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オーシャンニューズレター

第183号(2008.03.20発行)

第183号(2008.03.20 発行)

外来水産生物の問題とジャーナリズム

佐久間功◆サイエンスライター

さまざまな外来生物の問題が話題になるが、その移入経緯や利用目的の違いまで理解した上で報道されることは少ない。
ペットなどとして飼育、販売を目的に移入された外来生物と初めから自然環境に放流して育成、繁殖させることを目的とした外来生物では問題の本質が異なる。
膠着したように見える外来生物の問題だが、その解決に向けてメディアの果たすべき役割は大きいように思う。

昨年11月、琵琶湖を望む滋賀県大津市で行われた第27回全国豊かな海づくり大会で、天皇陛下は外来魚のブルーギルについて、50年近く前の米国訪問の際に持ち帰ったこと、現在の状況にお心を痛められていることをお話しになった。もちろん、陛下はご趣味として持ち帰られたわけではない。その後に水産庁の研究所に寄贈され、各地の水産試験場で利用の研究がなされたことからもわかるように、新たな品種として国家事業的に導入されたものである。ところが、嘉田由紀子滋賀県知事の言葉として「当時は食糧難の時代で貴重なたんぱく源だった」という報道がごく一部であったものの、昨今の外来生物へのバッシングの中で、ほとんどその背景は伝わることなく埋没してしまった。
さまざまな外来生物が話題になることが多い昨今ではあるが、残念ながらその移入経緯や利用目的の違いまで理解した上で報道されることは、このように非常に少ない。また「そもそも外来生物の何がどう問題なのか」が議論されることはさらに少ない。

外来水産生物の特殊性

自然環境下で漁業やレジャーの対象として利用されることが前提である水産生物は、ペット由来の外来生物などとはその事情がまったく異なる。
自然環境下で漁業やレジャーの対象として利用されることが前提である水産生物は、ペット由来の外来生物などとはその事情がまったく異なる。

外来生物の事件で主役ともいえるペットたちは、飼育・販売が移入目的であるため、遺棄などで自然界に出てしまった場合、被害が出ることこそあれ、それが利用される例はほぼない。カメ類やアライグマはこの一例である。ミンクのような毛皮獣も同様だ。ペット以外であっても、バラスト水由来の貝やカニ類などはやはり、ごく一部に食用となるものがある程度の存在である。
だが水産業(遊漁も含む)の対象である魚介類は、自然環境に放流して育成・繁殖させることを初めから目的とされているものが多い。そして近年、生態系・生物多様性の問題がクローズアップされるまで、外来(国内移入を含む)水産生物を放流することは、地域、社会の発展に貢献するものという考えもあった。加えて養殖場の廃業などで悪意なく遺棄された例もある。また養殖場から逃げ出した魚は、業者にとっては打撃だが、地域、魚種によっては釣り客が来るなど地域活性化のような効果を生むこともある。河川ではマス類、海なら近年生息域が広がっているタイリクスズキがこの代表例だ。
しかし、ことの経緯や理由はどうあれ、本来そこに棲息していなかった生物である。放流したものが在来生態系を大きく変えてしまうこともあるばかりか、放流した外来種の中にその放流したものや在来種の天敵が混じっていて大きな食害を与えることや、魚病を広めることもある。多くのメディアは、これを解決困難な問題として報道するだけで終わってしまうが、冷静に見れば被害者自身またはその関係者が実は加害者でもある、という場合もかなりあることを忘れてはならない。 コイヘルペス、マスやアユの冷水病も元々は外国産の種苗により日本国内に持ち込まれたものなのだ。
混入してきた天敵による食害の一例が、三河湾、福島県、宮城県、岩手県等でアサリへの甚大な食害を与えているサキグロタマツメタ※1という貝である。この貝は毎日新聞・河北新報などによれば、もともと黄海、渤海沿岸産のアサリ稚貝を種苗として移入した際に混じっていたもので、それが放流されるなどで拡散したと考えられている。被害には同情を禁じ得ないが、それを招いたのも同じ漁業者であると言える。もちろんその背景には、環境の悪化や過度の漁獲により、外国産の貝を放流しなければならない漁業の実情という重大な問題も隠れている。
このように、すべてのケースをステレオタイプな「外来生物の問題」としてひとくくりにしてしまうことはそもそも無理があるのだ。

