海洋安全保障情報旬報 2020年1月11日-1月20日

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1月11日「ベトナムは北京の南シナ海領有権主張に対抗するためにASEANを糾合できるか―香港紙報道」(South China Morning Post.com, January 11, 2020)

 1月11日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“Can Vietnam unite Asean against Beijing’s South China Sea claims?”と題する記事を掲載し、ベトナムは2020年のASEAN議長国であり、同時に2020年から2年間、国連安保理非常任理事国を務めるが、北京の南シナ海領有権主張に対抗してASEANを糾合できるか、各専門家の見方について要旨以下のように報じている。
(1) 2020年、ハノイは、ASEAN議長国に加えて、国連安保理非常任理事国という、新たな影響力発揮のポストを手に入れた。こうしたポストは、南シナ海の係争海域における法に基づく秩序を実現する上で有効な手段となり得る。それ故に、ハノイが地域安全保障上の利益を促進し、世界第2位の経済大国に対抗して他の領有権主張国を糾合し、それぞれの海洋主権の防衛を主導するため、この新たに手に入れ影響力を活用するのではないか、との憶測が専門家の間で高まっている。例えば、英Lancaster University研究員で中国の海洋問題専門家Andrew Chubbは、ハノイは「北京による特定の行動に対して地域の世論を糾合することで、中国を外交的に好ましくない立場に追い込むことは潜在的に可能だ」と見ている。米Centre for Strategic and International Studiesアジア担当上級顧問、Bonnie Glaserは、ハノイは「ASEANの共同声明により厳しい文言を取り込み、それによってマレーシア、ベトナム及びインドネシア水域における中国の不法行為に関する議論を促進することも可能であろう」と述べている。ほとんどの国は経済大国である北京の反感を買うことに二の足を踏んでいるが、ハノイだけは北京と対決することを決心しているようである。
(2) ベトナムと中国の船舶は、2019年に中国船がベトナムのEEZに侵入したことから、数カ月間に亘って対峙することになった。2019年11月に公表した国防白書でハノイは、もし中国船の侵入が継続していたら、米国との絆を強化していたであろう、と述べている。また2019年には、ベトナムは南沙諸島で占拠する海洋自然地形における施設を強化するとともに埋め立ても実施した。2019年11月には、ベトナムのLe Hoai Trung外務次官は、中国に対して国連海洋法条約に訴えることも検討していると語った。しかし、専門家はそうすれば、北京の経済的報復を受ける可能性が高いことから、これは最後の頼みの綱になろうと見ている。ハノイの行動に他国も勇気づけられている。マレーシアは、伝統的に南シナ海領有権問題については静観してきたが、2019年12月に係争海域における自国の大陸棚外縁の延伸を国連大陸棚限界委員会に申請した。他方、インドネシアは、2019年12月に南シナ海のナツナ諸島周辺のインドネシアのEEZに中国船が侵入したとして、北京を非難した。その後、Widodo大統領は「自国の主権が侵された場合には、交渉の余地はない」と警告し、同諸島周辺海域を哨戒するために戦闘機を派遣した。
(3) もしハノイ、クアラルンプールそしてジャカルタが中国の侵略行為に対抗して協調するなら、それは習近平政権に対する圧力となろうと専門家は見ている。例えば、前出のChubbは「中国はASEANから一致して批判されること嫌う。何故ならそれは、平和的台頭を標榜する北京のイメージを傷つけるとともに、ASEANがコンセンサスによる意志決定を原則としていることから、域内における中国の孤立を招きかねないからである」と指摘している。シンガポールNanyang Technological University海洋安全保障専門家Collin Koh Swee Leanは、「中国は恐らく、一層団結したASEANに直面することになろう」と見ている。2020年には、ASEANと中国は「南シナ海行動規範」(以下、COCと言う)についての交渉を始めるが、ハノイは発表文書の中にある程度厳しい文言を挿入しようとするであろう。米The Stimson Center東南アジア専門家Brian Eylerは、「衆目の見るところASEANの中で中国に最も近いカンボジアは、毎年COC交渉の進展を妨げてきた。しかし2020年のベトナムは、カンボジアとの特別な歴史的関係に加えて、最終文書を作成するASEAN議長国としての立場を梃子にすることができよう」と述べている。それでも、COCは法的拘束力がないので、北京を牽制できないかもしれない。前出のGlaserは「もしCOCが紛争解決メカニズムと威嚇的な行動を抑制する明確な規定を含むものになれば、COCはある程度のインパクトを持つであろう」と見ているが、楽観視はしていない。
(4) 域内の諸問題を巡る加盟国の見解がしばしば異なることから、ASEANにおける一致協調は容易なことではない。カンボジアは中国の同盟国として、2016年のASEAN公式声明の中で、同年の中国に不利な南シナ海仲裁裁判所裁定について言及することに反対した。ASEANの団結を妨げる中国の「分割し支配する」手法の好例である。米National War College教授Zachary Abuzaは、「ASEANは中心性を言明しているにもかかわらず、南シナ海領有権主張国は協調していない。仲裁裁判所裁定がUNCLOSに基づく最も信頼できる裁定であるという事実にもかかわらず、実際にはどの国もフィリピンの提訴に関与もしなかったし、裁定に言及もしていない」と述べている。一部の専門家は、ワシントンはASEANの団結を目指すハノイを支援するであろうと見ている。前出のEylerは、「ハノイの発言力は西側のパートナー諸国の支援があれば強くなる。米国との関係を戦略的パートナーシップのレベルに格上げすることは、域内でのベトナムの発言力と生産的な役割を高める上で効果的であろう」と述べている。
(5) 多くの専門家は、ASEANと中国の海洋における緊張関係はワシントンにとって戦略的機会を提供していると見ている。何故なら、それはアジア太平洋地域における中国の支配を弱体化させることに繋がるからである。米The Rand Corporation上級研究員Michael Mazzarは、「実際、これは米国にとって、主権的権利を主張する諸国とアジアにおける国際的な法的規範とを支援しているという強力なメッセージを発信する絶好の機会である。私は、ワシントンはそうするであろうと予測しているが、現時点では、どの程度明快な、そしてどのような方法でそうするかは誰も知っているとは思っていない」と述べている。
記事参照:Can Vietnam unite Asean against Beijing’s South China Sea claims?

