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オーシャンニューズレター

第212号(2009.06.05発行)

第212号(2009.06.05 発行)

波浪推進船マーメイドIIの航海

[KEYWORDS] 波浪推進船/自然エネルギー/マーメイドII
東海大学海洋学部船舶海洋工学科教授◆寺尾 裕(ゆたか)

2008年7月、太平洋横断に挑んだ海洋冒険家の堀江謙一さんと世界初の長距離型の波浪推進船マーメイドIIは、110日の長距離航海を終えて、無事に新西宮ヨットハーバーに到着し、波のエネルギーを船の推進力として利用できることをこの航海によって証明した。
現在の地球環境を考えると、こうした自然エネルギーを利用する技術開発にもっと目を向けるべきと考える。

マーメイドIIの出発

世界初の波浪推進装置による長距離航海を行ったマーメイドII。全長約9.5メートル(31フィート)の双胴船体をもつ。
世界初の波浪推進装置による長距離航海を行ったマーメイドII。全長約9.5メートル(31フィート)の双胴船体をもつ。

2008年3月16日、マーメイドII※1は白い船体を輝かせ、ハワイのマリンブルーの波に祝福され、ふわりと海に包まれた。この波という自然エネルギーを利用して走る船は、多くの人々に見送られてあっけなく旅立った。堀江謙一※2さんは心持ち上気した笑顔で、元気に大きく手を振り、日本までの大航海に、何のてらいもなく船出した。さすがに海の上での歴史が違う、海の男の顔は輝いていた。
世界初、長距離型の波浪推進船は、波の中を滑るように外海に踊り出す。船長は10mほど、排水量も3トンほどしかない小型で、ボリュームのある特殊な双胴船は、船底のバラストとあいまって十分な復原性能があり、どんな波でも転覆はしない。
マーメイドIIの推進装置の、原理はとても簡単なものである。波に船体が持ち上げられると、同時に船体に取り付けられた水中翼が運動し、その水中翼の運動により推進力が発生すると考えるとわかりやすい。
マーメイドIIは、本物の人魚のように、大海原に焦がれ波を求めて、軽々と波に乗る。その動きは優雅で、波の上で滑らかにワルツを踊る。私は随伴艇に乗り、マーメイドIIを見送る。こちらは大型船にもかかわらず低速走行で大きく揺れ、気分が悪い。見ていてもはっきりわかる、揺れないマーメイドの堀江氏がうらやましかった。それにしても、あの白い船は、小さいくせに何とどっしり見えたのだろう。
マーメイドIIは、設計どおりの運動性能を発揮して、波方向によらず、波に助けられ、波を友達として進む。普通の船には敵である波は推進力である。波がある方が具合の良い船とは、何とも不思議な船だろうと、ふと思う。この船体と推進装置を設計し、水槽実験を繰り返し、最適な船形を練り上げてきて、その原理も理解しているつもりなのに、不思議な既視感と幸福感に包まれた。波による揺れの一つひとつが、マーメイドIIの推進力を発生しているのが見て取れるほど、スイスイと波に乗る。波と戯れるように、どの方向からの波でも皆マーメイドの友達。波が支えてくれるマーメイドの航海である。いま堀江氏はどう感じているのだろうか。この船の航海を楽しんでいってくれるのだろうか。またこの乗り心地を気に入ってくれるのだろうか。

波浪推進船の誕生には

波浪推進装置に計測装置を搭載した模型。船体の前方に取り付けられた水中翼(赤い色)が、波の中でドルフィンキックのように動いて波のエネルギーを吸収し船の推進力を生む。
波浪推進装置に計測装置を搭載した模型。船体の前方に取り付けられた水中翼(赤い色)が、波の中でドルフィンキックのように動いて波のエネルギーを吸収し船の推進力を生む。

