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論考

No. 62
2020/4/17

新型ウィルス感染が米軍を動かす「ソフトウェア」にもダメージか?

渡部 恒雄
笹川平和財団上席研究員

 3月18日、トランプ氏は記者会見で、新型コロナウィルスによる危機を、第二次世界大戦以後最大の危機と位置づけ、「我々は共に犠牲を払わなければならない。我々は全員一緒にこの問題に関わっているからだ。そして一緒に乗り越えよう」と発言して、自らを新型コロナウィルスと戦う「戦時の大統領」と位置付けた1。トランプ大統領が未曽有の危機に直面して米国民をまとめる指導力を発揮しようという気になったのか、それとも危機時に作られた「トランプ劇場」を利用して11月の大統領選挙の再選を有利にしたいだけなのか、について米メディアは着目した2

 結局、コアなトランプ支持者を除けば、これまでの米朝首脳会談やイランとの開戦危機などと同様に、「トランプ劇場」が見破られるのは早かった。3月31日、トランプ大統領は、ホワイトハウスの新型コロナ対策チームとともに、米国内の感染は、今後の対策がうまくいっても10万~24万人、最悪の場合は220万人という死者数になると警告した3。このような衝撃的な数字を発表することは、市民に危機感を持たせ、個人の「ソーシャルディスタンス」のための行動指針を継続するためだった。ところがトランプ大統領は、こともあろうに「死者数10~20万人以下なら非常にいい仕事をしたことになる」と発言して、「戦時の大統領」が選挙向けの「手段」であることを露呈させてしまった4。トランプ氏は肝心なところで「自分に正直な発言」をしてしまう。リベラルメディアで批判の声が高まったのはいうまでもない。一方で米有権者の4割を占めるコアなトランプ支持は変わらず、米国は相変わらず二つに割れたままである。

新型コロナ感染が起こった空母セオドア・ルーズベルトの艦長解任劇

 さらに、トランプ大統領は新型コロナ感染拡大の下、本来の「戦時の大統領」としての役割を損ねている。米軍の最高指揮官(=米大統領)の信頼性を揺るがす事件が起こったからだ。それは新型コロナウィルス感染者が続出した原子力空母セオドア・ルーズベルトの艦長解任にかかわる一連のスキャンダルだ。

 3月下旬に、米インド太平洋艦隊に所属する空母「セオドア・ルーズベルト」の乗組員の間で新型コロナの感染が広がり、当初、少なくとも70人の感染が確認された。しかし、海軍上層部の動きは鈍く、ブレット・クロージャー艦長は海軍上層部に書簡を送付し、決然とした行動をとらなくては乗組員の命を守ることができない、という警告を伝えた。そして、この書簡が米紙サンフランシスコ・クロニクルなどのメディアにリークされた。4月2日、モドリー海軍長官代行はリークの責任でクロージャー艦長を解任した。自らの首をかけて、乗組員の生命を守ろうとしたクロージャー艦長が、寄港したグアム島の港で退艦すると、大きな拍手と声援が送られた。にもかかわらず、6日「セオドア・ルーズベルト」を訪れたモドリー長官代行は、艦内放送で乗組員に対して、クロージャー氏の行動を「世間を知らず(naïve)か、愚か(stupid)かどちらかだ」と批判した。

米軍兵士の感染状況を周知させることによって、米の即応体制の不備を敵対勢力に伝えて地域を不安定化させかねない状況下で、モドリー長官代行の艦長解任は妥当だったと思われる。しかし、新型コロナウィルスの感染拡大に懸念を持つ米兵の士気を維持する上で、乗組員の生命を守ろうとした艦長の行為に「愚か」という批判は適切ではなかった。この対応に、軍内部や議会から批判が続出した。7日、空母セオドア・ルーズベルトでは感染が200人以上となり、さらに増える見通しの中、モドリー長官代行は辞任に追い込まれた5

 この一件について尋ねられたトランプ大統領は、さらに米海軍の士気を下げる発言をしている。「(モドリー長官代行に)辞任を求めたわけではない。彼のことは知らない。彼と話してはいないが、彼が辞任した」と否定しながらも、「私は問題を解決しようと考えた。彼(長官代行)は多くの選択肢のなかから、利己的ではない決定をしたと考える」と発言して、自らの関与を暗に示唆してしまった。さらに「艦長は手紙を書くべきではなかった。彼はアーネスト・ヘミングウェイではないのだから」と、クロージャー艦長を再批判して、せっかく「利己的ではない」態度で辞任して、空母乗組員の士気を維持しようとしたモドリー長官代行の行動も無にしてしまった6

海軍長官代行のトランプ大統領による直接介入への懸念

 実は、モドリー長官代行を拙速な行動に走らせたことには、トランプ大統領が昨年引き起こした、前任のスペンサー長官解任事件の教訓が心理的に影響しているようだ。昨年11月24日、スペンサー海軍長官がエスパー国防長官によって解任された。国防総省によると、その理由は、「イラクでの不適切な行動で有罪判決を受けた海軍特殊部隊(SEALS)幹部の処分を巡り信頼を失ったこと」とされている。しかし実際の問題はトランプ大統領の介入に端を発している。

