海洋安全保障情報旬報 2019年10月21日-10月31日

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10月22日「中ロとの戦争に備え、第2次大戦型の船団運航が再び注目―専門家論説」(The National Interest, October 22, 2019)

 10月22日付の米隔月刊誌The National Interest電子版は、同誌防衛問題編集委員David Axeの“For War with Russia or China, World War II-Style Convoy Are Back in Style”と題する論説を掲載し、ここでAxeは米軍事海上輸送司令部が9月に実施した輸送作戦「緊急点検」に際して同司令部隷下の輸送船5隻が海軍艦艇の護衛なしに想定敵威力圏下海域を航行したことに関連し、中ロと大規模な戦争において軍事海上輸送に充当される船舶が米国には不足しており、この状況を改善しなければ戦争に際し勝機を失うことになるとして要旨以下のように述べている。
(1) 2019年9月、大規模戦争において広範囲に短時間の準備で人員、資材を海上輸送する米艦隊の能力の検証期間、米東西両岸で33隻の船舶が再稼働化され、当該演習の一部として東海岸のRO/RO船5隻が敵潜水艦および機雷の脅威が見積もられる想定海域を護衛なしで航行した。ここで想定した第2次大戦型の船団の運用は、軍の計画立案者の間で小さなパニックを引き起こしている護衛艦艇の不足とともに、米国の戦争計画に対する軍事海上輸送の重要性を強調することとなった。この5隻は全て米軍事海上輸送司令部(以下、MSCと言う)に属している。MSCは100隻以上の船舶を保有しており、多くは平時、主要な港湾に保管されており、危機時には海軍および商船乗組員が急速に再稼働することとされている。
(2)「船団は、視覚信号、音響信号を局限しつつ想定機雷原を航行した。乗組員は船から電子信号が出ないように全ての個人の電子機器を停止し、船から明かりが漏れないよう『灯火管制』を実施した」とMSCの声明は述べており、さらに「我々の船舶も対艦弾道ミサイル、巡航ミサイル搭載の戦闘機、爆撃機に直面するため、自船からの電磁波信号の放射を防ぐため乗組員をできる限り静粛に運航するよう訓練してきた」と大西洋方面MSC指揮官Hans Lynch大佐は言う。
(3) この訓練は護衛艦として充当すべき水上艦艇の深刻な不足を伝えるものである。2018年10月、連邦海事局長Mark Buzbyは、海軍はロシアや中国との大規模な戦争において軍事海上輸送に護衛兵力を出すことはできないと認めている。護衛艦艇が少ないため、MSCの乗組員は自力で行動することになるだろう。自らの生存のために乗組員は「素早く航海し、静粛を維持」しなければならないと海軍に言われたとBuzbyは言う。これが、2019年9月にMSCの5隻の船舶が実施したことである。より広範な船舶運航負荷試験に80パーセントから85パーセントの船舶が航行評価基準に合格したと米輸送軍報道官は言う。
(4) 米軍事海上輸送部隊にはほかにも問題がある。その1つは規模が非常に小さいことである。2019年5月の戦略予算評価局センター(以下、CSBAと言う)報告書はそう警告している。戦時には海軍の指揮下で補助部隊となる民間の商船隊は、米国籍船が約180隻であり、MSC隷下の船舶を加えて米国の海上輸送部隊の規模は約300隻である。大規模な戦争において成功裡に海軍を支援し、米軍部隊に再補給するために海上輸送部隊は2048年までに380隻に増強する必要があるとCSBAは強調する。海上輸送部隊は、タンカーを現在の21隻から48隻へ、サルベージ船を2019年現在の5隻から20隻へ、修理母船を2隻から17隻へ、弾薬運搬船は12隻から25隻へ、病院船を2隻から7隻へ増強しなければならない。
(5) 敵が米国の後方支援網を標的としたとき、この状況の改善に失敗することは、米国が戦争で勝機を失い、米国が必要とするときに同盟国や協力国が機能しなくなるとCSBAは警告する。海上輸送部隊に60隻以上の船舶を増強することは無理な要求であり、数十億ドルの経費が必要である。しかし、専門家の警告は全く無視されているわけではない。連邦海事局の上級職員Kevin Tokarskiは、海上輸送部隊を急速に造成するために米企業の傭船の一部を国籍変更することを検討していると述べている。
記事参照:For War with Russia or China, World War II-Style Convoy Are Back in Style

10月22日「米中間の信頼の欠如から小さな事故が悪夢に発展する-香港紙報道」(South China Morning Post, 22 Oct, 2019)

 10月22日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“‘Grey zone’ tactics are raising risk of military conflict in the South China Sea, observers say”と題する記事を掲載し、10月20日から22日にかけて北京で開催された第9回香山フォーラムにおいて中、豪、ロの代表が米中間の信頼の欠如、台湾問題、第2次大戦の記憶の風化、軍備管理態勢の崩壊が南シナ海、東アジアでの安全保障環境を危険なものにしていると発表したとして、要旨以下のように報じている。
(1) 南シナ海においては、例え些細な米中海軍間の事故であっても、両国間の信頼感の欠如が存在するため「悪夢」になるかもしれないと専門家は警告する。香山フォーラム(シンガポールで開催されるアジア安全保障会議(シャングリラダイアローグ)を意識して2006年から中国軍事科学学会が主催する安全保障フォーラム)に参加した研究者たちはまた、台湾が米中関係のほぼ全ての分野での緊張となって今ひとつの発火点になる危険性を指摘する。
(2)「戦略的に言えば米中の信頼関係は低下しきっている。南シナ海における軍用機あるいは艦艇の小競り合いは容易にエスカレートし紛争になり得る」と人民解放軍退役少将・姚雲竹(元軍事科学院中美防務関係研究中心主任、現中国軍事科学学会高級顧問)は言う。過去2年間、米海軍は中国の「過度の主張」に挑戦するためワシントンが言う「航行の自由作戦」の一部として11回、中国が支配する海域に艦艇を送り込んできた。
(3) 豪Macquarie University,Asia-Pacific security studies教授Bates Gillは、「1月の総統選挙の時、台湾は潜在的な発火点となるだろう。台湾では『一国両制』での再統一、あるいは中国の条件での再統一はもちろん受け入れられないとする政治的雰囲気が着実に発展してきている」と指摘し、独立指向の与党民進党の総裁候補に言及して「もし蔡英文総統が選挙に勝てば、今もそうではあるが、その政治的雰囲気の原動力となるだろう」と指摘する。Moscow State Institute of International Relations東アジア専門家Alexander Lukinもまた、両岸関係が緊張した場合の紛争の可能性について警告している。
(4) 先の大戦の記憶が風化するに伴い、紛争の「肥沃な土壌」が存在すると Lukinは言う。2019年2月に米国がINFからの脱退を決定したことに関連し、「我々は非常に危険な兆候を見ている」と指摘するのである。
記事参照:Lack of trust between US and China means minor incident could become a ‘nightmare’, security analysts warn

