海洋安全保障情報旬報 2017年6月1日-6月30日

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はじめに

 今回の旬報では、米国による航行の自由作戦に関する論考が多く取り上げられている。これは、524日に米海軍のミサイル駆逐艦USS Deweyが、南シナ海のミスチーフ礁(美済礁)の12カイリ内の海域を航行したことを受けた反応である。特に、今回の航行の自由作戦はトランプ政権下で初めてとなる行動であり、各国の専門家が即座に反応したことも頷ける。

 スタンフォード大学のEmmersonは、航行の自由作戦の継続がもたらす南シナ海問題への影響力を指摘し、トランプ政権下でも継続かつ定期的な同作成の実施が重要であることを主張している。

 The Lowy InstituteConnellyも、基本的には米国の航行の自由作戦の意義を認め、恒常的な実施の必要性を説いている。ただし彼は、同作戦に対する解釈について、中国が南シナ海で進めている領有権主張活動やそれに付随する人工島建設や軍事化を阻止するためのものと捉えてはならないと述べており、特徴的である。

 米海軍大学中国海洋研究所のDuttonKardonは、524日のUSS Deweyの行動について、米国防省が航行の自由作戦であったのか否かを明確にしていない点を触れた上で、今回の同艦の行動は、他国領海における無害通航権の行使ではなく、単なる航行の自由の実践に過ぎないと指摘している。そして、我々は航行の自由作戦と単なる航行の自由の実践とを区別して理解しなければならないとして、両者を混同することによって生じうる問題を挙げている。

 そして、日本でも著名なハーヴァード大学のNye教授は、マッキンダーやマハンといった古典地政学者らの基本的ビジョンを紹介した上で、中国の一帯一路構想を米国にとっても利益となりうる存在だと評しながらも、大戦略におけるゲーム・チェンジャーにはならないと明言しているのが興味深い。

 以上のとおり、米国の航行の自由作戦に関しては、全体としてその意義を認めつつも、細部の解釈では各専門家によって異なる主張がなされている。「航行の自由」、「無害通航」といった国連海洋法条約等の海洋に関する諸概念を頭に入れながら今回の旬報をお読みいただくと、各論考の特徴や相違点がより明確になるだろう。

 その他、インドの研究者、Malik研究員の階層的な国際情勢分析やパナマが中国との国交を樹立した事実や背景、人民解放軍海軍の動静など、今号も世界各国の有識者による有益な論考や記事を取り上げている。我が国とも密接な関係のある東アジア海域の海洋安全保障環境を理解する際の参考にしていただきたい。

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61日「南シナ海は米にとって重要な利益、『航行の自由』作戦を継続すべし―米専門家論評」(Yale Global, June 1, 2017

 米スタンフォード大学東南アジアプログラム・リーダーDonald K. Emmersonは、WebYale Global61日付で、"South China Sea: US Bargaining Chip or Key Interest?"と題する論説を寄稿し、南シナ海へのコミットメントはアメリカ自身の重要な利益であり、「航行の自由」作戦を継続的に実施すべきとして、要旨以下のように述べている。

1)米海軍ミサイル駆逐艦USS Dewey524日、南シナ海で中国が占拠する海洋自然地形、ミスチーフ礁(美済礁)の12カイリ以内の海域を航行した。「航行の自由(FON)」作戦は、201610月半ば以降実施されておらず、20171月のトランプ大統領就任以来、太平洋軍司令部はFON作戦の実施を求める要請を何度も拒否されてきたといわれる。USS DeweyFON作戦については、公式には何も発表されなかったし、更なるFON作戦の実施という公的な約束もなかった。

2)何年もの間、ワシントンは、北京が南シナ海を「中国の湖」に変えるのを静観してきた。この態度は北京の政策に益した。既に、一部のアナリストは、ゲームが終わったとさえ結論付けている。中国の海洋における態勢がより強力に、より不可逆的になればなる程、アメリカの対応はより価値のないものになろう。アメリカの無関心は、経済的かつ戦略的に世界で最も重要な通商路の1つに対する、全面的な支配を最終的に確立しようとする中国の取り組みを可能にしてきた、あるいは少なくとも妨害してこなかった。オバマ前政権の「戦略的忍耐」は、平壌のミサイルによる忌々しい好戦性を緩和することを失敗しただけではなく、南シナ海を支配しようとする北京の衝動を減退させることにも失敗した。ワシントンは、北京に対して南シナ海を軍事化しないように警告したが、中国は無視した。FON作戦は、3カ月間で2度実施するとの公約にもかかわらず、断続的で次第に間隔が空き、ほとんど実施されなかった。

3)一方、ASEAN諸国の指導者は、沈黙と中国に対する敬意の報奨として、中国による精力的な「元」外交の標的となった。これに対して、オバマ前政権は、原則、即ちグッド・ガバナンスと「航行の自由」を掲げた。TPPは前者の、そして南シナ海でのFON作戦は後者のツールとなった。中国は使える多額の現金を提示するが、アメリカは護るべき諸原則を提示する、あなたならどちらを選ぶか、とは20162月の米サニーランズでの米ASEANサミットでマレーシアがアメリカに投げた巧みな問いかけであった。

4)トランプは、経済のグッド・ガバナンスを理由にTPPを放棄したのかもしれないが、何故、「航行の自由」の原則を放置してきたのか。何故、FON作戦は、オバマ前政権下でたまにしか実施されず、またトランプ政権下で実施されてこなかったのか。オバマ前政権は、国家安全保障会議を含め、米中関係を、錯綜した関係と見なしていた。FON作戦の実施によって北京を挑発することは、ワシントンにとって重要な問題、即ち、経済的格差、サイバー・セキュリティ、地球温暖化そして北朝鮮といった他の問題に対する中国の協力を失う危険があった。トランプ政権の場合、当初は新政権の内部混乱とスタッフの不足のために、FON作戦の中断が生じた可能性がある。しかしながら、5月までは、ワシントンは、米経済の懸念を緩和し、平壌を抑制するように北京にインセンティブを与えるという異なる理由から、FON作戦を再開できなかったと見られる。オバマ前政権の「戦略的忍耐」とトランプ政権の「取引」とを区別することが慣習になっているが、双方のアプローチには似通ったところがある。どちらも、東アジアにおける中国の海洋に対する過剰な主張を抑制するというアメリカの利益よりも、他の問題について中国の協力を得ることに対するアメリカの利益を優先している。ミスチーフ礁を航行したUSS DeweyFON作戦は、7カ月間のFON作戦の空白を埋めることになったが、より多くの政策上の疑問を提起することになった。もしFON作戦の実施を再開した場合、ワシントンは、中国が力になり得る他の問題に対するリンケージを断ったことを意味するのか。「航行の自由」は、それ自体護る価値があるのか。そして、更なるFON作戦が継続されない場合、あるいは場当たり的なパターンが繰り返された場合、どうなるのか。もしFON作戦が再開されず、USS DeweyFON作戦だけで終わった場合、ASEAN諸国の指導者は、中国の海洋侵出を抑えるアメリカの意志に疑問を持つことになろう。

5)シンガポールの東南アジア研究所が4月に実施した、「東南アジアの人々はトランプ政権をどのように考えているか」について、ASEAN加盟10カ国の300人以上の影響力のある政府当局者、ビジネスマン、学者、ジャーナリスト及び活動家の意見調査では、興味深いことに、回答者の70%が「東南アジアは、アメリカの積極的な関与によってより安定し安全である」ということに同意した。しかし、56%は、アメリカは将来的には東南アジアへの関与を減らしていくと予想した。そして52%は、トランプ政権がこの地域に「関心がない」と見なしている。東アジアで最も影響力のある国あるいは地域機構については、アメリカを選んだ回答者はわずか4%に過ぎず、一方でASEANを挙げた回答者は18%、そして中国を選んだ回答者は実に74%に達した。しかも、回答者の80%は、アメリカの「無関心」が生み出すかもしれない、この地域の「戦略的空白」を中国が埋めると予想している。

6)この4月の調査では、ワシントンを支持する結果が1つあった。即ち、回答者の68%が「アメリカは南シナ海における『航行の自由』を護る」ことに同意したのである。トランプ政権はこの期待に応えるべきである。どの国も南シナ海を独占的に管理すべきではないとの戦略的信念を繰り返し表明するFON作戦が、USS DeweyFON作戦に続いて定期的に実施され、域内で公に認められ、そして正当化されるようにすべきである。このようなコミットメントは、取引材料とは全く関係のない、アメリカ自身の重要な利益そのものなのである。

 記事参照:South China Sea: US Bargaining Chip or Key Interest?

62日「インド、中級国家連合結成の時インド専門家論評」(News 18.com, June 2, 2017

 インドのシンクタンクThe Observer Research FoundationAshok Malik研究員は、インドのメディアNews18.com62日付で、"With Trump Messing World Order, Time for India to Tap' Middle Power' Coalition"と題する論説を寄稿し、トランプによるパリ協定離脱の決定は世界秩序を米中露からなる1部リーグと、インドを含む「中級国」からなる2部リーグとに分かつと見られるとして、要旨以下のように述べている。

(1)インドは過去15年~20年の間、主要国外交に注力にしてきたが、1部リーグの米中露3カ国は頼みにならない上に、予想不可能となりつつある。トランプ大統領がこの4年間に何をしようとも、世界システムを支えるアンカー・パワーとしてのアメリカの立場を弱めることになろう。インドは、過去3代の首相が対米関係を重視してきたことを考えれば、今やインド外交はより多角的な相手国を必要としている。

2)中国は決して信用できなかったが、予想可能な国家であった。今日の中国は、大国であることを拒むスーパーパワーで、大国に伴う啓蒙的影響力を持たない。ロシアは、否応なく中国側に寄り添いつつある。中国に対する懸念と、アメリカに対する苛立ちや失望は、国によって異なった受け止め方をされている。インド、ドイツそして日本などの国は、それぞれが可能なやり方で対応しつつある。国家間の協力関係には、地域的な協力関係や分野別の協力関係、あるいはアドホックな協力関係がある。そうした関係の幾つかは大国が関わるものもあるが、そうでないものもあり、国家間関係は試行錯誤されつつある。民主的中級国の広範な集団は、必ずしもアメリカの手助けがなくとも相互に連携することを学びつつある。

3)こうした動きは、実際のところ同盟ではなく、そうなることも決してないであろう。とはいえ、これは、インドが国益のために利用できる国家間ネットワークでもある。加えて、民主的国家によるネットワークの存在は、ホワイトハウスやワシントンに所在する政府機構以外のアメリカの機関を活用しようとするインドのアプローチにも適している。例えば、気候変動やパリ協定順守は、トランプ大統領個人が関心を抱いていなくとも、インドとアメリカの各州や都市、そしてそれらの指導者との間で共通の立場を見出せる基盤になろう。対米通商交渉は、アメリカがインドを「通貨操作国」に指定するとの観測が浮上するなど、非常に不快なものとなるかもしれないが、インドに対するインフラ投資から着実なリターンを期待する全米各州の年金基金などとの関係は拡大させることができるであろう。

4)インドは近代化のために資本や技術、戦略・軍事能力を必要としており、多くの国家がこの面でインドを支援することができる。ドイツ、フランス、日本そしてシンガポールはもちろんのこと、アラブ首長国連邦やカナダも長期インフラ資本の出資国となり得る。英国にも期待できる。こうした中級国の多くは、製造業を巡る競争から手を引いているが、インドが利用でき、メイク・イン・インディア戦略を効果的に展開するために必要な機微技術の宝庫である。こうした技術の中には、民主国家が中国とは簡単にシェアしないものも含まれる。インドは自国が何を必要としているかを明確にしなければならない。インドは、中級国の緩やかな連携の潜在的な要となり得る存在である。モディ首相は、この機会を逃してならない。

 記事参照:With Trump Messing World Order, Time for India to Tap 'Middle Power' Coalition

64日「今何故、中国海軍はミッドウェー海戦に関心を持つのか―米海大専門家論評」(The National Interest, June 4, 2017

米海軍大学Lyle J. Goldstein准教授は、米誌The National Interest(電子版)に64日付で、"What Do China's Military Strategists Think of the Battle of Midway?"と題する論説を寄稿し、中国では現在、19426月のミッドウェー海戦について、中国海軍の研究グループの間で相当活発な研究対象になりつつあるとして、要旨以下のように述べている。

119426月のミッドウェー海戦は24時間にわたる戦いで、米海軍航空隊は日本海軍の空母4隻を撃沈し、戦争の流れを完全に転換した。今日、現代中国海軍の研究グループの間で、ミッドウェー海戦に関する研究が相当活発になりつつある。北京が2隻目の空母を進水させ、3隻目の建造に取りかかっていることを考えれば、これは特に驚くべきことではない。中国海軍の雑誌『現代艦船』の長文の論文は特に興味深い。「ミッドウェーへの道」と題されたこの論文は、1942年春に日本軍指導部が採った計画の選択について厳格に検証し、「ミッドウェーの奇跡」をもたらした諸要素の中で「戦略的洞察力」に焦点を当て、東京が如何にしてその軍事的に有利な地位を急速に喪失したのかに目を向けている。

