海洋安全保障情報旬報 2018年10月21日-10月30日

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1022日「『4カ国枠組』、拡大の時―RAND専門家論評」(RAND Corporation, October 22, 2018

 米シンクタンク、RAND Corporationの上席防衛アナリストDerek Grossmanは、10月22日付のRAND blogに、"The Quad Needs Broadening to Balance China--And Now's the Time to Do It" と題する論説を掲載し、「4カ国枠組」("the Quad")は中国とのバランスをとるために拡大される必要があるとして、要旨以下のように述べている。

(1)インド太平洋全域を貫く戦略的に重要な水路を「自由で開かれた」状態に維持することは、Trump米政権の主たる目標だが、益々難しくなってきている。中国は、南シナ海を軍事化し、領有権主張を巡って競合する近隣諸国を威嚇している。歴代の米政権は、北京の行き過ぎた行為を窘めるために、地域フォーラム、特にASEANを活用しようとしてきたが、ほとんど成功してこなかった。Trump政権による「4カ国枠組」("the Quad")として知られる「4カ国安全保障対話」(the Quadrilateral Security Dialogue)の復活は、幾分の期待を抱かせるものである。米国、オーストラリア、日本及びインドの民主主義4カ国による非公式な安全保障対話は、2008年に日本の政権交代もあって一旦頓挫した。4カ国枠組は2017年11月のTrump大統領のアジア訪問で復活したが、未だ合同での「航行の自由作戦」や合同演習を実施しておらず、再び崩壊するかも知れない疑念を払拭できないでいる。今回は、インドが中国に対してバランスをとるための公然たる協調メカニズムに参加することを最も躊躇している。

(2)「4カ国枠組」を充実させる1つの方法は、対話パートナー国をASEANの領有権主張国に拡大することである。インドの Modi 首相は、「インド太平洋」は「限定されたメンバーによるクラブ」によって左右されるべきではない、と強調している。しかしながら、ASEAN各国は長年に亘って、米中間の如何なる潜在的紛争にも巻き込まれることを回避するために、いずれからも距離をおく姿勢を堅持してきた。従って、ASEAN各国は、4カ国枠組の正式なメンバーになることに興味を持たないであろう。とはいえ、ASEAN諸国から1カ国の参加も得られない4カ国枠組は、リベラルな国際秩序を覆そうとする北京の試みに対する集団的な阻止体制というより、むしろ中国との大国間抗争を追求する主要大国間の手段のような印象を与える。ASEAN諸国の参加がなければ、北京によって、4カ国枠組は西側諸国による中国封じ込めの最新の企図以外の何物でもない、と決め付けることは簡単であろう。従って、4カ国枠組は防衛パートナーのネットワークを拡大していかなければならないが、幸いにも域内にはそうした機会が出現しつつある。

(3)ベトナムは、南シナ海において中国に対抗するために、4カ国と防衛関係を強化しようと努力しているASEANの主要海洋国家である。2017年11月のTrump大統領のアジア訪問以降、ベトナム指導部は、南シナ海の西沙諸島と南沙諸島の紛争領域における北京による更なる現状変更を阻止するために、ワシントンの「自由で開かれたインド太平洋戦略」に対する明確な支持を打ち出してきた。ベトナムの Tran Dai Quang 国家主席(9月に死去)は、3月の訪印時のインドModi首相との共同声明で、南シナ海紛争の平和的かつ合法的な解決とともに、南シナ海における航行と上空飛行の自由を支持する意図を表明した。更に、ハノイは、「平和で繁栄するインド太平洋地域」を実現するためにインドと協働することを誓約した。9月中旬には、ハノイは、海自潜水艦のベトナム初寄港を認めることで、東京との海洋における協力を一層深化させた。そして、その見返りに、同国海軍のフリゲート艦が日本に寄港した。他方、3月には、ベトナムは、ベトナム戦争終結以来、初めての米空母寄港を歓迎した。更に最近では、Mattis米国防長官が訪中を中止して、ベトナムを訪問した。ベトナムはまた、オーストラリアとの間で「戦略的パートナーシップ」を強化した。そしてベトナムのインドとの防衛面での結び付きは、非常に強力なものとなっている。あるインドの専門家は、ハノイの「最も信頼できる防衛パートナー」として、インドが今やロシアを上回っていると評するほどになっている。こうしたベトナムの動向は、同国の伝統的な余り目立たないアプローチから見れば、大きくかけ変化しているといえる。

(4)ジャカルタもまた、最近の南シナ海における北京の拡張主義的な哨戒活動がナトゥナ諸島に対するインドネシアの主権に挑戦していることから、対抗しつつある。8月下旬には、インドネシアの国防相は、訪問したMattis米国防長官と会談し、自由で開かれたインド太平洋地域を維持することの重要性を確認した。ジャカルタは、他のASEAN加盟国も参加することを条件に、4カ国枠組に関与することを示唆した。少なくとも、インドネシアは、南シナ海における中国の行き過ぎた行為に対抗する方向に益々傾斜しつつあるように見られる。

(5)Duterte大統領当選後のフィリピンは最近まで、迷走しているように見えた。それでも、フィリピンの国防組織は、米比同盟体制を強化することを支持してきた。Duterte大統領も最近数カ月、防衛関係を修復しようとする最近の米国の努力を受け入れてきている。マレーシアは、中国との海洋紛争を巡っては余り目立たない姿勢をとってきた。とはいえ、この姿勢は、5月にMahathirが首相に返り咲いたことから、変化するかもしれない。Mahathir首相と日本の安倍首相は最近、「法の支配に基づく自由で開かれたインド太平洋を実現するために貢献する」ことで合意した。Mahathir首相はその伝統的な非同盟外交方針から離れることを依然躊躇ってはいるが、北京との関係は冷え込んだ。最近数カ月、Mahathir首相は、親中であった前首相が契約した中国の「一帯一路構想(BRI)」のプロジェクトを再考し、キャンセルした。Mahathir首相は、ワシントンが好む方向に舵を取るであろうか。

(6)その他の最近の域内の動向も、中国の近隣諸国が4カ国枠組の見解に近づいていることを示唆している。9月初めには、インドネシアとオーストラリア両国首脳は、中国を名指ししてはいないものの、「法の支配に基づく地域秩序」を守る重要性を強調した。一方、インドネシアとインドは、恐らく中国による域内の港湾へのアクセスに対抗することを視野に入れて、インドネシアのスマトラ島北西端の戦略的に重要な サバン港を開発することで合意した。更に、インド、オーストラリアそしてインドネシアは、新たに3カ国安全保障対話を創設した。

(7)最終的には、ASEANの海洋国家の1つ、あるいはそれ以上の国が、公的に「4カ国枠組」と連携することになるかもしれない。そうなれば、「4カ国枠組」の信頼性が高まり、中国としても無視することが一層困難になろう。また、「4カ国枠組」構成国にとっても、枠内に留まり、合同の航行の自由作戦、演習及びその他の軍事行動を通じて、中国に対抗していく決意を固めることにもなろう。現在のところ、ベトナムは、南シナ海における中国の行動に対して懸念を高め、4カ国枠組構成国全てと防衛関係を深化させていることを考えれば、最も可能性の高い連携候補国であると見られる。しかし、他の東南アジア諸国も、それに続くかも知れない。4カ国枠組の成否はこうした域内国の動向にかかっていると言えよう。

記事参照:The Quad Needs Broadening to Balance China--And Now's the Time to Do It

1022日「初の中ASEAN合同海上演習、広東省湛江で開催-シンガポール紙報道」The Straits Times.com, October 22, 2018

 シンガポール紙The Straits Timesは10月22日付で"China, ASEAN kick off inaugural maritime field training exercise in Zhanjiang, Guangdong"と題する記事を掲載し、10月22日に中国広東省湛江で開幕した第1回中ASEAN合同海上演習(AASP)の模様を要旨以下のように報じている。

