海洋安全保障情報旬報 2020年7月11日-7月20日

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7月15日「インドはオーストラリアをマラバール演習に招くのか-豪専門家論説」(The Diplomat, July 15, 2020)

 7月15日付のデジタル誌The Diplomatは豪政治アナリストGrant Wyethの“ Will India Invite Australia to the Malabar Naval Exercise?”と題する論説を掲載し、ここでWyethはこれまで中国を刺激するとして、インド主催のマラバール海軍共同演習へのオーストラリアの参加に消極的であったインドがその姿勢を転換し、招待するかもしれないと指摘した上で、オーストラリアが参加すれば豪印のみならず日米にとっても極めて有意であるとして要旨以下のように述べている。
(1) 最近の中国の侵略的行動は戦略的に大きな失敗であったことが明らかになってきている。北京に対する他国の態度を硬化させつつあり、中国が拡大するその力を活用することをより難しくしつつある。最も顕著な例の1つは、インドがますます米国およびその同盟国の動きに接近しつつあることである。インドは既にこの現実に向かい合いつつあるが、好戦的な隣国が一貫して印領域を侵してくるため、主要国の陣営に加わらないままでいるというインドの本能的な要求はもはやインドの利益にはならないとニューデリーでは見られつつある。印紙が報じるように、最近のこの動きを示すものとしてニューデリーは毎年実施されるマラバール演習に日米とともに参加するようオーストラリアを招待するかもしれない。マラバール演習を4カ国共同演習にしたいというオーストラリアの希望に対し、インドは中国を刺激すると懸念して冷淡であった。この懸念は今や消えた。
(2) 中国は日米豪印間の安全保障協力の拡大を封じ込め戦略とみてきた。マラバール演習の拡大は印豪、そして同様に日米に対して持っているインド太平洋が中国にとって安全ではない環境にすることへの懸念を有している証である。日米豪印はこのことを認めることに躊躇してはならない。
(3) 印豪はここしばらくの間、相互に接近してきた。オーストラリアをマラバール演習に加えるという決定は6月初旬に行われたScott Morrison豪首相とNarendra Modi印首相のテレビ首脳会談で両国の安全保障関係の包括的な戦略的パートナーシップへの格上げに連接して行われた。これらの進展は少なくとも10年を要しており、キャンベラはインドとの関係深化を協調的に推進してきた。オーストラリアの外交白書2017年版はインドを「最優先」すべき重要性の国と認めている。オーストラリアがインドと「共有する価値」を複雑にしているインド国内の政治的発展にもかかわらず、両国の関係、中でも第1に挙げられるべき海洋安全保障を推進する依然重要な「共通の利益」がある。
(4) オーストラリアは自国を2つの大洋を跨ぐ大国と見なしたいようであるが、現実にはインド洋はオーストラリアにとって第2の海である。オーストラリアの人口、そして輸出市場は大きく太平洋に偏っており、同国の海洋および安全保障の認識は明らかにそれに従っている。しかし、オーストラリアはまた、インド洋がますます対立する地政学的空間であることを認識しており、南アジアの沿海域の国々の間で増大する影響力とともに中国の野望や地域に対して大きくなる能力を懸念している。オーストラリアの能力がインド洋で及ぶ範囲はそれほど大きくないが、インド洋において正当な常駐者と自認するニューデリーを支援しなければならない。これによって、豪印両国は協調する大きな機会を持つことができる。(5) Darshana Baruahが最近の米University of Texasのデジタル出版物War On The Rocksに詳述しているように、インドのアンダンマン・ニコバル諸島とオーストラリアのココス諸島は東部インド洋の主要なチョークポイントにおいて豪印両国が重要な海洋状況把握を維持することができる戦略的位置に所在している。新に署名された相互後方支援合意は両国海軍がこの目的のために効果的に協調することを可能にするだろう。東部インド洋は、上述の良好な位置に所在する島嶼領域とともにかなり長大な海岸線といった少なからぬ自然の有利な条件を両国が有する海域であり、キャンベラとニューデリーは海洋における協調に向けて動きつつある。マラバール演習はインドの旗艦的存在の共同演習であり、オーストラリアの演習参加の招待は重要な関係強化を示すものである。オーストラリアのマラバール演習への招待はニューデリー、キャンベラ、ワシントン、東京にとって情報共有、海軍の相互運用性、協力慣行の強化の機会を提供するものである。協調はこの演習の中核となる要素である。インドは同盟の優位性を理解する方向に動きつつある。オーストラリアの国防政策、対外政策は同盟の構築と維持を中心に構成されており、過去にその関係において困難はあったものの、ニューデリーは今やキャンベラを有力な信頼できる相手と見始めている。特にニューデリーにとって魅力的なことは、インドが今、極めて問題視している中国からの侵略的動きに立ち上がるというオーストラリアの意思である。民主国家4カ国間の海軍の協調が定常化するこの動きに中国は不満を持つであろうし、封じ込め戦略とみるものに抵抗するだろう。中国にとっては自業自得である。
記事参照:Will India Invite Australia to the Malabar Naval Exercise?

7月15日「英国によるインド太平洋地域への空母派遣―豪ニュースサイト報道」(Defence Connect.com, July 15, 2020)

