海洋安全保障情報旬報 2021年3月1日-3月10日

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3月2日「米インド太平洋軍司令官の構想―米国防総省ニュースサイト報道」(US DOD News, March 2, 2021)

 3月2日付のU.S. Department of Defense(米国防総省)のニュースサイトUS DOD Newsは、“Admiral offers Vision for Indo-Pacific”と題する記事を掲載し、米インド太平洋軍司令官が述べているインド太平洋地域のための今後の構想における4つの重要な柱について、要旨以下のように報じている。
(1)U.S. Indo-Pacific Commandの司令官は、インド太平洋地域における軍事的成功と自由で開かれた社会への支援の鍵となるのは、統合部隊の可能性を最大限に発揮するために、イノベーションの促進、批判的な思考、専門知識の発展、仮定への挑戦、共同で作業することであると述べている。
(2)Philip S. Davidson米海軍大将は、Armed Forces Communications & Electronics AssociationのTechNet Indo-Pacific 2021のオンライン上のイベントで、これらすべてを達成するために、4つの重要な柱があると語っている。
a. 第1の柱は、統合部隊の破壊力を高めることである。「基本的な計画は、海、空、陸、宇宙及びサイバー空間の各領域で優位に立つ敵の能力を拒否し、次に、時には定期的に、時には持続的にすべての領域を支配し、全ての領域で突出する我々の能力を支えることができる統合部隊である」。統合部隊は、そのサイバー能力、宇宙部隊、特殊戦部隊、長距離精密射撃能力を備えた地上部隊をより完全に統合しなければならないとDavidsonは報告している。「また我々は、抑止力が効かなくなった時に戦って勝つために、強力な攻撃力を維持しなければならない。近代化への我々の投資は、統合防空ミサイル防衛のような最先端技術のネットワークが提供する高度な能力を利用しなければならない」と述べた。
b. 第2の柱は、この地域における戦力設計(force design)と態勢の強化である。「この地域における我々の戦力設計と態勢は、集結することなしに多くの効果を生み出す、複数の領域のための能力の収束を可能にするものでなければならない。これは、前方展開された統合部隊を、その殺傷力と生存性の均衡を取りながら、戦場での広さと深さに応じて分散させることで達成される」と述べている。
c. 第3の柱は、同盟関係と提携の強化である。提携の強化は、相互運用性を高めるための訓練演習、情報共有協定、対外有償軍事援助、軍事協力の拡大、国際安全保障対話を通じて達成されるとDavidsonは指摘している。
d. 第4の柱は、実験的で革新的な演習を行うことである。統合部隊内だけでなく、同盟国や提携国とともに行う。「これを達成するために、我々は、この地域の主要な場所で、実動訓練のための演習場、オンライン訓練のための施設、発展を促進、改善または構成する訓練施設の統合的なネットワークの開発を進めている」と述べている。実験的で革新的な演習を行うための他の場としては、インド太平洋地域や米国全土にわたって演習場、訓練施設がある。これらの演習場、訓練施設は同盟国や提携国、そしてあらゆる能力を用いる統合部隊に役立つ必要がある。
記事参照:Admiral offers Vision for Indo-Pacific

3月3日「アジアへの独海軍艦艇派遣計画が持つ意味―香港英字紙報道」(South China Morning Post, March 3, 2021)

 3月3日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は“Beijing to Berlin: respect South China Sea sovereignty during frigate visit”と題する記事を掲載し、独海軍がアジアへの艦艇派遣を計画していることに言及し、その背景と意義について、要旨以下のように報じている。
(1) ドイツは今年8月にフリゲートをアジアに派遣し、南シナ海を航行させる計画を立てている。ドイツ艦艇がアジアに派遣されるのは2002年以来のことで、これは南シナ海における中国の領土的主張に対する諸外国の圧力が強まっていることを背景にしている。2021年2月にはフランスが潜水艦部隊を派遣したばかりである。中国外交部はこうしたドイツの動きに対し、南シナ海の権利主張国の主権を侵害しないように求めた。
(2) ドイツの計画の意図については、それが米国やNATOとの連携強化を目指してのことだという観測や、必ずしもドイツが米国と協力して中国に圧力をかけようとしているわけではないという解釈もある。後者については、ドイツ艦艇が南シナ海の島礁の12海里以内を航行することはないという観測が根拠となっている。それは、「ドイツが意図的に中国との対決色を弱めようとしている」サインだと、上海対外経済貿易大学の国際関係論教授の郭学堂は述べた。
(3) 様々な考え方はあるが、はっきりしているのは、ドイツのインド太平洋に対するアプローチが変化しているということである。それは2020年9月に独自のインド太平洋戦略を策定したことに反映されている。同地域における自国の役割を「創造的な行為者および提携国」と位置づけ、「ルールに基づく国際秩序の保全」を目的とするものであった。必ずしも中国を標的にするものではないが、とりわけ南シナ海における中国の姿勢に対する警戒感が見られ、米国や日本、オーストラリアなどとの協力を促進する可能性を含むものである。
(4) ただしドイツは、中国との経済的紐帯も強い。ドイツの貿易相手国として、中国は5年連続で米国や隣国のオランダを上回っている。2020年に独中間で2,121億ユーロ相当の取引がなされ、またドイツ自動車産業にとって中国は最重要の市場である。こうしたことを背景に、ドイツは独自のインド太平洋戦略の遂行が求められている。
記事参照:Beijing to Berlin: respect South China Sea sovereignty during frigate visit

