- ミャンマー
31年ぶりのセンサスに見る諸問題

2014年3月30日から、ミャンマーでは31年ぶりの国勢調査が行われた。これ以前では1983年の国勢調査が最新であり、それ以降は国内の政治情勢等もあり実施されてこなかった。今回の国勢調査実施は民主化の進展による国内安定化を国内外に印象付ける重要なものとして位置づけられる。その一方、国勢調査実施に至る過程で、ミャンマーの抱える問題点も明らかになった。ここではそれらの問題の一端を考えていきたい。
政府公認「少数民族」を巡って
国勢調査は3月30日から4月10日まで実施された。入国管理・人口省が主体となった中央国勢調査委員会が設置され、資金面、技術面では国連人口基金(UNFPA)等の協力を得て調査が行われた。中学校教員を中心とした調査員には事前研修を実施し、実際の調査では調査員が各家庭を回り、質問事項への答えを調査員が用紙に記入、という形式をとった。「全国規模で」実施とされているが、少数民族武装勢力が調査を認めなかった一部地域と、多くが国勢調査不参加を決めたロヒンギャ族(後述)に対しては調査不能であった。
今回実施された国勢調査に関し、少数民族組織やイスラーム組織は、昨年4月にサンプル調査が実施された頃から、政府の国勢調査参加への啓蒙活動とは別に、民族の記載をめぐって議論を始めたり、あるいは国勢調査への回答(記載)方法を丁寧に解説するという形での啓発活動を始めたりしていた。少数民族については、特に政府公認の135の土着民族に番号を付し、調査の際には番号を回答するという形式が明らかになってから、名称の相違や区分に対する異論等が相次いだ。そのために、複数の民族組織から、国勢調査の延期を求める請願書が大統領などに宛てて出された。 1

少数民族側から示された具体的な問題点は様々で、質問事項そのものについては、リストアップされている民族名称や民族に関する記載事項の間違いなどがあった。例えば、民族名称ではないものを民族名称として記載、一つの民族でありながら地域によって異なる名称を別民族として記載、二つの民族を一つにまとめて記載、政府が州を与えている民族も、そこに含まれるサブカテゴリーも、同じレベルで選択可能になっているための混乱(例えば、A族に含まれるB族であれば、AもBも当てはまるはずが、調査ではAかBかを選ぶことになっているので混乱)などである。また、最初から135の民族という状況が実際とは合致していないにもかかわらず、135を基準として民族を選択させれば、そこに含まれていない民族名や文化、彼らの権利が失われるのではないか、という心配も挙げられた。 2
少数民族側のこうした指摘に対して、入国管理・人口省大臣は、すでにリストになっている少数民族名称の訂正や変更、その他もろもろの件は国勢調査終了後に結果を見てから行う、と答えている。ただ、具体的に計画が上がっているわけではなく、それが少数民族側の心配の元となっていた。
『その他』の人々