 7月15日付の豪防衛関連ウエブサイトDefence Connectは、“Rule Britannia: Royal Navy commits to Indo-Pacific carrier deployment”と題する記事を掲載し、英国がインド太平洋地域に新鋭の空母を派遣することについて、要旨以下のように報じている。
(1) 新しい空母の能力がインド太平洋で力を誇示する準備をしている。英海軍は最新の旗艦クイーン・エリザベスの処女航海を計画しており、Boris Johnson首相の構想である“Global Britain”の実現に向けて、1つの標的を念頭に置いている。それは中国である。
(2) Boris Johnson首相のリーダーシップの下、選挙で大勝利を収め、その後の政治的安定性を受けて、特にEUの官僚主義的な制約を解消しながら、英国は急速に発展する多極的な世界秩序に注意を向けている。Johnson首相の主な焦点は、ロシアや中国といった全体主義的な政権が増々好む手法である「グレーゾーン」戦術や政治戦を含む、外国の影響力に対抗することであるが、これは、提案されている全体的な国家安全保障への対応に強く関わっている、暴力的な過激主義のような非対称的な脅威によるものである。Johnson首相によって提案された対応策は大国間競争の時代に対応するために、英軍、外国・国内の諜報機関、テロ対策及び法執行機関の協力を具体化したもので、2020年末までに見直しを実施することを目標としている。
(3) 英国は「大国」の地位に向けた戦略的再編成の一環として、様々な能力の獲得と戦力構造の発展に以下のように取り組んでいる。
a. 英国海軍の資本再構成と近代化のために、クイーン・エリザベス級空母、26 型グローバル戦闘艦の取得、そして、45 型デアリング級ミサイル駆逐艦とアスチュート級攻撃型潜水艦によってもたらされる能力を補完する計画されている31e 型フリゲート艦の開発と取得を行う。
b. “Army 2020”計画 の一環として、戦力投射と迅速な遠征能力に重点を置く英陸軍の再編成はヨーロッパ、アフリカ、中東及びインド太平洋地域への同時展開を支援するように計画されている。
c. 英国空軍の近代化はF-35統合打撃戦闘機、E-7Aウェッジテイル及びユーロファイター・タイフーンのアップグレードに第5世代の空戦能力を盛り込むこむ一方で、空輸能力を向上させ、第6世代の制空戦闘機テンペストの開発を開始するなど将来に焦点を当てることを支援する。
d. 英国の核抑止力の近代化には、ドレッドノート級弾道ミサイル潜水艦の建造が計画されている。
(4) 世界の大国としての英国の復活の最前線にあるのは、最も強力で目に見える大国の象徴として、空母のような戦力投射の基盤、この場合は英国海軍の最新の旗艦であり、約20年ぶりの真の空母となるクイーン・エリザベスである。かつての栄光の影はまだ残っているが、英国海軍は集中的な近代化と資本再構成の時期を経て、再び真の世界的大国としてのプレイヤーになろうとしている。世界的なプレゼンスの強化の一環として、空母クイーン・エリザベス級の一番艦であるクイーン・エリザベスが、戦略的パートナーシップの強化、相互運用性の向上及びインド太平洋において激しく争われている海域のパトロールを空母打撃群の最重要事項として、世界的な処女航海に向けて出発する見通しであることが明らかになっている。この重要な展開はまた、クイーン・エリザベス級空母 2 隻のうち 1 隻をこの地域に恒久的に配備する長期的な計画により、英国のインド太平洋への恒久的な復帰を予感させるものでもある。これはまた、その護衛と航空戦力の能力を提供するきっかけとなる、オーストラリア、カナダ、日本及び米国のような同盟国との能力集約の拡大の道を開く。英国政府の高官筋の話によると、空母の内1隻は北大西洋で NATO を支援し、もう1隻は主要な貿易ルートと新たな中国の脅威に対抗するためのものである。これは、英国海軍は「インド太平洋地域に戻ってくることになっている」と説明した、英国海軍の艦隊司令官Jerry Kyd中将によって裏付けられた。この取り組みは、「今後2、3年以内に」インド太平洋アジアとカリブ海地域に予定されている前哨基地によって、英国による世界的な戦略的プレゼンスへと回帰することを提案したGavin Williamson元英国防大臣の声明に基づいており、1960年代に「スエズ以東」のドクトリンが導入されて以降初めて、英国の国防政策に大きな転換を示した。Williamsonは、この転換により、英国はBrexit後に「真の世界的プレイヤー」となり、増々問題の多くなる世界で、リーダーシップの役割を始めることになるだろうと述べている。
(5) オーストラリアが独立した大国として行動する能力を強化し、大国式の戦略的経済、外交、及び軍事能力を取り入れることは、オーストラリアの主権とインド太平洋アジアの安全保障と繁栄の支援及び強化に関する、発展する責任の力強い象徴となる。英国とオーストラリアの両国にとって、増々困難を極める現代の地政学的、経済的及び戦略的環境の中で進む道は、不透明であり、技術的、地域的及び世界的な課題の進化に伴って変化する可能性がある。この発展する環境に対応するためには、安全に乗り越えるための意味合いと協力が必要である。
記事参照:Rule Britannia: Royal Navy commits to Indo-Pacific carrier deployment

7月15日「衛星は宇宙からの海面の変化を確実に調査している―米研究機関論説」(SciTecDaily, July 15, 2020)

 7月15日付の米科学技術関連メディアサイトSciTecDailyのウェブサイトは、米太陽系な無人探査機等の開発、運用を行っている科学研究機関JET PROPULSION LABORATORYの “Satellite Mission Keeps a Steady Eye on Sea Level Change From Space”と題する論説を掲載し、ここで米欧共同のミッションであるSentinel-6/Jason-CS衛星計画は、今後も継続的に海面の高さデータなどを提供することとなり、それは地球温暖化がもたらす海洋の地上への影響を知る上で極めて重要なものとなるであろうとして要旨以下のように述べている。
(1) Sentinel-6/Jason-CS衛星計画は、軌道からの気候研究の基準の指標となっている長期的な海面データ集合を提供している。約30年連続して、途切れることなく運用された衛星群が地球を一周し、熱心に海面を測定している。衛星が測定した海面の高さの継続的なデータは、研究者がエルニーニョのような気象現象の仕組みを明らかにし、海洋が世界中の海岸線にどれだけ浸食するかを予測することに役立った。今、技術者と科学者は、2つの同じ衛星を準備し、データ集合をさらに10年拡張しようとしている。それは、世界中の海面の最も正確な測定データを作ることを目的とした米国とヨーロッパの協力事業であるSentinel-6/Jason-CS計画である。最初の衛星、Sentinel-6 Michael Freilich は2020年11月に打ち上げられる予定である。同じ衛星のもう一方であるSentinel-6Bは2025年に打ち上げの予定である。どちらも電磁信号を海洋に送り衛星に戻るのにかかる時間を測定することで海面を測定するという仕組みである。NASA地球科学部門のKaren St. Germain所長は、「このミッションは海面の高さを正確に測定するという貴重な作業を続ける。これら衛星の測定データにより、世界中の沿岸地域に住む人々に影響を与える海面変化を理解することができる」と述べた。この計画は、1992年にTOPEX/ポセイドンミッションの打ち上げで始まり、その後Jason-1、OSTM/Jason-2、Jason-3という3つの継続した衛星が打ち上げられた。Sentinel-6/Jason-CSは、以前のミッションからさらに10年拡張した約30年間の海面データ集合を作ることを目指している。「海面の高さを測定することにより、科学者は地球の気候がどのように変化しているかをリアルタイムで理解することができる」とJET PROPULSION LABORATORYの科学者Josh Willisは述べ、「海洋は地球の温暖化した気候から余分な熱の約90%を吸収する。海水は温度が上昇するにつれて膨張し、それが現在の世界平均海面上昇の約3分の1の原因となっている。残りの原因は氷河や氷床などの陸上の水源からの氷の融解である。海面が上昇した海が人類にどのような影響を与えるかを理解するには、研究者はこれがどれくらい速さで起こっているかを知る必要がある。衛星はこの速度を我々に伝える最も重要なツールである。衛星は何億人もの人々に影響を与えるこの忍び寄る地球温暖化の影響を示す指標である」とJosh Willisは説明している。現在、海面は毎年平均で0.13インチ(3.3ミリメートル)上昇しており、それは20世紀初頭の2倍以上の速さである。The European Space Agency(欧州宇宙機関:以下ESAと言う)のミッション計画の科学者Craig Donlonは「多くの人々が沿岸地域に移動し、沿岸の巨大都市が発展し続けるにつれて、海面変化の影響は社会に対してより深いものになる」と述べた。
(2) Sentinel-6 Michael Freilichが収集する情報は宇宙からの気候研究の基本的な基準となっているデータとなる。TOPEX/ポセイドンで始まり、重なりあって継続している複数の衛星は1990年代初頭から海の高さを連続的に測定してきた。この連続性はデータ集合作成の鍵である。海洋温度や潮の干満など気候科学者が依存している長期的なデータ集合の中には長期的な気候信号を理解するのが困難なデータの収集方法にギャップや大きな変化があるものもある。研究者はこれらのバリエーションを考慮し、その結果が、彼らが研究対象としている現象を真に代表していることを確認する必要がある。TOPEX/ポセイドンに続く衛星、すなわちJason-1、OSTM/Jason-2、Jason-3は古い衛星が廃止される前に打ち上げられ同じ軌道に飛んだ。Sentinel-6 Michael Freilichが2020年後半に打ち上げられると2016年に打ち上げられたJason-3衛星から30秒遅れて地球を周回する。その後、科学者たちは2つの衛星によって収集されたデータを照合して、1つのミッションから次のミッションまでの測定の継続性を確保するために1年を費やす。これらの衛星と収集したデータがなければ、研究者は海面上昇率とエルニーニョのような現象について、はるかに少ない理解しか持てなくなる。この海面データの集合からの発見の1つは、エルニーニョとラニーニャが世界に及ぼす広範囲に及ぶ影響である。「2010年には大規模なラニーニャが発生し、オーストラリアや東南アジアの広大な地域が浸水した。陸上で雨が降り、世界の海面を1センチ(0.4インチ)下げた。これほど世界の海面に大きな影響を与える可能性があるとは思っていなかった」とJosh Willisは述べている。
(3) Copernicus Sentinel-6/Jason-CSは、ESA、The European Organisation for the Exploitation of Meteorological Satellites(欧州気象衛星開発機構)、NASA、The National Oceanic and Atmospheric Administration(米国海洋大気庁)が共同開発しており、欧州委員会からの資金提供と仏National Centre for Space Studies(国立宇宙研究センター)の支援を受けている。打ち上げられるSentinel-6/Jason-CS衛星は、NASA地球科学部門の元責任者Michael Freilichにちなんで名付けられた。Sentinel-6/Jason-CS計画へのNASAの貢献は2つのSentinel-6衛星へのマイクロ波放射計、グローバルナビゲーション衛星システム 、レーザー反射アレイという3つの機器の提供である。NASAはこれらの衛星の打ち上げサービス、開発科学機器の運用を支援する地上システム、これらの機器のデータ計算、国際的な海洋地層学チームへの支援という点でも貢献している。
記事参照:Satellite Mission Keeps a Steady Eye on Sea Level Change From Space

