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論考

No. 78
2020/12/15

バイデンの政治家としての気質とその可能性

中山 俊宏
慶應義塾大学総合政策学部教授

 トランプ大統領はまだ敗北を認めていないが、2021年1月20日にジョセフ・ロビネット・バイデン民主党政権が発足することを疑う人はもはや圧倒的に少数派である。バイデンは、1970年に27歳の若さでデラウェア州ニューキャッスル郡議会のメンバーに選出されて以来、とにかく政治一本の人生だった。1973年にはデラウェア州から齢29歳で連邦上院議員に選出され(着任時は30歳)、2009年1月まで36年間、そのポストに留まった。その在任期間は、米上院史上、18番目である。2009年1月からは副大統領を二期8年務め、2017年1月には退任するも、2019年4月には2020年大統領選挙に出馬すると表明している。その間、1988年と2008年の大統領選挙民主党予備選に出馬している。

 オバマとトランプというまったく異なるタイプの二人の大統領に共通点があるとしたら、両者とも完全な政治的アウトサイダーであり、ワシントン政治という特殊な空間の中で育ってきた政治家という人種ではなかったことだ。その外形的な違いにも関わらず、この点において両者は共通している。バイデンはある意味、この二人の対極に位置する人物である。若い頃、短い間、法律事務所に勤務した以外は政治一本のキャリアだ。そんなバイデンが政治嫌いなわけはない。バイデンにとって政治(ポリティクス)とは何よりも人と交わることだった。いまの基準からすると、少し過剰のようにも見えるバイデンの(男女を問わない)ボディータッチは、まさにそのことを目に見える形で示していた。

 オバマとトランプはそうではなかった。オバマは、政策的信念は持っていたものの、それを実現するプロセス(それこそまさに政治だろう)に参加することそのものについては、惹かれることはなかったようだ。いわんや、オバマ政権は、一番面倒な議会対策を上院のベテランであったバイデンに任せていた。オバマにとって、共和党との面倒な交渉ごとは、政策を実現させるためにやむをえず取り組む行為に過ぎなかった。トランプも、従来的な意味での政治にはほとんど関心を持たなかった大統領だ。トランプにとって政治はショーであり、それが「トランプ・ショー」である限りにおいてしか、彼の関心事ではなかった。

 しかし、バイデンは違う。彼は根っからの政治好きだ。そうでなければ、彼の一生は欺瞞に満ちていたものということになってしまう。バイデンにとっての政治といった時、それはオバマがイメージしていたそれとは大分違ったものだったはずだ。それは世代の違いだともいえる。オバマが上院議員としてワシントンにやってきたのは2005年。イラク戦争でアメリカが真っ二つに割れていた時期だった。また彼が大統領になってからも、特に議会で多数派を獲得した後は、共和党はもう敵意丸出しでオバマ・アジェンダ、場合によっては大統領個人に噛みついてきた。ミッチ・マコーネル共和党上院院内総務が、オバマの再選を阻止することが最優先事項だ、と述べたことはあまりに有名だ。

 トランプも、分極化が極度に悪化した状態でホワイトハウス入りし、民主党の剥き出しの敵意が日常風景と化していたのがトランプ時代だった。トランプもその敵意を存分に煽り、自陣営固めの梃子にしていた。オバマにとっても、トランプにとっても、政治とは相手を理解することであったり、合意したり、妥協を取りつけることではなく、それはなによりも対立的な空間だった。オバマは、当初、自分こそが分断を乗り越えられるという確信があったが、その「audacity」はかなり早い段階で頓挫していく。

