海洋安全保障情報旬報 2020年1月1日-1月10日

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1月1日「ハンバントタ港に関わる対中債務の実態―スリランカ経済専門家論説」(The Diplomat.com, January 1, 2020)

 1月1日付けのデジタル誌The Diplomatは、スリランカの経済専門家Umesh Moramudaliの “The Hambantota Port Deal: Myths and Realities”と題する論説を掲載し、ここで Moramudaliはスリランカのハンバントタ港に関わる対中負債の実態について要旨以下のように述べている。
(1) ハンバントタ港に関する中国との協定はスリランカに対する中国の「債務の罠」の象徴として広く取り沙汰されてきたが、誤解も多い。まず、この協定は、中国が同港のリースと引き換えに債務を帳消しにする、「債務株式化」(a debt-equity swap)とされるが、実態はそうではない。スリランカ政府は依然、同港を建設するために中国輸出入銀行からの5件の借款の返済義務を負っている。従って、同港のリースは「債務株式化」と解釈することはできない。同港の株式の70%を11億2,000万ドルで中国招商局港口控股有限公司(以下、CM Portと言う)に99年間リースしたというのが実態で、港湾建設の債務が相殺されたわけではない。そしてこの資金はスリランカの短期対外債務の一部の返済に充当された。スリランカの閣議は2017年8月に、官民連携プロジェクトとしてハンバントタ港を運営するために、CM Portと協定を結ぶことを決定した。その結果、株式の残り30%はThe Sri Lanka Ports Authority(以下、SLPAと言う)が所有し、港湾の所有権はスリランカ政府が持つが、商業港はCM PortとSLPAと協同で運営される。リース協定締結時、ハンバントタ港の資産総額は14億ドルと評価された。
(2) スリランカがハンバントタ港建設に伴う対中借款を返済できず、その結果同港を中国に引き渡したというのが大方の共通した見方であった。しかしながら、スリランカ政府がCM Portとの間でリース協定を締結した時点では、港湾建設のための中国輸出入銀行からの借款の(利息を含めた)分割支払額は、スリランカ全体の対外債務返済額の5%以下であった。更に、この時点では、同港建設プロジェクトの第2段階の借款返済はまだ始まっていなかった。対外債務返済におけるより深刻な問題は、2019年に対外債務返済額の40%に達した、「ソブリン債」(政府や政府関係機関が発行あるいは保証している国債などの債券)の満期であった。
(3) 2007年から2014年にかけてハンバントタ港建設のために当時の政府が受け入れた借款は5件(燃料補給施設建設プロジェクト用の借款を除く)で、その総額は12億6,300万ドルで、低利の借款もあったが、一部の利率は最高6%であった。しかも、借款の元金回収期間は長くなく、その結果、支払い猶予期間終了後の分割支払額は高額となった。こうした状況から、スリランカがハンバントタ港建設のための負債返済ができず、中国が同港を取得したと主張することは正しくない。このことはしばしば「港湾取引」として非難されてきたが、実際には港湾建設のための借款とは別のリース協定で、リース協定から得られた資金はスリランカの外貨準備高に組み込まれ、中国への債務返済には使われなかった。同港が中国に99年間リースされたが、対中負債が帳消しになることはなかった。港湾所有権の変動もなかったが、港湾運営の重要部門をCM Portが担うことから、港湾収入の大部分もCM Portが手にすることになろう。
(4) ハンバントタ港のリースは、中国の「債務の罠」を証拠立てるものではない。むしろ、それはスリランカが直面している対外問題における危機の反映といえる。これは、中国の「債務の罠」以上に深刻な問題で、対外貿易の減少、持続的な双子の赤字(貿易赤字と財政赤字)そして「中所得国の罠」という遙かに大きな危機を反映したものである。しかしながら、こうした事実は国が財政再建を緊急課題としている時期に港湾建設のために高金利の借款を利用するという、前政権の決定を正当化するものではない。ハンバントタ港の稼働は、建設プロジェクトのために受け入れた借款に匹敵する十分な収入を生み出していない。同港は、建設プロジェクト第1段階の完成を受けて2011年に稼働したが、2016年までは損失を計上してきた。国会の委員会への報告によれば、同港がCM Port に委ねられる前の2016年末時点での同港の累積赤字は、467億スリランカ・ルピー(約3億ドル)であった。その後、日本郵船との間でターミナル・サービス協定(TSA)を締結した。その結果、ハンバントタ港は、ローロー船、ばら積船、液体燃料運搬船などの寄港が活発化し、2019年には荷役量100万トンを達成した。
(5) 留意すべきことは、スリランカ政府は依然として、ハンバントタ港プロジェクトに関わる借款返済額として、毎年1億ドル余の支払をしなければならないということである。 債務返済は財務省・財務計画省の責任だが、同港から得られる収入は政府の財政的な制約を考えれば、不可欠の収入源である。ハンバントタ港がCM Port にリースされて以来、同港の荷役取扱量が拡大したことは事実である。しかしながら、同港が債務返済を支えるに十分な収益を上げられるか、あるいはスリランカの対外収支バランスを支えるに十分な外貨流入をもたらすか、いずれにしても未だ先行き不明である。
記事参照:The Hambantota Port Deal: Myths and Realities

1月2日「南シナ海紛争におけるインドネシアの対中姿勢の変化―香港紙報道」(January 2, 2020, South China Morning Post)

