海洋安全保障情報旬報 2019年10月11日-10月20日

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10月16日「米政府、AIS信号を発信せずにイラン石油を輸送する中国船に深い懸念―英通信社報道」(Reuters, October 16, 2019)

 10月16日付の英通信社Reutersは、米国の対イラン制裁を逃れてイラン石油を海上輸送するため中国が船舶自動識別装置を停止してタンカーを運航していることに警戒を強めているとして、要旨以下のように報じている。
(1) 米政府は中国海運会社に対し、制裁に違反してイラン石油の船積みを隠すため自動船舶識別装置(以下、AISと言う)発信器を切って船舶を運航していることについて警告したとして、2名の米政府高官が匿名を条件に「これは非常に危険で、無責任な行動だ」と述べている。
(2) Trump大統領がテヘランの主輸出品に対する制裁を再度課した後も、中国はイラン石油の最大の購入者であり続けている。Trump大統領は5月にイランの石油輸出をゼロに追い込むよう制裁を強化している。この制裁はイランの核兵器保有の野望、弾道ミサイル計画、シリアへの影響力を放棄させることを狙っている。その結果、イランの石油輸出は日量250万バーレルから40万バーレル以下にまで落ち込んでいる。
(3) 9月25日、米国は制裁に違反してイラン原油を輸送したとして中国遠洋海運集団有限公司(以下、COSCOと言う)傘下の2隻を含む7隻に対し制裁を課した。その数日後、大連中遠海運油品運輸有限公司の保有船舶の1/3に当たる14隻が9月30日から10月7日の間、AIS信号の位置情報を送信することを停止した。このことはRefinitiv (編集注:Reutersも投資する金融関連などの情報提供会社)の船舶追跡データのアイコンが示している。10月15日、米政府はCOSCOが傘下船舶のAIS信号を停止したことを独自に確認したと述べている。10月9日、ロイター通信が報道後、3隻を除くすべての船舶が追跡可能となった。
(4)大連中遠海運油品運輸有限公司はメールで声明を発表し、AISの管制機を切ったり、AIS信号の送信を停止した船舶はないとして「当社は事業運営に適用される法律および規則を引き続き遵守する」と述べている。一般に船員は、海賊あるいは同種災害の危険がある場合にAIS機器を切ることができる。しかし、実態として発信器は違法行為が行われている間、船の位置を秘匿するためにしばしば切られている。
(5) Trump政権が、タンカーがAIS送信機をオフにすることを止めるために何ができるかは明らかではない。Trump政権は、海運会社、エネルギー企業そして港湾当局にイラン石油の取引に警戒するよう警告してきており、そのようなことが起これば海運会社等は制裁に直面することになると話している。Trump政権は、制裁がイランにおいて経済破綻を引き起こしかけていると考えていると当局者は述べている。
(6) しかし、イランは制裁に対応する何年にもわたる経験を有している。テヘランは、2020年11月の米大統領選挙でTrumpが敗北し、新大統領がテヘランにより穏健な路線を採ることを期待して、経済的苦痛を乗り切ろうと試みつつあるかもしれない。「もし、イランが新しい大統領が選出されると計算し、それが誤っていたとすると、大変なことになる。2020年11月以降次の4年間、この種の制裁体制下でイランが経済的苦痛を乗り切れると考える人がいるとは私には思えない」と別の当局者は言う。Trump政権は違法な海上輸送を阻止できなくても、少なくとも注視は続けているとして、「我々は現時点で文字どおり1隻、1隻を当たっている。各船がイラン経済にとって極めて重要だからである」とこの当局者は言う。
(7) Trump 大統領は米-イラン両国の緊張を緩和するための交渉の機会があるかを見極めるため、手始めに前提条件なしでHassan Rouhaniイラン大統領との会談を希望したと当局者は述べている。しかし両首脳は8月に行われた国連総会で会うことはなかった。9月の石油施設へのドローン攻撃後、米国はサウジアラビアの防衛強化のため10月14日に追加の米軍3,000名をサウジアラビアに派遣した。
記事参照:U.S. 'deeply concerned' about untrackable China ships carrying Iran oil: officials

10月16日「米インド太平洋軍にとっての逆説的な太平洋-豪専門家論説」(The Strategist, 16 Oct 2019)

