海洋安全保障情報旬報 2022年1月1日-1月10日

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1月3日「中国海軍の艦艇数の増大よりも中国の特殊戦部隊の方が台湾にとって問題―米軍専門家論説」(Business Insider, January 3, 2022)

 1月3日付の米ビジネス専門ウエブサイトBusiness Insiderは、米国防関連研究組織Defense Prioritiesのアジア担当部長で元US Naval War Collegeの研究担任教授Lyle Goldsteinの“Stop counting warships. China's special-operations forces are Taiwan's real problem.”と題する論説を掲載し、Lyle Goldsteinは中国海軍の艦艇数増大よりも中国特殊戦部隊の急速な増強の方が台湾にとって問題であり、中国特殊戦部隊の増強と台湾が特殊戦に適しているという地理的状況を考慮すれば、台湾侵攻シナリオにおいて中国軍が優位であることは明らかであり、台湾において米国は軍事的衝突を起こすべきではないとして、要旨以下のように述べている。
(1) 中国の軍事拡大、特に海軍艦艇の増加は世界的な注目を集めている。艦艇数の多さが、あらゆる面で急速に発展している中国海軍の主な特徴であることは確かである。しかし、The Economist誌が2021年に台湾情勢を正確に説明したように、台湾が「地球上で最も危険な場所」になる時、大規模な中国海軍艦隊は人々を誤った方向に導くかもしれない。実は、中国が台湾を攻撃するためには大規模な最新式の艦隊を必要としないのである。地図を見れば、中程度の大きさの島である台湾が中国の沿岸から100マイル未満のところにあることから大規模な最新式の艦隊が必要でないことは極めて簡単に理解できる。もし米国がキューバに侵攻しようとしたら、第3、第5、第7艦隊が必要だろうか?必要ないだろう。米陸軍と米空軍は米海軍の支援なしでも十分任務を遂行できる。同じことが台湾にも当てはまる。台湾は、残念なことに、国家主義的で台頭する超大国、中国という隣国から非常に近い位置にある。
(2) 中国軍の台湾攻撃の第1段階において、台湾は数千もの弾道ミサイルと巡航ミサイル(強力なロケット砲は別として)によって粉砕される。防空システムは破壊され、滑走路は攻撃され、主要な通信基地は全滅する。その後、数百機の中国空軍の爆撃機と攻撃機が、監視用ドローンと徘徊型自爆ドローンの有効な支援を受けて、台湾上空を自由に支配するであろう。これらの攻撃の主な目的は、台湾の小規模な海軍と空軍の殲滅を別にすると、大規模な火力で台湾上空の侵攻に必要な空域の敵を排除し、中国軍兵士がパラシュートとヘリコプターによって侵攻し易くすることである。中国陸海空軍は、空挺部隊を大規模に強化しており、空挺部隊は夜間、沿岸部、水上を含むより困難な状況におけるパラシュート降下訓練を行っている。中国の情報筋によれば、中国軍がこれらの空挺部隊を輸送できる輸送機を約450機保有している。中国はまた、空挺部隊の任務のため最新鋭のY-20輸送機を配備している。ノルマンディーのような大規模な空挺作戦を細部まで研究している中国軍は、空挺部隊が追送される火力と機動力を必要とすることをよく理解している。そのため、中国軍は特殊な軽戦車、ジープ、対戦車兵器を開発している。
(3) 中国の空挺部隊は、巨大な艦隊の輸送部隊と攻撃ヘリコプター部隊による同時並行的な活動により重要な支援を受けるであろう。進化している中国のヘリコプター部隊は、特に台湾進攻シナリオで重要な役割を果たすため、同時に2種類の輸送ヘリコプターと2種類の攻撃ヘリコプターを配備してきた。このヘリコプターの生産計画はロシアからの十分な輸入によって支えられている。中国軍に関するロシアの専門家は、最近2021年12月の分析において中国軍は1,500機のヘリコプターを保有していると推定した。彼はそれを「空の回転翼帝国」と呼んでいる。パラシュート部隊とヘリボーン部隊により、中国は第1波攻撃で5万人の兵士を台湾に投入し、最初の24時間で10万人以上の兵士を計画どおりに展開させることができる。中国の戦略家がこれらの第1波攻撃において非常に高い犠牲を被ることを厳しく認識していることは注目に値する。しかし、彼らは、その犠牲は勝利を得るために必要な対価であると考えている。中国の戦略家は、航空攻撃で火力の問題を解決しようと考えているのと同じように、彼らは補給の問題に熱心に取り組んでいる。中国の空挺部隊は、パラシュートで投下されるパレットとこの目的のために特別に開発された大型の無人機によって、再補給される。西側諸国の軍事専門家のほとんどは、中国軍のメディアでほぼ毎日報道されている中国の水陸両用戦戦闘車両が好きなようである。しかし、中国の戦略家は、防御のために掘られた塹壕に対する両用戦部隊による攻撃は、速度が遅く、はっきりと目視されてしまうために、危険であることを非常によく知っている。そのため、水陸両用歩兵戦闘車はある程度役に立つかもしれないが、上陸部隊の主力は、少なくとも初期段階では、安価に製造できる小型軽量の上陸用舟艇に乗った歩兵となる。この上陸方法は、水陸両用戦に関する最先端の考え方と一致している。少し前に米海兵隊に助言を与えた2人の米国の戦略家は「より小さな地上部隊と広い地域に分散された兵力が巨大な成果を達成する」と書いている。地上部隊の小型化と兵力の分散に重点を置きつつ、中国軍は近年、小型上陸用舟艇を使用した作戦に大きな関心を持っている。これらの舟艇は高速で、隠密性があり、低価格であるが、おそらくその最も注目すべき利点は、巨大な漁船群を含むほぼすべての中国の民間船により運搬可能であり、そこから発進できる点である。そのような舟艇は、船外エンジンを搭載したゴムゴートから小型上陸用舟艇やより高性能な船舶まで多岐に及ぶ。最後に取り上げるのは16メートルの「新型高速艇」、特に地上部隊を支援するType928D高速強襲艇である。Type928D高速強襲艇の詳細は、2020年1月に中国の造船関連雑誌によって明らかにされている(常州FRP造船所で建造され、全長13m、速力38.9ノット、収容人員11名、兵装12.7mm機銃×1、銃座2基:訳者注)。中国の巨大な港に近い洞窟のような場所に簡単に隠すことができるこのような小型艇により、中国の攻撃チームは4、5時間で台湾の海岸線全域に到着することができる。
(4) 上記のような上陸方法は、海軍の軍艦には大きくは依存していないが、高度な訓練を受けた突撃部隊、特に特殊戦部隊の大きな兵力に依存している。西側の軍隊の特殊戦部隊がテロとの戦いにおいて規模と能力を増加させているにつれて、中国も熱心に特殊戦部隊の能力向上を図ってきた。数年前、欧米の記者は国際的な対テロ作戦における中国軍を評価した時、特殊戦部隊を強化する中国の熱心さを垣間見た。中国の特殊戦部隊は期待を裏切らなかった。中国の軍事ニュースを定期的に見れば、これらの選ばれた兵士たちは、隠密裡の潜入、夜間作戦、狙撃戦術、ハードターゲットの確保、都市部での戦闘、山岳地帯での作戦を行う準備ができていることは明らかである。これらの部隊は台湾の後方で騒乱を起こし、道路を閉鎖し、司令部を攻撃し、さらに高地、飛行場、小さな港を含む重要な目標も確保するであろう。中国軍が台湾の海岸に上陸するときには、特殊戦部隊はすでにそれらの着上陸地を確保しているかもしれない。中国軍が特殊戦を好むことは、大して驚くべきことではない。2,000年以上も前に中国の戦略家孫子は「凡そ戦いは、正を以て合し、奇を以て勝つ」と述べている。しかし、米国の戦略家は水陸両用戦闘車両をどれだけ海底に送り込めるかを数えることを好むようである。これら戦闘車両を輸送する巨大な艦船は米軍の魚雷やミサイルの標的になる可能性があるからである。中国の侵略を打ち負かす「特効薬」を求めるという大雑把な考え方は、台湾が主として山岳と都市部から成る国であるという事実を見逃している。言い換えれば、これは古き良き歩兵の戦いになる。水陸両用歩兵戦闘車が、ノルマンディーでも、仁川でも、フォークランドでも、上陸作戦において決定的な要因であったことは一度もないことに留意すべきである。むしろ、それらの作戦では空軍力が決定的であった。中国は確かに大量のミサイル、無人機、長距離砲によって補完された空軍力を保有している。歩兵の戦闘は、もちろん空軍力の影響を強く受けるが、兵士の士気も決定的な役割を果たす。その点でも、中国は、自国の防衛意欲の不足している台湾に対して大きな優位を保っていると思われる。
(5) 米国の戦略家は、現在の中国軍事ドクトリンにおける台湾の地理と新しい事態を今までよりもよく理解して、このシナリオについて現実的に考えるように賢明になるべきである。これまでの分析が示すように、第1撃が明らかに中国側に有利であることは言うまでもなく、高度な訓練を受けた士気の高い中国の特殊戦部隊と中国軍にとって有利である台湾の地理的状況を組み合わせて、中国が台湾侵攻のシナリオにおいてほぼ完全な支配権を握ることが予想されるのであり、これらの要因は、台湾は米国にとってアジア太平洋において平和的解決から軍事的解決に移行する「レッドライン」を引くには間違った場所であることを意味している。
記事参照:Stop counting warships. China's special-operations forces are Taiwan's real problem.