3月3日「米国の台湾に対する『戦略的曖昧性』の変更は不要、元米安全保障担当補佐官証言-香港日刊英字紙報道」

 3月3日付の香港日刊英字紙報道South China Morning Post電子版は“US has no need to change its ‘strategic ambiguity’ about Taiwan, says ex-national security adviser H.R. McMaster”と題する記事を掲載し、米Senate Armed Services Committee(上院軍事小委員会)で元安全保障担当補佐官H.R. McMasterは、米国は対台湾政策において「戦略的曖昧性」を変更する必要は無いと証言し、The Brookings Institutionの上席研究員Thomas Wrightもこれに同意すると証言したとして、要旨以下のように報じている
(1) 3月2日、元米安全保障担当補佐官は議員に対し、ワシントンは台湾周辺でより攻撃的な行動を行う北京に対抗すると同時に、台湾に対しより明確な防衛上の保障を与えるため台湾に対する「戦略的曖昧性」の政策を変更する必要は無いと述べている。「戦略的曖昧性は適切である。特に台湾に対する6つの保障(米国の対台湾政策に関する6つの重要事項を指し、①米国は台湾への武器販売終了日の設定で合意していない、②米国は台湾への武器販売について中国と協議することに合意していない、③米国は台北と北京の間の仲介役を務めない、④米国は台湾関係法の改正に合意していない、⑤米国は台湾の主権に関する立場を変えていない、⑥米国は台湾に対し、中国との交渉を開始するよう圧力をかけないというものである:訳者注)を公にした後ではそうであり、もし我々が台湾を保障し、中国に明確なメッセージを送るためにTrump政権が行動し、新Biden政権が行動した方策で行動すればそうである」とMcMasterは米国が台湾に対して武器を売却する際に北京を無視するとした台湾への約束を引き合いに出して述べている。
(2) 「中国へのメッセージはこうでなければならない。『中国は米国が対応しないと仮定することはできる。しかし、それは1950年6月に北朝鮮が韓国に侵略した時に試された仮定と同じである』」とMcMasterは述べ、「これは開戦するか、しないかという憲法第1条の問題で皆さんの胸に応えることは分かっている。もし危機が発生したとき、皆さんと皆さんお仲間は米国民の意思と我々がなすことを示すものと確信している」とMcMasterは付け加えている。 
(3) 3月2日のSenate Armed Services Committeeの公聴会に呼ばれたもう一人の証言者The Brookings Institutionの上席研究員Thomas Wrightは、維持は人民解放軍による台湾への侵攻に対する抑止として十分に機能するだろうと同意し、「戦略的曖昧性の概念を再検討する気は無いが、行動を通じて中国の侵攻を抑止し、台湾とのより強固で緊密な関係への誓約を示すことができると考えている」と述べている。
(4) 両証言者の台湾政策に対する立場は、地域における同盟国とのより緊密な調整と米軍の能力を阻害するために中国が新たに開発した技術力と対峙するための艦艇、装備への予算の大幅な増額を早急に求めている。McMasterは2022年の冬季北京オリンピックと2022年後半に予定されている中国共産党大会の間が「最も危険」な時期と呼んでおり、「強化された台湾の防衛力が飲み込まれないように支援するため、現在進められているレース」が重要であると述べている。
(5) McMasterは、中ロが過去20年の間に米海軍の作戦にこれまで以上に脅威を及ぼすデータリンク、GPS、精密打撃能力を含む技術を開発してきているため、より大規模で、より分散した艦隊への要求を支援したと述べている。「第1次大戦以来、技術的優位を背景にますます小規模になる米統合軍がより広範な地域に対してますます大きな影響を及ぼしてきた。それら全てが変わった。中ロ、そして他の国々が特に湾岸戦争以後、我々を研究し、これらの特定の優位を突き崩す能力を開発したからである」と付け加えている。Biden政権は2021年後半に提案されている建艦30年予算を提出すべきである。これには議会の承認が必要でありTrump政権が示したゴールを支援するか否かはまだ示されていない。
記事参照:US has no need to change its ‘strategic ambiguity’ about Taiwan, says ex-national security adviser H.R. McMaster

3月3日「米中間戦争につながる要因はなにか―米国際政治学教授論説」(The Strategist, March 3, 2021)

 3月3日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、米Harvard University教授Joseph S. Nyeの“The factors that could lead to war between the US and China”と題する論説を掲載し、そこでNyeは米中対立の時代において誤算による戦争のリスクが高く、戦争を回避するためには相互の力を適切に理解する必要があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) Biden政権は中国に対する強硬姿勢をTrump前政権から引き継いでおり、米中関係が対決の時代に入っていると主張するアナリストもいる。この現状の分析のために彼らが引き合いに出すのが、Thucydidesによるペロポネソス戦争が勃発した原因の説明である。すなわち、戦争が起きたのは覇権を確立していたスパルタに対し新たにアテネが台頭し、それに対するスパルタの恐怖が高まったためだとする説明である。
(2) しかし米中戦争が不可避というわけではないだろう。まず、米中間の経済および環境問題における相互依存関係が、熱戦はもとより冷戦の可能性を減じている。協力することによる利益のほうが大きいからである。
(3) しかし、第1次世界大戦のように、誤算や認識の相違が破滅的状況につながる可能性も否定できず、歴史はそうした事例に満ちている。たとえばNixon大統領は米国の衰退を過大に評価し、中国を巻き込み米中ソ間のバランスをとろうとし、多極的世界の到来を予測したが、実際にはソ連崩壊と米国単極世界が到来した。こうした誤算は今も起こりうる。中国による米国の弾力性が過小評価されることもあれば、米国が中国のパワーを過大ないし過小に評価するケースもある。
(4) お互いの力を妥当に認識することが第1に重要である。Thucydidesによれば、戦争が起きるのは新興国が台頭することと、それを覇権国が過剰に恐怖する2つの要因が重なるときである。中国のパワー増大は紛れもない事実であるが、米国はそれを正しく把握し、過剰に恐怖することがあってはならない。
(5) 中国の現在の経済規模は米国の3分の2ほどであるが、2030年代には米国を追い抜くという観測が多くなされている。また外国への支援・投資や貿易の点からも中国の影響力はもはや米国を抜いていると言ってよい。しかし経済力だけがパワーではない。たとえば中国は米国にソフトパワーの側面では多く劣っているし、米国の軍事支出は中国の4倍で、中国が米国を太平洋西部から追い出すことは不可能だと見られている。
(6) こうしたわかりやすい数字以外にも、米国には中国に対して有利な側面が多い。たとえば地理で、米国は周囲を大海と概ね友好的な隣国に囲まれている。エネルギーでも、シェール革命以後米国は輸出国に転じ、他方で中国はエネルギーの大部分を輸入に依存している。人口面でも、米国はなお成長を続けているが、中国はロシアやヨーロッパ、日本のように高齢化社会を課題としている。先進技術においても米国は中国より現時点では先行している。
(7) パックス・シニカや米国の凋落を訴える論者は、国家の力や資源を全体として捉え損ねている。米国は思い上がるべきではないが、一方で中国の台頭を恐れすぎてはならない。米国の恐れすぎと同様に危険なのが、中国におけるナショナリズムの高まりである。それが、米国の凋落の過大評価と合わされば、中国をして大きなリスクを選択させるであろう。われわれはお互いに、自分たちのことと相手のことをより正確に理解し、誤算を無くしていかねばならない。
記事参照:The factors that could lead to war between the US and China