(1)シンガポール海軍司令官Lew Chuen Hong少将は、麻斜海軍基地における開会式で国連海洋法条約を例示しつつ「共有空間の安定した共同利用を可能にするには共通のルールと理解が非常に重要」と述べ、海洋の安定による繁栄の重要性を強調した。Lew少将は共同訓練統制官である中国南部戦区司令官の袁誉柏中将とともに千人以上の参加規模での合同演習を開始した。シンガポールと中国は6日間の合同演習でヘリコプターのクロスデッキ(抄訳者注:異なる部隊の艦艇間で所属航空機を相互に発着艦させること)訓練や共同捜索救助訓練を計画している。シンガポールからはFormidable級フリゲートStalwartが、中国からは駆逐艦「広州」、フリゲート艦「黄山」、補給艦「軍山湖」が参加しているほか、ブルネイの哨戒艇、タイとベトナムのフリゲート艦、フィリピンの支援艦が参加しており、カンボジア、インドネシア、マレーシア及びミャンマーはオブザーバーを派出している。

(2)実動訓練は本年8月、シンガポールのチャンギ海軍基地で実施された2日間の図上演習を踏まえて実施される。その後、参加11ケ国の海軍士官が捜索救助活動、医療避難などをシミュレートするシナリオについて調整して来た。袁中将は開会挨拶で、本演習は地域の安全保障協力、信頼構築に向けた重要な動きであるとして「本演習は成果を生み出し、相互理解と交流を深め、中ASEANの将来の共同体構築に向けた新たなマイルストーンを設定する基盤となるだろう。」と述べた。また、Lew少将は、海洋は昔からアジア太平洋を越えた貿易の基盤であり、船舶は広州の港から東南アジア、中東、アフリカ、そしてそれ以遠の海上シルクルードに至るとして、「アジアの驚異的成長は過去50年間で全ての国家国民に恩恵をもたらしているが、その成長は文字どおり海上において行われている。」と付言した。

(3)Lew少将によれば、今次演習でも使用されている「洋上で不慮の遭遇をした場合の行動基準(CUES)」は実務的協力と規範推進の好例であり、「運用レベルのコミュニケーションを向上させ誤算のリスクを軽減」するものである。この規範は昨年、米中ロ日を含む拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス)において採択されている。彼は、シンガポールで前週開催された第12回ASEAN国防相会合においても、今般の中ASEAN合同海上演習が重要な信頼醸成措置として再確認されたと強調した。また、シンガポール国防相のNg Eng Henも先週日曜日(10月14日)、本演習は「非常にポジティブな関与」であり中国も「非常に満足」しているとして、「それぞれの軍隊が会合し、ともに訓練することが重要であり、食い違う問題で争うのではなくテーブルを挟んで協議することが重要だ。」と述べている。彼は北京で開催される第8回香山フォーラムへの参加の途次、本演習も視察する予定である。

記事参照:China, ASEAN kick off inaugural maritime field training exercise in Zhanjiang, Guangdong

1023日「アメリカの対中国強硬姿勢には慎重に対応を豪研究者論評」(The Inerpreter, October 23, 2018

 オーストラリア国立大学のStrategic and Defence Studies Centreで講師を務めるIain Henry博士は、オーストラリアのシンクタンクLowy InstituteのWEBサイトThe Interpreterに、10月23日付で、"Friends like these ... allies and the Pence speech"と題する論考を寄稿し、10月4日にアメリカのシンクタンクHudson Instituteで行ったMike Pence米副大統領の演説において示された対中国強硬姿勢に対し、オーストラリアは慎重に対応すべきであるとして、要旨以下のとおり述べている。

(1)Mike Pence副大統領の演説は、中国に対する強硬な姿勢を示すものであった。アメリカはそれによって中国が従順になり、世界全体にその影響力を拡大させようという野心を引っ込めるだろうと期待している。この点についてワシントンでは超党派的なコンセンサスが形成されており、中国との長期的な対決が切迫しているようにも思われる。こうしたアメリカの姿勢を歓迎する者もあろうが、オーストラリアとしてはそれに慎重に対応すべきであろうとしている。これに関して3つの点から述べる。

(2)第一に同盟関係の観点から考える必要がある。つまり、ペンスが示した対決姿勢(それは冷戦期の「封じ込め」よりは「巻き返し」政策に近い。)は同盟国の幅広い協力を必要とするが、それを同盟国がみな望んでいるのかどうか。少なくともオーストラリアは慎重であるべきだろう。1954年、インドシナ半島への介入問題に関して、Dulles国務長官が提唱した「統一行動」(united action)に、その目的が曖昧であるとして当時の豪政府が支持しなかったことを想起するとよい。もしアメリカがその対中国政策の遂行に同盟国の協力を仰ごうとするのであれば、その政策の目的と意味についてしっかりと同盟国に説明し、採り得る手段について調整を進めなければならない。

(3)第二に、現段階において、そうした方針を進めていくにあたって何も具体的なことが考えられていないということに留意すべきである。経済的観点からは、中国との対決に伴うアメリカにおける経済的損失が、それを上回る戦略的利点を持ち得るのかどうか、アメリカの有権者がどう判断を下すだろうか。また軍事的観点から見れば、これまでの「航行の自由作戦」のような小規模の軍事力の示威行動は中国の行動に何も影響を与えてこなかったが、それでは、ただその規模を増大させるたけでよいのだろうか。同盟国との調整なども含め、現時点ではほとんど何も決まっていない。

(4)第三に、少なくともTrump政権下のアメリカに、そうした対中国政策を一貫して、かつ成功裏に進めていくことを期待できるのかという問題がある。また、その一貫性についても、Trump大統領が、怒りをもって「ロケットマン」と揶揄した金正恩に「恋に落ちた」という、その変わりようを考えれば、中国政策が急遽転換する可能性もないわけではない。

(5)オーストリアは以上の点から、Penceの対中強硬方針に飛びつくのではなく、慎重に対応すべきである。1954年に豪政府が、「統一行動」というアメリカが提案した「最も攻撃的な戦略」を支持しなかったが、その一方で、「SEATOに基づくより防衛的な戦略」を強く支持した(当時の外相Richard Casey)時のことを、今われわれは想起するべきである。

記事参照:Friends like these ... allies and the Pence speech

1023日「米空母、27年ぶりに北極圏で行動米技術誌報道」(Popular Mechanics.com, October 23, 2018

 米国の技術誌Popular MechanicsのWEBサイトは10月23日付で"U.S. Carriers Are Operating in the Arctic Circle for the First Time in Decades"と題する記事を掲載し、米空母が27年ぶりに北極圏で行動したとして要旨以下のように報じた。

(1)米空母は27年ぶりに北極圏で行動している。原因はロシアにある。空母Harry S. Trumanと護衛艦艇はノルウェー海で現在行動中であり、寒冷気候下での行動を演練し、ロシアに対し巧妙な暗示とならないように行動している。冷戦期、米海軍は定常的に北極圏で行動していた。空母が最後の北極圏で行動したのは1991年のNATO演習ノーザン・スターであった。

(2)北極での行動は艦艇にとって特別な挑戦である。特に空母の運用はそうである。荒天は空母の飛行甲板を運用するのに特に油断のならない、そして危険な場所にしている。パイロットと飛行甲板において航空機を取り扱う乗組員は航空機に付いた氷と凍結温度になった飛行甲板に取り組まなければならない。ノルウェー海の温度は40°F(約4.4°C)台で、朝は雪、時々雨である。地域は風速45ノット(秒速約23メートル)の強風が吹き、波高は22フィートである。

(3)10月25日から11月23日にかけて、第8空母打撃群はNATO演習トライデント・ジャンクチュアーに参加する。同演習は攻撃を受けた加盟国に急速に増援することを想定したものである。

記事参照:U.S. Carriers Are Operating in the Arctic Circle for the First Time in Decades

1024日「中国の弾道ミサイル搭載原子力潜水艦と戦略的安定性中国専門家論説」(The Carnegie-Tsinghua Center for Global Policy, October 24, 2018

 カーネギー・精華世界政治センターの趙通研究員は"Tides of Change: China's Nuclear Ballistic Missile Submarines and Strategic Stability"と題する研究成果を10月24日に発表し、中国の弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)の開発と展開が地域の戦略的安定性に及ぼす影響とその対策を分析し、要旨以下のように述べている。

