海洋安全保障情報旬報 2022年10月1日-10月10日

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10月2日「中国に対する統合抑止の必要性―香港紙報道」(South China Morning Post, October 2, 2022)

 10月2日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“US nuclear arms race with China ‘futile’, think tank warns”と題する記事を掲載し、中国による台湾への攻撃を防ぐための抑止手段に関する米シンクタンクの報告書の内容について、要旨以下のように報じている。
(1) 米国が中国との核軍拡競争に勝とうとするのは「無益な行為」であると、ある米シンクタンクは指摘した。米シンクタンクBrookings Institutionの報告書は、米国は東アジアで中国に対する通常の軍事的優位性を失い、台湾への攻撃を抑止することが難しくなっていると警告している。
(2) 9月27日に発表された報告書では、中国の核兵器の拡大が明らかに速くなっているため、通常戦力の使用に自信をもつかもしれないと論じている。しかし、米国にとっては台湾をめぐる中国との戦争は「ほぼ必然的に、不注意と故意による核戦争への事態拡大の両方の危険性を高める」と主張している。最近まで、米国とロシアが保有する4千発以上の核弾頭に対し、中国は約200~300個の運搬可能な核弾頭を保有していると考えられていた。しかし2021年11月、米国防総省の報告書は、中国は2027年までに最大700発、2030年までに少なくとも1,000発の核弾頭を保有する可能性があると指摘した。Brookingsの報告書によれば、米国が完全な核優位性を取り戻すことを妨げる、戦略的安定性と核軍備管理に対するホワイトハウスの関与を含めた多くの障害が、米国が完全な核の優位を取り戻すことを妨げている。「そして、これらの障害を克服したとしても、米国はおそらく(ロシアはいうまでもなく)中国に対抗できるほど速くプルトニウム・ピット(核兵器で核爆発を引き起こすために取り付けられる球状の塊:訳者注)を生産することはできないだろう。ロシアは言うまでもない」と報告書は述べている。この報告書の著者らは、中国の核兵器備蓄の増加は、冷戦型の核の膠着状態を招き、米国は通常戦にもっと投資した方が良いだろうと予測している。
(3) 通常戦の抑止力について、この報告書は、中国本土の台湾への侵略を抑止するため、U.S. Department of Defense伝統的な戦略、すなわち米国の軍事的優位に基づく「拒否的抑止」は、中国の軍事的進歩を考えると「極めて達成困難」となる可能性があると警告している。報告書は、米国の利益を守るための最善の方法は、攻撃された場合に台湾を守るという明確な意思表示や公約を避けることだと述べている。その代わりに、米国とその同盟国が中国から経済を切り離し、中国の経済的圧力や基幹施設に対する高度で非対称な攻撃に対して自国の脆弱性を減らすことを米国が明確にすべきであると述べている。報告書は、Lloyd Austin国防長官の「統合抑止(integrated deterrence)」戦略を引用しながら、重要な課題は、そのための核によらない方策を見出し、事態拡大の潜在的な含意を考慮することであると述べている。
記事参照:US nuclear arms race with China ‘futile’, think tank warns

10月3日「インドによるAUKUSへの支持とその意味―インド安全保障問題専門家論説」(The Diplomat, October 3, 2022)

 10月3日付のデジタル誌The Diplomatは、インドシンクタンクObserver Research Foundation のCentre for Security, Strategy & Technology 局長Dr. Rajeswari (Raji) Pillai Rajagopalanの“At IAEA, India Supports AUKUS”と題する論説を掲載し、そこでRajagopalanは、AUKUSに関する議論がIAEAで行われたことに言及し、そこでインドがAUKUSを支持したことが意味することについて、要旨以下のように述べている。
(1) AUKUSの、特にオーストラリアへの原子力潜水艦移管に関する計画は、IAEAにおける激しい議論の的になっている。9月26日から30日にかけてウィーンで総会が開かれ、中国とロシアがその合意に反対したが、IAEA自体はその協定が合法であると考えている。
(2) AUKUSの下、オーストラリアは通常兵器搭載型の原子力潜水艦を8隻調達することになっている。それは主にインド太平洋における中国の影響力拡大に対処するためのものである。オーストラリアは、「原子力潜水艦調達計画のために、自国で核物質を濃縮、再加工しないと自発的に誓約した」。英国もまたこの計画において、核物質が流用されないことを強く保証した。
(3) 中国は強く抵抗したが、インドはその協定を支持した。中国は、AUKUSは核不拡散条約(NPT)体制に反する、すなわち「本質的に核拡散に関する行為」なのだと主張した。それに対し英米豪とIAEAは、NPT条約のもとでも、関係各国が包括的保障措置協定やIAEA追加議定書を締結していれば、核推進技術の提供は認められるという立場をとった。
(4) 駐豪中国大使館の報道官は最近、AUKUSの保障措置に関するIAEAの報告を「越権行為」であると主張し、「それは中立でも客観的でもなく、専門性に欠ける」と強く非難した。AUKUSはNPT体制に対する明確な違反であり、IAEAがそれに判断を下すべきではないとの主張である。中国にしてみるとAUKUSは核物質の違法な移管であり、国際社会にとって悪しき前例になる。それは地域の平和と安定に対する脅威でもあるという。すなわちそれはラロトンガ条約(南太平洋非核地帯条約)や、ASEANによる東南アジアの非核地帯構築の試みに対する挑発だというのである。中国外交部の報道官もまた同様の発表をした。米国政府が提出した覚書は、それとは真っ向から対立する意見を示した。
(5) 英米豪がIAEAの支持をとりつけたことに対し、中国は明らかに苛立ちを見せている。AUKUSに対する支持は、伝統的な西側諸国だけではなく、インドなど新たな安全保障上の提携国からももたらされた。特にインドは、IAEAで中国が提案した決議が過半数とならないように積極的に働きかけたと報道されている。最終的に中国は、過半数の支持を得られないと考え、会合の最終日に提案を撤回した。
(6) AUKUSに関して、インドがIAEAで積極的に支持を表明したことは2つの理由から重要である。第1に、インドはAUKUSによるオーストラリア海軍の増強の重要性と利点を理解していることである。第2に、インドは、ロシアとの提携から完全に脱却できないにしても、新たな安全保障上の提携が、インドにとってあらゆる戦略的計算において重要だという事実を示していることである。
記事参照:At IAEA, India Supports AUKUS

10月3日「米中関係悪化は台湾の利益になるか?―米東アジア専門家論説」(Taipei Times, October 3, 2022)

