のCLCS第50回セッションでロシアが提出した重要なポイントが承認されたことを示す声明を発表した。専門紙The Barents Observerによると、The Russian Ministry of Natural ResourcesはCLCSがロモノソフ海嶺、メンデレーエフ尾根、プロボドニコフ盆地が水中の高原であり、ロシアの大陸棚の自然延長であることに同意したと述べている。
記事参照:Russia extends its claim to the Arctic Ocean seabed

4月6日「カスピ海の戦略的競合:石油・ガス問題以外の重要争点―ユーラシア問題専門家論説」(Eurasia Daily Monitor, April 6, 2021)

 4月6日付の米シンクタンクThe Jamestown Foundationが発行するEurasia Daily Monitorのウエブサイトは、ユーラシアにおける民族・宗教問題の専門家Paul Gobleの“Geopolitical Competition in Caspian Region About More Than Gas and Oil”と題する論説を掲載し、そこでGobleは近年、カスピ海における天然資源をめぐる戦略的競合の高まりに言及し、それとは直接関わりのないように見える3つの争点を検討することの重要性を指摘して、要旨以下のように述べている。
(1) 近年、カスピ海周辺における石油・ガス資源およびそれを運搬するためのパイプラインに対する地政学的競合に関心が集まっている。この事業に投じられた資金の多さを考慮すれば、それは驚くことではないだろう。しかし、それとは別の争点をめぐる競合も注目に値する。その諸争点はそれぞれ独立したものである一方、石油・ガス生産とその流れにも影響を与える可能性があるものだ。以下3つの問題について見ていこう。
(2) 第1の問題は、イランは2021年3月末に中国との間に25年間の包括的連携協定を締結したが、そのイランがカスピ海に人工島を建設する計画があると発表したことである。これは、同様の港湾施設を作ろうとしている別の沿岸諸国との競合を強めるきっかけとなる可能性がある。その種の競合は、東西間のコンテナ貿易推進に対する中国の関心の高まり故に既既に拡大しつつあるものであった。専門家は、カスピ海沿岸の港湾施設の能力が限定的であり続けるだろうと想定していたが、イランの動きはこうした予測を覆しかねないものである。
(3) 第2の争点は、カザフスタンがカスピ海東岸のアクタウ港を中央アジアとイランおよび西側諸国の間のコンテナ貿易のハブにすることを模索していることである。この動きは港湾の近代化と商船の通航量の拡大を伴うものだが、それは以前からこの貿易で優位に立ってきたロシアや、関与の深化を模索するその他沿岸諸国との対立を深める可能性がある。さらにこれは、カザフスタンと西側諸国との関係を複雑にするかもしれない。なぜなら、カスピ海を介した貿易が、イランに制裁逃れの手段を与える可能性があるからである。カザフスタンはこれまでカスピ海沿岸の国としては特に注目されてこなかったが、ここにきてイランや中国の関心を集めることになった。
(4) 第3の争点は、カスピ海における環境破壊の問題である。カスピ海のチョウザメから採れるキャビアは世界最高のものとして珍重されており、環境破壊がそのチョウザメを含めた生物多様性に与える影響について、沿岸諸国は関心を共有させている。しかしながら、環境問題に対して誰に責任があり、何をすべきかなどについて意見が一致しているわけではない。4月末にモスクワでこの問題について議論するための国際会議が開かれるが、ここではおそらく、各国がそれぞれの立場を主張することで論争が過熱し、分裂が深まる可能性がある。
(5) これら3つの争点は、石油・ガスをめぐる競合と関連づけられることはめったになかったが、今後は影響を与えていくだろう。カスピ海においてハイドロカーボン資源が発見されるペースはきわめて早く、その資源の利用に地域外部の国々が関心を向けるのは避けがたいであろう。実際に中国は、イランとの間の25年協定によってそのように動いているし、サウジアラビアとトルクメニスタンが交渉中である。巨大石油企業を有するロシアや西側諸国がそれに続くのは確実であろう。石油・ガス問題とは直接関係のない上記3つの問題が、今後、カスピ海が平和的発展の場所となるか、それとも新たな闘争の舞台となるかを決定づける可能性があるのである。
記事参照:Geopolitical Competition in Caspian Region About More Than Gas and Oil

4月7日「カンボジア・リーム海軍基地へのアクセス、中国にとって真の利益になるのか―カンボジア専門家論説」(The Diplomat.com, April 7, 2021)