(1)全体の核抑止力強化という主目的のため、近年、中国は海洋に展開する核戦力の建設に少なからぬ努力を費やしてきた。北京の目標は限定的で防衛的と言えども、地域の安定と安全に対する現実の含意は重大であろう。

(2)軍備拡張競争の安定性

短中期的に見て、SSBN部隊の建設は従来小規模であった戦略的弾道ミサイルの保有数を大幅に拡大する必要があり、そのことは潜在的な敵の脅威認識を悪化させ、結局、それによって起こる軍備競争を激化させるかもしれない対抗策を潜在的に敵に採らせることになる。中国は沿岸海域にあるSSBNを防護するために大規模な多目的部隊を運用する必要がある。

この要求は中国の通常戦力建設の重要な要因となる。SSBNを防護する努力、特に南シナ海における努力は中国の影響力の範囲を拡大し、地域の支配を追求するために他国の航行の自由を阻害する試みと近隣諸国に解釈されるかもしれない。

(3)危機の安定性

 北京は平時には核兵器を低い計画レベルに維持するという伝統的な施行を放棄し、代わりにSSBNの通常の哨戒行動時に弾道ミサイルに核弾頭を装着するかもしれない。中国のSSBNに対する指揮統制通信システムがどの程度信頼できるのか、そして、同システムに対して外国からの干渉を北京はどのように評価しているのか不明である。その結果、中国は高度に中央集権化した指揮統制システムとある条件下で核兵器を発射する権限を事前委任することで、また、SSBN乗組員にある種の自立性を付与することの間で難しい選択に直面するだろう。もし、中国が後者を選択すれば、海上に配備された弾道ミサイルが事故、あるいは承認されずに発射される危険性がより高くなる。さらに、SSBNの配備は初めて中国の領域外で外国からの攻撃に対して核兵器が脆弱になることになる。他国は中国のSSBNを追尾攻撃するのに無人システムを含む通常戦力を運用するだろう。それは、もしSSBNの1隻が危機に際し通常戦力による軍事的脅威に直面した時、北京がどう対応しなければならないかというジレンマを引き起こす。

 米国とその同盟国は地域における対潜戦(ASW)能力を強化し続けており、中国は無条件の先制不使用政策を再考しなければならないという一層の圧力を感じるかもしれない。もしそのようなことになれば、北京は意図しないで潜在的敵国が戦略的なASW能力をさらに強化させるよう動機づけることになるかもしれない。意図の評価は技術的に困難であり、中国が攻撃型潜水艦に対する対潜戦をSSBNに対するものと誤認し、過剰反応する危険が増大するかもしれない。SSBNを防護するために中国は多目的部隊に依存しているようであるが、特に北京がシーコントロール能力を獲得する必要があると考え、南シナ海にSSBNの聖域を創出しようとすれば、SSBNを防護しようとする中国の通常戦力部隊と敵の対潜部隊の間で衝突が起こるリスクがおそらく高まるだろう。事故や不注意による事態の拡大は、係争海域において効果的な指揮統制通信を維持することが技術的に、あるいは後方面から困難にする。そのため、さらに悪化するかもしれない事故防止のための敵対する両陣営間の効果的な通信が必要であることを含む、さらなる問題を提起している。

(4)リスクの低減

 両国の相互不信と潜水艦作戦の極度の秘密のため、公式の検証可能な軍備管理合意はこのリスクに対する現実的な対応では無さそうである。代わりに、協調的、あるいは一方的な信頼醸成措置が軍備拡張競争と危機の安定性に対する負の潜在的結果を緩和する第1段階でなければならない。米国の意思決定者は、中国のSSBNに対するASW能力を追求することは北京との戦略的安定性を維持することと矛盾することを認識すべきである。中国に対する戦略的ASWを実施するという選択肢を明示的に放棄すると宣言する米国の政策は、北京の懸念を緩和する助けとなり、より戦略環境を不安定化させるような兵力組成を採用しようという意欲を後退させるだろう。その1部として、SSBN部隊の将来の発展と作戦上の要求を明らかにすることでSSBN計画の背後にある戦略的目的について、中国は国際社会を安心させなければならない。

 作戦レベルでは、SSBNを守ろうとする中国の努力と他国の対潜部隊によって起こる対立は、見通しうる将来まで続くだろう。無人機が運用されるシナリオを含めSSBN部隊と対潜部隊間の相互作用を規制する可能な衝突予防法を模索し始めることが重要である。関係する全ての国々の間で信頼を構築するため、SSBNの運用原則と展開態勢について中国がより透明性を高め、自主規制を行うことが有益であり、地域の国々に対する消極的安全保障の再確認と東南アジア非核地帯議定書の早期署名と批准への実際的な第1歩となるだろう。

(5)将来に備え、中国は自国の利益を安全にするとともに、戦略的安定性をさらに強化するためにいくつかの単独の措置を採らなければならない。北京は、海洋配備の核抑止力の信頼性を維持するのに十分な相対的に小規模のSSBN部隊と共に生きることを選択すべきである。SSBNの節度のある警戒態勢を維持することと常続的なSSBNの哨戒態勢を性急に採らないことは、不必要なリスクを引き起こさず効果的な抑止を確実にするのに有効である。

 最後に、中国の海上配備核兵器にとってどのような開発、展開戦略が合理的なのかについて、真剣な国内の議論が必要である。一部の中国の専門家は外国でのSSBN開発の潮流について大きな誤解があるようであり、その結果リスクの高い代替政策を主張している。より深い国内での議論は異なるSSBN開発と展開戦略の対価と利益についての理解を強化するうえで有益である。十分な情報に基づき、慎重に検討された政治的選択は中国自身の安全保障上の利益を改善し、北京の国際的なイメージを責任ある核大国として強化するだろう。

記事参照:Tides of Change: China's Nuclear Ballistic Missile Submarines and Strategic Stability

Full Report: Tides of Change: China's Nuclear Ballistic Missile Submarines and Strategic Stability

https://carnegieendowment.org/files/Zhao_SSBN_final.pdf

1025日「NATOによる北極圏のロシア潜水艦対応の再開-米報道」(CNN, October 25, 2018

 米国ニュースネットワークCNNは10月22日付で"NATO back on the hunt for Russian submarines in the Arctic"と題する記事を掲載し、約30年振りに北極圏で実施されるNATO合同演習Trident Junctureと、その主要関心事項である北極圏のロシア潜水艦への対応などについて要旨以下のように報じている。

(1)米欧州海軍司令官James G. Foggo III大将は、北大西洋と北極海におけるロシア潜水艦の活動について「以前よりも多くの海域で活発に活動している。」と指摘しているが、NATOはこれに対応して彼らにメッセージを送り返すことを望んでいる。NATOは10月25日(木)から条約第5条(集団防衛)に基づく即応性を検証する演習トライデント・ジャンクションを開始するが、これはノルウェーへの侵略とその主権回復というシナリオで実施される。30年ぶりに北極圏北部を航行する米空母を含む5万人の兵士と1万台の車両、250機の航空機と艦船65隻を含む、ここ数十年で最大規模のNATO演習である。

(2)ロシアと西側諸国との緊張関係は、英国における元諜報機関員に対する毒物事案、2016年の米大統領選挙における干渉、そしてクリミア併合後のロシアに対する制裁などの状況下、冷戦終結以来、最大のレベルに達している。しかし、トライデント・ジャンクション統制官であるFoggoは、同演習はロシアにとって脅威ではなく、NATOとロシアの軍隊は演習中に700キロ以上も離れていると指摘するとともに、ロシアとベラルーシにはオブザーバー派遣を要請したとして、「同盟の精強性を伝える演習であればこそ、彼らに見て欲しい。」と述べた。

(3)Foggoによれば、ロシアは40隻以上の攻撃型潜水艦を擁し、その内の20隻が北大西洋及び北極圏で作戦可能な北方艦隊に配備されている。それらのロシア潜水艦の追跡のため、NATOの航空機はアイスランドのKeflavik国際空港に併設された米軍基地から一日おきに哨戒飛行を実施している。アイスランドのThór Thórdarson外相は、1月のストックホルムにおける演説で、Keflavik基地からの哨戒飛行は2014年にはわずか年間21日であったが、2017年には153日まで増加したと指摘している。1951年に開設された同基地は、NATOが関心を欧州南部、地中海方面に移したため2006年以降の活動は不活発であった。しかし、再興したロシアとその潜水艦がもたらす脅威は米軍司令官の懸念を呼び起こし、同国に米国人を呼び戻した。ロシアの潜水艦が北極圏から大西洋に展開するには、アイスランド周辺海域を通過する必要があり、Foggoによれば、これらの潜水艦の活動はNATOの指導者にとって大きな懸念となる。.

