海洋安全保障情報旬報 2020年8月1日-8月11日

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8月3日「ブルネイの外交・防衛政策の今後――比軍防衛分析官論説」(The Interpreter, August 3, 2020)

 8月3日付の豪シンクタンクLowy InstituteのウェブサイトThe Interpreter は、The Office for Strategic Studies and Strategy Management of the Armed Forces of the Philippines防衛分析官Joshua Bernard B. Espeña と、The Office of Naval Strategic Studies of the Philippine Navy防衛分析官Chelsea Anne A. Uy Bomping の“Brunei, ASEAN and the South China Sea”と題する論説を掲載し、ここで両者はブルネイが最近南シナ海問題についてこれまでの沈黙を破ってその態度を表明したことの背景と意義について要旨以下のとおり述べている。
(1) ブルネイ・ダルサラームは、南シナ海問題における権利主張国であったにもかかわらず、この問題についてこれまでほとんど声をあげてこなかった。そのブルネイが7月20日、「南シナ海問題の対処における二段階アプローチを維持する」と発表した。つまり南シナ海問題については国連海洋法条約に基づき二国間協議を行う一方で、ASEANと中国による「南シナ海における行動規範(以下、COCと言う)」の重要性を強調するというものである。
(2) その具体性は別にしても、ブルネイのこうした態度の表明が最近のフィリピンや中国、米国、ベトナムなどがそれぞれの立場の表明の応酬を行った後になされたことに、その象徴性がある。ブルネイはルイーザ礁やオーウェン礁などの環礁について自国の排他的経済水域内に存在するものだと主張しているが、主権を主張しているわけではないし、軍事的プレゼンスもなかった。しかしこの度の声明は、長く沈黙を続けてきた権利主張国が声をあげたという事実を意味する。
(3) ブルネイはこれまで長い間その石油資源に依存してきたが、それが十分でなくなりつつある中で、近年は中国からの大規模な投資やインフラ計画に依存するようになっていた。それによって中国は南シナ海におけるブルネイの沈黙を買っていたのだ。しかしブルネイのこのたびの発表はブルネイがフィリピンやベトナムと共同戦線を張ろうとしていることを示唆している。2021年、ブルネイはASEANの議長国となるが、そこで上述したCOCの完成が期待されている。ただしそれでも、ブルネイがなお二国間協議を重要視することは、同じくそれを主張する中国に気を遣ってのことかもしれない。ブルネイはスルタンによって統治される国家であり、その権威の維持のために経済的な豊かさを確保することはきわめて重要なことなのだ。
(4) ブルネイの安全保障問題はどうなっているのか。2011年に策定された防衛白書は、主要大国が東南アジアでの役割と影響力をリバランスさせている中で、その地域が不安定になっていると評価した。南シナ海に関しては、軍事力をほとんど持たないブルネイが周辺海域での通航を確保するためには集合的アプローチが必要だと主張し、その中立性の維持を重要な目標と設定した。しかしもはや当時とは状況が異なっており、ブルネイは中国の投資外交を背景にしたその要求を受け入れる必要があると考えるようになっている。
(5) 他方、軍事力をほとんど持たないブルネイにそれを提供してきたのはイギリスである。1986年にブルネイが独立して以来、小規模ではあるがイギリスはブルネイに軍事的プレゼンスを維持してきた。それは、南シナ海の緊張が高まりつつある中、特に戦略的価値を持つようになってきた。もし中国の行動がブルネイの利益を脅かすようであればイギリスはそのプレゼンスをより強化する理由を得ることになるであろう。
(6) ブルネイのこの度の声明は、その複雑化した戦略的概観を反映したものだろう。第一にそれは自国をASEAN加盟国として信頼に値する国として位置づけたいと考えており、他方で、第二に中国との安定した経済的関係の維持も望んでいる。そして第三に、イギリスの軍事的プレゼンスが中国に対する抑止力として機能することを期待しているのである。2021年にブルネイはASEANの議長国となり、また時代遅れになった防衛白書を更新する。そこでブルネイが一貫した戦略目標を打ち出すことが期待されている。
記事参照:Brunei, ASEAN and the South China Sea

8月4日「南シナ海で増加する米軍の偵察活動―中国研究グループ報告」(The South China Sea Strategic Situation Probing Initiative (SCSPI), August 4, 2020)

