海洋安全保障情報旬報 2020年5月21日-5月31日

Contents

5月21日「コロナウイルスによる封鎖期間中にインド洋地域の海洋雑音低下―印英字紙報道」(Hindustan times, May 21, 2020)

 5月21日付の印英字紙Hindustan timesは、“Study reveals marked decline in noise levels in Indian Ocean Region during lockdown”と題する記事を掲載し、コロナウイルスの世界的感染爆発に対応するため各国で取られている封鎖措置によってインド洋地域における船舶運航に起因する海洋の雑音が低減しており、海洋生態系に良い結果となっているが、これは封鎖による特殊な状況下であり、海洋生態系、特に海洋性哺乳類の死亡の急増を抑制するために封鎖解除後の船舶の運航開始は徐々に行い、インド洋沿岸国は運航の上限規制を設ける等の措置が必要であるとして要旨以下のように報じている。
(1) コロナウイルスの感染拡大に対処する封鎖のために海上交通は激減し、その結果、アラビア海、ベンガル湾、インド洋を含むインド洋地域全域の船舶の航走雑音が低下したことがPune’s Maritime Research Centre(以下、MRCと言う)の研究で明らかになった。インド洋地域の船舶の航走雑音レベルの平均は3月の103.6dBから5月の73.4dBに減少していることをMRCが実施した研究が明らかにした。103dBは高度1,000ftを飛行中のジェット機の騒音と同じであり、74.3dbは掃除機の騒音と同じである。しかし、大気中と水中での計測には異なるdB計算の基準を使用する。
(2) 3月と5月の船舶交通に伴う熱源を追跡して地図にしたものを比較してみると船舶の航走雑音が著しく低下したことを示している。特に東海岸から南西海岸の間で著しい。「過去30年以上にわたって観測されてきた船舶運航の波は、海洋の背景雑音を計測できるレベルにまで突然に減少した。雑音を管理するために船舶の運航をどのように再分布させることができるかより重要な政策の再考を求めている。このデータを使用し、持続的成長モデルによる解決策が航海の発展に導入される」と元印海軍中佐でMRC所長Arnab Dasは言う。
(3) 雑音の低減は生息環境を改善し、海洋の生態系に恩恵をもたらすだろうとMRCの報告書は結論づけている。「船舶の運航に起因する低周波の周囲雑音は1950年以来10年ごとに3dB上昇していることが記録されており、海洋生態系は持続が不可能な生育の矢面に立たされている」とArnab Dasは述べている。雑音レベルが120dBを越えると海洋性哺乳類は不快に感じ、170dB以上では出血などの傷害の原因となり、200dBを越えると即、死にいたる。
「低周波周囲雑音は、海洋性哺乳類、特に大型クジラ類の聴覚と競合する。クジラたちは、餌を探し、伴侶を求めるなどの生物として重要な様々な機能のために音を利用している。海洋の雑音が大きくなることは彼らの独特の能力を遮ってしまう。封鎖は負の影響もある一方、雑音の低減はそれがたとえ短期のものであっても海洋環境が緩和される希望の光となる」とArnab Dasは言う。
(4) 封鎖中にもかかわらず94.5dBと言う最大雑音レベルがグジャラート州とマハーラーシュトラ州沿岸で観測されている。封鎖以前にはインド洋地域全体の最大雑音レベルは120dB以上であった。「グジャラート州とマハーラーシュトラ州沖で雑音が高いのは貨物の荷動きによるものかもしれない。グジャラート州とマハーラーシュトラ州ではインド洋地域の他の地域よりも荷動きがわずかに多い。石油の採掘も重要な活動として続いている」と船舶交通担当部長のAmitabh Kumarは言う。Kumarによれば、封鎖期間中、国際交易は相当程度減少しており、調査結果は正確である。「この船舶の往来は公海上での海運の構成要素であることに気づかなければならない。これらはインドに向かう船舶ではなく、湾岸地域からアジア、東南アジア、ユーラシアの国々へ送られる貨物にとって重要なインド洋地域の航路を航行しているものである。この地域の国々全体が封鎖したことによって国際交易が減退し、海洋雑音は低下した。同時に、インド洋地域の航路を使用していた多くの船舶は石油製品の貯蔵施設として使用され、最近は港湾近くに停泊している」とKumarと述べている。
(5) 封鎖期間は海洋雑音の安全限界を確かめるのに適切な時ではないとKumarは付け加えている。「船舶を運航する際に要求される雑音の削減は、国際交易が完全に機能するようになった封鎖後に判断されるべきである。現在の雑音レベルの低下は船舶の運航が低調となった結果であり、再開されたときにはどこにもないレベルである」とKumarは言う。MRCの研究は、船舶自動識別システムを使用し、各船舶の地理的位置とそれぞれの周波数レベルの平均値と最大値を記録できるように較正した雑音モニターによって捉えた個々の周波数を使用してインド洋地域における低周波背景雑音の変化をリアルタイムに評価する評価ツールを使用した。
(6) 2019年12月、International Maritime Organisation(以下、IMOと言う)は海洋における安全基準として雑音低減対策の実施を決定したが、主要な東南アジア諸国、特に中国がその決定に反対した。MRCの研究の研究に参加していない専門家は、MRCが行ったような雑音計測の研究はIMOの決定がなければ無駄になると述べている。「規制と罰則が存在する場合にのみ、海洋生態系を守るために船舶の運航を規制することができる。海洋哺乳類の死亡の急増を回避するために、船舶の運航と国際交易は徐々に再開される必要があり、国はその領水内の船舶に動きについて特別な上限を設ける必要がある」とCentral Marine Fisheries Research Instituteの海洋生物学者で名誉科学者E Vivekanandanは言う。
記事参照:Study reveals marked decline in noise levels in Indian Ocean Region during lockdown

5月22日「COVID-19が国際海運に与える影響―豪専門家論説」(East Asia Forum, 22 May 2020)

