海洋安全保障情報旬報 2018年3月1日-3月31日

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31日「南シナ海における米国の無作為に付け込む、中国の行動―元米空軍情報専門官論評」(The National Interest, March 1, 2018

 元米空軍情報専門官Robert E. McCoyは、WebAsia Times 31日付で、"China Senses and Acts on U.S. Weakness in South China Sea"と題する論説を寄稿し、中国は南シナ海における米国の無作為に付け込んで、その海軍力の行動範囲を拡大しつつあるとして、要旨以下のように述べている。

1)中国は台頭する大国であり、その海軍の行動範囲と政治的影響力の拡大を追求するのは至極当然である。しかしながら、中国は、地政学的ゲームに遅れて参入したが、中国がその形成に関与していない長年にわたって確立されてきたルールに従って、このゲームに参入することは望んでいない。北京は、自らの利益のために国際社会に関与するに当たって、ルールを一方的に変更することを望んでいる。

2)中国は、ルールの変更を望んでいることを示す多くの兆候がある。北京は、海軍の行動範囲を近傍海域から更に拡大し得ると考えているようである。その大きな理由は、東シナ海と南シナ海における最近の自らの高圧的な行動に対して、積極的な反撃に直面しなかったことである。就中、注目されるのは、米国のObama政権の任期満了を目前にした201612月に、そして恐らく次期大統領のTrumpを試す狙いから、中国がフィリピンのスービック湾から50カイリの海域で米海軍の水中無人機を奪取するという、無法で大胆な行動をとったことであった。公海上で起こったこの事案の法的な問題と、国連海洋法条約が適用されるかどうかということについては、未だ判然とはしていない。しかしながら、明らかなことは、米国が迫力に欠ける外交的抗議以外に何の対応もしなかったことから、中国による水中無人機の奪取は何の咎もうけなかった、ということである。

3)ワシントンは中国の水中無人機強奪に何の対応もしなかったことから、南シナ海における「航行の自由」作戦を強化するという米国の声明にもかかわらず、中国は、自信をもって海軍の行動範囲を拡大しつつあるようである。南シナ海の大半の領有を主張することでマラッカ海峡への東側からアクセスをコントロールしようとすることに加えて、北京は、インド洋における海上交通路を支配するために、モルディブ近海での哨戒活動を通じてインド洋への西側からのアクセスをもコントロールしようと努力しつつある。

4)かくして、中国は近い将来、米国や、その同盟諸国の1つと、海軍力による対決も辞さない覚悟のように思われる。もし北京が南シナ海においてワシントンに軍事的に挑戦すれば、米国と、姿を見せつつある「4カ国枠組」はどのように対応するのか。もし中国の挑戦が南シナ海ではなくインド洋で、あるいは南シナ海とインド洋で同時に起これば、どのように対応するのか。事態が拡大していく状況を理解するために、2016年の水中無人機強奪事案に対する米国の無作為を、米国がこの地域で張り子の虎であることの証左であるとの確信に基づいて、中国がどのように行動するかを見ることは興味深い。北京との海軍力の対決に際して、もしワシントンが引き下がるか、さもなければ言いなりになるのであれば、「4カ国枠組」の他の国も手を引くであろう。そうなれば、中国は、アジアのほぼ全ての海域において重要な海上交通路をコントロールできるようになろう。

記事参照:China Senses and Acts on U.S. Weakness in South China Sea

35日「米空母、ベトナム・ダナン港寄港」(The New York Times.com, March 4, 2018

 米空母、USS Carl VinsonCVN-70)は35日、南シナ海に面するベトナム中部のダナン港に投錨した。1975年のベトナム戦争終結後、初めての米空母のベトナム寄港は、かつて戦火を交えた両国が南シナ海の軍事拠点化を進める中国に共に対抗するという、この地域の地政学的景観の変化を象徴する出来事である。Carl Vinson打撃群のJohn V. Fuller司令官(彼の父親はベトナム戦争に従軍)は、「米空母の寄港は過去40年間なかったことであり、今回の寄港は偉大なる歴史的出来事である」と語った。USS Carl VinsonCVN-70)は、4日間滞在し、各種交流行事に参加する。

記事参照:U.S. Aircraft Carrier Arrives in Vietnam, With a Message for China

36日「インドの対中政策の転換とその背景―印専門家論評」Asia Times, March 6, 2018

 インドのジャーナリストM.K.Hadarakumarは、WebAsia Times36日付で、"Why America's 'Quad' is not a priority for India"と題する論説を寄稿し、インドのModi政権は独自の対中政策*に向けて動いていると指摘し、要旨以下のように述べている。

1Modi政権はこの3年間、米国主導の対中封じ込め戦略に振り回されている間に、巧妙さを身につけてきた。インドは、米国の尻馬に乗って、中国に対して強硬な姿勢をとってきたが、中印関係は急激に悪化し、2017年夏のヒマラヤでの対峙では戦争の瀬戸際にまでに至った。皮肉なことに、この対峙はインドに腰を据えて考える時間を与え、インドの対中政策の見直しに繋がった。当然ながら、その他の理由、即ち、①南アジアにおける地歩の拡大を目指す益々強引な中国の攻勢に直面して、自国周辺地域におけるインドの地歩が弱体化しつつあること、②Trump米政権に対して募るニューデリーの幻滅感、③中国・ASEAN関係の改善の動向、④そして最も重要なことだが、中国の台頭が地政学的現実であるとのインドの認識も、対中政策の変更を促した。

2)関係改善のキーフレーズは、「相互尊重と、互いの懸念事項や利益に対する配慮」であった。中国側の視点から見れば、Modi政権は、チベット問題や南シナ海、「1つの中国」政策に関して一線を越えていた。ニューデリーは、南シナ海を巡る領有権紛争に干渉し、中国国境付近におけるチベット国旗掲揚を容認し、折に触れてDalai Lamaを表敬するなどして、北京を挑発してきた。北京は、これらの行動を自国の核心的利益に影響を及ぼすものであると見なした。印中関係は、印米両国が消滅寸前にあった「4カ国枠組」構想を蘇らせた時が最悪であった。北京は、これを自国の台頭に対抗する動きであると見、対印姿勢を硬化させた。しかしながら、ニューデリーでは、インドが対中強硬姿勢を継続するには限界がある、との全般的な理解があった。そして、インドの隣国に対する姿勢も明らかに抑制されたものであった。注目すべきは、外務省の提言を受けたインド政府は2月に、Dalai Lamaのインド亡命60周年記念式典への政府高官の出席を控えるよう、通達を出したことである。ニューデリーにとって最も重要なことは、道路が通行可能な夏季にヒマラヤにおいて中国との対峙が再燃しないことである。

3)しかしながら、インドの対中政策の転換には、米印関係の現状というより大きな背景もある。Trump大統領は、Modi首相肝いりの計画「メーク・イン・インディア」(抄訳者注:国内外の企業からの投資を促進し、インドを世界の魅力的な製造ハブに発展させる計画)に無関心であると同時に、Modi首相が自らの「アメリカ・ファースト」の実現に全く協力的でないとして公に非難し始めた。Trump政権が如何なる長期的戦略も持っていない状況では、インドは、単に中国を目標とした「4カ国枠組」構想のような空虚な試みに振り回されることなく、自ら国益を追求できる独自の対中政策に回帰しつつある。米国主導の対中地域政策にインドを巻き込む構想は、Obama前政権の「アジアへの軸足移動」政策に遡る。当時のパネッタ米国防長官はインドを米国の戦略における「要石」と位置づけたが、その動機は、インド市場を米国製武器で席巻しようという望みとともに、地政学的な狙いもあった。

4)インドは、いわゆる「アクト・イースト」政策がASEAN地域を中心とする性質のものであると、一度ならず表明してきた。しかしながら、ワシントンは、ニューデリーが中国に対抗する米国の地域戦略に同調しているというフィクションに縋り続けている。西側の専門家は「4カ国枠組」構想が持つアジア太平洋における安全保障上の重要性を声高に喧伝しているが、ニューデリーは、こうした声に耳を塞いでいる。インドは、ASEANと中国が「行動規範」を巡り話し合っている最中に、南シナ海問題に深入りしないように慎重になっている。ベトナムのTran Dai Quang国家主席が3月初めにインドを訪問した際にも、共同宣言の文言に多大の配慮がなされた。いずれにしても、Modi首相の最近の対中配慮が印中の和解に繋がるかどうかが、今後の注目点である。

記事参照:Why America's 'Quad' is not a priority for India

備考*:インド外交政策エリート間における対中政策を巡る論議については、以下の論考を参照

Indian Foreign Policy Establishment's China Policy Conundrum

South Asia Analysis Group, March 14, 2018

By Dr Subhash Kapila, Analyst of South Asia Analysis Group

37日「『インド太平洋』概念を中身のあるものにするために―米専門家論評」(PacNet, Pacific Forum, CSIS, March 7, 2018

 米戦略国際問題研究所(CSISPacific Forum上席顧問兼多摩大学客員教授Brad Glossermanは、37日付のPacific ForumPacNetに、"Making the Indo-Pacific Real"と題する論説を寄稿し、日米両政府と関係諸国は「インド太平洋」概念を中身のあるものにすべきとして、要旨以下のように述べている。

1)「インド太平洋」という用語について、この地域の政策担当者やアナリストはその意味の理解に苦慮している。201710月に当時のTillerson米国務長官が使用して以来、この用語は、Trump政権における米国外交政策の原則となりつつある。この用語の採用は称賛されたが、内容についてはかなり混乱が残っている。日米両国政府の誰も、この概念が既存のものとどう違うのか、それが実際に何を意味するのか説明することができない。こうした空白は埋める必要があるが、「インド太平洋」を意味ある概念にするには、スピーチや論文以上に、行動が必要である。Tillerson長官は201710月のCSISでの演説で「インド太平洋」について、「太平洋とインド洋は何世紀にもわたって我が国を結びつけてきた。次の100年間も、我々の歴史にとって中核をなす地域であるインド太平洋は、自由で開かれた地域であり続けることが肝要である」と述べが、これは、伝統的なアジア太平洋概念をインドも含むものに拡大する意図を表明したものであった。この用語は早速、Trump政権が好む戦略的概念となり、Trump大統領は201711月のアジア歴訪を通じて、この用語を多用した。