 バイデンの政治家としての原風景はやはり上院だろう。彼が初めて体験した1970年代の上院は、マイク・マンスフィールドやハワード・ベーカーなど、上院の巨人たちの存在感が際立っていた時期だ。当時、上院とは何か大きなことをやる場だった。そこは「ザ・モースト・エクスクルーシブ・クラブ」とも呼ばれ、共和党員であるよりも、民主党員であるよりも前に、まずは上院議員であるという雰囲気があったとされる(Lewis L. Gould, The Most Exclusive Club, 2005)。バイデンはそうした雰囲気の中で政治家として育ち、妥協、譲歩、そして合意という姿勢が美徳であるということが政治家としての体質となっている最後の世代の政治家だ。いまの政治においては、原理にこだわり、譲歩をしないということが、「強さ」として語られる。サンダースにしても、クルーズにしも、オカシオ=コルテスにしてもそうだ。バイデンはこうした政治家とは、気質的にまったく違うタイプの政治家だ。政治家としてのバイデンの「古さ」は、年齢である以上に、その気質だ。

 アメリカ人が2020年の大統領選挙でバイデンを選んだ時、無意識にバイデンのこうした資質を感じ取っていたといったら言い過ぎだろうか。オバマとは対決姿勢を露わにした共和党上院院内総務のミッチ・マコーネルだが、マコーネルはバイデンに遅れることおよそ10年、1985年に上院議員になっている。1980年代には上院はすでに「粗野(rude)」な場所になっていたといわれるが、それでも今と比べると比較にならないほど「礼節(civility)」を弁えた対話可能な空間だった。年が明けて実施されるジョージア州の決選投票しだいだが、マコーネルは上院多数派院内総務として、バイデン政権にとって決定的な影響を及ぼす可能性がある。今のところ、マコーネルはバイデンのことを「プレジデント・エレクト(President-elect)」と認知していない。

 しかし、オバマ時代、マコーネルのオフィスでは、「ジョーを電話口に出せ(get Joe on the phone)」という発言は、「真面目に交渉すべき時だ」という意思表明と同義だったとマコーネル自身がかつて語っている。バイデンもマコーネルも1942年生まれの78歳。二人の政治家としての在任期間を足し合わせると優に80年を超えるベテランが、党内の原理主義的な勢力に抗して、いまの硬直したアメリカ政治を突き崩す会話を始められるのか。バイデンは、当選が確定して以来、マコーネルと話したかと尋ねられ、これまではまだだと答えていたが、最近は返答をしなくなったという。これが、二人が話し始めている兆候なのか。二人の関係は決して親しい友人という間柄ではないようだが、バイデンの息子ボーが2015年に脳腫瘍で亡くなった時、共和党の上院議員で唯一葬儀に参列したのはマコーネルだった。また、バイデンが副大統領に就任するにあたって上院を去る際に、マコーネルは率先して送別の辞を送ったという。これが、かつて上院はこういうことが出来たんだというノスタルジア以上のものになるためには、上院の空気それ自体を変えていなかければならない。

 その取っ掛かりがまったくないかといえばそうともいえない。いま、上院では限定的ながら穏健派連合の可能性が注目されている。それは、共和党の側では、ロムニー、コリンズ、ムコウスキー、民主党の側ではマンチン、シネマ、ヒッケンルーパー、ケリーなどが、法案ごとに是々非々で連携していく可能性だ。この穏健派連合が仮に柔軟かつ、プラグマティックな集団として行動していけば、政治的分断の終焉とは言わないまでも、今までとは違う政治を想像するきっかけのようなものが見えてくるかもしれない。

 政治的キャリアが50年以上にも及ぶことになるバイデンの歴史的功績は、上院議員としての功績でも、副大統領としての功績でも、そしておそらくこれからの大統領としての功績ということにもならないだろう。彼は歴史に、「トランプを退けた大統領」として記憶される可能性が高い。その意味で、バイデンは歴史的役割を政権発足前に終えてしまっている、といっても大袈裟ではない。しかし、「バイデン大統領」に何かできることがあるとしたら、自身の政治的体験を踏まえ、オバマが目指しつつも出来なかった対話の雰囲気を醸成することだ。もし仮にバイデンにそれができるとしたら(その期待は決して大きくはないが)、予期せぬ「consequential」な大統領ということになるかもしれない。

(了)

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