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論考

No. 60
2020/4/15

新型コロナウィルス禍とアメリカのマイノリティ

西山隆行
成蹊大学学長補佐/法学部教授

 世界で猛威を振るっている新型コロナウィルスは、アメリカの黒人や移民など、マイノリティに大きな困難を突き付けている。

 危機の時代には脆弱な立場の人がより困難な状態に置かれる。それが最も鮮明に表れているのが黒人である。疾病対策センター(CDC)は感染者の人種・民族別の構成を発表していないが、感染者の居住地などからその人種や民族を推定したワシントンポスト紙の調査によると、多くの州や地域で黒人の感染者の割合が著しく高い。その理由については、貧困に関連した基礎疾患(糖尿病、心臓疾患、肺疾患など)による影響、医療における差別(無保険者や低保険者が多い事も影響する)、テレワークが困難な仕事をしている人が多い(したがって公共交通機関を利用するなどして多くの人と接触せざるを得ない)ことなどが指摘されている1。アメリカの黒人には、低賃金のサーヴィス業に従事する人が多いことがその背景にある。

 なお、黒人の中にマスクの使用をためらう人が多いことも、問題を拡大させる可能性があるとされる。マスクを着用する文化のなかったアメリカでも、最近は感染リスクを避けるためにマスク等で顔を覆う事が推奨されるようになった。だが、一般的なマスクが入手できずにバンダナ等で顔を覆った場合、ギャングの一員だと誤認され、ギャング団から襲撃されたり警察から人種的プロファイリングを受けたりするのではないか、と心配する人もいるという。

 新型コロナウィルス禍は、移民や難民にも影響を与えている。トランプ大統領は問題発生当初、このウィルスを “foreign virus” と呼ぶなどして、海外に起源を持つ人やモノがアメリカにもたらす災禍を排除するという、いつものトランプ流の枠組みでとらえようとしていた。トランプは、国境を超える動きが大量に発生すると問題が悪化する可能性が高いとして、今もアメリカ=メキシコ国境地帯の取り締まりを強化している。その結果、例えば中南米諸国から庇護申請を求めてメキシコ経由でアメリカにやってこようとする人々も、国境を超える前に無条件に追い返されるようになっている。もちろん、移民や難民の受け入れを積極的に行うと、感染可能性のある人々がアメリカの医療制度に多大な負荷をかけたり、失業者が押し掛けてきたりする可能性もあるため、出入国管理厳格化には一定の合理性がある。他方、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラスなどキャラバンがやってきた国々は現在国境を封鎖しており、追い返された人々がメキシコにとどまる事態となっている2

 新型コロナウィルス禍は、すでにアメリカに滞在している移民や不法移民にも影響を及ぼしている。アメリカで移民や不法移民が従事することの多い低賃金の職は、景気の影響を受けやすい。経済活動の制限に伴い、例えば、飲食店などでは従業員の一時解雇が急増している。失業保険の申請件数は、新型コロナウィルス発生前は1982年10月の69万件が過去最大だったが、政権が非常事態を宣言した3月半ば以降の3週間で1600万に達している。4月の失業率は金融危機時を上回る10%超に上昇するとの見方が強まっている。このような状態では、移民や不法移民が職を失う可能性は高い。また、移民がアメリカ人の雇用を奪っている、というトランプの主張が、移民に寛容だとされた地域でも受け入れられやすくなり、反移民感情を生み出す可能性もある。これが大統領選挙に向けた二大政党の戦略に影響を及ぼす可能性もあるだろう。

 また、ウィルスに感染している恐れがあるとしても、検査や治療を受けるために病院に行くのをためらう移民・不法移民は多い。移民関税執行局(ICE)は3月18日に、不法移民に関する様々な政策の執行を、刑法犯などの場合を除いて延期すること、また、医療機関等にアクセスしようとする人々を捕まえて退去処分に処すことはないと発表した。だが、医療にアクセスすると身元が特定されたり記録が残されたりして、それがやがて退去処分につながる可能性がある、と心配する不法移民は多い。また、合法移民の中でも、医療保険として、低所得者向け医療扶助であるメディケイドしか持たない人々は、医療へのアクセスを躊躇する場合がある。公的給付を受ける可能性の有無が永住権取得審査の項目に含まれているが、今年2月からはメディケイドの利用もその中に含まれるとの方針が示されたため、永住権取得希望者はメディケイドを利用したくないのである。

