海洋安全保障情報旬報 2019年8月11日-8月20日

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8月11日「ASEANの『インド太平洋概観』は何故作成されたのか?-米専門家論説」(East Asia Forum, August 11, 2019)

 8月11日付の豪 Crawford School of Public Policy at the Australian National Universityのデジタル出版物であるEASTASIAFORUMはAmerican University, International Relations特別教授Amitav Acharyaの“Why ASEAN’s Indo-Pacific outlook matters”と題する論説を掲載し、ここでAcharyaは、ASEANが発表した「インド太平洋概観」は、同地域における新たな地域秩序の構築についてASEANが積極的に関与していくという政治的、外交的な意志表明であるとして要旨以下のように述べている。
(1)2019年6月23日、ASEANは1年以上の審議を経た後、「インド太平洋概観」を採択し、バンコクで開催されたASEAN地域フォーラム(ARF)において発表した。この概観は「アジア太平洋、インド洋地域におけるASEANの関与の指針」を示すものとされ、以前、インドネシアが提案した考え方にも類似している。地域概念としてのインド太平洋という考え方は決して新しいものではなく、インド洋と太平洋を結び付ける方法として政策コミュニティにおいて広く議論されて来た。しかし、この概念は米国のTrump政権が採用したことによって、より多くの意味を帯びるようになった。
 (2) インドネシアはASEANのリーダーとして、中国を孤立させることを目的とした米国のアプローチを排他的と見なして不快感を抱いている。日米豪印4ケ国枠組み(Quad)をASEANの関与なしに域外国が力を行使する潜在的な戦略的連合と見なしているのである。ジャカルタはこれに対応し、過度に軍事的な戦略であるよりもむしろ、中国に対する態度を含むASEANの包摂性、コンセンサスの原則など、規範に基づく政治的、外交的なASEAN中心のインド太平洋戦略を提唱している。その違いはインド太平洋について使用する用語に象徴されている。例えば、米国は日本の安倍晋三首相が提唱する「自由」で「開かれた」インド太平洋という用語を使用しつつも実際にはより明白な軍事戦略的指向を持っている。これに対しインドネシアは「開かれた」、「包摂的(inclusive)」なインド太平洋を求めているのである。米国は「包摂的」という用語を、インドネシアは「自由」という用語を使用していないが、この「自由な」という米国の考え方は国内の政治的開放性と優れたガバナンスを考慮要素に中国の問題を念頭に置いており、一方、「包摂性」というインドネシアの用語は中国を孤立させることを意図していないことを意味しているのである。そしてインドは、「自由で開かれた包摂的なインド太平洋」を求め、その中道を歩んでいるかのようである。
 (3)この「概観」はインドネシアを「海洋の支点」とすることを目指すJoko Widodo大統領が主導するジャカルタによるインド太平洋構想に基づくものである。これは「包摂的」なものであり、米中のみならず日印露など、域外大国については一切言及しておらず、戦略的な表現を避けており軍事的側面を有してはいない。むしろ、ASEANの「包括的安全保障」アプローチや、海洋分野における協力、連結性の強化、持続可能な開発目標(SDGs)、経済その他の可能性のある協力などに重点が置かれているのである。また、この概観は制度化を好まない伝統的なASEANウェイを色濃く反映した、一種の「指針」と考えられるものである。さらにこれは、東南アジア友好協力条約や東アジア首脳会議など既存の規範やメカニズムとの親和性を強調しており、新たなメカニズム構築やその置換を意図したものではない。その意味で概観は、インド太平洋地域における新たなアーキテクチャの構築において「ASEANの中心性」(抄訳者注:アジア太平洋地域におけるEAS、ARFなどの多国間枠組み構築に際しASEANが主導的役割を果たして来たとする考え方)を維持し、同地域における「バランスオブパワー」的なアプローチとは一線を画するという決意を反映したものとも言える。
 (4)一部の西側専門家は概観が中国を対象として明示していないことからその重要性を否定するが、この指摘はASEANの創設以来のアプローチという点を見落としている。 地域安全保障におけるASEANの役割は紛争解決のためのハードパワー行使ではなく、規範の設定と信頼醸成なのである。すなわち、問題は文書自体ではなく西側諸国とASEANとの考え方のギャップという事である。ASEANの考え方は古典的な勢力均衡体系における行動を志向する大国を失望させるかもしれないが、ASEANは元よりそうした立場に与するものではない。この概観も典型的ASEANスタイル(抄訳者注:コンセンサス重視で玉虫色の表現になりがちなことを揶揄的に指す意味)で書かれてはいるものの、南シナ海など重要な問題を無視しているわけではなく、この文書中には「紛争の平和的解決、海上における安全及び安全保障、航行及び上空飛行の自由、海上における海賊行為や武装強盗への対応」といった項目も示されている。前述のとおり、この概観では「自由」という用語の使用が慎重に避けられているが、一方では上述のようにワシントンにとっての重視事項である「航行の自由」への言及もなされている。このことは地域におけるコンセンサス形成の推進者としてのASEANの伝統的役割を象徴するものでもあるが、この点は米中対立の緊張が高まる中で特に重要である。
 (5)結論として、この概観はASEANによる外交的、政治的主張であり、 ASEANとしてはインド太平洋地域の新たな国際秩序構築に係る独自のアイディアを有していることを世界に向けて発信しているのである。これらは当初、日米豪印など域外諸国によって推進されていた考え方であるが、ASEANはインド太平洋地域の新たな国際秩序構築の主導権を域外諸国には渡さないという意志を示したということでもある。また、この概観は米中その他すべての域外主要大国と渡り合うに足る潜在的パワーを有するASEAN唯一の国家、インドネシアの役割を念頭に置いたものであるが、このことは「ASEANの中心性」を維持するためにも極めて重要である。
記事参照:Why ASEAN’s Indo-Pacific outlook matters
(関連記事)

8月16日「ASEANもついに『インド太平洋』の対話に参入-シンガポール専門家論説」(East Asia Forum, 16 August 2019)