10月23日「ロシア核軍事演習の実施―米軍事専門家論評」(Eurasia Daily Monitor, Jamestown Foundation, October 23, 2019)

 10月23日付の米The Jamestown Foundationのデジタル誌Eurasia Daily Monitor は、同研究所のユーラシア軍事を専門とするRoger N. McDermott上級研究員による“Grom 2019 Tests Russia’s Nuclear Deterrent”という記事を掲載し、ここでMcDermottは10月半ばにロシア軍が行なった核軍事演習Grom2019をとりあげ、その概要と意義について要旨以下のとおり述べている。
(1)10月15日から17日にかけて、ロシアはGrom2019と名付けられた戦略指揮参謀演習(以下、SKShUと言う)を実施した。それに参加した部隊は戦略ロケット軍、長距離航空軍、軍事輸送航空軍、北方艦隊、太平洋艦隊、カスピ小艦隊であり、指揮統制と三大核戦力(戦略爆撃機、大陸間弾道ミサイル、潜水艦発射弾道ミサイル)の効率性が検証された。
(2)SKShUは毎年秋に行われるもので、核抑止部隊の標準的な演習である。しかし、今年8月に中距離核戦力全廃条約が失効し、2021年には新STARTが失効予定であるなか、今回の演習は重要な意味を持った。それを観察すると、ロシアは、ポスト軍備管理時代における対立のエスカレーションに向き合う準備をしている可能性があることが読み取れる。
(3)Grom2019は全国規模で展開され、1万2000人の人員が参加し、戦略ロケット部隊は213発ものミサイルを発射したという。航空機や水上艦艇・潜水艦からのミサイル発射実験も行われ、概ね標的に命中し、演習は成功を収めたとされている。この演習に関する情報は多くはないが、特定の国家へのレスポンスというよりは、紛争のエスカレーションに対する防衛的反応ということが強調されている。
(4)公式には概ね成功を収めたとされているが、国防省の匿名の情報源によれば緊急事態と呼ぶほどの事象もあったという。それは、Delta III型原子力潜水艦によるミサイル発射の失敗である。R-29Rミサイル2発の発射が予定されていたが、その2発目が失敗、発射されなかったのである。その理由ははっきりしていないが、発射プロセスに関する潜水艦のシステムの欠陥であったと考えられている。Delta III型潜水艦はソ連時代に就役したもので、今回演習に使用されたK-44 Ryazanは、現在配備中の同タイプの最後の潜水艦であった。
(5)こうした失敗がありつつも、Grom2019は基本的にロシア軍にとっては満足ゆくものであっただろう。この演習はまるで今後グローバルに拡大していくであろう衝突、紛争と、それに対する反応のリハーサルであるように見えた。
記事参照:Grom 2019 Tests Russia’s Nuclear Deterrent

10月23日「海底鉱物の開発競争で中国がリード - 英通信社報道」(Reuters, October 23, 2019)

 10月23日付の英通信社Reutersは、“CORRECTED-China leads the race to exploit deep sea minerals -U.N. body”と題する記事を掲載し、深海底鉱物資源の開発競争で中国がリードしているとして、要旨以下のように報じている。
(1) ニッケル、銅、コバルト、マンガンを含む多金属団塊のような海底鉱物の開発への追求は、スマートフォンや電気自動車用電池などの需要と供給源の多様化の必要性により突き動かされている。2020年に開発の国際的規則が承認されれば、中国は世界で最初の海底鉱物資源を採掘する国になるだろうと国際海底機構(以下、ISAと言う)のトップは言う。ISAは開発段階に向かって、すでに30契約を政府、研究機関、民間企業と締結しており、中国が最も多く5契約を結んでいる。国連海洋法条約により海底資源を管理するために設立された組織は2020年7月までに海底鉱物資源開発規則の採択を目標としている。ISA事務局長Michael Lodgeは10月14日の週に中国を訪問した際、「中国が一番に開発に取りかかるだろう」と述べている。
(2) 誰もまだ深海採掘に費用対効果があるのか示していないし、あるNGOは2020年に開発規則の交渉がまとまるのか疑問を呈している。
(3) まだ合意に達していない問題の1つは、自国の海域外での海底鉱物開発に対するジャマイカに拠点を置くISAへの相応の支払いである。「開発時点での鉱石の価値を基準とした従価制使用料と考えており、4パーセントから6パーセントの間、時間とともに高くなる可能性もある」とLodge事務局長は言う。
(4)「もし、規則が承認されれば、深海採掘の許可は最新の案に基づけば2、3年で得られるだろう」とLodge事務局長は言う。
(5) 加Nautilus Mineralsは、パプアニューギニア沖合で銅、金の団塊採掘を試みたが資金不足となり、債権者保護の申請をせざるを得なくなった。しかし、このことはベルギーのGlobal Sea Mineral Resources等の他企業が技術試験と調査を継続することを押しとどめることはなかった。
(6) 7月、グリーンピースは深海生物種に対する潜在的影響に関してより多くの知見を得るため深海採掘を即時停止するよう要求した。しかし、ISAはこの提案を拒否している。
記事参照:CORRECTED-China leads the race to exploit deep sea minerals -U.N. body

10月23日「南極をめぐって試されるオーストラリアの連邦システム―豪専門家論説」(The Interpreter, 23 Oct 2019)