2)論文はまず、東京が東南アジア全体を驚くほど少ない犠牲で奪取した、勝利はきわめて容易に手に入った、すぐに考えつく自然な疑問は「次は何処へ」であった、と指摘している。19423月、日本海軍は2つの攻撃軸、即ちオーストラリアに向かって南進するか、あるいはアリューシャン列島に向けて北進するかを検討していたといわれていた。真珠湾攻撃の主導者であった山本五十六はハワイ攻略の可能性の検討を命じていたようである。日本海軍はハワイ攻略が太平洋におけるアメリカの最も重要な拠点を排除し、日本を攻撃する機会を大きく減じると認識していたが、「支援的役割」を果たしたがらない日本陸軍の「消極的、非協力的態度」に問題があった、と論文の筆者は強調している。論文の分析によれば、日本海軍にとって、真珠湾奇襲で米空母を排除する機会を逸したことは大きな失望であった。ドーリットルによる日本本土空襲の後、米空母の排除が日本海軍指導部の焦眉の急になったことは明らかである。それでも、明らかにミッドウェー作戦に反対する多くの軍指導者がいた。論文の筆者によれば、これら反対派は航空機の援護が不十分であり、アメリカが航空優勢を保持していることなどを警告していた。この論文は、反対派の存在にもかかわらず、山本が(ミッドウェーの勝利後の)恐らく1942年秋にハワイを攻略する希望を持ち続けていたと見ている。しかし、その野心的な作戦に先だって日本海軍は米空母部隊を撃滅しておかなければならず、そのために日本海軍は、米空母が出撃せざるを得ないような、ハワイに十分脅威を与える特別な「必ず救援に駆けつける」作戦、あるいは誘き出すための作戦を計画したのであった。

3)恐らく、この論文の全体的な評価で最も興味深い部分は、日本の当時の見通しから戦争の終結に関する問題を取り上げたくだりである。論文は、1942年春の時点での日本の戦争努力の全体的目標は如何にしてアメリカを「終戦交渉」の場に引き出すかにあった、と指摘していることである。ここでは、論文の筆者は、日本が勝利を重ねていけばいく程、ワシントンが東京と交渉するというアメリカにおける考えは益々受け入れ難いものになった、との皮肉な観察を示している。このことは、一度戦争が始まれば、例え軍事的に成功している段階であっても、終結させることは極めて困難であるという認識を示している。この認識を更に敷衍すれば、我々は、中国の戦略家達はアメリカを一度怒らせたり、脅かしたりすれば、アメリカは必要な自己犠牲を厭わず、勝利を得るために必要な苦難にも敢然と立ち向かうことを理解している、と期待できるかもしれない。我々は、核時代において、中国の戦略家達が、そうすることが即座に世界の終末に導くことになることを認識するだけの十分な見識を持っていることを望まずにはいられない。

 記事参照;What Do China's Military Strategists Think of the Battle of Midway?

65日「インドに必要な海洋インフラの建設―米海軍退役提督論評」(Hudson Institute, June 5, 2017

 米海軍退役少将William C. McQuilkinは、米シンクタンクHudson Instituteのサイトに65日付で、"Silk Roads and Spice Routes: The Future of 21st Century Connectivity and Opportunities To Build on the India-U.S. Cooperation Agenda"と題する論説を寄稿し、中国の「一帯一路」構想(BRI)に対抗するために、インドは海洋インフラ建設に注力すべきとして、旨以下のように述べている。

1)古の香料ルートと海洋シルクロードは21世紀に再び復活しようとしている。インド洋の中心に位置し、その周辺を主要な通商路とエネルギー輸送路が取り巻くインドの地政学的位置は、インドの長い海洋国家としての伝統とインド文明の影響力とが相まって、21世紀のアジアの世紀においてインドに大いなる機会をもたらしている。しかしながら、残念なことに、インドの商業海運能力と海運インフラはこの機会に応えられる状況にはない。アジアでは、港湾インフラ、海運ルートそして道路と鉄道で物流ネットワークを構築する競争が加速している。この競争は、軍事紛争に至るものではないが、関係国に重要な影響を及ぼすことになろう。

2)インド経済は現在、多くの指標から見て世界最速の成長率を誇っているが、インドの一部の専門家は、インドが今後その経済力を十分に発揮するためには、海洋インフラに対する巨大な投資が必要になる、と指摘してきた。グローバル経済の時代には、経済力の主柱は、巨大港湾と海運によるコンテナ輸送能力である。インドにはスーパータンカーと巨大コンテナ船の受け入れに不可欠な深水港とコンテナ貨物取り扱い能力がなく、コンテナ輸送はスリランカ経由となっている。インド政府は、このことを認識し、港湾開発プロジェクトを推進しようとしており、また道路と鉄道への連結性を改善しようとしている。

3)一方、中国の「一帯一路」構想(BRI)は、インフラ建設を通じて、ユーラシアと東アフリカまでを経済的にリンクしようとする長期的な戦略ビジョンである。BRIは、中国とユーラシアを結ぶ陸上ルート(ベルト)、「21世紀海上シルクロード」と呼ばれる海路からなり、21世紀最大のインフラ建設プロジェクトの1つで、重要な地政学的影響力を持つことになろう。連結性の高い物流ネットワークの競争力が将来的な国力の指標になるとすれば、中国は現在、この競争において侮りがたい優位を達成していると見られる。アラビア海、アデン湾及びベンガル湾における中国のインフラ建設プロジェクトは、カシミール地域を通ってパキスタンに至る陸上ルートを含む「ベルト」とともに、インドの戦略専門家の深刻な懸念の的となっている。しかしながら、このレースは、マラソンであって、短距離競走ではない。

4)インドは、海洋インフラ建設問題にどう立ち向かうか。この面で、アメリカとの協力の可能性はどうか。海洋能力の建設と海洋部門におけるその他の問題が米印協力の対象になれば、両国にとってウィンウィンの成果が期待できるかもしれない。インドは、アメリカと共同で、新たな海洋インフラ建設戦略を立案すべきである。その目標は、中国に対するバランスのとれた戦略的アプローチを通じて、インド・アジア太平洋地域の平和と安全保障を促進することでなければならない。こうした戦略は、インドの経済的、社会的利益に資するばかりでなく、インド洋周辺地域のパートナー諸国にとって中国とそのBRIに代わる魅力的な選択肢となろう。インドの海洋インフラとそれへのアクセスが改善されれば、米海軍は、インド洋航行の途次、インドの港湾に頻繁に寄港できることになろう。更に、オーストラリアや日本などの民主主義国も、インドの港湾を利用できるようになれば、インドと協力してインド洋の海洋安全保障と法に基づく海洋秩序を強化することができよう。

5)グローバルな物流ルートとその連結性は、21世紀の地理経済を左右しよう。インド系米人学者Parag Khannaが近著で「最も重要な地政学的進出手段は軍事ではなく、インフラとなろう」と指摘しているが、インドが海洋インフラ建設計画を実現し、その連結性を強化すれば、大いなる繁栄が約束されるであろう。また、それによって、インドの安全保障環境も大きく改善されるであろう。インドの長い海洋国家としての伝統とインド文明の影響力は、再び21世紀の海洋シルクロードと香料ルートのセンター・ハブとなることによって、初めてその威力を発揮できるであろう。

 記事参照:Silk Roads and Spice Routes: The Future of 21st Century Connectivity and Opportunities To Build on the India-U.S. Cooperation Agenda

65日「中国は南シナ海物流ルートの脅威か―豪専門家論評」(The National Interest, June 5, 2017

 豪The University of Technologyの豪中関係研究所(ACRI)副所長James Laurencesonは、米誌The National Interest65日付で、"The Real South China Sea Question: Is China Really a Threat to Maritime Trade?"と題する論説を寄稿し、要旨以下のように述べている。

1)南シナ海の物流は年間5兆ドルを超えるといわれるが、この数字の初出は2011年のウィラード米海軍大将によるプレス・リリースと思われる。ウィラードは、南シナ海のシーレーンがアメリカと地域全体にとって「死活的な利益」であることを強調するために、この数字を挙げた。同様に、2016年のオーストラリアの防衛白書は、この地域に対するオーストラリアの利益は、1つには自国の輸出量の3分の2を占める北東アジア諸国を主要な顧客とする鉄鉱石、石炭及び液化天然ガスの輸出ルートが南シナ海を通っていることにある、と指摘している。多くの専門家は、南シナ海に対する中国の高圧的な主張によってこの重要な物流ルートが危険に晒されていると見ている。この地域のほとんどの国がアメリカ以上にこのルートに依存しているところから、南シナ海における中国の「過剰な海洋権限主張」に抗議するアメリカの「航行の自由(FON)」作戦の一層頻繁な実施が域内の広範な支持を得られると期待された。しかしながら、現在までのところ、中国の行動に対する域内諸国の反応は抑制されたものであった。

2)抑制された反応を説明する説得力のある理由の1つは、当該国家が目立った対応をとらなければならない誘因がそれほど強くないということにある。

a.第1に、5兆ドルという物流量は水増しされているように思われる。世界貿易機構の統計によれば、海運による世界の物流の約43%パーセントが南シナ海を経由している。

b.第2に、南シナ海を物流の大半は中国向けか、中国からの積み出しである。従って、中国はこのルートを遮断することに関心がない。特に中国は海運による鉄鉱石やエネルギー資源の輸入に大きく依存していることから、多くの中国の専門家は、危機が生じた場合、むしろアメリカがこのルートを遮断することを懸念している。このことは、FON作戦がむしろ中国にとって物流ルートを護ろうとする動機を高めることになっていることを示唆している。

c.第3に、ルート遮断による第三国のリスクや、迂回ルートによるコスト高も誇張されている。例えば、スエズ運河が1967年から1975年の間、閉鎖された時に、ヨーロッパへの大動脈であったにもかかわらず、大部分のアジア諸国が強いられたコスト増は控え目なものだった。従って、例え中国が南シナ海を遮断しても、他の国の経済成長に及ぼすインパクトは小さいと思われる。南シナ海のルートマップによれば、ベトナム、インドネシア、台湾及びフィリピンに向かうルートは、中国の「9段線」の外側の沿岸ルートを経由する。中国向けを別にすれば、オーストラリアのタイ、ベトナムそして恐らく台湾向け輸出だけが南シナ海を通航しているが、その量は、オーストラリアの全輸出量の5.5%(中国向けは30.9%)に過ぎない。更に、オーストラリア東部と日本や韓国を結ぶルートは、フィリピンの東側を通航する。オーストラリア西部から北東アジアに向かう鉄鉱石の輸出ルートも、南シナ海を避け、ロンボク海峡を通峡する。また、中国が南シナ海を制することで最も危険に晒される国は不可欠なエネルギー供給を全面的に海運に依存している日本だといわれるが、2013年の日本の調査によれば、全面的にロンボク海峡ルートをとっても、日本の石油輸入経費が年間3億ドルを増えるだけで、これは2013年の全輸入経費の0.2%に過ぎない。

3)アメリカは、国連海洋法条約(UNCLOS)に規定する「航行の自由」は民間船舶や航空機とともに、軍艦や軍用機にも適用されると解釈している。167UNLCOS加盟国の大部分は、この見解を共有している。しかしながら、60以上の加盟国は、当該自国のEEZ内では、何らかの安全保障措置を取る権利を主張している。これら諸国には、バングラデシュ、インド、インドネシア、マレーシア、ミャンマー、パキスタン、フィリピン、タイ、ベトナム及び韓国が含まれる。そして、アメリカはUNCLOS加盟国でさえない。

 記事参照:The Real South China Sea Question: Is China Really a Threat to Maritime Trade?

66日「米国防省、中国の軍事動向に関する年次報告書発表」(U.S. Department of Defense, June 6, 2017

 米国防省は66日、トランプ政権下で初めての中国の軍事動向に関する年次報告書を発表した。以下、2017年版の注目点を紹介する。

1)海外のアクセス拠点の拡大

 中国は、インド洋、地中海そして大西洋などの「遠海域」における海軍部隊の常続的な展開に必要な兵站支援に備えて、外国の港湾へのアクセス拠点を拡大しつつある。中国は20162月にジブチで軍事基地の建設を始めたが、2018年中には完成すると見られる。中国は、ジブチの施設を、国連PKO参加部隊に対する支援、ソマリア沖・アデン湾での海賊対処任務の遂行、そして人道支援活動を目的としたものである、と強調している。こうしたアクセス拠点の拡大は、海軍艦艇の定期的な外国港湾への寄港とともに、中国の影響力の増大と中国軍の到達範囲の拡大を反映したものである。

2)南シナ海の人工島の軍事化

a.中国の南沙諸島の人工島における施設整備は、7つの人工島の内、4つの小規模人工島―ジョンソン南礁(赤瓜礁)、ヒューズ礁(東門礁)、クアルテロン礁(華陽礁)及びガベン礁(南薫礁)では2016年初めに完了し、現在は3つの大規模人工島―ミスチーフ礁(美済礁)、スービ礁(渚碧礁)及びファイアリークロス礁(永暑礁)での施設整備が進められている。これら3つの人工島での施設整備には、3,000メートル級の滑走路、大規模港湾施設、そして真水、燃料貯蔵施設が含まれている。中国は2016年末の時点で、これら3つの人工島に、24機の戦闘機を収容可能な格納庫、砲座、兵舎、管理棟、及び通信施設を建設中であった。これらの施設が完成すれば、中国は、南沙諸島に3個飛行隊を収容できる施設を保有することになろう。

b.4つの小規模人工島―ジョンソン南礁(赤瓜礁)、ヒューズ礁(東門礁)、クアルテロン礁(華陽礁)及びガベン礁(南薫礁)では、2016年初め以来、各人工島に固定式海軍砲が設置され、通信インフラも改善された。

c.中国政府は、これら人工島における施設整備について、各人工島における居住及び労働環境の改善、航行の安全保障そして海洋調査に資するためと主張してきた。しかしながら、中国人以外の多くの専門家は、中国政府は南シナ海における軍民両用のインフラ整備によって南シナ海を事実上支配しようとしている、と見ている。中国は、南沙諸島のこれら人工島の滑走路、港湾の埠頭及び補給支援施設によって、南シナ海に海警局巡視船と海軍の持続的かつ柔軟なプレゼンスを維持することが可能になろう。これによって、中国は、南シナ海における活動範囲を拡大するとともに、必要な場合にこれら展開させる所要時間を短縮できるであろう。