 海軍SEALSのギャラガー曹長は2019年7月、負傷し米軍の手当を受けていた拘束中の過激派組織「イスラム国」(IS)戦闘員をハンティングナイフで殺害した。軍法会議で、この殺害は罪に問われなかったが、その死体と一緒に写真を撮り、友人などにメールで送付したことにより、国際法違反で有罪となった。しかし11月になり、トランプ大統領がこの処分を取り消し、裁判前の兵士に恩赦を与えることを発表した。このような介入をうけ、エスパー国防長官とミリー統合参謀本部議長はトランプ氏に対し、軍法制度を尊重するよう求めたが聞き入れられなかった。

 国防総省は軍の最高指揮官であるトランプ氏の決定を受け入れざるを得なかったが、スペンサー海軍長官は、ギャラガー氏がSEALS隊員のまま退役することを認めるかどうかを諮問会議で検討する、という方針を変えなかったため、トランプ大統領の怒りを買った7

 スペンサー長官によると、彼は、ホワイトハウスにはギャラガー氏の処分取り消し案を伝える一方で、海軍内の諮問会議のプロセスも行う方向で、両方の顔を立てるように調整していたが、これが裏目にでた。スペンサー海軍長官がエスパー国防長官に相談せずに、ホワイトハウスと調整していたことが判明したため、「信頼を失った」として、解任されたのだ。解任後、スペンサー氏は11月27日、ワシントンポスト紙に寄稿し、トランプ大統領がスペンサー氏に直接電話するなど繰り返し異例の介入をしてきたとし、「トランプ氏は軍がどうあるべきか、倫理的な戦い方や規律と訓練による軍人の管理はどうすべきか、についてほとんど理解がない」と批判した8

 なぜ、最高指揮官の大統領が曹長クラスの下級の軍事裁判に直接介入したのだろうか。それは、トランプの劇場型のポピュリズム政治を理解しているギャラガー氏の弁護士や家族が、保守派のFOXニュースなどに案件を持ち込み、熱心な視聴者であるトランプ大統領の関心を引く、という手法をとったからだ。FOXニュースの番組ホストで、イラクで従軍経験もあるピート・ヘグセス氏(Pete Hagseth)がこの問題を熱心に取り上げ、ギャラガー氏サイドに立った。トランプ大統領は、FOXニュースを通じて視聴者に自分をアピールする機会を逃さず介入した、というのが真相のようだ。エリートの官僚的な運用で不当な扱いを受けている下級兵士を、大統領が直接介入して助ける、という「トランプ劇場」だった9

 しかしこれは、シビル(市民)の代表である大統領と、ミリタリー(米軍)との間の信頼関係により、米国の歴史を通じて積み重ねられてきたシビル・ミリタリー関係に汚点を残す事件だった10。ミリタリー(軍)のプロフェッショナリズムと、シビル(政治)側に対する尊敬が、建国以来クーデターが一度も起こっていない米国のシビリアンコントロールを担保してきたからだ。さらには、国防総省とトランプ大統領の間で緊張が高まった際に、トランプ大統領は国防総省と軍の意向を政治的な理由で無視することが明白となった。

 スペンサー長官の解任により副長官から長官代行となったモドリー氏は、この事件での教訓から、今回のクロージャー艦長解任の行動に出たようだ。ワシントンポストのコラムニスト、デイビッド・イグナティウス氏のインタビューによれば、モドリー氏は、スペンサー解任の記憶が鮮明であったために、ホワイトハウスと争うことは海軍の利益にならないと考え、トランプ大統領からの直接の介入を防ぐために迅速な行動をとろうとした、と発言している11。この発言が単なる後付けの言い訳なのかどうかはともかく、少なくとも、トランプ大統領の不適切な軍への政治的介入が、海軍を混乱させ、士気の低下をもたらしていることは、否定しようのない事実といえる。

 これまでトランプ大統領は、自身の政治的な目的での軍の使用を躊躇なく行ってきた。例えば、2018年10月に武装しているわけでもない「キャラバン」と呼ばれる難民集団に対するメキシコ国境警備に、どう考えても不釣り合いな軍の派遣を命令したことなどは、やはり米国のシビル・ミリタリー関係の汚点だ。

 軍への不適切な介入も含め、新型コロナウィルス感染における、一連のトランプ大統領の迷走は、結局のところ、米国の国家としての信頼を失わせている。スティーブン・ウォルト ハーバード大学教授は、米国の強大な軍事と経済、同盟国からの支持、そしてこれらを使って物事を解決する米国の能力(competence)への世界からの信頼が、米国の資産を倍加させる効果があったが、新型コロナ感染症対策でも迷走した現在の米国は、これらの資産を徐々に腐らせていると指摘する12。そして、国家全体の資産の一つでもある、世界最強の軍隊というハードウェアを動かすための、ソフトウェアである政治によるリーダーシップも、新型コロナウィルスの軍への感染拡大という未曽有の危機の中で大きく損なわれている。4月11日、中国海軍の空母「遼寧」など6隻が沖縄本島と宮古島の間を南下して太平洋に向けて航行し、12日には台湾の東部と南部沿岸で演習を行った13。米軍を動かす「ソフトウェア」の損傷は、敵対勢力にはグッドニュースであり、日本のような同盟国にはバッドニュースである。