 10月3日付の「台湾時報」の英語版Taipei Times電子版は、米シンクタンクBrookings Institute上席研究者Ryan Hassの“Are worsening US-China relations in Taiwan’s interest?”と題する論説を掲載し、そこでHassは米中関係の悪化が台湾の利益になるという考え方がよく聞かれるが、それは必ずしも妥当とは言えないとして、要旨以下のとおり述べた。
(1) 今年8月、筆者は多くの台湾の指導者と知識人と会う機会に恵まれた。そのときしばしば耳にしたのが、米中関係が悪い状況であることが、台湾に利するという考え方だ。筆者もこうした考えには共感できるが、十分な検討が必要だろう。
(2) 歴史的に見て、過去の米国の政治指導者は台湾の頭越しに中国と交渉をしてきた。Nixon大統領は1972年の訪中で台湾を驚かせ、Carter大統領は正式に中華人民共和国と国交を回復した。Reagan大統領も、台湾の合意なしに台湾への武器売却削減について中国政府と交渉を行った。しかし、これらの事例は台湾が民主化する前のものであった。台湾の民主化以降、米国政府は選挙で選ばれた指導者が台湾の利害を最もよく反映するものだと理解するようになり、政府関係者間の会合も、中国政府とのそれの影に隠れながらではあるが、行われるようになっている。
(3) その時、なぜ米中関係の悪化によって台湾が利益を得ることになるのか考えてみよう。まず、米中関係が悪化すると、台湾の同意なしに台湾に関する何らかの合意が米中間で結ばれる可能性が小さくなると考えられている。Biden大統領はむしろ、Nixon以降のどの大統領よりも台湾支持に関して明確な姿勢を示している。それに対して中国には強硬な姿勢を見せている。また、悪化した米中関係の下では、台湾について米国が妥協する不安も小さくなる。
(4)ただし、中台関係や米台関係は、米中関係の派生物ではない。つまり米中関係が悪化するからといって、必ずそれが米台関係改善を意味するわけではない。天安門事件や冷戦終結前後の米中関係は最悪と言っていいものであったが、それによって米台関係が改善したわけではなかった。米中台のそれぞれの2国間関係は、それぞれの優先順位や関心によって変化するものなのである。
(5) 米中間の緊張が高まり、あらゆる出来事が大国の意思を検証するような状況になれば、台湾の安全保障はさらに流動的になり、それは台湾にとって危険であろう。そして、台湾が米中間の競合の焦点になればなるほど、台湾はその狭間で一貫した決定を行うような圧力に直面する。すでに米国は台湾に対し、対中国ハイテク輸出の制限を求めるに至っている。
(6) 以上のことを考慮すれば、台湾の利益が最もよく守られるのは、米中関係が熱すぎもせず冷た過ぎもしないときであると結論づけられる。米中関係が予測可能なものであれば、米台関係が深化する余地が拡大し、諸外国もまた台湾への関与に危険性を感じなくなる。そうなれば、台湾はその自治と民主的生活様式を維持できる可能性を広げることができるだろう。
記事参照:Are worsening US-China relations in Taiwan’s interest?

10月4日「台湾にとってUNCLOSは有益な武器である―ベトナム国際関係専門家論説」(FULCRUM, October 4, 2022)

 10月4日のシンガポールのシンクタンクThe ISEAS -Yusof Ishak Instituteが発行するウエブサイトFULCRUMは、Ho Chi Minh City University of Social Sciences and Humanities国際関係論講師Huynh Tam Sangの “UNCLOS’s Relevance to Taiwan Amid a Raging Storm”と題する論説を掲載し、そこでHuynhは台湾海峡をめぐる緊張の最中、国連海洋法条約が台湾の主張の正当性を保証する武器になるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 台湾は国際的に主権国家として承認されていないが、それでも海洋の主張に関しては国際法を遵守する姿勢を見せてきた。1982年に国連海洋法条約(UNCLOS)が各国の批准に付されたとき、台湾政府はその条約を遵守すると宣言し、その後1998年には領海および接続水域に関する法律と、排他的経済水域および大陸棚に関する法律を成立させている。そうした法律は基本的にUNCLOSに従ったものである。UNCLOSはいまや、国連加盟国であるかどうかを問わず、各国によって法的拘束力を持つ規範と見なされている。
(2) 2016年の、南シナ海に関する仲裁裁定が出された後、蔡英文政権は「4つの原則と5つの行動」を開始し、UNCLOSなどの海洋法に従って論争の平和的解決を目指す姿勢を明確にした。蔡政権は、馬英九政権とは異なり、海の主権について「歴史的権利」にその根拠を置かなくなっている。台湾がUNCLOSに基づく原則に徐々に移行しているのとは対照的に、中国はそれを独自に解釈しようとしている。2022年に中国外交部は、台湾海峡に対して主権と主権的権利、管轄権を有していると主張したほどである。
(3) 中国政府は繰り返し、米艦船による台湾海峡の「航行の自由」に反対し、そうした活動がUNCLOSによって承認されているという見解も否定してきた。UNCLOS第17条は、それが他国の安全を侵害するものでない限り、あらゆる国の艦船が他国の領海を無害通航することができると規定している。しかし中国は、米国による台湾海峡の通航が地域の現状を偏向し、中国の主権を脅かすものだと主張しているのである。その主張に妥当性はない。
(4) 台湾海峡のような重要な貿易路が常に開かれていることは、概してすべての国にとっての利益である。台湾にとって見れば、中国の台湾海峡に関する主張に世界の注目が集まり、そのでたらめさが明らかになることに利益がある。また台湾は、米国による航行の自由作戦は「地域の平和と安定を促進する」ものとして有益だと考えている。台湾にとって米国の台湾海峡での活動は、中国による台湾侵攻に対する意思表示となる。今年8月、米下院議長Nancy Pelosi訪台後に台湾海峡周辺での中国による軍事演習が強まるなか、UNCLOSは、中国の主張を退けるために有効な力であり続けるだろう。
記事参照:UNCLOS’s Relevance to Taiwan Amid a Raging Storm

10月5日「AUKUSが感化するフィリピンの潜水艦取得―フィリピン専門家論説」(The Interpreter, October 5, 2022)

 10月5日付のオーストラリアシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、フィリピンのシンクタンクInternational Development and Security Cooperationの創設者で会長のChester Cabalzaと同シンクタンク常勤研究員Joshua Bernardの“Philippines’ subs: the AUKUS inspiration”と題する論説を掲載し、両名はフィリピンが東南アジアでAUKUSの下でオーストラリアが原子力潜水艦を取得することを唯一支持しているが、これはフィリピンが海軍近代化計画の一環として通常型潜水艦取得を目指していることにかかわっているとした上で、現在、フランスと韓国が契約先として絞られているようであるが、いずれを選択するにせよフィリピンは潜水艦が何に使われ、フィリピンが望む地域秩序を明確に示すためにどのように役立つかを検討しなければならないとして、要旨以下のように述べている。
(1) フィリピンは、「AUKUS」協定の下で原子力潜水艦を入手するというオーストラリアの願望への支持を表明した東南アジアで唯一の国である。しかし、オーストラリアのAUKUSへの関心は、近代化の取り組みの一環として独自の通常型潜水艦を取得するというフィリピン海軍の夢とかかわっている。 フィリピン海軍は、今後10年間で2隻、そしてその後数年でさらに4隻を取得しようとしている。公開情報によれば、フィリピンの潜水艦取得の選択肢は2つに絞られている。1つはフランスのNaval Group社のスコルペヌ級潜水艦であり、今1つは韓国 Daewoo Shipbuilding & Marine Engineering Co(大宇造船海洋)のJang-Bogo(張保皐)級潜水艦の改良型である。両社からの提案は、乗組員の訓練、基地と技術を利用に可能するための支援を含む一括契約である。
(2) このフィリピンの潜水艦技術への関心は、米中間の地域的における対立が高まっている最中に起こっている。最近選出されたフィリピン大統領Ferdinand Marcos Jr.は、微妙な均衡を取る必要に直面している。現在、Marcos Jr.大統領の下で、多国間主義が好まれているように見え、フィリピンはAUKUSをこの地域の海洋安全保障上の利益を守るための投資の一形態を見ている。ISEAS-Yusof Ishak Instituteの「State of Southeast Asia 2022」と題する報告書によると、調査対象となったフィリピン人の3分の2が、AUKUSが「中国の増大する軍事力に対して、均衡を取るために役立つ」と考えている。対照的に、他の東南アジア諸国の平均はわずか36.4%である。
(3) Marcos Jr.大統領がフィリピン国軍近代化計画の継続に深く関与する中、フランスはインド太平洋への関与を拡大し、フィリピン軍の質の向上への支援を提供している。フィリピンとフランスの外交関係樹立75周年を記念して、マニラのフランス大使館は9月に海軍フォーラムを後援し、インド太平洋の海洋安全保障の新たな潮流の中で両国の防衛パートナーシップを強化した。その中にはフランスがフィリピンに潜水艦を売却することも含まれていたかもしれない。そして9月後半、Marcos Jr.大統領がニューヨークの国連総会に出発する数日前、フランスのEmmanuel Macron 大統領は、Marcos Jr.大統領に電話でインド太平洋へのフランスの関与を繰り返した。
(4) フィリピン政府がフランスの潜水艦を選べば、それはフランスのインド太平洋戦略の疑いのない発展を意味し、開かれた、法に基づく地域秩序の中で提携国を支援するための信頼できる防衛態勢をさらに支持するだろう。また、AUKUSからの排除に対するフランスの失望にもかかわらず、外交的および軍事的同盟は決して恒久的なものではなく、利益にすぎないことを強調するだろう。
(5) フィリピンが代わりに韓国から購入すれば、フィリピン政府が韓国の防衛産業複合体と親密であることを示す可能性があり、韓国の防衛産業複合体は現在、世界の舞台でトップの防衛輸出国として浮上している。韓国からの潜水艦購入は、フィリピンが安全保障上の計算をする上で、フランスが影響を与えることができないことを示しているかもしれない。駐韓フィリピン大使Maria Theresa Dizon-Vegaは、韓国の防衛製品を際立たせるものとして顧客への対応、乗組員のための訓練とともに、高度な技術と引き渡しまでの効率性を挙げている。
(6) フィリピンが最終的にどのような選択をしようとも、オーストラリア、英国、米国、そして潜在的にフランスは、中国がもたらす体系的な脅威に対する相互運用性のためにより一層の意見の一致を見いだすかもしれない。Marcos Jr.大統領率いるフィリピン政府は、潜水艦が何に使われ、フィリピンが望む地域秩序を明確に示すためにどのように役立つかを検討しなければならない。目標は、地域秩序について同様の展望を共有する人々の戦略的利益を一致させることであるべきである。断片化したままにすれば、中国は自国の利益のためにその違いを利用するかもしれない。
記事参照:Philippines’ subs: the AUKUS inspiration

