海洋安全保障情報旬報 2018年5月1日-5月10日

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51日「中国の海軍造船―IISS専門家論評」Military Balance Blog, May 1, 2018

 英国のシンクタンクである国際戦略研究所(IISS)の上級研究員Nick Childsとリサーチ・アナリストのTom Waldwynは、5月1日付のIISSのMilitary Balance Blogに"China's naval shipbuilding: delivering on its ambition in a big way"と題する論説を寄稿し、近年の印象的な中国海軍の艦船建造について、要旨以下のように述べている。

(1)2018年4月上旬、中国メディアは、南シナ海で航行する中国海軍のType-052D(旅洋III型)駆逐艦長沙(艦番号173)の映像を公開した。これは通常注目に値しないが、この船が、緑の戦闘服を身に着けた習近平国家主席を乗せた今回は例外である。この観艦式は、技術的な新事実については、多くをもたらなさなかったが、近年の中国海軍の劇的な進展、そしてこの海軍が示す現在の運用可能性を、明らかに意図をもって鮮明に強調した。

(2)1990年代から2000年代の間、中国の艦船建造所は、広範な異なる種類の艦艇を生産していたが、その多くは以前のモデルの改良型だった。最近の建造は、大体がいくつかの設計に決まっており、大量にそれらを連続生産することに重点を置いている。おそらくこれは、これらの新しい艦艇が、現在中国海軍が満足できる基準になっていることを示唆している。最新のType-052D駆逐艦は、基本的な船体設計を1990年代初期に建造されたType-052(旅滬)に遡ることができる。2012年以降、中国は、冷戦の終結以来建造された以前の5つの駆逐艦設計(Type-052、-051B、-052B、-051C、-052C)の合計数と同じ数のType-052D駆逐艦(13)を冷戦終結以来(1991から2012年)進水させた。それらと似た事例は、中国が建造中の他の種類の海軍艦艇にも見られる。

(3)この艦船建造プログラムの数量と規模は、他の重要な地域の海軍や一部の欧州の海軍の総数量と対比すると、特にはっきりと分かる。たとえば、2014年以来、中国は、ドイツ、インド、スペイン、台湾及び英国の海軍において現在就役している艦船の総数よりも多くの潜水艦、水上戦闘艦、主要な水陸両用艦艇及び補助艦を進水させている。個々の船体に関しては、この時期に中国が建造した艦艇の中で最も主流となっているタイプは、2014年以来4つの異なる造船所で進水した28隻(今まで建造された総数は46隻)を含む、Type-056(江島I / II)のコルベットである。約1,300トンの満載排水量で、中国は冷戦の終結以来、他の同等の艦艇よりも相当な速度で、そして大規模にこれらのコルベットを生産することができた。そして、この生産物は、まさに中国海軍のためのものであり、非常に重要な艦船建造プログラムの恩恵を同様に受けている中国沿岸警備隊のものではない。しかし、数だけでなく、現在建造されている中国海軍の艦艇は、古い艦船のクラスと比較してはるかに大きくなっている。これは、それらが、現代の兵器システムやセンサー、そして、より多くのそれらのものに適応することができ、そしてまた、より遠くに離れた作戦をより頻繁に行うためのより良い凌波性と耐久性をもつことを意味する。重要なのは、実に2014年以来、中国は、フランス、ドイツ、インド、イタリア、韓国、スペイン又は台湾の海軍全体のトン数を上回る総トン数を持つ海軍艦艇を進水させたことである。

(4)しかし、多数の高度な艦艇を、本当に有能な海軍の戦闘力に転換することは、より難しい課題である。そうはいっても、中国海軍は、少なくとも、長期的な展開に必要な基本スキルに関して、2008年のアデン湾へのその最初の海賊掃討作戦の展開以来、多くのことを明らかに学んでいる。これまでの進歩は、トップレベルの海軍に対する完全に高性能の能力に関して、まだ不十分であったとしても、地域的な状況において影響力を発揮するその能力に関して、均衡を変化させた。そして、それほど長い時間はかからないかもしれないが、中国の海軍能力への投資は、南シナ海で印象的な大艦隊を構築するだけでなく、実際にかなり重要な任務群を遠方に展開することができるだろう。

記事参照:China's naval shipbuilding: delivering on its ambition in a big way

52日「今は米国が南シナ海で引き下がる時ではない―米専門家論評」The Diplomat.com, May 2, 2018

 Yokosuka Council on Asia-Pacific Studies執行委員会の委員であるTuan N. Phamは、5月2日付のWeb誌The Diplomatに"Now is Not the Time to Back Down in the South China Sea"と題する論説を寄稿し、現在の南シナ海の状況において、米国は引き下がるべきではないとして、要旨以下のように述べている。

(1)4月22日、中国の海洋研究者たちは、紛争のある海域に対する北京の主張に重点を置き、将来の南シナ海政策の変更に備える一方で、彼らが自然科学の研究を助けると述べる南シナ海の新しい境界を提案している。1週間前には、オーストラリアの海軍艦艇がベトナムへの戦略的水路を移動している最中、中国海軍の艦艇が、オーストラリアの海軍艦艇に誰可したと伝えられている。3月23日、噂によると、米海軍の艦艇が、紛争のある海域で航行の自由作戦を行った。この航行の自由作戦の後、中国は、偶然にも海軍の戦闘演習を行い、スプラトリー諸島に追加の軍隊を配備し、そして、領土防衛装備を配置すると主張した。

(2)結局は、この強硬な動きは、言葉と行動を通して、南シナ海においてその認識されている主権と領土の保全を断固として再主張し、そしてそれぞれを保持するための北京による、計算されたキャンペーンを強調している。北京は、その激しく断固たる「グレイ・ゾーン」の軍事活動と行動が、再びワシントンに南シナ海で引き下がることを強いると考えている。北京が、2012年に不法にスカボロー礁を奪取した時、2002年の南シナ海の地勢を変更しないというASEANとの合意にもかかわらず、その後の5年間に3,200エーカーの土地を厚かましく埋め立てた時、中国によって占領されたそれらの地勢を軍事化しないという習近平とBarak Obamaとの間の2015年の合意を破った時、2016年の常設仲裁裁判所の国際法廷による画期的な裁定を図々しく無視した時、ワシントンはほとんど何もしなかった。結局のところ、何年もの(故意ではない)米国の黙認と適応は、国際法と国際規範を侵食し、米国の優越性、プレゼンス及び恒常性に対する地域の信頼を損ない、米国の地域の同盟諸国やパートナーシップの一部を弱体化させ、世界経済の保証人及び地域の安全保障、安定性及びリーダーシップの提供者としてのワシントンの伝統的な役割を弱体化させ、おそらく北京がそのグローバルなパワーと影響力を拡大し、地域的優位性と最終的なグローバルな優越性への計画的な前進のペースを加速させることを、さらに勢いづけた。