 1月2日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“How Indonesia’s South China Sea dispute with Beijing could lead to tough Asean stance on code of conduct”と題する記事を掲載し、南シナ海におけるインドネシアの領海への中国船の侵入により、インドネシアは紛争解決に対してより厳しい方針を採る可能性があるとして要旨以下のように報じている。
(1) 紛争中の南シナ海に近いインドネシアの領海での中国の活動に対するジャカルタの最新の抗議は、1月2日に北京によってはねつけられた。中国外交部は、インドネシアの排他的経済水域内のナツナ諸島の領海に中国海警が違法に侵入したという非難を認めなかった。中国の姿勢は、国連海洋法条約を含む国際法と一致していたと、外交部報道官の耿爽は記者会見で述べた。インドネシアの外務省は、その排他的経済水域における中国の権利主張は中国の船団がそこで長らく漁業を行っていたという根拠に基づいており、「法的根拠がない」、そして「国連海洋法条約で決して認められるものではない」と非難した。この声明はナツナ諸島のインドネシア領海に海警を違法に送った北京を非難したジャカルタからの別の抗議に続いて発出された。ジャカルタは、ナツナ諸島周辺の漁業権をめぐって北京と繰り返し衝突し、中国の漁師を拘束し、そこでの軍事的プレゼンスを拡大した。
(2) Australian National Universityで東南アジアの安全保障を専門とするGregory Raymondは、「ここで目新しいのは、中国の『歴史的権利』が、国連海洋法条約、特に2016年の(フィリピンへの)裁定と一致していないと、(インドネシア外務省が)如何に明確に言及しているかということである」と述べている。
(3) ジャカルタのCentre for Strategic and International Studies Indonesia上級研究員Evan Laksmanaはインドネシアのこうした積極性が実現するまで時間がかかったとして、「インドネシアはこれまで、中国のその海域への侵犯に対して抑制と忍耐を用いてきた。しかし、海洋での事件が何度も発生し、中国の当局者たちは国際法で違法とみなされる歴史的な漁業権を強く主張し続けている。これに関連してジャカルタの我慢が限界となった可能性がある」と述べている。
(4) 米シンクタンクRAND Cooperationの上級国防アナリストDerek Grossmanは、中国の漁業活動はナツナ諸島で継続される可能性が高く、他に選択肢がなければ、インドネシアはこの地域の海上パトロールと法執行を改善する方法を見つける必要があるだろうと述べた。「そうは言っても、中国はインドネシアが恒久的な敵対者になることを防ぐために、今後数週間で緩和させると思う」と彼は述べた。「しかし、中国は南沙諸島のいくつかの重要な(そして軍事化された)岩礁に対する事実上の支配を拡大することによってその漁業権を強く主張し続けているため、より長期的になれば、関係は増々緊張する可能性が高い。ASEANと中国が南シナ海の行動規範に関する長い交渉を終わらせようとしている同じ年に、北京がインドネシアを追い詰めることは理に叶わず、おそらく無謀でさえもある」とGrossmanは述べている。中国の対応は、ASEANが紛争解決のための厳格かつ拘束力のある公文書について議論することを求めていることにおいてインドネシアがベトナムの味方になることを「意図せずに押し付けている」可能性があると彼は述べた。
記事参照:How Indonesia’s South China Sea dispute with Beijing could lead to tough Asean stance on code of conduct

1月4日「南シナ海、公共財での横暴な政策を防ぐ-シンガポール専門家論説」(The Diplomat, January 04, 2020)

 1月4日付のデジタル誌The Diplomatは、海洋安全保障に関わる脅威とレジームチェンジを専門とするAsyura Sallehの“The South China Sea: Preventing the Tyranny of the Commons”と題する論説を掲載し、ここでSallehは南シナ海における漁業資源の危機的な状況を指摘し、これが南シナ海のみならずインド太平洋全域で漁業が直面する問題で、その大きな1つが違法・不報告・不規制(以下、IUUと言う)漁業であるとして要旨以下のように述べている。
(1) 南シナ海はしばしば領土紛争と国家の対立の場として見られている。米国は航行の自由を主張する行動を展開し、中国は人工島の建造を続けている。南シナ海諸国は緊張に巻き込まれ、領域の侵害に直面している。このような状況の中、漁業は絶え間なく続く横暴な政策の犠牲となってきた。南シナ海の漁業資源は急速に枯渇する危機に瀕しており、放置すればインド太平洋の安定に大きな影響を及ぼすだろう。南シナ海の水産資源は世界の食糧需要を満たす上で必要不可欠である。世界の漁獲量の約12%は南シナ海で水揚げされており、世界の漁船の半分以上が南シナ海で操業している。今日、南シナ海に生息する魚の総量はこの20年間で66~75%減少し、今は1950年代の5%に過ぎないとの報告がある。魚に餌を提供する場としてのサンゴ礁は過去10年間で16%消滅し、そこで横行するIUU漁業が枯渇に拍車を掛けている。
(2) 南シナ海に限らず、インド太平洋の漁業危機の主な要因は沿岸諸国の海洋管理に関わる不適切なガバナンスにある。ライセンス規制の不備、海上における法執行能力の欠如、資源の不公平な配分が漁業危機を引き起こしていると言える。この状態を放置すればインド太平洋の漁業危機は地域の安定を損なう可能性がある。南シナ海に見られるように、漁業危機は地域の領土紛争と強く関連している。沿岸国の多くは、自国の排他的経済水域における漁業ナショナリズムに陥りがちである。しかし、漁業ナショナリズムの発想は資源の持続可能な利用に悪影響を及ぼす。魚類には本質的に回遊性と流動性があり、管轄海域を越えて移動する。特定の海域で国家主導のIUU漁業が横行すると、地域全体の漁の総量が減少する。IUU漁業は国境を越えた犯罪をもたらし、地域の安定を脅かすことが指摘される。IUU漁業は世界で毎年450億ドルの損失をもたらしている一方、麻薬、密輸、人身売買、違法取引にも関わることが多く、地域の安定をも損ねている。
(3) IUU漁業が海洋生息地に損害を与えている現状を踏まえ、南シナ海における漁業資源利用の在り方に関して提言する幾つかの研究結果がある。しかし、そのような提言は往々にして地域国家間での自国の主張にマイナスの影響を与えることから陽の目をみることはない。ほとんどの政策は、科学的証拠に基づくものではなく、漁業資源を効果的に保護することにつながってはいない。インド太平洋のすべての国で、IUU漁業の有害性がもたらす政治・経済的影響を把握する必要がある。IUU漁業は、法執行機関、市民社会組織、漁業コミュニティを含む地域全体のアプローチを通じてのみ取り組むことができる。研究主導の包括的なアプローチが必要である。インド太平洋の漁業資源は、共有財産として認識し暴挙的な政策から守ることによって、すべての人類の共通の利益に変えることができる。記事参照:The South China Sea: Preventing the Tyranny of the Commons

