海洋安全保障情報旬報 2020年2月11日-2月20日

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2月13日「アジア太平洋の海洋安全保障:課題と進捗―米専門家論説」(The Diplomat, February 13, 2020)

 2月13日付のデジタル誌The Diplomatは、米シンクタンクOne Earth FutureのStable Seas program in the Indo-Pacific regionプロジェクトマネージャーJay Bensonの“Maritime Security in the Asia-Pacific: Measuring Challenges and Progress”と題する論説を掲載し、ここでBensonはアジア太平洋の海洋安全保障と経済成長を達成するためには多くの指標を一定かつ厳密な方法で評価し、現状を知ることが必要であるとして要旨以下のように述べている。
(1) 海洋安全保障の変遷は一定かつ厳密な方法で評価しようとする場合にのみ、その課題の範囲を理解し前進することができる。外交と安全保障の分野では、海洋空間はしばしば見落とされてしまう。「海洋を見落とすこと」は現実にあり、世界中の海洋の安全保障と管理に払われる資源と政策に反映されないこともよくある。しかし、海洋空間が非伝統的な安全保障上の課題として、また、益々重要な経済的可能性のある空間として注目されるにつれて、海洋空間での課題とその進展の範囲を評価する必要性も高まっている。陸上の安全保障と管理の問題に関して利用可能な指数、データベース、報告は多数あり、これらの現象に関する政策立案者の理解に大きく貢献しているが、海洋分野では経験的な方法と分析の応用がまだ見られていない。このギャップを埋めるために「安定した海洋」プログラムは2018年に最初の海洋安全保障インデックスを開始した。このインデックスは、9つの問題領域にわたるさまざまなデータを使用し、海洋安全保障の政策立案者が海洋安全保障のさまざまな側面を理解するために役立つ道具となるように作られている。インデックスは多種多様なデータソースを使用して作成され、4大陸の文民指導者及び軍指導者を含むさまざまな協力者と共同して開発された。これらの協力者は、いくつかの問題領域にわたって匿名で調査に時間を惜しみなく協力してくれた。特にインド太平洋の新しいデータを見ると、この地域の海洋安全保障と管理に重要な意味を持つものがいくつかある。インド太平洋地域は、国際的及び地域的な海洋協力の中心であり、危険な警告もいくつかある。海洋空間は、海洋の境界線から漁業規制まですべてを定めているさまざまな国際条約及び協定によって管理されている。インド太平洋地域全体では、このような海洋に関する協定の批准率が非常に高い。さらにBIMSTEC(ベンガル湾多分野経済技術協力イニシアティブ)やASEANなどの地域の組織は、海洋問題に政策的注目を集めており、必要に応じてインドネシア、マレーシア、フィリピン間の三国間協力協定(以下、TCAと言う)などのアドホックな協力体制ができ、スルーセレベス海における安全保障上の脅威の問題を取り扱っている。海上の領土紛争は東南アジアでは明らかに大きな懸念事項である。
(2) インド太平洋地域は、海賊行為、武装強盗、身代金目当ての誘拐などの新たなホットスポットである。国際社会は、ソマリア沖での海賊行為の増加により、現代の海賊行為に目覚めた。これらの活動はアフリカ海域にすでに存在しているが、インド太平洋はこの種の海上犯罪のホットスポットとして浮上している。ベンガル湾の犯罪集団は、武装強盗や海上での誘拐により漁業従事者を捕まえている。東南アジアでは、マラッカ海峡を通過する船舶からの窃盗が増加しており、スールー海では、一連の海賊行為と身代金目当ての誘拐事件に直面している。それらの多くは、Abu Sayyafなどの暴力的な過激派グループに関連している。この地域は、前述のTCAで調整されたパトロールや、ReCAAP(アジア海賊対策地域協力協定)やシンガポールとデリーのInternational Fusion Centerなどの組織を通じた情報共有の強化などの活動により、この種類の海上犯罪に迅速に対応している。
(3) インド太平洋地域では、麻薬や野生生物製品の海上の闇取引が行われている。麻薬、武器、密輸品などの不法な海上取引は世界中で問題となっているが、インド太平洋はこれらの違法な市場の2つ主な商品である合成麻薬と野生生物製品が際立っている。ミャンマーやタイなどでの合成麻薬の生産は過去10年間で劇的に増加しており、これらの麻薬はしばしば海域を通じて地域内外の市場に移動している。加えて、東南アジアは、野生生物製品の主要な供給源であるアフリカとの地理的関係により、違法な野生生物製品の国際貿易の中心となっている。港湾での検査対策を強化し、地域の海洋状況把握(以下、MDAと言う)を改善することは、これらの違法な商品の輸送に使用される海上ルートを地域の国々が取り締まるのに役立つ。インド太平洋地域には強力な海洋法執行能力がある。上記のリスクに対処するために、災害救助、捜索救難、海上での出入国取締、密漁などの課題に加えて、関係国には海軍と海上法執行機関が必要である。彼らの担当する海域をパトロールし、脅威を特定し、事件に対応しなければならない。インド、タイ、ベトナムなどこの地域のいくつかの国には強力な海軍があるが、この海域で直面する課題に効果的に対処するために必要な能力を欠いている国もある。この地域は、MDAの強化、パトロールの調整及び負担の分担を通じて、これらの集団的海洋安全保障に効果的に対処するために取り組んでいく必要がある。情報共有の枠組みは、海域での潜在的な脅威に対する理解を高め、地域内外のパートナーとの交流と能力強化により、集団的海上安全保障の強化に役立つ。
(4) インド太平洋地域は、将来的にブルーエコノミー(海洋経済)の発展の可能性がある。海洋空間は、インド太平洋地域の脅威の源ではあるが大きなチャンスの場でもある。インド太平洋地域は、強力なブルーエコノミーの発展を通じて、これらの機会を最大限に活用している。海運、沿岸資源開発、沿岸観光、持続可能な漁業と養殖などの海事産業はすべて、適切に管理されていれば、この地域の経済成長と雇用に多大な貢献をする可能性がある。特に東南アジアはすでにこれらの産業の多くの分野で経験があり、地域全体で港湾能力の向上、漁業管理、環境保護に努めることで進歩を遂げている。この進歩は、マクロ経済の成長にとって有益であるだけでなく、海洋安全保障に関する課題の多くに対処するためにも重要である。法を遵守したブルーエコノミーの産業が繁栄している場合には、沿岸地域のコミュニティは、生計を確保するために違法な海洋活動に向かう傾向が少なくなる。もちろんこれらは一般的な傾向であり、課題の範囲とインド太平洋の多くの多様な国でそれらに対処する能力に大きなばらつきがある。しかし、それは、この地域の海洋安全保障の全体像を示している。そのダイナミクスを均一かつ厳密な方法で評価することによってのみ、課題の範囲、目標への進展、関係国との関係強化、能力構築などの最も重要な分野において何が必要なのかについて理解をすすめることができる。陸上での安全保障と管理に関する情報に基づいた政策決定の基盤であるデータ収集の取り組みを海洋空間に拡大するための継続的な取り組みは、海洋安全保障について難しい選択を行うための検討に際し不可欠である。
記事参照: Maritime Security in the Asia-Pacific: Measuring Challenges and Progress