 8月4日付の北京大学の南海戦略態勢感知計画のウェブサイトは、“US Close-in Reconnaissance over the South China Sea Increased Sharply in July”と題する報告を掲載し、南シナ海で米軍の偵察活動が活発になっていることについて要旨以下のように述べている。
(1) 2009 年以降、南シナ海における米軍の活動は、頻度、強度及び適切性の点で急速に高まっている。過去 10 年間で水上艦のシップデイ(編集注:延べ展開日数の意で用いられている表現)は60%以上増加し、年間約 1000シップデイとなった。南シナ海には毎日平均 3~5 回出撃する軍用機が派遣されており、そのほとんどが偵察機で、年間を通じて 1500 回以上出撃している。そして、2020年7月には、南シナ海上空で67機の米大型偵察機が出撃した。
(2) データ収集や分析の過程では、どうしても漏れが生じる可能性があることを考えると、実数の方が大きい。そして、小型偵察機は含まれておらず、すべての軍用機がADS-Bトランスポンダー(抄訳者注:航空機が位置や速度などの情報を送信する装置)のスイッチを常時入れているわけではない。また、空母から発進する偵察機の活動も不明のままであった。
(3) 5月は35機、6月は49機だったが、7月の米軍偵察機の数は、5月のほぼ2倍と著しく増加した。米海軍及び空軍ともに、幅広い活動の種類や作戦範囲で偵察に参加している。その中でも米海軍が約7割を占めた。頻度の急激な増加とともに、強度も大幅に増大している。7月には、南シナ海の偵察のために、20時から6時までの異例の時間帯に13機もの偵察機が緊急発進を行った。また、合計9機の偵察機が中国の領海基線から70海里以内で活動し、そのうち6機が60海里に進入した。最も近いものは7月26日に約41海里に達した。
(4) 近年、大国間競争と「シーコントロールへの回帰(Return to Sea Control)」を背景に、米軍は、南シナ海での最悪のシナリオに備えて、全軍が積極的に行動するという非常に強い声明を出している。過去と比較して、米空軍は、南シナ海への展開を明らかに拡大している。米軍の戦場建設*における強力な武器であるRC-135W/Sのような電子偵察や戦略偵察に特に重点を置いて、米空軍の様々な偵察機が増々活動を活発化している。2020年7月はまた、米空軍がE-8CジョイントスターズやE-3セントリーを含む戦略偵察機を、広東省沿岸の空域付近に高い頻度で派遣することは滅多になかった。E-8ジョイントスターズは、米軍の重要な戦闘管理、指揮統制、そして、情報・監視・偵察機であり、これは、軍事紛争や地上状況の監視、陸軍と空軍の共同作戦の統制に重要な役割を果たし、航空作戦と地上作戦をつなぐ「神経中枢」として機能している。7月には合計7回のE-8Cの出撃が発見されたが、これは要するに戦場建設のアップグレードと実質的な電子的対立を示している。米空軍のあらゆるタイプの偵察機(抄訳者注:南海戦略態勢感知計画の中国語報告書では、戦場監視及控制飛機と記載している)の参加は、偵察が「防御的」から「敵対的」へと転換された戦場建設に向けて米軍が強化している取り組みを示している。
(5) 南シナ海とその周辺で軍事作戦が行われるたびに、例えば、西沙諸島沖の海域での中国軍の訓練、台湾の漢光軍事演習、7 月に行われた米海軍の 2 隻の空母で構成される演習など、米国の偵察活動の強度はそれに応じて活発になっていった。米空母の前哨部隊としての役割はもちろんのこと、対潜、航空哨戒、電子偵察及び戦略偵察など、これまでにないほどの数の偵察機は西沙諸島付近での中国軍の訓練を綿密に監視することも米軍に可能にした。
(6) 米軍による至近距離での偵察によって、政治的・軍事的圧力を強めようとするその意図が徐々に明らかになってきたことは注目に値する。軍事に関しては、米軍はあらゆる点で高度な偵察に関する技術を持っているので、中国に対する情報収集だけを目的とするのであれば、このような高頻度の航空偵察や近接偵察は必要ないだろう。
(7) 今後、南シナ海、特に中国沿岸海域での米軍による大型偵察機の活動は、さらにエスカレートすると予想され、それは米中軍事摩擦のさらなるリスクを誘発する。
* 「戦場建設」については、たとえば2019年2月28日付の解放軍報電子版掲載の「让战场建设跟上备战打仗步伐」(http://www.81.cn/jfjbmap/content/2019-02/28/content_228326.htm)を参照されたい。
記事参照:US Close-in Reconnaissance over the South China Sea Increased Sharply in July

8月6 日「グレーゾーン事態における日本の法的対応―米専門家論説」(The Dipolmat.com, August 6, 2020)

 8月6日付のデジタル誌The Diplomatは、The U.S. Naval War College国際法教授James Kraskaの “Japan’s Legal Response in the Gray Zone”と題する論説を掲載し、ここでKraskaは尖閣諸島周辺海域における中国のグレーゾーン戦術に対する日本の法的対応について要旨以下のように述べている。
(1) 南シナ海における中国の海上民兵の活用とグレーゾーン戦術は大いに注目されてきたが、東シナ海における中国の同様の活発な動きについてはそれほど注目されていない。しかし、むしろ東シナ海での活動の方がより挑発的で危険である。中国の戦術は、米国の戦略的安全保障に裏付けられた、日本の専守防衛概念と日米同盟の信頼性を問うているからである。中国は、海警船と海軍艦艇が後方支援する漁船に偽装した海上民兵を定期的に尖閣諸島周辺海域に派遣している。既に、最近の2020年版『防衛白書』によれば、2020年は中国艦船による領海侵犯件数が記録的な年になると予測されている。問題は、中国の妨害行為や侵略行為に対して、日本が「平和憲法」下でどのように対応するかである。同時に、中国の威圧的行為は、東半球における国際的な安全と安定の基盤である、日米安全保障同盟にも関わってくる。2017年に当時のMattis米国防長官が尖閣諸島の防衛は日米安保条約の対象範囲であると言明したことが、その背景にある。
(2) 本稿は、尖閣諸島周辺のグレーゾーン事態に対応する日本の法的メカニズム、そしてこの遠隔領土周辺で中国の海上民兵に対応するに当たって、平時の海洋法令執行行為から国家的自衛行動に至るまでの切れ目のない対処行動を、日本はどのように位置づけているかを考察する。日本のシステムは部外者に不透明で、しかも軍事力の行使に関する国際法についての日本の考えは、広く受け入れられているわけではない。日本のアプローチを十分に理解することは、抑止力と米軍部隊との相互理解の強化にもなる。
(3) 尖閣諸島は、1895年以来今日まで日本の主権下にある。中国は、1970年代に周辺海底で化石燃料資源が発見されてから、初めて尖閣諸島に対する領有権を主張し始めた。以来、中国の海上民兵は、尖閣諸島に対する日本の施政権に執拗に挑戦し始めた。海上民兵の行動は、日本にとって古典的なグレーゾーン事態となり、大国抗争の新時代において「平和憲法」が抑止力として適切かどうかの問題を提起している。
(4) 日本は、領土保全を強化するために、法的及び行政的対応を整備してきた。日本は2013年に、「予想外の状況」をもたらす海洋の脅威に切れ目なく対応することを想定した、新しい国家安全保障戦略を発表した。翌2014年には、警察力が利用できない、あるいは侵入に対処する十分な能力に欠ける尖閣諸島周辺などにおける武力攻撃に至らない脅威に対処する法律制定のロードマップを規定した閣議決定が公表された。いずれの場合でも日本政府は、海上警備行動と呼ばれる警備活動において、自衛隊に海上保安庁を補助させることになろう。また、いずれの場合でも、海洋法令執行行為からより強固な自衛隊によって遂行される国家「警備行動」に至るまで切れ目なく推移していく。
(5) このアプローチは、尖閣諸島周辺海域に海上民兵を派遣する中国の意図とは関わりなく、効果的かつ適切な対応である。民間漁船による無害通航ではない通航や、漁民を装った人物による日本の島嶼への如何なる不法な上陸も、単なる犯罪行為に過ぎないかもしれない。この場合、適切な対応は、日本の国内刑法を執行するための海上保安庁と警察力の発動であろう。普通の漁民などの民間人による非合法な上陸は、例え彼らが武装していても、不法入国罪を構成する。しかしながら、もし海上保安庁と警察部隊が多数の漁船によって圧倒されるか、あるいは侵入者が重武装している場合、政府は、「警備行動」を発令し、自衛隊を派遣することになろう。もし日本政府がかかる侵入を中国側の意図的な行為であり、しかも組織的で慎重に計画された武力行使に等しい侵害と判断した場合、自衛隊は、自衛権を行使する権限を付与されるであろう。このアプローチは、侵略の定義に関する1974年の国連総会決議に合致している。決議第3条によれば、侵略には、「一国の軍隊による他国の領域に対する攻撃、あるいは軍事占領などに相当する重大性を有する武力行為を他国に対して実行する、武装集団、団体あるいは不正規兵の国家による、または国家のための派遣」が含まれる。もし中国の武装漁民が海上民兵と見なされれば、彼らの行為は国家に帰され、北京の統制下にある「武装集団」と見なされるであろう。こうした判断は、日本の自衛権発動の引き金となろう。 
(6) 日本は、「平和憲法」の枠内において、あらゆるグレーゾーン事態に対処するための十分な権限を有している。2013年の国家安全保障戦略と2014年の閣議決定は、平時の海洋法令執行から武力紛争事態における国家の自衛行動に至るまでの、対処行動を規定している。こうした意志決定過程は、離島領域における中国の海上民兵に対する日本の対応行動を左右するとともに、それが必然的に日米同盟を巻き込むことから、東アジアにおける安全保障に大きな影響を及ぼす。海上自衛隊と米海軍との連携統合を強化するために、The U.S. Naval War CollegeのThe Stockton Center for International Lawと海上自衛隊幹部学校作戦法規研究室は、法規と運用計画を強化し、融合させるために定期的に協同している。日本のアプローチの信頼性は、海洋紛争におけるエスカレーションの全スペクトルを通じた抑止力強化の鍵である。同時に、日米同盟はこの地域における国際平和と安定を下支えする米国の戦術部隊と核の傘によって強化されている。
記事参照:Japan’s Legal Response in the Gray Zone

