海洋安全保障情報旬報 2022年9月1日-9月10日

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9月1日「U.S. Northern Command、北極への展開拡大―北極専門メディア報道」(Arctic Today, September 1, 2022)

 9月1日付の環北極メディア協力組織ARCTIC TODAYのウエブサイトは、“How US Northern Command is growing its presence in the Arctic”と題する記事を掲載し、NORAD司令官兼U.S. Northern Command司令官がU.S. Northern Commandは北極への展開を拡大すると発言したとして、要旨以下のように報じている。
(1)    本土防衛は、North American Aerospace Defense Command(北米航空宇宙防衛司令部
NORAD)とU.S. Northern Command(米北方軍:以下、USNORTHCOMと言う)の優先順位第1位の任務である。USNORTHCOMは、U.S. Department of Defenseが指定した北極における米軍事力の擁護者である。我々は、北極が米国にとってだけではなく、中国、ロシアのような戦略的対立者にとっても極めて重要であることを理解している。ロシアは北極海航路を開拓しており、中国は資源調査に従事し始めている。害を及ぼす行為者を抑止し、北米の防衛を確実にし、北極をできるだけ安定、安全に維持するために北極地域に対する一貫した関与を示さなければならない。
(2)    中ロは国際的に認知された規範に挑戦しており、中ロが北極に持ち込むことのできる脅
威を及ぼす力は拡大し、米国の指導者が意思決定を行う空間を狭め、信頼性のある抑止を侵食し、戦略的安定を低下させている。
(3)    最近、Putin大統領が公にした海軍ドクトリンでは北極はロシアにとって最優先事項と
されている。ロシアは、北極海航路における航行の自由を蹂躙する意図を宣明すると同時に、北極地域を積極的に軍事化している。ロシアは北極における軍事力の強化と資源及び基幹施設の開発を強化し続けるようである。これらの強化はロシアの航空戦力、沿岸防衛力を増強し、核抑止の信頼性を高め、北米を危険に陥れる能力が増大することになろう。ロシアは地理的に北米に近いことから、北極における米国に利益に対する重大な安全保障上の懸念となっている。ウクライナにおけるロシアの無責任な行動は、全ての北極圏国家がなぜ北極においてロシアの行動と意図について懸念すべきであるかを強調している。
(4)    中国は自らを「近北極国家」と宣言しており、高緯度帯における足場造りに努力中であ
る。中国は過去5年間、北極における科学的、経済的、軍事的活動を一貫して拡大してきており、重要な天然資源の利用を獲得するため、経済的搾取を通じて影響力拡大に向けて動いている。中国は北極における影響力拡大のため、国力のあらゆる手段を駆使し、氷上シルクロードのような構想を拡大している。
(5) 良い知らせとして、米国も北極への関与を強めている。米国防戦略は、対立における我々の優位の維持及び我々の防衛上の優先事項を支援するために「(北極への関与に関する)作戦行動」、あるいは時間経過とともに活動を修正することの重要性の要点を示している。作戦行動の鍵となる部分は展開である。特に、北極において行動するために(北極との)関係及び(北極への)近接を保持することである。U.S. Department of Defenseに示された北極での能力の擁護者として、USNORTHCOMは北極における展開を優先順位第1位に据えている。
(6) USNORTHCOMにおいて、作戦行動には高緯度帯における能力、準備、行動する意思を検証し、誇示するための軍事演習が含まれている。北極環境下で行われる大規模統合多国間演習は、米国の防衛能力を誇示するとともに信頼性のある抑止力を示している。作戦行動はまた、共有する目的を追求するために北極地域の同盟国、提携国、組織、研究機関との緊密な提携を必要としている。我々は同盟国等ともにより強くなり、対立者達は同じような関係からの利益を得ることができていないことを知っている。我々の統合された取り組みは対立者達に大きな抑止効果をもたらしている。
(7) 我々は、Ted Stevens Center for Arctic Security Studiesの開設で重要な協同の里程標を理解した。USNORTHCOMの傘下にあるTed Stevens Center for Arctic Security Studiesは、共通の価値観に基づく国際的な協力が重要な北極を平和で安定した地域として促進することを支援するため国内外の北極に関心のある安全保障の指導者達のネットワークを構築しようとするU.S. Department of Defenseの意との表れである。同センターは、北極問題に対する認識を高め、環境変化の影響に対処し、北極において法に基づいて秩序を維持することの重要性を強調している。同センターは重要な北極における能力と基幹施設への投資に関する戦略的決定を改善するための知見を制度化するだろう。
(8) 変化する北極の環境と北極における対立者の活動の増加は、我々全員に切迫感を引き起こすだろう。悪意のある対立者の活動を効果的に抑止し、法に基づく国際的秩序により管理される北極を確実なものとするためさらなる働きが残っている。北極における能力を発展させ、誇示するために、また北極における懸念に対応する多国間組織を設立、あるいは強化するための我々の努力は、この重要な北極の安全保障に向けた進歩の明確な指標である。
記事参照:How US Northern Command is growing its presence in the Arctic

9月1日「フィリピンは、東南アジアにおけるオーストラリアの最も重要な防衛パートナーになれる-英専門家論説」(The Strategist, September 1, 2022)