2)実は、この用語は新しいものではない。インド海軍退役士官Gurpreet Khurana2007年の論文で最初にこの用語に言及したとされるが、日本の安倍首相も第1次政権時(20062007年)に、日米豪印による「民主主義の安全保障ダイヤモンド」(a "Democratic Security Diamond")を提唱してインドに協力を呼びかけた。米国の「自由で開かれたインド太平洋」への言及は安倍首相の論理を借用したものである。更にオーストラリアのアナリストRory Medcalf2013年に、「アジアの地政学は『インド太平洋』の話題で加熱している」と書いた。彼は、この用語が「米国の用語集の中に完全に取り込まれた」と指摘し、当時のHillaryKelly両国務長官や太平洋軍による使用を例示している。インドのModi首相は2012年以来この用語を使用しており、オーストラリアも2013年の国防白書で正式にこの用語に言及したほか、東南アジア諸国の指導者たちもこの概念を支持している。こうした歴史にもかかわらず、この概念は依然、不明確である。「インド太平洋」概念が繰り返し言及される中で、具体的なアイディアや効果的な施策はほんのわずかしかない。日本政府はこの概念の詳細について最も多く述べているが、それも2007年のインド議会における安倍首相の「二つの海の交わり」演説の要旨をパワーポイント1枚で繰り返しているに過ぎない。

3)戦略家や計画立案者がその任務を遂行する場合、幾つかの指針がある。第1に、戦略は、明快で、かつ単なる概観や論点ではなく、実際的なものでなければならない。戦略文書は、目的、指針、構成要素―概要と履行可能な具体的方法、及び優先事項を明確したものでなければならない。戦略は、政府の最高レベル―即ち、ホワイトハウスや首相官邸などから指示され、国力の全てのツールを動員して、政府全体のアプローチによって実施されるべきものである。理想的には、現在の「インド太平洋」論議に加わる米国、日本、オーストラリア及びインドの4カ国間で、基本的原則、優先順位及び諸政策について合意することである。 しかし、これら4カ国は、「4カ国枠組」構想と、「インド太平洋」共同体とを混同しないようにしなければならない。「インド太平洋」概念は包括的でなければならない。この原則を支持する意志を持つあらゆる国家、機構は、「インド太平洋」プロジェクトのパートナーとなるべきである。例えば、G20などの主要な国際会議の参加国首脳がこの概念を受け入れるなら、G20首脳会議などに合わせて、「インド太平洋集会」(an "Indo-Pacific caucus")を開催できるであろう。

4)第2に、戦略は包括的でなければならない。これまでの「インド太平洋」に関する議論の多くは、軍事的な側面に焦点が当てられてきたが、それだけでは不十分である。この概念の起源を考慮すれば、MDA(海洋状況把握)が、海上交通路の安全保障や人道支援災害救助(HADR)とともに、中心的なテーマになるのは当然であり、従って、軍事的側面は重要である。しかし、同時に、国際規範や外交的要素についても、等しく関心が払われるべきである。この面での重要な焦点は、国家の経済運営の手法であろう。「大国間抗争」が復活したが、抗争の争点は、軍事的側面ではなく、経済的側面が決定的な要素となろう。インド太平洋地域の諸国は、経済発展と地域的な市場構築に向けて支援を求めている。日米両国は、国際金融機関と協力して、この努力を主導しなければならない。経済の運営に当たっては、様々な分野における地域間の相互協力の規範と基準を定める外交的イニシアチブによって補完されなければならない。また、域内諸国は、域内の相互協力を規定するルールを確立すべきである。このことは、「インド太平洋」共同体の構成員たる各国政府は「ルールの受益者ではなく、ルールメーカーたるべし」とする、安倍首相の主張にも沿うものである。

5)第3に、戦略は、首尾一貫したもので、目に見える形で実効性が担保されなければならない。各国政府(特に米国政府)は、予算、人員及び関心度において「インド太平洋」を優先していることを、明示しなければならない。「リバランス」のレトリックは、米国政府の政策によって裏付けられることは決してなかった。「アジア太平洋」地域より、他の地域に多くの関心や資源が向けられ、専門的知識や分析は他の地域に焦点が当てられた。米国が世界に関心を持ち、伝統的に他の地域が優先されてきたことを踏まえれば、「インド太平洋」へのシフトは米国にとっての挑戦となろう。それでも、この概念の中身を意味あるものにしようとするなら、こうした慣行は打破されなければならない。

6)最後に、戦略は連結性を重視すべきである。「インド太平洋」共同体の基礎を成すものは、歴史的には別々の存在であった2つの海の連結性である。外交的、経済的なイニシアチブは国家と地域枠組との繋がりを促進すべきであり、軍事的努力はそうした連結性を守る手段でなければならない。東京とワシントン、そして「インド太平洋」のパートナー諸国にとって、「インド太平洋」概念を共有し、定義し、そしてそれを真に意味あるものにすることが肝要である。原著者は所有者でもあるが故に、「インド太平洋」を形あるものに、そしてその中身を充実させることは、優れてこれら諸国の責任である。

記事参照:Making the Indo-Pacific Real

38日「2018年における南シナ海紛争の展望越専門家論評」(Maritime Awareness Project, March 8, 2018

 ベトナム外交学院准教授Hong Thao Nguyenと同研究助手Binh Ton-Nu Thanhは、38日付 WebサイトMaritime Awareness Projectに、"Perspectives on the South China Sea Dispute in 2018" と題する論説を寄稿し、2018年の南シナ海紛争を展望して、要旨以下のように述べている。

12017年には、中国は少なくとも以下の5つの方法で、南シナ海紛争におけるその立場を強化した。

a.第1に、南沙諸島のファイアリークロス礁(永暑礁)、スービー礁(渚碧礁)及びミスチーフ礁(美済礁)、そして西沙諸島のノース島(北島)、ツリー島(趙述島)及びトリトン島(中建島)における構造物の増設である。中国は2014年以降、総計29万平方メートルを埋め立て、人工島を造成した。これらの人工島は、例えば戦闘機の配備によって、南シナ海の支配能力全般を強化することになろう。

b.第2に、中国の科学、技術面における躍進は、南シナ海での影響力を強める上で重要な役割を果たしている。最初の国産空母は間もなく艦隊配備の段階にあり、国産空母2番艦は早くて2018年末頃には進水するであろう。また、地域全域をカバーするリモートセンシング衛星の連続打ち上げの整備も進んでいる。さらに、洋上原子力発電所の建設計画、深海監視網の設置、2隻の新型深海探査艇の進水などもある。そして重要なのは、中国の「9段線」内の海域に対する支配を強化する経済的側面として、メタンハイドレートの探査、開発技術の開発が進んでいることである。

c.第3に、2016年の南シナ海仲裁裁判所の裁定の実効化を防ぐために、大々的なプロパガンダ攻勢を推し進めた。このため、中国は「4つのノー」―仲裁裁判に参加しない、裁判所の管轄権を認めない、裁定を受け入れない、従わない―政策、新たな国内法の整備、更には新たな法律戦として西沙諸島、南沙諸島、西沙諸島そして東沙諸島の4つの「沙」に対して領有権を主張する「四沙」ドクトリンの主張(抄訳者注:海洋安全保障情報季報第193840頁参照)を含む、様々な手段を講じた。

d.第4に、中国は、ASEANとの関係における立場を強化した。中国は、「ビロードの手袋に鉄拳を包む」政策を展開し、ASEAN諸国に対する経済援助やインフラ建設支援を提供する一方で、武力による威嚇を繰返している。この揺さぶりによって、コンセンサスを原則とする、ASEANの団結は崩されつつある。

e.第5に、海警など海上法令執行機能を有する準軍事機構の活動で、南シナ海における管轄権の行使と主権主張に大きな威力を発揮している。また、この地域における中国のSu-35J-20戦闘機のプレゼンスは、北京の「米国の挑発行為に対する直接的な対応」と見なし得る。

2)こうした2017年の南シナ海における中国の挑戦的な動きとは対照的に、米国やASEAN諸国の対応は怠慢であったといえる。Trump政権は、中国の人工島周辺海域での5回の「航行の自由」(FON)作戦以外はほとんど何もしなかった。FON作戦は、米国が他国の過剰な海洋権利主張に対抗するツールの1つだが、南シナ海では、アメリカのプレゼンスを誇示する効果しかなく、中国による人工島造成を防ぐことも、また域内諸国の信頼を高めることもできなかった。

3)しかしながら、2018年には、こうした状況は変わる可能性がある。米国は、2017年末の「国家安全保障戦略」では中国を抗争相手と見なし、20181月の「国家防衛戦略」では他国との防衛協力の重要性を強調している。Mattis国防長官は2018年早々、「国家防衛戦略」の実行と、Obama前政権のあまり効果のなかった「リバランス戦略」に代わる「自由で開かれたインド太平洋」戦略を遂行するために、インドネシアとベトナムを訪問した。両国訪問の間、Mattis長官はインドネシアでは南シナ海のインドネシア領であるナトゥナ諸島周辺海域をナトゥナ海と呼称することを支持し、ベトナムでは3月に空母、USS Carl Vinsonがダナンに入港した。また同じ時期、ミサイル駆逐艦USS Hopperがスカボロー礁(黄岩島)周辺12カイリ以内の海域を航行する5回目のFON作戦を実施した。米国のFON作戦に対しては、オーストラリアと英国が同様の作戦を実施する意向を示している。他方、ASEANも、2018年には、この地域における中心性を取り戻すために、インドとの首脳会議では「行動規範」(COC)の早期採択を求める共同声明を出した。2018年のASEAN議長国、シンガポールは、効果的なリーダーシップを発揮するであろう。2018256日に開催されたASEAN 外相会談では、南シナ海での中国による人工島造成に懸念を表明し、COC協議を促す共同声明を出した。

42018年には、南シナ海紛争を解決し、管理するための2つの措置―すなわち、資源の共同開発と大幅に遅延しているCOCについての論議が進むであろう。国連海洋法条約(UNCLOS)第74条と第83条の規定に基づく共同開発は、海洋権利主張が重複する海域においてのみ適用される暫定措置であって、主権主張を巡る紛争を解決するツールではない。共同開発は、海洋権利主張が重複するが、主権を巡る紛争のない海域、例えば、タイ湾におけるベトナム・マレーシア共同開発計画や、トンキン湾におけるベトナム・中国共同操業海域などでは、経済的利益が期待できる。しかしながら、南シナ海では、例えばフィリピンと中国との間では、海洋権利主張と主権主張が重複している海域での共同開発は困難である。中国は、他国に中国の主権主張と仲裁裁定の否定を認めさせるために、共同開発提案を利用している。他方、ASEANと中国とのCOC協議は20183月にハノイで始まるが、双方には、COCの適用範囲、方法、対象などで相違があり、合意の障害となるであろう。恐らく、COCは、強制的な規制措置というよりは、意思疎通のツールとなる可能性が高い。また、関係国は、交渉を通じて、「行動宣言」(DOC)の完全履行を徹底する必要がある。