 10月23日付の豪シンクタンクLowy InstituteのブログThe Interpreterは、University of Tasmaniaの中国研究上級講師でAustralian National University, Australian Centre on China in the Worldの非常勤ディレクターであるDr. Mark Harrisonの “Antarctica and the China test”と題する論説を掲載し、ここでHarrisonは中国による南極の資源開発のためのオーストラリア南部の州への投資によって、オーストラリア連邦の統一性が試されるとして、要旨以下のように述べている。
(1)ホバートで開催されている南極海洋生物資源保全条約(以下、CCAMLRと言う)の今次会議において、オーストラリアは米国、ヨーロッパ及び環境団体の支持を得て、南極東部の沖合で海洋生物保護区を設置するために再び動いている。すると、中国は再び、ロシアの支持を得てそれに抵抗している。CCAMLRのガバナンス・ルールの下では、聖域の提案を進めるためには全会一致が必要である。南極条約システムの下での南極ガバナンスを運営する他の多くの国々が参加するこの会議は、南極大陸の将来について積年の、しかし依然として大部分は低レベルの緊張状態に注意を向けている。
(2)軍事化や経済的開発と対立する環境保護と科学研究によって、相殺する力が存在する。南極科学コミュニティ内には、関与する国々、特に中国の願望についての幅広い楽観主義があり、それは国家安全保障と防衛に関わる機関からの懐疑主義とは対照的で、それぞれのグループを特徴付ける制度化された信条が異なることを示している。この大陸を保護するという中国の南極科学コミュニティの疑いのないコミットメントにもかかわらず、昨年、中国の極地活動の管理を全国人民代表大会による新しい自然資源部に組み込むという決定は、環境保護に関する南極条約議定書を逸脱した中国国内の国家開発における南極の位置づけに関する制度的思考を示さずにはおかない。
(3)オーストラリアのScott Morrison首相と労働党の影の外相Penny Wongによるオーストラリアの国際関係に関する最近のスピーチでは、どちらも南極についてはまったく言及していなかった。代わりに、どちらも米国と台頭する中国の間でのオーストラリアの「選択」の議論の一環として、新たに登場した米中のライバル関係を通る道を見つけるというオーストラリアの課題について演説を行った。しかし、中国による南極の資源開発という現実は、キャンベラによる米国か中国かの選択を見当違いなものにする新しい地政学的な力を生み出すだろう。その代わりに、中国による南極資源の大規模な採集がオーストラリアに及ぼす重大な影響は、連邦からパワーを引き離し、オーストラリアのシステムとしての統一性に負荷をかけることである。中国に関する真の選択がなされるのは、連邦政府ではなくむしろ州政府である。南極の開発を原動力とする、中国の南極資源確保のためオーストラリア南部の州へのインフラ投資により、オーストラリアは、米国と中国の対立を国家の選択としてではなく、その連邦システムの亀裂に沿って連邦を引き裂くこととして経験するだろう。しかし、南極が開発されない場合でも、これらの力はすでに暗に示されている。ビクトリア州政府の一帯一路の枠組み合意はその一例である。それが解しがたいのであれば、同じように重要なのはこの州におけるインフラ投資を調整するためのJoint Sino-Australian Committee for Planning and Developmentを設立するためのタスマニア政府と中国国家開発銀行(China Develop Bank)との間の2014年の合意である。この合意は幸運にも現在失効している。
(4)環境保護に関する南極条約議定書はまだ今後20年有効であり、そして、中国は国内の課題に直面しており、そのため、このシナリオを実現するために今まで南方に限定された地政学的な影響力を行使する立場に達していない可能性がある。言うまでもなく、2019年、議論の余地のないことは南極大陸とその周辺の海洋はいかなる国家による開発や恒久的な人間の定住からも免れるということであり、今般のCCAMLR審議の結果は、そのうち東部海洋の聖域の設立となるかもしれない。南極大陸を現在及び将来の世代のために安全に保つことは当然のことではない。オーストラリアの戦略政策コミュニティは、非常に異なる地域の地政戦略的秩序における南極大陸の立場を理解し、キャンベラ以外の州や科学コミュニティに関与して、国家の将来への影響を十分に把握すべきである。
記事参照:Antarctica and the China test

10月24日「ASEANと中国が行動規範について協議しているが、米国はその進展には懐疑的―シンガポール専門家論説」(ISEAS/YUSOF ISHAK INSTITUTE, 24 October 2019)

 10月24日付のシンガポールYUSOF ISHAK INSTITUTE(旧ISEAS)のウエブサイトは、同研究所シニアフェローであるIan Storey博士の"As ASEAN and China Discuss a Code of Conduct for the South China Sea, America Looks on Sceptically"と題する論説を掲載し、ここでStoreyはASEANと中国が行動規範について協議しているが、米国はその進展には懐疑的であるとして要旨以下のように報じている。
(1) 南シナ海の緊張が高まる中、行動規範についてのASEANと中国との協議が続いており、いくつかの進展があった。2019年7月に行動規範の最初の草案(1回目の読み合わせ案として知られている)で合意に達した。詳細は発表されていないが最初の案は2018年8月にASEANと中国が承認した19と1/2ページの単一案の協議テキスト(以下、SDNTと言う)を統合したものであると思われる。2019年10月13〜15日にベトナムのDa Latで、ASEANと中国の当局者が再会し、2回目の読み合わせの進め方について話し合った(読み合わせは3回予定されており、中国は2021年までに署名することを望んでいる)。しかし、ベトナムのメ​​ディアは、会議中に外務副大臣Nguyen Quoc Dungが「複雑な進展」が交渉の「不利益を生み出した」と言っていたと明らかにした。Dung副大臣は、ベトナムの排他的経済水域内にあるVanguard堆に中国調査船が7月から存在していることに言及し、ベトナムは主権の侵害として中国に抗議した。メディアは、この発言に対する中国側の反応や、これが会議の雰囲気にどのような影響を与えたかについては言及しなかった。
(2) ASEANと中国の今回の協議が終了した後、米国が行動規範の作成過程について疑いを表明したことは興味深い。米国は原則として行動規範に関する協議を支持しているが、SDNTが承認されてから、懸念を表明している。特に、米国は、他の利害関係者を除外しながら軍事演習と南シナ海の資源共同開発を中国と東南アジア諸国のみに限定しようとするSDNTの2つの規定に反対している。2018年11月のマニラで開催された東アジアサミット(以下、EASと言う)で、米大統領補佐官John Boltonは米国軍艦を含む船舶の自由な通航を侵害するASEANと中国の間の合意に米国は反対するとメディアに語った。バンコクでのEAS外相会議で、2019年8月米国務長官Mike Pompeoは、中国とASEANのカウンターパートに国連海洋法条約に適合する「意味のある」行動規範の交渉を促した。
(3) Da Latでの会議の翌日、東アジア太平洋担当国務次官補David Stillwellが上院外交委員会で次のように米国の厳しい立場を語った。曰く、「意味のある行動規範を作ろうと交渉する中国の誠実さには懐疑的である。『行動規範』が中国によってその悪質な行動と違法な要求を合法化し、中国が国際法に基づいて署名した関与事項を回避するために使用される場合、『行動規範』は地域及び自由を重視するすべての人々にとって有害である」と。ASEANと中国の当局者は、2020年初めまで行動規範について議論するために協議するため会合することはない。
記事参照: "As ASEAN and China Discuss a Code of Conduct for the South China Sea, America Looks on Sceptically"
 

