海洋安全保障情報旬報 2020年5月11日-5月20日

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5月11日「中国、台湾侵攻に依然慎重―元米国防総省中台専門家論説」(Foreign Policy, May 11, 2020)

 5月11日付の米ニュース誌Foreign Policyのウエブサイトは、元米国防総省対中国、対台湾、対モンゴル2国間関係の責任者で現在はNational University of SingaporeのLee Kuan Yew School of Public Policy上席客員研究員Drew Thompsonの“China Is Still Wary of Invading Taiwan”と題する論説を掲載し、ここでThompsonは中国国内のタカ派が軍事力をもって台湾を回収すべきと声高に主張しているが、中国国内の政治情勢、中米関係、台湾社会の意識と国防の備え、Covid-19の世界経済、中国経済および社会への影響等を考慮すると人民解放軍が台湾海峡を渡って台湾へ侵攻する機会は依然小さいとして要旨以下のように述べている。
(1) 米中関係はこれまでで最悪である。コロナウイルスの世界的感染爆発の責任を負う者を見つけ出すと決めたTrump政権と陰謀論を押しつける中国の攻撃的な外交官との間の舌戦が緊張を悪化させ、武漢への大量の装置や抗ウイルス薬の寄付、主要米都市への個人防護品の中国からの輸出を含む前回の感染爆発時の協力に影を投げかけている。米中間の通商衝突、最悪の外交関係、感染拡大と戦う米国を政治的に分断することは、習近平が「中国の夢」の決定的な要素を達成し、人民解放軍に台湾を中華人民共和国に統一するよう要求する好機かもしれない。しかし、強硬論者の言説にもかかわらず、台湾を制圧するために中国軍が台湾海峡を横断する機会は依然、小さいままである。
(2) 台湾に向けられた中国の脅威は軍事力の誇示を越えている。1月15日、中国の台湾事務弁公室報道官は「軍事力による再統一」の要求が中国本土では高まっているとしており、4月15日には台湾事務弁公室は台湾に対する軍事攻撃の引き金となる長年にわたる事例を明確にした文書を発出した。この好戦的な姿勢が懸念される。習近平の中国の夢という壮大な構想、彼自身の歴史上での立ち位置は中国の偉大な皇帝たちに匹敵する中国サイズの達成を求めていると示唆してきている。一帯一路構想の債務主導の外交と、半分しか完成していない計画のやっかいな遺物は習近平の帝国の遺産として十分に真価を発揮していない。
(3) しかし、台湾は中国の計画に従っていない。台湾における全ての潮流は政治的にも社会的にも経済的にも中国本土から離れる方向を示している。台湾は自らの自由意志で中国との統一はしないであろう。
(4) 20年にわたる軍事力の建設は習近平に政治的問題解決の軍事的選択肢を与えた。これは前任者達が持つことがなかったことである。かつて不可能だったことが今では論理的には可能である。コロナウイルスが誤算の危険性を高めている。米国は弱体であり内向き過ぎているため、西太平洋における紛争に対処できないと認識することはあり得る。特に中国はコロナウイルスとの戦いに勝利しており、米国は失敗続きだからである。空母「セオドア・ルーズベルト」における感染、グアム配備のB-52の本土への後退決定は、中国をして米国の即応体制が最低になった判断させるかもしれない。その実際を確認することは困難であるが人民解放軍ではCOVID-19患者は1名も報告されていない。
(5) 大衆の祝勝気分にも、中国は台湾侵攻を発動する準備ができているというにはほど遠い。中国指導層は中国共産党が権力を維持する能力に自信があるわけではなく、妄想に取り付かれ、彼らが直面している国内的、対外的両面での脅威と危険を強調している。中国国家安全部外郭シンクタンク中国現代国際関係研究院は内部文書で共産党員に米国との軍事紛争に備えるよう提言したと報じられており、COVID-19の世界的感染爆発後の世界的な反中感情は1989年以来見られなかったレベルにまで高まっている。国内的、対外的両面の脅威に直面する中で台湾との戦争を発動することは想像できる限りで最大のリスクである。これらのリスクにかかわらず、台湾への侵攻はたやすいことではないだろう。台湾は、人民解放軍の兵力投射能力に対抗する力に資本投下をするよう計画された非対称戦略を採用し、過去10年以上にわたってその国防力向上と再編を行ってきている。Trump大統領の予測不可能性と彼の政権の揺るがない台湾支援は、習近平が米国は台湾防衛に駆けつける対価を耐える意思はないと言う中国タカ派を信じることはできなくするだろう。中国から着実に離れつつある日本もまた台湾で不測の事態が発生したときに局外にあるかどうかは疑わしい。
(6) さらに大きな要因はCovid-19の世界的感染爆発が世界経済に及ぼす影響であり、中国経済の低下が長期的なのか一過性なのか、そしてそれが引き続く高い失業率、大衆の不満、国内の不安を引き起こしているという国内問題に北京の指導部の目下の関心が向けられている。世界経済の不確実性、投資と貿易の潮流の変化、高い政府債務の対GDP比は潜在的に北京が費用のかかる戦争を始めることに反対している。
記事参照:China Is Still Wary of Invading Taiwan

5月13日「北京、フランスに対し台湾への武器売却を破棄するよう要求-香港紙報道」(South China Morning Post, 13 May, 2020)

 5月13日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、台湾が保有するフリゲートの性能向上のため購入予定のミサイル妨害システム関連装備品の売却を破棄するようフランスに要求したとして要旨以下のように報じている。
(1) 中国がフランスに対し、台湾との取引は北京とパリの外交関係を傷つけるものと警告し、台湾との武器契約の破棄を要求した。「我々は台湾への武器売却や軍事的あるいは安全保障上の交流に反対する立場であり、この姿勢は一貫したおり、明確である。中国はフランスに対し重大な懸念を表明する。我々は今一度フランスが一つの中国の原則を守り、台湾への武器売却の計画を破棄し、中仏関係を損なわないことを要求する」と中国外交部報道官趙立堅は言う。
(2) 台湾国防部によれば、台湾は約30年前に購入した6隻のラファイエット級フリゲートのミサイル妨害システムの性能向上を計画している。台湾国防部は、Dagaie Mk 2デコイ発射装置の性能向上キットとデコイ弾をフランスから購入するため2,780万ドルを確保していた。
(3) 北京の計画された売却に対する抗議は、台湾の国際的な空間を封じ込めようとする中国の最近の動きの1つである。北京は台湾と他国との軍事上の関係にも抗議してきた。1991年にフランスがフリゲート6隻を28億ドルで売却したときには、パリと北京の外交関係は凍結された。独立志向の民進党から蔡英文が2016年に台湾総統に選出されて以来、北京は台湾との公的交流を停止し、台湾周辺で演習を展開し、台湾と外交関係のあった7カ国を奪い取って台湾を締め上げようとしてきた。北京は中国と台湾が70年以上にわたって別々に支配されてきたにもかかわらず、台湾は必要があれば軍事力を行使しても再統一する裏切り者の省と考えている。
記事参照:Beijing urges France to cancel contract to sell arms to Taiwan

5月14日「COVID-19はQuadが動き出すための圧力と機会を提供―印専門家論説」(Vivekananda International Foundation, May 14, 2020)