1月12日「南シナ海における漁船団の戦略的意義-香港紙報道」(South China Morning Post, January 12, 2020)

 1月12日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“Why fishing boats are on the territorial front lines of the South China Sea”と題する記事を掲載し、南シナ海のナツナ諸島付近での中国とインドネシア間の対立を取り上げ、この海域での利害関係国の漁船団が果たす役割が増大しているとして要旨以下のように報じている。
(1) 南シナ海での漁業資源が豊富な海域をめぐる対立の後、中国とインドネシア間の緊張は緩和されたかもしれないが、漁船団は依然として激しい領土紛争の中心にある。ボルネオ島沖のナツナ諸島はインドネシアが支配しているが、この群島の近くの海域は中国が伝統的な漁場の一部として権利を主張している。中国海警に護衛された中国の漁船が12月中旬にこの海域に入った際、北京はその点を強調しようと努めていたようである。インドネシア大統領Joko Widodoが、注目を集めたこの諸島の軍事基地への訪問を行った翌日の1月9日、インドネシア軍は中国船がこの海域を去ったことを確認した。しかし、当面の紛争のリスクは低下したが、両国の漁船は引き続き人目を避けて行動しており、この海域とより広い南シナ海の海洋行動規範に期待することは、さらに難しくなったと評論家たちは述べている。
(2) 中国政府が支援する中国南海研究院の研究者である丁鐸は、「インドネシアはこの諸島が彼らの排他的経済地域に属していると考えているが、中国は、この海域が中国の伝統的な漁場の一部であり、権利主張の根拠がある」と語っている。丁鐸は、この地域のプレイヤーがより大きな紛争を勃発させないよう漁業紛争を解決するための行動規範に同意する必要があるとして「例えば、この紛争海域において、漁船の数と漁獲規模に関してある程度の制限があるべきである。また法執行活動も規制すべきである」述べている(後掲:(1月15日)「中国とインドネシアは漁業問題について共通の土俵を見いだしうる-中国専門家論説」参照)。
(3) 北京にとって、漁船団をナツナ諸島のような海域に送ることは、魚介類に対する国内の要求を満足させるだけでなく、この海域におけるプレゼンスをより低いリスクで維持するのに役立つ。海南師範大学の鄭澤民によれば、石油掘削装置の建造ないしは紛争中の島々を奪うことと比較すると、漁船団の編成はより安価で制御しやすい。習近平国家主席は、政権を握ったわずか数週間後の2014年4月に、海南省南部の潭門沿岸の村を訪問し、漁師たちに「より大きな船を建造し、より広い海へ乗り出し、より大きな魚を捕れ」と呼びかけて、中国漁船団の重要性を強調した。その後、北京はその漁師たちへの支援を強化し、係争海域である南沙諸島周辺で操業する、より大型の鋼製トロール漁船建造に補助金を与えている。また、これらの漁師たちを支援するため、強化され、拡大され、より良い装備を有する海警総局船隊も存在する。ベトナム、マレーシア、フィリピン、ブルネイ、台湾を含む他の権利主張国も同様の戦略を採用している。
(4) 広州の曁南大学の東南アジア専門家である張明亮は、海洋権益を主張し、行動規範の交渉の立場に関する競争で有利になるため、漁船団を使用することが権利主張国にとって一般的になっていると述べている。しかし、漁業紛争は拡大すると予想されていた一方、地域紛争へと拡大するとは予想されていなかったとも指摘している。張は「両陣営は強力な武器の使用を控えており、武力の誇示に限定している」と述べている。
記事参照:Why fishing boats are on the territorial front lines of the South China Sea

1月12日「蔡英文総統の圧勝再選がもたらす米中台関係のもつれ-香港紙報道」(South China Morning Post, January 12, 2020)