(3)4月22日、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙は、中国の海洋研究者たちは、南シナ海における中国の活動や関心に関する高まる要求にもはや対応できないという根拠に基づいて、中国の曖昧な九段線の主張を、明確な実線と取り換えることを提案していると伝えている。実線で輪郭が描かれた広大な領域は、この段線と重なり、隙間を埋める。それには、西沙諸島、南沙諸島、ジェームス礁及びスカボロー礁のような紛争のある海域がすべて含まれている。新たな境界内で、北京は、漁業及びエネルギーや鉱物資源のための採掘から、軍事基地の建設に至る幅広い活動の権利を主張するだろう。それは、それらの権利への他国のアクセスに関する議論を同時にもたらす。概して、提案された新しい境界はそれほど意外ではなく、そして、中国が、その国益と世界的な野心を追求するための概念、原則、語彙、そして最終的な正当性を付加的に静かに構築するためのさらにもう一つの代表的な例証である。

(4)中国外交部は、その航行の自由作戦の翌日に、過去の米国の航行の自由作戦に対するものとほとんど同じ使い古された論点によって対応したが、いくつかの注目すべき追加がされたもの、そしてさらに自己主張が強くより厳しい論調があった。注目すべき追加され、米国をこの地域とASEANの利益に対する、招かれざる、不安定性を招く侵入者として特徴づける所見である。そして、航行の自由作戦及び南シナ海におけるその増大する海軍プレゼンスを、過去のものよりも強硬な自己主張の強い言葉によって証明されているように、許容できない可能性があると、ワシントンに警告する声明があった。「その主権をしっかりと保護するために必要な措置を講ずる」という以前の柔らかい言葉の代わりに「その国家の主権と安全を守るために必要なすべての措置を講ずる」となった。最初の追加されたものは、他のASEAN加盟国を対象とし、戦略的水路における紛争のある主張の管理のための行動規範の進行中の交渉を形成し、影響を及ぼした。北京は、南シナ海から非ASEAN諸国を除外し、南シナ海における軍事活動を規制するなど、行動規範に好都合な言葉を挿入しようとすることは間違いないだろう。第二に追加されたものは、ワシントンに向けられたもので、彼らに認識されている近海における米国のより増大する海軍プレゼンス及び軍事活動に対して抗議するという北京の意図を示している。

(5)航行の自由作戦の後、中国は、大規模な武力を誇示するデモンストレーションを含む紛争のある海域における海軍戦闘演習を発表し、実行した。そして、将来において毎月類似の戦闘演習を行う可能性があることを述べた。北京は、これらの戦闘演習を、特定の国や目標が狙いではなく、戦闘能力を磨くための中国海軍の、日常的な年次訓練計画の一部として特徴づけた。海軍演習だけでなく、中国はまた、追加の兵士を配備し、領土防衛装備を設置したと主張した。そして、スプラトリー諸島のその前哨基地に必要な軍装備品を配備するあらゆる権利を北京が有するとして、その配備を正当化した。

 4月2日に、環球時報は、その海軍演習のための追加の地政学的動機を解説する論説を発表した。広範な理由には、この地域における中国の国益を保護するための必要性、一部の国々が中国を戦略的な対象とする動きをしたため、進展する国際情勢に対する中国の対応、最近署名されて米国の法律として成立した台湾旅行法による台湾の状況の変化、そして、軍事戦闘能力及びその可能性をテストし向上するためのより多くの海軍演習を行う中国の戦闘に関する義務が含まれる。習は、4月12日、1949年の建国以来、中国最大級の南シナ海の観艦式に直々に出席した。彼は、空母「遼寧」を含む48隻の艦艇、76機の航空機、1万人以上の兵士を視察した。この観艦式の後、習は、強力な海軍を持つという北京の強い願望を再確認し、中国海軍の近代化の速度を上げることを保証する演説を行った。

(6)したがって、現在は、ワシントンが南シナ海で引き下がる時ではない。そうすることで、世界の貿易が毎年何兆ドルも流れている紛争中の戦略的水路をコントロールするためのその意図的なキャンペーンを、北京が拡大して加速することをさらにつけあがらせるだろう。そして、自身を台頭する大国とし、南シナ海の外側、そしておそらく最終的には国家の復活(中国の夢)のためのその大戦略的設計に従って、より広大なインド太平洋の外側で脅かされるワシントンを衰退する大国とする北京の高まる信念を強化するだろう。北京にとって、南シナ海を支配することは、地域の優越性と最終的な世界的優越性への一歩である。

記事参照:Now is Not the Time to Back Down in the South China Sea

52日「インドネシア、潜水艦部隊の増強と制約要因―インド専門家論評」Future Directions International, May 2, 2018

 インドのIndian Ocean Research Programmeの研究員Jarryd de Haanは、オーストラリア独立系研究祖Future Directions International の5月2日付Webサイトに' Indonesian Navy Expands its Submarine Force'と題する記事を寄稿し、インドネシアの潜水艦部隊増強の意味と制約を指摘し、要旨以下のように述べている。

(1)4月25日、インドネシア海軍は韓国に発注していたNagapasa級潜水艦 (type 209/1400)の2番艦を受領した。国内国防産業の再活性化のため3番艦は同国国有造船所設備を使用し、インドネシアで建造され、今年前半に完工すると考えられている。

(2)潜水艦取得の裏にある動機は、インドネシアの軍近代化の大望である。最小必須戦力計画に明確に述べられているように、インドネシアは空中・海上・陸上においてその能力を向上させることを望んでいる。インドネシア海軍の装備状況は非常に低いレベルである。その一部は水中での作戦能力の欠如によるものである。

(3)拡充された潜水艦部隊は様々な形でインドネシアの海洋利益を防護するのに有益である。第1に中国の関心は、北京の「九段線」の最も遠い範囲が接するインドネシアの排他的経済水域の北端に対してインドネシアの懸念がより深くなってきていると見ている。中国による地域内の人口島の軍事化は、インドネシアにとってその利益を守るために外交による対話だけに頼るよりむしろハードパワーによる対応を余儀なくさせているのかもしれない。