 10月16日付のAustralian Strategic Policy Institute(ASPI)のウェブサイトThe Strategistは豪La Trobe University,La Trobe AsiaエクゼクティブディレクターEuan Grahamの“The paradoxically pacific Indo-Pacific Command”と題する論説を掲載し、ここでGrahamは米インド太平洋軍(INDOPACOM)の担当地域内で過去44年間、戦闘任務が実施されていないのは米軍のプレゼンスによる抑止が効いているからであり、その意義を軽視してはならないとして要旨以下のように述べている。
(1) 米軍はインド太平洋軍(以下、INDOPACOMと言う)の広大な担当地域内で過去44年間、単独での戦闘任務を実施していないが、このことの重要性は過小評価されている。この地域で行われた最後の戦闘任務は1975年5月のカンボジアでのマヤゲス号事件(抄訳者注:カンボジアに拘束された商船乗員奪還のため米軍が武力行使した事件)に際してのものであった。以来、台湾海峡、朝鮮半島、南シナ海などの引火点における多くの危機とこれらに対応する展開があったにもかかわらず、米軍は西太平洋のいずれの地域でも戦闘に従事していない。このような状況は、9.11以降、東南アジアが対テロ戦争の第2戦線と位置付けられ、米国の軍事行動がグローバルにも最高水準を示した期間も維持された。米太平洋軍はフィリピン軍に対し非戦闘任務の対テロ支援を提供したが、他の地域軍よりずっと抑制的に行動した。実際、最近の米軍はインド太平洋地域より欧州方面での活動が顕著である。
(2) 経験的に言えば、こうした武力介入回避の傾向はアジア地域における持続的な安全保障上の危機、民族主義的な問題、軍事力の増強といった状況にそぐわないようにも思われる。合理的結論としては、米国の前方展開する戦闘部隊と情報収集能力に支えられた抑止力がアジア、特に東アジアの平和を上手く維持したということなのかもしれない。米国の存在は、植民地支配から脱却した国家が国内の安定を達成する時間を稼ぎ、他国の冒険主義を抑止し、危機を沸点以下に抑える十分な警告となっていたということである。このことは10年前には逆説的に、より説得力があったと言える。例えば、北朝鮮は韓国の軍艦を沈め、韓国民間人を砲撃し、核搭載大陸間弾道ミサイルの開発を進展させた。また、南シナ海では中国が係争地の岩礁等を軍事作戦の拠点となり得る人工島に変換し、関係する東南アジア諸国に脅威を与えている間も米国は傍観していた。2012年、中国がフィリピンのスカボロー礁に進出した際も同盟国である米国は介入しなかった。そして今日、米国の「航行の自由作戦」はこの拡張主義を逆転させることは出来なかったにせよ、遅まきながらのシグナルは、中国がスカボロー礁への新たな人工島建設を思いとどまらせているようにも思われる。
(3) 我々は南シナ海、東シナ海における中国のグレーゾーン戦術や北朝鮮の非対称的な挑発を斬新なものと考えがちであるが、しかし、両国とも元々こうしたハイブリッド戦に豊富な経験を有している。変わったのは、そのような戦術の強度と洗練度であって、現在は戦略的にその効果が発揮されているということである。西太平洋地域における米国の武力行使の抑制が抑止の成功体験に負っているということは疑いないが、余りよく理解されていないのは、アジア地域における軍事力使用の閾値が他の地域よりも高いことということである。もちろん南アジア及び北東アジアにおける核兵器の存在は、その要因の一つであるが、それで全てではない。例えば、インド・パキスタンの戦略的ダイナミクスは、この閾値を外れているし、朝鮮半島には核兵器が存在しているにもかかわらず、北朝鮮と韓国の関係もこれと同様である。この大きな相違点の一つは、米国の抑止力の信頼性が東アジア諸国に直接的に依存していることということであり、すなわち、戦闘部隊が日本及び韓国に駐留しており、また、拡大核抑止もソウル、東京、キャンベラに適用されているということである。
(4) 実際、ベトナム戦争以来、米陸海空軍は西太平洋地域でかなり慎重に行動している。それは和平の機運が高まったのではなく、北朝鮮と中国との戦争に繋がるリスクが非常に高いと考えられているためである。この点はINDOPACOM担当地域内で半世紀近く米国単独の戦闘任務が実施されていない理由を理解する上では不可欠である。同盟国その他のアジアの緊密なパートナー諸国の間では「軍事的封じ込め」が戦略的リスクとして過大評価されており、逆にそれを放棄するリスクがおそらく過小評価されている。米国の軍隊、領土、市民が直接攻撃された場合の米国の決意を過小評価することは賢明ではないが、歴史的経緯は、インド太平洋地域における米国の軍事介入のハードルは例え同盟国の防衛であっても一般に考えられているより、かなり高いことを示唆している。もちろん筆者は米国に、マヤゲス号事件のような作戦を実施して同盟国を安心させるとともに潜在的な敵の行動を牽制することを勧める訳ではない。
(5) この地域での戦闘がなかったとしても、米軍はここ数十年の間に他の地域で多くの戦闘経験を蓄積して来ており、中には誤ったものも含まれているかもしれないが、それでも経験値として十分なものである。一方、同じ文脈で言えば、中国は東アジア地域における従来型の戦争について米国よりも最新の経験があるということに留意しておく必要があるだろう。しかし幸いなことに、この地域では中国、日本、韓国、ベトナムに限らず、戦争を特に好む国も存在していない。そのことが戦争の閾値を上げるのに役立つのであれば、それはまた、次に生起するかもしれない国家対国家の紛争の象徴的で実証的な側面を担うことにもなるだろう。どこで、どのような形で発生する戦闘であれ、その結果は誰もが見ているのであり、そのため敗者の側にならないことが今まで以上に重要になる。一旦戦闘というルビコン川を越えてしまったら、敗北の政治的な負担を望まない指導者からエスカレーションの圧力がかかる可能性があるが、この点は特に中国について要考慮である。この地域における最近の戦闘経験の欠如は、修正主義勢力による武力紛争への閾値を下回る範囲での「現状維持」への挑戦傾向を強めるであろう。しかし、グレーゾーン戦術から得られる戦略的な選択範囲はますます狭くなっており、米国と地域の国々は戦争がこの地域から無くなることはなく、形を変えて行われるという事実に目覚めつつあるのである。
記事参照:The paradoxically pacific Indo-Pacific Command

10月16日「米沿岸警備隊の大型砕氷船部隊編成計画―米海軍協会報道」(USNI News, October 16, 2019)

 10月16日付のU.S.Naval InstituteのウェブサイトUSNI Newsは、“Coast Guard Focused On Being Sea-Based In Arctic As Merits Of Deep-Water Port Debated”と題する記事を掲載し、米沿岸警備隊が計画している大型砕氷船新造計画の背景と意義について、要旨以下のとおり報じている。
(1)気候変動によって北極海へのアクセスがより容易になり、その戦略的、経済的重要性が高まっている。米国は北極海に焦点を当てており、高緯度における大水深港、洋上基地建設の声もあがるほどだ。そのような中、米沿岸警備隊は大型砕氷艦6隻から構成される部隊の編成を計画している。米沿岸警備隊総司令官Karl Schultzは、その部隊は北極圏での活動を満足ゆくものにするだろうと述べている。ただしこの問題は沿岸警備隊に限定されるものではなく、議会、米陸軍工兵隊、国防総省、アラスカ州の関係機関などさまざまな方面が関わるべきだとSchultzは言う。
(2)陸軍工兵隊は、北極圏での大水深港建設に関心を持ってきた。2015年の陸軍工兵隊による「ドラフト・レポート」は、予想される北極海の通行量増大への対処に必要だと述べた。それによれば、当時就役が計画されていた4隻の新造砕氷船は、現在の状況においてもアラスカ州ノームにアクセスができないという。そうした船舶を停泊させることのできる港が必要だということである。
(3)議会でイニシアチブをとっているのは、アラスカ州選出共和党上院議員のDan Sullivanである。たとえばSullivanはMark Esper国防長官承認に関する公聴会で、北極圏での活動を容易にするような港湾の建設を求めた。また彼は海軍長官Richard V. Spencerと、沿岸警備隊総司令官に就任したばかりのSchultzを、北極圏における大水深港建設候補地であるアラスカ州ノームに招いている。Spencer海軍長官はこれをノームでの港湾建設を支持し、北部航路において自由の航行作戦を展開するための戦略的拠点になりうると主張した。
(4)沿岸警備隊が有する大型砕氷船艦は1976年に就役したUSCGC Polar Star 1隻であり、北極海での作戦行動可能な船艇は中型船である。冒頭述べたように、沿岸警備隊は大型砕氷船部隊編成を計画しており、ここ40年間で言えば沿岸警備隊初となる大型砕氷艦建造のために約7億4600万ドルの契約をVT Halter Marineと締結した。その就役は2024年が予定されている。これによって、沿岸警備隊は北極海における行動能力を高め、かつそのプレゼンスを増大させることができるであろう。
記事参照:Coast Guard Focused On Being Sea-Based In Arctic As Merits Of Deep-Water Port Debated