 5月22日付のAustralian National University, Crawford School of Public Policy のデジタル出版物EAST ASIA FORUMは豪The University of Wollongong, the Australian National Centre for Ocean Resources and Security (ANCORS) 教授Sam Batemanの“COVID-19 makes waves for international shipping”と題する論説を掲載し、ここでBatemanはCOVID-19のパンデミックの影響はクル-ズ船業界のみならず、今後世界の海運業界全般に対して、更に深刻な影響をもたらすことになるだろうとして要旨以下のように述べている。
(1) クルーズ船業界へのCOVID-19の影響が注目を集めているが、パンデミックに起因する景気後退は国際海運の他の部分にも深刻な影響を与えるだろう。国連貿易開発会議(以下、UNCTADと言う)のデータでは客船による輸送量は積貨重量トン数(DWT)で国際輸送全体のわずか0.4%に過ぎず、ばら積み貨物船が42.6%、石油タンカーが28.7%、コンテナ船が13.4%、その他が11.1%となっている。これらの船舶はそれぞれ異なる形で運用されており、コンテナ船は固定スケジュールで、タンカーは長期契約で、ばら積み貨物船はしばしば単航契約で運航されるのが一般的である。また、旅客船は一般的に小型であるが、現在建造中の客船にはタンカーに匹敵する物もあり、200,000総トン数を超え、2000人の乗員で5000人以上の乗客を乗せることができるものもあるが、COVID-19の危機後にそのような巨大客船が運航に値するかどうか現時点では不明である。
(2) 国際海運による海上貿易は経済成長のエンジンである。UNCTADによれば、世界経済は2018年から2019年にかけて2.3%成長し、貿易全体で3.1%、国際海上貿易は2.7%成長した。世界の貿易の5分の4は海上で行われている。しかし、COVID-19のパンデミックによる世界貿易の低迷と原油価格の急落は国際海運に大きな影響を及ぼしている。たとえば、タンカー需要は国や石油会社が大型船舶を契約し浮体式貯蔵施設として使用しようとするにつれて急増している一方で、コンテナ船、ばら積み貨物船は需要が大幅に減少している。 コンテナ船の運航会社は損失を最小限に抑えるべく航行をキャンセルしているが、それによりサービスの信頼性を損なっている。また、商品供給の途絶と仕向地の経済問題などにより、貨物輸送の需要も減少している。2020年の第1四半期、ばら積み貨物指数は43%低下した。これらの船舶は船員を減員するか、船員が乗ったまま契約待ちで海上待機しているが、これにより海上武装強盗のリスクにさらされる可能性もある。
(3) こうした国際輸送の低迷は、国際移動の制限にも関連し、船員に深刻な影響を及ぼしている。世界中で約100,000人の船員が乗務しているが、これらの多くの乗組員の契約変更は現状では困難であり、何千人もの船員が契約をはるかに超える期間、船内に拘束されている。
契約期限が切れた船員は帰国すると新しい契約を取得できない可能性が高い。これは多くの発展途上国に波及効果をもたらすだろう。特にフィリピンでは述べ40万人が海事関係で収入を得ており、一部は上級船員職にも就いて2018年には60億米ドルの送金が行われた。現在、クルーズ船はインドネシア人やフィリピン人船員を母国に戻すため使用されている。マニラ湾には20隻以上の客船が停泊しており、5600人以上のフィリピン人船員が上陸許可を待っている。
(4) こうした海運市場の低迷は、海賊行為の増加や海上武装強盗の誘因になる可能性もある。 2008〜2010年の世界的な金融危機はソマリア沖および東南アジアにおける海賊、武装強盗増加の大きな要因であった。契約解除された多くの船舶は危険度の高い海域に放置されたままになっていたが、特に東南アジアにおいては減員された停泊中の船舶が襲撃に対して非常に脆弱であった。こうした状況が再び進展しているかもしれない。アジア海賊対策地域協力協定(ReCAAP)の2020年第1四半期の報告書によれば、2019年の同時期と比較して事件数は3倍に増加しており、これらの事件の55%が錨泊または係留中に発生している。このことは契約解除された多くの船舶が港内でより多くの時間を費やしているということを示唆している。
(5) これまで世界的金融危機に際しても海運市場は比較的早期に回復して来たが、今般のCOVID-19についてはより継続的な影響があるかもしれない。クルーズ業界に近年経験して来たようなブームが回復することはないであろうし、船員の雇用や本国への送還についてもおそらくはより難しい状況となり船主の費用が増加することになるだろう。船主としては、より安価に船員を採用し、乗員数を削減し、保安基準を下げることによりコストを削減しようとするであろうが、これは衝突などの海難事故のリスクを増大させるのみならず、海洋汚染や海賊行為に対する脆弱性も増大させるリスクがある。船員に低賃金で過剰労働を強いることは海洋の安全の確保には決して寄与しないのである。
記事参照:COVID-19 makes waves for international shipping

5月22日「インド太平洋における米軍による抑止力の増強―米専門家論説」(The Hill.com, May22, 2020)

 5月22日付の米政治専門紙The Hill電子版は、米シンクタンク Heritage Foundationの国防予算上席分析員Frederico Bartelsの“Boosting military deterrence in the Indo-Pacific region”と題する論説を掲載し、ここでBartelsはインド太平洋における米軍の抑止力強化の構想について要旨以下のように述べている。
(1) 世界的なCOVID-19危機の中でも、中国共産党は国際舞台で軍事的な攻撃性を継続している。他者を脅すための武力行使の増加は、数十年にわたる一貫した大規模な国防予算に支えられた北京の権力意識の高まりを反映している。2019年、議会はこれらの傾向について認識し、インド太平洋軍司令官であるPhil Davidson海軍大将に、この地域の抑止力を強化するための選択肢の概要を説明する報告書を提出するよう求めた。“Regain the Advantage”(優位性を取り戻す)という名のこの報告書は、米国防総省が最優先の戦域と見なしているインド太平洋地域での米国の利益を守るために充て、5年間で総額200億ドルの投資を行うことを提案している。総体的には、この提案はインド太平洋における米国の抑止力を向上させ、実現した場合には、我々の軍隊の同地域における戦闘態勢をより良いものにする非常に実用的で有用なアイデアを示している。議会は現在、インド太平洋地域のための資金拠出を増やす方法を真剣に検討し始めている。新たに表れたインド太平洋における米軍のプレゼンス強化に対する上下両院・超党派の支持は、この地域における平和を維持するための米国の取り組みにとって良い兆しとなるだろう。
(2) しかし、この提案はまた、米国の国防予算を読み解く上での根強い課題を浮き彫りにしている。国防予算は国防総省全体に広がる何千もの個別の予算線の間に分散しているため、インド太平洋防衛やサイバーセキュリティのような特定の取り組みに投入される資金の総額を特定することは非常に困難である。インド太平洋地域における米国の軍事的抑止力を強化するための取り組みには、そもそもこの課題に実のところどれだけの予算が投入されているのかを議員やアナリストが理解できるように役立つ、より良いシステムを構築する取り組みを加えることが必要である。
(3) 米国がインド太平洋により関与する必要があることは疑いの余地がない。国家安全保障戦略、国家防衛戦略及びインド太平洋戦略は全て同じ方向を向いている。中国がもたらす、国際的なルールや規範に対する挑戦の増大に、我々は対応しなければならない。人を駆り立てる問題は、それをどのように運用可能にするかということである。インド太平洋抑止構想は、この地域での取り組みの焦点を提供するものである。さらに、この構想によって、議会、国防総省、そして最も重要なことは、米国民が、この地域で我々が何をしているのか、そして、他に何ができるのか、何をすべきなのかを、より深く理解することができるようになるだろう。
記事参照:Boosting military deterrence in the Indo-Pacific region

5月22日「印豪、インド洋における島嶼領域の相互共同使用に向けて-印専門家論説」(The Interpreter, 22 May 2020)