7月15日「米国はディエゴ・ガルシアの脱植民地化を支持すべきである―米政治学助教論説」(The Interpreter, July 15, 2020)

 7月15日付の豪シンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe InterpreterはColorado State University政治学助教Peter Harrisの“Decolonise Diego Garcia: Why America should not fear Mauritius”と題する論説を掲載し、ここでHarrisは英主権下で米軍基地が存在するインド洋のディエゴガルシア島について同島の主権のモーリシャスへの返還やその後の基地利用の可能性についてアメリカがとるべき姿勢について要旨以下のとおり述べている。
(1) インド洋に浮かぶディエゴガルシア島(以下、DGと言う)には現在米軍基地があるが、それには問題がある。DGは現在、英領インド洋地域(以下、BIOTと言う)に位置するものであるが、BIOTの法的正当性にそもそも疑問が持たれている。国連総会や国際司法裁判所はそれが植民地的な遺物でありモーリシャス共和国の領土的保全を侵害しているという態度を見せている。英国はBIOTの放棄を拒否し米国も英国の姿勢を支持しているが、これは誤りであろう。DGを含むBIOTに対する英国の支配は不法であり「ルールに基づく秩序」という考え方とも矛盾していよう。英米はむしろBIOTの脱植民地化によって利益をもたらされるであろう。
(2) モーリシャスはDGを返還されたとしても同島の基地を維持するという態度を見せている。同国は独自の軍隊を持たず、安全保障については他国、特にインドに依存しているが、ひとつの大国に依存しすぎることはリスクが大きく、米国による安全保障の提供を望んでいるのだ。中国の台頭が懸念されるなか、米国がインド洋に軍事的なプレゼンスを維持することは米印関係にとっても良いことであるがインドはBIOTの脱植民地化を支持している。米政府はこのインド政府の立場を支援すべきであろう。
(3) モーリシャスへのDGの返還に関する懸念のひとつは、モーリシャスがDG基地使用について多額の利用料を要求するのではないかというものだ。確かにその可能性はあり、どの程度の金額になるかはわからないが、米国がジブチに年間7000万ドルの基地利用料を支払っていることを考慮すればDGについて同程度の金額を支払うことは適切な戦略的投資であろう。実際にこれは考慮に値する選択肢である。究極的には英政府がDGをモーリシャスに返還するかどうかを決めることができる状況にあるなかで米国がその基地利用を続けるにはモーリシャスとの二国間合意を結ぶほうが確実である。
(4) モーリシャスにDGが返還された場合、同島基地への核兵器貯蔵を同国が認めないかもしれないという懸念がある。1996年に署名(2009年に発効)されたペリンダバ条約がアフリカ大陸やその周辺海域および島嶼部における核兵器の配備等を禁止しているためだ。しかし解決策がないわけではないし、いずれにしてもそのためにはモーリシャス共和国との議論が必要なのである。さらに別の懸念は、モーリシャス共和国がDGから追い出された人びと(英政府が1965年から73年にかけて同島の居住民を追放した)の再定住を許可するかもしれないというものだが、グアムからキューバのグアンタナモに至るまで、島の共同体と共存することはむしろ一般的なことなのである。
(5) 以上のことから、DGがモーリシャスに返還されることで、米国が基地を利用できなくなることはありそうにない。むしろ米国アメリカにとって海外基地が最も安全であるのは、ホスト国によって好意的に迎えられている場合である。それを考慮すれば米国は可能な限り速やかなBIOTの脱植民地化を支持してモーリシャスとの友好関係を築くことによって、そのプレゼンスを効果的に維持することができよう。それこそが米国がとりうる持続可能な解決策だ。
記事参照:Decolonise Diego Garcia: Why America should not fear Mauritius

7月16日「ロシア海軍増強計画の現在―米ジャーナリスト論説」(The National Interest, July 16, 2020)