10月16日「米海軍の兵力組成と建艦計画―議会調査局報告」(Congressional Research Service, October 16, 2019)

 10月16日付の米Congressional Research Serviceのウェブサイトは、 “Navy Force Structure and Shipbuilding Plans: Background and Issues for Congress”と題する調査報告を掲載し、今後の米海軍の建艦計画について、“Summary”として要旨以下のように述べている。
(1)海軍の現在と計画中の規模と構成、艦船調達率及び建艦計画の予想される購入能力は、長年にわたって議会軍事委員会の監督事項だった。2016年12月15日に海軍が発表した355隻という兵力規模の目標は、2016年に実施した兵力組成評価(以下、FSAと言う)の結果である。海軍は、2016年のFSAに代わるものとして新しいFSAが現在進行中であると述べている。海軍当局者たちは、この新しいFSAが2019年末までに完成する予定であると述べている。
(2)新しいFSAは、巡洋艦等の大型水上艦の割合の減少、フリゲート、沿海域戦闘艦等の小型水上艦の割合増加、そして、第3のカテゴリーとなる無人水上艦艇部隊の創設を含む、より細分化された構成に水上部隊を変更したものと考えられている。海兵隊司令官の発言は、この新しいFSAが海軍の両用戦部隊について、新たな両用戦における輸送対象と両用戦艦艇の新しい組み合わせに基づいた構成に変更する可能性があることを示唆している。また、新しいFSAが海軍の水中部隊を従来の攻撃型潜水艦と海底設置型センサーに加えて、新しい要素として無人潜水艇と考えられるかもしれない超大型水中無人機(UUV)を含むより分散型の構成に変更するかもしれないと考えられている。
(3)海軍の2020年度の建艦5カ年(2020年度から2024年度)計画には、55隻の新造艦船、つまり年間平均11隻の新造艦船が含まれる。海軍の2020年度の建艦30年(2020年度から2049年度)計画には304隻、つまり年間平均10隻が含まれる。2020年度の建艦30年計画が実行された場合、海軍は2034年度までに合計355隻を達成すると予想している。これは、海軍の2019年度の建艦30年計画の下で予想されるよりも約20年早くなる。
(4)海軍は2034年度に艦隊が合計355隻に達すると予想しているが、その年以降の海軍は2016年度FSAで要求された構成と一致しない。議会の問題の1つは、海軍が実施している新しいFSAが、2016 FSAによって確立された355隻の兵力規模の目標を変更するかどうか、もしそうならば、どのように変更するかである。議会のもう1つの問題は、海軍の建艦30年計画で見込まれる建造費用を負担できるかである。議会にとって別の問題は、長期に亘り有効であり続ける1つあるいはそれ以上の決議を駆使しつつ、国防総省の業務に少なくとも2020年度予算の一部を充てるという2020会計年度の海軍建艦計画への潜在的影響である。
記事参照:Navy Force Structure and Shipbuilding Plans: Background and Issues for Congress

10月17日「インド太平洋に手掛かりが掴めないブラジル-ブラジル専門家論評」(The Diplomat, October 17, 2019)

 10月17日付 のデジタル誌The Diplomatは、Federal University of Minas Gerais国際・比較政治学教授でthe National Council for Technological and Scientific Developmentの研究者であるDawisson Belém LopesとFederal University of Minas Gerais博士課程João Paulo Nicolini Gabriel連名の“Brazil is Clueless About the Indo-Pacific”と題する論評を掲載し、ここで両名はThe Diplomat誌が10月8日に掲載したBalaji Chandramohanの“Brazil’s Strategic Expansion in the Indo-Pacific”に反論し、ブラジルがインド太平洋に本格的な戦略は持っておらず、国防力の強化を最優先課題とはしていないとして要旨以下の通り述べている。
(1) The Diplomat誌は10月8日にBalaji Chandramohanによる“Brazil’s Strategic Expansion in the Indo-Pacific”と題する記事を掲載した。記事は、南米最大の国家の壮大な戦略的ビジョンを展開してインド太平洋地域での地位を拡大すると予想している。しかし、同記事の著者はブラジルの外交・経済の強化がアジアの主要国との関係を強化するとし、ブラジルの海洋能力の開発や太平洋同盟への参加等々を提案しているが、話半分に受け取るべきだ。この著者は、どうやら誤解に縛られているようだ。ブラジルはインド太平洋地域への本格的な戦略を持っているわけでもなければ、最近よく使われる「インド太平洋」と言う用語に組み込まれることを決めたわけでもない。まずはブラジルの行動が「東方化」に対応できているのか否かを議論すべきであろう。アジアは2019年のブラジル輸出の40%以上を占める巨大市場に変わり、その81.8%を農産物が占めているが、ブラジルは農産物輸出が戦略の主要部分を構成するとは考えていない。ブラジルの国力を増大させる条件ではないからである。アフリカ全体に対するブラジルの輸出量はその3.37%に過ぎない。そのため南米諸国はインドや中国などの他の新興国と違って、大陸内の商業関係を強化している。ブラジルがインド太平洋諸国との外交関係を改善すべきとの主張は間違ってはいないが、前のめりし過ぎてはならない。ポルトガル語圏を共同体化する提言があるが、東洋語を流ちょうに話す外交官は少ない。
(2) 軍事力の近代化も提言されているが、現在、ブラジル国民は防衛能力を強化することを重要課題とは考えていない。それに、防衛力強化がインド太平洋地域に対するブラジルの政策なのだろうか。安全保障の変数は大きいが、それは国の野心や脅威に対する認識によって異なるものである。ブラジルが直面しているのは、近隣の政治的混乱、すなわちペルーやエクアドル、そしてベネズエラの内政危機である。日本、インド、オーストラリアのように、南シナ海の自由を守ることの重要性を主張するブラジルの公式文書に出くわすことはない。それはあり得ないだろう。2012年に発表されたブラジルの防衛白書にインド太平洋地域内の紛争との関係を示すデータは見当たらない。
(3) さらに、“Bolsonaro factor” を考慮すべきであろう。Jair Bolsonaro 大統領は、1月の宣誓において外交政策の再構築を約束している。おそらく、ブラジルの外交政策は反共産主義、親キリスト教、親西側諸国の態度を想定している。Bolsonaro大統領は、Trump米大統領を称賛しており、移り気な政治的マナーを模倣しようとするであろうから、ブラジルの戦略的優先事項を想定することは難しい。中国との関係はBolsonaro大統領にとってもう1つの厄介な問題である。大統領支持層の一部には、対中政策において米国と足並みを揃えたい意向をもっている。Bolsonaro大統領は先のG20サミットで習主席との会談をスキップしている。ブラジルで最も裕福なサンパウロ連邦政府は中国の一帯一路構想に関心を示しているが、ブラジル政府は消極的である。要するに、外交政策におけるBolsonaro大統領の最終的な決断を予想することは、不確実な賭けでもある。
記事参照:“Brazil is Clueless About the Indo-Pacific”