3)海軍力の動向

a.中国海軍は、潜水艦部隊の近代化を重視している。現在、5隻の攻撃型原潜(SSN)、4隻の弾道ミサイル搭載原潜(SSBN)、54隻のディーゼル推進攻撃型潜水艦(SS)を保有している。2020年までに、潜水艦戦力は69隻~78隻に増強されるであろう。中国は、対艦巡航ミサイル(ASCM)搭載潜水艦の増強を続けており、1990年半ば以来、13隻の宋級(Type 039)、17隻の緋大気依存推進型の元級(Type 039A)を建造しており、元級は2020年までに20隻の建造が計画されている。中国海軍は、2002年以来、10隻の原子力潜水艦―商Ⅰ級(Type 0932隻、商Ⅱ級(Type 093A4隻、CSS-N-14JL-2)弾道ミサイル搭載晋級(Type 0944隻を建造した。現在運用中の4隻の晋級SSBNは、中国初の信頼できる海洋核抑止力である。中国の次世代SSBNType 096は、2020年初め頃までには建造が始められ、後継のJL-3ミサイルが搭載されるといわれる。今後、10年間に、中国は、巡航ミサイル搭載の新型商級、Type 093Bを建造するとみられ、これによって、中国海軍の対艦、そして対地攻撃能力が強化されるであろう。

b.水上戦闘艦艇では、沿岸域配備の防空能力の覆域を超えて遠海域で行動する上で不可欠の防空能力を備えた水上戦闘艦の建造が進められている。また、海軍は、江島級(Type 056)コルベットを建造することで、沿岸域、特に南シナ海、東シナ海での戦闘能力を強化している。江島級は2016年現在25隻以上が就役しており、最終的には60隻以上が建造され、老朽化した駆逐艦やフリゲートを代替するとみられる。また、近海防衛用に、60隻の紅稗級双胴型ミサイル艇(Type 022)を保有している。

c.水陸両用戦艦への投資は、両用強襲能力の強化を意図したものと見られる。中国海軍は、遠海域における作戦能力を高める、4隻の王昭級(Type 071)ドッグ型揚陸輸送艦(LPD)を保有しており、今後も建造が続けられるとみられる。また、最近、運用年限に近づいた旧式の揚陸艦(LST)は、特に南シナ海における作戦支援のために、数隻の王亭Ⅱ級(Type 072-Ⅲ)揚陸艦に代替された。

d.空母については、中国外軍最初の空母、「遼寧」は、201612月に南シナ海で空母打撃群による訓練を実施した。「遼寧」は、米空母に比して戦力投射能力に劣り、搭載戦闘機数も少ないことから、陸上基地の防空能力の覆域外で行動する艦隊に対する洋上防空任務が重視されるとみられる。「遼寧」はまた、中国の空母艦載機パイロットや飛行甲板要員の訓練、将来の空母運用戦術の開発などにおいて、重要な役割を果たすであろう。中国は現在、自国設計の最初の空母を国産しており、2020年までには就役し、初期作戦能力を持つことになろう。

4)ロケット軍

 ロケット軍(第2砲兵部隊を改称)は現在、約1,200基の通常弾頭搭載短距離弾道ミサイルを保有している。この内、CSS-5 Mod 5DF-21D)対艦弾道ミサイルは、西太平洋における空母を含む、対艦攻撃能力を有している。中国は2016年にDF-26中距離弾頭ミサイルの配備を開始したが、このミサイルは、通常及び核弾道による精密対地攻撃能力と、西太平洋の海軍戦闘艦に対する通常攻撃能力を有する。複数個別誘導弾頭(MIRV)搭載の新型道路移動式ICBMCSS-X-20DF-41)の開発が続けられている。更に、サイロ配備のICBMの生き残り能力と、複数弾頭搭載能力が強化されている。中国のICBM戦力は現在、75100基とみられ、サイロ配備のCSS-4 Mod 2DF-5A)とMIRV搭載Mod 3DF-5B)、固体燃料・道路移動式CSS-10 Mod 1DF-31)とMod 2DF-31A)、及び射程の短いCSS-3DF-4)が含まれる。射程11,200キロを超える、CSS-10 Mod 2DF-31A)は米本土のほとんどの目標を攻撃可能である。

 記事参照:Full Report is available at following URL https://www.defense.gov/Portals/1/Documents/pubs/2017_China_Military_Power_Report.PDF

66日「南シナ海における海洋環境保護システムの構築―RSIS専門家論評」(RSIS Commentaries, June 6, 2017

シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院(RSISThe Center for Non-Traditional Security StudiesNTS)のJulius Cesar Trajano提携研究員は、66日付のRSIS Commentariesに、"Protecting Our SeasMarine Environmental Protection and Cooperation: An ASEAN-China Framework?"と題する論説を寄稿し、南シナ海における海洋環境保護は係争国間における信頼醸成構築の足掛かりになるとして、要旨以下のように述べている。

1)南シナ海は世界で最も多様な海洋生態系を擁する海域の1つであり、世界におけるサンゴ種の76%を育んでいる。加えて、世界のサンゴに棲む魚種の37%も同海域に生息している。東南アジア漁業開発センター(SEAFDEC)によれば、南シナ海沿岸域に住む27,000万を超える人々による持続不可能な資源利用は、10年毎に海草の30%、マングローブの16%、そしてサンゴ礁の16%を死滅させ、海洋環境に甚大な被害を与えている。海洋科学者は、人間の活動が南シナ海の16,200ヘクタールに及ぶ珊瑚礁、全珊瑚礁の10%近くを破壊してきた、と推測している。フィリピンの海洋科学者Edgado Gomez教授は、現在の珊瑚礁の破壊ペースから、沿岸国は年間57億ドルの経済的損失を被っていると見ている。

2)確かに、南シナ海で海洋環境保護(MEP)を管理する地域レジームを構築することは海洋紛争のために困難だが、行動方針を定めるための地域協力戦略は必要である。こうしたレジームは、まず2002年の「南シナ海における関係国の行動宣言(DOC)」の規定、即ち、「紛争が包括的かつ永続的な解決を見るまでの間、関係国は、協調的な行動を検討し、実施することができる。それらには以下の事項が含まれる:a.海洋環境保護、b.海洋科学調査...」を踏まえるべきである。更に、ASEAN社会文化共同体ビジョン2025は、加盟国に対して「沿岸及び海洋環境の保護や復元、持続的使用に関する協調を促進し、海洋生態系や沿岸環境への脅威と汚染リスクに対処する」ことを促している。

3ASEANと中国は、海洋保護区域(MPA)の創設と、南シナ海のあらゆる資源、生態環境及び人間活動に関する合同の現勢図作成を通じてMPAのネットワーク構築を検討できる。MPAは、サンゴ礁保護やマングローブ林、海洋生物を含む海草等の保護管理にも関与する。もっともMPAという仕組みは、ASEANにおいて新しい概念ではない。東南アジア各国は1990年代から自国の海岸線沿いに独自のMPAを設けたが、今のところどの国もMPAを南シナ海にまで拡大していない。ASEAN1984年に、遺産公園及び保留地に関する宣言に署名し、11の保護区域をASEAN遺産公園(AHP)として指定することに合意し、これにはサンゴ礁と海洋保護区域も含まれていた。ASEANと中国は、MPAを通じて既存の海洋生態系の保護システムを構築することができるが、保護範囲は沿岸と沿海域から南シナ海にまで拡大する必要があろう。但し、参加国は、MPAの設置が南シナ海における各国の主権を害するものではないことを相互に了解すべきである。

4)協調的なMEP枠組みの構築に当たっては、ASEANにはその基盤となり得る専門機関がある。最近、ASEANの沿岸域と海洋の環境に関するワーキンググループ(AWGCME)は、域内における沿岸域と海洋の環境保護を促進すべく、陸上と海洋の生態系が相互関連していることに鑑み、双方の生態系に対する域内のあらゆる取り組みを統合することを提案した。AWGCMEは、南シナ海の海洋生物管理に関して、中国とその他の紛争当事国から更なる資源と専門知識を引き出すための適切なプラットフォームになるかもしれない。

5)南シナ海の海洋環境を損なう人間の活動阻止が重視される中で、域内各国の沿岸警備隊や海洋法令執行機関同士の協力を深化させるべきである。ASEAN海洋フォーラムと、特にASEAN沿岸警備隊フォーラム(ACGF)は現在、ASEAN各国の沿岸警備隊と海洋法令執行機関同士の対話プラットフォームとしての機能を果たしている。しかしながら、これら機関同士の間では、MEP協力体制が依然として欠如している。中国の海洋法令執行機関がACGFに参加することになれば、MEPや持続可能な漁業管理に必要な多くの協力を前進させることができ、中国が建設的に関与する新たなプラットフォームとなり得る。ASEANと中国は、域内の海洋科学者ネットワークの創設や科学的データの共有も検討すべきであろう。

6)石油・天然ガスの共同開発に比して、「ソフトな問題」とされるMEPの「非政治化」は、係争国間の相互信用と相互信頼を築く上での足掛かりとなるかもしれない。ASEANと中国は、係争海域に軍を増派するのではなく、協力的な南シナ海の管理体制を構築すべきであろう。海洋環境保護はその主軸の1つとなるはずである。南シナ海の海洋環境は急速に悪化しつつある。そうした中で関係国が非伝統的安全保障課題(主にMEP)において重要な民間海洋協力の必要性を、地政学や主権を巡る主張から切り離すことは喫緊の課題である。南シナ海の海洋対話を加速させる緊急性は強調してもし過ぎることはない。

 記事参照:Protecting Our Seas - Marine Environmental Protection and Cooperation: An ASEAN-China Framework?

67日「『航行の自由』作戦、米は定常任務として実施すべき豪専門家論評」(The Financial Times.com, June 7, 2017

 豪シンクタンクThe Lowy InstituteのAaron Connelly研究員は、英紙The Financial Times(電子版)に6月7日付で、"China, not US, is the lawbreaker in South China Sea"と題する論説を寄稿し、「航行の自由」は定常任務として実施すべきとして、要旨以下のように述べている。

(1)アメリカは、世界の主導的な海洋パワーとして「航行の自由(FON)」を護るために、国際法の許容する範囲内で世界のどの海域をも航行する特別な責任を有している。南シナ海の海洋紛争に関しても、アメリカは、この5年間、関係当事国の過剰な海洋権限主張に対抗してきた。海洋法規の解釈に若干の相違があっても、中国以外の全ての当事国はアメリカを支持してきた。問題は、アメリカのFON作戦にではなく、北京の過剰な海洋権限主張にある。

(2)長い空白期間の後、トランプ政権が実施したミスチーフ礁(美済礁)周辺海域における5月のFON作戦はアメリカのFON作戦の継続性を示すものであったが、同時に2つのリスクも内包している。

a.1つは、オバマ前政権時のFON作戦がそうだったように、FON作戦の実施がこの地域におけるアメリカの決意を示す行為と受け取られないようにすることである。こうした誤解を避ける最良の方法は、FON作戦を定常任務として世界のあらゆる海域で頻繁に実施することである。

b.2つは、如何なる当事国も、FON作戦を、南シナ海における中国の高圧的行動を阻止するための戦略と見なすべきではないということである。FON作戦は、海洋権限の合法的な主張ではあるが、北京に対して、ミスチーフ礁やその他の海洋自然地形における軍事化の中止を促すものではない。

(3)トランプ政権にとって、前政権のリバランス戦略を継承するとともに、東南アジア諸国の海洋能力構築を支援するためには、より広範な戦略が求められよう。最も重要なことは、トランプ大統領が、国際法の遵守や「航行の自由」といった護るべき利益を中国に明確に認識させ、これらの利益を他の分野での譲歩の取引材料にはしないことを東南アジア諸国の指導者に保証することであろう。

 記事参照:China, not US, is the lawbreaker in South China Sea

610日「『航行の自由』作戦とは何か―米海大専門家論評」(Lawfare Blog.com, June 10, 2017

 米海軍大学中国海洋研究所(The China Maritime Studies InstitutePeter Dutton所長と海軍大学Dr. Isaac B. Kardon准教授は、WebLawfareBlog610日付で、"Forget the FONOPs -- Just Fly, Sail and Operate Wherever International Law Allows"と題する長文の論説を寄稿し、「航行の自由」作戦とは何か、通常の航行の自由の実践とどう違うのかについて要旨以下のように述べている。

