海洋安全保障情報旬報 2019年2月1日-2月10日

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2月4日「北極を跨ぐ磁北の不思議な動きーフリーランス科学ジャーナリスト論説」(The New York Times, Feb. 4, 2019)

 2月4日付の米日刊紙The New York Times電子版は、フリーの科学ジャーナリストShannon Hallの“The North Magnetic Pole’s Mysterious Journey Across the Arctic”と題する論説を掲載した。Hallは北磁極が複雑な動きを示しながらもシベリアに向かって移動しつつあると指摘し、その影響と原因を示す一方、地球の歴史にあった磁極の反転には至らないし、十分に備える時間はあるとして要旨以下のように述べている。
(1) 北磁極が不安定である。経度線が世界の頂点で交わる地理的北極点とは異なり、北磁極はコンパスが北と認識する点である。現時点では、北磁極は北緯90度の北極海にある地理的北極点から3度南にある。しかし、常にそうとは限らない。過去150年、極はカナダからシベリアへ密かに移動し続けている。磁気コンパスが民間航空機や軍用機で使用されるシステムからiPhoneの位置を整合するシステムまで支えているのであれば、この行き先の変化は無視できない。
(2) 科学者達は1965年に、極の絶えず変化する中心地をよりよく追跡するよう、地球の磁場の数学的表示としてデータベースを世に送り出した。磁場は常に移動しているので、世界磁気モデルは5年ごとに更新されており、最新のものは2015年である。2018年、2015年版の世界磁気モデルに問題があることが明らかになった。極のシベリアにおける漂泊が速度を増したため、モデルを、そして多くの航法システムを不正確なものにしつつあるからである。
科学者達は初めて計画を前倒しにしてモデルの更新を行い、2月4日に公表した。この作業は、政府機関の部分的閉鎖に続いて完了したため、研究者達は磁極の驚くべき動きを突き動かしているに違いない地殻内の謎を理解しようとしている。
(3)  コンパスの針が指す地球上の点である北磁極は毎年約35海里ずつロシアに近づくよう移動している。北磁極の目まぐるしい動きが最初に発見されて400年近くたった時、英国の数学者Henry Gellibrand は50年の間に数百海里も地理的極に近づいていることに気づいた。「これは磁場が静的ではなく動的であることの大きな、記念すべき発見であった」とETH Zurich(スイス連邦工科大学チューリッヒ校)の地球物理学者Andrew Jacksonは言う。しかし、磁北が反転するのにそれほど時間はかからなかった。そして、地理的極から離れる形で動き始めた。このことは磁場がダイナミックなだけではなく、予測不可能なことを示している。
(4)  Jackson博士は「今日、我々が依然直面している問題は、磁場がどのように変化するかを予測する良好なスキームを持っていないことである」と言う。したがって、科学者達は常に変化する磁場を追跡し始めた。1860年頃に磁北は急速に回転し、最短距離でシベリアに向かった。以来、極は1,500海里近く移動し、最近では北極海の真ん中で見いだされ、依然ロシアに向け移動している。科学者は、この放浪癖を地球の外核の中を跳ね回る液状鉄に起因すると考えている。その鉄には浮揚性があり、上昇し、冷却され、沈み込む。その下向きの運動が上述の変化を生み出す地磁気を伴う。それらの変化をより正確に描き出すため、科学者達は、世界磁気モデルの前身となるものを55年ほど前に発明した。それは米英の協力として始められたものである。
(5)  今日、我々が知る地図は1990年以来現在の形であり、National Oceanic and Atmospheric Administration(米海洋大気庁、以下NOAA)およびBritish Geological Survey(英地質調査所、以下BGS)の部局で作成されたものである。米英軍の各機関で採択され、世界の他の多くの軍で使用されている。GPSと並んで、衛星、航空機、船舶、潜水艦やその他の乗り物に使用される航法システムは正しい方向に運動するよう磁気コンパスに依拠している。このことに関して、おそらく最も注目に値する印は各空港の滑走路の端に滑走路の磁方位を示す白のペイントで書かれた大きな数字だろう。しかし磁場の変化のため、それらの方位が変化し、滑走路もがらりと変わる。滑走路両端の数字の塗り替えやその他の標識の取り替えなどに数十万ドルがかかると言われる。
(6) 全ては世界磁気モデルに依拠しており、モデルは容易に確立できないものである。キログラムや秒と異なり、磁場は一度で定義することはできず、また何十年にもわたって使用される。NOAAの元地球物理学部長Susan McLeanは「磁場は常に変化しつつある。時間によって変化し、場所によって変化する。変化の仕方が変わる」という。科学者達は地球磁気モデル2015年版を公表した後、地球磁場の変化を正確に予測できるよう磁場のチェックを定期的に行ってきた。2018年初めにチェックを行った時、科学者達はモデルと実際が整合していないことを発見した。米コロラド大学兼NOAAの地球物理学者Arnaud Chulliatは「北極での誤差は我々が予期したよりも早く大きくなっていることに気づいた」と述べている。
(7) 北磁極は長い間少しずつカナダからシベリアに向けて移動してきたが、その移動の割合が劇的に変化した。20世紀のほとんどの時期、北磁極はおおよそ年6海里の割合で移動していた。1980年代には磁北はそのスピードを速め、2000年までにカナダから離れる方向に年35海里で移動していた。2015年、極の移動は実際に年30海里に減速した。科学者チームは最新の磁気地図を公表した時、極の移動の早さは引き続き減速すると予測した。しかし、そうはならなかった。モデルが公表された直後、北磁極は移動速力を再び上げ、現在は年約35海里に変化してきている。2017年終わり、極は国際日付変更線を超えて東半球に入った。
「加速や減速が大きいほど、極がどこに行くのかを予測することはより難しくなる」とBGSの地球物理学者William Brownは言う。そして、このことはモデルが最近では正しくない、少なくとも北極では正しくないことを意味する。国際線の一部の航空機は地理的北極近くを飛行する。彼らは安全な飛行のために磁気モデルが正確である必要がある。もし、最近のモデルを使用し北磁極に向かって飛行すると、極が実際に存在する所から25海里離れたところに行き着くだろう。したがって、科学者達は最近数年のデータを加えてモデルの修正を急いだ。BGSとNOAAは利用可能な新しいバージョンを作り上げ、2月4日に完了した。
(8) 公になった磁気地図は様々に使用される。しかし、低緯度あるいは中緯度にいる多くの人々にとって、最近のモデルは使用するうえで安全である。「北緯65度以南、そしてカナダから離れている所では、平均的な利用者は日常の生活での利用でほんの少ししか違いを感じないだろう」とBGSの地球物理学者Ciaran Begganは言う。
(9) 更新が完了して、科学者達は極がシベリアへ急速に移動している原因を理解しているのか懸念している。「何かおかしなことが起こっているのは明らかだ」と英リーズ大学の地球物理学者Phil Livermoreは言う。地球の長い歴史の中で複数回、磁場は劇的に弱まってきた。北磁極は南極に向かって移動し、南磁極は北極に向かってふらふらと動いており、その過程は数千年にわたった。しかし現在、磁場の強さは戻っており、磁極の動きは反転した。地質学的には、地球磁場の弱まりのような他の変化とともに、最近の極の移動は一部の科学者達に磁極の反転が間近なのではないかと懸念させている。「磁気反転についていくつかのチェックボックスに印をつけることになる」と英リバプール大学の地球物理学者Courtney Sprainは言うが、同時に「我々は、確かにそうだは言えない」と付け加えた。
(10) Sprain博士を含む多くの科学者達は、切迫した地磁気の反転には懐疑的である。第一に北磁極は動いているように見えるが、それは地球規模のものではなく地域的なものに過ぎない。Livermore博士は地球の外核には2つの大きな磁気構造があり、1つはカナダの真下にあって、今1つはシベリアの真下で、この2つが相互に作用して磁極を発していると考えている。カナダの真下にある磁気構造が弱まりつつある。これは本質的にカナダ側とシベリア側に磁気構造の綱引きにカナダ側が負けていることを意味し、北磁極がシベリア側に移動する原因となっている。同時に、南磁極は比較的静止している。第二に、地球磁場は弱まりつつあるが、その値は長期間の地質学的平均値よりも上であると専門家は主張する。米ジョン・ホプキンス大学の地球物理学者Peter Olsonは、現在の変化は一時的な変動であり、磁極の反転とは考えていない。磁場が反転しかかっているとしても、黙示録的シナリオではないと科学者は主張する。磁場は太陽からの強力な放射線に対する重要な防壁を提供しているが、化石の記録は過去の磁極反転の際に大量絶滅が起こらなかったことを示している。電力網や通信に対してのリスクがどのようなものであれ、人類には準備する十分な時間がある。「我々が抱えている問題の内、これはトップ10に入る問題ではない」とOlson博士は言う。
記事参照:The North Magnetic Pole’s Mysterious Journey Across the Arctic
関連記事:安全保障情報旬報2019年1月21日-1月31日
     124日「北磁極がかつてない速度で移動―環北極メディア協力組織報道」(Artic Today, January 24, 2019

