海洋安全保障情報旬報 2020年7月21日-7月31日

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7月21日「違法漁業に立ち向かうため、官民横断の任務部隊を-米専門家論説」(Center for International Maritime Security, CSIS)

 7月21日付の米シンクタンクCenter for International Maritime Securityのウェブサイトは、The U.S. Naval Academy教官Claude Berube米海軍予備役中佐の“Stand Up A Joint Interagency Task Force To Fight Illegal Fishing”と題する論説を掲載し、ここでBerubeは魚種資源が急速に減少する中、IUU漁業は既に大国間対立の力学の一部であり海洋安全保障の中心的問題であると指摘し、IUU漁業対処のため沿岸警備隊を軸に海軍、各省庁、NGOから成る官民横断の任務部隊の編成が必要であるとして要旨以下のように述べている。
(1) 国際的海洋安全保障は21世紀の国境を越えた最も大きな脅威に対する思考と方針の劇的な変化を必要としている。それは麻薬輸送でも、主な懸念であるテロリズム、特に海洋におけるテロリズムでもない。
(2) 代わって国際社会は20世紀半ばの心理学者Abraham Maslowに戻る必要がある。彼が提起した欲求の階層は安全保障や安全は重要ではあるが二義的であり、いかなる人にとっても心理に必要なものは休息、暖かさ、水、食料である。食料は戦いの、そして国家の安定の中心事項である。軍隊は胃袋に向かって行進すると言ったのがナポレオンであれ、フレデリック大王であれ、中世の包囲戦において食料が手に入るかという懸念、シーザーが『ガリア戦記』に述べているようにその軍団のために食料が確保できるか、そして敵が食料を手に入れることを拒否することに執着したことから明らかである。
(3) 海洋の安全保障に関しては、海洋生物は最も基本的な必要なタンパク質を供給している。他の文脈で使用されることわざに反して、海には他の魚が常にいるわけではない。魚の消費量は人口増に合わせて増加してきている。しかし、魚の生息数は人類の要求に合うように増加していない。漁業に関して、ほとんどの海域での乱獲による絶望的な状況を描いていない報告書を見つけ出すことは困難である。人類にとっての海洋性タンパク質、そして家畜にとっての魚肉の需要は衰えることなく伸び続けている。いくつかの不吉な報告は魚の枯渇により商業漁業が今世紀半ばには不可能になると提言している。いくつかの国は自国海域に侵入した漁船に対し射撃をし始めている。これは海洋における安全保障にとって炭鉱内の空気をチェックするためにおかれたカナリアのようなものである。ほとんど全ての海洋フォーラムで聴衆は90/80/70パーセントという数字を想起させられている。海上輸送が全輸送に占める割合90パーセント、海岸近くに居住する人口の割合は80パーセント、海表面が地球の表面積に占める割合が70パーセントである。この場合、我々は海洋の安全保障に影響を及ぼす新たな数字のセットを考える必要がある。それは50/40/30/20であり、それぞれの意味するところは
a. 世界の魚種資源の50パーセントが完全に利用されている
b. 世界の人口の40パーセントが食料として魚に依存している
c. 世界の漁船の30パーセントが中国籍である。
d. 世界の魚の20パーセントが違法に捕獲されている
(4) 問題はこの20パーセントであり、違法・無報告・無規制(以下、IUUと言う)として知られるものである。米国で販売されている魚の20パーセントから30パーセントは違法に漁獲されたものである。ほかの場所ではその比率はもっと高い可能性がある。米海軍は違法漁業に対処するつもりはない。中国漁船団がここ何十年かの間に南シナ海を越え、世界のほとんど全ての海域に進出していることを考えれば、中国は問題の中心にある。「中国は世界中の沿岸国の海域でのIUU漁業に関して世界第1に挙げられており、地域経済に脅威を及ぼし、海洋環境を損なっている」として米政権はこの問題を認識している。米議会ではIUU漁業の国家安全保障に対する脅威に対処するための海洋安全法が2020年国防権限法に組み込まれた。海洋安全法には毎年沿岸警備隊と共同で国防総省が実施するよう訓練の一部として対IUU漁業訓練が含まれており、オセアニア海洋安全保障構想とアフリカ法執行パートナーシップに似たパートナーシップの創出がある。同法はまた、第三国に訴追を依頼する際、捜査、訴追を容易にするために依頼される第三国の法執行官が拿捕を行う艦船に予め乗船することを認める乗船協定(ship rider agreement)を後押ししている。
(5) 海軍は様々な理由を構えてこの追加任務に抵抗している。組織としての海軍はゆっくりと変化しているが、その構成要素を大型艦からIUU漁業での協力といった海洋安全保障任務に適合した小型艦艇へ移行することには基本的に反対している。さらに、最も脅威の高い海域の一部、たとえば西アフリカ沿岸は西太平洋や地中海における他の脅威や任務を考慮しれば多くの海軍の資源を投入できる地域ではない。沿岸警備隊はIUU漁業に対する権威のある選択ではあるが、より多くの資源が必要である、特に拿捕した船舶を起訴するための対価を考慮するとそうである。しかし、海軍は大国間の対立に深く関与している。そして、IUU漁業は今や、その力学の一部である。海洋性タンパク質の減少は、膨大な人口を養うという飽くなき食欲を考えると中国を不安定化する可能性があり、その本質的な所要を他国の出費で賄おうと中国が他国に持ち出す危険性が高まっている。IUU漁業は地域の人々の資源と海洋性タンパク質からの利益を拒否している。今日は、中国漁船が彼らの利益のために世界の海を利用しているが、明日には中国海警船がその利益を擁護するために付いてくる。そして、中国海軍の規模が急速に拡充されていることを考えれば、最終的には海軍艦艇が中国漁船がいかなる国からも邪魔されないようにするであろう。
(6) これに対処するため、国防総省は新しくJoint Interagency Task Force for IUU fishing (以下、JIATFと言う)を設立すべきである。JIATFは当初、アフリカ沖を担任する。理論的には沿岸警備隊将校が指揮するJIATFは、提携する国だけでなくIUU漁業問題の前線に立ってきた非政府組織とも緊密に行動しなければならない。Global Fishing Watch(抄訳者注:国際的な海洋NGO。衛星情報に基づき漁船の活動状況を提供)、 C4ADS(抄訳者注:国際紛争や国境を越えた問題について分析、情報発信を行っている非営利団体)のような組織に相談すべきである。Sea Shepherd Conservation Society(以下、Sea Shepherdと言う)は特にアフリカにおいて官民提携に成功している。Sea Shepherdは船舶と乗組員を提供し、提携するホスト・ネーションは法執行分遣隊を乗船させる。その結果、Sea Shepherdは近年、50隻以上の違法操業を行った底引き船を拿捕あるいは押収した。米政府が認めるかどうかにかかわらず、Sea Shepherdは成功実績のある能力構築と海洋における提携を提供しつつある。彼らが低コストでこのような影響を与えることができるという事実は、将来の米国の提携のあり方について可能性のあるモデルとしてみるべきである。
(7) NGO、米政府の省庁の部局、議会の法制定の間でIUU漁業への対応を目指した積極的な動きがある。魚種資源の急速な減少率、中国の世界的に増大するプレゼンス、経済に対するIUU漁業の影響を考えれば、より一層の行動を採らなければならない。そのような行動の一部として、21世紀における最大の課題となるかもしれないことに対処するためにNGOがホスト・ネーションと提携で使用した真に革新的で適応性のある方策を再評価すること必要としている。
記事参照:Stand Up A Joint Interagency Task Force To Fight Illegal Fishing

7月21日「米ウクライナ主導の海軍共同訓練、黒海で開始。ロ黒海艦隊も緊急訓練実施-米海軍協会報道」(USNI News, JULY 21, 2020)

