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オーシャンニューズレター

第134号(2006.03.05発行)

第134号(2006.03.05 発行)

国際太平洋研究センター:日米共同による気候研究

Director, International Pacific Research Center◆Julian P.McCreary,Jr.

アジア太平洋地域における地球環境変化の地域特性等、同地域の自然の理解および気候変動の予測を改善するために、1997年に日米共同の気候研究所として国際太平洋研究センター(IPRC)は誕生した。
現在IPRCでは、世界が直面している最重要課題に世界10カ国の科学者が 共同で研究に取り組んでおり、国際的にもその評価は高まっている。

歴史的背景および使命

地球を取り巻く大気と海洋に国境はなく、気候変動に国際的な関心が集まっている。橋本首相とゴア米国副大統領は1997年春に開かれた会議において、人類が直面している地球温暖化の問題に日米による長期的共同研究が貢献しうることを認識するとともに、「地球的展望に立った協力のための日米共通課題」に研究カテゴリーとして、地球的規模気候変動に関する研究を追加した。この両国政府指令は(訳者注:日本側はその前年に出された科学技術庁航空電子等審議会の建議の下で)1997年10月、ホノルルのハワイ大学マノア校海洋地球科学技術学部に国際太平洋研究センター(International Pacific Research Center (IPRC) )の設立という形で実現されることとなった。同センターの使命は「アジア太平洋地域における地球環境変化の地域特性等、同地域の自然の理解および気候変動の予測を改善するために、国際的な最先端の研究環境を整備すること」となっている。

スタッフ

1997年の設立以来、IPRCは気候研究のセンターとして国際的に認められるまでに成長した。現在、IPRCには海洋学分野と気象学分野の科学者39名がおり、その内訳はハワイ大学教職員9名、教職員以外の研究者17名および博士研究員13名となっている。この他、コンピュータ・システム・エンジニアとプログラマー 8名もいる。研究スタッフは10カ国からの科学者で構成されており、実に国際的である。特に現在IPRCには日本からの研究者3名、博士研究員4名と大学院生3名がいる。この他、IPRCで数年間、研究に従事した日本人科学者7名は帰国後、4人が大学の研究教育職に就き、3人が独立行政法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)および東京大学において研究員となっている。IPRCは今後2年間に、日本からの研究スタッフを数名増員する予定である。

研究

2005年IPRC年次報告会の参加者。ハワイ大学東西センターの日本庭園にて撮影。

IPRCの研究は大まかに4つのテーマにまとめられ、各々以下の目標を掲げている。太平洋とインド洋の気候変動を理解する(テーマ1)、西岸境界流、黒潮親潮続流域、縁辺海とインドネシア通過流がアジア太平洋地域の気候に与える影響を特定する(テーマ2)、アジア・オーストラリア・モンスーン・システムとその水循環が気候の変動性と予測可能性に影響を与えるプロセスを理解する(テーマ3)、および地球環境の変化とアジア太平洋地域の気候の関係を特定する(テーマ4)。

IPRCの科学者は各テーマにおいて顕著な進歩を遂げている。たとえば、広く知られているエルニーニョ現象およびアジア・オーストラリア・モンスーンは、IPRCのすべての研究テーマの中でも卓越した研究分野となっている。特に、IPRCの科学者が研究しているのは、夏季モンスーン期中に雨期と乾期を起こすプロセスで、この研究によりプロセスに対する理解が一層深まり、雨期と乾期を1カ月前に予測するのに役立つであろう。またIPRCの科学者はエルニーニョ現象後の夏のアジアのモンスーンの降雨量が減少するメカニズムも説明するとともに、エルニーニョ現象を変動させうる海流の10年規模の変動も研究しており、これはエルニーニョ現象の予測を改善する上で必要なステップである。またIPRCでは熱帯低気圧のモデルも開発しており、地球温暖化がアジア太平洋地域の熱帯低気圧の発生頻度と進路に与える影響も研究している。

アルゴ会合の様子。IPRCは海洋研究開発機構(JAMSTEC)やオーストラリア豪州連邦科学産業研究機構(CSIRO)と協力して、アルゴ太平洋海域センター(PARC)計画を推進している。これは太平洋に展開しているアルゴ・ブイから得られるデータの管理に貢献している。

インド洋の状態が遠隔地域の気候に及ぼす影響の重要性が最近認識されて来た。これは特に地球環境フロンティア研究センター(FRCGC)の気候変動予測研究プログラムに従事している科学者たちの貢献による。IPRCの科学者はこの新たな気候研究領域に積極的に貢献してきており、同領域はアジア等の地域における気候変動の予測を改善するものと期待されている。また衛星観測でも、特に全天候型マイクロ波センサーを使用した衛星観測により、広い海洋の気候のとらえ方が激変している。IPRCの研究者はこの新しい衛星データから黒潮が日本周辺地域の気候に与える影響等、数々の顕著な発見をしている。

最後にIPRCと日本の科学者が直接共同研究を行っている領域を一つ紹介したい。それは日本のスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」上で運用されている大気大循環モデル(AFES)と海洋大循環モデル(OFES)のアウトプットの解析にIPRC の研究者が協力していることである。この共同研究ではすでに貴重な情報が得られている。たとえば、海洋大循環モデルのアウトプットおよび衛星画像の分析では、世界海洋の多くの海域において顕著な東西の海流系が存在することを明らかにしており、これはまだ知られていない、ある種の海水運動が存在することを示唆している。

IPRCに比較的最近になって加えられたテーマは、気候データを研究者と一般市民がともに容易に利用できるようにコンピュータ環境およびデータ管理インフラを開発することである(テーマ5)。この目標を達成するため、IPRCはアジア太平洋データ研究センター(APDRC)を設立した。APDRCの科学者は、データ管理活動の他、社会に直接恩恵するようなデータ製品を開発している。例えば、どのような地域にも容易に適用できる領域海洋大気結合モデルの開発を進めている。モデルからのアウトプットは、社会の安全(捜索および救援活動等)、沿岸海洋管理(サンゴ礁保護等)、有害性評価(石油流出事故等)および経済(例えば漁業)等、さまざまな社会的利用が期待されている。

資金

IPRCへの財政支援は当初主に日本とハワイ大学が行っていた。しかし設立後まもなく米国機関もIPRC に貢献を始めた。現在、日本からの支援はIPRCの合計年間予算の約40%を占めている。日本からIPRCへの支援はJAMSTECがFRCGCを通して行っている。米国からは米国航空宇宙局(NASA)と米国海洋大気庁(NOAA)が組織的支援を行っている。IPRCの研究者は米国諸機関の個別助成金からも研究費を取得している。

結び

最後に、IPRCはアジア太平洋地域の気候研究を集中的に行う活気ある国際センターに短期間でなったことを付け加えたい。IPRCは気候変動の原因および地球温暖化の影響を理解するという、今日の世界が直面する最重要課題に東西の科学者が共同で取り組むための理想的な場所である。IPRCおよび同センターの活動に関する情報はhttp://iprc.soest.hawaii.edu/をご覧いただきたい。

太平洋を挟む二つの国のパートナーシップがホノルルの地に世界をリードする気候研究所IPRCを生んだ。日本と米国の歴史的な文脈からも見ても極めて希有な、協働作業の理想的なモデルと言える。このような二国間協力をさらに発展させることは科学面にとどまらず、アジアと西欧諸国の交流と相互理解に貢献するであろう。(了)

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