海洋安全保障情報旬報 2019年7月1日-7月10日

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7月1日「中国に対してバランスを取るためのオーストラリアの信頼性の向上―米専門家論説」(The Strategist, 1 Jul 2019)

 7月1日付の豪シンクタンクAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、 米戦略アナリストSam Fairall-Leeの“Australia must do more than flag-wave in the South China Sea”と題する論説を掲載し、ここでLeeはオーストラリアが中国の力の拡大に対して集団的に均衡を取るため、新たなコミッメントを行うことにより東南アジア海域での信頼性を向上する必要があるとして要旨以下のように述べている。
(1)南シナ海には信頼性の問題がある。ASEAN諸国は、中国が東南アジア海域を支配することへのコミットメント、その能力、そして中国自身が積極的にそのリスクを負っているということから、彼らは紛れもなく、はっきり目に見える評価に達している。ASEAN諸国はまた、北京に強く反対し過ぎることが罰をもたらすのに対し調和は恩恵をもたらすことも知っている。一方で彼らは「自由で開かれたインド太平洋」を守るという米国のコミットメントに対する同様の信頼を共有していない。アジアへの回帰の失敗、環太平洋パートナーシップ協定からの離脱、Donald Trump大統領による国際関係への取引的アプローチ、アジアにおける資源の問題、そして拡大する各種戦略についての注意散漫などすべてが、ASEAN諸国から見た米国の信頼を低下させている。
(2)ASEAN諸国は中国の行動をあまり好まないかもしれないが、何千キロも離れた超大国の漠然とした約束に賭けるより、隣接した台頭する大国によって強いられる現実の認識が、より魅力的に見えるのは当然である。したがって少なくとも一部のASEAN諸国が中国へのより大きな支持へと転換していること、そして中国がより一層大胆になっていることは驚くにあたらない。そして、北京の行動に関する現実的で有用な抑制がないまま時間が経過するにつれて、その勢いは増大し続けている。信頼性の格差が拡大していることは、重要な影響をもたらす。
(3)中国の海洋進出と領土拡大に対する米国の最も目に見える軍事的対応は、中国が権利主張を行っている場所周辺における「航行の自由作戦」、注目を集める港湾訪問や地域の友好国との演習の形をとってきた。しかし、これらのイニシアチブは、ASEAN諸国が中国の力に対して均衡を取ることに対して実際に支援することを促すのに必要な安心のレベルを提供するものではない。
(4)豪海軍本部長Michael Noonanによると、最近のIndo-Pacific Endeavour deployment行動は、地域の友好国にその艦隊の「能力の向上」を実証している。それは事実かもしれないが、東南アジア海域では、能力を相対的な観点から見る必要がある。数隻の豪艦艇の到着が、数値上では今や地球上で最大規模である中国海軍と対峙している国々に大きな自信をもたらすどうかは定かではない。また、Noonanが、オーストラリアは「信頼し合える友好国」であるという「強いメッセージ」を送るその部隊展開について話すとき、当然の問題が生じる。つまり、何にコミットするのか?実際にどのような安心を与えられるのか?米国とオーストラリアが、南シナ海における中国の力に対して集団として均衡を取るための取り組みにおいて、東南アジア諸国との間で真の信頼を築きたいと望んでいる場合、それは集団的コミットメントなしには成し遂げられない。したがって、我々は漠然とした決まり文句を繰り返しながら単なる能力以上のものを示す必要があるだろう。我々は、中国の侵略に対抗するためにリスクを負う意図と意欲を明確に示す必要がある。
(5)ASEANの友好国との南シナ海における共同海上哨戒は、このコミットメントを知らしめる1つの方法である。ASEAN諸国はこれまで米国との共同哨戒を過度に挑発的なものとして扱ってきたが、オーストラリアについても同じことが必ずしも当てはまるわけではない。我々の関与は、米国のものよりも外見上は挑発的ではなく、ASEAN諸国からの支持を得る可能性が高いだろう。たとえば、インドネシアとの南シナ海南方海域の共同哨戒は、中国の攻撃的な行動の拒絶を明確に示す良い出発点となると同時に、作戦場面における軍と軍の関係を拡大するだろう。確かに、そのような哨戒は非常に複雑で敏感な地政学的及び作戦的な環境に直面しなければならず、慎重に作成され、そして実行可能ないくつかの交戦規則を必要とするだろう。
(6)そのような動きは、オーストラリアと中国の関係における「深刻な凍結」を悪化させる危険性がある。しかし、短期的な結果だけに焦点を当てることは、より大きな問題を無視することになる。海洋における移動の自由を制限する中国の能力は、その力が増すにつれて増大するだけである。東南アジア内での中国の海洋力に対する米国主導の意義ある集団的バランスの発展を支援する必要がある。
記事参照:Australia must do more than flag-wave in the South China Sea

7月2日「中国はホルムズ海峡の安全を支援すべきか?―豪専門家論説」(The Strategist, July 2, 2019)