10月5日「台湾海峡を巡る米中軍事衝突、フィリピンは中立を維持できるか―フィリピン専門家論説」(Think China, October 5, 2022)

 10月5日付のシンガポールの中国問題英字オンライン誌Think Chinaは、フィリピンDe La Salle University教授Renato Cruz De Castroの “Can the Philippines stay neutral in a Taiwan Strait military confrontation between the US and China?”と題する論説を掲載し、Renato Cruz De Castroは台湾海峡を巡る米中軍事衝突において、米国の条約同盟国であるフィリピンが中立を維持できるかと問い、要旨以下のように述べている。
(1) 2022年8月上旬のPelosi米下院議長の訪台に続く「第4次台湾海峡危機」の最中、Blinken米国務長官はマニラでMarcos Jr新大統領と会談した。Blinken長官は、1951年米比相互防衛条約(MDT)に対する米国の誓約を再確認した。これに対してMarcos Jr大統領は、「米比両国間の特別な関係と我々が共有する歴史を基礎に、両国は極めて密接に結びついている」と述べている。Pelosi議長の訪台について、「率直に言うと、私はそれが(台湾海峡危機を)激化させたとは思わない。ただ激しさを実証しただけだ」と述べ、大統領は緊張関係が常にそこにあったことをこの言葉で示唆することで、Pelosi訪台が危機の主たる要因であるとする中国の説明を否定した。Duterte前大統領とは対照的に、Marcos Jr大統領は、中国との緊密な経済関係を支持しながらも、均衡の取れた安定した米比安全保障、外交関係を望んでいる。米中間の均衡の取れた関係を追求する大統領の努力は、台湾海峡を巡って米中間の緊張が高まっている中で行われなければならないであろう。
(2) Duterte前大統領はその任期の最後の2年間、南シナ海の支配を強化しようとする中国の絶え間ない動きを前にして、米比同盟を復活させる必要性を認識した。即ち、Duterte大統領は2021年7月30日に、1999年の米比訪問米軍地位協定(VFA)終了手続きに関する書簡を撤回し、最終的に米比両国は2014年の米比防衛協力強化協定(EDCA)に基づいて、当時のアキノ政権が2016年に約束した5ヵ所のフィリピン空軍基地内における米軍施設の建設計画の再開に同意した。また、U.S. Department of DefenseとフィリピンDepartment of National Defenseは、調整センターの設立、合同作戦指揮統制体制の整備、そして米比両軍がより効果的に合同作戦を遂行するための海洋枠組みの策定を通じて、米比両国軍の相互運用性を促進することに合意した。更に、両国は2021年11月16日に、「21世紀の米比パートナーシップのための共同ビジョン」という形で、新しい2国間防衛指針を策定した。
(3) 2022年2月24日のロシアのウクライナ侵略は、中国が台湾海峡と南シナ海・東シナ海において追随しようとする誘因になるのではないかという、多くの東南アジア諸国が抱く恐怖を呼び起こした。フィリピンを含む一部の東南アジア諸国は、米国主導の法に基づく国際秩序に挑戦するという中ロ両国の思惑が一致すること、そして中国政府が係争領域を獲得し、併合するために、グレーゾーン戦術の活用、ハイブリッド戦闘の遂行そして武力行使の実施に関するロシアの手法を真似るかもしれない可能性を考えれば、ロシアのウクライナ侵略が東南アジアにとって格別の意味を持つことに気付いた。駐米フィリピン大使は3月10日、もしロシアの対ウクライナ戦争が悪化し、米国を戦争に巻き込んだ場合、Duterte大統領(当時)は比国内の軍事施設を米軍に開放する用意がある、と言明した。同大使は特に、フィリピンは緊急時には米軍がスービック湾の旧海軍基地とその近くのクラーク空軍基地に戻ることを許可すると大統領が示唆したことも明らかにした。
(4) しかしながら、このことは、ウクライナ戦争が東アジアにも拡大するかもしれないという懸念を提起することになった。ヨーロッパでの戦争が東アジアにどのような影響を与えるかは、正確には不明である。とは言え、明白なのは台湾海峡で紛争が勃発した場合、フィリピンは、難民の流入、海外で働く労働者の突然の大量帰国、さらにはフィリピン領海のみならず、ルソン島北部、特に台湾東海岸での軍事作戦の実施にとって重要な通路となるルソン海峡の一部を構成するバシー海峡が紛争拡大によっても影響を受ける可能性が高いことを米比両国が認識していることである。米比両国は3月31日、中国からの脅威の高まりに加えて、米比両国のロシアの安全保障上の提携国中国に対する警戒感から、これまでにない大規模な合同軍事演習を実施した。この軍事演習には、両国の危機対処計画と危機対応能力の強化を狙いとした、揚陸作戦、空爆及び艦船の機動などの通常戦争戦闘シナリオが含まれていた。
(5) 第4次台湾海峡危機による緊張激化の最中、フィリピンのCarlos国家安全保障顧問は、台湾海峡における米中武力対峙の可能性が高まれば、フィリピンは中立を保つべきである、と主張した。このような立場は、台湾をめぐる実際の米中武力衝突が生起すれば、以下の2つの理由から維持できないかもしれない。
a. 第1に、武力紛争中の中立維持は、それが武装中立である場合にのみ有効であり得る。残念ながら、フィリピン国軍には交戦国のいずれかがフィリピンの中立を侵した場合、自国の広大な海洋領域に対する信頼できる防衛力を発動するための近代的な海軍艦艇と先進的な戦闘機が不足している。
b. 第2に、まず信頼できる軍事能力の欠如を考えれば、フィリピンは、特に米国との長年の相互防衛条約を通じて米国の安全保障の傘の信頼性に依存する以外に、選択肢が限られている。その上、フィリピンが台湾に近接していることを考えれば、中国による台湾への大規模な武力攻撃に対して軍事的に対応するとすれば、米国はフィリピンへのアクセスに頼らざるを得ないであろう。
結局のところ、フィリピンは、Blinken米国務長官との会談でMarcos Jr大統領が表明した、不安定な状況は「正に米比関係の重要性を強調している」との戦略的慎重さから行動することになろう。
記事参照:Can the Philippines stay neutral in a Taiwan Strait military confrontation between the US and China?

