海洋安全保障情報旬報 2018年8月21日-8月31日

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821日「南シナ海における海上交通ルール整備の必要性米専門家評論」PacNet, Pacific Forum, August 21, 2018

 米パシフィックフォーラムのシニアアソシエイトLinda M. B. Paulは、8月21日付のPacNetに、"The Need for Open Lines of Communication in the South China Sea"と題する論説を寄稿し、世界貿易の要であると同時に高い紛争リスクを抱える南シナ海で、海上交通ルールの整備を急ぐべきだと指摘した上で、要旨以下のように述べている。

(1)南シナ海には世界で最も活況を呈する複数の商用航路が位置している。世界の海運の30パーセントが南シナ海を通過する。CSISは、2016年に中国の海運の64パーセント以上が南シナ海を通過した一方で、日本の海運の42パーセント近く、米国の海運の14パーセント以上が同年に南シナ海を通過したと推定している。その貿易額は約3.4兆ドルに及び、世界貿易の21パーセントを占めている。

(2)南シナ海は世界でもっとも生物が多様な地域の1つである「コーラル・トライアングル」の一部である。南シナ海はサワラやマカイ及びマグロなど価値が高い魚の繁殖地と成育場としても機能している。遺伝学や生物物理学の研究はスプラトリー諸島のサンゴ礁が南シナ海沿岸国諸国の漁業生産性を持続させる、自然の生物結合性の維持に極めて重要であることを示した。

(3)2009年に中国は主張する領域のほとんどが他の南シナ海沿岸5か国、即ち、ベトナム、マレーシア、インドネシア、ブルネイ及びフィリピンの排他的経済水域内にあるにも関わらず、「九段線」で囲われた南シナ海の90パーセントに対して主権を主張する旨を国連に正式な形で通告した。2013年にフィリピンは中国が主張する「九段線」内における権利の法的効力に関して、国連海洋法条約付属書Ⅶに基づいて中国を提訴した。中国は本件を政治的紛争だと見なし、一連のプロセスへの参加を拒否した。南シナ海仲裁裁判所の裁定は『中国が「九段線」内の生物、非生物資源に対して歴史的な権利を有するという主張は、国連海洋法条約と相反するものである』と結論付けた。

(4)海運業は利幅の薄い競争が激しい産業である。商船はマラッカ海峡、シンガポール海峡あるいはスンダ海峡を南方から通過して南シナ海に入る。その他の東アジアへの代替ルートは、ロンボク海峡かオーストラリア南方を大きく迂回するしかない。しかしながら、ジャワ島とスマトラ島の間を通るスンダ海峡とバリ島とロンボク島の間を通るロンボク海峡は、目下活動する極めて危険な火山によって暗雲が投げ掛けられている。長距離の航海は、年間航海数の減少と燃料コストの増大を意味する。また、危険な航海は保険料の増大を意味する。南シナ海の紛争は、東南アジア諸国向けの原油を含むサプライチェーンを分断することになる。国際貿易と国際海運は開かれた、安全かつ確実なシーレーンに依存している。

(5)分離通航システム(TSS)は、海上における人命や安全、航行の効率化、海洋環境の保護に資するものである。TSSは、混雑した海運回廊で一方通行レーンを設置することに似た、船舶交通路システムである。こうしたシステムは、国際海事機関(IMO)の条約や規則によって管理されている。規則は公海、公海へと繋がるすべての海域及び航洋船が航海できる海域における全ての船舶に適用される。IMOの航路に対する責務は、「海上人命安全条約」(SOLAS条約)第5章に明記されている。「1972年の海上における衝突予防のための国際規則に関する条約」(COLREG条約)第10条は、TSS内を航行する船舶の規則を規定し、安全速度や衝突のリスク、TSS内もしくはその近傍で活動する船舶の行動を定める指針を示している。現在、シンガポール海峡のフィリップス水路を含む一部の国際海峡と縁海では、TSSシステムが整備されている。

(6)TSSの適用は船員や産業、国家機関そしてIMOの承認など、広範な協議を伴う複数年に亘る集中的なプロセスである。IMO加盟国はTSSの適用を受けるに当たって、TSSの必要性を示す正式な提案を起案して、提出しなければならない。当該提案は問題を説明し、問題を解決するために提案で示された行動を正当化し、当該行動が海洋の利益と海洋における航行の安全に与え得る潜在的な負の影響を特定するものでなければならない。環境問題に関する提案は、海洋環境保護委員会や航行の安全小委員会、海上安全委員会など、IMOの委員会による審査を受ける。提案されたほとんどのTSSは、その一部あるいは全部が1か国ないしそれ以上からなる沿岸諸国の領海や排他的経済水域内に位置している。そのため、IMOの承認は大体の場合において国家内・国家間機関、ルールメイキングや、その他の規制あるいは沿岸諸国による宣言や立法などの政策に伴う行動が先行するか、続くものである。

(7)南シナ海の海上貿易を維持することは、あらゆる利害関係者の利益である。貿易立国の東南アジア諸国や、南シナ海の生態系にとって破滅的な高い紛争リスクを考慮すれば、南シナ海には安全かつ確実なTSSが必要であり、適用に向けたプロセスを直ちに始めるべきである。

記事参照:The Need for Open Lines of Communication in the South China Sea

822日「インド太平洋戦略の中で東南アジア諸国が選択する競争と中立」(Center for International Maritime Security (CIMSEC), August 22, 2018

 シンガポール南洋工科大学ラジャラトナム国際関係学院(RSIS)のShang-su Wu研究員は、8月22日付で国際海洋安全保障センター(Center for International Maritime Security (CIMSEC))のWEBサイトに、"Competition and Neutrality of Southeast Asian States in Indo-Pacific Strategy"と題する論説を寄稿、要旨以下のとおり述べている。

(1)インド洋と太平洋の中間に位置する東南アジア諸国の動向が「自由で開かれたインド太平洋」構想における重要性を増している。東南アジア諸国の海軍力は強力ではないが、その地理的意味合いからインド太平洋地域のパワーバランスに影響を及ぼしうるものである。本来、東南アジア諸国には非同盟の伝統があり、また中国との経済関係から「自由で開かれたインド太平洋」戦略には距離を置くであろうが、それでもその動向は2つの海を結ぶ戦略に影響を及ぼす。地理的には、インドネシアとマレーシア、シンガポールがマラッカ・シンガポール海峡のコントロールに関わりを持ち、ブルネイ、ミャンマー、フィリピン、タイそしてベトナムはシーレーンに影響力を及ぼすと言える。

 政治的に見た場合、国連安全保障理事会は、その常任理事国の構成からして、ある国が他の東南アジアの国に脅威を及ぼしたとの決議を採択することは難しいだろう。脅威がクリミアのような侵略行為であったとしても、やはり難しいだろう。加えて、トラブルメーカーと称されるような国からの侵略であっても、東南アジアの諸国は中立的な姿勢で穏やかな対応をとりがちである。

 一方、侵略者にとって軍事力を用いることは容易ではない。被侵略国の民衆をコントロールすることは難しいだろうし、抵抗にもあうだろう。チョークポイントの制圧が考えられるが、例えば、マラッカ海峡はそこを管轄する国が3カ国に分かれていることから、コントロールを確保することにはかなりの困難を伴うだろう。

(2)インド太平洋におけるシーパワーの間の武力紛争を①大規模紛争、②厳しい対立、③平時、の3つに区分して考えてみよう。

先ず①大規模紛争のケースである。中国とアメリカ(とその同盟)との間での武力紛争は、中国が第1列島線内のシーコントロールを確保している場合は、東南アジア地域内に留まるだろう。中国が特定の紛争海域でのシーコントロールを確保できない場合は、中国の野望は絶たれるだろう。これとは反対に、もし中国が最初の戦闘でアメリカあるいは「"4か国"(オーストラリアと、インド、日本、アメリカ)」に勝利すれば、アメリカとその同盟は次の戦闘へ備えるか、またはチョークポイントを封鎖するか、あるいは平和交渉を開始するであろう。もしチョークポイントの封鎖に踏み切った場合は、東南アジア諸国の動向がカギを握ることになる。