 7月21日付のU.S. Naval InstituteのウェブサイトUSNI Newsは“ U.S.-Ukraine Sea Breeze Exercise Starts as Russian Black Sea Fleet Holds Snap Drills”と題する記事を掲載し、米ウクライナが主導する海軍共同訓練Sea Breezeが黒海で開始される一方、ロシア黒海艦隊は戦闘即応体制検証のための訓練をほぼ同時期に実施したとして要旨以下のように報じている。
(1) 20回目となる米ウクライナ両海軍が主導する共同訓練Sea Breezeが7月20日に黒海で開始された。ロシア海軍も同時に近傍海域で一連の緊急訓練を実施していた。「Sea Breeze共同訓練は1997年に開始され、ウクライナにとってNATOに加盟する主要な道具立てであった」とウクライナ海軍司令官Oleksiy Neizhpapa少将は記者会見で述べている。実施海域の重要性に鑑み、黒海沿岸国、非沿岸国の海軍が参加した。参加海軍はブルガリア、ノルウェー、ルーマニア、スペイン、トルコ、ウクライナ、米国である。艦艇26隻、航空機19機、人員約2,000名が参加する黒海での1週間の訓練はCOVID-19の新しい制限の下で実施された。陸上での訓練項目は中止され、訓練計画の大半はオンラインで行われたとNeizhpapa少将と米第6艦隊司令官Gene Black中将は記者団に述べている。
(2) 「我々は来週には多くのことを達成している。航空および海上訓練の目的には海上阻止作戦、防空、対潜戦、応急、捜索救難が含まれる。加えて、2020年はより多くのフリープレイを実施している。すなわち、我々は訓練参加者に訓練目的を達成するために訓練シナリオの規約に縛られない自由を与えている。フリープレイは参加者がこれまでのSea Breeze訓練で伸ばしてきた技量に磨きをかけることを可能にする。ウクライナ海軍南部司令部からの指示を含めてウクライナ海軍の素晴らしいやる気献身と我々の同盟国、協調国からの貢献によって力量と機能の中で成長し続けた統合と協調のより高いレベルを維持したいと考えている」とBlack中将は記者会見で述べている。「2020年の訓練の主目的は危機の状態にある海域における海洋安全保障である。COVID-19のために我々は訓練期間を1週間に短縮した。しかし、この訓練が高練度のうちに実施され、実り多いもので我々は多くの経験を積むことができることを望んでいる」とNeizhpapaは述べている。
(3) Breeze exercise訓練開始のちょうど3日前、ロ海軍は黒海周辺でロ海軍部隊が緊急訓練を行うと発表した。「今朝、黒海艦隊の部隊は警戒態勢に入り、艦隊の艦艇部隊は分散し、指定された海域に展開した。訓練期間中、艦艇乗組員は緊急の戦闘準備を行い、想定上の敵攻撃から主力部隊の待避を実施した。緊急戦闘即応体制チックは人員3,000名以上、300以上の艦艇、航空機等分装備品が参加した」と国営タス通信は報じている。
(4) Black米第6艦隊司令官は「米ロ相互の影響は全くないと考えている。あったとしても、我々はプロであり、法と海上における行動規範に基づくことになる」としてロ海軍との緊張の可能性について控えめに述べている。
記事参照:U.S.-Ukraine Sea Breeze Exercise Starts as Russian Black Sea Fleet Holds Snap Drills

7月21日「北極圏枢軸など存在しない―豪戦略研究者論説」(Foreign Policy.com, July 21,2020)

 7月21日付の米シンクタンクForeign Policy Research Instituteのウェブサイトは豪Deakin Universityの戦略学講師Elizabeth Buchananの“There Is No Arctic Axis”と題する論説を掲載し、ここでBuchananは北極圏をめぐる中国とロシアの関係が近年深まりつつあることについて、あくまで経済的な動機によるものであり政治的に強固なつながりではないことを理解する必要があるとして要旨以下のように述べている。
(1) 近年、北極圏に関して中国とロシアの距離が縮まっているが、これについてオブザーバーの多くは米中新冷戦との関連で中ロの接近を何らかの同盟のようなものと誤解しているように思われる。しかし北極圏における中ロのパートナーシップは主として商業的な動機に基づくものであって、政治的なものではないことを理解する必要がある。
(2) 2014年にロシアがクリミアを併合した後、西側諸国による対ロ制裁は北極圏開発のための資本や技術を途絶えさせた。しかしその制裁はロシアのプロジェクトに対し投資を行う西側企業に対するものであったため、中国がロシアの北極圏開発に参画する余地を残したのである。ロシアは海外からの投資を必要としていたが、しかし中国からの投資に依存することには経済的安全保障の観点から慎重であった。その姿勢は、必ずしも中ロのパートナーシップが政治的に強固なものではないことを示唆している。
(3) 中国もロシアも北極圏の資源に戦略的関心をいだいている。しかし、認識されている北極圏の資源は概ね沿岸諸国の排他的経済水域内に存在するものである。その意味で中国がそれに手を出せる余地はない。しかし中国が目をつけているのは北極海の国際水域であり、その資源を国際公共財とみなしている。中国は自らを「北極近傍国家」と自認し北極圏への関与を深めようとしている。
(4) 国際法に基づけば、大部分の北極圏の石油・ガス資源を開発し利用する権利を持つのはロシアである。北極圏の資源開発についてはしばしば「グレート・ゲーム」と称されることがあるが、これは不正確であろう。なぜなら勝者はすでに決している。ロシアは北極圏の天然資源開発とその利用について、国家安全保障のための資産として保護していくであろう。
(5) そのうえで中国とロシアは北極圏の資源開発に共通の利害を有している。中国はなお多くのエネルギーを必要としており、その輸入を多様化している。北極海航路がもたらす商業的な利益も中国にとっては魅力的だ。他方ロシアは海外からの投資を奨励し、中国からの投資も歓迎してきた。ただし、中国企業の参入は限定的なものだ。たとえばヤマルLNGプロジェクトに対する中国系企業の出資割合は29.9%であり、別のプロジェクトについても20%程度であった。
(6) こうした傾向は、すでに述べたようにあくまで中ロのつながりが商業的なものに限定されていること、そしてロシアが中国に対してなお慎重な姿勢を見せていることの表れである。それは世論調査にも示されており、中国に好意を持つロシア国民の割合は2019年から20年にかけて若干低下した。ソ連時代からの中ロ関係の歴史的相互不信もその背景かもしれない。
(7) 北極圏に関する多国家間システムでの北極評議会においても中ロ関係の微妙さが見てとれる。中国は北極評議会のオブザーバー国家になることを申請していたが、それは長年ロシアとカナダの慎重姿勢によって棚上げされてきた。2013年に中国はようやくオブザーバーになれたが、そのときオブザーバー国家は「北極圏国家の主権を承認」せねばならないという要請を受け入れてのことであった。中国はそれを遵守しているように見えるが、しかし2018年の北極政策白書は国連海洋法条約(UNCLOS)第234条の解釈をめぐるロシアとの意見の相違を明らかにし、中ロ間の緊張を高めることになった。同条項は、沿岸国の排他的経済水域内における「氷に覆われた」水域を管理する権利を認めており、ロシアはその条項に基づいて自国周辺の航路の規制を行っている。しかし気候変動により「氷に覆われた水域」が減る可能性があるなか、中国は一年中氷に覆われていない海域の自由航行を模索するかもしれないのである。
(8) 今年6月、ロシアの指導的な北極学者Valery Mitkoが機密情報や技術を中国に引き渡したとして起訴された。ロシアも中国も公式にこの問題についてコメントを出していない。また北極圏以外には、COVID-19感染拡大の対応をめぐって中ロの競争が起きている。それはたとえば東南アジアへのヘルスケア支援への関わりや、欧州諸国へのマスクや人工呼吸器の提供に関する競争である。
(9) ロシアの方針が今のままであれば、中国との関係は根本的には商業的なままであり対等な同盟に至ることは考えにくい。現在のように中国が北極圏におけるロシアとのパートナーシップによって幾分その行動が制限されているのは西側にとっては望ましい状況である。両国の関係がより強固になったとき北極圏においてそれに西側諸国が対抗することは困難であろうし、ロシアに西側諸国との関係を深めさせようというのも難しいだろう。西側諸国はこのことを正しく理解すべきであろう。
記事参照:There Is No Arctic Axis

7月22日「ワシントンは東アジアにおける戦略的優越を如何に維持するか―米専門家論説」(Aspenia Online, July 22, 2020)