(関連記事)
10月8日「ブラジルのインド太平洋への戦略的拡張-豪専門家論説」(The Diplomat, October 8, 2019)

海洋安全保障情報旬報 2019年10月1日-10月10日号内抄訳:
https://www.spf.org/oceans/analysis_ja01/_20191001.html#scrollnavi5
 
記事参照:Brazil’s Strategic Expansion in the Indo-Pacific
 

10月17日「海軍増強を試みるマレーシア―マレーシア専門家論説」(South China Moring Post, 17 Oct, 2019)

 10月17日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、マレーシアの研究者Tashny Sukumaranの“Malaysia must prepare navy for possible conflict in South China Sea, foreign minister warns”と題する論説を掲載し、ここでSukumaranは南シナ海の紛争に関する最近のマレーシアの外相の発言と同国の動向について、要旨以下のように述べている。
(1)10月17日、マレーシア軍の10年計画の概要が示されると予想される防衛白書公表に先立って、同国外相Saifuddin Abdullahはマレーシア海軍を南シナ海での武力紛争の可能性に対処するために強化する必要があると述べた。Saifuddin外相は議会で、中国海警がサラワク州沖の南ルコニア礁周辺で24時間にわたって展開を維持していると詳しく説明し、マレーシア海軍の艦艇は「中国海警よりも小さい」と付け加えた。紛争を望まないにも関わらず、マレーシアの装備は「南シナ海において大国間で紛争が発生した場合に海域をよりよく管理できるように」強化される必要がある。マレーシアは、他の国々がその海域に侵入した場合に、抗議書を出すことができたが、同国の執行能力の欠如は弱点だったとSaifuddi外相は警告した。マレーシア初の防衛白書は、12月上旬に発表される予定であり、様々な防衛問題に関するマレーシアの立場を明らかにするとともに装備品等を検討すると考えられている。アナリストたちは、マレーシアが航空機を含む新しい海上哨戒装備を緊急に必要としていることで一致している。これは、2055年まで続くマレーシア空軍の能力開発計画で明らかにされた必要事項である。
(2)マレーシアの最新の海軍調達品の中には、中国船舶重工業集団公司が建造した新しいクラスの沿海域任務艦がある。これらの一番艦は4月中に中国で引き渡された一方で、別の2隻は2021年までにマレーシアで建造され、引き渡される。これらの艦の契約は、複数の汚職と権力乱用の罪で現在公判中である不祥事のあったNajib Razak元首相の任期中に締結された。
(3)マレーシア政府は南シナ海に関する抗議書を出すことをいとわなかったが、争われている海域の現実は変わらなかったとマレーシアのInstitute of Strategic and International Studies(ISIS)上級アナリストShahriman Lockmanは述べている。中国はマレーシアが国際法の下で海洋資源に対する唯一の権利を保持している排他的経済水域内のルコニア礁近傍でプレゼンスを維持し続けている。北京はまた、この地域でのマレーシアの石油及びガス開発活動に対しより活発に抗議行動を行ってきている。シンガポールのInstitute of Defence and Strategic Studiesの研究員Collin Kohは、抗議書はしばしば「他国を名指しと恥をかかせる」ことを避けるために公開されなかったと述べているが、このことは有効性についての疑問を提起する。「抗議書は、少なくとも自分の主張を生かし続けるのに役立ち、その権利を強く主張するために行われた公式の行動の記録としての役割を果たす。少なくとも東南アジアでは、このような抗議書は安定を維持し、状況が発火するのを防ぐために、出されたとしてもしばしば公にされていない。しかし、そのことは透明性への疑問を惹起する」とCollin Kohは言う。
(4)マレーシアは、南沙諸島の12の島の権利を主張し、その内の5つを占拠している。中国は、それらが論争の的となっている「九段線」の範囲内にあるため、マレーシアの海洋の権利主張のほとんどに反対している。北京はまた南沙諸島全体の権利を主張している。マレーシアは、南沙諸島に5つの沖合監視哨を持ち、マレーシア軍と海上法令執行庁によって哨戒活動が実施されている。中国は長い間、この紛争は北京と東南アジアの各権利主張国との間の個別の2国間協議によってのみ解決できると主張してきた。
(5)10月17日に、マレーシアの当局者は映画検閲官が中国の「九段線」を表示したドリームワークスのアニメ映画から当該シーンを削除するように命じたことを発表した。マレーシアの動きは、フィリピンが、Abominable社の地図に関してドリームワークスを非難し、フィリピン人にこの企業をボイコットするよう促した翌日であった。ベトナムは、10月14日に地図をめぐって抗議し、この映画を映画館から除外した。
記事参照:Malaysia must prepare navy for possible conflict in South China Sea, foreign minister warns

10月18日「グローバルな気候変動がシンガポールにもたらす課題とチャンス――シンガポール元外交官論説」(RSIS Commentary October 16, 2019)

