海洋安全保障情報旬報 2020年6月11日-6月20日

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6月11日「防災は太平洋島嶼国にとって生存の問題―国連特別代表論説」(The Strategist, 11 Jun 2020)

 6月11日付のAustralian Strategic Policy Institute(ASIP)のウエブサイトThe Strategistは、国連事務総長特別代表(防災担当)兼国連国際防災戦略事務局ヘッド水鳥真美の“Disaster risk reduction a matter of survival in the Pacific”と題する論説を掲載し、ここで水鳥は太平洋の島嶼国家にとって防災は真に生存の問題であり、災害による損失の減少と仙台防災枠組(編集注:2015年9月、仙台で開催された「第3回国連防災会議」の成果文書)に示された抗堪性の構築が緊要であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 地球規模の気候の緊急事態とCovid-19の世界的感染爆発が重なった脅威が太平洋島嶼国家に押し寄せているときに行われたASIPの太平洋における防災の見直しは歓迎できる構想である。この見直しは、太平洋の開発途上国がこの二重の問題から学んだ経験を共有し、Covid-19がもたらした複雑さの新たな層が島嶼国家発展の中核部分である防災と気候変動適応策にどのような影響を及ぼしたか調査する基盤として機能する。
(2) このような統合されたリスク管理は統合国家行動計画の過程を通じて国のレベルに組み込まれてきている。これを最初に行ったのはトンガであり、それは地域レベルの政策を牽引した。特筆すべきものは「太平洋における抗堪性のある開発のための枠組み」である。この政策は、地球規模の温暖化が他のリスク要因と結合して何世紀も前の生活様式に対する脅威となっている世界の一部においてより良い防災のためのガバナンスを強化することによって仙台防災枠組2015-2030を行動に移す優れた事例である。
(3) 熱帯サイクロン「ウインストン」後のフィジーの驚異的な復興などは地域を跨いだ「仙台防災枠組の実行」の事例である。新たなコロナウイルスを寄せ付けないために太平洋島嶼国全域で封鎖が実施された途端にソロモン諸島、バヌアツ、フィジー、トンガを襲った4月の熱帯サイクロン「ハロルド」は地域の復興とその能力をさらに試すことになった。
(4) サイクロンの季節とCovid-19が重なった問題は、公衆衛生が常に標準として求められているとは限らない災害が発生しやすい地域における公衆衛生の役割の重要性を際立たせている。Covid-19の試験を行う実験室の不足、世界的感染爆発の観光業、ビジネス界への経済的影響は災害対応の環境をより困難なものにしている。しかしながら、防災の政策と実践において地域が達成したものを蓄積することは、地域が今後最も焦点を当てていかなければならない分野を特定することともに重要である。これが、太平洋防災見直しが極めて重要な理由である。見直しは、太平洋全域で仙台防災枠組実施の進捗状況を検証し、地域における災害による損失を削減する努力の励みとなる自主的な計画の範囲を提供する重要な構想である。
(5) 2020年末までに国および地方の防災戦略数の増加が常に優先されるわけではないが、コロナウイルスの感染拡大への備えを含めるように努める仙台枠組の実行目標とを力強く後押しするだろう。仙台防災枠組の時代になるまでの5年間、太平洋地域にとって長い道のりであった。同時に、人々、社会、経済そして自然環境にとって回復力のある将来という合意された展望を達成するいくつかの道は依然あった。ある国々では海面上昇が世界の平均の4倍というように太平洋島嶼国家は悪化する気候危機の最前線にある。沿岸地域や沈下した島では人は住めなくなり、人々はどこでも良いから安全で、より良い生活を求めることになるだろう。共同体あるいは国家の生存そのものが今後何十年の間、危機に瀕している。このような問題の文脈の中で、防災は真に生存の問題である。回復力のある太平洋は災害による損失の減少という目標の達成と仙台防災枠組に提示された抗堪性の構築にかかっている。
記事参照:Disaster risk reduction a matter of survival in the Pacific

6月12日「インド太平洋における3個米空母打撃群同時展開の意味―香港紙報道」(South China Morning Post, June 12 2020)

 6月12日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、AP通信が配信した“US navy patrols Indo-Pacific for first time in the years, as US-China tensions deepen”と題する記事を掲載し、米海軍が3個空母打撃群を同時にインド太平洋海域に展開したこととその意味について要旨以下のように報じている。
(1) 2020年6月現在、米国の3個空母打撃群が同時にインド太平洋海域で活動しているが、それは稀な状況であり、ここ3年間では初めてのことである。これは同海域における米海軍の力の誇示であり、コロナウイルス問題や香港、南シナ海問題に関する米中関係の緊張の高まりを反映したものである。加えて米海軍がCOVID-19パンデミックの最悪の日々から立ち直ってきたことの証でもある。これは、中国がパンデミックにつけこんでいる可能性もある中で、「中国は誤解すべきではない」というシグナルでもある。
(2) Donald Trump大統領はCOVID-19の流行について中国の対応を批判してきた。さらにTrump政権は、人民解放軍やその他中国の安全保障サービスと関連を持つ中国人大学院生や研究者の入国を禁止する方向に動いている。
(3) 米国は中国を最大の安全保障上の脅威と位置づけており、インド太平洋に多くの資源や軍事資産を振り向けつつある。インド太平洋軍の作戦部長Stephen Korhler少将は、中国が南シナ海の軍事化を進めていることに言及し、それに対抗する米国及び同盟国の行動が成果を思うように挙げられていないと指摘する。そのうえで、彼が「米国海軍の驚異的シンボル」と位置づける空母打撃群を配備することには大きな意味があろう。
(4) 6月半ば、空母セオドア・ルーズベルトはグアム近郊のフィリピン海に展開し、また空母ニミッツは米国西海岸沖合の太平洋上に展開していた。また空母ロナルド・レーガンは日本から出港した後に南に向かい、フィリピン海に展開した。米国海軍指導者が指摘するように他にも数多くの艦船が太平洋上に展開しているが、この3つの空母打撃群の展開は、同海域への米国のコミットメントの強さを示すものである。
(5) COVID-19の流行は海軍の活動に制約を及ぼした。セオドア・ルーズベルトでは乗組員の間で感染が拡大し、2ヶ月間グアムでの戦列離脱を余儀なくされていた。ニミッツやロナルド・レーガンの乗員も一部検査で陽性を出し、艦上での行動などに新たにガイドラインを設ける必要が生じた。空母ニミッツを率いる打撃群の司令官Jim Kirk海軍少将はCOVID-19対策がうまくいっていることに自信を見せているが、太平洋での作戦活動においてまた別の障害、つまり外国への寄港が大きく制限されているという事態にも直面している。現在、太平洋で唯一安全な寄港場所はグアムのみであるが、乗員たちの行動にも制約が課されている。
(6) Koehler少将は言う。太平洋での3つの空母打撃群が同時に展開することが長期間に及ぶことはないだろうが、「われわれはそれを望めばいつでもそうできる」と。
記事参照:US navy patrols Indo-Pacific for first time in the years, as US-China tensions deepen