 9月1日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、英シンクタンクInternational Institute for Strategic Studies上席研究員Euan Grahamの” The Philippines could be Australia’s most important defence partner in Southeast Asia”と題する論説を掲載し、ここでGrahamは台湾や南シナ海での戦争など、今後 10 年間にオーストラリア国防軍が直面する可能性のある軍事シナリオのいくつかで、フィリピンは不可欠な提携国になる可能性があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 東南アジアにおけるオーストラリアとマレーシア、シンガポールの防衛関係は、5ヵ国防衛協定(以下、FPDAと言う)を通じて、また2国間の提携国としても深い関係にある。シンガポールの軍事力は、東南アジアで最も高い水準にあるが、FPDA(が対象とする範囲)は西マレーシアとシンガポールに限定されているため、南シナ海有事における有用性には疑問があり、これらの国が台湾防衛のためにオーストラリア軍の駐留拡大を認める可能性は低い。
(2) オーストラリアとインドネシアの防衛関係は、オーストラリア政府にとって政治的な魅力があるが、戦略的な裏付けに欠け、インドネシア政府は群島を通過する以上の出入りをオーストラリア軍に提供する見込みはない。ベトナムは、南シナ海における中国の拡張主義を押し返すために、同じ志を持つオーストラリアに大きな期待を寄せているが、ベトナム政府は軍事面では米国やその同盟国から距離を置いている。オーストラリアは2020年以降、ブルネイとの防衛関係を拡大したが、多くの東南アジア諸国と同様に、この国は、中国が関与する危機や紛争には、自国が直接脅かされない限り非常に慎重に行動するであろう。米国は、同盟国であるタイを含め、東南アジア全域で同様の両義的な考え方に直面することになりそうである。ラオスとミャンマーは中立を保つだろうが、カンボジアは中国の海軍、空軍の受け入れ先になるかもしれない。
(3) フィリピンは米国の信頼できない同盟国とされてきたが、それにはある程度の正当性がある。2014年の米比防衛協力協定は、Rodrigo Duterte大統領のもとで、大きく進展することはなかった。肝心の訪問部隊地位協定はほぼ打ち切られたが、同盟関係は2020年以降に安定した。フィリピン人が西フィリピン海と呼ぶ海域における中国政府の執拗な圧力戦術は、フィリピンにとって中国に対する認識を暗転させた。Ferdinand Marcos Jr.大統領率いる政府は、まだ新しく、反中ではないが、中国のさらなる侵略を抑止するための米国同盟の価値を認めているようである。
(4) フィリピンの軍事界隈では、台湾で大規模な紛争が発生した場合、フィリピン政府が傍観することは極めて困難という現実主義的な見方がある。最悪の場合、中国はバシー海峡のフィリピンの島々やルソン島北部の一部を占領し、隣接する領土を米国が使用することや台湾軍の駐留を妨害する可能性がある。戦闘は、中国の人工島基地を含む南シナ海に広がる可能性があり、フィリピンの排他的経済水域内にあるミスチーフ礁は中国の人工島基地の1つである。
(5) 中国と米国の間で高烈度の海上紛争が発生するという予想は、オーストラリア政府とフィリピン政府の防衛関係に特別な状況を作っている。幸いなことに、2015年から包括的戦略提携国であるオーストラリアとフィリピンは、すでに広範で持続性のある2国間防衛関係を確立している。これは、1995年に合意された2国間覚書が基礎となっている。これにより、毎年約100名のフィリピン国防軍、沿岸警備隊、民間防衛隊の隊員がオーストラリアで教育や訓練を受けている。また、オーストラリア軍の移動訓練チームも、フィリピンでの訓練コースを提供している。2001 年 9 月 11 日の米国同時多発テロ以降、フィリピンとの安全保障協力は、テロ対策が主な焦点となってきた。その集大成が、2017年10月から2019年12月まで、マラウィ包囲戦(5カ月にわたるフィリピン政府軍とテロリストとの戦い:訳者注)とその後に1万人以上のフィリピン国防軍の隊員にオーストラリアが訓練を提供した「オーギュリーフィリピン作戦(Operation Augury-Philippines)」である。それ以降は、フィリピン国防軍の近代化および対外防衛計画の支援に重点が移っている。
(6) フィリピンに提供される防衛能力構築は、海洋安全保障と領域認識、そして最近ではテロ対策と伝染病対策に重点を置いている。2015年7月、オーストラリアはフィリピン海軍に2隻の上陸用舟艇を供与し、さらに2016年3月にも3隻が追加された。オーストラリアにとっては、米国を除いてフィリピンが唯一の相互訪問軍協定国であり、その協定は2007年に締結され、2012年9月に発効した。
(7) オーストラリアは、東南アジアの多くの国々と同様、陸軍が主体であるが、フィリピン海軍・空軍とのつながりもある。アンザック級フリゲートHMAS「アルンタ」とフィリピン海軍のコルベットBRP「アポリナリオ・マビニ」が2020年9月にセレベス海で共同訓練を実施した。また、オーストラリア海軍の哨戒艇は過去にフィリピンに派遣されたことがある。フィリピン空軍は現在、オーストラリア北部で行われる演習に参加している。2022年初め、オーストラリア空軍はフィリピン空軍に訓練支援用の戦闘航空管制シミュレーターを供与した。少なくとも2017年以降、オーストラリア空軍はフィリピンから南シナ海上空の監視飛行を定期的に行っている。
(8) フィリピンにおけるオーストラリアの防衛政策が注目されない理由の 1 つは、米比の同盟関係がマニラの防衛政策立案に影響していることである。オーストラリアがフィリピンに提供している防衛援助は、米国のプログラムに比べれば小規模なものである。米軍がフィリピン軍と行なう軍事演習は、オーストラリア軍に米国人やフィリピン人と共に訓練する機会を与えている。例えば、2022 年の演習で、オーストラリアの特殊部隊は米・フィリピンの海兵隊員とともにコレヒドール島でのヘリコプターによる攻撃訓練に参加した。しかし、オーストラリアの人口はフィリピンの4分の1程度で、国防軍兵士はわずか6万人である。したがって、オーストラリア政府としては、正式な同盟を締結しない限り、オーストラリアが現実的に何を提供できるのかを模索して、フィリピン政府の期待に応えなければならない。東南アジアにおける伝統的な関係の限界が明らかになりつつある現在、オーストラリアとフィリピンの防衛協力は、過去の投資に報いるものである。
記事参照:The Philippines could be Australia’s most important defence partner in Southeast Asia

9月3日「台湾周辺での中国軍の訓練と米偵察機の出撃回数―香港紙報道」(South China Morning Post, September 3, 2022)

 9月3日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“Fewer US spy planes spotted over South China Sea during PLA’s Taiwan drills: think tank”と題する記事を掲載し、台湾周辺で中国軍が行った軍事訓練と米軍の偵察機による出撃回数の関係について、要旨以下のように報じている。
(1) 北京大学のシンクタンク南海戦略態勢感知計画(以下、SCSPIと言う)によると、係争中の南シナ海で目撃された米軍の偵察機の数は、台湾周辺の軍事活動に気を取られ、8月に3分の1程減少している。SCSPIは9月2日のツイッターで、陸上からの米軍の偵察機が8月に南シナ海に46回出撃し、7月の67回から減ったと発表した。ADS-Bと呼ばれる飛行追跡システムのデータに基づき、SCSPIは敵地上目標を探知、識別、追尾し、味方地上部隊を指揮、統制するE-8CやRC-135V信号収集機を含む、6種類の航空機が8月に同海域で発見されたと発表した。7月の数字は6月の報告数より多く、恐らくそれは、米海軍駆逐艦「ベンフォールド」と米海軍空母「ロナルド・レーガン」の空母打撃群に関連した活動のためだと、SCSPIは先の投稿で述べている。
(2) SCSPIの主任である胡亥は、8月に南シナ海における米軍機が減少した主な理由は、中国軍の台湾周辺での訓練の間、そこへ偵察機が展開されたためだとして、「(中国軍の)演習中、米軍機は情報収集のため、毎日台湾周辺に5回出撃していた」と述べている。中国軍は、8月初めにNancy Pelosi米下院議長が台湾を訪問したことを受けて、台湾の周囲で前例のない大規模な訓練を実施していた。
(3) 中国軍によると、訓練初日に100機以上の戦闘機を台湾周辺に送り込み、ミサイルやロケット弾の実射訓練を実施した。中国軍は、中国政府と台湾政府が長年順守してきた台湾海峡の中間線を何度も越えている。8月、中国軍の航空機は台湾の防空識別圏に446回出撃し、2022年に入ってからの今までの累計は1,098回となった。米国を拠点とする安全保障問題専門家Gerald BrownとBen Lewisがまとめたデータベースによると、これは台湾が2021年に報告した972回をすでに上回っている。
(4) Taiwan Newsによると、米軍は、台湾海峡に航空機や艦船を派遣しており、中国は頻繁に攻撃的な無線警告を発信しているという。
記事参照:Fewer US spy planes spotted over South China Sea during PLA’s Taiwan drills: think tank

9月3日「南シナ海での乱獲問題に関する作業部会―香港紙報道」(South China Morning Post, September 3, 2022)

 9月3日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“Tuna stocks in South China Sea under threat, scientists from around region warn”と題する記事を掲載し、南シナ海の沿岸国の専門家たちが、カツオの稚魚の乱獲は個体数の急激な減少を招くと報告し、南シナ海の漁業管理について協力を呼び掛けたことについて、要旨以下のように報じている。
(1) アジア5カ国の政策立案者と科学者は、南シナ海の係争海域での漁業協力を呼びかけ、その魚種資源が危機に瀕していると報告書で警告した。中国、インドネシア、マレーシア、フィリピン及びベトナムの科学者からなる作業部会は、報告書の中で、カツオの資源は切迫した状況下にあり、そして、カツオの稚魚の乱獲によって脅かされていると述べている。“The First Common Fisheries Resource Analysis”は、2018年に定期的な対話を開始したSouth China Sea Fisheries Working Groupが9月2日に開催した会議で発表された。カツオは、国連海洋法条約で高度回遊性魚類に指定されており、沿岸国や漁獲国には、資源を協力的に管理する特別な責任が課せられている。「南シナ海の至る所で、カツオの稚魚を捕獲できる漁具の使用が増加している」「もし管理を怠れば、繁殖前の稚魚を捕まえ過ぎてしまい、個体数が急速に減少する可能性がある」と、同作業部会の報告書は述べている。
(2) 9月2日の会議は、北京を拠点とするChina-Southeast Asia Research Centre on the South China SeaとマニラにあるCentre for Humanitarian Dialogueが共催した。報告書によれば、この分析は、世界の野生漁獲量の12パーセントを占め、数千万人の食料安全保障と暮らしを支える、南シナ海漁業資源の協力的管理の指針となる共有の証拠を提供するものである。
(3) 南シナ海では、中国、ブルネイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、台湾及びベトナムの7つの国や地域が同海域の一部に対する領有権を主張し、米中間で緊張が続いており、共通の漁業資源を管理するための協力に影を落としている。フィリピンの国家安全保障担当補佐官Clarita Carlosは、主権争いをめぐる緊張を和らげる方法として、漁業管理協力を推進することに意欲的であると述べている。上海交通大学法学部の薛桂芳教授は、政策立案者の状況把握を支援するためには、しっかりとした科学的基盤が不可欠であるとし、漁業資源を効果的に管理する地域組織の設立を呼びかけた。
記事参照:Tuna stocks in South China Sea under threat, scientists from around region warn