1月4日「ミャンマーの潜水艦を巡る中ロの綱引き―シンガポール専門家論説」(Fulcrum, January 4, 2022)

 1月4日付のシンガポールのシンクタンクThe ISEAS -Yusof Ishak Instituteが発行するウエブサイトFulcrumは、The ISEAS -Yusof Ishak Institute上席研究員Ian Storeyの“Myanmar’s Submarines: The Race Is on Between China and Russia”と題する論説を掲載し、Ian Storeyはミャンマーへの潜水艦売り込みで中ロが綱引きを行っている一方、両国は米国が呼びかけるミャンマーへの武器輸出禁止には耳を傾ける意図はないとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2021年12月15日、習近平主席とVladimir Putin大統領は台湾及びウクライナ問題で米国との緊張が高まる中、相互に支援することを誓約した。しかし、最も緊密な2国間関係も対立の要素を覆い隠している。中国政府が中国製潜水艦をミャンマーに移転し、モスクワを出し抜いたことで対立の力学が明らかになった。
(2) 2000年代初め頃から、ミャンマーは潜水艦部隊の獲得を追い求めてきた。特に東南アジアの隣国インドネシア、マレーシア、シンガポール、ベトナムに追い付こうとしていたようである。しかし、ミャンマーの潜水艦購入の選択肢は限られていた。EUは、ミャンマーにおける人権侵害を理由に、同国に対し武器禁輸を課していた。これはドイツ、フランス、スウェーデンから潜水艦を購入できないことを意味する。同様の理由で日本、韓国もミャンマーに対して潜水艦の提供はしないだろう。同時にこのことは中国とロシアが残ることを意味している。中ロは既にミャンマーに対する第1位と第2位の武器供給国である。
(3) ロシアは有利な立場を保持しているようである。2020年10月、ロシアはインドに対しロシア建造のキロ級潜水艦をミャンマーに移譲することを承認している。この取引は印ロ双方にとって利益となるものであった。ミャンマーは、中国の影響力に対抗する努力としてミャンマー政府との防衛協力強化を意図して融資を行ったインドから潜水艦を購入した。ロシアにとってみれば、ミャンマーに譲渡された元インドの潜水艦はロシアの技術に習熟する有用な訓練用となる潜水艦である。インドからの潜水艦譲渡のすぐ後に、ミャンマー政府はロシアと1隻あるいはそれ以上のキロ級潜水艦購入に関する交渉を立ち上げた。ロシアは、東南アジア、特に地域最大の顧客であるベトナムへの装備品売却の落ち込みを取り返し、ミャンマー軍事政権への武器供給国である中国の地位を奪うことを熱望している。
(4) 中国はこれを押し返そうとしている。ロシアの動機は純粋に商業的なものであるが、中国の論理的根拠はミャンマーの将軍達への影響力を維持するという地政学的なものである。インドのミャンマーへの潜水艦譲渡を嗅ぎつけた中国では、環球時報が「この売却は挑発的である、潜水艦は除籍された、時代遅れのもの」とこき下ろした。
(5) しかし、ミャンマーが中国から受け取った潜水艦がインドからの潜水艦より性能の面で遙かに優れているわけではなく、ほぼ間違いなく劣っている。「ミンイェ・チョーティン」と命名された中国からの潜水艦はType035、NATOコードで明級と呼ばれる潜水艦で2000年代初めに武漢で建造されている。中国は、「ミンイェ・チョーティン」を引き渡す前に性能向上の工事を行っている。中国が「ミンイェ・チョーティン」を売却したのか、無償で譲渡したのかは不明である。しかし、中国がミャンマー海軍の次世代潜水艦について真剣勝負をするのであれば、中古の明級潜水艦よりもはるかに高性能の潜水艦を提案しなければならない。最も可能性のある選択肢は最新鋭のType041元級通常型潜水艦の輸出型であろう。
これは中国とタイ軍事政権との間の10億3,000万ドルの取引の再現となるだろう。ロシアもタイ軍事政権に潜水艦を売り込もうとしたが、戦闘システム、魚雷、訓練、係留施設、寛大な支払期間などの条件を含め3隻を2隻分の価格を提示した中国に遅れを取った。1番艦は現在、武漢で建造中であり、2023年引き渡しの予定である。2番艦、3番艦の支払いはCovid-19の世界的感染拡大による経済の落ち込みで2021年に再交渉された。しかし、目標は依然として全艦が2026年までに運用可能状態となることである。中国とロシアのいずれが勝者となるのかは不明である。
(6) 軍事クーデターの指導者Min Aung Hlaingの好みはロシア製潜水艦である。6月にはMin Aung Hlaingはロシアの軍事工場を訪れているが、中国へはいまだ出向いていない。Min Aung Hlaingが中国製装備よりもロシア製のものを好む理由は、ロシア製の方が性能が良いことと中国へ過度の依存をしたくないからのようである。中国は、おそらくミャンマー軍事政権が経済を推し進めるために切実に必要としている大規模な一括経済援助の一部として軍事政権が潜水艦を購入することを熱望しているだろう。ミャンマーが中国からは潜水艦を購入し、ロシアからは戦闘機を購入するというように両国の均衡を図るのも賢明な方策かもしれない。
(7) 中ロいずれが潜水艦の契約を獲得するにしても、世界がミャンマーへの武器輸出を禁止するよう米国が呼びかけたが、これに耳を傾ける意図が全くないのは明らかである。中ロにとって地理経済学的な利害関係は主要なものなのである。
記事参照:Myanmar’s Submarines: The Race Is on Between China and Russia

1月5日「AUKUSはASEANに害をなすか?―米東南アジア専門家論説」(IDSS Paper, RSIS, January 5, 2022)