8月6日「Covid-19は東南アジアで海上犯罪の津波を引き起こすのか?-シンガポール専門家論説」(ISEAS Commentary, ISEAS-YUSOF ISHAK Institute, 6 August 2020)

 8月6日付のシンガポールのYUSOF ISHAK INSTITUTE(旧ISEAS)のウェブサイトは同所上級研究員Ian Storeyの“Will Covid-19 Trigger a Tsunami of Maritime Crime in Southeast Asia?”と題する論説を掲載し、ここでStoreyはCovid- 19の世界的感染拡大による経済危機がアジア海域における海上犯罪を増加させるのは確かであるが、東南アジア諸国の政治体制は以前に比較して安定しており、また、海上犯罪防止のための国際協力体制も改善されているので以前のような急激な海上犯罪増加には至らないとして要旨以下のように述べている。
(1) 2つの主要な海賊関連情報センターが先月発表した統計によれば、2020年前半にアジアにおける海賊及び海上武装強盗による襲撃事件が急増しており、メディアはこれとCovid- 19の世界的感染拡大の経済的、社会的影響を関連付けて報じている。クアラルンプールに本拠を置くInternational Maritime Bureau’s Piracy Reporting Centre(国際海事機関海賊情報センター:以下、IMB-PRCと言う)によれば、2020年前半で報告された世界の海上暴力事件総数は2019年同時期の78件から98件に増加しており、このうち35件は東南アジアで発生している。特に2箇所が目立っており、インドネシアでは事件数が第1/四半期の5件から第2/四半期の10件に倍増しており、シンガポール海峡では2018年と2019年は全く襲撃事案がなかったのに対し、本年1月から6月にかけて11件の襲撃が生起している。また、シンガポールに拠点を置くRegional Cooperation Agreement on Combating Piracy and Armed Robbery against Ships in Asia’s Information Sharing Centre(アジア海賊対策地域協力協定情報共有センター:以下、ReCAAP-ISCと言う)はアジア海域における襲撃事案件数が2019年前半6か月間の28から本年同時期の51まで倍増したと報告している。
(2) 主要メディアのコメンテーターや海事アナリストはコロナウイルスの世界的感染拡大とこれらの海上暴力行為急増との関連をすぐに理解した。過去25年間、アジア海域では経済的ショックと混乱から海賊行為や海上武装強盗が増加する傾向にあった。例えば1997-98年のアジア金融危機、インドネシアの経済危機と新体制の確立後、インドネシア海域での事件はその後10年間も引き続き多発した。失業中の漁師たちは生計を立てる必要があり、一方で海事当局は同国の広大な群島水域を巡回するための燃料を買う余裕がなかったのである。その結果、こうした事件は1997年の年間47件から2003年には121件まで増加した。また、2007-08年の世界的な金融危機は海上犯罪の別の波をもたらした。ReCAAP-ISCによれば、アジア海域での襲撃件数は2008年の96件から2010年には167件まで増加している。さらに2014年の原油価格下落の際には、海運業界は旧式で低速の脆弱な船舶に原油を備蓄することで低価格の原油を利用しようとしたが、その結果、アジア海域の船舶に対する襲撃は2013年の150件から2015年には203件に急増した。
(3) 東南アジア諸国が直面する世界的感染拡大によって引き起こされた経済危機は海賊行為や海上武装強盗が頻発する条件を確実に作り出す。経済の収縮は失業率を上げ、沿岸地域の一部の若者は犯罪に向かわざるを得なくなる。船積み需要の減少により港に停泊している多数の船舶は海上の犯罪者にとって格好のターゲットとなる。これらの船舶は海運会社が乗員数やセキュリティ対策の経費を削減するためより脆弱になる。その間、沿岸国政府はCovid-19対策に莫大な支出を強いられ、海軍や沿岸警備隊が襲撃防止のために港湾や領海内を巡回するための予算も削減されることになる。
(4) ただし、2020年の統計を展望することは重要である。確かに第2四半期のReCAAP-ISCの数値は昨年の同時期から急激な上昇を示す可能性があるが、しかし2016年から18年の襲撃件数よりわずかに多いだけであり、2011年(87件)、2015年(114件)よりもはるかに少ない。これは海上犯罪の伝統的なホットスポットにおける改善が図られているということである。インドネシア、シンガポール、マレーシア、タイの海軍による共同パトロールの成果として、IMB-PRCは2015年以降、マラッカ海峡での海賊行為に関する報告を受けていないとしている。また、テロリストであるアブ・サヤフが活動するスールー・セレベス海では2016-17年に身代金を目的とした一連の暴力的な誘拐事案が生起したが、フィリピン、インドネシア、マレーシアの共同による海軍のパトロールとフィリピン当局のアブ・サヤフに対する摘発強化により、2016-17年には15回であったこの種の事案は、2018、19年には2件、2020年前半には1件だけに留まっている。
(5) なお、インドネシア海域での襲撃件数増加にもかかわらず、IMB-PRCは10の指定港の安全を改善するためのインドネシア海上警察の努力を賞賛しているが、これは同国が中国との緊張の高まりにより、インドネシアの海軍艦艇がナチュナ諸島に配備されていることに関係している。いずれにせよ、上記の理由から東南アジア海域における海上犯罪の件数は今年後半も増加する可能性が高い。しかしそれは1990年代後半や2000年代初頭のような多数の襲撃件数にはならないであろう。今日、東南アジア諸国政府は政治的に安定しているのみならず、海軍や沿岸警備隊当局間の地域協力の重要性を十分理解しており、また、地域全体のポートセキュリティも大幅にアップグレードされているからである。さらに逆説的であるが、南シナ海における緊張の高まりは海上犯罪の防止にも役立つ可能性がある。中国が強権的な行動を続けている限り米国や日本は東南アジア沿岸国に海域を監視するためのレーダー設備や巡視船を提供し続けるだろう。その結果、海洋状況把握能力が高まり、海上犯罪の抑制も期待されるということである。
記事参照:Will Covid-19 Trigger a Tsunami of Maritime Crime in Southeast Asia?