2月5日「台湾海峡の緊張を高める中国海警局の動向――台湾研究者論説」(The Strategist, February 5, 2019)

 2月5日付のAustralian Strategic Policy Institute(ASPI)のウェブサイトThe Strategistは、台北にある亜太研究平和基金会(Foundation on Asia-Pacific Peace Studies)の研究助手Eli Huangの“China’s coastguard fuelling tensions in the Taiwan Strait”と題する論説を掲載し、最近の中国海警局をめぐる動向が台湾海峡における緊張を高める可能性があるとして、要旨以下のとおり述べている。
(1) 近年中国海警局(China’s Coastal Guard:CCG)の行動は、CCGが台湾海峡の統制を視野に入れていることを示唆している。2018年5月に海警局は、中国人民解放軍海軍(PLAN)および地方当局と合同で初めて、ヴェトナムや台湾と主権を争う西沙諸島での哨戒活動を行い、10月には台湾と毎年行っていた海難救助訓練を一方的に打ち切った。
(2) 2018年3月、海警局は中国人民武装警察(PAP)に移管された(これによって海警局は人民武装警察海警総隊として再編されたが、対外的には海警局と呼称)。これは、それまでCCGが直面してきた人員や訓練、あるいは組織の非効率という難題を解決するためのものであった。2018年3月の組織再編によってCCGは中央軍事委員会の直接の指揮下に置かれることになり、訓練施設や教育システムを統合し、利用できるようになるであろう。こうした組織改革は、CCGの活動能力を高めることにつながりうる。
(3) CCGの活動能力の強化は、中国の海軍戦略が「近海防禦」から「近海防禦と遠海防衛」の組み合わせへと変化したことに対応するものであろう。2018年6月にはCCGの任務が明確化され、12月にはPLAN東海艦隊参謀副長であった王仲才がCCGの司令員に就任した。CCGはPLANとともに近海防衛活動を行うことになり、それによってPLANは遠海での活動により焦点を当てることができるようになる。
(4) CCGは今後台湾海峡にその活動範囲を広げ、同海域における緊張関係を高めることになる可能性が大きい。そもそも、PLANの戦略家である劉華清の「近海防禦」は台湾周辺海域にも焦点を当てるものであった。さらに現在のCCGをめぐる展開は、中国が台湾への圧力を強める中で進んでいる。2019年1月4日、台湾の蔡英文総統は中国が提起する「一国二制度」のもとでの統一をはっきりと拒絶した。それに対して中国はCCGや海上民兵(近年その活動能力を格段に向上させている)の行動範囲を拡大し、台湾に圧力をかける可能性がある。そうした活動は台湾国民の政府への信頼を損なわせ、2020年の総選挙に大きな影響を与えるであろう。
(5) そうした状況に対し、台湾や日本、ヴェトナムやフィリピンなどの国々がすべきことは、海軍の作戦遂行能力の向上に加え、海洋状況把握などについてアメリカ沿岸警備隊との協力関係や情報交換の強化である。今後我々はCCGをめぐる展開に注意を払い、南シナ海や東シナ海、台湾海峡をめぐる動向を注視し続けなければならない。
記事参照:China’s coastguard fuelling tensions in the Taiwan Strait

2月6日「フィリピンの島嶼建設に対する中国の準軍事的対応の可能性――米シンクタンク論説」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, February 6, 2019)