 5月22日付の豪シンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、Carnegie Endowment for International PeaceのSouth Asia Program非常勤研究員Darshana M. Baruahの“Islands of opportunity: Where India and Australia can work together”と題する論説を掲載し、ここでBaruahは6月に実施される印豪首脳会談においてアンダマン・ニコバル諸島とココス諸島の相互利用について合意されればインド洋、太平洋において哨戒監視、海洋状況把握の対象海域を拡大できるとともに、米国、日本などとの戦略上の連携を拡大する可能性があるとして要旨以下のように述べている。
(1) コロナウイルスの世界的感染拡大の最中、インドとオーストラリアは6月にオンライ首脳会談を準備している。首脳会談では戦略目的のためインド洋において両国がそれぞれ領有する島嶼の協同使用を含む戦略構想が話し合われる可能性がある。インドのアンダマン・ニコバル諸島とオーストラリアのココス諸島は両国に重要な利点を提供するのに最良の位置にある。豪印両国の戦略的関係は、関心がはっきりと収斂してきているにも関わらず近年あまり発展していない。両国関係の問題の1つは、優先する戦域の違いにある。インドはインド洋であり、オーストラリアは太平洋である。もし、ニューデリーが太平洋を優先順位2番目の関心領域と規定すれば、キャンベラにとってインド洋は2番目に優先される海域となる。両国の能力の限界が第2の関心領域に資源を振り向ける問題があることを意味している。
(2) インド洋に所在する印豪両国の島嶼領域の利用に共同で取り組むことは、両国の問題に対処する機会を提供する。共同利用の対象となる島嶼は戦略的チョークポイントや通商路近くに所在する。アンダマン・ニコバル諸島はマラッカ海峡に近く、同時にココス諸島はインドネシアのスンダ海峡、ロンボック海峡、オンバイ-ウェタル海峡に近い。これら海峡はインド洋と太平洋の間の出入り口である。これらの島嶼は戦略上、実行上の目的やメッセージを発信する目的に利点をもたらすことができる。これらの島嶼の重要な利点は監視と海洋状況把握任務として知られているものである。印海軍は最近、インド洋における中国艦艇、潜水艦の配備の増加を確認しており、これには報じられている海洋調査のための水中無人機のインド洋への展開も含まれている。海洋調査は潜水艦を展開し、運用するために重要な海水温度、水深、海水の塩分濃度といったデータ収集であり、北京は太平洋でも同様の調査を実施している。アンダマン・ニコバル諸島およびココス諸島はマラッカ海峡等を跨ぐ対象海域を拡大し、より長時間の海洋状況把握任務を可能にする。印豪両国は既に、南部インドおよびオーストラリアに展開するP-8哨戒機を使用し、洋上監視偵察任務にそれぞれの島礁を利用している。相互乗入合意によるそれぞれの島嶼領域を利用するという対等な共同努力は印豪両国が個々の能力を超えて部隊の展開、海洋状況把握任務を拡大することを可能にする。
(3) インドにとって、共同使用する島嶼へのアクセスは、北はアンダマン・ニコバル諸島から南はココス諸島までマラッカ海峡やインドネシアの海峡周辺の拡大された海域をより容易に監視することができる。外洋における潜水艦の追尾は極めて困難で、かつ膨大な資源と資金を必要とする。チョークポイントは潜水艦追尾の窓を提供し、島嶼を重要な資産としている。アンダマン・ニコバル諸島、ココス諸島はインド洋、太平洋における組織的な共同対潜戦の機会を提供している。キャンベラは監視任務のためにダーウィン、マレーシアのバターワースに展開する選択肢があると同時に、アンダマン・ニコバル諸島へのアクセスはオーストラリアがインド洋の中心部での行動を可能にする。同諸島へのアクセスは東部インド洋へのオーストラリアの利益を強化するだけでなく、オーストラリアのインド洋政策の最近の問題であるインド洋の残りの部分に対する軍事的関与を増加する基盤を提供する。
(4) これらの島嶼を協同使用する取り組みには政治的メッセージを送るという重要な利点もある。印豪がこれまでそれぞれに閉鎖していた島嶼について協調することはインド太平洋における重要な国間の戦略的信頼を深めるという強い政治的メッセージをインド太平洋全域に発信することになる。さらに、4カ国安全保障対話でのしばしば開かれ発展する外交上の話し合いと歩調を合わせて、近い将来オーストラリアが日米印3カ国マラバール共同演習に参加するかもしれない。印豪はAUSINDEX演習を利用して共同哨戒のためにアンダマン・ニコバル諸島とココス諸島間でそれぞれにP-8哨戒機を飛行させ始めるかもしれない。これは、将来実施されるより複雑で持続する任務の基盤に確立する上での後方支援上、管理上の問題を試すことになるだろう。これには最も高いレベルでの政治的合意が必要である。
(5) 印仏関係がインド洋における協調の事例を提示している。2019年初め、印海軍は仏領レユニオン島にP8I哨戒機を派遣しフランスとの共同哨戒を実施した。責任分担という形で印豪仏それぞれがプレゼンスを強化するためそれぞれの島嶼を利用するという印豪仏協調の可能性がる。そのような取り組みはインド太平洋の友好国、たとえば米国、日本に拡大していくかもしれない。責任分担の形による共同は能力、資源の制限に対処する助けとなるだろう。まもなく行われるNarendra Modi印首相とScott Morrison豪首相の首脳会談には長らく懸案であった相互乗入れと後方支援施設の合意の発動が含まれるだろう。この合意は、インドが現在、米国およびフランスと締結している合意と似たものである。ニューデリーとキャンベラが戦略的協調を島嶼領域にまで広げることを選択するのであれば、この合意は政治的意思を発信し、管理上および後方支援上の問題を取り除くだろう。
記事参照:Islands of opportunity: Where India and Australia can work together

5月25日「トンキン湾漁業問題のこれから―香港海洋経済専門家論説」(China US Focus, May 25, 2020)

 5月25日付の香港China-United States Exchange FoundationのウェブサイトであるChina US Focusは、中国南海研究院海洋経済研究所所長である李建偉の“Looking Ahead for the Gulf of Tonkin Fishery”と題する論説を掲載し、ここで李建偉は4月に実施されたトンキン湾での中越合同漁業監視活動について言及し、トンキン湾の漁業資源をめぐる中越協力のこれまでと今後の見通しについて要旨以下のとおり述べている。
(1) 4月21日から23日にかけて、トンキン湾において中国海警総隊と越海上警察が合同で漁業監視活動を実施した。この活動の根拠は2000年12月に調印され、2004年6月に発効した中越漁業協定まで遡る。この協定は今年6月30日に失効することになっている。そのとき、今年になって初めてこの種の合同活動が実施されたことには大きな意味があるが、それはあまりメディアの注目を受けてこなかった。
(2) トンキン湾は漁業資源豊富な海域であるが、近年その減少が顕著であり、上述の協定はそれに歯止めをかける目的で結ばれたものである。2004年4月には漁業協定への追加議定書と、トンキン湾の共同漁業地域(Common Fishery Zone、以下CFZと言う)における漁業資源の保存・管理に関する規則も署名された。これら3つの協定および規則が、トンキン湾における漁業管理の基盤を形成しているのである。
(3) CFZは33,500平方キロメートルに及び、トンキン湾全体の4分の1程度を占める特に資源豊富な海域である。中国とベトナムは合同監視機構を設立し、この海域における漁業管理、不正操業の監視、漁民の救難業務に従事させた。最初の合同監視活動が実施されたのは2006年9月のことで、2009年には両国の人員がそれぞれお互いの監視船に乗船した。2016年8月には作業部会を開催し、1年に1度であった合同活動を2度にすることで合意した。これまでに19度の合同監視活動が実施されている。
(4) 2019年6月末に漁業協定は失効する予定であったが、両国間でこの協定の成果に関するレビューが実施され、その有効性が確認されるとともに、1年間の延長が決定された。この協定のもと、中越両国はそれぞれさまざまな行政的手段を行使してきたが、他方で、合同漁業委員会などが設立されたり、これまで述べてきた合同の監視活動などが続けられた。とりわけこうした経験が今後の漁業管理およびそのための協調にとって価値のあるものであることが確認される。
(5) しかし問題がなかったわけではない。中越の漁業関係者の間ではたびたび論争が起きており、何よりもこれまでのやり方が、漁業資源の減少という根本的問題を解決するものではなかったことは明らかである。乱獲は止められず、漁業資源復活に必要な環境が整えられていない。
(6) この問題に取り組むためには、全体論的なアプローチが必要だろう。つまり、漁民の生活、持続可能な漁業資源の利用、沿岸地域の経済発展などさまざまな関連する要因をすべて考慮に入れてこの問題に取り組まなければならないということである。6月に漁業協定は失効するが、そのことは、今後この課題に取り組むための新しいチャンスでもある。これまでの協力体制を維持しつつ、持続可能な資源開発のためのより効果的な手段を検討していかねばならないだろう。
記事参照:Looking Ahead for the Gulf of Tonkin Fishery

5月26日「ディエゴ・ガルシア島における主権と核をめぐる問題―豪研究者論説」(The Interpreter, May 26, 2020)