 もう一つのシナリオとして、中印の国境紛争が海上に及んでくるケースがある。この場合、東南アジア海域は双方ともに海軍力展開のためのチョークポイントとなる。

②厳しい対立のケースはどうか。中国にとってもアメリカとその同盟にとっても、東南アジア海域は情報収集のための格好の場となるだろう。また、③平時の状況でも、東南アジア地域の海峡は監視と抑止の場を提供する。

 以上3つのシナリオにおいて東南アジア諸国は、中立を保つか、緩やかな中立の立場を示すのか、あるいはいずれかに加担するのか、いずれの選択を採るであろうか。おそらく、緩やかな中立の姿勢であろう。アメリカとの防衛に関わる協定を結ぶタイもフィリピンも、中国との良好な関係は保っている。他の東南アジア諸国も双方に対し政治的に賢い選択をとってきたように見える。

(3)ここ数十年の間で、東南アジア諸国の海軍力は増強されてきたが、近隣を侵略するほどのものではなく、また、中立を維持できるほどのものでもない。それでも、シーレーンが長くなりすぎない、短距離ミサイルの射程で防衛できる等々、地勢戦略的な強みがある。更に、保有する潜水艦は侵入してくる敵対国家にとっては脅威である。しかし、東南アジアの諸国は、自国が保有する軍事力だけでは防衛を完結することはできないのは確かであり、他国の支援が必要である。

 現在の東南アジア海域の安全保障環境においては、伝統的な同盟はうまく機能しないのではなかろうか。貿易や投資といった中国との経済関係において、東南アジア諸国が単純に「自由で開かれたインド太平洋」構想に参加することには制約があるだろう。中国は東南アジア諸国との防衛交流や共同演習などの働きかけを強めている。しかし、東南アジア諸国が緩やかな中立姿勢をとる状況において、彼らを「自由で開かれたインド太平洋」構想に寄与する道を開くことも可能である。「4か国」としては、東南アジア諸国に共同演習への参加を促すなどして交流を深めるべきであろう。また、「4か国」は東南アジア諸国が海洋利益を享受できるよう技術支援することも必要であろう。最後になるが、大事なこととして、「4か国」は、実は未成熟な中国の巨大市場に対抗して、東南アジア諸国との経済関係を強固なものとすべきである。東南アジア諸国が「自由で開かれたインド太平洋」に全面的に参入することは容易ではないだろう。しかし、東南アジア諸国の協力や積極的な対応こそが、インド洋と太平洋を結ぶための要であることは確かである。

記事参照:Competition and Neutrality of Southeast Asian States in Indo-Pacific Strategy

823日「インド太平洋地域における米印防衛協力の再形成――印シンクタンク会長・米戦略研究専門家論評」(Delhi Policy Group, DPG Policy Brief, August 23, 2018

 印シンクタンクDelhi Policy Group(DPG)会長で元駐日大使(2006-2010)のHemant Krishan Singhと、米シンクタンクCenter for Strategic and International Studies(CSIS)で上級顧問を務めるRichard M. Rossowは、DPGが発行するDPG Policy Briefに8月23日付で"Re-shaping India-US Defense Cooperation in the Indo-Pacific"と題する論説を発表し、インド太平洋地域における米印防衛協力を今後強めていく必要があるとして、要旨以下のとおり述べた。

(1)現在、インド太平洋は世界的に極めて重要な地域であり、新たな「グレート・ゲーム」の舞台であることをアメリカは認識すべきである。近年中国がさまざまな手段を通じてインド洋に積極的に進出しており、このままアメリカが何もしなければ、インド太平洋はアメリカにとって、自由でも開かれたものでもなく、安全でも発展的なものでもなくなるであろう。こうした状況においてアメリカとインドは、お互いの利益を維持するようなやり方で協同していくことが望ましい。

(2)アメリカの国家防衛戦略は、インドをアメリカのインド太平洋戦略の中核として位置づけている。それは当該地域への中国の進出への対抗として重要であり、2012年以降ASEANの一体性が弱まって以来、とりわけその重要性は高まってきた。アメリカはインド洋への関与を深めようとしているが、それはインドを既存のアジア太平洋安全保障アーキテクチャに組み込むだけでなく、インド太平洋地域それ自体の戦略的重要性の高まりを示している。インド洋地域の発展のために、アメリカはインドおよびその周辺諸国とともに緊密に活動し、安全保障アーキテクチャを発展させねばならない。それによって自由で開かれた貿易が活発になり、インド太平洋が世界経済において不可欠な結節点として発展するであろう。

(3)しかしながら現在のところ、アメリカはインド太平洋地域に強固かつ安定的な地歩を築いてはいない。インドから見ればアメリカのインド太平洋へのコミットメントは物足りないものである。他方アメリカにしてみれば、インドが防衛的パートナーシップの強化にさほど積極的ではないように感じられる。以上述べてきた現状に鑑みて、われわれは「自由で開かれたインド太平洋」を推進するため、以下の3つの方針を提案する。

(4)まずひとつは「拡大」である。アメリカは、インドの安全保障に関する利害がインドの西にも東にも存在することを理解する必要がある。アメリカは、東アジアや東南アジアにおいて失われた戦略的立場を取り戻すことに関心を集中させているが、その一方ですでに中国がインド太平洋地域において圧倒的なプレゼンスを確立しようとしている。アメリカは、インド洋および太平洋における課題を全体として眺めなければならない。

(5)次に「関与」である。インドがアメリカのインド太平洋戦略における中核的存在であるならば、アメリカは東アジアに関心を集中させるのではなく、インド太平洋を総体として捉え、戦略的パートナーシップの構築においてインドの意見に十分に耳を傾ける必要がある。そしてアメリカとインドによって展開される共通の戦略は、インド太平洋において中国が引き起こす難題を理解し、地域的安全保障におけるASEANの役割の重要性を認識するものになろう。米印がともに関わるであろう安全保障アーキテクチャとして、以下の3つの層が想定されうる。

a. アメリカの同盟国を中心とした東アジアから構成されるもの

b. ASEANを中心とし、それを諸々の三国間協定やQuad(日米豪印)が補強する体制

c. インドやオーストラリアを含むインド太平洋中心のアーキテクチャ。それに対しアメリカはさまざまな防衛資源(海洋状況把握能力や人道支援および災害救援、情報・監視・偵察能力の向上など)に関する協力を深める。

(6)最後に「説明」である。Obama政権期の対アジア政策としての「ピボット」あるいは「リバランス」(アジアにより軸を移すという政策)の弱点は、それに基づく個別の行動についての政府による説明が十分でなかったことである。したがってアメリカは、「自由で開かれたインド太平洋」戦略が、同地域におけるアメリカのプレゼンスや協力体制を変えるかについてより明確にする必要がある。そのうえでアメリカとインドは、他のQuadのパートナー国とともに、地域の経済的取り決めや地域的安全保障に関する詳細なアーキテクチャを練り上げる必要がある。こうした動きが中国からの強い反応を惹起することは間違いないだろうが、Quadはそれに対応しなければならない。

(7)外交および経済領域における米印関係の強化にとって必要なのは、アメリカがインドの関心がインドの東にも西にも向いていることを理解することである。軍事的観点から言えば、アメリカはインドが定義するインド太平洋地域をカバーする3つの軍司令部(INDO-PACOM、CENOCOM、AFRICOM)が、インドとの防衛協力において協同して活動しうるかをはっきりと示さねばならない。その努力の一環として提案できるものとして、例えば、翌年のマラバール(日米印共同訓練)を二段階の訓練へと拡大させることがある。つまり第一段階として、インド洋東部においてINDO-PACOMが参加する訓練を行い、第二段階ではインド洋西部でCENTCOMが参加する訓練を行うのである。これはインド太平洋地域における米印防衛協力として象徴的なものになるであろう。

(8)2015年に二国間防衛協力に関する10ヵ年枠組み合意が更新された。アメリカ政府と議会はなお、主要防衛パートナーとしてのインドの地位を強化するための政策を実施し続けている。今後はさらに、海洋状況把握能力や情報・監視・偵察能力の強化や、相互運用可能な諸々の協定(通信互換性保護協定(COMCASA:後述する米印2+2閣僚級対話の第一会会合で合意された)など)の締結が目指される。もうすぐ米印2+2閣僚級対話の第一回会合が開かれる予定である(9月6日に実施された)。それはバランスのとれた、かつ進歩した二国間の防衛・安全保障関係の基礎を築く歴史的な機会を提供するものとなるであろう。

