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論考

No. 81
2020/12/21

バイデン次期政権とインド太平洋
—青写真を読む—(中編)

森 聡
法政大学法学部教授

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いかに地域秩序を推進するのか? ―対中政策の差別化アプローチ―

 上に述べたような秩序の推進を目的としてバイデン政権は外交を展開するとみられるが、そのアプローチないし方法は問題領域ごとに差別化され、分野ごとに、異なる連合ないし国際連携を進めるという特徴をみせるものと思われる。

 今般の米中間の戦略的競争は、20世紀の米ソ間の戦略的競争とは様相を異にするということは方々で言われている通りであり、こうした認識はラトナーをはじめ、ワシントンの政策専門家らの間にも浸透している。ラトナーがCNASのCEOで故ジョン・マケイン共和党上院議員の外交顧問だったリチャード・フォンテーンと共著で書いた2020年7月2日付の『ワシントン・ポスト紙』のオプエドでは、今日の米中対立は米ソ冷戦とは全く異質なものであるとして、対中軍事同盟の結成や地理的な封じ込め戦略、あるいは全面的な経済戦争といった冷戦期の戦略は不適切であるばかりか失敗する公算が高い一方で、冷戦の危険性を殊更に強調して、アメリカの対中競争を緩和するのも正しいとは言えないとしている6。そのうえでラトナーとフォンテーンは、中国を相手にした、差別化された競争(differentiated competition)に備えるべきであると主張している。

 ここで想定されているのは、国家がブロックごとに固まり、経済を完全に分断して特定の場所で軍事的に対峙するような状況ではなく、問題ごとに競争関係の質が異なり、米中以外の諸国家が、分野ごとに北京とワシントンとの間合いの取り方を変えるような状況である。差別化された競争は、対中依存の漸減を多層的な戦略によって進め、必要な分野で競争し、競争が不要な分野ではリソースと労力を保全するという発想に立つ。例えば、中国のハイテク権威主義の輸出を阻止するといったケースでは封じ込めのような対応が必要となるが、南シナ海などでは、中国の支配を阻止するために主として防衛的な対応をとる。技術革新の分野では、アメリカ国内での取り組みを強化し、気候変動、核不拡散などでは中国との協力が可能かつ必要かもしれないとされる。中国の不公正貿易関係への対応、台湾への支持、新疆ウイグル自治区での抑圧といった分野では、友好国との連合の形成が必要になる。ラトナーとフォンテーンは、いま必要なのはトップダウン型の冷戦戦略のようなものではなく、アメリカの国際的な競争力を高めるための個別具体的な政策に焦点を当てるボトムアップ型の取り組みであるとしている。

 フォンテーンとラトナーはCNASというシンクタンクの経営陣であるとはいえ、前者は共和党、後者は民主党の政策専門家で、超党派で共通の対中アプローチを提唱しており、現下のワシントンの状況を反映して、最近はこうした超党派の議論が多い。前半で紹介したCNASの報告書では、二元的な秩序観が示されており、トランプ政権の国家安全保障戦略を彷彿させるが、もしバイデン政権が「ブロック化」ではなく、こうした差別化された競争と分野ごとの連合形成というアプローチをとるとすれば、善悪二元論に立った踏み絵を踏むように地域諸国に迫るようなことは、おそらくないであろう。分野ごとに諸国家がそれぞれ異なる立ち位置にあるという冷静な理解の下に、連携可能な相手と連携するというようなしなやかな方法をとって、連携できない相手に圧力をかけて中国側に押しやってしまうようなことは控えようとするものとみられる。

 また、センター・フォー・アメリカン・プログレス(CAP)のケリー・マグサメン(オバマ政権でアジア太平洋担当の筆頭国防次官補代理)とメラニー・ハートは、少し前になるが2019年4月に、『規制し、梃子に使い、競争する—新しい対中戦略』なる政策提言書を発出し、民主党流の見方に立った対中戦略の青写真を示している7。この中でマグサメンとハートは、中国がアメリカの開放性を悪用するのを規制し(limit)、公共財で中国が貢献できるところはその能力をテコに使い(leverage)、競争すべき分野では全力で競争する(compete)必要性を主張している。競争すべき分野で7つの政策課題を提示しているが、その中には、「アジア太平洋における新たな地域的アーキテクチャーのためのネットワークを形成する」というものがあり、東南アジア諸国への海洋安保協力やインドの防衛力強化支援、アジアの安全保障規範の形成・執行の場としての東アジア首脳会議の強化、などが挙げられている。また、日米豪印協議を超えた非公式な「アジア太平洋民主国家ネットワーク」を静かに形成し、海洋安全保障、防衛計画の共同立案、合同軍事演習などを日常的に協議する枠組みを形成すべきだと提案しているのは興味深い。