 4月7日付のデジタル誌The Diplomatは、カンボジアのCambodia Institute for Cooperation and Peace研究員Chen Heangの“Would Access to Cambodia’s Ream Naval Base Really Benefit China?”と題する論説を掲載し、ここでChen Heangはカンボジアの海軍施設へのアクセスは中国海軍にとってあまり目に見える戦略的優位とはならないとして、要旨以下のように述べている。
(1)カンボジアに中国海軍基地が設置される可能性は、カンボジアがタイ湾に面したリーム海軍基地への中国海軍のアクセスを許可する秘密協定に署名したと2019年半ばに米紙が報じて以来、大きな注目を集めてきた。特に、カンボジアの中国や米国との関係という視点から、これが何を意味するのか、また、これによってこの地域における中国の拡大する軍事力の展開が一層強化されるのかといったことが憶測された。しかしながら、カンボジア海軍施設への中国のアクセスの可能性に関心が高まるばかりで、カンボジアの地理的現実はほとんど無視されてきた。当然ながら、地理は軍事活動の戦略的意義を理解する上で不可欠であり、この場合について見れば、カンボジアの地理は、中国がカンボジア沿岸に軍事施設を設置しても戦略的優位を得ることはないことを示唆している。
(2)最も明白な事実は、カンボジアの沿岸沖合海域の水深は強力な海軍部隊が活動できるほどには十分な深度ではないということである。タイ湾に面した海域は、平均50メートル程の水深で、リーム基地はコンポンソム湾に面していると言われるが、その水深は5〜10メートル程度しかない。この程度の水深では、中国がタイ湾海域で大規模な海軍活動を行うことは不可能で、ましてや潜水艦の活用などは非現実的であろう。さらに、リーム基地の位置も、国際的なシーレーンから見て、それほど重要ではない。一部の専門家は、中国がマラッカ海峡を利用するエネルギー輸入に依存していることから、中国にとって、マラッカ海峡の航路を守り、管制する中継拠点として役立ち得ると指摘して、リーム海軍基地の地理的意義を説明しようとしてきた。しかしながら、この説明には説得力がない。中国は既に南沙諸島のファイアリークロス礁(中国名:永暑礁。抄訳者注:中国が人工島に造成し、3,000メートル級の滑走路を建設済み:訳者注)の前哨拠点に出入り可能であることを考えれば、中継拠点として、敢えてリーム海軍基地に出入りする必要があるのか。既存の中国の施設は、カンボジア領土を使用しなくても、こうした支援を提供するのに十分以上の能力を有している。
(3)さらに、カンボジアに中国の基地を設置することは、中国にとってわずかな戦略的優位しかもたらさないが、カンボジアの近隣諸国による安全保障の強化を促すことになろう。西の隣国タイは近年、表面的には北京に近づき、ワシントンから離れようとしているように見えるかもしれない。確かに、中国からの武器購入や軍事演習が増えてはいるが、現在の軍事政権は2019年に米国との間で4億ドルの武器購入協定に署名している。一方、東の隣国ベトナムもその防衛能力を拡大し続けており、安全保障問題に関して米国とより緊密な関係を維持している。2016年には、当時のObama米政権は中国の軍事力増強と南シナ海における高圧的な行動を懸念して、ハノイに対する武器禁輸措置を一部解除した。確かに、ベトナムもタイも、この地域において抗争を繰り広げるいずれの外部勢力も国内に受け入れるつもりはない。しかし、カンボジアに建設された中国の前進拠点は、タイ、ベトナム等の隣国がカンボジアの前進基地建設に対応して、米国とその提携諸国との安全保障関係を強化する新たな誘因を与え、中国との更なる抗争に繋がるだけであろう。
(4)最後に、中国にとってプノンペンとの軍事協定から得られる利点は、北京が近年強い関心を持っており、長らく構想されてきたタイ南部のクラ地峡を横切る運河の最終的な建設に左右されるように思われる。「クラ運河」として知られるこのプロジェクトは、アンダマン海とタイ湾を直接繋ぎ、インド洋と太平洋間の航行時間を2〜3日短縮するマラッカ海峡に代わるルートとして、東南アジアの戦略的な形勢を一変させるものとなるであろう。この運河に対する中国の関心は、かつて当時の胡錦濤国家主席が中国の「マラッカ・ジレンマ」と表現した、マラッカ海峡への過大な依存を減らすための長年の努力に由来する。リーム海軍基地が運河の東側出入り口に近いことから、カンボジアにおける軍事上の大事業への中国の投資努力は、クラ運河の建設を前提とした戦略としては適切であったかもしれない。中国にとって残念なことに、この大事業は中国海軍にとっては利用価値のない、クラ地峡を横断する陸上ルート構想に置き換えられ、現在のところ、巨額の費用を要するクラ運河計画は推進される可能性が低いようである。
(5)要するに、カンボジア沿岸域で予想される中国の軍事基地は中国に大きな戦略的優位を与えることもなければ、また大規模な軍事行動時でもあまり役立つことはなさそうである。中国にとって、リスクが大きく、しかも戦略的優位が限られていることを考えれば、カンボジア領土における中国の軍事施設は、たとえ実際に計画されているとしても、価値のない計画であり、北京に対して、得るものよりはるかに大きな出費を強いるものになることは明らかである。
記事参照:Would Access to Cambodia’s Ream Naval Base Really Benefit China?