 7月2日付けAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、豪La Trobe UniversityのLa Trobe Asia 執行責任者Euan Grahamの“Should China help secure the Strait of Hormuz? ”と題する記事を掲載し人民解放軍海軍はホルムズ海峡でおそらく船舶護衛任務は実施しないであろうとして要旨以下のように述べている。
(1) Donald Trump米大統領は、最近のホルムズ海峡に関して、アジアの国々は自国の船舶を守るべきだとツイートしたが、これには重大な問題をはらんでいる。それは、最大の湾岸石油の輸入国である中国が、ホルムズ海峡の海上安全保障の担い手として、米国のやってきた役割を引き継ぐのか、という問題である。ペルシャ湾の緊張が船舶護衛を行う主要な海軍国の交代を引き起こすということはどれくらいありうることなのだろうか。このシナリオがとても奇妙なものであったとしても、ペルシャ湾岸における人民解放軍海軍の潜在的役割は、戦略的および地経学的利点から検討する価値がある。
(2)中国はホルムズ海峡を通過する石油の最大の輸入国である。しかし中国の湾岸地域の石油に対する依存度は、44%近くである。日本にとって湾岸地域からの石油の依存度は全体の88%であり、韓国は82%である。同盟国として米国は中東での船舶護衛任務を日本と韓国にまずは要求するだろう。インドは中東からの石油の依存度は約63%しかないのにすでに2隻の軍艦を湾岸に派遣している。
(3)中国は、湾岸での海上輸送の安全を強化する海軍部隊に貢献する手段を間違いなく保有している。これは2007年以来、アデン湾における海賊対処に従事している人民解放軍海軍として当然の結果である。人民解放軍海軍には利用可能な水上部隊があり、護衛任務に十分な経験を有している。湾岸に比較的近いジブチに人民解放軍海軍の基地があり、現地に支援施設を保有しているということもある。人民解放軍海軍のフリゲート艦をホルムズ海峡に常続的に配備することは、中国の国益という観点から議論することは容易である。湾岸地域における人民解放軍海軍の展開を討議するのによりマキャベリ的合理性がある。すなわち、北京がホルムズ海峡での難しい船舶護衛に参加するのが早ければ早いほど、西太平洋に集中する中国の戦略的関心に直面している国々にとってよりよいことである。中国を戦略的に最も重要なチョークポイントに招くことは、狼をニワトリ小屋に入れるようなものだと言う人もいるだろう。中国は湾岸からの石油に慢性的に依存している台湾や日本を含むアジアの近隣諸国に対して威圧的に、そして選択的に海軍力を使用するようになるかもしれない。マラッカ海峡と異なり、ホルムズ海峡は本当のチョークポイントである。
 (4)さまざまな要素を考慮しても、やはり中国はペルシャ湾岸の安全保障に海軍力を提供する国として歓迎されなければならないだろう。しかし、予見しうる将来において、そうはなりそうもない理由が3つある。第一に、中国はイランと米国、そしてその延長として米同盟国との戦略的対立における好餌として自国の船舶に何の脅威も感じていないようである。中国は中国籍タンカーが標的とされない秘密の保障を模索し、テヘランとの緊密な政治関係に焦点を当てるだろう。中国は、今後サウジアラビアとイランの間の代理紛争に引き込まれるリスクとなりかねない湾岸での海洋安全確保の任務に直接引き込まれることを望んでいない。第二に、外交上の艦艇の親善訪問とは別に、中国海軍がペルシャ湾岸に大きな関心を持っていることを示す証拠はほとんどない。北京は、できるだけ長く湾岸でただ乗りを続けたいと考えるだろう。第三に、中国の湾岸石油への依存度は日本、韓国、インドと比べてはるかに低い。中国はまた、湾岸において供給破壊に会うことを減らすよう意識的に努力している。
 (5)中国は、米国による制裁が行われる前からイランからの石油輸入を増やしていた。中国は、石油の戦略的備蓄を行っており、5億バレルを超すような規模としている。また、中国の石油輸入の約16%を占める主力供給源である中央アジアやロシアからの陸上資源をさらに極大化しようとしてきた。最後に、いざという時には、中国は石炭から石油に転換する技術に投資するという選択肢があり、人民解放軍は封鎖された状況下でも燃料の不足を来すことはない。デリー、ソウル、東京やキャンベラで艦艇を派遣する湾岸についておなじみの喧々諤々が行われている時に、北京はそれを見合わせることに満足するだろう。皮肉なことに、中国がただ乗りしているときに戦略的競争者たちは同盟国あるいは友好国による利益を得ている。
記事参照:Should China help secure the Strait of Hormuz?

7月2日「南極の海氷が減少しつつある-米メディア報道」(CNN, July 2, 2019)

 7月2日付の米CNNのウエブサイトは“After decades of increases, sea ice in Antarctica is now shrinking”と題する記事を掲載し、南極の海氷が何十年にもわたる増加から急激な減少傾向に転移しており、地球の温暖化、生態系への影響、沿岸の浸食等懸念すべきことが出てきているとして要旨以下のように報じている。
(1)40年間の衛星データに基づく新しい研究によれば、何十年にもわたって徐々に増してきていた南極の海氷が北極よりも速いペースで減少しつつある。NASAの上級研究員でPNAS scientific journalに掲載された新しい研究成果の著者であるClaire Parkinsonは、海氷は地球の気候に重大な影響を及ぼすと言う。
(2)海氷の表面は太陽光を50%から70%反射する。しかし、海氷が溶けると、海洋の表面は太陽光の90%を吸収する。より多くの太陽光が吸収されると、より温暖な地球システムとなる。「海氷はまた、ペンギン、鯨、アザラシ、アホウドリ、オキアミを含むすべての動物、海洋植物の生態系に影響を及ぼす」とParkinsonはCNNに語っている。
(3)気候変動の悲惨な結果に関して具体的で十分に裏付けのある事例を科学者に提供する北極と異なり、南極周辺の海氷の増加は気候変動に懐疑的な人々からしばしば反論として指摘されている。7月1日に発表された研究成果は、劇的な変化があったことを示している。衛星からのデータは南極における毎年の海氷の範囲は最大値を示した2014年まで拡大してきたことを示している。その後、海氷は「急激に」減少し始め2017年に最低値を示したとParkinsonと言う。南極は大陸を囲む西風によって気温の上昇から守られているとBritish Antarctic Surveyで海氷のモデル化を行っているDr Kaitlin Naughtenは言う。南極の海氷は地球全体の平均的な温暖化に直接反応しておらず、むしろこれらの風の変化に反応している。気候変動は風にも影響するが、オゾン・ホールやエルニーニョのような短期の気候サイクルにも影響する。海氷はまた、南極の氷床から溶け出た水が海にどれほど混ざったかの程度にも影響される」とNaughtenは言う。
(4)融解へ傾向が変わったことは科学者たちにとって新たな懸念である。「過去何十年にわたる南極の海氷の成長は、北極で急速に失われる海氷を相殺するからである」とUniversity of Leeds.のCentre for Polar Observation and Modellingセンター長Andrew Shepherdは言う。「今、その海氷が両半球で後退していることで、太陽の熱が反射されなくなるため、我々は地球の温度について心配しなければならない」とAndrew Shepherdは付け加えた。
(5)南極海で何が起こっているかにかかわらず、北極での海氷の融解は北極における自然の生態系、沿岸の浸食、日射の吸収に影響を及ぼしているとParkinsonは指摘し、「南極における海氷の増加は北極における減少に均衡するものではなかった」と付け加えている。
記事参照:After decades of increases, sea ice in Antarctica is now shrinking