2月13日「米インド太平洋軍司令官、太平洋における中国の影響力拡大の動きに懸念―英通信社報道」(Reuter, February 13, 2020)

 2月13日付の英通信社Reuterは、“China threatens stability in the Pacific: U.S. commander”と題する記事を掲載し、オーストラリアを訪問していた米インド太平洋軍司令官Philip Davidsonのコメントを引用しつつ、米国は太平洋地域における中国の影響力拡大を懸念しているとして要旨以下のとおり報じている。
(1) オーストラリアを訪問していた米インド太平洋軍司令官Philip Davidsonは、13日にコメントを発表し、「中国共産党は、インド太平洋における貿易の流れ、財政、コミュニケーション、政治、生活のあり方の統制を模索している」と強い調子で述べ、アメリカはそれに対抗するため全力を上げていると主張した。米中は1月に貿易協定を結んだことによって一時的にその緊張を緩和させたが、このコメントは米中間の緊張を再び強めるかもしれない。
(2) 中国は近年、南シナ海における領土主張だけではなく、太平洋への影響力拡大を模索している。それはインフラ建設などへの経済的支援などを通じて行われている(「債務の罠」外交とも呼ばれる)。またそれは、単なる影響力拡大というだけでなく、太平洋島嶼諸国と台湾との外交関係を断たせ、台湾の外交的孤立を図る意図もある。
(3) オーストラリアは長年、太平洋において最も影響力の大きい国であったが、近年そうした中国の動きに直面し、より積極的な行動に出ている。たとえば2018年には30億豪ドルにのぼる基金および低金利借款をインフラ建設のために太平洋諸国に提供した。
(4) しかし、オーストラリアにとって中国は最大の貿易相手国でもあるために、表立って対立することはしなかった。たとえば2019年、豪議会などへのサイバー攻撃が中国によって行われたと豪政府は結論づけたが貿易への影響を懸念し、それを公表することはなかった。
記事参照:China threatens stability in the Pacific: U.S. commander

2月14日「性能向上型Borei級SSBN1番艦、3月就役へ-デジタル誌報道」(The Diplomat, February 14, 2020)

 2月14日付のデジタル誌The Dipomatは、ロシアの性能向上型Borei級SSBN1番艦が3月に就役するとして、要旨以下のように報じている。
(1) ロシアのUnited Shipbuilding Corporation社のトップAlexei Rakhmanovによれば性能向上型Borei(A)-II級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(以下、SSBNと言う)1番艦は3月末までに就役するようである。2月10日付のロ通信社インテルファクスに引用されたRakhmanovの発言では「後1ヶ月半は必要と考えている」としている。加えて、Rakhmanovは新SSBNの海上公試および装備認定試験は完了していると述べている。匿名のロ国防産業筋は2019年12月、1番艦は2020年前半に海軍に配備されるだろうと述べている
(2) 当初、SSBN1番艦は2019年末に就役する予定であったが、同年11月に実施した海上公試において修正が必要な多くの欠陥が明らかになった。Borei(A)-II級SSBNの海上公試は第1段階が2019年1月に終了、第2段階は2019年7月に初旬に開始され、同年11月に終了した。Borei(A)-II級SSBN1番艦は、海上公試第2段階と並行して装備認定試験も実施した。2019年10月に同艦は、RSM-56 Bulava潜水艦発射弾道ミサイル(以下、SLBMと言う)の1回目の発射試験を実施した。
(3) Borei(A)-II級SSBNは隠密性、水中運動性能が向上しており、Borei級SSBNより4基多い20基のBulava SLBMを搭載する。Borei級SSBNと同様、Borei(A)-II級SSBNは複穀式船体を採用している。Borei(A)-II級SSBNは5隻が計画されている。Borei(A)-II級SSBN1番艦が2012年に起工されたのに加え、改良型Borei(A)級SSBN2隻が2014年に起工されている。
記事参照:Russia’s First Upgraded Borei-Class Boomer to Be Commissioned in March

2月14日「米国と同盟国にとってより良い地域防衛態勢-韓国専門家論説」(PacNet, pacific Forum, CSIS, February 14, 2020)

