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論考

No. 92
2021/5/25

バイデン外交100日の評価
―自由で開かれたインド・太平洋戦略の布石が打たれた

渡部 恒雄
笹川平和財団上席研究員

バイデン政権100日の外交で、世界が注視したことは、中国との競争関係を明確にした一連のインド・太平洋外交といってもいいだろう。菅首相との電話会談、習近平中国国家主席との電話会談、クアッド首脳会談(オンライン)、日米2プラス2、米韓2プラス2、米中外交トップ会談、米印防衛相級会談、日米首脳会談と、予想外のハイペースで、インド太平洋外交が展開された。

また、バイデン大統領は、オンラインによる気候変動サミットも主催したが、温室効果ガスの排出量世界第一位の中国が米国と世界にどう協力するかどうかが、関心の一つだった1。バイデン政権によるインド太平洋シフトの世界への影響を象徴するのは、欧州諸国のインド太平洋への防衛関与の高まりだ。EUは9月をめどにインド太平洋戦略を定めることを発表し2、5月にはフランス軍が、鹿児島沖の東シナ海で日米豪との共同海上訓練に参加し3、九州の霧島演習場で自衛隊と米軍と離島防衛のための演習に参加した4

ここに、トランプともオバマとも異なる、バイデン外交の方向性が示されているのではないだろうか。

世界で進むイースタニゼーション(東洋化)

現時点で判断できることではないが、後で歴史を振り返れば、米国と欧州のインド太平洋への関心のシフトは、「イースタニゼーション」(東洋化)ともいえる歴史的な潮流の一つということになるのかもしれない。フィナンシャル・タイムズの外交担当コラムニストのギデオン・ラックマンは、著書『イースタニゼーション』において、実際に経済力や軍事力などの力の均衡点が、米欧からアジア寄りに動いているという現実の変化を指摘している。

ラックマンによれば、1490年代の大航海以降、数世紀にわたるヨーロッパの軍事、航海技術、産業の発展で、西洋が東洋を逆転し、その後、ヨーロッパの帝国主義により、東洋の多くは植民地や搾取の対象となり、西洋優位の時代が続いてきた。それが、1960年代から始まった日本の経済発展から、韓国、台湾、シンガポール、香港の経済がそれに続き、現在では中国が第一位のアメリカに迫る経済・軍事大国となり、東南アジアやインドの経済発展も目覚ましい、という現象が顕著になっている5

バイデン政権が示した対抗的な対中姿勢は、今後の地域秩序をめぐる競争が、中国とアメリカの同盟国・パートナー国と行われることを明示しており、経済の重心のアジアへのシフトと相まって、インド・太平洋における米中の対抗・競争関係に世界の耳目が集まっている。重要なことは、バイデン政権が、単に中国に対抗する軍事力や経済力を積み上げて、バランスを維持しようとすることだけではなく、今後の世界秩序の指針ともいうべき、「共通のルールに基づく秩序」(rules-based order)について、中国との競争をスタートさせたことだ。これこそが、欧州諸国がインド太平洋の秩序維持に積極的に関与しようとしている切実な理由ではないだろうか。

バイデン政権のインド太平洋地域への戦略構想

バイデン政権のNSC(国家安全保障会議)のインド太平洋調整官、カート・キャンベルは、名実ともに、政権のインド太平洋政策の調整者であるとともに、政権参加前から米国による「インド太平洋での秩序構築」の意義についての理論構築も行っている。前述のラックマンは、著書の中で、キャンベルがオバマ政権時代に主導した「ピボット」(アジア回帰)政策に一章を割いて、中東に足をとられた米国のアジア回帰が容易ではないことと、アジア回帰といっても、オバマ政権では、中国とのG2関係構築により世界のガバナンスの協力を指向するグループと、キャンベルのように地域の伝統的な同盟国との協力を重視する二つの異なる方向性で割れたことを詳述している。

また、アメリカがいかに望もうと、中東からは容易に「足ぬけ」できない構造も指摘している。これは、現在のイスラエルとパレスチナの軍事対立のエスカレーションが、バイデン政権の自由で開かれたインド太平洋にマイナスとなるのではないか、という不安を裏打ちするような指摘ではある。ただしバイデン政権は、中国との武器取引国であるイスラエルに対しては、中国へのAIなどの先端技術の流入を阻止するための協力も期待しており6、中東関与が対中シフト政策への単なる阻害要因で、ゼロサムな関係にあるとは言い切れないだろう。

キャンベルが進めているインド太平洋のガバナンスは、かつてのアメリカの圧倒的な軍事や経済の影響力を前提とするような非現実的なものではない。それは、アメリカに中東への完全な非関与を要求するものでもないということだ。キャンベルと、NSCでキャンベルの下で中国担当の上級部長を務めるラッシュ・ドーシによるフォーリン・アフェアーズ誌掲載の共同論文によれば、アジア秩序の解決のモデルは、米中二国間だけの協調(G2)ではなく、1815年から1914年の第一次世界大戦までの長い平和を維持した大国の勢力均衡(バランス・オブ・パワー)による「ウィーン体制」だ。彼らの明示した目標とアプローチは、1)勢力均衡を維持し、2)正統性があると地域国家が認める秩序を構築し、3)この二つを脅かす中国に対処するために同盟国をまとめていく、というものである。バイデン政権の100日間に行われた主要な外交は、このラインに沿っているといっていいだろう7