 第2にインドネシアは、世界で最も重要な交易路の1つ、マラッカ海峡を跨ぐ位置にある。世界の交易量の約四分の一がマラッカ海峡を通っており、そのことはこの海域を世界で最も重要な潜水艦のチョークポイントの1つにしている。第3にインドネシアの列島の構成は、この海域が外国海軍の侵入に対して脆弱であることを意味している。そのシナリオの中で潜水艦は死活的な水路を守り、さらなる侵入を抑止するのに効果的である。

(4)インドネシアは、現在運用中の4隻と建造中の1隻を上回って潜水艦部隊を増強しようとしていると考えられている。当初は12隻を2024年までに運用する計画であったが、8隻に削減することに見直された。追加の3隻をどこから調達するのかは明らかではない。予算的制約は新しい潜水艦の取得を遅らせるかもしれない。それが潜水艦の整備目標数を削減することになった原因と思われているものである。

記事参照:Indonesian Navy Expands its Submarine Force

52日「2017年の世界の軍事費1.1%増、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)公表」(SIPRI, May 2, 2018

 スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は5月2日、2017年の世界の軍事費(一部推計値)に関する報告書を公表した。以下は、SIPRIによる記者発表の主な内容である。

(1)2017年の世界の軍事費は、総額1兆7,390億ドル(約189兆円)で、前年比実質1.1%増であった。2017年の中国の軍事費は、前年比実質増で、この20年以上に及ぶ軍事費増額傾向が継続された。一方、ロシアの軍事費は、1998年以来始めて前年比実質減となった。米国の軍事費は、この2年間ほぼ横ばいであった。

(2)世界の軍事費は、1999年から2011年まで13年間連続で実質増を続けた後、2012年から2016年までは比較的増減が見られず、2017年になって再び実質増に転じた。2017年の世界の軍事費が世界の国内総生産(GDP)に占める割合は2.2%、1人当たりの軍事費は230ドルとなった。SIPRIの研究者は、「近年の世界の軍事費の増加は、そのほとんどが、中国、インド及びサウジアラビアなどの、アジア・オセアニア諸国と中東諸国の軍事費の実質増によるものである。グローバルなレベルで見れば、軍事費の重心は、欧州・大西洋地域から明らかにシフトしつつある」と指摘している。

(3)アジア・オセアニア諸国の軍事費は、29年連続で実質増となっている。中国は、世界第2位の軍事支出国で、その額は2,280億ドルで、前年比5.6%増、世界全体に占めるその割合は2008年の5.8%から2017年には13%に増大した。中国の2017年の軍事費の絶対増は120億ドル(2016年価格)で、世界最大の増額であった。インドの2017年の軍事費は639億ドルで、前年比5.5%増であった。韓国の2017年の軍事費は392億ドルで、前年比1.7%増であった。SIPRIの研究者は、「中国とその近隣諸国の多くが、アジアにおける軍事費を引き続き押し上げている」と指摘している。

(5)2017年のロシアの軍事費は663億ドルで、前年比20%減で、1998年以来初めての減少となった。ロシアの2017年の軍事費の絶対減は139億ドル(2016年価格)で、世界最大の減額であった。SIPRIの専門家は、「軍事力の近代化は依然、ロシアの優先課題だが、軍事予算は、2014年以来の経済問題のために制約されてきた」と指摘している。

(6)他方、ロシアの脅威に対する認識の高まりを反映して、中欧諸国と西欧諸国の軍事費は、2017年には中欧諸国で前年比12%、西欧諸国で同1.2%増加した。多くの欧州諸国はNATO加盟国であり、軍事費の増額に同意している。2017年のNATO全加盟国、29カ国の2017年の軍事費は9,000億ドルで、世界の軍事費の52%を占めた。

(7)中東諸国の2017年の軍事費は、前年比6.2%増であった。サウジアラビアの軍事費は前年比9.2%増の694億ドルで、2017年の世界の軍事費で第3位の大きさであった。2017年には、イラン(19%増)とイラク(22%増)も大幅な増額であった。SIPRIの専門家は、「石油価格の低下にもかかわらず、中東諸国間の武力紛争や抗争関係がこの地域の軍事費を押し上げている」と指摘している。2017年のGDPに占める軍事費の割合(いわゆる「軍事負担」)が最も高かったのは中東で、5.2%であった。世界のどの地域でも、対GDP比が1.8%を超えた地域はなかった。

(8)米国の軍事費は引き続き世界最大で、2017年には、米国は、第2位から第7位までの各国の軍事費の合計額より多くの軍事費を支出した。2017年の軍事費は6,100億ドルで、2016年と比べてほぼ横ばいであった。SIPRIの専門家は、「2010年からの米国の軍事費の減少傾向は、終わった。2018年の米国の軍事費は、人件費の増大と、通常及び核戦力の近代化のために、大幅増が計画されている」と指摘している。

(9)2017年の世界の軍事負担(対GDP比)の上位10各国の内、7カ国が中東諸国で、オマーン(対GDP比12%)、サウジアラビア(同10%)、クェート(同5.8%)、ヨルダン(同4.8%)、イスラエル(同4.7%)、レバノン(同4.5%)、そしてバーレーン(同4.1%)であった。

記事参照:Global military spending remains high at $1.7 trillion

52日「中国による南シナ海のメタンハイドレート調査」South China Morning Post.com, May 2, 2018

 香港紙South China Morning PostのリポーターであるKinling Loは、5月2日付の同紙の電子版に"Beijing explores energy-rich area of South China Sea where 'flammable ice' - a potential new gas source - is found"と題する論説を寄稿し、中国の海洋科学研究は、その南シナ海の支配やマリタイム・パワーの強化につながるとして、要旨以下のように述べている。

(1)水曜日(5月2日)に、中国は、紛争中の南シナ海のエネルギーの豊富な地域で、深海調査を実施した、とその鉱物調査機関が発表した。この3日間の任務には、最新の潜水艇2隻(4,500mの深度まで潜水可能)が使用され、中国南部の珠江河口の西側の海の現場で科学的研究を行った。北京に「海馬冷水湧出帯」(Seahorse Cold Seep)と呼ばれるこの地帯は、2015年の調査中に発見された南シナ海でのエネルギー資源である、活性メタンハイドレートが中国で初めて発見された場所である。

(2)「燃える氷」とも呼ばれるメタンハイドレートは、依然としてそのエネルギーの大部分を輸入している中国にとって潜在的な新しい天然ガス供給源として認識されている。無人潜水機(ROV)は、調査中にメタン掘削機や探知機を使用して海底地帯(寒冷湧水地帯)からサンプルを採取し、ソナーやスキャン装置も使用したと中国地質調査局は述べた。「南シナ海の地帯に多くのメタンバブルがあることが判明した」と、中国地質調査局のROV専門家は述べた。