 2月14日付の米シンクタンクPacific Forum, CSISのウエブサイトPacNetは、韓国The Center for Security and Strategy of the Korea Institute for Defense Analyses准研究員Gibum Kimの“A better regional defense posture for the US and its allies”と題する論説を掲載し、ここでKimは、アジアにおける米国の同盟国、パートナー諸国は潜在的な挑戦国の挑発を抑止するため、情報共有能力と通常戦力による拒否的抑止能力を強化すべきであるとして要旨以下のように論じている。
(1) 核抑止を含む米国の軍事的、技術的優位性の後退は、同盟ネットワークを強化することによって挑戦国を阻止し勝利するということをより重要にしている。中ロを含む潜在敵国は米国の同盟構造を弱体化させ、その活動の自由と地域へのアクセスを制限しようとしているのである。特に核を保有する敵国が高度な接近阻止・領域拒否(A2AD)機能とグレーゾーン戦術(現状変更のため強制的かつ破壊的手段を使用するが、完全な国家間紛争を引き起こすには至らない手法)を使用するといった事態が懸念される。これらの課題を克服するため米国は可能な限り多くのオプションを準備する必要があるが、併せて同盟国の支援を得て地域的な抑止構造を調整し、先鋭的な競争相手やならず者国家を牽制することにより、米国及びその同盟国が以下のような場合に決定的に行動できるということを示さなければ、こうした抑止は失敗するであろう。
(2) ただし、地域の実状に適合した抑止構造を維持強化するには米国とその同盟国が解決しなければならない問題が存在する。第一には、米国とアジアの同盟国との間の脅威認識のギャップである。例えば、台湾海峡はアジアで最も危険なホットスポットであり米中を衝突コースへと導く可能性がある。また、東南アジア諸国は南シナ海の九段線を主張する中国の行動に直面しており、2012年以降は東シナ海の尖閣諸島/魚釣島で日中の緊張が高まっている。さらに韓国は、黄海と日本海(抄訳者注:原文はthe East Sea)での中国の軍事活動の増加を懸念している。すなわち、この地域の国家は、中国が国益追求のためにグレーゾーン戦術を使用し、軍事力と経済力の成長に伴い積極的な行動に出ているという共通の理解を有しているのである。にもかかわらず、中国との緊張に直面している国と比較的良い関係を保っている国との間には認識のギャップが存在する。中国と対立する国家の間でさえ、中国が既存の国際システム内で行動しようとしているのか、それとも経済力を武器として紛争を解決し、現状変更のために軍事力を使用しようとしているのか否か、意見の相違がある。
(3) 安全保障上の脅威に対する認識の統一を妨げるもう一つの要因は、これら各国と主要な挑戦国との間の様々な関係である。中国は、欧州に対するロシアのようなエネルギー供給国ではないが、中国との経済的相互依存は国防戦略を複雑にする。中国との経済的相互依存も一様ではなく、中国はアジア諸国の巨大な市場に大きく依存しているとも言える。さらに、中国の近隣諸国への投資(最も顕著な例は「一帯一路」構想)は、経済発展の機会と同時に中国の影響に対する脆弱性を高めるリスクも提供する。一方、米国によって構築されたサンフランシスコ体制、正式な二国間の安全保障同盟と米国市場へのオープンアクセスが保証されたハブアンドスポークネットワークで特徴づけられる構造は、地域の同盟国に強固な安全保障と経済的なインセンティブを提供している。中国は魅力的な代替市場であり開発援助の源泉となってはいるものの米国の市場や開発援助ほどオープンでも透明でもない。
(4) 危機のあらゆる段階、すなわちグレーゾーンからレッドゾーン(国家間軍事紛争を含むが核戦争の閾値以下)、レッドゾーンからブラックゾーン(米国への核攻撃の可能性を含む)までにおいて効果的な抑止を維持するには、米国とその同盟国は脅威認識とその管理方法についての共通の理解と一致した行動を担保する必要がある。危機に際しての同盟の連帯は勝利のための重要な大前提であり、米国とその同盟国が敵を阻止し、危機と紛争におけるエスカレーションを制御し、革新的利益を保護するために追求すべき一連のアプローチである。米国と同盟国間あるいは同盟国間で核武装した挑戦国に対する脅威認識が異なれば勝利は不可能となる。米国が通常戦力と核戦力双方における同盟国への拡大抑止を再保証するのみでは大国間の紛争に対する懸念を払拭することにはならない。脅威認識に関するコンセンサスを形成し、危機に際して連帯と決意を示すには軍事的分野のみならず政治的、経済的及び社会的な分野の要因も関係する。重要な情報を適時適切に収集し、情報、監視、偵察(ISR)活動を通じ、その信頼性を保証することは共通の脅威認識を形成する上で重要である。情報の収集と共有の範囲を広げることで米国とその同盟国は安全保障環境と危機の状況をよりよく理解できるようになり、グレーゾーンからレッドゾーンへエスカレートする前に、早い段階で脅威に関する共通の理解を迅速に確立し、早期警戒と対応準備に時間をかけることができるようになるのである。
(5) そのような準備ができていれば、挑戦国が既成事実をもって武力挑発を実行することが困難となる。米国は最先端のISR機能を備えているが、同盟国及びパートナー諸国が独自の高度なISR機能を開発し、危機に際し挑戦国を阻止するために使用することを支援する必要がある。米国は既に“Five Eyes”(抄訳者注:米英豪加NZ5カ国間のインテリジェンスに関する協定)をはじめ、この地域に濃密な情報共有ネットワークを保有しているが、さらに関係国のISR機能との情報共有を強化し、同盟国及びパートナー諸国がさまざまな情報をクロスチェックできるようにする必要がある。
(6) また特に拒否的抑止戦略に資する通常兵器による軍事的能力の強化も米国とその同盟国間の将来の協力のために重要である。Trump政権は抑止のために核戦力に新たな焦点を当てているようであるが、核戦力はエスカレーション抑制のための万能薬ではない。地域の同盟国及びパートナー諸国とともに通常戦力の優位性を確保することはエスカレーションを抑制し、挑発への対応のより実際的なオプションを提供する。米中間の戦略的競争は冷戦時の米ソ関係とは構造が異なるため、アジアの同盟諸国の通常戦力は、誤解を招いて中国の指導者の判断を誤らせる可能性もある対抗力の獲得を目指すのではなく、拒否的抑止戦略、戦術に焦点を当てるべきである。これらには、高度な共同ミサイル防衛戦略、海上拒否戦略、対潜戦など、潜在的な挑戦者により高いコストを課するような、先進的な軍の運用の概念が含まれる。より優れた相互運用性を備えた通常戦力による拒否的抑止機能に投資することは、アジアにおける抑止態勢を改善するのみならず、米国とパートナー諸国が重要な情報を共有し、危機を封じ込めるのに役立つ適切な対策を選択することにも資する。
(7) 2018年の米国防戦略は、同盟ネットワーク強化の重要性を強調している。これは地域の安全保障環境に対する理解を高め、選択肢とツールを拡大することによって、地域の潜在的な敵に対し米国を支援するということである。この地域の同盟国は、その拡大抑止の構造を維持強化し、敵に対するエスカレーション抑制を担保すべく米国の存在に目を向けているが、米国はもはやその負荷に耐えることができず、より多くの負担を共有し、相互運用性のレベルを高めるよう求められている。さらに核保有した敵に勝つために、米国とその同盟国及びパートナー諸国は限られた資源を賢く活用し、パートナー間の脅威認識のギャップを埋め、朝鮮国が挑発のために負担しなければならないコストを増加させるべく同盟間のISR能力と通常戦力による拒否的抑止能力の強化にもっと投資すべきである 。
記事参照:A better regional defense posture for the US and its allies