7月2日「北極諸国が原子力事故への共同対処準備を促進―ノルウェージャーナリスト論説」(ARCTIC TODAY, July 2, 2019)

 7月2日付けの環北極メディア協力組織ARCTIC TODAYのウェブサイトは、ノルウエーThe Independent Barents ObserverのThomas Nilsenの “Arctic countries have begun working together to step up nuclear accident preparedness”と題する論説を掲載し、ここで Nilsenは北極圏諸国は原子力事故への対応準備を進めているとして要旨以下のとおり述べている。
(1) ノルウエー放射線・原子力安全局のØyvind Aas-Hansenは、ロシア国家原子力エネルギー公社のロスアトムエネルギー緊急対応センターのAleksandr Vazhenin、Pavel Borisovとの間で協力体制が構築されたことに満足している。北極海での原子力船舶の急速な増加が航行安全に関わる専門家の間で事故への危惧を生じさせており、放射線汚染検知の手段としてドローンの活用が注目されている。最悪のシナリオは船舶の原子炉のメルトダウンや放射線物質を運搬する船舶の火災であり、船員が船を放棄せざるを得なくなる事態であろう。ノルウエー-アイスランド-グリーンランドの間の海域でロシア潜水艦を追尾するNATOの原子力潜水艦が、補給や乗員交代のためにトロムソ西方マランゲンのヘキンゲン・フィルに入港した数は、2018年1年で計12隻視認されている。30年前の1989年にロシアのEⅡ級原子力潜水艦が原子炉事故を起こしたのはこの沖合いの国際海域だった。同潜水艦をコラ半島の海軍基地に回航中、放射性ヨウ素がノルウエー沖で漏洩していた。同様の事故を懸念して、北極評議会の下に放射線関連機関と救助組織の間での知識・経験を共有するタスクフォースが設立された。
 (2)ノルウェーは既存の石油流出や捜索救助協力のような放射線緊急事態に関する北極放射線協定を策定するための専門家グループの結成を提案している。北極評議会メンバー国に異存がなければレイキャビックで開催される12月の会合で専門家グループが結成される見込みである。2019年-21年の北極評議会はアイスランドが議長となる。一方、放射線モニタリングの国際専門家チームは北極における無人機使用を検討している。ドローンに関しては、ノルウエー技術協会が取り組んでおり、ノルウエー北極大学所有の船舶で実施されている。原子力事故は、それが洋上である場合は特に、人間が調査するには危険すぎることがあり、器材を搭載できるドローンは有用となる。米国やロシアの原子力緊急事態チームでは既にドローンを装備している。原子力事故では国際協力が必要であるが、例えばロシアのロスアトムス緊急チームには対応の対象が民間原発とムルマンスクの砕氷船に限られており、海軍の事故には協力を提供できない。
(3) Barents Observerは、北極圏でのロシアの原子炉をリストアップし、39の原子力船と施設に合計62基の原子炉があると資料を公開した。内訳は、潜水艦31隻、水上艦艇1隻、砕氷船5隻と陸上発電所2基であり、これに浮体式原子力発電所1基が含まれる。15年後には94基、更には114基に増えると予測し、2035年までにロシア北極圏は地球上で最も核化された海域となると予測している。8月、ロシア初の水上原子力発電所Akademik Lomonosovがムルマンスクからシベリア北東のペベック港に曳航される。軍事分野として、北極はロシアの新型原子力推進巡航ミサイルや原子力推進水中ドローンの実験場となるだろう。緊急予防・準備・対応ワーキンググループがこの春にまとめた北極評議会レポートは、「北極における放射性物質と核物質の存在は重大な事故リスクをもたらす」「事故が起これば、住民と社会、環境、漁業や食料源などに影響を与える」と指摘している。
記事参照:“Arctic countries have begun working together to step up nuclear accident preparedness”

7月3日「インドとASEANの連帯の必要性―印元外交官論評」(Indian Express.com, July 3, 2019)

 7月3日付の印日刊紙Indian Express電子版は、元駐ブータン印大使で、現在はプネーにあるDeemed UniversityのSymbiosis Internationalで教授を務めるGautam Bambawaleによる“Ocean’s eleven”と題する論評を掲載し、ここでBambawaleは、6月下旬にASEANが発表した「インド太平洋概観」に言及しつつ、ASEANとインドの協調の必要性について要旨以下のように述べている。
(1)今年6月下旬、バンコクで第34回ASEAN首脳会議が開催され、「インド太平洋概観」(以下、「概観」)と題する文書が発表された。そこに示されたインド太平洋地域に関するASEANのアプローチとインドのそれはいくつかの共通点があるように見える。
(2)「概観」は、ASEANの中心性が「インド太平洋地域における協調や促進のための基本的な原則」と位置づけたが、これは、2018年6月1日にNarendra Modi印首相が示した立場に近い。われわれはすでに「ASEAN+インド」や東アジア首脳会議の枠組みにおいて、さまざまな分野について協調してきており、ASEANとインドの立場の近さは今後も良い方向に働いていくであろう。
(3)ASEANはインド太平洋について、「ルールに基づく地域的アーキテクチャ」の構築によって、その平和、安定、繁栄を可能にする環境の促進を目指しているが、それはインドも同様である。「概観」は国連海洋法条約に言及し、紛争の平和的解決について述べているが、それは、南シナ海における中国の攻撃的行動を念頭に置いたものであろう。インドもまた、航行の自由や妨害なき通商などの国際的コミットメントを支持するべきだと考えている。
(4)「概観」のインド太平洋へのアプローチは包括的なものであり、地域全体の安全と安定、そしてそれによる地域全体の継続的な成長と発展を目指すものである。「概観」では特定の国家が名指しされているわけではなく、新しいフレームワークの構築よりも既存のフレームワークを適切に利用すべきだと述べられている。インドもまたインド太平洋は特定の国家を標的にするような排他的なクラブではない、そして一部の国家だけが地域の繁栄の恩恵に与るべきではないと主張してきた。そのことは、Modi首相のSAGAR(Security and Growth for All in the Region)という考え方に最もよく表れている。ASEANはインドに対し、2019年末までに、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)に合意するよう訴えているが、インドはそれに利益を見出し、署名することになるであろう。
(5)以上のように、「概観」に示されたASEANのインド太平洋へのアプローチとインドのそれには多くの共通点がある。両者ともにミドルパワーないしバランシングパワーとして、いずれかの立場を支持し、いずれかに対抗するという考え方を好まないという土台が、そうした共通点を生むのであろう。そうした立場を維持するためには、インドやASEANのようなバランシングパワーの間の協調はきわめて重要である。われわれは個別にではなく、ともに行動し、さまざまな問題に対処するべきである。インド・ASEANの間で、インド太平洋対話の第一段階が可能な限り早く始めねばならない。
記事参照:Ocean’s eleven