3月4日「アジア諸国の国防費の趨勢、安全保障情勢悪化の兆し―インド専門家論説」(The Diplomat.com, March 4, 2021)

 3月4日付のオンライン誌The Diplomatは、印シンクタンクThe Observer Research Foundation研究員、Dr. Rajeswari Pillai Rajagopalanの“Asian Military Spending: A Sign of Worsening Security Environment”と題する論説を掲載し、Dr. Rajeswari Pillai Rajagopalan は2月に英International Institute of Strategic Studies(国際戦略研究所:以下、IISSと言う)から発刊された2021年版 Military Balanceの世界の国防費データから、アジアにおける国防費の趨勢について、要旨以下のように述べている。
(1)2月に発刊された2021年版Military Balanceによれば、2020年の世界の国防費は1兆8,300億ドルで、対前年比実質3.9%増であった。世界の国防費の対GDP比は、2019年の1.85%から2.08%に増えた。一方で、世界の経済生産高がコロナ禍の影響で4.4%も縮小している。それにもかかわらず、国防費が実質増になっているのは、少なくとも1つには、国防費の増額をもたらす安全保障面の抗争が強まっていることを示唆している。インド太平洋地域の安全保障環境が近い内に緩和されるという保証は全くないことから、こうした趨勢が短期間に改善されるということはありそうにもない。IISSのFenella McGertyによれば、世界の国防費の3.9%の実質増の内、ほぼ3分の2が米中両国の増額によるものである。2020年の米国の国防予算は対前年比実質6.3%増であり、中国のそれは実質5.2%で、2019年の対前年比実質5.9%増よりわずかに減少した。McGertyによれば、22021年の米国防予算が対前年比で「横ばい」なっていることから、2021年の世界の国防費は減少すると見られる。アジア太平洋地域の国防費も、コロナ禍の経済的影響から減少することになりそうである。
(2)中国を除くインド太平洋地域の2020年の国防費も、2019年の対前年比実質3.8%増から、同3.6%に減少した。中国の国防費は、成長率が減速したとは言え対前年比120億ドル増で、依然として他の全てのアジア諸国の国防費合計よりも多いことには変わりない。この地域の国防費増については、例えば、日本は、2021年の防衛予算としてこれまで最高の5兆3,400億円(517億ドル)を計上した。これは対前年比実質0.5%増である。日本の防衛予算は、中国と北朝鮮を含む地域的脅威を主たる理由として、この9年間増額されてきた。特に海洋領域における中国の高圧的な行動に加えて、北朝鮮の核とミサイルの脅威は、継続的な防衛費増額の重要な理論的根拠とされてきた。東京はまた、特に中国軍の戦略支援部隊の創設後、中国が重視する、外宇宙、サイバー及び電子戦などの非通常軍事分野に予算を充当してきた。 
(3)インドも、2021~2022年の国防費を増額した。2月に発表された予算では、2021~2022年の国防費は、2020~2021年の4兆7,100億ルピーから、実質1.4%増の4兆7,800億ルピーにわずかながら増加した。とは言え、重要なのは予算全体に占める割合が18.8%であることで、コロナ禍の中でも、中国の脅威に直面していることから、政府が防衛部門を優先していることを示している。2020年の予算修正見積もりで、インド軍は、ガルワン渓谷での中印衝突事案中に兵器の緊急調達用として2,077億ルピーを受領した。コロナ禍の影響はインドでも深刻で、世界銀行の南アジア経済報告によれば、2020~2021年のインドのGDPは当初予測の3.2%減に比して、9.6%減になると見積もられている。
(4)オーストラリアも国防費を増額してきた。コロナ禍にもかかわらず、オーストラリアの国防費は約427億5,000万豪ドルと推定され、これは同国のGDPの約2.19%に当たる。2021年版Military Balanceによれば、こうした増加傾向は継続され、2023~2024年までにGDPの約2.38%に達すると見られる。
(5)米国も、中国の国防費の増大に影響されている。2021年版Military Balanceによれば、中国の軍事力近代化は、米国の「調達と研究開発強化」の動機付けとなっている。南シナ海、東シナ海及びインド洋における中国の海洋行動の活発化と、ベンガル湾とアラビア海における中国の増大するプレゼンスによって、全ての海洋大国だけでなく、東南アジアの小国においても、それぞれの海洋能力の強化に駆り立てられている。 
(6)東南アジアでは、小国も国防費を増やし始めている。ベトナムの専門家によれば、ベトナム経済がこの20年間順調であったことから、2018年に約58億ドル(対GDP比2.36%)と見積もられる国防費は更に増額される可能性が高いと見られる。この専門家によれば、中国の台頭、南シナ海における主権と領有権を巡る紛争、核軍拡競争及びテロの増加を含む、地域の重要な地政学的課題がベトナムに国防費の増額を迫っている。同様に、シンガポールも国防費を約153億6,000万シンガポール・ドル(115億6,000万米ドル)に引き上げた。フィリピンやインドネシアなどの他の国々も国防費を増やしている。北東アジアでは、韓国も国防費を増額している。韓国国防部は、2021年の国防費は52兆8,400億ウォン(480億ドル)になると発表した。
(7)コロナ禍の経済への負の影響は、インド太平洋地域でも深刻である。インドや日本などは、経済が大幅に縮小し、危機感を抱いている。この地域の国防費は、東京、ニューデリー、キャンベラ、そして東南アジアの他の諸国が直面している安全保障上の課題大もまた深刻な現実であることを示している。 
記事参照:Asian Military Spending: A Sign of Worsening Security Environment

3月7日「米軍は中国との戦争にどのように備えているか ―米専門家論説」(NIKKEI Asia, March 7, 2021)