 5月26日付の豪シンクタンクLowy InstituteのウェブサイトThe Interpreterは、The Australian National Universityの研究助手Samuel Bashfieldによる“Mauritius, Diego Garcia and the small matter of nukes”と題する論説を掲載し、ここでBashfieldは、インド洋に浮かぶチャゴス諸島の主権をめぐる論争について言及し、その安全保障上の問題について要旨以下のとおり述べている。
(1) インドから南に約1600キロメートルに位置するチャゴス諸島のひとつ、ディエゴ・ガルシア島(以下、DGと言う)は、アメリカの軍事ネットワークにおける重要な一部である。しかし今、その島をめぐって論争が起きている。ひとつには、チャゴス諸島を統治し続け、DGにおける基地利用をアメリカに認めてきたイギリスが、その主権をモーリシャスに返還するよう求められているのである。
(2) 2019年、国際仲裁裁判所と国連総会はチャゴス諸島の主権をモーリシャスに返還するようイギリスに勧告した。イギリスはそれに応じていないが、もし主権の返還がなされれば、もうひとつ難しい問題が生じる。つまりDGの基地利用における核に関する問題だ。DG基地の主な目的は、核を運用可能な艦艇、航空機に対する支援であり、米軍の巡航ミサイル搭載原子力潜水艦や巡航ミサイル搭載戦略爆撃機の中継地点であった。DGへの核兵器の出入りは英米間の合意に基づいたものである。他方、1996年にはペリンダバ条約が締結されている。それはアフリカの非核地帯における核の開発や、核の持ち込みなどを禁止するものである。
(3) 定期的に行われているDGへの核兵器の出入りはこの条約に違反していると言えようが、イギリスは同条約に記された注釈ゆえに、チャゴス諸島はその制約を受けないと解釈してきた。しかし、この解釈はアフリカ連合に異議を唱えられており、チャゴス諸島がモーリシャスに返還された場合、アメリカのDG基地利用がこれまで同様に続けられるかは不透明である。
(4) 2019年の国連総会でモーリシャスのPravind Jugnauth首相は「長期的な調整」に入る用意があると述べた。彼は、「国際法に従って、その防衛施設の無制限の運用を認めるだろう」とも述べた。「国際法」および「無制限の運用」が何を意味するかがここでは非常に重要である。
(5) アメリカはDGにおける核禁止を受け入れることはないだろうし、ペリンダバ条約が修正される可能性もないだろう。そのときモーリシャスにどのような選択肢があるか。ひとつには二国間合意を結び、そこに「独占的裁判権」を確立する、つまりチャゴス諸島を国際法の例外として、核問題を住民の手に委ねるというものだ(なお1966年の英米合意以降DGの住人は強制的に退去させられた)。これは結局のところモーリシャスがチャゴス諸島の完全な主権を再獲得できないことを意味しよう。
(6) もうひとつの方法は、核兵器を搭載した米軍の艦艇、航空機を単なる「訪問者(visitors)」として扱うことである。ペリンダバ条約は核兵器の「駐屯(station)」は禁止しているが、外国船舶や航空機の「訪問(visits)」を認めているからである。同様の言葉遣いを利用しているのが、オーストラリアである。1985年にオーストラリアも調印したラロトンガ条約は、南太平洋の非核地帯を樹立したものであるが、オーストラリアは核を運用可能な米軍の艦艇、航空機の「訪問」を受け入れている。モーリシャスも同様のことを行いうる。
(7) ただしこうしたことを考えるのは、主権の問題が解決されてからであろう。イギリスはチャゴス諸島の主権を維持し続けるつもりであるし、アメリカはそれを支持している。この両国が交渉を受け入れる余地はないように思われる。
(8) インド洋への影響力拡大を模索するロシアや中国を考慮に入れれば、現在の論争は誰のためにもなっていない。重要なことは、中ロの存在を考慮に入れつつ、インド洋にルールに基づく秩序を確立することである。そうした幅広いコンテクストにおいてチャゴス諸島の主権問題は解決されるべきであろう。この問題解決のためにモーリシャス側が果たす役割は大きい。
記事参照:Mauritius, Diego Garcia and the small matter of nukes

5月26日「ロシア北極圏におけるアジアの虎たち:先行き不透明な国々―米専門家論説」(Eurasia Dairy Monitor, Jamestown Foundation, May 26, 2020)

 5月26日付の米シンクタンクThe Jamestown Foundationが発行するEurasia Daily Monitorのウエブサイトは、同所研究員Sergey Sukhankin博士の “The Asian Tigers in Russia’s Arctic: Unforeseen Favorites?”と題する論説を掲載し、ここでSukhankinは、シンガポール、韓国ともに国内的にさまざまな思惑を抱えておりロシアとの協力の先行きは不透明であるとして要旨以下のように述べている。
(1) アジア太平洋地域の多くの国々は北極圏をエネルギー、輸送、研究開発などの最も戦略的に重要な経済分野の劇的な変革を推進する原動力となるものとして見ている。中国、インド、日本の3つのアジアの巨人の他に、小国ではあるが影響力のある国々、特に4つのいわゆるアジアの虎たちが注目を集めている。香港、シンガポール、韓国、台湾である。これら4つの国のうち、シンガポールと韓国は北極圏の計画と構想を追求することに特に強い関心を示している。しかし、いくつかの類似点はあるが、その取り組みと目的はそれらの国々の間で異なる。
(2) はじめにシンガポールについて述べる。2013年にシンガポール外務省の上席政務次官Sam Tanが指摘したように、シンガポールは他のアジアの国とは異なり、北極の天然資源には興味がない。むしろ、2013年以来、北極評議会のオブザーバーであるシンガポールは、この地域をその革新的な技術の大きな可能性を実現するための基盤と見なしている。しかし、それはロシアを含む他の北極諸国との協力なしには不可能である。大まかに言えば、ロシアはシンガポールとの関係を強化する可能性のある分野は、次の4つの分野と考えている。第一の分野は、新技術とノウハウの共同開発である。西欧諸国の経済制裁と国内の代替案の欠如から考えて、世界シェアは70%近くを占める氷の探査を含む沿岸の掘削リグの世界的リーダーの1つであるシンガポールの技術は、ロシアの石油採掘産業には必要である。さらに、石油及び天然ガス部門の脱炭素化に向けた長期的な傾向を考えると、ロシアに欠けている技術が必要となり、それは、現在のところ、西側諸国からは得られそうにないので、シンガポールの技術と経験が不可欠であるということができる。協力の可能性のある第二の分野は、企業サービスである。ロシアは、リスク保険と紛争調停における優れた実績を持っているシンガポールを北極圏関連の石油及び液化天然ガス(LNG)取引の優れた仲買人と見なしている。具体的には、ロシアのNovatekとRosneftは、シンガポールを外国のクライアントとの架け橋としてすでに使用している。第三の分野は北極圏の研究である。シンガポールは島嶼の都市国家であり、気候変動が都市に有害な結果をもたらすおそれがあるため、気候変動の研究に深い関心を持っている。シンガポールが指摘しているように、ロシアとの協力は、北極圏研究の発展にとって極めて重要である。第四の分野は、ロシアの北極圏の主張の擁護である。ロシアの探検家が北極圏でのロシアの主張を支持する際に「シンガポールの支援を期待している」と述べた。
(3) 次に、韓国について述べる。シンガポールとは対照的に、韓国の北極圏についての関心は、地理的位置、輸出志向型で技術革新に基づく経済、戦略的天然資源の不足によって形成されている。2013年に北極評議会でオブザーバーの地位を取得した後、韓国は独自の北極戦略(2013〜2017年)を採択し、4つの主要目標を策定した。国際協力、研究開発、持続可能なビジネス慣行、制度主義の推進である。目的を追求するために、韓国はロシアとの対話と協力を強化した。この協力的対話の原則は、2017年9月にウラジオストクで開催された東方経済フォーラム(以下、EEFと言う)で設定された。そのイベントでの基調講演で、文大統領は次の要素で構成される「9つの橋」という新規計画の開始を宣言した。
a.韓国の供給を多様化する手段としての天然ガス
b.鉄道輸送(韓国鉄道とシベリア鉄道の接続の確立)
c.エネルギー(アジアのスーパーグリッド構想)
d.造船(ヤマルLNG計画による砕氷船)
e.港湾(ザルビノ港及びその他の港湾整備)
f.農業(コズミノの鉱物肥料工場)
g.漁業(ウラジオストクの魚加工施設)
h.工業地帯(沿海地方の工業団地)
i.北極圏の開発
(4) 2018年、プーチン大統領と文在寅大統領はモスクワでの会談において新規計画の支持を再確認し、「エネルギーと輸送を含む、北極圏で相互に有益なパートナーシップを構築する」必要性を強調した。しかし、この新規計画の進展には、3つの大きな不確実性が影を落としている。第一の問題は、ロシアとの協力を強化することは、韓国にとっては米国の戦略的パートナーシップを損なうことを意味することである。これは、アジア太平洋地域の現在の政治的および安全保障環境を考えると、韓国がとることのできない選択肢である。確かに、2019年のEEFサミットに韓国の指導者が欠席したため、クレムリンは不安になった。ロシアの政策立案者は、この欠席についてコメントし、両国間の共通の政治的議題の欠如を示していると述べた。第二の問題は、韓国のビジネスエリートの保守主義である。最初の予備合意にもかかわらず、韓国の造船業者は最終的に、北極海向けのLNG運搬船はロシアのUnited Shipbuilding Corporationが所有するZvezda shipyardで建造しないことを発表した。代わりに、Samsung Heavy IndustriesとHyundai Heavy Industriesの両社が、韓国国内でNovatekのLNG運搬船を建造する。ロシアの情報筋によると、韓国の造船業者は、もしロシアで建造が行われた場合、「不必要な建設の遅れ」、「資格のある[ロシア語]専門家の不足」、「戦略的に重要な技術」の喪失(つまり産業スパイ)の可能性を懸念していたとのことである。第三の問題は、ロシアの東海岸と北海岸に続く北東航路(NEP)に沿った実際の機能、収益性、インフラの状態に関する韓国側の懸念である。著名なロシアの専門家でさえ、インフラの改善が行われない場合、韓国企業はアジアとヨーロッパを結ぶこの海上輸送動脈を使用することの収益性に対する信頼度が低くなると繰り返し主張している。したがって、韓国企業による大規模な関与はないであろう。韓国を含むいくつかの選択的なプロジェクトが行われる可能性があるが、より大きな新規計画が開始される可能性は低い。
(5) 一般的に、アジアの虎たちはロシアにとって北極圏の潜在的には望ましいパートナーと見なされている。上に述べた諸問題を除いた彼らの重要な特質は、ロシア政府に完全に沿った政治的課題の事実上の拒否である。現在の傾向を考えると、これらの国々とロシアの協力の先行きはかなり不透明なままとなっている。
記事参照:The Asian Tigers in Russia’s Arctic: Unforeseen Favorites?