 5月14日付の印シンクタンクVivekananda International Foundation (VIF)のウエブサイトは同所研究員Aayush Mohantyの“COVID-19 Opens up Pressures and Opportunities for Quad”と題する論説を掲載し、ここでMohantyはCOVID-19から比較的早期に回復した中国が南シナ海及びインド洋で強権的行動を取りつつある中、日米豪印4カ国安全保障対話(以下、Quadと言う)は結束を強めこれに対応していく必要があり、特にインドは中国との複雑な関係はあるものの、他のQuad諸国との外交的な連携を強化していく必要があるとして要旨以下のように述べている。
(1) 印政府が3月25日からロックダウンを開始する直前、外相はインド太平洋諸国当局者との電話会談を実施し、COVID-19対応について協議した。これにはQuad構成国の米豪日のほか韓国、ニュージーランド、ベトナムも参加した。このような取り組みはグループ拡大という考え方に道を開き、また、将来的にはグローバルな伝統的、非伝統的安全保障上の脅威について議論する契機になるかもしれない。しかしCOVID-19がもたらした危機は、中国に起因する種々の問題が顕在化する一方でQuad構成国にも悪影響を及ぼしている。
(2) インドの外交官で著名な研究者であるK.M Pannikarは、インドの発展、成長と政治はインド洋の自由に依存していると説いているが、まさに印政府がロックダウンを宣言する直前、中国がインド洋地域(以下、IORと言う)に海洋調査船と深海底採掘などの商業目的の調査用ドローンを展開したという報道があった。また、北京は自国が権利を主張している南シナ海の島嶼付近で米中の艦艇の対峙により対立が激化しているとも主張している。COVID-19が本土では緩和されたこともあって北京は係争地域である南シナ海と台湾で積極的な行動に出ており、彼らが「航行の自由」作戦の一環とみなしている東シナ海における米空軍航空機の飛行に対抗し台湾周辺海域での哨戒飛行なども実施しているのである。
(3) 他人に囲まれ、騙されないように警戒することは「中国百年マラソン」(抄訳者注:中国の長期的な覇権主義志向を指す用語)の9大原則の1つで、中国の不安感を象徴するものである。これは囲碁からの類推で、ゲームに勝つには相手に取り囲まれないようにすることが肝要ということである。最初にQuadの動きがあった2007年、中国はニューデリーとキャンベラに干渉し、また、2017年の復活以来のQuadへの一貫して批判をしているが、これはそのような戦国時代以来の歴史感に根ざしたものである。中国の戦略家たちはQuadをライバル国が中国を取り囲むものと見なしているのである。
(4) 中国はCOVID-19から比較的早期に回復したことで自らが包囲網とみなしているQuadを打破する機会を得たと考えているのかもしれない。日中関係ではパンデミックが変化をもたらし、日本政府は中国からの企業移転を推進することとなった。米中間では前述の軍事的対峙が米国のCOVID-19対応を非難する声明中で使用されている。また、オーストラリアがCOVID-19の起源の調査を求めていることに対して中国は輸入削減という脅しをかけている。そして中国はインドの産業振興制度を差別的な慣行であると非難している。しかし、中国にとって最大の恐怖は敵対者に取り囲まれることであり、その不安を悪化させ、無謀な行動を取らせないよう、Quad諸国が採るべき道はCOVID-19関連の説明責任を果たし、IORにおける挑発的行動を抑制するよう働きかけ続けることである。中国共産党は2021年に100周年を迎えることとなっており、あるいはこれへの影響を考慮して中国が退くこともあるかもしれない。Quad構成国はいずれも自由民主主義国家であり、国際政治における民主主義の平和は法の支配の理論に基づくものでなければならない。
(5) 印軍は4月の最終週にCOVID-19の状況に鑑み、すべての装備調達を中止することとなった。このパンデミックはインドの軍事近代化プログラムに深刻な影響を及ぼすだろう。日本の海上自衛隊も、防衛大臣によれば唯一の海外基地であるジブチからの撤退の可能性を除外していないという(編集注:そのような報道が一部でなされたが実際の河野大臣発言では「撤収は考えていない」と明言されている)。また、中東ではオーストラリアの駐在員5名がCOVID-19に感染している。そして米国は、他のQuad諸国と比較しても多数の現役軍人、軍需産業関係者及び家族がCOVID-19に感染しており複雑な立場にある。このパンデミックはTrump政権が中国との「戦略的競争」と呼んでいる施策に直接従事している米軍に追加された課題である。
(6) Quadの再構築は中国には封じ込めメカニズムとして認識されている。しかし、Quadは軍事同盟ではない。そのメンバーの3ケ国、米国と日豪はそれぞれ正式な同盟国であるが、インドはそうではない。今後、IORにおける中国の軍事作戦、基地建設その他のプレゼンス拡大の傾向にも鑑みれば、インドはマラバールなど共同演習の拡大、防衛装備品や情報面での協力も含む他の3カ国との安全保障協力強化を模索していると見ることができるだろう。
前述したIORへの海洋調査船及び水中ドローンの展開や、台湾海峡を通過する空母「遼寧」部隊の展開など、南シナ海におけるパンデミックに乗じての中国の行動は、高まりつつあり米中の緊張関係をさらに悪化させている。将来のQuadメンバー国は中国の拡張主義、修正主義に対応するために、軍、特に海軍の相互運用性を検討する必要があるかもしれない。
(7) 中国との複雑な関係はあるものの、インドが中国の戦略的修正主義に対応するには他のQuad諸国との外交的な連携を強化する必要がある。ただし、COVID-19による日常生活や国内経済への影響は中国を中心としたサプライチェーンの見直し、地域的な経済回復支援、中国の軍事的野心を抑制するための協力の拡大など、この枠組みに幾つかの新たな課題が追加されることになるだろう。Quad構成国には伝統的安全保障上の脅威への対応を超えた役割も期待されているのである。COVID-19は多国間主義とグローバリズムに圧力をかけているが、Quadと関係諸国はパンデミック後の国際社会において重要な役割を果たすことになるだろう。もっとも現時点ではQuadはインド太平洋地域の諸課題に効果的に対処し得る協力枠組みにするには、まだ十分制度化されていない。
記事参照:COVID-19 Opens up Pressures and Opportunities for Quad

5月14日「北極圏に関する中国以外のアジアの関係国の検討(パート2:日本)―ロシア専門家論説」(Eurasia Daily Monitor, The Jamestown Foundation, May 14, 2020)

 5月14日付の米The Jamestown Foundationのデジタル誌Eurasia Daily Monitorは同所研究員でありGulf State AnalyticsのアドバイザーSergy Sukhankinの “Looking Beyond China: Asian Actors in the Russian Arctic(Part 2)”と題する論説を掲載し、ここでSukhankin は北極圏に関して中国以外のアジアの関係国としてインドの次に日本をあげ、日本にとっての最大の問題は北東航路の実現であるが、その実現には現在多くの困難に直面しているとして要旨以下のように述べている。
(1) 中国は北極圏でない国の中で最も活発なプレーヤーであり続けているが、インド(パート1、5月7日付けの記事参照(抄訳あり))や世界第3位の経済力を持つ日本などの他のアジアの国がこの地域で目に見える役割を果たすようになっている。2020年の初め、北海道二十一世紀総合研究所所長である中村栄作は、日本はロシアとの協力を強化することによって北極圏での存在感を高める必要があると述べている。具体的には、それは北海道とカムチャッカ半島との間の強力な地方レベルの関係を構築することによって達成できると指摘している。それが成功した場合、この方針により2020年は「(日本が)北極圏に進路をとった最初の年」となる可能性がある。確かに過去10年間​​、北極圏の諸課題は日本の積極的な参加によって進められてきた。 2013年、日本は北極評議会(AC)で常任オブザーバーという地位を付与された。2015年に日本は、北極圏の持続可能な開発において主導的な役割を果たすことを目指す日本の目的を明確に示した政策文書を発表した。日本の「我が国の北極政策」は、科学技術の可能性を利用し、日本を北極圏ではない大国にするという日本の決意を明確に示している。しかし、それは北極圏諸国、特にロシアとの緊密な協力なしには達成できない。日本の北極圏への関心はロシアと事実上切り離せないものであり、次の4つの主要な柱を前提としている。
(2) 日本にとって重要な第一の問題は、ベーリング海峡を横断する北東航路(以下、NEPと言う)を経由して東アジアとヨーロッパの間で商品と製品の高速で安価で安全な輸送が実現しつつあることである。そしてさらに重要なことはロシアの北極沿岸である北極海航路(NSR)として知られるロシア政府の支配下を航行することである。日本の推定によると、NEPは最終的にはEU向けの日本の貨物の最大40%を確保できるとしている。 2019年後半、日本は最初に苫小牧市と国後島をカムチャッカに拠点を置くロシアの港湾と結び、日本をNEPに直接結びつけるという考えを浮上させた。日本とロシアとの協力の必要性を導く第二の要因は、エネルギー安全保障とエネルギー供給ルートの多様化であり、2012年の福島原発事故後に日本国内で特に賛同を獲得した問題である。特に関心のある問題は、液化天然ガス(LNG)である。ロシアのMaksim Oreshkin元経済開発相によると、日本はロシアの北極LNG-2プロジェクトに約50億ドルを投資した。2019年7月22日、ロシア側は、プロジェクトの約10%のシェアが三井物産と石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の合弁企業によって買収されたことを確認した。しかし、ロシアは、上記の合計は実際の状況を完全には反映していないと述べている。ロシアのエネルギー部門への日本の投資は、「投資が第三国経由で行われている」という事実により、はるかに大きい。ロシアの北極圏でのLNGプロジェクトへの日本の関与におけるもう1つの重要な里程標は、Novatek(49%のシェア)と日本の西部ガス(51%)の間での共同利用を想定した合弁企業の設立である。ロシアの北極圏からのLNGを貯蔵し、その後日本の北九州にあるLNGターミナルで再分配する。ロシアの情報筋は、このLNGターミナルがLNGの潜在的な購入者との協力においてより多くの柔軟性を確保すると主張している。日本のエネルギー安全保障推進の2番目の主要な側面は、石油と石油製品に対する需要である。この問題に対処するため、日本企業とRosneftの交渉の交渉において、Rosneftは日本側の企業に2024年操業開始予定のボストーク石油採掘プロジェクトへの参加を招待した。現在日本は石油輸入の90%を不安定な中東に依存しているが、プロジェクトへの参加がエネルギー供給の多様化に役立つとロシア側は主張した。北極に関してロ政府への日本政府の接近の背後にある第三の要因は、気候学、気象学、生態学、地震学などの分野における北極圏の科学研究プロジェクトに関する双方の長年の協力である。日本の科学者が使用した2つの主要な北極圏研究施設は、どちらもロシアの領土にある。中央ヤクティア地域にある実験的な森林観測所Spasskaya PadとノーヴァヤゼムリヤのCape Baranov観測所である。日本にとって第四の要素は、北極圏の軍事化を実現するおそれのある中国の北極圏への野望に対する国家安全保障上の懸念である。したがって、日本がロシアとの緊密な協力なしに北極圏のプロジェクトで成功する可能性は低いが、日本企業はこの件についての日ロ協力の実現可能性について一定の疑問を抱いている。日本の情報筋は過去、Rosneftとの取引の「苦い経験」を指摘している。2019年、ロシアは日本のパートナーよりもスイスのGlencoreとカタールのQatar Investment Authorityの投資家を選んだ。さらに、石油とガスの価格の長期的な急落は、北極圏ベースのプロジェクトの商業的魅力を大幅に低下させている。
(3) NEP自体が困難に直面していることも大きな問題である。ロシアの情報筋は、日本側からの輸​​送料金の高さ、硬直化した規制、ロシアの北極インフラの不十分な状態に関連する複数の不満を強調してきた。また、管理上の障害には比較的簡単に対処できるが、物理的なインフラの改善には、ロシアにはない大規模な経済投資が必要であり、西側の制裁や現在の世界経済の動向を考えると、他国が提供する見込みはない。最後に、日本のエネルギー政策は現在、ロシアが東アジアの国のガスの10%以上を供給することを妨げている。これは、ロシアの北極圏プロジェクトへの日本の投資が制限されることを意味する。日本は北極圏でロシアとの関係を発展させ続けるであろう。しかし、日ロ関係の大きな進展を期待することは現段階ではほとんどできない。
記事参照:Looking Beyond China: Asian Actors in the Russian Arctic