8月6日「米軍にはいくつかの対中選択肢あり-米専門家論説」(The Hill, August 6, 2020)

 8月6日付の米政治専門紙The Hill電子版は、米The Naval War College教授James R. Holmesの“The US military has options against China”と題する論説を掲載し、ここでHolmesは米議員には中国との戦争となった場合、その弾道ミサイルによって米海軍が開戦劈頭で西太平洋から撤退せざるを得ないのではないかと懸念しているが、“... From the Sea”の発出以来米海軍と海兵隊は変わろうとしており、1つの方策として第1島嶼線を活用し、そこにミサイル装備の小部隊を展開することで中国の海軍増強の価値を無効にすることができるとして要旨以下のように述べている。
(1) The Senate Subcommittee on East Asia, the Pacific, and International Cybersecurity Policy委員長のGardner上院議員は、中国の弾道ミサイルのために「我々の計画の全て、我々の装備の全て、我々のシステムの全て」は開戦劈頭で地域を明け渡さざるを得ないとTthe Washington Examinerに述べている。大規模な基地や洋上にある艦船はミサイル攻撃に対して脆弱であるとも指摘している。Gardner上院議員は、抑止と米国の戦闘力の復活を狙った「戦略法(STRATEGIC Act)」の共同起草者として共和党議員のグループに参加している。同法の立案者は地域全体に米軍基地を展開し、人民解放軍が対処する事態を難しくする新兵器を配備し、日本からアジアの縁辺を西に延び、インドにいたる外側の三日月地帯にある米国の同盟国およびパートナー国を再活性化させることを想定している。その目標は、米国の友好国、同盟国を攻撃することは失敗するが確かであり、それに失敗すれば、習近平指導部にとって価値があると考えられている利得よりもより大きな対価をもたらされることを中国共産党指導層に説得することにある。
(2) 1992年、海軍作戦部長と海兵隊司令官は“... From the Sea”と名付けられた戦略文書を発出した。“... From the Sea”は、ソ連海軍は今や錆び付いて港に係留されており戦うべき相手は存在しないと宣言している。戦うべき敵はいないのであるから、海軍と海兵隊は公海において敵と戦うための兵器と戦術を開発することにもはや悩むべきではない。“... From the Sea”は、海軍と海兵隊に「根本的に異なる海軍」となるよう自己変革を命じている。そして、海軍はそのようにしてきた。問題は、北京が明らかに海軍の歴史は終わったというメッセージを受け取っていないことである。米海軍が武器を置いたその瞬間に中国共産党指導部は多くの陸上航空機、巡航ミサイル、弾道ミサイルに支援された独自の大海軍を建設すると決心し、建設することに成功したとGardner上院議員は指摘する。
(3) Gardner上院議員が懸念するのは正しい。しかし、米軍は独自の選択肢を持っている。地理的条件を優位に転換することもその1つである。地図を見てほしい。「第1島嶼線」は米国の同盟国、友好国で構成されており、東シナ海、南シナ海と西太平洋の間での航空機、艦船の動きの障壁となっていることに気づくだろう。この島嶼線を迂回できる中国の港湾はない。周辺海空域を哨戒する艦艇、航空機と連携する島嶼に配備されたミサイルを装備する小部隊は、中国艦船が本国海域から脱出するためには通らなければならない海峡を閉塞するだろう。突きつめて言えば、ワシントンは人民解放軍を島嶼列の内側に押し込めると脅すことができる。軍事的影響だけから見れば北京は立ち止まるだろう。したがって、輸出入に依存する中国経済を海外の港湾から切り離す影響があるだろう。近代人民解放軍海軍の創建者劉華清は、第1島嶼線を中国の野望の足かせとなる「金属鎖」に例えている。創意に富んだ米戦略と部隊の展開は劉華清の悪夢を現実のものに変えるかもしれない。
(4) 人民解放軍のミサイルの弾幕を回避するために地域を空けるより、強力な打撃力を持った小部隊は中国のミサイルの弾幕をものともしないだろう。大型で、攻撃目標として魅力にあふれた艦艇、航空機、基地の代わりに、小型で、安価で、大量で、捕捉しにくいものに代える。人民解放軍のロケット部隊はその一部を狙うかもしれないが、全体として米部隊は戦い続けるだろう
(5) 最後に、「海軍の統合」は今日、米海軍、海兵隊の中では大流行している。かつて、海兵隊は海軍の輸送艦に乗艦し、遠くの海岸に運ばれる乗客に毛が生えた程度のものであった。Berger海兵隊司令官は、乗艦した海兵隊員が艦隊の作戦、特に海岸近くでの作戦に積極的に参加することを望んでいる。同時に米空軍および陸軍も海上線のための独自の装備、技量を新にしつつあり、島嶼線に沿った打撃目的にかなった艦船キラーの長射程対艦ミサイルを誇示している。
(6) 方向転換は外交においても戦闘においてもフェアープレイである。人民解放軍の指揮官達は、彼らが望む西太平洋の海空域、海岸に米軍が接近することを拒否しようとすることはできる。米軍指揮官達は、戦略的問題に知的資源と物質的資源を投入すれば(中国が拒否しようとする海空域、海岸を)往復することができる。そして、彼らは想像力と情熱をもってそうする。議員は、彼らがそうすることを確かなものとしなければならない。
記事参照:The US military has options against China