1)米海軍ミサイル駆逐艦 USS Dewey524日、ミスチーフ礁(美済礁)の12カイリ以内を通航した。USS Deweyの行動は、南シナ海仲裁裁判所がフィリピンの大陸棚に所在する「低潮高地」と裁定したミスチーフ礁の周辺海域に対する中国の海洋権限主張に対する明らかな挑戦であった。この作戦は、待ち望んだ「航行の自由(FON)」作戦として、そして「南シナ海における中国の行動に対する挑戦」として、即ち、アメリカは「中国の過剰な海洋権限主張」と南沙諸島の軍事基地化を受け入れないとの意思表示として、そしてワシントンは「北京の海洋侵出を黙認しない」とのメッセージとして歓迎された。しかしUSS Deweyの行動は実際のところFON作戦の実施だったのか、多分、答えはそうでないかもしれない。そこで本稿では、通常の作戦として実施している航行の自由の実践と、FON作戦との違いを明らかにする。その上で、特に南沙諸島海域では何故両者が混同されているかを説明する。南沙諸島海域では、航行の自由の実践の方がFON作戦よりも適している。FON作戦は、南シナ海の西沙諸島などにおける特定の海洋権限主張に対抗するために実施される、定常的かつ穏やかな方法で実施されるべきものであり、南沙諸島では比例の原則から逸脱して誇大に実施されるべきものではない。一方、航行の自由の定常的な実践は、アメリカとその同盟国の利益を護るために艦隊を用いるのが最も適した方法である。

2USS Deweyは何をしたのか

a.国防省報道官によると、USS Dewey524日午前7時にミスチーフ礁の12カイリ以内の海域に入り、その後時に6カイリ以内にまで接近しながらジグザグ航行し、溺者救助訓練も実施した。この溺者救助訓練は、FON作戦を遂行するとの明確な意思表示である。ミスチーフ礁の6カイリ以内に入り溺者救助訓練を実施したことに他の理由があるのだろうか。

b.中国海軍は速やかにフリゲート2隻を派出し、ミスチーフ礁の12カイリ以内に90分にわたって滞留したUSS Deweyに対して退去を促した。USS Deweyは、中国艦による呼びかけに、平和的に航行の自由を実践していると回答している。USS Deweyは、単に公海の自由の原則に従って行動していたのであって、12カイリ領海内を「継続的で迅速」に通航すべき無害通航権を行使したわけではない。

c.国防省は、この行動がFON作戦であったか否かを明確にしておらず、記者に対する文書回答では、「米軍は、南シナ海を含むアジア太平洋地域において日常ベースで行動しており、国際法で許容される海域では何処でも、飛行し、航行し、行動する」と述べている。更に文書は、アメリカは「包括的なFON作戦計画」を持っているが、今回のUSS Deweyの行動には触れておらず、FON作戦であったかどうかについては、確認も否定もしていない。当該年に実施されたFON作戦の概要は、国防省が年末に公表する報告書で確認できるだけである。

3FON作戦とは何か

a.1979年以降、国防・国務両省は、他国による海上における過剰な海洋権限主張に対して、FON作戦プログラムを実施してきた。FON作戦は、当該沿岸国による国際法を逸脱した過剰な海洋権限主張に対応するものである。FON作戦では、国防省は米海軍によって当該沿岸国による過剰な海洋権限主張に行動で抗議し、他方、国務省は外交を通じて抗議してきた。

b.本来、FON作戦は、自制的な作戦で、外交的にも控えめなもので、砲艦外交によって相手国を恫喝するものではない。FON作戦は、アメリカが海軍の行動を通じて政治的、軍事的メッセージを誇示することが主たる目的ではない。FON作戦は、国連海洋法条約で成文化され、また慣習法としても国際的に認められている、「海洋の秩序」を保つための合法的ツールである。従って、アメリカのFON作戦は、アメリカの自由を護るためではなく、全ての国家が「開かれた海洋」レジームを享受する権利を護るために実施される。国防省の年次報告に詳述されているように、FON作戦は、世界のあらゆる海域で実施されるが、特に日本海からアラビア海にかけてのアジア周辺海域が重視されており、その対象国には友好国も含まれている。

4FON作戦と通常の航行の自由の実践との違いは何か

a.太平洋艦隊司令官は、太平洋艦隊の艦艇は「南シナ海で年平均700航海日展開している」と述べている。このことは、南シナ海には常時12隻の艦艇が航行していることを意味する。これら艦艇は、他国海軍との演習、プレゼンスの維持、情報の収集、シーレーンの防衛、紛争の抑止、そして有事における紛争対処への態勢維持など、あらゆる通常の海軍作戦を実施している。こうした通常の作戦行動は、米同盟国や友好国に対して、そして潜在的な敵対国に対しても、政府の政策を支援する広範な政治的シグナルを発信し得る。また、こうした作戦行動は、過剰な海洋権限主張に対処するという付随的効果も持ち得る。要するに、こうした作戦行動は、航行の自由の日常的な実践である。

b.この種の海軍作戦行動は、南シナ海を含む、世界中の海域で継続的に実施されている。カーター前国防長官は、「アメリカは、国際法で許容される海域では何処でも、飛行し、航行し、行動する。南シナ海も例外ではない」と述べている。当該沿岸国による過剰な海洋権限主張に対して実施される、特定の法的目的を持ったFON作戦とは異なり、通常の海軍作戦は、より広範な政治的、戦略的機能を遂行するものである。こうした作戦は、作戦目的達成にむけて、明快なものでなければならない。

c.では、USS Deweyの行動は、アメリカによる中国に対する特定の法的目的を持ったFON作戦であったのか。それとも、この地域に対するアメリカの保証と、世界の海洋を管理する法を護るアメリカの決意とを誇示することを狙いとした、航行の自由の合法的、定常的な実践であったのか。国防省報道官の回答からは明確には判断できない。両者の区別は小さな問題ではない。

5)アメリカは、今回のUSS Deweyの行動が、ミスチーフ礁周辺海域でのFON作戦の遂行(であったかもしれない)というより、通常の航行の自由の実践であった、ということを明らかにすべきであった。FON作戦と通常の航行の自由の実践とを混同することによる問題とは何か。

a.第1の問題は、中国は実際には、アメリカが効果的に挑戦できるような特定の過剰な海洋権限を主張していないということである。実際、南沙諸島では、どの国も自国が占拠している海洋自然地形の周辺海域に特定の法的権限を主張しているわけではない。要するに、どの国も「過剰な海洋権限主張」をしておらず、どの国も海洋に対する明確な管轄権を主張しているわけではない。当該沿岸国による管轄権の主張は、他国に対して管轄海域の範囲を明確にするための、地理的情報を添付した基線の公表に基づく。中国については、南シナ海の管轄海域について幾つかの曖昧な主張をしている。その1つが悪名高い「9段線」であり、あたかも南沙諸島全域を1つの集合体として、それがその周辺海域に対する管轄権を生成するというような不可解な主張である。中国の領海法で示される基線は国際法とは相いれないものである。中国は、中国大陸沿岸から西沙諸島や尖閣諸島に直線基線を設定している。これらは全て、国際法に違反し、航行の自由の権利を損なうものであり、従ってアメリカのFON作戦の対象となる過剰な海洋権限主張である。しかしながら、中国は南沙諸島に基線を引いておらず、南沙諸島に対する中国の領海主張は不明確である。要するに、FON作戦で対応すべき法的根拠がないのである。従って、米海軍は、南沙諸島周辺では単に公海における航行の自由を全面的に行使できるだけということになる。

b.第2の問題は、公式のFON作戦が持つ特定の機能を、通常の海軍作戦に含めれば、FON作戦を、不必要に政治問題化し、中国や域内の他の国に対するメッセージを曖昧なものとし、中国の行動に対するインパクトを弱め、そして他の海域における作戦効果を阻害するものとなる。このことは、2015年秋に米海軍USS Lassenによって行われたFON作戦の意図に関する混同に始まる。その後、ワシントンでは、南シナ海における中国の問題行動に対してFON作戦を実施するか否かについて堂々巡りの議論となり、FON作戦は、アメリカのこの地域に対するコミットメントと決意を示すバロメーターとなった。この議論の故に、FON作戦は、一般的に、南シナ海における中国の政策と行動に対するアメリカの反対意思を表明する効果的なシンボルとしてのみ見られるようになった。実際には、年平均700航海日も展開し、過密なスケジュールで国際的な演習を実施し、情報収集活動を行っているにも関わらず、特に2015年と2016年には、FON作戦はしばしば、高圧的な中国の台頭を押し返す唯一の可能な手段であるかの如く見られた。

6)アメリカは、中国が明確な基線や領海線を示していないスカボロー礁周辺海域では、FON作戦を実施しないことを決断すべきである。アメリカがスカボロー礁とその周辺における人工構造物の構築が「レッドライン」を越えるとのメッセージを中国に伝えることの方が、公式のFON作戦によるメッセージよりも適切であろう。このような政治的シグナルとして、サンディエゴの第3艦隊を西太平洋に派遣し、第7艦隊の戦力を増強する方法もある。201715日、空母USS Carl Vinson打撃群が、西太平洋への新たな「第3艦隊前方展開プログラム」を開始した。USS Carl Vinson打撃群は、南シナ海で通常の作戦行動を実施し、現在はアジア太平洋海域で同盟国や友好国にアメリカのコミットメントを示すとともに、能力構築支援に当っている。中国外交部は、こうした米海軍の行動を非難することなく受け止めている。空母打撃群は、域内諸国にアメリカの能力と意図を誇示する通常の海軍作戦行動を実施している。太平洋海域において米海軍が常時実施している、航行の自由を実践する作戦は、FON作戦とは異なるものである。FON作戦は、全世界の海洋における航行の権利に対する不法な規制に対する唯一の解決策ではなく、常時実施している航行の自由作戦による総合的な対応策の一部に過ぎないのである。首尾一貫した航行の自由の実践こそが、南シナ海における中国の高圧的主張に対応するベストな政策である。このことは、特に南沙諸島のように中国が法的主張を明確にしていない海域においていえることである。

 記事参照:Forget the FONOPs -- Just Fly, Sail and Operate Wherever International Law Allows

613日「パナマ、台湾から中国へ国交関係切り替え」(South China Morning Post.com, June 13, 2017

 香港紙South China Morning Post(電子版)は、パナマが613日に台湾から中国へ国交関係切り替えたことについて、13日付で貿易通商と外交の2つの視点から要旨以下のように報じている。

1)貿易通商面から見れば、中国がグローバルな貿易ネットワークと新たな市場獲得を目指す野心的な「一帯一路構想」(BRI)を推進していることから、パナマとの外交関係の正常化は、国際貿易の大動脈であるパナマ運河周辺に対する中国の投資を促進することになろう。既にパナマには30社以上の中国企業が進出しており、アメリカの排他的な影響下にあった、パナマ運河に対する中国の影響力が強まって行くであろう。

2)外交面から見れば、パナマは、2016年に蔡英文政権が発足して以来、台湾と国交関係を断絶した2番目の国である。北京は、「1つの中国」原則を受け入れない蔡英文総統に苛立ってきたが、今後、台湾と国交を持つ国を引き剥がすことによって、台湾を追い込んで行くであろう。パナマの断交に続いて、台湾と国交を維持する残りの20カ国、特に中米とカリブ海の11カ国が追随する可能性が高まっている。

 記事参照:Why diplomatic ties with Panama are so important to Beijing

【関連記事】

「中国、パナマと国交樹立―米専門家論評」(PacNet, Pacific Forum, CSIS, June 27, 2017

 米ミズーリ州立大学Dennis V. Hickey教授は、米戦略国際問題研究所(CSISPacific ForumWebPacNet627日付で、"Why Panama matters "と題する論説を寄稿し、613日のパナマによる中華民国(台湾)から中華人民共和国(中国)への国交関係の切り替えの意味について、要旨以下のように述べている。

1)パナマと北京は613日、「パナマ共和国政府は、世界に中国は1つであり、中華人民共和国政府が全中国を代表する唯一の合法政府であり、台湾は中国領土の不可分の一部であることを承認する」との合同声明を発表した。パナマの背信は「小切手外交」回帰への前兆だろうか。否、そうではない。中国が台湾の友好国を「買収」し、国交関係の変更を「買っている」といった安易な結論に飛びついてはならない。それは1980年代には真実であったろうが、今やそのような時代ではない。もっと正確に言えば、中国は経済や政治、そして戦略的重要性において着実に成長を遂げ、その経済規模は台湾の20倍超である。そうしたことを踏まえれば、合理的な指導者―小国の指導者も含まれる―にとって北京か台北かの選択は容易である。