4月7日「台湾防衛のためにオーストラリアが採るべき実際的政策―豪国際関係学者論説」(The Strategist, April 7, 2021)

 4月7日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、Australian National UniversityのSchool of Regulation and Global Governance研究員Benjamin Herscovitchの“Practical policy proposals to protect Taiwan”と題する論説を掲載し、そこでHerscovitchは、台湾政策の立案に伴う道義的問題を踏まえつつ、オーストラリアがどのような政策を推進していくべきかについて、要旨以下のように述べている。
(1) 台湾政策をめぐる議論には道義的な問題が伴う。一方では、台湾防衛の人的コストの問題がある。もし中台間で戦争が起き、台湾防衛のために米国や太平洋西部の同盟国が関わるのであればその犠牲はおびただしいものになるだろう。他方、2400万人の台湾市民の権利と自由を脅かす脅威を放置するということは、自由民主主義国の中核的価値観の放棄に他ならないと指摘される。
(2) いずれこの2つの間の選択を迫られるときが来るかもしれないが、それはもう少し先のことであろう。現時点では自由民主主義諸国は、段階的な抑止政策による台湾防衛を目指している。中国が台湾に対して圧力を強めていき、その国力が増大するなか、中国の抑止はますます困難になっているが、そのなかでオーストラリアのような中流国家であってもできることがある。大きく言えば、オーストラリアは台湾との関係を深めることで、台湾獲得の試みがいかなる国際的波紋を呼び起こすかについて、中国指導部に考えさせることを目指すべきである。
(3) 安全保障上の観点から、オーストラリアがとれる方策は3つある。第1に、既存の澳洲駐台弁事処の一部局として、事実上の防衛駐在官事務所を設立することである。台湾とオーストラリアの間に公式の外交関係はないが、こうした事務所は台湾とオーストラリア間の情報共有のルートとして機能し、非公式のつながりを深めることができよう。それはオーストラリア側だけでなく台湾側も求めているものである。なるべく中国に敵意を抱かせないように、駐在員は軍部の非制服組や国防省の文民であるほうがいいだろう。
(4) 採るべき方策の第2は、太平洋島嶼地域や東南アジアで行われる多国間の、非伝統的安全保障のための海上訓練・演習に台湾軍を参加させることである。これは、オーストラリア・台湾・その他地域の軍の間の非公式関係を深める機会を提供するものである。中国はこれに疑惑の視線を向けるだろうが、訓練の焦点が非伝統的安全保障に関わるものであること、そしてシンガポールと台湾の間にこうした関係の前例があることで、中国の反発は比較的穏当なものに留まるだろう。
(5) 第3の方策は、オーストラリアと台湾の政治家のやりとりの活性化である。そうした政治家同士のやりとりには連邦政府の承認は必要なく、志向を同じくする者同士で個別に行えばよい。これによって安全保障問題への関心が共有され、中国の動向に対してどう反応すべきかについて両国がともに考える機会が提供されるであろう。中国はこうした動きを認めないだろうが、これもまたフランスなどによる前例があり、フランスはそうした政治家のやりとりを止めさせる中国の試みを退けている。
(6) 以上に挙げた政策だけでは、言うまでもなく中国を抑止するには十分ではないが、台湾に対する国際的関与の深まりを示すものであり、台湾を孤立させようという中国の試みに挑むものである。
(7) こうした政策に対し中国はどう反応するだろうかと問えば、その答えは、反発を招くだろうというものである。しかし、これらの政策が慎重であることや前例があることを考慮すれば、既既に緊張している豪中関係がさらに劇的に悪化するということは考え難い。たとえそうだとしても、その政策の方向性はオーストラリアにとって適切なものであろう。オーストラリアにとって台湾政策は単なる戦略の問題ではなく、倫理の問題でもある。台湾に関する決定は、われわれが支持すべき中核的価値がなんであるかを定義することになるかもしれない。
記事参照:Practical policy proposals to protect Taiwan