記事参照:Re-shaping India-US Defense Cooperation in the Indo-Pacific

823日「東シナ海の石油・ガス田で活発な活動を続ける中国米シンクタンク観測記事」(Asia Maritime Transparency, CSIS, Augusut 23, 2018

 米シンクタンクCenter for Strategic International Studies(CSIS)のWebサイトAsia Maritime Transparency Initiativeは、8月23日付で"Beijing Keeps Busy in East China Sea Oil and Gas Fields"と題する記事を掲載し、東シナ海における中国の石油・ガス田開発状況について、要旨以下のとおり述べた。なおこの記事は2017年9月28日付の記事を更新したものであり、まず2018年8月23日付の記事の抄訳を、その後2017年9月28日付の記事の抄訳を掲載する。

【2018年8月23日】

(1)ここ最近において日中間の緊張が緩和している一方で、中国政府は、日本政府の抗議を無視する形で東シナ海における石油・ガス資源の開発を続けている。2017年9月28日付の記事で述べてあるように、中国は日中両国の海洋における中間線、すなわち日本が日中両国の大陸棚の境界線と主張する海域の近郊にいくつもの石油・ガス掘削プラットフォームを設置してきたが、少し前に、ジャッキアップ・リグ(甲板昇降型海洋掘削装置、海底掘削システムのひとつ)を新たに設置した。衛星写真によればそのリグは、遅くとも6月25日までには試掘を開始した。

(2)試掘によって石油かガスが発見されれば、その石油・ガス井にはウェルヘッドと呼ばれる噴出防止装置が取り付けられるのだが、中国は現在、上述した中間線海域付近に14ものウェルヘッド付プラットフォームを設置している。これらプラットフォームや新たに設置されたジャッキアップ・リグの場所については地図に示したとおりである(掲載元のWEBページを参照)。

(3)2017年、中国は3基のジャッキアップ・リグを設置したが、船舶自動識別装置(AIS)の信号によれば、Haiyang Shiyou 942、Kantan Quhao、Kaiuan Yihaoの3つである(2017年9月28日付記事参照)。そのうち2つのジャッキアップ・リグ(Kantan QihaoとKaixuan Yihao)は地図から削除された。リグは海域を離れ、そこにはプラットフォームは建設されていない。Haiyan Shiyou 942もその場を離れたように思われるが、そこにウェルヘッド付プラットフォームが建設されたかどうかは確認できていない。そのため地図ではさしあたり「プラットフォームがあるかもしれない」と記しておく(掲載元の地図ではオレンジの印)。

【2017年9月28日】

(1)東シナ海の石油・ガス田をめぐる問題は、日中関係における対立の原因のひとつである。これは尖閣諸島の問題や南シナ海をめぐる緊張の高まりほどに関心を集めているわけではないが、そのことが石油・ガス田問題の重要性を減じるものではない。われわれはこれまで当該海域における中国の石油・ガス掘削プラットフォームの数が増大してきたことを記録してきたが、2017年になって中国は新たに3つのプラットフォームを設置した。それが当該海域における中国の業務用船舶の活動の活発化という現象を伴うものであった。

(2)ひとつめの新設プラットフォームHaiyang Shiyou 942は、Drilling China Oilfield Services社の所有であり、2017年2月18日、あるいはそれ以前に設置された。ジャッキアップ型プラットフォームのKantan QihaoはSinopec Offshore Oilfield Services社所有で、おそらく7月19日から21日の間に設置された。3つめのKaixuan YihaoはCIMC Raffles Offshore社所有で、8月19日前後に設置された。

(3)これらのプラットフォームは、日中両国の中間線にまたがる海盆を掘削するためのものである。その中間線は、日本がかねてより日本の大陸棚と中国の大陸棚の境界と主張してきた海域であるが、中国はそこを境界線と認めていない。中国が主張する境界線はそれよりも東に位置している。日本政府の立場からしてみれば、中国は日中両国で共有されるべき資源を独占しており、また、2008年の合意、すなわち日本が主張する中間線付近に共同開発海域を設定することなどに関する合意を履行していないのであった。

(4)実際のところ、日中間の緊張は2008年以後急激に高まり、その合意が履行されることはなく、中国は日本が主張する中間線付近にプラットフォームを設置し続けた。ただしその線の東側に設置することはなく、また上述の共同開発海域の内側に設置することもなかったため、中国政府は、その行動が2008年の合意にも国連海洋法条約にも抵触していないと主張している。しかしそうした主張と行動は公正なものとは言えない。

(5)衛星写真(掲載元ウェブページ下部のギャラリーを参照)や、プラットフォームと中国の海岸線との間(とりわけ浙江省の舟山市との間、舟山群島のひとつ舟山島に位置する都市)を行き来している船舶の活動状況から、これらプラットフォームの多くは操業を開始したと考えられる。地図に示したのは、2017年から9月の間、Windwardが提供するAISのデータを用いて、プラットフォーム周辺で操業していると思われる10の船舶の活動である(掲載元ウェブページを参照)。それぞれのドットが、船舶が発するAIS信号を受信した瞬間を示している。このデータが完璧なものであるとは言えないが、この時期にこの海域における中国籍船舶の活動が活発さを増したことはほぼ間違いない。さらに言えば、AIS用のトランシーバーを搭載していない船舶がこの海域で操業している可能性もあるのである。

記事参照:Beijing Keeps Busy in East China Sea Oil and Gas Fields

824日「北極防衛に重要性を増すアラスカの役割、在アラスカ米軍トップ言及-米メディア報道」(KTUU, Aug 24, 2018

 米NBS系列のアラスカのTV局KTUUは、8月24日に、"Alaska's role in Artic defense gaining prominence, outgoing comneder says"と題する記事を掲載し、在アラスカの第11空軍司令官兼北米航空宇宙防衛司令部アラスカ地区司令官兼アラスカ軍司令官の交代に際し、北極の防衛に対するアラスカの役割、重要性について言及したとして、要旨以下のように報じた。

(1)離任する第11空軍司令官兼北米航空宇宙防衛司令部アラスカ地区司令官兼アラスカ軍司令官Ken Wilsbach中将はアラスカ州の位置は国の軍事的備えについて注目度が増していることを示しているようであり、後任者は将来その注目度が増すことを見るだろうと述べた。

 Wilsbach中将はその事績について述べた際、「米国はアラスカを有することで北極圏国であり、アラスカにいる我々はそのことを、生得的に知っている。しかし、北緯48度以南、特にずっと東あるいは南に行けば、しばしば人々はこのことについて知らないか、忘れている」と、8月23日にKTUUに述べた。

 Wilsbach中将は、さらに多くの人々、特にワシントンの人々に北極について「海氷の減少によって、我々は増大する人類の活動を見つつある」話し、北極において増大する輸送、石油、ガス、魚類のような資源の獲得、及び観光の増加を指摘した。そして、「米国は北極圏国家であり、北極に利益を有するため、増大する人類の活動は軍事的含意を有する」と述べた。

 「ここアラスカから北極において軍は何をしなければならないかについて我々は国防総省の専門家であり、したがってワシントンあるいは全世界の他の司令部において発言権があるという事実は私の誇りである」とも述べた。

(2)Wilsbach中将の後任であるThomsa Bussiere中将は8月24日の交代後、北極に対するアラスカの重要性は今後、前任者と同様に心に留めると述べ、「アラスカの重要性、北極地域の重要性は再び表に出つつある。潜在的な気候変動もあって、北極地域で米加それに北極の協調国がどのように地域の安全保障を増し、維持していくかを見つめるのに良い時期である」と言った。

(3)離任に際し、Wilsbach中将は彼の業績の1つとしてアラスカの部隊の即応体制の強化について話している。「我々は2年前よりも今、即応体制を強化している。第11空軍の主たる配備位置は米軍の配備位置の中ではるかに北であり、はるかに西にあり、そこから兵力を投射し、我が国を防衛することができる位置にある。したがって、そのことを実施できるアラスカ、グアム、ハワイ(第11空軍の担任区域にはグアム、ハワイが含まれる)は戦略的に極めて重要な位置にあり、我々の部隊はそのことを実施できるように備えている。」