 7月22日付の伊シンクタンクAspeniaのWebサイトは、米シンクタンクThe Cato Institute上席研究員Ted G. Carpenterの“Beleaguered hegemon: How Washington tries to preserve strategic primacy in East Asia” と題する論説を掲載し、ここでCarpenterは与野党を問わず、米国の指導者達による東アジアにおける戦略的優越を維持する努力とその困難さについて要旨以下のように批判的な論説を試みている。
(1) 太平洋戦域における最近の米国の外交及び軍事の両面における動向は、ワシントンが戦後享受してきた覇権的地位を維持していく決意であるという強力なメッセージを敵味方双方に伝えるものである。最新の動きは、2021年度国防授権法に「太平洋抑止力構想」(The Pacific Deterrence Initiative: 以下、PDIと言う)を添付したことである。PDIとその他の米国の措置は、1つの目標、すなわち中国を暗黙のうちに指向したものである。この10年間、そして特にTrump政権下で、中国がもはや建設的な経済的、外交的パートナーではないという認識が米国の政治、政策エリートの中に拡散してきた。今や政策立案当局は北京を、良く言えば戦略的競争相手、悪く言えば完全な敵と見なしているのである。
(2) 北京に対する不信の高まりには、幾つかの理由がある。すなわち、軍事費の増大と精巧な対艦ミサイルやその他の「接近阻止/領域拒否」(A2/AD)システム開発への投資―その主目的は、もしワシントンが台湾防衛のため、あるいは中国の近海で中国の戦略目標を妨害するために空海戦力を展開した場合、米国に多大の出血を強いることにある。北京の新たな軍事力は、益々大胆な外交政策を後押ししている。また、中国は南シナ海に人工島を造成することで、極めて広範な領有権主張を押し進めている。更に、尖閣諸島周辺海域におけるプレゼンスを強化して、日本の主権に挑戦している。台湾に対する中国の警告も、一層強いものになってきている。
(3) 米国は、こうした北京の野心に対して多様な方法で対処している。南シナ海では「航行の自由」作戦を活発化している。ワシントンは、この地域での海軍力の展開を強化しており、7月には、この6年余の期間で初めて、南シナ海で2個空母打撃群の同時展開による演習を実施した。そしてPompeo 国務長官は中国の南シナ海における領有権主張を明確に拒否し、ASEAN諸国を積極的に支援するとの声明を発出した。Trump政権下で、ワシントンは台湾との政治的な結び付きを強化するとともに、新たな安全保障関係を確立した。一つの重要な措置は米国の防衛、外交関係高官の台湾関係当局との交流を認可し、奨励する2018年台湾旅行法の成立である。最近の議会における幾つかの措置は米国が台湾を強力に支援していることを示している。実際、Trump政権は2019年7月に台湾への20億ドルの武器売却を認可したが、政府高官は、こうした武器売却が今や「慣例化」しており、台北との安全保障関係における「新しい標準」になっていることを指摘している。これを裏付けるように、Trump政権は、2020年5月21日に、台北に18セットの先端技術魚雷を売却する新たな武器取引の承認を議会に求めた。ワシントンはまた、台北に対する支援を強調するために、米軍機の台湾領空通航、台湾海峡通峡など、米軍の活動を活発化させている。
(4) こうした動向は全て、ワシントンが中国を狙いとする封じ込め政策を採用しつつあり、米中両国が冷戦状態になりつつあるとの疑惑を高める兆候となっている。両国間の緊張状態は未だ冷戦レベルには至っていないが、相互不信と非友好的行為が増大している。Trump政権は、中国の輸出品への依存度を減らす措置をとりつつあるが、特に半導体と重要な薬品に対する対中依存の軽減を最優先としている。対中依存の軽減は、もし米国が北京に対する本格的な封じ込め政策を採用するのであれば重要な前提条件となろう。ワシントンは、中国に対する一層強固な政策について、欧州と東アジアの同盟諸国の支持を求めている。香港問題について、米国当局者は対中非難声明の発出と、一定の経済制裁を課す同意を同盟諸国に求めたが、EUと一部の主要国が個別にワシントンの要請を拒否した。オーストラリアを例外として東アジアの同盟諸国の反応は更に良くなかった。
(5) 香港問題に対する同盟諸国からの外交的な支持がなかったことから見て、これら諸国が中国に対する軍事的封じ込め政策を支持する可能性は更に低いと言えよう。例え米国が東アジアにおける戦略的優越を維持するつもりでも、それが米国のほぼ一方的な任務になることを思い知ることになるかもしれない。欧州の同盟国からの支援は望むべくもなく、一方、東アジアの主要な同盟国はある程度米国を支持するかもしれないが、これら諸国から実質的な支持が得られるかどうかは定かではない。にもかかわらず、与野党を問わず、 米国の指導者達は東アジアにおける覇権国としての米国の地位を維持することを決意しているようである。前出のPDIがそれを反映している。PDIの主導的提唱者である、Infore共和党上院議員とReed民主党上院議員はPDIの主たる狙いが中国であることを隠していない。両議員は、「PDIは、中国を抑止するために重要な軍事能力に資源を集中するとともに、米国の同盟諸国やパートナー諸国を再保証し、そして米国民がインド太平洋における米国の利益を守る決意であることを中国共産党に示威する強力なシグナルである」と強調している。こうした超党派的コンセンサスは、Bidenが次期大統領に当選しても、太平洋における米国の政策が依然として戦略的優越を維持して行くであろうことを示唆している。
(6) 両上院議員やその他の PDI支持者は、兵器と兵站能力を太平洋戦域に大幅にシフトしようと考えていることは明らかである。PDI は明らかにコストを無視して東アジアにおける米国の戦略的優越を維持していくための工程表である。PDIは、益々窮地に立たされつつあると感じる覇権国家による対応であるが、米国が長期にわたって維持することは極めて難しいアプローチであろう。ワシントンは二つの厄介な障害に直面している。
a. 1つは、軍事色を強める反中国政策に対する、同盟諸国(欧州諸国は言うまでもなく、東アジア諸国からでさえ)の支持は極めて不確実である。これら諸国の大部分はこのような戦略に加担することによって、北京との適切な関係を犠牲にしたくないのである。
b. もう1つの障害は、単純に地理的なものである。中国の経済力と軍事力が増大し続けていることから、米本土から数千マイルも離れた、しかも北京に隣接する地域での対峙において優位を確保することは米国にとって益々難しくなるであろう。米国の指導者達はこうした脆弱性にも関わらず抑止力の信頼性維持に全力を尽くしている。しかしながら、もし抑止に失敗すれば、ワシントンは、中国との悲惨で壊滅的な戦争に、しかも米国が負けるかもしれない戦争に直面することになろう。
記事参照:Beleaguered hegemon: How Washington tries to preserve strategic primacy in East Asia

7月22日「米空軍史上初の北極戦略―環北極メディア協力組織報道」(Arctic Today, July 22, 2020)

