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論考

No. 88
2021/4/14

バイデン外交は本当に日本にとって「満額回答」か?

中山 俊宏
慶應義塾大学総合政策学部教授

ほんの数週間前まで、日本ではバイデン外交に対する不安で溢れかえっていた。バイデン政権が発足すれば、アメリカは中国に甘くなるのではないか、気候変動などのグローバルな争点に関して合意に達することを優先し、中国の覇権的な行動に対する牽制が後退するのではないか。そうした不安が、かなり広く共有されていた。日本は、他の先進諸国と比して、「トランプ政権も案外悪くはない(特にバイデン政権と比較した場合には)」という雰囲気が強かったが、これはトランプ政権の対中政策が、粗暴なものであっても、状況に応じて中国と敵対することを躊躇なく受け入れたものであったからだ。

日本は、自分たちがアメリカよりも中国に関しタフであるという状況は必ずしも居心地が良くない。むしろ、アメリカが日本よりも対中姿勢が厳しいくらいがちょうどいい。トランプ時代はまさにそうした状況だった。トランプ・チームが切り込み、日本はそれを支持しつつ、様子をうかがう。トランプ政権の一部高官が、「本丸は中共(CCP:Chinese Communist Party)だ」と意気込んだ際には、「そこまではさすがに…」との認識を持ちつつも、静観していたのが日本だ。中国の覇権主義的な行動をより身近に感じる日本としては、アメリカが中国との関係を落ち着かせることそのものを自己目的化してしまうことに、懸念を持つのは当然だ。その意味で、オバマ政権一期目は日本にとっては悪夢だった(まあ、日本も当時は鳩山政権だったので、大きなことはいえないが)。

これまでの米国は、中国との関係を穏やかに制御し、中国が長期的に変わっていくことを前提に接してきた。いわば「責任あるステークホルダー論」(ボブ・ゼーリック)だ。そうした姿勢は超党派的だった。これが大きく変わるのが、2010年代半ばだが、それを躊躇なく受け入れたのがトランプ政権であったことは疑いない。確かにオバマ政権二期目には「G2的米中関係イメージ」は相当程度後退し、仮に2017年1月にヒラリー・クリントン政権が誕生していれば、タフな対中政策を導入したことは間違いないだろう。しかし、それがトランプ政権ほど踏み込んだものであったかどうかは疑問だ。

ただし、そのトランプ政権が、長期的に持続性のあるタフな対中政策を策定できたかといえば、それはそれで疑わしい。「いつでも対決する用意がある」ということを声高に伝えはしたものの、持続的な対中コアリション(連合)を形成できたかといえば、むしろ米中がガチンコで対決しているという構図のみが浮き上がってしまった。

当初バイデン外交に関して抱かれていた不安は、3月半ば以降の対アジア外交攻勢で吹き飛んでしまったかのように見える。Quad首脳会合(なぜか日本はQuadという用語を用いることに躊躇しているようにも見受けられることはさておき)に始まり、日韓両国に現地入りしての2+2会合、オースティン国防長官の訪印、そしてブリンケン国務長官の訪欧に際しても、最重要問題のひとつとして中国を取り上げた。さらに、アナポリスにおける日米韓の安全保障担当補佐官の会合、そして極めつきはアラスカにおける「米中接触」の際の米中双方の互いにまったく譲ろうとしない雰囲気だった(非公開の場面ではもう少し穏やかなやりとりだったと伝えられている)。ブリンケン国務長官も、サリヴァン補佐官も、外交のプロトコールよりは、中国側にアメリカの懸念をはっきりと伝えることを優先した。

ちなみに、菅総理が初のゲストとしてホワイトハウスに招かれたことについては、日本政府、現地大使館の不断の働きかけがあったことは間違いないだろう。しかし、それを実現させたのは、より構造的な理由である。バイデン政権が、中国との戦略的な競争を最重要課題の一つとして捉えていることはもう間違いない。その関連で驚きだったのは、ブライアン・ディースやアニータ・ダンといったバイデン政権の国内政策や経済政策のアドバイザーたちが、自分たちが対峙している問題への取り組みを根拠づけるのは中国だと答えている点だ。これはバイデン政権の意識において、いかに「中国問題」が大きいかを物語っている。そうであるならば、バイデン政権として、周囲を見渡し、誰が一番頼りになる仲間かと探った時に、日本が浮上することは疑いの余地がない。その意味で、日本政府の働きかけを軽んじるつもりは一切ないが、それは実現すべくして実現したともいえよう(ただし、実現すべきことをしっかりと実現させることが外交の、特に同盟管理の場合は最重要事項であることはいうまでもない)。

バイデン政権の一連の対アジア外交攻勢は、一部からは日本にとって「満額回答」との声も聞かれる。こうして「バイデン不安」は、大方吹き飛んでしまったかのようだ。しかし、バイデン外交の評価に関する180度の転回をみて感じざるをえないのは、日本はアメリカに近いがゆえに、アメリカの動向にいとも簡単に振り回されてしまうことだ。例えば東南アジアの国々は、この「バイデン・ターン」をもっと懐疑的に見ているだろう。トランプ政権の記憶をそんなに簡単にリセットすべきではない、バイデン政権だって今はアメリカの国際主義を復元すべく模範的な言説を発し続けているが、これがどこまで持続的なのか、現実味があるのか、とよっぽど懐疑的だろう。彼らはしばしば言う、「地理は運命だ」と。つまり、アメリカはこの地域からいつでも去ることはできるが、中国は頑として動かない圧倒的な事実だという感覚だ。2024年にまたトランプ的なるものが勢いを増すかもしれないし、民主党だってかなり左傾化している。そういうアメリカをそう簡単には信用できない。こうした感覚だ。

どうも日本にはこうした距離感がない。日本の安全保障政策を機能させるためには、なににも増して、良好な対米関係が必要であることは改めて強調するまでもないだろう。その意味で、本稿をもって、アメリカとの距離をおくべきだということを主張しようとしているわけではまったくない。自分は徹底した同盟派だ。しかし、日本はアメリカとの近さゆえに、距離感を失ってしまうことも確かだ。それがアメリカの実像を歪めてしまうようなことがあってはならない。バイデン外交に対する不安がわずか数ヶ月で180度転換する様子を見て、そうした不安を感じた。

今週末の菅総理の訪米は、間違いなく「成功」と形容されるだろう。それはそうした構図を打ち出すこと自体が今回の訪米の目的だし、それが極めて重要だということも否定しようがない。しかし、たとえ「トランプのアメリカ」でも「バイデンのアメリカ」でも、どちらが来ても躊躇なく受け入れるという柔軟な姿勢が、逆にアメリカに対するクリティカルな視線を曇らせるようなことがあってはならない。

(了)

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