(4)8月24日の指揮官交代行事で、新司令官のBussiere中将は即応体制に対する彼のコミットメントに触れ、「アラスカ地域及びその上空、北の壁の防衛であれ、我が国あるいは同盟国、友好国の国益のため太平洋で兵力を投射することであれ、任務は124時間171365日備えられていなければならない。即応体制はもったいぶった決まり文句でも、車のバンパーに貼ったステッカーの標語でもない。行動の方針である。」と述べた。

記事参照:Alaska's role in Artic defense gaining prominence, outgoing comneder says

825日「日米が注目するスリランカの戦略的要衝、トリンコマリー」NewsIn.Asia, August 25, 2018

 スリランカのニュースサイトNewsIn.Asiaは、8月25日、日米両国が中国に対抗する意味合いでスリランカのトリンコマリーに注目しているとして、要旨以下のように報じた。

(1)日米両国は、スリランカ南部のハンバントタ及びスリランカ西部のコロンボにおいてプレゼンスを示し、ベンガル湾周辺で勢力を拡大する中国に対抗すべく、スリランカ東部のトリンコマリー港に注目している。1930年代末までに英国は、トリンコマリーに艦船と航空機の給油用に101の巨大な石油タンクを設置した。第2次世界大戦中の1942年4月9日には日本軍機がタンクの1つに突っ込み、タンクを融解した鉄塊と化した。2000年代に入ってスリランカ政府は、Ceylon Petroleum Corporationとの共同使用のために石油タンクをIndian Oil Corporationに譲渡したが、修理調整され現在も使われる油槽は一部にとどまっている。しかしながら、インドはベンガル湾地域と南東アジアで拡大する市場への供給のために更なる石油タンクを修理調整する計画を有しており、日本もインドと同様の意図を持っている。他方で、米国は好戦性を増す中国に対してトリンコマリー港が有する戦略的な価値により関心を抱いているようである。スリランカ政府は目下、トリンコマリー港の開発に日本とインドの支援を望んでいる。

(2)日米の海軍は同港に親善交流で艦艇を派遣し、インドは海軍士官を常駐させている。日本の小野五典防衛大臣がトリンコマリー港を訪問した際には、同国の護衛艦が同港に停泊していた。小野寺大臣のトリンコマリー訪問直後に、米海軍のドック型揚陸艦Anchorageが第13米海兵遠征部隊と共に、8月24日に予定されていた港訪問のため同地に到着した。今次訪問は米海軍第7艦隊にとって、インド太平洋地全域で活動する海軍実戦部隊がどの程度、現地の補給支援サービスを受けられるのかを調査する機会でもある。

(3)在スリランカ米国大使館臨時代理大使Robert Hiltonは、Anchorage及び同艦に搭乗する海兵遠征部隊の到着を歓迎した。Hiltonは「今次訪問及び演習は、インド太平洋地域における緊急人道支援に対応する両国の共通能力を構築するだろう。米国は、自国あるいはパートナー国軍、人道支援機関が必要なときに救援物資や備品、その他物資の迅速な入手を確実にすべく、インド洋におけるスリランカの戦略的な位置を活用する空輸ハブ構想を試せることにもエキサイトしている」と強調した。

(4)Anchorage艦長Dennis Jacko大佐は、水兵と海兵隊員が任務を成功裏に完遂して、スリランカでアメリカのプレゼンスを示すことに重点を置いたと述べた。Jackoは「今次艦艇訪問は米・スリランカ協力強化の価値を示すことに資する。Anchorageの目的は安全保障協力強化のみならず、災害対処に資するHADR(人道支援、災害支援)能力に対する理解を取り付けると共に、最良の事例を共有することで将来の災害に際して一層効率的な共同救助活動を実現することにある」と述べた。Jacko大佐は、今次訪問の際に実施予定のダメージコントロール演習について「米海軍のダメージコントロールプログラムは世界で最も熟練したものであり、米海軍最良の手法をスリランカ海軍とシェアすることに関われて嬉しい」と語った。

(5)米遠征打撃第7群参謀長Deborah K.McIvy中佐は「スリランカ海軍、同国の支援チーム及び在スリランカ米国大使館は、スリランカにおける初の臨時空輸ハブ構想の確立に当たって素晴らしい支援と協力をしてくれた。現地の補給支援サービスをうまく活用することは、HADR業務に不可欠な物資を供給するなど、将来的な作戦手順の標準化に資するだろう」と述べた。

(6)8月下旬の日本の小野寺防衛大臣による初のスリランカ訪問は、インド洋地域にとって非常に重要なことであった。小野寺大臣の訪問地リストには、中国がバングラデシュやミャンマー及びモルディブで港湾を建設しようとする中で重要性を持つハンバントタ、トリンコマリー、コロンボの港湾が含まれていた。中国は既にコロンボ港でプレゼンスを有している上に、ハンバントタ港を70パーセントの株式とともに99年間借り受けた。また、中国は明らかに「一体一路構想」(BRI)の一環として、パキスタンのグワダル港を建設、運営している。

(7)日本は中国が軍民双方の目的を持ち得るインフラプロジェクトを行うことで、インド洋地域諸国に対する支配を確固なものにしようとする断固たる動きを非常に懸念している。これに関連して小野寺大臣のトリンコマリー訪問時に、日本の護衛艦「いかづち」が同所に停泊していたことは注目に値する。小野寺大臣はスリランカのSirisena大統領との会談で、同国の海洋安全保障の強化を手助けすることを約束した。日本は既にスリランカに米ドルで総計1,100万ドル以上する2隻の巡視艇を供与した。その一週間前には、日本の同盟国の米国がスリランカの海軍力を強化すべく3,900万ドルを供与している。

(8)元スリランカ海軍大将Jayanath ColombageがPathfinder財団向けのレポートで、2008年から2017年までにコロンボ港に寄港した外国海軍艦艇の船籍を分析したところ、スリランカの港、主としてコロンボ港に65隻の海上自衛隊の艦艇が寄港したことを明らかにした。この数値について彼は「スリランカを訪れるインド海軍艦艇に次いで第2位である」と指摘する。

記事参照:US and Japan eye eastern Sri Lankan port of Trincomalee

826日「日印特別パートナーシップ、更なる強化が必要印専門家論評」(South Asia Analysis Group, August 26, 2018

 印シンクタンクSouth Asia Analysis Group 研究員Dr Subhash Kapilaは、同シンクタンクのWebサイトに8月26日付で、"Japan-India Special Strategic Partnership Needs Added Special Robustness"と題する論説を寄稿し、日印パートナーシップについて、インドの政策エリートは中国を慮って右顧左眄することなく、インドにとって不可欠なこのパートナーシップを更に強化する必要があるとして、要旨以下のように述べている。

(1)この1年間、「日本インド特別戦略的グローバルパートナーシップ」(The Japan-India Special Strategic & Global Partnership)が、アジアの大国であり、アシア安定の柱である両国によって、不協和音もなく淡々と進展していることは、目立たないが注目すべきことである。インドは、対中関係と、インドの日本との緊密な戦略的関係に対する中国の過敏さを認識した上で、この関係を「不可欠のパートナーシップ」('Vital Partnership')と位置づけている。グローバルな、そしてアジアの地政学環境は、インドが日本との戦略的絆を強固にすることを地政学的、戦略的に優先すべきこととして運命付けている。日本は、2017年までインドに対する軍事的冒険を厭わなかった中国とは極めて対照的に、中国とのドクラム高地を巡る対峙の間、はっきりとインドに味方した。中国が世界的に孤立状態にある時に、思い出したようにインドに見せる戦術的な政治的友好姿勢は、インドに対する日本の道義的かつ永続的な戦略的支援に取って代わることはできないし、またそうすべきではない。