 7月22日付の環北極メディア協力組織Arctic Todayのウエブサイトは、“The US Air Force’s first Arctic strategy emphasizes geopolitics, space”と題する記事を掲載し、米空軍による史上初の北極圏に関する戦略について要旨以下のように報じている。
(1) 米空軍は7月21日、史上初となる北極戦略を発表し、空軍の北極圏への関心の高まりを示した。Barbara Barrett米空軍長官は、この戦略の発表において北極圏を米国とその利益を守るための「決定的に重要な領域」と呼んだ。空軍は米国防総省の北極圏におけるプレゼンスの主要な構成要素であり同省の北極圏の資源と資産の79%を占めている。この新戦略の多くは国防総省と米国沿岸警備隊を擁する国土安全保障省の以前の文書を反映している。それは、この地域におけるロシアと中国の軍事力と経済力の増大を強調している。そして、航空、宇宙及びサイバー空間を含む「すべての領域での警戒」、力を誇示しつつも同盟国とのパートナーシップを維持すること、そして、北極圏の作戦のための訓練などを求めている。
(2) しかし同長官は、いくつかの失策を犯した。特に、空軍の新しい北極圏の展望の中で先住民の役割に言及した時である。提携国と協力することの重要性を語る中で、Barrettは「グリーンランドでのデンマークの取り組み」と訂正する前に「グリーンランド人の主としてデンマークの指導的地位のおかげ今一つの北極圏の国である同国とともに行動している」と述べている。そして、新戦略における先住民の役割についての質問に対して、Barrettは、寒冷な気候に適応するためのそれら地域社会の能力にのみ焦点を当てた。軍事戦略における先住民の役割を誤解していると、この地域の発展に向けた取り組みが妨げられる可能性があると加University of CalgaryのRobert Huebert准教授は語っている。例えば、カナダ極北の北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)のレーダー基地の能力向上と維持管理には先住民コミュニティとの緊密な協力が必要であり、北方の環境や優先事項に関する先住民の知識に頼る必要があるとHuebertは述べた。
(3) Huebertは新戦略の中でNORADについての言及がほとんどないことに驚き、カナダの重要な協力についての言及が比較的少ないことに困惑したと言う。彼によると、NORADは国際的・地政学的環境の変化を含め、報告書で概説が述べられている核心的な問題のすべてに対応しているという。「(NORADを創設した)1956年以来、我々(米国とカナダ)は完全に協力してきた」とし、この地域への有意義な投資には至らないが、この戦略自体は重要な前進を意味するとHuebertは語っている。
(4) 米Center for Strategic and International Studiesの欧州・ユーラシア・北極圏担当上級副所長Heather Conleyは、この文書は「爽快に明快で有益なものだ」と述べている。北極圏における米国の役割を「戦略的に不可欠」と位置づけることで、この戦略は単に米国が北極圏の国家であることを繰り返して述べる以上のもの、したがって、北極圏のための計画をもつ必要があるとし、「北極圏通信のロードマップの作成、極地の移動基盤の近代化、北極圏の基地構想の発展といった興味深い重要な新しい考えがいくつか発表された」と彼女は述べた。ConleyはNORADの北方警報システムの重要な能力向上を含め、警報よりも抑止力により焦点を当てることを望んでいただろう。
(5) この戦略はまた、北極圏の安全保障の議論に宇宙という比較的新しい未開拓の領域をもたらした。宇宙作戦本部長John Raymond大将は、米宇宙軍の重要な任務の1つはミサイルの警戒であり、アラスカとグリーンランドに基地を持つ北極圏は「その任務の最前線だ」と述べた。彼はまた、北極圏は極軌道上の人工衛星を指揮・制御するのに理想的な場所であるとも指摘している。Huebertは実際に宇宙軍がNORADの資産構成の中に長い間含まれていることを指摘した。「それを明確に表現するという意味では新しいことである」「しかし現実には、宇宙は常に中心的な構成要素である」と彼は述べている。
(6) 報告書の発表会で、Barrettは攻撃的な航空資産や沿岸ミサイルシステムのネットワークを含む、ロシアの北極圏への最近の投資を指摘した。そして、この地域における提携の重要性を認め、特にカナダとの協力関係を強調したが、ロシアについては明白に省略した。また彼女は、Trump政権の最近の中国の北極圏への関心についての警告の言辞を引用して、埋蔵石油やレアアースの鉱脈を含む「地域資源へのアクセスを得るために、中国は、北極圏でのプレゼンスの常態化を試みている」とし、「多くの人々は、中国が、地域に悪影響を及ぼす、強奪する経済行動を繰り返すのではないかと懸念している」と述べた。Huebertは、北極圏が新たな地政学的挑戦を意味するという報告書の主張に対して、特にロシアに関して警告した。「ロシア人は大国になりたいという気持ちを止めたことはない」、米軍は「新しい対応を考え出しているが、新しい環境ではない」と彼は述べた。
記事参照:The US Air Force’s first Arctic strategy emphasizes geopolitics, space

7月25日「中台の低強度紛争の可能性―台湾紙報道」(Taipei Times.com, July 25, 2020)

 7月25日付の「台湾時報」の英語版Taipei Times電子版は“Taiwan-China low-intensity conflict possible: analysts”と題する記事を掲載し、中台間に通常戦争の可能性は低いものの、低強度紛争の可能性はあり、それもそう遠いことではないとして要旨以下のように報じている。
(1) 中台間の通常戦争は生起しそうにないが、低強度紛争の可能性はあると専門家は言う。
(2) 中国による台湾周辺での軍事行動が増加していることに照らして、軍がほんのわずかな警報で発動できる低強度紛争に対して警戒態勢を取ることは当を得ており、可能性のある低強度軍事紛争の発火点には東沙諸島、南シナ海の太平島、金門県の烏坵で、これら全ては台湾の支配権下にあると21日の安全保障フォーラムで張延廷元空軍中将は述べている。これらの島々の共通する特質は「攻撃されやすく、守りがたい」ということであると張元中将は言う。
(3) 元智大学社会暨政策科学学系教授陳勁甫は、中台は様々な問題で踏み越えてはいけないそれぞれの線を試してきており、中台間の軍事紛争は遠い先の可能性ではないとし、戦争になれば勝者は存在しないのであるから敵対関係を低減し、そのような危機を回避しなければならないと言う。元国家安全局局長蔡得勝は中国では香港における政治的事態の進展、COVID-19に由来する圧力や台湾が独立に向けて動くのではないかという懸念から愛国的感情が高まっているとし、これらの問題から国内の注意をそらすため地域における状況をより複雑にするような強硬な姿勢を取るだろうと言う。国防安全研究院研究員舒孝煌は、米中間には予防メカニズムがあるにもかかわらず、偶然の遭遇の可能性があるとし、両国は多くの地域の問題で意見を異にして、朝鮮半島近傍、台湾海峡、南シナ海で軍事行動を行っていると述べている。そして、両国の抑制された行動は米中ともに紛争を望んでいないことを示しているが、明らかにそのような結末に備えていると付け加えている。
記事参照:Taiwan-China low-intensity conflict possible: analysts

7月27日「Covid-19が加速するアジア太平洋における海洋の不安定化-米海洋問題専門家論説」(The Strategist, 27 Jul 2020)

 7月27日付の豪Australian Strategic Policy InstituteのウェブサイトThe Strategistは米シンクタンクThe Pacific Forum のVasey Fellow(編集注:同フォーラムが実施している若手研究者に対する支援プログラム)で日本の安全保障問題NPO、The Yokosuka Council on Asia-Pacific Studies海洋安全保障アドバイザー Asyura Sallehの“Covid-19 accelerates maritime insecurity in the Asia–Pacific”と題する論説を掲載し、ここでSallehは各国がCOVID-19の対応に追われている中で相対的に海上法執行に投入されるべき人員、予算なども削減されることとなった結果、従来から重要な問題であったIUU漁業の拡大など危機のハイブリッド化の傾向が見られるなど海上の安全に対する脅威としても進化しつつあると論じている。
(1) Covid-19は健康危機が既存の社会的および政治的な亀裂にどのように圧力を及ぼすかという例を示している。アジア太平洋の海洋環境もその例外ではなく、ハイブリッドの課題である従来とは異なる問題が増加している。国家の予算が健康危機対応のために調整される中で非国家主体が海上領域にも関係する地上での暴力行為をエスカレートさせている。パンデミック以前にもIUU漁業は深刻な安全保障問題と認識されていたが、ハイブリッドチャレンジと呼ばれるこれらの問題は、非対称的な利点を得るために従来とは異なる形の様々な戦術の組み合わせによって特徴付けられる。Covid-19のため国家予算は危機対応に転用されてはいるが、国家および非国家主体は海上におけるハイブリッド脅威に効果的に対応できていない。西沙諸島付近でのベトナム漁船の沈没、サラワク沖での石油探査の補給船に対するいやがらせ、中国の南シナ海における漁業禁止発表などはパンデミックに乗じて継続するハイブリッド戦略の一部である。
(2) 非国家主体側もまたこの健康危機を利用しており、国家の統治能力の弱体化を認識してアジア太平洋における海洋領域の問題にも悪影響を及ぼしている。ミャンマーのラカイン州、チン州における組織的暴力は2020年1月から4月にかけ前年比74%増加した。これによる死者が増加し、住民が追放され、避難民がアンダマン海へと押し出されている。そして周辺各国は感染症拡大を懸念して避難民受け入れを拒否しており、2015年のような避難民の危機が再現される可能性もある。また、海賊行為や海上武装強盗も著しく増加しており、アジア海賊対策地域協力協定(ReCAAP)情報共有センターは、2020年1月から6月にかけ海賊および海上武装強盗件数が2019年の2倍に達したと報告している。
(3) こうした海上における諸課題は安全保障上の迅速な対応を必要としている、アジア太平洋諸国は国内でのCovid-19対応に忙殺されている。より多くのリソースをCovid-19対策に振り向けるため域内各国は防衛予算を含む他の予算削減を強いられている。インドネシアの国防予算は7%引き下げられタイでも8%引き下げられている。その結果、タイでは中国製潜水艦2隻を含む調達の停滞も生じている。こうした国家予算上の制約にもかかわらず、地域各国は国家の能力の不足を補うための施策を講じている。マレーシアは国内外の脅威にバランスの取れた対応を維持すべく海上および陸上の国境線に沿った取締りを強化している。フィリピンではテロ対策当局を強化するための法案が7月18日に発効した。一方、東南アジア協力訓練(SEACAT)などの年次多国間海軍演習はオンラインによる討議形式に移行し、地域の海軍間の情報共有と多国間協力のアクティブなレベルを維持している。
(4) Covid-19はアジア太平洋地域の既存の政治的および社会的亀裂に強い圧力をかけている。 国家および非国家アクターは、国家の統治能力の低下を認識し、海洋の不安定化をもたらす活動を追求しようとしている。パンデミックの長期化は、国家予算と排他的経済水域の権益を保護しようとする国家の能力に脅威を与えている。Covid-19は公衆衛生への脅威として始まったが、現在では海上の安全に対する脅威へと徐々に進化しつつある。
記事参照:Covid-19 accelerates maritime insecurity in the Asia–Pacific