 7月16日付の米隔月刊誌The National Interest電子版は、ミシガン州で活動するジャーナリストのPeter Suciuの“Russia Is Making a Big Play to Build More Warships and Submarines”と題する論説を掲載し、そこでPeter Suciuはロシア海軍が最近進めている増強計画について、要旨以下のとおり述べている。
(1) ロシア国営タス通信の報道によれば、7月16日、2隻のプロジェクト22350改良型フリゲートと2隻のプロジェクト885M多用途原子力潜水艦(ヤーセンM)、そして2隻のプロジェクト23900多用途強襲揚陸艦が起工されるという。
(2) プロジェクト22350改良型フリゲート2隻については、サンクトペテルブルクのThe Severnaya Shipyardで建造される。同造船所では4隻のプロジェクト22350型フリゲートが建造中ないし就役に向けて準備中である。最初の1隻がソ連海軍の副司令官にちなんで命名されたアドミラル・カサトノフで、2009年に起工、2014年に進水し、海上での試運転を経て就役する予定である。
(3) ロシア国防省はプロジェクト23560型原子力巡洋艦と、プロジェクト22350M型フリゲートの開発の延期を以前発表したが、このたびの新しい艦船の起工は、なおロシア海軍が近代化を進めていることの表れである。
(4) プロジェクト885M型原子力潜水艦に関しては、セヴェロドヴィンスクのThe Sevmash Shipyardで建造される。その契約は2019年夏、国際兵器展示会のArmy 2019において結ばれた。それは米海軍の攻撃型潜水艦であるバージニア級原子力潜水艦と同程度の性能を持つものと期待されている。
(5) プロジェクト23900型多用途強襲揚陸艦は、ケルチのThe Zaliv Shipyardで建造されるであろう。その排水量は25,000トン、長さは220メートルにもなり20機の大型ヘリコプターを運搬できる規模だ。この類いの軍艦をロシア海軍が保有したことはない。これは米海軍が保有する小型空母と位置づけられるアメリカ級強襲揚陸艦よりもやや小型な程度である。
記事参照:Russia Is Making a Big Play to Build More Warships and Submarines

7月17日「豪仏防衛協力の強化―豪陸軍中佐論説」(The Strategist, July 17, 2020)

 7月17日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウェブサイトThe Strategistは、豪陸軍中佐でパリ駐在の陸軍連絡将校Ben McLennanによる“Australia’s growing defence relationship with France”と題する論説を掲載し、そこでBen McLennanは、近年急激に深まりつつある豪仏の防衛協力関係の背景および意義について要旨以下のように述べている。
(1) 近年オーストラリアとフランスの防衛協力が急速に深まりつつある。このことはオーストラリア国民にとって意外なことに思われるかもしれないが、豪仏の軍事的協力には長い歴史があり、両国政府は常にそのつながりを維持してきたのだ。それは主にフランスが太平洋のニューカレドニアを領有しているためである。そこはオーストラリアにとって地理的に最も近接した外国の領土であり、オーストラリアがニューカレドニアの首都ヌメアに外交使節を派遣したのは、ロンドン、ワシントン、オタワに次ぐ4番目であり、ニュージーランドのウェリントンよりも先だったのである。
(2) 豪仏関係では、その戦略目標や利害、関心の違いよりも共通点のほうが多い。両国とも基本的に国際的かつ地域的に、ルールに基づく秩序の維持を重要視している。またインド太平洋地域に関するフランスの防衛方針は「インド太平洋枢軸」構想に表明されているが、それは、オーストラリアの2016年防衛白書や2020年更新された防衛戦略・部隊構成計画に表明された立場と一致するところが多い。
(3) 近年ますます豪仏共同の軍事訓練・演習の実施件数は増えており、またハイレベルな防衛関係会合の開催件数も増加している。海軍関連では、2年に1度ニューカレドニア近辺で実施されるCroix du Sud演習では、2020年これまでで最大規模の人道支援・災害救援訓練が行なわれたが、フランスはそれを後援した。インド洋では2019年に豪仏日米が参加したLa Perouse演習が実施された。それ以外にも船舶の寄港(特にヌメアへの)や情報共有などの両国間の海上活動の増加が見られ、将来的にはオーストラリア近辺での共同パトロールなども構想されている。
(4) 陸軍や空軍についても同様にその関わりが深く、頻繁になっていると言えよう。ニューカレドニア駐留のフランス陸軍部隊とオーストラリア陸軍の戦闘部隊との間の協力関係はもはや習慣的なものになっている。2018年にフランスは戦闘機ラファールをオーストラリアが実施したPitch Black演習に参加させたが、これは豪仏防衛協力に対するフランスのコミットメントの強さを示していよう。COVID-19の感染拡大がなければ今年も実施される予定であった。これら豪仏軍の各部門における関わり合いの深化は、両国の目標や利害における共通点の多さの表れなのである。
(5) その距離の遠さから、豪仏関係の深さと重要性についてはあまり理解されてこなかった。しかしニューカレドニアを見るとき、この2つの国の距離がぐっと縮まることがわかる。ここを通じて、豪仏間の目標や利害が一致するところは多いのである。近年豪仏関係は急速に強化されてはいるが、なおそれが強まる余地がある。われわれは豪仏の防衛パートナーシップの急激な発展についてよりよく知るべきであり、さらなる機会を追求すべきであろう。
記事参照:Australia’s growing defence relationship with France

7月17日「日米関係は暗礁に乗り上げているか?―米政治学者論説」(The Hill, July 17, 2020)