10月6日「ウクライナ戦争から中国が得た教訓はグレーゾーンでの紛争―ベトナム、英国専門家論説」(The Diplomat, October 6, 2022)

 10月6日付のデジタル誌The Diplomatは、ベトナムFulbright University社会学部助教授兼慶應義塾大学サイバー文明研究センターの研究員Tobias Burgersと英University of South Wales国際警察・安全保障センター客員研究員兼Taiwan Center for Security Studies非常勤の専門家Scott N. Romaniukの” China’s Real Takeaway From the War in Ukraine: Grey Zone Conflict Is Best”と題する論説を掲載し、ここで両名はロシアのウクライナ侵攻から中国が得た教訓は、グレーゾーン戦術から通常の軍事作戦に事態を拡大しようとすると、長期的な成功の確率が下がることであるが、中国はそれを追求する可能性が高いとして、要旨以下のように述べている。
(1) ロシアのウクライナ侵攻が、台湾海峡での紛争にどのように影響するかは、多くの議論と考察がなされてきた。しかし、多くは、台湾本島への本格的な軍事侵攻を想定したもので、軍事作戦の計画と実行に教訓が集中している。台湾海峡で起こりうる紛争を比較検討するためには、軍事作戦から得られる教訓にのみ焦点を当てるのではなく、さまざまな種類の紛争を考慮すべきである。
(2) その重要な教訓の1つは、通常戦争による高い対価に対して、グレーゾーンでの作戦や戦略が経済的、軍事的、政治的に有効ということである。Putinは、2014年にグレーゾーンでうまく行動して、陰でロシア軍を巧みに起用し、クリミアの政治的支配を得ることに成功した。グレーゾーンにおけるこれらの活動に対して、西側は冷静であり、対抗する軍事行動を起こそうという動きはほぼ無く、適度な経済的圧力、限定的な政治・外交的圧力及びウクライナへの軍事支援が主であった。ロシアがG8から追い出された後も、各国の指導者たちはロシアやその当局と接触を図り続け、2014年のクリミア併合から数年間、複数の米国大統領やEU首脳がPutinや他の著名なロシア当局者と会談している。また、EUとロシアの経済関係は安定的かつ友好的に推移し、経済制裁について踏み込んだ議論はなかった。
(3) それが一変したのは、ロシアが2022年2月にウクライナに対して本格的な通常戦争に事態を拡大してからのことである。グレーゾーンでの作戦によって行われた政治的・制約的な軍事戦闘を本格的な戦争にすることで、政治的・経済的目的が損なわれることが、このロシアの軍事侵攻から明らかとなり、それは3つの重要な教訓によって裏付けられている。
a. 従来の軍事作戦は失敗する率が高く、軍事的事態拡大は望ましい結果を生まない。
b. 軍事侵攻が政治・経済活動に影響を及ぼし、特に民間人を明確に対象としたことで、さらに複雑になることを実証した。
c. この軍事侵攻は、戦略的失敗の兆候を示し、政治的に成功する可能性はほとんどない。
(4) 上記教訓の第1として、ウクライナでロシアが占領している地域の紛争状態、ロシアの政治支配に対する広範な支持の不在は、ロシアが主にウクライナ南部と東部で軍事的成功を収めてきたにもかかわらず、作戦的にも戦略的にも勝利に程遠いことを意味している。逆に、ロシア軍は激化する反抗に積極的に巻き込まれ、この地域での政治的権力も限定的で、争いが続いている。第2に非軍事的な観点から、経済的、政治的、社会的な要因を考察すると、グレーゾーン以外での紛争拡大は成功しないことが明らかになった。軍事作戦、特に長期間にわたる作戦は多大な資源を必要とするため、社会、経済、政治の各分野で平和経済から脱却する必要性を示し、大きな混乱と政治・経済の不安定化を招きかねない。第3に外交的・政治的観点から、Putinが危機と紛争を拡大させたことは判断の誤りであり、欧米は多大な政治・経済・軍事的支援を行った。多くの西側諸国は、エネルギー価格とインフレ拡大にもかかわらず、ウクライナへの支援を継続する意志を相当程度示している。一方、ロシア経済は深刻な影響を受け、崩壊しつつあるように見え、政治的に孤立している。
(5) ロシアの拡大した行動とその失敗から、中国が得られる教訓を考察する。
a. 台湾海峡における中国の行動、あるいは地政学的・安全保障的紛争の多くから、中国がグレーゾーンでのサラミスライス戦術を堅持していることがわかる。台湾の防空識別圏への侵入の増加、金門島での無人システムの使用、台湾海峡の中央線の当初は空から、現在は空と海軍の両方からの横断、台湾の国際外交承認と政治参加を制限する行動、経済圧力手段の増加など、中国は広範囲にわたってこうした戦術を採ってきた。
b. 中国は現在の路線を継続する可能性が高い。南シナ海で中国が長期的なグレーゾーン戦術から通常の軍事的作戦への明確な転換を行ったのは、まずグレーゾーンの手法で同地域に対する事実上の軍事的・政治的権威を確立した後であった。
c. 台湾海峡紛争では、そのような転換は起きないように思われる。その理由は、第1に、台湾海峡の軍事的均衡は南シナ海のそれとは異なっている。中国は軍事的な優位性を獲得しているが、支配と覇権はまだ達成されていない。現在のシナリオと台湾の対応を見て、中国がグレーゾーンでのサラミスライスにより軍事的支配を確立できるかは不明である。第2に、南シナ海では中国の構想や手法に他国が消極的な反応を示すことが多いが、台湾海峡では、台湾、米国、そして日本までもが、中国のグレーゾーンの行動に対して、その報復を実行に移している。
(6) 中国のサラミスライス戦術の論理は、圧力の蓄積が不可避であることを示唆している。現状維持だけでは不十分であるが、通常戦争とすることは好ましくない。8月上旬のNancy Pelosi米下院議長の台湾訪問に対する中国の反応に、今後の中国の行動の可能性を見ることができる。人民解放軍は、台湾本島周辺の封鎖の可能性を示唆するような一連の海空での活動を開始し、台湾を孤立させ、台湾とその同盟国に中国への封鎖を解くよう圧力をかけようとした。
(7) 台湾本島を含む台湾の島々を徐々に締め上げることは、中国が台湾海峡紛争で数十年にわたって適用してきたグレーゾーン戦術に違和感なく適合することになる。その結果、台湾に対する国際的な協力や承認、財政支援を制限する一方で、島国に対してさらなる政治的・経済的圧力をかけるという、中国政府による次の行動が採られる可能性がある。歴史上、国家は航空封鎖や海上封鎖を効率的に行い、他国家に圧力をかけ、政治的要求を飲ませることがあった。しかし、このような封鎖の効果を測定することは困難なので、これを成功させるためには、中国はいくつかの条件を見極める必要がある。
(8) 中国は、周囲の航空および海上の環境に対する統制を確立し、維持するという問題に対処しなければならない。このことは、中国軍が台湾に対する全包囲の海空の封鎖を確立するのに十分な力を持つかどうかという問題を提起する。封鎖を破ろうとする台湾軍等に対抗する十分な戦力、及び米国や日本、韓国、場合によっては欧州軍などによる阻止行動の可能性も想定しておかなければならない。中国は反封鎖に対しては脆弱である。制裁、貿易障壁、陸上・海上封鎖は、直ちに発生しないまでも中国経済に影響を与える可能性がある。中国が封鎖を効果的に維持するために必要な資源を考慮すると、正面からの封鎖の可能性は低い。さらに、中国と台湾の間だけでなく、米国や日本など第3国との間でも紛争が拡大する危険性が高い。
(9) ロシアのウクライナ侵攻は、グレーゾーン戦術から通常の軍事作戦へ拡大しようとすると、長期的な政治的(軍事的)成功の確率が下がるという重要な教訓を我々に与えた。さらに、紛争の直接的な側面を超えて、事態拡大を求める主体は、経済的、外交的、技術的な圧力に直面する可能性が高く、事態拡大の決定が、狭い紛争と広い紛争の両方にマイナスの影響を与える可能性が高いことを物語っている。これらの教訓と、グレーゾーン戦術を用いた中国の成功の歴史を考えると、中国はさらにそれを追求する可能性が高い。サラミスライス戦術の性質上、常に境界線を押し広げることが必要である。中国は、意図的であろうとなかろうと、過去数十年の成果を事実上覆すような事態拡大を起こさずにグレーゾーン戦術を維持することが困難であると考えるかもしれない。中国が次に取りそうな事態の拡大は、航空・海上封鎖であり、グレーゾーンを超えて、紛争や国家間戦争に発展する現実的なシナリオであるといえる。
記事参照:China’s Real Takeaway From the War in Ukraine: Grey Zone Conflict Is Best.