7月27日「ニミッツ空母戦闘群、第5艦隊作戦担当海域へ-米通信社報道」(UPI, July 27, 2020)

 7月27日付の米通信社UPIは、“USS Nimitz Carrier Strike Group joins 5th Fleet in Indian Ocean”と題する記事を配信し、第7艦隊担任海域での印海軍との訓練等を終え、第5艦隊担任海域に入ったとして要旨以下のように報じている
(1) 7月24日、ニミッツ空母戦闘群は中東へのプレゼンスとして第5艦隊の作戦担当海域に入ったと海軍は発表した。ニミッツ戦闘群はドワイト・D・アイゼンハワー空母戦闘群と交代する。ドワイト・D・アイゼンハワー空母戦闘群は6ヶ月間の第5艦隊作戦海域への展開後、紅海を離れ、スエズ運河経由で地中海に入る。ニミッツ空母戦闘群、すなわち第11空母打撃群は空母ニミッツとF/A-18E/F等を装備する艦載航空部隊、イージス巡洋艦、イージス駆逐艦から編成されている。
(2) 第5艦隊はバーレーンの米中央軍海軍部隊司令部と同じ所に司令部を置き、ペルシャ湾、紅海、アラビア海およびインド洋の一部を担任する海軍部隊に責任を有している。担任海域は20カ国の国境に接し、世界の通商の流れに極めて重要な3つのチョークポイントが存在する。
(3) 米国は、イランとの緊張が高まって以降、2019年から5艦隊担任海域での空母の展開を維持してきている。7月24日以前、ニミッツはインド洋の第7艦隊担任海域を行動しており、7月20日の週のはじめに印海軍との訓練を終了している。両海軍は、実弾射撃、防空訓練、航空機運用など各種訓練を実施した。「これは印海軍と訓練し、紐帯を強化するこれまで例をみないものだった。我々は射撃訓練、防空訓練を含む各種訓練を実施し、高いレベルの統合と協調を達成することができた」とニミッツ空母戦闘群のイージス巡洋艦艦長Peter Kim大佐は言う。
記事参照:USS Nimitz Carrier Strike Group joins 5th Fleet in Indian Ocean

7月27日「南太平洋の4つの未来―豪研究者論説」(The Strategist, 27 Jul 2020)

 7月27日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウェブサイトThe Strategistは同所ジャーナリストフェローGraeme Dobellの“Four South Pacific futures”と題する論説を掲載し、ここでDobellは南太平洋諸国の未来には楽観的なものから悲観的なものまで4つのシナリオがあり、オーストラリアはそれらに対応する新たな戦略環境を構築していかなければならないとして要旨以下のように述べている。
(1) 地政学的な争い、気候変動、そしてCovid-19が南太平洋に押し寄せ、その地域の国家の安全保障と人間の安全保障に関する問題を喫緊のものとしている。南太平洋では国家は弱いが社会は堅牢である。Covid-19は地球規模のバランスを揺るがせ、多国間協調の停滞を生み出したが南太平洋ではこれまでのところCovid-19の感染拡大は起きていない。しかし地政学的な争いは次のサイクロンシーズンと同じくらい必ず到来する。地域社会は変わらなくても国際情勢が大きく変化しているため、おそらく南太平洋の将来は変わっていくであろう。
(2) そのような考えを最初に発表したのは、南太平洋の戦略についての本を書いた地域の研究者Peter Laytonである。彼は南太平洋の未来について4つのシナリオを紹介した。そのうち3つは、この地域の混乱と崩壊を示している。Peter Laytonが主張するように、互いに機能しあう一つの地域として島々を維持することは、多くの努力が必要となるであろう。今日の太平洋諸島は特定の国際的なシステム、グローバリゼーション、国連海洋法条約、デジタル情報技術に依存している。地球温暖化の影響に左右される未来はこの地域が持続しない可能性があることを強調している。Peter Laytonの4つのシナリオでは豪国防省の2016年から2035年までの軍の将来運用に関する未来予測を使用している。その内容は次のようになっている。
a. 南太平洋諸国は政府の統治の脆弱さと経済の低迷に苦しみ、さらに23歳未満の人口が地域の人口の半分に膨らむであろう。
b. 脆弱な政府はアジア太平洋の経済からほとんど利益を引き出さないであろうし、米中の競争に対応しなければならない。
c. パプアニューギニアでは引き続き暴動が起こりやすいであろう。暴動のほとんどは地域的なものであるが、その影響は主要な人口集中地域では深刻になる可能性がある。
d. オーストラリアは警察と治安部隊が主導的な役割を果たし、避難、人道的救援、その他の非戦闘任務を支援する。
(3) オーストラリアの防衛政策担当者は、国際的システムについて4つの未来を想像した。Peter Laytonは2040年の南太平洋の4つのシナリオを作るためそれらを使用している。
a. 「多国間主義の未来」ではより、強い島々の政府と協力的な環境を前提としている。グローバリゼーションは進み島々は戦略的独立性を維持している。地球温暖化は1.5°Cとなっている。都市部は活気があり外側の島々は安定している。
b. 「ネットワーク化された未来」では、この地域の自立は半分程度となっている。グローバリゼーションが深まるにつれて国、企業、非国家主体が複雑なビジネス指向のネットワークで協力していく。地球温暖化は+1.9°Cとなっている。島々の都市部は成長するが外側の島々は衰退する。
c. 「バラバラになった未来」では、ゼロサムナショナリズムの時代にグローバリゼーションが低下している。地域主義は戦略的に無意味となる。地球温暖化は+1.9°Cで悪化している。社会的結束が乏しく都市部は安全ではなく外側の島々は急激に衰退している。
d. 「多極化した未来」では、グローバリゼーションが分裂し、南太平洋が中国主導のブロックと米国主導のブロックの間で分裂している。この地域の独立性は極めて小さくなっている。地球温暖化は+1.9°Cで悪化している。都市部は安全ではなく外側の島々は衰退している。
(4) 4つのシナリオは、島々の統治に対する深い疑問を投げかけている。Peter Laytonは南太平洋が地球温暖化と地政学的変化に直面しても回復力を持つためには連携を強化する必要があると書いている。この連携は、飛行場、港湾、道路、情報技術の物理的なものだけでなく、無形の人と人とのつながりでもある。広く深い連携は物理的な堅牢さだけでなく、悲惨な出来事からの回復するために不可欠な永続的な社会的結束をもたらす。Peter Laytonの予測では2040年の島々は現在よりも孤立しており、自国の資源に今よりも頼らなければならない。政治的問題と経済的課題によって悪化する国家の脆弱さはテロリズムの広がりや安定と主権を損なう活動を含む地域への脅威を大きくしてしまう可能性を秘めている。国家の脆弱さが増大すれば、住民避難、人道支援、災害救援のために、豪国防軍の活動がより頻繁に求められる可能性がある。また、不規則な海洋活動を含むオーストラリアの国内安全保障に対する脅威を増大させる可能性もある。脆弱な未来では、「不規則な」海洋活動は密輸業者によって行われるかもしれない。南太平洋の人々は気候災害や問題のある社会を克服した隣人になるかもしれない。南太平洋では、毎日のように新しい問題と古い問題が見られる。オーストラリアは、新しい形の戦略的環境を構築していくべきである。
記事参照:Four South Pacific futures

7月28日「インド太平洋における共同海軍演習の増加―印国際関係学者論説」(Vivekananda International Foundation, July 28, 2020)