5月14日「核装備潜水艦とインド太平洋の勢力均衡―豪専門家論説」(The Strategist, 14 May 2020)

 5月14日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、豪University of New South Wales、Australian National UniversityのStrategic and Defence Studies Centerに在籍する退役豪海軍少将James Goldrickの“Nuclear-armed submarines and the balance of power in the Indo-Pacific”と題する論説を掲載し、ここでGoldrickはSSBNを保有する米国、ロシア、中国、インド、SSBを保有すると考えられる北朝鮮、さらに日本、オーストラリアを分析し、SSB(N)に対して脅威を及ぼす、あるいは防護することと他の海軍の作戦を切り離すことは難しく、海洋における均衡を維持することは複雑になってきており関係国が冷静な判断をすることが求められるとして要旨以下のように述べている。
(1) 海洋における戦略的均衡は急速に変化しつつある。海中に展開する核抑止部隊の将来は地域の全ての主要国にとって戦略的、運用上および兵力組成の側面を有している。これらは冷戦期よりも大規模になり、海中に展開する核抑止部隊に脅威を及ぼし、あるいは防護することはいずれも他の海上作戦から切り離すことは難しくなるだろう。これは特に意図しない事態の拡大や純然たる事故が起こる可能性について不確実な東シナ海、南シナ海あるいはインド、パキスタン、北朝鮮において実施されるかもしれない対潜戦に当てはまる。したがって、どのようなものであれ地域の均衡を維持するためには行為者全てが冷静な判断をすることが求められており、判断は技術的革新と部隊の発展に照らし常に見直されなければならない。
(2) 米海軍がそのSSBNの残存性に対する脅威について無頓着でいられないとしても、(SSBNは)センサ-技術に革命的発展があるまで、地理学と海洋学の組み合わせにおいて潜水艦、ミサイル能力は米核戦力の最も安全な部隊であり、したがって、予算上の高い優先順位を得ている。米海軍にとっての問題は今後10年以内に現有のオハイオ級SSBNを代替する必要があるが、新しいコロンビア級SSBNの費用は中国とロシアの組み合わさった挑戦に対応するために求められる他の軍事要素を世代交代させる可能性を著しく制限することである。米海軍の努力は競争者を均衡から追い落とし、戦略的主導権を取り戻す戦略の一部であることを示している。重要な海上部隊は海中の「聖域」を創設しようとする中国の努力を蝕みつつあるようである。
(3) 西太平洋における有力な海洋国家となることを目指す中で、中国は資源と技術上の独自の問題を抱えている。しかし、中国にとってその核戦力に海上配備の抑止部隊という考え方は魅力的ではあるが、中国が米本土に信頼するに足る脅威を及ぼす十分な能力を創出しようとすれば、中国はまず潜水艦発射ミサイルの射程を延伸し、ミサイル潜水艦の隠密性能を相当程度改善しなければならない。
(4) ロシアが抱える問題はある部分米国と同じである。特に海軍の他の部隊を近代化しつつSSBN部隊を維持する必要がある。海洋配備の核抑止力の維持は最優先を維持している。しかし、古いSSBNを新しいボレイ級SSBNに代替するためにはロ海軍が持つ資源のかなり多くの部分を消費しなければならない。SSBN計画には攻撃型原子力潜水艦の更新と潜在的な敵から聖域の安全を守るために対潜戦能力を発展させ続けなければならない。
(5) 中国との緊張と人民解放軍海軍の拡張にもかかわらず、日本の防衛力拡大は相対的に限られたものである。日本の対潜戦努力はかなり目に映りにくいが、日本の海洋戦略ではより重要である。日本の潜水艦部隊はゆっくりとではあるが増強されており、水上艦部隊と対潜航空部隊の近代化は続いている。
(6) オーストラリアは同様の問題に直面している。オーストラリアは高度なハイテク能力、特に対潜戦の分野で高い能力を持つ地域の数少ない国の1つであるため米国は長く日本を見つめてきたようにオーストラリアの支援を熱望している。オーストラリアの防衛力増強は相対的に限られたものであり、ゆっくりとしているが、新たなオーストラリアの兵力組成は独立した自国の能力とある意味で同盟における相対的に新しい重要性をもたらすだろう。
(7) 北朝鮮は未知数のままである。北朝鮮の海中配備の核抑止力開発努力は近隣諸国および地域全体にとってますます複雑になる将来の問題の一部に過ぎない。
(8) インドは明らかに解決できないパキスタンとの緊張と重要な海域を持つ中国との拡大する敵対関係を均衡させなければならない。インド洋において拡大する中国の経済的、軍事的存在は、地域において支配的存在というインドの自己イメージに脅威を及ぼしている。南シナ海におけるインドの関心は中国の海洋戦略を複雑にするための反撃と慎重な努力のようである。他方、インド初のSSBNの作戦部隊への加入と抑止任務の開始がインドの核能力に加わった。しかし、SSBNの作戦部隊への加入と抑止任務の開始は、印海軍がその配備を考慮しなければならないという面倒を引き起こしている。パキスタンが核兵器をその潜水艦部隊に配備することでインドにさらなる問題を加えるか否かは定かではないが、パキスタン海軍はインドのSSBNの位置を局限し、追尾することを優先するだろう。
(9) 要約すれば、ますます対立的になるインド太平洋における戦略的対立には重要な海洋の要素がある。通常の海上作戦から核戦力に脅威を及ぼし、あるいはそれを防護することを区別することはますます困難になってきている。SSBNの能力は大幅に向上しており、対潜戦技術は進歩しているため、地域における海洋における均衡を維持することはますます複雑になってきている。
記事参照:Nuclear-armed submarines and the balance of power in the Indo-Pacific