 10月18日付のシンガポールのThe S. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)のウェブサイトRSIS Commentaryは、シンガポールの元外交官で現RSIS客員研究員Viji Menonの“Climate Change and Global Warming: Singapore and the Arctic”と題する論説を掲載し、ここでMenonは、グローバルな気候変動と地球温暖化がシンガポールにどのような課題とチャンスをもたらすか、また、シンガポールはそれにどう対応すべきかについて要旨以下のように述べている。
(1)2019年9月、気候変動に関する政府間パネル(以下、IPCCと言う)は、「変化する気候下での海洋・雪氷圏に関する特別報告書」を発表した。同報告は気候変動によって生じている海洋および雪氷圏におけるさまざまな変化に対する共同行動の優先順位を高める必要性を強調した。
(2)グローバルな地球温暖化はシンガポールにも深刻な影響をもたらす。気温上昇の影響を最も大きく受けるのは極地地域であり、同地域における気温上昇の度合いは、他の地域に比べて大きい。北極や南極における氷の喪失はその速度を速めており、それは海面の上昇につながる。温室効果ガスの排出が増加し続けば、海面は一年に数センチずつ上昇を続けると見込まれており、2300年までにそれは数メートルに及ぶ。シンガポールのLee Hsien Loong首相が国連気候行動サミット「多くの小島嶼国家のように、シンガポールは……特に海面上昇に対して脆弱である」と述べた。
(3)北極や南極の極地地域は、グローバルな気候変動のバロメーターとして、全世界的な重要性を帯び始めている。そのことの表れとして、2013年に北極評議会(1996年に創設、当初の加盟国はカナダ、デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、ロシア、スウェーデン、アメリカ)が新たに6つの国々をオブザーバーとして追加した。その6ヵ国とはシンガポール、インド、イタリア、中国、日本、韓国である。
(4)気温上昇は氷の喪失による海面上昇という危機に加え、新たな航路開拓というチャンスももたらす。現在すでにロシア北岸を通る北極海航路が利用されており、太平洋・大西洋間の移動について言えば、従来のスエズ運河経由の航路に比べて距離も時間も大きく短縮される。また、北極海航路はシンガポールを迂回することになるので経済的な影響は大きい。現在すでに北極圏を通行可能な船舶の建造計画や、北東アジアにハブ港を建設する計画もある。
(5)さらに気候変動は北極圏における資源利用の道も開く。米国の調査会社によれば北極圏には世界で未発見のガスのうち30%が、未発見の石油の13%が眠っているという。
(6)これらさまざまな変化に対し、シンガポールはどのように対処し、新たな機会をつかむべきであろうか。海洋産業におけるシンガポールの強みは、造船や船舶修理、およびオフショア開発分野にある。したがって、北極圏で活動可能な船舶や、資源開発に必要な石油リグなどの設備需要を満たすことができる。また、北極海航路を利用する船舶が利用可能な港湾の需要も高まるであろう。この領域についても、シンガポール企業はその専門性を活かすことができる。
(7)短期的に見れば、気候変動が極地地域にもたらす影響がシンガポールに直接及ぶことはないように思われる。しかし将来的に変化は必ず訪れるのであり、シンガポールはそれに備え、変化に対応し、新たな好機をつかまねばならない。シンガポールはこの決定的に重要な地域における利益を維持し、関心と資源を振り向けていかねばならないのである。
記事参照:Climate Change and Global Warming: Singapore and the Arctic

10月18日「太平洋島嶼諸国はパートナー国に気候変動と戦うことへの協力を求めている―米研究者論説」(The Diplomat, October 18, 2019)

 10月18日付のデジタル誌The Diplomatは、米シンクタンクYoung Professionals in Foreign Policyのアジア太平洋研究員Naima Green-Rileyの“Pacific Island Nations Want Partners That Will Help Them Fight Climate Change”と題する論説を掲載し、ここでRileyは太平洋島嶼諸国が米国や豪州に気候変動に関してともに戦うことを求めているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 太平洋島嶼諸国は14の小さな独立国から成る。通常、この地域は国際情勢の推移に関心を持つ人々からあまり注目はされていない。しかし、太平洋諸島には、米国、中国、豪州、日本などのより強力な国々がより大きな影響力を保持しようとしている。太平洋島嶼諸国への最大の貢献国としてオーストラリアはこの地域で伝統的に最大の影響力を持っている。しかし、近年、特に中国からのインフラ整備と資源開発のための融資により、支援が多様化してきた。中国の最近の活動は、太平洋島嶼諸国が従来の西側諸国からの軍事的、外交的な支援を中国に移行するのではないかという懸念を生じさせている。現在、太平洋島嶼諸国にとって重要な問題である気候変動をめぐる摩擦については地域の国々の大部分が失望している。 2019年8月15日、オーストラリア、ニュージーランド、太平洋島嶼諸国の指導者、米国と中国の代表者が、ツバルで開催される毎年恒例の太平洋諸島フォーラムに集まった。フォーラムでの議論は緊張していたが、主な原因は気候変動に関する意見の相違であった。フォーラムでの島嶼諸国の指導者達は、怒りのほとんどを豪州に向けた。気候変動が地域の国々に大きな影響を与えていることが考えられるので、多くの指導者は、気候変動に関する国際的な行動を求める共同声明文書を作ることを望んでいた。しかし、Morrison政権の下で最近石炭産業に投資したオーストラリアは、石炭への言及、摂氏1.5度を超える地球温暖化を制限すること、2050年までのゼロエミッションへの関与を文書に含めることを拒否した。気候変動は太平洋島嶼諸国に住む人々にとって死活問題である。失望はしたものの、すべての太平洋諸国のリーダーは地域を支援する最も影響力のある3つの国、豪米中から気候変動の影響を緩和する援助への説明を受けた。
(2) 太平洋島嶼諸国の指導者たちは、豪米中が問題を解決するのに十分なことをしていないと感じている。指導者たちの、オーストラリアは主要な排出国としてこの地域の気候変動による荒廃の原因であるとの発言を受け、オーストラリアはフォーラムと同じ週にこの地域の国々に再生可能エネルギーと気候変動からの回復に5億ドル支援することを約束した。米中は、これほど良い対応はしていない。フォーラムでは、米中両国は太平洋島嶼諸国に気候変動対処に支援することを約束した。米代表は「気候変動からの回復プロジェクトと再生可能エネルギーにおける数十億ドル継続的に関与する」ことを強調した。中国代表は「太平洋島嶼諸国の持続可能な緑の開発に積極的に貢献する」ことを約束した。米国と中国は異なった話をしている。米国は2017年にパリ協定を撤回し、その後、気候変動対処における世界的なリーダーシップの役割から撤退した。一方、中国は世界最大の温室効果ガス排出国であり、世界中の20か国以上の石炭発電所に数十億ドルを投資している。
(3) 米国は、太平洋島嶼諸国との協力をもっと強化させていかない限り、多くの損失を被るだろう。南太平洋の諸国は長い間、航行の自由を確保するために重要な米軍のプレゼンスを支持してきた。さらに、米国と多くの太平洋島嶼諸国の歴史的に密接な関係からみて、Trump政権は、これらの国々が「自由で開かれたインド太平洋」を確保するという新しい外交政策で果たすことができる役割を認識している。太平洋島嶼諸国での影響力の喪失は、米国の目標を支援するためのこれらの国々の協力が少なくなってしまう可能性を示している。このような結果を回避するために、米国は太平洋島嶼諸国との関係を強化することに関心があることを示すべく、いくつかの行動を起こした。米国国防総省の2019年6月の「インド太平洋戦略報告」は、この地域での軍事協力、海上安全、対外軍事基金を支援する一連の計画の概要を示している。さらに2019年8月初旬、国務長官Mike Pompeoは、ミクロネシア、マーシャル諸島、パラオと自由連合盟約の更新のための交渉をしていると発表した。太平洋島嶼諸国の指導者たちは、安全保障面の支援と現状の財政支援より、気候変動に関するより大きな関与こそ対米関係の真の恩恵と考えている。米国はそのような関与をどのように実行できるのか。ワシントンが採ることができる最も効果的な行動は、地球規模の気候変動協力に関するリーダーシップを強化することである。ただし、これはパリ条約から撤退した現Trump政権ではありえないであろう。
(4) 米国にとってより現実的な選択肢はオーストラリアや日本のような地域の他のリーダー国と協力し、太平洋諸島の気候変動に対する協調的な対応を構築することである。このようなパートナーシップの基盤はすでに設定されている。2018年11月、日米豪はインド太平洋地域のインフラストラクチャへの投資を促進するための三国間協定に署名した。2019年9月下旬、太平洋島嶼諸国の指導者たちは、国連での気候変動に関する会議により大きな注意を求めた。彼らはより強力な支援の必要性を明確にし、気候変動と可能な限り最大限に戦うことを世界の指導者たちに求めた。問題は、米国とその同盟国がこれらの国々を支援するより良い方法を見つけるかどうかである。
記事参照:Pacific Island Nations Want Partners That Will Help Them Fight Climate Change