8月6日「米国は中国の台湾侵攻をうまく撃退できるか?―米専門家論説」(The National Interest, August 6, 2020)

 8月6日付の米隔月誌The National Interest電子版は、米国防関係シンクタンクDefense Priorities Foundation上級研究員で、元米陸軍中佐Daniel L. Davisの “Can America Successfully Repel a Chinese Invasion of Taiwan?”と題する論説を掲載し、ここでDavisは台湾に関して中国に敗北することは破局を招くが中国に勝つことも財政的に破綻を招く可能性があるので、台湾にA2/AD戦略をとらせ、アジアの友好国に自衛能力強化に努めさせる必要があるとして要旨以下のように述べている。
(1) 中国が台湾を侵略した場合に米国が台湾を守るべきかどうかについて、長年激しい議論が続いてきたが、それが成功するかどうかについてはほとんど考慮されていない。中国と米国の軍事力を冷静に評価すれば、台湾と中国との戦争で米軍が敗北する可能性が高いことは明らかである。さらに悪いことに、戦術的に勝利したとしても巨大な戦略的損失を被る可能性がある。ただし、米国の国益を効果的に維持するための代替戦略がないわけではない。政策立案者は長い間、米国の数十年に及ぶアジア政策を強調してきた「戦略的曖昧さ」(strategic ambiguity)を放棄したいと主張しており、攻撃の際に米国が台湾を軍事的に防衛することを全面的に宣言している。国防総省の元当局者Joseph Boscoは、議会が台湾防衛法案を可決するべきだと主張した。法律が署名された場合、同法は米国政府に「中国が(台湾の支配権を奪取するために軍事力を行使する)試みを遅らせ、後退させ、最終的には敗北させる」ことを義務付けることになる。これらの自信に満ちた言葉が実際にアジア太平洋地域の陸海空で意味することを検討する必要である。それが米国にとって悪いことであることに気付くのに時間はかからない。米国が締結するあらゆる条約は、米国に最終的に現状よりも安全な結果をもたらし、持続的な繁栄をもたらす能力を米国に与える必要がある。安全保障の台湾への拡大は、最終的に安全な結果を米国にもたらさないし,米国がすべてのリスクとコストを背負うことになる。
(2) 国防総省とRAND Corporation が共同で実施した最近の図上演習は、特に台湾問題をめぐる米国と中国の間の軍事衝突で米国が敗北する可能性が高いことを示した。RAND Corporation の分析員David Ochmanekは、米国と中国の間の図上演習で、米国は「こてんぱんにやられた」と率直に述べている。中国が台湾を占領することを完全に決心した場合、Ochmanekは、「数日から数週間の間に」中国がその目的を達成することができると説明した。その理由は「中国は台湾の空軍基地を攻撃できるだけではない。彼らは海上の空母を攻撃できる。彼らは宇宙のセンサーを攻撃できる。彼らは宇宙にある我々の通信リンクを攻撃できる」からである。おそらく図上演習は、作戦を遂行する中国の能力を過大評価し,反撃する米国の能力を過小評価しているかもしれない。米国は最終的には台湾に対する中国の攻撃を撃退するかもしれない。しかし、そのような勝利は米国にとって驚くほど高いコストを支払うことになるであろう。米軍の兵士の命、艦艇や航空機の損失というコストとは別に、米国は台湾に大規模な軍事的プレゼンスを保持し、台湾を確保するために地域全体に基地を建設するという義務を負うことになる。そして中国がそれを取り戻す試みを防がなくてはならない。米国はそのような防御を永続的に維持するために数千億ドルを費やさなければならず、常に中国からの新たな攻撃のリスクにさらされることになる。
(3) さらに、地理的な問題が存在する。台湾と中国本土の距離は、キューバとフロリダの先端の間の距離とほぼ同じである。台湾から米国本土までは約6,000海里もある。国防予算がコロナウイルスの経済的影響のためにすでにかなり縮小されている時に、もし万一、台湾防衛のため国防予算が巨大になれば、米国は財政的に破綻するであろう。要するに、中国との戦争に負けることは破局的であり、台湾との戦争に「勝つ」ことは米国を経済的に破綻させるであろう。しかし、明らかに米国は中国と競争するためのより良い方法が必要である。幸いなことに優れた代替案がある。米国が台湾を助け中国が武力を行使しないようにする最善の方法は、台湾だけでなく、アジア太平洋地域のすべての友好国の自衛能力を強化させることを奨励することである。中国は、中国への攻撃に対し米国に深刻なコストを課すことになる接近阻止/領域拒否(以下、A2/ADと言う)によって米国に対する防衛を強化したことは知られている。台湾も同じようにすべきである。台湾は独自のA2 / AD戦略を通じて防衛を強化し続ける必要がある。それにより、中国による台湾統一のコストが非常に大きくなり最終的な成功が約束されなくなるため、中国共産党指導者たちは潜在的なリスクを負うことをしなくなるであろう。そのような場合でも中国が絶対に台湾を攻撃しないという保障はない。しかし、米国の政策においては、米国の国益が直接脅かされていない場合に軍事的敗北や財政的破滅を招く危険を冒してはならないのである。
記事参照:Can America Successfully Repel a Chinese Invasion of Taiwan?