6月13日「インド洋への出口、ミャンマーに対する中国の思惑―印専門家論説」(South Asia Analysis Group, June 13, 2020)

 6月13日付の印シンクタンクSouth Asia Analysis GroupのWebサイトは、同シンクタンク研究員Dr. S. Chandrasekharanの “China and the Kyaukpyu Deep Sea Port: Why this desperate Hurry?” と題する論説を掲載し、ここでChandrasekharanはチャウッピュー深水港建設プロジェクトに見る、インド洋への出口としてのミャンマーに対する中国の思惑について要旨以下のように述べている。
(1) 「中国ミャンマー経済回廊」(以下、CMECと言う)は中国が推進する「一帯一路構想」(以下、BRIと言う)の一環で、新ヤンゴンプロジェクト、(ミャンマーの関心を高めるための)経済特区付きのチャウッピュー深水港、及び中国ミャンマー国境協力特区が3つの主要プロジェクトである。中国は既に、昆明からチャウッピューまで石油パイプラインプロジェクトとガスパイプラインを地元の反対にもかかわらず完成させている。チャウッピュー深水とガス・石油パイプラインは共に、表向きは中国の南西地域の後背地開発を意図しているが、真の狙いは戦略的なものである。深水港は、中国にとって安全保障上脆弱なマラッカ海峡の迂回を可能にする。中国にとって、南西地域の後背地への資源の安全な供給のためには代替ルートが不可欠であった。中国は当初、70億ドル以上の投資でより大型のプロジェクトを推進しようとしたが、ミャンマーは交渉でこのプロジェクトを13億ドル規模に縮小し、同時にプロジェクト対するミャンマーの負担額を30%に引き上げた。この額でもミャンマーにとって巨額で、中国銀行からの借款によって、ミャンマーでも、スリランカがハンバントタ港建設で抱え込んだのと同様の「債務の罠」に陥るのではないかとの恐れが付きまとった。チャウッピュー深水港は中国だけでなくミャンマーにも裨益するであろうが、この取引には、経済特区の建設―両者の負担率は未だ決まっていないが―という魅力的なプロジェクトが並行して進められることになっていた。
(2) 今回のコロナ禍はミャンマーにとって予期せざる事態であった。ミャンマーは2020年4月27日、経済救済計画を発動した。この計画は、7つの目標、10の戦略、30の行動計画、そして76の行動からなる。この計画が発表されると、それがBRIに及ぼす影響を懸念した駐ミャンマー中国大使は、ミャンマーの担当副大臣と会談し、コロナ禍の中で中国の野心的な開発プロジェクトを如何に進めていくかについて論議した。5月下旬には、習近平主席がミャンマー大統領と電話会談し、インフラ建設プロジェクトに対するミャンマーの協力促進を要請した。この時点までに中国の米国との関係が悪化していたことから考えて、インフラ建設促進を要請した習近平の念頭には、チャウッピュー港の建設があったに違いない。
(3) ミャンマー政府高官によれば、前記3つの主要プロジェクトは、国際的に評価の高い企業によって実施され、商業的に価値があり、かつ国の負担になるものであってはならない。新ヤンゴンプロジェクト、経済特区付きチャウッピュー深水港、及び中国ミャンマー国境協力特区は、いずれもこれらの基準からは程遠い。ミャンマーのThe Institute of Strategic Policyの中国室長は、チャウッピュー港プロジェクトを含む主要なBRIプロジェクトはいずれも商業的価値がないとし、これらが商業的に成り立つまでには10年から15年を要するかもしれないと指摘している。中国は、ほとんどのBRIプロジェクトの実施に当たって、自国の労働力を使用している。例えば、パキスタンのバシャール・ダム建設工事には、中国企業は1万7,000人以上の中国人労働者を動員する。チャウッピュー港建設プロジェクトの場合も中国企業は同じことをするであろう。したがって地元労働者には就労の機会がなく、前記7つの目標の1つ、コロナ禍による勤労者への経済的影響の緩和には役立たないであろう。更に、CMECが想定する回廊地帯は、北部シャン州の暴力事案が多発する地域が含まれる。しかも、この地域の6つの主要武装グループの内、5つのグループが国家停戦協定に署名していない。
(4) では、中国の次なる狙いは何か。中国は、インド洋への不可欠の戦略的出口の確保を熱望している。中国は、米国、オーストラリア、さらには日本などとの海洋における対立が想定される脆弱なマラッカ海峡ルートを回避する必要がある。したがって、中国は中国ミャンマー国境地帯における民族闘争に対する政策を見直すことになろう。本稿の筆者(Dr. S. Chandrasekharan)が以前に指摘したように、主として両国国境地帯で見られる武装民族闘争の解決に当たっては、中国は既に当事者であると言える。今のところ、いずれの武装グループも中国の建設プロジェクトを目標としていないが、何時までもそうとは限らない。民族闘争の多発地帯を通るCMECの実現可能性に対する、ミャンマー政府の懸念は真剣な現実である。結局のところ、中国は、戦略的プロジェクト、特にインド洋へのアクセスを可能にするチャウッピュー深水港建設プロジェクトを推し進めるよう、ミャンマー政府に強要することになりそうである。ミャンマーは、プロジェクト推進について中国に同意するか、あるいは国境地帯の武装闘争グループを支援し続けるか、いずれかを選択できるし、そうすべきであろう。しかし、ミャンマーにとっていずれも不可能である。何故なら、選択肢はミャンマーではなく中国にあるからである。
(5) 西側の態度は、ミャンマーを中国の膝下に追いやっているだけである。故に、インド にとって唯一の方策は海軍力を強化することである。
 記事参照:China and the Kyaukpyu Deep Sea Port: Why this desperate Hurry?

