海洋安全保障情報旬報 2018年11月11日-11月20日

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11月11日「安全保障のジレンマが蝕む中印関係――比専門家論評」(South China Morning Post.com, November 11, 2018)

 フィリピンのADR-Starbase Instituteの研究員Richard Heydarianは、11月11日付の香港紙South China Morning PostのWEBサイトに“Why growing Sino-Indian geopolitical frictions may ultimately define the Indo-Pacific order”と題する記事を寄稿し、近年国際関係において存在感を増しつつあるインドが、米中間の対立という文脈において安全保障のジレンマに陥り、中国との関係が悪化しつつあることについて、要旨以下のとおり述べている。
(1)近年インドはその国際的地位を高め続けており、その意味で21世紀におけるピボット国家といえる。主要兵器供給国としてのロシア、最大の貿易相手国としての中国、主要エネルギー供給国としてのイランなどと安定した関係を維持しつつ、日本や主要西側諸国との戦略的関与を深めてきた。
(2)インドの経済成長および軍事力の増大は顕著である。過去20年における経済成長率の平均は年7%であり、今年、かつての宗主国であるイギリスのGDPを抜くことになると予想されている。軍事力に関しても急速に近代化が進んでおり、ここ10年間インドは世界最大の兵器輸入国で、国防費は年525億米ドルと、世界で5番目に位置している。2020年にはインドの軍事支出は世界第3位になるという観測もある。
(3)このような動向において、近年のインドは、Narendra Modi首相のリーダーシップのもと、その伝統的な非同盟主義を放棄し、日本やオーストラリア、アメリカなどに接近している。それらの国はつまり、中国がアジアの軍事大国として台頭することの抑制を望んでいる国々である。インドはこうした西側同盟のなかで、インド太平洋における中国に対抗する大国としての役割が期待されているのである。
(4)中印の経済的つながりは強化されている一方、インド・中国国境における論争はなお未決であり、必ずしもその関係は友好的とはいえない。また海洋という新たな舞台において、インドと中国との間の緊張が高まっている。著名な中国の戦略家Zhang Mingは「インドはおそらく、中国の最も現実的な戦略的対抗国である。」とさえ述べた。
(5)こうした中国側の懸念を、インドも同様に感じている。インドの国防費の増大、近い将来に空母2隻を配備する計画などはその不安の表れである。インドの戦略家Brahma Chellaneyによれば、インドが海軍を増強し日本や西洋諸国とつながりを強めるその動機は、中国がインドの裏庭に侵入し、パキスタンやスリランカなどの同盟国とともにインドを包囲しているという認識だという。
(6)インドは、中国とアメリカとの対立という文脈において、安全保障のジレンマに陥ってしまっていると言えよう。ここから抜け出さない限り、インドと中国の地政学的対立が、今後のインド太平洋地域の秩序を決定づけてしまうだろう。Robert Kaplanが主張したように、インドは大国間協調の独立した極としての立場の確立という道を模索してもよいのかもしれない。
記事参照:Why growing Sino-Indian geopolitical frictions may ultimately define the Indo-Pacific order

11月14日「中国、大規模な軍事力増強を加速―米オンライン紙報道」(The Washington Free Beacon.com, November 14, 2018)

 11月14日付の米オンライン紙Washington Free Beaconは、“China Speeding Up Large-Scale Military Buildup”と題する記事を掲載し、米中経済・安全保障問題検討委員会の議会報告書に基づき、中国の軍備増強の現状を要約し、「核の閾値を超える脅威はたとえ低くとも、通常兵器による紛争のリスクは高いままである。」と警告して、要旨以下のように報じている。
(1)米中経済・安全保障問題検討委員会は、人民解放軍の増強は抑止を弱体化させ、戦争への危険を増大させていると警告した。2018年11月14日に公表された同委員会の2018年議会報告によれば、北京は将来の米国との紛争に備え大規模な軍の増強を加速している。
 「今日、米国、その同盟国、協調国は、インド太平洋全域の国々を威圧する道具として軍事力を使用する能力を有し、ますます自信を深める中国に直面している。」と同報告書は言う。
人民解放軍の20年に及ぶ近代化は地域における米国の作戦に対抗する能力のある部隊として結実しており、冷戦後の紛争において米国が地上、空中、海洋情報の領域で享受した米軍の長期見積に問題を提起している。
(2)習近平が指示した軍事力増強の目標の前に、中国はまたその目的達成のため極秘裏に情報戦と非物理的な戦闘に訴えるかもしれない。
軍事力増強はアジアに対する支配を獲得しようとする中国の努力の一部であり、戦争への危険を増大させつつあると委員会は言う。「近代的」で「世界一流」の軍事力になるという目的を人民解放軍が達成する前に、北京は地域における目標達成のために非常にリスクの高い軍事力の行使より、むしろ軍事紛争の閾値より低い強制戦術を採るかもしれない。北京の共産主義拡大に対し伝統的な民主主義と自由市場秩序を維持しようとする米国とアジアのその同盟国にとって、中国の軍事力増強は新たな危険となると報告書は警告する。
(3)「中国はサイバー戦、宇宙戦のための兵器、人工知能、長射程ミサイル、その他の先進的兵器体系に資源を投入しつつある。その一部では米国を既に凌いでいる。外交、経済、軍事をもって暗黙の、あるいは現実の脅威によって世界中の国々へ影響力を及ぼし拡大する行動を、この報告書は克明に記録している。」と米中経済・安全保障問題検討委員会の共同議長Caroline Bartholomewは言う。
 軍事力の増強は、陸上、空中、海上、情報分野で何十年にもわたった米国の軍事的優位を弱体化させてきた。「遅くとも2035年までに、中国はインド太平洋地域全域で米国の行動に反対できるかもしれない。中国は軍近代化の目標を達成し続けるので、人民解放軍はインド太平洋及びそれ以遠の地域でますます全ての各種戦を戦うことができるようになるだろう。」と報告書は言う。
 中国の戦略はハイテク兵器を開発することで米軍と戦うように計画されているようである。「中国のハイテク兵器への大規模な投資は米軍の優位性に脅威を及ぼしている。中国の先進的兵器体系の開発と配備はインド太平洋における潜在的な紛争においてネットワーク化された精密攻撃分野での伝統的な米国の優位を深刻なまでに突き崩すかもしれない。」と報告書は言う。
(4)今一つの重要な進化は、最近の戦略支援部隊の創設である。同部隊は情報戦、サイバー戦、宇宙戦、電子戦を連接した軍種である。「新しい部隊は、各種戦のこれら領域を支配する軍事力を建設したいという北京の意図を示している。」と報告書は言う。先進的な海軍部隊の急速な増強でもまた高性能の艦艇が多く展開されており、増強の重要な形態となっている。2035年という人民解放軍のより広範な近代化達成目標をはるかに上回って、2025年には新艦艇が全世界に展開可能な海軍の遠征能力を提供すると報告書は言う。また、中国は航空機、艦艇、潜水艦、地上から発射可能な各種の中射程及び長射程のミサイルを配備してきた。ミサイルは、第2島嶼線以遠の固定目標、移動目標を攻撃する能力を大幅に改善したと報告書は言う。米空軍基地、空母、その他の水上艦艇に脅威を及ぼす中国の能力はインド太平洋全域で米国、その同盟国、協調国にとって深刻な戦略的、戦術的問題であることを示していると報告書は記している。
(5)増強の今1つの懸念は、中国軍が実戦経験の無いいわゆる「平和病」と統合作戦を実施できないことに対処する方法として、紛争への準備をしていることである。習近平は「強軍思想」を2017年以来推進してきた。それは戦争準備の不足と「習性化した戦闘思想」を一掃することを追求している。軍の増強は習近平が推進する世界で唯一の超大国としての米国を排除し、世界で優越を獲得するといういわゆる「中国の夢」によって突き動かされている。
 一帯一路構想と呼ばれる経済計画を通じ、中国はまた将来の遠征を計画しつつある。台湾の回収と南シナ海及び東シナ海における係争中の海域の保持を強固にすることが中国の重要な軍事目標である。新インド太平洋軍司令官Philip Davidson大将は4月に議会において、「インド太平洋地域への米国のアクセスと影響力を削減、明確な地域の覇権国となる長期戦略を追求しつつあり、北京はこの線に沿って既に大きく進展してきている。中国は最も早く台頭する大国ではなく、列強であり、地域において米国の対等な競争者である。」と述べている。
 米中経済・安全保障問題検討委員会のRoy Kamphausenは、将来の紛争において核兵器を使用する中国のドクトリンは明らかではないと言う。中国が紛争をどのように取り扱い、事態を発展させるかは、米国が紛争をどのように取り扱うかで異なってくる。「したがって、核の閾値を超える驚異はたとえ低くても、通常兵器による紛争のリスクは高いままである。」とRoy Kamphausenは言う。
記事参照:China Speeding Up Large-Scale Military Buildup

