海洋安全保障情報旬報 2021年2月11日-2月20日

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2月11日「中国新海警法への懸念が高まるのはなぜか―中国海洋法専門家論説」(South China Morning Post, February 11, 2021)

 2月11日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は中国南海研究院海洋法律与政策研究所所長の閻岩による“South China Sea: why stormy reactions to China’s new coastguard law are overblown”と題する論説を掲載し、ここで閻岩は中国で新たに施行された海警法に対する国際社会の懸念が高まっていることを受け、中国海警局及び新海警法が諸国の慣例や国際法を逸脱するものではないとして要旨以下のように述べている。
(1) 2月1日、中国の新海警法が施行された。それに対して中国海警総隊が「第2の海軍」となるのではないか、火器の使用などに関する条項は国際法に一致しているのか、その新法は地域の緊張を高めるのではないかという懸念が表明されてきた。フィリピンのLocsin外相などは、それが中国に批判的な国に対する戦争の「威嚇」であるとすら述べている。
(2) 果たしてこうした懸念は適切なものだろうか。中国海警総隊は多くの国々における海上法執行機関と同様に、行政法執行機関であると同時に軍隊でもある。米沿岸警備隊は海上法執行部隊であると同時に米軍の一部門であり、戦時には米海軍の指揮下に移される。オーストラリアはMaritime Border Commandという文民の海上保安当局を有するが、それもまた戦時には軍隊の指揮下に入る。フィリピンやマレーシアの海上法執行機関も同様である。中国海警総隊の位置付けはそれらと変わるものでもない。
(3) また、新海警法における武器使用などの規定についても国際法に違反するものでもなければ諸国の慣例から逸脱するものでもない。米沿岸警備隊の規定によれば、自衛のためや連邦犯罪の予防などのために武器の使用が認められているし、ベトナムやマレーシアでも生命の危険など特別な状況下における武器の使用が許可されている。実際に、違法漁業やその取り締まりが多発している南シナ海では、インドネシアがベトナム漁船を撃沈させるなどの事例が多く見られている(2014年から19年の間、インドネシアは556隻にのぼる違法漁船に対して攻撃を行ったが、そのうち321隻がベトナム船であった)。
(4) 国際法は海上法執行活動における「武器の使用」行使を禁じていない。ここで言う「武器の使用」とは国連憲章においてその行使が禁じられている「武力の行使」とは異なるのである。あくまで海上法執行における「武器の使用」とは、国内法において規定されている警察活動に近いものである。いずれにしても、ここ数年間で中国海警が違法活動を行わない一般漁船に武力行使をしたことはない。係争海域における法執行活動でも、中国海警の活動は節度を保ったものであった。また、新海警法には海上法執行活動における説明責任に関する条項も存在していることを付言しておきたい。
(5) 海上での犯罪は国家の国境を跨ぐものであり、したがって各国の法執行機関の間での協力が重要である。それによって海のガバナンスが保たれ、係争海域における権利主張国間での信頼が醸成されるであろう。一例として、中国とフィリピンの間で共同沿岸警備委員会の樹立に関する覚書が取り交わされ、数度の会合が実施されてきた。また中国海警とフィリピン沿岸警備隊は2020年1月に共同演習を実施している。新海警法には国際協力に関する条項がある。新海警法は長期の平和と安定のために、そうした協力関係の拡大を意図するものなのである。
記事参照:South China Sea: why stormy reactions to China’s new coastguard law are overblown

2月16日「太平洋諸島フォーラムの分裂が米中関係にもたらす影響―安全保障問題専門家論説」(The Hill.com, February 16, 2021)

 2月16日付の米政治専門紙The Hill電子版はAmerican Foreign Policy Council上席研究員Alexander B. Grayの“Why a crisis in the Pacific islands matters for Washington and Beijing”と題する論説を掲載し、ここでGrayはミクロネシア地域の5ヵ国が太平洋諸島フォーラムからの脱退の意図を固めたことを受け、それが米国の対外政策、とりわけ対中政策にどのような影響を与えるかについて要旨以下のように述べている。
(1) 2月8日、太平洋のミクロネシア地域を構成するパラオ、マーシャル諸島、ミクロネシア連邦、キリバス、ナウルの5カ国が太平洋の島嶼諸国によって構成される太平洋諸島フォーラム(以下、PIFと言う)から脱退する意向を示すことで合意した。その理由はPIFの事務局長にミクロネシア地域の候補者が選ばれなかったというものであった。この動きは果たして米国の利益にどのような影響を与えるのであろうか。あるいは太平洋島嶼部において影響力を拡大している中国にどのような影響を与えるのだろうか。
(2) 中国は中国が定義する「第2列島線」と「第3列島線」の間に主に位置する太平洋島嶼諸国を戦略的に重要であるとみなし、その一帯一路政策の目標として積極的に進出してきた。それによってその国々との経済的紐帯を強め、政治的影響力を拡大し、たとえば台湾の外交承認から中国との関係樹立への切り替えを促進するなどの成果を生んできた。中国がさらにその先に見据えるのは、いわゆる第2列島線における恒久的な軍事プレゼンスの維持である。東アジアや太平洋西部における米海軍の補給線に対する大きなリスクとなるであろう。
(3) 上記のミクロネシア地域の国々は、伝統的に中国に対して懐疑的な姿勢を見せ、他方で米国やその提携国との協力に対して積極的であった。たとえばパラオやミクロネシア連邦、マーシャル諸島は、自由連合盟約(COFA、あるいはコンパクト)によって米国との軍事的・経済的関係を維持している。またパラオ、マーシャル諸島、ナウルは台湾との外交関係を維持している。中国が違法漁業を管理しないことなどをパラオ新大統領が公然と非難するといった事例もある。
(4) こうした状況を考慮すれば、米国やオーストラリア、ニュージーランドなどの国々は、PIFが上述したように解体しつつあることの含意を真剣に検討するべきである。全体としてPIFが弱体化することによって、その国々の声が世界的に聞き届けられなくなるだけでなく、PIFから中国に批判的なミクロネシア諸国の声が失われることによって、PIFは米国の政策的優先や認識に対する関心を失ってしまうだろう。
(5) こうしたなかでBiden政権はオーストラリアやニュージーランド、台湾や日本、フランスなどの関係国とともにミクロネシア諸国を含むあらゆる太平洋諸国の声を代表する機関としてのPIFを支持するというシグナルを送るべきであろう。そしてまた、米国は太平洋島嶼地域の問題に積極的に関わる意図を持つことを示すべきである。その一つの方策として自由連合盟約による財政支援の拡張などがあろう。いずれにしても、米国はPIFの危機に際して速やかに行動し、それによって同盟国や提携国を安心させ、競合相手を抑止し、自由で開かれた太平洋というビジョンへの強いコミットメントをはっきりさせることが賢明である。
記事参照:Why a crisis in the Pacific islands matters for Washington and Beijing