7月6日「マレーシアは2隻の潜水艦で何ができるか:初の国防白書に向けて-マレーシア専門家論説」(The Diplomat, July 6, 2019)

 7月6日付のデジタル誌The Diplomatは、National Defence University of Malaysiaの戦略研究准教授Adam Leong Kok博士の“What Can Malaysia Do With 2 Submarines?”と題する論説を掲載し、ここでKokはマレーシア初の国防白書が発刊されるに際し、2隻のScorpène級潜水艦について経費、戦略的価値の点から疑問が提起されているが、同潜水艦はマレーシアの現状から理にかなったものであり十分に戦略的価値を有しているとしつつ、解決されなければならない問題点も多いとして要旨以下のように述べている。
(1)マレーシア初の国防白書作成に関し国民全体に広がる論議のさなか、海軍の2隻のScorpène級潜水艦の価値に新たな関心が寄せられている。この潜水艦について2つの見方がある。第一には潜水艦部隊を運用するのに経費がかかりすぎるというものであり、第二はたった2隻の潜水艦部隊を持つことの戦略的価値である。しかし、戦略から見た歴史は、潜水艦の平時および戦時の価値は、その大きさとは比較にならない、計り知れない戦略的効果を生み出す広範な作戦を隠密裡に実施する能力にあることを示している。潜水艦は情報収集、第一第二撃のための核弾道ミサイルの搭載と発射、対地攻撃巡航ミサイルの発射、隠密裡の特殊部隊隊員の潜入回収、敵水上艦艇、潜水艦の撃沈といった伝統的な戦闘任務、機雷敷設など多機能を有している。現代の潜水艦戦は水中からの情報収集に焦点を当てている。この作戦は隠密裡に行われるので、多くの人は潜水艦戦の大半がこの情報収集であることを知らない。この隠密性故に潜水艦部隊はよく「サイレント・サービス」と呼ばれる。
(2)第2次大戦後、潜水艦はたった2回しか敵艦艇撃沈に関与していない。この2回の撃沈事象はそのトン数から見れば特筆されるものではないが、計り知れない心理的衝撃と発射された魚雷の重量とは比較にならない結果を招いた。1971年にパキスタン潜水艦が印フリゲートを撃沈したとき、インドはカラチ攻撃を断念した。1982年に英原子力潜水艦がアルゼンチン巡洋艦を撃沈したとき、アルゼンチンの唯一の空母を含む全艦艇が港に帰投し、フォークランド紛争中、二度と出撃しようとはしなかった。
(3)潜水艦はまた、敵の港湾あるいは狭隘なチョークポイントといった脆弱ではあるが重要な海域への隠密裡の機雷敷設に極めて有用である。機雷は極めて有用な海軍の兵器で主要な戦争あるいは紛争で広く使用されてきた。極めて多くの水上艦艇、潜水艦、商船が機雷によって沈められてきた。Scorpène級潜水艦のような現代の潜水艦は30個以上の機雷を搭載でき、選択した決定的に重要な海域に機雷を敷設するため、敵の港湾あるいは死活的に重要なチョークポイントに隠密裡に侵入することができる。
(4)シンガポールやインドネシアのようなマレーシアの隣国もかなり早い段階から潜水艦を取得してきている。地域におけるこれらの事態の進展は、2002年にマレーシアが2隻の潜水艦を取得したことは正しかったとする主張を補強している。長い時間が必要なのは潜水艦建造だけでなく潜水艦部隊を支援する基幹設備、後方支援を確立するためにも必要である。さらに重要なことは高い知識技能を有し、経験豊かな乗組員を訓練し、潜水艦要員を確保することである。マレーシア海軍の基幹潜水艦要員は4年間、フランスにおいて潜水艦の運用法について訓練を受けてきた。潜水艦乗組員の減耗率は高い。水中で客車2台分の棺の中で長時間を過ごし、外界と隔絶され、これらに関係するストレスと罷免が潜水艦乗組員を募集し、訓練し、維持することを困難にしている。マレーシア海軍の規模は小さく、人員は約1,5000名である。このため、潜水艦要員の人的基礎は相対的に限られている。このため、相当な努力、経費、訓練のための時間が必要であり、潜水艦乗組員を養い、管理しなければならない。したがって、現在の2隻の潜水艦部隊は、費用対効果や量的側面から見るだけではなく、潜水艦の稼働率を維持するのに必要な人的戦力からも現実的に見る必要がある。
(5)マレーシアは広範な海洋権益とマラッカ海峡および南シナ海の一部を含む管理すべき海域を有している。2隻の潜水艦はマレーシアの国防体制にとって重要である。マレーシアの国防体制は選択した海洋でのチョークポイントと航路において限定的なシーコントロールと接近拒否海軍戦略に重要性を置いている。マレーシア海軍の「15- 5変革」(抄訳者注:現在、マレーシア海軍の艦艇は15艦種からなっているが、これを沿海域任務艦、多目的支援艦、沿海域戦闘艦、次世代哨戒艇および潜水艦の5艦種に変更するもの)計画によれば、2050年までに4隻の潜水艦を取得することになる。しかし現時点では、さらなる潜水艦を調達する予算が可能になるまで2隻の潜水艦でうまく対処しなければならず、潜水艦部隊はより規模の大きくなった部隊に人員を配置し、部隊を運用できる能力を強化しなければならない。潜水艦の戦略的有用性と戦略から見た歴史を見れば、今、2隻のScorpène級潜水艦は水面下での戦いという謎に包まれた任務に従事する極めて重要な手段をマレーシア海軍に提供することができる。
記事参照:What Can Malaysia Do With 2 Submarines?