 7月17日付の米政治専門紙The Hill電子版は米シンクタンクCenter for Strategic and International Studiesのアジア・日本部会副議長Michael J. Greenと米シンクタンクRAND Corporationの政治学者Jeffery W. Hornungの“Are US-Japan relations on the rocks?”と題する論説を掲載し、そこで両者は日米関係の重要性と、それがここ最近悪化する傾向が見られ、その修復が必要であるとして要旨以下のように述べている。
(1) 米国のDonald Trump政権はこれまで伝統的な米国の同盟国に対する批判的姿勢を明確にしてきた。しかし、そのなかで日本は例外的存在である。安倍晋三首相とTrump大統領は個人的にも親密な関係を築いており、Trump大統領が他の民主主義国を批判するのと同じような調子で日本を非難することはめったにない。日本政府としても、米国が中国を最大の脅威とみなし、インド太平洋防衛に強くコミットしていることを高く評価している。米国の「自由で開かれたインド太平洋」戦略は、2017年に日本の外務省による構想から拝借したものだ。今年4月、ある日本の政府高官が匿名でAmerican Interestに寄稿し、Trumpの再選が日本にとっての利益になると述べている。
(2) 安倍政権がTrump政権と緊密な関係を維持する理由には構造的なものとイデオロギー的なものがあるが、欧州の外交官からみて印象的なのは、安倍首相の忍耐力とTrump大統領との個人外交である。日米間に対立の火種となる争点がないわけではない。たとえば鉄鋼の関税をめぐる問題や米国のTPP離脱問題、米軍基地費用負担の問題や韓国からの撤退が日本の安全保障に与える脅威などさまざまである。しかしながらそのなかで安倍首相がTrump大統領を公然と批判することはなかった。むしろ彼はTrumpと欧州ないしカナダ首脳との間をとりもとうとすらした。日本が展開する「まあまあ」外交は、日本にとっても米国にとっても、ヨーロッパにとっても良い結果をもたらしたと言える。
(3) しかしこの数ヵ月で急激に日米同盟の強固さに陰りが見え始めた。今年6月、日本はイージス・アショア配備計画を中止し、次期戦闘機に関して米国企業から購入するのではなく国産での開発を目指す方針を決めた。また中国の国内での5Gネットワーク構築に関して日本企業がそれに協力をするという報道もある。国際政治学者で日米同盟を重視する論者である細谷雄一でさえ、最近のインタビューで、日本は防衛について米国に過度に依存している状況を再考する必要があるとすら述べた。
(4) こうした動向の背景にあるのは、安倍政権やTrump政権の支持率低下があるが、とっくにTrump政権がCOVID-19に効果的に対処できていないことや、James Mattis国防長官やJohn Bolton補佐官が政権を離れたことで、Trump大統領のブレーキ的存在がいなくなったことに対して日本政府が懸念を強めているのである。こうしたことが日本にヘッジ戦略を考慮させる種々の背景である。
(5) とは言え、日本が米国との同盟を破棄するということはないだろう。安倍首相は日米関係をより強固にすることを約束して政権に復帰し、また彼に代わるかもしれない主要な政治家のなかで日米同盟に異議を唱える者もいない。中国の脅威増大に直面するなかで、日米がお互いを必要としなくなる可能性は非常に小さい。
(6) しかし日米間のさまざまな対立点や現在の不安定性をそのままにしておいていいわけではない。このままでは日米は、真に自由で開かれたインド太平洋の維持のために必要な行動を効果的にとることができないだろう。大統領選挙のさなか、Trump陣営もJoe Biden陣営も日米関係の重要性については言及しているが、関係改善ないしより強固な関係の構築のためには具体的な行動が必要なのである。
記事参照:Are US-Japan relations on the rocks?

7月17日「米国、南シナ海における電子戦能力強化へ-日紙報道」(Nikkei Asian Review.com, July 17, 2020)

 7月17日付の日日刊英字紙Nikkei Asian Review電子版は、“US to strengthen electronic-warfare abilities in South China Sea“と題する記事を掲載し、米国務長官が南シナ海における中国の行動を「全くの違法」と断じた直後に、米軍は中国軍の通信網を混乱させるため電子戦部隊を南シナ海に配備するとして要旨以下のように報じている。 (1) 米軍は電子戦部隊を南シナ海に配備することを計画している。Trump政権が北京の南シナ海における権利の主張を「完全に違法」と決めつけた後に中国に圧力をかける同政権最近の動きである。特別な2個部隊が早ければ2021年に電子戦、サイバー戦から精密なミサイルの目標照準まで様々な領域での作戦のためインド太平洋に配備されるだろう。少なくともその内の1個部隊は南シナ海に配備されるだろう。
(2) 「欺瞞」による中国軍事通信の混乱は、南シナ海における緊急事態への効果的な対応であると元米海軍士官は言う。中国によるファイアリー・クロス礁、ウッディー島の軍事化に対抗するため、米国はこの海域で武力紛争が勃発した場合に中国の米軍部隊追尾を阻止する能力を望んでいる。中国の防衛戦略は接近阻止/領域拒否に立脚しており、接近阻止/領域拒否は敵の行動の自由を拒否し、敵が中国本土の近接してくるのを阻止するためミサイルとセンサーを組み合わせている。米国とその友好国は「これら中国の武器体系を打ち破ることのできる多くの分野において密接に行動しなければならない。方策の1つはこれらの武器の一部に装着されている目標検知追尾装置シーカー、ミサイル・シーカーを欺瞞できる技術によることである。シーカーは空母や水上艦艇に向かっていると考えるが、実際には半海里かもう少し先の海水に向かっているだけである。これはできる。欺瞞。」と先の元米海軍将校は言う。
(3) 南シナ海への接近が不可能であれば、米軍は遠隔ミサイル打撃による対応を計画する。 元米陸軍副参謀総長Jack Keane退役大将は、中国の接近阻止/領域拒否戦略は競争に勝つことのできる優位性を中国に与えていると米国は考えていると述べている。したがって、ワシントンは「そこに効果的な抑止があり、長射程ミサイルが米戦略の一部であること」を確かめなければならないとも述べている。米国はロシアとの中距離核戦力全廃条約から脱退し、新しい中距離核ミサイルを開発しつつある。そして、米国はアジアの国々と新ミサイルをどこに配備するかの交渉を開始するだろう。南シナ海の由々しき中国の支配は米国の同海域における行動を制約するだろう。そして、米国を目標とする弾道ミサイルを搭載した中国の原子力潜水艦を安全なものにする。
(4) 米国は近年、南シナ海について足を引っ張ってきた。Obama政権が「太平洋への回帰」を表明したときに政権内にいた我々はこの戦略に大きな期待を寄せたが、実際にあった悲しい現実は太平洋への回帰についてそのお題目にもかかわらず、Obama政権はその戦略の裏で目に見える行動に移すことは何もしなかったことである」と元太平洋艦隊情報部長James Fanellは言う。Trump大統領も南シナ海にはあまり関心がない。そして、米軍は同海域における中国の動きに長期にわたって歯止めをかけることができるかが未解決の問題である。
記事参照:US to strengthen electronic-warfare abilities in South China Sea

【解説】
 上記の米軍における電子戦能力強化に関する記事の理解を容易にするため、元海上自衛官で電子戦の専門家である飯田俊明氏の解説記事を「海洋安全保障情報特報」として掲載しているので、併せて参照されたい。
記事参照:https://www.spf.org/oceans/analysis_ja02/20201020_t.html​​​​​​​
 

7月18日「南シナ海紛争に対するワシントンの二重基準―中国専門家論説」(South China Morning Post.com, July 18, 2020)