 EASTASIAFORUMは上記の関連記事として8月16日付でシンガポールのThe S. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)Centre for Multilateralism Studies上席分析員Nazia Hussainの“ASEAN joins the Indo-Pacific conversation”と題する論説を掲載し、ここでHussainは、ASEANが発表した「インド太平洋概観(AOIP)」は、進化しつつあるインド太平洋の地域概念に「ASEANの中心性」を組み込んでいくための最初のステップであると述べている。
記事参照:ASEAN joins the Indo-Pacific conversation

8月12日「『4カ国枠組み』による沿岸警備隊協力態勢の形成―豪専門家論説」(The Interpreter, August 12, 2019)

 8月12日付の豪The National Security CollegeのウエブサイトThe Interpreterは、同Collegeの上席研究員David Brewsterの “It’s time for a ‘Quad’ of coast guards”と題する論説を掲載し、寄稿し、ここでBrewsterはオーストラリア、インド、日本及び米国のインド太平洋地域の海洋民主主義国からなる、いわゆる「4カ国枠組み」(The Quad)は沿岸警備隊の連合を形成すべしとして要旨以下のように述べている。
(1)オーストラリア、インド、日本及び米国のインド太平洋地域の海洋民主主義国からなる、いわゆる「4カ国枠組み」(The Quad)は有益な枠組みだが、十分に活用されているとは言い難い。インド太平洋における海洋安全保障を強化する「4カ国枠組み」による最も効果的な方法の1つは、これら諸国の沿岸警備機関の活動を調整することであろう。高圧的な中国の行動による地域の不安定化に対処するために、各国の海軍間の協力に関心が高まっている。しかし、海洋安全保障を維持する地道な活動の多くは、益々各国の沿岸警備機関の任務となってきている。この地域のいわゆる「ホワイトハル」(抄訳者注:沿岸警備隊などの海上法執行機関船舶の意)は、海賊行為、密漁、人道支援・災害救助、捜索救難、及び麻薬、密入国者そして武器の密輸などの海洋安全保障の諸問題への対処に当たって、しばしば最前線で活動している。また、「ホワイトハル」は、伝統的な海軍の予備戦力としての役割も益々重きをなしてきている。東シナ海と南シナ海における海洋境界を巡る紛争においても、今やしばしば中国と他の諸国との沿岸警備隊間のせめぎ合いに終始している。こうした傾向は今後も続くとみられ、「ホワイトハル」はかつてない大きな責任を果たすようになろう。
(2)海軍は長い間、安全保障協力の最前線にあったが、海軍間の協力は、コストと政治の両面から大きな制約を受けることもあり得る。「グレーハル」(抄訳者注;海軍艦艇)の海軍の主たる目的は戦争遂行にあり、したがって、一部の国は作戦レベルの海軍間協力に対して慎重である。他方、沿岸警備隊は、海洋における法執行が任務であり、国際的な協力のための便利なツールとなり得る。インド太平洋地域における各国の沿岸警備機関は、協力関係を深めつつある。「アジア海上保安機関長官級会合」(HACGAM)は、加盟22カ国の沿岸警備隊(海上保安庁)の間の連携と情報共有のための地域会合である。2020年にオーストラリアで開催される第16回年次HACGAM サミットは、オーストラリアにとってアジア全域にまたがる沿岸警備隊との運用上の連携を強化する重要な機会となろう。更に、沿岸警備隊においては2国間協力も強化しつつある。日印両国の沿岸警備隊は、2000年からインド南部海域で合同訓練を実施してきた。日本の海上保安庁は、特に東南アジアとインド洋地域の数カ国と連携して、この地域の海上保安能力の構築支援における日本の努力の最前線に立っている。オーストラリアの国境警備隊も近年、主として2国間ベースで域内諸国との関係強化に積極的である。
(3)しかしながら、オーストラリア、インド、日本及び米国が現在実施中のこの地域における能力構築支援は様々で、大きなギャップがある。ここに、「4カ国枠組み」が機能する余地がある。「4カ国枠組み」は、4カ国の幹部職員間で認識を共有するための有益なフォーラムとなり得る。一部の国は、特にそれが軍事同盟と認知されるのを嫌って「4カ国枠組み」に慎重な姿勢を示している。インドが年次合同海軍演習Malabarへのオーストラリア 海軍参加に気乗りしなかったのは、これが理由である。4カ国の沿岸警備機関による「4カ国枠組み」での協力は、こうした微妙な政治的問題に対する代案となり得る。沿岸警備隊は、海上法執行機関として、軍事同盟への懸念を抱かせることなく、安定し、安全な海洋情勢を構築する上で多くの有益な成果をもたらすことができる。オーストラリア、インド、日本及び米国の沿岸警備隊による「4カ国枠組み」は、海軍間の協力に伴う政治的な諸問題に煩わされることなく密漁や密輸、その他の海洋法令執行活動を遂行することができよう。このことは4カ国の沿岸警備機関の協力を強化し、南シナ海、太平洋及び西インド洋を含む、インド太平洋地域全域に跨がる他の諸国の沿岸警備機関との協力関係を強化する中核グループとなり得るであろう。オーストラリアは、アジア、太平洋及びインド洋における友好国とパートナー諸国の能力を強化するために、革新的な方法を見出す必要がある。「4カ国枠組み」を通じての協力と調整は、我々の限りある資源を有効に活用する効果的な方法となろう。
記事参照:It’s time for a “Quad” of coast guards

8月12日「イエメン分離主義者、戦略要地アデン港を奪取―米メディア報道」(CNN, August 12, 2019)