10月24日「インド太平洋概念に高い関心―デジタル誌編集員論説」(The Diplomat, October 24, 2019)

 10月24日付のデジタル誌The Diplomatは、同誌編集委員Prashanth Parameswaran の “Indo-Pacific Conceptions in the Spotlight at China’s Xiangshan Forum”と題する論説を掲載し、Prashanth Parameswaranは北京で開催された香山フォーラムで、インド太平洋概念に関心が集まったとして要旨以下のように述べている。
(1)中国は、10月20日~22日まで、「香山フォーラム(北京香山論壇)」を開催した。このフォーラムは北京が2006年に初めて開催した地域安全保障対話である。今年の第9回フォーラムでは多くの問題が論議されたが、就中、参加者の関心を集めたのは、「インド太平洋概念」(the Indo-Pacific concept)の現状と将来に関するものであった。「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)概念については、現在でも論議が進展中で、日本、オーストラリアそしてASEANなどでは多様な論議が見られる。他方、ロシアと中国はこの概念に反対しているし、現在まで沈黙している国もある。また、こうした見解の相違があるにもかかわらず、多くの地域フォーラムでは合意された原則を実現しようと努力している。第9回香山フォーラムでも、6月のIISSアジア安全保障会議と同様に、インド太平洋概念は衆目の関心を集めた。米中関係が緊張状態にあり、また今年の米国からのフォーラム参加者がChad Sbragia 新中国担当国防次官補代理であったことから、特に米国のFOIP戦略に関心が高まったことは驚くに当たらない。
(2)インド太平洋概念に関するこれまでの議論から、幾つかのポイントが指摘できる。
a.第1に、インド太平洋の枠組みと定義については、依然、国によって相違がある。すなわち、インド太平洋概念は、「インド洋と太平洋の一体化、域内と世界におけるインドの台頭といった、明快な傾向を反映する」戦略概念として、「『アジア太平洋』といった地域概念を再定義する努力」としての表象的用語として、あるいは「通常、FOIPあるいは『4カ国安全保障対話』(the Quad)を1つに纏める」1国または国家グループによる地政学的アプローチとして、幾つかの面で重複するものの、様々に言及されてきた。こうした相違は香山フォーラムでも見られた。例えば、フランスの代表は当然ながらインド太平洋国家としてのフランスの独自の立場を強調した。対照的に、マレーシアの代表はインド太平洋概念を、地域の集団的性格を再構成する説得力のない試みであるとし、アジアという概念こそ、ほとんどのアジア人によって長年受け入れられてきた遙かに好ましい概念である、と主張した。
b.第2に、依然として、この概念の諸相に対して、多様な見方と賛否両論がある。香山フォーラムでも、同様の傾向が見られた。例えば、ロシアのインド太平洋に対する姿勢は、時に米国の FOIP 戦略への反射的で全面的な拒否として単純化されがちだが、香山フォーラムでのロシアの国防相の演説は、この概念をより包括的かつ具体的に批判するものであった。Shoigu国防相は、ロシアはインド太平洋地域におけるパートナーシップの構築という一般的な概念には同意しているが、モスクワはその地理的明快さの欠如、門戸開放の度合い、そして目的の特殊性について疑念を持っていると述べた。同様に、ASEAN事務次長の演説は、インド太平洋に対するASEANのアプローチは概念としてのインド太平洋を全面的に支持しているものではなく、高く評価されてきたASEANの中心性を維持するために、大国による多様な諸概念に上手く対応していくという、インド太平洋に関するASEANの見解を強調するものであった。
c.第3に、米国はFOIPを明確化するために多様な努力を続けているが、そのアプローチについては、依然として疑念と不確実性が払拭されていない。特に、FOIP 戦略に対しては、より広範な構造的現実を反映したものというより、むしろ「4カ国安全保障対話」の強化などのイニシアチブを通じて、中国に対抗するためのより狭義の軍事主導の努力に過ぎないとの見方が依然としてある。米国の「インド太平洋戦略報告」(以下、IPSRと言う)が国防省によって公表されたという事実も、こうした見方を強めている。香山フォーラムでも、こうした見方が披瀝された。シンガポールの国防相は、インド太平洋概念を、より広範な米中抗争の一側面との認識を示した。米国のSbragia 中国担当国防次官補代理は、アジア安全保障アーキテクチャに関するパネルセッションで、国防省によるIPSRの公表はホワイトハウスが主導するFOIP戦略形成のための政府の全体的な政策の一環であり、中国の専門家がこのセッションで主張したような軍事主導の戦略ではないと言明した。
(3)確かに、これまで述べてきたような基本的な疑念が幾つかが依然解明されていないという事実は、インド太平洋概念に関する論議の高まりが未だ完全に熟していないと見れば、驚くには当たらない。したがって、こうした論議は今後数カ月、数年間に亘って公式、非公式の多くの地域フォーラムを通して続けられるであろう。こうした論議を通じて、この概念の評価を継続していくことが重要であろう。
記事参照:Indo-Pacific Conceptions in the Spotlight at China’s Xiangshan Forum

10月24日「ロシアの北極海航路がコスト高などの問題に直面―米専門家論説」(The Diplomat, October 24, 2019)