10月18日「中国の海洋戦略の変化―米専門家論説」(The Diplomat, October 18, 2019)

 10月18日付のデジタル誌The Diplomatは、米シンクタンクHudson Institute の上級研究員Douglas J. Feithの“China’s Maritime Strategic Challenge”と題する論説を掲載し、ここで Feithは中国の海洋戦略が軍民の境界をなくす方向で変化しており、米国は同盟国と協力して対処しなければならないとして要旨以下のように述べている。
(1) 中国はアジアにおける米国の軍事的支配を終わらせ、それ以上のことをしようと努力している。このため、軍事安全保障が貿易と投資にどのように関係しているかを米国が再検討する必要が生じている。中国との貿易及びその他の関係をどのように規制するかは、米国が直面する最大の戦略的課題である。解答は、中国とのすべての貿易をやめることではない。それは必要でも実用的でもない。しかし、この問題があることを忘れてしまうことも解答ではない。中国の国家安全保障戦略における貿易の役割を無視するのは無謀である。この問題は、過去半年ほどで初めて明らかになった。米国は、必要な新しい法律と政策を考案し、5Gインターネット基盤、人工知能、量子コンピューター、高度な製造技術、サイバー戦、その他の軍事的に重大な影響力のある中国の野望に対抗する方法について同盟国と議論した。習近平は、中国を新しい時代に移行させた。彼は中国は世界の中心に立つべきだと宣言した。中国は海洋大国になることを目指しており、それは順調に進んでいる。卓越した沿海海軍を作った習近平は、中国の海洋ドクトリンが「外洋保護」と呼ぶ機能を構築しつつある。多くの艦艇建造、空母、水陸両用艦、水上艦及び潜水艦部隊の展開、ミサイルの開発、艦隊の遠海任務の実施、また外洋における海軍作戦を容易にする多数の海外施設の建設などにより、中国は世界規模で海軍を運用する決意を示している。
(2) 習近平の海上戦略は、軍事を超えたものである。中国は世界最大の商業船団と遠洋漁船団を運営している。商業造船の面でも世界的リーダーである。戦略的海域での米海軍のプレゼンスがさらに低下し、中国がその発展の軌跡を維持する場合、中国はやがて海上支配の優位を得るであろう。習近平の一帯一路構想には、世界中の大規模なインフラ建設計画が含まれている。商業的な影響力を獲得するだけでなく、経済的、戦略的に利用可能な膨大な量の技術的、商業的、個人的、その他の情報すべてを中国の当局者が秘密裏に、あるいは公然と入手できることを狙っている。中国自身が有用な施設にリンクし、独自の情報技術標準と電子商取引プラットフォームの建設を促進するべく、中国は一帯一路構想を使用しているのである。一帯一路構想の主要な要素は、世界中の商業港を取り巻くネットワークである。中国はスリランカ、ジブチ、フランスさらにはオランダなど、多くの国で港を所有し、運営し、あるいはそれらを計画している。中国は、商業活動と戦略的軍事活動を西側諸国よりもはるかに広範囲に統合している。その最も重要な国家安全保障戦略の1つは、中国が軍民融合政策と呼ぶものである。習近平は、民間の事業活動を活用して中国の軍事力を強化するという中国の方法をとっている。
(3) 米国は今や、中国を伝統的な用語で単に敵と考えることはできない。現在の中国をかつてのソ連のように「封じ込める」ことはできない。冷戦の時期は、軍事技術と民間技術の区別がかなり明確に定義されていたため、輸出規制はソビエト連邦に対して大部分は有効に機能した。この区別は今ではあまり明確ではない。世界における中国の地位は間違いなく前例のないものである。米国の同業他社であると同時に、主要な貿易及び投資のパートナーでもある。中国の貿易と投資の多くは軍事技術に関連しており、中国が米国と軍事的に戦う能力を向上させるのに役立つ。中ロ関係は、一部の地域では緊張しているが、他の地域では協力的であり、武器販売、共同軍事演習、防衛協議に関し密接な関係を保ちつつ発展している。中ロは世界中の米国と西欧諸国の利益に反対しつつ協力し、米国と同盟国に負担をかけ、同盟を壊そうとしている。
(4) 同盟国との連携は、米国が戦争せずに中国の挑戦に対処する上で有効である。同盟がその目的を果たすために、主に3つのことを行う必要がある。
・第一に、共通の脅威評価を行う。
・第二に、同盟国の軍事能力、軍事計画、米国と共同運用する能力を改善し向上させる。
・第三に、中国の商業活動と積極的な国家安全保障戦略を統合することにより中国が生み出した危険に対抗する。
中国は、商業活動と軍事活動の境界線を積極的に削除している。そして、習近平は、中国は経済が成長するに伴い、国内の自由化をすすめる必要があるだろうという長年の理論を覆した。しかし、良いニュースは、中国の脅威という問題が左翼右翼の両方の米国人によって認識されていることである。この問題に対処するには国内外での努力が必要である。
記事参照:Pacific Island Nations Want Partners That Will Help Them Fight Climate Change