2)では、一連の出来事は何を意味するのか。パナマが問題なのか。今回の国交相手の変更は台湾にとってどのような意味を持つのか。国際政治における他の興味深い出来事と同様に、多くの疑問が提起されてきた。端的に言えば、パナマの背信が問題であり、そして台湾にとってそれは非常に大きな問題である。実際、幾つかのレベルにおいて、その重要性を指摘できる。

a.第1の重要性は、主権国家とは、①その領域内で主権を行使する主体であり、②政府に忠誠を尽くす安定した国民を擁し、③他国と外交関係を維持するものである、と伝統的に定義されてきたからである。即ち、台北は長年にわたり、中華民国が主権国家であるとの主張を維持していくために、外国政府との関係維持に努めてきた。その一方で、北京は、中華民国が1949年に消滅したことを裏付ける宣伝攻勢の一環として、台北との関係を断ち、中国との国交樹立に切り替えるよう外国政府に頻繁に働き掛けてきた。

b.第2の重要性は、パナマの場合、台湾が国際社会における国益を拡大するために外交的なパートナーとして重視してきたためである。

c.第3の重要性は、パナマは台湾の指導者がこの南半球の国を訪問する際、アメリカに「立ち寄る」口実を与えてくれた国であることにある。台湾の指導者は、こうした「休息」を米政府要人との会談に利用してきた。例えば、2016年のパナマ訪問の途上、蔡英文総統はマイアミで「休息」し、マルコ・ルビオ上院議員(共和党、フロリダ州選出)と会談を行った。

d.そして恐らく最も重要なことは、パナマの事例がより大きな潮流の予兆だと見なされるに違いないことである。これは単独の出来事ではない。蔡英文総統の当選と「1992年合意」の受け入れ拒否以降、北京は、3カ国による中国への国交関係切り替えを受け入れた。更に他の国も追随するであろう。既に、幾つかの国は台湾との関係を「非公式」関係に格下げし始めている。最初にそうした動きに出たのはナイジェリアであり、ドバイが5月に追随した。台湾のビジネス界の一部は、こうした動きを、過去に多くの国におけるビジネス遂行に当たって直面した困難を想起させる、不吉な出来事と見なしている。加えて、台湾は、世界保健機関(WHO)と国際民間航空機関(ICAO)から締め出されており、台湾本土や各国に居住する台湾人に影響が及んでいる。また、北京は20166月に台北とのあらゆる交流を遮断し、中国軍が台湾周辺海域で演習を増加させていることも重要である。

3)パナマの事例は、蔡英文政権が北京との関係を詳細に検討し、「1992年合意」を拒否することで得られる短期的な内政上の得点が、台湾人が支払を強いられる代償と本当に釣り合うものなのか、自問自答する時が来ている。

 記事参照:Why Panama matters

614「『一帯一路構想』の地政学的狙い―ジョセフ・ナイ論評」(China US Focus.com, June 14, 2017

 米ハーヴァード大学教授Joseph S. Nyeは、614日付のWebChina US Focusに、"Xi Jinping's Marco Polo Strategy"と題する論説を寄稿し、中国の「一帯一路構想」(BRI)の地政学的狙いについて、要旨以下のように述べている。

1)英紙The Financial Timesが指摘しているように、中国の野心的な「一帯一路構想」(BRI)は、「残念ながら、投資のための実用的な計画というより、むしろ広範な政治的ビジョン」である。更に、結局のところ経済的な「持て余しもの」("white elephants")になるプロジェクトからの債務と未払い貸付だけが残る危険があり、安全保障を巡る紛争は非常に多くの国境を跨ぐプロジェクトを混乱させる可能性もある。インドは、インド洋における中国のプレゼンスの増大を受け入れる気にはならないし、またロシア、トルコ及びイランは中央アジアにおいてそれぞれ独自のアジェンダを追求している。

2)習近平のビジョンは壮大なものだが、大戦略として成功するだろうか。中国は、古い地政学的定理に賭けている。一世紀前、英国の地政学的理論家ハルフォード・マッキンダーは、ユーラシアの世界島を支配する者が世界を支配すると主張した。これとは対照的に、アメリカの戦略は、シーパワーとリムランドを強調した、19世紀の提督アルフレッド・マハンの地政学的洞察を長く支持してきた。第2次世界大戦の終わりに、ジョージ・ケナンは、ソ連の封じ込めという冷戦戦略を展開するためにマハンのアプローチを採用した。ケナンは、アメリカがユーラシアの両端に位置する島国であるイギリスと日本、そして西ヨーロッパの半島諸国と同盟を結べば、アメリカはその利益に適ったグローバルなパワーバランスを構築できるであろう、と主張した。アメリカの国防・国務両省の機構は今日でも、中央アジア地域にはあまり関心を払っておらず、依然として冷戦戦略に沿って組織されている。インターネット時代になって世界は大きく様変わりし、そして距離の課題は克服されたといわれるが、地理は依然として重要な問題である。19世紀には、地政学的抗争の大半は、解体されつつあるオスマン帝国の支配地域をどの国が支配するかという、「東方問題(the "Eastern Question")」を巡る抗争であった。ベルリン・バグダッド鉄道などのインフラ・プロジェクトは、大国間の緊張を高めた。こうした地政学的抗争が、新たに「ユーラシア問題(the "Eurasian Question")」として登場するのであろうか。

3BRIを通じて、中国は、マッキンダーとマルコ・ポーロに賭けている。しかし、マルコ・ポーロが通った中央アジアを経由する陸路では、英国やロシア、そしてトルコやイランなどのかつての帝国を巻き込んだ勢力争い、19世紀の「グレート・ゲーム」が復活するであろう。同時に、インド洋を経由する海上の「道」は、パキスタン経由で中国が港湾や道路を建設することによって、既に存在するインドとの抗争を高めている。一方、アメリカは、マハンとケナンにより傾斜している。アジアは独自のパワーバランスを維持しており、インドも日本もそしてベトナムも、中国の支配を望んでいない。これらの国は、アメリカを、(中国のアジア支配阻止の)不可欠な要素と見なしている。アメリカの政策は、中国の封じ込め政策ではない。しかしながら、国家の偉大さというというビジョンを追求する中国が海洋隣国との領土紛争に関わっていることから、これら諸国をアメリカの保護の下に追いやりつつある。実際、中国が直面する真の問題は、「利己的」であることである。インターネット時代でも、ナショナリズムは依然最も強い力となっている。

4)全体として、アメリカは、中国のBRIを歓迎すべきである。もし台頭する中国がグローバルな公共財の供給に貢献するならば、ロバート・ゼーリック(元アメリカ通商代表・元世界銀行総裁)が主張したように、アメリカは、中国が「責任ある利害関係国(a "responsible stakeholder")」になることを慫慂すべきである。更に、BRIを通じた投資から米企業が恩恵を受ける機会ともなり得る。アメリカと中国は、通貨の安定や気候変動など、多様な国境を越えた諸問題についての協力から多くを得ている。しかし、BRIは、中国にコストを強いる一方で、地政学的な利益ももたらすが、一部のアナリストが考えているように、大戦略におけるゲーム・チェンジャーになる可能性は低いであろう。

 記事参照:Xi Jinping's Marco Polo Strategy

619日「対中『コンゲージメント』政策の勧め―米専門家提唱」(The National Interest, June 19, 2017

 米シンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)相談役Zalmay Khalilzadは、米誌The National Interest(電子版)に619日付で、"The Case for Congagement with China"と題する長文の論説を寄稿し、トランプ政権は、関与と封じ込めを組み合わせた、「コンゲージメント("congagement")」戦略を追求すべきであるとして、要旨以下のように述べている。

1)中国は経済力を梃子に軍事力を増強するに従って、偉大な中国の復興と、アメリカに代わって世界の支配的大国になるという壮大な野心を強めてきた。北京は、アジアの支配が世界の支配的大国になるという最終的な目標を達成するために必要なステップであると考えている。近い将来、中国は、自国の海洋周辺部に対する米軍の介入を排除しようとしている。北京の目的は、「第1列島線」までの海域において他者を排除し、「第2列島線」にまで戦力投射を目指すことである。2つの列島線という概念は、防御的な側面と攻撃的な側面の両方を兼ね備えている。防御的側面から、中国は、敵対的な包囲を回避するために2つの列島線を重視している。一方、攻撃的側面から、2つの列島線は、台湾に対する侵攻を可能にする。台湾への侵攻と自衛以外に、中国は、この地域に対する敵対的な介入を抑止し、撃退するだけでなく、アメリカの地域的役割を最小限に抑えるとともに、まず東南アジア、そして将来的には中央アジアへと、アジア支配を実現しようとしている。

2)中国の短中期的な重点はアジアにおける戦力投射にあるが、長期的な野心はこの地域を遥かに超えている。中国の最終的な目標は、世界的優位の実現である。北京は、既にインド洋地域に恒久的な海軍のプレゼンスを維持しており、更にペルシャ湾や地中海にアクセス拠点を確保し、東アフリカや西アフリカにも進出しようとしている。中国は、軍事力を増強して行くに当たって、過剰な軍事支出のために経済に耐え難い負担をかけたソ連の二の舞を避けたいと考えている。しかしながら、その経済規模がアメリカのそれに近づくにつれ、中国も、国際秩序を形成する強力な力として、相応の軍事力を欲し、真の超大国になることを目指す可能性が高い。

3)中国の動向は、アメリカにとって重要な意味を持つ。グラハム・アリソンが近著Destined for Warで主張しているように、台頭する国家が既存の大国に挑戦する時、しばしば戦争になるからである。中国の外交政策がどのように展開するかについては、特に以下の3つの要素が重要となろう。

a.第1に、北京のアメリカとの相対的なパワーバランスについての認識は、非常に重要である。現在、そのバランスは依然としてアメリカに有利である。中国は、アメリカとの直接的な対立を望んでおらず、アメリカに「追いつく」必要性を意識している。同時に、中国の指導者は、アメリカを衰退している国と見、時間の経過とともにその世界的な卓越した役割を維持することができなくなると考えている。このことは、北京に、その目標を忍耐強く追求することを慫慂している。

b.第2は、中国国内の不安定性である。健全な経済は中国の安定を支えているが、潜在的な不安定要因が多くある。経済発展と政治的進歩の間に見られる恒常的なギャップは、政治的自由に対する要求の増大をもたらす可能性があり、これらの要求に対する政府の拒絶は不安定性につながる原動力を生み出す可能性がある。また、地域的、民族的な不安定要因もある。原因の如何に関わらず、重大な政治的不安定は、中国の経済的活力を奪い、その外交と国家安全保障政策の変更を強いることになろう。その結果を予測することは困難だが、成長が鈍化し益々内向きになる中国になる可能性もあれば、反対に外に向かって益々高圧的な中国になる可能性もある。

c.第3は、地域の動向と中国の対応である。多くのアジア諸国は、中国パワーの急激な増大と、習近平政権下での北京の覇権的行動に警戒感を高めている。しかしながら、一部のアメリカの同盟国を含む他の国々は対中経済関係を危険に晒したくないため自制的だが、日本やベトナムそしてインドは強い警戒感を示している。モスクワは、西側との関係悪化の中で、孤立を避けるために中国と協調する姿勢を示しているが、パワーバランスが北京に著しく有利にシフトしつつあることを懸念している。実際、両国は中央アジアにおいて競争関係にある。中国の高圧的な政策に対する域内の懸念は、北京に自制的対応を強いる可能性がある。既に、近隣諸国は、中国とバランスをとるためにアメリカと協調しつつある。中国が計算を誤り、先の見えない、犠牲の大きい地域紛争に引き摺り込まれる可能性がないとは言えない。

4)戦略の再検討と、アメリカの国益を護り、高めるための長期戦略の策定とは、全く別のものである。政府外の中国ウォッチャーや戦略家と同じように、トランプ政権内の人々も意見が分かれるかもしれない。一方で、永続的なパートナーシップと相互理解を目指して、中国との経済的、政治的協議を拡充する関与(engagement)を強化することを主張する人もいれば、他方で、阻止(prevention)と封じ込め(containment)を組み合わせた戦略を主張する人もいよう。いずれのアプローチにもメリットがあるが、一方でいずれも深刻な限界を抱えている。

a.関与は、米中間の重要な問題に関して中国の協力を得ることができよう。関与の提唱者は、中国の国際システムへの参加が増えるにつれて、北京は徐々にその制度と規範が自国の利益に役立つとの結論に達するであろうと主張するかもしれない。しかしながら、関与のみに依存することは危険である。アメリカの関与政策の強化は、中国の経済的な発展を一層促進し、それによって、別のアプローチよりも中国が軍事的により早くアメリカに追い付き、追い越すことを可能にし、かえって戦争の危険性を高めるであろう。

b.阻止と封じ込めアプローチも、同じ限界に直面する。このアプローチの目標は、中国の力がアメリカのそれと並び立つことを妨害することになろう。そのためには、アメリカは、自らの全般的な経済力と軍事力を強化するばかりでなく、中国を封じ込め、その弱体化を図ることになろう。それはまた、敵対的な中国の政策に対抗していく決意を誇示することにもなろう。このアプローチの弱点は、中国が必然的に世界的な敵対的抗争相手になる方向に進んでいるということを前提としており、自己達成的預言ともいえるものである。このアプローチはまた、例えば、北朝鮮問題などに関する、中国の潜在的な協力の可能性を危うくするとともに、関与から得られる可能性のある相当な経済的利益をも危険に晒す。更に、国家資源の一層の動員と、地域の同盟国や世界の他の先進工業国の大半からの協力をも必要とするであろう。