2月16日「中国の新海警法は海洋の管轄権を第1列島線まで拡大―台湾専門家論説」(The Strategist, 16 Feb 2021)

 2月16日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは台湾The Foundation on Asia–Pacific Peace Studies研究助理 Eli Huangの“New law expands Chinese coastguard’s jurisdiction to at least the first island chain”と題する論説を掲載し、ここでHuang は中国海警局に武力行使の自由を与える中国の新しい海警法は隣国の懸念を高めており、台湾、日本、米国が沿岸警備能力の連係強化をさらに図るべきであるとして要旨以下のように述べている。
(1) 中国海警局に武力行使の自由を与える中国の新しい海警法は、隣国の懸念を高めている。フィリピンは2021年1月27日にこれに正式に反対し、南シナ海での今までの中国との紛争を考えると、この法律はそれに逆らう国に対する「文字どおりの戦争の脅威」であると強調した。海警法は中国海警局が武力を行使することを可能にするからだけでなく、中国海警局が「近海」を完全に支配するよう国家資源を動員することで中国が「近海防御、遠海防衛」追求する中国の決意を表明しているからである。
(2) 海警法は、近海防衛における中国海警局の役割を明確にすることを目的としている。第2条と第3条は中国人民武装警察部隊海警部隊が中国の海上主権を保護し、「管轄海域」で法執行活動を行う責任を負っていることを明確に述べている。この法律は中国海警の発展を支援するための政治的、軍事的、民間的資源の統合を強調している。国務院、地方自治体、軍は中国海警局(第8条)との協力を強化し、中国海警局の法執行機関、訓練、施設の要件(第53条)に従って国家空間計画をまとめるべきであると述べている。この法律は、中国海警局が海上主権を保護し、法を執行するために市民組織または個人の輸送、通信手段及び空間を収用することを認めている(第54条)。この法律は明らかに外国の介入を対象としている。第21条は非商業的目的で活動する外国の軍艦または政府公船が中国の管轄下にある海域における中国の法律や規制に違反し、退去を拒否した場合、中国海警局は強制送還や勾留などの措置を講じる権利を有すると述べている。第47条は、外国船が中国の海域に入って違法な活動を行い、中国海警局の乗船と立入検査の要求に従わなかった場合、中国海警局が手持ち型銃器やその他の措置を使用することを可能にする。第48条では中国海警局は海上での「重大な暴力事件」を処理したり、法執行機関の船舶や航空機への攻撃に対抗したりする際に、船体または空中銃器を使用する権限を与えられている。2021年1月22日に可決された法律の最終版は、2020年11月に発表された草案と比較して中国海警局により柔軟性を与えている。例えば、第72条の草案は、「管轄海域」という用語には内海、領海、隣接する海域、排他的経済水域、大陸棚、尖閣諸島、台湾海峡、南シナ海を含む中国のいわゆる近海が含まれると説明した。この説明は最終版で削除され、中国海警局が主権に対する主張を保護するためのより大きな範囲を作り出した。さらに、草案の第46条は、中国海警が武力を行使する際に船舶の水線以下を目指すことを避けるべきであるとしたが、それらの文章は最終版ではなくなっている。
(3) これらの条文の分析には、いくつかの意味がある。中国海警局は、南シナ海や尖閣諸島を含む地域の海洋紛争への外国の介入に対する中国の最前線の力である。1988年、鄧小平は中国海軍の発展に目標を設定した。海軍の任務が第1列島線を超えて作戦することとなった今、中国海警局はその線の内側の中国の主権を保護するための主力になっている。中国海警局は軍民融合と国防動員の枠組みの下で能力を強化している。この法律は中国海警局がその発展を支援するために政治的、軍事的、民間の資源を統合するための法的根拠を提供する。軍との協力を強化し、地方自治体による支援施設の建設は、より大型の中国海警船の運用のための中国海警要員の訓練に役立つ。この法律は、中国海警局が近年直面している困難を解決するのに役立つだろう。ただし、法律における「管轄海域」の定義の欠如は、紛争の可能性を高めている。外国船と中国海警の間の誤解の機会を作ることに加えて、伝統的な管轄区域の外で法執行機関を行う中国海警局に柔軟性を与えるであろう。
(4) 新しい海警法が地域の戦略的環境を変える懸念がある。ASEANは南シナ海の行動規範に関する将来の交渉にそのような懸念を前提とする必要がある。ASEAN諸国は迅速な対応能力を強化するために、危機管理及び紛争シナリオにおける中国海軍との協力を含む中国海警局の手続きと行動をさらに分析すべきである。台湾と日本は台湾海軍の海軍能力強化をさらに図るべきである。米国が各国の沿岸警備隊と連係を深めることも重要である。
記事参照:New law expands Chinese coastguard’s jurisdiction to at least the first island chain

2月16日「北極圏で過熱する大国間対立―米専門家論説」(The National Interest, February 16, 2021)