 1月12日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“Entangled US-China-Taiwan relations likely just got more complicated after President Tsai Ing-wen’s big re-election victory”と題する記事を掲載し、蔡英文の圧倒的勝利で中台関係は緊張を高めるものの、北京は従来の方策は民進党を利するだけであり、米中対立から台湾が恩恵を受けることを危惧して対台湾政策を微調整し、米台間にくさびを打ち込もうとするかもしれないとして要旨以下のように報じている。
(1) 台湾総統選の結果示された台湾から北京へのメッセージは、米中の戦略的ライバル関係をさらに複雑化させるとの分析がある。中国政府は、台湾に様々な圧力を掛け、軍事的脅迫や台湾と国交を結ぶ15か国に離反を呼び掛ける戦術をとることが考えられる。しかしそうした対応は、米中間の緊張関係に不確実性を加えることになるだろう。台湾における蔡総統への強い支持は中台間の緊張を高めることが当然予想されるが、11月に実施される米国の大統領選挙の結果や米中間の貿易紛争の行方にも影響を与えるとの見方がある。University of Nottinghamの台湾専門家Jonathan Sullivanは、「米中ともに台湾を巡っての紛争を望んではいないが、Trump大統領の気まぐれと選挙戦略如何によっては、米中両国が関係悪化を管理できるか否か不確実」と述べている。台北と北京の関係は凍結されており、対話は1992年の「1つの中国」というコンセンサスを絶対条件とする北京と、これに沿わない蔡政権の対中姿勢の下、不通状態となっている。ただし、Sullivanは「中国政府は米国が台湾に関し劇的な何かをしない限り、また、米中ともに難局を切り抜けようとする意志がある限り、そうしたしこりを管理することができるだろう」とも述べている。
(2) 米国は台北と正式な外交関係を結んではいないが、台湾はインド太平洋における重要なパートナーであると考えている。Trump大統領は当選当初から、武器売却と高級レベルの交流を通じて台湾を支援すると表明してきた。Pompeo米国務長官は蔡総統の選挙勝利を祝福し、「台湾が強固な民主主義システムの強さを示した」と称賛、「アメリカ国民と台湾の人々は単なるパートナーではなく政治的、経済的、国際的価値観の共有により結ばれた民主主義コミュニティのメンバーである。米国と台湾は、憲法で保護された権利と自由を守り、民間セクター主導の成長と起業家精神を育み、国際社会において前向きな力を発揮する」と述べている。これに対し、台湾の呉釗燮外交部長外相はPompeo氏に、台湾と米国のパートナーシップの強さを認識してくれたことに感謝の意を示した。呉部長はまた、蔡総統は米国と緊密に連携し台湾の主権に対する中国政府の脅威に立ち向かうという政権の姿勢を継続するだろうと語っている。
(3) Western Kentucky Universityの台湾政治と両岸関係の専門家Timothy Richは「中国当局は蔡総統に圧力を掛ければ台湾の有権者を民進党に導くだけということに気づくだろう」と分析した上、「中国には台湾の方向性を変える力はないものの、例えば、通商政策において幾らかの譲歩を示すなど米国と台湾の間にくさびを打ち込む兆候がある」と述べている。北京にとって最大の課題は、Trump大統領にどのように対応すべきかであろう。中国国内では、「中国政府にとって最も危惧すべきは、台湾が米中間で進行中の紛争の恩恵を享受すること」とする論評がある。台湾では、蔡総統2期目では両岸関係が更に悪化し、中国が軍用機を台湾周辺空域で飛行させるなど軍事的な脅迫をするかもしれないが、台湾での中国のイメージ悪化は避けたいことから、対台湾政策を微調整するのではないかとの見方がある。
記事参照:Entangled US-China-Taiwan relations likely just got more complicated after President Tsai Ing-wen’s big re-election victory

1月14日「アジアにおける海洋任務へのドイツの参加が示唆するもの―独政治学者論説」(The Diplomat, January 14, 2020)

 1月14日付のデジタル誌The Diplomatは、German Institute for International and Security Affairs of the Stiftung Wissenschaft und Politikの上席研究員Markus Kaimの “Is Germany Considering Maritime Missions in Asia?”と題する論説を掲載し、ここでKaimは、ドイツが南シナ海における「航行の自由」作戦への参加を検討していることに関し、その背景と意義について要旨以下のように述べている。
(1) 独国防相のAnnegret Kramp-Karenbauerは、2019年11月の安全保障に関する基調演説において防衛予算の増額やEUやNATOとの今後の関係などについて言及し、注目を浴びた。しかし、その演説の次の一節は、これまで余り注目されてこなかった。彼女は「インド太平洋地域におけるわれわれのパートナーは……中国の力の主張にますます圧力をかけられていると感じている。彼らは明確な連帯のサインを求めている……いまやドイツは、同盟国とともに、その地域におけるプレゼンスを示すことで、そうしたサインを送るべきときなのだ」と述べたのである。これはドイツが南シナ海における「航行の自由」作戦(FONOP)に参加する可能性を示唆するものであった。
(2) ドイツの海外派兵の前例はいくつかある。アフガニスタンやマリ、イラクなどにおける軍事作戦やソマリア欧州連合海軍部隊(European Union Naval Force-Somalia)にも参加してきた。しかしその目的は主として危機管理の範疇にとどまっており、ドイツの国益を満たすため、あるいは国際政治における大国の責任を果たすためといったものではなかった。第二次世界大戦以降、軍事的抑制が文化として根付いたドイツでは、海外派兵などに関わる行動には常に疑惑の目が向けられるため、今回の計画も秘密裏に準備されてきた。今後行われるであろう作戦の詳細ははっきりしていないが、政府内部では、独艦艇が台湾海峡を通行することが予定されているという。
(3) この計画は論争を呼んだ。独連邦議会のドイツ社会民主党(以下、SPDと言う)会派院内総務Rolf Mützenichは、キリスト教民主同盟党首でもあるKarrenbauerが表明したドイツのインド太平洋への関わりを「SPDの安全保障政策の概念とすべての面において矛盾する」と批判した。また独首相Angela Merkelは、そうした行動が、主要貿易相手国であり経済的に強く結びついている中国との関係を悪化させるのではないかと懸念している。2018年、独中間の貿易総額は1993億ユーロにのぼる。世論も分かれており、2019年9月に行われた世論調査では、ドイツが「航行の自由」や国際貿易航路を保護するための任務に参加すべきかという質問に対し、49%がすべきと答え、43%がそれに反対した。他方軍部はその活動を求めてきたが、それは独海軍の能力向上を背景の一つとするものであった。
(4) こうした任務を実施するに際し、独中関係は重要な要因であろうし一時的にそれを悪化させる可能性はある。しかし、その兆候はすでに見られている。ドイツの香港の反政府勢力への肩入れや、ドイツ国内におけるHuaweiのビジネスをめぐる論争などはドイツと中国間の緊張を高める原因の一つとなっている。いまやドイツの外交政策立案者は、2019年3月にEU議会が提示した、ヨーロッパと中国の間の関係が抑制されたものだという認識を共有しているのである。
(5) また、南シナ海問題への関わりは、多国間協調主義に基づく国際秩序の維持にドイツがコミットしていることを内外に印象づけることになろう。これまでドイツはFONOPに参加するよう求めた英国やフランス、日本などの声を無視してきたし、武力紛争に巻き込まれるかもしれないという理由で、フランスが主導したホルムズ海峡における海洋任務への参加も拒否してきた。こうしたドイツの態度は安全保障についてただ乗りしているという米国の批判も招いてきた。しかし今回、ドイツによるFONOPへの参加はこうした諸外国からの疑念を退け、ドイツが対外政策において指導的役割を担う意思があることを示すチャンスになるのである。
記事参照:Is Germany Considering Maritime Missions in Asia?