 3月7日付のNIKKEI Asia電子版は、元Supreme Allied Commander of NATO(NATO連合軍最高司令官)で米Tufts UniversityのFletcher School of Law and Diplomacy 学部長であったJames Stavridis提督の”How the US military is preparing for a war with China”と題する論説を掲載し、ここでStavridisは、米シンクタンクが刊行したThe Longer Telegramは、直面した中国の台頭に対応する新しい戦略の手がかりを提供し、対中戦争の勃発を防げるかもしれないとして要旨以下のように述べている。
(1) 米国のシンクタンクThe Atlantic Councilが刊行したThe Longer Telegramは、中国と対峙する米国戦略の青写真が描かれ、東アジア周辺の米軍の新たな配置についての重要な手がかりを示している。Biden新政権がこの内容を受け入れるか否かは定かでないが、その要素は検討されている。そしてアジア情勢に精通したKurt Campbellとアジアの専門家たちが率いる国家安全保障会議の新しいチームは、世界的な戦略的様相における米国の軍事的選択肢を検討している。
(2) 重要な要素に米国が軍事的に対応すべき一連の「越えてはならない一線」を以下に示す。
 a. 中国または北朝鮮による米国・同盟国に対する核兵器、化学兵器、または生物兵器の使用。
b. 中国による台湾またはその沖合の島々に対する軍事的攻撃。これには台湾の公共インフラおよび機関に対する経済封鎖または大規模なサイバー攻撃が含まれる。
c. 中国による尖閣諸島とその周辺及び東シナ海のEEZの主権を守ろうとする日本の自衛隊等に対する攻撃。
d.  中国による南シナ海での埋め立てと軍事化、軍隊の配備、米国および同盟国海軍の航行の自由を阻止する敵対行為。
e. 中国による米国の同盟国の主権、領土または軍事部隊、施設等に対する攻撃。
(3) 米軍のインド太平洋軍司令部では、戦略的、運用的、戦術的に米軍を配備するための新しい取り組みをまとめており、その1つに、強化された米海兵隊の役割がある。近年の中東における「終わりなき戦い」での大規模な軍隊編成、機甲戦能力、地上戦に対する海兵隊戦術はなくなった。それに代わって、米中戦略においては、海兵隊は海を基盤とし、中国が防衛のために必要とする列島線の内側の南シナ海まで進出が可能である。そして、内側に入ると、海兵隊は武装したドローン、攻撃的なサイバー機能、奇襲部隊、対空ミサイル、さらには艦船攻撃用の兵器を使用して、中国の海上に展開した部隊及び陸上基地への攻撃が可能である。南シナ海にある中国の軍事化された人工島は、絶好の標的になる。
(4) 加えて、米海軍が中国沖の海域全体で積極的な哨戒を実施し、これに同盟国等の艦艇を徐々に含めていくことで、南シナ海における中国の主権の主張に対する反発を国際化することができる。米国防総省は、英国、フランス、その他のNATO同盟国をこの取り組みに含めることを望んでいる。さらに、オーストラリア、ニュージーランド、インド、日本、韓国、シンガポール、ベトナムを参加させたいと考えている。米国の全体的な海洋戦略は、中国人民解放軍に立ち向かうための世界的な海洋連合を創設することが前提である。
(5) 海上軍の活動に加えて、米空軍は長距離陸上攻撃用の爆撃機と戦闘機を、アジア全体に点在している基地に追加配備する可能性がある。これらは、グアム、日本、オーストラリア、韓国といった拠点から支援される。Agile Combat Employmentと呼ばれる概念により、この地域に配備されている戦闘機と攻撃機に高度な機動性を持たせることができる。そして米陸軍は、部隊を前方に配備するため戦闘力と機動性の両方を向上させる。そこには韓国と日本に拠点を置き、地域全体の小さな島にも容易に配備できる機能をもった部隊が含まれる。
(6) The National Security Agencyと協力して、U.S. Cyber Commandによるサイバー領域での攻撃的な選択肢と同様、この戦域に関する情報と偵察を集中させるため、新編のThe U.S. Space Force宇宙軍のますますの力を求めなければならない。このように、米軍が西太平洋での存在感と戦闘能力を強化し、今後数十年にわたって中国との紛争に備えていくことは明らかである。The Longer Telegramは、国防総省とホワイトハウスが中国の台頭に直面して、新しい戦略の一部としてどのオプションを検討すべきか、その手がかりを提供する。うまくいけば、巧みな外交と2つの大国の絡み合った経済により戦争の勃発を防ぐことができるかもしれない。
記事参照:How the US military is preparing for a war with China

3月8日「米国の対中戦略の基盤をなすグアムの重要性―米海大教授論説」(19fortyfive.com, March 8, 2021)

 3月8日付の米安全保障関連シンクタンク19FortyFiveのウエブサイトは、米Naval War College教授James Holmesの“Guam: The Foundation of Any U.S. Military Strategy on China”と題する論説を掲載し、そこでHolmesは米インド太平洋軍司令官Philip Davidsonがグアム防衛の重要性を力説したことについて触れ、グアム防衛への強いコミットメントが太平洋の抑止力強化につながるとして、要旨以下のように述べている。
(1) U.S. Indo-Pacific Command司令官のPhilip Davidsonは、American Enterprise Instituteのオンライインセミナーにおいて、グアムの防衛力増強が再優先課題であると述べている。「グアムはその地域の抑止と安定の維持において決定的な重要性を持つ」のであり、また「グアムは米国の国土」であると明言した。彼はこう述べることによって、意図したかそうでないかは別にして、太平洋西部の抑止力を強化したのであった。とりわけ、グアムが米国の国土なのだと明言したことの意味は大きい。
(2) ワシントンの中国専門家たちは、グアムの軍事的価値に力点を置きがちである。それ自体は当然否定し得ない。グアムは米国西海岸と東アジアの間で最西端に位置し、海軍、海兵隊、空軍の部隊が駐留する基地を有する。また、いわゆる「第2島嶼線」の中ほどにも位置している。第1次・第2次世界大戦間期米国はグアムのこうした軍事的価値を過小評価し、その防衛義務を怠るという過ちを犯した。その結果が、日米戦の勃発後の日本軍の快進撃だったのである。
(3) Davidsonはこうした過ちを繰り返そうとしていない。たとえば彼は、グアムにイージス・アショアを配備することを構想している。それは対空・ミサイル防衛システムを地上に配備するもので、単純にグアムの防衛能力を向上させるだけでなく、アーレイ・バーク級イージス駆逐艦3隻が従事する近海の哨戒活動の任務を減らすことにもつながる。良いことづくめであるように思われる。
(4) しかしDavidsonの発言の重要性は、こうした軍事領域にとどまるものではない。重要なのは、グアムの防衛が米国の国土の防衛と同義であると明言したことにあるのだ。グアムは州のひとつではないが、植民地のような土地ではなく、そこの住民は米国市民である。したがって、グアムへの攻撃はハワイや米国本土への攻撃と同じ意味を持つと彼は述べたのである。
(5) 中国の戦略家や評論家の間で、グアムに対する攻撃がささやかれていることを考慮すれば、Davidsonの発言の意義深さが理解できよう。たとえば中国人民解放軍は、保有するDF-26弾道ミサイルに「グアム・キラー」という名をつけているし、中国人民解放軍空軍で配布されているプロパガンダ・ビデオはグアムのアンダーセン空軍基地への攻撃を描写している。それを実現することは、米国本土への攻撃と同じ反応を引き起こすことを中国の指導者たちに知らしめることには大きな価値がある。
(6) 米国やその同盟国の戦略立案者たちは、もし中国との戦争が起きた場合に、その本土を攻撃すべきかどうかで思い悩んでいる。なぜならそれが中国による核の反撃を惹起するかもしれないからだ。Davidsonの発言は、その逆もまた然りなのだということを中国政府に示唆したのである。こうして彼は、太平洋の抑止力強化に貢献したのであった。
記事参照:Guam: The Foundation of Any U.S. Military Strategy on China