6月15日「中国は第2回南シナ海仲裁裁判の準備はできているか?―中国専門家論説」(South China Sea Probing Initiative (SCSPI), June 15, 2020)

 6月15日付の北京大学南海戦略態勢感知計画のウエブサイトは、上海交通大学日本研究中心副教授鄭志華の“Is China Ready for a Second South China Sea Arbitration?”と題する論説を掲載し、ここで鄭は南シナ海問題に関し中国にはあらゆる選択肢があるとして要旨以下のように述べている。
(1) 2020年5月7日、Asia Timesが「ベトナムは南シナ海における中国の主張に対して国際仲裁裁判に訴える可能性がある」との記事を出し、5月15日に「ベトナムは国連海洋法条約(以下、UNCLOSと言う)の附属書Vに基づきNational University of Singapore 准教授Robert Beckmanを含む4人の仲裁裁判官を指名した」と伝えている。ベトナムは中国に対して仲裁裁判に訴えるであろうか?中国はどのように対応するであろうか?ベトナムは中国の主張を抑える唯一の方法は法に訴えることと考えているが、一方で ベトナムが勝利する可能性が高いとしても中越関係をさらに不安定化させることは避けたい意向もある。ベトナムが中国を訴えることについては、ベトナムよりも西側諸国の方が積極的なように見える。では、ベトナムの訴えはどのようなものとなるであろうか?一部の学者は、ベトナムはフィリピンが提起した南シナ海仲裁裁判において、「南シナ海における中国の歴史的権利は支持されない」「9段線は無効である」「南沙諸島にはUNCLOS第121条(2)に示される島ではない」との裁定に言及すると考えている。また、ベトナムは西沙諸島の直線基線などの法的地位などに焦点を当てるとの見方もある。そこでベトナムの訴状としては、「南シナ海での中国の権利はUNCLOSが認める以上には広がらない」「中国に9段線内における主権、管轄権、歴史的権利はない」といったものが含まれるだろう。
(2) 中国はいかに対応するか?ベトナムが仲裁手続きを開始しても中国はフィリピン提訴の仲裁裁定に対する「ノー」の姿勢を繰り返すとの見方が多い。その一方で、中国は仲裁手続きに参加する戦略を変更する方が良いと考える向きがある。中国は2016年の仲裁裁定の教訓から、裁判に参加して中国の主張を認めるよう訴える方が有利とする指摘である。 中国は法廷の外で対抗措置を強化する可能性も高い。フィリピンが2013年に裁判を求めたおり、中国は南シナ海で島嶼の埋め立てを開始した。この行為は、中国によるフィリピンへの牽制でもあった。フィリピンが一方的に国際仲裁を提起しなければ、中国が埋め立て工事を決意することはなかったのではないか。中国はベトナムにとって最大の貿易相手国であり2年連続で1,000億ドルを超えている。ベトナムが仲裁裁判に踏み切れば、中越関係は大きな打撃を受けるだろう。実際のところ、ベトナムは仲裁裁判に訴えることが必ずしも両国間の紛争を解決するための有益な手段ではないと明確に認識している可能性がある。中国とベトナムは国境を接する隣国である。アメリカにとって中越関係は戦略的なゲームの一部に過ぎない。それにも係わらず、ベトナム政府は仲裁人を指名するなどして南シナ海での国際仲裁のための準備を積極的に実施している。米国などの西側諸国はベトナムに対して仲裁裁判に訴えることを積極的に働きかけている。ベトナムが中国に対して不誠実な行動を取れば、中国はフィリピンに対するよりも厳しい制裁を科すことを含むあらゆるオプションをテーブルの上に載せている。
記事参照:“Is China Ready for a Second South China Sea Arbitration?”

6月16日「中国の北極政策へ安全保障上の関心が大きくなる-The National University of Singapore修士課程修了生論説」(High North News, Jun 16 2020)

 6月16日付のノルウェー国立NORD UniversityのHIGH NORTH CENTERが発行するHIGH NORTH NEWS電子版は、The National University of SingaporeのThe Lee Kuan Yew School of Public Policy修了生Johan Martin SelandとHeljar Havnesの“The Increasing Security Focus in China’s Arctic Policy”と題する論説を掲載し、ここで両名は近年、北極圏において影響力拡大を模索する中国に対しては強い懸念があり、その主目的が通商機会であったとしても南シナ海における行動等からその懸念は払拭されていないとして要旨以下のように述べている。
(1) 近年中国が北極圏での影響力拡大を模索している。中国がロシアのように北極圏を軍事化するのではないかという西側の強い懸念がある一方で、中国による北極圏への投資とそこでの通商拡大を求める動きを歓迎する向きもある。
(2) 中国の意図はどこにあるのか。われわれの調査によれば、少なくとも現在のところ中国が北極圏において露骨に軍事的な行動に出る可能性は低く、あくまで通商上の利益の拡大がその主要な目標であろう。ただし、中国が自国の利益を守り、その権利を行使するために、その北極圏政策についてより安全保障的側面に焦点を当て、軍に重要な役割を持たせるようになっているのも事実である。
(3) 中国政府は20年前から北極圏へアクセスする能力の向上が重要であると認識し、2006年以降、通商機会拡大のための外交的・科学的な努力を積み重ねてきた。そして2014年からは、北極圏における中国の利益を軍事的手段によって防護するための能力を向上させてきた。
(4) 中国が北極圏での影響力拡大を模索する試みにおいて北極評議会のような多国間協調のためのフォーラムに参加し、その国際貢献の意思を見せている。そこで重要な手段になっているのが中国の科学調査活動であるが、それを通じた中国の北極圏へのアクセスこそが、北極圏諸国による中国への疑念を強めてもいる。つまり科学調査を通じて中国は北極圏における地図作成や同地域の監視能力を向上させることができ、さらにそれは商業的活動だけではなく軍事的活動をサポートする潜在性を有しているというのである。
(5) 実際にわれわれの調査では中国が北極圏におけるナビゲーションと衛星監視技術の向上を進めていることが明らかになっている。さらに中国は、そうした技術の向上が持つ戦略的インプリケーションを強く意識している。北極圏における自国の利益に対する軍事的脅威がどのようなものであるかをはっきりさせ、それに対処するために資源を投じる必要があることを認識するようになっている。
(6) ただしそのことが、中国が北極圏において攻撃的なプレーヤーになっていることを意味するわけではない。中国の海洋における攻撃的活動の大部分は南シナ海で展開しており、北極圏にはいかなる領土的主張も行っていない。あくまで通商機会の拡大が主目的であり、軍の行動はそれを支援するためのものであろう。
(7) しかしそれでも中国の意図に関する疑念が晴れないのは、中国の海洋上の権利に関するスタンスに見られる矛盾である。北極圏における海洋上の権利や領域をめぐる問題について、北西航路について米国とカナダの論争が顕著であるように北極圏国家における立場は一致していない。この問題について中国は基本的に国連海洋法条約を守る立場を示しているが、他方、周知のとおり南シナ海についてはそうではない。この矛盾ゆえに、中国が北極圏においても南シナ海のような行動に出るかもしれないという西側諸国の疑惑が維持されるのである。現時点でその兆候はないが、北極圏における今後の動向は、中国が国際的ガバナンスにおける自国の役割と自国の戦略的関心をいかにバランスしていくかを占ううえで、非常に重要なものとなる。
記事参照:The Increasing Security Focus in China’s Arctic Policy