5月27日「カンボジア・ロン島は『真珠の数珠つなぎ』の新しい一粒になるか?―英・米研究者論説」(The Interpreter, May 27, 2020)

 5月27日付の、豪シンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreter は、英シンクタンクLSE IDEAS の研究員Charles Dunstと米George Washington University の大学院生Shahn Savino による“Another pearl in China’s string?”と題する論説を掲載し、ここでDunstらは現在カンボジアのロン島で進められているリゾート計画と中国の膨張戦略との関連性について要旨以下のとおり述べている。
(1) 現在、カンボジアのロン島という静かな島で、中国主導で進められている計画がある。ロン島はシアヌークビルから船で2時間ほどの距離に位置する長らくバックパッカーたちの安息の場所になっているところだ。そこを一大リゾートにしようという計画が進められているのである。
(2) シアヌークビルは、現在のカンボジアと中国の距離の近さを象徴する都市である。あちらこちらに中国系カジノがあり、「卑しいギャンブルのメッカ」とも言われている。カンボジア国民の間では反中国感情が高まっているが、Hun Sen首相の親中方針を変更させるには至っていない。それどころか報道によれば中国はシアヌークビルの海軍基地へのアクセス権を与えられ、またダラサコーに飛行場や大水深港の建設権も与えられたという。
(3) ロン島のリゾート化計画もこの文脈でとらえられるべきであろう。同島のリゾート化は単なる民間目的のものとは理解しにくい。そこは、中国に対して常に油断を見せないベトナムから100キロメートル程度しか離れていない、戦略的な場所に位置している。このことはロン島が、アフリカのジブチ基地のように、中国にとって重要な足場となる可能性があることを示している。
(4) 2008年、カンボジア政府は新興実業家でカンボジア商工会議所会頭を務めるKith Mengによって経営されるRoyal Groupに、ロン島開発のために同島を99年間リースすることを発表した。そのとき香港の不動産会社が共同事業者だったのであるが、後に無名の中国系企業Royal Galaxy Groupがそれに取って代わった。そしてRoyal GroupとRoyal Galaxy Groupの2社は、2019年12月、3億ドルにのぼるロン島開発計画について発表したのである。そこには、中国人民政治協商会議の深圳支局関係者のCheng Keweiが同席していた。
(5) そこで発表された計画は、あまりに規模の大きいものであった。そのリゾートは6000人もの人数が利用可能というもので、同島への観光客がその規模になったことはない。シアヌークビルにも飛行場があるというのに、ロン島には飛行場建設が計画されている。その滑走路は2650メートルで、プノンペン空港よりもわずかに短い程度である。これほど大規模なリゾートや飛行場が果たして必要なのだろうか。Mengはリゾート建設によって同島への観光客が増大すると主張するが、それは疑わしい。同島の住民は開発計画に反対しているし、国際空港は必要ないと感じている。この島が東南アジアの人気ある観光地に肩を並べられるとは思えない。
(6) ロン島の観光地化をめぐる議論は、その北に位置するダラサコーのリゾート化と関連づけられるべきかもしれない。そこは、軍事施設を有するリゾートと見られている。そのリゾートの商業的な意味は小さく、また、ニューヨーク・タイムズが報じたところによれば、あるカンボジア政府関係者はダラサコーの住人に、いずれそこに中国が軍港を建設することになると述べたという。
(7) 同様にロン島のリゾートの商業的価値は低いだろうが、他方でそれが中国にとって重要な戦略的前哨地になる潜在性はある。中国はこれまでも、商業的利益と戦略的利益の境界を曖昧にするというやり方をとってきた。つまり表向きは商業的・民間の利益のための開発計画などを行いつつ、それを戦略的にも利用するというやり方である。ミャンマーのチャウピューにおける大水深港の建設などがその一例だ。ロン島もまたそのひとつであり、中国がインド洋で展開する「真珠の数珠つなぎ」戦略の一角を担う可能性はある。
記事参照:Another pearl in China’s string?

5月28日「『太平洋抑止構想』、インド太平洋戦域における力を通じた平和を確立するために―米上院軍事委員解説」(War on the Rocks.com, May 28, 2020)