1月7日「ASEANの中心性と多国間安全保障枠組みの強化-シンガポール専門家論説」(East Asia Forum, January 7, 2020)

 1月7日付の豪 Crawford School of Public Policy at the Australian National Universityのデジタル出版物であるEASTASIAFORUMは、シンガポールのThe S. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)地域安全保障プログラム研究員Sarah Teoの“Strengthening the ASEAN-centric multilateral security architecture”と題する論説を掲載し、ここでTeoはASEANの中心性(抄訳者注:アジア太平洋地域における多国間対話の枠組みをASEANが主導して来たことを指す考え方)を再検討し、多国間安全保障枠組み強化を図るべきとして要旨以下のように述べている。
(1) ポスト冷戦期の大部分において、ASEANは地域的な多国間枠組み形成の中心的な存在として成功を収めてきた。1990年代後半までの枠組み拡大、非ASEANアクターに対する包括的アプローチは、幅広いアジア太平洋地域における多国間対話、協力構築基盤への招集者として大いに貢献したということである。しかし、この10年間でこうした多国間枠組みにおけるASEANの役割は、一部の専門家が「多国間主義2.0」(ASEAN以外のアクターによる多国間主義)と呼ぶ非ASEAN諸国の少数国間枠組み急増という課題に直面している。そうした傾向はASEANの「中心性」を基軸とした従来の多国間枠組みの堅牢性への懸念をもたらしており、また、現在の米政権の明白な多国間主義軽視の影響によって、さらに悪化している。
(2) ASEANの非効率性という批判(抄訳者注:ASEAN流と呼ばれるコンセンサス方式は意思決定の迅速さに欠ける面もあり、しばしば揶揄的に用いられている)に鑑みれば、ASEAN以外のアクターがASEAN主導の枠組みにおいて何らかの代替案の提示に成功した場合、地域的な多国間主義におけるASEANの中心性が低下する可能性があるということである。日米豪印4カ国安全保障対話(Quad)、あるいは中国とカンボジア、ラオス、ミャンマー、タイ、ベトナムによる瀾滄(ランツァン)江メコン開発協力(以下、LMCと言う)メカニズムなどは、このような懸念を呼び起こす例と言えるだろう。
(3) しかし、ASEAN中心の多国間安全保障枠組みには一般に考えられているよりも堅牢な側面もある。現在、ASEANには首脳レベルのASEANサミットと域外主要国首脳を含む東アジアサミット、外相レベルのASEAN外相会議と域外国の外相を含むASEAN地域フォーラム(以下、ARFと言う)、国防相会合(以下、ADMMと言う)と域外国国防省を加えたADMMプラスなど、さまざまな問題に対処するためのメカニズムが存在している。安全保障と戦略的な問題については、ASEANレベルとより広いアジア太平洋レベルの両方で、対話と実践的な協力の枠組みがすでに存在しているのである。中国には香山フォーラムと博鰲(ボアオ)フォーラムがあり、米国はアジア安全保障会議を支配していると見なされているが、しかしASEANは様々な領域の主要な地域関係者をまとめるのに最適な立場にある。重要なのはこのASEANの中心性に基づく多国間安全保障枠組みを強化し、より広いレベルの多国間主義がASEAN諸国と非ASEAN諸国の双方にとっての最良の選択肢であり続けるよう保証することである。
(4) そのようなASEANの中心性を活かした多国間安全保障枠組みを強化する1つの方法は、独立した主体としてのASEAN自身の能力を強化することである。その設立以来、ASEAN諸国は大国ではないということそれ自体が強点の1つであった。ASEAN加盟各国は脅威となる経済力も軍事力も有しておらず、ASEANはまさにその弱さを活用して米中日など大国を含む地域的な多国間主義の召集者としての役割を果たすことができたのである。例えば、2000年代半ばの東アジアサミットのリーダーシップをめぐる中国と日本の競争は、ASEANが「漁夫の利」的に新たな多国間枠組み構築のハブとなった先例である。しかし、将来的に大国の競争が激化し、大国が自身の利益に特化したネットワークを形成しようとした場合、そうした機会はむしろ稀になるだろう。専門家の間では中国がLMCメカニズムを通じて南方への影響力を拡大する可能性も指摘されているが、これは、ASEAN内の亀裂を深めるというリスクもある。
(5) ASEANが地域的な多国間主義のハブとしての地位を維持できるか否かは、信頼できる独立したアクターとしての選択の範囲に大きく依存している。ASEANが中国と米国の間で選択をすることを望まないという宣言は、ASEANがそうした選択を実際に許容し得る能力によって担保されなければならない。そして、そのような能力を確保する出発点はASEAN加盟各国間の結束の強化ということであり、具体的には2012年のプノンペンにおけるARFに際し共同声明の採択が見送られたような事例を繰り返さないということである。それは言うほど簡単な話ではないが、要するに多様な関心と優先順位を持つ加盟10か国間の緊密な関係を構築し、それらの戦略的展望が一致することを保証するか、少なくとも競合しないようにするということが必要なのである。
(6) 例えば、ADMMは加盟10カ国のみが関与するより多くの多国間演習を検討することが可能である。これは、相互信頼を強化するのみならず、戦略的問題に対処するASEAN自身の防衛能力を強化することにもなる。共同訓練の増加は負担であるかもしれないが、長期的には強力でより結束力の高いASEANを形成し、地域の多国間安全保障枠組みへの非ASEAN諸国の関与を促進することになるだろう。ASEANは加盟国間の緊張を緩和し、東南アジア域内の安定を維持することを目的に発足した組織であるが、現在ではより広いアジア太平洋地域において、その影響力を行使することも求められているのである。域外の大国は歴史的にASEANに関与してきた。地域の多国間主義におけるハブとして代わるものがなかったからである。この点が変化すれば、ASEANの中心性に基づく基盤構築に対する姿勢も変化せざるを得ない。ASEANは地域の多国間安全保障枠組みにおけるこうした立場を再検討し、これに対するより戦略的な関与について検討すべきときを迎えているのである。
記事参照:Strengthening the ASEAN-centric multilateral security architecture