3月9日「QUAD、フランス、UAEが海軍共同演習―印英字紙報道」(March 9, 2021)

 3月9日付の印英字日刊紙Hindustan Times電子版は、“Quad, France and UAE join hands in 2 naval exercises to dominate Indo-Pacific”と題する記事を掲載し、インド太平洋地域において、インドを含むQUADメンバー国の海軍が、フランスやアラブ首長国連邦(以下、UAEと言う)の海軍と共同演習を行っていることについて、要旨以下のように述べている。
(1)印海軍とそのQUADにおける提携国、そして戦略的な協力国であるフランスとUAEは、4月に空母打撃群、対潜航空機及び攻撃型潜水艦を含む複合的な相互運用性のための演習の一部に参加する。これは、ペルシャ湾からマラッカ海峡まで彼らの優位性を及ぶようにするという目的のための動きである。戦略的に重要なペルシャ湾とオマーン湾で印仏が毎年行っている共同演習にUAEは参加し、この3国で初めて行う「ヴァルナ」と呼ばれる海軍演習は4月25日から27日の間に予定されている。
(2)QUADプラス仏海軍の演習日程はまだ確定していないが、日米豪印のQUAD参加国とともにフランスは、4月4日から7日まで、ベンガル湾で、ミサイル駆逐艦、フリゲート艦、潜水艦及び偵察機が「ラ・ペルーズ」と呼ばれる複雑な共同行動を行い、海軍力と航行の自由への関与をアピールする。
(3)アナリストたちによれば、3月に仏海軍の艦船がインドのコーチ港を訪問する際には、印仏の海軍協力がさらに深まるだろう。これに続いて、「ラ・ペルーズ」が行われる。そして4月下旬には、空母「シャルル・ド・ゴール」が率いる仏空母打撃群が、インドのコルカタ級駆逐艦やUAE海軍とともに、「ヴァルナ」の旗の下、ペルシャ湾での足跡を拡大する。インドの唯一の空母である「ビクラマディティヤ」は、東ラダックでの中国との対立に起因する長期の展開を終えて保守整備中であるため、インドの駆逐艦、P-8I対潜哨戒機及び潜水艦がQUADプラスフランスの共同演習に参加する。
(4)QUADプラスフランスの海軍の目的は、アデン湾から北太平洋、さらに米西海岸に至るまでのインド太平洋地域に優位性を及ぼすことである。これらの演習のための政治的な実体として、3月中に行われるQUAD首脳によるオンライン上の会合の後、3月末にLloyd Austin米国防長官がインドを訪問し、バイデン政権下で緊密な防衛協力を再確認する予定がある。また、インドのNarendra Modi首相は5月にポルトガルで開催されるEU首脳会談に出席し、フランスのEmmanuel Macron大統領と会談する予定である。アナリストたちによると、QUADプラスフランスが最も重視しているのは自由なインド太平洋であり、この地域での北京の拡大主義的な計画を踏まえて、その重要性はますます高まっている。
(5)マラッカ海峡の向こう側には強力な米海軍が控えているが、印海軍はその主要な協力国とともにインド洋において第1対応者となる。3月、S Jaishankar印外務大臣がモルディブ、セイシェル及びモーリシャスを訪問したのは、印海軍の艦艇が、これらの国の軍港に寄港し、それにより彼らの領域を拡大することを確保するためだった。
記事参照:Quad, France and UAE join hands in 2 naval exercises to dominate Indo-Pacific

3月9日「英海軍の太平洋展開が中国への対抗にとって持つ意味―米海事問題専門家論説」(The Hill.com, March 9, 2021)

 3月9日付の米政治専門紙The Hill電子版は、米シンクタンクThe Hudson Institute上席研究員のSeth Cropseyの“Royal Navy in the Pacific: An ally against China, where we need it”と題する論説を掲載し、そこでCropseyは英海軍が2021年後半に空母打撃群をインド太平洋地域に派遣する計画であることに触れ、それが持つ意義を要旨以下のように述べている。
(1) 英海軍は2021年後半、インド太平洋地域に空母打撃群の派遣を計画している。空母「クイーン・エリザベス」を旗艦とする空母打撃群が配備される予定である。この動きは、英国が民主主義世界に対する中国の脅威を鋭く認識している証拠であろう。フランスやドイツの海軍も同様の動きを見せている。空母「クイーン・エリザベス」の排水量は6万5000トンで、ロシアの「アドミラル・クズネツォフ」や中国の「遼寧」ないし「山東」に匹敵する。
(2) 英空母打撃群がインド太平洋の勢力の均衡にもたらすであろう影響は、その大きさや陣容ほどには大きいものではないだろう。クイーン・エリザベス級空母にはカタパルトが備えられておらず、また運用されるF-35Bは、F-35のなかで最も航続距離が短い。また米海軍のように、MQ-25スティングレイのような無人空中給油機を備えているわけでもない。また米海軍の空母打撃群とは、運用する戦闘機やヘリコプターの数も大きな差がある。「クイーン・エリザベス」に搭載されるF-35Bが24から35機であるのに対し、米空母打撃群は36から60機の戦闘機を搭載するのである。
(3) しかし政治的・外交的には英海軍の配備計画は、ヨーロッパ諸国がインド太平洋地域に関与する可能性を示すという点で重要な意味を持つ。中国は西側の秩序に脅威を与えており、米国だけではそれに対抗することはできないが、中国の海上での領域拒否能力の向上は西側の連携を妨げている。また中国は大規模なインフラ投資や国内の巨大市場を利用して、ヨーロッパ企業を惹きつけている。このようにヨーロッパ諸国が中国に積極的に対抗することが困難ななかで、英空母打撃群の配備は英国がアジアの利益を守るつもりがあることを意味しているのである。
(4) 加えて、英空母打撃群の配備計画が示唆するのは、その国内の混乱にもかかわらず、英国がなお米国にとって重要な同盟国であるということである。冷戦初期の1950年代、英国の軍事的展開は世界的な規模であった。しかしそれは徐々に縮小していき、2000年代以降さらに縮小していくことになった。つまり今回の配備計画は英国の明確な政策変更を意味する。英国はインド太平洋における民主主義国の防衛力の構成の柱の1つになれる可能性がある。
(5) 米国防総省は、英空母打撃群のインド太平洋作戦に、誘導ミサイル搭載駆逐艦Sullivanを派遣することを発表したが、こうした英米の連携はきわめて重要なものである。Biden政権は、同盟強化と多国間協調主義がその対外政策の柱となると述べてきた。しかし、それ自体は目的となるものではなく、安全保障や種々の利益の共有といった、高次の目標達成のための手段である。そのなかで、米英の緊密な連携が持つ意味は大きい。
記事参照:Royal Navy in the Pacific: An ally against China, where we need it