9月5日「米中対立のなかでカンボジアのリアム海軍基地に集まる注目―オーストラリア防衛問題専門家論説」(East Asia Forum, September 5, 2022)

 9月5日付のAustralian National UniversityのCrawford School of Public Policy のデジタル出版物EAST ASIA FORUMは、Australian National University博士課程院生Abdul Rahman Yaacobの“Cambodia’s Ream naval base attracts competing patrons”と題する論説を掲載し、そこでRahmanは米中対立のなかで注目を集めるカンボジアのリアム海軍基地をめぐる最近の動向について、要旨以下のように述べている    。
(1) タイ湾に面するカンボジアのリアム海軍基地が、最近、東南アジアの影響力をめぐる大国間の争いにおいて注目を集めている。2019年7月、Wall Street Journalが同基地の利用を中国に認める協定が結ばれたと報じたのがその端緒である。カンボジア政府はそれを否定したが、疑惑は残っている。2021年に米国務副長官Wendy Shermanがプノンペンを訪問した際、カンボジア駐在武官が同基地に訪問することが決まった。しかしカンボジア政府は同基地への完全な出入りを認めず、それ以来カンボジアと米国の関係は冷え込み始めたのである。
(2) カンボジア政府側の主張はこうである。Shermanの要請に応じてカンボジア政府は合同調整部会を結成し、武官の訪問の内容について調整をした。当初、訪問は計画どおりに進んでいたが、米国側が予定されていた範囲外への出入りを求めたのである。カンボジアから見ればそれは主権と国家安全保障への挑戦であり、それ故、彼らはその要求を拒絶したとのことである。
(3) カンボジア政府は、同国の海軍の脆弱性を認識している。陸上と艦船間の通信手段を持たないため、遠方にいる艦船の行動を追跡できないのである。またリアム海軍基地は大規模な艦隊を受け入れるだけの施設を持たず、周辺の水深も浅い。最近発表された中国の投資によるリアム海軍基地開発の目的は、こうした欠点を改善することにある。
(4) カンボジア政府関係者によれば、中国はこの投資に対する条件をつけていない。中国は、カンボジアが同基地の管理権を共有するつもりもなければ、米中対立においてどちらかに肩入れすることもないことを理解しているのだろう。他方、米国もこの基地に関心を強く持っている。同基地内にあった米国出資のビル2棟を取り壊した際、それと関連して米国は新しいビル建設を提案したが、カンボジアはそれを退けた。
(5) カンボジアは、東南アジアでの影響力を高めようという中国の試みをうまく利用して、海軍基地開発を進めている。しかし、カンボジアは同基地をめぐる微妙な状況も理解しているし、その基地を外国に利用させることによってASEAN加盟国の利害を損ねないようにする必要性も理解している。たとえば2021年12月、ベトナムとの共同声明で、両国は互いに相手国の安全を脅かすことにつながりかねない、外国勢力によるそれぞれの領土の利用を認めないと発表している。
(6) ただし、米中対立が激化するなか、カンボジアが大国の圧力に抗して、それぞれから利益を得る余地は狭まっている。カンボジア政策立案者はこうした状況を考慮すべきだろう。
記事参照:Cambodia’s Ream naval base attracts competing patrons

9月6日「戦略的撤退:ロシアは東南アジアでの影響力を米中の譲り渡した―フィリピン専門家論説」(China US Focus, September 6,2022)