 7月18日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、中国南海研究院副研究員丁鐸の“Washington’s double standards clear as it wades into South China Sea dispute” と題する論説を掲載し、丁鐸は米国が南シナ海紛争の当事国でもなく、また国連海洋法条約加盟国でないにもかかわらず、紛争当事国を支援することで、南シナ海を米中抗争の新たな戦線にしたとして、中国の視点から要旨以下のように述べている。
(1) ワシントンは最近数カ月、南シナ海紛争に対する中立的な第三者としての立場を放棄し、特定の領有権主張国に対して積極的に支援する政策を取り始めた。まず、米国は領有権主張国ではなく、中国と東南アジア諸国―マレーシア、ベトナム、フィリピン及びブルネイ―との間の領有権紛争における当事国ではない、ということを指摘しておきたい。最近数カ月、南シナ海紛争においては「法律戦」とも言うべき様相を呈しているが、ワシントンもこれに関与してきた。例えば、2019年12月に、マレーシアは、南シナ海紛争に対する自国の立場を、国連大陸棚限界委員会(CLCS)に提出した。これを受けて、中国、インドネシア、フィリピン及びベトナムは、自国の主張と懸念を表明する口上書を国連事務総長に提出した。米国は6月1日、「9段線」に基づく中国の歴史的権益主張と、中国占拠の人工島周辺海域に対する海洋権限主張とは、いずれも法的根拠を有しないとする、口上書を国連事務総長に提出した。さらに、Pompeo 米国務長官は7月13日、「南シナ海の大部分の海域における海洋資源に対する北京の主張は全面的に不法である」とする「南シナ海における海洋主張に関する米国の立場」と題する文書を公表した。その前日の12日には、フィリピンのLocsin 外相は、ハーグでの南シナ海仲裁裁判所による裁定4周年を記念する声明を発した。
(2) 米中関係が着実に悪化している状況下で、南シナ海は米中関係における新たな戦線となってきた。今や、南シナ海は、米中間の発火点にさえなりかねない。7月13日の文書公表からわずか1日後に、米ミサイル駆逐艦ラルフ・ジョンソンが南沙諸島周辺海域で「航行の自由」作戦を実施し、緊張に拍車をかけた。Pompeo国務長官は、北京の海洋権益主張をワシントンが拒否する根拠として、2016年の南シナ海仲裁裁判所の裁定を持ち出しているが、この裁判は1982年の国連海洋法条約(UNCLOS)―米国は未だ加盟国でさえない―の下で中国の同意を得ないで一方的に進められた裁判であった。しかも、米国は中国に裁定遵守を求めているが、ワシントン自身は、国際司法裁判所(ICJ)の判決を全て遵守してきたわけではないのである。例えば、ニカラグアが1986年に提訴した事案*に関して、当該問題をICJの管轄外であるとするワシントンの主張をICJが却下したことから、米国はこの裁判への出廷を拒否した。米国は、国連安全保障理事会による判決の履行を拒否し、ニカラグアが如何なる補償も得るのを阻止した。もし米国がICJの判決を無視する合法的な根拠を有していると考えているのであれば、仲裁裁判所の裁定に関しては、中国もそう考えている。ワシントンは、これは国際政治におけるゲームのルールであることを十分に理解しているかもしれない。米国は、国際的な法システムの健全性を擁護しなければならないとする願望からというより、むしろ自己利益から、そして中国に圧力を加えるために、法的規範を持ち出しているだけのように思われる。さらに、Pompeo国務長官は、前出の文書において ミスチーフ環礁(美済礁)、セカンドトーマス礁(仁愛礁)、バンガード堆(萬安灘)、ルコニア礁(南北康暗礁)、及びナツナ諸島周辺のEEZが、それぞれフィリピン、ベトナム、マレーシア及びインドネシア各国の管轄下にあると断言した。このことはこれら各国を勇気づけ、ベトナムは今後中国に対する第三者による強制力のある解決手続きが開始されることになれば、米国の公的立場がこの手続きにおいて勝利する上で大いに役立つであろうと考えている。
(3) 米大統領選挙を4カ月後に控えて、想起されるもう1つの疑念は、トランプ政権は単に再選戦略の一環として南シナ海カードを利用しているだけなのか、ということである。中国は1947年以来、南シナ海における「9段線」を明示した公式地図を提示してきており、そして連続する南沙諸島をこれまで一部の他の領有権主張国や西欧諸国がそうしてきたように1つの沖合群島と見なしてきた。また、中国と他の領有権主張国との間には、如何なる紛争も交渉を通じて解決されるべきであるとのコンセンサスが存在する。過去数年間、中国は南シナ海問題に関して、フィリピンとマレーシアとの間で2国間協議メカニズムを確立してきた。紛争は解決には至っていないが、この海域における「航行の自由」には全く影響がなかった。中国、米国そして全東南アジア諸国は、依然として、自由で安全な海洋通商路から利益を得ている。Pompeo国務長官は、南シナ海問題に対する深い理解に欠けるように思われるが、恐らく、東アジアや東南アジアの海洋問題に精通したチームを持っていないようである。
(4) 南シナ海における領有権と海洋権益を巡る紛争は純然たる法律上の問題ではなく、歴史、地政学及び国際関係を内包した、一連の複雑な論争である。これらは、領有権主張国による辛抱強い外交を通して最終的かつ永続的な解決を求めることによって、解決されるべきものである。南シナ海の主要な利用国として、米国は中国と他の当事国間の信頼醸成を損ねたり、南シナ海における行動規範(COC)交渉に地政学的複雑さを加味したりするのではなく、より一層建設的な役割を果たすべきである。
記事参照:Washington’s double standards clear as it wades into South China Sea dispute
備考*:米国がニカラグアに対して武力行使と内政干渉を行い、ニカラグアの主権、領土保全及び政治的独立を侵害し、国際法の基本的原則に違反したとして、ニカラグアが1984年4月9日に米国をICJに一方的に提訴した事案。

7月18日「米海軍の多過ぎる航行の自由作戦が招く危険性―米専門家論説」(The Diplomat, July 18, 2020)