1月14日「北極海航路不使用宣言への支持拡大とその問題点―ノルウェー紙報道」(The Barents Observer.com, January 14, 2020)

 1月14日付のノルウェーのオンライン紙The Barents Observer.comは、“Arctic shipping boycott gains support among big businesses, but not all are happy”と題する記事を掲載し、北極海航路企業宣言に署名する企業が増えていることについて、その意義と問題点について要旨以下のとおり報じている。
(1) 2019年秋、環境保護NGOのOcean ConservancyとNike社が考案した北極海航路企業宣言に多くの製造業や海運業の会社が署名をした。現在その数は20にのぼり、Ralph LaurenやPumaなどの服飾企業やHapag-LloydやCMA CGMなどの巨大海運企業も含まれている。その宣言は、北極海航路を利用しないという誓約であり、製造業に関して言えば北極海航路を通行する船舶に自社製品を積載しないという誓約でもある。
(2) この宣言が考案され、それに署名する企業が増えている背景には、地球規模の気候変動が海氷を減らし、それによって北極海の通行が将来増加し、そのことがさらに環境に悪影響を及ぼす懸念が高まっていることがある。ある研究によれば、2030年までにアジアと欧州を往来する全貿易のなかで、北極海航路の利用は8%に増加し、その後も増えていくことが予想されるという。
(3) しかしこうした動向には懸念も表明されている。一つにはこうした動向が北極海の開発を妨げる可能性があるという懸念である。Arctic Yearbookの編集長を務めるHeather Exner-Pirotはそれを訴える一人であり、彼女は「北極海をめぐる開発を回避するのが流行ないしは公正と見られるのであれば、それは危険である」とし、北極海周辺地域の政府および人々の経済的発展の機会を奪う可能性があると指摘した。彼女は「経済発展は人類の権利である」と指摘している。
(4) もうひとつの懸念は環境的観点からのものである。ノルウェーの環境保護団体BellonaのアドバイザーであるSigrud Engeは、国際企業が北極の環境に焦点を当てるのは良い傾向であるとしながらも、その通行をゼロにするというやり方には異議を唱える。彼は将来的に北極海の通行の増加は避けられないことであり、焦点が当てられるべきは低排出ないしはゼロ排出、具体的には北極海における重油利用の禁止だと主張する。
(5) Ocean Conservancyも北極海の通行禁止だけでは、それに署名しない企業が多いだろうと認識しており、北極海航路企業宣言では、予防的な北極海通行手段の開発支援も訴えられている。その手段の一つとして同宣言は重油の使用禁止に言及している。
(6) 北極海航路不使用の傾向が強まっていくことへの懸念はあるものの、現状では気候変動とそれに伴う北極海通行の拡大がとまることはない。北極海における環境悪化は地球全体に影響を及ぼしうるものであり、何らかの規制が必要なことは間違いないであろう。
記事参照:Arctic shipping boycott gains support among big businesses, but not all are happy

1月15日「中国とインドネシアは漁業問題について共通の土俵を見いだしうる-中国専門家論説」(South China Morning Post, January 15, 2020)