1月10日「ロシアのアジア重視戦略は有効に機能しているか―欧州専門家論評」(The Diplomat, October 24, 2019)

 1月10日付のデジタル誌The Diplomat は、University of ZurichのCenter for Eastern European Studies研究員Maria Shaginaの“Has Russia’s Pivot to Asia Worked?”と題する記事を掲載し、ここでShaginaはロシアのアジア重視戦略は西側からの制裁を埋め合わせる上で一部機能はしているが限定的であるとして要旨以下のように述べている。
(1) ウクライナ危機の後、アジア太平洋諸国はロシア制裁に加わることに消極的であった。、どのアジアの国も米国の懲罰的措置には同調しなかった。日本は渋々ながら制裁に加わったが象徴的な制裁を行うにとどまった。アジアの国々がこの制裁に同調しなかったことは、ロシアにとって重要であった。ロシアのアジア重視は、主として国内産業を育成する時間を稼ぐための短期間の戦術な的措置と見られていた。ロシアの国内生産能力不足と国内協力体制不備のため、西側からの輸入品の代わりとなる製品の品質向上が遅れ、競争できないような価格と低品質により生産も進まなかった。しかし、西側以外の諸国々は供給元の多様化により、徐々にロシア産の製品を使用するようになった。アジア太平洋の国々は、ロシアにとって石油石炭と武器の新しい輸出先となり、西側の国々に代わり最新技術製品の供給元ともなった。
(2) 西側との関係が悪化したため、ロシアはエネルギーと武器の輸出先をアジア諸国とするようになった。東シベリア・太平洋石油パイプラインの完成に伴い、ロシアは中国にとってサウジアラビアに代わり最大の石油供給元となった。同時に中国にとってロシアは最大の天然ガス供給元になった。急激に増加したアジアの天然ガス市場により、ロシア有数の天然ガス会社であるNovatekに注文が殺到した。Novatekは液化天然ガスの80~85%をヤマル半島及びギダン半島からアジア太平洋諸国に送ることを計画している。防衛産業の分野においてもロシアは重点をアジアに移している。ロシアは、東南アジア諸国への武器輸出を増加させており、この地域に対する最大の武器輸出国となった。ミサイル防衛システム、戦車、戦闘機を含むロシアの武器輸出の60%以上は、インド、ラオス、ミヤンマー、フィリピン、インドネシアに向けられている。インドはロシアにとって最大の武器輸出先である。2014年以降は最新技術部門と輸送インフラ分野を中国とインドの投資家たちに対して開放した。
(3) ロシアのGaidar Institute for Economic Policyの最新調査によれば、中国とインドはロシアの製品輸入に関し、ロシアに長期にわたり利益を与えるものとなった。2014年以降、中国企業がロシアの装備品の市場を急速に占有するようになり徐々に製品の質も向上させた。もともとは中国の製品は品質が悪いと考えられていたが、NovatekのヤマルLPG会社での試験に合格した。西側技術の独占体制を破り、中国の6つの沿岸の関連会社が、モジュール生産と輸送船の建造を行っている。以前ロシアの石油関連市場は、西側企業に支配されていたが今では中国企業に重点が移っている。石油ガス化学関連サービス世界大手である中国の傑瑞集団と四川紅花石油機器はロシアの主要な石油掘削リグの関連会社となり、ロシア市場の45%を占めている。最近では、ロシアへの機械輸出について、中国が初めてドイツを上回った。今では中国企業がロシアの主要エネルギー企業を石油精製技術開発分野で支援している。石油精製技術の移転は部分的に米国とEUの制裁で禁止されている事項でもある。中国の製品の質は著しく向上しており、ロシア企業は自国の北極関連の計画にも適していると考えている。