7月8日「議会の権限をもってしても北極圏の戦略的港湾建設は障害に直面するだろう―米ジャーナリスト論説」(ARCTIC TODAY, July 8, 2019)

 7月8日付けの環北極メディア協力組織ARCTIC TODAYのウェブサイトは、アラスカのジャーナリスト兼歴史家のDermot Cole の“Even with a Congressional mandate, a strategic Arctic port will face obstacles”と題する論説を掲載し、ここでColeは国防権限法に関連し北極沿岸に米海軍艦艇の使用できる港湾を建設することは難しいとして、要旨以下のように述べている。
(1) 米国がアラスカの北極海沿岸に軍艦の使用できる港湾の建設に関して数十億ドルの支出をすることについて、アラスカ選出の議員団は、これはアラスカで票を稼ぐための案件のひとつではなく、重要なものだと唱えた。ただし、米国が記録的な財政赤字を出している中でこれを行うのは簡単ではない。
(2)数年前、Dan Sullivan上院議員は、国防権限法に北極海沿岸の戦略的な港湾建設の必要性を分析することを要求した文言を入れた。彼は、最近のCSIS主催の会議で「われわれはペンタゴンに戦略的港湾を検討する自由裁量を与えたが、米軍の指導者たちの考えでは、必要ないという答えだった」と述べた。彼はアンカレッジより先にアラスカ沿岸で軍艦が入れる港がないということを地図を用いて示しつつ、その必要性と緊急性を説いた。2019年、彼は国防権限法の上院案に「国防総省は、北極沿岸に駆逐艦以上の艦艇が入港できる少なくとも一つの港を作ることを公式に命じる」という文言を入れた。もう国防総省の裁量はない。この条項が国防権限法に入ったなら、これは議会が指示している事項となる。しかし、上院がこの文言を入れても港湾建設に関する予算を作ることはまだ別のこれからの課題である。
(3)米国は、新たな海軍港湾の第1期工事には150億ドルから300億ドルを見積もっている。詳細は不明であるが民間投資を得るという話もある。「この地域の経済成長は重要であり、米海軍の北極圏へのアクセスとそこでのプレゼンスを確かなものにすることが極めて重要である。その上、その指示は我々の安全保障に必要な海軍艦艇を収容できる水深があるアラスカ沿岸に1箇所ないし複数個所の港湾へ投資するという戦略的に緊急になさなければならないことを示すのを目的としている」とSullivan議員は2019年5月の記者会見で語った。しかし国防総省は、アラスカに港湾を建設する気は余りなく、他の事項に比べても優先順位は低い。北極圏の陸上に大きな軍事施設が必要なのか疑問に思っている批評家もいる。
(4)元米海軍士官で、現在はCenter of Strategic and Budgetary Assessments の研究員であるBryan Clarkは、北極沿岸に基地を作るのは悪い考えだと言う。彼はDefenseNews電子版に、「費用がかかりすぎるし、建設しても一年の大半は使えない。ノーム(アラスカ州西部、スアード半島南部の都市)に経由地を作り、必要の都度、浮きドック型の前方展開基地を作戦に使用するべきである」と述べた。彼は、2017年の報告「フロンティア防衛:米軍極地作戦の課題とその解決」の共同執筆者であるが、夏期には北極圏に展開を維持し、残りの時期は他の場所で運用できる洋上前方展開基地の拡張を支持している。洋上前方展開基地や補給艦の運用は、海軍や沿岸警備隊がその地域にとどまることに役立ち、再補給の必要性を除いてくれるだろう。
(5)詳細は異なっても、Sullivan上院議員もBryan Clarkも1つの点で意見は一致している。それは、北極圏には何らかの形でさらなる軍事的資産が必要であるという点である。「もしこの投資や創造的活動がなければ、米国はこの重要な地域を米国や同盟国の主権侵害だけでなく資源乱開発、環境破壊から守る能力を失う危険がある」とBryan Clarkは2017年の報告で書いている。
記事参照:Even with a Congressional mandate, a strategic Arctic port will face obstacles

7月8日「比漁船沈没事件の真相―香港紙論評」(South China Morning Post, July 8, 2019)