 2月6日付の米シンクタンクCenter for Strategic and  International StudiesのウェブサイトAsia Maritime Transparency Initiative は、“Under Pressure: Philippine Construction Provokes a Paramilitary Response”と題する論説を掲載し、フィリピンがパグアサ島で行っているビーチング・ランプ建設の経緯と、それがどのような中国の反応を惹起するかについて、要旨以下のとおり述べている。なお、原文記事には衛星写真が添付されているので、そちらも参照されたい。
(1) 2月4日、フィリピンのDelfin Lorenzana国防大臣は、南沙諸島に位置するパグアサ島において進められていたビーチング・ランプ(船舶等上陸用の埋立地・道路)の建設が、近々完了するだろうと発表した。そのランプが完成することによって、建設資材や物資を同島に運び込むことが容易になり、計画されていた滑走路などの修復作業が進んでいくだろう(AMTIは2018年5月に滑走路修復作業の開始について報じたが、最近は停止していたようである)。
(2) 2018年12月13日と14日の衛星写真には、島の西側の海岸に係留されたはしけ船や、土砂を運び込んで均している掘削機やブルドーザーが写っていた。今年1月11日と26日の衛星写真は、その埋め立て作業が、ただのビーチング・ランプ建設ではないことを示唆している。埋め立て地域は約8エーカー(約32,000平方メートル)におよび、滑走路修復に用いられる物資の運搬だけに利用されるのではないだろう。
(3) こうしたフィリピンの動きに対し、中国は艦隊の派遣という形で対応している。その艦隊には人民解放軍海軍(PLAN)や中国海警局(CCG)、および漁船団(おそらく海上民兵である)が含まれており、2018年7月以降、少数の船舶がスビ礁とパグアサ島の間で活動していた。12月以降その数は増え(12月3日に24隻)、さらに1月にかけてその数字は増減している(12月20日に95隻、1月26日に42隻)。11月に駐フィリピン中国大使が同島での修復工事の中止を強く要求しており、こうした中国艦隊の動きはフィリピンに対する圧力と解される。ただし12月から1月にかけて派遣された船舶の数が減ったことは、中国の方針が、直接的な圧力から監視・威嚇へと切り替えられたことを示唆している。
(4) フィリピンはパグアサ島だけでなく、コモドア礁やロアイタ礁、ナンシャン島その他南沙諸島の島々で、シェルターや灯台、ヘリパッドなど新たな設備の建設を計画しており、2018年には灯台が1基建設された。中国の否定的な対応にもかかわらず、フィリピン政府は南沙諸島におけるアップグレードを推し進めている。しかしその規模はこれまで中国が行ってきたものに比べ(それどころかヴェトナムに比べてさえも)はるかに小さい。パグアサ島での埋め立て作業によって新たに8エーカーの土地が広がるが、同様にヴェトナムは120エーカー、中国に至っては3200エーカーもの埋め立てを行ってきたのである。
記事参照:Under Pressure: Philippine Construction Provokes a Paramilitary Response

2月6日「オーストラリアと台湾有事-豪専門家論説」(The Strategist, February 6, 2019)

 2月6日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウェブサイトThe Strategistは、オーストラリア国立大学の戦略研究の名誉教授であるPaul Dibbによる“Australia and the Taiwan contingency”と題する論考を掲載し、台湾有事に際しオーストラリアが直面するであろう問題について、要旨以下のとおり述べている。
(1) 見通し得る将来においてオーストラリアが直面するであろう非常事態は、間違いなく中国が台湾を攻撃する状況が発生した場合において米側に取り込まれることであろう。これまでオーストラリアの政治家達は、そのような深刻な事態について議論することを避けてきた。本稿は、中国が台湾海峡における軍事衝突で米軍を攻撃する事態において、オーストラリアがこの武力紛争に巻き込まれることを避けた場合におけるANZUS同盟(オーストラリア、ニュージーランド、米国による安全保障同盟)に与える危機の観点から論述を試みる。
 2019年1月2日、中国の習近平主席は「台湾の再統一のためには軍事行動を躊躇することはない」と警告し「中国は軍事力を使わないと約束することはできないし、必要なあらゆる措置をとる選択肢を有している」と述べた。考察すべきは、国内では経済停滞そして外交ではアメリカの強まる要求に直面している習主席が、国内の目を逸らすために台湾侵攻への誘惑にかられるか否かであろう。中国が台湾侵攻の軍事能力を高めていることに疑いはない。アメリカは、中国人民解放軍は地理的に国防上重要な台湾海峡に軍事力を投入できると分析している。中国の選択肢には海上封鎖、戦闘機とミサイルによる攻撃、両用戦部隊による台湾への上陸侵攻などがある。
 中でも、中国による台湾への上陸侵攻は大きな国際的非難を呼ぶだろう。しかし、中国が軍事力行使を延期すればするほど、台湾ではアイデンティティーの感情が高まっていく。中国には時間的余裕はないのである。米国としては、大陸に近い地域での武力紛争は中国を利すると考えるであろうが、米国の台湾防衛への意図を過小評価してはならない。 米国では今、政治的、経済的そして安全保障の面からも中国は最大の挑戦者であるとの認識が形成されている。
(2)  オーストラリア国立大学のHugh White 教授とBrendan Taylor教授は共に米中衝突の種は台湾にあるとし、White教授は「米国の指導者は台湾を巡る武力衝突は核戦争にまでエスカレートすることを見誤ってはならない」とし、米国による台湾防衛の必要性を提唱している。台湾を巡る米中の武力紛争は日本やオーストラリアなどの同盟への米国の拡大抑止にも関わってくる。台湾防衛が中国の軍事力にとって代わられると、地域のパワーバランスは危険な状態となり、米国との信頼関係は大きく損なわれるであろう。Taylor教授は台湾海峡への米国の介入能力は減退しており、既に限界にきていると主張する。
 冷戦の時代、ソ連の軍事力が西独を占領する能力に達しているとの同じような論調があった。そのような中で、米国はソ連の中枢部への核攻撃能力の展開を進めることで対抗した。米国は核兵器を使うことに決して躊躇する姿勢を示さなかったし、世界中で迅速に展開できる通常兵器も保有していた。
(3)  米中間での台湾を巡る紛争におけるオーストラリアの立ち位置について持論を展開してみたい。仮に、中国による不当な攻撃に対して米国が台湾防衛に駆け付けなかったとしたら、それはアジア太平洋地域における同盟システムの崩壊を決定づけることになる。日本と韓国は核兵器開発を急ぐかもしれない。
 そうではなく、米国が台湾を防衛する中でオーストラリアが軍を派遣することを拒んだとしたら、それはANZUS同盟の存在理由を大きく損なうことになる。何故なら、日本を除けば、ANZUS以外に台湾防衛に軍事的貢献をする同盟はないと考えるからである。韓国や東南アジア諸国、さらにはニュージーランド、カナダそしてイギリスを含むNATOがあると考える向きもあるだろうが、彼らは武力提供以外の方法を採ることを探ることになるだろう。日本は台湾との関係が親密であり、また中国による台湾の占拠は日本自身の防衛を危うくする事態となることから、軍事協力の立場を採ることが十分に考えられる。
 オーストラリアはどうか。ANZUS条約が被攻撃の事態と定める太平洋地域の中に台湾が含まれていることに疑いはない。また、オーストラリアはFive Eyes(抄訳者注:米国、オーストラリア、英国、カナダ、ニュージーランドによる諜報装置の利用に関する協定締結国)の一員である。オーストラリアが軍事的共同行動を断れば、米国は裏切り行為とみなすだろう。台湾を守る姿勢を示さずして、オーストラリア有事の際に駆け付ける国があるだろうか。
記事参照:Australia and the Taiwan contingency