2月16日「米比協定廃棄通告と南シナ海紛争への影響―香港紙報道」(South China Morning Post, February 16, 2020)

 2月16日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“Ending Philippines-US military pact will affect South China Sea disputes: analysts”と題する記事を掲載し、Duterte比大統領による「訪問米軍に関する地位協定」の破棄通告が南シナ海紛争に及ぼす影響について、要旨以下のように報じている。
(1) Duterte比大統領は2月11日、「訪問米軍に関する地位協定」(以下、VFAと言う)の破棄を通告した。この通告は、Duterte大統領が南シナ海における北京の行動に対処する上でマニラとの軍事協力を重要と見なすワシントンから譲歩を引き出すための駆け引き、というのが大方の見方であった。しかしながら、Trump米大統領は、協定廃棄に全く懸念を示さず、「フィリピンが廃棄を望むなら、別にかまわない。多額の出費が節約できる」と語った。米国は、2016年から2019年の間、フィリピンに対する軍事援助として、アジア諸国に対する援助としては最大の5億5,000万ドルを供与した。
(2) VFAは米比防衛関係を律する3本の協定/条約の1つ―他の2つは相互防衛条約と防衛協力強化協定(EDCA)―で、専門家は、VFAがなければ、他の2つも事実上無効になると警告している。そして専門家は、たとえDuterte大統領のイニシアチブとはいえ、マニラとの関係悪化はこの地域に対する安全の保証国としてのワシントンの地位に悪影響を及ぼしかねないと警告している。Amy Searight 元南・東南アジア担当米国防次官補代理(現Centre for Strategic and International Studies上級顧問)は、「協定を終了させようとするTrump大統領の意向は、確実に米国の信頼性を損ねる。同盟関係を否認することは、東南アジアにおける米国のイメージを悪くする」と指摘している。
(3) 米国にとって、南シナ海の係争海域における中国の主張に対抗する上で、フィリピンは重要な同盟国である。ワシントンにとって、米比条約体制の崩壊は南シナ海における戦力投射のための重要な拠点を失うことを意味しよう。米国は、オーストラリアのダーウィン、グアム及び沖縄に前進拠点を持っているが、フィリピンにおける米軍のプレゼンスは南シナ海に直接面したプレゼンスであり、「自由で開かれたインド太平洋」に向けたワシントンの戦略にとって不可欠であると見なされてきた。米シンクタンクRand CorporationのDerek Grossman上級分析員は、Trump大統領のコメントは米比同盟体制を危うくしかねないとし、「もし相互防衛条約体制が崩壊すれば、それは中国にとって大いなる勝利となろう。そしてこのことは、ワシントンの他の同盟諸国やパートナー諸国に対して誤ったメッセージ―すなわち、中国に対抗するに当たって、これら諸国は米国の支援を当てにはできない―を送ることになり、したがって、今後数年の内にインド太平洋における米国のプレゼンスの価値が疑問視されるようになろう」と警告している。上海社会科学院国際問題研究所の李開盛研究員は、中国の環球時報紙への寄稿で、協定の廃棄によってマニラが北京に「引き寄せられる」ことはなく、むしろ南シナ海紛争にインパクトを及ぼすと見て、「ワシントンは、いわゆる航行の自由作戦と称して軍艦を派遣したり、ベトナムを含む他の領有権主張国との合同軍事演習を実施したりするなど、様々な手段を通じてこの地域の問題に干渉してきた。VFAがなければ、南シナ海紛争に対する米国の干渉は制約されることになろう」と述べている。
(4) 米国は現在、フィリピンに常時500~600人の兵力を展開させている。Lorenzana比国防相は、協定が正式に廃棄されるまで180日間あり、5月に予定されているBalikatan米比合同軍事演習は計画通り実施されるが、「協定が廃棄されれば、我々は米軍との演習を止めることになろう」と語った。他方、ワシントンとマニラの関係が疎遠になれば、他の東南アジア諸国、特に北京との南シナ海領有権紛争当事国はワシントンとの関係を見直す可能性がある。シンガポールのS Rajaratnam School of International Studies のCollin Koh研究員は、シンガポールは米国にとって重要な防衛パートナーであるが、インドネシアとベトナムが米国とのより緊密な軍事協力を求める可能性があるとして、「1990年代におけるフィリピンの米軍基地閉鎖を契機に、シンガポールは米国にチャンギ海軍基地へのアクセスを認めた。以来、シンガポールはこの地域における米国の軍事プレゼンスに対する熱心な支援国となってきた」ことを指摘している。オーストラリアは、フィリピンとの間でVFAを締結しており、これまで日本とともに米比合同軍事演習に参加してきた。比軍のSantos参謀総長は、米国との協定が終了すれば、これら域内諸国との軍事関係を強化していくことになろうと語っている。
(5) 他方、一部の専門家は、Trump 大統領もDuterte大統領も外交問題についてソーシャルメディアで過激な発言をすることで知られており、両者の軋轢はアジアで最長の軍事パートナーシップの1つである米比軍事関係の崩壊をもたらすことにはなりそうにもないと見ている。前出のCollin Koh研究員は、マニラの安全保障関係者はDuterte大統領の廃棄通告を支持しておらず、したがって米比軍事関係が継続されるであろうとして、「米比両国間の防衛関係は、何回もの政権交代にも存続してきた、長年にわたって深く根付いてきた関係である。VFAの終了がこうした緊密な両国の軍事的絆を崩壊させるとは想像し難い」と語っている。
記事参照:Ending Philippines-US military pact will affect South China Sea disputes: analysts

2月17日「ニュージーランド国防軍、水陸両用戦能力を拡充―英専門家論説」(The Strategist, 17 Feb 2020)