(3)戦略的な南シナ海の大部分に対する中国の領土主張は、フィリピン、マレーシア、ブルネイ、台湾、ベトナム、インドネシアのものと重複している。同国は、資源豊富な水路において世界で最も有望な石油・ガス量のいくつかにアクセスするための掘削技術を積極的に開発している。シンガポールにある南洋理工大学のS.ラジャラトナム国際関係学院の研究員であるCollin Kohは、中国は、南シナ海の資源調査においてライバルに対する優位性を得るために、その技術を利用しようとしていると述べた。Kohは、「これら(の科学的調査)から派生する商業的、経済的及び軍事的利益は確かにある」と述べ、「軍事力の誇示の主張」を含む、それらの様々な解釈が可能だと付け加えた。北京は、海洋科学研究への投資を継続すると予想されており、他の東南アジア諸国は、資金、アセット及び専門技能が不足しているため追いつくのが困難だと感じているとKohは述べた。彼は、南シナ海の軍事化が注目される傾向にある一方で、海洋科学の研究活動は、「紛争地帯へのさらなるその権利主張」に役立ったと付け加えた。

記事参照:Beijing explores energy-rich area of South China Sea where 'flammable ice' - a potential new gas source - is found

53日「インド太平洋の本質に向けたインドの闘争」The Interpreter, May 3, 2018

 インドのオブザーバー・リサーチ・ファウンデーション所長のSamir Saran、同所研究員で海洋政策グループ長のAbhijit Singhの"India's struggle for the soul of the Indo-Pacific"と題する論説が5月3日付、オーストラリアLowy研究所のThe Interpreterに掲載され、両氏は中国のインド洋進出も意識したインドのインド洋西部地域に対するコミットメントの現況について要旨以下のように述べている。

(1)2017年、「インド太平洋」概念は、東アフリカから東アジアに至る地域の未来を、米国、中国、インド及び日本などの大国と結びつける明確な地政学的構造として浮上した。

 北京は南シナ海でこの統合された地域の東部を支配する端緒を掴んだ一方、インド洋西部ではその地理的制約を脱し、アジア地域における政治的、倫理的、経済的な影響を及ぼすイデオロギー的な支配を目論んでいる。インド洋西部では中国と、これまでは米国が率い、今後はインドがこれを代表するかもしれない自由主義的な国際秩序との間で「インド太平洋」の本質を巡る闘いが生起しているのである。

(2)4月27日の武漢におけるNarendra Modi首相と習近平国家主席の会談にもかかわらず、中国の非市場主義的経済と軍事的冒険主義がインド洋西部におけるインドの戦略的な選択の余地を狭めているのは明らかである。

本年4月、モルディブ政府北京への接近の証左としてインドから貸与されたヘリコプターを返却した。また、セーシェル政府は、インドのSubramanya Jaishankar外務次官との間で数週間前に合意した、同国沿岸警備​​隊とインド海軍のための滑走路と桟橋の建設を含むアサンプション島の軍施設建設の改定協定を批准しなかった。そして、スリランカ政府は中国との不自然な関係に手錠をかけられている。

(3)しかし、経済規模が中国の5分の1以下であり手段は限られているものの、ニューデリーは反撃の意思を示している。

 4月のRam Nath Kovind大統領のモーリシャス、マダガスカル訪問は東アフリカから西アジア沿岸海域における中国の挑戦に対するインドの対応の証拠である。アフリカとインドの関係強化のため、Kovind大統領はモーリシャスの防衛調達のための1億ドルの借款に同意した。さらにニューデリーは多目的巡視船の提供に加えてモーリシャス沿岸警備隊との協力強化、インドの排他的経済水域における軍事プレゼンスの拡大も約束した。モーリシャスにおけるインドの優先事項は、将来のインド海軍による使用のためのアガレガ島の新たな滑走路と桟橋施設建設であり、ここへは最先端の通信機器設置も念頭に置いている。

 マダガスカルでは、持続可能な漁業などのブルーエコノミー(抄訳者注:「統合的な海洋経済」として打ち出された概念であるが現時点で確定的な定義はない。)分野における協力を約束した。マダガスカル政府は、地域の平和と安定維持のためのインドの役割を認識し、インド沿岸警備隊と海軍との協力を深めている。

 また、モザンビークとの海上パートナーシップは健全で堅固な状態にある。ニューデリーは本年2月、モザンビークの軍要員に対する訓練を強化し、同国周辺海域の水路測量などに係る防衛装備やの医療施設などのインフラストラクチャーのアップグレードの協定に合意した。2003年のアフリカ連合サミットと2004年の世界経済フォーラムにおいて「水際の安全保障」構想を提示したインド海軍は、モザンビークを不可欠な戦略的パートナーとみなしている。インドは2015年、モザンビーク政府との共同防衛ワーキンググループを復活させ、同国情報機関に対する能力構築支援を拡大している。

(4)さらにニューデリーのインド洋外交の拡大においては、フランスとの海洋関係もゲームチェンジャーである。本年3月にインドと後方支援協定を締結したフランスは、インド洋西部で軍事的にも重要な存在となっている。4月、Emmanuel Macron大統領の訪問中に署名されたこの協定は、モザンビーク海峡から遠くないレユニオン島のフランスの拠点、そして昨年、中国が前哨基地を発足したジブチへのアクセスを保証している。ニューデリーは、日本の第二次世界大戦以来最初の海外の基地でもあるジブチの施設使用が許可された場合、東アフリカにおける軍事的プレゼンスの発揮というアイディアを厭わない。日本のハードウェアとインドの人的資源という強力な組み合わせは、両国が追求するアジアアフリカの成長路線を補完するものにもなるだろう。

(5)ニューデリーの今一つの奨励策は、バーレーンの米中央軍司令部への連絡士官の派遣という決定である。

 米中央軍は紅海、オマーン湾、ペルシャ湾岸、アラビア海を責任範囲とし、アフガニスタン、パキスタン、そして油田地帯である湾岸諸国の作戦実施に権限を有している。 また、西アジア沿岸地域における海賊対策や反テロ作戦の主担当部隊でもある。インドの新たな連絡士官がバーレーンでより的確に後方支援の調整を実施すれば、インドと米国の海軍はインド洋西部におけるより機能的なパートナーシップを確立出来るだろう。