 7月18日付のデジタル誌The Diplomatは、米シンクタンクDefense PrioritiesのSenior Fellowで元米陸軍中佐Daniel L. Davisの“The Risk of Too Many Freedom of Navigation Operations”と題する論説を掲載し、ここでDavisは米国が米海軍による「航行の自由」作戦に過度に依存することによって、戦争に巻き込まれる可能性が高まるとして要旨以下のように述べている。
(1) 判断ミスや誤算で米海軍艦艇を巻き込む武力衝突が発生し、米国を深刻な紛争に引きずり込むことになる前に、好戦的な航行の自由作戦(FONOP)の有用性を検証する必要がある。米国の海岸から離れた場所での軍事作戦の最終的な目的は、米国の安全保障と繁栄であるべきである。その目的に寄与するいかなる作戦や行動も真剣に検討されるべきであるが、米国の利益を害する可能性を容認できないものは、拒否されるべきである。現在実施されているような航行の自由作戦は、米国がいつか戦争に巻き込まれる可能性を高めている。
(2) 中国に対する「航行の自由」作戦の拡大、ロシアを標的としたこのような作戦の増加、そして南米への現在の作戦の拡大を考慮すると、多くの海軍が米国の海洋の自由を脅かしているという前提がある。しかし、まるで見当違いである。誰も交通を遮断すると脅しているわけではない。それどころか、特に中国とロシアは国際貿易への依存度が高く、海上交通が滞りなく続くことを必要としている。仮に海上交通の閉鎖を行えば、最初に損害を被るのは彼らである。
(3) 他の軍事組織と同様に、米海軍の中核となる戦闘技術の熟練度を維持するためには、米海軍を訓練することが必要となる。米海軍は、米国の世界的な利益を守り、いかなる攻撃も撃退し、大胆にも我々に攻撃を仕掛けてくる者には厳しく処罰することができるように、直ぐにでも準備する必要がある。このレベルの熟練度があれば、米国はあらゆる攻撃を効果的に抑止することができるが、たとえ抑止に失敗しても、相手を打ち負かすことができるだけの力も備えている。米海軍は、このレベルの抑止力と戦勝能力を維持するための、戦闘能力の熟練度を維持するために、定期的に用意周到な世界規模のパトロールや演習を実施する必要がある。そうすることで、不必要に敵対者を挑発して我々の利益に反する行動を取らせることなく、米国企業や商取引の利益のための安全保障と経済的自由を確保することができる。自国の海岸の近くで強力な他国の軍艦が継続的にパトロールすることは、反撃を誘発するという認識について、その国はどのような外国勢力に対しても謝罪する必要はない。
(4) おそらくより決定的には、ワシントンは地域の友好的な国家や同盟国に、接近阻止・領域拒否(A2/AD)の自衛能力による、彼ら自身の安全保障の強化を促すべきである。中国は、A2/AD 技術に熟達し、自国の領土や軍隊への攻撃には大きな犠牲を払わせる可能性がある。米国がアジア太平洋地域でその目的を達成する最善の方法は、同盟国や他の友好国に中国が軍事力で彼らを攻撃する試みを抑止するために、彼ら自身のA2/AD能力へのより多くの投資を促すことである。そうすることで、各国にその国に属する自衛の責任をより多く委ね、自国の防衛の必要性へと投資する余裕のある国が地域の安全保障を引き受けるよう米海軍や空軍に頼むことを低減することになる。
(5) 「航行の自由」作戦は米国の選択肢の中にあるが、控え目に賢明に使用する場合に限る。このような作戦に過度に依存すると、同盟国や友好国が自国の防衛に投資することを妨げ、米軍に不必要な負担を強いることになり、そして、いつか米国が戦うべきではない戦争に巻き込まれる危険性が高まる。
記事参照:The Risk of Too Many Freedom of Navigation Operations

7月20日「南シナ海における変化の妨げ-中国専門家論説」(China US Focus, July 20, 2020)

 7月20日付の香港のChina-United States Exchange FoundationのウエブサイトChina US Focusは、中国南海研究院院長呉士存の“Disturbing Changes in South China Sea”と題する論説を掲載し、ここで呉院長は米国の南シナ海問題への対応について、2度にわたって実施された空母2隻態勢での演習に言及しつつ、COVID-19の影響で弱体化したとみなされている米国が南シナ海で攻勢的な姿勢を採ることは基本的に同地域の安定に資するものではないとして要旨以下のように論じている。
(1) 米海軍はニミッツとセオドア・ルーズベルト、ニミッツとロナルド・レーガンの2個空母打撃群による演習を南シナ海で立て続けに実施しており、米国防総省はこれらの演習が米国の「決意の象徴」であると述べている。筆者は今年初め、2020年は南シナ海が安定から乱流への転換点になると予測したが、ここ数ヶ月の出来事はこれが砂上に描かれた判断ではなかったことを示している。5月以降の南シナ海その他の地域における一連の出来事は不穏な変化を明らかにしているが、こうした見方は7月13日のMichael Pompeo米国務長官の南シナ海に関する声明によっても裏付けられる。この声明は、米国は地域的な領土紛争には介入しないという1990年代以降の米国の立場の変化を反映している。
(2) 米国はCOVID-19の深刻な打撃を受けており米軍も例外ではない。しかし、米国は活動のペースを落とすのではなく、南シナ海問題を利用して中国を封じ込める努力を強化している。また、5月20日に公表されたホワイトハウスの公式文書「対中国戦略報告」では、米国は中国に対する「国際的圧力を高め」、「覇権主義」を押し戻し、地域の同盟国、パートナー諸国が北京の攻勢にも耐え得る能力構築を支援する安全保障協力を実施すると明らかにしている。さらに6月1日には、米国連大使が国連海洋法条約の解釈として南シナ海における中国の「歴史的権利」の主張に反対する立場を示す外交文書を提出した。その同じ日にフィリピン政府が終了するとしていた米比訪問軍地位協定の継続を決定したのは注目点である。そして6月9日にはフィリピンのDelfin Lorenzana国防長官が南シナ海のパグアサ島を訪問した。
(3) 西沙諸島周辺での中国の軍事演習に関し、米国、フィリピン、ベトナムはほぼ同時に、同じ口調で中国を非難する。米国務省は中国が「争奪した領土と水域」で軍事活動を実施し、2002年の「南シナ海行動宣言」における締約国の公約に違反したため状況を不安定にしたと非難した。ベトナム外務省は中国の軍事演習は北京とASEANとの関係に有害であり、地域の平和と安定に影響を与える可能性があると主張した。フィリピンの国防長官は西沙諸島近くでの中国の軍事演習は大きな「懸念」であり「挑発的」であると述べている。
(4) 米国は海空からの中国軍に対する情報収集の努力を惜しまず監視行動を行った。6月30日と7月1日、沿海域戦闘艦ガブリエル・ギフォーズが南シナ海で作戦を実施し、その翌日にはEP-3E偵察機が南シナ海上空で行動した。今年、南シナ海で実施された中国を対象とした5件の「航行の自由」作戦の状況からして、米国は南シナ海での軍事作戦にこれまで以上に攻撃的で挑発的になっており、これは地域の平和と安定への脅威である。
(5) 米国は南シナ海の沿岸国でも権利主張国でもない。したがって軍事的プレゼンスを維持し、紛争に介入し、中国を封じ込めるためにこの問題を活用するには、地域のいくつかの国との連携が不可欠である。この地域の一部の国家は、米国に扇動され、あるいは後援されて、中国に対し挑発的で無謀な行動をとっている。マレーシアは2019年末にThe UN Commission on the Limits of the Continental Shelf(国連大陸棚制限委員会)に大陸棚の延長申請を提出した。他の権利主張国の一方的行動も見受けられるが、米国の影響力は中国とASEAN諸国と「南シナ海行動規範」交渉の舞台裏でも垣間見ることができる。フィリピンの提訴による南シナ海仲裁裁判判決に基づき、マレーシアと中国に対しフィリピン、ベトナム、インドネシアが提出した外交文書は、南シナ海における中国の歴史的権利、中国の法的地位を否定している。このような外交紛争の危機を生じたタイミングで、米国は南シナ海における中国の主張する権利に異議を唱える外交文書を提出したのである。そしてベトナムは2019年、西沙諸島沖での石油、天然ガスの探査、開発活動を開始した。また、ベトナム漁船が、西沙諸島沖での違法操業中に中国海警船と衝突し、ベトナム当局は南シナ海を巡る新たな仲裁事件を提起すると中国に迫った。米国の支援がなければ、ベトナムは中国に挑戦する勇気や能力を持たないであろう。同様に、南シナ海の紛争地域におけるマレーシアの一方的な資源開発、フィリピンの南沙諸島での施設建設、伝統的な中国の漁場であるナツナでのインドネシアの積極的な対抗策はすべて舞台裏での米国の要請によるものである。
(6) 南シナ海の状況の変化は今後数年間で、ベトナムと米国の戦略的協力強化、フィリピンと米国とのより緊密な同盟、行動規範交渉によって提示された機会を利用した一部の権利主張国による既得権益の統合と拡大によって特徴付けられるだろう。中国は南シナ海の平和と安定のための主要な存在として、南シナ海におけるルールに基づく海上秩序の構築を推進すべきである。南沙諸島のサンゴ礁に施設を建設するに当たっては民間能力を活用し、これを国際公共財として提供する必要がある。また、各種海上戦力を統合し、中国の権利を維持する能力を構築し、予測される海上紛争において変化する作戦態様に適応する必要もあるだろう。中国は南シナ海での地政学的な利点を強化し、拡大すべきである。これらすべてが中国の力と存在を南シナ海における平和と安定のアンカーになるだろう。
記事参照:Disturbing Changes in South China Sea