 ところで、様々な分野で他の諸外国と連合を形成し競争するのと並行して、そもそもアメリカ自身が国際競争力を強化すべきという議論が民主党では根強く、経済と技術に焦点が当てられる可能性がある。先述したCNASの報告書は、アメリカの対中競争力を強化するためには、中国を締め上げるばかりではなく、アメリカ自身の競争力を高める必要があるとする、民主党に色濃いロジックに立って、軍事、技術、経済、外交、イデオロギー、ハイテク非リベラリズム(High-Tech Illiberalism)への対抗、人材の育成といった分野での提言をまとめている。マグサメンらによるCAPの政策提言にも、国内投資を重視する類似の視点がある。この「国内投資が国際競争力強化につながる」とする民主党のロジックは、バイデンの「バイ・アメリカン」や「ビルド・バック・ベター」といった政策構想などと合わせれば、保護主義ないし内向き姿勢とも読める。

 しかし、ここでも結局中国は、不公正貿易慣行や技術窃取などによってアメリカが守ろうとしている国富を侵しているため、中国に対する姿勢は厳しいものとなる。カーネギー国際平和財団が2020年9月に発出した報告書『中流層のためのアメリカの対外政策を立案する』8と題した報告書は、アメリカの中流層が裨益し納得するような対外政策を追求する必要性を訴えているが、執筆陣には、国家安全保障担当大統領補佐官に任命されたジェイク・サリヴァンが加わっている。この報告書では、中国が不公正貿易慣行その他の手段でアメリカ中流層の利益を損なっている、との見方に立って、経済や技術の諸分野で中国と多面的に競争・対抗すべきと提言しており、中流層に裨益する政策を追求するからといって、中国との戦略的競争をやめて内向きになる、というわけではなさそうである。むしろ中国との競争の中心が経済分野や技術分野になるという見方に立って(後述)、国防費を研究・開発などに廻すべきなどとしている。(これは対中軍備競争を突然やめるということを意味しない。)

 これは国内投資の増額が先にありきの内向きの議論かもしれないし、アメリカ国内の現状の両方を踏まえて導出された中国との競争のあり方、という戦略的な見地に立った議論なのかもしれない。いずれなのかは判じ難く、この両方なのかもしれない。前述したCAPのマグサメンとハートも、2019年5月の『フォーリンポリシー』誌デジタル版で「これがプログレッシブな対中戦略だ」と題した共著論考を寄稿し、この中で「アメリカは、南シナ海で何をするかということと同程度に、ミシガンやオハイオで何をするかということにも注意を払わなければならない」と論じている9

 いずれにせよ、アメリカの国際競争力を強化するために国内経済や技術振興に力を入れるという動きは、トランプ政権ですでに起こっている。しかし、中国を相手に二国間で圧力をかけるべく、もっぱら技術流出の規制に焦点を絞ったトランプ政権と違って、バイデン政権は国内投資を大幅に強化しつつ多国間で連合を形成するアプローチをとりそうである(中国を減速させること以上にアメリカ自身の加速を重視するという発想)。しかもこれを連邦議会が連邦政府の研究・開発予算を増額する法案によって後押ししようとする動きが顕著になってきている。インド太平洋への関与も、アメリカによる輸出拡大や、諸外国の貿易障壁の撤廃、外国からの投資の誘致、5GオープンRAN(無線アクセスネットワークで、ハードウェア部分をホワイトボックス化し、ソフトウェア部分を複数のベンダーで構成可能な方式にするもの)の売り込み、先端技術の標準規格の共有、二国間投資協定の締結などに力が入れられるかもしれない。