 1月15日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、中国南海研究院助理研究員丁鐸の“China and Indonesia can find common ground over a shared interest: fishing”と題する論説を掲載し、ここで丁鐸は、南シナ海における漁業で対立する中国とインドネシアは対話を通じて問題を解決することができるとして要旨以下のように論じている。
(1) インドネシアは最近、ナツナ島周辺海域で中国漁船と中国海警の船舶を発見し、これに抗議した。中国は南沙諸島周辺では伝統的に有する漁業権を含め歴史的な権利を主張している。中国とインドネシアに間には領域をめぐる対立はないが、インドネシアの排他的経済水域は南シナ海での中国の権利主張と競合している。長い間、中国漁民は海底が平坦で珊瑚礁が少なく、水深の浅い南シナ海の南西漁場で操業を続けてきている。同時にそれぞれの国の海上法執行機関は漁業を保護し、権利を主張している海域の管轄権を行使するため活動してきている。
(2) 両国の主張の相違は南シナ海全体で生じている複雑で困難な対立に比べればそれほど顕著ではなく、中国とインドネシア間の全般的2国間関係や海洋協力に重大な障害を引き起こしているわけではない。国家間での漁業上の対立が起こるのは比較的よくあることである。そして、その対立は対話と協議によって管理され、解決されるのが普通である。すぐに解決できない場合には、対立をある程度緩和する協調的な移行措置を採ることもできる。中国もインドネシアも類似の状況を成功裡に処理した経験を欠いているが、しかし地域にも国際的にも参考として利用できる多くの先例が存在する。
(3) 南シナ海における全般的状況はより安定した方向に向かっている。そして、提案されている「南シナ海行動規範」の協議は加速されつつある。これらを背景として、インドネシアと中国は対話を通じて事態を解決することができる。より重要なことは両国の関係と東南アジアの全般的安定を保護することである。交渉は両国に影響を及ぼす漁業問題について実務的な協定を策定し、協力を促進することに焦点を当てるべきである。
(4) インドネシア、中国両国は漁業資源を共有し、新しい漁業技術を交換し、それによってそれぞれの漁民に対する圧力を軽減できるだろう。そしてまた、漁業におけるガバナンスと協力を強化するためのメカニズムを探り、海洋保護区を確立し、両国の所要に基づいて当該保護区での管理と法執行を調整できるだろう。両国は海洋生物資源の保全と保護を確実にするための共同施策を策定することにも合意するであろう。
記事参照:China and Indonesia can find common ground over a shared interest: fishing

1月16日「ナツナ海域の緊張はインドネシアの新たな地域統合軍にとっての試金石-シンガポール専門家論説」(RSIS Commentary, January 16, 2020)

 1月16日付のシンガポールThe S. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)のウェブサイトRSIS Commentaryは同所インドネシアプログラム・シニアアナリストTiolaの“Rising Tensions in Natunas: Test for Indonesia’s New Defence Commands”と題する論説を掲載し、ここでTiolaは最近のナツナ諸島周辺海域での中国漁船の違法操業事案にインドネシア国軍の新たな地域統合軍が対応したことについて、これはインドネシア政府が自国EEZの権利主張により強いアプローチを採用したことを意味するのと同時に、地域統合軍の意義が示された事例であるとして要旨以下のように述べている。
(1) 南シナ海において中国が主張する九段線と一部重複しているナツナ諸島周辺海域で中国とインドネシアの当局間で最近発生した問題は同海域の敏感さを象徴するものである。インドネシアEEZ内で違法操業する中国漁船に海警船舶が随伴することは初めてではない。2010年以降、インドネシアはこの海域で中国と少なくとも6回は衝突しており、これには違法操業する中国漁船取り締まりを中国海警船舶が妨害した事例も含まれている。しかし今回の緊張はインドネシアと中国の間により大きな亀裂をもたらしている。
(2) 何より中国漁船の数が大幅に増えており、最初に中国船を発見したインドネシアのBadan Keamanan Laut(海上保安機構:以下、Bakamlaと言う)によれば、2隻の海警とフリゲートを伴う約50隻の漁船が存在していたとされる。これらの中国船団は少なくとも2019年12月19日から同海域に長期間展開しており、2020年1月9日になってようやく同海地域を離れたという。そしてそのことはJoko Widodo大統領によるナツナに配備されたインドネシア艦艇視察へと繋がることとなる。さらに、インドネシアの外務省の正式な抗議に対し、中国外交部報道官は、「中国の漁民は『伝統的な漁場』で活動を自由に行うことができ、『中国が権利を有する客観的事実』は何も変わらない」と述べたという。
(3) このため、ジャカルタは本件対応に従来のような抑制的選択肢を採らないこととしたようである。今回、インドネシア政府はTentara Nasional Indonesia(インドネシア国軍)に対処を命じており、BakamlaやMinistry of Marine and Fisheries Affairsなどを含む非軍事組織が所掌していた従来の対応とは一線を画している。同国軍がナツナ海域でこのような作戦に従事すること自体ははじめてではないが、今回はその規模と対外発信がより強烈であることに加え、この作戦が新たに設置されたKomando Gabungan Wilayah Pertahanan(地域統合防衛軍:以下、Kogabwilhanと言う)によって実施されているのが注目点である。
(4) 2019年9月、インドネシア国軍司令官Hadi Tjahjanto空軍大将は、インドネシアの西部、中部、東部をそれぞれ責任範囲とする3つの新しいKogabwilhanの設立を発表した。この部隊は各地域での紛争に柔軟かつ迅速に展開できるように編成されている。各地域軍司令官は陸海空軍アセットを動員する権限を有しており、国軍司令官直轄の大将が指揮官となっている。西部を担当するKogabwilhan Iはリアウ諸島タンジュンピナンに所在し、マラッカ海峡、北ナトゥナ海からの脅威に対処する不可欠の存在である。Kogabwilhan IIは東カリマンタン州バリクパパンに所在し、インドネシアの新しい行政首都とされる地域の防空強化を目的としている。また、Kogabwilhan IIIはパプア州ビアクに所在し、国境及び水域の保全を担っている。Kogabwilhan Iは設立から4か月も経たずして主要任務でスポットライトを浴びることとなったが、この作戦に際しKogabwilhan Iは第1艦隊の7隻の艦艇と哨戒機を含む第1空軍の兵力を動員した。作戦は引火点周辺海域の1週間以上に亘る展開の後、Joko大統領の艦艇視察と引き続いての中国船団の同海域からの離脱をもって収束した。
(5) ナツナ海域でのKogabwilhan運用は次の3つの理由からインドネシアの防衛にとって重要な一歩であった。第一に、Kogabwilhan司令官の権限は国軍司令官の負担を軽減する。 Kogabwilhanの設立前は各軍種間の統合作戦は国軍司令官直率で実施されていたが、これは国軍司令官が戦略上の焦点を俯瞰的に見ることができないことを意味しており、作戦上の柔軟性が低下することとなる。実際、ナツナでの作戦中、Kogabwilhan Iの司令官はナツナに所在し、中国船の動向に関する情報に基づき柔軟に計画の変更を指示することができた。第二にKogabwilhanの存在はインドネシア国軍の各軍種間の相互運用性を活かすものであり国軍が過去3年間に追求してきた成果でもある。そして第三に、この作戦の成果はKogabwilhan設立が国軍高級将校のポスト確保のためなどとする一部からの批判に対し、国軍が外部からの脅威に対抗する方法論として大きな影響をもたらす可能性があることを実証したと言えるだろう。
(6) このようにKogabwilhanは特段の問題なくナツナ海域での作戦を実行できたが、これはこの部隊が北ナツナ海からの脅威に対処するための唯一の機関であることを意味しているわけではない。Joko政権下では多くの関係機関がナツナ周辺海域の問題を担当するよう所掌を割り当てられている。たとえば2015年、当時の政府は元水産大臣のSusi Pudjiastutiを長とする対違法漁業タスクフォースの設立など、非軍事機関による対応を選択している。このユニットはインドネシア海軍、国家警察、Bakamlaを含む他機関のリソースを調整する権限を有しており、ナツナ海域での外国漁船取締りに積極的であった。しかし、こうしたジャカルタのアプローチは2016年3月、インドネシアMinistry of Marine and Fisheries Affairsの船舶に曳航されていた中国漁船を中国海警が強制的に解放した事件後、インドネシア海軍が強力な抑止力としてナツナ周辺海域の哨戒任務を負うこととなるなど、より強硬な対応姿勢に変化している。もっとも最近の問題ではKogabwilhanも単独で行動していたわけではなく、Bakamlaもまた並行してナツナ海域における通常の哨戒活動を継続していた。
(7) ジャカルタの情報源によれば、本件の中国への対応に関する会議中、Kogabwilhanによる対応が最終的には採択されたものの、政府内の一部には国軍ではなくBakamlaに本件を担当させる案もあったという。したがって、中国からの投資に対する期待やインドネシア国内政治の問題も考慮すれば、将来、緊張の度合いに応じてインドネシアが再びアプローチを変えたとしても驚くには当たらないだろう。
記事参照:Rising Tensions in Natunas: Test for Indonesia’s New Defence Commands