3月10日「シー・ディナイアルは十分ではない:豪印の認識-豪印専門家論評」(The Interpreter, 10 Mar 2021)

 3月10日付の豪シンクタンクThe Lowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、元豪海軍少将James Goldrickと元印海軍少将Sudarshan Y. Shrikhandeの“Sea denial is not enough: An Australian and Indian perspective”と題する論評を掲載し、両名は2月9日付のThe Interpreterに掲載されたThe Shorenstein Asia-Pacific Research Center at Stanford University研究員Arzan Taraporeの“India should prioritise a denial strategy in the Indian Ocean”に反論し、Arzan Taraporeは陸を支配する論理と海洋において必要とされるものとを混同しており、シー・ディナイアルは敵が海洋を利用することを拒否する能力で、海洋に依存する印豪両国にとってシー・ディナイアルは不十分であり、印豪両国にとって死活的な海上交通路の保護、あるいは必要となるかもしれない兵力投射にはシー・コントロールが必要であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 豪印両国の戦略の専門家は、近年、中国の海洋力の台頭とその発展が両国にもたらす潜在的脅威に関してますます懸念を深めている。各国がどのように対応するかは難しい問題である。そして、それは必要な議論である。しかし、他の点では十分に考察された投稿ではあるが、その議論と提案されている国家の採るべき行動に欠陥がある。中核となる問題は、繰り返し提言されている中国を抑止するために印豪両国はそれぞれ「シー・ディナイアル」戦略を採用し、それに合わせた海上部隊を構成すべきとしている点である。この本質的に単純化した取り組みは健全なものではない。第1に極めてしばしば世界の陸の人間の考え方を反映しており、陸を支配する手法と海上で必要とされるものとを混同している。
(2) 海洋は、動的な環境である。海洋に駐留することはできない。「シー・コントロール」、「シー・ディナイアル」といった表現は経験のない者を誤解させるかもしれないが、自国のために海域を支配することに関連するのではなく、海洋を利用する、すなわち制御する能力、あるいは海洋の利用を阻止、すなわち拒否することである。これらの評価は、国家の軍事力が我々の国がいずれかの海洋への取り組みで中国の海洋利用を拒否できると提言することは正しい。しかし、そのような状況を達成する能力は、必要であるかもしれないが、印豪両国にとって不十分である。両国は、シー・ディナイアル戦略に純然と依拠することのできない海洋に依存する国家である。エネルギー輸入1つをとっても、石油と天然ガスの安全な輸送を確実にするためにシー・コントロールが相当程度必要であり、両国の軍がそれぞれに継続すべき作戦である。さらに、印豪両国は戦略的利益に直接関わるそれぞれの国周辺へ介入する部隊を派遣する能力を維持する必要がある。このような「海洋における兵力投射」は海軍の役割の1つであり、シー・コントロールによって可能となる。おそらく、中国がインド太平洋においてより効果的な海洋での提携への努力の引き金であるとともに接着剤でもあり、シー・ディナイアルとシー・コントロールの文脈を理解することは重要である。皮肉なことに、中国はその規模は大きいものの印豪と同じ状況にあり、「接近阻止・領域拒否」のような用語がそのような状況を覆い隠している。
(3) 中国は最初の2つの島嶼線の中で接近阻止・領域拒否をうまく運用しているようである
が、その意図は特に第1島嶼線内で、さらにその先の海域でシー・ディナイアルだけでなく、シー・コントロールを達成することである。このため、中国はその海軍、航空、ミサイル戦力、それら全てを宇宙及びサイバー領域での能力と結合して使用するだろう。背後には核抑止力があり、いかなる紛争も核の敷居を超えないように封じ込めようとしている。中国は交易、特にエネルギーの流れのためにインド洋の全体でないのであればその一部を「使用」し続けることに極めて高い関心を持っている。印豪も同様である。したがって、根底にあるのはシー・コントロールをめぐる対立であり、シー・ディナイアルは付随する活動である。
(4) もし、中印間で、同じように中豪間で紛争が生起したとすれば、「拒否の戦略」はシー・コントロールをめぐって多様な分野での戦いの一部となるだろう。紛争が拡大することを抑止するため、あるいは事象が砲火を交えるようになった場合には効果的に戦うために、「均整のとれた部隊」が死活的である。この用語は、それを支持する人と批判する人の双方で乱用されている。「均整のとれた」とは、「全ての何か」を持つ海軍、あるいは国防軍全体を表すものではない。むしろ、利用できる資源から最も可能性のある選択肢を政府に提供するだけでなく、まず国家の生存と重要な国益が頼りとする最大範囲の任務に効果的に対応する部隊を意味している。何が均整を生み出すかは状況によるところが大であるが、将来の海洋力は単に均整のとれた艦隊というのではなく、航空、陸上、宇宙、サイバー空間のような他の領域を包摂することが求められる。
(5) 国の任務がシー・ディナイアルであれ、シー・コントロールであれ、兵力投射であれ、重要なことは運用する兵力を間違わないことである。現在、インドで進められている論争は、誤った2つの議論を示している。すなわち、空母はシー・コントロールのためであり、潜水艦はシー・ディナイアルのためである。オーストラリアでは、大型水上戦闘艦艇とより小型の、潜在的な自立型艦艇部隊の議論である。古典的なシー・ディナイアルの道具である潜水艦は、敵部隊に対する阻止線として行動し、敵愾とする目標を封鎖することを阻止することでシー・コントロールに貢献もできる。さらに、潜水艦は対地攻撃ミサイルによって必要なときに、必要なところで兵力投射を実施可能である。究極の兵力投射として、そしてそれはインドの場合に当てはまるが、弾道ミサイル搭載潜水艦は戦略的抑止力として行動できる。
(6) 海軍の兵力組成と利用可能な資金をどの能力に割り振るかの懸念が存在する。海洋戦略家Julian Corbettが1世紀以上前に潜水艦の潜在力について書いているように、常に変革する技術は「次の戦争に関してかかっている霧を深くする」だけである。しかし、海軍政策の関するその面での議論は国家が海洋で何をする必要があるのかを完全に理解してから始めるべきである。豪印のような多くの問題を抱え、資源は限られている海洋国家にとって、このことは装備品、兵器を選択する際に細心の注意を払うだけでなく、不測の事態における柔軟性の有用性を獲得することに常に重点を置くべきである。
記事参照:Sea denial is not enough: An Australian and Indian perspective