10月20日「グレーゾーン戦術は南シナ海における軍事紛争のリスクを高める-香港紙報道」(South China Morning Post, 20 Oct, 2019)

 10月20日付の香港英字日刊紙South China Morning Post電子版は、“‘Grey zone’ tactics are raising risk of military conflict in the South China Sea, observers say”と題する記事を掲載し、南シナ海で米国が推し進めるグレーゾーン戦術は米中が「望まざる軍事紛争」へのリスクを高めるとして、要旨以下のように報じている。
(1) 係争地域における中国の台頭に対抗するため米国が運用を増加してきている「グレーゾーン」戦術は、両大国の軍事紛争への機会を著しく増大させると中国研究者は指摘している。2018年、米国はいわゆる航行の自由作戦を5回、1,000回以上の軍用機の飛行を実施していると上海社会科学院国際問題研究所助理研究員・陳永は最近発表した論文で述べている。どの日を取ってみても、係争海域で少なくとも3隻の米艦艇を見ることができ、「中国の軍事力が増大しているので、米国はより危険なグレーゾ-ン作戦に舵を切っている」と陳永は言う。
(2) グレーゾーンは戦争と平和に間にある国家に与えられる用語で、そこでは国家は戦闘に依拠することなく他国に対し政治的、あるいは領土的利得を得ることを追求している。陳永は米中間の安全保障領域における対立は拡大してきており、ワシントンは「中国を阻止するためにグレーゾ-ンでのすべての手法」を採用していると陳永は言う。
(3) 世界の供給連鎖にとって死活的な海上交通路が通る戦略的に重要な南シナ海で何年にもわたって米国が主導してきた既存の秩序に挑戦するため、中国はそのような作戦を使用していると米国は長年にわたって非難してきた。米国の軍当局者、研究者によれば、南シナ海における北京のグレーゾーン戦術には人工島の建設、軍事化、係争中の珊瑚礁周辺海域の哨戒のため海警の展開、漁船を徴発してのアドホックな海上民兵としての運用等が含まれる。しかし、中国は海上民兵についての主張は誇張されており、米国の対応は過度であると反論している。
(4)「米国が適用しているグレーゾーンでの行動には、中国に「修正主義者」の国というレッテルを貼る話術の戦い、拡大する沿岸警備隊の哨戒、航行の自由作戦、南シナ海における海軍の演習が含まれており、これら全ては中国のグレーゾーンの優位を弱体化させ、中国が米国版の国際海洋秩序を受け入れるよう強いるものである」と陳永は言う。最も危険なことは地域において軍事的同盟を構築するワシントンの努力である。「南シナ海の国々に対する米国の安全保障上の保証は非常に重大であり、米中両国を「望まない紛争」に導くかもしれないと陳永は言う
(5) 北京大学海洋研究院の南海戦略態勢感知計画主任・胡波は、中国が米国に対抗するためには強力に反撃する必要があり、「このゲームにおける効果的な対応は対立のレベルを引き上げ、利害関係を高めることである」と言う。
記事参照:‘Grey zone’ tactics are raising risk of military conflict in the South China Sea, observers say

(参考記事)
2019.10.15「美国対華海上“灰色地带”行動」陳永(上海社会科学院国際問題研究所助理研究員)http://scspi.pku.edu.cn/dtfx/497862.htm

10月20日「米比同盟関係の強化と比大統領の対中友好外交に見る矛盾―比専門家論説」(South China Morning Post, October 20, 2019)

 10月20日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、台湾国立政治大学研究員を務めるフィリピンの東南アジア問題専門家Richard Heydarianの “How tighter Philippines-US defence ties contradict Rodrigo Duterte’s Beijing-friendly foreign policy”と題する論説を掲載し、ここでHeydarianはDuterte大統領が進める北京に対する友好的な外交政策の一方、米比軍事関係が強化されていることの矛盾について、要旨以下のように述べている。
(1)Duterteフィリピン大統領は就任以来、中国との2国間外交関係を大幅に改善してきた。それでも、同国軍部は、依然中国を安全保障上の最大の脅威と見なし、米国との防衛関係を強化する好機として、南シナ海における混乱と高まる緊張を利用してきた。同国軍部は中国と間では1本の主要な防衛協定にも調印していない。2019年には、最近の中国を念頭に置いた前例のない軍事演習を含め、米比両国は年間で最多回数の合同軍事演習を実施した。こうした米比軍事関係の隆盛は、Duterte大統領の北京に対する友好的な外交政策における最大の矛盾を表徴している。
(2)近年のフィリピンの対中関係は起伏に富んでいる。Aquino前政権は、南シナ海領有権紛争を巡って仲裁裁判所に提訴した。後継のDuterte大統領は、仲裁裁定を「棚上げ」した。Duterte政権下でフィリピンが中国の「一帯一路」構想によるインフラ投資を歓迎したことから、中国の民間投資、特に不動産とカジノ産業に対する投資が急上昇した。この間、中比両国は、国連を含む多国間フォーラムにおいて、事実上の外交同盟を形成した。しかしながら、両国関係は、1つの分野で冷却状態にある。フィリピン軍は、繰り返し大規模な軍事援助を提供してきた中国と間で、未だに如何なる防衛協定にも調印していない。両国は未だに2国間の合同軍事演習を実施しておらず、フィリピンの全ての主要軍事基地は中国人解放軍(PLA)に対して依然アクセスを拒否している。現在までのところ、フィリピンへの PLA のアクセスは、海軍基地と大統領の故郷、Davaoの空港への親善訪問に限られている。それでも、この限定されたアクセスさえ、比国内に大きな論議を呼んだ。フィリピンの国防部門は、外交政策問題に関しての事実上の拒否権を持っており、中国企業が戦略的に重要な港湾、特に Subicに進出することを一貫して阻止してきた。
(3)大統領のワシントンに対する批判的言辞にもかかわらず、軍部は、南シナ海におけるフィリピンの利益に対する中国の脅威を公然と警告し、米国との防衛協力を強化してきた。最近の世論調査によれば、軍部の指導層は、中国をフィリピンに対する外部からの最大の安全保障上の脅威と見なしている。彼らは中国との一層の軍事外交的関わりを支持してはいるが、米国は依然最も重要な同盟国である、というのが高級幹部間における有力な見解である。従って、米国、オーストラリアそして日本がフィリピンの戦略的に重要な基地へのアクセスを拡大していることを誰も怪しまない。実際、米国防省は、アントニオ・バウティスタ空軍基地とバサ空軍基地を含む、南シナ海の係争海域に近い位置にある戦略的に重要な諸基地に積極的にアクセスしている。また、米国は、フォート・マグサイサイ、ルンビア、マクタンベニト・エブエンなど、その他の重要な空軍基地にもアクセスしている。
(4)最近頻度を増している米比合同軍事演習は表面上、人道支援や災害救助を重点とした定期的演習だが、実際には、これらの合同演習は、中国から実際の軍事的脅威に物理的に対応する場合における、運用上の互換性を強化することを基本的な狙いとしている。Duterte大統領は、自らの人気と最善の努力にもかかわらず、フィリピンの国防部門における中国に対する姿勢と関係を方向転換させるという点では、ほとんど目的を達成していない。米国によって教育されたフィリピンの国防部門は、米国防省との強い絆を通して、大統領に「逃げ道」を用意しようとしている。
記事参照:How tighter Philippines-US defence ties contradict Rodrigo Duterte’s Beijing-friendly foreign policy