4月9日「インドとアフガニスタンの貿易に関係するイランの港―印紙報道」(Business Standard.com, April 9, 2021)

 4月9日付のインドの英字紙Business Standardのウエブサイトは、“Iran’s Chabahar port likely ready by May as India speeds up work: US report”と題する記事を掲載し、インドとアフガニスタンの貿易とそれに関するインドとイランの関係について、要旨以下のように報じている。
(1)戦略的プロジェクトによって、インドはパキスタンによって邪魔されずにアフガニスタンとの貿易ができるようになると、米Congressional Research Service(米議会調査局、以下CRSと言う)が発表した。一時的に中断した後、インドは2021年初めにチャバハール港に関する作業を加速させ、このイランの戦略的な港は5月までに運営される見込みであることが、米議会への報告書で述べられている。2015年、インドはパキスタンに邪魔されずにアフガニスタンと貿易できるようにするため、チャバハール港とアフガニスタン国境近くを結ぶ鉄道の開発を支援することに合意したとCRSは述べている。
(2)この報告書によると、2016年5月にインドのNarendra Modi首相がイランを訪問し、同港と関連インフラの開発に5億米ドルを投資する合意に署名したという。Trump政権が、インドにその懲罰的なイラン制裁の例外として「アフガニスタン復興」を認めたにもかかわらず、インドは2020年後半までこの事業の作業の大部分を停止した。CRSによる報告書によると、「2021年初頭に作業を加速させ、遅くとも2021年5月にはこの港の運用が公表される見込みである」という。
(3)イランの経済は、南アジアの近隣諸国の経済と高度に統合されているとし、インドは対イラン政策の指針として国連安全保障理事会の決議を挙げていると述べている。国連の対イラン制裁が発動されていた2011年から2016年にかけて、インドの中央銀行はイランとの取引を行うためのテヘランに拠点を置く地域機関Asian Clearing Union(ACU:アジア決済同盟)の利用を中止し、両国はインドのイランからの原油購入量の半分をインドの通貨で決済することに合意した。
(4)インドは2011年以降、イランの原油の輸入量を大幅に減らしたが、2016年に制裁が緩和された後、インドのイランからの原油輸入量は、2018年7月には2011年の水準を大きく上回る80万BPD(1日当たりの石油生産量)にまで増加した。インドは、2012年から2016年の間に購入した石油に対して負っていた65億米ドルをイランに支払った。インドは2019年5月以降、イランの石油を輸入していない。CRSは、イランのパキスタンとの経済関係は、インドとの経済関係に比べてあまり広くないと述べている。
記事参照:Iran’s Chabahar port likely ready by May as India speeds up work: US report

4月9日「中国の科学者が南シナ海で堆積物コアを採取―香港紙報道」(South China Morning Post, April 9, 2021)