(6)しかしまた、インドは、西アジアの石油市場における異なる種類のパートナーシップを、海洋を中心とした貿易とインフラ整備の連携に重点を包括的な戦略に組み込む必要がある。

 更にインドは、北京に対する地域的な経済依存を低減すべく、米国、EU、日本などのパートナー諸国に対し、この地域への投資と魅力的な戦略的価値を納得させる必要もある。こうしたアプローチはワシントンに、中央軍、太平洋軍及びアフリカ軍の態勢と作戦優先順序に係る不協和音によって引き起こされた、「インド太平洋」地域に対する統合失調症的アプローチを転換するように作用するかもしれない。

 インドも中国も、インド洋における規範的かつ制度的な秩序構築が将来の国際秩序を形成するということを認識している。最終的にインドのインド洋西部におけるコミットメントは経済、エネルギー及びディアスポラ(抄訳者注:元の国家や民族の居住地を離れて暮らす者の集団)の利益を守るのみならず、インド太平洋におけるルールベースの国際秩序を維持する「アクトイースト」政策と緊密に結びついていなければならない。これらがどのようなコストであれ、ニューデリーはアジア沿岸における開放性、透明性、健全なバランスを確保するための持続的な闘いに乗り出す必要がある。

記事参照:https://www.lowyinstitute.org/the-interpreter/india-struggle-soul-indo-pacific

54日「日中企業による北極海航路開拓日紙報道」Nikkei Asian Review, May 4, 2018

 Nikkei Asian Reviewは、5月4日付の"Japan and China Shippers open Arctic LNG transport route"と題する記事で、日中の海運企業による北極海航路開拓に向けた動きについて、要旨以下のように報じている。

(1)日本の商船三井と中国遠洋海輸集団は、液化天然ガスのアジア市場への輸送に際して、輸送時間を半分以下にすることが期待される北極海航路の開拓で提携している。両社の提携は、不確定要素が多く伴う、海氷で覆われた海路における航海リスクの分散を目的の一つとしている。

(2)ロシアのヤマル半島、サベッタ港に停泊中のタンカー「Vladimir Rusanov」に3月27日、LNGの初荷役が行われた。この全長299メートルの砕氷船は、商船三井と中国遠洋海輸集団が50対50の割合で所有・運行している。冬季に厚い氷に覆われる北極海では、「Vladimir Rusanov」の航行はできなくなる。そのため、「Vladimir Rusanov」は、同時期に、不凍海を通じてLNGを欧州の積み替え拠点へと輸送するが、氷が溶ける夏季には、積み荷をヤマル半島からベーリング海を直接経由して輸送できる。

(3)北極海航路は、ロシアの貨物船が国内向けに用いてきた航路ではあったが、商船三井と中国遠洋海輸集団のサービスは、同航路を利用する初の国際定期海上サービスだと思われる。地球温暖化は海氷の縮小を引き起こし、北極海航路を利用可能にした。北極海航路の主な利点は、劇的なアジアへの輸送時間の短縮である。ヤマル発のタンカーは通常、大西洋に出てからスエズ運河を経由してアジアの諸港に向かう。その所要日数は約35日であるが、北極海からベーリング海に抜けることで、その日数を約15日に短縮できる。

(4)中国は、2017年冬に深刻な天然ガス不足に直面した。中国の習近平主席が推進する石炭を天然ガスに転換する大気汚染の削減策が、天然ガス不足を引き起こした。中国は、2017年に前年比10パーセント増、5年前と比して2倍近くになる約2,400億立方メートルの天然ガスを消費した。中国の天然ガス需要は、2020年までに3,000億立方メートル近くまで増加することが見込まれているが、天然ガスの国内生産は2,000億立方メートルを多少上回る程度に止まると見込まれている。そのため、中国は天然ガスを更に輸入する他ないのである。今や中国は、天然ガスを可能な限り大量かつ迅速に輸入しようとしており、中国遠洋運輸集団は、LNG輸送に最適な航路を開拓しようと努めている。

(5)目下の主要課題は、現在に至るまでほとんど航海が行われたことのない、北極海の水深に関する情報不足である。水深の情報不足は、船舶が座礁するリスクを増加させる。また、北極海を航行する船舶は、砕氷能力を備える必要もある。中国遠洋運輸集団は、リスクと投資を低減し、日本企業の海上LNG輸送経験を利用するために、商船三井と手を組んだのである。中国遠洋運輸集団と商船三井は、北極海航路を開拓して、航海困難な海域におけるノウハウを得ることが、ロシアやアラスカ、カナダ沿岸の未開発鉱床からの、天然ガス輸送といった商業機会をもたらすと考えている。

記事参照:Japan and China Shippers open Arctic LNG transport route

54日「米海軍、第2艦隊再編:ロシアの脅威を考慮」(USNI News, May 4, 2018

 USNI Newsは、5月4日付で' Navy Reestablishes U.S. 2nd Fleet to Face Russian Threat; Plan Calls for 250 Person Command in Norfolk'と題する記事を掲載し、最近のロシアの脅威に対応するため第2艦隊を再編し、司令部をノーフォークに置くことが承認されたとして要旨以下のように報じた。

(1)統合NATO軍司令部からの発表によれば、活発化するロシア海軍と増大する軍事的対立に直面し、米海軍は本国周辺における艦艇、航空機等を統括する第2艦隊を再編することを決定し、司令部はノーフォークに再建することが承認された。海軍作戦部長が以前話したように、第2艦隊の再編は変化する安全保障環境により良く対応するためである。第2艦隊司令官は指定された統合軍、同盟軍を支援する海上作戦、統合作戦、共同作戦実施において指定された艦艇、航空機、上陸部隊に対して訓練と作戦の権限を行使する。
 司令部は7月1日に立ち上げられ、最終的に将校85名、下士官兵164名、文官7名で構成されるだろう。

(2)「米国の国防戦略は、安全保障環境はますます問題化し、複雑化し続けており、我々は大国間の対立の時代に戻ってきていることを明確にしている。それが今日、これらの変化に対応するため、特に北大西洋において対応するため第2艦隊を立ち上げる理由である」と海軍作戦部長は述べている。
 部隊はまだ紙の上の存在だが、海軍は指揮官の階級と統合軍との指揮統制関係といった詳細について取り組んでいる。海軍全体を通して艦艇の指揮統制関係の変化は、西太平洋における一連の衝突事故の後行われた2件の海軍の改善策に含まれているが、艦隊を再編する動きは大西洋における増大するロシアの脅威に根ざしていると、決定に詳しい複数の当局者が述べている。