 8月12日付の米ニュースチャンネルCNNのウエブサイトは、“Yemen separatists say they’ve seized the key port of Aden”と題する記事を掲載し、イエメン内戦においてSouthern Transitional Councilがアデンを奪取したことや、この内戦における複雑な対立構造について、要旨以下のように報じている。
(1)イエメンの分離主義者たちは、国際的に承認されている政府を支援する部隊との数日間の戦闘の後、戦略的な都市アデンの支配権を握った。Southern Transitional Council(以下、STCと言う)の報道官はCNNに、彼らが大統領府、港及び空港を含むこの都市を奪取したと語った。アデンは、2014年にフーシ派の兵士がサナアを奪取して以来、サウジアラビアが支援する政府の所在地だった。しかし、国際的に認知されているこの国の政府の内務大臣Ahmed Al-Maysaryが、彼が「成功したクーデター」と呼んだものに対して敗北を認めた。UN Office for the Coordination of Humanitarian Affairsが言及した速報によれば、アデンでの戦闘で約40人が死亡し、260人が負傷した。
(2)この都市を守るために、サウジアラビアが主導する連合は、追い詰められた政府に「直接的な脅威」をもたらすという標的を攻撃し、STCに直ちに撤退するよう命じたと述べた。連合は標的を明確にしなかったが、「これは最初の作戦であり、誰も連合の声明に従わない場合、その後に別の作戦が続くだろう」と警告した。しかしSTCの報道官は攻撃を軽く扱い、CNNに連合の空爆がアデンの大統領関連施設の空地を攻撃したと語った。
(3)南部分離主義者とアデンの政府との戦いは、イエメンにおける紛争の複雑さを示している。双方は、北部におけるイランに支援されたフーシ派反政府勢力と戦っている連合の一部だが、南部の分離主義者はアラブ首長国連邦によって支援されており、国際連合が承認したAbdu Rabbu Mansour al-Hadi政府はサウジアラビアに支えられている。この両者は以前、アデンの支配を巡って衝突している。サウジアラビアの公式報道機関によると、8月11日にサウジアラビア国王Salman Bin Abdelazizは亡命したイエメン大統領とリヤドで会談した。サウジアラビアは紛争で主要な役割を果たしており、フーシ派反政府勢力に対する連合を率いている。これとは別に、STCはリヤドで開催される国際的に承認された政府との協議の招待を受け入れたと述べたが、その日付はまだ決まっていないと述べた。
記事参照:Yemen separatists say they’ve seized the key port of Aden

8月12日「大国の競争が北極にまで及んでいる―米誌論説」(National Defense, August 12, 2019)

 8月12日付の米国防関係誌National Defenseウエブサイトは、“Great Power Competition Extends to Arctic”と題する記事を掲載し、大国の競争が北極に及んでいるとして要旨以下のように述べている。
(1)長年にわたって北極圏では過酷な環境のため、各国は豊富な天然資源を採掘し主要な輸送ルートにアクセスすることができなかった。しかし、気候が温暖化し、氷の厚い壁が溶けてきたため、この地域での経済活動が激しくなっている。「この地域は権力と競争の舞台になった。北極圏周辺の8ヵ国はこの新しい未来に適応しなければならない。我々は北極圏での戦略的関与の新しい時代に入り、北極圏とその物的財産、その地域におけるすべての利益に対する新たな脅威を完全に直面している。」と2019年5月の第11回北極評議会閣僚会議で米国務長官Michael Pompeoは述べた。2019年6月に出された米国防総省の新たな北極戦略は、これらの脅威に焦点を合わせ、ロシアが自らを「北極の大国」と考えていることを指摘している。2014年のロシア北方艦隊統合戦略司令部創設以来、ロシアは整備された飛行場、新しい軍事基地、防空システムのネットワークを増加させ、北極における配備を強化している。中国は北極圏に領有権を主張していないが、自らを「近北極国家」と宣言することで、この地域での存在感を高めることを目指している。中国は、経済的に関与すること、戦略的な施設や科学調査活動への投資を増やすことにより、天然資源と新しい航路へのアクセスを獲得したいと考えている。「中国とロシアはそれぞれの立場で個別の異なる課題を提起しているが、どちらも北極圏での活動と能力を追求しており、それは米国にリスクをもたらす可能性がある。国防戦略の実行という文脈の中で、米国防総省は北極圏が米国の国益を保護する安全で安定した地域であり、米国本土が防衛され、共有する問題に対応する国々と協調して行動することを確実にするために統合軍を準備、体制作りを続けていく。」と新戦略は述べている。米シンクタンクArctic Instituteの社長兼業務執行取締役Victoria Herrmannは、新戦略には「まだ知らなかったことは何もないが、議会が地域に予算を提供する方法を意思決定するための基盤を築いた」と述べた。
(2)北極圏の状況は急速に変化しており、今後10〜20年は戦略的な意味を持つと、米国立雪氷データセンター所長Mark Serrezeはインタビューで話した。NASA のJet Propulsion Laboratoryによると、9月の北極の海氷は10年で12.8%の割合で減少している。彼は、ロシアが戦略的に優位な地域でも氷が溶けていると指摘した。氷の多くは、ベーリング海峡とコラ半島を結ぶ通路の北極海航路に沿って消えつつあると彼は言った。石油と天然ガスの埋蔵量が豊富な大陸棚の多くはロシアの海域にあり、ロシアはそのような資源へのアクセスが容易になる。「ロシア沿岸の北極海航路に沿って夏には氷がかなり後退しているのを見てきた」と彼は言った。ムルマンスクからベーリング海峡までの区間では氷はなくなっている。
(3)現在、米国は、新しい砕氷船を建造し、この地域でのその役割を確立することにより、競争相手に追い付こうとしている。「カナダやロシアとは異なり、米国は『消極的』と呼ばれることが多い。米国は北極圏に投資してこなかった。戦略的にも運用面でも投資していない」とVictoria Herrmannは述べた。米沿岸警備隊は、この地域での存在感を高めることが期待されている。北極を守る船艇として6隻の新しい砕氷船の取得が計画されている。現在、1隻の大型砕氷船Polar Star と主に研究に使用されている中型砕氷船Healy1隻がある。対照的に、ロシアには約40隻の砕氷船があり、増強を続けている。露通信社TASS は2019年5月にロシアが年間を通じて原子力砕氷船を運航する準備をしていると報告した。米沿岸警備隊の最初の3隻の極地用巡視船は2027年頃に配備される予定であると沿岸警備隊司令官Karl Schultz大将は2019年5月に語っている。 2019年4月、米VT Halter Marine Inc. は、最初の砕氷船を建造するために7億4,590万ドルの契約を結んだ。新たな砕氷船は、最大21フィートの氷を砕き、135人の乗組員を収容することができる。「この船は、沿岸警備隊のあらゆる任務を遂行できるように近代的な機能を備える。活動がさかんな場所では、大規模な捜索救助のリスクが高くなる」と基調講演で司令官は語った。米沿岸警備隊は2019年4月に新しい北極戦略概観を発表した。そこには「この地域において戦略的競争により経済的および地政学的な利点を求めて北極圏に目を向ける国が増えているため、沿岸警備隊のリーダーシップとプレゼンスの需要は増え続ける」と書かれている。この戦略概観では、砕氷船のほかに、航空機、無人の自律型システム、追加の人員が望ましいとしている。新しい巡視船は、沿岸警備隊のヘリコプターとドローンを運ぶことができる。新戦略の一部には、北極圏の通信の改善が含まれている。静止軌道の衛星が北極圏をカバーせず、船艇や航空機のアンテナが氷に覆われたり、荒天によってリンクが中断されることが多いため、北極圏の通信は大変困難である。沿岸警備隊は国土安全保障省の科学技術局と提携して、昨年末にこの地域で小型人工衛星cubesatを打ち上げたが、秘話の通信チャネルを確立するには、より大きな努力が必要となると司令官は指摘した。沿岸警備隊の戦略には、北極評議会、北極沿岸警備隊フォーラム、国際海事機関などの関係機関との連携を強化することにより、地域における「規則に基づく秩序」を促進することも含まれている。
(4)米沿岸警備隊は北極圏の作戦を主導することが期待されているが、米海軍はこの地域への参加の方策を検討している。米海軍長官Richard Spencerは、2018年12月に、アラスカに戦略的な港を開設し、北西航路で航行の自由作戦を行うことを希望すると述べた。それは、米国の商業船が攻撃されるといったリスクを軽減するのにも役立つと彼は述べた。「米国のクルーズ船に問題があったとき、ロシア人が救出を行うと想像できますか?」と彼はInternational Maritime Organizationで発言している。米海軍は大国間の競争によってもたらされる脅威を認識しているが、2019年1月に出された北極戦略的見通しによると、この地域で大規模な紛争が発生する可能性は低いと考えている。その戦略的見通しは、これまでのところ、関係国は国際法に従っている国々であり、米海軍は紛争の抑止と米国の国益の保護に集中していると述べている。米沿岸警備隊は北極圏のほとんどの海上任務を遂行しているが、米海軍は北極沿岸警備隊フォーラムなどのイニシアチブを通じて国際パートナーとの協力を続ける予定である。また、米海軍は北極圏の共通の利益を補完的な方法で対処するためカナダ海軍と連携している。
(5)北極海での課題は、海流、風、水温、気温、海水の飛沫、日照時間などの環境要因の絶え間ない変化である。また、多くの地域で正確な海図が不足している。米海軍が隔年に北極で行なう潜水艦の訓練ICExでは、地域パートナーとの戦術、術科及び手順の検証も行われている。2018年には複数の潜水艦が演習のために北極圏の通過を実施した。
記事参照:Great Power Competition Extends to Arctic