 10月24日付のデジタル誌The Diplomatは、ニューヨークを拠点とする独立系のライター兼研究者のSteven Stashwickの “Russia’s Northern Sea Route Faces Setbacks, Low Interest”と題する論説を掲載し、ここでStashwickはロシアの北極航海路がコスト高などの問題に直面しているとして要旨以下のように報じている。
(1) ロシアは、北極航路を実現するために重要な砕氷能力に対する国際的な信頼を維持することに熱心である。今までのところ、世界の運送業界は北極海航路に懐疑的であり、北極圏が新しい国際競争にさらされるという予測は時期尚早に思われる。
(2) 北極海航路は、船舶の移動に必要な距離をほぼ半分に短縮できるが、危険な状況もありうるので、高価な耐氷性のある貨物船と広範な砕氷船の支援が必要になり、高い保険金も払わなくてはならない。北極海航路は、毎年、夏の数か月間だけしか航行できない。この結果、北極海航路の費用はスエズ運河を通る航路よりも少なくとも3分の1高くなると推定する人もいる。経済情報を配信しているBloomberg社は、ロシアが運輸業者から北極海航路の北極部分の費用と責務を引き受け、全体的な費用と信頼性をスエズ運河まわりの航路に近づける国家海運プロジェクトを検討していると報じているが、ロシアはまだその実施に関して最終的な決定は行っていない。それでも、ロシアは北海海航路を使用した商業トン数が2024年までに4倍になり、約8000万メートルトンになると楽観視している。しかし、それでもスエズ運河通過に比べれば、わずかなものである。国際的な船荷主たちは船をスエズ運河ルートから北に迂回させることに懐疑的である。
(3) 2019年の夏、デンマークの海運大手会社Maerskはロシアの国有の砕氷船会社との協力を模索し、アジアとロシア西部の間のロシアの協力が得られることを確認した。しかし、Maerskは、2018年に北極海での航海を試験的に実施したにもかかわらず、北極海航路を利用する計画はないと主張した。北極海航路は経済的ではなく危険であると述べている。2019年8月、世界で4番目に大きいコンテナ輸送業者であるフランスのCMA CGMは北極海の脆弱な生態系に対する環境への影響を懸念して、北極海航路を使用しないことを声明した。ちょうど2019年10月、さらに2つの世界的な海運会社が、同じようにロシアの北極海航路を使用しないことを誓約した。ドイツのHapag-Lloydは、北極海航路を使用する計画はないが、北極海航路は環境上の脅威をもたらすと述べ、スイスが所有するMSCは同様の環境上の懸念を挙げ、代替手段を使用して船舶の効率を改善することに努力すると述べた。一方、中国は自らを「北極近傍国家」と呼び始めており、この地域に関心を持っている。中国は、マラッカ海峡を通過しインド洋へ入ることを他国に阻止された時、スエズ運河航路に依存していたならば、それは戦略的脆弱性となると考えている。おそらく中国は北極海航路を「マラッカジレンマ」の解決策と見なしている。中国は、砕氷能力や北極海で行動するために必要な科学的能力を着実に身に着けている。
(4) 激化する競争を見越して、米海軍は北極圏の北方を哨戒するために艦艇を送り始めたが、北極圏での作戦を行う能力は限られている。一部の専門家は米海軍のArleigh Burke級駆逐艦が北極海で哨戒するための最良の選択と考えているが、理想的なものではないと述べている。米国は冷戦以来、耐氷能力のある艦艇を保有していない。つまり、その艦艇は氷結した海域で行動するために、米沿岸警備隊の小型で老朽化した砕氷船の支援が必要であり、艦艇に装備された多くの重要な機関関連装備は海水温度が極端に低い海域で運用するようには設計されていない。米沿岸警備隊は現在、1隻の大型砕氷船を運用しているが、2023年には3隻の新しい大型砕氷船の運用が開始される予定である。
記事参照: Russia’s Northern Sea Route Faces Setbacks, Low Interest

10月26日「印仏間協力関係の強化―印紙報道」(The Economic Times, October 26, 2019)

 10月26日付の印紙The Economic Times電子版は、“French President announces 3-pronged security partnership with India for Southern Indian Ocean”という標題の記事を掲載し、インド太平洋地域における印仏間の協力関係の強化について、要旨以下のとおり報じている。
(1)インド洋南部に浮かぶ仏領レユニオン島で、フランス、インド、バニラ諸島(コモロ連合やマダガスカル、セーシェルなどによって構成)の間で初めて大臣級会合が行われ、そこでEmmanuel Macron仏大統領は、インドとの間にインド洋南部における安全保障協定を締結することを発表した。
(2)Macron仏大統領は「インドとフランスは合同の海洋安全保障に関する分析を共有し、インド太平洋地域における合同の海洋偵察活動を実施しており、また、2020年第1四半期からは、レユニオン島にインド海軍の哨戒艦が配備される予定である」と述べた。。
(3)8月22日、G7サミットにおいてMacron大統領とModi印首相が共同声明を発表したことに見られるように、近年インドとフランスは安全保障における協力関係を深めてきた。その背景には、インド太平洋地域における中国の野心の高まりがある。この共同宣言はインド太平洋における航行の自由を強調し、また今回のMacron仏大統領の声明では、中国の野心に直接は言及しないものの、「われわれはそこに覇権が生まれないよう、大インド太平洋を守らねばならない」と述べられた。
(4)レユニオン島における会合での議題は安全保障問題だけではなかった。インドはフランスとのパートナーシップにおいて、インド太平洋における港湾開発やブルー・エコノミー、貿易やコネクティビティ開発にも関心を抱いている。
記事参照:French President announces 3-pronged security partnership with India for Southern Indian Ocean

10月28日「ツラギを巡るターニングポイント-米専門家論説」(The Strategist, October 28, 2019)

