トランプの対中アプローチはどこまで変わるか(前編)

森 聡
トランプ政権は、中国にどう向き合うのか。この問いに、次の四つの角度から迫ってみたい。第一に、オバマ政権との違いはどこにあるのか。第二に、北朝鮮と貿易という二つの課題の扱い方はどうなるのか。第三に、政権の世界観や歴史観に照らすと、中国はどう映っているのか。第四に、より長いタイムスパンで米国の対中姿勢のパターンを見たとき、いま現れつつある強硬姿勢をどう評価できるのか。(南シナ海については、いつか号を改めて論じたい。)
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対中アプローチをめぐるオバマ前政権とトランプ政権の違いを挙げるとすれば、大きく二つある。それは、中国に見出す役割の違いと、対中圧力の有効性に関する見方の違いである。
オバマは、気候変動やマクロ経済といった世界全体の利益に大きく係わるグローバル・イシューで協力を引き出すべき相手として中国を見ていた。これに対してトランプは、北朝鮮の核・ミサイル開発と貿易赤字という米国の国益を損なう問題で是正措置を引き出すべき相手として中国を見ている。つまり中国を、オバマは利益増進を図るためのパートナーとみなしていたのに対し、トランプは損害補償させるべきライバルとみている。
また、オバマは、中国に圧力をかけるのは有効ではないとみていた。中国は自らの利益に適った行動しかとらないので、利害の一致しない問題で米国がたとえ圧力をかけたとしても、米中間の軋轢が増すだけで、中国を望ましい方向に導くことはできないと考えていた。よって、あくまで米中協調という文脈の中で、中国の利益とは何かを説きながら協力を引き出す手法を好んだ。これに対してトランプは、圧力をかければ中国は動くという想定の下で動いている。中国は、アメリカと競争している相手なので、そもそも利害が一致するはずもなく、そうした相手にアメリカの利益に適うように行動させるためには、米中関係の緊張を辞さずに圧力をかけるべきと考えているようにみえる。事実、北朝鮮問題をめぐるいわゆる二次制裁や、1974年通商法第301条に基づく調査など、圧力手段を繰り出し始めている。
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トランプ政権1年目の対中政策は、北朝鮮による核・ミサイル開発を抑え込むための制裁について、中国の協力をどう引き出すかということに焦点が絞られた。政権首脳陣は中国に対し、累次の機会を捉えて国連安保理決議の徹底履行と北朝鮮への圧力強化を求めたほか、昨年8月には北朝鮮と取引のある中国企業に対して二次制裁を科した。一方、北朝鮮の核実験やミサイル発射を受けて国連安保理で決議案を審議した際には、米中は対立しながらも、互いに歩み寄って迅速な決議採択を実現したりもした。
対中貿易赤字の削減も重要課題とされているが、1年目はこの問題について中国に対して本格的に圧力を行使しようとする動きはみられなかった。包括的経済対話なる政策協議メカニズムを通じて「100日計画」を策定したり、トランプの訪中に合わせて2,500億ドル規模の商談の成立を発表するなどしただけで、為替操作国の指定や輸入関税の引き上げは見送られた。一方、昨年8月に大統領の指示を受けた米通商代表部(USTR)が、1974年通商法第301条に基づいて中国による知的財産権の侵害などについての調査を開始したものの、「不公正貿易慣行」を取り上げる通商交渉は準備段階のまま政権1年目を終えた。
昨年4月にトランプは、中国の習主席に対して、北朝鮮問題での解決で中国が協力すれば、貿易をめぐる米中間の合意は、中国にとってはるかにマシな内容になるとツイッターでつぶやいた。しかし、そもそも米国通商代表は未就任で、通商交渉チームが立ち上がっていなかったことに照らせば、北朝鮮問題と貿易赤字問題をあたかもリンクするかのようなアプローチは、意図的に計画されたものというよりも、お家事情から生じた制約の産物だったとみた方がよいであろう。もしそうだとすれば、USTRの準備が整い次第、トランプ政権が「不公正貿易慣行」と呼んでいる中国の法律や制度の是正を求める動きが活発化するとみられ、ワシントンの専門家でも「貿易モラトリアムの終結」という見方がある。つまり、北朝鮮問題でも貿易問題でもトランプ政権が中国に厳しい姿勢で臨むことになるかもしれない。
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ところで、トランプ政権は昨年12月に『国家安全保障戦略』(NSS)1を発表して、その中で中国を、米国を追い落とそうと企図し、経済的な侵略を働く「修正主義国家」と位置づけた。「平和で繁栄する中国の台頭を歓迎する」としてきたオバマ政権の対中姿勢からは様変わりである。このNSSは、大統領の判断や政策を拘束するものではないし、日々の個別具体的な問題への政策上の対応や判断は、その時々の内外の諸事情が総合的に勘案されて下される。しかしNSSは政権が、米国政府の様々な取り組みを体系化するための知的枠組みであり、そこには、程度は不明であれ大統領と政権関係者の世界観がちりばめられる。
トランプ政権は、各種の国際問題についてオバマ前政権ないし歴代政権とは対照的な見方や立場を取ろうとしてきたが、NSSにはそうした姿勢が如実に表れている。オバマの対中アプローチを「協調が主、競争が従」だったとすれば、トランプのそれは「競争が主、協調が従」になるとみていいだろう。NSSは、中国やロシアが既存の秩序に取り込まれ、やがて秩序の担い手になっていくとする、歴代政権が前提としてきた期待は、実際のところ誤っていたとする見方を披露し、いわゆる「責任あるステークホルダー論」を退けた。「過去20年あまりにわたって採られてきた政策、すなわちライバル国を国際機関や世界貿易に取り込んで関与していけば、それらの国が無害な存在もしくは信頼できるパートナーへと変わるという前提に立った政策は、見直されるべきである。そうした命題は、多かれ少なかれ過っていたということが明らかとなったのである」と喝破している(3頁)。NSSが中国をあらゆる箇所で取り上げて警戒の対象としているところにも、政権の対中観の厳しさが現れている。(後編へ続く)
- National Security Strategy of the United States of America, December 2017. [https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2017/12/NSS-Final-12-18-2017-0905.pdf] (最終検索日:2018年2月6日)