8月13日「非軍事的な要因が北極のパワーバランスを形成する―米誌記事」(National Defense, August 13, 2019)

 8月13日付の米国防関係誌National Defenseウエブサイトは、“Non-Military Factors Shape Arctic Power Balance”と題する記事を掲載し、非軍事的な要因が北極のパワーバランスを形成しているとして、要旨以下のように述べている。
(1)あるアナリストによると、軍事的プレゼンスを確立することは、北極圏で影響力を獲得するためのコインの片方にすぎない。もう片方は、経済的及び外交的要因である。たとえば、「この地域での中国のほとんどの関心は経済に基づいている。私は中国が北極圏の軍事的脅威とは考えない。中国のすべての活動は、いかなる形態の軍事的関与ではなく、経済的な可能性に焦点を合わせている」と米Arctic Institute社長兼業務執行取締役Victoria Herrmannは述べている。さらに、ロシア領土内で多くの氷が溶けている。このため、北極海航路のような重要な地域周辺の活動について米国の発言が限られたものになっていると彼女は述べている。
(2)砕氷船の配備に加えて、米国は大陸棚の延長が排他的経済水域を超えた地域についても科学的な主張をすることで、その影響力を拡大できると彼女は指摘している。それは、米国が鉱物と石油に対し主権を持つ海底を拡大できることを意味する。しかし、それには米国が国連海洋法条約に署名する必要がある。「米国はロシアの海域と北極海航路内のいかなる資源への関与が限定的であるだけでなく、200海里の排他的経済水域を超えているものへの関与も限定的である」と彼女は述べた。しかし、「アラスカ選出の上院議員Lisa Murkowskiのような北極政策の支持者は、国連海洋法条約に署名することを支持し続けているが、共和党の主流ではあまり注目されていない」として、米国が国連海洋法条約の署名を決定する可能性は低いと彼女は指摘した。さらに、北極評議会との2019年5月の会議で、米国は地球温暖化に対処するために地域を管理する持続可能な方法を確立する協定に署名しなかった。「署名拒否は、我々がかつてそうであったような良好は戦略的パートナーであると見られないために、北極評議会で非協力勢力とみられ、十分な影響力を行使できないことを意味する」とVictoria Herrmannは言う。
記事参照:Non-Military Factors Shape Arctic Power Balance

8月15日「フィリピン海域における中国艦艇による海洋調査のダブルスタンダード―比ニュースサイト報道」(INQUIRER.net, August 15, 2019)