マーメイドIIの誕生は、堀江氏から2004年に太平洋を横断する計画(ハワイ~紀伊水道)が示されたことから始まる。出発前に船はハワイまでコンテナ輸送の計画であった。新しい波浪推進船が必要となるが、それには寺尾研究室の今までの波浪推進装置の研究成果が使えた。しかし、実際に船の形にするには、毎日時間との戦いだった。船体設計はあっけないくらいにできたが、少ない研究費をやりくりし、できるだけ良い物を生みだそうとする努力が続いた。学生諸君との長期の共同作業で、繰り返し船の形を変え、大学の小型造波水槽の中で試験を繰り返し、やっと良い船型が決まった。また船の運動や、翼に働く力を計測し記録する装置も完全な自設計・自作となった。これはPICというワンチップマイコンを核とした小型、軽量、省エネの、自慢の記録装置である。軽量でなければ、小型の波浪推進船の模型を自走させ計測などできずに、重量増から模型船が沈んでしまう。
私たちの用いた1/10模型では、排水量が3kgf(キログラム重)である。模型の艤装重量から、模型の船体重量の軽量化が必要であるが難しい。そのため、軽量の計測記録装置を開発したのだ。数100グラムの重さの装置で、必要なデータを計測するシステムの開発は大変だったが、その見返りも大きかった。好運にも、最近のマイクロエレクトロニクス発達のおかげで、今では誰でもその恩恵にあずかれる。しかし、これらの開発すべてに携わってくれた学生諸君の努力、水槽実験を繰り返して行った努力が、今ここに一つの未来の船の形となって結晶したのだろうと思う。
模型船からの速力推定では、実船は最良の波浪条件下で6ノットまで、波に向かう速力が出せそうであることが分かった。
この船の船型と推進装置をCADデータとしてまとめ、高名なアメリカズカップのヨットデザイナーでもある横山一郎氏に送付、強度および詳細設計をまかせる。これを元に広島の常石造船所で、マーメイドIIはアルミ船として建造された。

世界初波浪推進船による航海

マーメイドIIは出航後、航海を続け、110日の長距離航海を終え、無事新西宮ヨットハーバーに到着した。その間の心配はつきなかった。ハワイを出る前には、オワフ島そばに鯨が1,000頭集まっていると言われ、頭を抱えた。この船はエンジン音などなく無音であり、鯨が興味を持って寄ってきたり、また寝ぼけた鯨にマーメイドIIが衝突したらどうなるのだろう。大洋の波は、潮は、風はどうなるのだろうか。また大嵐が来たらどうなるのだろうか。波に関する限りできるだけの模型試験を行い船の安全性は十分であると考えてはいたが、所詮は人知の中。これが冒険と言うことの意味なのだろうと思った。
マーメイドIIの航海距離は7,800km、平均時速は1.6ノットであった。これは、世界の造船史上初の波浪推進システムによる長距離航海である。波浪推進のみによる航海であれば、航海速力は大洋の波浪条件により左右される。今回は異常気象により、幸い波がなかった。波がなければ航海速力は遅くなるが、航海の危険性は減る。しかし、限られた食料と水の搭載量の問題が出てくる。堀江氏は大圏航路を取らず、ハワイから西に向かい、日本に近づくと、黒潮に乗り北上した。この点も、老練な堀江氏の航路選択の妙がある。
堀江氏の航海計画はすべてがうまくゆき、航海時間は予定よりかかったが、波浪推進船マーメイドIIの航海は無事終了した。これにより波力を、船の推進力として利用できるということが、今回の長距離航海で人々にもわかる形で証明されたといえる。このような新しい考えはなかなか世の中に受け入れにくいものであるが、現在の地球環境を考えると、よりいっそう自然エネルギーを利用する技術の推進が望まれると考える。(了)

※1  マーメイドIIによる航海の詳細については、こちらを参照ください。
※2  堀江 謙一。海洋冒険家(ソロセーラー・ヨットマン)。1938年9月8日生まれ。1962年、マーメイド号による太平洋単独航海に成功。その後、東西両方向周りで世界一周航海をしたのは日本人初、世界でもオーストラリア人に次ぎ2人目という記録保持者。

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