6月16日「敵対的グレーゾーン戦術にどう対処すべきか―米国防専門家論説」(The Hill.com, June 16, 2020)

 6月16日付の米政治専門紙The Hill電子版は、米シンクタンクHudson Instituteの上級研究員Seth Cropseyの“Can we keep our 'grey zone' edge over our enemies?”と題する論説を掲載し、ここでCropseyは近年「グレーゾーン戦術」の展開を強めつつある中国(およびロシアやイラン)に対してアメリカがどう対応すべきかについて要旨以下のように述べている。
(1) 今年2月10日、中国の戦闘機が非公式の中台間国境である台湾海峡の中間線を超えた。それ以来中国は台湾に対する攻勢を強め、台湾南岸に空母打撃群を展開したり、あるいは明らかに台湾の東沙諸島への上陸作戦を想定した海陸合同作戦の軍事演習を8月に行う計画を立てている。環球時報英語版など中国国営メディアは中国人民解放軍はこれら演習を実際の軍事行動へと転換しうるとして強気の姿勢を示した。
(2) 衝突には至らない姿勢の提示、限定的な挑発、法的な嫌がらせやサイバー攻撃などを総称して「グレーゾーン戦術」と呼ぶ。上述した台湾に対する行動もそのひとつと位置づけられるだろう。中国はこうした戦術によって米国と台湾の決意を試し、また自国の軍事力を日本やベトナムなど近隣のライバルへ見せつけているのである。
(3) こうしたグレーゾーン戦術は中国によるものだけではない。ロシアは2008年ジョージアで、2014年にはウクライナでいわゆる「ハイブリッド戦」を展開し、イランはその周辺地域で代理勢力を利用しているが、これらは一般的なグレーゾーン戦術である。いずれも大規模な紛争に至るものではない。しかし中国におけるそれは、太平洋の文脈においてきわめて危険な様相を呈している。
(4) 中国軍は数千の巡航・弾道ミサイルを配備している。もし米国が中国のグレーゾーン戦術に対して最も重要な攻撃部隊、すなわち空母打撃群を派遣し、軍事衝突という事態に突入した場合、それは中国のミサイル攻撃の格好の標的となるであろう。いかなる段階においても米国が同時に展開しうるのは4個空母打撃群のみである。米国は、中国の挑発に対して最も貴重な軍事資産を脅威に晒すのか、それとも同盟国に自分たちだけで乗り切らせるのか、選ばねばならない。
(5) 中国を含めた米国に対抗する反西洋的専制主義態勢のゆるやかな連合である「鉄の三角形」は、さまざまなグレーゾーン戦術を採用している。イランは石油禁輸の制裁逃れのためにトランスポンダーを取り外した石油タンカー(ダークシップ)を活用し、北朝鮮も経済制裁逃れのために中国海域で石炭の積み替え作業を行った。ロシアはシリアやウクライナで電子妨害技術を活用している。中国もまた、電子戦争システムを取り入れており、今後特にアジアでの敵対国による軍事演習の妨害を強める可能性がある。
(6) 米軍、特に海軍は中国による脅威への対処として、中国の最初の一撃を乗り切り、戦闘能力を大部分維持できるような分散した戦闘部隊の編成の必要性を強く認識するようになった。しかしその達成には数年の時間がかかるであろう。その間、現在の主力艦隊に統合可能な軍事行動能力を高めねばならない。それに最も有用な兵器は無人航空機(UAVs)である。
(7) たとえば中空域長期滞在無人機(MALE)や高空域長期滞在無人機(HALE)などは、低コストで同じ空域に長時間滞在できるよう設計されたものだ。グレーゾーン戦術に対応する兵器として、それは必ずしも有人航空機と同等の戦闘力を持つ必要がなく、それゆえその行動範囲は相対的に広いものとなる。これは特に諜報・監視・偵察・標的捕捉(ISRT)の分野で効果を発揮するだろう。米国はこの分野において有利を確立しており、それを有効に活用すべきである。
記事参照:Can we keep our 'grey zone' edge over our enemies?

6月16日「米中艦艇の異常接近は南シナ海における紛争のリスクを高める-香港紙報道」(South China Morning Post, 16 Jun, 2020)

 6月16日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“China-US close encounters ‘raise conflict risk in South China Sea’”と題する記事を掲載し、2018年10月に南シナ海において米中艦艇が衝突寸前の45mまで異常接近したが、2020年4月に同様の事件が発生し、米中艦艇が100mまで接近したとして、この種の事件は米中間の紛争に発展する危険があり、米中だけでなく全ての国の艦艇は「洋上で不慮の遭遇をした場合の行動基準」を実践すべきであるとして要旨以下のように報じている。
(1) 海洋戦略専門家によれば、米中の艦艇は南シナ海において至近距離で遭遇しており、米中は紛争の危険に向けて走りつつあり、そのような危機を管理する方策を見出さなければならない。中国軍の匿名の部内者は4月に米中両国艦艇が100mの近距離に接近したとして、この種の事案は両国の政治的信頼の欠如を示していると述べているが、具体的な艦名は明らかにしなかった。米空母セオドア・ルーズベルトとニミッツの乗組員が3月末にコロナウイルスに感染し、一方で人民解放軍海軍の空母「遼寧」と「山東」は影響を受けなかったため、北京とワシントンは南シナ海により多くの艦艇を派遣しようと競っている。
(2) 北京大学海洋戦略研究中心執行主任胡波は、2隻の空母におけるコロナウイルスの感染によって生じた「力の真空」の優位を中国が奪うのではないかと米国が懸念し、強襲揚陸艦アメリカを含む新たな艦船の展開を行ったとし、米中両国がおおむね専門家にふさわしい対応に踏みとどまり、4月の遭遇は抑制されたが、このような事象は誤算をもたらし、軍事紛争へ事態が発展する危険があると述べている。「この種の挑発的行動は部隊を現示し、力を誇示することを目的としており、全く世辞的必要性に突き動かされている。しかし、挑発的行動は事故につながる」とし、中国軍との間で小規模で「制御可能な」紛争を作り出すことを狙っている米軍の一派がいるに違いないと付け加えている。「しかし、戦争の結果をどのようにして予測し、制御できるのか?」として胡波は、米中両国はこのような事象を処理する効果的な危機管理メカニズムを見出さなければならないと言う。
(3) シンガポールThe Nanyang Technological UniversityのThe Institute of Defence and Strategic Studies研究員Collin Kohは、米中両国は何が起こったのかを示すために写真、レーダー・プロットを含めた記録を残すべきであるとし、「いかなる国の艦艇であってもこのような異常接近を試みることは、海軍軍人としてあるいは船乗りとして全くふさわしい行動ではない。中国側がなぜ異常接近を許可したのか」と述べている。元台湾海軍軍官学校教官呂禮詩は、米中双方にこのような事件を生起させた責任があるとし、「紛争を回避するため全ての海軍艦艇は、洋上で不慮の遭遇した場合の行動基準を実践しなければならない」とし、乗組士官は不慮の遭遇を起こさないよう訓練を受け、装備を与えられなければならないと付け加えている。さらに「艦艇が100m以内に接近するのは洋上給油や訓練の時だけであり、そのような危険な動きは、両者が故意に行った場合に起こるものである」と呂禮詩は指摘している。
記事参照:China-US close encounters ‘raise conflict risk in South China Sea’

