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論考

2019/11/6

シリア撤退の反響と懸念される
トランプ外交の次の一手

渡部 恒雄(笹川平和財団上席研究員)

弾劾調査開始後、トランプはシリアからの米軍撤退を強行

 2020年の大統領選挙でライバルになる可能性があるバイデン前副大統領の息子による、不正の疑いがあるウクライナでのビジネスの内容について、トランプ大統領がウクライナのゼレンスキー大統領に対し情報を求めた電話の内容が明らかになり、さらに、トランプ氏がゼレンスキー大統領への要求を出す直前に、ウクライナへの軍事支援を遅らせる措置を取った疑いも明らかになった。これは議会の承認した資金提供を、大統領が正当な理由なしに保留する、という三権分立への抵触とも考えられ、民主党議会を刺激した。これまで、来年の大統領選挙と議会選挙への否定的な影響を考えて、弾劾には慎重な姿勢をみせてきた民主党指導部も、9月24日、トランプ大統領の弾劾調査を正式に開始する決定を行った。

 このような状況の中で、トランプ氏は自身の選挙民への公約である「アメリカ・ファースト」の政策として、不要な対外軍事関与、特に中東地域からの米軍撤退をアピールしようとして、十分な準備期間なしに、シリアからの完全撤退を軍に命じ、同盟相手のクルド人武装組織(YPG:クルド人民防衛隊)を見捨てる決定を行った。しかも、トルコによるYPG攻撃前日の10月6日、トランプ氏はエルドアン大統領との電話会談で「トルコが計画しているシリア北部での作戦」についてアメリカは関知しない、という意向を伝えたといわれている。

 昨年の時点でこの決定に反対していたマティス国防長官やボルトン国家安全保障担当補佐官らがすでに政権を去り、トランプ大統領が軍のアドバイザーや閣僚の助言や忠告を聞かずに、独断で、自身の国内からの支持優先の外交・安全保障政策を進める環境は整っていた。弾劾の危機感がトランプ大統領をシリア撤退に向かわせた、という直接的な証拠は報じられてはいないが、状況から推測すれば、議会の弾劾調査開始とシリアからの撤退は、トランプ大統領の精神状態の中で繋がっていたように思われる。

 例えば、トランプ氏の議会指導者への度を越した反発はその証拠のように思える。議会はトランプ大統領のシリアからの撤退を問題視し、下院は10月16日の本会議で、シリアからの米軍撤退に反対する決議案を354対60の賛成多数で可決した。共和党からも129名の賛成票が投じられたことは、トランプ氏に大きな衝撃と警戒感を与えたようだ。上院と下院の違いや決議の性質などの違いがあり単純比較はできないが、反トランプ票は全体の85%であり、上院で大統領を弾劾罷免できる3分の2の投票数を大きく上回っていたという事実は、トランプ氏には今後の懸念材料だろう。

 同日、議会の指導者が、シリアからの米軍撤退問題についてホワイトハウスでトランプ氏と会談を持ったが、大統領はナンシー・ペロシ下院議長に対して、「三流政治家」だという暴言を吐き、議論は紛糾したようだ。途中退席したペロシ下院議長は、「トランプ大統領は冷静さを欠き、メルトダウンをしていた」と発言している。

ロシアをみすみす有利にした政策はオバマ前大統領を彷彿

 トランプ大統領は、トルコ軍によるYPG攻撃後、「トルコに対する大型制裁」を実施するとは述べるものの、米軍撤退という自身の決定を変える姿勢は見せていない。むしろ、「米国は200年も相争っている人々と一緒になって別の戦争を始めることはない」と主張している。

 トランプ大統領は、ロシアのプーチン大統領にもゴーサインを与えた。ロシアが仲介する形で、YPGはシリアのアサド政権に保護を求め、アサド大統領のシリア政府軍とロシアは、シリア北東部への展開を開始し、トルコ国境付近へと進軍した。国連安保理でトルコによるクルド人への武力行使が非難されている現状で、米軍はむしろ現場から逃げ出し、ロシアがリーダーシップを発揮した形となった。

 これは、2013年のオバマ前大統領の先例を彷彿させる。オバマ大統領は、シリアのアサド政権が化学兵器を使用すれば、武力行使で報復するという事前の警告を送りながら、結局は攻撃を行わずにロシアのプーチン大統領に仲介をさせて解決を図り、自らの影響力を放棄し、結果的にその後のウクライナ危機やクリミア併合の伏線となった。

 10月11日付のウォール・ストリート・ジャーナルの社説「The Turk and the President(トルコとトランプ大統領)」では、トランプ大統領の一連のエルドアン大統領への姿勢と、方向性が定まらずにころころ変わる外交姿勢を批判し、共和党議員からは、トランプ大統領の政策がオバマ大統領に近づいていることに対する懸念が多く聞かれる、と指摘している。そして、弾劾プロセスとの関連も指摘し、トランプ大統領は弾劾では負けないかもしれないが、自分自身に負けるかもしれない、と警告している1

 10月27日、トランプ大統領は、過激派組織「イスラム国(IS)」の指導者バグダディー容疑者が米軍の急襲作戦により死亡した、と発表した。これは本来なら大統領再選のための大きな成果であるはずだが、この作戦の最中にトランプ氏がシリアからの撤退を発表したせいで、米軍の作戦履行がより複雑で難しくなった、とニューヨークタイムズ紙が報道するなど、むしろ大統領への批判の根拠にもなっている2