ロシア最大の国営石油会社であるRosneftと天然ガス生産供給に関して世界最大のロシア企業であるGazprom Neftは、中国の半潜式深海掘削用プラットフォーム「南海8号」を制裁を受けているカラ海の計画に使用した。同時にNovatekは中国産の掘削リグをヤマル半島で使用した。米国政府の反応を気にして、日本、韓国、シンガポールは主としてLPGと造船の分野で制裁に関し限定的な役割を果たした。日本の日揮ホールディングスと千代田化工建設は、ヤマルLPGの主要なエンジニアリング請負業者となった。韓国の造船会社がヤマルLPGのLPG船を建造した。北極の LNG-2プロジェクトについて、サムスン重工業と現代三湖重工業はロスネフチが保有するZvezda造船所において技術移転を行う予定である。
(4) 防衛産業の分野では、インドがロシアからの武器輸入の面で決定的に重要な役割を果たしている。東南アジア諸国は、ロシアにとって以前はNATO諸国から得ていた電子製品の重要な供給元となっている。ロシア政府はまだ疑念を持っているものの、中国とのハイテク分野に関する協力はロシアの5G通信インフラを含め将来有望な分野となっている。中国とインドの支援は、低いコストではできなかった。制裁によるロシアの弱みにつけこみ、中国とインドは急激に強くなった地位を利用して自分に好都合な財政的条件や価格を要求した。
(5) アジア諸国の政府が関係する複数の企業は、資金不足のロ企業にとって重要な取引相手となった。西側の金融システムとは関係がないため、彼らは制裁リスクを緩和するため民間部門に保証を提供している。ロシアの複雑な官僚機構とロシアに関する知識の不足により、中国の民間銀行は制裁を受けているNovatekのヤマルLPGへの融資を拒否した。ロシアへの国外からの融資はハイレベルの政治介入があり中国国営シルクロード基金、中国開発銀行および中国輸出入銀行による融資再編の後に、やっと確保された。同様に日本の三井物産は、日本の独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が投資の75%以上を請け負うという合意ができて初めてNovatekの北極LPG-2に10%出資することに合意した。
(6) アジアの国有企業と協力することは楽なものではなかった。資本参加と融資に関するいくつかの取引は困難に陥った。ロシアは企業支配権の承認に口を閉ざし、提示価格についても合意しなかったので交渉が不調に終わったこともあった。中国がVankor フィールドに関し資本参加から手を引き、GazpromにPower of Siberia(抄訳者注:Gazpromが運用する中ロを結ぶパイプライン)の代金として250億ドルを支払わなかったことは、中国側がロシアの野心的な計画に対し、際限なく資金を出す準備はできていなかったことを示している。
(7) 将来、アジア諸国の政府の支援がロシアにとって国外からの資金を確保する上で重要となってくるであろう。しかし、アジアの投資家を引き付けることは、長い目で見てロシアが自給自足を達成し、技術的な自立性を得るのには有害である。中国の資金援助にはしばしば中国の企業を使うことや中国の原材料を使うことなどの条件が課せられるため、ロシアの国内産業は育たず、過度の国外依存に陥る可能性がある。中国との不均衡を避けるために、ロシアはこの地域で別のパートナーを探している。しかし、米国の制裁が拡大しているので、当面は日本や韓国がロシアのパートナーとなる分野は限定されるであろう。
記事参照: Has Russia’s Pivot to Asia Worked?

1月10日「中国の人工島に対する一般的理解がいかに誤っているか―米東南アジア専門家論説」(War on the Rocks.com, January 10, 2020)