 2月17日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウェブサイトThe Strategistは、英University of Portsmouthのacademic support services 部長Steven Pagetの“The New Zealand Defence Force’s expanding amphibious capability”と題する論説を掲載し、ここでPagetはニュージーランド国防軍の水陸両用戦能力向上は同国の防衛力強化にとって死活的に重要であるだけでなく、気候変動に伴う人道支援、災害救援等において極めて有意であるとして要旨以下のように述べている
(1) キウィは飛べないことで有名である。しかし、同時にニュージーランド政府が発行した同国国防軍(以下、NZDFと言う)に期待される組成と任務の双方に関する多くの文書によって水の上でも機敏であることでよく知られているかもしれない。NZDFの水陸両用戦能力の拡大強化は、ニュージーランドにとって死活的である。しかし、その利益はより広く太平洋地域、さらにそれ以遠にまで及ぶ。水陸両用戦能力の価値は早くから認識されていた。しかし、NZDFは可能性のある要求全てに適合する適応力に欠けていた。増大する水陸両用戦の必要性は不足する事項を是正する計画を加速してきた。2013年、NZDFは「『統合水陸両用戦任務部隊』を中核に、国防軍は水陸両用軍事作戦を遂行し、本国および海外における緊急事態に対応し、拡充された戦闘機能をもってNZDF単独で、あるいはより広範な連合を結ぶことで陸上戦力および海上戦力を投射し、維持できるようになるだろう」と述べている。
(2) その第1段階は多目的艦Canterburyの通信システムの能力を向上させ、2022年までに同艦が「展開する水陸両用戦の基地」として機能し、陸海空部隊と同時に通信を実施できる十分な能力を提供できるようになるだろう。Anzac級フリゲート2隻の能力向上もカナダで実施されつつある。しかし、実質的な進展は将来の調達計画の結果である。2020年後半に追加予定の輸送艦導入は、並行して実施される作戦の実施を可能にし、より能力のある艦艇導入への道筋となる。ドック型揚陸艦はCanterburyよりもはるかに輸送能力があり、加えてウェルデッキ、医療施設、計画作業室、自艦防御能力を有する。ドック型揚陸艦はより困難な海域で、厳しい気象条件下でも作戦でき、ヘリコプター、遠隔操縦されている航空機、特殊戦部隊の展開を支援できる。計画されている陸軍の増強もまた、水陸両用戦に大規模な部隊を輸送する能力を強化するだろう。加えて、Canterburyが2030年以降に退役することに伴い、水陸両用戦能力向上継続を確実にするため、より能力のある艦艇と交替することになろう
(3) これらの進歩は重要であり、適切な時期にきている。オーストラリアのより進んだ水陸両用戦能力との同時開発は協調と相互運用性への明確な道筋を提供している。ニュージーランドの「進展する戦略環境」は、同国の水陸両用戦能力を強化することの重要性を強調している。気候変動は、それによって引き起こされる「より一層の人道支援と災害救援、安定化作戦、捜索救難任務」を含む政治的効果を考慮するとニュージーランド政府にとって特に懸念材料である。NZDFがより頻繁、かつ同時に気候変動によって引き起こされる事象への関与に直面するかもしれない。それは資源を目一杯使用することになり、他の要求への即応性を減退させるかもしれない」と同政府は述べている。ウェリントンのPacific Reset政策は、関与に重点を置いており、より大きな水陸両用戦能力は関与していくために重要であろう。Australian National UniversityのJohn Blaxlandは、オーストラリアが調達した2隻のヘリコプター搭載ドック型揚陸艦を太平洋における「駆け引きを変化させるもの」として述べている。人道支援:災害救援・安定化作戦に物資と人員を輸送する能力が増大することを考慮すれば、ニュージーランドの水陸両用戦能力強化は同国にとって極めて重要であり、南太平洋にとって大きな利益をもたらすだろう。最近の文書は「同様の考えを持つ」協調国と作業することの重要性を強調しており、強化された海上輸送および水陸両用戦能力はその協調の重要な要素となるだろう。
(4) NZDFの水陸両用戦能力を強化することに対する有力な正当化の主張はある。しかし、「水陸両用」の概念はその効果を最大化するために自らのものとして受け入れられる必要がある。水陸両用戦の考え方は洗練され、保持される必要がある。成熟した水陸両用戦のものの考え方への移行は重要で、必要な段階であろう2年に1度実施されるSouthern Katipo演習、2016年に開始されたJoint Waka演習は考え方を返還するのに役立ってきた。しかし、部隊の増強はその過程が継続的に拡大され、質を高める必要がある。
記事参照:The New Zealand Defence Force’s expanding amphibious capability

2月17日「米国とその同盟国は自由民主主義を守らなくてはならない―米専門家論説」(South China Morning Post.com, February 17, 2020)