10月7日「台湾をめぐり緊張が高まるインド太平洋―ベトナム専門家論説」(PacNet, Pacific Forum, CSIS, October 7, 2022)

 10月7日付の米シンクタンクPacific Forum, CSISの週刊デジタル誌PacNetは、Ho Chi Minh City University of Social Sciences and Humanities講師Huynh Tam Sangの“What Indo-Pacific countries should do about Taiwan”と題する論説を掲載し、Huynh Tam Sangは現在の台湾をめぐる国際情勢について、要旨以下のように述べている。
(1) 中国は、8月のNancy Pelosi米下院議長の台湾訪問に報復するため、台湾を包囲する軍事演習を展開し、約26年ぶりに台湾沿岸海域へのミサイル発射を実施した。中国の最近の軍事演習は、予定通り終了した後も「対潜水艦及び海上強襲作戦」に重点を置いており、本格的な侵攻のための予行演習である可能性が最も高い。今回は、1996年のような過去の危機とは異なり、中国政府と米政府が和解するための出口、平和的な道があるようには見えない。
(2) 中国の最近の軍事演習は、1996年の台湾海峡危機を思い起こさせる。しかし、米中両国は、この危機を解決することが長期的な利益につながると考えていた。また、力の均衡も米国にかなり有利であり、中国にその意思を押し付ける力はなかった。この危機を解決するために、Clinton政権は米国の「一つの中国」政策を再確認し、中国の江沢民国家主席は、武力行使の可能性は排除しないが、徐々に平和的に統一していくことを強調した。
(3) 今回の危機は、米国に取って代わって地域及び国際秩序の主導権を握ろうとする中国政府からの脅威が強まったため、国際的に注目されるようになった。台湾海峡を挟んだ力の均衡はますます中国に傾いている。さらに習近平は、台湾からの公式な独立のいかなる試みも「粉砕」することを誓約している。
(4) 8月のASEAN閣僚級会合でも米中両国は対話せず、1996年の危機の後とは違い、米中間の和解の兆しは見えない。米国務長官Antony Blinkenは、中国の台湾周辺での軍事演習を非難し、中国が「この訪問を戦争、事態の拡大、挑発行為の口実に使うべきではない」と発言した。8月6日、中国の王毅外交部部長は、「台湾独立」勢力に警告を送ることが目的だと中国政府の行動を正当化し、米国が「中国を封じ込めるために台湾を利用している」と公然と非難した。王毅の発言の前日、中国は米国との軍事対話、海洋治安、麻薬対策、国際犯罪、不法移民、気候変動に関する2国間協力を停止させた。
(5) 1990年代、中国の人口は台湾の約60倍であったが、中国の国防予算は台北の2倍でしかなかった。現在、中国は台湾の20倍以上の国防費を支出している。米国だけでなく、インド太平洋全体にとって、時計の針は刻々と進んでいる。中国人が台湾を占領すれば、東南アジア全体、特に中国と海洋紛争を抱える国々を委縮させる効果となる。いつか将来の紛争において、中国が東南アジア諸国を侵略するのではなく、自国に有利に海洋紛争を解決するために「比較的制御された紛争を求める」可能性があると推測されている。なぜならば、危機を生み出すことで、地域の小国を畏怖させ、中国の利益に従わせることができるからである。もし中国が台湾を奪い返すために侵略を開始するつもりなら、海洋紛争を力ずくで解決する意図を疑う余地はないだろう。一方、現在進行中の貿易戦争、外交におけるいざこざが米中関係を今後も動かし、インド太平洋諸国に波及効果があるだろう。
記事参照:What Indo-Pacific countries should do about Taiwan

10月7日「米国の新しい北極戦略は地政学的な競争と気候変動に焦点を当てている―環北極メディア協力組織報道」(Arctic Today, October 7, 2022)