5月14日「北極圏で準備万全のロシア海軍―ロ専門家論説」(Eurasia Daily Monitor, May 14, 2020)

 5月14日付の米The Jamestown Foundationのデジタル誌Eurasia Daily Monitorは、モスクワを拠点とする軍事アナリストPavel E. Felgenhauerの“Russian Navy Readies for Future Conflicts in Arctic”と題する論説を掲載し、ここでFelgenhauerは、ロシアはその北極圏全体が敵対勢力に占領される可能性のある戦略的、経済的な資産とみなしており、精力的に防衛し、支配しようとしているとして要旨以下のように述べている。
(1) 北極圏におけるその軍事的プレゼンスの拡大は、現在、ロシアの国防政策の優先事項の1つである。1991年以降、使用されていなかった冷戦時代の軍事基地は、近年、活動の再開、改修及び拡張が行われており、また一方で新たな基地も建設されている。
(2) ソ連の主な海軍基地は、1年中氷に覆われていない沿岸海域を持つコラ半島にあった。しかし、氷に覆われた北極圏の他の地域は、海軍の水上艦艇が航行するのに適した場所ではなかった。多様なソ連の原子力砕氷船や通常の砕氷船は北極海での補給艦の移動を支援していたが、それらは非武装だった。ソ連海軍の水上部隊は、その本拠地を守るためバレンツ海で戦い、西方の大西洋に向かって攻撃しなければならないことを覚悟していた。
(3) この戦略的認識は、過去10年間で劇的に変化した。2012 年以降、ロ海軍の艦隊は夏季にはコラの主要基地から北極海航路を経由しチュクチ自治管区に定期的に軍艦を派遣するようになった。ソ連時代に比べて活動が劇的に活発化したことで、ロ艦隊は海軍歩兵の小部隊とともに、北極圏での上陸演習を実施するようになった。2014年12月には、北方艦隊は、北極圏全体の防衛を担当する統合戦略軍に再編された。そして2014年から2015年かけて、国防省はバレンツ海からチュクチ自治管区までの北方の島々を中心に一連の近代的な基地の建設に着手した。
(4) 気候変動は北極圏の流氷に影響を与えており、ヨーロッパとアジア太平洋間の物資輸送に、従来のアジアを周回してスエズ運河を経由するよりも遥かに短い航路を提供する北極海航路が増々重要な国際海洋回廊となるという期待が高まっている。北極海航路は本質的に内陸水路であり、ロシアの明確な同意がなく、ロシアの水先案内人が乗船せず、前払いの砕氷船サービスなしでは軍用・商業用を問わず、外国籍の船舶は通過できないとモスクワは主張している。ワシントンは、このような主張は国際海洋法に違反すると考えており米海軍や沿岸警備隊は北極圏での「航行の自由」作戦を実施することで、ロシアの北極海航路支配に異議を唱える可能性がある。
(5) 事実モスクワは北極海航路を昔ながらのスエズ航路と競合する国際的な商業水路に発展させることを真剣に考えていない。その夢は、あまりにも多くの流氷と予測不可能な天候のために、いまだに阻まれている。ロシアの「北極圏開発戦略」(Strategy for Developing the Arctic)によると、2035年までに北極海航路の輸送能力は、現在の2020万トンから8倍のおよそ1億6千万トンに拡大する予定である。2035年までには、ヨーロッパと太平洋を結ぶ北極海航路の物資輸送量は年間千万トンに達すると予想されており、スエズ運河を通過する物資の年間輸送量の千分の一になると予想されている。
(6) 北極圏では、ロ軍は将来のガスや石油及びその他の輸出物資の主要な輸出ルートである北極海航路を航行し、これらの資源を採取するロシアの排他的な権利を守るために、その推定される独占権を守るつもりでいる。しかし、現在のところ、これらの利益に対抗するために武力を行使する準備ができている者はいないようである。新設された北極圏の基地があるアレクサンドラ島、ロガチェヴォ空軍基地(ノヴァヤ・ゼムリャ列島)、ウランゲリ島、コテリヌイ島、チュクチ自治管区、スレドニイ島には、飛行場、レーダー、短・中・長距離(S-400)対空ミサイル、そして、最大600km先の標的に命中させることができるロシアの最新の長距離誘導型対艦システム「バスティオン」がある。これらの基地に配備された部隊は潜在的な標的を目にすることは滅多にない。ごくまれに米国や英国の原子力攻撃潜水艦が密かに氷の下に潜んでいるだけである。
(7) したがって、ロシアの北極部隊は、2020 年 5 月 4 日、米駆逐艦「ルーズベルト」、「ポーター」、「ドナルド・クック」、補給艦「サプライ」、そして、英フリゲート「ケント」が、バレンツ海に入り、30 年以上ぶりとなる哨戒演習を実施するのを見て、おそらく興奮したことだろう。ミサイル巡洋艦「マーシャル・ウスチノフ」率いる艦艇部隊を派遣し、アレクサンドラ島とロガチェヴォ空軍基地があるノヴァヤ・ゼムリャのミサイルシステムを作動させた。ロシア国防省は米英バレンツ遠征に目立った抗議をしなかったが、それは、北極圏の軍事増強への巨額の投資の正当性を裏付けるものだった。ロシアの国防専門家によれば、米国が目覚め、北極圏を心配し始めたのは遅すぎた。北方艦隊が現在北極圏での支配的な軍事力であり、米国はそれについて何もできないと彼らは主張した。
記事参照:Russian Navy Readies for Future Conflicts in Arctic

5月15日「台湾周辺において米中間の緊張が高まる―加メディア報道」(The National Post.com, May 15, 2020)

 5月15日付の加日刊紙National Post 電子版は、“As China and the U.S. ramp up military activity near Taiwan, Beijing plans island takeover drill”と題する記事を掲載し、台湾が実効支配する東沙諸島周辺における緊張が高まっており、中国が同諸島への上陸を想定した訓練を予定していることについて要旨以下のとおり報じている。
(1) 南シナ海に位置する東沙諸島は現在台湾の支配下にあるが、中国と米国によるその周辺での活動がここ最近で活発化している。
(2) たとえば米海軍はミサイル駆逐艦「マッキャンベル」が5月14日、政治的にきわめて微妙な海域である台湾海峡を通過した。それは台湾の蔡英文総統が第二期政権を発足する1週間前のことである。
(3) それに対して、日本の共同通信の報道によれば、中国は今年8月、海南島で海岸上陸訓練を実施する予定だという。その訓練が想定しているのは東沙諸島への上陸であり、人民解放軍海軍陸戦隊や上陸用艦艇、ヘリコプターなどが動員されるという。ただし中国政府はこの訓練について公式に声明を発していない。
(4) 台湾国防部は「敵対的な軍隊」の行動を監視しており、東沙諸島防衛の有事計画を立案しているという。
記事参照:As China and the U.S. ramp up military activity near Taiwan, Beijing plans island takeover drill

5月16日「中国にとってジブチ基地が持つ重要性―香港政治学者論説」(East Asia Form, May 16, 2020)