 4月9日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“Chinese scientists drill in contested South China Sea amid rising tensions”と題する記事を掲載し、4月7日に中国が、南シナ海の海底から堆積物コアを回収したが、中国の資源探査技術の進歩とその活動に対して周辺国は警戒を強めているとして、要旨以下のように述べている。
(1)中国の科学者たちが、堆積物コアを採取するために、紛争中の南シナ海で深海の掘削を行ったと、中国の国営メディアが報じた。これは、この地域の緊張を高めることが予想される動きである。4月7日に中国の科学者たちは、中国製の掘削システム「海牛II号」を運用して、全長231メートルの堆積物コアを回収した。国営新華社の4月8日の報道によると、このコアは、この水路の水深2060mの未知の場所で採取されたものである。この掘削システムは、海底の天然ガスハイドレート資源の探査に使用される可能性があると報じられている。
(2)大連海事大学の黄海・渤海研究所の張燕強所長は、今回の活動は、中国の深海石油・ガス探査技術が大きく進歩したことを示しているとした上で、「中国は、天然ガスや石油を含むエネルギー資源が豊富に埋蔵されている南シナ海の広大な地域をめぐって、他の複数の権利主張国と主権争いをしていることを考えると、これらの能力はこの地域の他の国々を警戒させ、日本や米国のような国々もこの件について騒ぎ立てる可能性が高い」と述べている。北京は資源の豊富な南シナ海の大部分の権利を主張しているが、フィリピン、ベトナム及びマレーシアを含む近隣諸国はその主張に異議を唱えている。フィリピンの排他的経済水域である牛軛礁に中国船舶が集結していることをめぐって、マニラとの深まっている争いがここ数日でエスカレートしている。米海軍も4月の第2週の段階で、この紛争海域での部隊の展開を強化している。
(3)南シナ海のエネルギー埋蔵量については、明確な信頼できる推定値はないが、The US Energy Information Administration(米国エネルギー情報局)は、石油約110億バレル、天然ガス約190兆立方フィートと見積もっており、そのほとんどが紛争中の島々の下ではなく、その縁に沿って位置している。この海域での中国のエネルギー探査については、2014年に国営企業である中国海洋石油集団有限公司(以下、CNOOCと言う)が紛争中の西沙諸島付近に掘削装置を配備したため、ベトナムで反中国の抗議行動を引き起こしており、この石油掘削装置はその後、立ち去っている。米国は1月、CNOOCが中国による南シナ海での近隣諸国に対する威嚇を支援したと述べ、それを経済に関するブラックリストに加えた。
記事参照:Chinese scientists drill in contested South China Sea amid rising tensions

4月24日「台湾は中国に対する米国の最高の資産だが、いつまで続くのか?―中国専門家論説」(Think China, April 6, 2021)