(2)インドにとってアジアで最も重要で、しかもグローバルな波及効果を持つ「日印特別戦略的パートナーシップ」に対して強い影響を及ぼす、インドの政策エリートを制約する頸木は、彼らが「中国の龍」(the 'Chinese Dragon')を避けようとすることである。彼らは、2017年のドクラム高地での中国の軍事的挑発に対してインドが自信を持って対応した後、中国に対する彼らの恐怖心を振り払ったと思われた。しかし、インドの政策エリートは、2018年に噴出する中国の戦略的脆弱性に対する客観的評価よりも、それ以上に中国に対する悪しき恐怖心から、インドの対中政策をリセットしたようである。インドの誤った認識に基づく2018年の対中政策リセットによる最大の被害は、「日印特別戦略的パートナーシップ」を支える基盤に亀裂が入ったことである。インドは、「日印特別戦略的グローバルパートナーシップ」と合同軍事演習の実施に関する数多くの共同声明に署名したが、では何故、インドは、遅れているインド海軍用の飛行艇やその他の日本の先進装備の購入を回避したり、引き延ばしたりしているのか。何故、インドは、新たに蘇った「日印米豪4カ国枠組」に対する戦略的熱意を萎ませたのか。それはまさに、こうした装備購入や戦略的イニシアティブに対する中国の不快感に対する配慮の故か。

(3)インドの政策エリートは、インドの「対中政策リセット2018」によってアジア各国政府に生じた有害な認識に覚醒すべきである。アジア各国政府が抱くであろう印象は、多くのアジア諸国も被害を被ってきた中国の挑発に対して、インドが立ち向かう意志を持っていないということである。そうなれば、どうしてインドは、前政権が明確に意図してきた、そして現政権もその継承を誓った、「地域安全保障の真の提供者」('Net Provider of Regional Security')として認知され得るのか。インドとその政策エリートは、彼ら自身の「右顧左眄症候群」('Balancing Act Syndrome')から抜け出す必要がある。何の必要があって、日本の防衛大臣の訪印の1日後に、中国の国防相をニューデリーに迎えるのか。何の必要があって、中国の国防相に国内メディアへの突出を認めるのか。インドは中国の隷属国家ではないが故に、中国の国防相の訪印も日本の防衛大臣の訪印と同じように控えめな姿勢で迎えるべきであった。

(4)このような状況の背景を読み解くものとして、2018年のインドの国家安全保障利益との関連における、中国と日本の戦略的重要性についての比較分析がある。この分析では、日本と比較して明らかに中国に重点が置かれているが、この分析は、インドの政策エリート、インドの諸政党、インドの戦略コミュニティー、あるいは左派傾倒のインドの学界に多い―彼らは全て、中国に対するネルー主義の妄想に依然執着している―インドにおける中国擁護派にとって、繰り返し言及される価値がある。こうしたインドの中国擁護派とは極めて対照的に、インドの世論には、パキスタンと共謀したインドへの中国の不誠実な攪乱行動に 対する、圧倒的な憎悪感がある。この憎悪感は、1962年のインドに対する中国の裏切り(抄訳者注:1962年の中印国境紛争)の副産物だが、今や、インド近傍のパキスタンのグワダルにおける中国の海軍根拠地の設営と「中国パキスタン経済回廊」(CPEC)―「経済」という用語はインドに対する潜在的で広範な戦略ゲームのための隠れ蓑に過ぎない―の迅速な遂行によって、増幅されている。

(5)中国はインドや日本といったアジアにおける対等の競争相手を望んでおらず、中国の戦略的計算はこの目的に狙いを定めている。アジアにおける中国の強硬な敵対的姿勢が日本とインドに向けられ、両国との国境紛争を引き起こしているのは、無益なことである。対照的に、日本は、インドとの間に歴史的な紛争や憎悪の火種を抱えておらず、両国を分裂させる国境紛争もなく、日印両国は、相互に優劣を競う中国のような競争相手ではない。実際、日印両国は、アジア全域に中国中心の覇権を押し付けようとする中国の試みに対して、両国が戦略的に対抗していかなければならないことを認識している。日本は、一貫して国連安保理事会常任理事国候補としてインドを支持してきたし、インドがグローバルパワーになることについて、中国がそうなることに対して感じているような脅威感を抱いていない。それ以上に注目すべきは、南アジアあるいはインド太平洋アジア(Indo Pacific Asia)における日本の外交的イニシアティブは、この地域における中国の戦略がインドを抑え込むことにあるのと違って、インドの国益を侵害するものではないということである。俯瞰的に言えば、日本は、インド洋が単に名前でだけではなく、より広範な地政学的かつ軍事的意味においても 'Indian'であることを確実にすることに関心を持っているのである。これに対して、中国は、軍の最高レベルにおいて、インド洋が何故 'Indian'と称されなければならないのかと異議を唱えている。そしてこの5年間、注目すべきは、中国海軍が原子力潜水艦を含めたインド洋への侵出が増大していることである。

(6)従って、以上の分析から、今日、戦略を越えた長期的な地政学的視点から見れば、インドの国益を護るというためだけでなく、南シナ海や東シナ海、そして最近ではドクラム高地でのインドに対する挑発に見られる中国の軍事的冒険主義に対抗して、インド太平洋地域の安全と安定を護るというより広範な目的から、インドは、信頼できる永続的な「戦略的パートナー」として日本を必要としているのである。そのためには、「日印特別戦略的グローバルパートナーシップ」に基づく諸協定を名実ともに充実させていくことが、インドの責務である。この戦略的パートナーシップを文字通り「グローバル」にするために必要なことは、インドが BRICS(ブラジル、露、印、中、南アフリカ)のような中国中心の、そして中国に支配された組織や、上海協力機構への加盟とその軍事活動に時間を浪費するより、この不可欠のパートナーシップにさらに一層注力すべきである。そこにおける中国の戦略ゲームは、日印と米印間で発展しつつある特別な戦略的パートナーシップの仲を裂くことであった。インドの政策エリートは、何故この戦略的現実を認識できないのか。戦略的非同盟は、現代の地政学的環境では時代錯誤であり、また「戦略的自立」('Strategic Autonomy')というインド外交の基本的考えもそうである。今日の世界の地政学環境における厳しい現実は、「力の均衡」('Balance of Power')である。

(7)最後に結論として、日本と日本国民が言葉の最も広い意味で非常に敏感であることは強調しておく必要がある。日本は、インドにとって中国以上に必要とされる日本との特別な戦略的パートナーシップを犠牲にした、中国の戦略的過敏さに配慮するインドの政策エリートの予防的で日和見的な動きを見逃すほどナイーブではない。日本にこうした認識を根付かせないようにするのは、インドの責務である。

記事参照:Japan-India Special Strategic Partnership Needs Added Special Robustness

830日「インド洋支配を狙う中国のスリランカでの動きと日本の対応米経済学者論評」(Forbes, August 30, 2018

 ニューヨークのLIU Postの教授Panos Mourdoukoutasは、米国の経済誌Forbes電子版に、8月30日付で"Japan Is Trying To Catch Up With China In Sri Lanka"と題する論説を寄稿し、日本は、中国によるインド洋の支配を防ぐことについて、より真剣になっているとして、要旨以下のように論じている。

(1)Channel NewsAsiaによると、先週東京は、2隻の巡視艇をスリランカに寄贈した。日本の動きは、このインド洋国家におけるハンバントタの大水深港を運営する大規模な11億2千万ドルの契約の一環として、CM Portがスリランカに5億8,400万ドルの支払いを行った1年後に現れている。

(2)2017年7月に署名されたこの協定により、CM Portは99年の貸与期間中に15億ドルの中国によって建造された港を運営することが可能である。スリランカの中国への負債を減らすために、この11億2千万ドルすべてが使われる。北京がタミル・タイガースとの戦いに関与した2007年に、中国はスリランカでのその拡大を開始した。この後、中国に対するスリランカの債務を重く残していった高金利融資と主要建設プロジェクトが続いた。スリランカの債務は2017年にGDPの77.60%に達し、これはTrading Economicsによると、1950年から2017年までの平均の69.69%よりも遥かに高かった。今日、スリランカの財政赤字は、この国のGDPの約5.5%に達し、これはその負債を増やすだけある。この国は、2017年のGDPの約2.60%だった継続的な経常赤字が示すように、既にその財力を越えた国家運営を行っている。スリランカは、融資と株を交換する中国との協定に署名することによって、同国への増大する負債に対抗するための措置を取った。そうすることにより、中国が、インド洋における北京にとって重要な前哨基地となっている、スリランカの主要港湾のような主要インフラプロジェクトの所有者になることを可能にした。