2月6日「カリブ海で行き場を失うベネズエラ産原油―加メディア報道」(CBC, February 6, 2019)

 2月6日付の加公共放送CBCのウェブサイトは、"How U.S. sanctions on Venezuela have left a dozen oil tankers idling with no place to go"と題する記事を掲載し、米国の対ベネズエラ制裁は同国産原油を搭載したタンカーの行き場を失わせ、世界の石油市場を混乱させていると指摘した上で、要旨以下のように報じている。
(1) 米国は1月28日、ベネズエラの国営石油会社PDVSAに対して、同国のNicolas Maduro政権の権力維持に必要な資金を断つことを目的とした制裁を発動した。同制裁は米国内のあらゆるPDVSA資産を効果的に凍結し、同社と米企業間の取引で生じた資金をMaduro政権が存続する限りアクセス不能なエスクロー口座に預けることを義務付けている。今次制裁の目的はMaduroの「金の卵を産むガチョウ」を絞め上げることだが、その意図せざる結果として積み荷の降ろし先が決まらない石油タンカーがカリブ海を漂うこととなった。
(2) 船舶をモニターするウェブサイトTanker Trackers.comは、約10隻の石油タンカーがベネズエラ沖やカリブ海およびメキシコ湾でアイドリング状態にあると推定している。その半数はベネズエラ産原油を搭載し、突然行き場を失った船舶である。通常時であれば、ベネズエラ産原油の大部分は米国のメキシコ湾岸の製油所に運ばれる。こうした需要者が事実上遮断されたため、ベネズエラ産原油は代替需要者の発掘に苦心している。
(3) 石油ブレンドは化学組成で大きく異なっており、ベネズエラ周辺には同国で産出する重ブレンド(heavy blend)の原油を処理できる製油所は多くはない上に、そのほとんどは制裁が適応される米国にある。他方で、中国やインドの製油所の多くはこうした原油を処理するよう調整されているため、喜んで購入するだろう。
(4) Tanker Trackersは、ベネズエラ(実際には世界中どこでも)で積み降ろしを行う大型タンカーが湾内で数日を過ごすことは普通ではないと指摘する。しかしながら、紛争が過ぎ去るまでじっと待っているように見える多数の船舶は、多くの産業専門家が合理的なものとして捉える数を超えている。ロイター通信は1月28日に約700万バレルの石油を積んだタンカーが積み荷をどこに運び、誰が費用を負担するのかを決める間、メキシコ湾を漂っていると推定している。
(5) 経済制裁は輸入側にも損害を与えている。ベネズエラの粘度が高く、重質な原油は輸送のために希釈材を混ぜる必要があり、同国はそのほとんど全てを外国から輸入している。希釈材の出荷も制裁対象である。
(6)平時に世界石油市場には、ベネズエラが米国に輸出する一日あたり約50万バレル規模の原油の途絶が起こった際にも、新たな均衡点を見出すに足りる買い手と売り手が存在する。しかしながら、現下の状況は通常とは程遠いものである。スコシア銀行のエコノミストRory Johnsonはこの状況を「これらのタンカーは動いておらず、全てが停止している。これはすなわち石油市場に対する影響が我々の考えていたよりも大きいことを意味する」と指摘する。
(7)こうしたことは特にカナダに当てはまる。ベネズエラ産の重質オイルブレンドオはウェスタン・カナダ・セレクト(WCS)として知られるカナダのオイルサンド由来の原油と非常に似通っている。したがって、理論上はベネズエラ産重質油向けに調整された米国の製油所は、カナダのWCSに一層食指を伸ばすはずである。Johnstonは「理論上はメキシコ湾への鉄道輸送力によって柔軟なカナダ産原油に対する需要がますます高まっていくだろう。だが、日量50万バレルのベネズエラ産原油の半分をカナダ産原油で補うことはないだろう」と述べた。カナダの原油生産者が混乱から得る利益はあるだろうが、漂う石油タンカー団は石油市場にあらゆる種類の予期せぬ結果をもたらすだろう。
(8)Johnstonは「すべてがあまりに急に起こったため皆多かれ少なかれ次に何をすべきか、ある意味麻痺したような状態になっている。事態の膠着した状況を見れば、誰もが緊急時対応策を持っていないように思える」と総括する。
記事参照:How U.S. sanctions on Venezuela have left a dozen oil tankers idling with no place to go

2月7日「南シナ海における中国の漁業活動の実態、統計的アプローチから―豪専門家論説」(The Strategist, February 7, 2019)