 7月28日付の印シンクタンクVivekananda International Foundation(VIF)のウェブサイトは、印海洋関連シンクタンクThe National Maritime Foundationの元所長Vijay Sakhujaによる“Indo-Pacific in a Churn: Too many Naval Exercises”と題する論説を掲載し、ここでSakhujaはインド太平洋地域で近年数多くの多国間共同海軍演習が実施されていることの意義について要旨以下のとおり述べている。
(1) インドが今年末ベンガル湾で実施する予定のマラバール海軍演習にオーストラリアが招待されたが、このことはインド太平洋地域における4ヵ国安全保障対話(以下、QUADと言う)の国々が連携を深めていることの表れである。今年に入ってインド太平洋諸国による共同演習は数多く実施されている。たとえば印海軍と米海軍はPASSEX(抄訳者注:「小規模基礎訓練」と呼ばれており事前の計画なしで、部隊が同じ港に停泊する機会や、行動中の海域が近接する機会等を活用し、適宜実施する小規模な訓練)を実施し、フィリピン海では7月19日から21日にかけ日米豪海軍が共同演習を行った。さらに8月後半には実施が延期されていた環太平洋合同演習(RIMPAC)が実施され25ヵ国もの国が参加する予定である。
(2) 多国間の海軍演習にQUADの国々が参加する傾向は昨年から引き続いているものである。たとえば南シナ海では日米印比による共同演習が複数回実施され、マリアナ諸島周辺では日米豪韓のパシフィック・ヴァンガード共同演習が行なわれた。フランスが空母、オーストラリアが潜水艦を参加させた日仏豪米によるラ・ペルーズ共同訓練も実施されている。
(3) その一方、アラビア海周辺でのイランや中国による活動も活発化している。2019年12月にイランは、ロシアと中国とともにマリタイム・セキュリティ・ベルト(以下、MSBと言う)共同演習を実施したが、この3ヵ国による共同海軍演習の実施は史上初めてのことである。イランはパキスタンにもMSB演習への参加を要請したが、パキスタンはそれを断った。パキスタンはシー・ガーディアン海軍演習を主催し、そこに中国艦5隻が参加した。またパキスタン海軍は、アラビア海の大部分をカバーするリージョナル・マリタイム・セキュリティ・パトロール(以下、RMSPと言う)を開始した。パキスタンはRMSPのパートナーの拡大を模索している。
(4) これらの動向が示しているのは、インド太平洋地域における諸国の活動がきわめて活発化しているということである。それには4つの動向がある。第一に、多国間の共同演習の実施が重要視されているということだ。アメリカのMark Esper国防長官が言うように、二国間協調よりも多国間協調のほうがベターとみなされている。その協調は主義主張の同じくする国々によってもたらされるものである。
(5) 第二に、こうした演習の地理的範囲が自国周辺で安全なところから、対立の火種を抱えるところに広がっているということだ。第三に最新鋭の戦闘部隊が演習に参加していることが挙げられる。第四に、少なくとも表向きにされている演習の目的が、数年前のテロや海賊対策などから変わっていることである。
(6) 最後に、ロシアとイラン、中国の行動に見られるように、アメリカの行動を制約するための新しい連合が形成されつつある。中国はアメリカのやり方を真似て「自由で開かれたペルシャ湾」という構想をぶちあげてもおかしくはない。
(7) パキスタンの動向は重要かもしれない。中国はインド洋やアフリカへの進出を強めるなかで、パキスタンのRMSPへの参加を受け入れる可能性がある。さらにイランやトルコ、サウジアラビアなどが参加する可能性もある。このとき、アメリカやフランスが主導した対イラン制裁のための連合とは距離をとってきたインドは、難しい舵取りを迫られるかもしれない。
記事参照:Indo-Pacific in a Churn: Too many Naval Exercises

7月28日「中国の海への野心が環境にもたらす悪影響―比元官僚論説」(The Diplomat, July 28, 2020)

 7月28日付のデジタル誌The Diplomatはフィリピン環境・天然資源省の元島嶼・立法問題担当次官補であるPaula Knackによる“The Environmental Costs of China’s Maritime Ambition”と題する論説を掲載し、ここでKnackは近年の中国による海洋への積極的進出が海洋環境に甚大な悪影響をもたらしているとして要旨以下のように述べている。
(1) 近年、中国の漁船団ないし浚渫船などの活動による環境破壊が著しい。つい最近ではエクアドル沖合に浮かぶガラパゴス諸島近くに中国漁船団が確認された。それは2017年および19年にも報告され、環境保護主義者がその動きに警鐘を鳴らしていた。周知のとおりガラパゴス諸島は生物の多様性にあふれており、島々を含めた周辺海域は海洋保護区に指定されている。その周辺海域での乱獲はその環境破壊につながるだろう。
(2) 太平洋の逆側でも中国漁船によるIUU(違法・無報告・無規制)漁業の展開や周辺諸国漁船に対するいやがらせなどが周辺諸国との摩擦を生み、乱獲の結果として南シナ海周辺での漁獲高も減少している。この漁船団は中国海上民兵として理解するほうが適切であり、その活動は中国が南シナ海のプレゼンスを強化する意思を持っていることの表れである。国連海洋法条約や生物多様性条約は、諸国が自国の領海外においても海洋環境の保護と保全に義務を負っているとしているが、中国の活動はその精神に反するものであろう。
(3) 中国漁船団の活動による帰結は乱獲だけではない。中国の浚渫船や砕石船の活動が海中の環境を変えることで漁獲高の減少をもたらし、さらには台風等の被害を悪化させうる土壌の浸食を惹起しているというのだ。砕石活動は粉塵の排出をもたらし大気汚染にもつながりうる。最近では中国の浚渫船MV 中海69 Aがルソン島・ザンバレスの海洋保護区で座礁した。周辺諸国の人びとにとって腹立たしいことに、中国の浚渫船や砕石船が運び出すものは中国の南シナ海の人工島の建設や維持のために用いられるのである。
(4) フィリピン国防大臣のDelfin Lorenzanaはこうした中国船団の活動に警鐘を鳴らしたが、他方でDuterte大統領は概して親中国的姿勢を維持し、国民の批判を招いている。昨年9月には違法な浚渫活動を行ったとして中国人が逮捕されたということもあり、幾分か国民の不満を和らげたが、しかしそれは海洋生命体への悪影響を止めるものでもなければ中国の行動を抑制するものにもなっていない。
(5) 海洋環境へのダメージは、各国の領海や排他的経済水域内にとどまるものではない。中国が行う公海上での浚渫活動は、希少な水中生物の住処であるサンゴ礁を破壊している。そのことは、フィリピン大学の海洋生物学者が実施した調査によって明らかにされ、発信された。以前アメリカ船がフィリピン近海のサンゴ礁の上で座礁したとき、アメリカはフィリピンに損害賠償を支払ったが、中国がそうしたことを行うこともなさそうである。中国が南シナ海を軍事化していることは、その地域および周辺海域の海洋管理システムの欠如を招いている。中国が建設した南シナ海の人工島は潮の流れによって侵食され続けており、そのこともまた海洋環境に影響を及ぼしている。中国が海洋大国としてのパワーを増強させようという試みが海洋環境に与える破壊的な影響は計り知れないものがある。
記事参照:The Environmental Costs of China’s Maritime Ambition

7月28日「北極圏の開発で中国に警戒しつつ依存するロシア―シンガポール専門家論説」(RSIS Commentary, July 28, 2020)