 5月16日付のAustralian National UniversityのCrawford School of Public Policy のデジタル出版物East Asia Forumは、Hong Kong Baptist Universityの政治学教授Jean-Pierre Cabestanの“China’s Djibouti naval base increasing its power”と題する論説を掲載し、ここでCabestanは中国初の海外軍事基地であるジブチ基地が持つ重要性として、そこが中国の将来的な他の海外基地運営の教訓を提供しているとして要旨以下のとおり述べている。
(1) 2013年、中国の習近平国家主席はアフリカ大陸のジブチに人民解放軍(以下、PLAと言う)の海軍基地を建設する決定を下し、2017年にその基地は開設された。それは、中国がグローバルな影響力を強化し、アフリカ周辺やインド洋など中国から遠く離れた海域における安全保障に関わる利益を保護できる能力を獲得したことを意味する。
(2) しかし、この動きにおいて中国の動きは慎重である。中国は史上初の海外軍事基地を「兵站施設」と位置づけ、国連のPKO活動やアデン湾海賊掃討作戦の支援などにその基地の任務を限定した。あくまでその基地に配備されたPLAの目的は「戦争以外の軍事作戦(以下、MOOTWと言う)」への従事とされたのである。MOOTWという概念は2009年に中国が採用したものであり、戦争という最終手段以外の方法で国際安全保障に貢献するためのものだとされた(編集注:一般的には冷戦後に米国で提唱された概念と理解されている)。
(3) ジブチに配備されたPLAの人員数ははっきりしない。1万という推測もあるが、多くの情報源が示唆するところによれば多くとも2000前後ということだ。これは仏軍の1450人よりも多いが米国の4500人の半分以下である。人員の数だけではなく、その行動も抑制的であり、アナリストたちの指摘によればジブチのPLAが他国の国内問題に国連の承認などなしに介入する可能性は低い。ジブチには中国を含めて7カ国の軍隊が駐留しており、その間で若干の緊張の高まりがあったものの、概してそれらは平和的な共存を模索しているというのである。
(4) しかし、ジブチのPLA基地の軍事的重要性はこれまで言われてきたよりも大きなものであるようだ。中国政府関係者自身そのことを認めている。すなわちそこは「海外の戦略的強み」であると。実際に同基地は当初言われているよりも幅広い任務を行っており、海軍陸戦隊や特殊部隊などさまざまな部門の人員が配備されている。そこには660メートルの長さの埠頭も建設され、PLAの大型艦船が停泊するようになるだろう。その地下にはサイバー戦争のための施設もあるという。もはやその基地の目的はMOOTWに限定されるものではなくなっている。
(5) 開設以来、ジブチ基地は公に設定されていた任務だけに従事していたのではなかった。アデン湾の海賊行為は減少しているし、中国PKOがジブチを経由していないことは同基地と平和維持活動との間の関連が限定的なことを示唆している。むしろ、同基地はPLA海軍の人員の休息に利用されている。そのことはインド洋において中国がプレゼンスを強化し、インドとの緊張を高めているこのときに、インドとの戦略的競合をより加熱させるという意味を持っている。
(6) ジブチにおける中国軍の訓練を検証すると、そこが中国の経済的・安全保障的利益の確保に貢献していることが明らかになる。とはいえ、PLAはなお慎重な姿勢を維持しており、その活動が周辺各国の安全保障上の脅威になっているとまでは言えない。端的にいえばジブチ基地のPLAはあまり活動的ではないのだ。中国は今後他の海外基地を開設することになるだろうが(たとえばパキスタンのグワダル)、ジブチでの経験から教訓を得て、そうした基地の運営を行っていくだろう。
記事参照:China’s Djibouti naval base increasing its power

5月17日「何故、コロナウイルスのパンデミックの中で米国は南シナ海でのプレゼンスをエスカレートさせるのか?―中国南海研究院非常勤研究員論説」(South China Morning Post, 17 May, 2020)

 5月17日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、中国南海研究院非常勤研究員のMark J. Valenciaの “Why is the US escalating its presence in the South China Sea amid the coronavirus pandemic?”と題する論説を掲載し、ここでValencia は南シナ海での米国の軍事的プレゼンス増加の背景には中国が米国の警告を無視することへの苛立ちや同盟国との関係などがあるとして要旨以下のとおり述べている。
(1) 南シナ海での米軍の飛行と「航行の自由」作戦が大幅に増えている。理由は、米中関係の悪化やパンデミックの最中にあっても米国は力を失ってはいないことを同盟国に知らせることまで多岐にわたる。2020年第1四半期、米国の情報、監視、偵察活動はほぼ例年と同程度であるが、中国沿岸沖での軍事活動は増加しており、空軍は2019年の各四半期の約3倍、海軍の「航行の自由」作戦は、2019年は全体で8日であったのに対し、既に4回実施している。米海軍は4月にミサイル巡洋艦「バンカーヒル」、ミサイル駆逐艦「バリー」と強襲揚陸艦「アメリカ」が豪海軍のフリゲートとともに、海底資源の権利を巡って中国、ベトナム、マレーシアが争う海域で行動した。これを中国が無視したと判断した米国は、沿海域戦闘艦「モンゴメリー」と支援艦「セザール・チャベス」を、さらには沿海域戦闘艦「ガブリエル・ギフォーズ」を派出するなどして行動を継続している。
(2) 南シナ海のような戦略的で、かつ紛争のある海域における軍事的活動の増大は両国間における根本的な関係悪化を示している。中国国務院参事の時殷弘は米中関係はここ数カ月間に大きく変化し、新たな冷戦の時代に入っていると考えている。南シナ海における緊張の激化は、貿易、サイバー戦、台湾問題、国際秩序、アジアにおける覇権争い等々の両国関係悪化の中の一局面に過ぎないのである。米軍による力の誇示は南シナ海に特有のものであり、中国が米国の警告を無視し続けていることに対するものとの分析がある。中国は海警船の行動を強化してベトナムの漁船と衝突し、南シナ海に新しい行政地区を設立し、南沙諸島に2つの研究ステーションを設置し、空母を配備している。Rand Corporation のTimothy Heathは、米軍の活動の増加は米国の外交努力の失敗が一因としてあり、米政府は南シナ海の国際的地位を維持することに真剣に取り組んでおり、同盟との約束を守る意欲を示そうとするものであると述べている。米太平洋艦隊のJohn Aquilino司令官は「中国は東南アジア諸国を石油・ガス事業や漁業から締め出す行為を止めるべきである」と述べている。
(3) 海警船を伴った中国の探査船の運航が我慢の限界を示しているとすれば、中国は米国の主張に対抗するための行動を恒常化する可能性がある。他方、中国の高圧的姿勢は台湾問題と関連している面もある。今年に入り、人民解放軍の航空機が6回ほど台湾領空に接近したし、「遼寧」空母打撃群が4月に台湾付近で演習を2回実施している。パンデミックがこの地域の米軍の即応態勢に及ぼす影響も考察すべきだろう。Covid-19の感染による空母「セオドア・ルーズベルト」の離脱や最前線配備の爆撃機部隊のグアムから米国本土への再配備はアジアの同盟国へのコミットメントの象徴を失った。米国の同盟国やパートナー諸国は中国が地域の覇権を米国にとって代わることを恐れており、一方、米国は中国が隣国を脅かす軍事行動によって優位に立つことを恐れている。米国は、南シナ海での軍事的プレゼンスを強化することによって中国の攻勢が小康状態となることを狙っている。11月の大統領選挙に向けて「中国に対して厳しい」と見なされたい政権の意向は軍事的行動として反映されるだろう。
記事参照:Why is the US escalating its presence in the South China Sea amid the coronavirus pandemic?

5月17日「北極海は次なる南シナ海になるのか―米専門家論説」(The National Interest, May 17, 2020)

 5月17日付の米隔月誌The National Interest電子版は、Center for the National Interestでプログラム・アシスタントを務めるAnya Gorodentsevの“Will the Arctic Become the Next South China Sea?”と題する論説を掲載し、ここでGorodentsevは近年の中国による北極圏におけるプレゼンス強化の動きが他の国を刺激しつつあり、北極圏が国際的対立の舞台になる可能性について要旨以下のとおり述べている。
(1) 近年のグローバルな気候変動・温暖化は北極海の氷を溶かし、その新航路や天然資源の開発と利用に道を開いている。それを背景として中国は近年北極圏への関心を強めている。2018年には自前の北極政策を発表し、そこで自国を「北極近傍国家」と位置づけ、領土的主張は行わないものの、その地域へのプレゼンスを強めている。中国は北極海航路を「北極圏シルクロード」とすら呼び自身の一帯一路政策と関連づけている。
(2) 中国はその国土がまったく北極圏と重なっていないがインフラ投資や科学研究調査への投資を通じて北極圏へのプレゼンスを強めている。中国は現在2隻の砕氷船を建造中であり(米国が保有する砕氷船は1隻のみ)、2016年には中国遠洋海運集団は5隻の船団を北極海航路へ送り出した。また中国の黄河観測基地がノルウェーのスヴァールバル諸島に置かれている。
(3) 中国はまたロシアとの戦略的提携を通じて北極圏へのプレゼンス強化を試みてきた。ロシアもまたクリミア併合後の制裁によってパートナーを探していたのである。中国は、ヤマル半島の液化天然ガス開発について、ロシア最大の民間ガス会社であるノバテクに全体の20%を出資した。また石油パイプライン「パワー・オブ・シベリア」が2019年3月に完成し、12月に操業を開始し、中国に石油を送っている。中国だけでなくアジア全体への天然資源輸出は、ロシアにとって重要なものとなっている。
(4) 中国とビジネスを行う北極圏国家はロシアが唯一というわけではない。2014年、香港のGeneral Nice社がグリーンランド南西部に位置するイスアの鉱床開発をLondon Mining社から引き継いだし、吉林吉恩镍業股份有限公司(抄訳者注:Jilin Jien Nickel Company:镍は金偏。ニッケルの意。該当文字がないため簡体文字のままとした)はカナダのケベック州北部のニッケル鉱山開発に8億ドルの投資を行った。こうした事例は他にいくつもある。
(5) こうした動きには、ロシアですら警戒を強めている。ロシアは北極圏に位置するNATO諸国だけでなく、北極圏から経済的利益を得ようとする非北極圏国家にも取り囲まれていると感じている。中国による砕氷船の開発は北極海航路の利用コストを下げ、かつ中国が北極圏において科学調査や資源開発をより容易に行う能力を与えるだろう。また、デンマークが警告するように近い将来北極圏における中国の観測基地が軍事利用される可能性も示唆されている。
(6) 中国は北極圏に関して領土的主張を行うつもりはないと、その政策文書で明示しているが、他方で北極海の航行の自由や北極海のグローバルな活用を提唱している。そうした主張は北極圏国家からの批判を招いている。今後、米中関係の悪化とともに、中国のそうした主張がアメリカや北極圏のNATO諸国による批判をさらに強める可能性があるだろう。
記事参照:Will the Arctic Become the Next South China Sea?

