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論考 2019/02/15

ワシントンにおける対中強硬路線の形成と米中関係(後編)

森 聡(法政大学法学部教授)

前編の続き)しかし、ここへ来てペンス演説でも際立った言及がなされたように、中国が米国内政に干渉するプロパガンダ戦(専門家の間ではinfluence operationと呼称される)を繰り広げている、との見方が広がっている。また、中国がコンピュータ・チップによってサーバのデータを抜き取っているとするブルームバーグ社の特集記事(その内容の真偽については論争がある)1が取り沙汰されたほか、これまで使用されていたファーウェイやZTEの通信機器・サービスは前述の通り、リスク・危害をもたらすものとして政府調達先から除外された。つまり、「修正主義国家」に指定された中国が米国社会・経済に浸透しているので、その「吐き出し」が始まろうとしている。21世紀版の「赤狩り」の対象は、思想ではなく、技術から始まるということかもしれない。そして、「中国に先進技術を渡している人間は誰か」という段階へとさらに発展するかもしれない(この文脈で、前述した司法省のチャイナ・イニシアティヴは、あまりにも示唆的である)。無論、技術という分野に限って言えば、技術覇権競争という側面があり、「敵にこれまで送ってきた塩」を遮断するという意味合いもあるだろう。しかし、中国が米国を内部から脅かしているというナラティヴは広がりつつあり、中国に対するこの種のアレルギー反応は強まりつつあるとみえる。

 つまり、ワシントンでは、先に述べたような、中国による国内外での政策や行動に対する失望と不満、米国自身のこれまでの対応の生ぬるさに対する苛立ち、そして中国に対抗することによって米国の利益と世界トップの座を守らなければならない、という切迫感に加えて、中国を「内的脅威」として捉える風潮が広がっている。こうした傾向が続くとすれば、ワシントンの対中政策は、中国を米国の安全と繁栄を損なう危難とみる「観念的な型」が作られ、共和党政権も民主党政権もその「型」の中で対中政策を正当化しようとする言説・認識空間が形成される可能性もある。そうなれば、イデオロギー的分極化の中で、政権党が変わるたびに政策がスイングする中にあって、対中政策は例外的に振れ幅が狭くなり、トランプ政権を超えて対中強硬路線がしばらく定着する可能性もある。

反中コンセンサスは持続するのか

 こうしたワシントンの反中コンセンサスは、はたして「沸点」に達するのか、そして長らく持続するのだろうか。先を展望しようとすると、二つの検討課題がみえてくる。

 第一に、この反中姿勢がワシントンを超えて、全米規模にまで広がるのかという問題である。ワシントンの米中関係研究者の知人によれば、全国各地で米中関係の講演をすると、一般市民は中国に対する漠然とした嫌悪感や警戒心を抱いているものの、当然の事ながら技術や軍事バランスの問題などについての深い知識や理解はない、ということである。トランプ政権はすでに制裁関税で中国に圧力をかけ、中国が報復関税を発動しており、これから様々な投資規制なども敷かれていった時に、そこから生じるマイナスの影響を米国社会そして市民は受けることになる。その時に、米世論は対中徹底抗戦でまとまるのか、それとも「もういいから手打ちすべき」となるのか、まだ見えないところもあるという。

 これは実は、中国に対抗する目的についての大きな物語が十分に体系だって示されていないこととも関係があろう。貿易、技術から人権まで、個別のイシューで中国の何が問題なのかは定義されているが、何のために中国に対抗するのかについて、ワシントンの専門家の間でも見解が分かれるという。ルール違反をしている「行儀の悪い大国」にルールを守らせるということなのか、とにかくナンバー1にさせないために中国を弱らせるということなのか、米国が衰退し中国が台頭するという2008年以降に蔓延した全般的な印象を逆転させるということなのか。はたまた中国共産党による政治・経済改革を強要するということなのか。何のための戦略的競争なのかについて意見は様々あり、皆が一致できるかということすら、実は定かではないというワシントンの専門家もいた。大きな物語、すなわち米国市民が「痛み」を甘受するだけの大義のようなものが生まれるかどうかは、米国が中国との戦略的競争でどこまで耐久力をもてるか、という問題と密接に関連するため、今後の注目点となろう。

 第二に、トランプの対中姿勢がぶれるかどうかという問題がある。トランプ政権の分析においては、政治本位で政策を決定するトランプ大統領と、政策・戦略本位で政策を推進しようとする政府省庁という二元的視点が必要だと思われる。両者は、問題国に対して圧力をかける局面において政策上一致するが、問題国がトランプ大統領の望む政治的成果を提供してきた時に、トランプ大統領が見返りを与えることによって圧力を事実上緩め、大統領と政府との間に乖離ができる可能性が生じる。

 筆者は、トランプの米中関係における目標は、大統領選が行われる2020年に、「私はこれまで歴代大統領が放置してきた米国の巨額の対中貿易赤字を大幅に削減して、見事に公約を果たしたぞ」と支持者にアピールすることにあるとみる。つまり、中国に最大限の輸入拡大措置を受け入れさせ、即時に実行に移させ、2019年の貿易統計に対中貿易赤字削減が実績として現れるようにするのが狙いだと考えられる。貿易面で中国から最大限の譲歩を引き出すために、先に述べた「政府一丸となった巻き返し」を指示し、中国版の「最大限の圧力」をいま実現している。