 9月6日付の香港のChina-United States Exchange FoundationのウエブサイトChina US Focusは、フィリピンPolytechnic Universityの教職にあるRichard Javad Heydarian の“Strategic Retreat: Russia Cedes Influence to China, U.S. in Southeast Asia”と題する論説を掲載し、ここでHeydarianはウクライナ紛争とそれに伴う欧米のロシアへの経済制裁は、東南アジア各国のロシアからの武器購入中止などのロシアの影響力低下を招いており、この地域の安全保障構造は最終的には、ロシアは脱落し、米中の2国が中心となっていくであろうとして要旨以下のように述べている。
(1) ウクライナ侵略後、ロシアは、アジアの2大大国である中国とインドに頼ることによって欧米経済制裁の新たな波から自国の経済を守ろうとしてきた。ユーラシアの強国であるロシアは、その巨大な武器産業を活用し、大幅に値引きしたエネルギー製品を提供し、西側諸国との貿易が急速に減少していることを補おうとしてきた。
(2) 世界第5位の経済大国である英国は、歴史的に高いロシアのエネルギー輸入額が月間4億9,900万ポンドに達し、8月には事実上横ばいになった。一方、EUは、2022年後半にロシアに対してより包括的なエネルギー制裁を課すと予想されている。しかし、中国やインドとの着実で重要な貿易は、ロシアの経済不況を緩和する可能性が高い。それにもかかわらず、ロシアは中国と米国が支配的な域外大国として留まると予想される東南アジアのような重要な地域で戦略的な勢いを維持するのに苦労している。
(3) ここ数カ月、ASEANのすべての主要加盟国は、ロシアとの戦略的関係を縮小するか、伝統的に強固な関係を維持するのに苦労している。東南アジアで最も先進的な経済国シンガポールは、ウクライナ侵略でロシアを公然と非難し、それに応じて制裁を課した。一方、ASEANの2大加盟国であるフィリピンとインドネシアは、主に「米国の敵に対抗する制裁法(Countering America's Adversaries through Sanctions Act)」(以下、CAATSAと言う)に基づいて米国の制裁を受けるおそれがあるため、ロシアとの大規模な武器取引を中止した。あるいは、ロシアの伝統的な提携国であるベトナムは、ロシアとの貿易と投資を維持するための新しい機構の構築を急いでいる。 
(4) 東南アジアにおけるロシアの最も親密で最も重要な提携国は、間違いなくベトナムである。ベトナムとロシアは、1950年に正式な2国間関係を確立した後、インドシナでの複数の戦争を含む、冷戦の最もねじれた数十年を通して事実上の同盟を維持してきた。冷戦の終結とそれに続くソビエト連邦の解体にもかかわらず、両国は強固な戦略的関係を維持することに専念し続けた。2001年、ベトナムとロシアは「戦略的パートナーシップ」を確立し、それは10年後には「包括的戦略的パートナーシップ」に格上げされた。両国は、この10年の終わりまで戦略的に関連性のある「あらゆる分野で」2国間協力を推し進めることを誓った。アジアの巨人である中国とインドだけが東南アジアの国と同じレベルの戦略的パートナーシップを享受している。
(5) Stockholm International Peace Research Institute(ストックホルム国際平和研究所)のデータによると、ベトナムだけでもロシアの東南アジア地域への武器輸出の大部分を占めており、過去20年間で100億ドル以上に達している。ロシアはベトナムに、第4世代戦闘機やキロ級潜水艦を含む近代的な軍事装備を提供してきた。ロシアはまた、南シナ海での沖合事業を含む炭化水素製品と戦略的エネルギー投資の重要な供給源となっている。全体として、近年の経済関係は活況を呈している。両国間の貿易は、好調な投資関係の中で2021年に71億ドルに達した。ロシアは東南アジアの国で150以上の事業に投資しており、10億ドル近くの価値があるが、ベトナムのロシアへの投資は約30億ドルである。ロシアの率いるEurasian Economic Union(ユーラシア経済連合:以下、EAEUと言う)とのベトナム自由貿易協定が2022年発効したことで、両国は経済関係の現在の勢いを維持することを望んでいる。ベトナムは「包括的戦略的パートナーシップ」の10周年を記念して、2022年初めにロシアの外相Sergei Lavrovを高官級会合に招待し、両国は歴史的に強固な関係を維持するとの誓約を表明した。両国は2022年後半に合同軍事演習実施の可能性も検討している。しかし、欧米の経済制裁の集中砲火のおかげで、ベトナムは2国間関係を均等に保つのに苦労している。ここ数ヵ月、ベトナムはロシアへの食糧と農業の輸出が大幅に減少し、ロシアはベトナムへのエネルギーと農業の投入の出荷を拡大するのに苦労している。ベトナムはロシアの中央銀行、金融部門、海運業界を標的とした欧米の干渉的な制裁の中で取引の対価上昇や物流及び金融の障害を乗り越えるのに苦労しているため、ベトナムにおけるロシアのエネルギー事業でさえも苦戦している。
(6) ベトナムは、両国間の協力の深さを考えると、より懲罰的な西側制裁の新時代においてもロシアとの強固な関係を維持することに引き続きコミットしている。しかし、ロシアとの戦略的相互依存が比較的小さく、西側の提携国からの潜在的な反撃に対してより敏感な他の主要な東南アジア諸国については、同じことは言えない。少し前まで、ロシアは、この地域における米中の競争関係の新時代の中で、自らを潜在的な「第三勢力」として位置付けていた。ロシアの大統領Vladimir Putinは、「私のお気に入りの英雄」と表現したフィリピンの元大統領Rodrigo Duterteやインドネシアの国防相Prabowo Subiantoのようなファンを大勢、東南アジアに抱えていた。フィリピンとインドネシアは、防衛上の提携を多様化するために、東南アジア諸国に比較的手頃な価格で最先端の兵器を提供していたロシアとの大規模な防衛協定の交渉を開始していた。
(7) ロシアは、COVID-19の世界的感染拡大の間、ロシア製ワクチンの一括提供を含む公衆衛生支援を提供することで、地域外交を強化した。ロシアが米国の戦略的提携国や同盟国の間で新しい友人を育てるために非常に有望な人気取り作戦として始まったことは、2022年に崩壊し始めた。まず、インドネシアがロシアとの数十億ドルの戦闘機の取引、すなわち東南アジアの国での大規模な軍事近代化計画の中でSu-35戦闘機の買収を破棄するという決定をした。代わりに、インドネシアは潜在的な代替案として、フランス製のラファールと米国製のF-15戦闘機を購入することに決めた。インドネシアの空軍参謀長Fadjar Prasetyo空軍元帥は、潜在的なアメリカ経済制裁に対する懸念が長引いていることが、ロシアとの取引に対するインドネシアの転換の大きな部分を占めていることを認めた。
(8) フィリピンも、かつて急成長していたロシアとの関係を再評価し始めた。Duterte前大統領はロシアのウクライナ侵略を公然と批判し始めており、これは過去6年間のPutinに友好的な発言をしたことから大きく逸脱している。その後、フィリピンは、ロシアとの唯一の主要な防衛協定であった2億4420万ドル相当のロシア製Mi-17ヘリコプター16機の購入を中止する決定を下した。フィリピンの国防・外交政策高官は、米国のCAATSA制裁に対する懸念がロシアとの取引に対する中止の原因となったことを認めている。インドネシアと同様にフィリピンも西側からという選択肢、すなわち米国からのボーイング社のCH-47ヘリコプターの購入を検討している。 
(9) シンガポールは、東南アジアとロシアの貿易・投資関係を固めるため、2021年、EAEU・シンガポール自由貿易協定を締結した際、ロシアとの有望な経済関係を再考していた。しかし、ロシアのウクライナ侵攻後、シンガポールはロシアに制裁を課した。これに対応して、ロシアはシンガポールとの貿易に制限を課した。その制限はロシアが「非友好的な行動を犯した」と非難する主に西側諸国のリストに入っている。
(10) 概して、ロシアは欧米の経済制裁という締め付けのために、東南アジア地域における戦略的な勢いを維持するのに苦労している。そして、このことは、米中の競争が激化する中で、潜在的な代替の極としてロシア自身を信頼できる形で投影する能力を低下させた。ウクライナ紛争が近い将来に解決されない限り、東南アジア地域におけるロシアの戦略的挫折は、最終的には、この地域の安全保障構造を形作る上での米中両国の中心性を強化するだろう。
記事参照:Strategic Retreat: Russia Cedes Influence to China, U.S. in Southeast Asia

9月7日「インド太平洋において中国に対抗する最良の方法はなにか―米中国経済専門家論説」(The Hill, September 7, 2022)

 9月7日付の米政治専門紙The Hill電子版は、米シンクタンクHudson Institute上席研究員John Leeの“The best way for US to counter China in the Indo-Pacific”と題する論説を掲載し、そこでLeeは近年の中国の経済政策が地域に中国中心的な経済システムを構築することを目的としており、米国はそれへの対抗措置を採るべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 今週、14ヵ国の代表がロサンゼルスで会合した。Biden大統領が訴えたインド太平洋経済フレームワーク(IPEF)という骨格に肉付けするためである。このグループには中国が含まれておらず、したがってこれは、中国からの経済的デカップリングを進めるBiden政権の重要な試みのひとつだと見なされている。
(2) 経済的デカップリングという言葉は、Trump政権が高関税を中国に課したときに関心を集めたものだ。中国もまた、この言葉を使わないものの、米国からの経済的デカップリングに関しては、はるかに野心的で攻撃的な手法を、ずっと前から追求してきた。最近ではより攻勢に転じ、ユーラシア大陸や西部太平洋において、中国中心的で、米国の影響力を排除したり、制限したりするような経済秩序の構築を模索している。
(3) 一帯一路構想を見てみよう。これは一般的に、中国によるデカップリング大戦略の一部とはみなされていない。その目的の1つは、地域に中国中心の基幹施設、基盤などを構築し、貿易や投資を促進し、中国企業による対外投資の機会を増やすことであろう。しかし、より大きく遠大な目標は、道路、鉄道、ケーブル、デジタルネットワークその他諸々の基幹施設の始発と終点を中国国内にすることであり、それらを中国の利害にとって有利なように運用することである。中国中心の広大な経済システムが構築されれば、中国が取り引きの条件などを交渉するうえできわめて強い立場に立てることになる。意見の対立が起きたとき、(相手国は)中国の政治的・経済的な影響力に左右されることになる。
(4) ユーラシア大陸や西部太平洋における米国の商業的プレゼンスが小さくなれば、同国の企業や当局は、さまざまな部門における商業や品質に関するスタンダードを設定することができなくなっていくだろう。中国を中心とした基幹施設、制度が構築されたとなれば、地域経済は中国の虜囚となり、米国は部外者となる。また、中国の経済政策が、グローバル化経済解体のための主要な引き金であったことは、「中国製造2025」や「双循環政策」でも明らかであろう。これらの計画は、技術的な自給自足だけではなく、製造過程やサプライチェーン、ハイテク部門に関連するサービスなどすべてに対する統制を目的にしている。
(5) 米国にとって良い兆候もある。まず、IPEFは何もしないよりはマシではあろう。加えて米国は、中国を包囲するために政治的勇気を奮い立たせてCPTPPに参加して、そこから物事を進めていくべきだ。それによって中国中心的な経済システムから逃れる方法を諸国に提供できる。また、AIや先端ロボットなどの部門における中国の支配を回避しなければならない。幸いなことに、中国はまだ関連する技術やノウハウに関しては外国依存なところが大きい。あるいは、推定によると過去10年間に中国で支出された民間部門の研究開発費の約8割が、主に米国に本社を置く中国以外の多国籍企業によるものだったという。米国はまた、米企業の対中国投資や中国による対米投資を制約することを検討すべきである。
(6) われわれが知っていたグローバリゼーションの時代は終わった。経済的デカップリングは不可避である。問題は、それが米国にとって都合の良い形で起こるのか否かである。
記事参照:The best way for US to counter China in the Indo-Pacific