 2月16日付の米隔月誌The National Interest電子版は米Macalester College教授Andrew A. Lathamの“Great Power Rivalry in the Arctic Circle is Heating Up”と題する論説を掲載し、ここでLathamは米中ロはそれぞれ北極に対して異なる構想を持っており、その構想は競合し対立しており、競合・対立の相互作用がより多くの摩擦、より多くの争い、そして完全な敵対さえも生じるかもしれないことから米中ロ首脳は今後数年間、それぞれの北極に対する構想に向かって行動するとき最も寒い地域における冷戦が熱戦に変わるかもしれないということに留意する必要があるとして要旨以下のように述べている。
(1) 激化する敵対関係の兆候は明らかである。米議会調査局の最近の報告によれば、近年、ロシアは「新北極軍、新北極旅団」の創設、飛行場、その他の基幹設備、大水深港の改修、北極沿岸の新軍事基地、防空システムなどその軍事的足跡を劇的に拡大している。中国もまた北極への砕氷船の派遣、アイスランド及びノルウェーでの研究施設の建設など北極に進出してきている。米国は北大西洋及び北極での作戦に向けて第2艦隊を再編し、北極海域における航行の自由作戦を開始するなど北極での軍事力の展開を強化している。
(2) 富、権力、安全保障のためのこの競争の激しさが高まってきているのには二つの要因がある。一つには北極の大量の天然資源のますますの利用の成果である。加速する海氷の溶解の率は北極における海上交通路を開き、埋蔵されている大量の資源の利用を広げている。しかし、より基本的なことはおそらく北極において高まる緊張は北極が国益にとってますます重要である考える大国の対立の結果である。
(3) ごく最近の米国防総省の北極戦略は米国の北極に対する見方を要約しており、北極における米国の利益とその利益に対する脅威を強調している。北極戦略が明らかにしている重要な利益は、米国とその同盟国の主権を守ること、世界的な戦力投射のための柔軟性の維持、航行の自由と上空飛行の自由の確保、正統な民間目的、商業目的、軍事目的のために北極へ継続的な出入りを確保することである。これら利益に対する基本的な脅威はロシアと中国と認識されている。両国とも「米本土に危険をもたらすかもしれない北極における行動と能力を追求」し、「北極における法に基づく秩序に挑戦している」と見なされている。ロシアは北極海航路の通航を規制しようとしたため拾い出されている。中国は「国際法と規範を突き崩すかもしれない手法で北極における役割を獲得しようとしている」と述べられている。議会への報告書はまた、「インド太平洋及び欧州における中ロとの対立に関係する米国の戦略目的」を突き崩す恐れのある両国の北極における行動に懸念を示している。
(4) モスクワはまた北極に関して、その利益と脅威認識の双方を明確にしている。2020年3月6日、Putin大統領は「2035年までの北極におけるロシア連邦の基本原則」を承認している。新しい政策文書は北極におけるロシアの利益と目的と同時に今後15年間の北極戦略を規定している。政策文書はロ経済成長の淵源としての北極を確認し、北極海航路を「世界的に競争力のあるロシアの輸送路」と見なし、北極における最も重要な国益としてロシアの「主権と領域の統一」の明確な向上を強調している。「基本原則」はまた、上述の利益に対する主な脅威は、「ある国」が北極における経済的、あるいはその他の活動を規定している国際条約の条項を一方的に変更しようとしていることであり、「ある国」が北極におけるロシアの経済的あるいはその他の活動を妨害していることであり、地域におけるNATOの軍事的展開と活動が増加していることであるとしている。
(5) 中国については、2018年1月に自らを「近北極」国家と宣言した北極政策を発表した。同政策は、いわゆる「氷上シルクロード」の一部として北極の海運路開発へのより大規模な参加、北極の「資源の探査と採掘」の拡大、地域フォーラムへのより大きな役割、北極における利益を擁護するための中国軍の役割の拡大を求めている。要約すれば、中国は自らを北極問題に関する積極的な参加者であり、主要な利益関係者と見なしている。さらに、政策は北極における使命の達成を可能にする部隊、基地、基幹設備といった戦略投射能力の開発が必要としている。
(6) これらの構想は明らかに矛盾している。The Arctic Councilのような地域のガバナンス・フォーラムでこれらの構想の一部はうまく処理する方策があるかもしれないが、何とかして決議や交渉によって手放させることはできないかもしれない。むしろ、経済的、地政学的利益が大きくなるにつて、これらの対立し、競合する構想の相互作用はより多くの摩擦、より多くの争い、そして完全な敵対さえも生じるかもしれない。Biden米大統領、Putinロ大統領、習近平主席が今後数年間、それぞれの北極に対する構想に向かって行動するとき、最も寒い地域における冷戦が熱戦に変わるかもしれないということに留意する必要がある。
記事参照:Great Power Rivalry in the Arctic Circle is Heating Up

2月17日「『4カ国安全保障対話』と台湾―インド専門家論評」(The National Interest, February 17, 2021)