5)以上の理由から、トランプ政権は、①関与がもたらす期待値を維持する、②中国の力がアジア支配の方向に強化されることを抑え、その可能性を排除する、③そしてアメリカの国益に対する中国の挑戦を阻止するヘッジを構築する―これら3つを同時に達成し得る新たな戦略が必要である。本稿の筆者(Zalmay Khalilzad)は、封じ込めと関与を組み合わせた、「コンゲージメント("congagement")」戦略を提案する。トランプ政権は、関与を放棄することなく、封じ込めを重視した、この新しい方針を推し進めるべきである。この戦略の目的は、アメリカが中国との協力と相互理解を追求する一方で、アメリカの行動とその意図が、覇権的拡大を推し進めようとすれば、域内の他の大国を含むアメリカとその同盟国やパートナー諸国の抵抗に遭遇するであろうことを中国の指導者に確信させることにあることを、中国に分からせることである。アメリカは、コンゲージメント戦略の下で、以下の12の政策を追求する。

a.世界的に有利な立場を維持するために、アメリカの全般的な経済力と軍事力を強化する。

b.アメリカの技術的優位を維持するとともに、西側の技術へのアクセスを規制する既存の輸出管理レジームを強化することによって、友好国や同盟国が中国の軍事能力の向上に貢献しないよう慫慂する。

c.中国の地域覇権を阻止するために、アメリカの同盟国とパートナー諸国の軍事力強化と、これら諸国間の相互協力を慫慂することによって、アジアにおけるパワーバランス戦略を追求する。

d.バランサーの役割を果たすために、そして重要なアメリカの国益が脅かされる既成事実に直面させられることを避けるために、アジアにおけるアメリカの相対的な力の強化を追求する。

e.台湾が中国本土との再統合を追求しないよう説得する。

f.中国の行動を左右する梃子として、中国の繁栄が依存している、アメリカ市場や域内の同盟国の市場へのアクセスを活用する。

g.巨大な貿易赤字を減らすために貿易バランスを是正する。

h.技術的優位性を維持するとともに、新たな、あるいは既存の脆弱性の増大を阻止するために、中国による技術の盗用を防止し、重要な技術の移転を阻止するための必要な措置を更新し、追加することで、同盟国やパートナー諸国との既存の協定を見直す。

i.少なくとも、中国との政治的交流、軍同士の交流そして文化的交流を維持し、可能なら拡大する。

j.巨額の貿易赤字を減らすことによる貿易収支の再均衡化など、互恵的な関係を重視する経済関係に調整する。

k.北朝鮮やテロなどを含む、地域の諸問題に対する協力を強化する。

l.地域的協力、危機の予防そして危機管理を強化するために、中国とアメリカが参加する、アジア地域におけるOSCE型の機構を追求する。東アジア首脳会議は、メンバー構成が要件を満たしているため、こうした役割を果たす機構としては最適かもしれないが、適切に制度化され、適切な権限が付与される必要がある。

6)このコンゲージメント戦略は、国際システムを侵害することなく国益を追求することが最良の方法であることを、北京に納得させることになろう。この戦略は、アメリカが自国の国益を護る用意があることを誇示することによって、アメリカに敵対することによる潜在的な代償を中国に知らしめることになろう。同時に一方で、この戦略は、アメリカが肯定的な中国の行動に報いる用意があることを知らしめる。要するに、コンゲージメント戦略は、中国の能力、目的、政策及び行動の態様に応じて、関与と封じ込めの間のバランスを調整する柔軟性を提供するであろう。安全保障と経済問題に対する中国の協調的態度は、より関与の度合いを高めるであろう。逆に言えば、北朝鮮に関する不十分な協力、南シナ海での高圧的な政策、そして台湾への敵意は、封じ込めへの傾斜を引き起こすであろう。封じ込めと関与の組み合わせは、アメリカの利益を護るための優れたアプローチを約束するのである。

 記事参照:http://nationalinterest.org/feature/the-case-congagement-china-21232?page=show

619日「中国、潜水艦部隊用の海外基地を追求か―米海大准教授論評」(The National Interest, June 19, 201

 米海軍大学准教授Lyle J. Goldsteinは、米誌The National Interestのブログに、619日付けで、"Is This the Future of Chinese Submarine Power?" と題する長文の論説を寄稿し、中国海軍の海軍潜艇学院の研究者達が執筆した論文の解読を通して、中国が潜水艦部隊用の海外基地を追求するかもしれない兆候があるとして、要旨以下のように述べている。

1)中国の急速な海軍力近代化を客観的に評価するに当たっては、中国海軍の目的とその将来計画について望みうる最良の情報に基づかなければならない。青島の海軍潜艇学院の研究者が執筆した2017年初めの著名な海軍研究誌(『海軍電子工程』)の巻頭論文は、北京が追求する潜水艦部隊の野望を評価する上で基本的な資料である。潜艇学院の著者達は、新しい時代は新しい思考を求めており、変革をもたらす概念と新機軸の促進を望んでいるとして、過去の2つの概念の棚上げ、あるいは代替の必要性を指摘している。1つは「近海防御」戦略で、そこでは潜水艦は「留守居をし、中庭を護る(中文:看家護院)」という主任務を持つ一義的に防勢的プラットフォームと位置づけられている。もう1つは、中国の潜水艦は「列島線近傍でのみ行動(中文:島連付近活動)」すべきであるという戦略的概念である。これらに替えて、彼らは、「遠海域に潜水艦部隊を推し進めることに関する若干の考察(中文:推進潜艇兵力走向遠洋的幾点思考)」と題された調査報告書が示唆する、拡張的な、更には世界規模の潜水艦戦略を強く主張している。

2)この拡張的役割の論拠として、この論文は、「海洋強国」を目指すという第18回党大会の宣言とともに、「国家の海洋権益は絶え間なく拡大しており、中国が国家として生存していくために海洋の重要性はますます重要になっている」ことから、中国の長大な「エネルギー(資源)の戦略的輸送路(中文:能源戦略通道)」の脆弱性を挙げている。更に、「グアムや、北西アジアと南西アジアの基地に配備された米軍の先進的な航空部隊や海上部隊によって、太平洋への中国の海上通路が支配されようとしている。中国を封じ込めるため戦略的な円弧を形成することで、中国の海洋活動空間は厳しく制限されている」と指摘し、中国が明確な外部からの脅威に直面しており、従って海洋の戦略空間を拡大しなければならないと主張している。加えて、日米両国は中国の潜水艦を第1列島線の内側に「永久に封鎖(中文:永遠地封鎖)」することを狙って、巧緻な対潜システムを構築してきたと主張している。この点に関して、この論文は、「中国の潜水艦は、アジア太平洋に進出するだけでなく、インド洋に進出し、更には大西洋に、北極海に進出しなければならない。これによって、現在の潜水艦戦の作戦上の問題を軽減し、中国が台頭するための巨大な海洋戦略空間を提供する(中文:・・・可有効緩解我国当面海区潜艇兵力活動困難、也能為我大国崛起提供広闊的海洋戦略空間)」と強調している。

3)そしてこの論文には、中国が潜水艦部隊用の海外基地を追求するかもしれないということを示唆するヒントが含まれている。潜艇学院の著者達は、「現在、我々の潜水艦基地は全て沿岸域に位置しており、潜水艦の作戦海域からはかなり離れている。更に、潜水艦の速力は比較的遅く、特に通常型潜水艦はそうである。そのため、潜水艦の実働期間はかなり短い。このことは、遠海域に展開する潜水艦部隊の実戦能力を著しく減殺させている」と主張している。興味深いことに、こうした主張は、往返日数と哨区滞在日数に関する米海軍潜水艦部隊の基地配備の在り方を巡る議論と似通っている。その上で、彼らは、「潜水艦部隊を『(外洋に)展開させる』のであれば、海外での支援施設と部隊を効率的に運用する指針が必要となる。海軍司令部は、遠海域における潜水艦部隊の滞洋時間を増大させる目的のために、海外における潜水艦部隊用の装備と後方支援を確保しなければならない(中文:潜艇兵力'走出去'必須堅持海外保障、節約兵力的原則、海軍指揮機関応能実現在海外対潜的装備和后勤保障、才能有効提高潜艇兵力在遠海大洋的存在時間)」と驚くべき主張を展開している。

4)更に、潜艇学院の著者達は、遠海域で作戦する中国の潜水艦は「実戦的な訓練」、即ち潜水艦対潜水艦訓練に加えて、対水上艦戦、そして驚くことではないが空母戦闘群との戦闘訓練を始めなければならない、と提言している。また、潜水艦機雷敷設(中文:潜艇布雷)、対潜機からの回避(中文:潜艇対敵反潜飛機防御)、特殊戦部隊の輸送(中文:潜艇輸送特殊兵)、及び潜水艦による情報収集(中文:潜艇偵察)の実施も提言しており、そのために潜水艦部隊は敵港湾に侵入し、海峡近傍で作戦する用意がなければならないとしている。そして彼らは、「我々の作戦環境データベースと戦術ソナー・データベースが戦時に敵を識別する基礎となり、将来の戦闘における情報(の精度)を保証するために、海水温と気象に関するデータ」を収集する重要性を強調している。また、彼らは、「遠海域作戦を実施する過程では、例えば、追尾作戦や、あるいは追尾からの回避など、国際的に際どい事態を引き起こしたり、また潜在的な敵を巻き込んだりすることもあり得る。このような接触は、一方では、敵の武器体系、基本的な戦術、あるいは対潜戦における運動パターンに習熟(中文:可有意識地与作戦対手進行接触、跟踪与擺等、熟悉其武器性能、基本戦法、反潜様式)することにもなる」と述べ、このような作戦は「実戦(に近い条件下)での経験を蓄積し、遠海域における将来の防御的戦闘の基本を育成することになるかもしれない」としている。

5)最後に潜艇学院の著者達が明らかにしている点は、将来の通常型潜水艦と原子力潜水艦の組み合わせと、遠海域作戦におけるそれぞれの役割に関するものである。彼らは、現在の中国の潜水艦部隊は、全てが原子力潜水艦からなるアメリカ型でも、原子力潜水艦に重点を置いているが原子力潜水艦と通常型潜水艦の混成であるロシア型でもないとしている。中国の潜水艦部隊はロシアのように原子力と通常型の混成だが、その主力は益々静粛性とステルス性を高めるディーゼル電気推進(通常型)潜水艦である。彼らは、原子力と通常型はともに中国海軍の戦略家達が研究し、潜水艦戦略に組み入れなければならない利点を有しているとした上で、中国は新しい遠海域任務の所要に適合する原子力潜水艦の配備を優先する方向に潜水艦部隊を再編し始めるべきことを強く示唆している。事実、潜艇学院の著者達の論文の最後から2番目の文節は、原子力潜水艦は海軍が防衛戦闘を海中にまで広げるための「暗殺者の棍棒」(中文:『殺手鐗』」)となるであろうと強調している。彼らの論文は、中国が益々世界の海中への野望を持ち始めていることの確たる証拠である。彼らは、「我々はアメリカによる核の脅迫、核の脅威、通常(戦力)の脅威に直面している(中文:面臨着美国的核訛詐、核威嚇及び常規威嚇)」と述べている。当然のことではあるが、中国の潜水艦部隊がもたらす脅威や挑戦をことさら誇張することは、かえって敵対関係を先鋭化させ、問題を一層悪化させることになろう。実際、この論文で提言されていることの全ては明らかに米海軍を含む西側海軍が日常的に実施しているものであり、従って、強力で広範な海中戦闘能力は目標とする国家の意思決定者の判断、意思決定そして行動に影響を及ぼす(中文:影響目標国家当局的判断、決策和行動)効果的な道具であり得るという論文の結論は、決して中国だけに当てはまるものでない。故に、米戦略家は、世界の海洋と海中でより大きくなる中国海軍のプレゼンしに対して、先入観にとらわれず、中国の海中への野望に関して明らかになった事実に冷静に対処していかなければならない。

 記事参照:Is This the Future of Chinese Submarine Power?

622日「中国の海洋シルクロード、3本のルート」(The Star Online, June 22, 2017

 中国政府は620日、「『一帯一路構想』(BRI)における海洋協力のビジョン(Vision for Maritime Cooperation under the Belt and Road Initiative)」と題する文書を公表した。マレーシア紙、The Star(電子版)は622日付で、上記ビジョンに示された3本の海洋シルクロードのルートについて、要旨以下のように報じている。

1)中国は、このビジョンで、アジアと、アフリカ、オセアニアそしてヨーロッパを結ぶ3つの「海洋経済航路」("blue economic passages")を提示した。中国政府がBRIにおける海洋協力計画を公表したのはこれが初めてである。文書によれば、3本の海洋経済航路が示されている。

a.1本目は、「中国・インド洋・アフリカ・地中海海洋経済航路」(The China-Indian Ocean-Africa-Mediterranean Sea Blue Economic Passage)で、中国の沿岸域経済ベルトから、「中国・インドシナ半島経済回廊」(The China-Indochina Peninsula Economic Corridor)に連結し、南シナ海からインド洋に進み、「中国・パキスタン経済回廊」(The China-Pakistan Economic Corridor)と「バングラデシュ・中国・インド・ミャンマー経済回廊」(The Bangladesh-China-India-Myanmar Economic Corridor)に連結する。

b.2本目は、「中国・オセアニア・南太平洋海洋経済航路」(The China-Oceania-South Pacific Blue Economic Passage)で、南シナ海から太平洋に南進するルートである。

c.3本目は、北極海を経由してヨーロッパを結ぶルートである。

2)中国政府は、海洋環境の保護、海洋における連結の促進、海洋経済の発展、海洋における安全保障の確保、海洋科学調査の促進、そして海洋協力の強化を目指して協働するため、「21世紀海洋シルクロード」参加を各国に呼びかけている。

 記事参照:Three sea routes mapped out

 Full text: Vision for Maritime Cooperation under the Belt and Road Initiative

626日「中国国家海洋局、南シナ海で新型哨戒機の運用開始」(South China Morning Post.com, July 2, 2016

 香港紙South China Morning Post(電子版)が72日付で報じるところによれば、中国国家海洋局南海分局は626日から南シナ海で新型哨戒機による哨戒活動を開始した。それによれば、