 1月5日付の、シンガポールThe S. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)のInstitute of Defence and Strategic Studiesが発行するIDSS Paperは、アメリカのInternational Students Inc.のCEO See Seng Tanの“AUKUS: Not That Bad for ASEAN?”と題する論説を掲載し、そこでTanは英米豪の防衛協力協定であるAUKUSに対する東南アジア諸国の反応がさまざまであることを指摘した上で、AUKUSが現在のところ、東南アジアに害をもたらすものではないとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2021年9月15日、英米豪の間で、サイバー技術や原子力潜水艦技術の開発、共有に焦点を当てた協定が結ばれた。その協定(以下、AUKUSと言う)が、インド太平洋における中国の台頭を念頭に置き、それに対抗する米国およびその同盟国の戦略の一部であることは疑いない。そして、ASEANによるAUKUSに対する反応は、興味と不安が入り混じったものである。
(2) たとえば、シンガポールやベトナム、フィリピンはAUKUSが地域の平和と安定に貢献すると考えてそれを好意的に捉え、他方でインドネシアやマレーシアは反対にAUKUSが地域の緊張を高める可能性があるとして警戒心を見せている。AUKUS協定発表の直後、米豪は共同声明を発し、ASEANの中心性とASEAN主導の機構構築に対する誓約を再確認した。しかしそうであっても、安全保障専門家が指摘するように、AUKUSはASEANに対して警鐘を鳴らすものであった。すなわち、地域の安全保障に関してASEANはもっと積極的になり、地域機構構築におけるASEANの中心性は、もはや自明のことではないという警鐘である。
(3) これまでASEANは、東南アジア友好協力条約や、東南アジア平和・自由・中立地帯協定などを通じて、域外勢力の介入を阻む努力を続けてきた。だが、ASEANはその中心性が外部の構想によって攻撃にさらされていると認識している。とはいえ、日米豪印4ヵ国安全保障対話(QUAD)の構成国がそれぞれインド太平洋戦略を発表したとき、なかでも米国以外の3ヵ国のそれは、中国とASEANに対する配慮を示している。米国もまた、Trump政権期にASEAN首脳会議に参加することはなかったが、概してASEANの中心性に対する支持を表明している。ASEANの中心性およびASEAN主導の地域機構の構築は、ASEAN以外の主要国の配慮や貢献がなければ不可能であろう。
(4) AUKUSは、果たしてASEANにとって悪い存在なのか。オーストラリアが原子力潜水艦を獲得しようという計画は、オーストラリアがASEAN主導の体制に誓約しないのではないかという懸念を強めた。また中国はAUKUSの存在に対して一貫して批判的である。またインドネシアやマレーシアも、中国を怒らせないようにしていることから、上記のようにAUKUSに対して懐疑的な視線を向けている。AUKUS発表の翌日、中国は公式に環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP)への加盟申請を行ったが、それは、中国が地域の平和と安定を支援することを強調するためのものであった。
(5) ベトナムとフィリピン、シンガポールはAUKUSに対して好意的な態度である。ベトナムとフィリピンは中国との間で南シナ海をめぐって争っているし、なかでもフィリピンは、Duterte大統領による中国との関係強化の努力にもかかわらず、米国との間で訪問軍協定を更新するなど、米国との関係強化に舵を切っている。興味深いのは、中国との間に領土的な論争がないシンガポールが、地域の平和促進に貢献し、地域の機構を補完するものとしてAUKUSを歓迎したことである。
(6) AUKUS協定の意図に関する米国のこれまでの説明を聞く限り、シンガポールの見方は正しいように思われる。AUKUSが中国への対抗だということは明らかである。しかし、Biden政権が強調するのは、AUKUSがそれだけのための存在ではないということである。すなわち、AUKUSはインド太平洋における革新と繁栄を促進し、この先他の国々も参加できるような開かれた機構だということである。米国の国家安全保障担当補佐官Jake Sullivanは、AUKUSの目的な軍事領域に限られるものではなく、インド太平洋における技術、経済、気候変動に関する協力も射程に入っていると言う。
(7) AUKUSが単なる対中国軍事同盟ではなく、インド太平洋に大きな恩恵をもたらすのが本当かどうかは時間が経たないとわからない。ただ、AUKUSが排他的ではなく、開かれた機構であり、既存の地域的規範などと矛盾するのではなく、補完する限りにおいて、AUKUSはASEANに対して恩恵を与える存在になるであろう。
記事参照:AUKUS: Not That Bad for ASEAN?

1月5日「グリーンランドが中国の『負債の罠外交』にはまる危険性―グリーンランドFulbright 奨学生論説」(The Diplomat, January 5, 2022)

 1月5日付のデジタル誌The Diplomatは、グリーンランドのFulbright 奨学生Erin Parsonsの“Is China’s ‘Debt-Trap Diplomacy’ in Greenland Simply on Ice?”と題する論説を掲載し、Erin Parsonsは独立志向を強めつつも財政的に脆弱なグリーンランドが中国の「負債の罠外交」にはまる可能性を指摘し、そうならないためにはどのような方策が必要であるかについて、要旨以下のように述べている。
(1) 2021年4月、グリーンランドで行われた総選挙でInuit Ataqatigiit(イヌイット友愛党)が勝利した。この結果は、同島南部におけるレアアース資源採掘計画に対する打撃であると同時に、グリーンランドが今後デンマークから幅広い自治を獲得し、そして最終的な独立に向けた動きを強めていることを示している。しかしグリーンランドが独力で独立を達成することはできない。したがって、もしリベラル諸国からの資金的協力がなければ、グリーンランドは中国の「負債の罠外交」にはまってしまう可能性がある。
(2) グリーンランドのヌーク空港拡張計画があった時、中国の投資会社である中国交通建設有限公司が計画への参加を申し出た。デンマーク政府は中国からの投資を受け入れることは安全保障上の危険性があるとして、デンマーク政府が建設計画全体の3分の1を支出することで話がまとまり、中国は申し出を取り下げた。しかし、もしグリーンランドが独立していたら、この申し出を断れたであろうか?
(3) グリーンランドの独立にとって最大の課題が財政である。同島のGDPの大部分が、デンマークによる年間6.14億ドル相当の包括的補助金によるものである。グリーンランドは独立の動きを強めており、それが実現するのはそう遠いものではない。独立し、財政的に問題を抱えるであろうグリーンランドに待ち受けているのが、中国の「負債の罠外交」である。
(4) 中国は現在発展途上国の基幹施設建設などに対して資金提供を進めており、世界最大の海外投資国となっている。政策的な制限を課せられるIMFや世界銀行からの借款よりも、中国からの借り入れは発展途上国にとって理想的なように見える。しかし、もし債務不履行に陥った場合、その国は中国に負債を負うことになり、戦略的資源や外交支援に関する要求に抵抗できない状況に追い込まれる。スリランカのハンバントタ港やジブチにある中国の唯一の海外軍事基地などがその好例である。
(5) グリーンランドの国内財政の問題は、懸案となっているより大きな争点を浮き彫りにしている。すなわち、急激に変動する北極圏において独立することの含意、気候変動対策により大きな対価がかかるようになっていること、そして、海外直接投資部門における幅広い規制の必要性である。急激な気候変動によって、その管理はグリーンランド財政にとって大きな負担になるだろう。それに加え、大国間の対立や北極海航路での活動の活発化、北極圏における軍事作戦の増大などの近年の国際環境は、その地域に独特な課題を突きつけている。
(6) グリーンランド政府は「負債の罠外交」にはまらないように慎重姿勢を維持しなければならない。そのうえで、リベラル諸国との関係を確かなものとするために、海外直接投資の規制に関する明瞭な指針をつくる必要もある。そうしなければ、北極圏での自由主義秩序に不可欠な安全保障上の利益が失われ、グリーンランドは「負債の罠」の問題を先送りにしてしまうだけになろう。
記事参照:Is China’s ‘Debt-Trap Diplomacy’ in Greenland Simply on Ice?

1月5日「中国、北極圏にSSBNを展開か―米安全保障専門家論説」(19FortyFive, January 5, 2022)

 1月5日付の米安全保障関連シンクタンク19FortyFiveのウエブサイトは、米University of Kentucky上席講師Robert Farleyの“Would China Send Nuclear Ballistic Missile Submarines To The Arctic?”と題する論説を掲載し、そこでFarleyは中国による北極圏への原子力潜水艦の展開に対する懸念が高まっていることを指摘しつつ、その可能性はまだ先のことであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 近年、中国が北極圏に弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(以下、SSBNと言う)を配備するのではないかという懸念が高まっている。そうした懸念は果たしてどれほど現実的なのか。Adam LajeunesseとTimothy Choiは、Journal of Strategic Studiesに掲載された論文において、中国による北極圏へのSSBNの配備に伴う困難さを論じている。重要なことは、中国の潜水艦が隠密行動をできるほどに静粛ではないことに加え、真の「聖域」戦略を追求するには地理的な防衛手段を欠いていることである。北極圏は南シナ海では簡単にできなかった方法で出入りをできなくすることができ、監視が容易である。
(2) 中国は経済的な理由から北極圏への関心を高めている。もし北西航路が開通すれば、世界での海運の態様が変容し、中国の海上貿易の少なくとも一部が北極圏を通行するようになるだろう。こうしたことを背景にして、中国は北極圏への軍事的関心を強めている。
(3) 氷の下での作戦行動において、潜水艦は地上の船舶や航空機の攻撃から守られるため一定の安全を得られる。しかしこうした環境での作戦行動は極端に複雑であり、求められることが多い。氷の厚さも一定ではなく、乗組員には高度な訓練と経験が必要であり、極度のストレスにもさらされる。また、中国は北極圏での活動のために、長距離・長時間の配備に耐えられる潜水艦を何よりも必要としている。現在配備中の中国のSSBNは、あくまで中国近海での活動にしか従事していない。加えて、長距離・長時間の活動のためには人員と保守整備が必要である。
(4) 北極圏での作戦行動のために、ロシアの基幹施設に頼ることもできるだろう。とはいえ、そのためには中ロ関係を現状よりもさらに親密にする必要がある。ロシアが中国の支援のためにできることは多いが、しかしそれでも、中国がその潜水艦をロシアの基地に常駐させることはありえず、保守整備や乗組員の交代のために本国へ定期的に帰投する必要がある。そのためには、米国が常に監視しているベーリング海峡を航過しなければならない。中国がベーリング海峡を通過すれば、米国は中国の潜水艦の情報を入手し、潜水艦と本国基地との通信の傍受を容易にできる。また最後の問題として、原子力潜水艦の運用のためには通信が死活的重要性を持つが、北極圏の環境はそれを困難にするであろう。そうなればSSBNが持つ抑止力は失われる。
(5) このように、中国のSSBN部隊が北極圏に配備をするという将来は近いものではない。中国のSSBN部隊はなお長期的な困難に直面しており、そのことが、地上配備や海上配備の核戦力の強化を中国が進めている理由かもしれない。
記事参照:Would China Send Nuclear Ballistic Missile Submarines To The Arctic?