 2月17日付の米隔月誌The National Interest電子版は印シンクタンクThe Manohar Parrikar Institute for Defence Studies and Analyses研究員Dr. Jagannath Pandaの“Will the Quad Evolve and Embrace Taiwan?”と題する論説を寄稿し、ここでPandaは「4カ国安全保障対話」は台湾との戦略的協働関係を構築すべしとして要旨以下のように述べている。
(1) 台湾に対する安全保障の提供はインド太平洋における長年の論議の的であった。こうした論議は中国の侵略を抑止するという考えに基づくオーストラリア、インド、日本及び米国から構成される「4カ国安全保障対話」(以下、Quadと言う)の登場に伴って勢いを増してきている。4カ国間には「自由で、開かれた、繁栄する、包括的な」インド太平洋を目指すということではコンセンサスがあるが台湾の安全保障ということについてはそうではない。これに関連してQuadが構想するインド太平洋像において、重要な「領土」「主権」問題として台湾がどう位置づけられているのか。北京の国連安保理常任理事国としての立場と様々な多国間フォーラムにおける経済大国そして世界的な大国としてのその強力な立場は台湾に対するQuad諸国の慎重な取り組みを形成してきた重要な変数である。Quadのコンセンサスは、中国の修正主義に対抗して法に基づく秩序を守っていくということにある。しかしながら、Quad諸国間にはインド太平洋において台北の強く永続的な地域的繋がりに配慮した、台湾の安全保障を如何に展望していくかについてはコンセンサスが見られなかった。「台湾独立」は戦争を意味する、という中国国防部報道官の最近の声明は、Quad諸国間の将来展望におけるこうしたギャップに痛烈な一撃となった。
(2) Quadにとって、台湾の将来に関するコンセンサスを構築することは、常に困難な作業となろう。実際、「一つの中国」政策を暗黙裏に支持することは全てのQuad諸国にとって長年に亘って国内的に受け入れられてきた立場であった。しかしながら4カ国それぞれについて見れば、
a. 米国にとって台湾問題は中国との大国間抗争における「地位と安全保障」のジレンマ(a “status-security” dilemma)としての側面が強いので、米国は、Quadを介しての台湾に対する安全保障なら受入れ易いであろう。中国本土への台湾の併合は将来の国際秩序における米国の地位を一層低下させる、より強力な中国を生み出すだけであろう。2019年の台北法(The Taiwan Allies International Protection and Enhancement Initiative : TAIPEI Act of 2019)と2020年に発効した台湾保証法(The Taiwan Assurance Act)は、この面で明らかな進展と言える。それでも、台湾の独立あるいは「二つの中国」政策を支持しない、というワシントンの政策が特に米台関係における重要な柱の一つとして依然強調されているように、台湾に対する米国の安全保障カバーは、米国が台北の安全保障を守るために中国との2国間対決にどの程度踏み込むかについて、確約したものではないように思われる(そしてほとんど説得力がない)。
b. インドにとって、中印国境紛争に対する台湾の公的立場の不明確さが、台北とニューデリーの間における政治的ギャップを生み出してきた。中印両国とも、最近の中印国境の緊張激化によって相互の戦略的不信感を増幅させてきたが、それでも開発提携関係を簡単には放棄しない。したがってインドが台湾の存在を支持したり、あるいは「一つの中国」政策を撤回したりする動きは、北京が1962年にインドに仕掛けた国境紛争のように、全面的な中印戦争でも生起しない限りあり得ない事態である。そうした事態が生起しない限り、インドにとって台湾は政治的対象であるよりも経済的対象であり、Quadを通じたインドの台湾支持はQuadを構成する他の3カ国、特に米国の台湾支持の程度如何に常に左右されるであろう。
c. 日本の立場は同盟国である米国が決定する立場に大きく引き寄せられるであろう。東京がQuadを通じた台湾支持に踏み切る動機は、独自の安全保障上の必要性に基づくものであろう。さらに中国による台北占領は太平洋地域における日本の国家安全保障に深刻な脆弱性をもたらし、東京による「一つの中国」政策の再考を促すが、東京にとって「一つの中国」政策の撤回は、日本の貿易経済における強力な柱である日中経済関係を複雑化させることになる。
d. オーストラリアにとって北京との関係は「史上最低」であるが、オーストラリアが「一つの中国」政策を再検討する動機はほとんどない。豪中関係は、直接的な安全保障上の対立というよりは主として一次元的な経済的枠組みに基づいている。キャンベラの現在の対中認識はワシントンとの同盟から導き出されるものであり、したがって、Quadの枠内におけるオーストラリアの台湾支持も、この同盟と関連付けられるであろう。
(3) 実際のところ、Quadは、「Quad+台湾」方式による重要な対話パートナーとして、台北との協力を押し進めることもできるが、このためには、台湾に対するQuad諸国の基本的な認識を再検討するためのさらなる議論とコンセンサスを必要とするであろう。Quad諸国は台湾を占領するとの北京の主張よりも、中国の経済力、軍事力の拡大を依然懸念している。それでも、台湾の安全保障に対する支援を拡大することは、実際には、中国との均衡を図り、自由で開かれたインド太平洋を実現するという、Quadの地域目標に役立ち得る。最も重要な措置は、一部のQuad諸国がフライトスケジュールやオリンピックなどで採用している表示「チャイニーズ・タイペイ(“Chinese Taipei”)」に代えて、「台湾(“Taiwan”)」を公式に使用することを検討することであろう。これは、台湾問題に関するQuadの集団的意志を誇示するものであり、したがって、北京に対する強いメッセージとなろう。また、台湾はハイテク製品製造チェーンにおける主要ハブとして、Quad諸国がポスト・コロナの世界で構築しようと試みている、グローバルな代替サプライチェーンにおける重要な選択肢となり得る。例えば、台湾は、特に半導体産業の世界的な重要性を考えれば、インド、オーストラリア及び日本が提案したサプライチェーン強靭化イニシアチブ(SCRI)における重要な構成国となり得る。
(4) Quad諸国が香港問題に対して協調的対応をとらなかったことを考えれば、台湾問題に関しては先制的な措置を取るべく努力しなければならない。全てのQuad諸国は、新しい安全保障環境において、「一つの中国」政策に対するコミットメントを、例え変更しないまでも、再検討する必要がある。同時に、Quad諸国は台湾の2大政党である国民党と民進党との戦略的協働の構築を模索しなければならない。重要なことは、こうした協働構築への衝動は台湾側にもあるということである。台湾にとってQuad諸国から効果的な支援を受けるためには、「Quadプラス(the “Quad plus”)」枠組みの中に包摂されていく、米国、インド、日本及びオーストラリアとの2国間協働を構築する必要がある。言い換えれば、台北は、Quadの戦略的プリズムの中で、中国の地域的、世界的な権威主義的拡張を抑止していく上で、その価値追加を示さなければならないのである。
記事参照:Will the Quad Evolve and Embrace Taiwan?