11月14日「南シナ海と台湾海峡、米中間抗争の最も揮発性の高い紛争要因―米紙論評」(The New York Times.com, November 14, 2018)

 米紙The New York Times(電子版)は、11月14日付で、“Military Competition in Pacific Endures as Biggest Flash Point Between U.S. and China” と題する記事を掲載し、南シナ海と台湾海峡が米中間抗争の最も揮発性の高い紛争要因であるとして、要旨以下のように述べている。
(1)米中貿易戦争が最近の米中関係の焦点になっている。しかしながら、南シナ海と台湾海峡という厄介な問題を見れば、太平洋の支配を巡る抗争が依然として米中間の最も揮発性の高い紛争要因であることを裏付けるものであり、しかもそれらを巡る緊張が高まりつつある。ワシントンと北京のそれぞれの地域戦略は、それぞれが如何に太平洋の軍事的支配を主張できるかを主眼としている。今のところ、この地域で最も強力な軍事力を維持しているのは依然、南シナ海への自由な海軍のアクセスと、その地位の強化を目指す台湾に対する支援能力を持つ米国である。
(2)しかし、中国は、南シナ海と台湾に対する支配を主張する上で、一層攻勢的になってきた。更に、中国の国営企業は、サイパンからバヌアツまでのオセアニアの島嶼諸国に対して、インフラ建設計画を掲げて侵出しつつある。米当局者は、こうしたインフラが最終的には中国軍の橋頭堡になりかねず、従って米海軍の前方展開司令部にとって厄介な課題になり得ると指摘している。オーストラリアもまた、南太平洋地域が自国の伝統的な影響圏であることから、事態を注視している。さらに中国は、自国の近海では主権を主張する南シナ海の岩礁や環礁の軍事化を推し進めている。そして、一部の国に対して台湾との外交関係断絶を求めている。
(3)ワシントンには、米国は巻き返しに転じるべきであるとする点でコンセンサスがある。南シナ海では、それは、主として「航行の自由作戦(FONOPs)」という方法をとっている。航行の自由作戦は、北京が領有を主張する島嶼周辺海域を米海軍戦闘艦が航行することによって、これら海域が国際水域であり、中国の管轄海域ではないことを主張するものである。11月13日には、Pence米副大統領の搭乗機がASEAN首脳会議に出席するためシンガポールに向かう途中、南シナ海上空を飛行したが、彼は機内で米記者に、搭乗機が領有権を争う南沙諸島の50カイリ以内上空を飛行したが、これも航行の自由作戦の一貫である、と語った。副大統領は、「我々は脅かされないし、引き下がることもない。これからも航行の自由作戦を継続していく」と強調した。
(4)米中戦争の危険性を警告する本(抄訳者注:『米中戦争前夜』邦訳版、2017年)を出版した、ハーバード大学のGraham Allison教授は、域内の大方は南シナ海を巡るゲームは既に終わったと見ており、したがって造成した人工島と岩礁や環礁から中国のプレゼンスを一掃するには時機を失したが、「Trump政権は今や、南シナ海や、台湾までも含めた、全ての戦線で精力的に反撃しようとしている。」と指摘している。11月9日にワシントンで開催された中国との国務・国防両相会談(2+2)終了時の合同記者会見で、Pompeo米国務長官は冒頭、「米国と『民主台湾』との強い結びつきに関しては、米国の政策は不変であり、我々は中国が台湾の国際的活動領域を制約するために、他の諸国に対する威嚇を強めていることを懸念していると、私はあらゆる機会に繰り返し述べてきた。」と強調した。これに対して、中国の常万全国防部長は、米国の南北戦争と「合衆国忠誠の誓い」(the United States Pledge of Allegiance)を引き合いに出し、台湾について「再統一を達成することは、我が党と我が国の使命である。」と強調し、「『忠誠の誓い』では、神の下の分割すべからざる国家に対して忠誠を誓う文言がある。この文言は台湾についても言えることであり、台湾は中国の不可分の領土である。」、もし「中国の領土保全が脅威に晒される」なら、米国が「南北戦争」で犠牲を厭わなかったのと同じように、中国は「如何なる犠牲を払っても」領土保全を維持する、と断言した。米シンクタンク「戦略国際問題研究所」(CSIS)のBonnie Glaser上級顧問は、「中国との合同記者会見の冒頭で、米国が台湾問題を取り上げるのは稀なこと」であり、「Pompeo 長官が『民主台湾』と表現したことは、確かに中国人を苛立たせたであろう。私は、台湾に関する中国側の会議での内密の発言はもっと辛辣であったと思う。」とコメントしている。John Boltonが4月に国家安全保障担当大統領補佐官になって以来、米国は台湾の利益を弁護することにおいて一層攻勢的になった。米国防省は、10月22日に2隻の戦闘艦(ミサイル駆逐艦と巡洋艦)が台湾海峡を通航した、と公表した。ホワイトハウスは当初、2007年以来絶えている空母の台湾海峡通航を検討していたが、もし空母が通航していれば、より一層激しい中国側の反発を招いたであろう。
(5)Mattis国防長官と常万全国防部長は、太平洋における緊張を緩和させようと努めてきた。ワシントンでの2+2の前に、2人は10月にシンガポールで会談した。ある国防省当局者によれば、両者の友好的な会談が今のところ米中両国が望み得る限界であった。米中双方は、両国間の軍事関係における厄介な問題、即ち中国の南シナ海における軍事化に対する交渉可能な限界点を探り合った。中国側は、自らの行動を軍事化とは言わず、米国の海域と上空における航行の自由作戦こそ、この海域を軍事化するものである、と非難する。ワシントンでの2+2に参加した中国外交部の高官は、中国が建設しているのは「自らの領土」における民用施設と必要な防衛施設であるとし、「中国側は、米国に対して、中国の人工島や岩礁などの周辺に戦闘艦や軍用機を派遣するのを中止すべきであり、中国の主権と安全保障利益を脅かす行動を止めるべきであると主張してきた。」と述べた。中国問題専門家、Michael Pillsbury(抄訳者注:邦訳版『China 2049』2016年の著者)は、中国人が米国のこうした行動を敵対的と見ることは間違いないと指摘し、彼らは「航行の自由作戦を、それが『無害通航』であっても、挑発的であり、あるいはそのパワーを維持しようと足掻く衰退しつつある覇権国家の行動と解釈している。」と述べている。
記事参照:Military Competition in Pacific Endures as Biggest Flash Point Between U.S. and China