1月5日「日豪のより緊密な防衛関係は中国への強力なメッセージ―オーストラリア専門家論説」(The Strategist, January 5, 2022)

 1月5日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategist は同Institute所長で元オーストラリア戦略担当国防次官Peter Jenningsの“Deeper Australia–Japan defence ties send strong message to China”と題する論説を掲載し、Peter Jenningsは日米豪3ヵ国が中国の脅威に対抗し協力して行動することにより、この地域の国々に中国に屈するとは別の選択肢があることを示すことは極めて重要であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 日豪関係の強みの1つは、実際的な結果の伴わない大言壮語とは反対に、両国が重要な内容を共有できることである。オーストラリアは多くの国と戦略的提携を結んでいる。通常その提携には、協力を深めるための詳細な計画が付属している。しかし、その内容をみると閣僚の声明が長ければ長いほど、しばしば成果は小さくなっている。2022年1月6日、オーストラリア首相Scott Morrisonが日本の岸田首相とテレビ会議を行うことは、日豪に関してはそれとは反対のことを示すだろう。両国が共有している戦略的な見通し・価値観と数十年にわたる信頼に基づく関係には深い内容がある。それを受けて、より緊密な防衛協力を可能にするために作られた日豪の相互アクセス協定は、両国の防衛力がどのように相互に活用できるかの実際的な詳細を整理しただけのように見えるかもしれない。しかし、法の支配を真剣に受け止める両国にとってこれらの詳細は重要である。日豪両国は、互いの軍事施設を使用でき、出入港を安全に行うことができ、飛行場に着陸することができ、後方支援を受け、保全に関する取り決めを行い、法体系にどのように合致させるのか、これらのことについて合意した具体的で詳細な内容があってはじめて、実際的な軍事協力を拡大することができる。このような協定があることによって、オーストラリア国防軍やダーウィンからの米海兵隊員と一緒に演習や訓練を行う日本の自衛隊員を見ることをできる。日本のF-35は、対地任務の訓練するためにオーストラリアの訓練空域を使用することができ、オーストラリアの潜水艦や艦艇は日本の基地から出港して作戦することができ、両国の特殊戦部隊は東南アジアの提携国と協力して一緒に専門的な知識技能を獲得することができるようになる。これは、日豪という2つの同じ志を持つ民主主義国家がどのように協力して地域の安全保障の成果を作るかという強力な意思の表明である。この両国の地域へのメッセージは、単に中国の要望におびえ、それに従うしかないことよりも良い選択肢があるということである。
(2) なぜこのことが日本にとって優先事項なのか。第1に、日本はオーストラリアと同様に、個別ではなく他国と協力して行動することで、地域の安全保障に対しより強い影響力を行使できると認識している。東南アジアは、日豪両国にとって戦略的に極めて重要な地域である。中国は大変な努力をしているが、これまでのところASEAN加盟国に世界の民主主義国と関係を断たせ、地域の協力を弱めようとする努力は失敗に終わっている。日豪両国は、東南アジアでの外交努力の連係を採ることによって、中国がこの地域の国々を世界から孤立した自分の意のままになる一連の顧客のような国々にしてしまうことを止める機会を強化する。
(3) 第2の日豪共通の関心は、米国がインド太平洋に従事し続けることである。Joe Biden米大統領は、同盟国が自国の安全保障努力を強化することを望んでいることは明らかである。これについては、日豪両国はただ乗りの同盟よりも自助を選択している。日豪が一致した外交・安全保障の取り組みを行うことが多くなればなるほど、米国が関与し続ける可能性が高くなる。その目的は米国をインド太平洋で活動させ続けることであるが、日豪の政策立案者は米国の孤立主義的風潮が深まるかもしれないという危険性を感じている。もしそうなれば、オーストラリアにとって日本との関係は、中国の独裁主義に対する安全保障の要となる。より深い日豪関係に批判的な人々にとっては、中国の地域支配に対する日豪による拒否の考えは、中国の力を止めることについて何もできないので、馬鹿げているだけである。しかし、オーストラリア・英国・米国間のAUKUS安全保障協定の締結、日米豪印4カ国安全保障対話の強化、日米豪3カ国の協力の実現、韓国のオーストラリアに対するより緊密な関与、欧州諸国とインド太平洋とのより深い結びつきは各国が中国の支配に屈しないことを示していることに注目するべきである。これは、2021年の否定し難い結果である。新型コロナウイルスとロックダウンと中国からの容赦ない威嚇の発言を通じて中国が世界の指導者であるために我々が従属の代償を払わなくてはいけないという中国共産党の要求に、世界の重要な民主主義諸国はますます抵抗している。2022年は習近平の将来における政治的な転換点になるだろうか。彼は「戦狼」の侵略に党を転換させた立案者であり、それは世界規模の大損害を中国に与えている
(4) オーストラリアに対する日本の第3の関心は、長期的に保証されたエネルギー供給の必要性である。2018年11月、当時の安倍首相がダーウィンを訪問した。おそらく、安倍首相の訪問にとってダーウィン爆撃の非を認めることと同じくらい重要であったのは、「2国間エネルギー協力の発展を示すINPEX(国際石油開発帝石株式会社)が運営するイクシスLNGプロジェクト(西オーストラリア沖合のイクシス・コンデンセート田をINPEXが操業主体となって、フランスのトタル社と共同開発する計画であり、LNG年間290万トンの生産を予定している。この内70パーセントが長期契約に基づき日本へ海上輸送される。:訳者注)からの最初の天然ガス生産と液化天然ガス(LNG)の出荷」であった。2019年から2020年まで、LNGはオーストラリアの日本向け最大の輸出品目であり、輸出額は190億ドルを超えていた。石炭の輸出は時が経つにつれて減少しているが、輸出額は14.3億ドルである。一方、オーストラリア産の水素は依然として将来的なエネルギーに留まっている。現在、日本の発電量の約40%を占めるLNGは、今後数十年、日本にとって重要であり続けるだろう。オーストラリアの政策立案者は、日本のエネルギー安全保障にとって明らかに不可欠なLNGをオーストラリアが守る必要があることを理解すべきである。ただし、INPEXのLNG施設がダーウィン港に隣接して存在していること、ダーウィン港を中国企業「嵐橋集団(Landbridge Group)」が99年間リースしていることは、日本には逃れることはできない事実である。
(5) 日豪の相互アクセス協定は条約レベルの合意である。しかし、日豪のどちらかの国が脅かされた場合、1951年のANZUS条約のような相互安全保障対応は行われない。日本はANZUS同盟に正式に招待されるべきなのか?しかし、おそらくそれはすぐにはできないであろう。米議会と常に予測不可能な日本の国会が、新しい正式な同盟協定に合意するかは不明である。ANZUS条約は、同盟国(ニュージーランドが1980年代に条約から離脱し、反核陣営に移ったので現在は米国とオーストラリアの2カ国である)が太平洋地域の各国と協議関係を維持し、条約の目的をさらに進め、この地域の安全に貢献する立場にあることを認めている。オーストラリアと米国が、日本との正式なANZUS条約協議関係に合意することはオーストラリアと米国にとって有益である。たとえば、毎年実施される豪米の閣僚会議の後に豪米日の3ヵ国の会議を行うということも可能であろう。
(6) 日本、オーストラリア、米国は中国との対立を求めていない。2022年1月1日地域的な包括的経済連携(RCEP)として知られている貿易協定が発効した。RCEPには中国、日本、オーストラリアが含まれるが、米国は含まれていない。この協定の15の加盟国は、世界のGDPの約30%を生産している。この地域のすべての国々が貿易協力の恩恵を受ける可能性は依然として大きいが、中国によるオーストラリアへの経済的な威圧は、中国がこの協定に本当に協力しようとしていることをほとんど示していない。このような中国の威圧的な行動に直面しつつも、日豪両国は、地域の他の人々と同様に安全保障協力を深め続けるであろう。
記事参照:Deeper Australia–Japan defence ties send strong message to China

1月6日「活発に行われるロシアの原子力潜水艦の建造―ノルウェー紙報道」(The Barents Observer, January 6, 2022)