ジャーナリズムの問題、果たすべき役割

忌み嫌われているはずのブラックバスだが、ここ野尻湖のように、釣りによる地域振興の切り札となっている地域もあることは忘れてはならない。
忌み嫌われているはずのブラックバスだが、ここ野尻湖のように、釣りによる地域振興の切り札となっている地域もあることは忘れてはならない。

報道する側の姿勢にも問題がある。チュウゴクモクズガニ(上海蟹)が2004年末に東京湾で発見されたときも、多くのTVニュースショーが「東京湾で上海ガニを取って食べられるかも」と面白おかしく第一報した直後、「生態系に影響が懸念される」と、報道を180度方向転換している。このような場合こそ、メディアは背景の解明や問題点の整理をした報道をすべきであり、一部にみられる視聴率優先主義やブームに乗った番組や記事づくりによって、問題の本質が広く伝わらなくなっているのは残念なことである。
また、ブラックバスというマスコミからは「心ない釣り人による放流」と枕詞のように言われる魚にも、アユ種苗などへの混入による分布拡大疑惑や、地域振興のために地元有志が放流した場所があるという。だが「心ない釣り人説」は繰り返し喧伝されているうちに、それがさも全国的な事実であり全バス釣り師が悪である(検挙例は数件あるが)ようにイメージ付けされ、釣り人と地元関係者との溝が深まり、問題解決に向けての情報提供や話し合いが不可能になっている。
このブラックバス問題は歴史の長さやその利害関係の複雑さを見ると、外来水産生物が抱えるあらゆるトラブルを内包していると言える。私は、この問題に対するメディアやジャーナリストの取り組みを考えることが、今後起こりうる多くの外来水産生物のトラブルに関して、一定の指針となるであろうと考えている。
関係者に取材を重ねてみると、外来種排斥派の研究者は妥協点がわかっていても立場上それを提案できないと言う。一方で産業利用促進派は「歩み寄ることが行為者としての責任を認めることになるのでは?」という危惧を持っている。さらに調整役となるべき行政も、環境と水産という立場の異なるものが関係しており、ときに対立することもある。このような膠着状態が抜本的解決を遅らせているのである。これらから、両派の仲立ちができるのは、当事者ではない報道に関わるものだけだと思われるが、現状のようにそれがどちらかに肩入れすることは、反対勢力の態度を硬化させ溝が深まるだけだ。
私は、一人のジャーナリストとしてあえて言いたいのだが、メディアが仲立ちをすれば、両派が手をとりあうことは不可能ではないと考えている。この問題の打開を望むならば、例えば私が著書※2の中で提案した「産業として利用できる外来種は、一部水域のみに棲息地を限定し、収益や利用者から徴収したライセンス料を在来種の保護や環境保全などに使ってはどうか?」のような発案もできる。また「天敵や病気の混入の恐れがあるものを移入するときは、問題発生に備えて研究・対策資金の積み立てを義務づける」といったアイデアも出せるだろう。
水産生物は社会・行政的位置づけも、その食性や生態も、ペット由来の生物たちとはまったく異なる。だからこそメディアやジャーナリストは、偏ることなく情報収集をし、問題の解消に向けて努力をしてこそ、その存在価値を高められるといえよう。(了)


※1 サキグロタマツメタ=体長3センチ程度のタマガイ科に属する巻貝。肉食性で他の二枚貝に付着し、貝殻に穴をあけて中身を食べる。その旺盛な食欲から、干潟のブラックバスと呼ばれることがある。
※2 外来水生生物事典、佐久間 功, 宮本 拓海、柏書房(2005/06)

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