(了)

1 トランプ大統領の発言についてのホワイトハウスの発表は以下のとおり。”At the White House, the president cast had a new message: The country is at war. “To this day, nobody has seen anything like what they were able to do during World War II,” Trump said at the press podium. “And now it’s our time. We must sacrifice together because we are all in this together and we’ll come through together,” “I view it as a, in a sense, a wartime president.” in Remarks by President Trump, Vice President Pence, and Members of the Coronavirus Task Force in Press Briefing, March 18, 2020, the White House website, <https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/remarks-president-trump-vice-president-pence-members-coronavirus-task-force-press-briefing-5/> last accessed on April 15, 2020.

2 Annie Karni, Maggie Haberman and Reid J. Epstein, “‘Wartime President’? Trump Rewrites History in an Election Year,” The New York Times, March 22, 2020 (Updated on March 25, 2020), <https://www.nytimes.com/2020/03/22/us/politics/coronavirus-trump-wartime-president.html> last accessed on April 15, 2020.

3 鳳山太成「トランプ氏『苦しい2週間に』米の死者24万人の恐れも」 日本経済新聞、2020年4月1日、 <https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57497270R00C20A4000000/> (2020年4月15日参照)。

4 David Smith, “Trump says keeping US Covid-19 deaths to 100,000 would be a ‘very good job,’” The Guardian, March 20, 2020, <https://www.theguardian.com/world/2020/mar/30/trump-says-keeping-us-covid-19-deaths-to-100000-would-be-a-very-good-job> last accessed on April 15, 2020.

5 中村亮 「米空母で感染 軍事力に影―4隻に拡大、海軍高官辞任 即応体制に揺らぎも」日経新聞電子版(有料会員限定)、2020年4月9日、<https://www.nikkei.com/article/DGKKZO57815800Y0A400C2FF8000/>(2020年4月15日参照)。

Helene Cooper, Eric Schmitt and Thomas Gibbons-Neff, “Acting Navy Secretary Resigns After Outcry Over Criticism of Virus-Stricken Crew,” The New York Times, April 7, 2020 (Updated on April 8, 2020), <https://www.nytimes.com/2020/04/07/us/politics/coronavirus-navy-captain-firing.html> last accessed on April 15, 2020.

6 Jim Sciutto, Barbara Starr, Zachary Cohen and Ryan Browne, “Acting secretary of the Navy resigns after calling ousted aircraft carrier captain 'stupid,'” CNN Politics, April 7, 2020, <https://edition.cnn.com/2020/04/07/politics/modly-resign-crozier-esper-trump/index.html> last accessed on April 15, 2020.

7 Dave Philipps, “Navy Drops Effort to Expel From SEALs 3 Officers Linked to Gallagher,” The New York Times, November 27, 2019, <https://www.nytimes.com/2019/11/27/us/27navy-seals-trident-review.html?searchResultPosition=10> last accessed on April 15, 2020.

8 Richard Spencer, “I was fired as Navy secretary. Here’s what I’ve learned because of it,” The Washington Post, November 28, 2020, <https://www.washingtonpost.com/opinions/richard-spencer-i-was-fired-as-navy-secretary-heres-what-ive-learned-because-of-it/2019/11/27/9c2e58bc-1092-11ea-bf62-eadd5d11f559_story.html> last accessed on April 15, 2020.

9 Paul Waldman, “How Richard Spencer’s firing illustrates some of Trump’s most corrupt impulses,” The Washington Post, November 26, 2019, <https://www.washingtonpost.com/opinions/2019/11/25/how-richard-spencers-firing-illustrates-some-trumps-most-corrupt-impulses/> last accessed on April 15, 2020.

10 Doyle Hodges, “Trump said the Navy can’t take away Eddie Gallagher’s SEAL qualification. That could be a problem,” The Washington Post, November 18, 2019, <https://www.washingtonpost.com/politics/2019/11/22/trump-said-navy-cant-take-away-eddie-gallaghers-seal-qualification-that-could-be-problem/> last accessed on April 15, 2020.

11 Dan Lamothe, Paul Sonne & Seung Min Kim, “Acting Navy Secretary Resigns After Outcry Over Criticism of Virus-Stricken Crew,” The Washington Post, April 8, 2020, <https://www.washingtonpost.com/national-security/acting-navy-secretary-resigns-after-insulting-aircraft-carriers-ousted-captain/2020/04/07/263ba574-78f7-11ea-b6ff-597f170df8f8_story.html> last accessed on April 15, 2020.

12 Stephen M. Walt, “The Death of American Competence,” Foreign Policy, March 23, 2020, <https://foreignpolicy.com/2020/03/23/death-american-competence-reputation-coronavirus/> last accessed on April 15, 2020.

13 「中国空母「遼寧」の部隊が台湾沿岸で軍事演習」Reuters、2020年4月13日、<https://jp.reuters.com/article/taiwan-china-defence-idJPKCN21V01E>(2020年4月15日参照)。

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