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) To Deter War with China, Defend Guam
https://nationalinterest.org/feature/deter-war-china-defend-guam-164513
The National Interest, July 11, 2020
By Rebeccah L. Heinrichs, a senior fellow at Hudson Institute where she specializes in nuclear deterrence and missile defense
7月11日、米シンクタンクHudson Instituteのsenior fellowであるRebeccah L. Heinrichsは、米隔月刊誌The National Interest電子版に“To Deter War with China, Defend Guam”と題する論説を寄稿した。ここでHeinrichsは、①米軍の最優先課題は、インド太平洋地域での中国の攻撃を抑止することであるが、そのための鍵はその様々な兵器システムの大規模な戦略基地であるグアムである、②対中抑止力を強固なものにするためには分散型の攻防兵器の組み合わせが必要となるため、米国は長距離精密射撃と統合防空ミサイル防衛(IAMD)を配備する、③米軍の個々のプログラムは縦割りで有機的統合はほとんど考えられていないが陸軍にはこれを解決する方法として統合戦闘指揮システム(IBCS)がある、④イージスミサイル防衛とTHAADシステムはグアムを防衛する体系としての役割を果たすべきである、⑤ミサイル防衛のためには日米の緊密な協力が必要だが、日本のイージス・アショア配備の中断は北朝鮮だけでない脅威に対するミサイル防衛の構造をどのように統合し、強化していくかを検討する最適な時間を与える、⑥国防総省の議会への要求には、中国の極超音速の脅威を検知し追跡する、極超音速及び弾道追跡宇宙センサー(HBTSS)のための資金はほとんどない、⑦最近上院軍事委員会は、Info-Pacific Theaterへの移行に必要な優先順位付けと資金調達の枠組みを確立する太平洋防衛構想(PDI)を構築する超党派プロジェクトが含まれる国防授権法を可決した、といった主張を述べている。

(2) China Is Done Biding Its Time
https://www.foreignaffairs.com/articles/china/2020-07-15/china-done-biding-its-time
Foreign Affairs.com, July 15, 2020
Kurt M. Cambell, Chair and CEO of The Asia Group and former Assistant Secretary of State for East Asia and Pacific Affairs
Mira Rapp-Hooper, Stephen A. Schwarzman Senior Fellow for Asia Studies at the Council on Foreign Relations
7月15日、米経営コンサルティング企業The Asia GroupのCEOであり、元米国東アジア・太平洋担当国務次官補であるKurt M. Cambellとシンクタンクを含む米超党派組織Council on Foreign Relations(外交問題評議会)のSenior FellowであるMira Rapp-Hooperは、Foreign Affairsに" China Is Done Biding Its Time "と題する論説を発表した。その中で彼らは、世界が新型コロナウイルスの危機に見舞われている中、アナリストたちは、米国と中国との関係が、回復の見込みがほとんどなく、かつ、歴史的などん底状態に落ち込むのを目の当たりにしていると米中関係の悪化をテーマに論を切り出し、両国関係がそこまで落ち込んだ理由はいくつもあるが、中国はこれまでの外交実績から大きく逸脱し、国際舞台で通常よりもはるかに強硬な態度をとっていることは間違いないが、中国は危機に煽られたナショナリズムに満ちており、その継続的な台頭に自信を持ち、過去よりもはるかに大きな危険を冒すことをいとわずにいるため、世界に影響を及ぼす外交政策の再考の真っただ中にいるのかもしれないと論じている。さらに両名は、米国はここ数年の間、採用されたものの貿易や国家安全保障上の利益を全くもたらさなかった「懲罰的一国主義」を拒絶し、代わりに、欧州やアジアの同盟国との関係を再調整しなければならないと主張し、そのためにも、国連、G 7、WHOなど、危機管理に不可欠な国際機関に再投資し、自国の健康と繁栄を回復し、世界の舞台で競争力を維持しなければならないと主張している。

(3) US Raises Stakes in the South China Sea
https://www.delhipolicygroup.org/uploads_dpg/publication_file/us-raises-stakes-in-the-south-china-sea-1877.pdf
Delhi Policy Group, July 18, 2020
Commodore Lalit Kapur (Retd.), Senior Fellow for Maritime Strategy, Delhi Policy Group Ambassador Hemant Krishan Singh, I.F.S. (Retd.), Director General, Delhi Policy Group
7月18日、印シンクタンクThe Delhi Policy Group のSenior Fellow であるLalit Kapur退役准将と同シンクタンクのDirector General であるHemant Krishan Singh元大使は、Foreign Affairsに" US Raises Stakes in the South China Sea "と題する論説を発表した。ここで彼らは、2020年7月13日のPompeo米国務長官による南シナ海に対する米国の立場の再定義に関する声明はこの重要海域における今後の見通しを大きく変更させるものであったと評した上で、米国は海洋における憲法として広く国際社会に受け入れられている国連海洋法条約 (UNCLOS) が規定するグローバル・コモンズや領海における米国の航行の自由 (FON) の重要性に初めて言及しただけでなく、中国が南シナ海の資源獲得と領土拡大の両方を成し遂げようとする容赦ない攻撃に対して地域諸国への支持を表明したことの意味は大きいとし、ASEAN諸国の対中外交などを分析した結果として、インド太平洋地域では、中国の欺瞞、強制、侵略の戦略に反対する勢力が徐々に形成されつつあり、拡大主義者で略奪的な権威主義的権力(訳者注:中国を指している)は、いわゆる「人類共通の未来の共同体」を支配することは不可能であるとの認識が広まっていると評している。