9月7日「フィリピン・インドネシアの強固な安全保障関係の重要性―フィリピン安全保障問題専門家論説」(The Diplomat, September 7, 2022)

 9月7日付のデジタル誌The Diplomatは、フィリピンシンクタンクInternational Development and Security Cooperation の創始者Chester Cabalzaの“The Importance of Robust Philippines-Indonesia Security Relations”と題する論説を掲載し、そこでCabalzaはフィリピンとインドネシアの強固な関係について言及し、フィリピンが新政権に移行してもその関係は継続するだろうとして、要旨以下のように述べている。
(1) フィリピンとインドネシアという、同じような脅威に直面している群島国家が緊密な関係を構築するのは自然なことである。フィリピンのMarcos Jr.大統領は、初の海外訪問国として、中国でも米国でもなくンドネシアを選択した。
(2) フィリピンとインドネシアは、台頭しつつある中堅国家として、気候変動やテロリズムなどの海洋における非伝統的な安全保障上の懸念を共有している。そして、東南アジアの海域の地政学的重要性についてもこの両国は共有しているが、その大きな要因が、両国が隣接する海域が世界で最も交通量の多いシーレーンの1つだということである。それゆえ東南アジアの海域は、両国の、かつ世界の海洋安全保障にとって決定的に重要である。
(3) Marcos Jr.体制のもとでフィリピンはインドネシアとの戦略的関係性を強めていくことは間違いないだろう。1949年11月の外交関係樹立以来、20を超える防衛ないし安全保障協定を結んできて、もはや条約上の同盟国に近い関係性にまで至っているが、まだまだ両国の関係を深める余地はある。フィリピンは、2012年のオーストラリアトの合意をひな型にし、インドネシアとの間で訪問軍地位協定の締結を提案した。これによって両国の関係はさらに強固になる可能性がある。
(4) Marcos Jr.大統領は、インドネシアの国内防衛産業からフィリピンの調達を拡大することも可能であろう。それによって防衛装備品、資材の調達を1つの供給源に依存することを回避し、対外政策における自立を促進できる。また、インドネシア訪問によってフィリピンの防衛能力の強化にも道が開かれるだろう。両国は軍の近代化、とりわけ防衛産業の底上げと地域の安全と弾力性を強化することで、既存の、かつ姿を表しつつある脅威に対処できるようになるであろう。
(5) 地域の海洋ガバナンスに取り組むことで、インドネシアとフィリピン両国は、より広大なインド太平洋の地域的海洋協力を推進し、法に基づく海洋の規範などの確立を支援できる。そして最終的に、フィリピン南部ミンダナオ島と、インドネシアのスラウェシ島の間に位置する海域を担任する関係機関の協力体制の強化を助けることになるだろう。その海域、すなわちスールー海とスラウェシ海(セレベス海)は、これまでさまざまな非伝統的な安全保障上の脅威に悩まされてきた場所である。世界が多極化の時代に入り、インドネシア経済が成長を遂げるなかで、フィリピンは相互利益を促進するために高官級の協議を進めていくべきである。
記事参照:The Importance of Robust Philippines-Indonesia Security Relations

9月8日「インドは台湾との関係を深めるべきか―日平和研究専門家・インド南アジア専門家論説」(Geopolitical Monitor, September 8, 2022)

 9月8日付のカナダ情報誌 Geopolitical Monitorのウエブサイトは、関西外国語大学准教授Mark S. CoganとインドManav Rachna International Institute of Research and Studies助教Upamanyu Basuの“Is It Time for India to Deepen Taiwan Ties?”と題する論説を掲載し、そこで両名は台湾に関してあいまいな姿勢を維持してきたインドは、そろそろ台湾との関係強化を進めるべきではないかとして、要旨以下のように述べている。
(1)台湾海峡をめぐる緊張が高まり続けている。米下院議長Nancy Pelosiによる訪台は中国の激しい反応を惹起したが、その間、インドからはほとんど何も聞こえてこなかった。むしろインドは、あいまいにではあるが台湾をめぐる現状を擁護しており、それはどちらかと言えば中国に利するような態度である。しかし、QUADの構成国である日米が台湾を支援するなかで、台湾との関係を深める時が来たのではないだろうか。
(2) インドと台湾の関係は浅く、かつ複雑なものである。それは、たとえばAPECは台湾を「チャイニーズタイペイ」と呼称するように、台湾の国際的地位がなお微妙なためである。しかし、商業的関与を深めようという努力は進められており、2020年には貿易総額は57億ドルを越えている。中国の怒りを招く危険性はあるが、台湾との関係を深めるべきかもしれない。そうした動きはすでに見られており、たとえば2018年、中国との間で国境紛争が起きているさなか、台湾との間で自由貿易協定に関する交渉が始められていた。ただ、今交渉は最終的には頓挫した。
(3) インドと台湾の関係が深まれば、それは、東南アジアと台湾との関係に似たようなものになるだろう。COVID-19の世界的感染拡大に際し、タイは台湾から医療支援や技術支援を受けるなど前向きな協力関係を築いた。他方、フィリピンは台湾に20万人の自国人労働者がおり、やや受け身な姿勢を余儀なくされている。インドは、中国との敵対関係を悪化させずに、サプライチェーンの改善など、相互利益を追求すべきである。この点、台湾の「新南向政策」は、その目標と理想においてインドの「東方政策(Act East Policy)」と一致する。
(4) インド太平洋という文脈において、この2つの政策は相乗効果を有している。したがって、より強力な提携を可能にする政策枠組みが必要だろう。台湾はインドを視野に入れてきたが、インドはそうではなかった。インドが台湾を視野に入れることで、インド太平洋におけるインドの立場は強化され、QUADとの一貫性も増す。
(5) お互いの経済成長が第1の動機だとしても、インド・台湾関係の深化には危険性も有る。多くの国は台湾の半導体にかなり依存しているため、台湾海峡における現状の破壊はグローバル経済の大部分を麻痺させることになろう。インドのModi首相は、米Intelと台湾のSemiconductor Manufacturingに対し、インドでの工場設立を要請したのは、こうした状況を背景としたものだ。
(6) インドのタカ派は、台湾に関して中国の考えを認めるような現状維持政策の再検討を求めている。しかし、中国による台湾侵攻や海上封鎖が起きれば、経済的かつ人的損失は膨大なものになるだろう。それ故、インドはゆっくりと、慎重に物事を進めるべきだろう。
記事参照:Is It Time for India to Deepen Taiwan Ties?