 7月8日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、 “Chinese vessel mainly to blame for sinking of Philippine boat in South China Sea, but Filipino crew had ‘deficiencies’: leaked report”と題する論評を掲載し、南シナ海でのフィリピン漁船の沈没の真相について、要旨以下のように論じている。
(1)南シナ海でのフィリピン漁船、F/B Gem-Verの6月9日の衝突、沈没事件に関するリークされた報告書は、関係した中国船に主たる事件の責任があること、そして当該中国船が「衝突の危険を避けるための、そしてその後の遭難船に対する救助を行うための適切な行動をとらなかった」と指摘している。報告書はまた、この事件が「フィリピン漁船の沈没という非常に重大な海難事故であった」としながらも、当該漁船が「適切な見張り」を立てていなかったこと、商業漁業のライセンスが失効していたこと、そして無免許の機関長を含む過剰な乗組員を乗せていたことなど、当該漁船にも幾つかの過失があったことを指摘している。7月6日にリークされたこの報告書は、マニラの公式な調査結果と見られる。
(2)この事件はReed Bank(フィリピン実効支配、中国名:礼楽礁)周辺海域で発生したが、衝突、沈没後、中国船が現場から立ち去り、フィリピン漁船の22人の乗組員が海に投げ出され、その後、現場を航行したベトナム船に救助された。この事件は、フィリピン人の怒りをかき立て、そして抗議デモ参加者は22人の乗組員を象徴する22枚の中国国旗を燃やした。Duterte比大統領と中国当局は事件の沈静化に努めたが、7月8日に、比大統領府は、この事件は「重大な海難事故」であったと述べた。
(3)リークされた14頁の報告書は、比沿岸警備隊Maritime Safety Services Command司令、Belesario大佐と、比海事産業庁Marine Safety Service局長を中心とする、7人の調査チームによって作成された。この報告書は、当該事件を“allision”(船舶衝突)事案(航行している船が停留している船に衝突する状況を示す海事用語)とし、6月9日の真夜中少し前、比パラワン島北西140カイリの海域に錨泊していたF/B Gem-Verに、未確認漁船が衝突したとされる、と述べている。報告書によれば、海上は凪で、天候も良好で、視界は概ね良好であった。F/B Gem-Ver の船長と乗組員は、調査チームに、allision 後に半没した自船のおおよそ50メートル側を中国船が漁灯を点けたまま通り過ぎ、「その後暫くして、当該漁船は漁灯を消し、何の救助もせず、現場を立ち去った」と証言した。F/B Gem-Verは、4~7カイリの範囲で視認可能な錨鎖ライトと点滅信号を備えていた。該船は、船齢19年、14.38トンの木造船で、他船に自船の所在を示す船舶レーダー反射装置も備えていた。定員は18人だが、当時22人が乗船していた。
(4)報告書がリークされた後、Gatchalian 比上院議員は、中国船の船長をフィリピンの法廷で起訴するよう要請した。同上院議員は、事件がフィリピンのEEZ内で生起しており、従って「この事案は起訴することができる。そうすることで、この種の事案の再発を防止することができる」と主張している。一方、左派の漁業団体、Pamalakayaは、Duterte大統領に対する弾劾を求め、「大統領は、反逆罪に問われるべきであり、またフィリピン人のみに認められる自国の海洋管轄海域の利用を中国人に認めるという憲法違反を犯した」「彼の中国とのいかがわしい取引によって、西フィリピン海(抄訳者注:南シナ海の比管轄海域の呼称)における我々の漁業権が犯された。彼が政権に留まっている限り、我々漁師が苦しめられ、漁場が危険に晒されるであろう」と批判している。
(5)比大統領府も、海事産業庁のどの当局者も、この報告書の信憑性について何ら言及していない。リークされた報告書は、「この報告書は、非難や責任の所在を追及するものではなく」、事案の再発を防止するために「適切な安全措置を勧告する」ためであると強調している。また、報告書は最後に、中国の交通運輸部海事局も彼ら自身の調査を行なうよう求めている。匿名を条件に話をしたある中国観測筋は、「中国船の船長に対する罰則要求」が中国政府に対するフィリピン政府の最低限の要求であるべきである、と語った。彼は、政府当局者が「リークされた報告書を否定することも、何らコメントしないこともできるが、そのことは、この報告書が本物であることを物語っている」と指摘している。
 記事参照:Chinese vessel mainly to blame for sinking of Philippine boat in South China Sea, but Filipino crew had ‘deficiencies’: leaked report

7月9日「インド太平洋の枠組みにおける太平洋島嶼部の位置づけを明確にせよ―豪国防専門家論説」(The Strategist, July 9, 2019)

 7月9日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、Australia National Universityの戦略・防衛研究センター名誉教授のBrendan Sargeantの“The place of the Pacific islands in the Indo-Pacific”と題する論説を掲載し、ここでSargeantは、オーストラリアが太平洋島嶼諸国家に対する伝統的な見方から脱却し、インド太平洋という枠組みの中でそれら諸国家を適切に位置づけるべきだとして要旨以下のとおり述べている。
(1)「インド太平洋」は、地理的現実であるだけでなく政策的構築物でもある。したがって、それがどこからどこまでを指すのは、それが何を意味するのかは、国によって、あるいは政策のパースペクティブによって変わる。たとえばそれは中国では歓迎される言葉ではない。それではオーストラリアにとってそれは何を意味するのか、そして、その枠組みにおいて、太平洋島嶼部の諸国家はどのような位置づけなのだろうか。
(2)オーストラリアはここ数十年、太平洋島嶼部を、オーストラリアの戦略的目標のための手段のようなものと見なしてきた。最近で言えば、たとえばマヌス島に建設された在外拘留センターなどはその好例である。また、オーストラリアは島嶼諸国家と防衛協力を展開してきたが、それは彼らの国防の必要性を満たすためでなく、豪国防軍に適切なインフラを提供し、相互運用能力を向上させるためのものでもある。
(3)2013年の防衛白書は、「インド太平洋」という言葉を用いた最初の防衛文書であったが、それは、われわれの焦点を太平洋島嶼部に再び向けるというものであった。同白書は次のように問う、すなわち、われわれが構築しうるインド太平洋共同体とはどのようなものか、その共同体は自らをどう管理するのかと。インド太平洋という枠組みは、ルールに基づく秩序のなかであらゆる国々がその利益を享受するという考え方を内包する。こうした考え方は、インド太平洋というシステムが、アメリカと中国の間でいかに異なるかという問題とはかけ離れたものである。
(4)確かに、中国の一帯一路構想は、オーストラリアにとって危機をもたらすものであると言えるし、それは、われわれがこれまで対処しなくてはならなかった類の危機とは異なるものだ。太平洋島嶼部に関して言えば、中国がインフラを建設し、その延長線上に軍事的プレゼンスを確立する可能性は、オーストラリアにとって間違いなく不安を駆り立てるものだ。
(5)しかし、太平洋島嶼部が潜在的に大国の競合に晒される場所であるという考え方や、そこはオーストラリアの勢力範囲内になければいけないという考え方は危険である。こうした考え方は、太平洋島嶼部を手段として利用するだけのもので、インド太平洋共同体の一員とみなすようなものではない。われわれはそうした見方から脱却し、インド太平洋という考え方に基づき、より生産的かつ長期的な枠組みのなかに太平洋島嶼部を位置づけるべきであろう。
記事参照:The place of the Pacific islands in the Indo-Pacific

7月9日「インド洋で求められるより強固な国際枠組みの構築―豪専門家論説」(East Asia Forum, 9 July 2019)