関連記事:
2月9日「インドはインド洋において拒否戦略を採用すべきである―米南アジア専門家論説」(The Interpreter, February 9, 2021)
India should prioritise a denial strategy in the Indian Ocean

3月10日「ロシアの電子戦能力はGPSに対する脅威―ユーラシア専門家論説」(Eurasia Daily Monitor, The Jamestown Foundation, February 25, 2021)

 3月10日付の米The Jamestown Foundationのデジタル誌Eurasia Daily Monitor のウエブサイトは、同Foundationのユーラシアにおける軍事問題の上席研究員Roger N. McDermott の“Russia’s Electronic Warfare Capabilities as a Threat to GPS”と題する論説を掲載し、ロシア軍は「GPSなりすまし」のできるEWシステムを装備し続けており、米国とその同盟国はGPSへの依存を減らすか、GPS信号を保護するための具体的な措置を開発する必要があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) ロシアの軍事メディアによると、国防相Sergei Shoiguはロシア軍の電子戦(以下、EWと言う)能力への信頼性が増してきたと述べている。EW能力向上は、ロシア軍の過去10年間の軍近代化の一貫した分野である。多くの専門家によると、この能力はすでに西側のGPS信号に脅威を与えている。そしていくつかの兆候によると、ロシア軍は米国の巡航ミサイルを電子的に妨害し、墜落させるEW能力を持っている可能性がある。Shoigu国防相は国防省の会議において、ロシアのEWシステムの多くが外国の競合他社のシステムよりも進んでおり、それらはシリアにおける軍事作戦で試験的に運用されたと述べている。
(2) ロシアの国内防衛産業は、近年、軍事作戦や戦闘訓練で使用される近代的なEWシステムの能力を強化し、改良したシステムを着実に軍に供給している。Shoigu国防相は「新しいEW兵器を軍に大規模に再装備したことにより、多くの実践的なEW訓練が必要となった。2020年には、200以上のEW訓練とそれを伴う戦術演習と指揮演習を実施した。人員、武器、装備の数の点で最も注力したのは、2020年8月に行われたEW部隊の特別演習であった」と述べている。この演習の一環として、Shoigu国防相は、参加部隊が「防空システムを突破してくる仮想敵の大規模なミサイル攻撃と空爆を撃退しつつ、軍種間でEWシステムとその他のシステムを共同使用した」と説明した。ロシアの将来の研究開発にとって重要な分野の1つは、軍事インフラと重要目標を敵の無人航空機(以下、UAVと言う)の飽和攻撃から防衛することである。そのような防衛措置が、戦略運用演習Kavkaz 2020で行われた。さらに、2018年1月5日に実施されたシリアにあるロシア空軍の基地を防護する演習で、ロシア軍のEWシステムと防空システムが敵のUAV飽和攻撃に対抗することに成功した。その攻撃に使われた13機のUAVのうち6機はEWシステムによって墜落した。ロシアのEWシステムは、その後も敵のUAVの攻撃を混乱させるために使用されている。しかし、このような攻撃には非常に多くのドローンが必要となる可能性を、EW開発に関与するロシア企業が指摘している。Lockheed Martin社が米軍のために開発中のシステムに対抗するためには、ミニチュアのhit-to-killミサイル(炸薬を使用せず、直撃によって目標を破壊するミサイル:訳者注)が必要であると指摘している。
(3) モスクワに拠点を置く軍事専門家Vladimir Gundarovが、軍事雑誌の記事の中で評価したように、主要なロシアのEWシステムの中には、GPS信号を偽装できるものがある。Gundarovは、2017年4月7日にシリアの目標に対する米国の巡航ミサイル攻撃で発射されたトマホークミサイル59発中、36発が目標に到達しなかったと述べている。失敗したミサイル攻撃の数はロシアと米国によって論争されているが、Gundarovは、一部の専門家が「36発の米巡航ミサイル」の失敗をロシアのKrasukha-4 EWシステムに関係があると述べていることに注目している。このロシアのEWシステムを製造している電気機械工場の情報源によると、Krasukha-4システムには多機能ジャミング装置が含まれており、最新世代型では地上目標を空爆から防護するように設計されていると述べている。それは、敵のシステムを200キロメートルの範囲まで電波妨害できるように設計されている。Gundarovはさらに、ロシアの4つのEWシステムがGPSに脅威を与えているとした、ワシントンのCenter for Advanced Defense Studiesが2019年に発表した報告書に注目している。その4つのシステムとは、今述べたKrasukha-4システム、R-330ZzZh Zhitelジャミングシステム、Samarkand EWシステム、Rosevnik-AERO EWシステムである。報告書には「Samarkand EWシステムとRosevnik-AERO EWシステムの技術的特徴は、誰も知らない。Rosevnik-AERO EWシステムを製造している会社の代表者によるとこのシステムは、既知のシステムに遭遇した場合、敵のドローンの搭載コンピュータにハッキングを行い、すぐにそれを制御してしまう。また未知の場合でも数分でそれを制御してしまうと述べた」と書かれている。Gundarovは、この報告書をもとに、2つの非常に重要なポイントを述べている。第1のポイントは、米国の諜報機関はR-330ZzZh Zhitelジャミング装置がR-330M1P自動妨害複合システムの一部として機能しているのか、それとも独自で機能しているのかを判断できていないことである。第2は、2018年春の国際宇宙ステーションのデータによると、GPS信号のなりすましが「シリアにおけるロシアの軍事作戦の神経の中心」であるシリアのロシア空軍基地から行われた可能性があることである。Gundarovは「信号は本物のGPS衛星をうまく模倣したが、信頼性の高い航法情報を送れなかった。そのため、これらの偽の信号を受け取る受信機は、衛星とコンタクトしたものの、その位置や時間を計算することができなかったため、動作不能になった」と述べている。
(4) ロシアのEW能力は一般的には向上しているが、シリアで得られた運用経験を考慮して、敵のUAVによる飽和攻撃に対処することに多くの注意が払われているようである。同様に、すでに使用されている主要なEWシステムのいくつかは間違いなくGPSを妨害し、なりすましすることができる。ロシア軍は、今後もこのような高度な妨害とGPSなりすましのできるEWシステムを調達し続けると考えられるので、米国とその同盟国はGPSへの依存を減らすか、GPS信号を保護するための具体的な措置を開発する必要があることは明らかである。
記事参照:Russia’s Electronic Warfare Capabilities as a Threat to GPS