 8月15日付の比ニュースウェブサイトINQUIRER.netは、“How China’s failure to observe rules in PH waters clashes with own policy”と題する記事を掲載し、フィリピンの海域を通過する際にプロトコルを順守しない中国艦の行動は、自国海域における政策と矛盾しており、その「ダブルスタンダード」を際立たせているとして、要旨以下のように報じている。
(1)University of the Philippines Institute for Maritime Affairs and Law of the Sea所長のJay Batongbacalは、中国は、外国軍艦が自国領海に入る際に通知し承認を求めるよう要求しており、「事前の通知とフィリピンの承認なしの中国の軍艦のフィリピン海域への進入は彼ら自身の海洋政策に矛盾し、まさにダブルスタンダードを示している」と指摘している。
(2)フィリピン軍は8月14日、7月と8月にシブツ海峡で5隻の中国軍艦による事前通知のない通過という新たな事件を明らかにした。シブツ海峡は、フィリピンの群島及び領海内にあるタウイタウイの近くに位置する国際海峡である。外国商船はフィリピン領海を通過する際に無害通航権を有する一方、外国の軍艦は少なくともフィリピン当局に事前に通知する必要がある(編集注:国連海洋法条約では軍艦も無害通航権を有しているが、ここではフィリピン政府としての立場が述べられている)。「歴史的にフィリピンの立場は、軍艦は少なくともフィリピン領海や群島水域に入る前に通知を行うべきだということである」とBatongbacalと指摘している。彼によれば中国の「フィリピンの疑問を認知せずに通過する」行動はフィリピンの正当な海洋安全の規制に反する。
(3)フィリピン当局に通知せずフィリピンの領海を通過した最新の中国艦は、高度な能力を備えた東調級情報収集艦「天王星(853)」であり、2018年8月4日にシブツ海峡にある西ミンダナオ軍司令部によって撮影された。「この区域を通過することは母港に戻るルートに適しているように見えるが、このような通過の考えは、関心のある情報を収集する手段として使用する可能性があり、たとえ特定の軍や存在を特に対象としていない場合でも、事実上この機会に便乗している可能性がある」とシンガポールの安全保障の専門家であるCollin Kohは、INQUIRER.netに語った。フィリピン南部とボルネオを隔てる近くのスールー海も本質的に戦略的であり外国の海軍艦艇が頻繁に訪れているため、中国が興味をもっている可能性が高い。「中国人は『電子戦力組成』(electronic order of battle:以下、EOBと言う)と呼ばれるものを構築する、または基本的にその地域の電子状況把握(electronic domain awareness)を強化することに熱心であると一般的に考えられる」「このようなEOBまたは状況把握は、包括的なデータベースを構築するのに時間がかかる。1度の任務だけでは不十分である」とKohは述べた。
(4)フィリピン軍にとっては中国の軍艦が実際に何をしようとしているのかわからない。「彼らは監視、研究又は調査を行っているかもしれない。それが、彼らがそのような行動をとる前に取り組まなければならないプロセスを必要とするものである」「それこそが、我々が対処する必要がある安全保障上の脅威である」とフィリピン軍報道官Edgard Arevalo准将は述べた。
記事参照:How China’s failure to observe rules in PH waters clashes with own policy

8月15日「ロシア海軍艦艇30隻がノルウエー沖に出現―ノルウエー紙報道」(The Barents Observer, August 15, 2019)

 8月15日付のノルウエーのオンライン紙The Barents Observerは、“30 Russian naval vessels stage show of force near coast of Norway”と題する記事を掲載し、ロシア海軍艦艇30隻がノルウエー沖で演習を行っているとして要旨以下のように報じている。
(1)ロシアの海軍のノルウェー海沖での演習はしばらく前から行われており8月5日の週の初めに4本の航行警報が出されていた。しかし、その規模にノルウェー人は不意を突かれた。ノルウェー軍代表が「非常に複雑な作戦」と呼ぶ演習に水上艦、潜水艦、補給艦を含む合計30隻のロシア海軍艦艇が参加していたのである。強力な艦隊にはロシアの北海艦隊、バルチック艦隊、黒海艦隊の部隊が含まれていた。ノルウェーの放送局NRKとのインタビューで、ノルウェー軍参謀長Haakon Bruun-Hansen 大将は、演習の目的はNATO のバルト海、北海、ノルウェー海へのアクセスを阻止することであると述べた。「これは、ロシアがこの海域でのNATOの活動阻止を目的として能力の高い艦艇、潜水艦、航空機を配備することにより領土と国益を守ろうとする演習である。この状況は『国家的な課題』を生起している」とも述べた。ロシアの艦隊は、Udaloy級駆逐艦Severomorskに率いられており、最新鋭フリゲートAdmiral Gorshkovも参加している。この訓練においては航洋曳船Elbrus、救助曳船Nikolay Chikerが対抗部隊として参加した。これらの艦艇に加え、対潜機、戦略爆撃機も参加している。
(2)ノルウェー軍参謀長によればロシアは米国とNATOにシグナルを送っているとのことである。「これは、我々が以前に見た冷戦時代の大国のライバル関係の構図である。ノルウェーは、ほとんど目標とはなっていないが、地理的に不都合な地域に位置しており、両国間の潜在的な対立に引き込まれる可能性がある。我々の問題は、国がそれに対してできることがほとんどないということである」と参謀長は言う。しかし、彼は、ノルウェーが安定化政策を講じるべきであり、対立がその地域でさらに対立を生むことを避けるように努めなければならないと述べた。ロシア軍がノルウェー沖で演習を実施したのは初めてではない。しかし今では、演習内容は以前よりもはるかに包括的である。ノルウェー国防相Frank Bakke-Jensenは、この状況に不満である。「ノルウェーは、国内での訓練・演習、同盟国との共同訓練を計画し、構成するに当たって予測精度と制約を重視している。我々はロシアが同国から大きく西に外れたノルウェーに近い海域で訓練を実施する妥当な軍事的理由を理解できない。ノルウェーはロシアの演習は心外であり、演習状況を注視する」と彼は強調した。隣国ロシアとの緊張が増す状況は、ノルウェーの国防予算の増加につながっている。参謀長は2019年4月、議会から新しい長期軍事計画についての情報提供を要請された。「軍事評議会は我々の計画が国防とNATOからの支援に適合できるよう軍の強化を提言するだろう」と述べた。
(3)現在、ノルウェー海沖で訓練中の30隻のロシア艦船に加えて、ロシア海軍は8月12日の週にさらにいくつかの場所で積極的かつ同時に訓練に実施している。合計6隻の艦艇から成る2個掃海隊がバレンツ海で訓練を行い、ロシアの北東端で10隻の艦隊と千人以上の兵士がカムチャツカ沖で訓練を行っている。さらに、Oleg Golubev中将が率いる強力な艦隊が北極圏の長距離航海に出ている。この航海にはロシアのいくつかの新しい北極圏の基地への訪問が含まれている。大型対潜艦(Udaloy級駆逐艦)Vice Admiral Kulakov等から成る別の艦隊がエニセイ川の港町ドゥディンカに到着した。ロシア北海艦隊は過去数年間、同様の長距離北極圏演習を実施しているのである。
記事参照:30 Russian naval vessels stage show of force near coast of Norway