(3)2014年のロシアによるクリミア併合までは、大西洋の米国側で行動する米艦艇の役割は米南方軍下の第4艦隊の下で人道支援と災害救援、それに麻薬の阻止の支援がほとんどであった。海軍と議会は大西洋の上空、水上及び水面下でロシアがますます攻撃的になってきたため、第2艦隊の再編を後押ししていた。

 2016年、在欧米海軍司令官James Foggo III大将は、ありのままの表現で米ロは「第4次大西洋の戦い」を戦っていると述べた。

記事参照:Navy Reestablishes U.S. 2nd Fleet to Face Russian Threat; Plan Calls for 250 Person Command in Norfolk

56日「地政学から経済にシフトするASEANの優先事項比専門家論評」South China Morning Post.com, May 6, 2018

 マニラを拠点としている研究者であるRichard Heydarianは、5月6日付のSouth China Morning Post.comに"ASEAN gets tough on the US over trade, but tiptoe around South China Sea build-up"と題する論説を寄稿し、シンガポールを議長国に迎えたASEANは、優先事項を地政学から貿易にシフトさせ、対中姿勢を軟化させたと指摘した上で、要旨以下のように述べている。

(1)シンガポールが2018年のASEAN議長国となり、地域の重点が地政学から貿易・投資へと移る中で中国は優位に立っている。シンガポールで直近に開催されたASEANサミットは、地域の新たなリーダーとしての中国の台頭を裏付けたものであった。ASEAN加盟の10ヵ国は、5月初旬の首脳会議で西側の貿易保護主義に対して断固とした姿勢を示す一方で、地政学的紛争に関しては中国に和解を申し出た。

(2)東南アジアで最も発展した国家としてシンガポールは、長年地域の一層の統合への支柱であり続けてきた。貿易に死活的なまで依存した国家であるシンガポールは、特に、マラッカ海峡や南シナ海といった地域における交通路の安定確保に直接的な利害を有している。それでいてシンガポールは、メコン川や南シナ海といった地域における深刻な地政学的紛争の火種に直接関与していない。その結果として、シンガポールは前々からASEANを最善の方向に導くとともに、地域の紛争を調停するというユニークかつ重要な地位を占めてきた。

(3)2018年のASEAN議長国としてシンガポールは、アジアにおける「ルールに基づく秩序」の重要性を強調してきた。シンガポールの「ルールに基づく地域秩序」構想の根底にあるものは、貿易と投資であるようだ。シンガポールのLee Hsien Loong首相は、過去数か月間、自由で開かれた国家間貿易への脅威に対して、日増しに雄弁になっている。5月初旬、Lee首相は、世界中の政財界のリーダーが一堂に会した海南島の「ボアオフォーラム」に合わせて、中国の習近平主席と会談した。両首脳は、西側、特に米国における保護主義の高まりの中で、自由な国際貿易体制の維持への関与に何度も言及した。Lee首相は、フォーラムのスピーチで「経済のダイナミズム」は、諸国が「互いにオープンで連結されている」状況でのみ実現すると強調した。彼は、中国の「金融セクターの改革、外資による投資規制の開放、知的財産の保護及び自動車輸入拡大における更なる措置を歓迎する」と述べた。その一方で、Lee首相は、Trump政権による、一方的な形でアジアの貿易パートナーに関税を課す動きへの反論として、自由貿易が世界の平和と安定に果たす重要性を強調した。

(4)シンガポールの貿易保護主義に対する強い反対姿勢は、ASEAN全加盟国が署名した共同声明に明確な形で反映された。ASEANは、世界に蔓延する「保護主義と反グローバル感情の台頭を強く憂慮する」と宣言した。共同声明は、アジア太平洋地域の16カ国が参加する中国主導の自由貿易協定、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の「早期妥結」を求める一方で、「多国間貿易システムへの継続的な支持」もあらためて表明した。中国など既存の主要貿易パートナーとの自由貿易合意を維持・強化することは、優先事項として挙げられている。

(5)しかしながら、貿易に対する厳しい口調とは裏腹に、aseanは南シナ海における中国の大規模な埋め立て工事や、係争中の地勢への軍事装備の配備に対して、批判を慎むのみならず言及することさえ止めてしまった。その代わりにASEANは、中国とASEANの南シナ海領有権主張国の間に最近導入されたホットラインを歓迎するなど、この問題に関して大いに楽観的な姿勢を見せている。要するに、ASEANは米国の貿易・投資問題に立ち向かう一方で、中国の海洋問題での強引な姿勢には口をつぐみ、アジアの大国たる中国との強固な経済的紐帯を維持しようとしているのである。シンガポールを議長国に迎えて、ASEANの主要な優先事項は地政学から貿易にシフトした。まさにこの点において、世界最大の貿易国家である中国は優位に立っている。

記事参照:ASEAN gets tough on the US over trade, but tiptoe around South China Sea build-up

58日「パリ・デリー ・キャンベラ、インド太平洋の新たな枢軸―印豪仏専門家論評」(The Indian Express.com, May 8, 2018

 インドのシンクタンクCarnegie India所長C. Raja Mohan、オーストラリア国立大学国家安全保障学部長Rory Medcalf、フランスのFoundation for Strategic Research副所長Bruno Tertrais は連名で、5月8日付のインド紙The Indian Express(電子版)に、"New Indo-Pacific axis"と題する論説を寄稿し、フランスのMacron大統領が提唱する「パリ・デリー ・キャンベラ枢軸」のインド太平洋における戦略的意義について、印豪仏3国の視点から、要旨以下のように述べている。

(1)中国の高圧的姿勢と米国の気まぐれな政策に対する懸念が高まる中にあって、米日印豪の4カ国対話は、域内の安定と均衡を保つ新たな戦略的提携関係の構築における唯一の選択肢ではあり得ない。今や、インド、フランスそしてオーストラリアが共同する時である。 この創造的な「安全保障の三角形」は、シンクタンクの空想の産物ではなく、最高の政策決定者レベルで現在検討されつつある構想である。5月初めのシドニーの海軍基地での演説で、フランスのMacron大統領は、インド太平洋地域において「進行中の戦略地政学的実態」を反映した、自らが提唱する「パリ・デリー ・キャンベラ枢軸」("the Paris-Delhi-Canberra axis")が地域機構として確立されるべきである、と語った。オーストラリアのTumbull首相との間で、Macron大統領は、「目的と行動のための確たるロードマップとともに、インド太平洋地域の統合戦略を共同で策定する」ことに同意した。更に、Macron大統領は、この構想をインドと共有するとともに、外務、防衛担当閣僚を含む、3カ国対話の定期的開催に繋げたい、と語った。インド、フランス及びオーストラリアの3国は、安全保障利益、防衛能力そして海洋地理に対する関心を共有する民主主義国家である。フランスは、インド洋に海外領土と軍事プレゼンスを維持しており、大きな利害を有している。Macron大統領の最近の訪印で、2国間軍事兵站協力協定が調印された。フランスは、インド洋だけでなく、太平洋にも海外領土を有しており、海軍は2つの大洋で任務を遂行している。インド太平洋のフランス海外領土には8,000人の軍要員が配備され、160万人が居住している。フランスは、インド太平洋に欧州諸国では最も深く関与している。