 1月10日付の米University of Texasのデジタル出版物であるWar on the Rocksは、米シンクタンクCenter for Strategic International Studiesの研究員Gregory B. Polingの“The Conventional Wisdom on China’s Island Bases Is Dangerously Wrong”と題する論説を掲載し、ここでPolingは、南シナ海における中国の人工島基地の軍事的重要性がワシントンでは軽視される傾向にあることに警鐘を鳴らし、その重要性について要旨以下のとおり述べている。
(1) 2019年12月、海上における中国の野心をテーマとした会議においてこのような質問を受けた。南シナ海において建造された中国の人工島とその軍事施設を、何らかの紛争が勃発したときアメリカは簡単に中立化できるのだろうかと。それに対し筆者はこう答えた。それは不可能ではないがきわめて高い代償を払わねばならないだろうと。すなわち、南シナ海の人工島およびその軍事施設は中国にとって大きな軍事的価値のあるものということである。
(2) 会議出席者の多くはこの答えに動揺したようだ。筆者はその後ツイッターで、南シナ海のアナリストや安全保障専門家がどう考えているかを確認した。すると、そのほとんどが私と主張を同じくするもので、彼らは中国の人工島基地を来たるべき米中紛争において形勢を左右する要因と見なしているのである。これは、ワシントンなどに浸透する通念とは正反対のものであり、筆者はそのことに若干の懸念を覚えた。
(3) 人工島建設の主要目的は、米国との戦争における支援ではなく、準軍事的圧力を用いて、南シナ海に権利を主張する東南アジア諸国の法執行機関や民間の活動を妨害することにある。平時における中国のプレゼンス増大によって東南アジア諸国の南シナ海における活動はきわめてリスクの高いものになり、かつ米国のプレゼンスを相対的に低下させる。それによって、フィリピンやシンガポールなどの国々はアメリカの軍事的プレゼンスの維持を支援する合理的理由を感じなくなるであろう。
(4) ただし中国はこれで十分とは思っておらず、米国との紛争(あるいは北東アジアの紛争の南への波及)に備え、南シナ海の軍事化を進めてきた。たとえば南沙諸島の3つの航空基地には72の戦闘機用ハンガー、西沙諸島のウッディ島の基地には16のハンガーが建設された。それに対し、米国の航空機基地で最も近いのは沖縄とグアムで、それぞれ1,300海里、1,500海里もの距離がある。このことは中国が先に行動を起こして紛争が起きた場合、早い段階で中国が制空権を確保することを意味するのである。
(5) 中国はさらに人工島に対艦巡航ミサイルを配備し、かつ本土の長距離ミサイルも南シナ海を射程内に収めている。それに相当するものは米側には存在せず、したがって、もし紛争が起きた場合、米海軍が採りうる合理的選択は、スールー海やセレベス海まで後退することだ。とりわけ空母については、中国のミサイルの射程内に収めたままにしておくのは非常にリスクが大きい。したがって航空優勢と同時に、海上優勢についても中国側が先に確保することになるであろう。
(6) 人工島の施設は大規模であり、その範囲も一般的に考えられているよりはるかに広く、重要インフラも分散している。そうした施設をピンポイントに破壊するだけでもかなりの軍需物資が必要となる。中国は地下貯蔵庫やミサイルシェルターの建設など、施設の防御力を強化しており、ひとつの人工島を完全に破壊するには、爆撃機による大規模爆撃が必要であろうが、それは爆撃機を非常に大きなリスクにさらす。あるいは、おそらく巡航ミサイルを数十発から100発打ち込む必要がある。それもまた非常に高価なものだ。
(7) 何百というミサイルを相対的に安全に発射できるのは潜水艦だけであろうが、それでも十分安全は言えないし、また、潜水艦による攻撃対象の優先順位は、人工島より海上の艦船やそれ以外の重要なプラットフォームとなるだろう。結局のところ、中国が海上優勢、航空優勢を確保した中、爆撃機や水上艦艇が危険の大きい作戦行動を展開しなければならなくなる。
(8) 北東アジア情勢との関連も考慮しなければならない。米国が南シナ海の戦闘に従事しているとき、おそらく北東アジアにおいても何らかの戦闘が生起しているものと想定すべきであろう。紛争の初期段階で米国が利用できる兵器には限りがある。したがって、もし何百というミサイルを南シナ海への攻撃に費やすとすれば、それは日本や台湾の防衛のためには一切用いられないことを意味する。
(9) 以上述べてきたように、中国にとって南シナ海の人工島の基地は軍事的に非常に大きな意味を持つものであり、米国がそれを無力化するのは、不可能とは言わないまでも、それによる利益とコストのバランスが見合わないものである。米国が南シナ海周辺に地上の戦闘機基地やミサイル発射基地を持たない限り、この現実は変わらない。こうした現実を変える可能性があるのは米比防衛協力強化協定の全面的履行である。2019年、米国のF-16戦闘機が初めてルソン島のバーサ空軍基地に配備されたが、そうした機会をさらに拡大するようフィリピンに圧力をかけることにより、米国の即応能力を高め、抑止力を強化できるだろう。
記事参照:The Conventional Wisdom on China’s Island Bases Is Dangerously Wrong

1月10日「中国海軍の空母2隻の運用方法と人事―台湾専門家論説」(January 10, 2020, The Diplomat)