8月16日「政軍関係から対潜戦を考える-米陸大教官論説」(The Diplomat, August 16, 2019)

 8月16日付のデジタル誌The Diplomatは、米The U.S. Army War College教官Robert Farleyの“Understanding Civil-Military Relations and Anti-Submarine Warfare”と題する論説を掲載し、ここでFarleyは政治の厳しい制約の故に対潜戦能力を向上させてきた海上自衛隊と対比し、歴岸的な背景を持たないにもかかわらずここ10数年間に急速に対潜戦能力を拡大してきた人民解放軍海軍を事例に政軍関係からの対潜戦を考察して要旨以下のように述べている。
(1)対潜戦に関して日英の経験を考えてみることは現代の海軍が同じ任務にどのように適合してきたかを評価する上で有用である。米海軍士官でNaval Postgraduate School学生であるPhilip Ramirezは、政軍関係の構造が、海軍が対潜戦をどのように考えるかを理解する鍵であり、少なくとも第2次大戦における主要な通商破壊戦の文脈においてそうであると主張する。対潜戦は現代の海軍にとっても中核の任務であり、そしてもちろん政軍関係の構造が、軍組織が任務にどのように備えるかにとって非常に重要である。これらの力学が東アジア最大の海軍においてどのように作用するのであろうか?
(2)日本の対潜戦への適応は過剰な決定であった。帝国海軍が敵の潜水艦戦にうまく対処することに失敗したことは戦後の海上自衛隊建設に明らかに関わり合いがある。その1つは、日本の国家安全保障に関わる人々は潜水艦戦に対する脆弱性と、ソ連と中国が潜水艦部隊の建設に重点的に投資すると決定したことで、その脆弱性が増したことを正確に理解した。他方、対潜戦は海上自衛隊が憲法上負わされている防衛上の制約にも完全に適合している。利用できる資源、文民の監督、歴史的経験が海上自衛隊を一流の対潜部隊に向かわせた。
(3)人民解放軍海軍は対潜戦に関して全く経験がない。対外貿易に依存しておらず、わずかな水上部隊しか存在しない草創期の人民解放軍海軍にとって対潜戦へ多くを投資する必要がなかった。しかしその後、人民解放軍海軍の外洋での任務が増えたことで、対潜戦により多くの資源と関心を向けていった。
(4)中国は過去10年間に対潜戦能力を大幅に発展させてきた。この理由は中国における政軍関係の構造と関係があるかもしれない。しかし、明らかではない。人民解放軍海軍は確かに、日本陸海軍が享受したように中国政治を支配するなにものかに欠けている。さらに、中国軍の構造は戦前の日本のものとは明らかに異なっており、人民解放軍の主要な構造は陸、海、空の軍種間の秩序を強調している。したがって、人民解放軍海軍は日本海軍が享受したようなその戦略に基づいて兵力組成を構築する自由をおそらく欠いているだろう。他方で政治的指導者から指示があったのか否かは不明なるも、人民解放軍海軍の対潜戦に対する最近の関心は必ずしも合理的な評価ではない何かと関係があるということを示している。
(5)このように、海上自衛隊は政治と歴史によって厳しく制約された環境下で対潜戦能力を発展させてきたが、人民解放軍海軍は何か制約があったとしても自らの進む道を見つけるより大きな自由を保持している。この議論の今ひとつの部分は、どのような海軍においても対潜戦は重要な能力であり、海軍は潜水艦の問題に関心を払えという文民の指示を敢えては必要としていないということである。
記事参照:Understanding Civil-Military Relations and Anti-Submarine Warfare

8月19日「シンガポールが直面する諸問題とその対応―英メディア報道」(Reuters, August 19, 2019)

 8月19日付の英通信社Reutersは、“Protecting Singapore from rising sea levels could cost S$100 billion”と題する記事を掲載し、8月18日のLee Hsien Loongシンガポール首相による、一年に一度のナショナル・デー・ラリー声明に言及して、シンガポールが直面する諸問題とその対策について要旨以下のとおり報じている。
(1)一つには世界規模の温暖化に起因する海面上昇の問題がある。この対策としては干拓地や埋立地の形成によって陸地を拡大することなどが挙げられるが、Lee首相は、この問題の対処のために、今後100年で1000億シンガポール・ドル(720億米ドル)が必要であると主張する。炭素税導入や用水路、下水道のアップグレードなどのインフラ整備、標高の高い場所への空港建設など、シンガポールは既にいくつかの対策を行っている。
(2)今一つの問題は高齢化である。その対策として、Lee首相は、定年年齢の引き上げや再雇用年齢の引き上げを行うと述べた。前者については現行の62歳を2030年までに65歳に、後者については現行の67歳から70歳まで引き上げるという。
(3)最後に、経済成長の鈍化傾向である。シンガポール政府は8月半ば、2019年通年の経済成長率の見通しを下方修正した。米中関係の悪化と貿易戦争による影響を受けてのことである。Lee首相によれば、速やかな刺激策が必要なわけではないが、今後状況が悪化するようであればその限りではないとのことである。
記事参照:Protecting Singapore from rising sea levels could cost S$100 billion