6月17日「中国の造修能力が米国を上回る可能性―米専門誌報道」(Breaking Defense.com, June 17, 2020)

 6月17日付の米国防関連デジタル誌Breaking Defenseは、 “In War, Chinese Shipyards Could Outpace US in Replacing Losses; Marine Commandant”と題する記事を掲載し、米海兵隊司令官が自身の論文中で、戦時に中国の造修能力が米国を上回る可能性があり、海軍及び海兵隊の将来の計画を見直す必要があるとしているとして要旨以下のように報じている。
(1) 米海兵隊司令官David Berger大将は、「戦闘で失われた船を修理する能力が問題になってくる。我が国の造船産業基盤は縮小しているのに、中国は造船能力を増大させている。長期間の戦争では、米国は生産競争において敗北するだろう」とまもなく発簡される報告書に述べている。Berger大将は現在の海兵隊と海軍の水陸両用戦艦艇に関する計画を「時代遅れ」と考え、いかなる紛争でも中国が損傷した艦船を米国よりも速く修理し、損耗を補充できるのではないかと懸念している。22ページにわたる論文中で、彼は、敵の内陸の部隊から発射されるミサイルの脅威とは関係なく、自由に巨大な艦艇が敵国の沿岸に近接できるというような冷戦時の対立を想定した戦争計画に反対している。彼は、本誌が入手した計画案の文書の中の水陸両用戦艦艇の大きさや装備を「時代遅れの考えの最も明白な現れ」と呼んだ。未発表の報告書“Naval Campaigning: The 2020 Marine Corps Capstone Operating Concept”について、彼は空母や多くの水上艦艇からなる大艦隊や長距離精密兵器により島嶼、沿岸部、広大な海を支配できる高度な中国軍に対し、米海兵隊と米海軍が戦う方法についての新しい考え方を持つことの必要性を強調している。古い考え方は「現在の水陸両用戦艦艇や海上事前集積船隊のように、戦闘の効率よりも配備の効率のために建造されている」と彼は述べている。「これらのすばらしい艦船は非常に高価である。しかし我々は自分たちの希望する船舶を持ったことは一度もない」と述べた。彼はまた短期間の紛争であっても、戦闘による損耗を補充する米国の能力について重大な懸念を提起する。「戦闘で失われた艦船の補充に関し、我が国が造船産業の基盤を縮小した一方で、敵は造船能力を拡大した。これは大きな問題である。長期間にわたる紛争において、米国は生産競争に敗北し、我々が最後に敵と戦った第2次世界大戦での優位性は逆転させられるだろう」と述べている。
(2) 米海軍の造船所がCOVID-19による混乱の下で苦戦している。空母や潜水艦の造修作業を行うために1,600人以上の予備の人員を緊急に呼集し、できるだけ早く海上に復帰させるための必死の努力が行われている。厳しい入場制限も行われている。Berger司令官は、世界中に海兵隊員を輸送するために高価で比較的速度の遅い水陸両用戦艦艇を建造している海軍を非難しないように注意を払っている。「これらの問題は、海兵隊が要求した水陸両用戦艦艇と海上事前集積船隊を含む艦隊を建造したパートナーである海軍への批判と解釈してほしくない。かつては、それが適切だった。しかし、そのような時代は終わった。現在は、中国とロシアのミサイルの射程内で運用でき、現在の揚陸艦艦隊よりも、より多くのより小さなターゲットを敵に与えると同時に強力な攻撃を行うことのできる小型の水陸両用戦艦艇を保有したいと考えている。しかし、これらの小型艦艇が大型艦艇に置き換えられることはないだろう。彼らは海軍の予算と限られた造船会社の両方のために新たな問題を考えてくるであろう」とBergerは述べている。
(3) ここ数週間、海軍は造船会社と会議を持ち、敵の精密誘導兵器の脅威下で行動し、海兵隊員を支援する新しいクラスの支援艦の計画について話した。次世代の中型支援艦は海上の艦艇だけでなく、陸上の小規模な臨時基地に対しても補給支援する。その艦艇は、Berger司令官が新しい海兵隊沿海域連隊を立ち上げるために作った計画に適合する。海兵隊と海軍は、現在の水陸両用戦艦艇よりもはるかに小さい軽水陸両用戦艦艇を今後数年間で30隻購入しようとしている。計画案にはこれらの詳細は含んでいない。しかし、彼はすでに以前の声明や文書で大型水陸両用戦艦が将来果たす役割を見直している。M1エイブラムス戦車を搭載武器から外すこと、砲兵部隊とヘリコプター飛行隊の削減、F-35が将来の運用で果たす役割の再評価などについて言及している。しかし、海軍は新しい能力を開発しながら、現在の能力(艦船の種類)を維持しなければならないので、コストが削減されないと思われるとThe Heritage FoundationのDakota Woodは言う。これらの海軍の計画のすべてに重大な欠点は一貫した大きな戦略がないことである。2020年2月の議会に出された今後30年間にわたる建艦計画は、引き続き審議中である。重要な海軍の兵力組成見直しは2020年初めに米国防長官Mark Esperによって却下された。現在、米国防副長官David Norquistによって検討されている兵力組成見直しは、2020年の秋に答えが出ると予想される。
(4) 米海軍の計画はこのように流動的な状態にあるので、米海軍Warfighting Development officeのStuart Munsch海軍中将は、2020年6月初めに記者との電話で、中国の注目を集めてしまうので中間報告書を提出することをやめたと述べている。David Berger司令官は海兵隊が将来有効に機能できるように文書や戦略を作成し続けているが、彼が必要とするものの多くを提供できる海軍は、まだ計画を検討している段階にある。
記事参照:In War, Chinese Shipyards Could Outpace US in Replacing Losses; Marine Commandant