2月18日「イランとロシアの海軍演習―Diplomat誌編集者論説」(The Diplomat, February 18, 2021)

 2月18日付のデジタル誌The Diplomatは同誌編集者Abhijnan Rejの“Iranian and Russian Navies Exercise in Northern Indian Ocean”と題する論説を掲載し、ここでRejはイランとロシアによる海軍演習と両国の関係について要旨以下のように述べている。
(1) 2月16日からインド洋北部でイランとロシアによる海軍演習が行われている。イランはインドも参加していると主張している。メディアの報道によるとイラン海軍の副司令官Gholamreza Tahani少将は「我々がロシアと行っているこの演習は、他の1国だけでなく、もし他のいくつかの国が希望すれば、後から参加することができるほど柔軟なものである」と述べている。アルジャジーラの報道によると、この演習では「水上標的、航空標的を使用した射撃、ハイジャックされた船舶の解放、捜索救助、海賊対策などが含まれる」という。また、イランの他の海軍指揮官が中国海軍もこの演習に参加するとしている。インドの防衛ジャーナリストManu Pubbyは、印海軍はこの演習に参加していないとツイッターで主張しているが、イランに主張が事実であれば、2020年5月にラダックでの睨み合いが始まって以来、中国とインドの軍隊が一緒に演習を行うというのは初めてのことである。中国、イラン及びロシアは2019年にも海上で共同演習を行っていた。
(2) しかし、インドの演習参加とは関係なく、特にTrump政権のイランに対する無用な好戦的態度をモスクワが利用しようとしたことで、最近のイランとロシアの関係の深化が浮き彫りになっている。テヘランからすればロシア(と中国)のカードを使うことはBiden政権を有利な条件でJoint Comprehensive Plan of Action(包括的共同作業計画:以下、JCPOAと言う)に復帰させるための貴重な手段である。具体的には、共通の脅威認識をもっているため、イランとロシアの協力関係は現在、防衛から経済まで幅広い分野に及んでいる。1年前、イランのSeyyed Mohammad Ali Hosseini駐パキスタン大使は、イランのチャーバハール港とパキスタンのグワダル港の間に鉄道を敷くとともにパキスタン、トルコ、ロシア及び中国との同盟を提案し、南アジアで話題となった。
(3) しかしアナリストたちは、もし米国がJCPOAの加盟国としてテーブルに戻りテヘランへの制裁を解除した場合、モスクワのイランへの武器輸出やその他の商業的展望に悪影響を及ぼす可能性があると主張している。また、今までのロシアの著名な外交アナリストたちは、イランとロシアの間には公での親密さがあるものの、両国間の関係はかなり複雑であると指摘している。
記事参照:Iranian and Russian Navies Exercise in Northern Indian Ocean

2月18日「既存のインド太平洋戦略は破滅への処方箋―米海軍大学教授論説」(Lawfare, Blog.com, February 18, 2021)

 2月18日付の豪Lawfare InstituteのブログはU.S. Naval War College教授Lyle J. Goldsteinの“The Indo-Pacific Strategy Is a Recipe for Disaster”と題する論説を掲載し、ここでGoldsteinは2021年1月に機密解除された2018年のインド太平洋戦略文書が持つ欠陥を列挙しBiden政権はそれを見直すべきだとして要旨以下のように述べている。
(1) 1992年3月に公表された冷戦後の米国の基本戦略は世界のあらゆるところで米国がその優越を維持し、ライバルとなる超大国の出現を防ぐことを国家目標に据えるものであった。しかしその戦略は、膨大な対価を伴う数え切れない軍事介入を必要とし、あらゆるところで不安定な戦略的敵対関係を促進するなど米国にとって良い結果をもたらすものではなかった。
(2) 先日、秘区分が解除された2018年の文書「米国のインド太平洋に関する戦略的枠組み」は、この1992年の文書と多く重なる点を持ち、それどころかより破壊的な帰結をもたらしうるものである。現在のBiden政権は多くの点で前政権の政策を再考しているが、対中政策、より広く言えばインド太平洋戦略に関してはその限りではない。しかし「戦略的枠組み」における問題点を考慮すれば、Biden政権は2018年のインド太平洋戦略を根本的に再考すべきであろう。
(3) 本来であれば数十年間、機密扱いにされていたはずの文書がすぐに公開されたのは、Trump政権がその文書に自信を持っており、またその公開によってBiden政権の今後のインド太平洋戦略や対中政策を拘束しようとしたためかもしれない。「戦略的枠組み」の根本的主題は、1992年のそれのように、その地域における米国の優越の維持である。そうした目標の継続は1992年以降の米国の基本戦略がもたらした結果を再び繰り返すかもしれない。
(4) 「戦略的枠組み」それ自身の目標として優越を追求することは、皮肉なことに米国に力と影響力を高める行為とみられるとすると、そして、それがこの種文書が秘の指定を受ける理由を説明しているが、「戦略的枠組み」は中国の「非自由主義の勢力圏」に対抗することの重要性を強調する多くのレトリックに囲まれている。したがって、その戦略は新保守主義とネオリベラル的な価値観を融合したような装いをしており、幅広い政策集団を満足させるかもしれない。
(5)しかしながら、それゆえにその文書には多くの矛盾が内包されている。たとえば「戦略的枠組み」は、インド太平洋という地域を、地域の国々が人権の尊重や法に基づく統治などの原則を支持するようなものにすることを目標としているが、それは、そもそも多様性を持つインド太平洋のような地域には適合的ではないように思われる。実際に米国のパートナー国と見込まれる国には、ベトナムのような非民主主義的な国まで含まれているのだ。また、力の優越の追求が安全保障上のジレンマを惹起する可能性や、米国の同盟国である日韓の強力がきわめて重要だとしていることなど、国際関係理論や歴史問題への無理解がこの文書には散見される。
(6) 台湾問題についてはどうだろうか。米国は台湾については数十年の間、「戦略的曖昧性」という政策を採用してきた。つまり米国の方針をはっきりさせないことによって中国による台湾侵攻を抑止し、より平和的な解決を模索させるというものである。しかし「戦略的枠組み」は中国に対する抑止の可能性をよりはっきりと示し、そしてまた実際にTrump政権最後の1年間で「戦略的曖昧性」の放棄が決定されたように思われる。それは中国との戦争の可能性を大きくするものである。米国人の中には中国との戦争を望むところとする者もいるようだが、米国がその戦争に勝てる可能性が低いという事実が見過ごされている。
(7) 対インド政策を見てみよう。「戦略的枠組み」におけるインドに対する関心は他のどの提携国よりも大きなものである。国境をめぐる対立に象徴されるように、近年中印対立は激化し、そこに米国にとっての戦略的利益を見出す者がいる。しかし、実際にインドがそれほどに米国にとって魅力的な国かどうかは疑問である。確かにインドの軍事力は近代化されているが、その兵器の多くが国外からの供給に依存しているなどの問題がある。また印海軍がインド洋やマラッカ海峡を封鎖することによって中国へのエネルギー供給を脅かす戦略の重要性が指摘されているが、そうした方針は、むしろ中国海軍のさらなる増強の引き金となるかもしれない。端的に言えば中印対立は米国にとって戦略的利益をもたらすものではない。
(8) 整理してきたように、「戦略的枠組み」はインド太平洋という地域の現実を捉え損ねており、それによって多くの問題を抱えている。Trump大統領でさえその戦略は好戦的にすぎると考えていた節がある。今、必要なのは「戦略的枠組み」に多く含まれるレトリックやイデオロギーではなく、現実的で抑制的な政策である。ワシントンの対中強硬派は、この文書を背景にしてその主張を押し通そうとするであろうが、Biden政権はそれにとらわれず、新しく賢明なインド太平洋戦略を模索しなければならない。
記事参照:The Indo-Pacific Strategy Is a Recipe for Disaster