8月19日「なぜ今、バンガード堆なのか――米防衛問題専門家論説」(RAND Blog, August 19, 2019)

 8月19日付の米シンクタンクRAND CorporationのブログRAND Blogは、同研究所の防衛関係上級アナリストDerek Grossmanの“Why Vanguard Bank and Why Now? Explaining Chinese Behavior in the South China Sea”と題する論説を掲載し、ここでGrossmanは、中国がなぜここ最近南シナ海において攻勢を強めているのか、そのコンテクストと要因について、要旨以下のとおり述べている。
(1)ここ最近、南シナ海をめぐるベトナムと中国との関係は比較的安定したものであったが、7月に中国がベトナムの排他的経済推移域にあるバンガード堆に調査船を派遣したことで、その緊張が高まった。それと同時に中国は西沙諸島においてミサイル発射を伴う大規模な軍事訓練を行い、国際的な緊張が高まっている。なぜ今、中国はこうした行動に出たのであろうか。以下5つの要因について検討しておきたい。
(2)バンガード堆をめぐって、中国とベトナム間の緊張は、2014年5月に中国が石油リグHaiyang Shiyou 981を設置して以降最も高まったと言ってよい。だがこの5年間、中国とベトナムの間に、その緊張を高めるような出来事が何もなかったわけではない。端的に言えば中国は、ベトナムが周辺海域を調査、掘削することに対して圧力・妨害を加え続けてきた。たとえば2018年、中国はベトナム南部の大陸棚調査に関するスペイン企業Repsolとの2億ドルの契約をキャンセルさせている。こうした中国の行動に対し、これまでベトナム政府はあまり事を荒立てないようにしてきた。
(3)中国がその領土的主張を積極的に展開しているのは、南シナ海に限らずインド太平洋地域全体について言えることである。このとき中国が採用するのは、いわゆるグレーゾーン戦術である。たとえば中国の漁船民兵団は、数百の船舶を動員し、フィリピンとの間で論争中のパグアサ島に押し寄せ、包囲したが、これはフィリピンの漁師たちを妨害し、またフィリピン政府に同島の防衛が可能かどうかという問題を突きつけている。マレーシアとの係争海域であるルコニア礁や、東シナ海の尖閣諸島などで同様の戦術を展開している。
(4)中国は今や大規模な軍事力を有しており、それは領土や領海を争う近隣諸国にとって脅威となっている。さらに南沙諸島や西沙諸島周辺の海域を埋め立て、そこに海軍・空軍の拠点建設を進め、軍事力の展開能力を高めている。実際、バンガード堆問題の発端となった中国の調査船Haiyang Dizhi 8は一旦同海域から離れたが、中国本土に戻ったのではなく、南沙諸島のファイアリー・クロス礁に駐留していたのであり、8月半ばに再びバンガード堆周辺に戻っている。もし報道されているように中国がカンボジアの基地を利用することになれば、それはベトナムにとってさらなる脅威をもたらすことになる。
(5)米中関係の悪化、特に「航行の自由作戦」に代表される米国の動向が、南シナ海における中国の攻勢を後押ししている。たとえば6月下旬、中国人民解放軍は初めて南沙諸島近海で対艦弾道ミサイルの発射実験を行っている。このように、米国の動向はこの海域を巡る諸国の動向に大きな影響を与えているが、たとえばベトナムにとっては、米国がどの程度、中国との論争において自分たちの見方をしてくれるかどうかが不安の種である。たとえば2012年に中国が米国の同盟国であるフィリピンのスカボロー礁を実効支配するようになった時でさえ、米国が軍事介入することはなかった。ベトナムの事例で言っても、2014年の石油リグ設置問題に際しても、また、今回も、米国は言葉の上でベトナム支持を表明したにすぎないように思われたのである。
(6)中国はその軍事的能力をテストする機会を常に模索しているが、バンガード堆を巡る論争はその機会を提供するかもしれない。軍事力や戦闘経験においてミドルパワーであるベトナムにできることは何があるのか。米国との関係で言えば、短期的な軍事的パートナーシップの強化よりも、長期的かつ緊密な協力の方が中国に対する抑止力となるであろうし、この場合、米国も中国に対する強硬姿勢を鮮明にする必要がある。また、オーストラリアや日本、インドなど、インド太平洋地域における他の主要国との協力を強化することも有益である。しかし結局のところベトナムは、中国の行動に与えうる影響の限界を理解し、攻勢を強める中国の姿勢にある程度適応しなければならないのではないだろうか。
記事参照:Why Vanguard Bank and Why Now? Explaining Chinese Behavior in the South China Sea

8月19日「気候変動の海洋への影響調査に関するロードマップ-米大学研究報告」(Science Daily, August 19, 2019)

 8月19日付の米科学系ウエブサイトScience Dailyは、米Princeton Universityの研究に基づく“Roadmap for detecting changes in ocean due to climate change”と題する解説記事を掲載し、気候変動を要因とする海洋環境の変化を調査するには30年から100年のスパンが必要であるとして要旨以下のように述べている。
(1) 気候変動によって海洋に大きな変化が生じるのは、いつごろであろうか?幾つかの変化は既に現れており、100年以内に他の多くの変化も明らかになると指摘する新たな研究結果が発表された。Princeton Universityの研究レポートによれば、海洋の水温と酸性度はこの30年間で自然界の変動量を超えるレベルで上昇している。一方、地球の炭素と酸素の循環サイクルを調整する海洋微生物の変化のような他の影響が顕著になるのは、数十年あるいは100年くらい後と予測している。本レポートは8月19日にNature Climate Changeのウエブサイトでみることができる。今回の研究では、人類活動に起因する大気中二酸化炭素の増加に伴う海洋の物理学・化学的調査を実施したものである。Princeton Universityの大気・海洋科学プログラムの准研究員であるSarah Schluneggerは、「我々は、何時、何故、どのようにして重大な変化を検知できるのかが研究の目的であった」と述べている。今回の研究は、海洋の変化がいつ起こるかという特定の時間枠を求めることを主眼として実施されており、この30年間の観測結果から海面温度上昇、酸性化、海洋による大気中二酸化炭素吸収率上昇といった大気中の二酸化炭素の増加に関連する結果が確認された。対照的に大気中の二酸化炭素上昇は海洋循環に間接的な影響を及ぼしており、30年から100年のレンジで変化することも判明した。
(2) 海洋は大気から熱と炭素を吸収して地球の気候を形作っている。それが海洋の酸性化や温暖化によって負の作用を及ぼし、海洋の炭素循環を変えて、海洋生態系に影響を与えつつあると考えられている。海洋の酸性化と温暖化は、サンゴ礁で酸素を生成し大気中の二酸化炭素濃度を引き下げている海洋微生物に害を与える可能性が指摘されている。今回の研究はシミュレーションモデルを使い、人類の活動に起因する気候変動や自然変動による気候変動分を取り除いて調べることに留意している。その結果、気候変動が原因となる海洋環境の変化を調べるためには30年から100年のスパンを要することが判明した。海洋に生じている変化を効果的に監視するには長期間の海洋観測プログラムが必要となる。
記事参照:Roadmap for detecting changes in ocean due to climate change