 2月7日付のAustralian Strategic Policy Institute(ASPI)のブログThe Strategistは、豪サススウェールズ大学教授Greg Austinの"China’s assault on South China Sea fisheries: doing the maths"と題する論説を寄稿し、米シンクタンクCenter for Strategic and  International Studies(CSIS)の南シナ海における中国の漁業活動に関する論文がその実態を正確に捉えていないと指摘した上で、要旨以下のように述べている。
(1) 米シンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)アジア海洋透明性イニシアチブ(AMTI)ディレクターGregory B. Polingは、2019年1月9日に南シナ海で深刻な魚の乱獲が行われていることを示す、同海域における中国の非公開漁業活動に関する報告書を公表した。同報告書は「世界の50パーセント以上の漁船が南シナ海で活動していると推定している」と指摘した上で「南シナ海は2015年に世界の漁獲高の15パーセントを占めた」と主張している。同報告書は地域で操業(世界の漁船団の半数を占める)するあらゆる国家間における魚の乱獲に対する責任をバランスさせようと試みているが、南シナ海最大の乱獲国として1か国(特に中国)を特筆している。さらに、同報告書は魚の乱獲と民兵組織と目される船舶の支援を受けた中国による岩礁の軍事的占領との直接的なつながりを論じており、中国(ASEAN諸国とともに)が南シナ海における漁場を略奪していると明確に非難している。
(2) これが事実なら統計的な主張は驚くべきものであり、同地域をこれまで多くの人が考えていたよりも一層戦略的に重要にする。しかしながら、これら2つの数字を疑う理由がある。
a: AMTIの報告書が南シナ海における魚の乱獲(特に中国によるもの)と、中国が占領する係争地付近に海上民兵を置くために漁船に偽装した船舶を用いることという、全く異なる2つのテーマを結びつけていることである。つまり論文前半の「漁船」という用語が分析の過程で、漁業を行わない偽装海上民兵船という意味に再定義されているのである。論文の統計的な主張の出典が参照されておらず、一体性を欠く議論は報告書が注意深い分析を行っているというよりも論争を挑むものだという印象を残す要因となっている。
b: 額面通りの意味で南シナ海の係争海域に関して言えば、AMTIの報告書が明確にそうであるように50%の統計値も12%の統計値も信頼できる数字ではない。
 国連食糧農業機関(FAO)が2016年に公表した数字では、中国のエンジン付き漁船総数は約650,000隻である。とはいえ、南シナ海の係争海域で誰が漁業を牛耳っているか結論を出す前に我々は中国のエンジン付き漁船の圧倒的大多数が中国沿岸部沿い、その内少なくとも3分の1が中国本土と海南島の南シナ海海岸線で構成される海域で活動していることに留意すべきである。オールソースアナリシスの上で確信を持って言えることは、世界の漁船の最大50パーセントが中国籍であり、中国の海岸線に比較的近い沖合で操業しているということである。我々はその50パーセントの3分の1が南シナ海北部だが、中国本土沿岸にとても近い非係争海洋資源区域で操業していると推定し得る。
 南シナ海の漁獲量(上記2番目の統計)に関する議論はどちらの側にもまとめることはできない。なぜならば利用可能な統計はその構成が複雑であり、全面的に信頼が置けるものではないからである。FAOは2016年に南シナ海沿岸のASEAN諸国による総漁獲量は世界全体の9,300万トンの内、約1,500万トンであると報告した。世界生産高の内これらASEAN諸国が占める割合は16パーセント強に過ぎない。中国による2016年の漁獲高は1,700万トンであり、世界シェアは19パーセントである。利用可能な統計ではこれらの漁獲が南シナ海で行われたのか、あるいはインドネシアやマレーシアおよびフィリピンが南シナ海の外側で国境を接する広大な海洋空間で行われたのか判然としない。
記事参照:China’s assault on South China Sea fisheries: doing the maths

2月7日「北部オーストラリアの戦略的優位性を再検討すべき-豪専門家論説」(The Strategist, February 7, 2019)