今後の展開と朝鮮半島への懸念

 しかし、トランプ大統領のシリア撤退決定が、すぐに共和党議会の大規模な離反を呼ぶかといえば、そうではないだろう。共和党のミッチ・マコーネル院内総務は、10月18日付で、ワシントンポスト紙に、「Withdrawing from Syria is a grave mistake(シリアからの撤退は深刻な間違い)」という論説を掲載した。マコーネルは、トランプ大統領の決定は、同盟国の信頼を失い結果的には自国の安全をも危険に晒すものだ、と批判はするものの、同時に、自ら進めてきたシリアとアフガニスタンからの軍撤退に反対する法案に、民主党指導部や大統領選候補者の上院議員が賛成しなかったことを批判している3。 当然のことながら、民主党が開始した弾劾プロセスに協力することを示唆するようなニュアンスはこの論説には一切ない。

 つまり、現時点では、議会が超党派でトランプ大統領をその座から引きずり降ろそうという段階には至っていないということだ。その背後には、今回のシリアからの撤退という決定が、内向き志向のコアなトランプ支持者の支持率に影響がないことがある。軍や外交の専門家はともかく、一般のアメリカ人にとっては、国家をもたない武装勢力を自国の利益のために切り捨てることは、それほどの罪の意識を感じることではない。むしろ彼らは、泥沼化した中東への軍事関与からの離脱を強く支持してきた。しかも、先のマコーネル論説が暗に示すように、民主党支持者も中東への軍事関与からの撤退を求めてきている。共和党議員は、結局は、内向き志向のコアなトランプ支持者の動向に配慮せざるを得ない。

 そもそも、これまでのシリアにおける米国の戦略は、根本的に矛盾があった。その一つが、同盟国であるトルコが敵対するクルド人武装組織(YPG)と共同して、イスラム国およびアサド政権と戦ってきたことである。10月18日付でカーネギー平和財団の中東専門家らが、ポリティコに寄稿した「What Trump Actually Gets Right About Syria(トランプのシリアへの行動で実際には正しいこと)」では、今回の撤退の仕方は恥ずべきものだが、不都合な真実は、トランプ大統領の計算は全く間違っているわけではないことだ、と指摘する。YPGは、米国がイスラム国と戦う上で、コストがかからない都合のいい同盟相手であったが、トルコ国内のクルド人分離独立勢力のPKKと深い関係があり、どこかの時点でYPGか同盟国トルコを選ばなくてはならなかった、とも指摘する4

 日本や同盟国が警戒すべきは、弾劾調査開始で心理的に追い詰められたトランプ大統領が、今後も独断と自身の直観で、同盟相手が不利になるような外交・安全保障政策を進めていく可能性が高まっていることだ。特に、今回のシリア撤退の次に考えられるアジェンダは、米朝の「非核化なき」部分合意と、それに連動する在韓米軍の縮小ということになるだろう。米国の多くの内向き有権者は、北朝鮮の脅威について実感もないし、情報もない。北朝鮮が、自身の核施設の一部を放棄するようなデモンストレーションを行い、それを米大統領が評価して、制裁緩和や在韓米軍縮小というような見返りを与え、来年の大統領選挙前に短期的な目に見える成果を優先することは可能であるし、ボルトン国家安全保障担当補佐官なきトランプ政権では、比較的容易なことだろう。しかも韓国の文在寅大統領も、スキャンダルを抱えた曺国法相任命を強行しながら、結局は法相が辞任に追い込まれたことで、支持率低下に苦しめられており、トランプ大統領とは短期的、政治的に対北宥和姿勢を共有している。

 つまり、今回のトランプ大統領のシリア撤退は、短期的な国内政治上では、共和党の現実主義者に大統領の姿勢への懸念を与えたぐらいだが、長期的な米国の同盟国からの信頼という点では、大きな禍根を残したといえる。そして皮肉にもそれこそが、今回、ロシア、シリア、イランが得た戦略的な成果だろう。そして、それは北朝鮮や中国にとっても同様といえる。

(了)

1 Editorial Board “The Turk and the President: The Syrian retreat is all too typical of Trump’s decision-making,” The Wall Street Journal, October 11, 2019, <https://www.wsj.com/articles/the-turk-and-the-president-11570834334> accessed on October 31, 2019.

2 Eric Schmitt, Helene Cooper and Julian E. Barnes, “Trump’s Syria Troop Withdrawal Complicated Plans for al-Baghdadi Raid,” The New York Times, October 27, 2019, <https://www.nytimes.com/2019/10/27/us/politics/baghdadi-isis-leader-trump.html?action=click&module=RelatedLinks&pgtype=Article> accessed on October 31, 2019.

3 Mitch McConnell, “Withdrawing from Syria is a grave mistake,” The Washington Post, October 19, 2019, <https://www.washingtonpost.com/opinions/mitch-mcconnell-withdrawing-from-syria-is-a-grave-mistake/2019/10/18/c0a811a8-f1cd-11e9-89eb-ec56cd414732_story.html> accessed on October 31, 2019.

4 Aaron David Miller, Eugene Rumer and Richard Sokolsky, “What Trump Actually Gets Right About Syria,” Politico, October 18, 2019, <https://www.politico.com/magazine/story/2019/10/18/trump-syria-turkey-kurds-news-analysis-229858> accessed on October 31, 2019.

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