6月18日「北極圏におけるロシアによる脅威の誇張―米専門家論説」(Arctic Today, June 18, 2020)

 6月18日付の環北極メディア協力組織Arctic Todayのウエブサイトは、University of Southern Californiaの教授Robert D. Englishの“Why an Arctic arms race would be a mistake”と題する論説を掲載し、ここでEnglishは米Trump政権が北極圏におけるロシアの武力の脅威を煽りすぎているとして要旨以下のように論じている。
(1) 米国の国防タカ派は、北極圏におけるロシアのいわゆる「軍事化」と「支配」について、10年以上にわたって警鐘を鳴らしてきた。さらに最近では、中国が極北における西側の重要な経済的・戦略的利益を脅かしているとされる「侵略者」のリストに加わっている。Obama政権は、「実践的な経験のないアナリスト」「防衛関連企業」「特定の政治的利害関係者」などが入り交じった、北極圏での大規模な増強を求める声に抵抗してきたが、特筆すべきは米海軍がこの一団に加わっていないことである。老朽化した船団を強化するために新しい大型の砕氷船が必要であることは誰も否定しないが、それは沿岸警備隊の任務のためのものであって、北極圏のタカ派によって誇大に宣伝されている遠隔地での戦闘シナリオのためのものではない。そして、最近の一連の挑発的な言動によって、米国の北極政策は突然好戦的な方向に転じた。
(2) これは、米国が歴史的に繰り返してきた、誇張と無知による「脅威のインフレ」による過ちであり、非常に不安定な地域において費用が掛かる危険な対立につながりかねないだけでなく、その全体の前提が間違っている。かつての極北における超大国のライバルであったロシアの北極圏でのプレゼンスは、冷戦後に崩壊し、米国とNATOの同盟国が軍事的に優位になった。ロシアがライバル関係から後退し、他の地域の国々と一緒に北極評議会に参加することは、環境保護や捜索救難から、商業海運や漁業の分野までの協力を促進するグローバル・ガバナンスを共有するモデルとなった。重要なことは、北極評議会の加盟国は10年以上前に、あらゆる領土問題を国連海洋法条約の枠組みで解決することで合意しており、その合意を几帳面に守ってきたことである。ロシアが北極の海底やその他の北極圏の領土を奪う恐れがある、又は、北極評議会で投票権のないオブザーバーの中国が、いわゆる 「氷上シルクロード」(Polar Silk Road)を通じて、地域国家の独立性を損なう恐れがあるというのは単なる誤りである。
(3) ロシアが1990年代において、その北方の軍事的プレゼンスが崩壊した後に行ったことは、本質的に防御的な性格の新しい安全保障インフラに投資したことである。NATOの攻撃的優位性と、ロシアが経済的な生存のために北極圏の石油、鉱物及び海運ルートに依存していることを考えると、それは理にかなっている。これに関して、中国は世界的な極地の研究機関の設立に参加し、地域資源プロジェクトに数十億ドルを投資し、そして、ロシアの北極海航路に強い関心を示している。中国がヨーロッパ・アジア間の貿易に依存していることを考えると、それは理にかなっている。北京の北極圏でのプレゼンスは、合法的かつ限定的である。
(4) その北極圏の軍事的プレゼンスを再構築するために10年以上の投資を行ってきたが、ロシアはまだ1980年代の水準には戻っていない。同様に、ロシアの北極圏の航空戦力は、NATOのそれと比較して遥かに劣っており、本格的な戦力投射に必要な航続距離(空中給油資産が最小限であるため)と精巧さ(ロシアはまだ真の第5世代の「ステルス」航空機を配備していない)の両方を欠いている。それらは主に、20年前と同じように遠く離れた飛行場から飛んでいる。なぜなら、ロシアが大々的に宣伝している「新しい北極圏の基地」は小さすぎて、単独の戦闘飛行隊、ましてや完全な航空団を収容するにはインフラが不足している。それらが支援できるものは対空・対艦防御用のミサイル砲台である。
(5) 言い換えれば、モスクワは戦力投射能力が著しく制限されており、自国の海岸を守るために戦力を構成している。よくいわれる「砕氷船のギャップ」については、ロシアの砕氷船の大船団は、危険な極域の海を通過する商業船の護衛に専念している。それ以外の任務としては、捜索救難、密輸防止、原油流出対応、遠隔地の沿岸地域や極地の研究施設への補給といった米沿岸警備隊と同じ任務を遂行している。
(6) しかし、ロシアの「北極圏侵略」という誤った物語の喧伝をTrump政権は止めてはいない。米国はロシアのいくつかの領海に対する主権の主張をUNCLOSが許容する範囲を超えているとして拒否しており、Trump政権当局者たちはその拒否を力強く示すために、さらに出しゃばった「航行の自由」作戦を指示してきた。しかし、米国がカナダの北極海における同様の主張に積極的に異議を唱えていないこと、そして、米国自身がUNCLOSを批准したことがないことを指摘せずにはいられない。軍事的な解決ではなく、むしろ外交的解決の方が第一歩として良い可能性がある。恐らくロシアの北極圏における米国の武力の誇示に対する最も有力な議論は、それらが不必要かつ危険なまでに挑発的であるということである。
記事参照:Why an Arctic arms race would be a mistake

6月19日「2021年の米中デタント到来?:COVID-19のもたらす影響-中国専門家論説」(The Diplomat.com, June 19, 2020)