8月7日「マヌス島の空港をアップデートする中国企業―米専門家論説」(The Interpreter, August 7, 2020)

8月7日付の豪シンクタンクLowy InstituteのウェブサイトThe Interpreterは、元米海軍の潜水艦幹部であるThomas Shugartの“A Chinese-built airport next door to a key Australia-US naval base?”と題する論説を掲載し、ここでShugartはオーストラリアのロンブラム海軍基地がある戦略的に重要なマヌス島で、中国企業がパプアニューギニアの飛行場をアップデートする事業を請け負っていることについて要旨以下のように述べている。
(1) 最近の衛星画像から判断すると、パプアニューギニアのマヌス島のロンブラム海軍基地に最も近い飛行場であるモモテ空港での拡張とアップグレード事業に大きな進展があったように見える。太平洋における中国と自由民主主義的な戦略的競争相手との間の競争が激化している中、マヌス島は重要な位置を占めている。ここは最近ではオーストラリアの亡命希望者政策の前哨地として知られているが、第二次世界大戦中の南西太平洋における連合国軍の軍事活動において、航空・海洋の作戦基地として広く利用されていた。マヌスはニューギニア(そしてオーストラリア)にとって北側の通路に正面から広がって位置し、マリアナ諸島とアンティポディーズ諸島にある米軍基地との間の航空・海軍の交通路にもなっている。
(2) 2018年にパプアニューギニアの首都ポートモレスビーを訪問した際、Pence米副大統領は南太平洋における中国のプレゼンス拡大に対する抵抗の一環として、ロンブラム基地の施設をアップグレードするためのオーストラリアの取り組みに対する米国の支援を具体的に保証した。
(3) 多くの場合でそうであるように、悪魔は細部に潜んでいる。具体的に、誰がその作業を行っているのか?建設業者が中国企業、具体的には中国港湾工程有限責任公司(以下、CHECと言う)であることを知って驚く人もいるかもしれない。CHECは、中国交通建設股份有限公司(以下、CCCCCと言う)の子会社でもある。CCCCの名前に聞き覚えがあるとすれば、それは、南シナ海にある中国の大規模な人工島基地の建設に携わった中国の大手企業の1つだからである。CCCCは米国当局者から制裁の可能性を指摘されており、米国の法案にも具体的に言及されている。パプアニューギニアの国営空港公社によると、空港のアップグレードプロジェクトの資金調達については、その 90%がアジア開発銀行からのものである。アジア開発銀行の最新の年次報告書によると、アジア開発銀行の2大出資国は、群を抜いて日本と米国である。オーストラリアは中国に次ぐ第4位の出資国である。主権を有する友好的な民主主義国家の管理下で満足のいく結果が得られれば、このようなプロジェクトは、誰が建設するかはあまり問題ではないという意見もあるだろう。しかし、このプロセスの結果は、権威主義的な中国と民主主義的な近隣諸国との競争の時代においてますます重要になっている戦略的考慮事項や、中国の国有企業が事実上の国家補助金に支えられた 人為的な低入札で競争しているという事実を考慮していない。また、このプロセスは中国企業、特に国有企業が自由民主主義国の相手企業とは異なるということを考慮していない。
(4) 2015年時点で、中国の明確な「軍民融合」戦略の一環として、国有企業は、中国の法律で「国家安全保障機関、公安機関及び関連軍事機関に必要な支援と援助を提供する」ことが義務付けられている。特に、海外の物流インフラ整備は、中国の軍民融合の取り組みの重点分野に指定されており、文民の取り組みは最終的に軍民両用施設への移行を意図している。このような空港施設の場合、CHECが中国軍に詳細な物流・設計情報を提供したり、米豪軍機を監視するための機器を設置したり、中国軍の主要なタイプの航空機による使用を支援するために、プロジェクトの基準や構造を微妙に変更したりすることが想像できる。このことは日本、オーストラリア及び米国のような自由民主主義国家が中国のように経済的に力強くて絡み合っている国と地政戦略的な競争を行うことがどれほど難しいかを物語っている。
(5) その一方で、ロンブラム海軍基地拡張の第一段階が完了し、オーストラリアとパプアニューギニアの間の合意は、パプアニューギニア政府の一部がその実施に不満を持っていると報じられている中で現在再検討されている。
記事参照:A Chinese-built airport next door to a key Australia-US naval base?

8月8日「中国の軍事戦略における欺瞞の重要性―台湾大学院生論説」(The Diplomat, August 8, 2020)