 4月6日付のシンガポールの中国問題英字オンライン誌Think Chinaは、中国シンクタンクの分析員、鄭偉彬の”Taiwan is America's best asset against China, but for how long?” と題する論説を掲載し、ここで鄭は米国が中国を封じ込めるためには、日本やインドなどの強力な提携国が必要で台湾はその役割を果たせないとして、要旨以下のように述べている。
(1) Joe Bidenが米大統領になったとき、多くの台湾人はDonald Trumpの下で台湾が米国から得た支援を失うのではないかと心配した。Trump大統領時代の米国は、台湾に多くの支援を行ってきた。Biden大統領が就任したからといって、米国の台湾への支援が減ったわけではないが、Trump政権の高飛車なやり方とは対照的に、Biden政権は口に出さずに行動を起こしているようである。
(2) 米国の台湾への継続的な支援は、次のような点から見ることができる。
a.Trump大統領の任期後、米国は台湾との関係強化と支援のための法案を制定した。3月24日、Ted Cruz上院議員は、台湾政府代表の適切な待遇を規定し、Biden政権が2015年のObama政権の政策指針を復活させることを禁止する2021年コミットメントに関する再保証法を提出し、また、3月26日には、共和党のMarco Rubio上院議員と民主党のJeff Merkley上院議員が米国の価値観と現実をよりよく反映した米国の台湾政策を更新することを目指す台湾関係強化法を再提出した。
b. 台湾が中国大陸からの軍事的圧力に直面していることを米国内で認識することを含め、米国による軍事的な支援が存在している。US Indo-Pacific Command(米インド太平洋軍)司令官のPhilip Davidson大将は、今後6年以内に中国が台湾に侵攻する可能性があると警告している。そして、次期司令官に指名されているJohn Aquilino大将は3月23日、上院軍事委員会で、この問題は身近にあると発言した。このような警告の背景には、台湾への武器の有償供与を強化して、軍事力の不均衡に直面している台湾の防衛力整備を支援しようとする意図がある。
c. 日米同盟の強化は、日本と台湾の距離を縮め、台湾海峡で軍事衝突が発生した場合には、日本が何らかの形で介入したり、台湾に援助を提供することが可能になる。
d. 米国は台湾の政治体制を承認・支持し、それに基づいて台湾の国際空間を拡大しようとしている。3月中旬、下院外交委員会の公聴会で、Antony Blinken国務長官は、台湾を強い民主主義国家で、強い技術力を持ち、自国民だけでなく世界に貢献できる国と称賛した。同様の発言はここ数年頻繁に見られるようになっており、米国が台湾の国際空間の拡大を支持する重要な理由の一つとなっている。
(3) Biden政権は、台湾の問題や事情に対するTrump政権のアプローチの多くを堅持している。これは、今後数年間、米国の台湾への関与が強いままであることを意味しており、Trump政権に続く米国と台湾の新常態と見ることができる。この背景に存在する中国、米国、台湾の関係変化により支援が継続するか、あるいは拡大するかが問題となる。
(4) 台湾の価値はその戦略的重要性にあり、言い換えれば、その戦略地政学的価値が米国の支援の程度を決定する。第一列島線の中に位置する台湾の戦略地政学的価値は、高くなると考えるのは容易であるが、問題は、第1列島線が常に価値を持ち続けるかである。つまり、大陸の力、特に軍事力が第一列島線を越えて西太平洋全域にまで及ぶようになったとき、台湾の戦略地政学的価値はどれだけ残るのか。それは検討に値する。
(5) 米国は既既にそのような事態に備えている。中国と米国の間の力の差が狭まり、中国と周辺国の間の力の差が広がれば、米国はそれに応じて戦略、組織構造、対応策を調整しなければならない。Trump大統領の任期後半、インド太平洋戦略は4カ国安全保障対話(以下、QUADと言う)により具現化した。米国、日本、インド、オーストラリアで構成されるQUADは、中国を封じ込めるための新たな重要な組織になった。現時点では非公式なグループであるが、進展すれば、このメンバーはこの地域の大国であるため、米国が中国に対抗するための重要な存在となる。
(6) 地域的な力を基盤とし、将来的に多くの国や経済を含む可能性のあるQUADのような機構は、第1列島線に取って代わる効果がある。QUAD参加国は、インド太平洋地域で軍事演習を行っている。軍事同盟の可能性は、これらの国々を結びつける最初のものである。これは、第1列島線が中国を封じ込め、その影響力の拡大を防ぐことが難しくなっているだけでなく、この地域にある基地やその他の機構などでは、中国を封じ込めるという戦略目標を十分に達成できないためである。重要な事実として、中国本土からの戦闘機が日常的に台湾を周回していることが挙げられる。したがって、米国は、この地域に配置した組織を調整し、これまでの地域問題への介入や参加の仕方を変えざるを得なくなっている。
(7) そうなれば台湾の役割は低下し、重要な戦略的価値を持たなくなるだろう。米国が台湾をQUADに含めることは可能であり、米国の政治家が台湾の政治機構を尊重しているのは、それが大陸とは対照的だからであり、中国と米国の競争の変化によっては台湾の重要性は弱まるだろう。建国以来、現実主義的な米国の外交政策は自国の利益に貢献してきた。理想主義的なウィルソン主義は実現しなかった。米ソ冷戦とそれに続く米国優位の秩序を経て、ウィルソン主義の伝統を継承した戦後のシステムが真に実現することはなかった。
(8) 米国の政治家が台湾の政治機構を賞賛したからといって、米国が台湾を堅固に支持すると考えるべきではない。台湾を米国のインド太平洋戦略に組み込むことができたとしても、中国を封じ込めるための取り組みの変化を考慮すると、台湾が第1列島線の一部としてかつての戦略的価値を維持することは困難であろう。米国が中国を封じ込めるためには、日本やインドなどの強力な提携国が必要である。台湾がそのような役割を果たせないのは明らかである。
記事参照:Taiwan is America's best asset against China, but for how long?