 10月28日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウェブサイトThe Strategistは米Georgetown University, the Center for Australian, New Zealand and Pacific Studies部長Alan Tidwellの“The Tulagi turning point”と題する論説を掲載し、ここでTidwellは中国のソロモン諸島ツラギ島のリース契約は太平洋島嶼国に対する中国の進出に係る戦略的競争の大きな転換点になるかもしれないとして要旨以下のように述べている。
 (1) 10月16日、New York Timesは中国がソロモン諸島(抄訳者注:他メディアでは同国のセントラル州が中国国営企業と契約を結んだと報じられている)との間でツラギの租借契約を結んだと報じた。これに先立つ9月、ソロモン諸島はManasseh Sogavare首相の下、外交関係を台北から北京に切り替えている。ツラギは第二次世界大戦においてガダルカナルを巡る連合軍の反攻作戦が始まった場所として記憶されているが、同島租借は太平洋の戦略的競争に変化を生じさせるかもしれない。ツラギへの長期アクセスは北京に商業活動、軍事活動の拠点を提供する。例えば、中国漁船団の活動が容易になるといったことが考えられるが、これは西欧諸国にとって主たる関心事ではない。ツラギが南シナ海の人工島で見られたような飛行場の建設、そしてJ-10戦闘機などによるその使用といった事態が懸念されているのである。ツラギの租借は北京の政治的影響力拡大も意味しており、ここで中国企業の活動が定着すれば、中国はソロモン諸島から南西太平洋地域進出の足掛かりを得ることになる。北京がこの租借契約をうまく活用すれば、他の太平洋島嶼国に対する概念実証として機能するということであり、そのことは太平洋島嶼国の指導者層にとって財政面から非常に魅力的に映るかもしれない。例えば、ミクロネシア連邦のチューク州が独立のための住民投票を実施し、同様の租借契約を結ぶといったことも考えられるだろう。
 (2) ここ数ヶ月間のソロモン諸島に対する中国の関与は特に注目に値する。北京はソロモン諸島に5億米ドルの援助を約束したようである。また、台湾ニュースは9月20日、中国の鉄道企業グループが8億2,500万米ドルを融資して鉄道システムを構築し、ガダルカナルのゴールドリッジ鉱山を租借することに合意したと報じているが、閉鎖されていた同鉱山はこれにより再開が見込まれている。米Naval War College, the China Maritime Studies InstituteのLyle GoldsteinはThe National Interestでソロモン諸島に対する中国の軍事的関心について論じており、彼は人民解放軍海軍の雑誌Navy Todayが2017年12月号でガダルカナル作戦の詳細な分析を掲載したと指摘している。もちろん、北京がソロモン諸島の戦略的重要性をあからさまに主張しているわけではない。例えば、中国共産党の公式報道機関である新華社は「中国、太平洋島嶼国の未来は明るい」と題する社説を掲載し、「相互利益と正義と利益のバランスに基づく中国と太平洋島嶼国との関係は歴史上最高の時期にある」と主張している。いずれにせよ、北京とホニアラの外交関係確立、そしてツラギの租借は太平洋地域における中国の成功、歴史的なターニングポイントであると言えるだろう。
 (3) 米国務省高官はソロモン諸島内の意見に基づき中国に反対すると述べたが、それは西洋民主主義の価値観ではもっともらしく聞こえるものの、ソロモン諸島における現実はそう簡単ではない。島、民族、ワントク(抄訳者注:大洋州地域において「同じ言葉」を話す人々の間の紐帯を示す概念)の関係は、ワシントンが十分には理解、評価できない形でツラギの問題に影響するかもしれない。ホニアラと北京の指導者は一つのことを望むであろうが、他の者はまた別の考えを持っているかもしれないということである。10月24日、New York Timesはソロモン諸島の司法長官がツラギの租借契約には問題があると指摘したと報じている。これは直接的に同契約を妨げるものではないが、今後取引が進んだ場合に、ソロモン諸島政府がどのように動くかは不明であり、経済的インセンティブがあれば彼らはこれを黙認するかもしれない。一方、彼らは独立という選択も可能である。近々に予定されているパプアニューギニアのブーゲンビル独立に関する住民投票はそうした動きの引き金となる可能性もあるが、西側諸国はそれを支持するであろうか?少なくともソロモン諸島支援ミッション(Regional Assistance Mission to Solomon Islands)に対するオーストラリアの貢献にかんがみれば、キャンベラがこうした動きを歓迎するとは考えにくい。中国の島の租借に対する地元の反発は一つの側面ではあるが、西側諸国はそのような動きを支援し、組織化し、財政支援や軍事訓練まで提供するであろうか?あるいはまた ソロモン諸島内の親中グループと反中グループの間の緊張が高まった場合はどうするのか?西側諸国がこれらの問題にどこまで関与するのかは不明である。
 (4) ツラギの租借の問題は、ANZUS + J(オーストラリア、ニュージーランド、米国、+日)に対する一種の警鐘として機能だろう。中国には、この問題について対処を難しくするいくつかの強みがある。それは中国が単一のアクターであるという事実から始まるが、ANZUS + Jは連合体であり効率がはるかに低い。中国は太平洋島嶼国の指導者層にとって非常に魅力的な方法で経済的関与を行っているが、西側諸国の経済支援は広く、薄く、遅く、効果が低い。これらは中国の動きに対抗するにはあまりにも柔弱であろう。しかし、西側諸国にもできることがある。まず各国の外交官は太平洋島嶼国を理解するための訓練を受ける必要がある。 そして オーストラリアは、ANZUS + J外交官の能力開発を支援するのに適した立場にある。次のステップは各国が太平洋島嶼国に関与する方法の再考である。開発はこの取り組みの中心であるが、その観点だけでは島々の戦略的重要性への対応は不十分である。ANZUS + J諸国は従来の開発支出を維持すると同時に、それらがこの地域でどのように機能するかについてより幅広く考える必要がある。太平洋島嶼国におけるANZUS + Jの貢献を評価する基準は費用そのものではなく、その有効性であるべきだろう。そして第三には、太平洋島嶼国との人的関係をより深めることである。ANZUS + Jと太平洋島嶼国の人的交流の重要性は論を待たないであろう。問題の改善は最終的には協議と調整のプロセスに依拠している。
記事参照:The Tulagi turning point

10月30日「ベトナムは米越関係と真の中級国家としての政策を推進せよ―越専門家論説」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, October 30, 2019)