(2)インド太平洋は、全ての国の将来にとって極めて重要である。この地域は多極的性格を有しており、覇権を確立し、維持するには余りに広大である。しかし、このことは、この地域におけるパワーと影響力を巡る抗争が、摩擦、リスクそして他国の独立に対する侵害を伴う、Macron大統領が警告するところの「覇権への誘惑」("hegemonic temptations")を触発しない、ということを意味するわけではない。注目すべきことに、中国は、インド洋全域にその利害と影響力を拡大しつつあり、今やその触手を南太平洋にまで伸ばしつつある。北京の「一帯一路」構想(BRI)の地理経済上の広がりは、それが北京の大戦略であるかどうかに関わりなく、海軍基地へのアクセスと軍事プレゼンスを伴うものとなろう。

(3)今や、ネットワーク化されたインド太平洋安全保障体系が求められる時代である。このネットワークは米国の同盟国やパートナー諸国にとって排他的なものではなく、インド、日本そしてオーストラリアなどは、ベトナム、インドネシア及びシンガポールなどの東南アジア諸国との絆を強化してきた。中でも、印豪日、印日米そして豪日米などの3カ国間対話は強力な存在で、特にインドとオーストラリアはこうした対話における中軸的存在となっている。そしてフランスの登場によって、こうした3カ国対話関係に新たな機会が到来した。仏豪印の3カ国は、環境破壊、密漁やその他の海洋犯罪を監視するために、インド洋において共通の運用態勢を形成するためのデータを共有する上で、理想的な位置にある。フランスとオーストラリアは既に、太平洋において協力態勢を構築している。将来的に、これら3国は、海上交通路に関するあらゆる情報の共有を制度化できるであろう。3国の島嶼領土―仏領のレユニオン島とマヨット島、豪領のココス島とクリスマス島、そして印領のアンダマン・ニコバル諸島は、インド洋における最も戦略的な海洋監視のために一種の三角形を構成している。

(4)インド太平洋諸国にとって、航行と上空通過の自由、そして全ての国の独立といった諸原則に裏付けられた、中国と「対等のパートナーシップ」を他国と構築することが共通の関心事である。こうした関係の構築は、中国の台頭を拒否することではなく、ルールと相互尊重の秩序体系への中国の参加を慫慂することである。

記事参照:New Indo-Pacific axis

58日「諸国共同してのブルーパシフィックのためのMaritime Domain Awarenes―英、-豪専門家論説」Australian Strategic Policy Institute, May 8, 2018

 イギリス、カーディフ大学のChristian Bueger教授とオーストラリア国立大学安全保障学部のAnthony Bergin上級研究員は5月8日付オーストラリア戦略政策研究所機関誌に"Uniting nations: developing maritime domain awareness for the 'Blue Pacific"と題する記事を寄稿し、要旨以下のとおり述べている。

(1) 太平洋島嶼国は周囲の海域で今何が起きていて、それに如何に対応すべきかと言う喫緊の課題に直面している。海洋の安全保障に関わる問題、人身売買、麻薬等の違法取引、違法操業、環境破壊、等々の実態把握には国際協力が不可欠である。また、島嶼間の船舶航行の安全確保や捜索救助態勢整備も地域にとって中心的課題であることに変わりはない。そこにおいて、海難事故対応、油流出対応、資源保護、沿岸域管理のための島嶼国間における情報共有が極めて重要となる。このことは、2017年の太平洋島嶼フォーラムでもmaritime domain awareness (MDA)のための協力の必要性として認識された。では、太平洋島嶼国はこれをどのようにして実現するのであろうか?

(2) 太平洋地域はMDAについて構想は持っているがそれを実現に移す能力には乏しいものがある。将来を見据えて重要なものとしてソロモン諸島ホニアラに本部を置く「フォーラム漁業機関」(the Forum Fisheries Agency (FFA))の監視センターが挙げられる。当監視センターには各国の漁船からの情報や中西部マグロ類委員会(the Western Central Pacific Fisheries Commission)、自動船舶識別装置(AIS)等々からの情報が集められている。その他、太平洋のMDA情報を共有できるものとして、ニウエ条約、太平洋交通犯罪センター、等々がある。問題はそれらの処理である。

(3) 先ず第1にすべきことは、各国の窓口を1つに絞ることである。第2に、各国の窓口機関で対話し情報収集の優先度や情報共有のための協力等について協議すべきである。この実例は地中海における人身売買やソマリア沖の海賊情報交換等にみることができる。第3になすべきは、MDAのための標準マニュアルを策定することであろう。行動規範のようなものが合意できれば更に良い。第4にすべきことは、地域におけるMDA情報の共有と分析を有効化するための制度の構築である。シンガポールにある「情報統合センター」(Information Fusion Centre (IFC))は、その好例である。IFCはMDA情報をASEAN諸国に提供している。そこで問題となるのが費用であろう。太平洋地域でIFCのような制度を構築する場合、費用を抑える必要があり、FFAの監視センターなど既存の機関の活用が望まれる。第5に、活動は国家あるいは地域的な海洋安全保障戦略に沿った幅広いものであるべきである。太平洋におけるMDAの効果発揮に必要な第6の要素は、域外の情報提供国によるサポートである。オーストラリアは太平洋の安全保障プログラムとして海上監視のための哨戒機を島嶼国に提供することができるだろう。フランスや域外の欧州連合、日本、シンガポール、イギリスそしてアメリカもまた太平洋の安全確保のためのメンバーに加わるべきであろう。情報提供側にはそれぞれ情報収集の目標と優先順位があり、収集器材もまたそのために整備されている。島嶼国は情報提供者に自己のビジョンと戦略を示すことが肝要である。