 次の米中首脳会談で習近平が、貿易統計上の対中貿易赤字を削減できそうな措置をトランプに提示する一方、「現行の制裁関税は貿易赤字削減の結果が出るまで維持しても構わないので、これ以上の制裁関税を見送るとともに、貿易赤字が減る場合には、それに応じて制裁関税も段階的に解除していって欲しい」、「貿易面で最大限の協力を行うとともに、技術の強制移転などについても是正措置を講じていきたいので、司法省による中国人技術関係者の摘発も当面は見送って欲しい」と申し出てきた時に、トランプはどう反応するのだろうか。米国有権者の多くは、中国の何が問題かと問われると、「貿易赤字」と答える認識を持っているそうである。それをトランプが知っているとすれば、トランプは貿易にフォーカスする可能性が高い。トランプはもともと選挙公約でも貿易に焦点を絞っていた。

 シンガポールの米朝首脳会談で、トランプは金正恩がミサイル発射実験と核実験の停止を続行し、ミサイル・エンジン実験場の閉鎖などを約束したのと引き換えに、国防長官や韓国とも協議を尽くさずに米韓軍事演習を中止し、「北朝鮮の脅威はなくなった」と放言した。シンガポール宣言は、曖昧な内容であり、「非核化」は遅々として進んでいない。トランプが政治本位で考えて、「核ミサイルが米本土に飛んでこないようにしたとさえ言えれば、2020年の大統領選での宣伝材料になる」、「非核化は急がずに、北朝鮮の譲歩を待ち、譲歩してきたら相応の見返りを与えるという姿勢でやれるところまでやって、対話を絶やさずに、次の政権に引き継げばいい」などと判断している可能性もある。

 中国の場合についても、トランプが北朝鮮問題と似たような構図で考えている可能性はないだろうか。技術の強制移転や先進技術の窃取、インド太平洋地域での影響力拡大、第三国への干渉・プロパガンダ工作、人権など、いわば「ペンス・メニュー」ともいうべきものが、政策・戦略本位に定義される政府省庁や連邦議会の対中政策課題として存在し、米国政府は真剣に対応策を推進しようとしている。しかし、もしトランプが貿易赤字のみを重視して、選挙に必要なものをとれたと判断したらどうなるだろうか。米韓軍事演習中止発表の時さながらに、中国についても関係閣僚と協議しないまま、貿易部分のみについての取引をまとめ、制裁関税の引き上げ見送りと、貿易赤字削減あるいは中国の措置の結果に見合った制裁関税の段階的解除を各省庁に対して指示することは制度上可能である。中国国内で中国当局が米企業に強制的な技術移転を迫っているという問題についても、トランプは、「米国企業が中国でビジネスをするのが苦しいのであれば、米国に戻ればいい」と考えはしまいか。貿易以外の「ペンス・メニュー」の諸問題は「これからの交渉課題」にして、トランプとしては、「対中貿易赤字が思ったほど減らなかった時に、再び制裁関税を引き上げる口実として残せればいい」、「『これからの交渉課題』は政府省庁がやれる範囲で進めていけばいい」などと考える可能性はないだろうか。そうした疑問が頭をよぎる。もちろん実際にそうなるかどうかはまったく分からないが、中国が米国の要請事項の一部(貿易プラスアルファ)を受け入れ、残余の事項は継続協議とし、それと引き換えに制裁関税の一部を解除、あるいは追加制裁を見送るような取引で当面は手を打とうとするトランプに対して、ライトハイザーや国防省などが、要請事項の全面的な受諾と具体的成果を実現するまで対中制裁関税を維持すべきだと求め、トランプを押し切れるかといえば、それは微妙である。ワシントンの反中連合を取り仕切って制裁関税で中国に圧力をかけてきたトランプが、政治的成果を中国から引き出した途端に、ある種の親中派大統領に化けるということになれば、それはワシントンの反中コンセンサスを下火にする効果を持つのだろうか。それとも大統領に反発してワシントンの反中コンセンサスは一層強まるのだろうか。米中の合意内容と、それに対するワシントンの反応を見れば、反中コンセンサスの「温度」も見えるだろう。

 もし仮に反中コンセンサスがワシントンで持続するとすれば、トランプに表立って対抗できるのは連邦議会ということになるかもしれないが、大統領の権限はやはり強い。両者はすでに、ZTEの制裁解除をめぐって対立したが、同じ構図が今後浮上する可能性もある。また、政府関係省庁が既存の各種権限に基づいて、中国による不法行為を取り締まる行動を起こして、引き続き中国に着々と圧力をかけていく可能性も十分にある。もしそうなるとすれば、米中関係は、トランプと習による貿易分野での合意によって、一見して安定化サイクルに戻ったかのように見えるかもしれないが、ワシントンの反中コンセンサスがそれを覆すような動きを起こし、再び緊張含みになるという、ジグザグ型の経路をたどりながら米中の競争と対立が深まっていく流れになるかもしれない。ただし、そこには無数の予見しえない要因も作用しうるので、引き続き見通しは悪いまま、ということになるだろう。

(了)

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