 1月6日付のノルウェーのオンライン紙The Barents Observerは、“Russia’s nuclear submarine construction reaches post-Soviet high”と題する記事を掲載し、ロシアが原子力潜水艦を速いペースで建造しているとして、要旨以下のように報じている。
(1) 2021年は、ロシアで唯一原子力潜水艦を建造している造船所にとって記録的な年になった。3隻の潜水艦がロシア海軍に引き渡され、2隻が進水し、さらに2隻が起工された。セヴマッシュ造船所が新型潜水艦を建造している間、ズビョズドチカ造船所は既に就役している潜水艦の修理と性能向上を行う。この10年間、モスクワの海軍近代化計画はソ連崩壊後の数年間の怠慢とは際立って対照的である。
(2) ロシア海軍初の第4世代多目的潜水艦「セベロドビンスク」の建造には20年近くを要したが、その後の同じ「ヤーセンM」級潜水艦は、はるかに速い速度で建造されている。2021年12月末に海軍に引き渡された同級「ノボシビルスク」の建造期間は8年である。2021年のクリスマス前に太平洋艦隊に引き渡されたボレイA級の新型弾道ミサイル搭載原子力潜水艦「クニャズ・オレグ」は、7年の歳月で建造されている。2022年1月1日までに、13隻の原子力潜水艦がセヴマッシュ造船所で異なる建造段階にあり、いずれも2027年までに海軍に引き渡される予定である。
(3) Barents Observerは、オスカーII級の船殻を改造して作られた世界最長の潜水艦「ベルゴロド」について何度か報じている。この潜水艦は、新型で原子力推進の核兵器搭載水中無人機「ポセイドン」の母艦となり、2022年の内に太平洋艦隊を拠点とする可能性が高い。現在、セヴマッシュ造船所では、他に「ハバロフスク」と「ウリヤノフスク」という2隻のポセイドン型水中無人機の母艦が建造中である。しかし、ロシア海軍の新型と既存の艦艇を監視しているブログサイトによると、「ハバロフスク」が2024年に就役し、次いで「ウリヤノフスク」が2025年に就役するとのことである。2017年に「ウリヤノフスク」が起工された際、Barents Observerは同艦がヤーセンM級であると報じている。
(4) その他には、数年後に建造されている可能性がある未確認の潜水艦は、ボレイA級が2隻、ポセイドンの母艦が2隻、そして、Defense Ministry’s Main Directorate for Deep Sea Research(ロシア国防省深海調査本部総局:GUGI)向けである特殊用途小型潜水艦が1から2隻である。ハスキー級と呼ばれる第5世代原子力潜水艦の設計作業が進められているというが、現在までに建造のための契約は結ばれていない。
(5) 新型潜水艦に加えて、セヴマッシュ造船所では大型原子力巡洋戦艦「アドミラル・ナヒーモフ」(ロシアの艦種区分ではProject11442重原子力ロケット巡洋艦とされている:訳者注)の修理や近代化作業に追われている。1988年にソ連海軍に就役したこの巡洋戦艦は、これ以上の遅延の発表が無ければ、2023年に北方艦隊に再就役する予定である。
記事参照:Russia’s nuclear submarine construction reaches post-Soviet high

1月7日「QUADの情報共有網構築に向けて―日情報専門家論説」(The Diplomat, January 7, 2022)

 1月7日付のデジタル誌The Diplomatは、日本の政策研究大学院大学の大学院生Ariel Stenekの“Toward a Quadrilateral Intelligence Sharing Network?”と題する論説を掲載し、そこでStenekは、UAD諸国が情報共有に関する公式の体制を構築する時期が来ているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 情報の主要な目的は、敵国の意図と能力を知り、自国の安全を確保することである。他方、情報収集は国家間の信頼構築手段としても機能しうる。米国の国家安全保障政策におけるインド太平洋の重要性が増大していることを考えれば、日米豪印4カ国安全保障対話(以下、QUADと言う)の国々の間で情報共有網を構築する機が熟していると言えよう。
(2) これまで、米国やその同盟国の間で、情報共有のためのいくつもの協定が積み重ねられてきた。米国に関して、最も緊密なものがUKUSA協定に基づく英国、オーストラリア、カナダとの関係であり、それは信号情報(SINGINT)の共有に関する協力である。それに加えて米豪は2008年に地理空間情報(GEOINT)の情報共有に関する協定に署名した。
(3) 日本は米国との条約上の同盟国として米国との間で情報共有体制を確立してきたが、さらに2012年にオーストラリアとの間で情報保護協定を締結した。日本はそうした情報共有体制の範囲をさらに広げ、オーストラリアより先にはフランス、その後イギリス、インドとの間でも同様の協定を結んでいる。インドは、QUAD構成国とは同盟関係ではないものの、その国々と情報共有体制の確立を模索しており、日本や米国とは秘密軍事情報保護協定(GSOMIA)を締結し、さらに2020年には米国との間で「地理空間協力のための基礎的な交換・協力協定(BECA)」を締結した。それによってインドは、GEOINT関連データの収集、加工、提供能力を強化することになった。
(4) こうした個別の協定に引き続いて、QUAD諸国はGEOINTに関する情報共有の公式化に向けて動いている。GEOINTは人道支援・災害救援においてきわめて有用なものであるため、その情報共有自体が国家間の信頼構築を促進する有益な手段となる。特に安全保障環境が急激に変化する昨今、情報の収集、加工、分析における卓越した立場の維持は、米国にとってさえきわめて困難な課題である。そうしたなかで、QUAD諸国の間でGEOINTに関する情報共有体制構築の持つ意味は重い。
(5) そのためには大きく2つの課題がある。第1に、それぞれの国における情報システムが同じものではないということ、あるいは、情報の構築、蓄積、配布等を行う共通基盤や情報の分類に関する問題が国によって異なっていることである。前者に関しては、主にアメリカの衛星技術に依存しているために容易に克服されるものであるが、後者については継続的な努力が必要である。
(6) もう1つの課題が中国である。QUADは中国を共通の脅威として名指ししていないが、中国による海洋における威圧的行動の抑止を意識したものであることは明白である。したがって、QUADに関するなんらかの公的な機構は安全保障に関する含意を持つものであり、そのことがそうした機構の構築に対する公的な承認を妨げる可能性がある。しかしながら、それによるGEOINTに関する情報共有体制の構築に遅れはあってはならない。
(7) 商業用のGEOINTが発展したことで、衛星写真等の利用は民主化されてきた。そして実際に衛星写真は、部隊や艦隊の移動等に関する情報収集に貢献してきた。他方GEOINTは、気候変動や違法・無報告・無規制漁業、人道支援・災害救援など、中国にとっても大きな脅威である諸問題に対処するために必要な情報も提供するものなのである。
記事参照:Toward a Quadrilateral Intelligence Sharing Network?

1月7日「世界最速の対艦ミサイル購入間近のフィリピン―Diplomat誌報道」(The Diplomat, January 7, 2022)

 1月7日付のデジタル誌The Diplomatは、“Philippines’ BrahMos Cruise Missile Purchase Takes Another Step Forward”と題する記事を掲載し、フィリピンはンドとロシアが共同で開発した超音速巡航ミサイルを購入しようとしており、同ミサイルは南シナ海における強力な抑止力をフィリピンにもたらすとして、要旨以下のように報じている。
(1) 予想どおりだが、フィリピン軍が外部からの侵略からこの国の海洋領域を守る能力を強化しようとしているため、世界最速の対艦ミサイルの1つであるインドとロシアが共同したブラモス巡航ミサイルの最初の外国の購入者となる寸前までいっているかもしれない。新年を迎える直前に、フィリピンのニュースサイトInquirerは、フィリピンの予算部門が、軍の「地対艦ミサイルシステムと多用途戦闘ヘリコプターの取得計画」に対する初期資金を発表したことを報じている。
(2) フィリピンは、かなり以前からブラモス兵器システムの購入に関心を示してきた。2019年12月、フィリピンのDelfin Lorenzana国防大臣はフィリピン軍の2018年から22年の近代化計画の一環として、フィリピンがブラモスミサイル発射台2基の購入準備を進めていることを発表した。Lorenzanaは当時、2020年の第1四半期か第2四半期において契約が結ばれるとの見通しを示したが、COVID-19の世界的感染拡大がフィリピンの予算に負担をかけ、交渉は停止したかに見えた。しかし、2021年3月、インドとフィリピンが防衛調達に関する政府間取引の可能性を切り開く「実施協定」として知られる条約に調印し、契約の見通しが明るくなった。
(3) 世界最速の超音速巡航ミサイルであるブラモスは、1998年にインドに設立されたインドとロシアの合弁会社BrahMos Aerospace社が開発したものである。潜水艦、艦船、航空機及び陸上から発射することが可能で、最大300kgの通常弾頭を搭載することができる。ステルス技術と高度な誘導システムを備えたブラモスは、音速の約3倍で飛翔し、目標が回避することはほぼ不可能である。フィリピン以外にも、タイ、ベトナム、インドネシアのような国々がこのミサイルの購入に関心を示していると報じられている。
(4) フィリピン政府がこの強力な兵器システムを購入することは、インド政府とフィリピン政府間のより緊密になる防衛関係を率直に示すだけでなく、南シナ海においてフィリピンが主権を主張する海域における中国の冒険主義に対する強力な抑止力をフィリピン軍に持たせることになる。フィリピンは、中国の海上民兵と海警総隊の船舶による度重なる海洋侵犯を防ぐのに苦労してきた。南シナ海の中国の資産をブラモスミサイルの400kmの射程内に引き込むことで、この購入はフィリピンが主権を主張する島礁を武力で奪おうとする前に、中国の海軍司令官たちを躊躇させることができるだろう。
記事参照:Philippines’ BrahMos Cruise Missile Purchase Takes Another Step Forward