 5 月28日付の米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockは、米上院軍事委員会Jim Inhofe委員長(共和党)と同委員会民主党筆頭理事Jack Reedの “The Pacific Deterrence Initiative: Peace Through Strength in the Indo-Pacific”と題する論説を掲載し、ここで両名は2021年度国防権限法に盛り込まれた、「太平洋抑止構想」(The Pacific Deterrence Initiative)の狙いについて、要旨以下のように解説している。
(1) 米国の抑止力の信頼性は、米国は敵に勝利を望み得ないことを得心させることによって戦争生起を阻止するという単純な基礎に立っている。現在、インド太平洋戦域において、ますます攻撃的になりつつある中国が包括的な軍事力近代化を継続していることから、米国の抑止の基礎が崩壊しつつある。これは党派を超えた課題である。アジアにおける米国の安全と繁栄を守る最良の方法は、信頼できる軍事力のバランスを維持することである。しかし、そのための米国の能力は危険な状態にある。危機に瀕しているのは米国の利益だけではない。インド太平洋戦域の同盟国とパートナー諸国は、米国が頼りになり得るかどうかを懸念しつつ、注視しているのである。危険は非常に高く、今こそ動き出す時である。これこそが、我々が今年、2021年度国防権限法に「太平洋抑止力構想」(The Pacific Deterrence Initiative: 以下、PDIと言う)を盛り込んだ理由である。PDIは、中国を抑止するための主要な軍事能力に資源を集中するものである。PDIはまた、米国の同盟国とパートナー諸国を再保証するとともに米国民がインド太平洋戦域における米国の利益の防衛を決意していることを中国共産党に伝える強力なメッセージとなろう。
(2) PDIは何を目指すのか。国防総省は、インド太平洋戦域における挑戦を真剣に受け止め、この戦域における「国家防衛戦略」の履行に幾つかの大きな成果―即応態勢の再構築や装備の近代化など―を挙げてきた。しかしながら、これらの成果は、PDIが求める「相当な規模での迅速な改革」には不十分である。PDIはインド太平洋戦域における「国家防衛戦略」の履行を促進し、国防総省に対して当該年度の予算編成プロセスにおける優先順位の明確化を慫慂するものとなろう。
a.第1に、PDIは予算編成の透明化と、議会による監視を強めることになろう。「国家防衛戦略」は、 国防省が中国及びロシアとの戦略的抗争を再び重視することを求め、欧州戦域とインド太平洋戦域の優先度を高めた。戦域毎の優先順位を予算上の優先順位に変換することは「国家防衛戦略」を履行する上で不可欠だが、現在の国防総省の予算編成プロセスにとっては大きな挑戦である。注目すべき例外は欧州である。ロシアからの脅威の増大に対処するために2014年に創設された、「欧州抑止構想」(The European Deterrence Initiative: 以下、EDIと言う)は、欧州戦域における侵略を抑止するための国防総省による重要な努力を明示している。EDIのための詳細な予算説明資料によって、議会は、EDIへの取り組みを長期にわたって追跡し、進捗状況を評価し、そして必要に応じて調整を行うことができる。PDIも同じ目的、すなわち議会と国防総省がインド太平洋戦域における米国の優先順位を決めるための選択肢の明確化と同時に、当該戦域の戦闘所要を通して国防予算を検討できるようなるであろう。
b.第2に、PDIは米軍がインド太平洋戦域において抗争し、戦闘し、そして勝利するために必要なあらゆる能力を確実に備えることができるように主たる能力不足分野に資源を集中することになろう。現在の予算編成プロセスは、近代化と即応態勢への投資を重視してきた。いずれも必要不可欠だが、最終的に「国家防衛戦略」目標を達成するにはそれだけでは不十分である。特に、戦力配備態勢と兵站能力はインド太平洋戦域における米国の抑止力にとって、依然として深刻な弱点である。前方展開の飛行場と港湾インフラ、燃料・弾薬貯蔵処、及びその他の分野を守る戦域ミサイル防衛に対する投資は、インド太平洋戦域における将来の米軍戦力態勢にとって不可欠であろう。PDIは戦力配備態勢と兵站能力の一層の重視を促すとともに、これらの所要に対して必要な資源が投入されているかどうかを判断するのに役立つであろう。要するに、我々は、PDIが計画立案と予算編成に当たっての国防総省のアプローチを再考するのに役立つことを期待している。予算編成における任務指向のアプローチは、戦闘勝利に不可欠の統合と作戦遂行可能な能力とにより多くの関心を振り向けることになろう。
c.第3に、PDIはインド太平洋戦域における米国のコミットメントについて、同盟国とパートナー諸国に再保証することになろう。議会は、インド太平洋戦域における米国の政策と利益を明確にした「アジア再保証構想法」(the Asia Reassurance Initiative Act)を成立させるという重要な措置をとった。PDIは、この戦域への米国のコミットメントが超党派的であり、かつ永続的であることを明示するための国防総省中心の補完的な努力となろう。インド太平洋戦域に特化した安全保障援助資源を増やすことによって、PDIは米国の同盟国とパートナー諸国が自国の主権を守るために必要な能力構築を支援するとともに、これら諸国に対して単独で中国の威嚇行為や侵略の脅威に直面することはない、ということを保証するであろう。
d.第4に、そして最後にPDIは米国の抑止力の信頼性を強化することによって、中国の侵略抑止に役立つであろう。PDIは、米軍に対して迅速で、容易な、あるいは安価な勝利はあり得ないことを中国共産党に得心させるための努力に資源を集中する。十分に分散配備された戦力態勢は、米軍部隊と関連インフラに対する中国の攻撃目標照準を複雑にするであろう。米軍基地の高性能ミサイル防衛システムは、中国の攻撃を一層困難かつ高価なものにしよう。インド太平洋戦域における戦闘即応態勢の米軍戦力が増強されることによって、中国が緒戦段階で優位を獲得し、維持することは困難になろう。抗堪性が強化された兵站システムによって、米軍を戦闘から離脱させたり、米軍の増援を遅延させたりすることは難しくなろう。新型の地上配備長射程攻撃能力は、抗堪性があり、かつ残存可能な米国の新たな戦力投射能力となろう。PDIは、北京の計算に不確定要素とリスクを与えることを狙いとした、こうした努力に資源を集中することになろう。
(3) PDIは万能薬ではないし、インド太平洋戦域で米国が直面している、多数の非軍事関係の課題は言うまでもなく、あらゆる軍事問題を解決するわけではない。中国は明らかに経済安全保障、国際開発、外交、人権と民主的規範、及び多国間協力を中心とする包括的な対応を必要とする挑戦となっている。さらに、PDIは特定戦域指向の構想だが、我々は、中国の挑戦は世界的なものであることを認識している。しかし、PDIは統合戦力にとっての主要な優先事項に対する米国の思考と資源配分を再検討するとともに、インド太平洋戦域における米国の抑止力の信頼性を回復するための重要な措置である。PDIは米国の敵に対して今日であろうと明日であろうと米国の軍事力を試してみようとするような良き日は決して来ないことを得心させるのに役立つであろう。
記事参照:The Pacific Deterrence Initiative: Peace Through Strength in the Indo-Pacific

5月28日「カスピ海で配備を増強するイラン海軍―ユーラシア問題専門家論説」(Eurasia Dairy Monitor, Jamestown Foundation, May 28, 2020)

 5月28日付の米シンクタンクJamestown Foundationのデジタル誌Eurasia Dairy Monitorは、最近までAzerbaijan Diplomatic Academyの調査出版部長であったユーラシアにおける民族、宗教問題専門家Paul Gobleの“Iran Expanding Its Naval Presence in the Caspian”と題する論説を掲載し、ここでGobleはイランのカスピ海の海軍部隊は勢力は小さくロシアのカスピ海小艦隊への直接の脅威とはなり得ないが、最近のイラン海軍司令官等の発言からイランがカスピ海地域での影響力の拡大を意図していることは明らかで、「いかなる外国勢力」も役割を果たすことを阻止するとし、その対象は西側だけではなくロシアも含まれ、将来の紛争の原因となり得るとして要旨以下のように述べている。
(1) 西側の研究者はイラン海軍についてホルムズ海峡を通航するタンカーに対する妨害あるいは阻止の能力にばかり焦点を当てる傾向にある。もし、イランがタンカーの妨害あるいは阻止に成功すれば世界の石油市場を混乱に陥れる危険を考慮すれば理解できる認識である。しかし、ロシアの研究者はそれに加えて別の懸念を有している。カスピ海におけるイラン海軍の配備の増強であり、その配備をカスピ海沿岸国であるアゼルバイジャン、トルクメニスタンの首都でテヘランの影響力を拡大するために使用することである。これは、モスクワ現在の支配的地位に対する挑戦である。イラン北方艦隊の規模は極めて小さく、ロシアのカスピ海小艦隊の直接の脅威にはなり得ないが、テヘランがその艦艇を政治的に利用すれば、ロシアの研究者はイランが最終的にはモスクワが完全に信頼できる同盟者ではないことを証明することになるだろうと懸念している。イラン海軍の高級将校や政治家の最近の一連の発言はこの懸念を高めてきただけである。
(2) 4月にイラン海軍司令官Hossein Khanzadi少将はカスピ海に面するバンダレ・アンザリーの基地を訪問し、「カスピ海は平和と友好の海であり、我々はこの地域の隣人達と戦術を共有することができる。我々は友好的な隣国と紐帯を拡大する準備が完全にできている」と述べると同時に、「イランはカスピ海において独自の強力な(海軍力の)配備を確実にすることが重要である」とも述べている。Khanzadi司令官の発言は2020年初めにインド洋およびオマーン海で行われたロシア、中国との3カ国共同訓練の後になされている。4月26日、イラン海軍副司令官Habibullah Sayariはイラン国防省で海軍建設の責任者であるAmir Rastegari少将を帯同してエンゼリの近くにある造船所を訪問し、イランは海軍建設のために外国に依存してこなければならなかったが、現在は自給できるようになり、潜水艦や空母さえも(これは疑わしいが)含むイランが望むいかなる艦艇も建造できるとして「イスラム革命に、若い世代の自信に、イランの海洋工業組織の昼夜を分かたぬ努力に感謝。我が軍が望む全ての装備を設計し、製造できるところに到達した」と述べている。国の祝日ニーメイェ・シャアバーンに際して、Khanzadi司令官は、カスピ海における海軍の配備は、「革命の第2段階」として「イランの海の文明復活」のためにペルシア湾の艦艇とともに国の安全保障と基盤にとって「死活的」と述べ、カスピ海やペルシャ湾の海軍力は西側諸国が再びイランを支配することを不可能にし、イランが地域の大国として適切な地位を獲得することを可能にすると続けている。さらに、「我々は地域の持続可能な平和と安全に真剣に取り組んでおり、外国勢力が地域の安全を損なわないようにするだろう」と述べている。
(3) これらの発言のいくつかは確かに派手であるが、カスピ海におけるイラン海軍の勢力は若干の掃海艇とコルベットからなる小規模な物で、2018年1月の嵐のために損害を受け、ここ数ヶ月勢力が減少している事実を覆い隠そうとしている。伝えられるところでは、嵐で損傷したコルベット「ダーマバンド」(抄訳者注:フリゲートという説もある)は修理と装備の改修を3月に完了し、対艦ミサイル、対空ミサイルを装備し、ロシアがカスピ海の聖域で運用する最良の艦艇に匹敵する艦となっている。もちろん、モスクワは同様の艦艇をより多く保有しており、はるかに優越した航空支援を得ることができる。
(4) コルベット「ダーマバンド」であれ、どのような編成の部隊であれ、現時点でカスピ海におけるロシア海軍の支配に直接的脅威を及ぼすことはなさそうである。しかし、カスピ海におけるイラン海軍部隊の存在とその部隊を使用してのカスピ海地域全域にわたって影響力を拡大するというテヘランの明確な意図は、今までモスクワだけに目を向けてきたカスピ海沿岸国がますますテヘランにも目を向ける理由となってきている。この傾向は、この内陸海における地政学的、地理経済学的対立を明らかに複雑にし、今後数十年にわたってますます紛争の原因となるだろう。したがって、イランの提督がテヘランはカスピ海で「いかなる外国勢力」も役割を果たすことを阻止すると発言したとき、モスクワの一部では彼は西側だけでなくロシア共和国についても話していると恐れたことは明らかである。
記事参照:Iran Expanding Its Naval Presence in the Caspian