 7月28日付のシンガポールのThe S. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)のウエブサイトRSIS Commentariesは、同シンクタンク上級研究員Chris Cheangの“Russia, China and the Arctic: Cooperation or Looming Rivalry?”と題する論説を掲載し、ここでCheangはロシアは依然として北極圏における中国の野望を疑い、恐れているが北極圏の開発に中国の資本を必要としているとして要旨以下のように述べている。
(1) 6月17日に報道されたように、サンクトペテルブルクのArctic Academy of SciencesのValery Mitko会長は彼が客員教授を務めていた中国の大連海事大学で、2018年初めに国家機密を含む文書を中国の諜報機関に渡したと彼の弁護士Ivan PavlovはCNNに語った。にもかかわらず現実的な考えはロシアがその北極圏の開発で中国と協力し続けることを求めている。
(2) ロシアはこの地域に経済的、地政学的、軍事安全保障的な利益をもっている。Vladimir Putin大統領が2018年の年次教書演説で強調したように、ロシアはヨーロッパとアジアを結ぶ北極海航路(NSR)の開発に熱心である。またこの地域はロシアが開発してきた、そして、さらに発展させていきたいと考えている、莫大なエネルギーやその他の資源がある。戦略地政学的及び軍事安全保障的な観点から、ロシアは、用心深くそこでの主権を守っている。仮に北極圏は米ロ間で紛争が起きれば、ミサイルを撃ち合う可能性のある地域の1つである。またロシアは、ノルウェーのようなNATO諸国と北極圏で対峙している。
(3) 中国の利益は、2018年の北極政策白書に概説されている。中国は、責任ある主要国として北極圏の変化がもたらす課題に対処し、「北極圏の発展における歴史的な機会を掴む」ために、全ての関係国と協力する用意があると述べている。後に「北極一帯一路構想」(Polar Belt and Road Initiative)として知られる中国の大陸横断インフラプロジェクトの北極版を提案した白書は「北極圏のガバナンスを共同で理解し、守り、発展させ、参加し、一帯一路構想の下で北極圏関連の協力を推進する」ことを関係諸国に求めた。
(4) ロシアは北極圏のあらゆる国際的な統治システムによる、この地域におけるロシアの広範な役割と重要性の承認を確実にすることを望んでいるため、中国の包括的な北極圏管理のアプローチや中国が主導的な役割を果たすその空間には、多少の不安を感じている。またロシアは、この地域の管理をカナダ、ノルウェー、米国、デンマーク、そしてロシア自身の北極圏5カ国に限定したいと考えている。
(5) ロシアの専門家たちによる見解は、その懸念を明確にしている。Moscow Carnegie CentreのDmitry Trenin所長は、2020年3月に発表された北極に関する分析の中で、北極圏は「ロシアと中国の戦略の間にある主要な対立の場」であると指摘している。ロシアの評論家たちはまた、中国が北極圏への自由なアクセスを擁護していることをダブルスタンダードの事例であると批判している。その一例が、2020年6月に“Valdai Discussion Club”に掲載されたPavel Gudevの分析である。ロシアの主要な国営シンクタンクであるRussian Academy of Sciencesの有力な研究者であるGudevは、「例えば中国は、その北極白書の中で、南シナ海では航行の自由を制限しているという事実にも関わらず、北極圏での航行の自由の原則に対する支持を表明している」と主張している。ロシアは、北極海航路を自国の経済的、安全保障的、戦略地政学的利益にとって極めて重要であると考えており、中国が北極圏における航行の自由の原則を支持すると表明したこともあまり辛辣もは捉えていない。
(6) 西側諸国の参加がなければ、ロシアは北極海航路を開発するために中国の援助を必要とし、中国は北極一帯一路構想を発展させたいと考えている。長期的には北極海航路は中国とヨーロッパを結ぶ代替航路又は追加航路としての役割を果たす可能性がある。
a. 報道によると、中国の国有企業であるPoly Groupは、2016年10月にロシアとアルハンゲリスク大水深港の建造に関する初期の契約を締結した。
b. 中国は北極圏の資源開発にも意欲的で、中国石油天然気集団公司(CNPC)とシルクロード基金は、ヤマルLNGプロジェクトに共同出資しており、それぞれ20%、9.9%を出資している。
c. 2019年4月にはCNPCと中国海洋石油集団有限公司(CNOOC)がそれぞれArctic LNG 2プロジェクトの10%の株を取得した。
d. 2019年には、ロシアと中国はまた北極からLNGを出荷するために双方の国有企業が手を組むという契約を結んだ。ロシアのLNG大手ノヴァテクと国営海運会社ソブコムフロットは、ヤマルLNGを含むノヴァテクの工場から燃料を輸送する数十隻の砕氷船団を管理するために、中国の国営企業である中国遠洋海運集団有限公司及びシルクロード基金と提携した。
e. 2019年6月には、中国化学工程集团有限公司とロシア企業のネフテガズ・ホールディングが、4年間で50億米ドルの投資を行うというパヤハ油田の開発に合意した。
(7) しかし、ロシアは中国の商業的プレゼンスの高まりを警戒しており、他のアジア諸国も北極圏で積極的に活動することを望んでいる。2019年には、三井物産と政府系の石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が、北極圏のLNGプロジェクトの株を購入した。2019年9月のインドのNarendra Modi首相のロシア訪問では、Putin大統領もインドに「Far Eastern LNGやArctic LNG 2などのプロジェクトへの参加」を要請した。訪問中と訪問後のメディア報道では、GazpromからLNGを購入する20年間の契約を結んでいるインドのガス会社GAILが、Arctic LNG 2の少数株主の取得を検討していることを強調した。インドと日本は、北極圏で中国に当然のように対抗する立場にあり、彼らなりに経済的にも戦略的にもそこでロシアと協力する理由がある。
(8) 今回のMitkoの事例は、一見無関係に見えるかもしれないが、ロシアが中国の北極圏での非商業的な活動を注視していることを中国に示している。しかし、ロシアは極北・極東地域の経済的・社会的発展のために中国の投資を必要としており、北極圏での社会経済的目標を達成するために中国人と協力し続ける以外にあまり選択肢をもっていない。
記事参照:Russia, China and the Arctic: Cooperation or Looming Rivalry?

7月29日「南シナ海における中国の行動が地域の国々の反発を強める―比研究者論説」(China US Focus.com, July 29, 2020)

 7月29日付の香港のChina-United States Exchange FoundationのウェブサイトであるChina US Focusは、University of the Philippines のKorea Research Centre研究員Lucio Blanco Pitlo IIIによる“Beijing’s South China Sea Policy Generates Growing Regional Pushback and Deterrence”と題する論説を掲載し、ここでLucio Blanco Pitlo IIIは近年の中国による南シナ海での攻撃的方針がアメリカの関わりを促進しており、その方針を再考すべきだとして要旨以下のとおり述べている。
(1) 「遠くの親類よりも近くの他人」といった古くからの言い回しは、中国が近隣諸国との関係を構築する方針を示していた。たとえばソ連やインド、ベトナムとの間で国境紛争が生起したが、それらは基本的に平和的な交渉を通じて解決されてきた。また他国への内政不干渉もまた中国の外交方針の基本であった。しかし、こうした中国外交の基本原則は近年の攻撃的な外交政策によって瓦解しつつあるように見える。南シナ海がその好例である。この海における中国の行動は明らかに隣国や米国などライバルの反発を招いており、中国は速やかにその方針を再検討すべきであろう。
(2) 2016年にいわゆる南シナ海判決が出てからも、南シナ海をめぐる対立や緊張の高まりがやむことはない。それどころか、7月23日に米国のPompeo国務長官が痛烈に中国を批判する声明を発したように南シナ海をめぐる米中間の緊張は現在非常に高まっていると言える。Pompeo長官は、中国の南シナ海に関する主張や他国の経済活動の妨害を強く非難した。またDavid Stilwell国務次官補は、あるシンクタンクでのオンライン会議において中国による南シナ海の資源の支配に対抗する必要があり、それが米国と東南アジア諸国のより緊密な関係につながっていると主張した。
(3) このように、中国が南シナ海で攻撃的姿勢を強めれば強めるほど米国の関わりを招くことになる。中国は以前、米国と太平洋諸国間の関係の弱体化を利用しようとしてきた。しかしその攻撃的な姿勢は、再びその両者の距離を縮めている。アメリカは最近「太平洋抑止構想」を打ち出した。とりわけCOVID-19によって各国が防衛費を縮小せざるをえなくなっている状況において太平洋の国々が同構想に乗る可能性は大きいだろう。
(4) 南シナ海における中国の攻撃的な行動は、同海域だけではなく、中国の国際的孤立につながる可能性がある。それはまずASEAN諸国との関係を悪化させている。また中国の主張が1982年の国連海洋法条約によって支持されていないという事実は、国際法や国際秩序を中国が遵守するつもりがないことを示唆しているし、南シナ海でのやり方はインド洋や南太平洋、あるいは北極圏で中国が今後採るであろう方針の前例であるとみなされるだろう。概して言えば南シナ海での中国の姿勢は中国が修正主義的な勢力であることを鮮明にしていると考えられている。
(5) 東南アジアの国々は必ずしも親米かつ反中国というわけではなく、米国の中国への対決姿勢を支持しているわけではない。しかしこのままでは、東南アジアの国々にとって米国は中国に対抗するためのバランサーとして関わりを求めるべき存在であり続ける。中国がなすべきは、周辺海域の権利について妥協し、周辺諸国からの敬意を集めるような行動をとることである。それによって米国の介入が招かれざるものになる可能性があるのだ。
(6) 中国はここ数年の間、米国による「航行の自由」作戦に異議を唱えてきたが、海洋大国としての中国の利益は海洋の安定的な秩序の構築とその維持に見いだされ得る。そのために中国は膨張主義的で他国からの支持を得られないような主張を控えねばならない。長期的に見れば、妥協は米国を周辺海域から追い出すための時間と資源の浪費を回避することにつながるのである。
記事参照:Beijing’s South China Sea Policy Generates Growing Regional Pushback and Deterrence

7月30日「米海軍、新音響測定艦の設計評価を開始-デジタル誌報道」(The Diplomat, July 30, 2020)