9月8日「米越関係、2023年の関係格上げ実現への期待―米専門家論説」(CSIS, September 8, 2022)

 9月8日付の米シンクタンクThe Center for Strategic and International Studies(CSIS)のウエブサイトは、同Center非常勤研究員Bich T. Tranの “Losing Momentum and Passing Opportunities in the U.S.-Vietnam Relationship”と題する論説を掲載し、Bich T. Tranはベトナム人の視点から、米越関係の現状について関係進展への勢いを失い、機会を逸しつつあるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 米国とベトナムは、2023年に包括的パートナーシップ10周年を迎える。この機会は、戦略的パートナーシップに関係を高める機会の窓を提供するであろう。しかしながら、米越両政府が2国間の安全保障協力における勢いを失い、関係進展のための必要な準備を行う機会を逸しつつある兆候が見られる。駐越大使に指名されたKnapperは、米上院外交委員会での指名公聴会で、承認されれば、米国とベトナムの戦略的関係を深化させることを優先するとし、「安全保障関係を一層強化する」「経済的パートナーシップ連携を深める」そして「人的絆を深める」ことによって、現在の包括的パートナーシップを戦略的パートナーシップに格上げするための措置を講じると述べている。
(2) 米越包括的パートナーシップが2013年に締結されて以来、2国間の貿易・投資は急速に成長してきた。両国間の貿易総額は2021年にはほぼ1,130億ドルに達し、ベトナムにとって、米国は現在、中国と韓国に次いで第3位の貿易相手国であり、最大の輸出市場となっている。2020年のベトナムに対する米国の対外直接投資額は28億ドルであった。さらに、ベトナムは最近、両国の関係を戦略的レベルに引き上げることを期待して、米国主導の「インド太平洋経済枠組み」の14の加盟国の1つとなった。人的絆についても、現在、米国の大学には2万1,600人以上のベトナム人学生が留学しており、コロナ禍以前は3万人以上であった。これは、在米留学生の出身国の中では6位にランクされており、毎年米国経済に最大10億ドルの貢献をしている。
(3) 米メディアRadio Free Asiaは2022年7月5日、米空母「ロナルド・レーガン」 が7月後半にダナンを訪問する予定であると報じた。実現すれば、これは米空母の2年毎のベトナム訪問の3回目となる。2022年の米空母の訪問は、2年に1回の空母訪問を慣例化し、2国間安全保障協力の勢いを維持するはずであったが、残念ながら、訪問は実現しなかった。Thayer(オーストラリアのベトナム問題専門家、Thayer Consultancyの名でベトナム問題を中心とした定期報告を発信:訳者注)によれば、Pelosi米下院議長の訪台湾予定を考慮して、ベトナム側が「中国の台湾攻撃の可能性に対する懸念」のために米空母の訪問をキャンセルしたという。さらに、ベトナムはU.S. Pacific Fleetが主催する世界最大の国際海上演習、RIMPACには、2012年と2016年にオブザーバーを派遣し、2018年に初めて全面的に参加したが、2022年は参加しなかった。RIMPAC 2022に参加しておれば、ベトナム海軍が国際的カウンターパートから学ぶ機会になったし、また米越両国の防衛協力の高まりを誇示することにもなったであろう。
(4) 米越包括的パートナーシップを戦略的パートナーシップに格上げする行為は、恐らく両国首脳が署名する共同声明によって実現することになろう。Harris米副大統領が2021年8月に訪越した際、Nguyen Xuan Phuc大統領とNguyen Phu Trongベトナム共産党書記長は、Biden米大統領に対して近い将来のベトナム訪問を招請した。2022年5月にワシントンで開催された、米・ASEAN首脳会議に出席したPham Minh Chinh首相からも、同じ訪越招請が伝えられた。Biden大統領は招待を受け入れ、適当な時期に訪越すると述べている。前出のThayer によれば、2022年7月にBlinken米国務長官のハノイ訪問計画があったというが、もし実現していれば、米大統領の翌年の訪越に道筋を付け、両国が包括的パートナーシップの10周年を慶祝する中で、米越関係を戦略的パートナーシップに格上げする絶好の機会となったであろうが、残念なことに、Blinken訪越も延期またはキャンセルされた。如何なる理由かは不明だが、Thayer によれば、Blinken訪越は、7月5日~6日のLavrovロシア外相の訪越時期に近い日程であったという。ロシアのウクライナ侵略によって、2022年7月8日のG20外相会合で、Blinkenと他の西側諸国外相はLavrovとの会談を拒否した。Lavrovはハノイでの記者会見で、欧米諸国がウクライナに武器を提供することで「国家が支援するテロ」に加担していると非難した。このことから類推すれば、もしBlinkenがLavrovと同時期にハノイを訪問していたら、米越両国にとって不快な事態になったであろう。
(5) 国防長官や副大統領を含む米政府首脳はベトナムとのパートナーシップの格上げを繰り返し求めているが、ハノイは好意的な反応を見せていない。ベトナムは既に17ヵ国と戦略的パートナーシップを締結しており、中国とは最高水準の包括的戦略的協力パートナーシップを締結している。ベトナムは、中国を意識し過ぎることで、外交政策の独立性を損なう危険を冒している。しかも、ベトナムが海洋能力強化のために米国からの安全保障支援を受けている以上、パートナーシップの格上げに対するハノイの不熱心な態度は、米国の有権者からの支持を失う危険性がある。
(6) 米越関係を戦略的パートナーシップに正式に格上げすることは、主に2つの理由から重要である。第1に、文書化された共同声明は双方の誓約を保証する。中国が南シナ海でますます威圧的になってきたことから、米国は中国に対抗する能力と意志を持つ唯一の国である。第2に、ベトナムは国連安保理常任理事国5ヵ国全てと関係を強化することで、その地位を高めようとしてきた。現在まで、ベトナムは、中国との包括的戦略的協力パートナーシップ、ロシアとの包括的戦略的パートナーシップ、英仏との戦略的パートナーシップを締結しているが、米国とは包括的パートナーシップのみである。2023年の米越包括的パートナーシップ10周年まで、Blinkenは2023年のBiden大統領の訪越準備のため、今後ベトナム指導者と会う機会があるであろう。米大統領の訪越が実現すれば、両国関係は正式に戦略的パートナーシップに格上げされることになろう。
記事参照:Losing Momentum and Passing Opportunities in the U.S.-Vietnam Relationship

9月10日「台湾海峡危機は、台湾を支援する米国の決意を強化する-米専門家論説」(The Diplomat, September 10, 2022)