11月15日「アジア太平洋諸国を悩ませる米中対立の高まり――米通信社報道」(AP.com, November 15, 2018)

 米国のAP通信は11月15日付 “US, China rivalry challenging entwined Asia-Pacific region”と題する記事を掲載し、ASEANサミットの閉会を受け、最近の米中間の緊張の高まりがASEAN諸国にとって困難な状況となっている点について、要旨以下のとおり報じている。
(1)最近の貿易戦争に象徴されるような米中間の緊張の高まりは、両国との間でそれぞれ深い関係を築いてきた東南アジア諸国にとって、望ましい状況ではない。11月15日、年に1度開催されるASEANサミットの閉会に際し、議長を務めたシンガポールのLee Hsien Loongは、ASEAN諸国が対立する米中の板挟み状態にあり、「どちらかを選択せねばならない」段階へと至る可能性があるが、「すぐにはそうならないことを願っている。」と、アメリカおよび中国を牽制するメッセージを発した。
(2)米中間の緊張の高まりという状況に加え、Lee首相は、アメリカのDonald Trump大統領が標榜する「アメリカ・ファースト」の外交方針が、アメリカとASEAN諸国との関係に大きな変化をもたらすと主張した。アメリカが投資や安全保障を提供してくれて、直接的・間接的にアメリカとともに繁栄した時代とはもはや異なるのだと彼は言う。もしアメリカが長期的にこうした方針を貫くのであれば、ASEAN諸国はそれに順応せねばならないと。
(3)ASEANサミットに参加したアメリカのMike Pence副大統領は、インド太平洋地域においては「帝国も侵略も」ありえないということを強調した。アメリカは、インド太平洋地域におけるあらゆる国がお互いを尊重し、あらゆる国家の主権、国際秩序のルールを守るよう求めるだけだと彼は言う。明らかに南シナ海に影響力を拡大しようという中国を牽制する言葉であった。
(4)他方、中国の李克強国務院総理は自らが経済的にも軍事的にも拡張しつつある東南アジア諸国の不安を払拭しようと試みた。彼は貿易の緊張によって不安定化した世界市場を安定化させるための協力をアジアの指導者たちにも求めた。ASEAN諸国は、Trump政権がこれまで彼らの経済成長の源であったグローバルな貿易システムを否定したことについて、中国と意見を共有している。ASEAN諸国の指導者たちは、保護貿易主義に反対し、グローバルな貿易を推進する規則を守る必要性を訴えてきた。
(5)こうした点において中国との意見の一致がある一方、海洋をめぐってASEAN諸国と中国には争いの火種がある。この点についてASEANサミットでは、ASEAN諸国が自制する必要について合意した。マレーシア首相Mahathir Mohamedは、必要なことは「軍艦を派遣しないこと、航行の自由を認めること」だとし、フィリピンのRodrigo Duterte大統領も、「行動規範(COC)」に関する合意の必要性を強調した。
(6)ASEANサミットは、地域の自由貿易協定、サイバー・セキュリティ、カウンター・テロリズム、災害対策、環境保護などの諸問題について活動するという合意をもって、協調と親善の精神が強調される中で閉会した。
記事参照:US, China rivalry challenging entwined Asia-Pacific region

11月15日「ロモノソフ海嶺を巡るロシアの取り組みと周辺諸国の動向―ロシア専門家論説」(The Arctic, November 15, 2018)