135の民族に含まれない民族の権利を心配する民族がいる一方で、万が一にも土着民族という主張をされては困るといった反応もある。2012年6月ごろからヤカイン州では仏教徒ヤカイン族とムスリムであるロヒンギャ族との間で暴動が頻発しているが、 3 このロヒンギャ族について、政府は、土着民族にそうした名称の民族は存在せず彼らはバングラデシュからの不法移民のベンガル族である、としている。今回の国勢調査でヤカイン族は、民族に対する回答に、914番「その他」にロヒンギャと記載することを政府として認めるならば、ヤカイン族は国勢調査をボイコットする、と表明した。最終的に、政府はロヒンギャの記載を認めず、ベンガルと記載するよう求めたが、それによって逆にロヒンギャを自称する人々は、国勢調査をボイコットするに至った。 4
また、ヤカイン族のサブグループに入っているカマン族は、ムスリムであることからヤカイン族とロヒンギャ族の対立に巻き込まれている。国勢調査においても民族番号702番はカマン族と割り当てられているにもかかわらず、ロヒンギャと同様、民族名にカマンと回答するな、914番「その他」を選んでベンガルにしろ、そうしなければ地域での生活ができないようにしてやる、といったヤカイン族側からの脅し等があったようである。 5
ロヒンギャ以外のムスリムについては、通常でも身分証明書の民族/宗教欄の記載をめぐって多々問題が発生しており、 6今回も多くの問題や心配事を抱えての国勢調査を迎えた。複数のイスラーム団体が合同で、あるいは個別に、国勢調査ではどのような質問項目があり、特に民族と宗教の質問項目に対してどのように解答すべきか、それぞれの見解を出している。宗教の項目については、イスラームとのみ回答し、モハメダン、ムスリム、スンニ、シーア、等の回答はしないようにと注意書きをつけている程度だが、民族の記載については多くの具体例が示された。例えば914番「その他」を選び、チュリア、スルティー、ベンガル、などのインド系出身民族名を書くか、135の土着民族名には入らないが通称として使われることの多いパンデー(中国系)、パシュー(マレー系)、パディ(王朝時代からの呼称)、ロヒンギャ等を書くか、あるいはビルマ族を含め土着民族であればそれぞれに割り当てられた番号を選ぶ、というように各人が自分に合ったものを選択、あるいは記載してほしい、といったものである。 7
こうした具体例を載せる理由は、土着と認められないことの多いムスリムが記載方法について不安を感じているためである。国勢調査回答方法についての解説文書が出回っているにもかかわらず、ムスリムの間ではそれぞれに心配する様子が見られた。特に、身分証明書の発行時に、ムスリムであることを理由に民族欄にビルマ族(あるいはミャンマー族)のみの記載を認めてもらえなかった人々は、ビルマ族と回答して記載してもらえるかについて心配し、調査員がビルマ族と記入してくれたとしても、後で民族か宗教かどちらかを修正されてしまうのではないかと危惧していた。先のパンフレット等には、身分証明書と国勢調査は別個のものであり、記載の相違によって問題は生じないとの注意書きがあったが、実際にはどうかわからないと疑念を抱いたままの人も見られた 8。
結び
国勢調査を通して表面化した問題、あるいは国勢調査によって以前からの問題に再度頭を悩ませることになるというこうした状況は、多くの場合、マジョリティである仏教徒ビルマ族にはほぼ関係していない。「仏教徒」「ビルマ族」を選択するだけの人々は、他の民族あるいは宗教アイデンティティを持つ人々のこうした主張や不安をどの程度深刻なものとして受け止めるのであろうか。多民族社会といいつつ、マイノリティとして生きる人々に不安を与えている現在の状況は決して好ましくはなく、国勢調査が単なる人口のカウント以上の大きな意味を持っているという現実を踏まえ、国勢調査の結果が出た後の政府の対応にも注目していかねばならないと思う。
Notes:
- [1] The Voice, Vol.10, No.6 (15 February 2014, http://thevoicemyanmar.com/2013/index.php/the-voice-pdf/item/4573-1006pdf.html), pp.3-4. ↩️
- 同上 ↩️
- ヤカイン州での対立とその背景については斎藤紋子、「ミャンマーにおける反ムスリム暴動の背景」、『アジ研ワールドトレンド』(No.220, 2014年2月号)、 pp.22-25 参照。 ↩️
- Lawi Weng. “Govt Rejects ‘Rohingya’ Census Classification, Causing Problems Among Muslim Communities,” March 31, 2014, http://www.irrawaddy.org/burma/govt-rejects-rohingya-census-classification-causing-problems-among-muslim-communities.html 最終閲覧日2014年5月28日 The Voice, Vol.10, No.11 (March 24-30, 2014) p.17 ↩️
- Zar Ni. “ Thagaung Sayin Kauk Yu Yar hnai Bingarli tha Yeiyan Kyauknimoe hma Kaman Myar Upadei cheinchauk khanzar nei ya,” March 27, 2014, http://www.m-mediagroup.com/news/25845, 最終閲覧日2014年5月18日 ↩️
- 身分証明書に関する問題については、斎藤紋子「ビルマにおけるムスリム住民に対する見えざる「政策」-国民登録証にまつわる問題-」『言語・地域文化研究』(2007年第13号) pp.1-16を参照。 ↩️
- 2014年3月調査時に入手。 ↩️
- 2014年3月ヤンゴン市、マンダレー市における聞き取り調査より。 ↩️

上智大学