5)中国は、南シナ海を新疆、チベットそして台湾と同じ核心的利益とし、軍民のプレゼンスを強化していくと見られ、2018年の南シナ海は平穏ではないであろう。USS Carl Vinsonのダナン入港に対して、中国の『環球時報』は「米越両国の軍事協力は中国の核心的的利益を犯すレッドラインを越えるべきでない」と警告したが、ベトナムは、3つの「ノー」―軍事同盟に参加しない、国内に外国軍基地を認めない、他国との戦闘に際して如何なる国にも依存しない―政策を堅持している。一方、フィリピンは中国寄りの政策にシフトしている。しかし、国際法の遵守こそがベトナムやその他の国にとっての真の「核心的利益」であり、「レッドライン」である。そうすることで、これら諸国は、他の全ての国との友好関係を維持し、南シナ海における新たな法的秩序を確立するとともに、自らの主権、領土保全、更にはUNCLOSで保障されているその他の法的利益を守ることができるのである。その意味において、ベトナムは、他国との信頼関係を強め、FON作戦を支持し、艦艇の友好親善寄港を歓迎している。ベトナムはこれらに積極的であり、また、シンガポールは2018年のASEAN議長国である。したがって2018年には、ベトナムとシンガポールが、ASEANの枠組の中で、COC協議の推進に重要な役割を果たすことになろう。

記事参照:Perspectives on the South China Sea Dispute in 2018

39日米豪印、インド太平洋地域の新秩序を目指して行動すべき―印専門家論評」(Project-Syndicate, March 9, 2018

 インドのシンクタンクThe Center for Policy Research教授Brahma Chellaneyは、39日付のProject-Syndicateのサイトに、"A New Order for the Indo-Pacific"と題する論説を寄稿し、豪印日米は「4カ国枠組」の制度化を進め、開かれたルールに基づく秩序を確立するために行動すべきとして、要旨以下のように述べている。

1)「アジア太平洋」というよりはむしろ、インド洋と太平洋に接するすべての国を包摂する「インド太平洋」という用語の使用が増えていることは、海洋における今日の緊張を反映している。アジアの海洋は益々資源と影響力を巡る抗争の場になっており、今や、将来の地域的危機は海に始まり、海で終わることになろう。こうした状況の変化の主たる推進力は、この5年間、南シナ海で人工島を造成することで、その国境を国際海域に大きく押し広げてきた中国であった。これらの前哨拠点の軍事化に続いて、中国は今や、その関心をインド洋に向けている。中国は既に、ジブチに基地を開設し、パキスタンのグワダル港の近くに基地の開設を計画し、更にモルディブでは幾つかの島嶼を借り受け、海洋監視網の建設を計画している。

2)結局、中国はわずか5年間で、インド太平洋地域の戦略的景観を変えてきた。中国による領土や海洋の現状への更なる挑戦に対して、もし他の大国が対抗しなければ、今後5年間で、中国の戦略的優位が一層確かなものになるであろう。そして、その結果は、この地域の大半の国が支持する開かれたルールに基づく秩序を犠牲にした、中国主導の反自由主義的な覇権主義的地域秩序の出現ということになろう。この地域の経済的重要性を考えれば、それは、世界市場と国際的安全保障にとって大きなリスクとなるであろう。

3)インド太平洋地域諸国は、こうした脅威を緩和するために、以下の3つの重要な課題に直面しなければならない。

 a.インド太平洋における政治的統合の欠如と共通の安全保障枠組みの不在にもかかわらず、自由貿易協定が最新の11カ国の「包括的及び先進的な環太平洋パートナーシップ協定」(CPTPP)に拡大している。中国は、この地域の大半の国の主要貿易相手国となっている。しかし、貿易だけが急増しても、政治的リスクを軽減できない。そのためには、共有の、そして実行可能なルールと規範の枠組みが必要である。特に、全ての国は、国際法に基づいた領土や海洋の権利主張を明確にするとともに、力の行使や威嚇によるのではなく、平和的手段によってあらゆる紛争を解決することに同意すべきである。

 b.この地域における「歴史問題」という第2の課題を克服するためには、法の支配を強化する地域枠組みの確立が必要である。領土、天然資源、戦争の記憶、防空識別圏そして教科書を巡る紛争はいずれも、ライバル諸国間の歴史的主張と結びついている。その結果は、この地域の未来を危険に晒す抗争となり、相互のナショナリズムの高揚をもたらしている。この過去の歴史は、日韓関係や、日中関係に影を落としている。また、中国が抱える、その隣接する11カ国全てとの国境紛争も、国際法ではなく歴史的主張に基づくものである。

 c.第3の課題は、変化する海洋力学である。海洋を通じた貿易量が急増している状況下で、域内諸国は、アクセス、影響力そして相対的優位を求めて抗争している。ここでの最大の脅威は、この地域の現状を変更しようとする、中国の一方的な試みである。中国が南シナ海で達成したことは、ロシアのクリミア併合より、はるかに重大で、長期的な戦略的意味―挑発的な一方的行動が必ずしも国際的な代価を強いられるわけではないというメッセージ―を持つ。更には、新たな課題―気候変動から、魚の乱獲、海洋生態系の悪化、そして海賊、テロリスト、犯罪組織といった、海洋における非国家主体の出現に至るまで―も加わり、地域の安全保障環境は益々切迫し、不確実になってきている。

4)最近の「米国家安全保障戦略」は、「世界秩序に対する自由なビジョンと抑圧的なビジョンを巡る地政学的抗争が、インド太平洋地域で見られる」と指摘している。開かれたルールに基づく秩序が中国の覇権よりもはるかに好ましいということについては、域内の主要プレーヤー全てが同意しいているが、これまでのところ、これら主要プレーヤー間の協調はほとんど進んでいない。残された時間はあまりない。インド太平洋地域諸国は、地域の安定を強化し、国際法を始めとする共通の規範に対するコミットメントを繰り返し確認し、そして堅固な制度を創成するために、より強い措置をとらなければならない。手始めに、オーストラリア、インド、日本及び米国は「4カ国枠組」による安全保障対話の制度化に向けて努力しなければならない。そうすることで、4カ国は、ベトナム、インドネシア及び韓国などの他の重要なプレーヤーや、より小規模な国との間で、政策を調整し、より広範な協調を追求できるであろう。経済的、戦略的に、世界の重心はインド太平洋地域に移ってきている。域内のプレーヤーが開かれたルールに基づく秩序を確立するために今行動しなければ、安全保障環境は悪化し続けるであろう。

記事参照:A New Order for the Indo-Pacific

39日「中国『封じ込め』という神話―英専門家論評」(The Interpreter, March 9, 2018

 英シンクタンクThe Henry Jackson Societyアジア研究センター長John Hemmingsは、39日付のWebThe Interpreterに、"The myth of Chinese containment"と題する論説を寄稿し、自らの行動に対する他国のあらゆる反応を「封じ込め」と見なす中国の主張は虚構であるとして、要旨以下のように述べている。

1)中国の台頭を巡る大いなる論争は終わりつつある。今や、中国は自らのイメージに従ってグローバル・システムを作り替えようとしている、とする見方が多くなってきている。アジアにおける米国の同盟体制に対する批判に始まって、主要な世界的貿易ルートに対して領有権を主張するための軍事的威嚇、国際法、国連海洋法条約に対して強まる不寛容さ、そして中央アジアと東欧を自国の経済システムに結び付ける新たなシルクロードという壮大な夢に至るまで、中国は明らかにシステムの変更を意図している。自由化と民主化が徐々に進む新しく豊かになった中国という可能性は、もはや戻らぬ過去となった。アジアと西側の主流をなすチャイナ・ウオッチャーは今や、過去20年間の米国の対中政策の前提が的外れだったことを正しく理解している。しかし、彼らが未だに代替戦略を思いつかないということは、北京の戦略的なコミュニケーション能力の高さを示している。即ち、中国の指導者たちは、抗争相手の懸念を和らげ、何らかの対抗手段を講じてくるのを妨害するために、「韜光養晦」や「平和的台頭」といった数多くの効果的なフレーズを使ってきた。そしておそらく、最も成功した中国の戦略は、中国の行動に対する他国のあらゆる対応措置を「封じ込め」構想(the "containment" concept)と見なして攻撃してきたことであろう。

2)米国の政策立案者は、中国に対する「封じ込め」戦略を、中国と世界経済との一体化を理由に、不可能であり、また望ましくない、と一貫して否定してきた。しかし、このことは中国の政策立案者や外交官に対してほとんど影響を与えておらず、彼らは依然としてこの用語を使用している。戦略的メッセージという意味で、「封じ込め」は、中国の台頭における肯定的でない側面にどう対応するかということについて、西側の貿易、安全保障政策立案者達の間に混乱が見られる。この概念は、責任と行為主体性を中国自体から西側に転換し、「中国は、高圧的な行動をしておらず、不当な封じ込め政策に対応しているのである」といった使われ方をしてきた。2008年に中国の圧力を受けて、米日豪印による「4カ国枠組」から離脱するというオーストラリアの決定は、中国の圧力に対する反応であり、そして、そのほぼ9年後の「4カ国枠組」の復活を、中国外交官は、「封じ込め」あるいは「NATOアジア版」として再編する試み、と見なした。中国の「封じ込め」という神話の主たる結果は、米国、オーストラリア及びインドの政策立案者達をその国内レベルにおいて分裂させたこと、そして、域内諸国を絶えず尻込みさせ、中国をして包囲されていると「感じ」させていることに対して謝罪させ続けてきたことであった。最も重要なことは、この神話が、これら諸国が正当な国益を追求することを妨げてきたことである。

3)「4カ国枠組」も「インド太平洋」という用語も、いずれも中国に対抗するグループ分けではない。これら諸国は、彼らが依存している主要な貿易ルートにおいて中国が優位に立ち、それを軍事化し、しかも彼らの懸念を無視しているために、不安を感じている。西側諸国は、集団安全保障を追求することで対応し、包括的枠組みの中でこの地域にアプローチ―中国の不均衡な影響力に対するバランスの回復―することを目指している。当然、北京は、自らの拡張に挑戦するこうしたグループ分けを嫌い、そしてこれを「封じ込め」と非難している。全ての国家は国益を持ち、そして、もし外交的妥協がなければ、国家は必然的に、脅威と見なされるような行動をとる別の国家に対抗して結束し始める。これに反応し、不安を改善しようとする試みは、防御的といえるが、「封じ込め」と言えないのは確かである。

記事参照:The myth of Chinese containment

312「現在の米ロ関係は『冷戦』ではない―米専門家論評」(Foreign Policy.com, March 12, 2018

 米ハーバード大学教授Stephen M. Waltは、312日付の米誌Foreign Policy(電子版)に"I Knew the Cold War. This Is No Cold War."と題する論説を寄稿し、現在の米ロ関係はかつての冷戦とは異なるものであり、誤ったレッテル貼りは状況を悪化させるだけだとして、要旨以下のように述べている。