1)新型の中長距離海洋哨戒機、B-5002626日、国家海洋局南海分局に配備された。同機は、海洋局が装備する哨戒機の中で最大で、最良の機器を搭載し、その最大哨戒距離は2,450キロで、性能的には南シナ海全域を哨戒でき、不測の事態に対応できる。

2B-5002の主要機器は、海面捜査レーダーと光学探知機器からなる「センサー」類で、全天候下の哨戒、探知が可能である。同機は、中国の海洋法で非軍用機に分類されており、非武装である。

3B-5002は、国産の新舟60双発ターボブロック機をモデルとして西安飛機工業集団公司によって製造された。

 記事参照:With a 30m wingspan and 2,450km range, this surveillance plane can cover the entire South China Sea

 Photo: China's new B-5002 medium-to-long-range maritime reconnaissance aircraft

628日「米国防省国防情報局、ロシアの軍事動向に関する報告書発表」(The Defense Intelligence Agency (DIA), U.S. DOD, June 28, 2017

 米国防省国防情報局は6月28日、ロシアの軍事動向に関する報告書、"Russia Military Power: Building a Military to Support Great Power Aspirations" を発表した。表題から窺われるように、報告書は、ロシアは冷戦期の軍事超大国の復活を目指して軍事力を強化していると指摘している。以下、報告書から、戦略核戦力と海軍力に関する内容を紹介する。

(1)戦略ロケット軍の現状

a.戦略ロケット軍(SRF)は、3個軍、12個師団編成で、内8個師団が道路機動式ICBMを運用し、残りの4個師団がサイロ配備のICBMを運用している。SRFの総兵力は約6万人である。

b.2016年現在、SRFは、299基のICBMを配備し、その半分はMIRV弾頭を装着している。299基の内訳は、サイロ1CBMSS-18×46基、SS-19×30基、道路機動式ICBMSS-25×72基で、より新型の2種のICBMの内、SS-27Mod1がサイロ配備型60基、道路機動式18基、SS-27Mod2がサイロ配備型、道路機動式を合わせて73基である。

詳細は下表に示す通りである。

段数

弾頭数

燃料

配備方式

最大射程(キロ)

SS-18Mod5

2PBV

10

液燃

サイロ

1万+

SS-19Mod3

2PBV

6

液燃

サイロ

9,000

SS-25

3PBV

1

固燃

道路機動

11,000

SS-27Mod1

3PBV

1

固燃

サイロ+道路機動

11,000

SS-27Mod2

3PBV

多弾頭

固燃

サイロ+道路機動

11,000

c.新型弾道ミサイルの開発は、ロシアの最優先事項の1つである。ロシア軍は、SRF戦力を2022年までにソ連崩壊後に開発された新しいミサイルに更新する計画である。ロシアは、SS-18に替わるSmartと呼ばれる液体燃料の新型ICBMの実験を間もなく開始すると発表しており、20182020年の配備を目指している。また、SS-27Mod2より小型のICBMRS-262017年から配備すると発表しており、これは移動式ICBMで、「ミサイルディフェンスキラー」といわれる。

d.ロシアの戦略核弾頭は、20112月に発効した、新戦略兵器削減条約(START)によって規制されている。新STARTは、米ロの配備核弾頭(ICBMSLBM及び爆撃機搭載弾頭を含む)を、条約発効後7年以内に1,550個を超えない数に規制している。ロシアは現在、ICBM搭載弾頭を約1,200個保有しており、これら弾頭の大部分は、発射命令受領後、数分以内に発射可能なアラート態勢にある。ロシアのICBM基数は、条約の規制、旧式化、更には財政的制約から減少しつつある。ICBMの配備機数は2020年代までに300基以下に減少する可能性があるが、配備ICBMの大部分は、多弾頭型となろう。戦力構成は、条約規制の弾頭数、1,550個以内に収めるために大きく替わりつつあり、2020年代初めまでにMIRV弾頭装着の道路機動式ICBMはなくなるであろう。

2)その他の戦略核戦力

a.ロシアの戦略核戦力3本柱の内、弾道ミサイル搭載原潜(SSBN)は、北方艦隊と太平洋艦隊に配備されている。北方艦隊には、6隻のDelta SSBNSS-N-23 SLBM搭載)、1隻のDolgorukiySSBNが配備され、1隻のTyphoonSSBNが実験艦として配備されている。太平洋艦隊には、3隻のDelta SSBNSS-N-18 SLBM搭載)、2隻のDolgorukiySSBNが配備されている。SSBN戦力は、新型のDolgorukiySSBNが建造、配備されつつあり、新型SLBMSS-N-32 Bulavaを搭載する。

b.戦略爆撃機戦力については、Tu-95 BearTu-160 Blackjack2030年以降も運用するために、近代化されつつある。最新型のBlackjack2005年に配備されたが、現有の全Tu-160Tu-160 M1 Tu-160 M2に更新されることになっている。ロシアは、今後10年以内にTu-160 M2の生産を再開し、新世代機への更新を完了すると発表しているが、財政難から遅れることも予想される。新世代機はある程度のステルス性能と、短距離あるいはラフな滑走路からの離発着能力を有し、通常弾頭と核弾頭の両方を搭載できる。

3)海軍戦力の動向

a.ロシアはプーチン政権下で軍事力の再建に乗り出したが、海軍力も再建されつつある。海軍総兵力は約13万人で、主要戦闘艦の隻数はソ連海軍最盛期の6分の1から4分の1程度で、しかもその平均艦齢は2025年である。しかし、この10年間で、潜水艦と艦艇建造が活発化してきた。

b.原子力潜水艦戦力については、北方艦隊には、核弾頭搭載巡航ミサイル装備の3隻のOscarSSGN1隻のSeverodvinskSSGN、攻撃型原潜(SSN)は3隻のVictor級、Akula/級、4隻のSierra級が配備されている。太平洋艦隊には、5隻のOscarSSGN4隻のAkulaSSNが配備されており、SeverodvinskSSGNも配備されることになっている。通常型潜水艦では、新旧のKilo級が混在しており、北方艦隊に6隻、太平洋艦隊には旧式8隻が配備されている。

c.主要水上戦闘艦は約32隻で、北方艦隊は、唯一の空母、Kuznetsovに加えて、Kirov級原子力巡洋艦1隻、Slava級巡洋艦1隻、Udaloy級駆逐艦4隻が配備されている。最近、新型のGorshkov級誘導ミサイルフリゲートが配備された。その他の戦闘艦艇としては、12隻の小型対艦、対潜戦闘艦艇、4隻のRopucha級両用揚陸艦が配備されている。

d.太平洋艦隊には、7隻の主要戦闘艦―Slava級巡洋艦1隻、Udaloy級駆逐艦4隻、Sovremennyy級駆逐艦2隻に加えて、更に24隻の小型対艦、対潜戦闘艦艇、4隻の両用揚陸艦が配備されている。

 記事参照:2017 Russia Military Power Report

 Full Report is available at following URL http://www.dia.mil/Portals/27/Documents/News/Military%20Power%20Publications/Russia%20Military%20Power%20Report%202017.pdf?ver=2017-06-28-144235-937

628日「中国、新世代ミサイル駆逐艦進水」(The diplomat, June 29,2017

 WebThe Diplomat共同編集者Franz-Stefan Gadyは、629日付の同誌に、"China Launches Next-Generation Guided-Missile Destroyer"と題する論説を寄稿し、中国海軍の新世代ミサイル駆逐艦の進水について、要旨以下のように述べている。

1)中国海軍は628日、上海の江南造船所で、新型の1万トン級のType 055ミサイル駆逐艦を進水させた。中国国防部によれば、同艦は、全長約180メートル、全幅約20メートルで、「中国海軍の戦略的革新と開発の一里塚」と位置づけられている。中央軍事委員会委員で中央軍事委員会装備発展部長の張又侠上将は進水式典での演説で、同艦の進水は強大で近代的海軍を保有するという中国の夢に向けて重要な一歩を印した、と強調した。国防部は、「新型の対空、対ミサイル、対水上艦、対潜水艦の武器体系を装備した新しい駆逐艦は、情報の探知、対空、対ミサイル防御、対艦船攻撃において極めて優れた能力を有する」「同艦の建造過程において、全体的な艦の設計、情報の統合、組み立てにおける一連の技術的躍進が見られた」と述べた。Type055駆逐艦は最大8隻就役するとの情報もあるが、中国海軍は、2回に分け4隻取得する予定である。同艦は、中国海軍の長距離戦闘群の中核を構成し、中国海軍初の空母戦闘群に不可欠の随伴艦となるであろう。

2)中国国防部は、同艦の兵装の詳細を明らかにしていない。以前の報道では、同艦は、ステルス性を考慮した船体構造を採用し、YJ-18のような対艦ミサイルや対地巡航ミサイルに加えて、HHQ-9のような中長射程対空ミサイルも発射可能な、64セルを有する2基の垂直発射装置を装備するとされていた。また同艦は、130ミリ砲を装備し、Z-18対潜ヘリコプター2機を搭載できる。更に、同艦は、Type1130近接防御火器(CIWS2基と、航空機、ミサイル及び水上艦船を探知するための346xフェーズド・アレイ・レーダー4基を装備する。北京の海軍専門家は628日付の環球時報で、「Type055は幾つかの領域で米海軍のArleigh Burke級イージス駆逐艦よりも優れた性能を有しており、その主任務は空母やドック型水陸両用戦艦のような大型水上艦を護衛することである」「駆逐艦に関する限り、中米間にもはや世代間ギャップは存在しない」と述べている。しかしながら、一部の専門家は、同艦の主要な設計上の欠点として、フェーズド・アレイ・レーダーの装備位置の低さを指摘している。Type055は今後、海上公試や装備の試験を経て、1番艦は2018年か2019年に就役すると見られている。

 記事参照:China Launches Next-Generation Guided-Missile Destroyer

【抄訳者コメント】

1)中国版イージス艦と呼ばれるType052C1番艦「蘭州」は20051018日に上海江南造船所において就役した。しかし、翌2006年には『現代兵器』10月号にその欠点が指摘され、2009年には空母戦闘群が独立して作戦を実施する際、Type052Cは防空任務を果たすのには力量不足であると国内メディアが指摘した。このため、Type052C2番艦と3番艦の間には8年の空白が存在し、マイナーチェンジと呼ぶことができるType052Dを経て、国内での指摘への回答として建造されたのがType055ということができる。

2)本記事の内容をより理解するために、これまで指摘されてきたType052Cの欠点を整理しておきたい。

a.第1に取り上げられ、根本的欠点とされたのが寛長比である。寛長比とは、全長を全幅で除した値で、船体の形状を示す1つの指標である。

 Type052Cは全長155.5メートル、全幅17.2メートルと言われており、寛長比は9.04となる。これに対し、比較の対象とされた日本のミサイル搭載護衛艦(いわゆるイージス護衛艦)「あたご」の全長は165メートル、全幅は21メートルであり、寛長比は7.86である。即ち、Type052Cは全長に対し全幅が狭く、スマートな船型をしていることになる。このため、ミサイルの垂直発射装置を搭載する余積が限られることになる。Type052Cでは6セルのリボルバー型垂直発射装置を前部に2列縦隊で6基、後部に2基を装備し、総計48セルとなる。これは「あたご」の96セルの半数であり、空母戦闘群における防空任務に力量不足とされる理由である。

 Type052Cのマイナーチェンジ版と言って良いType052Dでは寛長比の大幅な改善は見られないが、垂直発射装置そのものをリボルバー型から米海軍のMk41と同じような箱形の8セルを1つの単位とする発射装置8基に換装し、セル数は64セルに増加した。

本記事に見る限り、Type055は全幅20メートルとなり、約3メートル拡幅し、寛長比は9と大きく変わっていないが、全長を約180メートルと延伸することで、垂直発射装置の装備余積を確保したようである。この改善により「あたご」の96セルを上回るという目標に対して128セルという回答を可能にした。

b.第2の欠点として指摘されるのは、先の寛長比と関係するが、フェーズド・アレイ・レーダーの装備位置が低いという点である。レーダーであれ、目視であれ、目標を捕捉できる距離は単純化して言えば、レーダーが装備されている高さあるいは目の高さと目標の高さの関数で示され、従ってレーダーの装備位置あるいは目の高さが高いほど遠くの目標を探知することができる。故に、フェーズド・アレイ・レーダーの装備位置が低いことは、目標の探知距離が短いことを意味する。シースキミング性能を有する最近の対艦ミサイルから部隊あるいは自艦を防御する時、探知距離の短さは対応可能時間の短さを意味し、致命的欠陥ともなり得る。では、なぜ装備位置が低くなったのか。中国の軍事専門誌『現代兵器』は、Type052Cは、全幅が狭いため横揺れに弱く、復元性能を考慮したとき、上部構造物、特にフェーズド・アレイ・レーダーを装備する艦橋構造物の高さを制限せざるを得なかったと指摘する。フェーズド・アレイ・レーダーの装備位置の問題については、本記事を見る限りType055においても改善されなかったようである。