(3)しかし、南シナ海とインド洋の貿易を支配しようとする中国の積極的な試みは、日本とその同調者であるインドの怒りを招いた。この二国は、ちょうど昨年、ベンガル湾のマラバールにおいて共同海軍演習を行った。彼らはその後、中国が推進している一帯一路構想の代替案として、「アジア・アフリカ成長回廊」(AAGC)の構想を提案するために協力した。今、東京はスリランカの防衛を強化することに興味がある。しかし、「日本は遅れているだけでなく、中国に追いつくための経済的資源もない」とGeneral Director of Pushkin InstituteのStathis Giannikosは述べた。

(4)日本の最近の動きが、最も強力な2つのアジアの国の間に新たな戦線を作り出し、この地域への投資を検討している人々に対する地政学的リスクを高めているので、投資家は状況に注意を払うべきである。しかし、金融市場は、潜在的なリスクを無視しているように見える。結局のところ、市場は、地政学的リスクよりむしろ、投資の基本的価値に基づいて取引する。

記事参照:Japan Is Trying To Catch Up With China In Sri Lanka

830日「自動運航船の運用は新しい規制管理体制を必要としている」(Society for the Study of Peace and Conflict, August 30, 2018

 インドのニューデリーにある研究機関Society for the Study of Peace and Conflict (SSPC)の会長であるDr. Vijay Sakhujaは、8月30日付のSSPCのサイトに、"Autonomous Ship Operations in Need of New Regulatory Regime"と題する論説を寄稿し、海運業界における自動運航船を運用するための規制の必要性について、要旨以下のように述べている。

(1)海洋領域は、人工知能にもたらされた驚くべき変化を目の当たりにしている。それは、これらの機械を組み立て使用する人間を含む、海洋活動のいくつかの面に影響を与えている。最も顕著な発展の1つは、船舶業界に自動運航船が出現したことであり、それは、"crewless"又は"semi-crewed"となり、遠隔操作による船内及びオフショアのセンサーを使用して航行を行い、そして、自動制御が可能な高性能の機械を使用して貨物を下ろし、積み込む。

(2)海で活動する他の船舶と同様に、自動運航船は国際的な規制に縛られている。国際海運の主要規制機関である国際海事機関(IMO)は、自動運航船(Maritime Autonomous Surface Ship:MASS)として、自動運航及び半自動運航船を指定している。4つの非階層的な分類の人的交流のレベルに関する自動運航の程度に基づくMASSの予備的な定義から始まる、数多くの問題を含む規制する対象の課題を通して、MASSコードに関して取り組み始めている。

(3)これらのMASS規制に向けた新たな取り組みは注目に値するが、IMOの前にある本当の課題は、船舶輸送規則の大部分に見られる特徴である、これらの船舶に関する人間の安全の優位性を守ることである。すべてのMASSが、マン・マシンの物理的インターフェースから解放されないことを指摘することは有用である。それよりむしろ、それらには、船舶の無人又は遠隔操作を可能にする、航行及び駆動のための完全自動運航及び部分的自動航行のインターフェースが混在する。

(4)MASS規制の対象となる5つの重要な問題がある。

a. 第1に、航行中に起こりうる衝突を避けるために、慎重な検討が必要である。航行技術の進歩にもかかわらず、ほとんどの衝突は人為的ミスのために起こり、海の事故の約75~96%を占めている。乗組員のいる船と自動運航船との衝突は、事故の責任を負うことに関していくつかの法的挑戦をもたらす。

b. 第2に、MASSの機械故障は、通常、冗長性を介して対処することができるが、MASS規制を対象とする一方で、座礁、沈没、船内火災、船倉の浸水及び貨物管理の問題などの出来事は、慎重な検討が必要である。

c. 第3に、サイバー攻撃を通して、又は船舶のコンピュータやサーバーにハッキングすることによるMASSのハイジャックの可能性もまた問題である。

d. 第4に、IMOはこれまで、業界全体に一様に適用される共通の規制に成功裏に取り組み、それを公式化してきた。MASS規制についても、デジタル領域で進められている急速な技術的変化に遅れずについていく必要がある。

e. 最後に、保険及び補償の問題は、MASSコードを公式化すると同時に、細心の注意を払う必要がある。MASSを扱う法的委員会と保険業界との間の対話は、MASS運用から生じるリスクに取り組むために重要である。

(5)業界の専門家たちは、2025年までに遠隔操作された船舶が外洋に出る、そして、2030年までに無人の外洋航行船が非常に一般的になる可能性があると考えている。3340億ドル規模の海運業界も、これらの船舶の効率の良さによって、コストを削減し、エラーが原因となる人の安全を改善することを望んでいる。

(6)MASSコードは、海上貿易の収益活動協調体制にとって重要な発展だが、「完全自動運航運用」、「半自動運航運用」及び「遠隔操作運用」のような管理の問題にも取り組まなければならない。特に、チョークポイントや混雑した海上交通路を通過する際には、これらの運用における人間の介入レベルの反映も重要である。さらに、MASSのプレゼンスに関する重要な標識を特定し、その区域を定期的に航行する船舶に知らせる必要がある。

記事参照:Autonomous Ship Operations in Need of New Regulatory Regime

831日「水中ドローンに関する中国とインドの動向印専門家論評」(South China Morning Post.com, August 31, 2018

 ニューデリーにあるシンクタンク、オブザーバー・リサーチ財団の上級研究員であるAbhijit Singhは、8月31日付のSouth China Morning Post電子版に"How India, too, is on a quest for undersea dominance, to counter the Chinese navy's growing presence"と題する論説を寄稿し、中国と米国が水中ドローン開発を進めている中、インド海軍もまた、インド洋での中国の水中でのフットプリントの拡大に対抗して、自動運航船を兵器に含めるその戦略を調整しているとして、要旨以下のように述べている。

(1)South China Morning Postが、北京による、巨大で、高性能で、安価な無人潜水艦の開発について報じた後、水中戦が顕在化している。人工知能によって運用されるこの「シー・ボット」(sea bot)は、偵察、機雷敷設、自爆攻撃などの多様な任務を実行することを目的としている。それらは現在、広東省の施設で試験を行っており、世界の海洋でライバルの潜水艦を追跡する有人及び無人アセットのネットワークの一部となる。

(2)中国だけが、海底の支配を求めているだけではない。昨年、米国は、無人水中船又はドローンによる初の戦隊を就役させ、そして、新世代のこのような機械を製造するために最高の防衛企業と契約した。

(3)深海ドローンはまったく新しいものというわけではないが、従来型潜水艦の潜在的な代替品として、近年浮上している。低周波数のアクティブ・ソナーや聴音で探知できない方式は、大人しくすることによって潜水艦が隠れることを難しくしている。

(4)確かに、無人船に関するコンセンサスは普遍的ではない。伝統主義者は、まだ戦闘能力を持たない無人船に懐疑的である。彼らは、原子力攻撃潜水艦とディーゼル発電式艦船は水中戦に不可欠のままであるという。より迅速で静かな最新の潜水艦は、耐久性が高く、重要なエネルギー発生能力と高度なセンサーを備えており、そして、それらは、争いのある海域でより断固とした介入を行うことができる。

(5)しかし、他の海軍専門家たちにとって、従来型潜水艦は時代錯誤である。攻撃潜水艦を追い詰めるための海底プラットフォームの進歩を考えれば、有人潜水艦を敵の空間に派遣する考えは、控えめに言ってもひどく古くなっている。

(6)より良い解決策は、ドローンの群れを展開し、激しい紛争の戦域に軍人が入らないようにすることができる、水中空母として考える、有人の母艦潜水艦である。大量に展開すれば、シー・ボットは、敵のシステムやセンサーを圧倒し、敵対者の潜水艦を弱体化させる可能性がある。

(7)インド海軍も、パッシブソナー装置を備えたミニドローンの追求に着手している。グローバル・サプライヤーからプラットフォームを取得し、"Make in India"プログラムの一環として、その装備を現地で大量生産する計画がある。インド海軍は、中国海軍のインド洋における水中のフットプリントの拡大に対抗する必要性によって、その対潜水艦戦略が推進されていることを認めている。海底センサーである「水中の万里の長城」(Underwater Great Wall)を建造しようとする中国の計画は、インドの懸念を裏付けるだけだ。

(8)さらに懸念されるのは、2016年12月の南シナ海での米国の水中ドローンの中国の拿捕によって十分に説明されているように、重複している排他的経済水域や争いのある海域での無人船の使用に関する世界的に認められた規範が欠けていることである。