 6月19日付のデジタル誌The Diplomatは、中国暨南大学国際関係学教授・陳定定の“Why a US-China Détente Is Coming in 2021: The COVID-19 Factor and the Turn Inward”と題する論説を掲載し、ここで陳はCOVID-19のパンデミック下で米中関係悪化ということが指摘されるのは一面的な見方であるとして、米中関係は長期に亘り競争関係と協力関係の周期的な変動の下に推移していくだろうとして要旨以下のように述べている。
なお、本記事はThe Diplomat誌が連載した“Why a US-China Détente Is Coming in 2021”と題する3本の特集記事の1編であり、他2編の特集記事はその概要を末尾に添付した。
(1) COVID-19のパンデミック下、主要各国の主たる課題は破壊された経済の回復である。 これには失業問題の解決、第三次産業の活性化、サプライチェーンの回復などが含まれる。経済問題に加えて、欧州連合を中心とする米国の伝統的同盟国やパートナー諸国では2020年から2021年にかけて国内の政治的変革に直面するだろう。たとえば、イタリアやオーストリアなど多くの欧州連合加盟国ではポピュリスト政党と既存政党との政治的対立を生じている。こうした状況は各国の政策の一貫性、継続性の維持を困難にしている。したがって、米国に限らず世界の主要諸国は国内の政治的緊張を緩和し、パンデミック後の国民経済の活性化に取り組まなければならない。ますます深刻化する気候変動の問題に対処する必要もある。外交面では国家間の紛争リスクを低減し、国内問題に焦点を当てることはほとんどの国が取るべき選択肢であり、それが国民の利益にも合致するだろう。こうした背景の下、米国が中国の封じ込めを望んだとしても、参加を厭わないパートナー国を見つけることは困難であり、中国の封じ込めのために国際的な統一戦線を構築することはさらに困難と言えるであろう。
(2) 2017年の米国家安全保障戦略報告では、中国は「戦略的競争相手」、「修正主義国家」、「抑圧を必要とする体制」と定義されている。ホワイトハウスは2020年5月、16ページの対中国戦略報告を発表したが、これは2017年の国家安全保障戦略報告と比較してそれほど目新しいものではなく、中国をより深刻な脅威と定義することも、中国に対する緩和姿勢を強調することもなかった。これは2018年から2020年にかけての米国の対中政策が根本的な変化をもたらしていない証左でもある。一方で、米国は中国との経済的なデカップリングを達成できていないが、封じ込めの試みも断念してはいない。したがって今後数年間、米中間の摩擦は継続するであろうが全面的対立にも至らないであろう。米国は国内の経済への影響という潜在的懸念のため、中国をあまりにも強く抑制することには慎重になるだろう。
(3) 要するに米中間の競争と協力関係は継続し、両者は今後とも長期にわたり共存することになるだろう。その主な理由の一つは、両国が包括的な国力では同等のレベルに達していないからである。中国は経済力、技術力、軍事力、教育、金融、更には世界的な政治力の点で、米国に対抗するには少なくとも後10年は必要である。同時に米国は一国主義とCOVID-19の影響下にあり、中国に対し国際的な統一戦線を結集させる力をもっていない。過去2年間の貿易戦争は具体的な成果を挙げておらず、米国は単独で中国を封じ込め、粉砕することはできない。したがって、将来にわたって米中対立は行き詰まった状況になり、景気変動と同様に一定の範囲で変動することになる。物事は時には緊張し、時には穏やかになるのである。
(4) この「2021年の米中デタント到来?」のシリーズで概説されている要因に基づき、我々は慎重かつ楽観的に今年の米大統領選挙後のデタント期間の可能性を考えるべきである。 このことはパンデミックの影響を受けた経済的、政治的秩序の回復と強化のため両国指導者の利益とも一致するものであり、そうした周期的な変動は、米中関係の将来における常態となる可能性が高いのである。
記事参照:Why a US-China Détente Is Coming in 2021: The COVID-19 Factor and the Turn Inward

(関連記事1)
(6月19日)「2021年の米中デタント到来?:Trump政権の対中政策の陥穽-中国専門家論説」(The Diplomat.com, June 19, 2020)

 6月19日付のデジタル誌The Diplomatの特集記事「2021年の米中デタント到来?」において陳定定は“Why a US-China Détente Is Coming in 2021: The Failure of Trump’s Policy”と題する論説も掲載しており、ここで陳は中国の台頭を抑制しようとするTrump政権の政策は中国の経済力を考慮すれば現実的ではないと論じている。

(関連記事2)
(6月19日)「2021年の米中デタント到来?:Trump政権の対中政策の陥穽-中国専門家論説」(The Diplomat.com, June 19, 2020)

 6月19日付のデジタル誌The Diplomatの特集記事「2021年の米中デタント到来?」において陳定定は“Why a US-China Détente Is Coming in 2021: The Biden Factor” と題する論説も掲載しており、ここで陳は今年の米大統領選の民主党候補Joseph Bidenの対中政策はTrump大統領よりも現実的でありBiden政権が誕生した場合は米中関係が改善される可能性もあると論じている。

6月20日「中国の台湾に対するグレーゾーン戦術―香港紙報道」(South China Morning Post.com, June 20, 2020)