5月28日「他国の知らないイランの海軍力:革命防衛隊司令官談―イラン通信社報道」(Tasnim News Agency, May, 28, 2020)

 5月28日付のイラン通信社Tasnim News Agencyは、“Iran’s Maritime Power ‘Unknown’ to Others: IRGC Chief”と題する記事を掲載し、イラン革命防衛隊司令官がイランの海軍力は他国に知られていない中核となる戦力があり、イランを攻撃しようとする敵は地獄を見るだろうと警告したとして要旨以下のように報じている。
(1) イラン革命防衛隊司令官Hossein Salami少将はイランイスラム共和国の海軍力の主要な部分は他国には知られていないと強調し、イランを目標とした軍事的冒険主義に対し警告した。5月28日、南部の港湾都市バンダール・アッバスにおける式典でSalami司令官は「イランイスラム共和国は強固な決意を持っており、敵に屈することはない。進歩は我々の仕事の本質であり、我々の防衛力とミサイル力(の向上)を加速する計画から後退することはない」と述べ、「防衛は我々の戦争に対する論理ではあるが、敵に対して消極的であるということではない。我々の作戦、戦術は攻勢的であり、我々はそれを戦場で示してきた」と付け加えている。
(2) イラン革命防衛隊司令官はさらにイランの海軍力は依然、他に知られていないとして、「我々の敵はこのイランの海軍力をイランに対して悪魔の意図を追求した日に目にすることになるだろう。その日に、敵は海で空で我々の部隊の真の火力を目にすることになろう。そして、戦場はイランとイスラムの敵にとって地獄と化すだろう」と述べている。5月28日の式典にはイラン革命防衛隊から112隻のミサイル艇が参加しており、112隻はゾルファガー級高速艇など異なるタイプの高速攻撃艇であった。これら高速ミサイル艇はイラン革命防衛隊海軍の力とペルシャ湾海域の安全を保障する海軍部隊の攻撃力を強化するものと考えられている。
記事参照:Iran’s Maritime Power ‘Unknown’ to Others: IRGC Chief

5月29日「大国間の競争とCVID-19―英専門家論説」(Military Balance Blog, IISS, May 29, 2020)

 5月29日付のInternational Institute of Strategic StudiesのMilitary Balance Blogは、同InstituteのNick Childs海軍・海洋戦略上級研究員の“Great-power competition and COVID-19”と題する論説を掲載し、ここでChildsはパンデミックは大国の対立の激化を抑制しているようにも見えるが、将来、軍隊の用法に変化を与える可能性があるとして要旨以下のように述べている。
(1) 主要国が新たな「パンデミック抑止力」の確立を目指しており、大国の軍事行動の相互作用による危機は今後継続することになるだろう。一般論として、海軍の指揮官は潜水艦の行動について述べることには躊躇するものであるが、5月9日に米太平洋艦隊が公の場で「現下のパンデミックの中において、すべての前方展開する潜水艦は洋上任務についている」と発言したことは異例の第1歩であった。この発言は、米海軍が空母乗組員等の感染によって西太平洋での活動が弱体化しているのではないかとの見方に対応したものであったが、COVID-19が大国間の競争のダイナミックスに影響を与えている一例でもある。
(2) 多くの国はパンデミック対応に力を注ぎ、軍事行動を減少させる中、ワシントンと北京の間でのウイルスを巡る舌戦が両国関係を終息の見えない局面にまで陥らせ、それが他の国々に、戦略上の不確実性が増しているとの印象を与えているようだ。中国やロシアがパンデミックの間に政治や外交、更には運用の面で他国を攻撃しているとの危惧を助長している面があるが、米国ではそれが過剰になっているようにも受け取れる。世界が流動化する中で、大国は「パンデミック抑止」とも称することのできる“力自慢”の行動を起こしているように受け取れる。例えば、今年3月、英海軍は、ロ海軍艦艇の英国近海への異常な接近に通常以上の艦艇で対応した。一方、米海軍は5月上旬に3隻の駆逐艦と補給艦が英海軍のフリゲート艦を伴って北極圏に展開し、1980年代以降初めてロシアの戦略的裏庭であるバレンツ海に入っている。米第6艦隊司令官は、現在の状況では米国がこのような作戦を行うことが「これまで以上に重要である」との声明を出している。もう1つのデメンジョンとして、西側当局者はロシアや中国による偽情報への取り組みを強調しているが、ここでも情報戦での優位性を確保するための意図が見て取れる。米中両国以外の諸国は、大国間の競争がパンデミックを背景にシフトしていくか否かを見定めようとしている。
(3) 米国は中国がパンデミックに乗じて南シナ海で攻勢を強めていると非難しているが、中国は不安定を生み出しているのは米国であると反撃している。中国は、米空母「セオドア・ルーズベルト」が行動不能となっている時期を捉えて、突発的とも思えるように、日本や台湾の近海に空母を展開させた。これに対し、米海軍は豪フリゲート艦と共に水陸両用任務部隊を展開してプレゼンスと「航行の自由」を維持した。また、米海軍は5月21日に空母「セオドア・ルーズベルト」の実動再開と7隻以上の空母が作戦可能な状態にあると公表している。しかし、現実は必ずしも全てが稼働状態ではなく、制限が掛かっている。この時期、大国の対応は注意深く見られがちである。すべての大国はパンデミックによる制約を受けており、短期的には、対立を深刻化させることを抑制するだろう。しかし、パンデミックは、将来の大国の軍隊の用法やその相互作用に変化を及ぼしていく可能性がある。
記事参照:Great-power competition and COVID-19

5月30日「中国が計画する南シナ海での防空識別圏の設定―香港紙報道」(South China Morning Post.com, May 30, 2020)