1)誰もが歴史のアナロジーを好むが、それは今日の外交政策を見る上で適切ではない。多くの賢明な人々は、米国とロシアが「新しい冷戦」状況にあると見ているようだ。確かに、米ロ両国の政治家は互いに益々厳しい言葉使いをするようになってきており、相互に疑心暗鬼に陥っている。また、米ロ間には、新たな軍拡競争の兆しすら見えている。現在の米ロ関係は悪いが、それを「新しい冷戦」と呼ぶことは、誤解を招く。最初の「冷戦」と今日の状況を慎重に比較するならば、今日起こっていることは、以前のライバル関係の単なる幻影に過ぎない。何故か。

2)その理由を考えるために、最初の「冷戦」とはどのようなものであったかを思い出してみよう。

 a.まず、冷戦は、米国とソ連という世界で最も強力な2大国による2極間抗争で、それぞれが他を最大の潜在的脅威と見なした。

b.更に、米国はかなり有利な立場にあったが、2つの超大国はほぼ均衡した状態にあった。米国の経済規模はソ連の約2倍であり、その同盟諸国はソ連のそれらよりもはるかに強力であり、信頼できるものであった。中国は最初、モスクワのジュニア・パートーナーであったが、2つの共産大国はやがて対立するようになり、北京は、1970年代に米国と暗黙裏に連携するようになった。米国は、非常に強力な戦力投射能力と優越した海、空軍力を有していたが、ソ連は、攻撃的軍事行動を意図した大規模で装備の整った陸軍を有し、その部隊は西ヨーロッパに近接して、またペルシャ湾から遠くない地域に配備されていた。そして、ソ連も大量の核兵器を保有していた。米国はある程度の優位を維持していたが、安心できるほどの大差はなかった。従って、2つの超大国は、影響力の拡大を目指して絶えず抗争し、他方を弱体化させるために、第3次世界大戦を引き起こすこと以外のあらゆることをやった。

c.同時に、冷戦は、政治イデオロギー、即ち、自由主義とマルクス・レーニン主義を巡る激しい抗争を特徴とした。従って、イデオロギー面とパワーポリティクスの2つの理由から、「相互に邪魔せずにやっていく」ことは、決して真剣な選択肢とはならなかった。

 d.最後に、冷戦は、地球上の全ての地域で行われたグローバルな抗争であった。モスクワとワシントンの抗争は、1940年代以降の世界政治のほとんどのアジェンダを左右し、その影響はあらゆる大陸に及んだ。

3)これが本当の冷戦であった。この冷戦で、何回かの厳しい核危機、双方が数万発の強力な水爆を蓄積するに至った軍拡競争、そして何百万人もの犠牲者を出した代理戦争があったことを忘れてはならない。今日の状況は、危険な状況かもしれないが、真の冷戦とは全く別物である。その理由は、

 a.第1に、そして最も明白なことは、今日の世界は2極ではないということである。米国は依然としてナンバー・ワンであり、そして他の大国はその後に続いていることから、世界は依然として1極か、あるいは著しくちぐはぐな一種の多極システムかのいずれかである。最終的に2極世界に戻るとすれば、大方の見方通り、ロシアではなく中国がもう一方の極になるであろう(ロシアは、インドの後塵を拝することになる可能性もある)。

 b.第2に、冷戦期間中には米ロはほぼ均衡した状態にあったが、今日では、米国は、ほとんどあらゆる重要な側面において極めて強力である。冷戦期に比較して、今日の米国対ロシアの対決はゴジラ対バンビである。

 c.第3に、今日では、深刻なイデオロギー抗争は存在しない。米国のリベラル・ブランドは最近色褪せてきているかもしれないが、ロシアのイデオロギー的魅力はその国境の外側では限られており、プーチン大統領のプーチン主義は少数の寡頭政治家や独裁志望者に対してアピールしているだけである。Trump大統領は、強力な指導者による支配が民主主義よりも好ましいと信じている、恐らく唯一の米国人であるが、終身大統領にはなれない。

 d.第4に、本当の冷戦は世界的な抗争であったが、今日、米国とロシアを対立させる地政学的問題は、ウクライナなどのロシア国境周辺地域、あるいは中東の一部などに限られている。しかも、これらの対立のほとんどにおいて、ロシアの役割は、本質的に反対者側で防御的であり、妨害者でもある。モスクワは、世界の舞台において有益な目的を達成するための、あるいは相互に有益な目標に向かって他国を協同させるための、能力をほとんど発揮していない。かつてのソ連指導者達の高々とした「世界革命の夢」に比べると、プーチンの「グローバル・アジェンダ」は水割りのウオッカに過ぎない。

e.最後に、最近の米ロ間の抗争を新しい冷戦と考えることは、その意義を誇張するものであり、中国の台頭によって直面しているより深刻な挑戦から、我々の注意を逸らすことになる。さらに悪いことに、そうした考えは、米国自身の利益に有害な措置を、我々自らが積極的に講じることになりかねない。モスクワと北京の仲間割れを試みる代わりに、「新しい冷戦」という考え方は、米ロ抗争に過剰に拘泥し、時間の経過とともに双方の差異を解決しようとする努力を難しくすることになる。さらに悪いことに、それは、我々が本当の冷戦期に採った対立的アプローチに後退し、そうすることでかえって北京とモスクワの相互接近を促すだけであろう。

4)米ロ関係が悪い状態にあることは、誰も否定しない。しかしながら、「冷戦」という言葉とイメージを強調する代わりに、我々は、米国とロシアを現在の行き詰まりに導いた、過失や不手際について真剣に考え、両国間の緊張を緩和する創造的な新しい方法を模索する方が重要であろう。そして、そのための最初の措置は、誤ったレッテル貼りを止めることである。

記事参照:I Knew the Cold War. This Is No Cold War.

313日「米軍高官の『大国間抗争』論議に見る危険性―英専門家論評」(Foreign Policy, March 13, 2018

 英国王立国際問題研究所(Chatham House)主任研究員Micah Zenkoは、3月13日付のWeb誌Foreign Policyに、"America's Military Is Nostalgic for World Wars"と題する論説を寄稿し、米国防省当局者の「大国政治の復権」という見方は中国との抗争を意識したものであるが、そこに見られる危険性について、要旨以下のように述べている。

1)「大国政治の復権」("Great-power politics is back")は、米国防省の軍民当局者がここ5年ほど唱え続けて来た呪文である。こうした見方は、国防省が1月中旬にサマリーを公表した「国防戦略」に公式に記載された。この戦略文書は、「今や、テロリズムではなく、国家間の戦略的抗争が米国の国家安全保障における主たる関心事である」と言明した。このことは、今や中国とロシアが国防計画立案者にとって最優先事項であることを意味している。

2)地政学的抗争に関する軍民高官の議論には混乱が見られる。よく耳にするコメントの1つは、地政学的抗争が「戦争」("war")であるということである。航空戦闘軍団司令官Holmes空軍大将は、これを「無限の戦争、即ち、対等の敵対勢力との長期にわたる抗争」("infinite war: longtime competition against peer adversaries")と定義している。その意味するところは、宇宙のあらゆる場所で、考えられる全ての領域で、中国、ロシアそして米国が相互に終わりなき挑戦を続けるであろう、ということである。では、人は何故、世界の様々な地域における相対的な影響力を巡る平和的な競争を、「戦争状態」("warfare")に擬すのであろうか。もし政治的成果、市場へのアクセス、工場生産、そして研究開発の資金を巡る比喩的な争いが戦争同様のものであるとすれば、世界の何十もの国が現在、戦争状態にあるということになる。米国内の各州でさえ常に競争関係にあるので、この論理に従えば、各州も戦争状態ということになる。戦争という概念は、そのラベルに相応しい破壊的な結果を伴うものに限定しておくべきであろう。そうでなければ、全ての外交政策は戦争であり、我々全てが戦闘員ということになってしまう。

3)数年前、多くの国防当局者は、イスラム過激派との戦いを、多年にわたる戦争でしか対応できない最重要の国家安全保障上の脅威であると見なしていた。例えば、Dempsy統合参謀本部議長は2015年、これを「恐らく30年を要する問題」("probably a 30-year issue")と指摘し、またBrennan CIA長官は「千年の昔から存在してきた戦争」("a war that has been in existence for millennia")と呼んだ。これらの当局者がテロリズムを最優先の脅威と見、それを打ち破るために必要な期間の想定を間違っていたとすれば、何故、彼らの同僚が、今日の「対等に近い」敵対勢力("near peer" adversaries)に対して自信たっぷりなのか。また、米国は「ルールに基づく国際秩序」における参加者に過ぎないが、他の国は「大国間抗争」を演じている、という見方に対するコンセンサスも高まっている。Mattis国防長官は20181月、ロシアのウクライナへの介入に言及して、「我々が他国を侵略することはない」と述べた。しかし長官の発言は、米国がこの12年間で3回も体制変換を狙って他国に進攻した事実、そして現在シリア政府の同意なしにシリアの一部を占領している事実を無視している。長官はまた「我々は国際法規に基づいて物事を解決する」と主張しているが、非戦闘地域に対する米国の空爆が国際法に準拠していると考えている国はほとんどない。国防省は中国やロシアの重要なインフラを含め、脅威と見なすものは如何なるものでも、これを打倒するために軍事力の行使を計画し、それを行使する権利を留保している、というのが実体である。偉大な平和主義者A.J. Muste1949年に「歴史を通じて、全ての大国が自らを侵略者と考えたことは未だかってなかった。それは今日でも真実である」と喝破したが、このことは、今日のモスクワ、北京そしてワシントンにとっても真実である。

4)大国間抗争に関する最近の国防省当局者のコメントで、恐らく最も困惑させられるのは、彼らが、中国とロシアが抗争相手になることを望んでいる―そうなる必要があるとさえ―と見られることである。匿名の国防省高官は「本物の軍人は本当の戦争をする。我々は、大規模戦争の明快さを好んでいる」と語っている。米国輸送軍司令官McDew将軍は38日の下院公聴会で、こうした考えを別の表現で、「我々はもはや全ての領域を支配していない。戦闘をしないできたこの70年間で、我々は、違った国家になった」と語った。もちろん、米国はこの70年間のほとんどの期間、戦場にあったが、それはMcDew将軍が言うところの「戦闘」("fights")の類いではなかった。言うまでもなく、70年以上にわたって大国間戦争はなかったが、真面な将校ならそのようなことを望むはずがない。

5)確かに、軍高官の間では、国防省が最善を尽くす―すなわち、より多くの予算を投入し、より多くの兵器を調達し、そして戦力の誇示や「航行の自由」作戦を実施する―ことによって、経済的、政治的パワーにおける中国の相対的な増強を抑制できる、という認識が高まっている。国防省の多くの高官は、米国の卓越性を再確立するために、米国が明白な軍事的優位を保持している領域において、中国がこれに公然と挑戦し、そして失敗することを望んでいる。もちろん、中国の指導者は、米国に対して軍事的に直接対決する必要はない。要するに、米国は、中国の経済的、政治的台頭がアジア太平洋地域において、そして世界において受け入れられ、確かなものになっても、ある程度傍観者として眺められる余裕を残しているのである。