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) Rep Luria Letter to President Biden on Maritime-centric National Defense Strategy
https://news.usni.org/2021/04/01/rep-luria-letter-to-president-biden-on-maritime-centric-national-defense-strategy
USNI News, April 1, 2021
 3月26日付のThe U.S. Naval InstituteのウエブサイトUSNI Newsは、米民主党下院議員で元米海軍将校であるElaine LuriaからJoe Biden米大統領への書簡を“Rep Luria Letter to President Biden on Maritime-centric National Defense Strategy”と題する記事として掲載した。その中で、①新時代の競争に参加している大国は、それぞれ戦略核兵器を装備しているため、これらの競争的相互作用の焦点は世界の海など開かれた国際公共財に移っている、②Biden政権が現在の戦略環境での海洋の性質を認識し優先する、国家防衛戦略を策定することを要請する、③我々は、歴史の中で自由貿易や船員の権利を守り、それらの権利が踏みにじられたときには何度も宣戦布告してきた、④冷戦後の30年間、我々は対テロ作戦に参加することで母国である米国を戦略的に混乱させ、海軍力の縮小、即応性の低下、産業基盤の錆びつきを許し、その間中国とロシアは南シナ海、東シナ海、北極海に対して広範な領海権の主張を展開している、⑤このような主張が認められれば、相互に連結された世界貿易システムの「連鎖的な不具合」(cascade failure)を引き起こす可能性がある、⑥太平洋で迫り来る海軍の危機は、総力を挙げての取り組みが必要となり、米海軍の展開に対する要求は、1980年代と同様、あるいはそれ以上に高まっている、⑦明確に線引きされた越えてはならない一線が破られた場合、我々は、同盟国、利益、そして最終的には彼らの価値観を超える我々の価値観を守るために行動することを中国とロシアは理解しなければならない、といった主張が展開されている。

(2) China’s Maritime Militia and Fishing Fleets: A Primer for Operational Staffs and Tactical Leaders, Pt. 2
https://cimsec.org/chinas-maritime-militia-and-fishing-fleets-a-primer-for-operational-staffs-and-tactical-leaders-pt-2/
Center for International Maritime Security, APRIL 6, 2021
By Shuxian Luo(駱舒嫻), a PhD candidate in international relations at the School of Advanced International Studies (SAIS), Johns Hopkins University
Jonathan G. Panter, a PhD candidate in political science at Columbia University
 2021年4月6日、米Johns Hopkins University博士課程に在籍する大学院生の駱舒嫻と米Columbia University博士課程に在籍する大学院生のJonathan G. Panterは、米シンクタンクCenter for International Maritime Security(CIMSEC)のウエブサイトに、" China’s Maritime Militia and Fishing Fleets: A Primer for Operational Staffs and Tactical Leaders, Pt. 2 "と題する論説を発表した。その中で両名は、海上民兵が中国海軍や海警局に次ぐ第三の兵力として機能するかどうかという点については議論の余地があり、主に①海上民兵は各地に分散しているため陸上兵力に比べ統制という課題があること、②組織化された海上民兵が中国海軍のいかなる部隊のいかなる指揮下にあるのかという不透明性があること、③海上民兵がどのような種類の海洋権益の保護に任ずるのかという点が明確ではなく、④その海上民兵の活動の権限を正式に誰が決裁しうるのか、などといった問題を指摘している。その上で両名は、今後の米中関係のポイントとして、①南シナ海では、米軍にとって最大の脅威は事故と事態の拡大であること、②東アジア以外の地域では、米国は中国の遠洋漁船団を中国の伝統的な安全保障手段と解釈してはならず、なぜなら、これらの船舶は法的には非戦闘員であり実際には軍事的有用性は存在しないこと、などを挙げている。

(3) China’s Shifting Attitude on the Indo-Pacific Quad
https://warontherocks.com/2021/04/chinas-shifting-attitude-on-the-indo-pacific-quad/
WAR ON THE ROCKS, APRIL 7, 2021
By Joel Wuthnow, a senior research fellow in the Center for the Study of Chinese Military Affairs at the U.S. National Defense University
 2021年4月7日、The U.S. National Defense Universityの中国軍事問題専門家であるJoel Wuthnow主任研究員は、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに、" China’s Shifting Attitude on the Indo-Pacific Quad "と題する論説を発表した。その中でWuthnowは、中国は4カ国安全保障対話(以下、QUADと言う)について「海の泡のごとし」と表現し、一蹴したが、それとは逆に、近年の中国の動向を背景として、日米豪印の4カ国はQUADをより真剣に考えるようになっていると指摘した上で、2018年から2021年の間に中国の主要な学者や政府関連のアナリストたちが発表した数十本の論文を検討したところ、その内容は、日米豪印の4カ国の協力関係にくさびを打ち込むべきという主張から、影響力の均衡を獲得するためには中国に有利に働く地域機関に焦点を当てるべきだという主張に変化していることが明らかになったと述べている。そしてWuthnowは、中国指導部は現時点ではQUADを現実的な脅威とは見ていないため、今後、この4カ国は、インド太平洋地域の他の国々の国益を増進させ、QUADの具体的な成果を示す必要があると主張している。