 2月7日付の豪シンクタンクAustralian Strategic Policy Institute(ASPI)の ウェブサイトThe Strategistは、防衛・戦略プログラム主任Michael Shoebridgeの“It’s time to renew Australia’s north as a source of strategic advantage”と題する論説を寄稿し、オーストラリアは北部地域の戦略的な優位性を再認識すべきとして要旨以下のように述べている。
(1) オーストラリアの国防政策における北部地域の役割に関する政策立案者の姿勢はまるでセミのライフサイクルのようだ。それは短期間に世界中を飛び回って膨大なノイズを発生させるが、騒動の後には何年もの沈黙が続く。前回、これが脚光を浴びたのは、Paul Dibbによる1986年の防衛能力レビューとその翌年の国防白書においてであった。オーストラリア政府はこの後、北部地域の基地とそのインフラ整備に何十億ドルもの投資をし、その結果、ティンダル空軍基地がジェット戦闘機の中核基地となり現在までその機能を維持しているほか、クイーンズランド州ヨーク岬のシャーガー基地、西オーストラリア州リーモンス基地などが開設された。さらに北部オーストラリア地域防衛に係る重要なイニシアティブとしては、2011年から開始された米海兵隊のダーウィンへの展開も重要な注目点である。
(2) この問題については性急な議論がされがちであるが、単に北部地域の軍事的プレゼンス強化を訴えるだけではPaul Dibbの主張の焼き直しに過ぎない。より人口が多く、発展したインフラを有する南部や東海岸の都市に価値を見出すのであれば、紛争生起時にはブリスベン以南に退避すればよいとの考え方も成り立つが、それは敗北主義的である。米海兵隊のプレゼンスはこの議論に新たなレイヤーをもたらしたが、残念ながらオーストラリア国土に米軍が展開することの利点とリスクについて、必ずしも本質的な議論はなされていない。
(3) 地理学者であり戦略アナリストでもあるPaul Dibbの指摘はいくつかの点で正しかった。オーストラリアの防衛は地理的条件を利用しなければならず、信頼できるオーストラリア軍であり続けるには、北部地域およびその沖合の海上において有効に作戦し得る実力を維持していなければならない。同時にその防衛計画は、南部および東部地域の人口密集地における産業インフラも活用した縦深的で近代的な防衛システムとして構築され維持されなければならない。オーストラリア国防軍(ADF)が保有し、あるいは新たに取得しようとしている高度なプラットフォームやシステムを運用し維持していくため必要な技術体系は州や地域単位の努力で維持出来るものではなく、産業政策や技術、労働力の問題など全国レベルでのアプローチを必要としているのである。
(4) そして今日、北部地域の防衛問題が再び脚光を浴びているが、それはオーストラリアの戦略的環境の変化によるものであり、以下のような2つの傾向により特徴付けられている。第一に、インドネシア、マレーシア、シンガポールなど近隣パートナー諸国が発展を続け、その能力を向上させつつある中で、これら諸国との関係がオーストラリアの外交安全保障において益々その重要性を増している。オーストラリアはこれらのパートナー諸国とより緊密に連携するためさらに努力する必要があるが、北部はその入口となる地域である。そして第二に、大国間の競争と紛争の可能性が世界情勢の最前線に戻って来たという問題もある。米中の対立がインド太平洋地域における政治的、経済的、戦略的な関係と、技術的な優位性などを巡る激しい競争を巻き起こしているが、今後数十年間でこれら大国間の大きな軍事紛争が起こるという分析もあり、そうした事態が生ずれば、おそらくは二国間紛争からより大規模な地域紛争へ発展するであろう。こうした文脈において、北部地域はオーストラリアが軍事力を展開して維持すべき重要な地域であると言える。
(5) なお、北部地域の広大さは、それ自体が敵の致命的な効果を有する長射程武器システムへの対抗策としても非常に重要である(グアムと海南島間でのミサイルの撃ち合いなどを想起せよ)。したがってオーストラリアの防衛計画においては北部地域のこうした戦略的な有利性も活用しなければならない。同時にDibbレビューの基本的な考え方として示された北部地域の人口、産業、インフラなどの強化策も促進の要がある。この点はオーストラリアの防衛、安全保障上の広範な地域的関係強化に北部地域がどのように係わるのかといった問題について考えることを意味しており、例えば、ノーザンテリトリー政府とインドネシアとのより密接な関係などもその一環と考えるべきであろう。何故ならそれはインドネシアとの防衛その他の産業界とのつながりを北方から拡大する道を開くのに役立つからである。さらに言えば、このことはダーウィンへの米海兵隊展開の意義にも係っており、地理的な位置、地域のパートナー諸国への近接性ということは極めて重要である。例えば、P-8ポセイドンのような高速哨戒機でさえ南オーストラリア州のエジンバラからダーウィンまでは3時間以上を要することに鑑みれば、この点は自明であろう。
(6) いずれにせよ現実的思考に基づくイノベーションと資源配分は、前述した大国間の競争激化と地政学的な対立がオーストラリアに与える影響を勘案しつつ推進されなければならない。大規模な国際紛争は最悪のシナリオであり、政府がハイエンドの武器システムに優先的に投資するのもこのためである。そして大国を巻き込んだ大規模な地域紛争が生起した場合にADFを適切に運用していくには北部地域における軍事プレゼンスとインフラを含む投資の優先順位に大きな変化が必要となるだろう。2016年の国防白書において新たな投資プログラムが示されたにもかかわらず、ADFは北部地域のインフラの現況からして長距離展開作戦の実施には苦慮するであろう。例えば、ダーウィンとティンダル間での航空作戦のための燃料供給の問題は単純だが重要な事例である。高速道路上にタンクローリーを配置することは適切な解決策(抄訳者注:空中給油機の運用の比喩か)にはなり得ず、やはり各航空基地においてはP-8哨戒機やJSF(統合攻撃戦闘機)などの運用のみならず、広範な作戦の遂行を支援できるような態勢を構築する必要がある。また同時に、長射程攻撃兵器の脅威下での残存性も考慮した基地機能の分散といった点も考慮する必要があるだろう。
(7) 前述したいずれの戦略的トレンドも、オーストラリアの国防における北部地域の意義について新たに議論すべき時が来たことを示唆している。1987年以来、パラダイムは大きく変化して来た。では、将来のADFの存在意義について考える上での新たなフレームワークとは何であろうか?軍のみならず産業界も、この議論と結果としての行動に積極的に参加する必要がある。
記事参照:It’s time to renew Australia’s north as a source of strategic advantage

2月8日「中国とQuadの動向を伺うインド―印専門家論説」(East Asia Forum, February 8, 2019 )