 9月10日付のデジタル誌The Diplomatは、米George Washington University教授Robert Sutterの” Taiwan Strait Crisis Strengthens US Resolve to Support Taiwan, Counter China”と題する論説を掲載し、ここでSutterは米国の対中・対台湾政策の方向性は明確であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 中国は、8月2日のNancy Pelosi米下院議長の台湾訪問を機に、台湾を囲む4日間にわたる前例のない挑発的な軍事演習で、台湾海峡に激しい緊張をもたらした。演習終了と軍の撤収後も、中国の台湾に対する軍事的圧力は依然強いが、中国政府の言葉による脅迫は沈静化した。中国の軍事的な事態拡大が再開されれば、状況は変化する可能性がある。この影響により、台湾やその他の問題をめぐる中国の挑戦に対抗する米政府の決意が強められている。
(2) この危機に対し、メディアや専門家からはPelosi訪台が米国の国家安全保障を危うくしているという批判が噴出した。また、中国が過剰に反応し、米国の台湾への支援の高まりを逆行させようとしていると政権や議会では論じられた。その片側では、議会で超党派の多数派がTrumpやBidenの政権幹部と緊密に連携し、数年にわたる米国政策の全体的な硬化を図り、北京の安全保障、経済、統治の課題に対抗する政府全体の努力を作り上げた。
(3) 2018年以降、2つの課題が、米国の基本的な国家安全保障に対する危機とされている。第1は、アジアにおける米国のパワーと影響力を弱め、北京の支配を可能にしようとする中国の努力であり、第2は、将来のハイテク産業における支配を目指す中国の動きである。このような問題に対処するための重要な提携国として台湾を支援することは、優先度が高い。
(4) 米国の反対側には、様々なタイプの中国や外交政策の専門家や評論家、中国との密接な協力関係に組織的・個人的に強い関心を持つ大企業や投資会社、大学やそのハイテク専門家たちがいる。大まかに言えば、台湾への支援強化を含む米国の対中強硬論は、中国の挑戦に対する過剰な見方に基づいており、それは米国の経済発展と改革にとって逆効果で、中米戦争の危険を増大させるとしている。そして米国と中国が双方にとって受け入れ可能な全体的な関係を構築することに重点を置いている。今回の台湾危機では、米国は、中国政府がいわゆる「越えてはならない一線」を越えていると見なす米国の台湾に対する意図を十分に理解し、考慮するよう勧告した。
(5) これに対し、台湾政府とその支持者は過去に米国が中国に対してそうした安心感を与えたことが、米国の台湾に対する支持を低下させたと主張している。特に、1995年から96年にかけての台湾海峡危機の際、中国の挑発的な行動に危機感を覚えたClinton政権は、1995年に台湾政策を大きく変更し、1989年の天安門事件後の規制を解除して、中国指導者が長年求めていた首脳会談を歓迎するなど、中国政府に受け入れるようになった。そして1996年の9ヶ月に及ぶ中国の軍事的誇示が一段落したところで、台湾を脅かす中国軍に対峙するため、2つの空母打撃群を派遣したのである。中国の脅威から米国を守ることに重点を置く議会や政権にとって、台湾をめぐる中国政府への保証を優先させることは場違いなことのように思われる。習近平政権に対する米国の安心感は、Barack Obama政権でも繰り返し試みられた。そして、中国の拡張主義やその他の悪弊に対抗する米国の努力が大失敗したため、中国の搾取と操作を許していると見なされたのである。
(6) これまでの米国政府の動きは、全体として、中国の挑戦に対する決意の継続と台湾への支援を反映している。Pelosi訪台に対する中国の反発にもかかわらず、米国議会の台湾訪問に変化はなかった。他の議会代表団は、Pelosiの訪台が軍事的危機を引き起こした後、2週間も経たないうちに夏休みの機会を利用して訪台を進めたのである。一方、Biden政権は台湾と台湾を支持する議会が長年求めてきた2国間自由貿易協定に沿う形で、いくつかの点で米台経済関係の高度化と緊密化につながるとの見方を示し、交渉を前進させた。農業に焦点を当てた台湾の代表団は、9月12日の週にワシントンD.C.を訪問し、いくつかの取引に署名する予定である。
(7) Pelosi訪台に対する中国の反応に対する米政権の怒りが様々な形で明らかになったが、Biden政権の公的姿勢は、中国の過剰反応を批判することに終始し、「米国は脅かされることはない」と繰り返し宣言した。8月20日付のワシントンポスト紙は、Pelosi訪台の数日前に習近平が私的に要請した訪台阻止をBidenが拒否したと報じている。米国は、8月28日、通常1隻の駆逐艦で行う台湾海峡通過を、はるかに大型で強力な装備を持つ2隻の巡洋艦により再開したが、中国側の反応は鈍かった。
(8) 高度なミサイルと高性能レーダーシステムを含む総額11億ドルの武器売却の法案が議会に通知され、中国の挑戦に対抗するいくつかの主要な立法成果を挙げて米国は第117回議会を終えようとしていた。そして9月初旬、Biden政権は中国を念頭に高度なコンピューターチップの製造に500億ドルを投じる計画を発表した。また、米国産業界のロビー活動を差し置いて、より厳しい輸出規制を実施し、中国の軍事・民間の人工知能企業への必要な部品の供給を遮断した。一方で、政権と議会の支持者は、米国の台湾政策を見直すための法案を阻止する努力したと伝えられている。米国の台湾との政治的関係などを大幅に前進させる法案が、8月に上院を通過する勢いであった。しかし、法案は夏休み明けまで持ち越され、中国政府に特に配慮して文言を修正することが計画されていた。このように、状況は変化するが、米国の対中・対台湾政策の方向性は明確である。
記事参照:Taiwan Strait Crisis Strengthens US Resolve to Support Taiwan, Counter China

9月10日「米国の支持を得てUNCLOSが東南アジアの防衛を助長するー米専門家論説」(The National Interest, September 10, 2022)

 2022年9月10日付の米隔月刊誌The National Interest電子版は、米研究機関East-West Center上席研究員Denny Royの「With U.S. Support, UNCLOS Helps Defend Southeast Asiaと題する」論説を掲載し、Denny Royは米国および東南アジア諸国と中国の間でUNCLOSが定めるEEZの認識に関し対立が深まっている問題について、要旨以下のように述べている。
(1) UNCLOSは、米国及び東南アジア諸国にとって、考え方が対立する国家が1つなることができる点である。9月3日、中国の外務次官は、米国政府が海洋問題や紛争を管理する国際法体系であるUNCLOSに言及したことを再び非難した。中国当局は、南シナ海における中国の領有権主張に対し、2022年1月に米国務省が厳しい批判をしたことに反発している。中国の地政学上の目標の1つである東南アジアへの勢力圏拡大を阻むには、米国によるUNCLOS支持が不可欠である。
(2) 中国の高官は、中国政府は決して東南アジアに影響力を行使することはないと繰り返し主張している。当然ながら、東南アジアの人々はこれに懐疑的である。東南アジア諸国の多くは、中国との貿易や中国からの投資に期待する一方で、中国に支配されることを恐れている。東南アジアで最も中国の影響力を受けているカンボジアとラオスにおいても、国民は、政治的指導層の中国への傾斜を必ずしも歓迎している訳ではない。
(3) 1996年にUNCLOSを批准した中国は、悪名高い九段線に囲まれた南シナ海の約90%に対して領有権を主張している。また、排他的経済水域(EEZ)外の南シナ海の一部で外国による漁業、測量、炭化水素の掘削を含む活動を一方的に禁止する権利を主張している。さらに軍事演習のため、公海の一部に外国の艦船や航空機の立ち入り禁止区域を設定したり、UNCLOSで無害通航が認められている海域での外国艦艇の航行を制限しようとしたりしている。
(4) このような法的侵害を国際的に黙認させることができれば、中国は周辺地域での覇権獲得に大きな一歩を踏み出すことになる。そして、南シナ海の海上交通路に依存する中国と対立する国々の商船を選択的に制限するなど、中国の領有権主張がより大胆になる可能性がある。
(5) UNCLOSの規定は、そのような事態を防ぐ防波堤の役目を果たす。米国がUNCLOSを支持していても、中国の野望を抑制する力は限られている。しかし、米国の支援がなければ、UNCLOSは中国の意図に沿う部分のみを引用し、それ以外は無視できる単なる規則や原則の集合体に過ぎなくなる。
(6) 米国は、中国の不法な主張を拒否する姿勢を示す「航行の自由」作戦を実施する等、中国の侵害に対抗する力を持っている。こうした米国の強力な意思表示が、たとえば係争中のスカボロー礁に中国が軍事基地を建設することを思いとどまらせることに繋がったのかも知れない。
(7) 中国政府が米国のUNCLOS支持を、中国の東南アジア勢力圏構想の実質的な障害と考えている証拠は、その支持に対する中国政府の反応である。中国政府高官と政府系メディアは、米国はUNCLOSを批准していないので、同条約を行使する資格はないと一貫して主張してきた。また、中国以外の専門家の中にも、米国がUNCLOSの遵守を求めるのは「偽善的」あるいは「信頼性に欠ける」という議論を繰り返している者はいる。この議論は、米国がUNCLOSのルールに従わない場合にのみ有効である。米国議会はこの条約を批准していないが、米国政府はUNCLOSを国際慣習法の一部と認め、それに従っている。米シンクタンクAsia Maritime Transparency Initiative at the Center for Strategic and International Studies のGregory B. Polingが指摘するように、「海洋問題に携わるすべてのアメリカ人にとって、UNCLOSは事実上の国法である」。
(8) 米国がUNCLOSを批准しても、この地域における米中間の緊張がどの程度まで和らぐかは、はなはだ疑問である。中国政府は、米国は南シナ海の領有権問題の当事者ではないので、これに関与する立場にないと主張し続けるだろう。
(9) 米国は海洋法を支持する小規模な領有権主張者に支援を提供し、中国の脅迫に服従する以外の選択肢を与えている。
(10)  9月3日の発言で、中国の謝鋒外交部副部長官は、米国が「UNCLOSを引き合いに出して他国を非難する立場には全くない」理由を3つ挙げている。第1に、米国がUNCLOS批准を拒否しているのは、海底資源の共有等、条約の義務の一部を受け入れたくないからだと指摘する。部分的には正しいが、米国は南シナ海の領有権問題に適用されるUNCLOSの指針に従っており、指摘は的外れである。第2に、謝鋒副部長は米国がUNCLOSを支持するのは「下心から」であり、「他国を中傷し、封じ込め、抑圧するための道具として」利用するためだと言う。これは中国共産党が培ってきた被害者意識の現れである。最後に謝鋒副部長、米国が「他国の領有権主張に対して軍事力を行使することによって異議をとなえる」ことが国際法違反だと主張した。現実は全く逆で、米国による航行の自由作戦は、UNCLOS指針の下で合法であり、違法に制限しようとする中国に、明確に異議を唱えている。
(11) 米国は同様に、UNCLOS指針に反して台湾海峡の利用を中国が侵害していることに反発している。中国政府は、台湾海峡全域が海岸か12海里までの領海とEEZに含まれると主張している。UNCLOSは、200海里までのEEZを認めているが、資源の横取りがなければ、すべての国が沿岸国のEEZ内で航行と上空の自由を享受すると定めている。中国政府は、UNCLOSが承認した台湾海峡の領海外航行や上空通過に反対しているだけでなく、中国自身が米国、日本、オーストラリアなど他国のEEZに招かれざる艦艇を送り込んでいる。
(12)  64カ国が批准しているUNCLOSは、国際法として広く受け入れられており、中国の行動に制約を与えることができる。中国政府はしばしばUNCLOSを無視しているが、特に中国に不利な、2016年の常設仲裁裁判所の画期的な判決を無視したのは目に余る。しかし、中国政府は法律を守る政府として認められたいとも考えており、「厳正かつ責任ある態度で条約を真摯に遵守している 」と主張している。この政治的影響力によって、UNCLOは民主主義的地域秩序を維持したい米国と自治を維持しようとする東南アジア諸国が自然にまとまることのできる点である。
記事参照:With U.S. Support, UNCLOS Helps Defend Southeast Asia