6)大国間抗争(特に中国との抗争)とは、より多くの国防費、戦力の誇示、宇宙空間における新たな戦闘能力、あるいは「第3のオフセット」戦略によるある種の技術的突破を通じて、勝利したり、敗北したりするものではない、というのが真実である。米国の相対的な実力を左右するものは、米国の相対的パワーと国際的アピール力に益々悪影響を及ぼしつつある持続的な国内問題に対処するために、激しい党派的対立を克服する政治家の能力である。中国との抗争における米国の優位は、国防力によるというよりも、政治、経済、教育、健康及び福祉といった、あらゆるものによるのである。そして、これらは、政治家が自国において必要な政治的関心と資源によって対処すべき非常に困難な課題であり、同時に、それは、海外における大国間抗争に最も重要な影響を与えるものであろう。

記事参照:America's Military Is Nostalgic for World Wars

314日「アジアにおける米国の不作為が意味するもの―元米空軍情報専門官論評」Asia Times, March 14, 2018

 元米空軍情報専門官Robert E. McCoyは、WebAsia Times 314日付で、"Beijing testing the fault lines of US support for allies across Asia"と題する論説を寄稿し、中国と北朝鮮は、米国に対する挑発を通じて、米国の断層線(fault line)がどこにあり、どこにないのかを理解するに至ったとして、要旨以下のように述べている。

1)米国は、世界で最後に残った超大国である。ロシアは国家としての地位を低下させてきたが、台頭する中国は、南シナ海そしてインド洋にまで進出してきている。中国の拡張に対応して、また北京が海洋における脅威になりつつあることを懸念して、ワシントンは、対抗手段として、キャンベラ、ニューデリーそして東京との新たな連携―非公式には「4カ国枠組」と称される―を強めてきている。しかしながら、こうした連携がどの程度効果的か、ということについては疑問が残る。

2)日米安保条約は日本防衛を義務付けているが、中国が尖閣諸島の占拠を試みた場合、米国が無人の岩礁を巡って中国と本当に対決する意志があるかどうかについては、疑問とせざるを得ない。この疑問は、竹島についても言えることである。ワシントンは、この問題に関して何れの側にも肩入れしていない。韓国と日本が同盟国となった今、この問題に介入が必要な状況となった時、ワシントンはどちら側を支援するのが筋だろうか。一方、南シナ海では、米国は「航行の自由」(FON)作戦を優先事項とはしていない、と見られる。係争海域におけるFON作戦は、不定期な上に、ワシントンが軍艦を派遣する際の説明は、係争海域で誰が何処を領有しているのか、という点に関して北京に正しいメッセージを届けるには力強さに欠けるものである。また、中国は今や、インド洋にまで乗り出しつつある。中国の一連の行動には、様々な理由がある。何れも漁業資源や天然ガス・石油の埋蔵が見込まれる豊かな海域だが、広範な関心を有する中国にとって、それらと同じくらい重要なのは、地政学的環境である。北京の中東からのエネルギー供給は、チョークポイントを抱える多くの海上交通路を経由している。中国は、チョークポイントの1つ、マラッカ海峡に対する安全なアクセスを望んでいる。インド洋のモルディブ島嶼群は、チョークポイントの西側に位置する恰好の交通上の要衝である。

3)ワシントンが優先度の低い問題に煮え切らない態度をとっている状況下で、米国の同盟国は、北朝鮮や中国からの防衛といったより大きな問題で米国に何を期待できるのか。米国がその地政学的、軍事的能力をもっと大きな問題のために温存していると見ることもできる。そうした見方はある程度、的を射ている。とはいえ、小さな問題に対する米国の不作為は、危機的状況下で米国が同盟国支援に駆けつけてくれるかどうかということについて、同盟国の対米不信を高めることにならないのか。Trump大統領が「米国を再び偉大な国にする」ことを重視していることで、多くの同盟国は、危機が生じた時、自国の防衛に米国が軍事力を行使してくれるのかどうか、ということについて懸念を持っている。こうした懸念こそが、マニラがリスクを分散すべく、北京に擦り寄る理由の1つである。フィリピンのDuterte大統領が最近、南シナ海でワシントンと共に中国に対抗しながらも、中国の「1つの省の如くに」振る舞っている所以である。

4)中国は、南シナ海や、インド洋―大変興味深いことに米軍基地が所在する、モルディブ南方のディエゴガルシア島も含まれる―への侵出に対して、米国から効果的な反撃を受けなければ、益々付け上がるであろう。そうした事態は、どの国にとっても好ましい前兆ではない。既にソウルは、独自路線をとっている。その理由は、中級国家の指導者として文在寅大統領がそうしようとしているだけでなく、米国の振る舞いが韓国政府に自国防衛に対する米国の意志に疑義を生じさせたからである。このことは、平壌の一層頻繁かつ大規模な挑発につながるかもしれない。米国は、北朝鮮との流血を伴う対立、更には中国との海上紛争を引き受ける意志を有しているのだろうか。過去50年間の歴史は、米国がそうした事態に備えてもいないし、そうする意志もないことを示している。

5)重大な挑発が深刻な結果を招来しないなどということは、ほとんどあり得ない。アジアにおける米国に対する一連の挑発を通じて、北京と平壌は、米国の断層線(fault line)がどこにあり、どこにないのかを理解するに至った。孫子が「兵法」の中で述べているように、敵を知ることが決定的に重要な意味を持つのである。今年中に何らかの対決が起こることを示唆する兆候がある。問題は、ワシントンと同盟国が如何にして、あるいは如何に巧妙に、対応できるかである。

記事参照:Beijing testing the fault lines of US support for allies across Asia

315日「モルディブ危機、EUも影響力を行使すべし―欧州専門家論評」(The Diplomat.com, March15,2018

 インドのジャーナリストSunaina Kumarと、The European Council on Foreign Relations上級政策研究員Angela Stanzelは、WebThe Diplomat315日付で、"The Maldives Crisis and the China-India Chess Match"と題する論説を寄稿し、モルディブ危機に乗じて浸透する中国に対抗するためのEUの役割を強調し、要旨以下のように述べている。

126日に始まったモルディブの政治的危機に対して、インド政府は、穏健に対応することに決し、懸念を表明する一連の声明を発表してきた。米国は、Trump米大統領とインドのModi首相との電話会談で政治的危機について懸念を表明したと発表した。域内最大の大国として、インドは、同国南西に位置するこの島嶼国家の保護者を任じてきた。しかし、インドが「親中派」と見るYameen大統領が、インド洋におけるモルディブの戦略的位置を利用して、1つの大国を引き込みインドに対抗させようとしてきたことから、この数年、地域の平和の守護者、そしてモルディブの主たるパートナーとしてのインドの立場は挑戦を受けてきた。

2)中国は、「一帯一路構想」(BRI)の枠組の下で、特に経済的手段を通してモルディブに浸透している。中国は2014年から、同国に対する主要なインフラ建設計画を開始するとともに、中国企業が観光開発のために約400万ドルの対価で無人島を50年間リースしている。201712月には、両国は自由貿易協定に調印している。現在、インフラ計画に対する中国からの借款はモルディブの対外債務の70%強に達している。中国のモルディブに対する多額の融資は、中国の政治的影響力の増大に転化しかねず、またモルディブ自身の返済能力も疑問である。経済に加えて、中国は、海洋における中国の地政学的な思惑を拡大しつつあるようである。20182月に、モルディブの非常事態の最中、11隻の中国艦艇が東インド洋に進出したと報じられた。この進出はインドがモルディブに介入することを抑止することに役立つかもしれない、と一部では憶測されている。

3)「中国は、『真珠の数珠つなぎ』('string of pearls')構築努力の一環として、モルディブにおけるインドの影響力を突き崩してきた」と、インドのThe Centre for Policy Research教授Brahma Chellanyは指摘している。更に同教授は、「軍事的進出によって、既に不安定化しているインドの裏庭の海域における政治状況が一層悪化すれば」、インドは多くを失うであろうと見ている。この1カ月間、モルディブにおけるインドの選択肢について激しい議論が行われてきた。英The India Institute at King's College教授Harsh Pantは、「インドの選択肢は今や、極めて限られてきている」とし、インドは最近の危機に決定的な行動をとることができなかったために、インドの地域大国としての地位に暗雲が立ちこめてきていると指摘している。同教授によれば、インドが今できることは、米国、EUそしてサウジアラビアなどとともに、孤立化の脅威を仄めかしてモルディブに圧力をかけることである。モルディブが引き続き世界の観光地であることを望むならば、孤立化は依然効果的な手段かもしれない。

4)もしインドが外交的圧力を加えたいと望むのであれば、インドには幾つかの協力者があろう。EUは、一部の加盟国(ドイツあるいは英国)を除き、モルディブ危機に懸念を表明している。EUは、「国家非常事態宣言を速やかに解除し、憲法で保証された諸権利を旧に復する」ようモルディブ国内に呼びかけ、もし最近の状況の改善に失敗すれば、適切な措置を講じることになるかもしれないと警告している。EUは、モルディブ最大の輸出相手国であり、中国と同様、EU加盟国はモルディブ観光産業の牽引車でもある。更に、EUは、特に気候変動に関連する開発支援を提供している。同時に、ヤーミン政権下で人権や民主主義状況が悪化することに対して、EUは繰り返し懸念を表明している。モルディブの政治的混乱が地域の安定に及ぼす潜在的影響は、ほとんどEUの利益にはならない。しかしながら、モルディブの高まる戦略的重要性を考えれば、EUは、状況が沈静化するようその影響力を行使し続けなければならない。

記事参照:The Maldives Crisis and the China-India Chess Match

320日「南沙諸島海戦の教訓から学ぶベトナム―RSIS専門家論評」(The Diplomat.com, March 20, 2018

 シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院(RSIS)研究員Koh Swee Lean Collinと、ベトナム紙Thanh Nien編集長Ngo Minh Triは、320日付のWebThe Diplomatに、"Learning From the Battle of the Spratly Islands"と題する論説を寄稿し、ベトナムは以前の南シナ海での中国と戦いの教訓から学びつつあるとして、要旨以下のように述べている。