 露専門家Alyona Burdinaは、11月15日付のWEB誌The Arcticに"Several countries lay claim to disputed Lomonosov Ridge"と題する論説を寄稿し、北極圏の手つかずの資源を巡って北極圏諸国の議論が熱を帯びる中で、一部の国家がロモノソフ海嶺への権利を主張していると指摘した上で、要旨以下のように述べている。
(1)ロシアとカナダは北極海中央部の大陸棚における自国のプレゼンス拡大を巡る主張を最も熱心に行っている。ロモノソフ海嶺の法的地位はその発見以降、「公海に関する条約」や「大陸棚に関する条約」及び「領海及び接続水域に関する条約」など数多くの国際条約によって定められてきた。しかしながら、これらの法律文書は係争領域を巡る全ての問題を解決することはできなかった。これに関連して、「海洋法に関する国際連合条約」が1982年に採択された。
(2)ロシアは北極海の海底を争う主要競争国の1つであり、北極圏研究をささいな細部に至るまで行うべく相当な物資と人材を投じてきた。少なくとも7回の極地調査で人員が多大な時間をかけて北極海海底の地理的構成に関する必要データを収集した。彼らの主たる目的はロモノソフ海嶺の海底がシベリア大陸プレート(Siberian Continental plate)の一部だと証明することであった。法律的な観点からすれば、その一帯がロシアの大陸棚と結びついていることを意味する。
(3)ロシアは2001年12月に自国の外側縁を延伸すべく最初の申請を行った。その1年後、国連大陸棚限界委員会の委員は申請区域におけるロシアの権利を認めるには根拠が不足していると述べた。ロシアは2007年に海底とシベリア大陸プレートの境界線に関する調査を再開し、更なる証拠を探し出す最善の努力を行った。北極海調査「Arctic 2007」では深海潜水艇のミール1号とミール2号が北極海海底に到達した。2015年にロシアは国連に対して再度申請を行った。
(4)他国も明らかにエネルギー資源が豊富な北極圏に関心を有している。ロシアに加えてカナダが係争域における自国の権利を守ろうとしている。米国とカナダは2008年から2009年まで当該域で大陸棚の調査を共同で実施し、ロモノソフ海嶺が北米大陸プレートの一部であると証明すべく最善を尽くした。調査要員はアラスカ北方とメンデレーエフ海嶺に伸びる一帯に加え、カナダ北極諸島において調査を行った。米国とカナダの科学者は海底と大陸棚の状態を示すデータの収集に成功し、写真やビデオも撮影した。カナダは自国の大陸棚を延長すべく、当該データに基づいた申請を国連に行った。カナダ政府によると、同国研究者による観測はロモノソフ海嶺が米大陸の延長であることを証明した。カナダは北極圏の開発問題で大きな役割を果たしている。なぜならば、カナダは面積の面からも最大の北極圏諸国の1つである上に、同国は北極圏に強い関心を示しているからである。カナダの位置と、これら一帯の開発のための先端テクノロジーは明確な優位点である。
(5)デンマークも大陸棚に対して同様の主張を展開しており、同国政府は科学的なデータに基づいてグリーンランドの大陸棚が海底地質と直接つながっていると主張している。これによってデンマークは同国の自治州であるグリーンランド北方の900,000平方キロメートルに及ぶ一帯を主張できるようになる。これと似たような申請を準備中の米国はこれまでのところ係争域を合法化し、国連による審査のための関連文書を提出するには重みのある議論を欠いている。
(6)議論と相違の焦点であるロモノソフ海嶺は意外なことに、この魅力ある北極圏の一部を手に入れようとするライバル国間の外交上の架け橋としても捉えられる。なぜならば、ライバル諸国はこの問題を政治的手法によって、手を携えて解決しなければならないからである。さもなければ、国連はこれらの将来性あふれた一帯に国際的な地位を与え、非北極圏諸国を含む様々な国に開発させる権利を有している。したがって、ロモノソフ海嶺に関する条約を打ち出す取り組みは北極圏諸国にとって優先順位が高いのである。
記事参照:Several countries lay claim to disputed Lomonosov Ridge

11月18日「アジアにおける米海軍の優位の終焉?-米専門家論説」(Lawfare, Blog.com, November 18, 2018)