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) Now is Not the Time for a FONOP in the Arctic
https://warontherocks.com/2019/10/now-is-not-the-time-for-a-fonop-in-the-arctic/
War on The Rocks.com, October 11, 2019
Dr. David Auerswald, a Professor of Security Studies at the U.S. National War College in Washington, D.C.
 10月11日、U.S. National War College教授のDavid Auerswaldは、米University of Texasのデジタル出版物であるWar on the Rockに、" Now is Not the Time for a FONOP in the Arctic"と題する論説記事を発表した。Auerswaldはその冒頭でロシアと米国が北極でチキン・ゲームを開始したが、これは不必要な軍事紛争につながる可能性があると警鐘を鳴らし、その要因の一つとして、米国による北極海での航行の自由作戦(Freedom of Navigation Operation:以下、FONOPと言う)によって、ロシアが自国の中核的な経済・安全保障上の利益と国家のアイデンティティが、北極海航路とその周辺で危機にさらされていると認識しているからだと指摘している。その上で、クリミアやウクライナ東部での軍事的活動、そしてネット上での選挙妨害活動など、ロシアの活動が、西側諸国の制裁にもかかわらず続いたことを思い出してほしいと述べ、米国は稚拙なFONOPに頼るのではなく、長期的な展望に立ち、戦略を練り直すべきだと主張している。
 
(2) 10月16日「ベトナムのシー・ディナイアルと抑止戦略―シンガポール専門家論説」(The National Interest, October 16, 2019)
Stuck Between China and America, Vietnam Has Its Own Strategy For The South China Sea
https://nationalinterest.org/blog/buzz/stuck-between-china-and-america-vietnam-has-its-own-strategy-south-china-sea-88366
By Koh Swee Lean Collin, research fellow at the S. Rajaratnam School of International Studies, based in Singapore
 10月16日、米隔月刊誌The National Interest電子版はシンガポールのS. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)の研究員Koh Swee Lean Collinの“Stuck Between China and America, Vietnam Has Its Own Strategy For The South China Sea”と題する論説を掲載し、ここでKohは、①ベトナムの元王朝との戦争、インドシナ戦争、ベトナム戦争及び1970年代の中国との戦争は、より強力な敵に対する非対称戦を実施する計略を浮き彫りにした、②1988年の南沙諸島での中国との武力衝突の際、ベトナムは広大な海域での戦闘に慣れておらず、数でも圧倒され、手に負える相手ではなかった、③中越間には格差があり、海軍の非対称性を考慮して、ハノイはシー・ディナイアル(sea denial)戦略を着実に実行しなければならない、④ベトナム人は、シー・ディナイアル・アプローチの限界を認識しており、ロシアの通常型潜水艦で構成されるその潜水艦部隊はシー・ディナイアルのための装備だけでなく、ロシア製のKlub-S潜水艦発射対地巡航ミサイル(以下、SLCMと言う)も備えている、⑤ベトナムのSLCMは中国本土の海岸沿いの都市ではなく、海南島の三亜海軍基地などの中国の港や飛行場に対して使用されるため、ハノイの防御的抑止戦略に合致している、⑥SLCMのためのベトナムのC4ISRプログラムは未熟だが、戦略的縦深性、自然に形成された地勢がなければ、中国の三亜海軍基地は水面上ギリギリを飛翔してくるミサイルの攻撃にさらされる、⑦より強固な反干渉戦略を実行するための例として、ベトナムの海兵隊は、南沙諸島において「島の再奪還」の訓練を受けているなどベトナムが伝統的なシー・ディナイアル戦略から、中国の侵略のコストを引き上げる戦略へと徐々に移行していると主張している。
 
(3) A Revolution at Sea: Old is New Again
https://warontherocks.com/2019/10/a-revolution-at-sea-old-is-new-again/
War on the Rocks.com, October 18, 2019
Dr. James G. Lacey, professor and course director for War, Policy, and Strategy, as well as Political Economy at the Marine Corps War College 
 10月11日、米University of Texasのデジタル出版物であるWar on the Rockは、米Marine Corps War College教授James G. Laceyの“A Revolution at Sea: Old is New Again”"と題する論説を掲載し、ここでLaceyは、Alfred Thayer Mahanの名著が海軍戦略の議論に与えた多大な影響について疑問を持つ者はほとんどいないが、現在は、Mahan自身が考えていたより複雑な戦略地政学的環境をよりよく認識していると考えられるJulian Corbettへの関心を高めるべき時かもしれないと述べ、両者の主張を考察している。そして、中国が海上戦力だけでなく陸地からの攻撃などを複合的に取り入れたCorbett的な戦略を選択する中、これまでMahan的な戦略を描いてきた米国は、たとえ敵艦隊を排除することが米海軍の第一の目標であるとしても、それは中国の基地の防御が撃破された後にのみに達成されるものであることを認識しなければならず、さらに、その条件が満たされるためには、米海軍が陸上からの火力から逃れうる大気圏外の安全範囲内で活動できる場合である(訳者注:つまり、そのような状況を作り出すことは極めて困難であると指摘している)などと述べている。