 2月17日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、米シンクタンクCenter for American Progressの国家安全保障および国政政治担当副理事長Kelly Magsamenの“Whether Trump wins or loses the election, the Asia-Pacific needs a democratic defence against China”と題する論説を掲載し、ここでMagsamenは中国が世界秩序の再構築を模索する中、米国とその民主主義の同盟国はアジア太平洋地域での価値観を積極的に守らなければならないとして要旨以下のように述べている。
(1) 中国は、ASEAN及びオーストラリアを含む米国の主要同盟国の最大の貿易相手国である。ワシントンは、TPP(Trans-Pacific Partnership:環太平洋パートナーシップ)からの撤退と代替の地域経済ビジョンの欠如によって困難な状況となり、中国が急激に台頭している、ちょうどその時に後退した。
(2) 我々は、アジア太平洋における米国の政策にとって重要な時期にいる。第二次世界大戦後のリベラルな国際秩序は、もはや持ちこたえられない。中国の軍事的脅威に効果的に対処するために、米国は、同盟戦略、つまり同盟国が我々と努力するのと同じように同盟国同士でも努力する地域計画が必要である。米国の最大の戦略的資産の1つは、世界に広がる同盟システムである。Trumpはこのシステムに対してストレステストを行っている。安全保障の負担を共有するための粗雑な取引のアプローチを採用することによって、彼は最悪のタイミングでこれらの関係に損害を与えている。
(3) しかし、米国の同盟に関する問題はTrumpをはるかに超えている。この地域の多くの国々が、米国と連携することの価値を疑問視している。本当に問題があるときに米国がそこにいるかどうか、そしてその恩恵が中国との緊張関係に値するかどうかを彼らは問うている。米国とその同盟国は、これらの同盟がどんな目的に役立つかを再考する必要がある。
(4) ASEANや国連などの地域的及び国際的な組織内の能力と政治的意志の課題を考えると、多国間主義の将来は、志を同じくする国家間のより特別な協定になる可能性が高い。近年の米国の政策は、オーストラリアと日本をはじめとした最も有能な同盟国を三国間協定と4カ国安全保障対話に関与させようとしている。これらの協定により、行動とはるかに強固な連合が可能になる。
(5) 民主主義及び多国間主義における強力なリーダーシップがなければ、中国は権威主義を優先させる方向に国際秩序を向ける行動の自由を得ることになるだろう。今世紀がさらに進むにつれ、米国とその民主的な同盟国はアジア太平洋地域やその先まで、リベラルな民主主義的価値観を支持し守るために、より競争的なアプローチをとらなければならない。我々は、中国だけでなく権威主義の高まりに対して民主主義の防塁をつくる必要がある。
(6) 中国は、非自由主義的な方向にグローバル・ガバナンスを形成しようとしている。中国研究者Melanie Hartが指摘しているように、そのビジョンは、「権威主義的ガバナンスの原則に基づいたシステムであり、国々は共通の規則や基準に従うのではなく、二国間で問題を交渉する。自由民主主義的国家の観点から、北京がそのビジョンをもたらすことに成功した場合、世界はより自由でなくなり、より豊かではなくなり、より安全ではなくなる」。地域の民主主義国家はこれを認め、我々の集団的優位性をより明確に認識する必要がある。普遍的な権利と民主的自由を推進するという持続的な米国と国際上の圧力がなければ、権威主義的政府は支配の境界をさらに押し進めるだけである。無視することができないこの競争には、強烈なイデオロギー的側面がある。
(7) 米国とその同盟国間のより綿密な協力がなければ、我々を犠牲にして、中国は自身が望むその秩序を形成するために介入する。我々は、アジアの民主主義がこれ以上縮小しないことを確実にし、「力」が正しくなることはないことを証明し、個人の自由を守るように行動しなければならない。これには、デジタル領域での個人の表現の自由を確保し、法の支配を支持し、国際紛争の平和的な解決を推進するために、地域の民主主義国家の間での集団的行動が必要である。
(8) Trumpが11月3日の選挙で勝つか負けるかに関係なく、この地域の変化する安全保障、経済的及び政治的ダイナミクス、そしてそれらが引き起こす厳しい難題は米国の政策立案者と同盟国に差し迫っている。米国とその同盟国は、その価値観と繁栄が現在及び将来の変化に耐えることができるアジア太平洋の共通のビジョンを定義するために、共に取り組む必要がある。
記事参照:Whether Trump wins or loses the election, the Asia-Pacific needs a democratic defence against China

2月18日「インドネシア海上保安機構の設立とその課題―インドネシア紙報道」(The Jakarta Post.com, February 18, 2020)

 2月18日付のインドネシアの英字日刊紙The Jakarta Post電子版は、“Bakamla vows to increase presence in strategic waters”と題する記事を掲載し、新しく設立されたインドネシア海上保安機構は、その海域の法執行の強化と関連機関の調整を目的としているとして、要旨以下のように報じている。
(1) 新たに発足したインドネシアのMaritime Security Agency(以下、Bakamlaと言う)の長官Aan Kurnia中将は、紛争の激しい南シナ海付近の資源が豊富なナツナ諸島周辺を含む、同国の戦略海域においてこの機関のプレゼンスを高めることを誓い、それが目下の彼の優先事項の1つであると述べている。2月12日に彼はまた、他の海洋関係者との調整と相乗効果を改善することを、インドネシアのJoko Widodo大統領の前で誓いを立てた。これは、その活動を支援するBakamlaの人的資源、兵器システム及び警備船艇の不足の克服に役立てるために必要だと彼が判断した方策である。
(2) 専門家たちは、インドネシア海域での安全保障及び法執行の維持には、複数の政府機関と行政の部局が関与していたため、それらの調整こそがAanが直面する最も困難な問題の1つだろうと述べている。Indonesian Institute of SciencesのCenter for Political Studies研究教授Dewi Fortuna Anwarは、この新しいBakamla長官は、Maritime Affairs and Fisheries Ministry、海軍、水上警察部隊といった海洋活動に関して重複する機関と一緒に複数の利害関係者たちの舵取りを行う必要があるだろうと述べた。「主な課題は(他の機関の)政治的意志である。もし大統領が命令を下せば・・・Bakamlaは(他の機関の)支援によってより強くなるはずである」とDewiは述べた。海洋安全保障のパトロールや活動に不必要に浪費しないようにするために、利害関係者間のより大きな協力と相乗効果もまた重要だった。Bakamlaは、同国海域の法執行を強化するだけでなく、この国の海洋部門に関与する多くの機関の間の架け橋として、2014年12月に2014年の海事法に基づいて設立された。大統領は、Aanの任命がこの国の海洋権益を確保するための単なるコーディネーターの取り組みというよりもむしろ、プロフェッショナルの沿岸警備隊になることへの実現にさらに一歩近づけるという自信を最近表明した。
(3) 最近の中国海警と漁船による、北ナトゥナ海のインドネシアの排他的経済水域への侵犯は、強力な法執行機関によるパトロールが足りないために、外国船がインドネシアの海域に違法に入ることが如何に容易であるかを示しているとDewiは述べている。Dewiは、Bakamlaにそのパートナーと連携して効果的な法執行業務を実施するよう求めた。軍事評論家であるAnton Aliabbasは、海洋安全保障に関する一括法案という最近提案されたアイデアを通じて、インドネシアの海域で重複する規制と機関に対処するよう政府に促した。
記事参照:Bakamla vows to increase presence in strategic waters

2月20日「オーストラリアはインド太平洋概念を西方へ拡張せよ―豪安全保障専門家論説」(The Interpreter, February 20, 2020)