 6月20日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“Beijing steps up presence in ‘military grey zones’ to pressure Taiwan”と題する記事を掲載し、近年の中国による台湾へのグレーゾーン戦術について要旨以下のように報じている。
(1) 中国本土からの軍用機が、4日連続となる6月17日、台湾が自分たちの領空とみなしている空域に侵入したため、台湾空軍は警告のために戦闘機を緊急発進させた。中国軍の戦闘機によるこのような侵入は、この2週間以内に6回目であった。6月には台湾海峡の台湾によって管理されている澎湖島付近を中国本土からの浚渫船が航行し、砂を掘り返し始め、台湾の沿岸警備隊がこの船を阻止するために向った。台湾の沿岸警備隊によると、この浚渫船は1月以降、台湾が管理している海域で操業している約1200隻の本土の船舶のうちの1隻に過ぎない。このような飛行や浚渫は、通常の戦闘を行わずに台湾を威嚇し、その防衛を疲弊させるための評論家のいうところの「グレーゾーン」戦術の強化を目的とするものである。
(2) 軍事アナリストたちは、この戦略は台湾への支援を強化しているワシントンへの警告でもあると述べている。北京は、台湾に武器を供給したり、台湾と協力関係を構築したりすることに対して、繰り返しワシントンに警告を発してきた。
(3) 独立派の台湾基進党の陳柏惟議員は、2014年以降中国本土の船が台湾堆で違法に航行していたと述べた。5月の立法議会で軍関係者に質問した際、陳は「浚渫を継続することで、将来的には中国軍の潜水艦が我が軍を待ち伏せするのに十分な広さの場所を掘るなど、安全保障上の問題が生じるのではないだろうか」と述べた。当局者たちは、それを達成するのには何年もかかるので、それはむしろ可能性が低いだろうと述べたが、彼らはこの活動の背後にある政治的又は軍事的動機を排除することができなかった。
(4) 台北の淡江大学国際事務関係与戦略研究所助理教授の黃介正は、中国軍の台湾への飛行は、本土の軍隊にとって多くの利益があると述べた。
a. 「第1に、何十年にもわたって双方の間で交わされてきた暗黙の了解を『無視』した『既成事実』ではないにせよ、彼らは『パターン』と『新しい常態』を作り出した」と黄は述べ、双方が台湾海峡の中央線を越えることを避けるという了解事項に言及した。
b. 「第2に、これは・・・台湾の一般市民をターゲットにした(パニックを引き起こす)心理作戦と見ることができる」。
c. 彼は、この過程で中国軍は台湾の防空要員を疲弊させ、この島の防衛システムからのデータ信号をテストして収集していると述べた。
d. 最後に、「これは、中国軍が台湾とフィリピン、南シナ海と台湾海峡の間の水文を収集し、より良く理解するのに役立つ」
と黄は述べた。
(5) 台湾政府が資金を提供している國防安全研究院の研究者である 鍾志東は、5 月 14 日から 2 ヶ月半に及ぶ渤海湾での軍事演習や、8 月に台湾が支配する東沙諸島付近での水陸両用戦訓練の計画が発表された際にも、同様の戦略がとられていたと述べた。
(6) 鍾の同僚である黃恩浩と洪銘德は、中国本土はまた、武装漁船を使ってその権益を守る一方で、標的とされた相手の軍事的な対応を阻止していると指摘した。6月5日に発表された報告書の中で、黃と洪は、本土の海洋民兵は、この地域の他国の船舶に嫌がらせや攻撃を行っており、台湾はこの脅威に対抗するための措置を取らなければならないと述べた。
記事参照:Beijing steps up presence in ‘military grey zones’ to pressure Taiwan

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) Amid COVID-19, the US Needs to Rethink Its Approach to Host Nation Support Talks
https://thediplomat.com/2020/06/amid-covid-19-the-us-needs-to-rethink-its-approach-to-host-nation-support-talks/
The Dipolomat.com, June 12, 2020
Jeffrey W. Hornung, a political scientist at the RAND Corporation
Scott W. Harold, a senior political scientist at the RAND Corporation
6月12日、米シンクタンクRAND Corporationの政治学者Jeffrey W. Hornungと同シンクタンク上席政治学者Scott W. Haroldは、デジタル誌The Diplomatに" Amid COVID-19, the US Needs to Rethink Its Approach to Host Nation Support Talks "と題する論説を発表した。ここで両名は、COVID 19(新型コロナウイルス感染症)をめぐり混乱する世界情勢の中で、米国はここ数か月間、在韓米軍の駐留経費負担を規定する 「防衛費分担特別協定」(以下、SMAと言う)の交渉を韓国と進めているが、類似の交渉が今後同盟国の日本との間にも控えていると述べた上で、この病気がパンデミック後の世界における勢力均衡を再構築する可能性を秘めていることは明らかであり、米国と同盟国とのSMA交渉は、インド太平洋の安全保障の将来とその中で米国が果たす役割を決定する上で大きな役割を果たすであろうと指摘し、パンデミックが続く中で、日本と韓国が深刻な不況に直面しているときに、大幅な負担増を求めても米国の利益にはならないと結論づけている。
 
(2) Exploring China’s Unmanned Ocean Network
https://amti.csis.org/exploring-chinas-unmanned-ocean-network/
Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, June 16, 2020
6月16日、米シンクタンクCSISのウエブサイトAsia Maritime Transparency Initiativeは、“Exploring China’s Unmanned Ocean Network”と題する記事を掲載した。その中で、①中国は、国有企業の中国電子科技集団(CETC)が開発したセンサーと通信機能のネットワークである「藍海信息網絡」(Blue Ocean Information Network)の一部を、南シナ海北部に展開した、②中電科海洋信息技術研究院(CETC Ocean Information Technology Research Institute)が藍海信息網絡の「データ処理センター」であり、これは海南省陵水の清水湾工業団地(Clearwater Bay Industrial Park)内にあるといわれている、③中国の藍海信息網絡の浮体式・固定式基盤(floating and fixed platform)やその他の構成要素には、軍事的な有用性や紛争海域への配備によって近隣諸国の反発を招く可能性などの懸念がある、④CETCの関係者によると、将来の藍海信息網絡の目標として2025年に「中国管轄の重要な海域」での藍海信息網絡の構築を完了、2035年 に中国の「21世紀海上シルクロード」の建設を支援する「一帯一路」海洋ネットワークを構築、2050年「海洋極域情報ネットワーク」(oceanic polar information network)への構築を拡大し、「世界海洋情報産業」(global ocean information industry)の発展を主導するというものである、⑤南シナ海の藍海信息網絡実証システムは、中国が海洋大国になるという目標を達成するために情報技術を利用した、この種のプロジェクトの中で最も目に見えて野心的なものである、といった主張が述べられている。
 
(3) How to Prevent a War in Asia
https://www.foreignaffairs.com/articles/united-states/2020-06-18/how-prevent-war-asia
Foreign Affairs.com, June 18, 2020
Michèle A. Flournoy, Co-Founder and Managing Partner of WestExec Advisors. From 2009 to 2012, she served as U.S. Undersecretary of Defense for Policy.
6月18日、米戦略コンサルタント会社WestExec Advisorsの共同設立者でありManaging Partner であるMichèle A. Flournoyは、米外交問題専門誌Foreign Affairsに、" How to Prevent a War in Asia "と題する論説を発表した。ここでFlournoyは、新型コロナウイルス感染症のパンデミックの後に続く世界情勢の不透明さの中で一つ確かなことがあるが、それは米国と中国の間の緊張がコロナウイルスが発生する前よりもさらに激しくなるということだと話題を切り出し、残念なことに「中国の強硬姿勢と軍事力の増大」と「米国の抑止力の弱体化」という昨今顕在化した危険な組み合わせのおかげで、アジア地域における戦争発生のリスクは数十年前よりも高くなり増大していると評した上で、そのリスクを低減させるべく、米国は中国によるグレーゾーンの強制やあからさまな嫌がらせから同盟国・友好国を守ることを言葉と行動で示す必要があるのと同時に、持続的な形での中国とのハイレベルな戦略対話を再開しなければならないと主張している。