3)最後に、本記事では触れられていないが、『現代兵器』でも指摘され、抄訳者(山内)が関心を持ち続けている問題を簡単に取り上げておきたい。それは、Type052Cの防空システムには間隙が生じているという問題である。海軍における防空システムは、各種の武器体系を間隙のないように重層的に組み合わせることによって構築されている。しかし、Type052Cの防空システムについて、『現代兵器』は、HHQ-9長射程対空ミサイルの最小射程及び射高と、Type730近接防御火器(CIWS)との間に間隙があると指摘する。防空システムを構築する場合、1艦が全ての防空のための武器システム(航空機を除く)を装備する必要があるのか疑問の残るところではあるが、中国海軍はそれを求めているようであり、Type052Cの改良型としてType052Dを計画するに当たり間隙を埋めるため、「ファイヤ・アンド・フォーゲット」方式のHQ-10短射程対空ミサイルを装備している。Type055では、近接防御火器はType730からType 1130に更新されるが、HQ-10短射程対空ミサイルあるいはその後継機も併せて装備されることになるのであろう。しかし、この点は、中国海軍が果たして空母戦闘群を運用するシステムを構築できるのかどうか、疑問に感じる理由の1つである。(山内敏秀)

629日「中国海軍陸戦隊、やがて中国の『一帯一路構想』の推進力に」(Reconnecting Asia, CSIS, June 29, 2017

 ニュージーランドのコンサルティング会社Strategika Group Asia Pacific共同経営者Jeremy Maxieと元米海兵隊将校で日本戦略研究フォーラム(JFSS)研究員Grant Newshamは、米シンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)のサイトReconnecting Asia629日付で、"The Muscle Behind China's New Silk Road Is Over the Horizon"と題する論説を寄稿し、中国海軍陸戦隊はやがて中国の「一帯一路構想」の推進力になるであろうとして、要旨以下のように述べている。

1)最近のイスラム過激派組織ISILによるパキスタン・バルチスタン州での2人の中国人の誘拐殺人事件は、中国がその野心的な「一帯一路構想」(BRI)を推進するに当たって、如何に安全を確保するかという根本的な問題を提起した。最近の動向が示唆するところによれば、北京は海兵隊を派遣することを計画している。中国は3月に、ジブチのオボック港とパキスタンのグワダル港の「軍民両用」施設に不特定多数の中国海軍陸戦隊(PLAMC)要員を駐留させる狙いから、PLAMC2万人から10万人に増強する計画を公表した。

2PLAMCと中国海軍をジブチとパキスタンに前方展開することによって、中国は、中東とアフリカにおいて「ハードパワー」投射能力を大幅に強化することになろう。このことは、「21世紀海洋シルクロード(MSR)」とインド洋沿岸地域における中国の軍事プレゼンスが拡大することを示すものであり、この地域の安全保障と地政学環境を変革させる可能性がある。実際、完成間近のジブチの中国初の海外基地は、MSRの重要な結節点である。「アフリカの角」に位置するジブチ基地の地政戦略的位置から、中国は、アデン湾での海賊対処活動をより適切に支援できるだけでなく、マンダブ海峡とスエズ運河を通る重要な海上交通路を保護することができる。同様に、グワダル港は、中国の石油輸入量の半分以上が通航するホルムズ海峡から約250マイルの位置にある。ジブチとグワダル港にPLAMCが駐留することになれば、中国は、非戦闘員の避難や人道援助、そして災害救援活動などのこの地域の緊急事態により迅速に対応することもできよう。

3)しかしながら、海外のインフラや在留中国人の物理的な安全確保に関しては、中国は、民間警備会社か、あるいは当該国の軍に依存することになろう。中国の基幹プロジェクトである「中国パキスタン経済回廊(CPEC)」について見れば、パキスタンは、中国の安全保障上の懸念に対処するために、CPECの資産と労働者を護るために最大15,000人の兵員を提供する特別保安師団を創設した。PLAMCでもグワダル港の安全を確保できるが、中国は、バルチスタン州とカシミールにおけるパキスタンの厄介な反政府活動に巻き込まれることを避けるために、PLAMCを派遣しないと見られる。また、PLAMCを派遣すれば、中国の資産と中国人を危険に晒すという、予期しない事態を招来する可能性もある。同時に、中国の国境に近接した地域であり、またインドとの緊張を高める可能性を考えれば、PLAMCの派遣は、地政学的にも安全保障面からもより広範な影響を及ぼすことになろう。

4)対照的に、アデン湾での対海賊活動が中国海軍にとって運用経験を発展させる格好の機会となったように、アフリカは、中国にとって、海外の中国人や資産を護るという口実の下、その地上軍部隊に運用経験を積ませる戦略的な機会を提供するであろう。アフリカの安全保障は混迷を極めているが、PLAMCにとって、幾つかの域外大国とともに、安全保障支援の提供と、対テロ作戦や対暴動作戦の実施といった、潜在的な安全保障任務がある。実際、中国の新しいテロ対策法は、軍の海外での軍事行動を認めている。フランスやアメリカと同様に、中国は、アフリカにおいて護るべき多くの戦略的、商業的利益や資産に加えて、在留中国人を抱えている。ジブチだけでも、中国は、ジブチとエチオピアのアディスアベバを結ぶ鉄道を含む、140億ドル以上の資金を投資している。中国は、東アフリカ諸国に広範な投資や融資そして対外援助を供与していることに加えて、2009年にはアメリカを抜いて、アフリカ最大の貿易相手国になった。またアフリカは、中東に次いで、中国第2の石油輸入源である。アフリカ在留の中国人の正確な人数はよく分からないが、25万人から最大200万人まで見積もりに幅がある。こうしたことから、アフリカにおける中国の安全保障上の役割拡大の必要性とその根拠は明白である。問題は、北京がPLAMCを対テロ、対暴動そして治安支援活動に投入するか、あるいはジブチの兵舎に留め置くかである。実際、アフリカは、先兵としてPLAMCとともに、現代戦場でテストされていない中国の地上軍部隊のための不可欠な性能試験場となるかもしれない。

5)ジブチにおける北京の実験的試みは、MSRとインド洋沿岸地域沿いのPLAMCを受け入れると見られる多くの国に、追加的な「基地」を設置していくための長期的戦略の足掛かりと見るべきであろう。更に、中国は、不慮の事態に備えて基本的に6カ月のローテーションで洋上待機している、約2,000人規模の戦闘即応態勢の米海兵遠征部隊と同じような部隊の整備に取り組むと見られる。恒久的な軍事プレゼンスが議論の的になるような国では、中国は、米軍のローテーション展開を見習うことになるかもしれない。PLAMCは、その遠征能力とともに、恒久的配備部隊あるいはローテーション展開部隊を含む、MSRとインド洋沿岸地域沿いの海軍基地施設の拡大するネットワークによって、中国の野心的なシルクロードを推進する不可欠の力となろう。PLAMCはまた、その戦闘能力とは別に、海軍外交の一環としての国力を誇示する外国港湾への寄港とともに、定期的な2国間及び多国間訓練演習を通じて、中国の地域的影響力を拡大していくことになろう。この数十年間、インド洋では米海軍と海兵隊が唯一の両用戦力であったが、PLAMCの登場はそう遠くない将来であろう。

 記事参照:The Muscle Behind China's New Silk Road Is Over the Horizon

629日「南沙諸島の中国造成の3カ所の人工島、軍事施設完成間近―米CSIS画像公表」Reuters.com, June 30, 2017

 米シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)のThe Asia Maritime Transparency Initiative AMTI)は629日、最新の衛星画像の分析を基に、南シナ海の南沙諸島に中国が造成した3つの人工島―ファイアリークロス礁(永暑礁)、スービ礁(渚碧礁)及びミスチーフ礁(美済礁)で、ミサイル・シェルターやレーダー、通信施設の建設が進んでいると発表した。それによれば、ファイアリークロス礁では、ミサイル・シェルターが既存の8カ所に加えて新たに4カ所建設され、スービ礁とミスチーフ礁でもそれぞれ8カ所建設された。ミスチーフ礁では周辺海域の監視能力を高める大型のアンテナ・アレーが建設されており、AMTIは、この施設はフィリピンの懸念を強めようと指摘している。ファイアリークロス礁では最近、大型のドームが建設されており、更に通信設備やレーダーを収容可能な新たなドームが建設中である。ミスチーフ礁では、ミサイル・シェルターの近くにやや小型のドームが建設中である。

記事参照:China builds new military facilities on South China Sea islands: think tank

詳細は以下を参照:UPDATED: China's Big Three Near Completion Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, June 29, 2017

629日「米国務省、台湾に対する武器売却を承認」(UPI.com. June 30, 2017

 米国務省は629日、トランプ政権下では初めての台湾に対する総額約14億ドルの7件の武器売却を承認したと議会に通告した。売却される武器には、魚雷、ミサイルと誘導システム、電子戦システムなどが含まれる。

 記事参照:Taiwan approved for U.S. arms buy worth nearly $1.4 billion

【関連記事】

「中国、武器売却を批難」(Reuters.com, June 30, 2017

 在米中国大使館は630日、台湾に対する武器売却に対して声明を発表し、「誤った決定」として批難するとともに、米中関係の建設的な発展を阻害すると断じた。

 記事参照:China 'outraged' by $1.42 billion planned U.S. arms sales to Taiwan

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

1. U.S. Military Presence on Okinawa and Realignment to Guam

https://fas.org/sgp/crs/row/IF10672.pdf

Congressional Research Service, June 14, 2017

2. Navy Ford (CVN-78) Class Aircraft Carrier Program: Background and Issues for Congress

https://fas.org/sgp/crs/weapons/RS20643.pdf

Congressional Research Service, June 16, 2017

Ronald O'Rourke, Specialist in Naval Affairs

3. Pentagon Ballistic and Cruise Missile Threat Report

https://fas.org/irp/threat/missile/bm-2017.pdf

The Defense Intelligence Ballistic Missile Analysis Committee, June 27, 2017

4. First Strike: China's Missile Threat to U.S. Bases to Asia

https://s3.amazonaws.com/files.cnas.org/documents/CNASReport-FirstStrike-Final.pdf

CNAS, June 28, 2017

COMMANDER THOMAS SHUGART, U.S. Navy, is a Navy Federal Executive Fellow at the Center for New American Security (CNAS). He is a submarine warfare officer, and most recently commanded the USS Olympia (SSN-717), a fast attack submarine homeported in Pearl Harbor, Hawaii. He is a graduate of the University of Texas at Austin and the Naval War College, where he was a member of the Halsey Alfa wargaming group.

COMMANDER JAVIER GONZALEZ, U.S. Navy, is a Navy Federal Executive Fellow at the Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory. He is a surface warfare officer, and most recently commanded the USS Momsen (DDG-92), a guided missile destroyer homeported in Everett, Washington. He is a graduate of Jacksonville University and the Naval War College, as well as the Maritime Advanced Warfighting School.

5. How will the Belt and Road Initiative advance China's interests?

http://chinapower.csis.org/china-belt-and-road-initiative/?utm_source=CSIS+All&utm_campaign=32e64b3651-EMAIL_CAMPAIGN_2016_12_01&utm_medium=email&utm_term=0_f326fc46b6-32e64b3651-160737269

China Power, CSIS, June 2017

6. India, China, and differing conceptions of the maritime order

https://www.brookings.edu/wp-content/uploads/2017/06/rehman-india_china_and_differing_conceptions_of_the_maritime_order.pdf

Brookings, June 2017

Iskander Rehman, a senior fellow at the Pell Center for International Relations and Public Policy. Research for this paper was conducted while Rehman was a post-doctoral visit­ing fellow with the Project on International Order and Strategy at the Brookings Insti­tution, from October 2015 to July 2016.

7. If the U.S. Navy Wants to Win a War Against China They Need to Watch Star Trek First

http://nationalinterest.org/blog/the-buzz/if-the-us-navy-wants-win-war-against-china-they-need-watch-20972?page=show

The National Interest, June 2, 2017

James Holmes is professor of strategy at the Naval War College

8. The Future of War is Fast Approaching in the Pacific: Are the U.S. Military Services Ready?

https://warontherocks.com/2017/06/the-future-of-war-is-fast-approaching-in-the-pacific-are-the-u-s-military-services-ready/?utm_content=bufferafcd1&utm_medium=social&utm_source=twitter.com&utm_campaign=buffer

War on The Rocks.com, June 2, 2017

Michael C. Horowitz is an associate professor of political science and the associate director of Perry World House at the University of Pennsylvania. He is also an adjunct senior fellow at the Center for a New American Security.

9. The United States and Asia-Pacific Security: General (Retd) James Mattis

http://www.iiss.org/en/events/shangri-la-dialogue/archive/shangri-la-dialogue-2017-4f77/plenary-1-6b79/mattis-8315

Shangri-la Dialogue, IISS, June 3, 2017

IISS Shangri-La Dialogue 2017 First Plenary Session
General (Retd) James Mattis, Secretary of Defense, United States

10. Navy Force Structure and Shipbuilding Plans: Background and Issues for Congress

https://fas.org/sgp/crs/weapons/RL32665.pdf

Congressional Research Service, June 7, 2017

Ronald O'Rourke, Specialist in Naval Affairs

11. The Southern Theater Command and China's Maritime Strategy

https://jamestown.org/program/southern-theater-command-chinas-maritime-strategy/

China Brief, The Jamestown Foundation, June 9, 2017

By Nan Li, Nan Li is Visiting Senior Research Fellow at East Asian Institute, National University of Singapore.


編集・抄訳:上野英詞
抄訳:秋元一峰・倉持一・高翔・山内敏秀・関根大助・熊谷直樹
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