 2月20日付の豪シンクタンクLowy InstituteのウェブサイトThe Interpreterは、Australian National UniversityのNational Security College研究員David Brewsterの“Australia can’t continue to divide the Indian Ocean in two”と題する論説を掲載し、ここでDavid Brewsterは近年の動向に鑑みてオーストラリアは、従来のインド太平洋概念を拡張し、インド洋東部だけでなくインド洋西部をも含めることの重要性について要旨以下のとおり述べている。
(1) オーストラリアによる「インド太平洋」の定義は、2017年の外交白書に見られるように、現在、太平洋の大部分とインド洋東部を指し、インド洋西部(ペルシャ湾や中東地域およびアフリカ東岸を含む)についてはこれを除外している。しかしこれはもはや、現時点において有用な定義とは言えず、曖昧なやり方でも構わないので、インド洋西部を「インド太平洋」概念に含めるべきである。
(2) 既存のインド太平洋概念は、それが定義された時点では意味のあるものであった。それは米国による定義とほぼ一致しており、またインドや東南アジア諸国に対するオーストラリアの関心の高さを反映していたためである。しかしそれは逆に、中東地域やインド洋西部に対する関心の低さも反映していたのであり、太平洋島嶼部で起きているような、影響力をめぐる中国との争いが同地域でも生じていることに鑑みれば、インド洋全域をふたつに分断することはオーストラリアの利益とならない。
(3) 実際、インド太平洋に利害を有するオーストラリアのパートナー諸国は、そのインド太平洋概念に、アフリカ東岸へと至るインド洋西部を含めつつある。インドのS. Jaishankar外相は最近そのようなビジョンをはっきりと示したし、従来インド洋を東部と西部に分けて認識していた米国も2020会計年度国防授権法において、「西インド洋」(インド洋西部とアラビア海およびその周辺地域)における米印軍事協力を規定することで、従来の東西の区別を曖昧なものにした。現在その地域は、米インド太平洋軍、米中央軍、米アフリカ軍という3つの統合軍の管轄下に置かれる、曖昧で柔軟性を持つ地域である。フランスや日本もインド洋西部における関与を深めている。
(4) 現在インド洋西部の島嶼諸国(モルディブやセーシェル、マダガスカル、コモロなど)やアフリカ東岸で、オーストラリアが太平洋で目にしてきたような中国の影響力拡大が見られる。オーストラリアの友好諸国はそれに対抗し、インド洋西部への関与を深めているのだ。オーストラリアは、こうした中国の影響力拡大抑止の努力を支援する姿勢を見せるべきであろう。もちろんオーストラリアができることは限られているし、必ずしも軍事的プレゼンスを強めればいいというものではない。むしろ海軍力に関しては本土近くに配備したほうがよいであろう。
(5) 有用な選択肢として、たとえばインド洋委員会(Indian Ocean Commission:マダガスカル、セーシェル、コモロ、モーリシャス、レユニオン島から構成される)などの地域グループに参加することである。実際、同委員会はオーストラリアがオブザーバーとして参加することを期待している。こうした行動を通じて、わずかであっても政治的・外交的支援を続けることが、長期的に見て影響力を確保するのに妥当な手段であろう。いまやオーストラリアは、厳密でなくとも構わないのでインド太平洋概念を拡張し、インド洋西部へのコミットメントを少しずつ深めていくべきである。
記事参照:Australia can’t continue to divide the Indian Ocean in two

2月20日「米国との関係が弱まる中でフィリピンは、カンボジア、インドネシア、ベトナムのいずれの防衛モデルに倣うべきか?―比研究者論説」(South China Morning Post.com, February 20, 2020)

 2月20日付の香港英字日刊紙South China Morning Post電子版は、Asia-Pacific Pathways to Progress Foundation研究員、University of the Philippines Korea Research Centre研究員、Ateneo de Manila University, Chinese Studies Programme講師を兼務するLucio Blanco Pitlo IIIの“Cambodia, Indonesia, Vietnam – which defence model will Philippines follow as US ties wither?”と題する論説を掲載し、ここでPitlo はフィリピンには近隣諸国のような中国との関係のいずれのモデルも適さず、米国はフィリピン巧みに導いていく必要があるとして要旨以下のように述べている。
(1) 米国との軍事面での同盟関係から退いていく中で、比政府はカンボジアに追従して中国に近づいていくかもしれない。あるいは海洋紛争や中国からの投資への不安を考えた場合、フィリピンにとってはインドネシアの非同盟路線あるいはベトナムの自衛強化路線に倣った方がよいのだろうか?
(2) 過去70年間、フィリピンと米国との同盟は多くの紆余曲折を辿ってきた。様々な論議はあるが、伝統的安全保障、テロ対策、災害救援等々において時代の要求に応じてきた。米比関係におけるこれまで最大の衝撃として、冷戦終焉に伴っての米軍基地閉鎖がある。しかし、「20年に及ぶ訪問部隊地位協定(Visiting Forces Agreement)を終了するかもしれない」とする2月のRodrigo Duterte大統領の表明は両国の戦略に永続的な影響を与え、同盟を侵食するもっと大きな事態を招く可能性がある。この措置によって米国の「航行の自由」作戦が取り止めとなる可能性は低いが、南シナ海での事象に対する米軍の即応と縦深配備態勢を損なう可能性はある。問題はフィリピンがそれらを望んでいるか否かである。フィリピンにとって、米国との同盟関係は防衛政策の要であったはずだが、最近の出来事はそれを疑わしいものとしている。1995年の中国によるミスチーフ占拠はフィリピンからの米軍撤退がもたらしたものかもしれない。しかし、17年後に生じた中国によるスカボロー礁奪取も同盟は阻止することができなかった。また、中国による南シナ海での人工島建設はハーグ仲裁裁定の間も米国は何もしなかった。
(3) そのようなことがあるにせよ、米比同盟を過小評価してはならない。米国はフィリピンに対し、2016年から2019年までの間に5億5,455万米ドルに相当する安全保障関連の支援を提供してきた。また、米国は今後2年間でフィリピン軍の航空機、装備、インフラ整備のために2億米ドル以上を提供する計画である。軍事同盟を希薄なものとすれば、経済関係も損なわれる可能性がある。米国はフィリピンにとって第3位の貿易相手国であり最大の輸出市場である。フィリピンは米国への輸出において関税優遇措置を享受しており、対米貿易において3億7,198万米ドルの貿易黒字となっている。
(4) 仮に米比同盟が希薄なものとなった場合、フィリピンにはカンボジアのように中国追従に切り替えるか、インドネシアのような非同盟路線を取るか、あるいはベトナムのように防衛力強化政策を取るかの選択肢があるだろう。フィリピンにとっては、中国との間に海洋紛争と負債がある限り中比の安全保障協力の可能性は低いだろう。Duterte大統領の複数回に及ぶ中国への訪問はあるものの、フィリピンでは中国に対する抵抗感が潜在しており、カンボジア方式の選択肢はないだろう。インドネシアのような非同盟姿勢はどうか。フィリピンが非同盟運動への道を開いた1955年のインドネシア・バンドンでのアジア・アフリカ会議の本格的なメンバーになったのは、1993年の米軍基地の閉鎖後のことである。フィリピンには、インドネシアの非同盟選択肢を非現実的なものと見做してきた過去がある。冷戦の終結に伴い幾分薄れてきたものの、東南アジア諸国連合のすべての加盟国は、米中のライバル関係がエスカレートする中で、覇権と大国のパワーポリティックスを否定することの有用性を維持するだろう。第3の選択肢としてのベトナムの政策に従うことはどうか。そこでは、軍事同盟を作らず外国の軍事基地を提供することもない。この選択肢では多額の国防費が必要となる。1996年以降、フィリピの国防費はGDPの2%を超えたことがない。2018年の国防費はGDPのわずか1.1%であった。フィリピンは、領海と排他的経済水域の安全を保障するためには海軍と空軍の能力を向上させる必要がある。米国との同盟関係を小規模なものとすることにより、フィリピンの安全保障上の懸念は大きなものとなるだろう。フィリピンにとって、独立以来の同盟国との断絶は、海図のない海に乗り出すことを意味している。大国にとってはフィリピンの行く先を巧みに誘導することが重要である。
記事参照:Cambodia, Indonesia, Vietnam – which defence model will Philippines follow as US ties wither?