135日に米海軍空母USS Carl Vinsonがベトナムのダナン港を訪問したことは、いくつかの面で象徴的であった。1975年のベトナム戦争終結後、初めての米空母の寄港であることに加えて、一部の解説者が指摘するように、この寄港は、対越武器禁輸措置の解除決定に続いて、米越両国の防衛、安全保障面での関係緊密化を象徴している。この寄港がベトナム戦争の悪夢を完全に払拭するかどうかは現時点では不明だが、両国政府は、2国間関係の長期的な方向については楽観的である。もう1つの見解は、この寄港が、1988314日のベトナムと中国との間で戦われた、ジョンソン南礁(赤瓜礁)の戦いの30周年の約1週間前であったことに注目している。この戦いは、その前の1974年の西沙諸島を巡る当時の南ベトナムと中国との戦いとともに、ベトナムの軍事計画立案者達が知らなかったはずがない。この2つの戦いでは、当時のベトナム軍は中国に戦術的、戦略的敗北を喫した。北京は、わずかな損害で、この重要な海洋自然地勢の占領という戦利品を得て、今日に至っている。

2)ハノイは、北京との将来的な海洋戦闘に対しては、如何なる幻想も抱いていない。両国は2014年に約2カ月間、中国の石油掘削リグHYSY-981の設置を巡って対峙したが、ハノイにとって、この時の教訓は厳しいものであった。この対峙は本格的な銃撃戦にはエスカレートしなかったが、過酷な対決でベトナム軍は疲弊した。結局のところ、中越間の海洋戦力の非対称性が余りに大きかった。中国との将来的な対峙では、ベトナムはまず、最前線の中国の海上民兵と海警局巡視船隊と戦わなければならないが、その背後に控置されている中国海軍が最大の懸念事項である。

3)ハノイは、北京の増強される物理的な力と、それと並行して強まる高圧的な行動に対して、不安を隠していない。中国憲法の改正によって習近平政権の長期化という可能性が生まれ、南シナ海紛争の将来に対するベトナムの懸念は一層高まっている。南シナ海紛争に関する現在の中国とASEANとの関係は、何時でも険悪化する可能性を秘めている。変わらないように見えるのは、北京の依然として続く、係争領域である西沙諸島と南沙諸島、そしてその周辺海域における軍事化である。従って、米空母USS Carl Vinsonのダナン寄港は、タイムリーな出来事であった。この寄港は、北方の強力な隣国に対する重大なシグナルを送るために、ハノイによって調整された一連の措置と見るべきである。実際、空母寄港の直前に、ベトナムのTran Dai Quang国家主席は、ハノイの最も密接なパートナーの1つであるニューデリーを訪問した。訪問中、越印両国は、「どの国にも支配されない、開かれた繁栄したインド太平洋地域」の構築に向けて協同することに同意したが、これは、ベトナムのもう1つの最も密接なパートナーである日本が提唱する「自由で開かれたインド太平洋」構想に強く共鳴するものである。近年、益々多くの外国海軍艦艇がベトナムの港を訪れているが、就中、米国に加えて、オーストラリア、インドそして日本の、復活した「4カ国枠組」、いわゆる「民主主義国のダイヤモンド同盟」のメンバー国の艦艇であったことは注目される。

4)南シナ海における将来的な紛争のリスクは依然、続いており、ハノイは、最悪の自体に備えているようである。1974年と1988年の戦いは歴史からの警告として役立つが、地政学的背景は大きく異なっている。今では、ハノイは、連携国と兵器購入に関して、戦略的な選択肢の幅がはるかに大きい。連携国に関する限り、冷戦後の外交政策の再調整によって、ベトナムは、ASEANの加盟国であることに加えて、オーストラリア、インド、日本及び米国など、これまで考えられなかったような国との関係を維持している。兵器購入に関しても、ベトナムにとって、ロシアだけでなく、イスラエル、オランダ及びスウェーデンなども、新たな購入先となっている。ハノイがロシア製兵器への過剰な依存を軽減して行くには時間が必要だが、現在まで、兵器購入先を徐々に多様化しつつある。そうすることで、ベトナムは、1988年当時とは異なる海軍力を含む、より強力な軍隊を構築してきた。

5)とはいえ、ベトナムにとって自己満足に浸る余地はない。ベトナムは、中国と再び戦うことを予期しておかなければならないであろう。そして今までの南シナ海紛争に対するASEANの対応ぶりから、中国との銃撃戦が勃発した場合、ハノイは、ASEANに、恐らく停戦と和解に向けての協議を求める義務的な声明を出すことを除いて、統一された強固な対応を期待できない、という結論に達せざるを得ないであろう。ASEANに対しては、紛争後の経済回復の支援を期待できる程度であろう。ベトナムは、南シナ海の発火点を巡る中国との戦争勃発時には、複数の大国からの支援を受ける可能性が高いであろう。しかしながら、特に圧倒的な国際的対応を誘引することを回避するために、北京が衝突を局地的なものに留める抑制された行動を選択するならば、これら大国は、直接的な軍事的介入をすることはないであろう。このように、ハノイは、友好的な域外の大国に対して、北京に対する外交的な非難や、場合によっては何らかの形の物資的、技術的援助を期待できても、それ以上は期待できないであろう。もし中越の軍事衝突が生起した場合、米国が空母打撃軍を主体とする軍事力を中国沿岸域や戦場近辺に展開するかどうかは、誰も確言できない。

記事参照:Learning From the Battle of the Spratly Islands

323日「インド洋における中印両国の『真珠(港湾)数珠繋ぎ』戦略―英専門家論評」(South China Morning Post.com, March 23, 2018

 在ロンドンのコメンテーターRob Edensは、323日付の香港紙South China Morning Post(電子版)に、"India crafts its own 'string of pearls' to rival China's naval jewels in the Indian Ocean"と題する論説を寄稿し、インドが伝統的影響圏であるインド洋への中国海軍の進出に対抗して、インド自身も拠点網を構築しつつあるとして、要旨以下のように述べている。

1)ニューデリーはインド洋で、中国の高圧的な行動に対する対応措置を講じつつある。インドとフランスは最近、両国軍艦がインド洋地域の両国の海軍基地を相互に利用できる戦略的協定に調印した。インドは2年前には、米国との同様の協定を結んでおり、これらは、インドの伝統的な影響圏に対する北京の浸透を阻む戦略的な拠点網を構成する。他方、近年の北京によるインドの封じ込め網の構築は、ミャンマー、スリランカ、モルディブ及びパキスタンとの協定締結などを含め、より加速されている。従って、インドのフランスとの協定は、ニューデリーにとって戦力投射能力の強化に繋がる。この協定によって、インド海軍は、中国唯一の海外拠点があるジブチを含む、戦略的に重要なこの地域のフランスの施設へのアクセスが可能になる。

2)中国のこの地域における拠点構築は、201611月に開設されたパキスタンのグワダル港が最初である。この港は、中国の「一帯一路構想」(BRI)の一環で、中国の都市カシュガルに繋がる貿易ルートの出発点であり、パキスタンとアラビア海における中国海軍の拠点でもある。ニューデリーは、「真珠の数珠繋ぎ」("string of pearls")戦略と呼ばれる、インド洋沿岸域における中国の施設ネットワークに囲まれつつあることを、長い間懸念してきた。インドは、遅ればせながら、中国の進出に対抗する必要性を認識し始めた。インドも、ジブチに拠点を設けようとしている。ジブチは、アデン湾と石油輸送ルートへのアクセスが容易な、戦略的価値を有する港湾国家である。ジブチのGeele大統領と中国との緊密な関係から、港湾へのアクセスのために最高額の賃料を支払っている、フランス、日本、イタリア及び米国を、中国が追い出そうとしているとの憶測を呼んでいるGeele大統領は、好条件の借款を提示され、北京を定期的に訪問し、中国人に国内における起業を認めることで、米国の懸念を無視した。Geeleはまた、港湾施設の運営権を個人的に取得しており、北京に譲り渡すのではないかと懸念されている。中国海軍の拠点網は、インド洋全域における中国の動きに対抗するインド海軍の能力が限られているため、インドにとっては戦術的な悪夢である。グワダル港によって、インドの最も差し迫った2つの戦略的課題―パキスタンと中国が結び付き、更に、パキスタンのジワニ、そしてバングラデシュに中国が軍事基地を計画しているとの報道もある。これらの基地プロジェクトは、中国がベンガル湾への戦略的アクセスとともに、インドの裏庭に軍事拠点を確保することを意味する。

3)しかし、インドは傍観しているわけではない。Modi首相は2018年になって、セイシェルにおける新しい基地開設の合意を纏めるとともに、オマーンの港湾と飛行場における海軍施設への軍事的アクセス権について交渉した。2017年には、シンガポールとの間で相互に海軍施設へのアクセスを可能にする協定を締結した。マラッカ海峡の出入り口にあるアンダマン・ニコバル諸島の基地を拡張することで、インドは、東南アジア海域への関与を強化した。結局、これらのアクセス権によって、インド海軍艦艇は、マダガスカルから、ジブチ、オマーンそしてセイシェルを経由してシンガポールに至るまで、インド自身の「数珠繋ぎされた真珠(港湾)」にアクセスできるようになったわけである。

記事参照:India crafts its own 'string of pearls' to rival China's naval jewels in the Indian Ocean

327日「東ティモールと豪州間の海洋境界画定条約―RSIS専門家論評」(RSIS Commentaries, March 27, 2018

 シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院(RSIS)訪問上席研究員Viji Menonは、327日付のRSIS Commentariesに、"Timor-Leste̶̶̶ Australia Maritime Boundary Treaty: Victory for Dili?"と題する論説を寄稿し、最近結ばれた東ティモールとオーストラリア海洋境界画定条約について、要旨以下のように述べている。

1)東ティモールとオーストラリアは、国連事務総長の立ち会いの下、201836日にニューヨークで歴史的条約に調印し、両国間の永続的な海上境界が画定した。この条約は、20171月からの両国間の数回に及ぶ交渉の集大成であり、国連海洋法条約に基づいて設置された調停委員会によって促進された。

2)東ティモールにとって、この条約は非常に象徴的である。海洋境界画定に当たって、オーストラリアは大陸棚に沿った境界線の画定を求めていたが、東ティモールの立場は、両国間の国境が大陸棚とオーストラリアの間の中間線を求めるものであった。東ティモールは20171月、オーストラリアとの「2006年のティモール海における海洋諸協定に関する条約」(The 2006 Treaty on Certain Maritime Arrangements in the Timor Sea: CMATS)を廃棄した。また、オーストラリアもCMATSに満足していなかった。CMATSは、グレーター・サンライズ天然ガス田の収益を、両国間で5050の比率で分けるとしていた。CMATSはまた、主権的管轄権に対する如何なる主張も保留し、当該海域の海底境界の画定も設定しなかった。その最終的な画定は、CMATSの期限50年が満了するまで延期されることになっていた。