 米ボストン大学の政治学教授であり、ハーバード大学フェアバンク中国研究センター客員研究員のRobert S. Rossは、11月18日付の法律・安全保障関連のブログLawfareに“The End of U.S. Naval Dominance in Asia”と題する論説を寄稿し、台頭する中国海軍の戦力と米海軍の現状を比較しつつ、Trump政権は米中関係における安全保障面により注目すべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1)中国海軍の急激な台頭は東アジア海域における米国の海洋支配への挑戦である。しかし米国は、これに対応できるような建艦計画に資金を投入することはできなかった。その結果、バランスオブパワーは米国の国防戦略に根本的な変化をもたらしている。それでも米国は、東アジアにおける影響力の減少という表現は使用していない。
(2)中国海軍は現在、350隻近くの艦船を保有しており、その規模は既に米国海軍より大きい。中国は世界最大の造船国であり、現在の生産ペースであれば間もなく400隻の艦船を運用することができるだろう。これには毎年3隻の潜水艦調達を含み、2年後には70隻以上の潜水艦を保有することになる。中国海軍はまた巡洋艦、駆逐艦、フリゲート、コルベットを増強しており、その全てが長距離対艦巡航ミサイルを装備している。2013年から2016年の間には30隻以上の最新型コルベットが就役したが、このペースであれば中国海軍は今後15年間で100隻の潜水艦を含む430隻の艦船を保有することが出来るだろう。
 また、中国海軍の装備近代化も進展しており、RAND研究所の分析によれば2010年には50%以下であった近代化は2017年には70%以上に達している。例えば、ディーゼル潜水艦は静粛化が進んでおり、米海軍の対潜水艦能力に対抗しようとしている。また、水上艦発射あるいは航空機発射の対艦巡航ミサイルも性能が向上しつつある。中国海軍は現在、米海軍に重大な挑戦を試みているのである。更に言えばDF21CやDF26など中距離弾道ミサイルも韓国、日本、フィリピン、シンガポール、グアムなどの米海軍施設を標的にすることが可能であり、この地域の米国に対する挑戦となり得る。
(3)中国海軍が台頭する一方で、米国は東アジア全域で海上優勢を維持しているものの、その将来は決して明るくはない。2018年初頭、米国艦隊の規模は280隻態勢であったが、議会の予算庁によれば、今後の海軍予算が過去30年間の予算の実質平均で推移し、これに空母と弾道ミサイル潜水艦の建設計画を維持している場合、12年後には237隻態勢となる。今後6年間で潜水艦は48隻まで減少し、11年後には41隻となる。海軍もホワイトハウスも米海軍の増強を望んでおり、海軍は2022年までに艦隊を308隻に増勢することを計画し、Trump政権も355隻の海軍を計画している。しかし、その予算獲得は計画どおりに進んでいない。さらに、艦船建造所では人員不足から整備が遅れがちであり、艦船可動日数が減少しているほか募集上の問題も深刻であり、過去10年間、米国の造船業は衰退傾向にある。そうした中、大規模な艦隊の整備は全く保証されていないのが実態である。元より艦船建造のための連邦予算の再配分も可能性は極めて低い。
 また、この355隻の海軍でさえ増強し続ける中国海軍に対抗するには不十分である。米国の国防予算は中国の国防予算よりGDP比で75%近く大きい。しかし、米国とは対照的に、退役軍人への給付などを含む中国の社会福祉予算は、国家予算の最小限である。中国はこうした部門に制約されずに国防費を容易に配分することができ、しかも軍事予算を浪費する米国のような遠隔地の戦争にも関与していないのである。
(4)このような海上における軍事バランスの変化は東アジア諸国における米国の安全保障コミットメントへの信頼を弱め、中国との安全保障協力を志向させることとなる。
韓国は最近、米国とのミサイル防衛協力や日米との安全保障協力を制限するという中国との合意に達した。フィリピンは米国との防衛協力を縮小し、中国との安全保障関係を改善している。また中国は、ベトナムと米国との防衛協力阻止を企図しているほか、マレーシアとも共同演習を開始している。最近では初の中ASEAN共同海上演習も実施された。米国はこれら全ての国々との防衛協力を継続しているが、海上軍事バランスの変化と同じく、米国の安全保障にとって良くない傾向も既に見受けられる。
 中国の海上作戦能力の向上、米海軍の海上拠点へのアクセス阻止の動き、同盟関係の衰退などは黄海、東シナ海、南シナ海で顕著である。そして米海軍は、艦船数の減少を補うために技術力に頼っており、中国の対艦巡航ミサイルや潜水艦に対抗するため長距離対艦巡航ミサイルなどを開発中であるほか、指向性エネルギーや超電磁砲(レールガン)などの技術も開発している。また、艦船数減少に対する長期的な解決策として無人機(対潜戦、対機雷戦用の無人水中、水上ビークルなど)の開発にも焦点を当てている。
(5)米国は、南シナ海及びその他の地域における米海軍施設への確実なアクセスと同盟国の協力の減少という未来に直面している。このため、戦略上の重点もアジア太平洋からインド太平洋地域へと転換しつつあるが、これは単なる名称変更ではない。この「インド洋太平洋戦略」の鍵は、中国の潜水艦や水上艦艇の脅威からインドやオーストラリアなどの海外拠点への安全なアクセスを確保することである。これらの拠点の存在は米海軍が南シナ海以外でも中国海軍に対抗することを可能にし、中国海軍のインド洋及び西太平洋へのアクセス拒否を可能とするものでもある。
 最近の米印合意は、米海軍がベンガル湾やマラッカ海峡の西方で活動できるよう、インド海軍施設へのアクセスを拡大する米国の努力を反映している。同じく、ココス島への関心を含む西オーストラリア州における米豪協力の拡大は、米海軍による南シナ海への兵力展開とインド洋南部でのオペレーション実施を可能にするものである。そしてまた、海軍が遠隔地の洋上でオペレーションし、中国の長距離作戦能力と対抗するためには 艦載のF-18戦闘攻撃機及びEA-18G電子戦機の能力向上なども必要であった。
(6)しかし、こうした装備取得や域外展開をもってしても、海軍の抱える問題を根本的に解決することはできない。中国に対する米国の技術的優位性が年々小さくなりつつあることは海洋安全保障の本質に係る重要な問題である。さらに、東アジアにおけるオペレーションの増加に伴う展開行動の過密化は、艦船の保守整備や乗員の訓練の不足を招いており、最近の事故の連続(抄訳者注:2017年に立て続けに生起した第7艦隊所属艦艇の衝突事故などを指すと思われる。)はインド洋太平洋地域におけるプレゼンス強化の反作用でもある。
 米海軍は、作戦能力の低下、同盟国の信頼性の低下、地域へのアクセス阻止の動きなどに対応してきた。こうした能力が相対的には低下したとしても、中国の台頭に対抗するためのプレゼンスの強化に努めている。例えば、Trump政権下では「航行の自由作戦(FONOPs)」はObama政権時の約2倍、概ね2ケ月に一度のペースに増加している。2018年6月、米国は中国が領有権を主張するパラセル諸島から12海里以内で2隻の艦船を航行させた。また、同年6月と9月には中国の人工島付近でのB-52爆撃機の飛行も実施させている。
(7)米国は毎年、他の多くの国の海洋権益の過度な主張に対抗するためFONOPsを実施しているが、南シナ海でのみ、特に高度な宣伝活動任務、例えば哨戒任務機へのジャーナリストの同乗などを実施している。これらは「航行の自由」の原則に係る米国のコミットメントを示すのみならず、中国海軍の能力向上に対抗する米海軍の意志を示すものでもある。
 最近の太平洋艦隊における展開任務の過密化と、その結果としての安全上及び訓練上の問題にもかかわらず、米海軍は中国に「対応」するとして東アジア海域におけるプレゼンスを強化している。James Mattis国防長官も南シナ海における行動によるプレゼンスを通じた問題解決を主張している。2018年11月、米海軍はこれまでで最大級の日本との共同訓練を実施した。しかし、中国に対抗する海軍能力を持たない東アジアにとっては、こうした米国のプレゼンス強化も安心に足るものではなく、中国に対抗するのに十分なものでもない。
 懸案事項の一つは、海軍の過度な展開拡大によるメンテナンスや即応態勢の悪化であり、それは海上における事故などに対して艦船を脆弱にし、結果的に艦船造船予算を削減することにも繋がりかねない。このことは海軍がロシア周辺海域への展開を強化していることにも関係しているが、米海軍の東アジア戦略におけるこうした緊張状態は、減少傾向にある海軍力の苦境を反映するものでもある。
 米国はパワープロジェクションの競争相手が地域的影響力を強めることに抵抗しているが、このようにプレゼンスを一時的に強化することで相対的な能力の減少を補おうとする試みは、より長期的には中国の台頭に対応する能力を損なう可能性もある。
記事参照:The End of U.S. Naval Dominance in Asia

11月19日「中国の政治的、経済的切り離しを模索する米国―豪専門誌論説」(East Asia Forum, November 19, 2018)