2月19日「南沙諸島の増強を進めるベトナム―米シンクタンク報告」(Asia Maritime Transparency Initiative, February 19, 2021)

 2月19日付のCSISのウエブサイトAsia Maritime Transparency Initiative は“Vietnam Shores Up Its Spratly Defenses”と題する記事を掲載し、ベトナムが南沙諸島においてここ2年間で進めてきた施設の増強や改修についてまとめ要旨以下のように報じている。
(1) ベトナムは近年、自国が実効支配する南沙諸島の島・岩礁における基地・施設の改修を進めてきた。その目的は侵略や封鎖に対して基地の高靱性性を向上させ、中国の基地への攻撃能力を確保することで抑止力を高めることにある。本稿では主にここ2年でどのような増強や改修が行われてきたかを整理する。
(2) 南沙諸島におけるベトナムの前線基地の中で、ウェストロンドン礁とシンコウ島がここ2年間で最も劇的な変化を遂げた。前者は広さ70エーカーであるが、その大部分は2013年から16年にかけての埋め立てによるものであり、その埋立地に、沿岸警備施設や行政施設、コンクリート製の発射パッド、貯蔵庫、(おそらく)通信用のタワーなどが建設されてきた。南端や北端には地下道のネットワークが造られ、その周辺は植物でカモフラージュされている。シンコウ島では沿岸に防衛施設が並べられている。北側には地下道ネットワークの工事が行われていたが、それも完了したようである。
(3) 南沙諸島におけるベトナムの基地に設置されてきた発射台には三つの種類がある。第1に長方形の発射台であるが、それは防空システムであろう。おそらくソ連製の対空システムの利用が意図されている。第2に半円状の発射台であり、それはほとんどが海側へ向いていることから沿岸防衛システムのためのものであろう。第3に小さな円形状の発射台で、それは島の内側に向いている。ベトナムが実効支配する島・岩礁のほとんどにはこうした発射台が設置されており、早くとも2006年にはナムイエット島にそれが設置されていることが確認されており、以後その数は増え続けている。
(4) 報じられているところではベトナムはさらにイスラエル製のEXTRAミサイルを入手し、5つの島々に配備したという。これは小型であるため配備とカモフラージュが容易で、上述したいずれの発射台からも発射可能である。つまり五つ以外の島・岩礁にも容易に配備が可能である。またその射程距離は150キロであり、したがって南沙諸島の中国の基地に対する攻撃能力をベトナムが有していることを意味し、これは大きな抑止力となっている。
(5) 上述したウェストロンドン礁やシンコウ島以外でも比較的小規模ながら増強ないし施設の改修は進められてきた。畢生礁やナムイエット島には新しいレーダードームが設置され、東礁やアリソン礁にはトーチカのような設備が追加された。既存のトーチカや「DK1プラットフォーム(経済・科学・技術サービスセンター)」などの改修も進められてきた。
記事参照:Vietnam Shores Up Its Spratly Defenses

2月20日「フランスが2隻の軍艦を南シナ海に派遣―香港紙報道」(South China Morning Post, 20 Feb, 2021)