【補遺】

旬報で抄訳を紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) Red Star Over the Pacific: A Conversation with James Holmes on China’s Maritime Rise
http://cimsec.org/red-star-over-the-pacific-a-conversation-with-james-holmes-on-chinas-maritime-rise/41300
Center for International Maritime Security, August 13, 2019
By Dmitry Filipoff, CIMSEC’s Director of Online Content
8月13日、米シンクタンクCenter for International Maritime Securityのウェブサイトは同所ディレクターであるDmitry Filipoffの“RED STAR OVER THE PACIFIC: A CONVERSATION WITH JAMES HOLMES ON CHINA’S MARITIME RISE”と題する論説を掲掲載した。ここでFilipofは、米海軍大学のJames Holmesと、同氏の著書Red Star Over the Pacificの第2版について議論する機会を得たとし、この議論の中でHolmesが、①Alfred Thayer Mahanの理論がどのようにして中国の海洋進出に影響を与えたのか、②中国がどのようにして恐るべき海軍戦闘能力を構築したのか、③米国とその同盟国がどのようにしてより効果的に中国を軍事的に抑止できるかについて言及したと述べ、質疑応答形式でその要旨を紹介している。Holmesは質問に答える形で、とてつもない経済破綻などが起こらない限り、中国は今後も海洋の重要なアクターであり続けるだろうという見解を示し、米国の中国に対する抑止は限定的なものとなる場合もあり、今後の米中関係は予断を許さない状況が続くであろうと警鐘を鳴らしている。
 
(2) The Chinese Military Reforms and Transforms in the “New Era”
https://jamestown.org/program/the-chinese-military-reforms-and-transformations-in-the-new-era/
China Brief, The Jamestown Foundation, August 14, 2019
Elsa Kania, an Adjunct Senior Fellow with the Technology and National Security Program of the Center for a New American Security. She is also an Associate with the U.S. Air Force’s China Aerospace Studies Institute
8月14日、米The Jamestown FoundationのCHINA BRIEFは、米Center for a New American Security 客員研究員Elsa Kaniaの“The Chinese Military Reforms and Transforms in the “New Era””と題する論説を発表した。その中で彼女は、2019年7月に中国がChina’s National Defense in the New Era(新時代における中国の国防)と題された4年ぶりの国防白書を発表したことを取り上げ、この新たな白書は基本的に中国政府の意思とプロパガンダを目的としたものであり世界的な安全保障アーキテクチャを再構築するという中国の野心を明らかにしていると指摘している。さらに彼女は、同白書は、人民解放軍の改革に関する限られた最新情報を提供するだけでは実質的な透明性を提供することができないものの、注意深く読めば、中国共産党の関心の変化、人民解放軍改革の進展状況、そして軍の近代化の新たな方向性についての注目すべき洞察と示唆が明らかになる、と指摘している。
 
(3) Sea Power: The U.S. Navy and Foreign Policy
https://www.cfr.org/backgrounder/sea-power-us-navy-and-foreign-policy
Council on Foreign Relations, August 19, 2019
Jonathan Masters, Deputy Managing Editor at CFR
8月19日、米シンクタンクCouncil on Foreign Relationsウエブサイトは同所編集長代理であるJonathan Mastersの“Sea Power: The U.S. Navy and Foreign Policy”と題する論説を発表した。ここでMastersは、①世界の海洋を支配する米国海軍は不可欠の外交ツールであり、世界の貿易の保証人でもある、②米海軍、米海兵隊及び米沿岸警備隊という3つの海洋関連アセットは、米国のシーパワーを形成する前方展開、抑止、シー・コントロール、戦力投射、人道支援といった能力をもつ、③海軍が外交的効果のために採用する戦術は、親善訪問、通航、航行の自由作戦、戦闘能力の誇示、部隊レベルの変更、艦隊組成の変更がある、④海軍は単なるプレゼンスや通常の軍事活動によって影響力を及ぼすことが可能であり、例えば、米海軍は日本やフィリピンとの同盟の礎である、⑤ヨーロッパとアジアの重要な同盟国と市場への米国のアクセスを拒絶する可能性のある敵の台頭や、地域覇権国の出現を防ぐといった米国の目標に沿って海軍の装備を整えるべきである、⑥米海軍の課題は、西太平洋で中国が島嶼国の支配を試みていること、また、中国海軍が近代化して新型軍艦を建造しつつあること、そして中国その他の沿岸諸国が議論の余地のある海洋に関する権利を主張していること、⑦米海軍にとっての課題である極超音速対艦ミサイルなどの兵器を用いる「A2 / AD」(接近阻止・領域拒否)によりもたらされる脅威が、空母の立ち位置やあり方を変えるかもしれない、⑧米海軍にとっての最大の長期的脅威は、国内の予算縮小のプレッシャーである、そいった主張を展開している。