1月16日「豪潜水艦計画に遅れ-デジタル誌報道」(The Diplomat, January 16, 2020)

 1月16日付のデジタル誌The Diplomatは、豪のSEA1000将来潜水艦計画において主要な里程標となる2つの事業に9ヶ月の遅れが生じていると豪会計検査院の報告書が指摘しているとして要旨以下のように報じている。
(1) 豪海軍のSEA1000将来潜水艦計画は、契約上の里程標となる2つの重要な事業が間に合わないと1月14日に豪会計検査院(以下、ANAOと言う)は発表した。「概念研究見直し(Concept Studies Review)」と「システム要求見直し(Systems Requirements Review)」である。この見直しは、仏国営潜水艦建造所Naval Groupが延期をした設計変更に対する懸念と同変更が豪海軍の運用要求に適合しているのかという懸念から豪国防省が延期したものである。豪国防省は、豪海軍に対して設計の予定線表は9ヶ月延長されたと2019年9月に通知していた。「システム要求見直し」は、2019年12月5日に開始されており、予定よりも5週間遅れている。豪国防省によれば、5週間の遅れは2021年1月に予定されている次の主要な里程標である「システム機能見直し」までに取り返しが可能である。
(2) ANAOの報告書によれば事前設計契約見積よりも計画は9ヶ月遅れている。「その結果、国防省は将来潜水艦の設計に3億9,600万豪ドルの支出が計画の2つの主要な設計に関わる里程標を達成するという点で完全に効果的であることを示すことができない」と付け加えている
(3) 豪仏は2016年12月に12隻のShortfin Barracuda通常型潜水艦建造について政府間合意に達し、豪政府は仏Naval Group社と戦略的共同合意(以下、SPAと言う)に署名した。SPAの交渉は2017年に開始されたが、知的財産権、不具合個所や工期の遅れに対する保証期間について合意に達せず、署名は何度も繰り延べされてきた。SPAに従えば、新潜水艦1番艦は2022年初めに建造を開始し、2030年までに豪海軍に引き渡される予定である。Collins級潜水艦は2026年までに除籍されると考えられているが、艦齢を延長し、一部は改修、性能向上が必要である。
(4) 豪国防省は最近の遅れは1番艦を2032年あるいは2033年までに就役させることに影響はないと主張し続けている。2019年11月時点での豪国防省の見積では12隻の潜水艦取得費は約550億ドルである。
記事参照:Australia’s Submarine Program Faces Delays