(4)CNNとの独占インタビューに応じた米海軍の将官は「ロシアは潜水艦の研究開発と生産に投資し続けている。」と指摘しているが、ロシア自身は、潜水艦隊は防衛的な性格のものであり、安全保障上、必要不可欠な物であると主張している。元ロシア海軍司令官のOleg Burtsev中将は、本年3月の「潜水艦乗りの日」に潜水艦隊強化の重要性を主張した。Tass通信社によれば、Burtsevは「何故ならば、国家と軍の指導部はあらゆる方向からの敵対の可能性に確実に対処しなければならないからだ。」と述べたという。元黒海艦隊司令官のVladimir Komoyedov大将も、「我々の艦隊の質はかなり高いと信じているが、その量はまだ十分ではない。」と述べたとされる。また、元米海軍大佐でハワイ太平洋大学教授のCarl Schusterは「ロシア潜水艦隊の現在の脅威はNATO諸国が最近まで他の安全保障上の懸念に集中して艦隊のオペレーションを減じていた間も一貫して継続していた。」と指摘している。

(5)Foggoはロシアの新世代潜水艦は非常に有能で危険であると指摘しており、例えば最新型ではロシアの核抑止力の主柱である非常に静粛な弾道ミサイル原潜(SSN)ボレイ級などがある。 元ロシア海軍司令官のVladimir Korolev大将も同級について、「海軍の戦略核兵器体系の将来を疑う余地はない」と語ったとされている。ロシアは現在、同級4隻を保有しており、さらに4隻が2020年までに就役予定である。一方、ロシアはディーゼル電池推進のKilo級のような旧式潜水艦の近代化も推進している。今日では同級も水中持続力が向上し、また、巡航ミサイル4発を搭載可能になったことで、シリアのイスラム国(ISIS)攻撃にも成功したとロシア海軍は明らかにしている。このことは「ロシア軍が展開するあらゆる場所からヨーロッパのどの首都にもターゲッティングが可能であることを意味する。」とFoggoは指摘する。Schusterもまた、「西側諸国は、モスクワの積極的な行動と意図が常に存在しており、これにいつでも対応する準備ができていなければならない。」と指摘している。NATOがアイスランドでの活動を活発化させているのは、まさにそのためである。

(6)米国はKeflavikの基地強化に3400万ドルを費やしており、海軍はP-8ポセイドン哨戒機による警戒監視と対潜水艦戦をより頻繁に実施出来るようになった。しかし、北大西洋で定期的に監視飛行を実施している同哨戒機でさえ、ロシアの潜水艦を探知することは容易ではない。「海は広い。それは潜水艦艦長と、それを見つけ出そうとしているすべてのアセットとの間でのチェスゲームである。」とアイスランドから発進した米海軍P-8哨戒機の作戦指揮官の一人であるRick Dorsey 少佐はCNNに語った。彼は 「このオペレーションは様々な部門の仕事の組み合わせであり、艦船や他の航空機あるいは他国の部隊と協力して潜水艦の写真を手に入れるのだ。」と述べた。

(7)Foggoは同盟態勢強化の一環として英国とノルウェーにP-8哨戒機を購入するよう奨励するとともに、他のNATO加盟国にも研究開発に投資してロシア潜水艦に対抗する能力を維持するよう、次のように呼びかけている。

 「彼らがどこにいても挑戦し続け、どこにいるかを知る必要がある。」

 「もはや我々が全ての海洋において無事に航海できることは当然ではない。」

記事参照:NATO back on the hunt for Russian submarines in the Arctic

1026日「南シナ海の新たなルール作りに米中両国は協力せよ韓国専門家論評」(Pacific Forum, PacNet, CSIS, October 26, 2018

 元韓国海軍でKorea Institute for Military Affairsの上級研究員であるSookjoon Yoonは、1026日付のPacific ForumWEBサイトPacNet"How Can Maritime Good Order Be Maintained in the South China Sea?"と題する論説を寄稿し、南シナ海の海洋安全保障のために、中国と米国は、武力による威嚇を用いたパワー・ゲームではなく、お互いをはじめとした、すべての関係諸国と協力すべきであるとして、要旨以下のように述べている。

(1)残念ながら、南シナ海において中国と米国の両国は彼らの小さな国益を支援することを意図した軍事活動を通じて海洋安全保障を直接的に損ねている。実際、2018年9月30日には彼らの駆逐艦同士が衝突しそうになった。中国は、南シナ海において歴史的漁業区域のような排他的な同一化又はその他の区域を設定する資格があり、国際法に基づいて南シナ海における海洋の自由と上空通過の自由を確保するという保証を提供する、したがって規制されない海上輸送貿易を約束すると主張している。米国は、海洋秩序を維持するため、そして、中国が彼ら自身が保有する軍事力の行使を通じて南シナ海における領土権や利益を主張することを阻止するために、そのコミットメントを示す南シナ海の軍のプレゼンスを正当化している。

(2)中国と米国は、南シナ海は軍事化されるべきではないということに同意しているが、それぞれが、もう一方がそれを行っていると非難している。中国は、米国の南シナ海における海軍の活動拡大を不当な侵入と解釈している。一方で米国は、偽りの歴史的な権利主張に基づいて、南シナ海の海洋管轄権に対する過剰かつ不当な主張だと中国を非難し、中国による南シナ海における最近の現状の変化、つまり、人工島と島内の軍事施設を造り出すための無人の岩礁及び浅瀬の埋め立てを批判している。米海軍は、既存のルールを維持するために軍事活動を行っていると主張し、この目的のために南シナ海において「上空通過の自由作戦」及び「航行の自由作戦」を実行することによって、その慣習上の権利を行使することを追求している。中国は、このような軍事活動の目的は、国連海洋法条約(UNCLOS)の原則を支持する、又は国際海洋安全保障及び秩序の維持のためというよりも、むしろ単なる米国やその同盟国の国益に役立つ米海軍の戦力投射のためであると主張し、これらの主張に反論している。

(3)中国と米国による国際法と互いの行動に相反する解釈は、南シナ海の海洋安全保障をひどく混乱させる可能性がある。現場の指揮官たちは、潜在的に戦争のような紛争の可能性に直面しており、これは「航行の自由」という抽象的な概念のためである。一部の人々は、大国の行動がより弱小な国々や脆弱な国々を危険にさらした場合、「航行の自由作戦」を植民地主義者の精神性の影響として見なすことさえあるかもしれない。

(4)中国と米国はともに、南シナ海を不安定化する行動を取るという罪を犯している。中国の軍事化された人工島は、人道援助、災害救助又は捜索救助機能のような、必要かつ適切な海洋上の役割を果たしていないという米国の疑いは当然である。しかし、中国がまた、2015年以来十数回行われている米海軍の「航行の自由作戦」が、単に象徴的で潜在的に強制的であり、UNCLOSと慣習的な国際法を支援していないと観察することも正しい。両国は瀬戸際から身を引き、彼らのレトリックを抑え、その代わりに海軍外交に変えるべきである。地域の海洋安全保障は、ルールに基づいた法的枠組みを適用することによってのみ解決することができる。

(5)南シナ海の米国主導の「航行の自由作戦」は、この地域の国家にとって困難な問題となっている。もちろん、米国は自国の海域の海洋安全保障を守る正当な権限をもっているが、航行の自由作戦を通じて、効果的に、グローバルに類似の権限を主張している。これらの作戦は、明らかに強制的であり、潜在的には戦闘的な機能である。中国による南シナ海の事実上の併合は、この地域の国々にとって同様に問題である。常設仲裁裁判所の仲裁法廷による判決によって示されている法的な挫折にもかかわらず、中国は、南シナ海において権利主張国を個別に対処することに努めているように見える。そして、将来のそのような判決を無視する可能性がある。

(6)UNCLOSの様々な解釈が根強く残っていては、南シナ海問題の解決は不可能である。南シナ海におけるUNCLOSの原則の適用には、より詳細で包括的な一連のルールが明らかに必要である。「航行の自由」と「上空通過の自由」は保証されるべきであるが、すべての当事国は誠実に交渉すべきであり、彼らは平時における海洋秩序を確保するという、UNCLOSの目的に集中し続けるべきである。国際法及び関連する国内法に基づく新しい合意が、既存のUNCLOSの枠組みを拡張し、制度化するためには必要である。中国と米国は、南シナ海の海洋安全保障を維持するために一致協力し、全ての他の地域の利害関係国と協力しなければならない。

記事参照:How Can Maritime Good Order Be Maintained in the South China Sea?