 WEB誌East Asia Forum 編集委員会は、11月19日付で"Decoupling the US from Asia"と題する論説を掲載し、米国が中国の政治的、経済的な切り離しによって自国の安全を確保しようとしていると指摘した上で、要旨以下のように述べている。
(1)Mike Pence米副大統領は、10月4日のハドソン研究所におけるスピーチで中国との新冷戦の号砲を鳴らすつもりはなかったのかもしれないが、世界の政治コミュニティは今やその提案を真剣に考えたとしてもおかしくはない。もちろん新冷戦という考え方は新しいものではない。Steve BannonやPeter Navarro、John Bolton及び Robert LighthizerといったTrump大統領の補佐官や元補佐官らは、程度の差こそあれ中国からの政治的・経済的切り離し(decoupling)の擁護者だと見られている。Navarroは最近のCSISでのスピーチで中国がいかに米国の安全保障をむしばんでいるのかを、経済的「自給自足」戦略をとることこそが米国を安全にする唯一の道だと印象付ける最も極端な形で主張した。
(2)習近平主席が権力基盤を固め、中国共産党の統制を政府と中国社会全体に及ぼし始める中で、新冷戦というストーリーは牽引力を増した。これに伴って米政界全体は目に見えて対中強硬姿勢に転じた。確かに、米中経済・政治関係の次フェーズに向けて一層効率的かつ公平な基礎を確保する交渉の議題には真の問題がある。中国はもはやWTO加盟を熱望する貧しい国家ではなく、高中所得経済を擁する世界最大の貿易国家である。米国の新たなストーリーの多くとは反対に、中国は2001年に同国とそのパートナーが署名したシステムのルールを甚だしく軽視してきたわけではない。
(3)今や最大限の優先順位を有する交渉事項の多く――対外投資や知的財産権、産業補助金及び競争政策に関係――は現在中断されている米中二国間投資協定の交渉に包含されていた。貿易の更なる自由化や産業改革の問題もある。これらの問題に取り組むことは米国やその他諸国の利益に合致するだけではなく、中国が少なくとも先進工業国の末席に追いつき、中所得国の罠を避ける道だと主張してきた改革課題の実行にも資する。これらすべてのことは習主席とTrump大統領がそれらを選別し、一部の決着に合意した場合のみしっかりと交渉できるものになるだろう。しかしながら、Gary Hufbauerが11月18日付でEast Asia Forumに投稿した論説で警告するように、10月のPenceによる宣言は「平時」からの大きな展開を示している。Hafbauerは「かつての米ソ対立とは異なり、新冷戦の前線は経済制裁にある。」と指摘する。
(4)Hafbauerは米国が中国の経済的分離を目的とした経済戦争を強化することを懸念している。Trump政権が抱く当座の不満は、常態化した対中貿易赤字と中国が米企業の技術を盗み出すことである。しかし、本当のところはいかに計算を操作しようとも2030年あるいは2050年までには中国が経済面、技術面で米国を追い抜くと見込まれていることに対する単なる恐怖である。
(5)Hafbauerは米国が自国を中国経済から切り離し、中国との貿易とテクノロジー面の結びつきを閉ざそうとしていることを敗者のゲームと見なしている。Hafbauerの見るところ、新冷戦はTrump大統領と習主席が遺す遺産となる。また、George W. Bush大統領の下で財務長官を務め、米国屈指の中国専門家でもあるHenry Paulsonは切り離し戦略に強い警鐘を鳴らしている。彼は、切り離しは実際に結びついている時のほうが簡単だと指摘する。だが、米国と中国は結びついてはいない。米中両国は特にアジアにおいて空前の規模で多国間の統合がなされている国際経済の一部である。
(6)米国は貿易や資本、技術の流れを断つことで中国を分離しようとし続けるだろうが、米国の同盟国を含めてすべてのアジア諸国にはそのようなコストに耐え得る余裕はない、とPaulsonは指摘する。世界の多くの国はおそらく現在のワシントンの懸念を共有するだろう。しかし、冷戦式の中国の切り離しあるいは分離は経済的、政治的な騒乱を起こしかねず、アジア太平洋の秩序を臨界点まで伸ばした世界的な不満の冬をもたらすだろうオプションである。
記事参照:Decoupling the US from Asia

11月19日「北極で影響力を増す中国―米専門家論説」(China US Focus.com, November 19, 2018)