1)の「勢力均衡」は、2プラス2と首脳会談による日本や韓国との同盟強化、そしてクアッド首脳会談や米印国防相級会談によるインドとオーストラリアとの関係強化は、このラインに沿って動いている。次の政権の課題は、2)の地域国家が正統性を認める秩序を構築することである。日米同盟強化、クアッド強化などのかなりの部分はトランプ前政権の延長線上により行われている(初のクアッド外相会合とその定例化はトランプ政権下で行われた)。しかしトランプ大統領の行動は、むしろ、地域の秩序構築に背を向けたものだったため、バイデン政権にとっては前政権との違いを見せる格好の課題となる。キャンベルらは、現在の地域秩序への挑戦は、トランプ前政権によってもたらされた部分もあると指摘している。

現在、ASEANや太平洋島嶼国を含む、インド太平洋諸国は、中国の経済や軍事力による大きな影響を受けながらも、中国が期待するような従属関係は望んでいない。これは、国際社会と乖離している北朝鮮やクーデター後の現在のミャンマーですら、むしろ、一定の対中警戒を持ちながら行動していることでもわかる。ただし、キャンベルらは、アメリカが秩序構築に正統性を与えることに失敗すれば、地域は中国の影響下に組み込まれ、外部パワーが締め出され、立場の衝突は武力で解決され、経済強制策が日常的に行使され、小国は自由を失うというトレンドを想定している。

この「正統性のある秩序構築」は、欧州諸国の関心とも重なる。欧州こそが、二度の悲劇的な世界大戦と冷戦を経験した後、「正統性のある地域秩序構築」をまがりなりにも成し遂げたが、しかし現在、その正統性が、欧州域内の反移民ナショナリズム/ポピュリズムや権威主義的政権の台頭で揺らぎつつある。インド太平洋での秩序崩壊は欧州にも影響しないはずがない。また、経済的にも、欧州がこれからの世界の経済成長の中心であるインド太平洋から締め出されることは避けたい。つまるところ、インド太平洋地域での正統性のある秩序構築が、欧州にも影響すると欧州の指導者が認識していること事態が、まさにイースタニゼーションの進展といえるだろう。

最も難しいのが秩序における中国の役割の位置付け

キャンベルとドーシによれば、彼らの構想の最も難しい部分は、米国が支える秩序の中で、中国の役割を交渉して、その秩序は中国にも恩恵をもたらすことを中国に対して説得することだと指摘する8。おそらくは、それは米国と同盟国が、中国に対して一定の軍事バランス上の優位性を維持してこそ、成り立つものといえる。だからこそ、バイデン政権は、中国に対抗する米国と同盟国の軍事力強化と、気候変動など協力できる分野での中国との対話を模索するという、一見すると矛盾する政策を取っているのだろう。

表面的には、米中の激しい応酬となったアンカレジでの米中外交トップ会談だが、カメラが引いた後の会談事態は、それなりに建設的だったという評価も漏れ伝わってくる。日本は、バイデン政権がセットした米中対抗アジェンダの中でも最重要国であり、日米首脳会談はそれを確認するものだった9。今後、日本の舵取りはより複雑になるが、バイデン政権の目標は米中対抗関係に勝利して中国を屈服させることではなく、あくまでも、正統性のある秩序をインド太平洋に構築することである。そしてその中で、中国を適正に秩序に位置付けることも、その目標であることを十分に認識しておく必要がある。

(了)

1 Matt McGrath, “Biden: This will be 'decisive decade' for tackling climate change,” BBC, April 22, 2021, <https://www.bbc.com/news/science-environment-56837927> accessed on May 20, 2021.

2 「EUがインド太平洋戦略、9月に具体案 中国をけん制」『ロイター』2021年4月20日<https://jp.reuters.com/article/eu-china-pacific-idJPKBN2C707M>>(2021年5月20日参照)。

3 海上幕僚監部「日米豪仏共同訓練(ARC21)について」2021年5月11日<https://www.mod.go.jp/msdf/release/202105/20210511.pdf>>(2021年5月20日参照)。

4 「日仏米共同訓練を公開 中国けん制、連携強化―九州」『時事ドットコム』2021年5月15日<https://www.jiji.com/jc/article?k=2021051500152&g=pol>(2021年5月20日参照)。

5 ギデオン・ラックマン(小坂恵理訳)「イースタニゼーション:台頭するアジア、衰退するアメリカ」(日本経済新聞出版社、2019年)pp.13-19.

6 イスラエルの対中政策への影響は、『アメリカ現状モニター』の拙稿「シリアのシーア派武装勢力への武力行使からバイデン・ドクトリンを考える」(2021年3月10日)に詳述<https://www.spf.org/jpus-j/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_86.html>(2021年5月20日参照)。

7 カート・キャンベル、ラッシュ・ドーシ「アジア秩序をいかに支えるかー勢力均衡と秩序の正統性」『フォーリン・アフェアーズ・リポート』2021年2月号、 <https://www.foreignaffairsj.co.jp/articles/202102_campbell/>。原文は以下。 Kurt M. Campbell and Rush Doshi, ”How America Can Shore Up Asian Order: A Strategy for Restoring Balance and Legitimacy,” Foreign Affairs, January 12, 2021, <https://www.foreignaffairs.com/articles/united-states/2021-01-12/how-america-can-shore-asian-order> accessed on May 20, 2021.

8 同上。

9 拙稿、「日米首脳会談の戦略的意義―今後の課題は対中経済安全保障協力」笹川平和財団『国際情報ネットワーク分析(IINA)』、2021年4月27日、<https://www.spf.org/iina/articles/watanabe_14.html>(2021年5月20日参照)。

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