1027日「中越沿岸警備隊間で高まる衝突リスク、中越の沿岸警備隊近代化競争豪専門家論説」East Asia Forum, October 27, 2018

 オーストラリア国立大学の博士候補者Yang Fangは、10月27日付のWeb誌、East Asia Forumに "Coast guard competition could cause conflict in the South China Sea"と題する論説を寄稿し、中国とベトナムが自国の沿岸警備隊を大幅に強化して、両者の衝突リスクが高まっていると指摘した上で、要旨以下のように述べている。

(1)南シナ海の領有権主張国は、自国の沿岸警備隊の近代化に膨大なリソースを投じている。俗に"white hulls"(編集注:ここでは政府公船を指す用語として使用)と呼ばれるこれらの船団は、主権の主張と管轄権の執行に戦略的な役割を果たしている。領有権を強硬に主張する中国やベトナムなどは、自国の"white hulls"の能力と任務を徐々に拡大しており、小競り合いが生じるリスクが高まっている。

(2)ベトナムは南シナ海における中国の振る舞いに対する明確な対抗措置として、沿岸警備隊の近代化で中国と争いを演じているように思える。ベトナムは自国の沿岸警備隊に比して約5倍の船艇を擁するまでになった中国海警局(CCG)との非対称性を完全ではないながらも埋めるべく、意識的な取り組みを進めている。ベトナム沿岸警備隊(VCG)の発展は同国が中国から感じる脅威と高い相関関係にあると同時に、そうした脅威への対応でもある。例えば、ベトナムは海上警察をベトナム沿岸警備隊に再編して、新組織をベトナム国防省直轄とした。また、ベトナムは農業農村開発省の下にベトナム漁業監視隊(VFSF)を発足させた。一連の対応は中国が2013年にCCGに4つの海上法執行機関を統合したことを受けて行われた。

(3)ベトナムは沿岸警備隊の能力を著しく増大させたが、中国の力に対抗することは困難である。VCGの総トン数は2016年時点で、中国の190,000トンに比して35,500トンに達した。VFSFを勘定に入れれば、彼我の差は一層縮まる。英国際戦略研究所によると、VCGとVFSFが取得した様々な種類の巡視船と航空機の総計は、CCGの448に比して少なくとも100に達した。ベトナム政府は2014年10月に、沿岸警備隊の野心的な長期近代化計画を承認した。

(4)中国は1万トンを超える2隻の巨大な巡視船を保有しているが、ベトナムの南シナ海沿いの長い海岸線と地域への地理的近接性は、ベトナムの沿岸警備隊に天然のオペレーションにおける優位性をもたらすだろう。VCGは海上での武力行使に更なる権限を付与されるようである。2018年4月にベトナムは、自国が領有権を主張する海域内で「違法に活動している」と見られる船舶にVCGがより柔軟に警告できるよう交戦規則を見直す法案を公表した。ベトナムの発表は中国海警局が中央軍事委員会指揮下の人民武装警察部隊に編入されたことに伴って行われた。CCGとVCG間の能力的な非対称性は、VCGに外部勢力の支援を受けるよう促した。米国はベトナムに巡視艇12隻を供与し、また、日本はベトナムに6隻の中古巡視船を供与した上で、さらに6隻の供与も約束した。日米両国はVCG職員に訓練を施すことも申し出た。

(5)ベトナムは東シナ海と南シナ海における中国のアプローチと類似した"white hull"戦略を採用した。同戦略は係争海域でVCGとVFSFを海軍や漁民、海上民兵等の主体とともに、前線に投入するものである。ベトナム国会は本年8月に、VCGを公式に国家の安全保障、海洋の秩序及び安全を護る「コア部隊」だと説明した。南シナ海における2大領有権主張国である中越は自国の主張のために、ますます沿岸警備隊に依存するようになっている。海洋紛争への対処において海軍ではなく沿岸警備隊を用いることで直接的な軍事接触の機会を減らすことができる。

(6)一連のリスクを緩和するためにも既存の海軍中心の「洋上で不慮の遭遇をした場合の行動基準」(CUES)は、その対象を沿岸警備隊と民間の船舶にも拡大すべきである。代わりに、沿岸警備隊やその他船舶間における一層の透明性やコミュニケーションを規定するCUESと類似した行動基準や合意が導入できるだろう。そうした措置が取られるまでは地域の安定は保障されることができない。

記事参照:Coast guard competition could cause conflict in the South China Sea

1030日「Trump政権下で緊密化する米台軍事関係、変化する米中台のバランス香港紙報道」South China Morning Post.com, October 30, 2018

 10月30日付の香港の日刊紙South China Morning Post電子版は、"US, Taiwan military ties closer than ever as Donald Trump challenges Beijing"と題する記事を掲載し、トランプ大統領の下で米台軍事関係が親密になり、台湾への武器売却等の承認ペースが速まっているとした上で、その現状を要旨以下のように報じている。

(1)Trump大統領のインド太平洋地域における中国の軍拡と外交戦略への対抗によって、ワシントンと台北の防衛関係は過去数か月でかつてないほど親密になった。ワシントンがObama政権やGeorge W Bush政権に比べてかなり早いペースで台北への武器売却を承認してきた一方で、台湾はこれまでの米政権下では公表されてこなかった情報である台湾海峡付近における米軍の動きを公表している。2017年1月のTrump政権発足後、同政権と米議会は台湾問題で北京に関与しない政策から、中国政府に挑戦して台湾防衛に重点を置く新政策に転換した。10月上旬に米国防次官補(アジア太平洋安全保障担当)のRandall Schriverは、ワシントンが台湾と「より通常な形での対外有償軍事援助関係」に向かっていると認めた。同発言はTrumpが9月に台湾の軍用機向けに3億3千万ドルの予備パーツや機材などの売却を承認したことに言及したものである。

(2)台湾を必要あらば武力で統一しようとする北京の存在は、米国が台湾に対する武器売却や高官級協議に慎重なアプローチをとってきた主たる理由である。北京は再三に亘ってワシントンが台湾とより緊密な軍事関係を求めることに警告を発し、最新のものを含むあらゆる武器売却及び「1つの中国」の原則に反していると思われる全ての米台交流に反対してきた。台湾当局者や専門家は最新の武器売却は中国本土からの増大する軍事的脅威に直面する台湾の防衛能力増強を支援すべく、Trumpが台湾の武器売却要求に進んで迅速に対応する傾向が強いことを示していると指摘する。

(3)北京は2016年に台湾独立志向の民進党出身であり、「1つの中国政策」の受け入れを拒んだ蔡英文が総統に就任して以降、台湾との交流を停止して、一連の軍事演習を台湾周辺で実施してきた。中国文化大学(台北)の王坤一教授は「こうしたことは蔡政権がワシントンから更なる援助を求める結果をもたらした。Trumpが中国をパートナーではなく戦略的競争国と見なしたことで、台湾と親密な関係を築いて、台湾の防衛を強化することがTrumpの対中安全保障戦略の一部となった。」と指摘する。5月に数百に上る米国の兵器ディーラーや元米当局者が台湾南部の高雄市を訪れ、米台商業協会と台湾国防産業発展協会が共催した初の国防産業フォーラムに参加した。同フォーラムはTrumpが米企業に、台湾が8隻の潜水艦を建造するのに必要なテクノロジーを売却する商談を認めるライセンス発行に同意した1か月後に行われた。当該プロジェクトは2001年にGeorge W Bush元大統領が承認してから放置されてきたものである。