 2月20日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は“France sends warships to South China Sea ahead of exercise with US and Japan”と題する記事を掲載し、フランスが4カ国安全保障対話との提携を強化するために2隻の艦艇を南シナ海に送ったとして要旨以下のように報じている。
(1) 仏海軍によると強襲揚陸艦「トネール」とフリゲート「シュルクーフ」が2月18日に母港トゥーロンを出港し、太平洋方面での3ヶ月間の任務で当たる。仏海軍関連ウエブサイトNaval Newsによると、これら2隻は南シナ海を2回横断し、5月に日米両軍との共同演習に参加するという。「トネール」艦長Arnaud Tranchant大佐はNaval Newsに対し、仏海軍は日米豪印のいわゆる4カ国安全保障対話との提携の「強化に取り組む」と語っている。
(2) フランスの原子力潜水艦「エムロード」と支援艦「セーヌ」が2月第2の週に南シナ海を航行し中国からの批判を招いた。専門家たちによるとフランスは南シナ海での活動の頻度を増やすことで、中国の南シナ海における広範な主張に反対する姿勢をさらに強化し、南シナ海における自国の利益を守るために「通常の展開」を維持することを目指しているという。フランスは2018年にヨーロッパの主要国としては初めてインド太平洋戦略を策定した。
(3) 厦門大学の南海研究院の傅崐成院長は「米国が南シナ海での演習やいわゆる航行の自由(作戦)でNATO同盟国と一緒になって自分たちの力を誇示したいと考えているのは明らかである」と述べている。中国シンクタンク南海戦略態勢感知計画のトップである胡波は、「インド太平洋は、増々重要になってきている。フランスは南シナ海での軍事的プレゼンスを強化しようとしているが、近年、その軍事力が縮小しているので難しいだろう」と述べている。2月9日、米海軍は「セオドア・ルーズベルト」空母打撃軍と「ニミッツ」空母打撃軍を係争海域に送り込んだ。
記事参照:France sends warships to South China Sea ahead of exercise with US and Japan

2月20日「米中の戦いを再考する:中国は本当に国外にある米国の力を脅かしているのか?―米専門家論説」(The Conversation.com, February 20, 2021)

 2月20日付の豪ニュースサイトThe Conversationは米Macalester大学のAndrew Latham教授の”Rethinking the US-China fight: Does China really threaten American power abroad?“と題する論説を掲載し、ここでLathamは西側諸国と中国の間の戦争の可能性はまだ遠いが、かつて程には遠いものではなくなっているとして要旨以下のように述べている。
(1) Biden大統領はこれまでのところ経済的にも政治的にも中国の国際的権力抑制を目的とした前任者の厳しい対中国政策を維持している。米国とヨーロッパにおいて中国は西洋の力を脅かす新星として広く認識されているが、中国は自身を最早そのようには見ていないかもしれない。
(2) 1976年に中国共産党の指導者毛沢東が亡くなった後、その後継者である鄧小平と江沢民は驚異的な経済成長を遂げる経済改革を導入した。そして1990年から2020年の間に中国のGDPは世界で11位から2位に上昇した。1990年代の西側諸国の一般的な見解は中国の経済変革は豊かに平和で民主的な国として最高潮に達するという予測だった。このために主要な経済大国は中国を公開市場社会の一員として、世界貿易機関(WHO)のような国際機関に招き入れ、世界市場に取り込む準備をしていた。中国にとっては、少なくとも貿易と投資に関して公開市場社会の一員となれたことは喜ばしいものだった。
(3) 1990年代、鄧小平の対外戦略は「能力を隠し、好機をうかがう」ことであり目立たないようにしていた。2000年代初頭、胡錦濤は世界の舞台で中国の積極性を高めるためにいくつかの措置を講じ、海軍を増強し、パキスタンなどで港湾プロジェクトを始めたが「平和的台頭」政策を維持していた。しかし、習近平が2012年に政権を握ったときにそれは変わった。習近平はナショナリズムと権力志向を明らかにした。もはや好機を待つのではなく「中国の夢」を宣言し、アジアだけでなく世界中への影響力を持つ大国という構想をもった。習近平の下で、中国は国際社会に対して積極的な姿勢をとり、南シナ海やその他の地域で軍事力を展開し、ラテンアメリカとアフリカ全体のインフラ開発へ多額の投資外交を行った。
(4) Barack Obamaをはじめとする多くの西側指導者は、中国について自分たちが作り出し、熱心に中国を招き入れた国際的な経済秩序をひっくり返す存在と見なすようになった。2015年、米国は中東から離れてアジアへ「戦略的ピボット」を実施した。中国を封じ込めるため米国は、オーストラリア、日本、韓国、フィリピンとの同盟関係を強化し、中国の近隣諸国との連合を形成し、インド、オーストラリア、日本との防衛協力を強化した。
(5) 2017年10月、中国共産党全国大会での習近平の宣言は西側諸国の危惧を確かなものにした。彼は中国を世界情勢の中心にもってくるという目標を明らかにした。そして世界的な支配は求めてはいないとしつつも、「中国がその利益を損なうものを甘受すると誰も期待すべきではない」と警告した。さらに、中国の台頭が「中国的の特徴のある」世界秩序を生み出すだろうとほのめかした。
(6) 中国の夢が実現する保証はない。習近平は2019年1月の演説で次のように語った。中国は深刻な課題に直面している。北京は、アジアで中国が進める経済、軍事、外交に対する米国主導の諸国連合の抵抗に直面している。さらに中国は債務増加、GDP成長率停滞、そして生産性が低下している。
(7) 中国には高齢化と人口減少の問題がある。中国社会科学院は出生率が現在の女性1人あたり1.6人から予測される1.3人に減少すると今世紀末までに中国の人口は約50%減少すると予測した。中国は、2015年に一人っ子政策を止めたが、依然として高齢化は進んでおり、増加する高齢者を支援する労働者が少なくなっている。これらは、中国共産党内で金持ちになる前に年をとるという懸念を引き起こし、この窮状は深刻な社会不安を引き起こす可能性がある。習近平やその他の中国共産党指導部は、無制限に信頼はされていない。
(8) これらの懸念はすでに中国の外交政策に反映され、隣国のインド、そして台湾付近に向け、ますます直接的な軍事行動をとるようになっている。また、南シナ海の紛争中の島々に対する領有権を主張するための軍事的努力を倍増し、さらに香港の民主主義を取り締まっている。習近平は、海外での米国の利益を損なう、そして対立する新しい形のグローバル外交を受け入れた。
(9) 西側諸国が、中国の進めるグローバルな政策について、根本的に異なる見解を持つのは60年ぶりのことである。その結果、不安定な情勢になる可能性がある。弱体化した中国が西側諸国の封じ込めによって脅かされていると感じた場合、インド、台湾、香港、南シナ海で国家主義的な事象が倍増する可能性がある。経済協力を促進し、戦争を回避するために構築された第2次世界大戦後の国際秩序は、中国の増大する課題というストレスに耐えることができなくなるかもしれない。西側諸国と中国の間の戦争はまだ遠い可能性であるものの、おそらくかつてのように遠いものではなくなっている。
記事参照:Rethinking the US-China fight: Does China really threaten American power abroad?