1月7日「増強進むロシア海軍砕氷艦勢力―ノルウェー・ジャーナリスト報道」(The Barents Observer, January 7, 2022)

 1月7日付のノルウェーのオンライン紙The Barents Observerは、ジャーナリストでIndependent Barents Observerの発行人Atle Staalesenの“Russian Navy builds more icebreakers”と題する記事を掲載し、Atle Staalesenは増勢著しいロシアの民用砕氷船とは別にロシア海軍も砕氷艦の増強に努めているとして、要旨以下のように報じている。
(1) ロシア軍によると、砕氷艦は北極圏の開発、北極海域の探査、北極海航路の防護に極めて重要である。砕氷艦建造は2022年の、そして短期的な視点における優先事項であると軍関係者は強調する。2022年中に砕氷艦「エフパーチー・コロブラート」はサンクトペテルブルグのAlmaz造船所を離れ、北極海に向かうことになるだろう。「エフパーチー・コロブラート」はProject 21180Mの1番艦で全長86m、ロシア太平洋艦隊に配属され、極東の沿岸に艦艇のために砕氷し、航路啓開に当たる予定である。同艦は北方艦隊所属のProject 21180砕氷艦「イリヤー・ムーロメツ」の改良型である。
(2) ロシア海軍が北極海域における展開を強化するため、砕氷艦が建造されている。過去数年間、北方艦隊はフランツ・ヨーゼフ諸島、ノヴァヤゼムリャ、セヴェルナヤ・ゼムリャ、紳士縁や諸島周辺の極北海域において何度かの大規模な演習と探査を行っている。「イリヤー・ムーロメツ」はいくつかの行動でその一部として参加し、海軍はその結果に満足している。
(3) Project21180Mのもう1隻は現在、計画中であり、「エフパーチー・コロブラート」が完工し、造船所を離れ次第、起工され、2027年に北方艦隊に配備される予定である。「海軍向けに耐氷性能を有する艦艇の建造においてロシアの最新の技術を使用することは、国内における艦艇建造がこの分野における可能性を維持し、発展させると結論付けることができる」とロシア海軍総司令官Korolyov大将は言う。
(4) Project 21180及びProject 21180Мに加えて、ロシア海軍はProject23550砕氷哨戒艦2隻を建造中である。1番艦は2023年、2番艦は2024年に就役予定である。Federal Security Service of the Russian Federation(ロシア連邦保安庁)の北方沿岸警備隊部隊も同程度の船舶を建造中であり、2024年に就役予定である。海軍の砕氷艦建造は、国営企業RosatomとRosmorportが就役させた多くの民用砕氷船とは別枠である。
記事参照:Russian Navy builds more icebreakers

1月7日「台湾はRIMPACに招待されるのか―米専門家論説」(The Epoch Times, January 7, 2022)

 1月7日付の米多言語メディアThe Epoch Times(大紀元時報)のウエブサイトは、退役海兵隊士官でCenter for Security Policy上席研究員Grant Newshamの” Taiwan gets invited to RIMPAC? Best to consider the fine print”と題する論説を掲載し、ここでNewshamは民主的で友好関係にある台湾はリムパックに参加する資格があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) Joe Biden大統領は、議会で可決された2022年国防権限法(以下、NDAA2022と言う)に署名した。NDAA2022には、環太平洋合同演習RIMPAC(以下、リムパックと言う)2022に台湾軍を招待することが定められている。米海軍は2年に1度、ハワイ周辺で世界最大の海上演習と言われるリムパックを開催している。リムパックには通常20ヵ国以上の海軍が参加し、そのほとんどはインド太平洋地域からであるが、しばしば域外からの参加もある。2018年にはドイツとイスラエルが演習に参加した。
(2) 中国人民解放軍海軍(PLAN)は、2014年と2016年に招待され参加した。しかし、米中関係の緊張やリムパックでの中国艦艇等の行動を理由に、2018年は招待されなかった。台湾はこれまで一度も招待されたことはない。台湾軍がリムパックに参加することは、米国およびその他の国が台湾を支持していることを示すだけでなく、40年以上にわたる台湾の軍事力低下の原因となっている孤立を解消するためにも大きな意味を持つ。
(3) NDAA2022には、「米国は、台湾が自衛能力を維持するために必要な能力と近代的な防衛力の開発を引き続き支援すべきであり、それには、2022年に行われるリムパックに台湾を参加させるなど、台湾との実践的な訓練や軍事演習を行うことが含まれる」と書かれている。この文面は議会の意見であって、国防総省、国務省、そしてホワイトハウスに実際に何かをすることを要求していない。
(4) 他にもNDAA2022には台湾への支援として、台湾が自衛のための十分な武器と非対称能力を持つこと、そして米軍が台湾の軍隊と共同訓練を行うことが含まれている。同様の文言は以前のNDAAにも記載されていた。Trump政権下のNDAA2018では、台湾軍を軍事演習に招待することが記載され、米空軍の空対空戦闘演習Red Flagにも言及されていた。さらに台湾海軍との2国間海軍演習の実施も求められていた。しかし、それらは実施されなかった。
(5) NDAAは、結局のところ議会の意見に過ぎなかったのである。台湾と米国が、中国人民解放軍に対抗できることを目指したような、政治的、心理的、作戦的に不可欠な共同訓練や演習への招待は、ハワイ(2017年)とグアム(2021年)で行われた台湾海兵隊と米海兵隊の小隊規模の共同訓練のみである。
(6) US Department of DefenseやDepartment of Stateの官僚や政権スタッフは、議会を無視しているようである。Obama政権では、国家安全保障会議のアジア部長が、台湾政策に関してはやり手ではなかった。実際、彼は退任後、在香港米商工会議所での講演で、米国のビジネスマンへ「習近平の目的に沿ったことをしなさい」と述べている。
(7) Trump政権でアジア太平洋地域の責任者になる予定だったが、中国に甘いという批判を受けて挫折したUS Department of Stateの官僚が、引退後に上海で講演を行った。彼女は中国の共産主義者達に、「トランプ政権はしのいで待ちなさい。そうすればより寛容な対中政策の政権が出てくるだろう」と忠告している。Trump政権は米国歴代政権の中で最も中国に対処した政権であったが、リムパックへの台湾の招待は実現しなかったし、台湾軍の孤立を打破し、2国間で必要な訓練を行うこともできなかった。
(8) 台湾に関して言えば、NDAA2022は次の    4点だけを求めている。
a. 台湾の防衛能力と現在の脅威について、US Department of Defense主導で毎年評価すること。
b. US Department of Defenseは、評価に含まれる問題に対処しながら台湾を支援するための計画を立案すること。
c. 180日以内に、US Department of Defenseは評価と計画に関する報告書を議会に提出すること。
d. US Department of Defenseは2022年2月15日までに、米州兵と台湾軍の協力関係強化の可能性について議会に説明すること。
(9) 現政権がリムパック参加の招待状を台湾に出さないとしたら、それはどのような理由によるものなのか。台湾が参加すると中国が怒るということかもしれないが、中国は常に怒っている。攻撃的で拡大主義的な中国の脅威を本当に心配するのであれば、まさに北京が反対することをやるべきである。また、台湾を招待することで、中国の怒りを恐れた他の国がリムパックから脱退するかもしれない。しかし、この程度の問題を大きく捉えるのであれば、中国共産党による台湾、および自国への圧力が本当に厳しくなった時に、対応などできはしない。
(10) 中国は台湾を欲しがっているが、台湾だけでは終わらないだろう。リムパックに台湾を招待するかしないかで、Biden政権の台湾支持がどれだけ磐石かがわかる。現在、ハワイに駐在している台湾政府関係者はリムパックを非公式に見学することすら許されていない。NDAA2022に署名したことで、Bidenは台湾問題に取り組んでいると言えるかもしれない。民主的で友好関係にある台湾は、リムパックに参加する資格がある。
記事参照:Taiwan gets invited to RIMPAC? Best to consider the fine print