(4)本年7月以降、少なくとも4隻の米海軍艦艇が「航行の自由作戦」で台湾海峡を通過し、緊張を一層エスカレートさせるリスクを冒した。台湾軍は米軍艦艇が未だ海峡を通過中に、台湾海峡における米駆逐艦の動向に関する声明を7月7日と10月22日の2度発表した。専門家によると台湾は通常、北京の怒りを買うことを避けてそういった作戦に関する情報を公開しないが、Trumpの中国と対立する戦略が米中の貿易や安全保障、戦略問題を巡る緊張を高める中で対応を変えた。米シンクタンク、プロジェクト2049研究所のIan Easton主任研究員は海峡通過を「スマートな動き」だと評価した上で、ワシントンと台北が北京に台湾海峡が国際水域であり、米台が協力し、同海域における活動を秘密にしない、という明確なメッセージを送るべく艦艇通過の公表を決めたようだと指摘する。

(5)そうした中、報道では米インド太平洋軍が台湾海峡で軍事演習の実施を計画し、台湾軍が演習参加の打診を受けるだろうと報じられた。とは言え、専門家は演習が行われる、行われないに関係なく、既に米台軍事関係がこれまでになく親密になっていると指摘する。

記事参照:US, Taiwan military ties closer than ever as Donald Trump challenges Beijing

1030日「インド太平洋というアイデアに対するASEANの外交姿勢豪・マレーシア専門家論評」(PacNet, Pacific Forum, CSIS, October 30, 2018

 オーストラリア国立大学のStrategic and Defence Studies Centreの名誉教授であるAnthony Milnerと、マレーシア外務省の職員であるAstanah Abdul Azizは、10月30日付のPacific ForumのWEBサイトPacNetに"Indo-Pacific - A Challenge for ASEAN's 'Mousedeer Diplomacy'"と題する論説を寄稿し、中国の優位性を薄めるものとして見なされている「インド太平洋」は、次第に対立又は「抵抗(pushback)」のための記号となっているが、インドネシアはASEANと地域の包括性のための「インド太平洋」を取り返すことができるかどうかについて、要旨以下のように論じている。

(1)独自のインド太平洋地域のコンセプトを10年以上にわたって発展させて来たインドネシアのリーダーシップは、現在はそのコントロールを取り戻そうと試みている。彼らは、「インド太平洋条約」「インド太平洋地域アーキテクチャ」及び「インド太平洋アンブレラ協力」について話し、それは開放的であり、中国の封じ込めを目指していないと主張する。元外務大臣Marty Natalegawaは、異なる地域の大国を含む「動的均衡(dynamic equilibrium)」を追求し、彼と他のインドネシア人たちは、ASEANがインド太平洋の中核を成すことは可能であり、それはこの平衡を維持すると考えている。

(2)インドネシアによる公式化は、ある意味魅力的だが、そこには、多くの課題がある。

a. 第1に、インド太平洋のアイデアは、既に米国主導の戦略的駆け引きと深く絡み合っている。インドネシアは、より開放的なインド太平洋の概念の再主張を試みることが賢明である。ASEANは常に開放的で、安全保障同盟に困惑し、イデオロギーをベースにした関連性に反対してきた。しかし、現時点では、反中国、リベラルなインド太平洋の押し付けに抵抗するために多くの努力が必要となる。

b. 第2の課題は、特にASEANの利益を守ることは非常に難しいかもしれないということである。まず、インド太平洋のアイデアは、ASEANの多くの人々に反対されている。ASEANの躊躇の理由の1つは、インド太平洋の反中国の方向性の程度である。事実として、一部のASEAN諸国は、南シナ海における紛争について懸念しているが、ASEANは中国の台頭に概して肯定的であり、中国の上位の地位を認めつつも、中国から利益を得る長い経験がある。ASEANが何らかの形のインド太平洋アーキテクチャに合意したと仮定すると、次の問題はASEANのリーダーシップ又は中心性の強い度合を維持することだろう。大国がこれに同意するかどうかは一つの問題である。もし彼らがそうするならば、新しいインド太平洋の組織は、ほとんどの公式化において、ある意味で、ASEANの「ハブアンドスポーク」「ASEAN Plus」アーキテクチャとは無関係となる可能性が依然として高い。より開放的なインド太平洋の集まりにおいて、ASEAN諸国は、北東アジアの大国、インド又は米国と競争することに苦しむだろう。1967年以来、ASEANは、その慎重な協議、コンセンサスを追求するプロセスへの国際的な批判にもかかわらず、より広範なアジアにおけるリーダーシップの度合いの維持において優れていた。東南アジアの一部の古典的文学作品において、このような外交的な巧妙さによって伝えられたイメージは、森の大きな動物の中で生き残るためにあらゆるタイプの戦術を用いる狡猾なマメジカのようである。それは、東南アジア諸国が、何世紀にもわたって中国及び他の大国に関して採用してきたマメジカ外交であり、それは、Bilahari Kausikanが、東南アジアによる長期的な「自律性」と「駆け引きのための最大限の余地」の追求として描写するもののために今日依然として用いられている。インド太平洋アーキテクチャがASEANの「ハブアンドスポーク」システムを乗り越えると仮定すると、地域のリーダーシップの問題がはっきりと存在する可能性が高い。

c. インド太平洋のアイデアのさらなる課題は、感情的又はアイデンティティの実体の欠如である。これは長い間、地域アーキテクチャの実用的または機能的な利点に焦点を当てている西洋のアナリストたちを混乱させる問題であった。国境を越えた経済、警察、安全保障、健康などの分野での地域協力の重要性は、アジア諸国においてもちろん認識されているが、地域アーキテクチャに対するより有機的な理解は同様に影響を及ぼしている。「アジア」というアイデアの構築はインドや日本において始まり、一世紀以上にわたって行われてきた。「東南アジア」と「ASEAN」地域の強い願望は、およそ70年間進行中であり、増大する努力は「人間中心のASEAN」の推進に注がれている。「アジア太平洋」のアイデアは「アジア」の推進よりさらに一層難しい。インドネシアのアナリストJusuf Wanandiは、「インド太平洋」は実際には「この地域の最も重要な部分」に広がる「アジア」という言葉を除外していると指摘している。これは、たかが戦略的枠組みに過ぎないと理解されていれば重要ではないかもしれないが、「インド太平洋地域アーキテクチャ」という話がある場合、その欠陥は問題である。

d. 最後の検討事項は、アジア地域で進んでいるように見える重大な変化、そして、これに対処する地域機構の能力に関係している。この地域は、米国から中国へのパワーの転換だけでなく、ルール、価値観及び願望の構造的変化も経験している。均質化するグローバリゼーションのアイデアは現在遠くのもののように見える。部分的には、グローバリズムよりも愛国心をTrumpが優先していることが原因だが、多くの他の方向からの歴史的プロセスの再登場の結果でもある。階層的な関係の古いアジアの伝統は国家間の政治を影で覆っている。そして宗教的変化は、特にインドネシアにおいて、コミュニティと義務の新しい概念を促進している。ある意味で、ASEANベースの機関は、グローバリゼーション後の時代の複雑さを扱うための特別な才能を保有しているかもしれない、と論じられる可能性がある。

(3)インドネシア自身は、ASEANによる忍耐強い外交促進におけるリーダーであり、確かに「自律性」と「駆け引きのための最大限の余地」を重視している。Marty Natalegawaは、ASEANのより大きな「変革的なリーダーシップ」に賛成している。しかし、「ASEAN Plus」から「インド太平洋」アーキテクチャへの変革は激しく挑戦的であり、危険なやり方で変革をもたらす可能性がある。

記事参照:Indo-Pacific - A Challenge for ASEAN's 'Mousedeer Diplomacy'