 2月8日付けのオーストラリア国立大学 Crawford School of Public Policyのデジタル出版物であるEast Asia Forumは、印シンクタンクObserver Research Foundationの上級研究員Abhijit Singhの“India bides its time in the Indian Ocean”と題する論説を寄稿し、インド洋での中国による軍事プレゼンスの強化を警戒するインドの対応について、要旨以下のように述べている。
(1) メディアの報道によると、インド政府は、アンダマン・ニコバル諸島の兵士、軍艦、航空機およびドローンのための追加のインフラを造るための10年計画を完成させる間近にある。こうした動きのきっかけは中国である。2018年1月のライシナ・ダイアローグで、インド海軍参謀長Sunil Lanba大将は、インド洋における中国のプレゼンスの高まりに対するインドの懸念を率直に述べた。過去5年間で80を超える軍艦を就役させることによって、中国海軍は実際、南アジアにおけるインドの戦略的優位性に対する脅威として多くの人々に見られている。多くのインドのオブザーバーたちにとって、北京の一帯一路構想は、インド洋の中国の海軍基地の戦略的な前兆である。最近の報告によると、中国の予定されている6隻の空母のうち、2隻がインド洋に配備される。
(2) インド洋におけるより大きな中国のフットプリントの見通しは、日米両国が独自の海洋作戦を拡大することを促している。昨年、日本のヘリ搭載護衛艦がコロンボを訪問し、米国はスリランカに一時的な航空後方支援拠点を設立した。オーストラリアもその地域での海軍の関与を強化する計画を明らかした。
(3) しかし、南アジアの主要なセキュリティー・プロバイダーであるインド海軍は、その行動をまとめるのに悪戦苦闘している。アンダマン諸島での軍事力増強にもかかわらず、インドの海軍近代化計画はまだ実を結んでいない。そして、インド海軍にとってのより大きな課題は、近海で中国の潜水艦を追跡できないことである。インド海軍指導部は、アンダマン・ニコバル諸島の基地から定期的に活動する偵察機によって、アジア大陸沿岸の監視を強化している。インド洋のチョークポイント付近での任務即応体制にある艦艇(mission-ready warships)の1年を通した展開、日本との情報共有協定、およびグルガオンの新しい「情報統合センター」のような最近の新たな取り組みは、領域認識を拡大した。それでも残念なことに、インドの水中監視能力は依然としてレベルが低い。
(4) 一方、パキスタンへの北京の軍事援助は、中国によるインドの囲い込みという恐れを引き起こしている。パキスタン海軍に対して1隻につき2億米ドルを少し上回る名目価格で4隻の中国Type 054Aフリゲートの契約を締結したイスラマバードは、ニューデリーがロシアからのステルスフリゲート艦隊の獲得に費やしたコストのほんのわずかな費用で、洗練されたフリゲート艦すべてのラインを取得する。中国の元型の潜水艦8隻供給の提案は、パキスタンの水中の能力をさらに強化し、それによってインドよりも優位に立つことができる。
(5) 「海洋Quad」に対するニューデリーの継続的な慎重な姿勢は問題を助けていない。最近の米国や日本とのマラバール演習における改善にもかかわらず、この関与には、インド太平洋地域の重要なパートナーであるオーストラリアが含まれていない。ニューデリーの中国に対する「ヘッジ・アンド・エンゲージ」(hedge and engage)アプローチは、マラバールでオーストラリアをもてなすことを認めていない。しかし、インドの政策立案者たちが、懐疑的となる十分な理由があるかもしれない。Quadがインドの利益のために実際には何を意味するのかについての明確さが欠けている。米国も日本も、インドによる重要な海洋防衛能力、特に対潜水艦戦能力の改善を支援するために具体的な提案をしていない。
(6)さらに重要なことに、バランシング・コアリションの引き金がまだ明らかにされていない。南アジアにおけるその新たな後方支援拠点にかかわらず、中国はインドの太い「レッド・ライン」を横切っていない。ニューデリーは、切り札を早く出すことを躊躇しているようである。北京が南アジアの沿岸地域で強く出過ぎるのであれば、インドの政策立案者たちは、それがQuadを知らせる良い機会になると信じている。それまでインドは、武漢の精神(編集注:2018年4月の中印首脳会談を念頭に置いた表現)を尊重すべきである。問題は、日本、オーストラリア、米国がそれまで興味を持つのかどうかを知る方法がないということである。
記事参照:India bides its time in the Indian Ocean

2月8日「中国のアフリカ進出に陰り―アラブ首長国連邦専門家論評」(The Diplomat.com, February 8, 2019)

 2月8日付のデジタル誌The Diplomatは、アラブ首長国連邦カリファ大学Science & Technology准教授Brendon J. Cannonの“Is China Undermining Its Own Success in Africa? ” と題する論説を掲載し、中国はアフリカで自ら評判を落としており、日本などはこうした状況を利用すべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 中国の影響力と金、そして中国人がアフリカに溢れている。ケニアの標準軌鉄道(SGR)、エチオピアの首都における軽便鉄道、そしてタンザニアの港湾など、巨大インフラプロジェクトは、アフリカが中国の裏庭になったという証拠として挙げられている。日本やフランス、あるいは米国のような国でさえ、アフリカにおける貿易と影響力で中国に対抗できない。しかし、こうした見方は真実だが、全てを物語っているわけではないことを理解しておかなければならない。第1に、アフリカ人と彼らの指導者は、自国の開発と未来に関するプロジェクトに対する決定権者である。一部のプロジェクトは評判が良く、有益だが、他のプロジェクトは率直に言って、時間、金そして資源の浪費であり、生活を破壊するかもしれない。第2に、アフリカにおける中国パワーの必然性と持続性は誇張されているだけではなく、アフリカの指導者達は益々疑念を高めている。このことは、開発援助を重視する日本のような国にとって好ましいことである。
(2) 現在のところアフリカ大陸において中国が支配的な存在であることは疑いない。2017年のMcKinsey & Co. の報告書によれば、「今日アフリカで営業している中国企業は1万社を越えている」という。古い資料だが、2012年の在外華僑に関する年次報告書では、アフリカ大陸における中国移民は110万人以上、あるいは150万人強に達している。アフリカ大陸で存在感を高める中国の試みは、アフリカの指導者や一般市民の怒りを掻き立てつつある。中国の不愉快な行動と商習慣に関する報道は、今や例外的というより普通のことである。こうした報道は、一般的にアフリカにおける中国の影響力増大を巡る4つの問題―すなわち、人種差別、負債、地元企業との直接的な競争、そして労使関係を巡るものである。
(3) アフリカ人に対する中国の人種差別については、益々多くの中国人が国内における労働力の供給過剰を軽減する中国当局の政策の一環としてアフリカに移住するにつれて、中国人の態度と偏見が現地のアフリカ人との関係の中で表面化してきた。累積する負債問題は、アフリカでは目新しいものではない。とはいえ、この10年間のアフリカの対中累積負債は膨大なものになっている。例えばアンゴラは、2000年以降、212億ドル相当の石油関連ローンを中国から受け入れているが、この額はアフリカ大陸全体への累積対中ローンのほぼ4分の1に相当する。ケニアはアフリカの経済大国だが、中国から53億ドルのローンを受け入れており、ケニアの対外負債総額の72%を占めている。負債の額とその利率は、アフリカの経済人と指導者にとって懸念の種となっている。中国の借款供与が日本や西欧諸国に比して迅速なのは事実だが、それには、資材や労働力に関する要求や法外な利率など、付加的要素が付随している。不公平な労働慣行とアフリカ人従業員に対する差別は、もう1つの問題である。例えばケニアの報道では、ケニア人労働者に対しては勤務時間中の喫煙や携帯電話の使用が禁止されているが、中国人労働者に対してはこのような規制はない。また、ケニア人は中国人と同じテーブルに座ることを許されないという。
(4) こうした中国に対する評判は、日本などの他国にとって投資とビジネスのより大きな機会となる。実際、日本は、開発援助を具体化する上で有利な立場にある。第1に、日本は1950年代から60年代にかけてアフリカの多くの国に関与していることから、アフリカについての知識量が豊富である。第2に、日本はアフリカ諸国に対して旧宗主国ではない。第3に、日本はアフリカにとって、インフラ整備と貿易のための中国ではないもう1つ東アジアの選択肢である。日中の相違点は、日本が中国のような法外な利率ではない信頼性が高い、タイムリーなプロジェクトを提供できるということである。日本は、中国とその規模において競争できないかもしれないが(これは日本だけでなく、他の国もそうである)、今やアフリカ人が中国への過度の依存を疑問視し始めている状況を、利用することは可能である。
記事参照:Is China Undermining Its Own Success in Africa?