 1月10日付のデジタル誌The Diplomatは、台湾National Chung Cheng UniversityのInstitute of Strategy and International Affairs准教授林穎佑の“How Will the Chinese Navy Use Its 2 Aircraft Carriers?”と題する論説を掲載し、ここで林穎佑は中国初の国産空母「山東」の最近の就役は中国軍が正式に「2個空母戦闘群」の時代に移行したことを意味し、それに関する人事に注目する必要があるとして要旨以下のように述べている。
(1) 2017年初め、護衛任務、対潜水艦戦及び訓練演習において2隻の空母をどのように運用するかを議論した自由に閲覧できる多くの大量の研究論文が中国で発表された。赤部隊(敵軍)と青部隊(自軍)に分かれる演習で、戦闘能力のある2隻の空母を互いに戦わせる可能性についての議論もあった。この種の理論化は中国軍で一般的に見られる開発モデルに適合しており、理論化、関連技術の開発、組織の設立、そして人材の育成という4つの段階で構成されている。
(2) 2隻の空母就役は外洋でのプレゼンスを確立するという人民解放軍の決定を表している。目標に到達できるか否かは、カタパルトによる航空機発艦システム及び空母に搭載される早期警戒機から、空母護衛艦の対空及び対潜戦能力に至るまでの技術と工業力に依存する。
(3) 2隻の空母を利用する方法は重要だが、その指揮統制システムも重要である。平時の空母の管理運営は戦区海軍よりも空母部隊司令員の仕事であるべきである。戦時においては、空母は戦区司令員の指揮の下に置かれる。この取り決めは中央軍事委員会が全ての管理を引き受け、戦区司令員が作戦の責任を負い、部隊が戦闘力を確立するという原則に準拠している。
(4) 空母が次々と運用可能になるにつれ、これらの空母に関し、どのような軍歴のある士官を空母の幹部職へ昇進させるかも関心の的になっている。この点について、2019年12月末に昇進した高官リストで1人の人物が注目を浴びている。南部戦区海軍航空兵副司令員の戴明盟は少将に昇任した。戴は、中国初の空母である遼寧での離着艦を成功させた中国軍初のパイロットだった。戦闘機パイロットとして第一線から退いた戴は、2018年に海軍艦載機総合試験訓練司令員を経て、2019年12月に南部戦区海軍航空兵副司令員に就任し少将に昇任した。
(5) 戴は、舞台指揮官としての専門的技能だけでなく、習近平国家主席が彼を重要な立場に就かせたいと思う適切な人物としている、政治的志向と職務権限において「政治思想と専門技能」(redness and expertise)の二重の素養をもっている。一方、米空母に関する多くの重要な地位は飛行経験のある将校によって保持されていることを考慮すると、戴は空母編隊司令員として勤務する、又は海軍航空の最高幹部に任命される可能性がある。
(6) 2隻の運用可能な空母のいずれか一方だけでは十分な戦闘機を運用できないため、この2隻の空母は空挺旅団に相当する戦闘機部隊を供給するため協力しなければならない。これは、この2隻の空母編隊司令員の上級部隊として、戴が就任する可能性が高い、より高位の空母部隊司令員が存在する可能性があることを意味する。「遼寧」編隊は正師級大校の「遼寧」編隊司令員と副軍団長クラスの少将により指揮される。2隻目の空母の就役の後、この2隻の空母の編隊を指揮する空母部隊司令員は、階級と職位の両方で、どちらの空母編隊の司令員とも差別化されなければならない。
(7) 南シナ海の最近の状況と、元「遼寧」空母部隊司令員陳岳琪が広西軍区司令員に任命されたことを考慮すると、南部戦区は空母のための第2の後方支援基地を持つことを示しており、それも注目に値する。
記事参照:How Will the Chinese Navy Use Its 2 Aircraft Carriers?

1月10日「米国は太平洋地域に新たなミサイル、サイバータスクフォースを配備し中国の影響力に対抗-香港日刊紙報道」(South China Morning Post.com, January 10, 2020)

 1月10日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“US plans to counter Chinese influence in Asia with new Pacific missile, cyber task force”と題する記事を掲載し、米陸軍長官Ryan McCarthyの発言を引用し、米陸軍は中ロの影響力の拡大に対抗すべく太平洋の島嶼部に長距離ミサイルの運用やサイバー戦を担うタスクフォースの配備を計画しているとして要旨以下のように報じている。
(1) 米陸軍は対中国の情報戦、電子戦、サイバー戦、ミサイル戦を専門とするタスクフォースを太平洋地域に展開する。1月10日金曜日、ワシントンでのイベントでMcCarthy陸軍長官が言及したこの部隊は、極超音速ミサイルなどの長距離精密誘導兵器で陸上、海上の標的に対する攻撃能力を有し、紛争時の海軍艦艇のアクセスを確保することができる。この部隊は中国とロシアがすでに保有している能力を無効化し、米空母打撃群をアジア本土から離隔させることを意図しているとMcCarthy長官はインタビューで述べている(抄訳者注:本件の目的は中国の接近阻止戦略の打破であるが、ここでは同タスクフォースが後述する形で攻撃任務を担うため、その段階では空母打撃群が危険を冒して同エリアに侵入する必要はないという趣旨で述べられている)。同タスクフォースは台湾及びフィリピン東方の島嶼地域に展開される可能性があるが、その時期については明らかではない。この試みは「中ロの投資をすべて無効化」することを意図したもので、偵察衛星を管理する米国家偵察局との新たな合意によりさらに強化されるだろうとMcCarthy長官は述べている。
(2) この試みはMark Esper国防長官が推進するピボット政策、米軍の欧州、中東、アフリカからの太平洋への回帰という目標を達成し、戦略的競争相手である中国と歴史的ライバルであるロシアに対抗するためのより良いポジショニングに役立つだろう。McCarthy長官のビジョンの下、この試みによって米陸軍は太平洋に新たなパラダイムを確立し、島嶼線上に展開する地上部隊が、以下()内のような敵海空軍部隊の布陣に「穴を穿つ」ことで海空軍部隊を支援できるようになるということである(抄訳者注:中国の軍事ドクトリンは「接近阻止」と呼ばれる戦略を追求しており、これは長射程対艦ミサイルと衛星監視機能に基づくもので、米空母打撃群を第1、第2列島線以遠に離隔させることを目的としている。第1列島線は千島列島からボルネオまで、第2列島線は日本東方からグアムを経てニューギニアに向かって伸びていると言われている)。
(3) ピボット政策の下、米陸軍は「ディフェンダーパシフィック」など地域の多国間演習への参加機会が増加しており、また2021年にはアフガニスタンに展開されたのと同様の国際治安支援部隊がインド太平洋戦域にも展開するとされている。また、米陸軍は2018年から上記のタスクフォースの試験を開始しており、ワシントン州ルイス・マッコード統合基地所在の第17野戦砲兵旅団は、同コンセプトを評価するため9件の大規模演習とシミュレーション、ウォーゲームを実施している。
記事参照: US plans to counter Chinese influence in Asia with new Pacific missile, cyber task force