1030日「印露エネルギー関連取引が示唆するもの――米外交問題専門家論評」(The Interpreter, October 30, 2018

 American Foreign Policy Councilの上席研究員Stephen Blank博士は、オーストラリアのシンクタンクLowy InstituteのWEBサイトThe Interpreterに10月30日付で、"India's Arctic energy partnership with Russia"と題する論考を寄稿し、インドによるロシア石油ガス開発への投資に見られる印露エネルギー関連取引が持つ重要性について、要旨以下のとおり述べている。

(1)近年インドとロシアの経済関係が強化されている。特に目覚ましいのがエネルギー関連取引の増大で、その取引総額は230億ドルにのぼるという。たとえば、2018年10月のVlaimir Putin大統領による訪印で明らかにされたように、インドは、ロシアによる北極圏を含む石油ガス開発計画での協力を約束し(インドからロシア企業への投資は100億ドルにのぼる)、また2017年にはロシアの国営石油会社Rosneftが、インドのEssar社の株式49%を130億ドルで購入した。この動向が含意するところについて、5つの点を確認しておこう。

(2)第一に、インドとロシアとの間の武器取引の重要性である。インドは今年10月、総額55億ドルでロシアのS-400対空防衛システムを購入する契約を結んだ。印露のエネルギー関連契約は、この返礼とも見られている。その相対的な重要性は低下しつつあるとはいえ、インドの軍事的需要の多くはなおロシアのシステムに依存している。Narendra Modi首相が提唱する"Made in India"の実現の見込みはまだ薄い。

(3)第二に、そうした取引がアメリカの制裁を惹起する可能性(抄訳者注:「制裁を通じたアメリカへの敵対行動への対抗法(CAASTA)」)に基づき、今年9月、ロシアからS-400の購入を決定した中国に制裁を科している。)にもかかわらず行われたことは、インドが現在、自立した主要大国として確固とした地位にあることを世界中に確信させた。

(4)第三に、インドのエネルギー需要の問題である。インドは常にエネルギー安全保障の問題を抱えており、その問題への対策としてアメリカによるガス輸出に期待をかけてきたが、アメリカがガス輸出に関して、技術的・法的な困難からそのアドバンテージを活かせていない。インドはエネルギーの輸入先を求めているのである。

(5)第四に、アメリカを含めた西側諸国の制裁に直面するロシアは、エネルギー資源開発のパートナー、およびそのエネルギーの顧客を欲している。インドは投資国としても市場としても潜在的に重要性を持っており、近年のエネルギー関連取引の増大は、その具体化である。

(6)第五に、ロシアはエネルギー投資や輸入の問題について中国に依存することに慎重である。たとえばロシアは最近、極東地域に多くのインド企業代表を招待し、同地域へのインドの投資を引き出す試みを行った。インドとの経済的結びつきの強化は、現在すでにそうした傾向にある中国への依存状態を緩和するものであろう。

(7)以上のことを考慮すれば、あらゆる側面において印露関係が強固であるとは言えないにせよ、この両国が、お互いの需要と関心をマッチさせた盤石な関係性を築きつつあることは明白である。この関係性強化は、ロシアにしてみれば「多極化」の模索であり、インドにしてみれば世界における主要大国としての自意識の表明である。この関係性が弱まることを期待する兆候は、今のところ何もない。

記事参照:India's Arctic energy partnership with Russia

1030日「海のグレーゾーン作戦への対応豪専門家論評」(The Strategist, October 30, 2018

 オーストラリア国立大学Strategic and Defence Studies Centreの非常勤教授James Goldrick は、10月30日付のオーストラリア戦略政策研究所(ASPI)のWEBサイトThe Strategistに"Grey zone operations and the maritime domain"という論説を寄稿し、他国による海洋でのグレーゾーン作戦には、それに対する理解と、国家レベルでの組織された断固たる対応が必要であるとして、要旨以下のように述べている。

(1)「グレーゾーン(grey zone)」は、一定の国家が、動的な戦闘行為を行うことなしに、彼らの敵対国に対して優位に立つための方法を採用しているので、過去10年間マスコミの注目を集めている。グレーゾーンは、「ハイブリッド戦争(hybrid warfare)」の重要な要素となり得る。ハイブリッド戦争の定義は依然として議論の対象となるが、この言葉には、伝統的な軍事力に加えて、非動的効果を含む可能性がある秘密工作的かつ非伝統的な方法が用いられるという考え方が内在している。グレーゾーン作戦は強制的であり、変化を達成することを意図しているが、同時にそれらは敵対者の反応する能力を制限することを求める。全てではないが、ほとんどの状況において、それらは「伝統的な軍事紛争の境界値をより低くしたままで、国家間戦争を開始するように意図的に設定されて」おり、「あからさまな戦争行為へエスカレートすることなしに、設定されたレッドラインを超えることなしに、成果を得ることを意図されており、したがって、エスカレーションがもたらす可能性がある罰やリスクに実行者はさらされない。」とされる。

(2)中国による東シナ海における強引な活動と南シナ海における人工島の建造は、海洋領域におけるグレーゾーンの最も顕著な例である。それらは、海洋におけるグレーゾーン作戦が、ほぼ常に地勢又は海域に対する主権又は主権国の権利の主張に関係していることを裏付けている。時には、特に関連する海洋問題に対する解決を追求するよりもむしろ、国に一層圧力を高める手段として、それらは採用されている。逆に言えば、海洋における成果を挙げるための組織的活動は、さらなる非軍事的形態のグレーゾーンの圧力を十分に含んでいる可能性がある。

(3)グレーゾーンの作戦は、海洋区域の経済的な開発を止める、又は艦船の通過のための海の利用を妨げるといった他の国家の統制の実行可能性を損なう絶対的なものではなく、十分な効果があれば足りることを理解することが重要である。オフショアの石油調査と開発によるコストと事前のリスクを考慮すると、これらの活動は特に干渉に影響を受けやすいが、漁業や商船もまた、それらの収益性を低下させる措置に脆弱である。商船の場合、保険料又は紛争区域を避けるために長い航海を行うという要件は、それらが運ぶ資材の配送コストに重大な影響を及ぼす可能性がある。これは、オーストラリアのような国にとって特に重要なことである。我々の地理は、輸出のための低い生産コストと非常に費用効率の高い海上輸送との組み合わせによってのみ克服できる「距離の過酷さ(tyranny of distance)」を作り出している。費用効率と我々の競争上の優位性が破壊される恐れがある。

(4)海洋領域におけるグレーゾーン作戦に対応することは、決して容易ではなく、国家主体で、また他の国と協力して取り組む必要がある。適切に組織され、そして断固たる対応があれば、この状況を収拾することができるが、さらに、そのような対応を維持する準備の実証は侵略国にその計画の再考を強いることができる。情報の流れの効率的な管理やローカル及びグローバルなナラティブ(説明振り)の支配は、成果を確保する鍵となるが、より重要なのは拡大された対立における方針、そして、このような状況において国際的なパートナーの支援を堅持するという国家の意思表示である。

記事参照:Grey zone operations and the maritime domain

【補遺】

1 Gray Zones in a Blue Arctic: Grappling with China's Growing Influence

https://warontherocks.com/2018/10/gray-zones-in-a-blue-arctic-grappling-with-chinas-growing-influence/

War on the Rocks.com, October 24, 2018

Rebecca Pincus is an Assistant Professor in the Strategic and Operational Research Department at NWC.

Walter A. Berbrick is the Founding Director of the Arctic Studies Group at the U.S. Naval War College (NWC) and a former Senior Advisor to the Special Representative for the Arctic Region.