 香港に拠点を置くChina-United States Exchange FoundationのWEBサイトChina US Focusは11月19日付でウィルソンセンターの環境変動と安全保障プログラムの上級研究員Sherri Goodmanとジョージメイソン大学大学院生Marisol Maddoxの“China's Growing Arctic Presence”と題する記事を掲載し、中国が北極評議会のオブザーバーの地位を手に入れて以来、中国民間企業の関与の拡大、海外直接投資の増大等により北極地域での影響力を拡大しており、米国は北極において指導的役割を果たす必要があるとして、要旨以下のように述べている。
(1)2013年に北極評議会のオブザーバーの地位を手に入れて以来、中国は北極での影響力を増すために歩みを進めている。地政学の将来と世界的通商における外洋としての北極の死活的役割は大連海事大学の李振福の発言に強調されている。李振福は、「北極航路を支配する者は誰であれ、世界経済と国際的戦略の新たな航路を支配する。」と述べている。
 2018年1月に中国は北極政策を発表し、一帯一路構想の第3の拡張として「北極シルクロード」を宣明し、中国を「北極近傍国家」と宣言した。政府と完全に分かつことが困難な中国企業はその役割を戦略的に拡大してきた。軍民両用の直接投資と北極圏国及びその関連水域での科学的事業を通じて、財政的に、そして地政学的に関与したのと同じように、砕氷船への投資と北西航路と北極海航路での海上交通を増加させることの両面で物理的に企業の関与を拡大してきた。
(2)中国は国産初の砕氷船・雪龍2を建造した。同船は船首方向にも船尾方向にも砕氷能力を持つ。一方、米が保有する砕氷船で最も新しく、技術的にも能力があるHealyは中型船で大型船ほどの砕氷能力は無い。しかし2018年夏、Mattis国防長官は「米国は北極でゲームを始める。」と発言した。
 2018年夏、ロシアのLNG船が伝統的なスエズ運河を航過する南回り航路ではなく、北極海航路を通って中国に向け航行した。スエズ運河は米国の同盟国が支配しており、中国の脆弱点と考えられている。さらに、北方航路を採ることで船舶は海賊への懸念から伝統的に問題と考えられていたチョークポイントを回避することができる。気候変動が今後数十年進展することから、2018年のLNG船の北極航路航行は、世界の商業海上交通が物理的に変化すること示している。海水温度の上昇、氷の溶解によって北極海航路や他の北極航路は変化し、水路図や捜索救難対応力が改善されるだろう。アジアから欧州への北極海航路は南回り航路より約2週間短縮されることから中国に地政学的意識と商業的観念をもたらすだろう。
(3)疑いもなく、極北はインフラを持続的に開発、建設するために投資資金を必要としている。この目標のため、中国は大切な経済上の協力者である。しかし、受け入れた投資資金はその投資額によって得られる地政学的影響力に伴うリスクを重視しなければならない。戦略的投資は中国がその権益を擁護するために影響力をてこ入れする経済的強制の一形態と見られてきた。
(4)2017年11月のCNAアナリシス・アンド・ソリューションの報告は、中国が資源開発計画にグリーンランドのGDPの11.6パーセントに等しいものを引き受けていると明らかにした。この高い水準の海外直接投資は地政学的な含意を持っている。海外直接投資の含意の問題は最近、同国の空港インフラ改良の資金を誰が提供するかで山場に達した。先頭を行くのが中国と気付いたデンマーク政府は速やかに資金提供に踏み切った。この資金をKim Kielsen首相が受け取った時、独立派政党はこれをグリーランドへの内政干渉と見て連立政権を離れた。
 グリーンランドにはチューレ空軍基地があり、NATO空域もあることから米国にとって戦略的に重要である。グリーンランドの空港問題を受けて、国防総省は同国に対する防衛投資に関する趣意書を発出し、見込みのある戦略的投資を積極的に追求する意図を示した。この投資には「軍民両方の目的に貢献」し、「軍の作戦実施の柔軟性と状況認識」を強化することが含まれる。国防総省の発表に対し、デンマーク外相は「北極は地政学的視点からますます重要であり、グリーンランドにおいて両国の安全保障上の共有する目的に貢献し、地域を緊張の少ない地域に維持する米国との防衛協力を心から歓迎する。」と述べた。
(5)中国は北極への参入を容易にするためにロシアと提携することの利益を認識している。米国の制裁で生じたロシア国営ガス企業Novatekの資金不足に対し、中国は資金提供に踏み切り、現在は仏国際石油企業Totalとヤマル半島にあるロシアLNG施設の共同所有者である。中国は計画中の第2ヤマルLNG施設への資金調達も支援するだろう。米国に対する報復関税の一部として、中国は米国のLNGに対し10パーセントの関税を課すことを決定し、効果的に米国をエネルギー市場から閉め出した。
 中国の対外直接投資は世界中でその規模と影響力を拡大しており、より厳重に調べられている。中国は迅速に、そして決定的に機会を捉えている。中国は、それが商業ベースに乗らなくても外国のインフラ計画への投資を厭わずにきた。このことは「債務の罠」外交として国際的議論となってきた。中国と北極シルクロードについて合意したロシアも投資資金の増加を懸念し、インドとの戦略的パートナーシップの構築によって中国の影響力への対抗策を模索しつつある。
 米国は、中国の投資受け入れを躊躇する国に対し代替の投資を提供する方策を取り始めた。このことは、超党派で議会を通過した海外インフラ投資強化のためのBUILD Actに明らかにされている。北極開発銀行という新たな選択肢もあり、開発銀行も国際資金提供に重要な役割を果たしている。
(6)中国は、中国極地研究所の任務のために200名を越える科学者を配置したのと同じように、スヴァルトバルドに何十人もの科学者を置いて北極の戦略的調査開発を著しく拡大していった。中国の砕氷調査船の航行数は毎年増加し続けている。中国はまた数年来、変化する北極について日韓と対話を行ってきた。また、海中をより良く理解するために海洋調査機関の研究員や技術に投資してきた。
一部の人は最近、大国の対立の新しい時代に科学的探査とインフラ投資のあいまいさを「グレーゾーン」の問題と特徴づけ始めている。グレーゾーンは、紛争の特質に関する曖昧さ、関係する組織の不透明さ、適切な政策と法的枠組みの不確かさによって特徴づけられる。
 この固有の曖昧さは、特に発展途上国が経済的発展の機会と主権を損なうことなく、気候リスクを理解する必要な手段を追求することを難しいものにしている。
(7)要するに、中国は経済的、科学上、戦略的利益のため北極における影響力を得ようとしていることは明らかである。気候変動は、北極の氷が溶解するのを促進するだけでなく、北極の地政学に中国が参入してくることを加速している。米国はこの唯一の機会の窓の間に北極における地政学の情勢の変化で指導的役割を果たすことが肝要である。そうすることに失敗すれば、米国は長期にわたって北極地域における米国の利益に大きな不利益を被ることになるだろう。
記事参照:China's Growing Arctic Presence

11月20日「一方に与しないインドネシアのインド太平洋ビジョン―香港紙報道」(South China Morning Post, 20 November, 2018)

 11月20日付の香港紙South China Morning Post電子版は、“Indonesia’s Indo-Pacific vision is a call for Asean to stick together instead of picking sides”と題する記事を掲載し、ASEANは、その中心性が維持され、開放性、透明性及び包括性によって運営されるインド太平洋構想に関する議論を行っており、それをインドネシアが主導しているとして、要旨以下のように報道している。
(1)インドネシアは、ASEANがインド太平洋地域のビジョンを宣言する活動を先導している。ジャカルタの提案は、1月のASEAN外相会合で公表されたもので、今年すでにインドネシアの外務大臣Retno Marsudが明らかにしたアイデアに主に基づいている。それは、ASEAN主導のメカニズムを利用し、包括、信頼構築及び国際法の原則に基づく、ASEANの「平和、安定及び繁栄の生態系」と類似したインド太平洋の「地域アーキテクチャ」を望んでいる。これらのアイデアはインドネシアによってまとめられ、さらなるインプットのために他の加盟国に回覧された「インド太平洋アウトルック(Indo-Pacific Outlook)」というコンセプト・ペーパーに反映されている。改正された草案は、ASEANの中心性を強調し、進化する地域アーキテクチャにおける既存のメカニズムが強化されることを求めている。それは、アジア太平洋及びインド太平洋地域を、密接に一体化され相互に連結されたものとして考えており、単一の地政戦略的なシアターとしてそれらを描写している。民主的規範のような共通の価値観に焦点を当てたインド太平洋を扱う他の枠組みとは異なり、この文書は、開発と繁栄のような共通の利益を強調する。
(2)この要望は、より大きな大国による既存のインド太平洋構想が排他的であり、この地域を敵対する陣営に分けるという懸念に由来する。この目的は、比較的反論しにくいものであり、インド太平洋の既存の構想と矛盾しないが、戦略的で実用的というよりも、より意欲的で規範的なように見える。それらは、すぐにインパクトのある目標ではなく、差し迫った戦略的な課題に取り組むこともない。このコンセプト・ペーパーが南シナ海での北京の策謀を変更する可能性はほとんどなく、この地域の米国による航行の自由作戦の実行を妨げることもない。その代わり、インド太平洋アウトルックは、広範な多国間地域アーキテクチャに合意する、中国を含む、全ての地域大国の参加を念頭に置いて公式化されているように思える。
(3)先週、パプアニューギニアで開催されたアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議では、インド太平洋に関する中国と米国の競合する見解が表面に浮かび上がった。中国の習近平国家主席と米副大統領Mike Pensは、それぞれのこの地域のインフラ整備に関する考えを述べた。しかし、パックス・アメリカーナ(Pax Americana)またはパックス・シニカ(Pax Sinica)の下では、インド太平洋は持続不可能であり、抵抗に直面するだろう。対立的な多極性及びそれに続く断裂は同様に見込みがない。
(4)したがって、インド太平洋アウトルックは、たとえそれが国家間の問題を解決できないとしても、すべての利益の調整を望む代替の地域秩序である。コンセプト・ペーパーの草案によれば、地域大国は、ASEAN主導のメカニズムの中心となる、この地域における戦略対話のための最も包括的なプラットフォームとして、東アジア首脳会議(EAS)を「強化し、最適化する。」ことを求めるべきである。
(5)しかし、このガバナンスのモデルにすぐに移行する具体的な計画はなく、実施機関間の分業も確立されていない。すべてのことが述べられ、実行された場合、ASEANが合意するインド太平洋アウトルックは、地域のより切迫した短期的課題から逸れる可能性がある。しかし、長期的にはこのビジョンは最も開放的だが、地域的な勢力均衡を安定させることができる実行可能な選択肢を示している。これは、ASEANがEASを単に強化するだけでなく制度化することができた場合、特に現実的である。適切な後押しが与えられれば、その作業の結果は待つだけの価値がある。
記事参照:Indonesia’s Indo-Pacific vision is a call for Asean to stick together instead of picking sides