(9)必然的に、南アジアの海域におけるインドの海洋戦略には、有人及び無人の水中アセットの両方が必要である。将来の海洋作戦行動のためには、インドの政策立案者は、3つの矛盾する課題のかじ取りを行う必要がある。つまり、地域の海域でのパッシブの監視、可能性のあるターゲットを追跡するための無人船の使用、そして母船との積極的なコミュニケーションである。たとえば、海洋計画者は、より大きな監視に焦点を当てる可能性が高いが、共有する正確な水中の映像を生成し中継して伝える方法においては、有人アセットの場所の詳細を誤って漏らさないようにすることも同様に重要である。

(10)ニューデリーにとっては、海軍の無人機を調達することは、経済的にも意味があるかもしれない。開発コストは現在高くなっているが、最終的に潜水艦は、従来型潜水艦よりも安価に配備され維持される。最小限の投資で複雑なミッションを実行できる能力により、ドローンはゲーム・チェンジャーになるだろう。したがって、無人海底船がインド海軍の数々のアセットに追加されるのは、単なる時間の問題であるべきだ。

記事参照:How India, too, is on a quest for undersea dominance, to counter the Chinese navy's growing presence

831日「比艦艇南シナ海で座礁、中国は救助のため艦船を現地派遣-香港紙報道」(South China Morning post.com, August 31, 2018

 香港の日刊英字紙South China Morning postの電子版は"Beijing sends coastguard vessels after Philippine warship runs aground in South China Sea"と題して、8月29日比艦艇がハーフムーン礁に座礁した事実と中国の対応をその見方を含め、要旨以下のように報じた。

 係争中の南沙諸島の東端でフリゲートが座礁している。中国は南シナ海の係争中の海域で座礁したフィリピン海軍艦艇の離礁を支援するため海警の船舶と救難船を派遣した。

 同艦は8月29日(水)夕刻、係争中の南沙諸島の東端ハーフムーン礁(中国名:半月礁)に座礁した。

 環礁は中比両国が領有権を主張しており、およそ20年前にマニラが同じ南沙諸島にある第2トーマス礁でどのように軍事力の展開を促進したかを北京に思い出させ、ジレンマを引き起こさせるかもしれない。

 中国外交部報道官華春瑩は、海警の船舶は環礁に到着しており、同時に救難船「南海救115」も近傍海域で待機していると8月31日に述べ、「我々はフィリピンとどのような支援ができるかを協議中である」と言った。

 フィリピン最大の艦艇は通常の哨戒任務中に座礁したと国軍は8月30日に述べた。同艦は「船首から船体中央」まで座礁しており、推進器を損傷したが、乗組員に被害はなかった。「同艦は依然そこにあり、離礁前の損害調査を実施中」と比国防相Delfin Lorenzanaは、国営フィリピン通信社へのメッセージの中で述べた。

 曁南大学の東南アジア研究所教授張明亮は、中国にとって最良の戦略は状況が変化する前に自発的に離礁の支援を提供することであると述べている。「もし中国が単に事態を傍観すれば、第2トーマス礁での比軍艦Sierra Madreの事例と同じように事態は発展するだろう」と言った。

 比海軍は1999年に第2次大戦時代の艦艇を故意に係争中のサンゴ礁に座礁させたことに張明亮は言及していた。比海軍は、中国が抗議し、補給を阻止しようとしたにもかかわらず、係争海域における軍の展開を維持するため錆び付いたSierra Madreに海兵隊を配備してきた。

 2016年3月、比漁船が中国の基地があるミスチーフ礁に近いジャクソン礁に座礁した。人民解放軍海軍の艦艇7隻が現場への立ち入りを規制し、タグボートが漁船を引き出した。中国艦船は、比漁民の海域への出入りを拒否した。

 それはハーグの国際仲裁裁判所での仲裁事案でマニラが勝利を収める数ヶ月前であった。「中国は今、あのときのような強硬な姿勢で対応することはできない。Duterte政権との2国間関係は疑いのないものとはいえ、米国との緊張が高いこの時期に南シナ海の不安定は北京の利益にはならない」と張明亮は述べた。

 ハーフムーン礁は南シナ海東部の2つの主要な航路の交点に位置している。2012年には人民解放軍海軍のフリゲートが座礁し、10日後に他の中国艦船によって救助された。

記事参照:Beijing sends coastguard vessels after Philippine warship runs aground in South China Sea

2018年秋号「南シナ海における新たな戦略確立のための分析-米専門家評論」(US Naval War College Review, Autumn 2018, Vol., 71, No. 4

 米海軍予備役少佐で東アジアの防衛戦略問題専門家のSteven StashwickはUS Naval War College Reviewの2018年秋号に""Getting Serious about Strategy in the South China Sea": What Analysis Is Required to Compel a New U.S. Strategy in the South China Sea? "と題する論説を寄稿し、同誌2018年冬号に掲載されたHal Brandsと Zack Cooperによる"Getting Serious about Strategy in the South China Sea"について論評しつつ、同論文が提唱する「封じ込め」と「相殺」によるハイブリッド戦略を補完する「リスク低減戦略」を採るべきとして要旨以下のように述べている。

(1)US Naval War College Reviewの2018年冬号に掲載されたHal Brandsと Zack Cooperの"Getting Serious about Strategy in the South China Sea"は、南シナ海における中国の挑戦に米国がどのように対応すべきかという議論に大きな貢献をしている。しかし彼らの議論は他の政策に及ぼす結果を分析しておらず、新たな南シナ海戦略としては不十分である 。

 Brandsと Cooperは米国の対応を以下の4つの戦略に分類し、それぞれのコストとリスクを評価して「封じ込め」と「相殺」の組み合わせによるハイブリッド戦略を推奨している。

a.巻き返し(rollback):人工島からの中国の強制的な排除

b.封じ込め(containment):中国の追加的な占拠ないし開発の防止

c.相殺(offset):新たな軍事的能力の獲得により同地域における中国の優位性に対抗

d.調和(accommodation):中国の地域的覇権を敢えて黙認

 しかし、中国を孤立化させることが米中関係の他の側面よりも重要であるという理由が述べられておらず、専門家の間で異論もある。後者の実現には政策の優先順序と初期設定の変更が必要であるが、そうした方針変更の必要性が自明であるならば、それは政策決定者の仕事ではない。Brandsと Cooperは4つの戦略オプションと他の政策のトレードオフを評価する体系的方法を提示しておらず、期待利益と他の政策に対して予想される損害とを比較する枠組みがなければ、その評価は困難である。したがって、この戦略の選択基準は体系的であるというより主観的であるように思われる。

 Brandsと Cooperは、毎年3兆ドル以上の自由貿易、天然資源、武力紛争が発生した場合に中国が島を拠点として攻撃を実施する可能性、法の支配による国際秩序など、米国の戦略的な利益のリストを提示しているが、その優先順序、許容可能なレベルについての体系的な分析が不足しており、これらは矛盾し混乱していると暗黙に認めているのである。

(2)米国が南シナ海政策の変更を提唱するには、政策決定者が新たな措置の期待利益と引き換えに他の政策の追加的なリスクを受け入れるという説得力ある議論が必要である。残念ながらBrandsと Cooperは、それぞれの戦略が武力紛争回避、公平な自由貿易、気候変動や北朝鮮の核問題に係る国際協力、地域のパートナー諸国への影響など、他の米国の優先政策に悪影響を与えると指摘しているが、それらの危険をどのように評価すべきかを示唆していない。その結果、読者は南シナ海がなぜ問題なのかについて洞察を得る一方で、米中関係における他の政策事項にリスクを受け入れることが重要か否か、判断が出来ないのである。

 今日、米国の南シナ海政策は既にこれらの他の政策の優先順序に実質的に劣後しており、政策の優先順序を並べ替える議論をしないことで、Brandsと Cooperは現状の戦略的階層を暗黙のうちに支持し、米国が新たなリスクを受け入れるべきいう主張を弱めている。このような検討枠組みがなければ、Brandsと Cooperが推奨する「封じ込め」と「オフセット」によるハイブリッド戦略も、既存の政策からの転換という点において魅力的ではないように思われる。