 10月7日付の環北極メディア協力組織ARCTIC TODAYのウエブサイトは、“New U.S. Arctic strategy focuses on geopolitical rivalries and climate change”と題する記事を掲載し、最近米国が出した北極戦略はロシアと中国の北極圏への影響力拡大、気候変動対策、基幹施設整備、先住民族との協力を強調しており、それらが重要であることは確かであるが、さらに重要なことはそれらの政策を本当に実施することであり、そのために政府の資金を配分することであるとして、要旨以下のように報じている。
(1) 前回の国家戦略発表(2013年)から10年近くが経った。米国は2022年10月7日に北極圏の新しい国家戦略を発表した。これは急速に変化するこの地域に関するほぼ10年ぶりの戦略である。米国にとって現在はロシアのウクライナへの侵略への対応が最優先事項かもしれないが、今回の戦略文書は、北極圏の安全保障について、気候変動、経済発展、グローバルガバナンスに焦点を当て、特に北極圏の先住民の主導的地位を重視している。高官級の戦略の問題は、その実施、特に割り当てられた資源と資金の配分にあると専門家は述べている。
(2) 一番最近の戦略は2013年に発表されたが、この9年間で北極圏に大きな変化が見られた。地政学的には、ロシアのクリミア併合とウクライナ侵攻、そしてその後のスウェーデンとフィンランドのNATO加盟申請など劇的な変化を遂げた。北極圏への中国の関心と関与に対する懸念も高まっている。Arctic Coast Guard Forumの創設や中央北極海の漁業に関する画期的な協定の発効などグローバルな協力も進展している。ロシアを除くカナダ、デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、スウェーデン、米国の7ヵ国のArctic Council加盟国は、ウクライナ侵攻のため一時的に作業を停止したが、その後、ロシアなしでいくつかの協力を再開した。そして、大規模な嵐、津波、山火事、永久凍土の融解などの危機がこの地域を席巻するにつれて、気候変動はこれまで以上に差し迫った懸念事項になっている。Wilson Center’s Polar Institute所長で米国防長官室の元北極及び気候戦略補佐官であり、前の戦略の草案作成にも取り組んだことのあるRebecca Pincusは「我々はみな明らかに2013年の北極圏の気候変動を懸念していたが、近年見られた気候に関連する災害のいくつかにより、この問題の緊急性はさらに上がった。ロシア、中国、気候をめぐる問題の緊急性の段階はすべて過去10年間で劇的に高まっているため、この戦略が2013年の戦略にはない方法でそれらの問題を中心に置く、もしくはそれに重要性を与えることは理にかなっている」と述べている。
(3) Fridtjof Nansen InstituteとHigh North Centerの上席研究員のAndreas Østhagenは、今回の北極圏政策は「外交政策と国内の優先事項を継ぎ接ぎにしているため、得体の知れない動物に少し似ている」と述べている。これは外交政策文書というだけでもなく、国内だけに焦点を当てているものでもない。そのことは「両方の少しずつ」の効果を発揮することを可能にする。しかし、それはまた、米国がこの戦略を発表した後に、米国がとる特定のステップが常に明確であるとは限らないことを意味するかもしれないとØsthagenは述べた。University of Alaska FairbanksのCenter for Arctic Security and Resilience所長であるTroy Bouffardは、この文書の幅広い解釈ができて広範なテーマを扱っているという性質により、今後10年間はいろいろな問題に適応できることを意味しており、「この新しい北極戦略は、基本的に将来起こりうるあらゆることに主に前向きな方法で適応できる機会である」と述べている。
(4) この新しい10ヵ年戦略は、北極圏への独自の取り組みについて米国の機関に指針を提供するものである。近年、米国のいくつかの軍種が北極戦略を発表、または更新したが、国の優先事項に照らして、戦略またはその実施計画を再度更新する必要があるかもしれない。特に、U.S. Department of Defenseは北極圏の戦略を更新する必要があるであろう。U.S. Department of Defenseの現在の指針は2019年に発表されたもので、最近の地政学的変化の前に出たもので、気候変動や先住民の主導的立場にほとんど言及していない。「U.S. Department of Defenseは新しい戦略を作るのか?それとも実施計画のようなものを作るのか?」とPincusに質問したところ彼女は「わからない。しかしそれを見るのは興味深い」と答えている。
(5) Ted Stevens Centerと Arctic Strategy and Global Resilience Officeの最近の設立はU.S. Department of Defenseが北極圏に以前よりも注意を払っていることをはっきりと示している。Østhagenは、米国政府はこのように投資によって政府の優先事項を示すことができ、「政策文書(戦略や政策、またはそう呼ばれるかもしれないもの)と実際の優先順位、すなわち支出、懸念、問題、対立との間には違いがある」と述べた。資金の調達は優先事項の最も確実な兆候の1つである。Østhagenは「すべては資金である。政治は常に資金すべてである。ビジネス開発や人々を北極圏に留まらせたいと言うこともできるが、実際には資金なしに何もできない。重要な変化は、北極圏で新たな取り組みを採用することである。優先事項に関する政府高官のことばではない。これは本当に変化なのか、それとも2022年に合わせて政策を更新しただけで、実際にはお金はあまり動かないのか、それはいつも私が答えを探している問題である」と言っている。
(6) Østhagenは「北極圏特有の所要に対応することと、単に北極圏で働くことには違いがある。米国政府は道路を建設したり、新しい学校を開いたりするかもしれないが、それは政府が市民のために行っていることの一部にすぎない。では、なぜ北極圏が特別なのか?なぜ、特に北極圏のために余分な資金を確保しておくのかをよく考えるべきである」と述べている。米国はNorth American Aerospace Defense Command(北米航空宇宙防衛司令部:NORAD)を近代化し、環境観測、通信、測量、気象及び海氷の予測を改善する戦略に関与している。米国は砕氷船隊を増強して「北極圏での永続的な配備と必要に応じてヨーロッパ北極圏での追加の配備」を確保することを目的としている。米国はまた、アラスカ先住民社会及び農村との大容量インターネット接続及び5G通信を含む北極圏の通信基幹施設を拡張し、より小さな港、飛行場、その他の基幹施設建設計画とともに、ノーム(アラスカ州の西中央部の港湾都市:訳者注)に喫水の深い港を建設することを計画している。
(7) Pincusによると、気候変動は北極圏の人々と環境を保護し、基幹施設を維持・構築し、北極圏の産業を発展させる上で考慮すべき重要な事項である。Pincusは「気候変動はもはや独立した問題ではない。それはすべての問題に関係があり、我々の国益が展開する際の背景である」と述べている。気候変動の影響への準備と対応には、化石燃料から再生可能エネルギーへの移行に焦点を当てた北極からの排出量の削減が含まれる。Pincusは「2013年にエネルギーに関して考えたとき、主要なテーマは石油と天然ガスであった。しかし、新しい戦略文書では本当に重要な北極圏の他の資源についての考え方が広がっていることがわかる」と述べている。
(8) 新しい戦略文書は、「北極圏が鉱物資源、新しく拡大された漁業、観光からの潜在的な経済発展にさらに門戸を開くにつれて、経済発展は持続可能な方法で管理され、先住民の文化、知識、健康及び最低限必要な生活の糧を保護する必要がある」と述べている。2013年の戦略は、アラスカ先住民社会と協議し、調整することを約束したが、今回の戦略は先住民との共同管理(co-management)を追加したことでさらに一歩進んでいる。新しい戦略文書は「アラスカ先住民社会が彼らに影響を与える決定を行うときの提携者であることを保証するためと、アラスカ先住民の経験と知識がこの戦略の成功に不可欠であることを認識しているため」と述べている。Pincusは「先住民社会とアラスカ先住民との提携に関するはるかに洗練されたことば」は重要であり、知識の共同管理と共同生産(co-production)を優先することは「かなり重要な進化」であり、「北極圏の人々との有意義な提携の必要性に対する認識の高まりを反映した注目すべき変化」であると述べた。
(9) 米国は、国境を越えた国々との関係にも目を向けるだろう。スウェーデンとフィンランドのNATO加盟が完了すると、ロシアを除くすべての北極圏諸国がNATOに加盟する。新しい戦略文書によると、米国は「ロシアとの地政学的緊張に起因するものを含め、さらなる軍事化または意図しない紛争の危険性を管理する」ことを目指しており北極圏外の緊張に加えて、過去10年間のロシアの軍事力の増大を強調している。ロシアのウクライナ侵攻により、ロシア政府との協力は「事実上不可能」になったと戦略文書は述べているが、今後10年間である程度協力を再開したいという希望も表明している。中国は、経済、外交、科学、軍事、ガバナンスの面において北極圏の行為者になることを目指していると戦略文書は指摘している。中国は、過去9年間で砕氷船を艦隊に追加し、探査船と科学船を北極圏に派遣した。北極評議会は、その新たな制限にもかかわらず、この地域の変化の中で依然として重要である。Bouffardは「北極評議会は、物事がとても断片化され、分裂しているために、本当に不確実な状態にあるが、新しい戦略文書のなかで私が見ている文言によれば、米国は北極評議会の活動に何らかの形で継続する機会と選択肢を将来的に与えているようである」と述べ、また「我々が北極圏の7ヵ国(the Arctic-7)のなかで全員が友人であり、同盟国であると言うのは重要である」とロシアを除く北極圏諸国に言及して言った。Bouffardは「しかし、もっと重要なことは、我々が共同訓練を通じて、相互協力を通じて、沿岸警備隊と沿岸警備隊のような機関の継続的な努力を通じて同盟関係を実証し、市民安全保障と科学協力に取り組むことである。また、評議会の常任のメンバーである6つの先住民グループを含む北極圏の先住民の主導的地位を評議会で優先しつつ、現在、特に危険にさらされている地域の問題に対し、批判的な発言と関与を行っていくことも重要である」と述べている。
(10) 米国の新しい北極戦略は、他の北極圏諸国の北極戦略に同じような影響を与えるであろう。同じよう影響とは、Pincusが「北極圏諸国の間の調和」と表現したものであり、Østhagenが「代表的な北極圏政策での一致」と呼んだものである。しかし、共通の優先事項は、この地域におけるより多くの協力関係の基礎を築くことであるとPincusもØsthagenも述べている。次の課題は、北極圏において新しい構想を実施することと、そのための資金を提供することである。Pincusは「私は、新しい戦略文書が出た今から正念場が始まると考えている。新しい戦略文書は、戦略の指針に過ぎない。実際の突撃命令が必要ではないだろうか」と述べている。
記事参照:New U.S. Arctic strategy focuses on geopolitical rivalries and climate change