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) 3 Keys to a Peaceful China-US Maritime Coexistence
https://thediplomat.com/2020/01/3-keys-to-a-peaceful-china-us-maritime-coexistence/
The Diplomat.com, January 01, 2020
Hu Bo, Director of the Center for Maritime Strategy Research and Research Professor at the Institute of Ocean Research, Peking University
 1月1日、Peking University,Institute of Ocean Research の胡波教授は、デジタル誌The Diplomatに、" 3 Keys to a Peaceful China-US Maritime Coexistence "と題する論説記事を発表した。ここで胡波は、中国と米国が貿易協定で一定の合意に達したことに対し、米中の貿易摩擦はまだ終わったわけではないが、この種の真剣な交渉が相違を解決する良い方法であることは双方とも認めており、海洋における共存のあり方についても、ある程度の合意が必要であり、またそれは可能であると評している。そして胡波は、2010年以降、海洋紛争は米中関係における最も深刻な問題の一つとなっており、状況はますます悪化し、現在、米国と中国は戦略的競争と激しい対立の雰囲気が高まっているとの現状認識を示す一方、それは核抑止力と利害の相互依存のおかげで、全体として見れば平和的な情勢が生じているだけであり、問題の抜本的な解決までには小規模な武力紛争の発生の可能性が高まっているとの認識を示している。すなわち、中米両国間の競争抑制と危機管理の成功のためには、中国と米国が主に、①西太平洋における両国のパワー分配について必要なコンセンサスを得ること、②中米両国以外の第三国の要素を合理的に扱うこと、③包括的な海洋のルールと秩序を構築するために両国が共同で努力すること、という3つの側面について妥協できるか否かにかかっていると主張している。
 
(2) Total Competition: China’s Challenge in the South China Sea
https://www.cnas.org/publications/reports/total-competition
CNAS, January 8, 2020
Patrick M. Cronin, Former Senior Advisor and Senior Director, Asia-Pacific Security Program
Ryan Neuhard, Research Associate Hudson Institute
 1月8日、米シンクタンクCenter for a New American Security(CNAS)の元上級顧問Patrick Croninと米シンクタンクHudson Institute研究員Ryan Neuhardによる“Total Competition: China’s Challenge in the South China Sea”と題する報告書がCNASのサイトに掲載された。
 この報告書では、中国が南シナ海で全面的な競争を繰り広げていると主張されているが、その序論“An Unstoppable Force?”において、①中国は、外部の軍事力が自身を封じ込め、内乱を助長し、中国が本来あるべき地位に就こうとすることを阻害するという恐怖と、南シナ海の資源と海上交通路を支配するという野心の結果として、南シナ海の支配的な秩序に対し長期的な攻撃を行っている、②米国は自由で開かれた秩序の維持のために、維持すべき秩序を崩壊させる北京の行動パターンを理解することが重要である、③北京の「全面競争」キャンペーンには、戦争が起きる前の段階で国家が使用できる全てのツールが含まれ、それには経済力、情報支配、海洋力、心理戦及び「法律戦」といった5つの柱がある、④航行の自由作戦、能力構築支援及び一帯一路への対応などの米国の取り組みにもかかわらず、北京は南シナ海をさらに軍事化し、東南アジア全体にその影響力を拡大している、⑤中国の一連の行動に対応するため、米国は先ず事態の拡大を抑止し、民主社会がより競争力と強靭さを高めるために支援する一方で、中国の戦略に対抗することであり、米国との協調および東南アジア諸国間の協調の絆を強化すべく、東南アジアあるいはより広くインド太平洋に関与することが必要である、⑥「全面競争」に勝利し、1国が南シナ海の完全な支配を享受することを阻止するため、米国は東南アジア諸国の利益を理解し、その戦略的自律性を維持し、地域の利害関係者たちとの経済的、外交的、文化的及び安全保障上の関係強化が必要であるとの主張が述べられている。
 
(3) Battle of the Bastions
https://warontherocks.com/2020/01/battle-of-the-bastions/
War on the Rock, January 9, 2020
James Lacey, professor of strategic studies at the Marine Corps War College
 1月9日、米Marine Corps War CollegeのJames Lacey教授は、米University of Texasのデジタル出版物であるWar on the Rockに、" Battle of the Bastions "と題する論説を発表した。ここでLaceyは、冷戦時代、ソ連は原子力潜水艦の脆弱性を補完するため「bastion concept(抄訳者注:一定の範囲内の防御に注力する作戦)」を実施したが、それは、原子力潜水艦が一定の空間内を航行する際にはソ連海軍の攻撃型潜水艦の約75%、北方艦隊及び太平洋艦隊の全ての水上艦艇、数百機の航空機による防護がなされるという壮大なものであり、NATOは同戦略に対抗手段を見つけるために多大なエネルギーと資源を費やしたと述べている。そして現在では、高度な軍事技術、特に精密誘導ミサイルが拡散し、かつ種類も豊富になっていることから、中国やロシアだけでなく、北朝鮮、ベトナム、イラン、イスラエル、台湾などの国々も、かつてソ連が採用したbastion conceptを実施していると指摘している。その上で、こうしたbastion conceptの拡散の肯定的側面として、大国間の対立の範囲を制限するという意図しない副次的効果をもたらす可能性があるとして、その理由は例えば、米中両国とも南シナ海にbastion conceptを適用しており、両国はお互いにこれら限定された特定の地域(海域)の弱体化を狙うため、相手国中枢部への攻撃の可能性は限られたものになるからであると主張している。