(3)Brandsと Cooperは、南シナ海における中国の新たな領域の占拠ないし基地開発を「封じ込め」するべきと主張する。しかし、この「封じ込め」は中国による既存の南シナ海の施設の強化を防止出来ず、むしろそれを促進する可能性もあることから、米国は自らの軍事能力の向上によって中国の優位性を相殺すべきと主張している。しかし、このアプローチが米国のこれまで追求して来た戦略と実質的に異なるものであるのか否か、その点はこれまでの「封じ込め」の有効性に依拠している。

 もしもBrandsと Cooperの主張が、米国の「封じ込め」が場当たり的であるという批判であるならば、それは中国の最近の南シナ海における拡張主義が場当たり的であるのも否定することになる。米国がより包括的に「封じ込め」を実施すべきという議論は、中国が2013年以降、スプラトリー諸島の7か所以外に新たな占拠や基地開発を実施しなかったと言うのとほとんど違いはない。

 また、「オフセット」について言えば、Brandsと CooperはObama政権時に国防省が策定した「第3のオフセット戦略」あるいはピボット/リバランスとの違いは重視していない。Trump政権は「相殺(オフセット)」という名称は放棄しているかもしれないが、基本的な政策目標を放棄したわけではなく、発表された戦略はパワープロジェクションへの対応を明示している。

(4)Brandsと Cooperは米国の南シナ海戦略に係る用語等の明確化に貢献しているが、基本的には現状維持の政策を支持しているように思われる。米国の政策が混乱しているように見えるとすれば、それはおそらく実行上の問題、政策を現実に反映させる複雑さというよりも、分析の厳密さの欠如によるものである。戦略の最終的選択は政治的リーダーシップに依拠しており、Brandsと Cooperもそのことを認識していればこそ、この議論の中で戦略的な優先事項をどのように整理すべきかを敢えて検討していないのである。

 Trump政権は中国との戦略的な競争関係に焦点を当てた国家安全保障戦略(NSS)を公表しており、特に南シナ海における中国の人工島建設の脅威について強調している。しかし、NSSは南シナ海問題に対処する政治的あるいは軍事的な手段を指定しておらず、政策的な妥協点を評価するのに役立つ中国に対する米国の利益の階層も提供していない。Brandsと Cooperが指摘するように、自由貿易、軍事的アクセスの維持、ルールベースの国際秩序は南シナ海における米国の重要な利益であるが、しかし、新たな南シナ海戦略によって危険にさらされることになる米中関係やその他の地域的利益よりも一般的には自明ではない。NSSはそれらの利益に明示的な優先順序を提供しておらず、南シナ海問題を重視していない階層に対し事実上の特権を与えている。しかしまた、そのような階層が政策指針上に規定されているわけでもないため、南シナ海の重要性を強調する階層にとってもドアは開かれているのである。

(5)しかし、何故に優先すべき戦略が他の優先事項に影響を及ぼさないのか、また、何故に南シナ海問題の目標がそれらを危険にさらすに足るほど重要であるのか、Brandsと Cooper の分析はその理由を示しておらず、南シナ海戦略の変更を促すのには不十分である。

 にもかかわらず、Brandsと Cooperの推奨するハイブリッド戦略は研究ニーズと潜在的な政策機会を示唆している。彼らは、ハイブリッド戦略も中国が既に占有している領域で実施する追加的な軍事化を防止するものではないと認めているが、この弱点は「相殺」の措置によって緩和される。理論的には新たな中国の能力も米国及び域内のパートナー諸国の能力向上によって「相殺」することが出来る。しかし「相殺」戦略は、中国が経済的な優位性を享受する地域で米国を軍備拡大に走らせることにもなる。すなわち、「相殺」戦略は暗黙裡に競合する二国間の「安全保障のジレンマ」を悪化させる可能性が高いということである。 

 そしてこのことは南沙諸島における中国に占拠された領域のさらなる軍事化を防止ないし制限するための政策オプションの研究を推奨する。そのような政策プロセスは、おそらくは交渉や暗黙の合意を伴うことになるであろうが、Brandsと Cooperの「調和」戦略と異なり、受容を確実にするための何らかの梃子や誘因を維持する必要がある。それらは信頼醸成や危機管理の手段、あるいは軍備管理、国際法及び国際枠組みとしてなじみのあるものであり、米国及び他の東南アジア諸国もアドホックに、あるいはBrandsと Cooperの4つの戦略の実現のために、既に実施しているものである。

(6)しかし、これらを広範な戦略的リスクを軽減することのみを意図した政策と考えるのではなく、これを体系的に追及することは「リスク軽減(risk attenuation)」という第5の戦略オプションを構成することになるかもしれない。Brandsと Cooperの言うハイブリッド戦略と同じく、これは南シナ海における戦略的な現状維持のためのものである。

 そのような指針は軍事バランスの均衡を図る勧告的な役割を放棄することなく、むしろ武力紛争の防止において積極的な役割を果たすであろう。「リスク軽減」戦略は、楽観的に過ぎるかもしれないし、積極的な「封じ込め」や「オフセット」論者からは批判されるかもしれないが、しかしこの戦略は彼らがこれまで克服できなかった制約を認識した上で、政策決定者に中国政策の優先順位の変更と優先すべき戦略に伴うリスクを受け入れさせることが出来るのである。

 そのためにも、関連する戦略的なトレードオフの包括的な比較は、非常に挑戦的で分析的な作業ではあるが、有益である。

 一方、より強力な南シナ海政策を支持する者は、それらの優先事項の系統的な比較が想定している現状変更のための説得力ある正当性をもたらさない可能性があることにも備えておかなければならない。現状における政策的な「混乱」は、中国と東アジアにおける米国のより広範な国益にとってむしろ望ましいと認められる可能性もあるからである。

記事参照:"Getting Serious about Strategy in the South China Sea": What Analysis Is Required to Compel a New U.S. Strategy in the South China Sea?

関連記事:"Getting Serious about Strategy in the South China Sea"

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

1 India's Answer to the Belt and Road: A Road Map for South Asia

https://carnegieindia.org/2018/08/21/india-s-answer-to-belt-and-road-road-map-for-south-asia-pub-77071

Carnegie India, August 21, 2018

 Carnegie Indiaの副部長Darshana M. Baruahは、中国の一帯一路構想に対するインドの回答として南アジアのロードマップを提起した。アジアの開発途上国は成長を維持するためのインフラ整備し、貧困撲滅、気候変動への対応のため毎年1兆7千万ドルが必要と見積もられているが、この途上国への支援は中国が戦略的、経済的行為を主体として実現したことによって大きく変容したとBaruahは指摘する。そして、その中国に対するインドの対応は後手後手であり不十分であったが、戦略的優位を吟味し、かつ実用的で首尾一貫した政治的枠組みを創造し、地域における戦略的利益を擁護するための協調国と責任分担モデルを構築する方向に動かなければならないと主張する。

2 Does China really dominate Southeast Asia?

http://www.atimes.com/article/does-china-really-dominate-southeast-asia/

Asia Time.com, August 23, 2018

David Hutt is a journalist based in Southeast Asia

 東南アジアを拠点とするジャーナリストDavid Huttは、中国の近隣諸国に対する覇権について世界中に出回っている報告は政治的、戦略的力学の急速な変化の傾向を見落としていると報告する。その事例としてHuttはカンボジアとマレーシアの総選挙をとりあげて分析し、東南アジアの多くの国は一極ではなく、多くの域外協力国間の競争を望んでいるとしている。

3 Duterte points new war threat at China

http://www.atimes.com/article/duterte-points-new-war-threat-at-china/

Asia Times.com, August 23, 2018

Richard Javad Heydarian is an assistant professor in political science at De La Salle University

 マニラのデ・ラサール大学政治学部准教授Richard Javad HeydarianによるDuterte大統領の政治姿勢に対する論説。8月21日にDuterte大統領が中国に対しフィリピンが権利を主張する海域で一方的に掘削を開始したことについて、戦争になると警告したとした一方で、米国がフィリピンのロシアからの潜水艦調達に待ったをかけたことに同大統領は激しく反発したことに注目し、対中警告も米国への対応も大国間の関係を均衡させ、武器調達先を多様化するという同大統領の「自主的」対外政策の文脈であるとしたと報告している。