 8月8日付のデジタル誌The Diplomatは台湾National Chengchi University博士課程学生のAaron Jensenによる“Deception Is Key to Chinese Military Strategies”と題する論説を掲載し、ここでJensenは、中国の軍事戦略においてデコイやカモフラージュなどの欺瞞がきわめて重要な役割を担っているとして要旨以下のように述べている。
(1) 中国軍は伝統的に戦術として欺瞞を重要視し、幅広く利用してきた。その長い伝統にもかかわらず中国軍の欺瞞に関する詳細な研究はほとんどない。
(2) 中国人民解放軍(以下、PLAと言う)による戦場での欺瞞のひとつはデコイの利用である。米国陸軍の定義によればそれは「何らかの人物、物体、現象を模倣」したもので敵方の調査行動を妨害するためのものである。それは近代戦における効果の高さが実証され、攻撃面でも防御面でも幅広い支援機能を果たしてきた。デコイの主な機能のひとつは友軍の兵器や部隊等の位置などを偽装することで、その残存性を強化することである。人民解放軍軍事科学院のある研究によれば、戦場に配備される実際の装備とデコイの割合が1:1であるとき、友軍の火力は40%も増強されるという。また1987年のNATOが実施した軍事演習でもデコイは偵察部隊を効果的に騙すことができた。
(3) PLAが使用するデコイには2種類あり、それは空気注入型のものと固形型のものがあり、それぞれに特徴と利点がある。空気注入型のデコイは安価で運搬が容易だという利点がある(その種の戦車のデコイは35キロしかない)。空気注入型デコイは実物の兵器のサイズや色と同じになるように設計されており、PLAのカモフラージュ技術は非常に高い。固形型デコイは空気注入型よりも本物に近く見える。その組立も容易で、2011年の演習では戦車のデコイ組み立てには5分もかからなかったという。また固形型デコイには熱を発する機能を備えることにより敵方の赤外線装置による探知を妨害することができるものもある。
(4) 人民解放軍ロケット部隊(以下、PLARFと言う)も特に欺瞞に重点を置いている。それは独自のカモフラージュ部隊を有しており、デコイの利用や弾道ミサイルランチャーの民間車輌への欺瞞などを行っている。偽装されたトラックには会社名や連絡先の番号なども記されているほどだ。それに加えてPLARFはおとり部隊も利用する。つまり実際の部隊が移動したり発射位置を変更したりするとき、おとり部隊も同時に移動して敵の目を欺くのである。おとり部隊には実際の部隊と同様に特殊目的車両が備えられてすらいる。
(5) 最後に民兵部隊によるカモフラージュ支援がある。それは様々な形でPLAによる欺瞞を支援し、敵の偵察や標的設定の妨害を行う。また民兵の活用は、民間の人員や技術を活用することにつながる。ある民兵部隊のカモフラージュ保護班の人員の中には、ハイテク産業から引き抜かれたり、シミュレーション技術の専門知識を持つ者もいる。
(6) PLAによる幅広い欺瞞の採用は、米国およびインド太平洋における米国の同盟国に対して深刻な脅威を提示している。デコイの利用によってPLAは、台湾攻撃の準備において米国や台湾の情報収集活動を妨害できる。それによってPLAは「意外性(element of surprise)」を維持することができるのであるが、それは上陸作戦の遂行において決定的に重要な要素である。
(7) また実際に戦争が起きた場合、PLAの弾道ミサイルランチャーの位置の特定やその標的設定は著しく困難となるであろう。湾岸戦争の間、米国が主導する多国籍軍は、イラクの移動式スカッドミサイルランチャーの位置特定と破壊にほとんど成功しなかったという前例がある。平時であってもPLAはその軍事演習の詳細を可能な限り隠す努力を行い、偵察衛星による情報収集を妨害している。
(8) 米軍もデコイなどの偽装戦術を幅広く採用することで利益を得ることができるだろう。現在のところ米国軍は欺瞞をそこまで重要視してない。しかし変化の兆候もある。米国空軍参謀総長Charles Q. Brownは、昨年末、米国軍はもっと欺瞞を展開すべきだと主張したのである。それは中国軍への対応において大きな成果をもたらすであろう。
記事参照:Deception Is Key to Chinese Military Strategies

8月10日「ガラパゴス諸島周辺の中国漁船が突きつける海洋保護活動の課題―豪大学院生論説」(The Interpreter, August 10, 2020)

 8月10日付の豪シンクタンクLowy InstituteのウェブサイトThe Interpreterは、豪Griffith Universityの大学院生Mélodie Ruwetの“Chinese trawlers in the Galapagos: The protection challenge”と題する論説を掲載し、そこでMélodie Ruwetは、ガラパゴス海洋保護区周辺で確認された中国漁船団について言及しつつ、海洋保護のために必要なことについて要旨以下のとおり述べている。
(1) 1998年に設定されたガラパゴス海洋保護区(以下、GMRと言う)は同諸島周辺の133,000平方キロメートルをカバーするものである。今年7月、GMR周辺海域で260隻もの中国漁船団が操業しているのを確認したとエクアドル当局は発表した。中国は1978年以降毎年1度、同海域周辺で操業を続けてきたが、今回の漁船団の規模は前例がないと言う。中国の行動は何らかの国際法に違反するものではないが、GMRの設定によって保護しようとした生物多様性にリスクをもたらすものである。
(2) 英シンクタンクThe Overseas Development Instituteが7月に刊行した報告書によれば、中国の遠洋漁業に従事する船の数が以前に概算された数字をはるかに超え、16,996隻(ほとんどがトロール漁船)にのぼる。そして少なくとも183隻が違法・無報告・無規制漁業(以下、IUU漁業と言う)に従事していると疑われている。また中国は別の調査によれば、調査対象となった152ヵ国中最もIUU漁業に関わっている可能性が高い国に位置づけられている。こうしたことから、エクアドルの科学者たちはGMR周辺で操業する中国漁船団の本当の目的が何であるのかを疑問に思っている。
(3) エクアドル当局としては2017年の事件を繰り返したくないと思っている。それはIUU漁業によって漁獲された海産物を運んでいた貨物船Fu Yuan Leng 999がエクアドル当局に拿捕された事件のことを言う。それは300トンもの海産物を積載し、そのうちの半分が絶滅が危惧されるサメ類であった。20人の逮捕者も出た。それもあってエクアドル政府は中国漁船団の行動に目を光らせているのである。
(4) 中国政府の対応はどのようなものか。米国は中国のIUU漁業と疑われる行動に対して強く批判する姿勢を示しているが、中国は国連海洋法条約を批准もしていない米国になぜそのように言われねばならないのかと反発している。しかし中国は公海における中国漁船の活動を監督すべきだというエクアドル政府の要求に同意し、IUU漁業に従事する船舶への対応にゼロ・トレランス方式(抄訳者注:厳しい規則を制定し、違反した場合には厳しく罰するとした方式)で臨むと発表した。中国はすでに7月、9月から11月にかけて、GMR周辺海域を含むいくつかの海域でのイカ釣り漁船の活動を禁止すると発表している。こうした中国の態度は小さな沿岸諸国にとってはプラスになるであろう。
(5) IUU漁業に対する中国の対応はこのように前向きではあるが、それでもなおGMRのような海洋保護区周辺に大規模な漁船団が展開していることは大きな不安の種である。このケースでは中国はエクアドル政府の要求を飲んだが、しかし結局のところ、中国のような大漁業国家が海洋保護区周辺で大規模に活動を続けたとしたら、それまでの保護のための試みは無益になる可能性がある。
(6) 根本的な問題は、海洋保護に関する保護区の設定や法整備などが不十分だということである。それぞれの国が海洋保護区を設定するだけでは十分ではない。それは、漁業に関するグローバルな海洋に関する条約と合わさって初めて実効性を持つのである。
記事参照:Chinese trawlers in the Galapagos: The protection challenge