 米海軍大学の戦略オペレーショナル・リサーチ学部助教授Rebecca Pincusと北極研究グループ設立部長Walter A. Berbrickは、グレーゾーンの行動は伝統的な戦争と平和の間の空間における競争的行動としたうえで、中国は北極圏へのアクセスと北極圏国への影響力を獲得するために北極圏でのグレーゾーン行動を活発化しているのに対し、米国は効果的な対応策を編み出せていないと指摘する。そして、北極地方は公然とした紛争のリスクは低いが、リスクが低いことは無視できることを意味しておらず、むしろ米国は軍事的緊張を増すような段階を避けるとともにグレーゾーンの問題に対処する均衡のとれた戦略を追求すべきであり、北極における問題を過小評価せず、一方、現在の安定と現にある北極の問題に対する協調的な国際システムを過大評価してはならないとしている。

 米国のINF離脱表明に対し、INFの生き証人とも言えるShultz氏とGorbachev氏が反対の立場から論説をThe New York Times紙に以下、2及び3の通り寄稿しており、これについて解説する。

2 George Shultz: We Must Preserve This Nuclear Treaty

https://www.nytimes.com/2018/10/25/opinion/george-shultz-nuclear-treaty.html?action=click&module=RelatedLinks&pgtype=Article

The New York Times.com, October 25, 2018

George P. Shultz, a distinguished fellow at Stanford University's Hoover Institution, was the secretary of state from 1982 to 1989 in the Reagan administration, and secretary of labor, secretary of the Treasury and director of the Office of Management and Budget in the Nixon administration.

3 Mikhail Gorbachev: A New Nuclear Arms Race Has Begun

https://www.nytimes.com/2018/10/25/opinion/mikhail-gorbachev-inf-treaty-trump-nuclear-arms.html?action=click&module=Opinion&pgtype=Homepage

The New York Times.com, October 25, 2018

By Mikhail Gorbachev, the former president of the Soviet Union.

【解説】

Trump大統領のINF全廃条約離脱が示す二国間条約の役割と意義の変化

Shultz元米国務長官とGorbachev元大統領の主張をきっかけとして

倉持 一

 米国のTrump大統領は、10月20日、中距離核戦力全廃条約(Intermediate-Range Nuclear Forces Treaty:INF全廃条約)から離脱する方針を発表した。1987年に当時のReagan大統領とGorbachev共産党書記長(当時。後に大統領)との間で調印された同条約は、米国と旧ソ連との間に結ばれた一連の軍縮条約の一つである。同条約により、米ソ両国は、1991年6月1日の期限までに、射程が500km(300マイル)から5,500km(3,400マイル)の範囲の核弾頭及び通常弾頭の弾道ミサイルと巡航ミサイルを全て廃棄することになった。その結果、両国合計で2,692基のミサイルが検証可能な形で破壊されている。

 今回のTrump大統領による同条約からの離脱宣言は、2010年代に入って、米国が、ロシアが開発を進める巡航ミサイルが同条約違反にあたると度々指摘してきたことに端を発している。ただし、同条約は1988年5月27日に米上院の3分の2の賛成を得て批准されているため、同じく上院の3分の2の議決を得なければ公式に同条約を破棄することはできない。とはいえ、Trump大統領が今後、条約の破棄を行わないまま、ロシアに対して何らかの対抗措置をとることも考えられる。現在、冷戦以降最悪とも評される米ロ関係に、新たな局面が訪れていることは間違いない。

 こうした情勢に反応し、早速、二人の重鎮政治家が論説を発表した。一人は、Nixon政権で労働長官や財務長官を、Regan政権では国務長官を務め、現在はスタンフォード大学フーバー研究所特別研究員であるGeorge Shultzである。もう一人が、同条約の調印の当事者であったMikhail Gorbachevである。すでにRegan元大統領が鬼籍に入った今、同条約の成立に最も深く携わった、いわば生き証人と言えるのはこの二人となっている。その意味でも、今回の二人の論説は貴重である。

 まずはShultz元国務長官の主張から見ていこう。彼は10月25日付のニューヨーク・タイムズ紙に"We Must Preserve This Nuclear Treaty"と題する論説を発表した。表題にNuclear(核)という単語が入っていることが端的に示しているが、彼はINF全廃条約を実質的には核兵器削減のための条約だと解釈・理解している。Shultz元国務長官は、同条約の成立によって実際に核兵器の削減が達成されたことの意義を唱えつつ、当時のRegan大統領とGorbachev書記長が、核兵器を中心とした軍拡競争に終止符を打つために同条約の調印に尽力したことが述べられている。そして、現在求められるのは、かつてのような核兵器の拡大ではなく、核兵器のような大量破壊兵器の削減に向けた努力であると主張している。そして、現在の情勢を改善するための第一段階として、彼は米ロ両国の専門家による会合を持つべきだと提案している。

 また、Shultz元国務長官は、Putin大統領が2017年10月に「我々人類にとって核兵器の削減が可能か否かと問われれば、私は『可能だ』と答えるだろう。そして、ロシアにとってそれが可能か否かと問われれば、私は同じく『可能だ』と答えるだろう」と述べていること、また、Trump政権が今年2月に発表した、「核体制の見直し(Nuclear Posture Review:NPR)」の中で、「米国は依然として核兵器を含む大量破壊兵器の削減の支援に努めていくこと」などを表明していることを挙げ、米ロ両国はこれらの言葉の意味をしっかりと再認識すべきだと述べている。そして彼は最後に、今は冷戦時代のような核兵器の拡大の時期ではなく、逆に米ロ両国が協力して核兵器の削減に務めるべきであるとして、同条約からの離脱は大きな後退にしかならないと警鐘を鳴らしている。

 他方、Gorbachev元大統領も、同じく10月25日付のニューヨーク・タイムズ紙に"A New Nuclear Arms Race Has Begun"と題する論説を発表している。彼もShultz元国務長官と同様に、INF全廃条約の核軍縮における意義と成果の大きさをまず主張する。そして、米国が指摘するロシアの条約違反行為に関して、ロシアは何度も話し合いの機会を提案していたのに米国が応じなかったとし、彼はこれを大きな疑問だと主張する。特にGorbachev元大統領は、Trump大統領に対して、ロシアに対する何らかの考えがあって、半ば意図的にロシアの呼びかけに応じなかったとの疑念を持っているようだ。最後にGorbachev元大統領は、前述のShultz元国務長官にはなかった、国連、特に国連安保理常任理事国の行動を期待する言葉で本論説を締めくくっている。

 以上が、INF全廃条約の生き証人とも言える二人の主張である。両者の主張に大きな差はなく、共通して同条約の意義と成果の大きさを述べることで、暗にTrump大統領の今回の同条約からの離脱を批判する内容となっている。

 ここで考えなければならないのは、二国間条約の持つ役割と意味合いの変化である。同条約が議論され批准されたのは1980年代である。二国間条約がグローバルな規模で大きな役割と意味合いを持つということは、その二カ国が、事実上、世界を牛耳るスーパーパワーを持っているということを示している。1980年代当時は、それが米国とソ連だった。しかし、時代が変わり、INF全廃条約は締結国を拘束するという条約の有する機能はそのままであるが、両国にとっての意味合いは大きく変化し、単なる足かせとなった。これはつまり、米ロ以外の国家がスーパーパワーを獲得しつつあり、両国が条約の枠組みを超えた対処を迫られているということを意味する。その国とは、おそらくは中国であろう。

 中国が米国とロシアに並ぶスーパーパワーを獲得しようとしている現在、二国間条約であるINF全廃条約は、その限界を露呈することになった。だからこそ、ロシアは条約違反を疑われる行為を行い、一方の米国は条約からの離脱を選択する。安全保障環境の変化は、核兵器の削減の先鞭となった同条約の役割や意味合いさえも失わせるということが、今回の出来事から我々が学べる一つの点である。それでは、いかにして新たな枠組みを構築していけばよいのだろうか。Gorbachev元大統領が言うように国連安保理常任理事国の行動に期待すればよいのだろうか。しかし、米ロ両当時国に加え中国が常任理事国である以上、よほどの事情が生じない限り、国連安保理が有効な手立てを打てるとは思えない。

 もし、状況の改善を図れるのだとすれば、そのヒントはShultz元国務長官とGorbachev元大統領の主張に通底する一つの認識にあるのではないか。すなわち、核戦争や核兵器は我々人類にとって何の意味ももたらさないという認識である。この認識を多国間で共有する場を設け、多国間での新たな軍縮、特に核軍縮の条約や協定の締結を模索することが必要であろう。こうした取り組みにおいて大きな役割を果たせるのは、世界唯一の被爆国である日本である。いずれにしても、早期のタイミングで何らかの手立てを打たなくてはならないことは間違いない。