 10月30日付のCSISのウエブサイトAsia Maritime Transparency Initiativeは、Vietnam National University-HCMC内のUniversity of Social Sciences and Humanitiesの Centre for International Studies研究員Nguyen The Phuongの “Vietnam’s Need to Become a Proactive Middle Power”と題する論説を掲載し、ここでPhuongは、ベトナムはその海洋権益を守るため真の中級国家として積極的に振る舞うべきとして、要旨以下のように述べている。
(1)ベトナムが、その海洋の権益を守るため勝利を呼び込む戦略を常に実現しようと望むのであれば、その米国との関係と積極的な中級国としての潜在的な力の両方を最大化することが不可欠である。
(2)バンガード堆近くのベトナムの排他的経済水域での中国の活動は、中国の権利を強く主張する行動を制止するためにベトナムが以前から採ってきたアプローチが成功しなかっただけでなく、ハノイが有望な方向へとギアをシフトしたように見えることも示した。睨み合いのニュースが伝えられた際、何名かの研究者たちは越指導部が対応を決定する際に「機能不全に陥り」、「進むべき方向を見失う」という結論に達したが、ベトナムは5カ月前にブロック06-01で独自の石油調査を開始し、それ以来プロジェクトを継続している。外交面と海洋での戦術レベルの両方で北京の巨大な圧力に直面しているにもかかわらず、ハノイは後退せず、外交ルートで抗議し続け、そして限界点へ状況を発展させることなしに、可能な限り長く対立を続けることを選択した。このアプローチは、2014年の中国が配置した「海洋石油981」深海掘削リグをめぐる対立の場合とは異なり、それがより効果的であることを証明するかもしれない。ハノイの戦略は、中国が実際に南シナ海で行き詰まっていると認めるかもしれないという考えに基づいている。ハノイが耐えれば、北京は簡単に撤退して勝利を宣言することはできない。今月、バンガード堆近くのベトナムのブロック06-01で操業中の掘削リグが去った後、中国はベトナム海域から調査船を撤収した。リグが操業停止を余儀なくされたのか、中国の圧力にもかかわらず作業を完了したのかはまだ明確ではない。後者の場合、この対立は中国にとって費用がかかり、面目を失う冒険であることが証明される。しかし、ハノイはまた、ベトナムが海洋での権利と利益を守りたい場合、ベトナムは孤立できないことを理解し、そして、この事件を長引かせることにより、反中国の感情を形成し、地域及び国際的なアクターが対応するための時間を作り出した。
(3)したがって、残念ながらバンガード堆の近くの対立は、これまで世界的問題ではなくはるかに地域的な問題と見なされてきた。中国との海洋紛争におけるベトナムの孤独は、リバランス戦略が期待したほど効果的でなかったという現実と、その地位に対する国際的な支援を得るのは難しく、今後も続くという現実を反映している。これは、南シナ海の情勢を変化させることを望むなら、ハノイがより大胆な戦略を採用する必要性を強調している。ベトナムの多くの研究者たちの間で最近行われた議論は、ハノイがこの地域の他の国々との増加する軍事協力について積極的になることにより、その「3つのノー」政策(抄訳者注:同盟関係にならない、外国軍の基地をベトナムに置かない、2国間の紛争に第3国の介入を求めない)を調整すべきだと提案している。ベトナムの指導部が海洋安全保障に関する依然として見られる現在のアプローチを再調整するかどうかに関係なく、1つ確かなことは、彼らがより積極的で、自信があり、前向きである必要があるということである。言い換えれば、ベトナムは真の中級国家のように振る舞う必要がある。
(4)ベトナムの指導者たちは、ワシントンとのより深いつながりが北京との関係をより複雑にすることを恐れて、米国との協力を拡大するのに慎重過ぎて優柔不断だった。経済的な相互依存と政治的連携は、「過度のリスク」と見なされることを避けるための言い訳として常に引用されている。この決断力のなさは、意思決定プロセスを妨げ、それは結果として、海軍の近代化や中国の権利主張に立ち向かうための潜在的な法的選択肢の発展のような他の主要な安全保障構想を鈍化させる。文民指導者たちと軍事顧問間及び政府部局間の関係には、結束力と集中力が欠けている。軍事組織の保守主義はこの問題を悪化させる。多くのベトナム人将校が新しい戦闘の戦術と戦略を研究するために海外に行っているが、何人かの退役将校は個人的な会話で、これらは戦闘訓練や戦略ドクトリンに有意義な方法で採用ないしは組み入れられていないことを示唆した。軍事産業と防衛産業の両方の構造は、急速な近代化が必要な新しい時代において非効率なソ連モデルに基づいている。最後に、西側、特に米国が依然として共産党を転覆するための「平和的革命」に従事しているということが、その軍隊内で支配的な想定のままである。この考え方によるひずみは、引き続きベトナムの利益に有害であり、米国とベトナムの関係の可能性を制限する。
(5)米国は、その一部として、「3つのノー」防衛政策と、米国と中国の両方を「協力のパートナーであり争いの対象」と見なす考え方が、ベトナムの外交及び防衛政策の中心的原則であることを認識しなければならない。現時点でできることは、米国が信頼できて信任できるパートナーであることをベトナムの指導者に確信させ、この地域に対するその政策及び外交政策全般の不確実性を減らすことである。突然のシリアからの米軍撤退とTrump政権の外交政策の予測不可能性は、ベトナム保守派が米国とのより深い関係に投資することに対して懸念を強めているだけである。
記事参照:Vietnam’s Need to Become a Proactive Middle Power

10月30日「一帯一路構想:中国が推し進める理由―米専門家論説」(RSIS Commentary, October 30, 2019)

 10月30日付のシンガポールのThe S. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)のウエブサイトRSIS Commentariesは、米the Daniel K. Inouye Asia Pacific Center for Security Studies研究員Anu Anwarの“Belt and Road Initiative: Why China Pursues It”と題する論説を掲載し、ここでAnwarは「一帯一路構想」は習主席の外交政策の主要テーマであり、共産党憲章にも記されているところから、失敗は党全体の正統性が覆る可能性を秘めているとして要旨以下のように述べている。
(1) 2013年に習主席が発表した一帯一路構想は、インド洋を通る海上交通路と中央アジアを通る陸路を示すものであったが、今は複数のグローバルネットワークを包括するものとなっており、それは一方で、すべての道が北京にのみ通じるものではないか、との批判をかわしてもいる。現在、一帯一路構想は138カ国にまで広がり、総合国内総生産は23兆米ドル、組み込まれる人口は約44億人に達している。習主席は、「オープンなプロセスであり、排他的な中国クラブを作るものではない」と主張するが、多くの人はこれを中国の地政学的外交政策の中心と見ており、また、中国政府が債務に縛られた国々でインフラプロジェクトに数十億ドルの融資を提供する理由について疑問を提起している。一帯一路構想は、経済的負担を地政学的利益に転換するという目的を持ったものではなかろうか。一帯一路構想は、中国が短期的に地域的な支配を、そして長期的には世界的支配を求める野心的な国であることを示すものだと指摘する向きもある。
(2) そのような政治的にも経済的にもリスクのある一帯一路構想を、なぜ中国は推し進めようとするのだろうか?一帯一路構想に基づく事業を展開する理由として、3つの内的要因と4つの外的要因がある。
a. 内的要因の1つは、国内格差である。中国の内陸西部地域と東海岸地方との格差は共産党にとって大きな課題である。上海の一人当たり所得は甘粛省内陸部のそれの5倍である。新疆やチベットなどの自治区の少数民族は、北京の支配に不満を募らせており、共産党はチベットと新疆の分離主義運動を国家統一に対する脅威とみなしている。一帯一路構想は、開発途上地域と裕福な地域を統合することで格差をなくす試みでもある。
b. 内的要因の2つ目は、中国の過剰なインフラ資材の捌け口の必要性である。中国は一帯一路構想に基づき国有企業にビジネスチャンスを提供し、過剰な資材を発展途上国のインフラ整備にシフトさせているのである。
c. 内的要因の3つ目は、それが習主席のプロジェクトであることだ。中国は2017年に一帯一路構想を中国共産党憲章に盛り込んだ。それは現在と将来にわたっての習主席の指導者としての地位を固めるものとなった。習主席は、「中国の夢」を語り、「共通の運命共同体」の名目のもとでの海外進出を図り、繁栄国家を目指している。
d. 外的要因の1つは、地政戦略的な問題である。中国へのエネルギー運航船舶のおよそ80%はマラッカ海峡を通航していると推定される。そのマラッカ海峡は海賊の被害の他、有事には米国とその同盟国による封鎖の事態も考えられる。中国には、一帯一路構想を通じて中国・ミャンマー経済回廊(CMEC)、中国・パキスタン経済回廊(CPEC)、バングラデシュ・中国・インド・ミャンマー(BCIM)経済回廊などの代替陸上ルートを確保する必要性がある。
e. 外的要因の2つ目は、中国企業を中核とするインフラ整備を通じての発展途上国への政治・経済的影響力の行使である。スリランカのハンバントタ港やパキスタンのグワダル港の建設は貿易量を増大させるだけではなく、人民解放軍の駐留や周辺海域でのパトロールに利用するオプションを与える。効果的に周辺海域のコントロール能力を得ることにより、発展途上国の政治に影響を与え、更には米国等の軍事活動をけん制することができる。
f. 外的要因の3つ目は、中国のグローバルなリーダーシップのイメージを強めることにある。中国は地域的にはリーダー国と見做されアジア諸国に影響力を発揮するよう努めているが、共に発展するパートナーと認識されているわけではない。中国は一帯一路構想をあたかも米国のマーシャルプランのように見せようとしている。
g. 外的要因の4つ目は、国際通貨に関わるものである。中国は、グローバル通貨を持つことにより国際金融市場で影響力を発揮できることを理解している。一帯一路構想に基づく事業は、主として中国が融資や建設に携わっているため、元を通貨とすることができる。
一帯一路構想に基づく事業を通じ、中国は元を主力通貨とする地域を拡大できる。一帯一路が成功するか否かを予測するには時期尚早であるが、その前途が共産党の正当性に影響を及ぼすことは確かである。
記事参照:Belt and Road Initiative: Why China Pursues It