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) China Is Not Ten Feet Tall - How Alarmism Undermines American Strategy
https://www.foreignaffairs.com/articles/china/2021-03-03/china-not-ten-feet-tall
Foreign Affaires.com, March 3, 2021
Ryan Hass, Michael H. Armacost Chair in Foreign Policy Studies at the Brookings Institution
 2021年3月3日、米シンクタンクthe Brookings InstitutionのRyan Hass研究員は、米Council on Foreign Relationsが発行する外交・国際政治専門誌Foreign Affairsのウエブサイトに、" China Is Not Ten Feet Tall - How Alarmism Undermines American Strategy "と題する論説を発表した。その中でHassは、中国は世界経済成長の最大の原動力となり、最大の貿易国となり、最大の海外投資先となり、アジアと欧州での主要な貿易・投資協定を結び、世界のあらゆる地域でより大きな影響力を得るために21世紀最大の開発プロジェクトである 「一帯一路」 構想を使っていると指摘した上で、中国は経済的・政治的重みを軍事力に転換し、民軍融合を利用して先端能力を開発し、オーストラリア、インド、台湾など米国の同盟国や提携国を含む近隣諸国に圧力を加えているほか、国内では香港から新疆ウイグル自治区まで、あらゆる場所で容赦なく取り締まりが行われているが、米国や他の民主主義国家からの批判はほとんど気にしていないなどと現状分析を行っている。そしてHassは、中国の指導者らは、こうした状況を米国に代表される西洋の敗退と中国に代表される東洋の勝利だと喧伝しているが、実際には米国は依然として中国に対する優位性を保持しており、米国が21世紀の課題に対応するために世界で最も準備ができている国であるという信頼を回復すればするほど、中国を減速させることではなく、自らを強化することに最も関心を向けることができるようになるし、また、中国と効果的に競争するためには、米国の国内のダイナミズム、国際的な威信、そして比類なき世界的な同盟と提携のネットワークを強化することに焦点を当てる必要があり、これらが米国の強さの真の鍵であり、中国はこれを奪うことはできないと主張している。

(2) China Policy from Trump to Biden: More Continuity than Change
https://pacforum.org/wp-content/uploads/2021/03/PacNet12-2021.03.05.pdf
PacNet, Pacific Forum, CSIS, March 5, 2021
Eric Feinberg, a postgraduate student in the Strategic Studies Department at Johns Hopkins School of Advanced International Studies (SAIS) in Washington and a Young Leader at Pacific Forum in Honolulu
 2021年3月5日、米Johns Hopkins School of Advanced International Studiesの院生Eric Feinbergは、米シンクタンクCSISのアジア太平洋部門であるPacific Forumのウエブサイトに、" China Policy from Trump to Biden: More Continuity than Change "と題する二部構成の論説の第一弾を発表した。その中でFeinbergは、Biden大統領の就任後には、パリ協定への復帰やWHO(世界保健機関)脱退の撤回など、多くの政策転換がなされたが、米国の対中政策に関しては、イスラエル、イラン、ロシアなど多くの外交政策問題について民主党と共和党の見解の間には依然として隔たりがあるものの、中国が主要因となっている諸課題については、少なくとも表面上は、まれに見る収束状態が生じていると指摘した。その原因の一つとして、民主党の政策立案者の間の対中強硬アプローチは、Obama時代からの中国への幻滅を挙げている。そしてFeinbergは、複数の事例を取り上げ、Biden大統領の対中政策はTrump前大統領の政策と区別がつかないということではないが、両者の違いは実質的というより形式的なものになりがちであると述べ、次の論考では、Trump政権とBiden政権の間で今後発生が予想される対中政策の相違点のいくつかと、それらが今後の米中関係に与える影響について検証していくと締めくくっている。

(3) Russian Black Sea Fleet Activity in the Eastern Mediterranean Sea: Implications for
the Israeli Navy
https://cimsec.org/russian-black-sea-fleet-activity-in-the-eastern-mediterranean-sea-implications-for-the-israeli-navy/
Center for International Maritime Security, MARCH 10, 2021
By Eyal Pinko served in the Israeli Navy for 23 years in operational, technological, and intelligence duties.
 3月10日、イスラエル海軍退役中佐Eyal Pinkoは、米シンクタンクCenter for International Maritime Securityのウエブサイトに、“Russian Black Sea Fleet Activity in the Eastern Mediterranean Sea: Implications for the Israeli Navy”と題する論説を寄稿した。その中で、①近年、東地中海とシリアにおけるロシア海軍のプレゼンスは劇的に拡大している、②この地域における米海軍のプレゼンスの低下は、海軍力の大部分をアジアに移すという米国の戦略的決定に起因する、③ロシアがこの地域への関与を強めている第1の目的は、自らを世界的な大国としてその立ち位置を変えることであり、第2の目的は、シリア問題を利用して、主にヨーロッパ全般とウクライナの問題を解決することであった、④シリアにおけるロシア海軍の展開は、防空の傘と戦力投射、この地域での軍事活動のための兵站基地、イラクやシリアからロシアへの石油輸送の確保といったロシアの戦略的かつ重要な能力を可能にする、⑤イスラエル海軍の活動に関するロシアの情報収集は、シリアやイランの軍隊にも伝えられ、間接的にはヒズボラにも伝えられている可能性が高い、⑥ロシア艦艇の展開は、イスラエル海軍の活動の機密性を脅かすだけでなく、その艦艇をロシア軍とその火力にさらすことになる、⑦地中海地域におけるロシア海軍の展開と海洋の支配は、イスラエルの船舶や航空機の活動を脅かし、基本的に地中海地域でロシア海軍がイスラエル海軍に対して行う接近拒否作戦(access denial operations)を構成している、といった主張を行っている。