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) Prospects for the South China Sea in 2020
https://amti.csis.org/prospects-for-the-south-china-sea-in-2020/
Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, February 14, 2020
Lucio Blanco Pitlo III, a Research Fellow at the Asia-Pacific Pathways to Progress Foundation, Lecturer at the School of Social Sciences at Ateneo de Manila University
2月14日、フィリピンのシンクタンクAsia-Pacific Pathways to Progress Foundation研究員でAteneo de Manila Universityの講師であるLucio Blanco Pitlo IIIは、CSISのウェブサイトAsia Maritime Transparency Initiative に“Prospects for the South China Sea in 2020”と題する論説を寄稿した。ここでPitloは、①2020年においては、中国が南シナ海に重要度を置くか、そして近隣の沿岸諸国が、係争海域での中国による行動と提案にどの程度反発するかが重要である、②2013年のフィリピンによる仲裁裁判の開始と2016年のハーグ常設仲裁裁判所による裁定を除いて、南シナ海が北京の外交政策の課題の上位を占めたことはない、③対照的に、他の6カ国の権利主張国にとってこの海洋の争いは、最も差し迫った安全保障及び外交政策の優先事項であることを意味する、④この非対称性は、最大の権利主張国が他の紛争当事国に譲歩し交渉する意欲を刺激する可能性があり、これは他の大国の介入なしで問題を解決するという中国の意図と調和するが、南シナ海が次第に大国間競争の舞台として浮上しているため、この対話への準備は必ずしも他の海洋大国に及ぶとは限らない、⑤中国は自らの主張を伝え、国際的なシンクタンクと一般大衆関心を掴むことにより積極的に関わっているようである、⑥一方で、他の権利主張国にとってこの紛争の優先度が高いということは、彼らの利益を守るために、防衛、外交及び法的手段の広い領域を使い尽くすことを意味する、⑦中国の行動によってもたらされる脅威の性質と中国との経済関係の度合いは、ここで考慮すべき重要な変数である、などと論じている。
 
(2) South China Sea of brewing troubles and its implications for India
https://moderndiplomacy.eu/2020/02/18/south-china-sea-of-brewing-troubles-and-its-implications-for-india/
Modern Diplomacy, February 18, 2020
Mona Thakkar, Journalist based in Mumbai
2月18日、インドに拠点を置くジャーナリストのMona Thakkarは、Modern Diplomacyに、" South China Sea of brewing troubles and its implications for India "と題する論説を発表した。ここでThakkarは、中国の岩礁埋め立てなどで注目を集める南シナ海の領有権問題を取り上げ、最近、インドネシアやマレーシアが中国への対抗措置を見せる一方、フィリピン、カンボジア、ブルネイが公然と中国に接近したことを受けて、米国は南シナ海での中国の暴挙に最も声高に反対しているベトナムに歩み寄ろうとしていると指摘している。そして、インドは、中国の南シナ海における言わばフーリガン行為に対するインドネシアとマレーシアの欲求不満を解消し、防衛協力を強化する共通の名分を見出す可能性があるとして、同問題におけるインドの重要性を強調した上で、最後に、ASEANは戦略的同盟国である米国と主要貿易相手国である中国との間の微妙な動きを管理しているかどうかが問われることになるので、今年のASEAN議長国であるベトナムがASEAN各国の経済的・戦略的優先事項のバランスをとりながら、南シナ海問題をどのように処理しているか興味深いと、締めくくっている。
 
(3) Take Greenland Seriously and Literally as a Vital National Security Issue
https://www.lawfareblog.com/take-greenland-seriously-and-literally-vital-national-security-issue
Lawfareblog.com, February 20, 2020
David Priess, the Chief Operating Officer of the Lawfare Institute
Martijn Rasser, a senior fellow at the Center for a New American Security
2月20日、豪Lawfare InstituteのDavid Priessと米シンクタンクCenter for a New American SecurityのMartijn Rasserは、豪Lawfare Instituteのブログに、" Take Greenland Seriously and Literally as a Vital National Security Issue "と題する論説を発表した。ここで両名は、昨今のTrump米大統領とデンマークとのやり取りで注目を集めた、グリーンランドの国防・外交政策上の重要性について取り上げ、グリーンランドの埋蔵レアアースの存在や地政学的価値、特に北極の海氷の融解による新航路とグリーンランドとの関係などを論じた上で、中国のグリーンランドに対する戦略的野心への警戒の必要性を説き、最後に、グリーンランドを購入するという米国の幻想はさておき、ホワイトハウスと議会はグリーンランドの経済的多角化と拡大を支援する方法を検討し、そこでの米国の軍事プレゼンスを強化し、包括的な米国の北極戦略の一環として、すべての人々のニーズを満たす開発ロードマップを設計するためにデンマークとグリーンランドと協同すべきであると主張している。