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

How Word Games Became War Games in the Taiwan Strait
https://nationalinterest.org/feature/how-word-games-became-war-games-taiwan-strait-204571
The National Interest, September 1, 2022
By Paul Heer, a Distinguished Fellow at the Center for the National Interest and a Non-Resident Senior Fellow at the Chicago Council on Global Affairs
 9月1日、Center for the National Interestの特別研究員Paul Heerは、米隔月刊誌The National Interest電子版に、“How Word Games Became War Games in the Taiwan Strait”と題する論説を寄稿した。その中で、①8月上旬のNancy Pelosi米下院議長の台湾訪問により、中国、米国、台湾の各政府は、それぞれ独自の解釈と対応策をもち、相互作用的な動きを見せている。②台湾海峡での演習の実施に夢中になると、3者が自らの立場と行動を正当化するために行っている言葉の駆け引きに注意が向かなくなる。③現在の主流としては、中国政府が軍事的に「新しい現状」または「新しい常態」を確立したという筋書きがあるが、これでは、米政府や台湾政府が行ってきた変更が忘れられたり、曖昧になったりする。④米政府高官も「現状」を定義しておらず、現状は下院議長が「我々の一つの中国政策に合致する」ため、日常的に台湾を訪問することが可能なものになっている。⑤台湾政府も現状維持の定義について明言を避けているが、蔡英文総統の下では、「1つの中国」の枠組みから徐々に後退していることは間違いなく、中国政府側は現状を中国は1つであり、台湾はその一部であり、北京にある政府がその唯一合法的な政府で国際的な代表と定義している。⑥もう1つは、中国政府の「1つの中国原則」とワシントンの「1つの中国政策」の違いであり、最近の論評は、米政府が「台湾は中国の一部である」という条項を受け入れたり、支持したりせずに「認識している」だけであるにもかかわらず、米国は長い間「1つの中国原則」に同意してきたという中国政府の執拗な主張を非難している。⑦台湾は、40年以上前に米政府と中国政府が作り出した歴史の罠にはまったままであり、Pelosiの訪台は、米国の対台湾政策の根底にあるジレンマを露呈させたなどと主張している。

(1)Rethinking Deterrence: How and Why
https://nipp.org/wp-content/uploads/2022/09/IS-533.pdf
National Institute for Public Policy, September 8, 2022
By Dr. Keith B. Payne, a co-founder of the National Institute for Public Policy, professor emeritus at the Graduate School of Defense and Strategic Studies, Missouri State University
 2022年9月8日、米Missouri State University 名誉教授で米シンクタンクNational Institute for Public Policy の共同設立者Keith B. Payneは、同シンクタンクのウエブサイトに" Rethinking Deterrence: How and Why "と題する論説を寄稿した。その中でPayneは、8月30日に米保守系シンクタンクHudson Instituteで開催されたセミナーにおいて、今、多くの人が私に「三極の抑止力(trilateral deterrence)」という安全保障上の脅威環境について質問してくるが、これは、米国、ロシア、中国という3つの核保有国が同時に抑止力を発揮することを意味していると説明した上で、この新たな環境の出現によって米国の抑止政策は見直しが必要ではないかと言われるが、抑止の基本的な性質は不変であり、3ヵ国間の抑止の新しさは、3つの核保有国が牽制し合うことにあるのではなく、ロシアと中国の指導者が米国の世界観と激しく対立する世界観を持っており、古典的な自由主義世界の秩序を覆すという共通の目標を実現するために、米国に対して準同盟を結んでいるように見えることであると指摘している。そしてPayneは、この目標を追求するために、ロシアと中国は通常戦力と核戦力を利用して拡張主義的な目標を追求する意欲を示しており、米国の長年の防衛的抑止の越えてはならない一線に挑戦しているが、私たちは抑止力を防衛的な目的のために用いるものと考えがちであると指摘した上で、ロシアと中国の強圧的な核兵器の先制使用の脅威は、既存の世界秩序を転覆させるという共通の目標のために、今ここで起こっている問題であり、これは、われわれが慣れ親しんだ冷戦時代の抑止の概念とは異なる前例のないことであり、抑止政策の見直しを迫られているなどとして、これまでとは異なる核抑止政策の検討の必要性を主張している。

(2)HOW MUCH MULTIPOLARITY DOES A STRONGMAN NEED?: WHY ERDOGAN HAS
BENEFITED FROM RUSSIA’S FAILURE IN UKRAINE
https://warontherocks.com/2022/09/how-much-multipolarity-does-a-strongman-need-why-erdogan-has-benefited-from-russias-failure-in-ukraine/
The War on the Rocks, September 9, 2022
By Nicholas Danforth, a Senior Visiting Fellow at the Hellenic Foundation for European and Foreign Policy (ELIAMEP) 
 2022年9月9日、ギリシャのシンクタンクHellenic Foundation for European and Foreign Policy (ELIAMEP) の客員研究員であるNicholas Danforthは、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに" HOW MUCH MULTIPOLARITY DOES A STRONGMAN NEED?: WHY ERDOGAN HAS BENEFITED FROM RUSSIA’S FAILURE IN UKRAINE "と題する論説を寄稿した。その中でDanforthは、9月5日の週にトルコのErdogan大統領はギリシャへの侵攻を繰り返し予告し、かつ欧米のロシアへの挑発的な取り組みを強く非難しているが、ロシアがウクライナに侵攻して以来、トルコ政府はトルコ、NATO、そして世界のために、紛争当事国間の均衡を取るという独自の外交姿勢の正しさを誇示することに躍起になっていると述べ、この取り組みは、トルコがその軍事力と文化的影響力、そして独特な地理的位置を利用して大国間の橋渡しをするという独自の外交政策を追求するErdogan大統領の姿勢を反映したものであると指摘している。そしてDanforthは、トルコの外交政策とウクライナに提供されている無人攻撃機は、我々の多くが予想した以上に影響力があるが、これは皮肉なことに、トルコが従来想定してきた欧米の弱体化と世界の多極化という世界観が崩れていることを意味しており、それはロシアの想定外の弱体化が招いたもので、米国がトルコの対応に不満を抱くのならその原因はロシアの失敗にあることを理解すべきだと主張している。