1月17日「中国に対するインドと米国―香港紙報道」(South China Morning Post.com, January 17, 2020)

 1月17日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“India and the US over China: Maldives picks a side in the Indian Ocean”と題する記事を掲載し、モルディブは中国に関し米国の海洋戦略に賛成し、インドとの関係を重視するとして要旨以下のように報じている。
(1) インド洋における地政学的競争が激しくなるのに伴い、モルディブは中国との関係悪化の恐れがあるものの、インドとの関係を重視するようになっている。「モルディブは米国のインド太平洋戦略を支持する」というのが2020年1月16日に行われたモルディブ外相Abdulla Shahidの独占インタビュー中のメッセージである。米国の戦略は中国を封じ込めるものと見られている。モルディブ外相はインドを「特別な」友人と表現し、インドとの関係はインド洋における影響力を拡大しようとしている中国の動向に対し、「同じ必要性、同じ安全保障上の関心」を持っていると述べている。彼の言葉は中国の顰蹙を買った。習近平は最近ミヤンマーを訪問し、インド洋における足がかりとなる港湾を建設するために、130億ドルを融資したばかりであった。モルディブ外相とのインタビューは、インド海軍参謀長Karambir Singhはニューデリーで行われた国際会議Raisina Dialogueに際して「インド洋における中国海軍のプレゼンスは急速に高まっており、インドの主権を侵害している。危険は今後も増大するであろう」と警告した直後に行われた。
(2) モルディブ外相は会議の合間に本紙に対し、中国はインドとの緊密な関係について満足しなければならないと示唆した。モルディブは中国との関係悪化を望んではいないが、国際社会は「モルディブとインドとの関係は特別であることを覚えておく必要がある」と語った。モルディブ外相は、中国を「戦略的競争者」および「修正主義勢力」と見なしインド太平洋戦略の一環としてインド洋と太平洋を横断する国際協力枠組みを構築しようとする米国の努力を支持し、会議は不和の種になるだけだとするロシア外相Sergey Lavrovの意見に反対した。モルディブ外相は、モルディブは米国主導の海洋戦略に賛成し、「インド洋には安定と自由な海上交通が必要である。特定の国の封じ込めとは考えていない、それは海洋の自由のためである」と述べた。モルディブ外相は、インド洋における中国の影響力の拡大を示唆しつつインドとモルディブは同じ安全保障上の懸念を持っていると述べた。「モルディブがインドの安全保障上の懸念を理解したからではなく、自身の安全保障上の懸念を感じたが故に、我々の関係が良好なものとなった。モルディブにとってインド洋は平和、安全、安定したものでなければならない。インドも同じであろう」と述べた。
(3) モルディブ外相の言葉は重要である。なぜなら、Abdulla Yameen前大統領が率いていた前政権は、極めて中国寄りであったと認識されていたからである。中国は、9,000平方キロメートルに広がり1,200を超える島の群島であるモルディブを、インド洋における「真珠の数珠つなぎ」戦略の重要な結節であると考えている。その一部は、パキスタンのグワダル、スリランカのハンバントタ、バングラデシュのチッタゴンからミャンマーで計画中のチャウピュ港まで、インド洋沿岸国に港湾を建設することである。前政権時、中国はモルディブのインフラに大規模な投資を行い、自由貿易協定に署名し、観測所の設立に同意した。観測所に関する問題は、中国がインド領海への出入りを監視できる可能性あり、インドの神経を逆なでした。しかし、こうした中国との緊密な関係は、Yameen前大統領が敗北した2018年の大統領選挙中にMohamed Nasheedが率いる野党からの激しい批判を受けた。モルディブ外相の言葉から、Ibrahim Mohamed Solih現政権の考え方を推察することができる。「Yameen前大統領のインドその他の国々との関係により、モルディブは途方もない打撃を受けた。彼は、幼稚なやり方でインドと中国を互いに競わせようとした」というのである。
(4) モルディブ外相は、現政府はまだ前モルディブ大統領の下で調印された自由貿易協定の今後について最終的呼びかけをしていないと述べた。2019年12月、モルディブはこの合意は「死んだ」と主張し、中国側から非難を受けた。外相はより外交的であり「自由貿易協定はまだ批准されていない。Yameen前政権はその件について議会にかけたが、反対派の我々がそれを通過させなかった。したがって再検討したい」と述べた。また、モルディブは引き続き中国との強い関係を追求するが、その関係は「相互尊重、主権の尊重、領土保全、国際法の尊重に基づくものである」とも付け加えている。同時に、中国の貢献を見逃してはならないが「インドは例えば、1988年のようなテロ攻撃、インド洋に押し寄せた2004年の津波などの危機に際し、ただちに支援に来ることができる唯一の国である」として、インドとの関係が特別であることも強調した。
記事参照:India and the US over China: Maldives picks a side in the Indian Ocean

1月19日「中国海警による南シナ海沿岸諸国に対する新外交―香港紙報道」(South China Morning Post, January 19, 2020)