1月10日「インド洋における安全保障機構の構築、インド単独では困難―オーストラリア専門家論説」(The Interpreter, January 10, 2022)

 1月10日付のオーストラリアのシンクタンクThe Lowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、The National Security College at the Australian National University研究員Dr. David Brewsterの“Indian Ocean step-up”と題する論説を掲載し、David Brewsterはインドがインド洋地域の新しい安全保障構造構築の牽引役だが、単独では無理として、要旨以下のように述べている。
(1) 太平洋におけるオーストラリアと同様に、インドはインド洋において、主としてこの地域で増大する中国の影響力に対する懸念から、独自のインド洋島嶼諸国との関係強化を進めてきた。これには、島嶼国に対する2国間援助、投資及び安全保障支援の強化が含まれる。インドはまた、海洋における脅威とその他の国境を越えた安全保障上の脅威に焦点を当てた地域的安全保障機構を構築しようとしている。2014年に就任したインドのModi首相の最初の外国訪問先はスリランカ、セイシェル及びモーリシャスで、これらの訪問先で(域内全域の安全保障と成長を目指す)新「“SAGAR” (Security and Growth for All in the Region)」政策を発表した。Modi政権の目的は、インドの経済的、政治的影響力を高め、連結性を強化し、そして気候変動を含む様々な安全保障上の脅威に対する島嶼諸国の脆弱性を低減することであった。インドはまた、中国の存在感のさらなる拡大を阻止する方法として、地域的連携を構築しようとしている。
(2) インドは、幾つかの困難な課題に直面している。太平洋では「太平洋島嶼フォーラム」とその関連組織が緊密な地域協力網を構築しているが、対照的にインド洋では、6つの独立島嶼諸国を中心とした地域機構はない。EUが支援する「Indian Ocean Commission(インド洋委員会)」には、モーリシャス、セイシェル、マダガスカル、コモロ、そしてフランス領レユニオン島の西インド洋諸国が参加しているが、スリランカとモルディブはほとんど自立している。このことは、最近の事例が示唆しているように、中国の経済的圧力に対して両国をより脆弱にしかねない。過去10年間、インドは最も近い島嶼国であるスリランカとモルディブとの間で、3国間安全保障対話を推進してきた。この対話は、2020年にはコロンボに事務局を置くColombo Security Conclave(コロンボ安全保障指導者会合)となった。2021年8月に行われた、3国の国家安全保障担当副補佐官会合では、海洋における安全と安全保障、テロと過激派、不法移民と組織犯罪、及びサイバーセキュリティに関する協力の「4本柱」が採択された。このことは、中国に関するあからさまな論議を避けながら、海洋安全保障を超えた広範な対話を進めたいとの願望を反映したものである。この会議には、バングラデシュ、モーリシャス及びセイシェルの高官もオブザーバーとして参加しており、現在、この3国を正式メンバーとして招聘すべきとの意見もある。
(3) こうした最近の動向は、今後一層重要になってくる可能性がある。インド亜大陸の隣国で、安全保障の提携国であるバングラデシュがインド洋問題でより積極的な役割を果たすよう働きかけることは、この地域において新たな価値ある行為者を登場させることになり得る。インドが歴史的に影響力を持つ英語圏の島嶼国、モーリシャスとセイシェルを「コロンボ安全保障指導者会合」に加えることは、インド洋島嶼諸国を1つの枠組みに取り込む重要な段階となり得る。2021年11月、インド、スリランカ及びモルディブの沿岸警備隊は、モルディブの首都マレ近海で15回目の3国合同演習Dostiを実施した。その後、インドとスリランカの海軍部隊、モルディブの沿岸警備隊による、「コロンボ安全保障指導者会合」主催の3国のEEZにおける、“Focused Operation”が実施された。このことは、上記「会合」が単なる話し合いの場以上のものであることを強調する狙いがあった。インドはまた、国境を越えた脅威に対処するために、インド洋地域におけるより広範な海軍部隊と沿岸警備隊の組織化に積極的である。インド海軍は2021年11月、島嶼諸国6ヵ国全てを含むインド洋沿岸12ヵ国の海軍と沿岸警備隊の司令官による年次会合、Goa Conclave(ゴア指揮官会合)を主催した。ここでは、地域全体を統括する中核組織によって支援される、国境を越えた脅威に対処する地域的な訓練機構の設置の可能性についても議論された。
(4) インド洋沿岸諸国間の関係は(インド・パキスタン関係を顕著な例外として)一般的に穏健なものだが、「ゴア会合」は地域会合を主催することにおける幾つかの危険性を示唆している。例えば、バングラデシュとミャンマーの海軍司令官同士の険悪な関係は、ミャンマーによるロヒンギャ族の民族浄化によって、そのほとんどがバングラデシュに逃れたことが原因と言われる。バングラデシュは、地域の安定化を促進する上で益々重要な役割を果たし得る。たとえば、バングラデシュは2021年6月、自国の経済力と地域的影響力誇示の一環として、隣国スリランカに初めて対外援助を提供した。また、バングラデシュ政府は最近、23のインド洋沿岸国と島嶼国が参加する地域横断グループIndian Ocean Rim Association(IORA:環インド洋地域協力連合)の議長国となった。バングラデシュは、海洋部門の持続可能な発展のための「ブルーエコノミー構想」を主導するために、議長国としての役割を活用することになろう。
(5) 以上のような動向がインド洋における地域機構の構築に向けてどのように発展していくかは、今のところ明確ではない。2015年にスリランカ、モルディブ、モーリシャス、セイシェルとの「インド洋沿岸5カ国(“IO-5”)」グループの構築を目指したインド政府の最近の試みは、島嶼諸国間の結束の欠如を含む、いくつかの理由で成功しなかった。島嶼諸国間に共通の利益を納得させるのは、言うは易く行うは難しいかもしれない。それでも、地域的な交流を増やし、島嶼国、特にスリランカとモルディブを支援する諸措置は価値がある。バングラデシュが、可能ならインド政府と協力して、この地域を組織化する上で果たし得る役割を認識することも、また歓迎されるべきである。インド洋地域を組織化することは、インド単独でできるものではないからである。
記事参照:Indian Ocean step-up

1月10日「ドイツ、インド太平洋地域への関与を強化-オーストラリア専門家論説」(The Strategist, January 10, 2022)