11月20日「南シナ海における中国の新しいプラットフォーム―CSIS報道」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, November 20, 2018)

 米国のシンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)のWEBサイトAsia Maritime Transparency Initiativeは、11月20日付で“China Quietly Upgrades a Remote Reef”と題する記事を掲載し、南シナ海における浚渫と埋め立てによる人工島の建造とは異なる、中国による新しいプラットフォームの設置を、国際社会が妨げ、非難することはより困難であるとして、要旨以下のように伝えている。
(1)西沙諸島のボンバイ礁の最近の衛星画像によると、中国が、台湾とベトナムも権利を主張しているほとんど手付かずの南シナ海の地勢で新しいプラットフォームを設置している。
(2)ボンバイ礁は、西沙諸島の南東端に位置し、この諸島のその他と同様に1974年以来中国によって管理されている。しかし、この夏までは、このほとんど水没した岩礁での唯一の人工構造物は、その西側に数十年前からある灯台だけであった。最も近い中国の前哨基地は、北東に39カイリ離れたリンカーン島、北に47カイリ離れたウッディー島、北西に50カイリ離れたダンカン島、そして、西に75カイリ離れたトリトン島である。
(3)新しいプラットフォームは、2018年7月7日の衛星画像で岩礁に初めて現れた。それは、約27メートルの長さと12メートルの幅があり、水面上から少し距離があるところに建造された。この構造物は、直径がおおよそ6メートルのレーダードームと、124平方メートルを覆うソーラーパネルで占められている。上部の建造物は、プラットフォームが収容しているかもしれない他の施設又は設備を隠している。
(4)この構造物の使用に関する1つの非軍事的な選択肢は、それが西沙諸島付近を通過する船舶への航法援助として役立つという可能性である。しかし、このプラットフォームは、より小さなブイや一連のブイによって提供されることが可能と考えられる機能としては、異常に大規模で高度なもののように見える。またこれは、ボンバイ礁には航行援助の役割を果たしている灯台が既にあるため、重複しているように見える。
(5)ボンバイ礁の戦略的な位置を考慮すると、より可能性が高いのは、本質的に軍事的なものである。この岩礁は、南方への南沙諸島と西沙諸島の間を走る主要な航路に直接隣接しているため、中国のレーダーや、その重要な海上交通路に関する電波信号の傍受による情報収集を拡大するセンサー・アレイにとって魅力的な場所になっている。レーダードームは比較的小さく、近くのウッデ​​ィー島やスプラトリー諸島の中国の主要拠点付近に建設された大規模のセンサー・アレイと比較すると控えめである。おそらく電力供給が制限要因である。ボンバイ礁は基地や発電設備を保有していないため、プラットフォームは自給自足でなければならない。上に並んでいるソーラーパネルが唯一の電源かもしれないが、上部構造物の下の施設において発電機を強化する可能性もある。
(6)西沙諸島と南沙諸島における中国の能力の急速な増強により、南シナ海での海洋状況把握(MDA)における可能性のあるギャップは、スカボロー礁を中心とした北東、そして、比較的程度は低いが、南沙諸島と西沙諸島の間の水域だけである。ボンバイ礁から南及び東へのこれらの能力の拡大によって、中国は、水路全体にわたり監視し、戦力を投射するという目標に近づくだろう。
(7)さらに、プラットフォームの急速な展開とその小さな環境フットプリントは、近年における中国の南沙諸島の前哨基地の拡張を示す浚渫と埋め立ての集中的なプロセスとはまったく対照的である。もし構造物がセンサー・アレイを収容しているならば、それは、北京が以前の人工島建造キャンペーンに伴う環境破壊や評判へのダメージなしに、紛争のある地勢周辺の状況把握を広げる恒久施設を迅速に確立できることを示している。浚渫と埋め立てに比べて、適度なプラットフォームの設置は、これを妨げるのがより難しく、国際的な非難を集めるのは困難だろう。
記事参照:China Quietly Upgrades a Remote Reef

【補遺】

The Geopolitics of the Quad
https://www.nbr.org/publication/the-geopolitics-of-the-quad/
The National Bureau of Asian Research, November 14, 2018
Arzan Tarapore, Nonresident Fellow, The National Bureau of Asian Research
 2018年11月14日、米シンクタンク、全米アジア研究所(The National Bureau of Asian Research)のArzan Tarapore客員研究員は、同研究所のウェブサイト上に、" The Geopolitics of the Quad "と題する論説を発表した。この中で、同研究員は、11月15日に開催される日米豪印戦略対話(四カ国戦略対話)に関し、同対話の枠組みが近年の中国が示す修正主義的、中国至上主義的な行動に対する有効な手立てになるかどうかなどを論じているが、この枠組みがNATOやASEANのような軍事的、政治的な国際機構への広がりには結びつかないとして限界性を示しつつも、自由で開かれた法秩序の維持という共通項を軸とすることで、中国の覇権主義への一定の抑止にはつながると評価している。