5月19 日「中東からの米軍ミサイル、航空戦力の撤退に伴う懸念―米専門家論評」(Foreign Policy.com, May 19, 2020)

 5月19日付の米ニュース誌Foreign Policyのウエブサイトは、米シンクタンクThe Foundation for Defense of Democracies 上席顧問John Hannahと上席部長Bradley Bowmanの“The Pentagon Tries to Pivot out of the Middle East—Again”と題する論説を掲載し、ここで両名は米国防総省が計画しているサウジアラビアからのミサイル、航空戦力の撤退は侵略を招きかねないとして要旨以下のように述べている。
(1) 米国防総省が5月7日にサウジアラビアから2個パトリオット・地対空ミサイル中隊と数機の戦闘機を撤退させると発表したことは、米国とサウジアラビアの緊張した関係に不吉な前途を予想させるものであった。この措置が、コロナ禍による世界的な石油需要の低下と相まって、米国のシェールオイル産業の崩壊をもたらす石油価格競争を引き起こしたサウジアラビアに対するTrump政権による懲罰であるとの憶測が高まったからである。しかしこれは正しくない。この措置はむしろ有限の資源を管理し、その多くを中東地域から他の戦域に移管する米国防総省の努力の一環と見る方が正しい。しかしながら、これまでの軸足移動の試みと同様に、この措置にも危険が伴う。当該地域から米軍部隊の一部を撤退させることは、危険を伴うが管理可能である。しかし、あまりに多くの戦力を引き抜くことは、米国の能力に対して誤ったメッセージを与え、国防総省が最も回避したいと望む地域紛争を増やしかねない。
(2) もしこの撤退がその動機を巡って同盟国を困惑させ憶測を逞しくさせたとしたら、責任を負うべきはワシントンである。国防総省から国務省、ホワイトハウスに至るまで、撤退に関して権威ある公式説明を行い、地域のパートナー諸国に対する米国のコミットメントを再保証する用意のある当局者は、誰一人としていなかったようである。国防総省報道官は、撤退を「高まりつつある脅威に対処するとともに、即応態勢を維持するための、部隊と資産の定期的な異動である」と述べた。しかしながら、イランに対し最大限の圧力を掛ける政策が展開されている中で、時期も悪く、またあまり正当性もない今回の撤退は、直ぐに単なる定期異動以上の影響を引き起こすことになろう。例え今のところイランとその代理勢力による攻撃の可能性が少ないとは言え、過去40年以上の歴史が示唆しているように、このことは永続的かつ戦略的な方針転換と言うよりも、多分に一時的な戦術的、あるいは運用上の休止期間であると見られるからである。
(3) 米国防総省は、米軍が常時警戒、即応態勢にあると主張している。国防総省報道官は、米軍は「イランに関する如何なる偶発事態に対しても、防空能力を含め所要に応じた、強力な戦域内対処能力を、そして短期間の通告でこれらを迅速に増強する能力を維持している」と強調している。このことは、ワシントンと域内の同盟国が強調すべき要点である。さもなければ、テヘランは、この撤退を米国の域内パートナー諸国と地域の利益を守るコミットメントの弱体化―ワシントンが回避したいと望む更なる侵略を誘発しかねない―と受け止める可能性があろう。米軍に対するミサイル脅威の増大を考えれば、パトリオット・ミサイルの必要性は自明である。2020年1月、イランはイラクの米軍駐留基地に16基の弾道ミサイルを発射した。米国防総省は、既に限られた基数のパトリオットを他の場所に配備することを決定していたが、この攻撃によって100人以上の米兵が負傷したことから、結局、パトリオットをイラクに配備することになった。
(4) 米議会とTrump政権は、敵対勢力のミサイル戦力の覆域内にある、大規模な米軍部隊と装備の集中拠点を無防備のままに晒しておくことを避けるために、十分な防空能力とミサイル防衛能力を調達し配備していかなければならない。一方で、国防総省内の多くの者は、中東への戦力配備がその分、太平洋地域において中国を抑止するために活用できなくなると指摘する。2018年の国防戦略は、こうした事態を想定して中国とロシアを「最優先課題」としているが、同時に、米軍はイランを「抑止し、対処するための努力を維持しなければならない」と強調している。イランと中国をともに抑止するために必要な適正な戦力バランスを確保することは、世界最強の米軍にとっても言うは易く行うは難しであろう。中東にあまりに多くの米軍部隊を配備することは他の地域における必要なリソースを奪うことになるが、反対に少なすぎる戦力は米国の利益や人員そして同盟諸国を守るには不十分で、結果的にイスラム国家の復活や、あるいはイランの侵略の可能性を高めかねない。いずれの事態も、国防総省が太平洋地域で必要とする米軍戦力を引き抜かざるを得ない中東における大規模紛争を惹起させかねないであろう。実際、2018年に、当時のMattis国防長官は、4個パトリオット中隊と空母1隻を中東から引き抜きアジアに再配備した。ところが、1年も経たない内に、イランによる侵略の脅威の高まりに対処するために、これらを含め更に多くの戦力を慌てて湾岸地域に戻さざるを得なかった。このことは、警告的な物語―もし国防総省が行き過ぎた戦力引き揚げをしても、新たな危機が生起すれば、これら戦力が迅速に戻ってくることを期待できる―として銘記しておくべきである。
記事参照:The Pentagon Tries to Pivot out of the Middle East—Again

5月19日「ディエゴ・ガルシアに関して譲らない米国―米専門家論説」(The Interpreter, 19 May 2020)