 豪 Crawford School of Public Policy at the Australian National Universityのデジタル出版物であるEast Asia Forumは7月9日付で同大学the National Security College上級研究員David Brewsterの“Stronger institutions sorely needed in the Indian Ocean”と題する論説を掲載し、ここでBrewsterはインド洋地域(IOR)においても費用対効果の高い国際協力の枠組み構築が必要であるとして要旨以下のように述べている。
 (1)インド洋地域(以下、IORと言う)における戦略的競争は激しさを増しており、地域秩序を不安定化させる可能性がある。この地域は乱獲による漁業資源枯渇、気候変動、自然災害など、戦略的競争を更に悪化させる環境安全保障上の脅威にも直面している。オーストラリアとそのパートナー諸国はこうした対立を緩和し、協力を効果的に促進する新たな地域枠組み制度を構築する必要がある。海洋分野の問題では特に地域協力が求められる。海上には物理的な境界がないため海上における安全保障上の課題は相互に影響する傾向がある。例えば、違法漁業に使用される舟艇は、武器、麻薬の輸出、あるいは密入国にも簡単に使用できる。広大なインド洋においても、これらの脅威に対する協力的な対応が求められているのである。
 (2)アジア太平洋地域における各種地域枠組みは、過去数十年にわたり多くの問題について利害関係者間で持続的に関与することによって、東アジアの安全保障における重要な要素となってきた。一方、地域枠組み構築の経験が少ないIORにおいては新たに多国間の制度や規範の構築は容易ではない。海洋を隔てた大きな距離感、国家の多様性、そしてほとんどの国の限定的な資源の状況は、こうした持続的関与の阻害要因である。その結果、IORには安全保障関連の問題について合意形成に役立つような地域枠的な組みは存在しない。これまで何年もの間、オーストラリア及びその他の関係国、共通の課題に対処するためのインド洋における地域枠組み構築に努力してきたが、これまでのところ結果は様々である。
 (3)環インド洋連合(IORA)は全インド洋沿岸諸国を含むわけではないが、唯一の汎地域的な枠組みである。ただしIORAは、構成国の限られた関心、資源の不足などの問題から地域枠組みとして信頼するに足る結果を創出してはいない。オーストラリアが2015年から16年にかけてIORA議長を務めた際、オーストラリアは海洋安全保障をその課題に含めることなどに具体的な成果を得るべくかなりの努力を傾注したが、そのことは最近になって、海洋のガバナンス改善のための地域的な取り決め作成にも資する「海洋における安全確保、安全保障」ワーキンググループ設立に結実した。しかし、IORAは地域枠組みとして有効に機能する上では依然として大きな課題を抱えている。すなわち、この組織に大きな経済的あるいは外交的資源を投入する意思、能力を有する構成国がほとんどないということである。一方、IORAに対しては、この地域に対する影響力を強化したい域外のプレイヤーが関心を集めている。中国、ドイツ、そしてフランスからの資金調達の動きもあり、こうした関心の高まりはIORAに恩恵をもたらす半面、域外国の影響力がそれぞれの思惑の下に顕在化する可能性も否定できないであろう。
 (4)IORにおけるこの他の汎地域的なグループとしてはインド洋海軍シンポジウム(IONS)も挙げられるが、これは同地域の海軍間のネットワークと対話のための貴重なフォーラムである。そのワーキンググループは、人道支援/災害救援、海洋安全保障に係る情報共有と相互運用性の向上などに関する対話を促進している。また、海軍艦艇間の偶然の衝突の危険を減殺する「洋上で不慮の遭遇をした場合の行動基準(CUES)」の署名も加盟国に奨励している。IONSは地域の海軍間協力促進において有益ではあるものの、それが故の限界もある。はまたその性質によって制限されます。この枠組みは政治的な問題に対処することができないし、そもそもそのメンバー国にはインド洋において活発に活動している米国や中国のような域外海軍国が含まれていないという問題もある。
 (5)元より本件について万能薬は存在しないが、それでもオーストラリアはこれらの枠組みとの協力を模索していく必要がある。もちろん、オーストラリアのこうした関与にはいくつかの大きな課題も存在する。その1つがIORの各沿岸警備隊間の協力枠組みの欠如であるが、このことは海上法執行の最前線の問題であり喫緊の課題である。現在、IOR各国の海上法執行機関が地域全般ないし地域相互間で効果的に協力するための枠組みは存在しない。例えば、インド洋東部における海上法執行組織のための枠組みは、密入国や麻薬取引、違法漁業などの問題に対応しなければならないオーストラリアの行動能力を著しく向上させるだろう。
 (6)また、オーストラリアはインド洋委員会(IOC)との協力も検討すべきである。これは、多くのインド洋島嶼国に意見を提供する枠組みであるが、オーストラリアが太平洋島嶼国フォーラムに参加して同地域の問題にもコミットし、太平洋島嶼国への影響力を回復したように、オーストラリアはIOCがインド洋へのよりよいアクセスを提供するか否か、検討すべきであろう。戦略的環境はインド洋を含むインド太平洋全域で悪化している。限られた資源の中で政策の優先順位をつけることは常に必要であり、オーストラリアは地域枠組みの構築に係る費用対効果の高い新たな方法を見つける必要がある。
記事参照:Stronger institutions sorely needed in the Indian Ocean

7月9日「中国、マラッカ海峡を通過する中国船舶のセキュリティレベル引き上げ―シンガポール専門家論説」(ISEAS-Yusof Ishak Institute, 9 July 2019)