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) Nuclear Arms Control: A Game-Changer for the Asia-Pacific?
https://www.pacforum.org/sites/default/files/20191025_PacNet_56.pdf
PacNet, Pacific Forum, CSIS, October 25, 2019
Ralph Cossa, Pacific Forum president emeritus and WSD-Handa Chair in Peace Studies
 10月25日、Center for Strategic and International StudiesのPacific Form名誉会長Ralph Cossaは、同サイトに“Nuclear Arms Control: A Game-Changer for the Asia-Pacific?”と題する論説を寄稿した。ここでCossaは主にINF条約に関連して、①ロシアは、条約の崩壊により、米国、そして彼ら自身に大きな恩恵をもたらした、②米国は現在、中国の増強される中距離弾道ミサイル能力を要因として指摘しているが、中国のINF能力に関する最も声高な不満は中国の戦略的パートナーであるモスクワから発せられている、③米ロは現在、中国及び将来の可能性として他の国々が参加しない限り、条約は復活しないとしている、④新たな条約は、核武装国が世界的な核兵器廃絶に向けた取り組みとしても見なされるべきである、⑤まず、核兵器を保有する全ての国が生産と配備の凍結に同意することであり、次に、比率に基づいて削減することを話し合う必要があり、そして、厳密に定義された特定の分類の武器を禁止することを目的とするアプローチである、⑥中国はいかなる多国間武器規制も受け入れないだろうといわれているが、自国の利益になることは行う、⑦Trump政権は、大統領自身が外交政策全般に取引アプローチを採用し、様々な計画の経費や節約できる金額に関心がある、⑧世界がサイバー及びその他の新たに登場する技術のルールを制定するのに苦労しており、戦略的安定性への影響に対処する必要がある、⑨過去の努力は、すべての当事国の国益に役立つ場合に成功しており、そうでなければ放棄される、⑩おそらく、極超音速兵器の世界的禁止を求めることが出発点である、といった主張を述べている。
 
(2) How to Tell if You’re in a Good Alliance
Not all allies are made equal. But who’s worth the commitment, and who’s not?
https://foreignpolicy.com/2019/10/28/kurds-turkey-israel-saudi-arabia-good-alliance/?utm
Foreign Policy.com, October 28, 2019
Stephen M. Walt, the Robert and Renée Belfer professor of international relations at Harvard University
 10月28日、Harvard University教授のStephen M. Waltは、米ニュース誌Foeign Policyのウエブサイトに、" How to Tell if You’re in a Good Alliance Not all allies are made equal. But who’s worth the commitment, and who’s not? "と題する論説記事を発表した。ここでWaltは、Trump大統領の外交政策を批判するリベラル派も保守派も彼が米国の世界的な同盟関係に多大な損害を与えたと考えていると指摘した上で、米国の今後を展望すれば、確かに、多くの国々、特にアジア諸国との緊密で効果的なパートナーシップ無しに、米国が台頭する中国とのバランスを取り、中国が世界中で力を発揮する能力をどのように制限できるか考えることはできないと指摘する。そして彼は、しかしながら同盟はコストと義務も伴うため、必ずしも平等関係ではなく、また、冷戦において米国がソ連に勝利できたのは同盟が存在していたからではないと述べ、同盟関係を過剰評価することを批判している。最後に彼は、米国は自国の利益をもう少し狭く定義し、その利益をより一貫して積極的に擁護すべきであると主張し、米国は同盟国に対するコミットメントをより慎重に検討することで、敵国や同盟国に対してコミットメントの履行が米国の利益につながるということを理解させることが必要で、これによって米国にとって重要ではない場所での戦いを防ぐことになると述べている。
 
(3) The Sources of Chinese Conduct
Are Washington and Beijing Fighting a New Cold War?
https://www.foreignaffairs.com/articles/china/2019-08-12/sources-chinese-conduct?utm
Foreign Affairs.com, September/October 2019
Odd Arne Westad, Elihu Professor of History and Global Affairs at Yale University
 2019年10月、米Yale University教授のOdd Arne Westadは、米ニュース誌Foeign Policyのウエブサイトに、" The Sources of Chinese Conduct Are Washington and Beijing Fighting a New Cold War?"と題する論説を発表した。ここでWestadは、冷戦当時の米国による対ソ連戦略から学ぶべきことは多いとし、当時のソ連の行動原理と現在の中国の行動原理との違いこそが世界を冷戦から救うことになると指摘する。そして彼は、中国の行動原理は、中国共産党による自らの判断と決定は正しいものだとの自己評価にあるとみており、これは、中国の生活水準がかつてないほど向上したことと、中国のナショナリズムが高まったことによるものだと分析している。そして、もちろんこうした評価は諸外国に受け入れられるものではなく、中国の南シナ海などでの振る舞いによって東アジアの安全保障は危険が増しているとし、中国を民族主義的な「帝国」だと評している。Westadは、こうした中国の現在の姿は、かつてのソ連を彷彿とさせるもので冷戦構造と類似点は多いと指摘すると同時に、一方で、米国の行動能力の低下はほとんどの人が想像するよりも早く訪れており、中国との競争には、何らかの重要な要因が働かない限り、手に負えないような世界が待っていると指摘している。