3)新条約では、現在、オーストラリアと東ティモールの間で共有されているティモール海共同石油開発海域の石油・天然ガス田は、東ティモールの排他的管轄権の下に移行することになっている。また、新条約の下で、グレーター・サンライズ天然ガス田に関しては、両国は、資源に対する主権的管轄権を共有し、資源の共同管理、開発と、収益を共有する。両国は、この天然ガス田を管理する理事会を立ち上げる。

4)新条約の下、グレーター・サンライズ天然ガス田に関して、以下のように取り決められた。

a.グレーター・サンライズ天然ガス田が、東ティモールの液化天然ガス処理工場にパイプラインで輸送され、処理された場合、オーストラリアが30%、東ティモールが70%の収益配分比率となる。

b.オーストラリアの液化天然ガス処理工場にパイプラインで輸送され、処理された場合、オーストラリアが20%、東ティモールが80%の収益配分比率となる。

5)この収益配分比率は、CMATSでの5050に比して、東ティモールに有利なものとなった。新条約に対する東ティモールの反応は圧倒的に肯定的である。しかし、グレーター・サンライズ天然ガス田の石油と天然ガス資源が開発され、実際に東ティモールが収入を得るまでにどの程度の時間がかかるのかは不明確である。

6)東ティモールが抱えるもう1つの複雑な問題は、インドネシアとの海洋境界画定問題である。新条約は、1972年のオーストラリアとインドネシア間の既存の大陸棚境界画定協定に対しては、オーストラリアと東ティモールの新たな海洋境界線の画定がインドネシアの海洋権利に影響を与えたり、またインドネシアとのオーストラリアの既存の海洋境界の変更を迫ったりするものではない。東ティモールとインドネシアとの海上境界画定交渉は、2015年後半に開始されたが、未だ合意には至っていない。

記事参照:Timor-Leste̶̶̶ Australia Maritime Boundary Treaty: Victory for Dili?

328日「中国の『海洋シルクロード』に対する南アジア諸国の懸念―RSIS専門家論評」(RSIS Commentaries, March 28, 2018

 シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院(RSIS)上席研究員Sinderpal Singh は、328日付のRSIS Commentariesに、"South Asia and the Maritime Silk Road: Far From Plain-sailing"と題する論説を寄稿し、中国の「海洋シルクロード」構想が南アジア諸国に及ぼしている懸念について、要旨以下のように述べている。

1)南アジアにおける中国の「海洋シルクロード」(MSR)プロジェクトは、東南アジアから中東地域に広がっており、インド、パキスタン、スリランカ、バングラデシュ及びモルディブにおいて、それぞれ異なった戦略的課題に直面している。南アジアのMSRは、インドと中国の戦略的抗争関係という広い文脈で捉えなければならない。また南アジア5カ国の多様な国益を考慮すれば、この地域におけるMSR構想は順風満帆とはいかないであろう。

2)パキスタンは、中国のMSR構想における中心的な役割を果たしている。「中国パキスタン経済回廊」(CPEC)は、中国の「一帯一路構想」(BRI)の旗艦プロジェクトであり、海上と陸上の重要なリンクとなる。中国が資金を調達して建設し、運営するパキスタンのグワダル港は、オマーン湾とアラビア湾の合流地点に位置し、中国のインド洋の重要拠点へのアクセスを確保している。グワダル港と中国西部の新疆ウイグル自治区のカシュガル間の陸路は、CPECの「路」と「帯」を結びつける。中国政府は、CPECに多額の資金を拠出しており、パキスタン政府は、これを2国間関係に根ざしたパキスタン経済の強化手段として大いに歓迎している。しかし、最近では、CPECの長期的な利益と、プロジェクトに伴う中国による自国主権の侵害について、パキスタン政府内でも不安が生じている。具体的には、CPECプロジェクトに伴うパキスタンの債務負担増大に対する懸念である。加えて、グワダル自由港湾地域では中国通貨を使用したいという中国の意向や、パキスタンのバルチスタン地域の分離主義的反政府勢力と直接接触しようとする中国のあからさまな動きなども、パキスタンの中国への依存状況からして懸念されている。

3)インドは、MSRを、より全般的には中国のBRIを、インドの安全保障とより広い戦略的利益への主要な脅威と見なしている。インドには、3つの大きな懸念がある。

a.第1に、CPECプロジェクトと直接関連し、中国軍がパキスタン内でより大きな役割を果たすことへの懸念である。中国軍は、中長期的に軍民両用の港湾としてグワルダルを開発しており、インド海軍の優位に対抗するためにパキスタン海軍の能力強化を促進するとともに、インド洋への中国軍のアクセスを可能にすることを狙いとしている、と疑いもなくインドは見ている。

b.第2の懸念は、MSRの一環として、沿線諸国の戦略的選択を左右する「強固な関連付け」である。インドの政策担当者は、これら諸国の中国に対する負債の増加と、その国の外交政策や国内政策への影響が大きく負の方向に向かっていることに気付いている。

c.最後に、インドは、南アジアにおける中国のMSRを、インド洋におけるインドの優位に挑戦する大きな戦略の一環と見なしている。インド洋におけるインドの優位の維持は近年のインドの重要な戦略目標であり、中国の試みはインドの中核的戦略利益に対する直接的な脅威と見なされている。

4)スリランカは、インドとの複雑な関係に対抗して、中国との関係を強化してきた。前政権下では、中国のMSRの一環として、中国からインフラ整備のための大規模な融資が行われており、インドでは多くの人々がスリランカの中国への傾倒を感じていた。スリランカ南岸のハンバントータ港は、中国資本による大規模インフラプロジェクトの象徴であった。 2015年のスリランカの政権交代によって、中国への傾倒は方向転換されたが、現在のスリランカ政府も中国の融資による大きな負債に直面している。2017年、スリランカ政府は、負債の負担から逃れるため、ハンバントータ港の株式の70%を中国の国営企業に99年間売却することに合意した。パキスタンと同じく、スリランカも自国の港湾の支配権を失っており、中国がこれを軍民両用港として使用するであろうという懸念がある。スリランカ政府は、こうした懸念、特にインドの懸念に配慮して、同港の軍事目的での使用は許可しないことを公的に保証している。

5)バングラデシュは、中国とインドとの関係を慎重にバランスさせ、インドと中国の協力を促進するイニシアチブの最前線に立っている。「バングラデシュ・中国・インド・ミャンマー(BCIM)経済回廊」は、1999年に「昆明イニシアチブ」として始まり、インド東北部、バングラデシュ、ミャンマー、中国南西間の道路及び鉄道網の整備を想定している。この構想は、これが中国のBRIの一部であるというインドの深刻な懸念と、インドと中国の間のより広い緊張関係のために停滞している。これに関連して、バングラデシュは、総額約200億ドル以上の約28件の開発プロジェクトに関連し、融資やその他の契約の形で巨大な中国の融資を受け入れている。バングラデシュは、中国への長期債務の可能性を懸念し、マタバルにおける港湾建設に対する日本の入札を受け入れるとともに、ソナディア島にコンテナ港を建設する中国の計画を保留した。バングラデシュ政府は、インドと中国への均衡戦略がMSRへの参加によって損なわれる可能性があると懸念している。

6)モルディブでは、政変によってインドと中国に対するアプローチが変化した。モルディブ新政府は2013年、モルディブ国際空港の整備のためのインド企業への民営委託を撤回し、引き続き同空港と環礁の港湾を結ぶインフラ整備の契約を中国と締結することに合意した。中国は、中国人観光客がモルディブを訪問する最大のグループになっている一方、融資を通じモルディブ国際空港などの開発に深く関わっている。インドは、こうしたモルディブのインフラ整備への中国の関与を懸念しており、インドの戦略的な共同体内でのインドによる介入、インドにとって望ましい形での体制変更などさえも模索している。

7)中国のMSRに対するインドの懸念が、南アジア沿岸諸国におけるインドと中国の戦略的抗争の激化を招いていることは明らかである。MSRに関与している南アジア諸国では、同構想の財政と主権への影響について様々な懸念があり、これらは南アジア沿岸域諸国に重大な問題を引き起こす可能性がある。

記事参照:South Asia and the Maritime Silk Road: Far From Plain-sailing

329日「変革を迫られる中国のインフラ・ビジネスモデル―シンガポール専門家論評」RSIS Commentaries, March 29, 2018

 シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院(RSIS)教授Linda Limは、329日付のRSIS Commentariesに、"China's Belt-and-Road Initiative: Future Bonanza or Nightmare?"と題する論説を寄稿し、中国の「一帯一路構想」(BRI)が多くの困難に直面しており、北京はそれらに対処する必要があると指摘した上で、要旨以下のように述べている。

1)「一帯一路構想」(BRI)は、低成長と貿易保護主義が強まる西側市場の代替先を提供することで、中国と急成長する新興市場とを連結するとともに、中国の豊富な国内貯蓄と余剰工業力の行き場を確保することを狙いとしている。BRI沿線諸国におけるインフラ開発と関係強化を図ることは、中国の国営企業と民間企業の海外展開に役立つであろう。しかしながら、インフラ開発プロジェクトに対する融資は、常に困難が付きまとう。インフラ開発プロジェクトは、長期の建設期間と資本返済期間を伴う、大規模かつ資本集約的なものであり、それ故にリスクが避けられない。

2BRI沿線諸国には、高い国家リスクが存在する。その多くは低所得国であるため、資本や人的資源、BRIプロジェクト用の輸入資機材の支払いに充てる輸出収入を欠いており、負債返済や通貨危機の高いリスクを伴っている。BRI沿線諸国は、政治的、経済的不安や不安定、そして不人気な政府、更には、ダム建設のような互いに影響を受けるプロジェクトを共有する近隣諸国と緊張した関係もある。米シンクタンクThe Centre for Global Developmentの最近の調査では、現在のところ、ジブチ、キルギス、ラオス、モルディブ、モンゴル、パキスタン、モンテネグロ、及びタジキスタンの8カ国において、BRIプロジェクトを巡る融資の影響が、当該国債務の対GDP比と、債務の対中国比を「ハイリスク」レベルまで上昇させる可能性があることが分かった。こうした負債を巡る懸念とは別に、BRI沿線諸国における中国によるインフラ開発プロジェクトに対する熱意は、現地での直接的なニーズに合致していないが故に、中国との連携を受け入れた、当該国政府の政治リスクを高めかねない。例えば、本稿の筆者(Linda Lim)が会ったマレーシアのある企業人は、「我が国では、BRIプロジェクトの大部分が肯定的影響を及ぼすものではない。鉄道や港湾といった大規模なインフラ開発プロジェクトは、中国にとっては戦略的なものだが、我が国にとっては無用の長物になりかねない」と語った。こうした状況は、BRIプロジェクトが、受け入れ国の利益のためというよりも、中国のためのプロジェクトであるとの見方に拍車をかけている。