 5月30日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“Beijing’s plans for South China Sea air defence identification zone cover Pratas, Paracel and Spratly islands, PLA source says”と題する記事を掲載し、中国が南シナ海での防空識別圏(ADIZ)の設定を発表するという計画について要旨以下のように報じている。
(1) 北京は、それが広く世界中で批判された東シナ海上空の防空識別圏(以下、ADIZと言う)の導入を検討していると発表した2010 年以来、南シナ海における同様の空域管制のための計画を立てていると軍の内部関係者は述べている。匿名を条件に話した中国軍の情報源によると、提案されているADIZは係争中の海域にある東沙諸島、西沙諸島及び南沙諸島を包摂している。この海域に対する計画は、北京が2010 年に考慮し、2013 年に導入した東シナ海のADIZと同じくらい古く、中国の当局がそれらを発表するための適切な時を待っていたとこの情報源は述べている。
(2) ADIZとは国家安全保障上の利益のために航空機の監視と統制が行われる一般的に議論の余地のない陸地又は海域上の空域のことである。多くの国がADIZを設定しているが、この概念はいかなる国際条約や機関によっても定義されていないし、規制されていない。
(3) 高雄にある台湾海軍軍官学校の元講師である呂禮詩は、過去数年間継続してきた人工島の建造と開発、特にファイアリー・クロス礁、スビ礁及びミスチーフ礁に建設された滑走路とレーダーシステムは、すべて北京のADIZ計画の一部であったと述べている。「最近の衛星写真は、中国軍がファイアリー・クロス礁に KJ-500 早期警戒管制機と KQ-200 対潜哨戒機を配備したことを示している」と彼は述べた。また、この岩礁の上には空調設備が建設中であることも明らかになっており、これは、この地域の高温多湿及び塩害から守る必要がある戦闘機が、そこへ間もなく配備されることを示唆していると呂は述べた。
(4) 北京を拠点とする海軍専門家で、中国軍退役上級大佐である李杰は、通常各国はADIZを管理するために必要な探知装置、戦闘能力及びその他のインフラが整うまで、ADIZの設定を発表するのを待っていたと述べた。しかし、もし好機があれば、北京はもっと早く発表するかもしれないと彼は言った。匿名を条件に話した別の中国軍の情報源は、この準備の問題と同様に北京が南シナ海は東シナ海よりはるかに大きかったことを認識していたこと、そしてそれにより哨戒のためにはるかに多くの資源を必要とすることを述べている。「北京は技術的、政治的及び外交的な考慮事項が多いため南シナ海のADIZを宣言することを躊躇している。しかし、最も現実的な問題は、中国軍が東シナ海の数倍の広さの南シナ海に侵入してくる外国の航空機を退去させるための戦闘機の緊急発進能力を過去に保有していなかったことであり、ADIZを支援するための対価は莫大なものになるだろう」と彼は述べた。
(5) 2013年の東シナ海での中国によるADIZの設定を、日米両国は公然と批判した。日本と中国の関係は近年改善されているが、北京とワシントンの間の緊張は着実に高まり、両国の関係は、COVID-19パンデミックの結果、さらに悪化している。4月、航空追跡ウェブサイト“Aircraft Spots”によると、EP-3EとRC-135U偵察機を含む米軍機は、少なくとも9回の出撃と南シナ海上空の哨戒活動を実施した。
(6) 北京がその主権領域としてこの海のほとんどすべてを考える一方で、ベトナム、フィリピン、台湾、マレーシア及びブルネイが相容れない主張を行っている。中国は近年、東南アジアの近隣諸国との緊密な関係を構築しようとしているが、National University of SingaporeのThe Lee Kuan Yew School of Public Policy客員上級研究員Drew Thompsonは、南シナ海のADIZを発表した場合、それらを危険にさらすとして、次のように述べている。「もし中国がADIZを宣言すれば、彼らは米国と中国の間ではなく、中国との経済関係と彼ら自身の主権の間で選択を迫られることになるだろう。」
記事参照:Beijing’s plans for South China Sea air defence identification zone cover Pratas, Paracel and Spratly islands, PLA source says

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) ASSESSING THE LONG-TERM COMMITMENT OF JAPAN WITHIN THE INDIAN OCEAN REGION: THE JMSDF IN WEST ASIA
https://maritimeindia.org/assessing-the-long-term-commitment-of-japan-within-the-indian-ocean-region-the-jmsdf-in-west-asia/
The National Maritime Foundation, May 24, 2020
Vice Admiral Pradeep Chauhan, AVSM & Bar, VSM, IN (Retd), the Director-General of the National Maritime Foundation (NMF)
Jay Maniyar, a Research Associate at the National Maritime Foundation (NMF)
5月24日、印海洋問題シンクタンクNational Maritime Foundation会長のPradeep Chauhan印海軍退役中将と同シンクタンク研究員Jay Maniyarは同シンクタンクのウエブサイトに"ASSESSING THE LONG-TERM COMMITMENT OF JAPAN WITHIN THE INDIAN OCEAN REGION: THE JMSDF IN WEST ASIA "と題する論説を発表した。ここで両名は日本がエネルギー問題(食料安全保障、エネルギー安全保障、輸出戦略など)に絡めた戦略ゲームを支援するために、西アジア海域で「海上自衛隊カード」 を活用しているとし、米国やイランとが現在敵対関係にあるにもかかわらず、両国との関係を強化しようとする日本の試みは大胆な地政学的戦略を反映していると指摘した上、こうした状況下においては中東の産油国の政治的安定や石油輸送航路の安全確保といった様々な面が重要視されることから、今後、印海軍の貢献が期待されるし、また、貢献していかなければならないと主張している。
 
(2) Beyond Mercy: Navy’s COVID-19 Hospital Ship Missions and the Future of Medicine at Sea
https://news.usni.org/2020/05/25/beyond-mercy-navys-covid-19-hospital-ship-missions-and-the-future-of-medicine-at-sea
USNI News, May 25, 2020
By Gidget Fuentes, a freelance writer based in San Diego
5月25日、米サンディエゴを拠点に活動するフリーライターGidget Fuentesは、U.S. Naval InstituteのウエブサイトUSNI Newsに、" Beyond Mercy: Navy’s COVID-19 Hospital Ship Missions and the Future of Medicine at Sea "と題する論説を発表した。ここでFuentesは、この3月に米海軍の病院船「マーシー」がロサンゼルスとニューヨーク市にCOVID-19の救援任務として鳴り物入りで派遣され患者の治療にあたったが、予想よりも件数が少なかったことなどもあり、母港に戻る頃にはその興奮は薄れていったなどと米海軍の病院船の活動を取り上げ、病院船は整備された岸壁や桟橋がなければ患者を乗船させることや物資を積み込むことが難しいし、また、荒天の際には活動が不確実視されることなどから自ずとその役割には限界があると指摘し、海軍関係者の言質を引用する形で、病院船を代替する新たなプラットフォームの整備が必要であると主張している。
 
(3) Flashpoints on the Periphery: Understanding China’s Neighborhood Opportunism
https://thediplomat.com/2020/05/flashpoints-on-the-periphery-understanding-chinas-neighborhood-opportunism/
The Diplomat.com, May 28, 2020
Suyash Desai, a research analyst working on China’s defense and foreign policies at the Takshashila Institution, Bangalore, India
5月28日、インドのシンクタンクTakshashila Institutionのresearch analystであるSuyash Desaiは、デジタル誌The Diplomatに、“Flashpoints on the Periphery: Understanding China’s Neighborhood Opportunism”と題する論説を寄稿した。その中で、①COVID-19のパンデミックが発生した後、中国が関与する事件が増加し、東アジアや東南アジアでの緊張が高まっている、②米国の注意が散漫になっている中で、中国は軍事的及び民間的手段を使って稀有な機会を利用しようとした、③攻撃的な姿勢はまた、中国が国内のプロパガンダを推進し、COVID-19 の発生を食い止めたと主張するのに役立つ、④北京の攻撃的な行動に目新しさはなく、柔軟性、自己主張及び敵の弱点を突くという習近平国家主席の取り組みと一致しているが、今回は東シナ海と南シナ海において、全ての利害関係国と同時に関与している、⑤米国は軍の感染で弱体化しているにもかかわらず、北京の野望に対する怒りを利用しようとしており、その取り組みは、この地域への対応の継続性を反映している、⑥米国とその同盟国は、最近の中国のご都合主義をその攻撃的な政策の継続とその中に新しい要素を導入したものとして理解する必要がある、⑦この地域の秩序に影響を与えるのは、北京が事態をエスカレートさせる動きをした場合のみであり、それは近い将来にはありそうにない、との主張を行っている。