 1月19日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“China likely to step up coastguard port call as part of South China Sea soft power play, analysts say”と題する記事を掲載し、中国が今後本格化させるであろう海警船舶を南シナ海の権利主張国へ寄港させる外交方針について要旨以下のように報じている。
(1) 北京は、南シナ海で領有権主張のために使用される準軍事組織の船団の一部とみなされているこの部局のイメージを和らげるべく、より多くの海警船舶を沿岸国に寄港させる可能性が高いと専門家たちは分析している。1月13日には海警5204が「人道的活動」を強調する動きの一環でフィリピンへの最初の「友好的な訪問」が実施された。海警5204はマニラサウスハーバーに入港し、バタンガス州のタール火山の噴火によって住む場所を失った数千人の避難民のための支援用物資を運搬した。また、北京とマニラの関係当局はまた、1月14日から16日まで開催した会議において海上法執行とその他の共通の懸念についての意見交換を実施した。
(2) シンガポールのNanyang Technological UniversityのS. Rajaratnam School of International Studies研究員Collin Kohは、この訪問は中国の海警が強制力であるという印象を和らげるのに役立ったと述べた。「北京はまた、この訪問を紛争にもかかわらず対立する国の沿岸警備隊あるいは海警総隊が協力できるという『好例』として利用することを望み、東南アジアの他の南シナ海の権利主張国が類似の交流に関して同様の措置を講じることを望んでいる」とKohは指摘している。
(3) フィリピン、インドネシア、マレーシアなどの近隣諸国が管理する海域でパトロール活動を実施している中国海警により南シナ海の緊張が再び燃え上がる中、この海警5204の訪問は行われた。北京に拠点を置く軍事評論家の周晨鳴は、近隣国同士の誤解の回避に役立てるため、中国が海警の友好訪問を増やすことが見込まれていたと指摘する。マニラは中国海警にとって最初の海外寄港地ではなかった。この栄誉は2016年11月にベトナム北東部のハイフォン市が受けている。
(4) しかし、中国の意思表示が友好的に見えたとしても、海警による外交はフィリピンの全ての地域で歓迎されたわけではない。議会の憲法改正委員会の議長でカガヤン・デ・オロ市選出のRufus Rodriguez議員は、海警船舶とその乗員たちはこの国の排他的経済水域においてフィリピンの漁師たちにハラスメントを実施している威嚇に用いられる道具であるため、歓迎すべきではないと述べた。
記事参照:China likely to step up coastguard port call as part of South China Sea soft power play, analysts say

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) Rocks, Reefs, and Nuclear War
https://amti.csis.org/rocks-reefs-and-nuclear-war/
Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, January 14, 2020
Michael O’Hanlon, a senior fellow and director of research in Foreign Policy at the Brookings Institution
Gregory B. Poling, director of the Asia Maritime Transparency Initiative and a fellow with the Southeast Asia Program at CSIS
 1月14日、米シンクタンクBrookings Institution上級研究員Michael O’Hanlonと米シンクタンクCenter for Strategic and International Studies(CSIS)Gregory B. Polingが、CSISのウェブサイトAsia Maritime Transparency Initiativeに“Rocks, Reefs, and Nuclear War”と題する論説を寄稿した。ここでO’Hanlon らは、①南シナ海の支配を求める中国に対し、米国は戦争を避けながら中国の前進を遅らせているが、現状が安定している訳ではない、②多数の軍事演習の想定では、結果はハッとさせられるようなもので、一部の演習では米国及び同盟国の指導者が躊躇している間に係争中の島嶼を最小の犠牲で奪取するといった中国による既成事実化で終わっている。この種の想定では国際規範、米国の同盟、米国の安全保障にかなりの損害がもたらされるとしており、米国と同盟国の国家安全保障に相当な損害をもたらし、さらに多くのシミュレーションでは事態は米中を核戦争の瀬戸際にまで導く全面的な紛争へとエスカレートしている、③よって、事態を拡大させやすい軍事力を投入しての対応のみに頼るのではなく、非対称的な防衛と反撃の戦略を準備する必要があり、そのためには経済制裁及び外交的な孤立を狙った手段が考えられる、④軍事的対応は重要だが、支援の役割で機能し、例えば、武力侵攻の現場付近で米軍と同盟軍の姿勢を強化し、さらなる敵の前進に対する防御線を構築することが重要である、⑤中国はこのような非対称防衛戦略に経済的報復で対応することが予想されるため、米国と同盟国は危機が発生する前に経済の弾力性と抑止力を強化する必要がある、と主張している。
 
(2) Are Indonesia, Vietnam and Malaysia about to get tough on Beijing’s South China Sea claims?
https://www.scmp.com/week-asia/politics/article/3046622/are-aseans-big-players-about-get-tough-beijings-south-china-sea
South China Morning Post.com, January 18, 2020
 1月18日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、"Are Indonesia, Vietnam and Malaysia about to get tough on Beijing’s South China Sea claims?"と題する論説記事を発表した。ここでは、インドネシアが南沙諸島の南約1,100キロに位置し、中国との争いが続く自国領土のナツナ諸島に軍艦を派遣したことを取り上げ、そうした強い姿勢で中国に対抗するインドネシアであるが、一方で、ASEAN諸国のインドネシアや中国に対する外交姿勢は必ずしもインドネシアに有利なものではなく、専門家らもベトナムなどのASEAN諸国を含むアジアの国々は中国との重要な経済関係を損ねたくないだろうとして、インドネシアの対中政策の難しさが指摘されている。