 7月30日付のデジタル誌The Diplomatは米フリー著述家兼研究者Steven Stashwickの“US Navy Begins Design Evaluation for New Sub-Tracking Ships”と題する記事を掲載し、米海軍が対潜戦において極めて重要な役割を果たしてきた現有音響測定艦の除籍時期に合わせて新音響測定艦の設計評価に入ったとして要旨以下のように報じている。
(1) 米造船所は、2025年に新世代音響測定艦1番艦を就役させるよう初期研究と設計評価を実施しつつある。現有の非武装の音響測定艦は米海軍の対潜能力に多大の貢献を果たしている。音響測定艦は曳航式ソナーの1つSURTASSを曳航し、遠距離から潜水艦を探知し、追尾を支援する。そして、得られたデータを水上艦艇、航空機、潜水艦に配布する。音響測定艦の双胴型船形は荒天における艦の安定性を提供し、搭載機器からの音の放射を低減している。
(2) 米海軍の5隻の音響測定艦部隊は2025年に現役を終了し始めるが、この時に新世代の音響測定艦1番艦の就役が期待されている。米海軍は最終的に6ないし7隻の新測定艦を購入し、西太平洋の海中における米国の有意を維持するためにこれら新測定艦の重要性を強調するだろう。元米太平洋軍司令官Harry Harrisは西太平洋における中国に対して重要な非対称的な軍事的優位として米海軍の水中における優越について述べている。
(3) 海洋に配備された核抑止力は、地上配備のものや航空機から投射される爆弾に比較して一般に最も安全と考えられている。中国は開発中の次世代弾道ミサイル搭載原子力潜水艦Type096に搭載すると考えられている核弾頭装備の新弾道ミサイルを設計中である。新弾道ミサイルJL-3は射程12,000Kmと考えられ、中国沿岸から米本土のほとんどを射程に収めることができる。JL-3ミサイルを搭載したType096は2025年までには戦力化するだろう。その年に米海軍の新音響測定艦が就役し始めると考えられている。先進的な水中探知能力がもたらす優位性を認識し、中国は近年、音響測定艦のような海洋を偵察する部隊を開発するよう動いてきている。中国は現在、そのような艦船を少なくとも3隻保有しているようである。
(4) 中国のますます強くなる主張と潜在的脅威への懸念から、日本もまた海中の偵察能力の改善を追求している。2020年6月、日本は琉球諸島周辺の接続水域で中国の潜水艦と思われる目標を探知した。2018年には、中国潜水艦は尖閣諸島周辺を航行中、繰り返しなされた警告を無視した。これらの事件や類似の事案への対応として、2020年3月、日本は最初の新たな音響測定艦をほぼ30年ぶりに進水させた。これは増大する中国の潜水艦部隊に対する懸念を示すものである。日本は現在、3隻の先進的な音響測定艦を保有している(抄訳者注:現在、日本ははりま型音響測定艦2隻を保有しており、3番艦が2019年に起工され、2020年1月に進水している)。日本の音響測定艦はSURTASSを装備しており、秘密保全度の極めて高い米国技術を装備する唯一の外国艦艇である。
記事参照:US Navy Begins Design Evaluation for New Sub-Tracking Ships

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) Reflecting The Law Of The Sea: In Defense Of The Bay Of Bengal’s Grey Area
http://cimsec.org/reflecting-the-law-of-the-sea-in-defense-of-the-bay-of-bengals-grey-area/44784
Center for International Maritime Security (CIMSEC), July 22, 2020
Cornell Overfield, an Associate Research Analyst at Center for Naval Analyses (CAN) Corporation, a nonprofit research and analysis organization located in Arlington, VA.
 7月22日、Center for Naval Analyses(CAN)のAssociate Research AnalystであるCornell Overfieldは、米シンクタンクCenter for International Maritime Security(CIMSEC)のウエブサイトに“Reflecting The Law Of The Sea: In Defense Of The Bay Of Bengal’s Grey Area”と題する論説を寄稿した。その中でOverfieldは、①国連海洋法条約(UNCLOS)は、ある国家の排他的経済水域の権利が他の国家の大陸棚の権利と重複する可能性について曖昧さがある、②国際司法裁判所は、1985年のマルタ対リビアの事例で大陸棚の境界画定に関して画期的な、等距離に基づく境界画定は衡平であるとの裁決を下した、③2012年、国際海洋法裁判所によるミャンマー対バングラデシュのベンガル湾をめぐる事例の結果は、バングラデシュを、200 海里を超えて大陸棚に結びつけることによってグレーエリアを確立する前例のないものであった、④裁判所は、この2国の主張の間で妥協案を提示し、200海里の範囲内と200海里を超えた範囲の両方で大局的な境界線を調整した、⑤この事例は、国家の訴訟手続きによって固められた判例を覆すのではなく、異なる一部の判例のための新しい判例を確立した、⑥裁判所は、地理的に不利な国の埋め合わせを行い、200海里を超えた大陸棚資源へのアクセスを保証するために、妥当な場合にはグレーエリアを正当化すべきである、⑦グレーエリアを共有する国々は、多国間の海洋管理がこれまで以上に重要になっている現在、資源を管理する革新的な方法を見つけるべきである、といった主張を行っている。

(2) What If It Doesn’t End Quickly? Reconsidering Us Preparedness For Protracted Conventional War
https://mwi.usma.edu/what-if-it-doesnt-end-quickly-reconsidering-us-preparedness-for-protracted-conventional-war/
Modern War Institute, July 23, 2020
Patrick Savage, a research associate in the Joint Advanced Warfighting Division of the Institute for Defense Analyses
 7月23日、米国防分析研究所(DIA)のResearch associate であるPatrick Savageは、Modern War Instituteのウェブサイト上に" What If It Doesn’t End Quickly? Reconsidering Us Preparedness For Protracted Conventional War "と題する論説を発表した。ここでSavageは、過去20年にわたって反乱鎮圧とテロ対策に重点を置いてきた米国防総省は、米国に匹敵する競合相手(訳者注:中国を指す)との紛争の可能性に目を向け直してきたが、これまでの米国の戦争に対する理解は客観的に見て望ましい形での短期決戦になるだろうという前提を織り込んでいるように思われ、国防総省内だけでなく国家安全保障コミュニティにおいても、長期化する通常戦争に関する議論はほとんどなされていないと指摘している。その上でSavageは主権国家間の戦争を、通常戦争としての数週間や数日ではなく、数ヶ月や数年単位という長期間で検討した結果として、米国の安全保障コミュニティと利害関係者は、米国がそのような紛争に対してどのように準備しているかを検討しなければならないし、防衛産業は、長期化する戦争に備えるために、そのような紛争に際して必要不可欠な米国の同盟国やパートナー国との間とのビジネスの方法を変更せねばならないと警鐘を鳴らしている。

(3) Can China’s Military Win the Tech War?
https://www.foreignaffairs.com/articles/united-states/2020-07-29/can-chinas-military-win-tech-war
Foreign Affairs.com, July 29, 2020
Anja Manuel, Co-Founder and Principal of Rice, Hadley, Gates & Manuel and Director of the Aspen Strategy Group
Kathleen Hicks, Senior Vice President, Henry A. Kissinger Chair, and Director of the International Security Program at the Center for Strategic and International Studies
 7月29日、米Aspen Strategy Groupのディレクターを務めるAnja Manuelと米CSISのディレクターを務めるKathleen Hicksは、米Council on Foreign Relationsが発行する外交・国際政治専門の隔月発行誌Foreign Affairsのウェブサイトに、" Can China’s Military Win the Tech War? "と題する論説を発表した。その中で彼らは、冒頭で、米当局者は、中国政府の民軍融合の取り組みを「世界的な安全保障上の脅威」を表す「malign agenda(悪意あるアジェンダ)」と表現しており、中国の防衛能力が向上するにつれて、欧米の政策立案者の中には、軍事応用を伴う最先端技術の開発にトップダウンのアプローチを採用して米国独自の民軍融合を採用する必要があるのではないかと考える向きも出てきていると指摘した上で、米国でも今後、産業界や研究機関から直接政府や軍の上層部に人材を採用する機会を確保するため民間の専門家が政府で1~2年過ごすための臨時の奨学金などが増える可能性があるが、中国のような民間のイノベーションを国家が統制するという全体としてみれば非効率なアプローチではなく、米国は上述したような軍民交流などを通じてノウハウ獲得やアジャイルな課題解決を図ることで自らの防衛力の優位性を確保することができると主張している。