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論考

No. 82
2020/12/21

バイデン次期政権とインド太平洋
—青写真を読む—(後編)

森 聡
法政大学法学部教授

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若干の予備的な考察〜注目すべき課題

 以上が「青写真とおぼしきもの」であるが、これらの一連の考え方がバイデン政権の戦略に多少なりとも反映されるとすれば、いくつか注目すべき課題も出てこよう。

 第一に、バイデン政権が人権や民主主義、「自由主義的民主主義vs権威主義」といった価値の要素をどの程度強調・重視する対外政策を展開するのか、という課題がある。バイデン次期政権がグローバルな対中(対露)戦略を策定していく際に、人権・民主主義をどの程度重視・強調し、「リベラルデモクラシーvs権威主義」という枠組みをどの程度組み込んでいくのかはまだ分からない。民主党内の左派や、中国の人権問題で強硬姿勢を強める連邦議会からの圧力にも影響されるだろう。もしこうした価値外交的側面が、レトリックであっても強く出るようになれば、それがインド太平洋戦略にどう作用するのかに注意しなければならない。バイデンがはたして「民主主義サミット」を開催するのかどうかもまだ分からないが、民主党左派や連邦議会を懐柔するという考えに立って、もし「民主主義サミット」を開催すれば、そこでは経済や技術をめぐるルール、反腐敗などを含む政治的ガバナンスなどについての規範が謳われ、ルールや規範を軸に敵・味方を識別するような傾向が強まるとも限らない。バイデン政権入りするアジア地域専門家たちは、おそらく地域の実情に即した外交の必要性を主張して、そのような傾向をインド太平洋戦略に反映させようとする動きに抵抗するであろう。バイデン自身も、上院外交委員会でのキャリアの実績に照らして、その判断のセンスはさておき、地域の実情に全く無知というわけではないので、過剰な心配は不要だが、連合形成と価値規範のトレードオフをどうバランスさせるかという、アメリカ外交の永年の課題が再び政権内で問題となろう。地域専門家が優位に立てばダブルスタンダード、すなわち中国には厳しく、東南アジアには目くじらを立てないという方針で対応するものとみられる。その意味で、「安全で繁栄するインド太平洋」という標語は、バイデン政権は人権・民主主義を強調することになるが、インド太平洋では安全保障と経済という機能的な連携に重きを置くので、価値の問題でアメリカから圧力を受ける心配をしないで欲しいというメッセージなのかもしれない。

 第二に、グローバルなレベルと地域レベルの取り組みに注がれる戦略的関心とリソースの配分が適切なものとなるか、という課題がある。インド太平洋戦略は、前半でみた通り、おそらくこれまで実施されてきた取り組みを強化・加速することになるのに対して、グローバルな連合形成が政権の新たなイニシアティヴとして動き出すとすれば、何かと注目を集め、政権首脳陣としては、そうした新味のある取り組みに力を入れたがるかもしれない。もしそうなれば、地域戦略に十分なリソースと戦略的関心が注がれているのかといった不安が出る可能性もないとはいえない。特に今後、新型コロナウイルス感染症がもたらしているアメリカ経済・社会への甚大な被害を救済するための諸施策が進むとすれば、連邦政府の予算は国内投資へと大きく向かうことになるため、こうした大きな動きの中で、インド太平洋への関与に割り当てられるリソースがどの程度重視されるのかは予断を許さないと言わざるを得ない。この点、連邦議会は「太平洋抑止イニシアティヴ」で地域にテコ入れしていく動きを見せているので、現時点で過剰な心配をする必要はないかもしれないが、今後は注視していく必要があろう。

 第三に、地域レベルの取り組みが、政策分野ごとの差別化された競争になっていくとして、はたしてそれらがうまく整合的に実行されていくのか、という点も注目されよう13。さらに、政策分野ごとに中国に対抗する色彩が異なる取り組みを仮にうまく展開できたとしても、それはアメリカが中国や地域諸国に対して複雑あるいは曖昧なシグナルを送ることになるかもしれない。というのも、中国が軍備増強と一方的行動を続けて、安全保障分野で地域諸国が不安を増していくとすると、バイデン政権の対中姿勢が分野ごとに異なるという「グレー」ないし「グラデーション状」のものになるとすれば、地域諸国はアメリカの信頼性に対して不安を強めるであろう。そうなれば、「オバマ政権への回帰ではないか」という声が上がるとも限らない。このような不安を呼び起こさないために、バイデン政権が安全保障分野でどこまでインド太平洋に踏み込んでいくのかが注目される。おそらく同盟国とパートナー国による防衛力強化に積極的になっていくとみられるが、アメリカ自身が安全保障分野における中国への対抗でどこまでリスクとコストを負うのかが重要な意味を持つだろう。(アメリカは、トランプのように中国への対決姿勢を鮮明にすれば危ういと批判され、協力と競争を組み合わせて向き合うと手ぬるいと批判されるのであり、アメリカとしてみると、一体何が正解なのかという思いであろうが、これは大国の宿命であろう。)

 第四に、上記の点と重なるが、グローバルな連合形成と地域レベルの連合形成がうまくかみ合っていくのかということが注目される。これら二つの取り組みは、相互に排他的ではないので、過剰な心配をすべきではないだろう。ただし、注意が必要そうなのは、技術や経済など、機能的な分野に関するグローバルなレベルで形成される民主的価値を埋め込んだルールや規範を地域諸国に普及させていくようなアプローチがとられるようになるとすれば、そこでは繊細な外交が求められる。ラトナーとフォンテーンは、トップダウンではなくボトムアップのアプローチが肝要と主張していたが、もしグローバルなレベルでの連合形成の取り組みがモメンタムを持つとすれば(そう簡単に連合が形成されて共有可能なルールに合意するとは考えにくいが)、先進民主国家が中心となって形成されるルール・規範・標準規格をインド太平洋諸国にも地域的に受け入れて欲しいと事実上働きかけることになる場面が出てくるかもしれない。主要な先進民主主義国家が策定する規範を、政治体制も経済発展のレベルも多様なインド太平洋地域諸国に支持・受容して欲しいと要請するような外交が展開されていくようになれば、よほどアプローチを工夫したり加減したりしなければ、地域諸国を遠ざけかねない。

 もしこうした局面に至れば、しなやかな外交が必要になり、日本の出番となろう。G7、Quad、D10、T-12の全てのメンバーシップに入っているのは日本とアメリカだけであり、アメリカンエンタープライズ研究所のザック・クーパーと前出のハル・ブランズは共著のオプエドで、諸分野における日米の外交的連携の重要性を指摘している14。最近発出されたナイ・アーミテージ報告書も、「グローバルなアジェンダを担う対等な同盟」という副題が付いており、国際連携を推進するパートナーとしての日本への期待が表明されている。日本には、グローバルと地域の両にらみでバランスのとれたルール推進外交を展開するような発想がこれまで以上に求められることになるであろう。

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(了)

13 この点について研究会で指摘していただいた中山俊宏氏に感謝申し上げたい

14 Zack Cooper and Hal Brands, “It is time to transform the US-Japan alliance,” Nikkei Asian Review, October 25, 2020, <https://asia.nikkei.com/Opinion/It-is-time-to-transform-the-US-Japan-alliance> accessed on December 14, 2020.

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