記事参照:Uniting nations: developing maritime domain awareness for the 'Blue Pacific

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

1 Chinese Views on the U.S. National Security and National Defense Strategies

http://carnegieendowment.org/files/CLM56MS_FINAL_FOR_PUB.pdf

China leadership Monitor, May 1, 2018

Michael D. Swaine, a senior fellow at the Carnegie Endowment for International Peace and one of the most prominent American analysts in Chinese security studies

The Carnegie Endowment for International Peaceの上級研究員であり、米国屈指の中国の安全保障問題研究者であるMichael D. Swaineによる米国の安全保障戦略及び国防戦略に対して厳しい批判をする一方、将来の紛争を回避するため米中の協調を望むという2面性を示す中国の見方の分析。

2 Summary of the Building a Sustainable International Order Project

https://www.rand.org/content/dam/rand/pubs/research_reports/RR2300/RR2397/RAND_RR2397.pdf

RAND Corporation, May 3, 2018

Michael J. Mazarr, Senior Political Scientist, Washington Office

2次大戦後の法の支配による国際秩序に対する脅威が強まる中、現行の国際秩序を理解し、秩序に対する最近の挑戦を分析し、多国間秩序の文脈の中で米国の利益を増進するための政策を提言(Summary of the Building a Sustainable International Order Projectから)するランド研究所の上級政治科学者Michael J. Mazarrの報告。

3 Searching for a High Note in the U.S.-India Maritime Partnership

https://warontherocks.com/2018/05/searching-for-a-high-note-in-the-u-s-india-maritime-partnership/

War on The Rocks.com, May 4, 2018

Abhijit Singh, a Senior Fellow at the Observer Research Foundation in New Delhi where he heads the Maritime Policy Initiative

インドのThe Observer Research Foundationの研究員Abhijit Singhによる、海洋領域における米印の利益が完全に調整されたわけではないが、インド太平洋地域で米印は協調を越えて相互運用性を高め、信頼を強化し、両国の戦略的目標を収束させる方向に米印は動きつつあるとする論説。

4 India's struggle for the soul of the Indo-Pacific

https://www.lowyinstitute.org/the-interpreter/india-struggle-soul-indo-pacific

The Interpreter, May 3, 2018

Samir Saran, the President of Observer Research Foundation (ORF), one of Asia's most influential think tanks.

Abhijit Singh, Senior Fellow and Head of Maritime Policy Initiative at the Observer Research Foundation (ORF) in New Delhi.

The Observer Research Foundation代表Samir Saranと同財団海洋政策構想長Abhijit Singhによる、インド太平洋地域という概念が提起される中、インドはアジアの沿海域において開放性、透明性、健全な勢力均衡のために継続して取り組むべきであるとした論説。

5 Xi Jinping and Narendra Modi have jump-started a new era in China-India ties

http://www.scmp.com/week-asia/geopolitics/article/2144745/xi-jinping-and-narendra-modi-have-jump-started-new-era-china

South China Morning Post.com, May 7, 2018

Sourabh Gupta, a senior fellow at the Institute for China-America Studies in Washington

the Institute for China-America Studiesの上級研究員Sourabh Guptaが武漢で行われた中印非公式首脳会談について「何が合意されたのか」「中印関係改善という文脈の中で何を意味するのか」という視点から評価する論説。

6 A Safer Australia - Budget 2018-19 Defence Overview

https://www.minister.defence.gov.au/minister/marise-payne/media-releases/safer-australia-budget-2018-19-defence-overview

Department of Defence, Australian Government, May 8, 2018

20182019年度オーストラリア国防予算の概説。

7 Alignment with Autonomy: India's Evolving Foreign Policy in Light of China's Regional Ambitions

http://www.nbr.org/research/activity.aspx?id=862

The National Bureau of Asian Research (NBR), May 8, 2018

An Interview with Jeff Smith By Melanie Berry

Jeff M. Smith, a Research Fellow in the Heritage Foundation's Asian Studies Center

Melanie Berry, a Political and Security Affairs Intern at NBR.

中国のインド洋地域への野望と、日米豪との4ヶ国安全保障対話への参画など米国寄りの姿勢を強めるインドの状況など、The National Bureau of Asian ResearchのMelanie BerryによるHeritage財団アジア研究センター研究員Jeff M. Smithへのインドの対外政策の在り方のインタビュー。

8 An Accounting of China's Deployments to the Spratly Islands

https://amti.csis.org/accounting-chinas-deployments-spratly-islands/?utm

Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, May 9, 2018

Asia Maritime Transparency Initiativeによる画像情報に基づく南沙諸島の人工島及び周辺海域における中国軍用機、艦艇の動態報告。

9 How Beijing pressures Taiwan

http://www.aei.org/publication/how-beijing-pressures-taiwan/

The American Enterprise Institute (AEI), May 9, 2018

Michael Mazza, a research fellow in foreign and defense policy studies at the American Enterprise Institute (AEI)

The American Enterprise Instituteの対外・防衛政策研究の研究員Michael Mazzaによる中国の対台湾圧力と米国、台湾の取るべき対応についての分析。

10 Wind in the Sails: China Accelerates Its Maritime Strategy

https://warontherocks.com/2018/05/wind-in-the-sails-china-accelerates-its-maritime-strategy/

War on The Rocks.com, May 9, 2018

Liza Tobin, a China specialist at the U.S. Pacific Command

米太平洋軍の中国専門家Liza Tobinによる「海洋強国」を目指す中国の行動を分析した報告

11 Re-Orienting American Seapower for the China Challenge

https://warontherocks.com/2018/05/re-orienting-american-sea-power-for-the-china-challenge/

War on The Rocks.com, May 10, 2018

Ryan D. Martinson, an assistant professor in the U.S. Naval War College's China Maritime Studies Institute

Andrew S. Erickson, a professor of strategy in the China Maritime Studies Institute, an associate in research at Harvard's John King Fairbank Center for Chinese Studies, and a term member of the Council on Foreign Relations

米海軍大学中国海洋研究所准教授Ryan D. Martinsoと同研究所戦略担当教授Andrew S. Ericksonによる東シナ海、南シナ海における中国の違法な挑戦に対し「米国の海洋の自由の防衛はほぼ成功」しているとする一方、「同盟国がそれぞれの海洋権益を防衛するのを支援するのには改善の余地」があり、「米国のシーパワーを再構築」し「同盟国が海洋権益を主張するのを支援する米国の信頼の置ける行動」を規定する「リスクもなく、利益もない」落としどころについての論説。