 1月10日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、同InstituteのVanessa Geidelの” Germany ramps up Indo-Pacific engagement“と題する論説を掲載し、ここでGeidelは3党連立政権の新首相Scholzは表立って中国を批判していないが、新外相Annalena Baerbockは中国に批判的で強い発言をしており、今後4年間のドイツのインド太平洋政策が連立協定の内容をどれだけ反映したものになるかは未知数であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 16年間にわたってAngela Merkel首相が率いてきたドイツの総選挙は大接戦となり、約2ヵ月にわたる連立交渉の末、社会民主党が政権に返り咲き、Olaf Scholz氏が新首相となり、緑の党、自由民主党とともにドイツ連邦共和国初の3党連立政権を結成した。新首相はMerkel首相の志をほぼ引き継ぐものと期待されているが、今後4年間の政策をまとめた連立協定は、インド太平洋地域への対応の変化を示唆している。
(2) 2021年9月の選挙以降、インド太平洋地域におけるドイツの今後の活動に関して、2つの重要な発表があった。11月、ドイツ海軍作戦部長Kay-Achim Schönbach中将は日本、オーストラリア、米国との協力関係を強化し、南シナ海における平和、航行の自由、法に基づく国際秩序の維持を主張する目的で、2年ごとにインド太平洋に艦艇を派遣すると述べている。この発表は、ドイツのフリゲート「バイエルン」が東京を訪れた際に行われたものである。さらに2022年9月にオーストラリア空軍が主催し、オーストラリア北部で行われる予定の多国籍演習 Pitch Blackにドイツ空軍は戦闘機6機、空中給油機3機、輸送機3機を派遣する予定である。すなわち、ドイツはインド太平洋地域への関与を大幅に強化している。
(3) 海軍と空軍の計画はMerkel首相の下で行われたが、新連立政権はインド太平洋におけるドイツの存在感を高めたいと表明している。Scholz政権がこれを守るならば、ドイツは地域諸国との協力関係を強化していくことになる。連立協定は、多国間主義、民主主義、気候保護、貿易、デジタル化に関する協力を強化し、EUとASEANの協力関係を拡大するとしている。そして、オーストラリア、ニュージーランド、日本、韓国については、価値観を共有する提携国として、複数のレベルでの協力関係の強化を求めている。さらにインドとの戦略的提携を強化するとともに、気候変動の影響に対処し、海面上昇の影響を受ける人々のために立ち上がるとしている。この連立協定を額面通りに受け取れば、ドイツの中国政府への関与は過去の政権に比べて鈍いものになるかもしれない。
(4) 連立協定は、価値観に基づいた対中国政策を定め、北京の内政や地政学を批判することを恐れていない。そして、北京の「一つの中国」政策に反対し、民主的な台湾の国際組織への参加を強く支持している。台湾海峡の現状に対するすべての変化は、平和的かつ相互の合意のもとに行われなければならないという立場を採っている。新政府は、中国が香港に対して「一国二制度」の原則に戻ることを望んでおり、新疆ウイグル自治地区での少数民族に対する人権侵害に対処するとしている。
(5) この中国への対応は、2018年のMerkel首相の最終任期開始時の連立協定とは対照的である。そのときの協定では、中国の人権侵害を詳しくは取り上げず、中国の地政学的重要性の高まりに対して簡単に言及するだけであった。そして、ドイツの経済的利益のために貿易と投資を優遇した。Merkel首相の中国に対する姿勢は、時に甘すぎるとされ、北京を非難する具体的な声明を出すことに消極的に見えた。
(6) 2021年の連立協定では、2018年の協定では言及されていなかったインド太平洋という言葉が繰り返し使われた。それはドイツが、インド、オーストラリア、米国が提唱する新しい用語を採用することで、Scholz政権が中国政府の足元に踏み込むのをためらわないことを示唆している。一部のメディアは、今回の合意が中国との決別を意味すると指摘しているが、中国政府の機関紙『環球時報』は、「Scholz党は常に中国との対話を提唱している」として、「中独協力の様相は変わらない」と述べている。中国外交部の趙立堅報道官はすでに、新疆ウイグル、香港、台湾などの問題はすべて中国の内政であるとドイツに警告している。
(7) Scholzは表立って北京を批判していないが、新外相Annalena Baerbockは中国に批判的で強い発言をしている。緑の党の首相候補だったBaerbockは、中国の一帯一路構想を「筋金入りの力の政治」と表現し、「強制労働による製品がヨーロッパの市場に入ってこないようにしなければならない」と述べている。1月5日、Baerbockは初めて米国を公式訪問し、Antony Blinken米国務長官と会談した。彼女はドイツと米国の関係の重要性を強調し、ヨーロッパには「米国より強い提携国はいない」と述べている。
(8) 今後4年間のドイツのインド太平洋政策が、連立協定の内容をどれだけ反映したものになるかは未知数である。Scholz の社会民主党が単独で政権を取れば、Merkel首相のインド太平洋政策が継続されることになるだろう。その際、ScholzがBaerbockにどれだけ自分の政策を実現する余地を与えるかが大きな決め手となる。Baerbockが自由に行動できるようになれば、中国政府はドイツ政府との間に困難な時期が訪れることになるだろう。
記事参照:Germany ramps up Indo-Pacific engagement

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) Opening of Demise (The Beginning of the End)
https://www.jewishpolicycenter.org/2022/01/04/opening-of-demise-the-beginning-of-the-end/
Jewish Policy Center, January 4, 2022
By Jun Isomura, a senior fellow at the Hudson Institute
 2021年1月4日、米保守系シンクタンクHudson InstituteのJun Isomura主任研究員は、米シンクタンクJewish Policy Centerのウエブサイトに" Opening of Demise (The Beginning of the End) "と題する論説を寄稿した。その中でIsomuraは、2021年10月17日から23日にかけて、中国とロシアの海軍が共同訓練を実施したが、それには日本海と西太平洋における実弾射撃訓練が含まれており、中ロ両国の艦艇10隻と艦載ヘリコプター6機を含む艦艇部隊が参加し、2つの日本の海峡を通って日本を南北に1,700海里以上航海したと指摘した上で、こうした行動を通じて中ロ両国は日本の海峡や西太平洋にも自由で開かれたインド太平洋(Free and Open Indo-Pacific)の概念が適用されることを宣言したかったのではないかと述べている。そしてIsomuraは、日本周辺における活発な中国の軍事活動を取り上げ、こうした行動は台湾危機が日本の安全保障にどれほど密接に関係しているかを示しており、日本は米軍、自衛隊、台湾軍の間で机上演習を行うなど、同盟国間の認識の相違を解決するために自らの役割と責任を果たすべきであると同時に、日本の外交は米国の政策に付随するものではなく、独立した立場であるべきだと述べ、今後は外交の強化が求められるだろうと主張している。

(2) TAIWAN AND SIX POTENTIAL NEW YEAR’S RESOLUTIONS FOR THE U.S. JAPANESE ALLIANCE
https://warontherocks.com/2022/01/taiwan-and-six-potential-new-years-resolutions-for-the-u-s-japanese-alliance/
War on the Rocks.com, January 5, 2022
By Jeffrey W. Hornung, a senior political scientist at the nonprofit, nonpartisan RAND Corporation
 2021年1月4日、米シンクタンクRAND Corporationの上席政治学者Jeffrey W. Hornungは米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに" TAIWAN AND SIX POTENTIAL NEW YEAR’S RESOLUTIONS FOR THE U.S.-JAPANESE ALLIANCE "と題する論説を寄稿した。その中でHornungは、最近、米軍上層部からの発信は非常に明確で、中国の台湾侵攻を極めて深刻に憂慮しているということであり、実際、軍高官の発言のいずれもが中国は近い将来、台湾を侵攻し、それを維持できるだけの軍事的能力を開発していると指摘していると述べた上で、その一方で、台湾を防衛することが米国の利益になるのか、あるいは、米国の同盟国がそのような作戦で米国を支援するのかについての議論が出てきたと指摘している。その上でHornungは、日本はアジア最大の米軍の前方展開を受け入れており、また地理的にも台湾に近いだけでなく、地域の同盟国の中で最も優秀な防衛力を保持している一方で、日本人は歴史的に平和主義的な国民であり、日本が自動的に米国主導の対中軍事作戦を支援して台湾を防衛するとは考えられないが、同時に米国は、ますます攻撃的になっている中国に対して米国と同様に懸念を抱く信頼できる同盟国である日本が何もしないと考えるべきではなく、2022年には、同盟をより良く、より強固なものにするための実践的な話し合いを数多く行うべきであると主張している。

(3) Beijing and Taipei are united – in their South China Sea claims
https://www.scmp.com/week-asia/opinion/article/3162508/beijing-and-taipei-are-united-their-south-china-sea-claims
South China Morning Post, January 9, 2022
By Weijian Shan, chairman and CEO of PAG, a leading Asia-focused private equity firm 
 1月9日、アジアに焦点を置いた代替投資会社PAGの最高経営責任者Weijian Shanは、“Beijing and Taipei are united – in their South China Sea claims”と題する論説を寄稿した。その中で、①2020年に当時の米国務長官Mike Pompeoが、南シナ海における中国の領有権の主張のほとんどは「非合法」であると発表し、この地域において競合する領有権の主張に対しては中立であるという米国の立場を翻した、②台湾は、南シナ海において北京よりも広範な領有権を主張しており、中国政府の領有権主張が9段線であるのに対し、台湾政府は11段線で定義されている、③この違いの理由は、1953年、北ベトナムを「同志」と見なし、中国政府はベトナムと中国の海南島の間のトンキン湾を通る2本の段線を削除したからである、④このような違いは別として、中国本土の南シナ海に対する主張は、台湾の主張と完全に重なり、その起源も同じである、⑤中国政府は台湾を中国の一部とみなしているため、台湾政府の領有権主張に対して異議を唱えることはなく、台湾政府も中国政府の領有権に異議を唱えてはいない、⑥台湾と中国大陸の領有権の主張は、いずれも建国時より前のものである、⑦2016年の中華民国政府の見解では、南シナ海の島々は「古代中国人が最初に発見し、命名し、利用し、中華帝国政府が国土に組み入れ、管理したものである」と記されている、⑧それにもかかわらず、米国は台湾の主張に異議を唱えたことはない、⑨重要なのは、中国本土は9段線内の海域全てを領海とは考えていないことであり、南シナ海を通る国際航路の航行と上空通過の自由には異議を唱えていない、⑩領土紛争は永続する可能性が高いが、現状を維持し、行動規範を公式化し、紛争を棚上げし、資源を共同開発することが、すべてにとって最善かつ唯一の選択肢となる、といった主張を述べている。