 7月9日付のシンガポールのシンクタンクISEAS-Yusof Ishak Instituteのウエブサイトは、同シンクタンク上級研究員Ian Storeyの “China’s Raised Threat Level for the Malacca Straits Causes Puzzlement”と題する論説を掲載し、ここでStoreyは中国がマラッカ海峡を通過する中国籍船のセキュリティレベルを引き上げたことが関係者を当惑させているとして、要旨以下のように述べている。
(1)7月2日、中国の交通運輸部はマラッカ海峡を通過する中国籍船舶に対する脅威への警戒度をInternational Ship & Port Facility Security Code(国際船舶及び港湾施設保安コード:ISPS)の下で最も高いセキュリティ設定であるセキュリティレベル3に引き上げた。
(2)中国は、マラッカ海峡を通じて石油輸入の80%を受け取っているため、900 kmの長さの水路における安全保障を常に懸念してきた。しかし、中国の最近の決定により、この地域全体に戸惑いが生じた。その交通運輸部は、なぜ脅威の警戒度を引き上げたのか説明しなかった。東南アジアには2つの主要な海賊行為報告センターがある。1つは、アジア海賊対策地域協力協定(ReCAAP)のシンガポールにある情報共有センター(ISC)であり、もう1つはクアラルンプールにあるInternational Maritime Bureau’s Piracy Reporting Centre (IMB-PRC)であるが、そのいずれもがマラッカ海峡での船舶輸送について警告を発していない。過去数年間で両機関は同海峡での海賊行為と海上強盗の襲撃の数が急減したことを報告している。メディアからの問い合わせに応えて、シンガポールの海事港湾庁は、この地域での船舶輸送に対する当面の脅威に関する情報は得られておらず、そのセキュリティレベルをレベル1に維持すると発表した。
(3)中国の脅威レベルの引き上げを説明するために2つの考えられる説明が提示されている。
a. 第1に、中国当局は、インドネシアの過激なイスラムグループが新疆ウイグル自治区での北京の弾圧的な政策に反応し、マラッカ海峡で中国の船舶に対する攻撃を計画しているという情報を得たかもしれない。しかし中国が沿岸諸国や国際海事機関とこの情報を共有しているようには見えない。
b. 第2に、この警告は米国とイランの間の緊張の高まりと5月と6月のホルムズ海峡での石油タンカーに対する一連の攻撃と関連しているかもしれない。しかし、奇妙なことに、最近のホルムズ海峡への攻撃にもかかわらず、この地域に対する交通運輸部の脅威レベルはセキュリティレベル2のままで、重大な事件が発生していないマラッカ海峡に対するものより1つ低いレベルである。
(4)沿岸諸国は、それが国際船舶輸送に安全な環境を提供する能力について疑問を投げかけているため、マラッカ海峡における脅威レベルを引き上げるという中国の決定に悩まされることになるだろう。この警告が効力をもち続ける場合、中国の船舶はより高い保険料率に直面するかもしれず、船会社はシンガポールを含む主要な港を迂回する代替ルートを探すことを余儀なくされるかもしれない。したがって、この地域の名声と海事産業を守るために、中国はその警告を説明するか、そうでなければセキュリティ設定をセキュリティレベル1に下げるべきである。
記事参照:“China’s Raised Threat Level for the Malacca Straits Causes Puzzlement” by Ian Storey

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) Maritime Order and America’s Indo-Pacific Strategy
http://cimsec.org/maritime-order-and-americas-indo-pacific-strategy/40678
Center for International Maritime Security, July 1, 2019
By Dr. Patrick M. Cronin, Senior Fellow and Chair for Asia-Pacific Security at Hudson Institute
7月1日、米シンクタンク、ハドソン研究所のPatrick M. Cronin主任研究員は、米国のNPOシンクタンクCenter for International Maritime Securityのウエブサイトに“MARITIME ORDER AND AMERICA’S INDO-PACIFIC STRATEGY”と題する論説を発表した。ここでCroninは、海洋は生命のゆりかごであるだけでなく、世界のパワーの中心への重要な動脈でもあるとした上で、米国の海洋安全保障を地政学的に捉え、米国の平和と繁栄は海洋への妨害のないアクセスと利用に依存しているため、海洋における秩序は、米国の世界戦略と「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を維持し、かつ、周囲をそれに適応させるというビジョンにとって不可欠であると述べ、海洋秩序を維持することが米国にとって重要であると指摘している。
 
(2) Pentagon: S. China Sea Missile Test Violated Xi Militarization Pledge
https://freebeacon.com/national-security/pentagon-s-china-sea-missile-test-violated-xi-militarization-pledge/?utm
The Washington Free Beacon.com, July 3, 2019
Bill Gertz, senior editor of the Washington Free Beacon
7月3日、米オンライン紙The Washington Free Beaconの編集主任Bill Gertzは、同紙に“Pentagon: S. China Sea Missile Test Violated Xi Militarization Pledge”と題する論説を寄稿した。ここでGertzは、①2015年に中国の習近平国家主席は人工の前哨基地を軍事化しないと公約したが、中国は南シナ海でそれを破り続け、6月末、南沙諸島から対艦弾道ミサイルの飛行試験を実施した、②中国には2種類の対艦弾道ミサイルがあり、主要なDF-21Dは射程が1500 kmを越え、終末誘導機動弾頭を搭載し、西太平洋の航空母艦を含む艦艇を攻撃する能力を中国軍に与え、新型のDF-26はより長射程の対艦弾道ミサイルで、西太平洋とインド洋、そして南シナ海において地上目標に対する従来型及び核による精密攻撃、そして海軍の目標に対する通常型の攻撃の両方を実行することができる、③米国はSM-6対空ミサイルを対艦弾道ミサイルへの対応のために強化していた、④米国の防御に関してDF-21Dが米国の軍艦に配備されたSM-3に対して脆弱であるかもしれないが、中国軍のロケット軍が10以上の多数の対艦弾道ミサイルを発射するのであれば、これを通り抜ける可能性が高い、⑤米海軍はより強力なレーザー兵器やレールガンを配備するまで、このような対艦弾道ミサイルに対する効果的な近接防御を持つことはできず、中国の攻撃を抑止するために米国の対艦弾道ミサイルと極超音速兵器の迅速な開発と配備の必要性があるなどの議論を展開している。
 
(3)Naval Deployments, Exercises, and the Geometry of Strategic Partnerships in the Indo-Pacific
http://cimsec.org/naval-deployments-exercises-and-the-geometry-of-strategic-partnerships-in-the-indo-pacific/40781
Center for International Maritime Security, July 8, 2019
David Scott, an Indo-Pacific analyst for the NATO Defense College Foundation, and regular lecturer at the NATO Defense College
7月8日、インド太平洋問題の専門家であるNATO国防大学のDavid Scott講師は、米国のNPOシンクタンクCenter for International Maritime Securityのウエブサイトに、“Naval Deployments, Exercises, and the Geometry of Strategic Partnerships in the Indo-Pacific”と題する論説を発表した。ここでScottは、2019年の3月から6月にかけてインド、オーストラリア、フランス、日本がインド太平洋海域で友好国との共同訓練に代表される海軍外交を展開したことを取り上げ、各国が実施した共同訓練の状況を詳細に紹介した上で、これらの多様な海軍展開に代表される戦略性のある幾何学的活動(strategic geometry)は、太平洋とインド洋という範囲を越えた中国の存在感と挑戦の高まりに各国が対応するにつれ活発化しているが、これはインド太平洋で優勢になってきた多様な二国間ネットワークと相互に関連した「多国間主義」の反映であると解説している。