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) Implications of Hybrid Warfare for the Order of the Oceans
http://cimsec.org/implications-of-hybrid-warfare-for-the-order-of-the-oceans/45078
Center for International Maritime Security, August 3, 2020
By Dr. Alexander Lott, a postdoctoral fellow at the Norwegian Centre for the Law of the Sea at the University of Tromsø, the Arctic University of Norway
8月3日、The Arctic University of Norway(The University of Tromsø)のポスドクであるAlexander Lottは米シンクタンクCenter for International Maritime Security(CIMSEC)のウェブサイトに" Implications of Hybrid Warfare for the Order of the Oceans "と題する論説を発表した。ここでLottは冒頭、本稿の主要な論点は、①海洋法がハイブリッド戦争(Hybrid Warfare)の影響を受ける主要航路における法の支配の確保にどのように貢献できるかということ、②ハイブリッド型の海軍の戦争や紛争が、たとえ実際に生じたとして、従来の海軍の戦争や法執行活動の概念とどのように異なるのかということにあると述べた上で考察を進め、いわゆるグレーゾーンにおける侵略者の行為の合法性について、すでに複雑かつ困難である評価をさらに複雑にする可能性があると指摘し、それへの対処策として、国家は緊急事態又は戦争の宣言及び海洋における秩序の維持に関する主要な規定がハイブリッド戦争の動的な課題に対応するために十分に柔軟であることを確保するため、必要に応じて自国の国内法を改正すべきであると結論づけている。

(2) China’s Maritime Law Enforcement Activities in the South China Sea
https://digital-commons.usnwc.edu/ils/vol96/iss1/10/
International Law Studies, U.S. Naval War College, Vol.96, 2020
Professor Diane A. Desierto (JSD, Yale), Associate Professor of Human Rights Law and Global Affairs at the University of Notre Dame’s Keough School of Global Affairs, and Faculty Fellow at the University’s Kellogg Institute of International Studies, Klau Center for Civil and Human Rights, Liu Institute for Asia and Asian Studies, Pulte Institute for Global Development, and Nanovic Institute of European Studies. Desierto is also Professor of International Law and Human Rights at the Philippines Judicial Academy, Supreme Court of the Philippines and External Executive Director and ASEAN Law Visiting Professor at the University of the Philippines College of Law Graduate Program at Boni-facio Global City (BGC)
8月、米The University of Notre Dameの准教授であるDiane A. Desiertoは、U.S. Naval War Collegeが発行するInternational Law Studiesに" China’s Maritime Law Enforcement Activities in the South China Sea "と題する論説を発表した。ここでDesiertoは、南シナ海における中国の一方的な海上法執行活動に対する中国の正当化行為を評価すると述べた上で、南シナ海における中国の一方的な海上法執行活動はUNCLOSやその他の適用されうる国際法に従っていないと評し、特に2016年の仲裁裁判所の判断では、「法的効果なし」と明記されているため、中国は、歴史的な権利や九段線を書き記した地図の下での主権的な支配と管轄権の行使に依拠した単独の海上法執行活動を行うことはできないと論じ、さらには、南シナ海における中国の単独の海上法執行活動は、沿岸国の権利に関するUNCLOSの諸規定や、南シナ海における最終的な境界画定合意への努力を妨げる行為の禁止にも従っていないと断じている。

(3) Create ‘Patrol Forces Indo-Pacific’?
https://www.usni.org/magazines/proceedings/2020/august/create-patrol-forces-indo-pacific?utm_source=U.S.+Naval+Institute&utm_campaign=7a49aa87cf-EMAIL_CAMPAIGN_2020_06_01_02_55_COPY_01&utm_medium=email&utm_term=0_adee2c2162-7a49aa87cf-223005073&mc_cid=7a49aa87cf&mc_eid=e2a541ca58
U.S. Naval Institute Proceedings, August 2020
By Petty Officer Third Class Merrill A. Magowan, U.S. Coast Guard
8月、米沿岸警備隊の三等兵曹Merrill A. Magowanは、U.S. Naval Institute Proceedings電子版に、“Create ‘Patrol Forces Indo-Pacific’?”と題する論説を寄稿した。ここでMagowanは、①米沿岸警備隊は必要とされるプレゼンスの奥行きを実現していないが、Patrol Forces Indo-Pacific(PatForIP)を創設することはプレゼンスを管理するための適切な戦略的対応となるだろう、②米沿岸警備隊は得意とする任務に集中すべきであり、地域の沿岸警備隊との連携は海上の治安、安全保障及び管理を守ることに重点を置くべきである、③PatForIPは、現地の海軍や沿岸警備隊が適切な訓練を受け、自国の港湾や水路を守るようにすることを確実にする、④PatForIPは、沿岸警備隊の様々な任務の多くでパートナーを訓練することになるが、この任務は専門的なアドバイスを行うチームによって遂行されなければならないだろう、⑤Coast Guard Patrol Forces Southwest Asia(PatForSWA)に匹敵する規模のパトロール部隊を立ち上げるために地球の反対側にもう1つの年間を通したプレゼンスを転用することは困難だろう、⑥PatForIP は地域の部隊としてそれ自身が活動するのではなく、パートナー諸国の海洋領域と主権を守るために彼らを訓練することに重点を置く必要がある、⑦中国に脅かされている国々の安全と主権を確保するためには、年に数回のパトロールでは不十分であり、それに向けて共同して活動するために友好国や同盟国を結集する米国の能力にかかっている、といった主張を述べている。