2月9日「中国のグレイゾーン戦術に向き合う米国―香港紙報道」(South China Morning Post, February 9, 2019)

 2月9日付のSouth Chine Morning Post電子版は、“US shift on South China Sea ‘grey zone’ aggression signals stronger response ahead”と題する記事を掲載し、米国とオーストラリアのアナリストたちが、中国のグレイゾーン戦術に対する明確なレッドラインの設定と積極的な措置を講じることを米国に促していることについて、要旨以下のように報じている。
(1) 米国とオーストラリアのアナリストたちによると、米国はアジア太平洋地域における中国の「グレイゾーン戦術」に対応して、より計画的かつ先制的な措置を講じると考えられている。この評価は2月6日の米海軍作戦部長John Richardson大将による、海洋における緊張を本格的な紛争へとエスカレートすることを防ぐ方法としての、ロシアと中国からの「グレイゾーン」の侵略に対するより厳しい行動の要求を受けたものである。平和と戦争の間の概念的な空間であるグレイゾーン戦術は、一般的には通常の軍事的対応を促進する可能性のある境界を下回る範囲での強制的な行動を含む。
(2) Richardsonは、米国は中国海警の船舶および海上民兵の漁船に対する規則の強化を目指すべきだと述べた。これらは米海軍が至近距離でプロフェッショナリズムに欠けた形で遭遇する可能性のあるグレイゾーンの軍艦以外の船舶の2つの例である。ワシントンのランド研究所の上級政策アナリストであるLyle Morrisは、Richardsonの発言は米国による「考え方の重要な変化」を表していると述べた。彼は、グレイゾーン問題へのそのアプローチにおいて後手ではなく、積極的であるべきであると主張した。「アプリケーションはシンプルである」とMorrisは続けた。「それは海上での航行と事故の回避に関して言えば、交通の基本的なルールがある。そしてこれらの基本的な規則は、海軍、政府および民間人のすべての海のアクターを含むべきである」。中国の積極的な領土侵害とそれに対抗する米国の取り組みは、この地域で高まる地政学的対立の中心として浮かび上がっている。北京のグレイゾーン戦術には、東シナ海と南シナ海での中国のプレゼンスを大幅に拡大するための非軍事的な海警総隊の船舶と海上民兵の船舶の配備が含まれている。Morrisによれば、この非軍事的プレゼンスによって、争いのある地域で他の国々が活動しないようにしている。
(3) シドニー大学とホノルルにあるパシフィックフォーラムによって2月8日に発表された報告では、彼らはワシントンに、同盟国とより密接に協力して北京によるグレイゾーンの抑圧を押し返すよう促した。この措置には、明示的なレッドラインの設定、そして、従来の抑止力を強化するためにオーストラリア、日本、韓国などの能力のある同盟国に協力させることが含まれる可能性があると報告している。
(4) 退役した中国陸軍大佐であるYue Gangは、中国は米国からの挑戦に直面しても「すべての側面」でそのグレイゾーン戦術を継続すると語った。武力紛争を回避することは北京の政策立案者にとって最優先事項であること、中国のグレイゾーン戦術は依然として米国に対する地理的な優位性を享受していることを彼は指摘した。
記事参照:US shift on South China Sea ‘grey zone’ aggression signals stronger response ahead

【補遺】

1 Competition with China and the Future of the Asian International Order
https://warontherocks.com/2019/02/competition-with-china-and-the-future-of-the-asian-international-order/
War on The Rocks.com, February 6, 2019
David M. Edelstein, Vice Dean of Faculty in Georgetown College and an Associate Professor of International Affairs in the Center for Security Studies, the Edmund A. Walsh School of Foreign Service, and the Department of Government at Georgetown University
Editor’s Note: This is an excerpt from “Policy Roundtable: Competing Visions for the Global Order from our sister publication, the Texas National Security Review. Be sure to check out the full roundtable.
 米テキサス大学のデジタル出版物であるWar on the Rockは、2月6日付けで米ジョージタウン大学David M. Edelstein准教授の“Competition with China and the Future of the Asian International Order ”と題する論説記事を掲載した。その中で同准教授は、Trump政権下の安全保障状況を概観し、①大国間の競争は今後数年間激化する可能性があるが、特に東アジアでは中国の台頭と米国の影響力低下により不確実性が増す、②ロシアは中国ほどの速度で脅威が増しているわけではないが、中東地域(例えばイラン)の安全保障の緊張感は、今後10年間は増していくだろう、③核兵器の存在により壊滅的な国家間紛争が発生する可能性は小さいが、小競り合いのリスクは高い状態が続くだろう、などと解説している。
 
2 The Future of Arms Control is Global: Reconsidering Nuclear Issues in the Indo-Pacific
https://warontherocks.com/2019/02/the-future-of-arms-control-is-global-reconsidering-nuclear-issues-in-the-indo-pacific/
War on The Rocks.com, February 7, 2019
Andy Weber, the former Assistant Secretary of Defense for Nuclear, Chemical, and Biological Defense Programs (ASD-NCB) where he directed the Nuclear Weapons Council
Christine Parthemore, formerly the senior advisor to the (ASD-NCB)
Both have lived and worked in the Indo-Pacific region and are now with the Council on Strategic Risks.
 米テキサス大学のデジタル出版物であるWar on the Rockは、2月7日付けで米国防次官補(核・化学・生物防衛計画担当)を務めたAndy Weberと同ポストのシニアアドバイザーであったChristine Parthemoreの“ The Future of Arms Control is Global: Reconsidering Nuclear Issues in the Indo-Pacific”と題する論説記事を掲載した。その中で彼らは、2月1日のTrump大統領のINF条約離脱正式表明に関連して、インド太平洋地域・諸国がこれまで果たしてきた核兵器の脅威の軽減を再評価すべきであることや、今後、新たな武器管理規定は二国間や多国間での対話によってスタートし国家指導者による約束レベルから正式な条約レベルへと発展していく可能性があることなどを指摘している。