【補遺】

(1) Russian Submarines: Still a Relevant Threat?
https://thediplomat.com/2021/02/russian-submarines-still-a-relevant-threat/
The Diplomat, February 11, 2021
By Arnaud Sobrero is an independent writer focused on defense technology and East Asian affairs
 2月11日、防衛問題の著述家Arnaud Sobreroはデジタル誌The Diplomatに“Russian Submarines: Still a Relevant Threat?”と題する論説を寄稿した。ここでSobreroは、①ロシアの海軍構造では潜水艦は「海軍の戦闘力において最も重要なもの」であり、グローバルな軍事力の発展には欠かせない、②近年のロシアの潜水艦の就役には大きな改善があった、③2015年に発表された海洋ドクトリンと2017年の国家海軍政策は、潜水艦能力の近代化を実現する重要な要素となっている、④弾道ミサイル搭載潜水艦の観点から見ると、最新のボレイ級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦は、性能が向上しステルス能力、より優れた水中機動性、そして「ブバラ」潜水艦発射弾道ミサイルを装備しているといった点で際立っている、⑤ロ海軍は、2020年末までに世界最大の原子力潜水艦(ベルゴロド級戦略潜水艦)を就役させることに加え、2021年はハバロフスク級の新型戦略潜水艦を進水させる予定である、⑥この2隻の新型潜水艦の共通のものは、原子炉技術と水中戦の技術的飛躍を示す可能性のある核武装した自律型無人機ポセイドンである、⑦ロシアは、第5世代の原子力潜水艦の開発にも取り組んでいる、⑧最も重要な進展は、潜水艦用の長距離攻撃ミサイル「カリブル」を採用したことであり、また現在試験中の極超音速ミサイル「ツェルコン」もロシアの攻撃力を高める、⑨ロシアはグローバルな戦力投射能力に欠けており、対潜水艦戦、水上艦、輸送機及び自動化管理システムで米国に大きく遅れをとっている、⑩課題はあるがロシアはNATO軍に脅威を与え得るといった主張を述べている。

(2) Germany's Indo-Pacific vision: Building a multilateral world order with ASEAN
https://www.thinkchina.sg/germanys-indo-pacific-vision-building-multilateral-world-order-asean
Think China, February 15, 2021
Jan Kliem, Senior Research Fellow, German-Southeast Asian Center of Excellence for Public Policy and Good Governance (CPG), Thammasat University
 2月15日、タイThammasat University のGerman-Southeast Asian Center of Excellence for Public Policy and Good GovernanceのJan Kliem主任研究員はシンガポールの英字ウエブ誌Think Chinaに“Germany's Indo-Pacific vision: Building a multilateral world order with ASEAN ”と題する論説を発表した。ここでKliemは、2020年9月上旬、ドイツ政府は「インド太平洋地域の政策ガイドライン(Policy Guidelines for the Indo-Pacific)」を発表したが、これによりドイツは、東南アジア諸国連合(ASEAN)、オーストラリア、フランス、インド、日本、及び米国とともにインド太平洋地域のビジョンを公に発表することになったとし、世界の他の地域とは対照的に、ドイツは長い間アジアに対して一貫した地域的アプローチを持たず、アジアへのアプローチの大部分は中国との関係に支配されてきたと指摘した上で、ドイツは中国の強硬な姿勢に反発することに消極的であり、規範的あるいは安全保障上の懸念よりも中国との貿易関係を優先するとしばしば見られてきたが、数年前からドイツは、国際システムにおける優先順位の変化と権力の移動を認識したことで、従来の姿勢を調整し始めたと述べている。そして、KliemはドイツはEUを代表するASEAN支援国家であり、かつ、ドイツもASEANも旗色を明確にしない外交戦略を採用してきたが、現在ではドイツ、EU、そしてASEANも、ある意味では中国との経済関係という一つの利益よりも世界全体の利益を優先させようと努力している、と主張している。

(3) THERE AND BACK AGAIN: THE FALL AND RISE OF BRITAIN’S ‘EAST OF SUEZ’
BASING STRATEGY
https://warontherocks.com/2021/02/there-and-back-again-the-fall-and-rise-of-britains-east-of-suez-basing-strategy/
War on the Rocks.com, February 18, 2021
Dr. William D. James, the Transatlantic Defence Research Fellow at the University of Oxford’s Changing Character of War Centre
 2月18日、英The University of Oxfordの Changing Character of War Centre研究員William D. Jamesは米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに“THERE AND BACK AGAIN: THE FALL AND RISE OF BRITAIN’S ‘EAST OF SUEZ’ BASING STRATEGY”と題する論説を発表した。ここでJamesは、バーレーンを訪れたBoris Johnson英外相(当時)は「英国はスエズ以東に戻った(Britain is back East of Suez)」と言明したが、彼の演説はアラビア半島と東南アジアからの撤退が「誤り」 だったという理由で返還を正当化した点で注目に値するが、このBoris Johnsonの解釈はある意味では微調整を必要とし、別の意味では徹底的な見直しを必要とするものだと指摘した上で、英国がスエズ以東から撤退したことは一度もなく、たとえば、イラク戦争やドホファルの乱への関与や、ブルネイにある小さな駐屯地の維持などが挙げられると主張している。そしてJamesは、さらに重要なのは、Boris Johnsonが兵力削減のタイミングと論理を間違えていることにあるとし、英国がスエズ島以東の基地戦略を放棄したことに関する別の説明、すなわち、アラビア半島と東南アジアに大規模な海外軍事基地を維持してきた真の理由は、これらの基地が生み出すことのできる以上の安全を消費していることに1960年代の政策立案者が気づいたからだと強調している。