10月9日「台湾問題は同盟国のアジアでの閉塞感を煽っている―オーストラリア専門家論説」(East Asia Forum, October 9, 2022)

 10月9日付のAustralian National UniversityのCrawford School of Public Policy のデジタル出版物East Asia Forumは、同大学Strategic and Defence Studies Centre上席講師Iain Henryの” Taiwan stirs allies’ fear of entrapment in Asia”と題する論説を掲載し、そこでHenryは米国の同盟国は、中国が台湾を侵略し、征服することを望んでいないが、米国の無謀さや無策が緊張を高めることも望んでいないことを、正確に米国に理解されるように努力する必要があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 米Trump就任期間中、アジアにおける複数の米国の同盟国が見捨てられる危険性、すなわち米政府が同盟の約束を履行しない可能性を懸念したのは当然のことであった。しかし、同盟国は米国の行動が同盟国にとって避けたい緊張を高め、あるいは紛争を引き起こすかもしれないと恐れることもある。これは、朝鮮半島、台湾海峡、インドシナ半島での危機が世界戦争の危険性を高めた冷戦期にはよく見られた。米政府の政策立案者は、このような危機が国家の評価を問うものであることを懸念している。
(2) 1954年、米国はインドシナ半島での共産主義者を抑えるための介入を断念した。その後の交渉による解決はワシントンの評判を傷つける敗北であると、何人かの米国高官は認識していた。当時のJohn Foster Dulles米国務長官は、この地域におけるこれ以上の威信を失わないために、米国は一定期間、好戦的な立場を採るべきと考えた。その後、第1次台湾海峡危機が勃発すると、強さを誇示したい思いと、同盟国への忠誠心を示す思いが交錯した。それは中国共産党が、当時国民党軍が占領していたいくつかの小さな島々に侵攻する可能性があったからである。この島々は軍事的に重要ではなかったが、Dullesは、逃げ出すことは風評被害を招き、アジアにおける米国の同盟関係を危うくすると考えた。
(3) しかし、現実は違っていた。アジアにおける米国の同盟国の多くは、激化させずに交渉することが最も賢明と考えていた。台湾は戦争の危険性に見合うものではないと考えていたのだ。このような同盟国の見解は、在外公館から米政府に正確に報告されていたが、それが浸透するまでに数カ月を要した。この誤った考え方が、危機を悪化させ、長引かせた。中国が先手を打ったが、米国の評判が危ういという思い込みは、危機を拡大させ、場合によっては全面戦争に発展する危険性をはらんでいた。結局、緊張は収まったが、米国の同盟国は、陥穽への危険性をいかに回避するかという貴重な教訓を得た。
(4) 評判に関する信念は重要である。国際的な評判に関する従来の考え方は、米国が中国政府と対決する意思があることを示すことであった。8月に行われたNancy Pelosi米下院議長の台湾訪問は、中止すれば米国の信頼が損なわれるとの指摘もあった。中国の力と自己主張を懸念する米国の同盟国は、米政府が中国政府と対決する意思を示すいかなる兆候も歓迎するはずであった。しかし、近隣諸国の大半はこの訪問を、台湾の安全保障や地域の安定に何の役にも立たない不必要な行動と受け止めた。日本のある専門家は「戦略的な価値はない」と評し、オーストラリアのある論者は「不必要な危機」と非難した。
(5) 米国の同盟国は、中国が台湾を侵略し、征服することを望んでいないが、米国の無謀さや無策が緊張を高めることも望んでいない。回避可能な安全保障上の危機を招くような結果になれば、この地域の誰も米国の強さの誇示を賞賛しない。同盟国の指導者たちは、米国の権力の中枢で自分たちの懸念が正確に理解されるように、慎重に考え、懸命に努力する必要がある。
記事参照:Taiwan stirs allies’ fear of entrapment in Asia.

10月10日「アジア太平洋を覆う影―中国専門家論説」(China Daily, October 10, 2022)

 10月10日付の中国のウエブサイトChina Dailyは、中国現代国際関係研究院世界政治研究所副所長 孫茹の「Shadow over Asia-Pacific」と題する論説を掲載し、この中で孫茹は、中国は自らの平和と安全を守るため軍事力を強化する必要があるが、アジア太平洋諸国との友好関係を築きつつ、米国等との不用意な摩擦を回避する危機管理システムを整備し、核心的利益を守ることが重要であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) NATO諸国による狡猾なアジア太平洋地域への進出がこの地域の安全保障を不安定化させている。9月7日、NATOのアジア太平洋地域における提携国である日本、オーストラリア、ニュージーランド、韓国の4ヵ国の代表は、6月のNATO首脳会議期間中の4ヵ国首脳会談の続く会談として2022年ソウル防衛対話の枠組みで会議を開いた。この会合は、NATOがアジア太平洋地域への関与を拡大しつつあることを示し、この地域の安全保障に深刻な影響を与えている。2022年2月のロシア・ウクライナ紛争の開始以来、NATOは中国の姿勢に敵意を表明してきた。そのNATOがアジア太平洋地域に軸足を移すことは、アジア太平洋における緊張と対立の高まりを予感させる。
(2) 第1に、NATOのアジア太平洋地域への旋回は、中米間の競争を激化させる。米国は、自国の相対的な衰退と戦略的不安から、同盟国を利用して中国の影響力を弱め、米国に有利な勢力の釣り合いに再転換しようとしている。米国はすでに、日本、オーストラリア、インドとのQUADを本格的な安全保障機構に格上げしている。4ヵ国間のQUADの目的は、中国を排除することである。このQUAD以外にも、米国は同盟国をだまして中国を抑えるよう働きかけている。Biden政権は、米国、英国、オーストラリアの3ヵ国によるAUKUSを設立した。世界最大の軍事組織であるNATOが中米の対立に関与することで、米国が始めた軍拡・宇宙開発の競争が拡大し、サイバーや海洋領域、重要技術・産業分野、重要基幹施設、戦略物資・サプライチェーンなどで競争が激化する可能性がある。
(3) 第2に、NATOのアジア太平洋地域への軸足転換は、中国と米国の対立を陣営同士の対立に陥れる可能性がある。米国主導のNATOは、中国がロシアとの軍事協力を強化し、ロシア・ウクライナ紛争でロシアと手を組み、「ルールに基づく国際秩序」を損なおうとしていると非難している。脱植民地化後にアジア太平洋地域からほぼ撤退したNATOの欧州主要加盟国であるイギリス、フランス、ドイツ、オランダは、「インド太平洋」への関心を新たにし、自国の軍艦を西太平洋に派遣して、アメリカ、日本、オーストラリアとの軍事演習に参加している。米国のヨーロッパにおける同盟国がこの地域に海軍を配備することは、中国とヨーロッパの関係を悪化させる。また、中国と貿易や投資で協力的な関係にあるにもかかわらず、欧州諸国は米国に追随して香港や新疆の問題に干渉し、中国による人権侵害を捏造し、誇張している。NATOのアジア太平洋地域への軸足の転換は、サイバー攻撃の抑止やサプライチェーンの多様化など様々な分野での協力を追求するという点で、米国とアジアの同盟国、特に日本との協力関係を強化することにもなる。日本の中国との関係を考えると、こうした協力は中国にとって不利になる。
(4) 第3に、NATOのアジア太平洋地域への軸足の転換は、安全保障にとどまらない可能性がある。米国が中国に対抗して行っていることは、この地域の経済協力を鈍化させ、地域協力を台無しにしている。NATOのアジア太平洋地域への軸足の転換は、米国主導の「繁栄のためのインド太平洋経済枠組み(Indo-Pacific Economic Framework for Prosperity、IPEF)」に見られるように、(インド太平洋地域を)中国からの切り離しを加速させる可能性がある。軍事的対立やイデオロギー対立に加え、NATOによる破壊的な動きが、この地域の経済的相互依存を損なわせ、地域協力を排他的な欧米経済への協力に引き戻そうとしていると思われる。
(5) 第4に、NATO の軸足の転換は、台湾問題、南シナ海の領土問題、朝鮮半島の問題から生じる緊張に拍車をかける。NATOは朝鮮半島の非核化について韓国側に協力しているが、サイバー空間やその他の安全保障領域における協力は状況を複雑にする。米国とNATO加盟国は、南シナ海を平和の海から軍艦が支配する大国間の対立の海に変えようとしている。また、NATOが台湾を軍事的に支援することは、台湾海峡をより不安定にし、中国の統一を妨害することになる。一方でNATOが依然としてヨーロッパ・大西洋の安全保障に重点を置いていることは注目すべきであり、NATO 加盟国間には、中国への対応について相違が見られる。
(6) NATOが、中国の体制に問題があると捏造しているため、NATOのアジア太平洋への動きに関して警戒する必要がある。NATOのアジア太平洋地域への軸足の移行の目的は、中国の発展を弱体化させ、NATOによる影響力を行使することにある。中国の台頭に対しNATO諸国は、既得権益と不公正な国際ルールを維持することに躍起になっている。
(7) NATOがもたらす問題について、中国は新たな状況に適応しながら忍耐強くあるべきである。第1に、中国は平和と安全を守るための能力を強化する必要がある。中国は、NATOの軍事力に対抗する刃を研ぎ澄まし、もし自国の利益が脅かされるようなことがあれば、断固とした対応を採るべきである。しかし、中国は軍拡競争の罠にはまらないように注意しなければならない。第2に、中国はあらゆる政策手段を用いて、緊張と対立を緩和するよう努めるべきである。中国と米国は、競争を緩和させる責任を共有している。中国は、近隣の提携国とともに平和と発展を促進するよう努力し、アジア太平洋地域で陣営対立の再現を回避する方法を見出すべきである。中国は、公共財を提供し、地域諸国との協力網を構築し、地域協力の強化に努める必要がある。第3に、中国は危機管理能力を向上させるため、健全な危機管理システムを構築する必要がある。地域の紛争地域の最新動向を評価することにより、必要な措置を講じることができる。中国は米国との連絡経路やメカニズムをより多く設け、不測の事態に至る危険性を回避することにより、核心的利益を守ることができる。
記事参照:Shadow over Asia-Pacific