 5月19日付の豪シンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、米海軍退役少将Michael McDevittによる“Diego Garcia: An American perspective”と題する論説を掲載し、米軍基地があるディエゴ・ガルシアを含むチャゴス諸島の主権はモーリシャスによって異議が唱えられているが、基地の移転を容易にするような取引にワシントンは関心をもっているとは思えないとして要旨以下のように述べている。
(1) ディエゴ・ガルシアは、インド洋における米国の主要な地政戦略・後方支援基地である。不動産業で言われているように不動産物件を評価する際に最も重要な考慮事項はその位置であり、ディエゴ・ガルシアはその基準を十二分に満たしている。それは、インド洋の中心部の近くに位置し、事実上すべての海洋のチョークポイント、重要な海上交通路、そして、この地域における潜在的な中国の海軍基地が攻撃可能な距離内に位置している。それは、米海軍の海上哨戒機、特に米空軍の重爆撃機のための完璧な基地である。上記のチョークポイント、海上交通路、中国の海軍基地全ての位置は、B-1BとB-52H爆撃機の無給油戦闘行動半径内にある。
(2) ここに基地ができるように仕向けたのは1962年の中国の行動であり、ペルシャ湾地域での米軍の活動を支援する役割を超えてその価値を高めているのは、今では中国のインド洋における軍事的足跡である。中国海軍は、10 年以上にわたってインド洋西部で若干のプレゼンスを維持してきたが、中国が最近設立したジブチの基地は、米国防総省の判断では、いくつかの基地のうちの最初のものにすぎないとされている。中国の最も重要な海上交通路はインド洋を横断しており、北京の最も重要な戦略・経済計画である一帯一路構想の重要な役割を果たしている。
(3) しかし、1960年代のディエゴ・ガルシアは、新たに独立した国の気まぐれさから来る不確実性から基地を隔離したいというワシントンの願望に対して、きっちりとした解決策のように見えたが、今ではそうでもないようだ。モーリシャスは長い間、チャゴス諸島の違法な切り離しと見なしているものにいら立っている。2019年、何十年にもわたる法的手段を講じた後、国際司法裁判所は英国がチャゴス諸島をモーリシャスに返還すべきであるとの結論を下した。国連総会は英国によるモーリシャスの非植民地化は「不完全」であると結論づけ、一見わざとらしいこの認定に同調し、英国にその「植民地」政府を6ヶ月で無条件に撤退させることを要求する拘束力のない決議を採択した。ロンドンはこれに対し、「1814年から継続的に英国の主権下にある英領インド洋地域(British Indian Ocean Territory、以下BIOTと言う)に対する我々の主権に疑いの余地はない。モーリシャスはBIOTに対する主権を保持したことはなく、英国はその主張を認めていない」と答えた。
(4) モーリシャス政府は公のコメントでは比較的控え目であり、この基地の解体を要求する意図はないことを示唆している。政府関係者たちは、モーリシャスはこの基地の将来を受け入れ、長期的な協定を結ぶ意思があると述べている。米国がジブチのより質素な施設の権利のために年間6300万米ドルを支払っているという事実は、ポートルイスの当局者たちに間違いなく理解されている。モーリシャスとの協定は可能であると思われるが、おそらく、そうはならないだろう。ワシントンに一晩で立ち退きを命じる可能性がある地主の手に主権を委ねることは、あまりにも不確実性が高い。モーリシャスが全てにおいて影響力をもち、米国が退去したり立ち退かされたりした場合には、少なくともインドまたは中国という他の2つの可能性のある租借国に頼ることができるだろう。
(5) ワシントンは2019年5月の国連票決以来、沈黙している。しかし、その沈黙は米国の立場を明確にしている。2018年3月の国際司法裁判所への声明には、次のような示唆に富む補足説明が含まれている。「2016年に、英国と米国の間で、共同基地の継続的な重要性についての話し合いがあった。どちらの当事国も(租借契約を)終了する通知をしておらず、契約は2036年まで効力をもち続ける」。
記事参照:Diego Garcia: An American perspective

5月19日「日本のシーパワーに対する中国の見方―米専門家報告」(Center for Strategic and Budgetary Assessment , May 19, 2020)

 5月19日付の米シンクタンクCenter for Strategic and Budgetary Assessments(CSBA)は、CSBA上席研究員、前米海軍大学戦略教授で米国の中国海軍に関する権威であるToshi Yoshihara の“Dragon Against The Sun: Chinese Views of Japanese seapower”と題する報告書を公表した。本報告書は全文100頁余の大部であるが、以下は「要旨」を中心に要点を抜き書き、紹介するものである。
(1) アジアにおけるシーパワーのバランスは劇的に変化しつつある。この10年間で、中国海軍は、艦隊規模、総トン数、搭載火力を含む、主要な戦力評価項目において日本の海上自衛隊を凌駕してきた。中国が現在の急激なペースでの海軍力増強を続けていけば、中国海軍は、今後10年以内に日本の海自を永久に後景に退けることになろう。
(2) これまで先頭に立ってきた日本のシーパワーの急激な後退は、インド太平洋地域に悪影響を及ぼす。日本のシーパワーは大戦後の地域秩序の不可欠の柱であった。日本のシーパワーは、侵略を抑止し、自由貿易と世界的繁栄の不可欠の要件である、全てに開かれた海洋を維持する上で貢献している。日本の海洋戦力(Japan’s naval prowess)は、日米同盟の不可欠の要素であり、地域安定のアンカーであり、安全保障パートナーシップとしてのコミットメントと目的に信頼性を付与するものである。要するに、日本の海洋戦力の相対的な後退は、自由な国際秩序を守る能力を損なうだけでなく、日米同盟の抑止力を弱体化させることにつながる。
(3) 従って、海洋戦力において中国が日本を凌駕することは、好ましからざる戦略的趨勢―①相互に深刻な不信感を抱く海洋におけるライバル、北京と東京の抗争を一層激化させかねない、②危機において、抑止が失敗する可能性を高めかねない、③日米同盟関係に憤りの種を蒔き、同盟国としての日本の責任能力に対する米国の信頼感を揺るがしかねない―をもたらしかねない。
(4) これまで、日中両国のシーパワーの逆転については、ほとんど研究されてこなかった。中国が日本のシーパワーを凌駕していることや、それがアジア地域に如何なる戦略的影響を及ぼすか、といった研究はほとんどない。北京の視点から見た、不安定化する地域バランスを考察した研究も少ない。この報告書は、こうした研究の空白を埋めるため、中国語文献を精査して、日中海軍戦力バランスを中国本土のアナリストがどのように認識しているかを評価したもので、日本のシーパワーに関する中国の出版物を渉猟した、この種の問題を取り上げた最初のものである。
(5) この報告書では、今後数年間に亘り日本との海軍力競争が激化することを、北京が予想していることを指摘している。中国の論理によれば、競争の衝動、不安、敵意、そして深く根付いた文化的特性などが相まって、日本は中国海軍力の強大化を重大な脅威と認識しがちである。この論理に従えば、日本は、中国の海洋への野心を挫くために全力を尽くであろう。東京は、同盟国である米国と協調して、海洋において包囲し、対抗するために、有志海洋パワー連合を構築しようとするであろう。中国の視点から見れば、日中間の海洋での抗争と海軍力の対立は、ほとんど宿命的なものである。
(6) この報告書では、自国海軍力の優位の趨勢が、中国の政治家や司令員達に、日本との局地的な海洋紛争において攻撃的な戦略を採用するよう慫慂することになろう、と指摘している。海軍力の強化は、これまで中国にとって不可能であった戦闘オプションを可能にした。中国海軍は、高性能兵器と乗員の練度向上によって、局地的制海権確保のための攻勢作戦を可能にした。決定的戦闘(Decisive engagements)は、中国の勝利戦略の核心的要素となろう。更に懸念されるのは、中国の海軍力の優位が、中国の指導者に、平時において益々危険な行動をとり、そして海洋領域における力の行使を実行可能性の高いオプションと見なすよう慫慂しかねない、ということである。北京の海軍力に対する信頼は、以前に増して高まっている。中国は、自国の海軍力が海洋において日本を中国の意図に従わせる手段と能力を保有していると益々確信するようになっている。こうした自信は、北京が力の脅威をちらつかせた行動をとる可能性を高めている。従って、中国の強固な国家意志と海軍力の増強は、インド太平洋地域の将来的な安定に極めて悪い影響を与えることが予想される。
(7) この報告書は、中国の見解が示しているように、海軍力競争を促す諸要因が日中間の海洋における抗争を激化させる可能性が高いことを示している。同時に、中国の戦略家の多くは、中国の海軍力によって、北京は海洋アジア地域におけるコミットメントと野心を達成できると信じている。この報告書は、局地的な海軍力の不均衡は、もしそれを無作為に放置するなら、日米同盟に悪影響を与え、アジアを不安定化させるであろうことを示唆している。この報告書はまた、日米同盟に対して、中国の挑戦を認識し、海軍力のバランスを回復するために迅速な行動をとること促している。
(8) 報告書は、考慮すべき重要な側面として、以下の諸点を指摘している。
a. 日米同盟は、海洋においてソフトとハードの両面で中国の挑戦に直面している。中国は、わずか10年前とは比べものにならない程、海洋における自信と能力を益々高めている。従って、日米同盟の2つの主任務である抑止と戦闘は、益々困難なものになってきており、今後数年間で一層その度を増して行くであろう。とは言え、日米パートナーシップは、北京の計算と行動に影響を及ぼし得る強みを維持している。
b. 中国海軍の変容は、継続的な主力艦の建造も含め、それまで持っていなかった失うことを許されない極めて貴重な資産を、今や中国が保有するようになったということを意味している。日米同盟は、10年前には存在しなかった政治的かつ物質的に高価な艦隊を失うことに対する北京の懸念を高め、永続させることによって、この北京の脆弱性に対する不安感を活用していかなければならない。攻撃指向の同盟戦略は、中国の指導者に対して、彼らがこれまで考える必要のなかったリスクとコストを強要することができよう。日米同盟は、中国が侵略を始めたり、その他の不安定な行動をとろうとしたりすることを思い止まらせ、抑止するために、この新たに生まれた北京の損失への恐怖に対して、絶え間ない圧力をかけ続けることができよう。
c. 一方で、ワシントンと東京は、政治レベルと運用レベルの両面において日米同盟が弱点を持っているという誤解を、北京に与えないよう努力しなければならない。最終的には、日米同盟は、海洋での戦闘を戦い、勝利するための戦力を保持しなければならない。北京をして、日米同盟海軍との戦いには勝てないと観念させなければならない。中国の海軍力増強の規模とスピードは、今や日米同盟に対して、こうした潜在的な中国の痛点を突く行動を促しているのである。
Full Text:Dragon Against The Sun: Chinese Views of Japanese seapower
https://csbaonline.org/uploads/documents/CSBA8211_(Dragon_against_the_Sun_Report)_FINAL.pdf