 裁判所の閉鎖も、移民・不法移民に大きな影響を及ぼしている。連邦政府が移民裁判所を閉鎖する方針を示しているため、庇護申請をしている難民や、退去処分等をめぐって争っている不法移民が拘置所等に長く留め置かれ、その感染リスクが高くなっている。移民の権利擁護団体などは、政府に留置所の規模を縮小し彼らを一時的に開放するよう求めているが、連邦政府はそれに応じる動きを見せていない。ニューヨーク市の矯正委員会がウィルス拡大を防止するために、差し迫った危険をもたらす可能性の少ない留置者を釈放するよう市当局に求め、市当局が検討しているのとは対照的である3

 裁判所の閉鎖は、ドリーマーと呼ばれる人々(例えば幼少期に親に連れられて不法入国し、そのままアメリカ国内に不法滞在している人々)の間で大きな不安を巻き起こしている。先のバラク・オバマ大統領は、ドリーマーに一時的な滞在許可と労働許可を与えるDACAと呼ばれる大統領令を出し、トランプ大統領がそれを撤回する大統領令を出した。そのトランプの大統領令の妥当性をめぐる判決を連邦最高裁が6月に出すと考えられていた(それは延期されることになった)。DACAの対象となっている人々の中には、少しでも長くアメリカに滞在できるように判決までに更新手続きを終えておきたいと考える人が少なくないが、その見通しも立たなくなっているのである4

 なお、DACAをめぐっては、医療との関係でいくつかの問題提起がなされるようにもなっている。ドリーマーについては低学歴の貧困者が多いというイメージが持たれているが、実際には州政府などから奨学金を得て大学を卒業した人も多い。今日では、DACAの対象となる人々のうち、医者、看護師、歯科医、医療助手、その他ヘルスケア関連労働者がおよそ2万7000人いるとされている。それに加えて、現在医学部等に在籍する人々は200人程度いるとされている5。トランプ政権の方針通りDACAを停止して、これらの人々の労働を認めることなく退去処分にしてしまえば、膨大な数の患者が医療サーヴィスを受けることができなくなってしまう。DACAの対象となっている医療関係者の中には、アジアのマイナー言語などを扱い、地域に密接した医療を提供している人も多い。今後アメリカでは医師不足が深刻化するとされていることに加えて、医療関係者を養成するには時間がかかることもあり、米国医科大学協会などはDACA継続を求めて法廷助言書を連邦最高裁判所に提出するなどしている。

 マイノリティ、とりわけ不法移民をめぐる問題については、道義、経済、感染拡大防止など、様々な観点から多様な評価が可能であろう。本稿はその是非を問うものではないが、新型コロナウィルス禍を受けて、アメリカ社会に存在している諸問題が新たな形で表れていると言えよう。

(了)

1 Thebault, Reis, Andrew Ba Tran, & Vanessa Williams, “The Coronavirus is Infecting and Killing Black Americans at an Alarmingly High Rate,” Washington Post, April 7, 2020.<https://www.washingtonpost.com/nation/2020/04/07/coronavirus-is-infecting-killing-black-americans-an-alarmingly-high-rate-post-analysis-shows/?arc404=true > (2020年4月15日参照)

2 エルサルバドルとホンジュラスは自国民の入国は認めているが、キャラバンを成して出国した人々は身分証明証を携帯していないこともあり、入国が困難である。

3 アメリカでは移民取締りは連邦政府の管轄事項、一般的な犯罪取り締まりは州や地方政府の管轄事項となっているため、市の留置所には罪を犯していない不法移民は滞在していない。

4 ドリーマーについては、以下にも詳しい。西山隆行「ドリーマーと共和党の困惑」(SPF『アメリカ現状モニター』2017年12月11日)<https://www.spf.org/jpus-j/spf-america-monitor/24423.html

5 Skorton, David J., “Terminating DACA would be Bad for America’s Health,” Washington Post, November 6, 2019.<https://www.washingtonpost.com/opinions/terminating-daca-would-be-bad-for-americas-health/2019/11/06/07c77b16-fe83-11e9-9518-1e76abc088b6_story.html>(2020年4月15日参照)

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