グローバルな戦略は地域戦略と整合するのか

 ところで、トランプ大統領のアジアへの関与を振り返れば、2017年は北朝鮮問題で騒ぎ、2018年夏以降は、追加関税で中国に圧力をかけながら米中閣僚級経済協議でアメリカの農産品と工業品の対中輸出の拡大に専念してきた。ベトナムのダナンでインド太平洋について演説したものの、その大半は北朝鮮制裁への協力要請と公正で相互的な二国間貿易の重要性を訴えることに費やされ、TPP離脱や東アジア首脳会議の3年連続欠席に象徴されるように、トランプ本人は地域関与戦略としての「自由で開かれたインド太平洋戦略」にはほとんどコミットしてこなかった。この間、国防省と国務省が地道に地域諸国に安心供与をしようと、インド太平洋戦略の下で各種の地域安全保障協力のみならず、エネルギー、コネクティビティ、サイバーセキュリティなどの分野で国際連携を進めて、両省ともインド太平洋戦略に関する報告書を発出するなどして、大統領の生み出した空白を埋めようとしてきた。

 バイデン次期政権では、おそらく大統領のインド太平洋地域へのコミットメントは、少なくとも外交面では強化されるであろうし、前述したような形で、個別の政策分野ごとの連合形成も進むであろう。ただし、注目したいのはワシントンにおいて、中国は過去の覇権国とは異なる形で覇権を追求しようとしているとの理解が形成されていることであり、それは概ね次のような内容である。すなわち、かつての覇権国は、まず地域覇権を固めてからグローバル覇権を狙うというステップを踏んでいた。しかし今日の中国は、東方に進出していこうとすればアメリカと軍事的に対峙しなければならなくなるので、西方のユーラシア大陸とインド洋に一帯一路で進出するとともに、国際機関等で経済ルール、技術の標準規格、制度を自らに有利なものに作り変える取り組みを強化しようとしている。つまり、中国は地域覇権のみならず、グローバルな覇権を同時に追求するという特異な戦略を展開している。これらの取り組みの成否は定かではないが、アメリカは中国問題が地域的性質のものからグローバルな性質のものに昇華しているとみる気運が高まりつつある。

 ジェイク・サリヴァンは、2020年5月の『フォーリンポリシー』誌に、ジョンズホプキンズ大学国際高等研究院(SAIS)准教授ハル・ブランズと共著論考「中国には世界支配への二つの道がある」を寄稿し、まさにこのような認識を示している10。サリヴァンとブランズによれば、中国の特異なアプローチの前提には、現代の世界において、グローバルなリーダーシップを発揮していくうえで重要なのは経済力と技術力であり、軍事力は必要ではあるものの、グローバルなリーダーシップと影響力を手に入れる上で決定的な条件ではない。中国は、一帯一路やそれを構成するデジタル・シルクロードを通じて、経済力と技術力を地政学的な影響力に変換することによって、国際秩序を構成する中心的な政治的規範を変容させる。すなわち、国連や国際ルールを設定する国際機関などでの外交やシャープパワーの行使などにより、人権よりも国家主権を優先させるような価値体系を形成・推進し、権威主義が浸透可能な空間を拡張して、透明性と民主的なアカウンタビリティを減じるような状態を生み出していく。サリヴァンとブランズは、中国がこうしたグローバルな覇権を追求する取り組みには障害もあるので、それがどこまで成功するかは見通しがつかないとしながらも、アメリカとしては、こうした中国の戦略を踏まえて競争しなければならないと論じている。

 上記の発想をサリヴァンがホワイトハウスに持ち込むとすれば、バイデン政権の対中戦略は、インド太平洋における地域戦略と、国際機関などにおけるルール・規範・標準規格をめぐるグローバルな戦略の両輪で構成されていくものとみられる。昨今、G7や日米豪印戦略対話(Quad)に加えて、先進民主主義国家10カ国で構成されるD10(ジョンソン英首相が2021年のG7に豪州、インド、韓国を招待しているので、これが実現すれば事実上のD10となる)や、技術先進国の民主国家「テクノデモクラシー」12カ国で構成されるT-1211などがワシントンで話題になっているが、これらはグローバルなレベルでの連合形成を目指すものである。こうしてワシントンでは、対中競争がグローバルなレベルで展開されるとの認識が高まり、これが国際機関や多国間外交を好む民主党の外交スタイルとマッチしている。また同時に、ジャーマン・マーシャル・ファンドの「民主主義を確保するための同盟」プロジェクトは超党派タスクフォースを結成して、中国に加えてロシアも念頭に、「自由主義的民主主義vs権威主義」という構図で、価値の要素を戦略に組み込んで構想すべきとの提言を出している。この超党派タスクフォースに加わっている民主党系のメンバーには、ジェイク・サリヴァン、カート・キャンベル、アヴリル・ヘインズ、ミシェル・フローノイ、サマンサ・パワー、キャスリーン・ヒックス、ケリー・マグサメンらがいる。こうした価値や政治体制を軸に連合を形成する動きが強まれば、後述するように、民主的価値に基づくルール・規範の推進と多国間の連合形成との緊張関係という難しい問題も出てくるかもしれない12

