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オーシャンニューズレター

第267号(2011.09.20発行)

第267号(2011.09.20 発行)

沿岸域における赤潮の発生と予防対策

[KEYWORDS]富栄養化/赤潮予防/藻場・アマモ場
北海道大学大学院水産科学研究院教授◆今井一郎

沿岸域における赤潮は、高度経済成長時代の富栄養化の進行により著しく多発するようになった。
藻場およびアマモ場に膨大な殺藻細菌が生息するという発見から、同時期の埋め立てや鉛直護岸工事で藻場・アマモ場の減少により赤潮の抑制能力を失ったといえる。赤潮の発生予防策として、藻場、アマモ場、干潟等の浅場生態系の造成・修復が有効となるであろう。

沿岸域の富栄養化と赤潮の発生


(せとうちネット:http://w3.seto.or.jp/seto/index.htm および『H21年度瀬戸内海の赤潮』より)

沿岸域では河川の流入に伴う沖積平野の発達によって都市が形成され、人口集中の結果、沿岸海域へ様々な影響が及んでいる。人間は食事と排泄という普通の生命活動を営み、そして水域の富栄養化という問題を宿命的に引き起こす。特に窒素やリンのような、生物の必須元素が沿岸海域に流入して富栄養化が進行する。さらに農業や畜産業等によっても、投与された肥料や家畜の糞尿等が降雨により河川を通じて流入し沿岸域の富栄養化は促進される。
わが国沿岸域における赤潮の発生件数は、高度経済成長を始めた1960年代から海域の著しい富栄養化に伴って急激に増加した。瀬戸内海における赤潮発生件数の経年的な変化は図1の通りである。当初、瀬戸内海全域において、年間50件以下の発生件数であったのが、1970年代に急激に増加し1976年に最高値の299件を記録した。1972年に発生したシャットネラ赤潮※により、史上最多の1,428万尾もの養殖ハマチが斃死し(71億円の被害額)、これを契機に有名な「播磨灘赤潮訴訟」が提訴された。この赤潮が背景となって1973年に「瀬戸内海環境保全臨時措置法」が制定され、5年後には特別措置法として恒久法化された。
1973年末からのオイルショックの影響と相まって、上記の法的規制が奏功しその後赤潮の発生件数は減少に転じ1980年代後半には年間約100件程度となった。しかしこのレベルは以後下げ止まり状態で現在に至っている。赤潮の発生が最盛期の時期には、大阪湾、播磨灘、あるいは周防灘等の海域全体を覆う大規模赤潮も稀ではなかったが、近年は赤潮発生の規模と期間が縮小傾向にある。また赤潮による漁業被害額は、瀬戸内海全体で年平均20億円近くにのぼる。

藻場とアマモ場を活用した赤潮の発生予防対策

赤潮被害を軽減抑止するために様々な対策が提案されたが、上述の法的規制が一定の効果をあげたものの、物理化学的な直接技術は粘土散布を除きほとんど実用化されていない。生物的防除策として、現場海水中の殺藻微生物の活用が環境に優しい技術として期待されている。実際に西日本沿岸域から、数多くの殺藻細菌が種々の赤潮プランクトンをホストとして分離され、赤潮の消滅において殺藻細菌が重要な役割を演じていることが観察されている。
赤潮生物が現場で発生していない福井県小浜湾の藻場海水や、大阪湾岬公園の自然海岸のマクサやアオサ等の海藻に、赤潮藻を殺滅してしまう殺藻細菌が多数生息することが発見された。さらに大阪府箱作海岸のアマモ場では、海藻表面に匹敵するかそれ以上の殺藻細菌がアマモ葉体に付着している事実が新たに見出された。以上から、藻場やアマモ場が赤潮発生予防の場として大変に重要であることが判明した。
これらの新しい発見から赤潮の予防的防除策として、まず魚介類とアオサやマクサ等の海藻との混合養殖が提案される。魚介類と混養繁茂している海藻の表面からは、多くの殺藻細菌が継続的に周囲の海水に剥離浮遊し、赤潮プランクトンに攻撃を加え、有害種の発生を防止するものと期待される。また近年、積極的な藻場造成(修復あるいは創生)が成されているが、離岸堤や防波堤、人工リーフといった海岸構造物の設置と組み合わせれば、経済的波及効果も大きいであろう。藻場造成は赤潮の予防策として混合養殖と同様の効果が期待される。さらに、アマモ場造成が赤潮予防の観点から評価できる。藻場やアマモ場は、赤潮対策のバイオレメディエーション技術として理想的といえる。すなわち、活性の主体となる微生物(殺藻細菌)のための環境を備え(バイオスティミュレーション)、かつ海藻やアマモ表面から殺藻細菌が海水中へ自然に継続供給される(バイオオーグメンテーション)システムである。

沿岸域の環境保全と修復の重要性

■図2 瀬戸内海における埋め立てと、藻場、干潟の推移

[埋め立ての推移]

[藻場の推移]

[干潟の推移]

((社)瀬戸内海環境保全協会(2005)『瀬戸内海―日本最大の閉鎖性海域―』より)。

高度経済成長時代に水域の富栄養化と同時に、護岸工事や埋め立てによって藻場やアマモ場、干潟、浅海域が大規模に失われた(図2)。これは、赤潮を抑える海の力を失ってきたことを意味する。また磯焼けによる藻場消失も深刻であり、これも赤潮抑制にマイナス材料といえる。水域に負荷された栄養塩に対して植物プランクトンが第一に反応し、適した種が大量増殖して海を着色させ赤潮を形成する。赤潮は、養殖魚介類の大量斃死により養殖業にとって脅威となるのは勿論であるが、発生した植物プランクトンはあまりに大量で、食物連鎖の高次生物へと転送されることなく余剰有機物として海底に沈降し、分解過程で酸素消費を通じて底層の貧酸素化や無酸素化を招いて底生生物に悪影響を及ぼす。また大規模に硫化水素が発生すると、その水塊が気象海象により浅場や表層に移動湧昇した時に青潮が起こり、ベントス(底生生物)を中心とした魚介類が大量斃死する。これも深刻な環境問題である。
沿岸域において、藻場やアマモ場を造成・修復し、有害赤潮の発生予防を目指すという考えが里海構想の一貫として提案できる。藻場やアマモ場起源の殺藻細菌が水域に供給され赤潮の発生予防が期待される。流況を考慮し、藻場やアマモ場を通過した海水が養殖水域や他の主要な水域に影響するように配慮すれば効果的と考えられる。海藻やアマモは好ましいイメージを一般の人々に持たれており、藻場やアマモ場の造成・修復および混合養殖は、究極的な赤潮の発生予防対策となるであろう。
藻場、アマモ場、干潟等の浅場は、有用水産資源の稚仔涵養の場として重要である。浅場に負荷された栄養塩類や有機物は、生息する付着・底生珪藻、細菌、原生生物、ベントスや葉上動物等の多様で長寿命の生物に食物連鎖を通じて速やかに配分される。したがって、栄養物質の流れとして短絡的な植物プランクトンの大増殖(赤潮)を予防しているのである。藻場、アマモ場等の再生修復および規模拡大により、瀬戸内海の赤潮件数の下げ止まりを打破し年間50件以下に抑制できると予測する。(了)

※ シャトネラ赤潮=ラフィド藻類の有害プランクトンのシャトネラ・アンティーカ、マリーナ、オバータ等が増殖して高密度になり、海が着色する現象。しばしば養殖魚類が大量斃死する。

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