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

(1)The Fourth Taiwan Strait Crisis: What did the August Exercises Around Taiwan Accomplish?
https://jamestown.org/program/the-fourth-taiwan-strait-crisis-what-did-the-august-exercises-around-taiwan-accomplish/
China Brief, the Jamestown Foundation, October 4, 2022
By Dr. Ying Yu Lin(林穎佑), an Assistant Professor at Graduate Institute of International Affairs and Strategic Studies Tamkang University(國立中正大學戰略與國際事務研究所助理教授) in New Taipei City, Taiwan and a Research Fellow at Association of Strategic Foresight
 10月4日、台湾の国立中正大学戦略与国際事務研究所助理教授である林穎佑は、米シンクタンクThe Jamestown FondationのウエブサイトChina Briefに、“The Fourth Taiwan Strait Crisis: What did the August Exercises Around Taiwan Accomplish?”と題する論説を寄稿した。この中で、①2022年の夏、Pelosi米下院議長(当時)が台北を訪問したことを契機に中国と米国が対立したという見方があるが、実は、Pelosiが台北に到着するや否や、中国軍は台湾近海で実弾演習を行うことを決定したと発表しており、中国は事前に台湾周辺での大規模な軍事訓練を計画していた可能性がある。②中国政府はPelosi訪問を口実に、軍事力の誇示を行ったようであり、10月の党大会に向けて、様々な目的を達成するためには、軍事行動を採ることが最良の方法である。③中国が発表した演習区域から判断すると、その意図は中国軍が台湾を越えて太平洋や台湾東岸海域に戦力を投射できるようになったことを他の当事者に示すことにある。④それらの演習区域のうち、台湾の南側と北東側の海域は、それぞれ台湾との間の船舶交通を遮断する模擬実験以外の目的はなかったと考えられる。⑤もし台湾東岸に中国軍の艦船や飛行機が多数出現すれば、台湾は四方を包囲されることになり、中国軍は台湾を海上封鎖や航空封鎖を行うことが可能になる。⑥中国は軍事演習と並行して、虚偽と真実の情報を大量に流す偽情報作戦を展開するという新しい型の脅威を作り出している。⑦今回の危機は、台湾軍の指針となっている「非対称戦」の概念が、装備要件や新しい能力の開発の試みを決定するのではなく、戦略の方向性を確認する枠組みとして適用することが最善であることを示しているといった主張を述べている。

(2)Are Washington and Beijing on a Collision Course over Taiwan?
https://www.csis.org/analysis/are-washington-and-beijing-collision-course-over-taiwan
CSIS, October 6, 2022
 2022年10月6日、米シンクタンクCSISのJohn J. Hamre会長は、米空軍が発行する空軍専門誌Journal of Indo-Pacific Affairsのウエブサイトに" Are Washington and Beijing on a Collision Course over Taiwan? "と題する論説を寄稿した。その中でHamre会長は、通常、米国の外交政策は、求める結果は明確であるが、それを達成するための方法については極めて柔軟であるものの、台湾の両岸関係に関しては、米国はその通常の傾向を反転させ、方法は対話だと明確であるものの結果が伴っていないと指摘している。その上でHamre会長は、Biden米大統領に対して、米国の戦略的あいまいさに関する政策を変更したとの批判が多いが、これは米国の歴史的姿勢に対する誤解であって、実際には米国は極めて一貫しており、彼は何も変えておらず、もし中国が台湾に対して戦争を始めたら、米国は台湾の味方であり、もし台湾が紛争を起こせば、それは台湾自身の問題であると述べている。そしてHamre会長、米国は、台湾の将来を解決する過程について、決して中立的な立場を採っていないが、過去50年間、米国の政策は、台湾、中国、そして米国にも壊滅的な打撃を与える戦争を回避することに驚くほど成功してきており、米議会が台湾政策の再定義を検討する際には、慎重な検討が必要であると主張している。

(3)Arctic Strategy: Deterrence and Détente
https://www.airuniversity.af.edu/JIPA/Display/Article/3173373/arctic-strategy-deterrence-and-dtente/source/arctic-strategy-deterrence-and-dtente/
Journal of Indo-Pacific Affairs, October 3, 2022
By Maj Gen Rolf Folland, Royal Norwegian Air Force, Chief of the Royal Norwegian Air Force
 2022年10月3日、ノルウェー空軍のトップであるRolf Folland少将は、米空軍が発行する空軍専門誌Journal of Indo-Pacific Affairsのウェブサイトに" Arctic Strategy: Deterrence and Détente "と題する論説を寄稿した。その中でFolland少将は、過去50年間のNATO の対露政治戦略の指針は、1967年のHarmel Reportで定義された、「抑止」と「デタント」に基づく二元的アプローチであるが、このHarmel Reportは現在も有効であるものの、領土を巡る力学は変化していると指摘している。その上でFolland少将は、グローバルな国家間のライバル関係の激化、北極圏の変動、ウクライナ戦争などといった戦略的背景の下で、ノルウェーがどのように北極政策を再調整しなければならないかに関して、ノルウェーは、北極圏戦略を修正主義的で攻撃的なロシアに利用されないよう「抑止」に力を注ぐべきであり、かつ、地域問題に対する積極的な対話と協力を通じて安全保障上のジレンマを軽減し続けるべきであると論じている。