5月20日「ロ海軍、バルト海方面の火力増強―米隔月刊紙報道」(The National Interest, May 20, 2020)

 5月20日付の米隔月誌The National Interest電子版は、米著述家Peter Suciuの“The Russian Navy Is Bringing Serious Firepower to the Baltic”と題する記事を掲載し、ロシアのバルチック艦隊に最新鋭のコルベット6隻を配備するとして要旨以下のように報じている。
(1) ロシアのバルチック艦隊はカリバー巡航ミサイル搭載の新型コルベット6隻により強化されるとロ海軍トップは発表した。ロ海軍司令長官Nikolia Yevmenovはバルチック艦隊記念日に乗組員に送った愛国的なメッセージで、バルチック艦隊はピョートル大帝によって300年前に設立され、敵に対し輝かしい勝利を収め、ロシア民衆に「計り知れない貢献」をなしてきたと述べている。Yevmenov司令長官は、カラクルト級コルベット6隻がバルチック艦隊に合流するだろうと強調した。6隻中4隻はパンツィーリM防空システム(抄訳者注:短距離対空ミサイルと火砲の複合システム)を搭載するだろう。
(2) パンツィーリM防空システムはカラクルト級コルベット3番艦「オジンツォボ」に搭載され試験中である。パンツィーリM防空システムは半径20Km内にあるガンシップ型ヘリコプター、攻撃機、巡航ミサイル、対艦ミサイルを捕捉し、破壊できる。
(3) 全てのカラクルト級コルベットはカリバー巡航ミサイル以外に最新の指揮システム、通信システム、航法システム、電子戦システム、個人携行型防空システムを装備している。同級コルベットは海軍部隊の一部として行動し、あるいは単独で展開させるように設計されている。カラクルト級コルベットのバルチック艦隊への配備は、老朽艦をより新しく、より小型で、より高速で、より小回りのきくシステムに代替し、バルト海におけるロシアの権益を守るロシアの最新の努力である。
(4) ロシアの発表の時期は、NATOが5月にドイツ、ポーランド、バルト海諸国を跨いで実施を計画していたDefender-Europe20演習がCOVID-19の世界的感染爆発のために遅れていたときであった。同演習は現段階では6月実施の予定であるが、規模は縮小されている。5月に入って、バルチック艦隊は想定した敵からの攻撃に対処する演習を実施した。同演習には対潜戦の訓練も含まれている。2019年夏には同艦隊はバルト海で第2回のOcean Shield年次海軍演習を実施しており、兵員10,500名、数十隻の艦艇が参加している。Sergei Shoigu国防相は、これら演習は定期的に実施されるだろうと述べている。
記事参照:The Russian Navy Is Bringing Serious Firepower to the Baltic

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) The US Navy returns to an increasingly militarized Arctic
https://www.defensenews.com/naval/2020/05/11/the-us-navy-returns-to-an-increasingly-militarized-arctic/
DEFENSE NEWS, May 11, 2020
By David B. Larter, Naval Warfare Reporter
5月11日、Naval Warfare ReporterのDavid B. Larterは、国防関連ニュースウエブサイトDefence Newsに、" The US Navy returns to an increasingly militarized Arctic "と題する論説を発表した。ここでLarterは米海軍がロシア北部沖バレンツ海(Barents Sea)で30年以上ぶりとなる北極圏での軍事演習を実施するために艦船4隻を派遣したことを取り上げ、これには米海軍が30年ぶりに北極圏に戻ったとのメッセージが示されているとし、関係者の発言を引用しながら、北極海航路はロシアのEEZを通っているが、米国は同航路が自由なままであることを望んでいるのだから、今回の派遣に対して「航行の自由をより強調したものにすべきだった」と評している。
 
(2) China’s Provocations Around Taiwan Aren’t a Crisis
https://foreignpolicy.com/2020/05/15/chinas-provocations-around-taiwan-arent-a-crisis/
Foreign Policy.com, May 15, 2020
Bonnie S. Glaser, senior advisor for Asia and director of the China Power Project at the Center for Strategic and International Studies (CSIS)
Matthew P. Funaiole, a senior fellow with the China Power Project and senior fellow for data analysis with the iDeas Lab at CSIS
5月15日、米シンクタンクCenter for Strategic and  International Studiesのsenior advisor for Asia で director of the China Power ProjectであるBonnie S. Glaserと、同シンクタンクのChina Power Project 及びdata analysis with the iDeas Labのsenior fellowであるMatthew P. Funaioleは、米ニュース誌Foreign Policyのウェブサイトに、“China’s Provocations Around Taiwan Aren’t a Crisis”と題する論説を寄稿した。ここでGlaserらは、①中国がCOVID-19のパンデミックを台湾と本土を統一するために武力を行使する機会と考えているとの見方もあるが、今中国が台湾を軍事攻撃する可能性は低い、②中国の退役空軍少将喬良は、台湾を武力で奪うことは、「あまりにもコストがかかりすぎる」「中国の復興という目標を危うくする」と警告した、③統一を強行すれば、米中間の大きな武力紛争へとエスカレートする可能性があり、その対立が限定的であったとしても、反中国連合が形成される可能性がある、④中国が台湾に対する軍事行動に失敗した場合、香港の独立の気運を高め、台湾で泥沼化し、経済資源を枯渇させ、そして、国内に不満をもたらす可能性がある、⑤新型コロナウイルスの発生は、これらのリスクをほとんど軽減しない、⑥北京は、台北が法律上の独立を宣言することを効果的に抑止しており、台湾の指導者がこの賭けに出たとしても、どの国もその独立を認める可能性は低い、⑦中国は他のプレイヤーの意図を誤解する可能性が高いため、米国は攻撃的な行動を抑止する決意を示し続けなければならない、といった主張を述べている。
 
(3) Strategic Failure: America is (Literally) Missing the Boat Competing with China
https://thestrategybridge.org/the-bridge/2020/5/18/strategic-failure-america-is-literally-missing-the-boat-competing-with-china
The Strategy Bridge, May 18, 2020
Andrew Novo, Associate Professor of Strategic Studies at the National Defense University, Washington, D.C. 
5月18日、米National Defense UniversityのAndrew Novo准教授は、米NPOのウェブサイトThe Strategy Bridgeに、" The US Navy returns to an increasingly militarized Arctic "と題する論説を発表した。ここでNovoは、米国防総省は軍事ハードウェアに数十億ドルを費やしているが、その一方で米国の力の基盤となっている政治的パートナーシップや経済統合を軽視しており、彼らは新しいパートナーシップの構築を強調しているが、真の相互依存と影響力を確立するための経済的・金融的手段を考慮していないと批判的に指摘している。そして、Novoは、中国はさまざまなイニシアチブを活用して世界をリードしているが、米国はそのチャンスを逃しているとした上で、米国の政策立案者は、産業界が米国の国家安全保障目標を弱体化させるのではなく、それを前進させるような行動をとるよう促す方法を積極的に検討しなければならないが、そのためにも、彼らは米中間の大規模な権力競争を見越して、米国の兵器の攻撃能力が米国の戦略の無気力さを埋め合わせるものではないということを忘れてはならないと論じている。