 ちなみに、グローバルなレベルにおける経済分野での取り組みに関して、バイデンはこれまで同盟国・パートナー国とともに中国の経済問題に取り組むと論じてきた。前述したマグサメンとハートの提言書には、貿易に関連して次のような提言が登場する。第一に、世界貿易機関(WTO)で、第三国と共に連携して、WTO協定上の利益を無効にされるないし侵害された(nullification and impairment)との非違反申立てを行う。申立てを行うだけで、中国の問題のある政策に注目を集めることができる。もし申立てが認められれば、中国は政策の是正かWTO脱退を迫られ、仮に申立てが認められなければ、現行のWTOシステムの限界を明らかにすることができ、ポストWTO多角的貿易システムの構築を含むシステム改革への支持を募れる。(ちなみに、米国が過去にWTO非違反申立てを行った事例に、富士フィルムと日本政府を相手にしたものがある。)第二に、欧州連合、日本、ファイブアイズ諸国などとデジタル貿易協定を締結し、中国の5G機器が普及する中で、安全なデジタル貿易のための空間を確保すべきだとしている。このほかにも次世代デジタルインフラ構築のためのイニシアティヴやグローバルガバナンスの防衛と再活性化などを提言している。ポストWTO多角的貿易システムの構築は実現性が疑わしいとしても、中国の経済問題をWTOで対応しようとするのは、民主党好みのアプローチであるといえよう。バイデン政権としては、WTOとの関係を正常化した上で、中国の経済問題を二国間だけでなく、多国間でも追及していくような体制をとるだろう。その場合には、日米欧でWTOの補助金ルールの厳格化を進めたり、非違反申立てといった選択肢が検討されたりするかもしれない。(後編につづく)

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6 Richard Fontaine and Ely Ratner, “The U.S.-China confrontation is not another Cold War. It’s something new,” The Washington Post, July 2, 2020,
<https://www.washingtonpost.com/opinions/2020/07/02/us-china-confrontation-is-not-another-cold-war-its-something-new/> accessed on December 14, 2020.

7 Kelly Magsamen and Melanie Hart, “Limit, Leverage, and Compete: A New Strategy on China”, Center for American Progress, April 3, 2019,
<https://www.americanprogress.org/issues/security/reports/2019/04/03/468136/limit-leverage-compete-new-strategy-china/> accessed on December 16, 2020.

8 Salman Ahmed and Rozlyn Engel eds, Making U.S. Foreign Policy Work Better for the Middle Class, Carnegie Endowment for International Peace, September 23, 2020,
<https://carnegieendowment.org/files/USFP_FinalReport_final1.pdf> accessed on December 14, 2020.

9 Kelly Magsamen and Melanie Hart, “Here’s What a Progressive China Strategy Would Look Like,” Foreign Policy, May 10, 2019,
<https://foreignpolicy.com/2019/05/10/heres-what-a-progressive-china-strategy-would-look-like/> accessed on December 16, 2020.

10 Hal Brands and Jake Sullivan, “China Has Two Paths to Global Domination,” Foreign Policy, May 22, 2020,
<https://foreignpolicy.com/2020/05/22/china-superpower-two-paths-global-domination-cold-war/> accessed on December 14, 2020.

11 リチャード・フォンテーンがジャレッド・コーエンとともに提唱しているT-12には、イタリアを除くG7諸国にスウェーデン、ノルウェー、イスラエル、韓国、オーストラリア、インドを加えた12カ国で構成される。
Jared Cohen and Richard Fontaine, “Uniting the Techno-Democracies: How to Build Digital Cooperation,” Foreign Affairs, November/December 2020,
<https://www.foreignaffairs.com/articles/united-states/2020-10-13/uniting-techno-democracies> accessed on December 14, 2020.

12 Alliance for Securing Democracy, A Task Force Report, Linking Values and Strategy: How Democracies can Offset Autocratic Advances, German Marshall Fund, October 2020,
<https://securingdemocracy.gmfus.org/wp-content/uploads/2020/10/Linking-Values-and-Strategy.pdf> accessed on December 14, 2020.

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