3)また、中国企業が、自らのプロジェクトによって影響を受けるコミュニティよりも、当該国の政治指導者との交渉を好むことは、プロジェクトの社会的コストとそれに対する補償が十分考慮されていないことを示唆している。その結果、ミャンマーのミッソン・ダムや、昆明とチャウピュー間の鉄道、石油・ガスパイプラインで生起したように、プロジェクトを頓挫させかねない抗議活動を引き起こしている。中国のパートナーである当該国の政治指導者が無能で、腐敗し、強欲で、かつ不人気であれば、その評判は中国に及ぶし、中国のプロジェクトの評判もパートナーである彼ら指導者に及ぶことになる。いずれの場合も政治リスクは増大するであろう。スリランカでは、政府がハンバントータ港建設に伴う負債の返済に、同港の運営権を中国に譲渡したことが、20182月の議会選挙における政権の敗北をもたらした。また、インドネシアでは、Joko大統領が中国の投資を奨励していることが、2019年の大統領選挙での再選見込みを低下させかねない、と噂されている。中国企業は、民族的、文化的に多様な国で操業した経験に欠けており、イスラム教徒の礼拝時間や断食月の順守といった現地の慣行や習慣を蔑ろにしている、としばしば批判されてきた。中国人は、現地の人々について学んだり、理解したりすること(現地の食事を食すことも)に全く関心を示さず、筆者(Lim)の取材相手の一人が言うところの「中国の成功という優越感に由来する、無意識の傲慢さ」を見せている。

4)それでは、中国は、BRIプロジェクトに対する不安定で否定的な見方を打ち消すために、何ができるのだろうか。

a.中国企業は、金銭的、経済的そして政治的に実行可能で、環境的、社会的に持続可能なプロジェクトのみを手掛けるべきである。

b.中国企業は、他の国の貸し手や投資家と組むべきである。多様性は、リスクを低減し、プジェクトの中国色を薄める効果がある。

c.中国企業は、プロジェクトが中国の主張するように「互恵的」であると保証する意味でも、投資に関する決定を一方的に行うのではなく、受け入れ国と共に行うべきである。

d.中国企業は、受け入れ国が、貸付金を外貨収入で返済することを支援すべきである。具体的には、中国から労働集約型の製造業を移転させ、工業特区を設置したり、中国市場を成長させて、受け入れ国から製品を輸入したりすることが考えられる。

e.中国企業は、優れた広報活動を展開するべきである。例えば、オープニングセレモニーでは、他国のパートナーや投資家に加え、より多くの現地人を招待することで、プロジェクトが「中国のもの」ではなく、当該国の「国家」プロジェクトとしての「ブランド」を得られるようにして、主権の喪失に対する当該国の恐怖を軽減すべきである。

f.中国企業は、現地人を労働者や管理者として雇用し、技術・技能訓練を施し、政府や政権与党のみならず、全ての利害関係者と協力すべきである。

5)要するに、BRIプロジェクトが成功するためには、中国色を薄める必要がある。例えば、現在、「中国パキスタン経済回廊」(CPEC)を巡る、エネルギーやインフラ開発プロジェクトに570億ドルもの巨費が投じられているが、パキスタン政府は、中国人労働者の護衛に15,000人規模の部隊投入を余儀なくされている。そうした対策にもかかわらず、20182月には、カラチで「標的を定めた攻撃」により中国の海運企業幹部が射殺された。中国が「万里の長城」外の生活様式に適応しないのであれば、BRIは、外交上の「チャンス」ではなく、「悪夢」となるリスクを抱えている。

記事参照:China's Belt-and-Road Initiative: Future Bonanza or Nightmare?

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

1. Debating the Quad

http://bellschool.anu.edu.au/sites/default/files/uploads/2018-03/cog_39_web_-_debating_the_quad.pdf

The Centre of Gravity Series, Strategic & Defence Studies Centre, Australian National University College of Asia & The Pacific, March 2018

Euan Graham, Director of the International Security Program at the Lowy Institute.

Chengxin Pan, an Associate Professor of International Relations at the School of Humanities and Social Sciences and a member of the Alfred Deakin Institute for Citizenship and Globalisation at Deakin University.

Ian Hall, a Professor in the School of Government and International Relations at Griffith University and an Academic Fellow of the Australia India Institute at the University of Melbourne.

Rikki Kersten, a Professor and Dean of the School of Arts at Murdoch University.

Benjamin Zala, a Research Fellow in the Department of International Relations at the Australian National University.

Sarah Percy, an Associate Professor and Deputy Director of the Grad Centre (G&IA) in the School of Political Science, Faculty of Humanities and Social Sciences and International Studies, at the University of Queensland.

2. Vietnam's Maritime Security Challenges and Regional Defence and Security Cooperation

http://www.navy.gov.au/sites/default/files/documents/CMDR_Anh_Duc_Ton_Vietnams_Maritime_Security_Challenges_0.pdf

Soundings, No. 14, Sea Power Centre, Australian Navy, March 2018

CMDR Anh Duc Ton, PhD, Vice Dean, Coast Guard Faculty, Vietnamese Naval Academy

3. Comparing a 355-Ship Fleet With Smaller Naval Forces

https://www.cbo.gov/system/files/115th-congress-2017-2018/reports/53637-navyforcestructure.pdf

Congressional Budget Office, Congress of The United States, March 2018

4. China's Maritime Silk Road Strategic and Economic Implications for the Indo-Pacific Region

https://csis-prod.s3.amazonaws.com/s3fs-public/publication/180404_Szechenyi_ChinaMaritimeSilkRoad.pdf

CSIS, March 2018

5. Great Power Competition in the Indian Ocean: The Past As Prologue?

https://www.cna.org/CNA_files/PDF/DOP-2017-U-015750-Final2.pdf

CNA's Occasional Paper, March 2018

Rear Admiral Michael McDevitt, USN (Ret.)

6. Maritime Security in the Bay of Bengal

http://carnegieindia.org/2018/03/01/maritime-security-in-bay-of-bengal-pub-75754

Carnegie India, March 1, 2018

Darshana Baruah, Research Analyst and Program Administrator Carnegie India

7. Creating an Unstable Asia: the U.S. "Free and Open Indo-Pacific" Strategy

http://carnegieendowment.org/2018/03/02/creating-unstable-asia-u.s.-free-and-open-indo-pacific-strategy-pub-75720

Carnegie Endowment, March 2, 2018

Michael D. Swaine, Senior Fellow, Asia Program

8. Examining the Debt Implications of the Belt and Road Initiative from a Policy Perspective

https://www.cgdev.org/sites/default/files/examining-debt-implications-belt-and-road-initiative-policy-perspective.pdf

Center for Global Development, March 8, 2018

John Hurley, Former Visiting Policy Fellow

Scott Morris, Senior Fellow, Director of the US Development Policy Initiative

Jailyn Portelance, Research Assistant

9. Will Trump make China great again?

The belt and road initiative and international order

https://www.chathamhouse.org/publication/ia/will-trump-make-china-great-again-belt-and-road-initiative-and-international-order

International Affairs, Chatham House, March 9, 2018, Vol. 94, No. 2, pp. 230-249

Astrid H. M. Nordin, Senior Lecturer at Lancaster University

Dr. Mikael Weissmann, Associate Professor (Docent) in War Studies at the Swedish Defence University and a Senior Research Fellow at the Swedish Institute of International Affairs.

10. China's Global Dreams Give Its Neighbors Nightmares

https://foreignpolicy.com/2018/03/12/chinas-global-dreams-are-giving-its-neighbors-nightmares/

Foreign Policy.com, March 12, 2018

By Robert Daly, director of the Kissinger Institute on China and the United States at the Woodrow Wilson International Center for Scholars.

Matthew Rojansky, the Director of the Wilson Center's Kennan Institute

11. Beyond the San Hai

The Challenge of China's Blue-Water Navy

https://s3.amazonaws.com/files.cnas.org/documents/CNASReport-BlueWaterNavy-Finalb.pdf

Center for a New American Security, March 15, 2018

By Dr. Patrick M. Cronin, Dr. Mira Rapp-Hooper, Harry Krejsa, Alexander Sullivan and Rush Doshi

12-1. The China-India Nautical Games in the Indian Ocean - Part one: Mohan Malik for Inside Policy

https://www.macdonaldlaurier.ca/china-india-nautical-games-indian-ocean-part-one-mohan-malik-inside-policy/

Macdonald Laurier Institute, March 15, 2018

Mohan Malik is a professor in Asian security at the Asia-Pacific Center for Security Studies, Honolulu, and is the editor of Maritime Cooperation in the Indo-Pacific Region

12-2. The China-India Nautical Games in the Indian Ocean - Part Two: Mohan Malik for Inside Policy

https://www.macdonaldlaurier.ca/china-india-nautical-games-indian-ocean-part-two-mohan-malik-inside-policy/

Macdonald Laurier Institute, March 16, 2018

Mohan Malik is a professor in Asian security at the Asia-Pacific Center for Security Studies, Honolulu, and is the editor of Maritime Cooperation in the Indo-Pacific Region

13. A Chinese shipbuilder accidentally revealed its major navy plans

https://www.popsci.com/china-nuclear-submarine-aircraft-carrier-leak

Popular Sciencw.com, March 16, 2018

Peter Warren Singer, a strategist and senior fellow at the New America Foundation.

Jeffrey Lin, a national security professional in the greater D.C. area.

14. China's New Arctic Policy: Legal Questions and Practical Challenges

http://maritimeawarenessproject.org/2018/03/16/chinas-new-arctic-policy-legal-questions-and-practical-challenges/

Maritime Awareness Project, March 16, 2018

Nong Hong, Executive Director of the Institute for China-America Studies and a Research Fellow at both the National Institute for South China Sea Studies in China and the University of Alberta in Canada.

15. The Andaman and Nicobar Islands: India's Eastern Anchor in a Changing Indo-Pacific

https://warontherocks.com/2018/03/the-andaman-and-nicobar-islands-indias-eastern-anchor-in-a-changing-indo-pacific/

War on the Rocks.com, March 21, 2018

Darshana Baruah, Research Analyst and Program Administrator, Carnegie India

16. Northern Crossroads: Sino-Russian Cooperation in the Arctic

http://www.nbr.org/downloads/pdfs/psa/lanteigne_brief_032718.pdf

The National Bureau of Asian Research, March 27, 2018

Marc Lanteigne is a Senior Lecturer at the Centre for Defence and Security Studies at Massey University, Auckland, New Zealand.

17. This Cambodian city is turning into a Chinese enclave, and not everyone is happy

https://www.washingtonpost.com/world/asia_pacific/this-cambodian-city-is-turning-into-a-chinese-enclave-and-not-everyone-is-happy/2018/03/28/6c8963b0-2d8e-11e8-911f-ca7f68bff0fc_story.html?utm_term=.3ac66b8103cc

The Washington Post.com, March 28, 2018